―第二章―
-Rance-if もう一つの鬼畜王ルート
第六話 ~wedding~
ランスがリアと結婚することを承諾して二週間の時がたった。
この日、リーザス城の大広間では婚礼と新王即位の儀が伝統と格式に則る形で盛大に行われていた。
白壁や柱には芸術とも呼ぶべき精緻な彫刻がなされ、天井には煌びやかなシャンデリアが吊るされている。大陸でも有名な楽師団が高い音楽技能から奏でる音色が空間を心地よく満たしていた。贅の限りが尽くされており、広間はまさに大国の結婚式に相応しい場と言えた。
刺繍や宝石類の豪奢な装飾で絢爛とした緞帳が降ろされ、真紅の天鵞絨の絨毯が長々と敷かれた道を中央として左右に客席がしつらわれている。
客席には、JAPAN、ゼス、自由都市等、国家間問わず様々な招待客が座っていた。周りの華美な装飾に負けじと誰もかれも綺羅を纏っている。
ステンドグラスから鮮やかな光が広がる中、白のモーニングコートにグリーンのタイを身につけた新郎、そして煌びやかな純白のドレスを纏った美しき新婦の両名に祝福が贈られる。
今、ランスとリアは並んでぎんぎらの衣装を纏ったAL教神父の前に立った。
「新郎ランス。ランス…………ランス……」
神父の言葉がそこで途切れる。何故か先が続かない。その様子にリアが訝しがった。
「どうしたの? 早く続けてよ!」
いい加減に焦れて、語気を強めて先を促すと神父は恭しく頭を下げた。
「失礼でございますが……ランス様のフルネームは……?」
そう問われたリアは頬に指を添え、小首をかしげる。
「……そういえば、リアも知らない」
「ランス様……よろしければ、今、お教え頂けないでしょうか……?」
神父は相手が大国の王になる立場もあってか、なるべく失礼のないような丁寧な物腰で訊ねてきた。
しかし、ランスは億劫そうなそぶりで手を振った。
「貴様ごときに教えてやるのは、勿体無いな。無しでやれ、無しで」
「え~、ダーリン、リアにも教えてくれないの?」
「いい男には一つや二つ、秘密事があったほうがいいのだ」
「きゃー!! ダーリン超かっこい~」
胸を張って応えるランスを見つめて、目を子供のようにキラキラ輝かせはしゃぐリア。
「は……はあ……え~……では……こほんっ!」
気を取り直すべく神父は咳払いすると、改めて誓いの儀式を進めた。
「新郎、ランス……汝は、病める時も健やかなる時も、新婦リアを一生愛し続けますか?」
「多分……」
「は?」
「いや。――はい」
「新婦、リーザス王家第一王女、リア・パラパラ・リーザスよ、汝は……」
「はいはい、ついてきまーす。二人でお爺ちゃんと、お婆ちゃんになりまーす」
「でっ……では、聖書の上に手を置き、誓いの宣誓を……」
神父は先ほどよりもずっと頬を引きつらせたような表情をしてたが、それでも熱心に職務は続けようとしている。
「せっ……宣誓?」
思わずランスが呻くと、リアが安心させるような微笑みを向けてきた。
「だいじょーぶ。神父様の仰った事を後から言えばいいだけよ、ダーリン」
二人のやりとりを、そこにいる全員がそれぞれの思惑の中で見つめていた。
(リア様とランス殿……いや、ランス王か。うっ……なんというか……感無量じゃ。ワシの娘のハウレーンもいつかああして……。うむ……年寄りになると涙腺が脆くなっていかん……)
感極まり、リーザスの大将軍バレス・プロヴァンスは目尻に涙を浮かべてしまう。リアが幼い頃からずっと見守ってきた者の一人としては深い感慨があるようだった。
その隣に座る金髪の美青年は切れ長の瞳を細めて、ずっとランスへと向けていた。
(とうとうこの日が来たといった気分だ。剣の腕の素晴らしさ、そして大胆な決断力……王として申し分ない……)
その視線には好意、敬意、肯定、そして自身が認める者の為に剣を振るえる喜びがあった。
(あの人が噂のランスさんかぁ……まさかこんな形で遇えるなんて)
同じくリーザス側の席に座る赤軍の副将メナドは、遂に知り得た英雄の姿に深く感じ入っていた。
リーザス軍上層部はランスの魔人殺しという武勇伝を知っていたため概ね好意的に捉えられていた。しかし、全てが全て歓迎と言うわけでなく、
(男の王か……。働きがいはなさそうだが、まあ余計な目をつけられたりしないよう適度にゴマをすっておくか)
今後のことを心配する者もいたり、
(リア様の選んだ男か……色々な噂は聞いてますが……実際のところどうなのか……明日の人民の前で行われる演説が楽しみですね……)
評判のみにとらわれることなくあくまで冷静に見定めようとする者もいれば、
(ふふ、あの男がリア様がいっておられた例の方ですわね。そして今日からわたくし達の仕える主……。お強いとは聞いてますけど、これからが楽しみですわね)
やや挑戦的な視線を向ける者もいた。
(良かった……本当に良かった……リア様、お幸せそう……)
リアの幸せそうな笑みを見て満足げな笑みを浮かべるのはマリスだった。主の幸福こそが至上の喜び。宿願を果たせたことは最も欣快とするところであり、この場の誰よりも二人のことを祝福していた。
だが、その隣ではかなみが対照的にひどく陰鬱な表情をしていた。それはまるでこの世の終わりに直面したかのようで、顔には縦線が入り、色も青くなっている。
(はぁ……ついにランスが、この国の王様に…………はぁ……)
おそらくこの出来事は今までの人生の中で一番不幸な時といっていいほどだった。だが、きっとこれが最下限というわけではないはず。これは序章に過ぎないのだ。ランスが王となった以上まだまだ不幸は待ち受けているだろう。
それがわかるかなみはがっくりと肩を落とした。
そしてまた一人、結婚式という場なのに実に暗い顔した女性とむすっと愛想のかけらのない表情をしている女性がいた。
「あのお姫様も思い切ったことするわね……」
カスタムからの出席者、魔想志津香がポツリと呟いた。
その友人であるマリア・カスタードは眼鏡の奥に複雑な感情を湛えた瞳を揺らしていた。
「ランス……。……シィルちゃんがあんなことになっちゃってるのに何で……?」
「ふん、知らないわよ。あの馬鹿のことなんて」
「……もしかしたら、シィルちゃんのことで何か考えがあって……」
「何も考えてるわけないでしょ、マリアはあいつのこと好意的に見すぎよ」
志津香は眉を吊り上げ、現実を諭すよう冷たく言い放つ。
もう何度目の忠告になるかわからない。無駄だと半ば諦めつつも、親友の目を覚まそうとする。
(はぁ……どうせならこれであいつがマリア含めて他の女の子にちょっかい出さなくなれば、それが一番いいんだけど……ま、ないわね)
一縷とも呼べない希望を即座に払い捨てる。どう転んだとしてもこんなことで好転するはずが無い。志津香の嫌な予感は拭えない。
「でも、結婚なんて……もしかしてリア様もランスの……運命の……相手だったのかな……?」
「……そんなこと私が知るわけないでしょ……」
これで自分の運命もご破算になればいいが、とても腐れ縁が断ち切れるとも思えなかった。相も変わらずよぎる嫌な予感に志津香はひそかに嘆息を漏らした。
「ひっこめ~! ぶーぶー!!」
会場でただ一人野次を飛ばしている女性がいた。自由都市地帯のコパ帝国より招かれたコパンドン・ドットである。ランスを愛する女としては彼が別の女性と結婚することが非常に面白くないのであろう。
それを隣の席に付いていたレッドの神官セルが宥める。
「コパンドンさんこのような目出度い席にそのような汚い言葉を吐くのはやめた方が……というか、酔っぱらってらっしゃいませんか?」
「うっさい! 飲んで悪いか! これが野次らんでいられるか! ……なんでや~ランスのあほ~!!」
「はあ……」
セルは頬に手を当てて困ったように嘆息をする。
(でも……ほんとにこれでいいのかしら? ランスさんの運命の人は、シィルさんとばかり思っていたのですが……)
ランスの隣が一番似合う存在がそこにいないことにやはりセルはどこか違和感を感じるのだった。
そして野次は飛ばしてないものの腸が煮えくり返りそうな表情をしている女性がもう一人いた。
ゼス四天王の一人にして現ゼス王女でもあるマジック・ザ・ガンジーであった。
「な、ん、で、私の結婚式はすっぽかしてあんな淫乱女との式を挙げてんのよ」
怒りで肩を震わし、顔を真っ赤にして、マジックは口の中で呪詛に満ちた言葉を呟く。体中から溢れ出る不穏なオーラが辺りを包み込んでいた。
彼女の手の中にあった招待状がグシャグシャに握り潰されると、ミシミシギリギリと断末魔にも似た音を哀れな紙が助けを求めるようにたてていた。
「ひぃ~~……ポマード、ポマード」
この場に蔓延るあまりの威圧感に同じくゼス国からの列席者であるロッキー・バンクは涙目でただ怯えるだけであった。
本来は自分の敬愛する旦那様であるランスの晴れ姿を見られることを楽しみにしていたはずの彼であったが、今ではそのことに後悔し、はやく式が終わることをただ願うばかりだった。
「それにしても、あのピンクもこもこちゃんはどうしたのかしらねぇ?」
そんな険悪なムード漂う中でもあっけらかんと言葉を発せられるのはマイペースなパパイア・サーバーだった。
「……シィルさんは今現在は氷漬けになってしまわれて……」
JAPANでの事情を知るウルザ・プラナアイスが言いづらそうな顔で説明する。
「氷? まぁ、彼のこんな姿見たら凍りつくのもわからなくもないけど……」
「いえ、そういう意味ではなくて……」
「? ……まぁいいわ、それより千鶴子さ……」
話を変えるようにパパイアはゼス四天王筆頭の山田千鶴子へと視線を転じさせた。
「何?」
「王家の結婚式っていうんだから気合いれたんだろうけどさ……」
「あら、やっとコメントいれてくれるの? 私の自慢のドレス」
千鶴子は眼鏡を上げると、自信満々な笑みを湛えて自分の衣装を見せ付ける。
「自慢? ……と、言うか……どう見ても、それ……ぷくく」
パパイアは顔を奇妙に歪め、吹き出しそうな口を押さえる。
体を折り曲げ、小刻みに肩を震わせて、こみ上げてくる笑いをなんとか必死に抑えているようだ。
「らくがきドラゴンの出来損ないよね?」
「なんですって!!!」
「……何だか向こうの方が騒がしいですね」
「大陸式の結婚はこういったものなのですかね? 活気がすごいです」
「こういうのは活気とはいいませんよ」
JAPANでは見慣れぬ大陸の結婚模様に感心したように呟いている織田香に直江愛はぴしゃりとつっこむ。
野次やら怒鳴り声がとびかう挙式があっていいはずがない。
「騒がしいのは、ランスの結婚式だからだと思うでござるよ」
にょほほと楽しそうに眺めるくのいち鈴女の目線の先では、ちょうど新郎と新婦の誓いのキスに移行しているとこだった。
そこで何を考えてるのやら、ランスが暫くディープキスをしたかと思えば、なんとさらにその先に進もうと新婦のドレスに手をかけはじめた。それを近くにいた神父が慌てて止める。
結婚式としてはもはや内容がめちゃくちゃであった。
愛はあまりの非常識な現状に頭がズキズキと痛み、その広い額に手をあてる。
常識人である彼女にはいささか辛い空間だろう。そして、なお悪いことに彼女には頭を悩ます種が別に存在していた。
愛は、ちらりと横目で隣の人物の方を窺う。
混じりけの無い長い黒髪に凛々しい顔立ちの女性。彼女の敬愛すべき主君であり、また親愛なる幼馴染の姿がそこにあった。
JAPAN上杉家当主、上杉謙信。彼女もまた愛の頭痛の原因の一つである。
愛ははじめ、彼女がこの場にくるのをあまり良しとしていなかった。というのも謙信は、現在結婚式の主役というべき新郎のランスに深い好意をよせているのだ。
それこそ、彼を思えば大好きな食事はまともに喉を通らないし、涙を流すことも多々あった。それほど想いが深かった。
その想い人がいきなり結婚することになったのだ、ショックであろうし、その場を見るのも辛いであろう。
しかしながら、謙信は我がことのように喜んでいる。結婚の報せがあったとき、彼女は破顔し、「ランス殿が幸せであればそれでいい」とさえ言っているのだ。
以前にもこれと似たようなことがあった。
愛がランスに抱かれているのを謙信が知ったときも嫌がるわけでもなく、逆に自分の時間を割いても愛を抱いてやって欲しい、愛にも幸せになってもらいたいなどとのたまうのだ。
そう、彼女は必ず自分のことではなく、他人のことばかり考え、優先する。それが謙信の良さ、好ましいとこであることはわかっている。
でも……――
もう少しわがままに、自分勝手に、自分自身の幸せというものを考えてもいいのではないか、と愛は思う。
「どうした愛? 私の顔に何かついているのか?」
暫くぼうっと見られていたことに気づいたのか、謙信が愛の方に振り向いた。
「……はっ! ……ま、まさか先程食べたおにぎりの米粒でもついていたか?」
そして何を勘違いしたのやら謙信はわたわたと自分の顔を手探る。何にしても愛の気持ちにはどうやら少しも気づく様子がない。
「別に何もついてないから安心なさい」
「そうか、良かった……」
(こっちはよかないんだけどね……)
安堵の息をつく謙信と対照的に愛は、内心で溜息をつく。愛の悩みは尽きることが無い。とてもランスを祝福してやる気持ちはおこらなかった。
こうして、皆の思惑の中、宣誓が全て終了した。
「それでは、この者ランスを、リア・パラパラ・リーザスの夫と認め、王位を譲位し、ここに我らが父、主の加護の元、リーザス国国王として認める」
街中の鐘が、二人の祝福の為に鳴り響いている。
二人はヴァージンロードを歩きついて、外に出ていた。
招待客達は、二人の目の下、階段の下にいる。
「さあ、リア様。ここからブーケを投げてあげないと」
リアの介添えをしているマリスがリアに耳打ちした。
「うん、そうね……ふふ」
リアは唇の端を吊り上げ小さく笑うと、招待客のある一点に向けてブーケを投げた。
そして放物線を描き、ゆっくりと落ちていくブーケの先は……
「なっ!!」
ぽすっ
マジック王女が手元に目を落とすと綺麗なブーケがそこに収まっている。
マジックが茫然と顔を上げ、リアへと目を向けると、彼女の勝ち誇った笑みが映った。
(あらぁ、せっかくブーケが手に入ったのに婚約者がもういないわね、ふふふふ……残念だったわね……ダーリンと結婚できなくて)
ここぞとばかりに新郎であるランスにくっつき、見せ付けるリア。
ブチンッ。
マジックの何かが切れた音がした。
「あんの馬鹿女~っ!!!」
「マ、マジック様落ち着いてください」
顔を真っ赤に染め上げ、リアにつかみかからんばかりの勢いで向かっていこうとするマジックを周りにいた人たちが何とか抑える。
カオルやウィチタなどが手や体を掴むが、マジックは暴れてそれを抜けようとする。
「あははは、あの王妃様やるわね~」
「のんきなこと言ってないでパパイアさんも手伝って下さいよ」
「あっ、え~と……」
その側にいたリズナはどうしたらいいのかとおろおろとマジックの近く慌てふためくだけ。
「……ぐぅ」
「あんたはこんな場でもよく寝てられるわね」
そして熟睡しているものもいて、場は混沌としていた。
「きぃ~~!!」
取り押えられながらも、なおもじたばたもがくマジック。ついには詠唱をはじめ、手には魔力が収縮された白き光も見えた。
それを見て、周囲の顔色がさっと変わる。カオルは慌てて叫ぶ。
「駄目です! マジック様、それだけは不味いです。こんなとこで攻撃魔法なんて放ってしまったら取り返しがつきません」
「止めないで、カオル! あの女を消し炭にしてやるんだからぁ!」
「おおぉ! やったれ! やったれぇ!!」
コパンドンはどさくさに紛れて囃し立てていた。
そんな招待客たちのやりとりをランスは面白くなさそうに見下ろす。
「くそう、何だかよくわからんが、主役である俺様を差し置いて客だけで盛り上がるとは許せん」
「ほんとほんと、何を騒いでんのかしらねぇ、あちらさんは」
リアはくすくすと楽しげに笑う。
「おい、マリス! 俺様はなんかないのか? こう、どばっと目立つようなの」
「はぁ……、あ、でしたらランス王、新郎のブートニア・トスは如何がでしょうか」
「ブートニア・トス?」
「簡単に言いますと、新郎側のブーケ・トスのようなものですね。国の王がやるとなると非常に特別な物になると思いますが」
「ほう、なるほどな。で、これを投げればいいんだな」
ランスは自分の胸ポケットの花を手に取る。そしてそれを高く掲げた。
「がははは、哀れな独身男性ども! 有り難くもこの俺様が幸せを恵んでやるぞ、死ぬまで感謝しろよ」
ランスは自分が目立つように格好つけると、傲岸不遜な振る舞いで客席へ花を放り投げる。
花は綺麗な放物線を描いて飛んでいった。
そして――
ぽすっ
「…………あ?」
「げ……」
「あちゃー」
落ちた場所はJAPANからの来賓の側であった。一同の目が一人の男へと向けられる。その相手が誰なのかに気付いた者は皆固まった。
「………………」
花を受け取ったのは陰陽機関当主、北条早雲だった。彼にはかつて一人の恋人がいた。そしてお互い相思相愛で結婚も間近であった。
しかし彼は、つい最近JAPANでの事件でこの婚約者を失ってしまったのだ。
不幸にもランスの半ば冗談で言ったまさに”哀れな独身男性”へと花が渡った形となってしまった。
無表情で花を見つめる男の背中から哀愁が漂っており、とてもじゃないが、お花良かったですねなどと声をかけられるはずも無い。微妙に目を逸らしたり、微妙な笑顔でいたり。
「…………蘭」
「…………」
問題だらけの結婚式は結局問題だらけのまま幕を閉じた。