-Rance-もう一つの鬼畜王ルート
第七話 ~misfortune~
結婚式から一日明けた日の午後。
「……それでその後は、十五時から民の前で演説となっております。またそれが終わりましたら……」
リーザス王の私室。マリスがランスの前に立ち、午後の予定を一段一段、事務的な口調で淡々と告げる。
「ふわぁあ……あぁー」
広げた手帳から視線を外し、相手をちらりと窺うと、話がつまらないのか眠たそうに大あくびしていた。
そのぼやけた様子にマリスはわずかに右眉を上げた。
「聞いておられますか?」
「ん? あぁ。聞いてる、聞いてる」
ランスは顔を上げることなく手だけ振り反応を返す。
「しかし、王様なんて踏ん反り返って、適当にしてるだけで済むかと思ったら、やることが結構あるんだな」
国王としての職務日程に詰め込まれている膨大な政務の数々にランスは気分悪そうに呻いていた。頭を抱えるその姿は、一日目にして辟易しているようであった。
「JAPANでは、面倒くさいことは香ちゃんが引き受けて色々とやってくれたぞ? だからマリス、俺様の代わりにやれ」
「……私も出来る限り、王の負担を減らすようにしています。ですが、どうしても王でなければならない仕事というものもあるのです。此度の演説なども王自らが立ち、声を発することに意味があるのです。そこを何卒理解して頂けると有り難いのですが……」
マリスが諭すように言うも、不満そうにしかめているランスの表情は変わらない。儘ならないことがあると不機嫌になるさまはさながら幼き子供の様であるが、とても子供っぽいと笑って済ませる事柄ではなかった。しかし精神的に幼い者の扱いには、リアの頃から慣れているマリス。小さく息を吐くとランスの説得にかかった。
「人民演説のための草案もこちらで練ったものがありますので、それをお読み頂くだけでよろしいのですから」
あくまで優しく、簡単に。やや困った表情で相手の目を覗き込む。だが、ランスは視線を別の方向に逃がした。
「やだ、めんどい」
「そうですか……きちんとお仕事をしていただいた後に、メイド達によるマッサージも予定してあるのですが?」
「……む? マッサージ?」
ランスの視線がマリスに戻る。
「はい。王と言う立場は健康も非常に大切ですからね。仕事の後に疲れを残さないようにそういった時間ももうけられているのです」
「ふむ、もちろんエロいのもありか?」
「心身の健康ですからね。王の職務でストレスが溜まることもあるでしょう。そういった面でも気遣える者をこちらで選びますが、いかがいたしますか?」
「そりゃいいな、頼む」
「では、お仕事の方は?」
「わかったわかった。読むだけでいいんだろ? 読むだけで。仕方ないな、やってやる」
ランスという男は女とエロのためなら何でもする。先ほどまでのめんどくささが鳴りを潜め、上機嫌でランスはマリスが差し出された原稿を受け取った。
「はい、それとこちらで着替えを用意しましたので……」
「何? 着替え? そんなことまですんのか」
「王として威厳のある相応しい格好で臨んでもらいたいのです」
「ふん、俺様は別に裸でもいいんだがな、十分過ぎるほど威厳あるし」
「王が良くとも、一国の指導者が裸で演説など民に示しがつきませんよ」
そう言うと、マリスはメイド数名と鎧一式をランスの側に運んできた。
リーザス聖鎧。それはリーザス王家に伝わる宝の一つであった。長き時を重ねた気高き風格を漂わせ、国を照らす光のように銀色に眩く輝くさまは、まさしく大国の頂点に立つ者に相応しい逸品と言える。
ランスに過去渡したときと比べても少しの鈍りも見受けられないのは、しっかりと手入れし、丁寧に保管されていたからだ。いつ彼を迎えてもいいように準備してあったのだ。
「失礼致します」
メイドが一声かけ、ランスの体に鎧を丁寧に装着させていく。
背後に回ったメイドがベルトをしっかりと固定し、もう一人のメイドは手首に手甲を当てて止め具を填める。
腰には鞘に収まった聖剣を佩かせ、最後に深緑のマントを羽織らせると、ランスの正面に大きな鏡を寄せた。
「よくお似合いですよ、ランス王」
聖鎧は、まるであつらえたかのようにランスの体にしっくりと落ち着いていた。まるで違和感がなく自然だ。
「似合って当たり前だ。俺様みたいな美形は何を着てもカッコいいように決まっているからな、がははは」
鏡に映る自分の姿に満更でもなさそうな笑みを浮かべる。盛装し、少しは機嫌も持ち直したようだ。
「それでは、私はこれで失礼します」
「何だ、もう行くのか? 仕事か?」
「はい、リア様の方に……。もし何か御座いましたら専属のメイドの方に申し付けて下さい」
「そうか」
「十四時に迎えをよこしますので、暫しの間こちらでお寛ぎ下さいませ」
そしてマリスとメイドは一礼すると、揃って退室をはじめた。
最後のメイドが扉を閉め、室内に一人だけ残るとランスはドカッとソファに腰を下ろした。
力を抜きソファに身を任すと体がクッションに深く沈みこむ。
「……それにしても演説か、かったるいなあ…………そんなことするために王になったわけじゃないんだがな」
水差しからコップに注ぎ、一気に飲み干すと一息つく。
「ま、読むだけらしいしな。ふふん、下々の奴を引っ張るのも俺様のような上に立つ者の務めというやつか」
そうして独り言ちたランスは、何となく自分の読む演説の文章が気になりだした。やおら先程の原稿を広げてみると、思わず目をむくこととなった。
「な、なんだこりゃ……」
びしりとランスの顔が強張る。その原稿を見ると、紙一杯にびっしりと演説文が長々書かれていたのだ。
「……………………」
動きを停止すること数秒。
「くっ! こんなの読んでいられるか。ええい、やめだやめ」
硬直から復帰したランスは紙を手でぐしゃぐしゃに丸めて、荒っぽく後ろに放り捨てた。
「そもそもだ! よく考えれば俺様が演説をする理由なんてないではないか。そんなことなどするまでもなく、国民の俺様への支持は常に最高に決まってる。しても無駄なことはしなくてもいいのだ!」
頷きながら完璧な結論付けると、腰を浮かせソファから立ち上がった。
「演説は中止だ。メイドのサービスも王である以上、命令すればいつだって出来るしな。そうと決まれば、マリスに見つかって面倒なことをさせられる前にここから出ないとな」
善は急げとばかりに手早く扉を開け放ち、部屋から出る。すると、外で控えていたのであろうか、入り口でメイドと目があった。
「どうかされましたか? ランス王」
「いや、大したことじゃない、散歩に行くだけだ」
滑らかに口から出任せをつき、そのままメイドの横をするりと通り抜けようとしたが、メイドはランスの進路を遮るよう立ちはだかった。
「そんな、いけません。そろそろ迎えの者が来ると思いますので、お部屋でお待ち下さい」
「……トイレだ、トイレ。すぐ戻る」
「お手洗いでしたら、部屋にも備え付けられていますが」
「…………そうか」
不便がないように侍女が控えるのは有り難いことではあったが、このときばかりは不都合でしょうがなかった。だからといって、まさか邪魔だと殴り倒すわけにもいかない。相手は女性であるし、何よりランスの好みの容姿していたのだ。むしろランスは、押し倒したかった。
侍女が着こなすエプロンドレスには皺一つ見当たらず、ロングスカートは足首までかかり、はしたなく肌を露出させることもない。しとやかで気品のある立ち居振る舞いも相俟って、その清楚さがまたランスのかすかな嗜虐心をくすぐる。
しかしながら、今そんなことをしていれば確実に逃げる機を失ってしまうためランスはその衝動を必死に抑える。
王である限りいつだろうと自由に襲えるであろうという余裕がなんとか冷静さを与えた。
(こいつは王である俺様に逆らった刑で後でハイパーおしおきタイムだな)
内心で下卑た考えを浮かべつつ、取り敢えず部屋に戻る。
(こんなことで諦めるような俺様ではない。正面突破が無理なら側面を突破すればいいのだ)
逃げる口実が見つからない以上、別の方法を模索するしかない。
腕を組みながら、ランスは首だけ回して周囲を見渡した。
「お」
視界にある物を捉えるとにやりと口の端を持ち上げる。ランスが目に留めたのは広い部屋の端に存在した大きな窓だった。
そして徐に窓を開き、軽く顎を下げて視線を落とす。
「……くそ……少し高いか。いくら俺様といえど少し難しいな」
真下を覗き込むと地面までかなりの距離があった。
ランスの私室は最上階に位置し、加えてリーザス城の一階一階は非常に天井まで高さがあるため、普通の建物の階層よりもはるかに高い。忍者のように身軽な存在であれば別だろうが、ランスには到底無事に着地は出来そうもない。
(忍者……忍者、か)
そこで一つの考えがピンと浮かぶ。
ランスはくるりと振り仰いで天井に顔を向けた。
「おーい、かなみ」
大声で呼びかけて、少しするとぱかんと天井の一角が扉のように開いた。そこからひょっこりとかなみの顔が逆さで覗いてくる。
「……何よ。先にいっておくけどあんたが演説をふけるのには協力できないわよ。こっちはマリス様にあんたを監視するようにいいつけられてるんだから」
「ふん。マリスめ、余計なことを。俺様のことを信用しないでそんな真似をしてくるとは部下としての自覚が足らん」
「あんたをよく知っている人間で誰があんたのことを信用するのよ」
半眼で呆れた溜め息をつくかなみ。
「部屋の外はメイドと親衛隊で完全に固められているし、ここは最上階だから、外に飛び降りるのも難しいのはあんたもさっき見たとおりよ」
「ほうほう。確かにそれでは正面突破は難しいし、窓からの脱出も厳しいな」
「そうよ。だから諦めて大人しく――」
「いや。だが、もう一つ出口があるよなあ」
「……へ?」
ランスはにやにやしながら天井の扉を見る。
かなみがはっとそれに気付いて、慌てて穴を塞ごうとするが、その前にランスがジャンプして手をかける。
「ちょっ!? 手ぇ離しなさいよ!」
かなみが押し戻そうとするが、腕力は圧倒的にランスが優っている。無理やり扉をこじ開け天井裏に侵入を果たす。
「がはは。さーて、かなみ。俺様が逃げたことをそうそうバラすことが出来ないようしばらく大人しくしててもらうぞ」
ここなら誰の目にもつく心配がない。手をわきわきと動かしながら、ランスは愉快な足取りでかなみに近付いていった。
「マリスぅ~、ダーリン遅いね」
バルコニー前の控え室。リアは椅子に腰掛け、足をぶらぶら揺らしながら、ランスの到着を今か今かと待ち侘びていた。
「迎えを向かわせたのでもうそろそろかと思いますが……」
マリスは室内の時計をちらりと確認する。
既に十四時を十分以上過ぎている。この場所とランスの私室との距離を考えても明らかに遅い。
「ぶー、いっぱいおめかししたから早くダーリンに見て欲しいのに」
リアは面白くなさそうに若干頬を膨らませた。
王が来ないことの問題が自分の容姿を見せられないことの心配というのは王妃の立場としてはいささか問題があるだろう。だが、リアも一人の女性。やはり愛した男性に綺麗な自分を見てもらいたい乙女心もあるのだ。
自分自ら向かおうか、もう少し大人しく待とうかと暫し逡巡の様子を見せていると、不意にドアが開く音がした。
待望していた時が来たとリアは顔を上げ、ぱっと明るく輝かせる。
しかし、ドアに視線を向けるとそれもすぐに曇ってしまった。どれだけ視線を巡らせど意中の人物は見当たらず、そこに来たのはかなみただ一人だけだったからだ。挙句なんだかそのかなみも非常におかしい。衣服は乱れているし、足腰がふらふらだ。
「マ、マリス様……」
「……どうしました?」
かなみの只ならぬ様子にマリスの胸中の不安が大きくなっていった。
何よりランスが見えないことが一番気に掛かる。嫌な予感がたっぷりだ。
「その、申し訳ありません……ランスに、逃げられて、しまいました……」
「えー!?」
それを聞き、リアは驚きの声をあげ愕然とし、マリスは、思わず眉間のあたりを手で押さえた。
「な! なな、何やってるのよ、かなみ! 貴女それでも王家直属の忍者なわけ!?」
しばらくの間、口をぱくぱくと動かし続けていたかと思えば、リアは驚きに丸くしていた目を鋭く尖らせ、かなみへの叱責をはじめた。激しく地団駄を踏みながら突きつけられた指先がかなみをじわりと責め苛ませる。
「も、申し訳ございません」
迫力に圧される形でかなみは、頭を下げる。マリスは首を振った。
「いえ。逃げる可能性を十分考慮していたにも関わらず、それをきちんと防ぎきれなかったのは私の手落ちでもあります」
「……うぅ……マリス、どうしよう、ダーリンがいないなんて……」
リアがまるでこの世の終わりのような表情を見せる。顔を悲しみに歪ませ、もう泣き崩れる一歩手前であった。
マリスはリアを抱き寄せ宥めながら、的確に指示を出す。
「とりあえず親衛隊を捜索にあたらせましょう。かなみ、レイラ隊長に連絡を」
「はっ」と短く応えると同時にかなみは、部屋から姿を消した。
「でも……何でダーリンは…………? リア、何かしたのかな、怒らせた? いい子にしてたよ?」
リアが唇を強く引き締め、涙目でうつむく。
「いえ、おそらく演説をするのが面倒という理由で行方をくらませているのでしょうね」
「そうなの? じゃあすぐ中止にしましょう。ダーリンが嫌がっているのを無理やりやらせるわけにはいかないわ」
「そのようなわけにはいきませんよ。既に広場では多くの民衆が集まってるんです。ここで止めるのは問題が生じるかと」
「でもでもダーリンが……!」
「ええ、わかっております。正直困りますが、こうなれば来ないことも考えての対策を練らないといきませんね」
「対……策……?」
「はい」
マリスはただ主君のために全ての不安を取り除くような笑みを見せ続ける。
「マリス様、レイラ隊長に協力を仰いでまいりました」
そこにちょうど報告と次の指示を仰ぐべくかなみが姿を戻してきた。
「その場合かなみ、貴女にも責任をとってきちんと協力してもらいますよ」
「…………へ? な、何を、ですか……?」
かなみは、その言葉によほど嫌な気配を感じたのか、ものすごく不安そうに訊ねてくるのであった。
「しかし、何処へ行くかだな」
勢いこんで出たはいいものの、その後のことは特に計画していない。城内を探索するのもいいが、あまりうろつくとばれる危険性もあった。
「そうだ、リーザスにはマリアが来ているんだったな。あいつなら俺様のことを匿ってくれるだろうし、時間潰しにもなるだろう」
作業着姿の眼鏡が似合う女性がランスの脳裏に思い浮かべられた。
カスタム出身の科学者マリア・カスタードは、多額の研究費の対価として技術の提供をするという契約をリアとしており、現在も砲兵の訓練や新技術の開発などをしているとランスは以前JAPANで話には聞いていた。つまりこの城のどこかにその研究所があり、マリアもそこに行けば会えるはずである。
マリアとランスはお互いによく知る仲であり、こっちの要求を受け入れてくれるだろうという腹積もりだった。だがしかし、思惑どおり訪ねようにもランスは肝心のその場所というのを全く知らなかった。何処に在るかまでは何も聞いていないことに今しがたになって気付く。
そもそもにしてランスはこの城に来たばかりであまりに不案内だった。
「うむむ……昔、来たときより大分変わってるしな……」
キョロキョロと周りに目を移し、うんうん唸る。
ヘルマン軍と魔物から解放させた後、復興と共に改装も行われたのかかつての記憶もあてにならない。
結局、ランスはやむなくマリアに会うのを断念することにした。
他に現在のランスが知っている場所といえば一つ。
「医務室だな」
リーザス城に来てランスが最もお世話になっていたのが医務室であった。傷を癒すためほぼ毎日のように連れられていたので嫌でも覚えている。
「あそこならアーヤさんがいるか。怪我してるときはあまり口説けなかったからな、丁度いい機会だ。アーヤさんも俺様からのアプローチを待ってるに違いない」
さて、とランスは件の場所に続く見慣れた歩廊へと向かおうとするが――
「あ、ランスちゃーん!!」
そこに明るい声が響いてきた。
いきなりに声を掛けられ、ランスはつい身構えてしまうが、その姿を見定めるとほっと息をついた。
勢い良く手を振って駆けてきたのは小柄な少女。まだ幼さの残るあどけない顔つきだが、その身を包んだ金色に輝く鎧は、この世界で最も華やかで美しい部隊の一員だという立派な証。
「ジュリアか、なんだ親衛隊はまだ城にいやがるのか」
「うん、演説中はお城の警備なの」
「ふーん……」
ランスは少し宙を眺めながら、適当に相槌をうった。
「そうだ、レイラ隊長にランスちゃんを探すように言われてたんだ。あ! もしかしてジュリアが一番?」
「何? レイラさんが俺様を……」
「えっとね、うーんと、マリスさまの命令だとか何だとか……?」
「……成る程、そうか。じゃあ、見つかったぞとレイラさんに知らせて来い」
「ランスちゃんは?」
「俺様もすぐ後から行くから先に行け」
「うん、じゃあ先行って待ってるからー」
ジュリアは納得するとへらへらと手を振って、来た時と同じに柔らかそうな髪を揺らし、駆け出て行った。
「…………単純で助かるが、あれがリーザス親衛隊の隊員とはな……。レイラさんも大変だな」
走り去るその背を見て思わずぽつりと呟く。
ジュリアの姿が完全に消えるとランスは身を翻し、まったくの反対方向へと歩いていった。
「…………来ませんね」
ドアに注意を向けるがいくら待っても一向に来る気配はない。
簡単に捕まらないであろうことは予測していただけにそこまで落胆はないが、この現状には溜息をつきたくなる。
「もう時間がないですね。ランス王のことは一先ず、諦めましょう」
マリスは組んでいた指を解くと、椅子から立ち上がった。
残り時間の都合を考え、当面の問題解決に移ることを提案する。
「でもでも、どうするの、マリス? 何か手があるみたいだけど」
「手と呼べるようなものではありません。ただ代わりの者に演説をしてもらうだけです」
「代わり……ですか? 新王の演説なのに王を出さないで大丈夫なんですか?」
かなみの当然の疑問にマリスは首を横に振る。
「いえ。王は出しますよ……例えそれが"偽者"であろうと」
「に、偽者……ですか……」
かなみは思いがけない言に呆気にとられた。
「そこでかなみ、貴女の出番なのです」
「へ? な、何故私が……?」
偽者で何ゆえ自分になるのか理解できないと再び目を点にさせるが、マリスの涼しい顔は何ら変わることがない。
「……ああ! そうか! そうよ、かなみはJAPANの忍者なんだから変装とかはお手の物よね」
ポン、と手を叩くリア。
合点がいったように明るくなるリアだが、当のかなみはそれで明るくなどなれないだろう。
と言うのも、自分の顔をただ変えるだけの変装と現実にいる誰かの姿にそっくりにするのでは忍のわざの技術に大きな差がある。
無論後者、特に親しい者にすらバレないように化けるのは恐ろしく技術がいるのだ。
伊賀の里で基礎全て叩き込まれたはずのかなみだが、完全に似せることなどとてもではないが出来そうもない。
案の定マリスの方に目を合わせ無理ですというような訴えをしてきたが、マリスはそれを受けてもあくまで微笑んでいた。
「安心なさい、かなみ。私も手伝いますし、それに細かいところまでそっくりにする必要はありません」
「は……はぁ……」
結局命令だからか断りきれずにいるかなみをマリスは化粧室に連れていった。
「本当に大丈夫なんでしょうか……?」
やはり不安なのか小声でマリスに訊ねてきた。良く見ると少し及び腰である。
「特徴を押さえるだけで十分です。バルコニーから広場までの距離なら、人の顔の判別などとてもつきませんよ」
遠くから見るものははっきりしない。人の視覚などそう当てになるものでなく、細部を誤魔化す程度なら容易だ。
とはいえ広場には十万を超える人が集まる。それらすべてと言わなくとも大半の眼を欺くにはそれ相応のものが必要。
何やら自身の不幸を嘆きだしているかなみの顔をおさえると、マリスは準備に集中していった。
「アーヤさん、俺様が会いに来たぞ!」
無遠慮に医務室の戸を開ける。が、特に反応が戻ってこない。
誰もいないのだろうか。室内には人の居る気配が全くしなかった。
「何だ、もしかしていないのか……?」
中に入り、改めて確認するも漂うのは人の気配ではなく特有の消毒の香りだけ。当てがはずれ、ランスは不貞腐れる。
少し待てば戻るかなと、適当に薬品を弄て遊んで待っていると、扉が開く音がした。
「お、アーヤさんか?」
案外早く帰ってきたな、とランスは振り向き戸を見やった。
「え?」
「ん?」
だが、そこに立っていたのは、予想された白衣の天使の姿ではなく、魔法衣に身を包んだブロンド美人であった。
(むむ? これはかなりの美女)
お互い思いがけない出会いに頭を整理させあったためか、視線を合わせたまましばらくの間沈黙が続いた。
そして最初に状況を仕切るために動いたのはランスだった。
「君はこんなとこで何をしてるんだ?」
「え? その、少し体調が優れないので」
改めて女性を見てみると、確かに少し顔色が悪く、苦しそうに見受けられた。
ランスは眉を上げる。
「何? だからと言って偉大なる王の演説をサボっていいと思ってるのか? もうまもなく始まるんだぞ!」
「え? あの、え? えっと、あの……貴方は……?」
「この俺様のことを知らんのか?」
「リーザス王様、ではないのですか?」
なんと無しに確信はしてるもののやはり何処かで信じられないといった表情。ランスに対しておそるおそると言う態度で訊ねてきた。
それに対して「うむ!」と腰に手を当てて自信たっぷりにランスは頷く。女はまたも沈黙し、目を瞬かせた。
「……………………」
「しかし、王の演説を聞こうとしない部下を出すなんて……全く、バレスの野郎はどんな軍の教育をしてやがんだ……」
ランスはやれやれと溜息をつくと尊大な態度のまま口を開く。
「で、君の名前は?」
「……あ、紫の軍の副将メルフェイス・プロムナードと申します」
「ふんふん。そうか、メルフェイスちゃんか。さて、仕事を放棄した君には王直々による教育的指導が必要だな」
「ちょ、ちょっとお待ち下さい、王様。その演説の方はどうされたのですか?」
メルフェイスは思い切って一番大きな問題たる疑問をぶつけてみたのだろうが、ランスは瑣末なことのように一笑に付した。
「そんなことは大した問題ではない。今は、軍規を乱す悪いコに罰を与える仕事のほうが重要なのだ」
ランスは鼻息を荒くしてメルフェイスに近づいていった。
メルフェイスは、無意識に半歩後退った。しかしランスはまた一歩にじり寄って、その距離を縮めようとする。
「い、いけません……その、"今"は」
メルフェイスは強く胸元を押さえつける仕種を見せた。呼吸が少し荒く、必死に何かに耐えるような表情をしていた。
だが、それが、その顔が、姿が、ランスには実に襲いがいのある姿に映った。
さらに一歩。より近づけば彼女が必死に逃げようとする。が、あまりにランスのほうに気をとられすぎてしまったためか、彼女の足元が疎かになってしまっていた。メルフェイスは台車に足を引っ掛かけてしまい、病人用の寝台に倒れこんだ。
機を逸することなくランスはそこに覆いかぶさると、彼女の手を力任せに押さえこんだ。
「駄目、です」
口では言うもののこの手を振りほどき拒絶する動きを見せない。それどころかいつの間にか彼女の白い肌は朱に染まり、吐息も荒く熱を帯びていた。
それこそまるでこれから起こることに対してひどく興奮しているように。
「あ……く……こんなときに……、お願いです。王様」
か細く、弱弱しく、震えた声。メルフェイスの指先が何かを求めるように彷徨う。体調の悪さが限界に来ているのかもしれない。
しかしランスはそんな彼女の様子などおかまいなしにただただ彼女の艶やかで薄い唇を見詰めていた。
そして彼女の顎に手を添え、少しだけ持ち上げると、ランスはゆっくりと唇をメルフェイスのそれに重ねた。
「んっ……んむ」
口腔に舌を強引に侵入させる。舐めて、絡ませ、交わし、犯す。隅々まで貪りつくした。
いきなりのことに白黒とさせていたメルフェイスの双眸だが、次第に恍惚の色を含み始めた。力も抜け、交わりも深く、濃厚なものになっていく。舌を蠢かせ、唾液を混じり合わせる。
何度もキスを繰り返し、しっかりと舐り味わうとランスは唇を解放し、今度は首筋に顔を埋めていく。
耳朶にメルフェイスの浅く、速い息づかいがより濃く感じられる。さらさらとしたブロンドの長髪が額に擦れてこそばゆい。仄かな甘い匂いが頬を伝って鼻腔を突き抜けていく。それらを楽しみながら、首筋を舌でするようにして、吸いつく。
「あ、んっ!」
そうしている間に手は形の良い胸を力強く鷲掴んだ。メルフェイスの体がびくりと震えた。その反応を楽しむように手に力を加えたり、緩めたりして豊満なそれを好きに揉んでまさぐっていく。少しするとそれだけじゃ物足りない気持ちが膨らんでいき、手を腋へとずらし、さらに腰、そして尻へとゆっくりと滑らせ這わせていく。メルフェイスの熱い吐息がランスの耳元にかかった。
「くく、いい体だな。……さて、脱がすぞ」
傍から見てメルフェイスは抜群のプロポーションであることは明白だったが、手で吟味しても素晴らしかった。
下半身に血が集まっていき、いよいよ我慢できず、その美しき肢体の全てを拝ませてもらうべくランスは魔法衣に手をかけた。
メルフェイスはその手を潤む瞳で熱く見ているだけで抵抗らしい抵抗もしない。
ランスは、舌で上唇を舐めると喜々とした表情で一枚、一枚、粗雑に剥ぎ取っていった。
子供が贈り物(プレゼント)の中身を知るべく包装紙を急いで破り捨てる、そんな感覚であった。
最後の一枚、淡い紫のレース飾りがついた下着をずらすと淫靡な水音がいやらしく、ぴちゃりと音をたてた。
「あ……」
その有様に気づくとランスは肉食獣のように目を細め、意地悪げな笑みを貼り付かせた。
「何だ、もう濡れ濡れではないか。随分とエッチなコだな、メルフェイスちゃんは」
「はぁ、あ。はぁ……もう、だ、め…………きて……」
「む?」
「……ちょうだい、はやく、お願い……ねぇ」
きゅっとランスの手が握られる。そして彼女の股間へと導かれた。濡れた金色の薄いヘア。息づく秘唇。しっとりとした桃色の肉の蕩けるような手触り。
それはランスの雄としての衝動を引きだすような振る舞いだった。
メルフェイスは何故か悦びと苦しみの入り交じった表情をしてむしろランスのものを積極的に求めるようになっていた。擦り寄せてくる腿の柔らかい感触と温かみが伝わってくる。
ランスは先程までとは違う彼女の雰囲気に訝るものの、深くは考えず続行する。さっさと入れて気持ち良くなりたいのはランスもまた同じだった。
「なら、お望み通り……やるぞ」
こくり――メルフェイスは喜悦に顔を歪ませ頷くと、ランスを受け入れるようにした。
ランスのほうは既に準備万端で、白の前垂れを少しずらすとすぐに凶悪な大きさを誇るハイパー兵器が露わになる。それを秘裂に宛がうと一気に腰を前に突き出した。
深く密着して、抵抗少なくモノがずっぷりと奥まで飲み込まれていく。訪れたのは心地よい根元の締めつけとぬめり。それに反応してランスのものが怒張が増した。成熟した媚肉に包まれ、ゆっくり動かすだけでも吸いついて絡んで来るような感覚が襲ってくる。
「む、うおぉ……これはなかなか……あへあへで、グッドだぞ」
「はぁ……ぁん……ふ、んっ……すごい……んん……」
淫らに体をくねらせるメルフェイスの目がとろんと潤む。
ランスは遠慮なしにガンガンと激しく腰を振りだして、メルフェイスの中を擦り続ける。メルフェイスもまた動きに合わせて腰を揺さぶっていく。結合部からぐちゃぐちゃと湿った音が溢れて室内に響く。
「んんっ、く、あ……王様……ぁ……は、ん……」
ハイパー兵器がメルフェイスの中を縦横無尽に摩擦し、内襞がランスのモノを熱く愛撫する。
「っ、よしよし、良い感じだぞ、グッドだ」
「あはぁ……ふっ……いぃ……これよ……もっと、もっとぉっ!」
刺激を求めるグラインドは止まらず、膣の締め付けがきつくなっていく。絞るような圧迫感。ランスは快楽に突き動かされ、力強く美尻を掴むと、怒涛のごとく腰を叩きつける。パンパンと肉と肉の弾ける音とメルフェイスの熱のこもった喘ぎが混じっていく。
盛んに出し入れを繰り返す。そこで昇りつめていく心地を感じ取ったランス。
「……うむ、来たぞ。そろそろ、一発目、行くぞ」
「あ、んぅっ……イってぇ! 私のぉ、中に、あなたのぅ、ぃっぱい、ちょうだいぃぃっ!!」
メルフェイスの晒す嬌態にランスもまた昂り、さらに腰の速度を増す。互いの呼吸が重なっていく。終着を感じると共にラストスパートをかけ、奥深くまで打ち込むとそこで二人は同時に限界に達した。
ランスは皇帝液を勢いよくぶち込む。瞬間、メルフェイスの身体がひときわ大きく弓なりに逸らされて高い嬌声が上がる。彼女の上気した肌は歓喜と快感にひどく痙攣していた。
「―――共に歩もうではないか!!」
マイクを通し、勇ましい声が広場に響き渡る。
「わあぁぁぁーーーー!!」
「リーザス王万歳ーー!!」
「リア様ばんざーーい!!」
「聖王万歳ーーーー!!」
バルコニーに立つかなみが剣を高く掲げると同時に眼下の民衆の歓声が最高潮をむかえた。地鳴りのように響くそれを受けながらかなみは泣きたい気持ちになった。
今、かなみは必死でリーザス王ランスの役をしていた。顔や体もなんとかそれっぽく近づける変装をし、声も魔法のマイクで細工して変声している。しかし、当然それだけでは本人に似せるには足りない。
かなみがちらりと左に目を向けると、少し後ろに控えるマリスが何か小さく囁いている。それは魔法の詠唱だ。軽い幻術や催眠術の類を民衆にかけて錯覚するようにしむけている。
反対の右側に目を向けると笑顔で手を振っているリアがいる。しかしこっちも小さく口を動かしていた。それは指示だった。高い視点から全体を見渡し、何かしらの違和感を覚えているような人が見えれば、周りに余計なこと言う前に群衆にまぎれこませているリーザス忍軍を使い、対処させているのだ。
(……すごい詐欺行為だわ)
民衆が喜べば喜ぶほど途方も無い罪悪感がかなみの胃をきゅうきゅうと苛む。何せ全国に向けて放送している魔法ビジョンの細工も加えればその規模は測り知れない。人類の全てを騙しているといっていい。
逆にこれがばれたらどんなことになるかわからない。不安と恐怖に背中が汗でびしょびしょに濡れて、かなみは内心で気持ち悪げに呻く。
演説が終わり、バルコニーから下がる時も一瞬たりとも気を抜くことが出来ず、控室でまわりに誰もいないことを何度も確認してようやく息を吐くことが出来た。ここにきて目に見える位置にぶわっと汗が噴き出る。自分でもよく我慢できたほうだとかなみは思う。
「御苦労さまでした」
マリスが労いの言葉をかける。
「うう、なんで私がこんな目に……」
「もとはと言えばかなみの所為でしょ。逃がしたどころかダーリンに足腰立たなくなるぐらいかわいがってもらうなんてそんな羨ましい目にまであって」
リアにキッと睨まれる。
理不尽な怒りを向けられ、かなみは肩を落とす。
「……全部、ランスの馬鹿のせいじゃ……」
「まあ今回は何とかなりましたからいいとしても、この後の仕事のことも考えればまずはランス王を捕まえなくてはなりませんね」
マリスが言うと、かなみは頷く。
「はい。じゃあ、私も改めて捜索に参加してきます」
さっさと気持ちを切り替えたいことと元凶のランスの首根っこを何とか自分の手で捕まえたい思いで立ちあがる。
「ええ、お願いしますよ」
「かなみ、自分の失態は自分で取り消す働きを見せなさい」
そうして意気込んで出ていったかなみは、一番にランスを見つけてきっちり結果を出すことが出来た。
だが、かなみ本人はここに来ても自身の幸の薄さと不幸の元凶についての認識が甘かった。
「なっ!? あ、あんたこんなとこで何やってんのよっ!!」
「がはははは、何だかなみ、さっきのだけじゃ満足できずわざわざやってきたのか? 可愛いヤツだ。いいぞ、お前も入れて3Pだ!」
「きゃああああーーーー!!」
その日、かなみはまた人生で一番不幸な日を味わうこととなった。
あとがきてきなもの
かわいそう……でもそれが可愛いんだキャラランキング堂々一位(9月30日)おめでとう、かなみちゃん