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No.29849の一覧
[0] Rance 戦国アフター -if もう一つの鬼畜王ルート-(鬼畜王ランスを含むランスシリーズ)[ATORI](2012/12/07 20:32)
[1] 1-1[ATORI](2012/11/15 20:34)
[2] 1-2[ATORI](2012/09/27 01:33)
[3] 1-3[ATORI](2012/09/27 01:34)
[4] 1-4[ATORI](2012/09/27 01:32)
[5] 1-5[ATORI](2012/09/27 01:31)
[6] 2-1[ATORI](2012/09/27 01:31)
[7] 2-2[ATORI](2012/09/27 01:30)
[8] 2-3[ATORI](2012/09/27 01:29)
[9] 2-4[ATORI](2012/09/27 01:29)
[10] 2-5[ATORI](2012/09/27 01:28)
[11] 2-6+α[ATORI](2012/09/27 01:28)
[12] 2-7[ATORI](2012/09/27 01:26)
[13] 2-8[ATORI](2012/09/27 01:26)
[14] 2-9[ATORI](2012/09/27 01:24)
[15] 2-10[ATORI](2012/09/27 01:24)
[16] 3-1[ATORI](2012/11/15 20:33)
[17] 3-2[ATORI](2012/09/27 01:22)
[18] 3-3[ATORI](2012/09/27 01:21)
[19] 3-4[ATORI](2012/09/27 01:20)
[20] 3-5[ATORI](2012/11/15 20:32)
[21] 3-6[ATORI](2012/12/07 20:08)
[22] 3-7[ATORI](2012/12/07 22:51)
[23] しばらくおやすみにはいります[ATORI](2012/12/19 21:04)
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[29849] 2-8
Name: ATORI◆8e7bf1bf ID:08330365 前を表示する / 次を表示する
Date: 2012/09/27 01:26

 -Rance-if もう一つの鬼畜王ルート
 第十三話 ~assault~



 早朝。リーザス城外には、うし車が何台も停まっていた。
 どれもこれも城で保有している物であり、一般が普段目にするような車とは違うものだ。特に中央に他の車に囲まれる形で位置する一際大きく、豪奢な外装のうし車が目を引いている。それは金細工で細かく彩られ、うしよりもよく映える彩度の高い赤を基調として作られていた。その色、クリムゾンが意味するのはリーザス王室だ。武勇、闘志を意味するカラーであり、リーザスをその武で建国した英雄グロス誕生の頃より愛され、国旗にも使われている神聖な色だ。
 そういった外見の通り、これは王家専用のうし車なのであるが、使用されるのは専ら、祭礼や祝賀の際である。しかし、今日はそのような特別な日などではなかった。ましてや他国での会談などでもない。
 目的は、魔人退治。これはリッチまでの高速の移動手段として用意されたものだった。本来であれば帰り木を利用しての転移をするところだが、先日の魔王騒動の緊急対応にストックをほとんどつぎ込んでしまった為、数が確保できていない。
 マリス・アマリリスは、並ぶうし車の傍らにいつものピンとした直立の姿勢で佇んでいた。早くからこれらを手配し、王を出迎えるためこうして従順な侍女らしく待ち設けていた。
 ふと視線を下に向けて見れば、うしが鼻を擦り付けるようにして食んでいる下草が目に映った。葉の表面には野趣にも朝靄の雫が掛かり、朝の柔らかな光を鮮やかに反射して輝いている。夜明けからまだそう時間が立ってはいない。小トリもようやく鳴き声を聞かせ始めている頃だ。
 朝早くと指示したのはランスであったが、本人の性格上、自身が時刻に正確に起きてくるかはわからない。場合によっては未だベッドの中かもしれない。マリスはそのような心配をしていたが、それはどうやら杞憂に終わってくれたようだ。
 顔を上げると、荘厳な造りの巨大な城門から現れる体格の良い人影が遠目に確認できた。数人の部下と侍女を引きつれるランスがこちらにのそのそと歩いてくる。

「お早う御座います」

 王が近づくと恭しく頭を下げ、一日のはじまりとなる挨拶らしくしっかりした挙措で礼を表す。

「おう」

 ランスは割とはっきりとした調子で応じた。取り敢えずだらしのない眠気などは見た目には窺われない。

「しっかりお休みになられたでしょうか?」

「がはは。昨日はたっぷり5発は出してぐっすり気持ちよく寝たからな。調子いいぜ」

 笑うランスの後ろでげんなりとしている女忍者の姿が、向き合う位置に立つマリスには見えたが、特に気にせずにそうでしたか、とだけ返す。
 軽いやり取りを流すとランスはうし車へと視線を転じた。

「んで、もう用意は出来てるんだろうな?」

「はい、何時でも出立出来ます」

「ようし。そんなら今から、魔人レイをぶっ殺しに行くぞ。おそらく相手は怪我を負ってる。ならチャンスは今しかない。相手の傷が癒える前に片付けるぞ」

 ランスが出発の準備が出来ているうし車に乗り込むと、既に待機済みだった他の兵士達も次々と車へ乗り込んでいった。
 連れて行く兵士は赤軍の精鋭にのみ絞られている。うし車の数により制限されているのもあるが、魔王の護衛、監視のためにも城に残す兵を多く割く必要があったからだ。

「みゃーみゃー」

 全ての人員の乗車が終わると、うしの愛らしい鳴き声と共に車は城を出発した。
 その体躯に似合わず、うしは短い足を器用にせかせかと素早く動かし、地面を蹴り上げて駆ける。さすがに王家自慢のうしだからか、名に恥じずその躍動が逞しく力強い。それらに引っ張られる車も快速と言った調子で幾重もの轍のラインを地に描きながら街道を順調に走っていく。
 車輪が道の僅かな起伏を捉えているにも関わらず、車体は少しもブレることはない。中に外の小さな震動も音も伝わらないように魔法が仕掛けれられているためだ。これにより、長時間の走行による移動疲れの軽減が出来る。

「この調子で行けば、おそらく後三時間程度で着きそうですね」

 広く快適なうし車の中、マリスは窓の外に流れる町の景色と手元の時計を見ると、隣に座るランスに向けて言う。

「うむ。流石にうしは速いな。目立つとことアホみたいな費用がかかるとこは難点だが、リーザスの端までこう速く、楽に行けるとこは素直に評価してやってもいい」

 実に尊大な口ぶりでランスが返す。
 因みに、リーザス城からリッチまでは直線で300km弱程の距離がある。そう考えると彼の言うとおり魔法転移という手段を除けば、かなりの高速移動手段だろう。
 と、嬉々としたランスの表情が不意に曇ったものに変化した。

「まあ、そっちはいいんだ。そっちはいいんだが……」

「いかがいたしました?」

「いやな、俺様の朝食……さっきからパンばっかじゃねえか? 飽きてくるんだが」

 これからの魔人戦に備えて軽い朝食を済まそうとランスは車内で食パンを頬張っている。それはただのパンではない。超熟経験食パンという人間の力の糧となってくれる特別なものだ。故に大量に摂取してるのだが、さすがに食パンそのままをずっと口に入れることが苦痛らしく表情から辟易とした色が覗いている。

「味の変化をお求めでしたら、うし乳のバターとハチ女の蜜でよろしければこちらに用意してございます」

「おう、それでいい」

 ランスは頷くと、食べさしのパンをよこす。受け取ったマリスはその表面にさっとバターとハチ蜜を塗ると魔法で熱を通していく。こんがりと焼き色がついてからまたハチ蜜を重ねるとランスのもとに返した。ランスはそれを手でとることなく、ものぐさに口まで運ばせ、もしゃもしゃと食べていく。
 すると、

「あの、ランス王……」

 膝元から澄んだ声が飛んできた。そちらに目をやると一振りの日本刀が置いてあった。

「ん? どうした日光さん」

「いえ、パンの食べカスが先ほどから私の方にぽろぽろ落ちてきているのですが……」

「おお、すまんすまん」

 たいして悪びれない口ぶりでいう。ランスは刀に降りかかったパンくずをぱっぱと手で払って、膝から持ち上げる。そして目線の高さまで持っていくと、おもむろに鞘を払った。
 すらりと引き抜かれて現れた刃に一目で惹きつけられる。細身にしてやや弧を描いた姿は女性的な柔らかさを感じさせ、緻密細美なる地肌は潤いを孕み上品な印象を与える。その研ぎ澄まされた刀身に浮き上がる華やかなる刃文と煌めく粒子の光が澄みきる様はさながら日輪のごとき冴えを放つ。それが荒事に使われる乱暴な道具であることなど誰もが否定してしまいそうな、まさに至高の美を体現した芸術品であった。
 ランスはその美しさに魅せられたように矯めつ眇めつ眺めながら、にやつき始めた。

「むふふ、聖刀日光……まさしく俺様のものに相応しい一品だな」

「あくまで一時的な所有ですよ」

 美樹達に付き添っていた伝説の武器の一つである聖刀日光は、所有者をランスに変えた。
 本来の所有者たる小川健太郎は魔人レイとの交戦で重傷を負い、今もなお入院中の身だ。その使い手不在の間だけ、日光はランスに力を貸してくれることになった。
 リーザスにとっても、日光にとっても互いに魔人の脅威を排したいという目的は一致している。美樹を魔人から守りたいが使い手がいないためままならない日光と、覇道のために邪魔な魔人を潰したいが手段の乏しいランスにとって互いがパートナーになることは大きな利をもたらしあえる。日光はその所持に条件のある特殊な刀であったが、ランスは所有者としての資質があったことも大きい。

「一時的なんてもったいない。ずっと俺様のものになっても何の問題もないだろう」
 
「私は美樹ちゃん達を手助けすると約束しましたからね。それにランス王にはカオスがいるではありませんか」

「あんな奴いらんいらん。日光さんのほうがいいに決まってるだろ」

「そう言っていただけるのは有難いですが、波長的に言えばランス王は、私よりもカオスに近いのです。実際のところ、向こうの方がしっくりしているはずですし、私の目にもぴったりに映っていましたよ」

 その日光の言葉にランスの顔はひどく渋くなった。

「あんな下品な剣が高貴な俺に相応しいはずがなかろう。栄光ある超エリート人生を歩む俺様にとってバカオスを使ったことは唯一の汚点と言っていいぐらいだ」

 これまでのカオスとの付き合いを思い出す。口を開けばやらせろ、やらせろとまるで下半身が剣になって歩いているような奴だったという印象しかない。なんとも恥ずかしい存在だなとつくづく思う。

「というかもうあんな奴救う必要ないし、このまま永久にほっておいてもいいんじゃないか」

 そこでランスはぽんと拳で掌を勢いよく叩く。

「おお、そうだ! ついでに良いこと考えたぞ。せっかくだから、今まで俺様が使ってたのもカオスじゃなくて日光さんだったことにして、歴史家に文献を書き換えさせるか。あんな18禁要素満載のカオスの馬鹿が役立ったなどとそんな話、後世に一文字たりとも残してやらんぞ。ざまぁみろ、がはは」

 そんなとても今から魔人退治にいくとは思えないほど愉快な笑いがあがる緊張感の欠けたうし車は、予定時刻に街道を抜け、リッチの街に到着する。一行はさらにそこからメアリーの家へと歩いて向かった。彼女の住んでいる場所は街のひどくはずれに位置している。
 そこいら一帯は、中心部の洗練された都会の様相と違い、のどかな田園地帯に囲まれており、さらに向こうには緑に覆われたなだらかな丘陵、牧草地の広がる高原などが在った。そこでは家畜の放牧などがおこなわれているらしい。ひつじの鳴き声が麗らかに響いていた。
 そのような実に牧歌的で見晴らしの良い草原の真ん中にメアリーとレイの二人の住居は据えられている。

「あれがメアリーの家か」

 家を視界に捉えつつも、やや離れた位置にランスと兵士たちはいた。
 日はすっかり天の方へと昇ってきている。降り注ぐ光線が緑の色を鮮やかに際立たせる。清冽な大気はどこまでも透き通っており、僅かに丸みを帯びた地平線をくっきりと映す。その上に赤い屋根に白い壁のごく有り触れた家屋が小さくも存在を主張しているのがわかった。

「ふん……やはりここらへんまでは美樹ちゃんの魔法の影響も及んでなかったんだな」

「レイは戦闘場所を離していたみたいですからね。巻き込みたくなかったんでしょう」

 マリスが考えを述べると、ランスは同意するように大きく頷いた。

「ああ。よっぽどババアが大事と見えるぜ。これははっきり言って好都合だ」

「向こうは好きに力を振るうことはままなりません」

「下手に力を出せば、ババアを傷つけかねないからな。魔人の馬鹿みたいな強力さが仇となるんだ。後は、ろくに抵抗も出来ない怪我人をじっくりと料理しちまえばいい。楽勝だな」

 レイがメアリーの居場所から離れて戦おうとしていたことは逆に言えばここを戦場とする事が非常に都合が悪いことを示している。故に、ここで襲撃をかける。魔人と人間の基礎戦闘力に圧倒的な差がある以上、相手に少しでも不利な条件を押し付けて戦う必要があった。メアリーが側にいればレイの動きに大きな制限がかかるのは間違いない。抵抗しようと下手に暴れれば、敵だけでなく守りたいものにまで被害がでかねなく、逃走しようにも相手が病人の老婦だけに簡単にいかない。

「さてと。それじゃあ、まずはかなみ。ちょっと中の様子を探って来い」

「わかったわ。場所が場所だからちょっと時間がかかるかも知れないけど行ってくる」

 かなみは顔を引き締めると音も残さず姿を消した。
 それを見送るとランスはゆっくりと地面に腰を下ろした。情報が持ちかえられるまで、ここでのんびりと待つつもりだ。
 足元に広がる草原は柔らかい感触を与え、陽射しのぬくもりも多く含まれている。自然のかぐわしい香りも合わさり、大いにリラックスさせてくれた。ピクニックなどをするにはきっと悪くないスポットだろう。

「うーむ……よし、サチコ、お茶をいれろ」

 戦の前に一服しようと、召使に声をかける。
 しかし、しばらく待ってもその返事は全く返ってこなかった。訝しんで目を向けて見れば、新しい召使は怯えるようにがくがく震えており、全く聞いている風でない。

「おい、サチコ聞いてやがんのか!」

 ランスはサチコのスカートを勢いよくまくりあげる。一瞬で裾が翻ると、白い腿と純朴そうな下着が露わになった。

「わ、きゃあ!?」

 甲高い悲鳴が上がるのと同時、サチコは驚きに足を滑らせて、地べたに尻もちをつく。

「ったく。そんなとこで何をがたがたしてるんだ、お前は」

 冷たい目線を浴びせると、サチコはスカートをぎゅっと抑えながら涙目で小さく唸った。

「だって、魔人退治に行くなんて聞いてませんでしたよ。なんで、私をこんなところまで連れてきたんですか?」

「主人である俺が危険な戦地に行ってるのに奴隷のお前が城なんて安全な場所でぬくぬくと過ごすなんて馬鹿なことがまかり通ると思ってんのか?」

「それは……ってなんで奴隷になっているんですか!?」

「ええい、いちいちうるさい。奴隷のくせに口答えするな」

 今度はスカートを引っ張り上げて、すかさず下着の中へと手をつっこむ。強引に侵入を果たすと、秘部を探る様に淫らな指先を這わせていく。
 割れ目をなぞっていくと、上端のほうにかすかな突起を捉える。こすりつけるように指を軽く上下に動かした。
 サチコが、びくっと跳ねる。

「ひゃっ!?」

 表情には驚愕、恐怖、緊張、羞恥が代わる代わる現れている。身体のほうは首を振って、身を捩ってと全身で一杯に拒絶の意思を表してきた。そうした彼女の精一杯の抵抗をものともせず、むしろ暴れる動きを利用しながらランスはパンツを引きずり降ろした。
 薄い茂み、女陰が燦然たる太陽の下あられもなく現れた。

「やあっ、やめて、ください、王さま!」

 震える唇から必死の訴えが搾り出される。ランスは当然聞く耳持つことなく、正面近くからサチコの秘部を覗き込もうとする。しかし脚がきつく閉じられてしまった。
 彼女にしてみれば両足に相当の力が懸命にこめられているようだが、それでもランスが少し押しのければあっさりと開いた。

「魔人戦前にかるーくウォーミングアップを一、二戦挟んでおくか」

 準備運動とばかりに軽い調子でセックスにとりかかろうとする。
 だが、そこに「キング」と短く呼ぶ声がかかった。ランスは舌打ちをうつ。

「……なんだ、リック。これからいいとこなんだから、いくらお前でも邪魔は許さ……ん?」

 苛立ち気味に吐いた言葉は途中で途切れる。視界の隅に影がさした。引き寄せられるようにはっと顔を上げる。
 少し前まで空は雲一つとて浮かんでないまっさらとも言えるような状態だった。だが、今そこにはいつの間にか奇妙なものが存在していた。まるで岩石のような無骨な塊だ。それが不自然にもメアリー家の丁度上空をふわふわと漂って異質な光景をつくる。

「あれは何だ?」
「新種のとりか?」
「UFOか何かじゃないか?」
「いや……ストーンガーディアンだ。ストーンガーディアンが飛んでいるぞ」

 兵士たちが口々に飛行物について意見をかわしている。
 一早く正体に気付いたランスは愕然と目をみはる。

「あいつはまさか……。何だってこんなとこにいやがる。レイの野郎、ピンチだからって助けでも呼びやがったんじゃないだろうな」

 前方の様子を窺いながら、腰を浮かす。弛緩しかかった空気は急速に張り詰めていく。
 何をするのか注意深く観察するよう警戒の眼差しを向けていると、予想だにしなかった出来ごとが起きた。
 巨大な石の塊はまるで狙い定めるように、家の上空でぴたりと制止すると、そこで浮遊の状態を解いたのだ。当然、それはただ引力に引かれるままに真っすぐ下へと向かっていく。巨石が落ちる勢いは宛ら隕石の落下のようだ。
 破砕音が突きぬけ、重い衝撃が地面に走った。遠くにいるランスらでさえ把握できる威力。形を失った屋根や壁の隙間からもうもうと煙が立ち上っていく。
 あまりに異常な事態に場にいる全員の表情が緊迫の色に包まれた。
 ランスは居てもたってもいられず駆けだそうとした。だが――

「お待ちください、ランス王」

 静止の言葉が鋭くかかる。

「何だ!」

 思わず強い口調になった。睨みの視線をマリスの冷静な顔へとぶつけるも相手はびくともしない。

「未だこちらには不明な情報が多すぎます。あれが何をしにきたのかわかりませんし、もし仮にレイの味方であればこちらは一気に不利となります。迂闊に飛び込めば危険です。もうしばらく様子を見つつ、場合によって退いたほうがよろしいかと」

「じゃあ、向こうに侵入させているかなみはどうすんだ」

「彼女は忍びです」

 返って来たのは端的な回答。それは忍びだからこの場は任せろというものか。または忍びだからこの場は切り捨てろというものか。どちらの意味にも取れ、相手の無表情の顔からは何も読みとれない。
 いずれにしろランスは承服できなかった。

「俺様が行くと言ったら行く。これって時に邪魔されたんだからな、殴りこんでやらなきゃ気が済まん。マリス、全員に付与をかけろ」

「……ランス王」

 マリスは声音を険しくして呟くが、そこで言葉を切った。暫く黙った末、結局諦めたのかその後に唇にのせたのはランスの要望通り付与魔法の詠唱だった。

「……がんがんふよふよ……かたかたふよふよ……」

 力を授ける魔法。溢れ出る光が体に纏い深くまで染み込んでいく。心身に力がみなぎるのを感じた。
 ランスは日光をとる。続くように兵士たちも一斉に剣を抜いた。
 
「我々が先に突入いたします。キングはその後にお願いします」

 リックが前へと進み出る。
 ランスは頷きを返すと未だ地べたに座り込むサチコを見おろす。

「お前は一足先にリッチの都市に戻ってこの後の魔人退治祝勝の宴のための店でも予約してこい。いいな?」

 サチコは脱がされた下着を握りしめながらこくこくと首を縦に振ってみせた。

「さてと、それじゃあ魔人潰しにいくぞ」

 


 歪んだ扉が吹き飛ばされる。そのままの勢いで中へと飛び込むと生々しい破壊の痕跡残る惨状が目に入った。
 荒れ果てた空間の中央に唯一形をしっかりと保った石像が鎮座している。石がいくつも積み重なって人型の姿を作っており、その幅広い肩の部分に腰をおろした女がいた。柔らかな肢体を纏うは黒いマントとボンテージファッション。何より燃えるような緋色の髪が鮮やかで印象的に映る。
 ランスはその姿に見覚えがあった。記憶に符合するのはただ一人。

「サテラ!」

 その名を叫ぶと、そこで初めて闖入した存在を意識するように女の紅い瞳がこちらを捉える動きを見せた。

「……お前は、ランス。まさか、こんな所であうとはな」

「そりゃ、こっちの台詞だ」

 言いながら、ランスは視線を素早く周囲へと走らせ様子を探る。かなみのいる気配はあった。だが、

「む……レイとメアリーはどこ行った? さっきので死んだのか? それともどさくさにお前が逃がしたのか?」

「レイならいない。サテラが来た時にはもう誰もいなかった」

「なに? 嘘をいってるんじゃないだろうな」

「嘘を言ってどうするんだ。レイがいないことはサテラにとっても大いに不都合なんだ。リトルプリンセス様の濃い力の気配を辿ってここに来たら、他の魔人の存在が確認されたから情報収集ついでに潰してやろうと思っていたのに」

「リトルプリンセス……そうか、やっぱりお前も美樹ちゃんが目的でここにやって来た魔人の一人か」

 ランスは刀を構える。それを見たサテラの眉が上がった。

「それは……聖刀日光。それにその口ぶり、お前はリトルプリンセス様についてよく知っているみたいね」

「美樹ちゃんならこの俺様が保護している。そんなわけだから命を狙うなんて無駄な行為はやめてとっとと帰るんだな」

「何か変な勘違いしてるみたいだな。サテラは別にリトルプリンセス様の命を狙っているわけじゃない。狙う奴らから守っている立場だ」

「守る? なんだそれは?」

「魔王が不在ということで今魔人領が二派に分かれていることは知っているな?」

「あぁ……確か……」

 とは答えつつもまったく記憶にひっかかるものがないので直ぐに側のマリスへと目配せする。それを受けたマリスは自分の知る範囲の情報を出してくれる。

「魔王を殺し、新たなる王になろうとする魔人ケイブリスの派閥と魔王リトルプリンセスを支持する前魔王ガイの娘、魔人ホーネットの派閥、ですね」

「そうだ。サテラはそのホーネット様からの正式な使者としてやって来た」

「今回も美樹ちゃんの護衛に来られたのですか」

 確認するように訊いたのはランスの手にある日光だった。その物言いから二人が知り合いの間柄であることが窺える。「今回も」という言葉には今まで同じく守りにきた事実があったことを示しているのだろう。
 サテラは一応首肯の形を見せた。

「……それもある」

「他にも何か?」

「ホーネット様のもとへ連れて行き、今度こそ魔王として覚醒してもらう」

 覚醒という言葉にランスの片眉が小さく反応する。

「美樹ちゃん本人は魔王になんかなりたくないって言ってるぞ?」

「もうそんな勝手が許されないとこまで事態は切迫してるんだ。ケイブリスの勢力は日に日に増して、人類領への侵略まで起きてしまった。もうホーネット様も抑えるどころか、限界に来ている。後何ヶ月ももつのかわからない。……だからこの事態を収拾するには魔王が覚醒するしかないんだ」

 語るサテラの表情に余裕はなく、声も低く硬い。
 ランスは対照的に軽くあしらうような余裕の笑みを貼り付けていた。

「生憎だが、そんな事情を考えてやる筋合いはこちらにない。美樹ちゃんは魔王にならん。帰れ」

「…………ランス、二度は言わないぞ。大人しくリトルプリンセス様をこちらに渡せ……! でなければ」

「……でなければ何だ?」

 もはや流れは決したも同然だった。
 互いに自分の都合だけを見て、ただ自分の要求のみ突きつけ、どちらも譲る気も妥協する気もない以上行きつく先は一つ。強圧的な手段にでるだけだ。
 果たして、こちらを見下ろすサテラの目はすうっと細まる。双眸の奥には燃えるような激情が垣間見えるが、その視線は決して熱を与えず寒気を帯びさせる。

「サテラの邪魔をするつもりなら、貴様をここで殺して美樹様を連れて行くまでだ」

「ふん。言葉で言ってもわからないやつには少しお仕置きが必要そうだな」
 
 見上げるランスは不敵な笑みで受けいれる。
 サテラは肩部から軽やかに飛び降りた。そして微かに首を捻り、ちらりと背中越しに後ろの石像へと振り向くと、

「シーザー、終わるまで下がっててちょうだい。こいつはサテラが殺すから」

「……ギョイ」

 岩の擦れる音とともに無機質で平坦な返事が返ってくる。ストーンガーディアンのシーザーは素直に命令に従い、ゆっくりと向きを変えてその場から離れた。
 それを見届けたサテラは、今度はリーザスの兵らに視線を移す。視線を受けたリーザス兵達は咄嗟に身構えるが、サテラは冷笑を浴びせてそれらを見下すと、指先をくいと動かした。
 すると、ランスとリーザス兵達の間を隔てるように光の壁が出現した。兵士達が慌ててそれを押したり叩いたりと行動するもビクともせず、完全にサテラとランスのいる領域から分けられ、遮断されてしまう。
 その結果に満足そうにサテラが頷く。

「お前らみたいな連中にサテラ達の真剣勝負に割り込まれたら、癪に障るからな」

 言いながら、対峙する相手であるランスへと意識を戻そうと振り返る。

「……さて、これで余計な邪魔は入らな……っ……!?」

 そこでサテラの言葉が詰まった。驚愕に歪む表情。ランスはそれをひどく間近に見ることができた。決闘のための環境作りに気をとられてるそれ自体が大きな隙だと見定めて飛び掛っていたからだ。
 
「もらったぁっ!!」

 相手の調子にわざわざ合わせる必要などない。仕掛けるは問答無用の速戦即決。それは動作にすら入る隙を与えずに叩く究極の先の先。
 ヒュンッ!
 風を切り裂くように銀光が刹那に駆け抜ける。
 だが――

「……ちっ!」

 舌打ちしたのはランスのほうだった。肉を切った手ごたえがそこになかった。顔を上げると、数歩先の位置に無傷のサテラの姿があった。紙一重で逃げられた。これで勝負を完全に決めるものと考えていたランスには不快しかない。

 対し、不意打ちを受けたほうのサテラのほうは寧ろ嬉しそうな顔をしていた。
 魔物の世界は弱肉強食の世界、隙を見せたものからやられ、躯を晒していく。サテラはそんな世界の住人だ。こういった命のやり取りならばむしろ望むところだった。手ぬるい攻撃なんか互いの立つこの場において必要ない。息を吸うたび、殺伐とした空気が味わえる心地よさ。戦闘狂の魔人にここまで高揚感を与えてくれる。
 ランスは、強い。その上でそんじょそこいらのつまらない人間とは明らかに違った姿勢でいてくれる。魔人相手にここまで豪快に振舞えるその胆力は何よりも好ましい。サテラはライバルと認めた男が期待通りの器量を持つ人物であることが嬉しくて仕方がなかった。

「そうだ。それでこそ、殺しがいがあるっ!」


 歓喜の叫び。そしてサテラの手が閃く。同時に黒い蛇のようなモノがこちらに伸びるのをランスは捉えた。

「っ!」

 僅かに反応の遅れたランスの耳元を擦過音がかすめる。
 ランスの右頬には紅いすじが滴り落ちていた。裂傷だった。その傷口を人差し指でなぞりながら、損傷の元凶を睨みつける。それは、漆のように黒く光沢のある細長い革紐。鞭による攻撃だった。
 サテラは腕を引き、鞭をまとめると再び振るう。まるでそこから弾丸が放たれたかのように鞭が一直線に伸びていく。
 ランスは反射的に身をずらし、それをかわした。鞭の先端はランスの脇をすりぬけると、強烈な破壊音を上げ、地面を抉る。そのあまりに重い一撃の威力にランスが驚きの声を上げるよりも前にサテラは追撃の手を打つ。
 さらに鞭が鋭い唸りを上げ、ランスに襲い掛かった。その瞬間、ランスは後方に避ける動作に入る。
 しかし、勢いよく飛び退いた時には、サテラの口が既に動かされていた。

「――――火爆破」

 動作の終点に合わせ、詠唱を完了させる。ランスの着地した場所から、爆音と共に灼熱の炎が燃え盛る。炸裂の弾みで体が宙を舞うものの、受身をとりつつ、地面に降り付く。
 灰色の粉塵が辺りを舞う。それが立ち消え、敵の姿を視覚が感じ取るより先にサテラの呪文を唱える声が耳朶を打った。
 ランスは顔を上げると、体勢を立て直して避けようとする。
 だが、サテラはそれを許さない。ランスの軸足を正確に狙い、鞭を水平に振るった。
 足元に立ち込める粉塵を裂くようにして現れたその攻撃は簡単には避けられない軌道だ。必然、それを避けようとすれば体勢に無理が出てしまう。
 そして確かな隙が生じてしまった。一流同士の戦いではそれこそ致命的とも言えるもの。
 サテラの唇の端が上がるのが見えた。ランスの頭が危機を訴えるが成す術が、ない。

「――――ファイアーレーザー」

 回避行動も防御行動もない。崩れたランスの無防備な体に高エネルギーの鋭い平行光線が貫いた。

「がぁっ!?」

 直撃を受けたランスの体が真後ろに吹き飛ぶ。受身もとれず何度もバウンドすると壁も打ち破ってそのまま何メートルも転がり、地面を滑る。

 近くで見ていた兵士たちのどよめきが大きく上がった。
 ランスの体は、ぐったりと力なく倒れ付したまま何の反応も見せない。
 その光景をじっと見ていたサテラの顔は変化することなく、まるで微動だにしない。瞳の色も全く変わることなく、眉すらピクリと動く様子もない。
 代わりに動いたのは腕。一瞬間のうち、鞭の先端がランスの顔面を目掛けて伸びていた。
 バシンッ!
 破裂にも似た高音。乾いた空気に響いた何かが砕けた音である。
 しかし――砕けていたのは、肉でも骨でもなく、地面に転がるただの小石だった。
 鞭が届く寸前でランスの体が逃げるように真横へと転がっていた。その回転の勢いを利用する形で、ランスが跳ね起きる。

「……案の定、生きているか」

 鞭を引き戻しながら、サテラが呟く。
 ランスは、先の衝撃で口内を切ったのか口に溜まった血の塊をぺっと吐き捨てながら、そこから立ち上がる。立つ足はしっかりしたもので、表情にも微かな余裕が映っていた。
 明らかにダメージが少ない。そのことにサテラは特に驚きを感じなかった。

「やはり、その聖刀とリーザス聖鎧の防御性能は並じゃないな」

 普通、人間が魔人の魔法をまともに直撃で受ければ、生きてはいられない。おそらく人として規格外の気力、体力を持つであろうランスと言えど、精々生を繋ぐのでやっとのはずだ。それがこうして無事立っていられるのは聖刀日光が攻撃を弾き、リーザス聖鎧がさらに攻撃を和らげたからだろう。
 かつて魔剣と聖鎧という似た組み合わせでやりあった経験上、サテラにはわかっていた。


「大丈夫でしたか?」

「ああ……」

 日光の問いかけに軽く頷くと、仕切りなおすようにランスは改めて身構える。切っ先を真っ直ぐに向け、攻撃態勢をとった。
 サテラもそれに対して応じるように、緩やかに構えなおすと、先手を打つべく鞭を走らせてきた。流れるように繰り出された攻撃。今度は先の直線的なものと変わり、うねる蛇のように変則的なモノだった。
 ランスは鞭が描く軌跡を見極めつつ、刀で弾く。纏わり付くように次々と攻撃を加えてくる鞭を迎撃していくものの、そればかりに気を使ってはいられない。こうして鞭を操作している間もサテラは魔法の詠唱をしているのだ。鞭の次には魔法がすぐ来るだろう。
 ランスの顔が苦みで歪む。
 一般的に、詠唱を必要とする魔法使いは単独での戦闘に向かないとされている。それは詠唱している間は、それに集中せざるを得ない為、必然的に無防備になるからだ。故に、戦士と魔法使いが戦えば、その勝敗は火を見るより明らかなはずだ。
 だが、サテラにその隙はなかった。呪文を唱えながらも、器用に鞭で牽制し、行動を制限する。鞭を掻い潜ろうとすれば、唱え終えた魔法に阻まれる。魔法を受ければ、再び鞭の追撃がやってくる。
 相手が魔法使いであるのに、戦士のランスは最初の奇襲を除き、近づくことが出来なかった。そして近づけなければ接近戦主体の戦士はどうしようない。ただ遠くから一方的に嬲られるだけになってしまう。
 完全に間合いを掌握されている。この絶対的イニシアチブは自分から攻め崩すには非常にやっかいなものでありそうだった。
 ならば、とランスはサテラを憎々しそうに睨みつけ、

「……ええい。遠くから自分だけばんばん攻撃しやっがて。卑怯だぞ!」

「ふん、馬鹿か。殺し合いに卑怯も何もない。このまま嬲り殺してやる」

「むか。多感症ですぐイっちゃう体のくせに生意気な口の利き方を」

「…………………っ」

 ランスの放った言葉に一瞬サテラのこめかみがピクリとひくつくのが見えた。

(釣れたか?)

 ランスはその反応に手応えを感じた。だが、サテラはすっと鼻から小さく息を吐いて見せると一瞬で目に落ち着きの色を取り戻してみせた。
 一切揺らぐことなく魔法の詠唱は継続されている。思う以上に冷静だ。ランスは内心で舌打ちを禁じえなかった。

(……ちいっ。挑発には乗らんか)

 気が短いサテラの性格を知っているからこそそれを利用し、あわよくば平静さを取り除き、彼女からの自滅を誘いたかったのだが結果は失敗。ランスがサテラの性格、性質を知るようにサテラもまたランスのそれをよく知っていたようだ。そして彼女の有利な立場が余裕と冷静さを与えたのか、即座に会話の目的を見抜かれた。もう相手にこれ以上会話に乗ってきそうな雰囲気はなくなっていた。
 戦況の不利さに変化は訪れなかった。
 心がじりじりと炙られ、じわじわとすり減らされるような不快感だけが積もっていく。
 ランスは防戦一方の展開にいい加減苛立ち、多少の被弾覚悟の突撃を考える。痛手を受けてもそれで自分の距離を得れば十分。魔人の魔法と言えど今の自分ならば二、三撃程度なら耐える自信があった。体を削りあうような戦い方は前衛戦士には慣れたこと。
 そう覚悟を決めて、ガードを解いて踏み出したランスだが、そこに、

「――ファイアーレーザー改」

 深紅の閃光が迸る。
 弾かれるように、軸足に無理やり力を加える。辛うじて、何とか、射線から身をずらせた。すぐ真横を通過し、鼻先を掠めた空気を焦がす臭いがランスの頬に冷や汗を伝わせた。
 今の魔法は、一点に集約された貫通力の高い攻撃だ。正面からぶつかれば無事ではなかった。
 出鼻を挫かれた。まるでランスの動きを読んだかのような正確な攻めに恐ろしいまでの戦闘の慣れが感じられた。

「く、くそったれがあ!」

 ランスは歯噛みして、柄を強く握りなおす。
 なおも鞭と魔法が縦横無尽に荒れ狂う。それらを捌き、弾き、受け止める。無数の攻防が交差していく。
 焦燥感が胸に満ちるランスの顔は険しかった。このままで行けば一方的な守勢の持久、耐久戦となる。
 普通の魔法使いであれば、消耗するのは確実に相手が先だから待つのもいい。だが、相手は魔人だ。耐久勝負をしかけられて勝てる相手ではない。それにあまりに時間をかけ過ぎるとあらかじめかけておいた付与が切れてしまう。そうなればこれ以上の苦境が待っている。いつまでも受け続けてはいられない。

(そもそもどうして俺様がこうも守勢にまわらなければならないのだ)

 ランスは胸中でぼやく。
 自分はマゾではない。あらゆる面で自分から強引に攻めていくことを好む人間だ。攻められ続けていてもまったく喜べないし面白くない。
 しかし、苦境を心中で嘆くも打つ手はとんと見当たらない。不用意に攻めようとすれば先のように叩かれるだろう。
 せめて今の離れた場所でも攻撃が加えられさえすれば、この状況が打開出来るのだろうが、生憎ランスはただの戦士だ。
 ランスの使用している武器は刀であり、矢や銃のように遠くの敵を攻撃出来ないし、魔法は無論使えない。
 ちらりとマリスらに視線を送ってみるが、援護も期待できそうな状況にない。
 必殺技”鬼畜アタック”を放てばここからでも衝撃波が届くかもしれないが、そもそもそんな大技を繰り出せる余裕があるなら苦労はしていない。
 精々、今ランスが可能な手で攻撃として届くのは、モノを投げ付けるぐらいだ。だが、小さな石ころなんて投げても無駄だろう。
 少なくとも聖刀ぐらいの凶器を投擲すれば、効果が見込めるのだろうがランスはそれを良しとしない。

(くそう、これがカオスだったら、迷わず投げ付けられるんだがな)

 いやらしい顔の剣がランスの頭に思い浮かぶ。仮にカオスであるなら迷いなく崖の上からでもぶん投げられるのだが、日光だとそんな雑な扱いはしたくなかった。
 他に何かないかと、隙を見つけては自分の周囲へと視線を走らせる。

(……なんだ。あんじゃねえか、いいのがよ……)

 目が留まったのは腰元。そこに在ったのは、日光とは異なるもう一振りの聖なる鋼の刃、リーザス聖剣だった。
 ランスは逡巡することなくそれを引っつかむ。襲いかかってきた鞭の攻撃を鞘から引き抜く勢いを利用して思いっきり弾くと、さらにそのままサテラ目掛けて投げ放った。

「くらいやがれっ!」

 白銀の長剣はその切っ先をサテラに向けたまま、真っ直ぐ矢のように飛んでいく。
 魔人にとって脅威の存在である日光のみ強く意識していたのだろう、予想外ともいえる攻撃手段の登場に一瞬だが対応が鈍りを見せた。
 王の宝剣とはいえ、普段の魔人にしてみればさして気にも留めない有象無象の剣の一つに過ぎなかったかもしれない。しかし今は、日光の所為で頼るべき結界を打ち消されており、その刃は十分通じるものだ。サテラも無視するわけにもいかず、軽く拳を握ると、迫る剣の腹の部分を正確に叩いて落とした。
 だが、

「ほら、こいつもおまけだ」

 さらに絶妙のタイミングをはかる様に鞘までぶん投げられる。鋭く回転しながら、飛来していくそれをサテラは防ぐことを諦めて、何とか横にステップしてかわす。
 かすることさえしなくても、ランスの笑みは消えなかった。狙いは当てることなんかではなかった。
 鞭と魔法の両立はその意識に多大な思考を割き、繊細な注意を払わなければ成立しない。普通の魔法使いが魔法の詠唱のみに専念しなければならないところを、サテラはさらに全く別の行動を体にさせている。故にそれを維持するには通常の魔法詠唱の何倍も難しい。だからこそ想定外の事態へ対応させることでその維持を阻害し、サテラの魔法への集中を散らす。

「くっ」

 サテラから苦鳴が漏れる。
 それを起点に動きに僅かな乱れが生じた。しかし、その僅かでも今は十二分だった。
 ランスの足が地を蹴る、その小さな突破口を目掛けて。
 マントを棚引かせ、疾走の動作を取った。
 サテラは急接近してくるランスを見て、慌てて鞭を引き戻すが、ランスはそれを撥ね退ける。
 ここで放たれるであろう魔法は先程遮られ、突進力を削ぐだけの攻撃魔法を一から組みなおすにはもはや時間がない。
 迎撃を諦めて、一先ずバックステップで距離を離そうとするが、ランスは許さない。
 猛然とただ最短距離を駆け、詰める。そして、遂に射程範囲内におさめた。

「捉えたぞ! 覚悟しやがれっ!」

 刀を振るおうとしたその時、

「ランス王!」

 日光の叫びが耳を突き刺した。
 同時、ランスの体にえも言われぬ怖気が走り、反射的に刀を横にひいた。
 ガギッ!
 日光とサテラの足が交差した。
 訪れた影と音でようやっと気付くに至る。サテラから死角をつくような蹴りを放たれていたということに。
 長い苦戦の果てに手にしたチャンスに食いついて気がでかくなったそこを密かに狙っていたのだろう。日光の導きと生きるために体に染み込んだ防御本能である盾技能がなければ間に合ってなかった。
 しかし、間一髪でも必殺の一撃を防げたのは大きい。蹴りを止められたサテラ、蹴りを放たれたランス、互いに驚愕からの復帰は同時。それでも、そこからの動きに明確な差が存在する。
 ランスは流れるような動作で鋭い突きを繰り出す。サテラはとっさに身をよじるが、日光は彼女の脇腹を突き、皮膚を削り取る。
 聖刀の刃による裂傷に血が滲み出す。痛みによって怯んだ隙はランスの反撃の合図だった。そこを見逃すことなく畳み掛ける。
 突いた刀を即座に引き、腰を回すように平行に横なぎに振るう。
 避けることは難しいと判断したサテラは、ただダメージを抑えることを念頭に置いたのか、対衝撃用の障壁を貼ることで何とかランスの斬撃の威力を殺そうとする。
 激烈な攻撃がその境界面にぶつかり、ギシギシと震動音を立てる。さらに障壁を重ね掛けし、強度限界を増そうとサテラは試みるが、ランスは粉砕するように叩きつけ強引に壁をこじ開けようとした。
 遂に刃が貫通し、破れた先から刀がサテラの顔目掛けて近づく。サテラはそれを、どうにか首を振り、避ける動きをとった。頭部スレスレを通過する刃が毛先に触れ、髪が数本刈り取られていく。首に相当力を入れているようだが、それでも耐えがたいように固く震えているのが見えた。
 ランスは追撃の手を緩めることなく瞬時に次の動作に移った。
 刀を振り上げるのを見て取ったサテラは、それが振り下ろされる手前で相手の腕を押さえようとする。
 しかし、ランスのそれは勢いよく斬りかかると見せかけたもので、空いていた右拳に力を籠めると、彼女の無防備な脇腹へと一発叩き込んだ。

「がっ、ふ……」

 なおも烈火のごとく矢継ぎ早に攻撃を仕掛けるランス。得意の間合いで自分の力を振るえる。これほど爽快なことは無い。まるで水を得た魚のように生き生きと動けた。
 サテラは苦悶の表情を浮かべる。有利不利が逆になった今、向こうも必死にこれを覆すべくこちらの勢いを断とうと仕掛けてくる。向かって来たのは鋭い手刀。
 
「っ! おおっと」

 ランスは腰を低く落とし、身を沈ませる。位置の下がった頭の上を手が掠め、通過する。
 開いた体勢を作ったサテラに対し、低い体勢からランスはタックルをかます。それをまともに受けると、「ぐっ」と短い苦鳴を漏らすとともに彼女の体が後方に倒れるように下がる。ランスはさらに強く前へと踏み込む。収縮状態の力を一気に解放し、弾むように地を蹴り押して短く跳ぶ。相手の懐深く身を潜らせ、叩きつけるように日光を振り下ろした。
 刀身がサテラの左の肩口を縦に大きく裂く。上半身が仰け反り、鮮血が派手に飛び散った。

「ぐ、ぁ」

 傷口を押さえサテラは呻く。左腕が力なくだらりと垂れ下がり、紅く濡れる。
 遠距離がサテラの支配する戦闘世界ならばこの至近距離は完全にランスの支配化の世界だった。後は成す術もないサテラ、そしてランスはまだ止まらない。
 歯を食いしばって、さらに一歩前へと進む。

「ラーンスアタァーーーーック!!」

 手から放たれたのは、渾身の一撃だった。
 サテラは迫る危機に反射的に防御行動をとった。体を庇うように束ねて左右に引っ張った鞭を前に出す。
 斬撃を受け止めるように強く撓る鞭に振り下ろされた刀がぶつかり、鋭い音を発する。
 ギリッ……!
 結果は見えていた。
 ランスが放ったのは、全体重に闘気を上乗せして放つ自慢の必殺の一撃。そんな苦し紛れの防御まるごと捻じ伏せる。
 青白き波動が二人の間を埋める。圧倒的な力に押される形で鞭が軋みを上げ、鞭を持つ手が、腕が折れ曲がり、肩からは血が噴き零れ、サテラの体があっさり傾く。
 そのまま膨大な力がぶつかる衝撃の勢いでまるで撃ちだされた砲弾のようにサテラの体は大きく吹き飛んだ。その勢いは庭に植えられた木が受け止めることでようやく止まり、サテラの華奢な体が地面にずるりと落ちる。
 そこまで見届けるとランスはまだ手応えの残る柄を握る手を緩め、構えをゆっくりと解いた。

「流石俺様、最強。今更、魔人の一匹やそこら、敵ではないな」

 日光を鞘に収め、傲然とのたまう。序盤の苦戦などもう忘れた話だ。

「がははははははははは」

 勝利の余韻に浸るようにランスの高笑いが響く。

「さーてと、……それじゃ勝利者の特権を頂くとするぞ」

 愉しそうに言うと、ランスは手をわきわき動かしながら、意気揚々とサテラのもとへ歩み寄っていく。
 だが、その時、パラパラ……、と土埃の払い落ちる小さな音を耳が捉えた。

「……………………」

 ランスの視線の先――
 そこには膝をつき、両手をついても、ふらふら起き上がろうとするサテラの姿があった。
 ぐらりと斜めに体が揺れながらも、サテラは二つの足で立つ。

「…………ま、まだだ……」

 ぐしゃり、と血で湿った音が響いた。漆黒のボディスーツは所々破けており、露出された肌は流れる血で赤く染まっている。緋色の髪を乱しながら、それでも彼女の緋色の瞳の強さは少しも揺らいではいなかった。
 なおも立っていられるのは、偏に不死者たる魔人の生命力によるものだろう。
 とん、と日光を肩に預けながら、ランスは呆れたように息をつく。

「何言ってんだ。どう見てもお前の負けだろ」

「……まだ、負けてない」

「おいおい、いくら死ににくいからってこれ以上無理はよしやがれ。いくらなんでも俺様はきっちり殺す気なんざないぞ」

 しかし、サテラは聞かない。
 戦闘を継続する意思を示すように、一歩、弱くも踏み込む。

「負けて、ない。負け、られない。魔人が……魔人のサテラが人間のお前なんかに負けるわけにはいかないんだ」

 意地だ。ランスには理解できないことだが、魔人という絶対の種としての意地があるようだった。
 戦意は少しも衰えていない。それどころか彼女から滲む闘争本能は異常な高まりを見せていた。
 宝玉めいたルビー色の双眸が強く輝いている。炎のごとく激しく揺らめくは強靭なる反抗の意思。

「ランス! サテラは全てをかけて、全てをぶつけて、お前に勝ってやる!」

 純粋にして獰猛な闘争欲をのせて叫びをあげる。続けて滑らかに口を動かし何かを唱え始める。
 
「ちいっ!」

 戦闘体勢に戻ったランスはそれを黙らせるべく、日光を引き抜いてもう一度サテラのもとへと向かう。
 だが、詠唱が短く済む魔法だったのか、ランスがたどり着くより早くにサテラは唱え終える。それでもランスは浮かべる余裕の笑みを崩さなかった。
 詠唱が短いということは大した魔法ではない。回復魔法だろうが、防御魔法だろうが、ましてや下級の攻撃魔法など恐れるに足りず、ランスの接近を阻むものではない。
 あと少し詰めれば、ランスの刀が届く距離だった。
 しかし、ランスが刀を振るう直前、

「――――局地地震」

 ガゴッ!!
 震動が駆け抜け、ランスの踏み込む足が揺れる大地に翻弄された。

「おっ! おわわ!?」

 確かにランスは大したダメージは受けることはなかった。だが、蹈鞴を踏み、揺らぐ地の上で何とかバランスを保つのに苦心する破目になる。
 その稼いだ間でサテラはさらに動く。

「…………………」

 唇を薄く開く。同時に青白い燐光を纏わせながら手を振るった。そこから空気が凍る音がした。
 見ると、サテラの足元に広がる土が剥き出しの地面に巨大な氷柱が突き刺さっていた。次第にそれは、地中に沈みながら溶けていく。
 荒れた地表は水浸しになり、大小無数の水溜りが出来上がっていく。じめじめと土と混ざり、泥へと変貌していくとそれは沼地のようになっていった。
 サテラは、その感触を確かめるように指の腹を泥に触れさせ、そこから這わせる。

「…………まあまあの土といったところか」

 すると、今度は混ぜるように手を突っ込んで動かし始める。ランスはそれらの一連の行動が何なのかわからず、怪訝な顔つきになった。

(よくわからんが、何にしてもここで叩き伏せる)

 ぼうっと行動を見守ってやる理由はない。ランスは体勢を整えると再びサテラに接近を試みる。
 ランスが前へ出ると、その踏み込みに合わせたようにサテラは踵で地面を軽く叩いた。すると、泥の地面が突き上げるように大きく隆起し出し、土の壁が進路を阻むように高々と聳え立つ。
 ランスはいきなりのことに思わず後ろに飛び退きそうになるが、それを押し留める。障害に対して退いてしまっては、攻撃の流れを止めてしまうと経験レベルで深く理解している。
 しかしながら、ここで上を飛び越えて行くには、目の前の壁はどうにも高すぎる。左右どちらかに避けて通る選択肢も瞬時に浮かぶがそれも捨てさる。
 ここは勢いを殺さない。あくまで、正面突破。むしろ邪魔する壁ごと後ろのサテラも切る。
 大胆にして果敢な攻撃的判断を下し、ブレーキを少しもかけずに刀を袈裟懸けに振るう。
 泥の壁は切り裂かれた。しかし、サテラはそこにいなかった。さらに先。彼女は既に数歩後退していた。
 その後を追うようにランスは踏み込もうとするが、ここで奇妙な違和感に気づくことになる。
 不意に足裏に柔らかい感触が纏わりついていた。
 思わずランスは下を見てみると、いつのまにか泥の沼の領域が足元にまで広がっていた。まるで沼に引きずり込まれるようゆっくりと足が泥に沈んでいっていたのだ。

「うおっ! 俺様の高いブーツが泥まみれに!?」

 慌てて脱出しようとするが、中々足が抜け出せない。片方の足をぬこうとするともう片方の足が深みにはまっていくのだ。いつぞやに受けた志津香の粘着地面のようにしつこく足に絡みついてくる。
 そうしてランスが戸惑ってる隙にサテラは地面の泥を掬い上げると、それを手で捏ね始める。細く細く引き伸ばしていき、さらに先端を鋭く尖らす。

「ふふ。この魔力を込めて出来た粘りけのある土はな、水を含むと柔らかくなり、形を自在に変えることが出来る。反対に火で熱せば固まり、その形が保たれる性質がある」

 サテラは喋り続けながら、ゆっくりと捏ねあげたものを魔法の炎に当てて形を完成させる。
 出来上がったのは、土で作られた槍だった。それも身長の倍はあろうかという長槍だ。滑らかに仕上がっているのをまず確認すると、小さく揺らしながらその切っ先を向ける。
 だが、ランスはそれを見ても余裕の表情を崩したりはしない。そんなもので自分が優位を覆されたと到底思えず、鼻で笑う。

「……おいおい。何かと思ったらお得意の泥遊びかよ。そんなままごとの玩具みたいなもんで何しようってんだ」

 身動きがとれないという不利な状態ながらもあくまで強気であり、サテラに挑発的な言葉をぶつける。

「この槍は硬質化の魔法がかけられて並の槍の強度など話にならない……まあ、お前には口で説明するより直接体に教えたほうが早いな」

「ふん。第一な、それ以前にそんな体でまともに武器を振るえると思ってんのか?」

 サテラの体のダメージは深刻で、切られた肩、そして折れた腕を激しく動かすことは難しい。鞭はもとより他の武器を使用してもランスに対する致命傷を与えられるようには思えなかった。
 長く重い槍など特に扱い辛く、貧弱に振るわれたところで戦士に通用しようはずもない。
 サテラも理解しているのか軽く頷き同意する。

「確かに……これじゃ、まともに扱うことも難しいし、投擲すら満足に出来ないだろうな」

 だが、と後に続ける。

「こうすれば、問題はない」

 言うと、サテラは土の槍を魔法で浮遊させる。そして、再び魔法を詠唱しながら、浮遊した槍をランスに向けて動かすと、

「――――高速飛翔」

 呪文が槍にかけられると同時に槍が加速を増しながら、飛んでいく。

「なっ!?」

 思わずランスは目を剥く。
 尋常じゃないスピードで槍は己を目掛け向かって来て、間が急速に狭まっていく。
 矛先をかわそうとその場から逃れようとするが、足場の泥が邪魔するようにうねり、さらに足を絡めとる。そこで足をとられ、バランスを失ったランスは前のめりに倒れそうになった。
 一声漏らして咄嗟に突き出してしまった手を覆っている手甲部分に刺突が当たったのはほとんど偶然だった。

「あ、あぶねぇ……」

 そして突き刺さった槍はこちらが利用出来ないようにするためか勝手に自壊していった。

「相変わらず悪運は強いな。だが、次は防げるか?」

 サテラが詠唱とともに手を動かす。すると泥沼は泡立ち、跳ね上がる泥の玉が宙へと巻き上げられていく。

「っ。今度は何をする気だ?」

 ランスは険しい顔で上空のその様子を仰ぎ見る。
 泥はなおもどんどん舞い上がっていった。浮遊したそれはゆっくり動いていくと集まって、泥と泥は重なり、くっついては結合していく。
 それらが何度も繰り返され、雪達磨式に膨れ上がっていくと、遂には巨大な泥の塊が完成していく。
 簡単に言ってしまえば泥団子。だがその大きさは並じゃない。直径数メートルはあろうかという巨大な土塊は丁度真上の角度に位置するように移動し、その大きな影がランスを覆う。
 重厚な威圧感に飲まれるようにぎくりとランスの身が固く強張った。
 この後、これがどう自分を襲うのかその未来は簡単に予想できる。少し前に似た光景を目にしたばかりだ。
 ランスは何とか逃れようとするが。足元の泥が執拗に絡み付き、自由を奪われている。

「お前は足をとられてそこから一歩も動けない。そこに真上から体よりもずっと大きな塊が降ってきたらどうするだろうな……?」

 サテラは嗜虐的に唇の端を吊り上げる。そして、緩慢に手を天に向け、

「……落ちろ」

 パチン
 浮遊の魔法が解かれた。途端に巨石は大地に急降下し、視界いっぱいに迫る。一直線の落下行動。高度がぐんぐんと下がるごとにそのスピードも増していく。
 ランスは眉間に力を籠めた。日光を振りかぶり、ぎりぎりまでひき付けて、溜めた力を瞬間にぶつける。

「ぐっ!?」

 体一つで、重力加速度の加わった巨石の勢いを受け止める。衝撃で腕が痺れ、支える足は足首まで泥に沈み、膝は震えが止まらない。
 メキメキと全身から軋む音が聞こえた。体の芯から直接耳に響いている。ただの一息の間で無茶な酷使を強いるような使い方をしたために肉体が悲鳴を上げているのだ。
 全身の神経に焼ききれてしまうような痛みが走る。付与魔法の強化がなければとてもではないがもたない。

「お、おおぉおぉおぉぉぉ!!」

 裂帛の気合と共に力を振り絞り、押し寄せる巨石の軌道を強引に逸らす。押して、押して、強引なほど力ずくで押す。
 巨石は力の加えられた方向に運動の向きを変え、そのまま落ちた。
 ズ………ッ! 地面への落下の轟音と共に塊は泥の沼へと沈み、同化するように溶けていった。

「ぐぅ、くっ……」

「……ほぅ」

 両者は、苦悶、感心と対照的な息を吐く。
 ランスとしては圧死は免れたが、体に与えられたダメージは大きい。しかし、相手は安心する時間すら与えてはくれない。
 サテラはうっすらと笑みを貼り付けたまま、次の攻撃の手に移っていた。
 泥の塊を一つ掬い上げると、指で強く弾き飛ばした。そこからまるで散弾のように放射状に泥の飛沫が飛ぶ。それらは乾き、固さを取り戻すと無数の褐色の礫となり、ランスへと襲い掛かる。
 まともな防御をとる間も無く、小さな土片の豪雨をまともに浴びる。嵐のように一気に駆け抜けたそれは、疲労が溜まって緩んだ手足の筋肉に容赦なく突き刺さり、肌を切り裂いていく。直撃を受けた額は割れて、血で顔が赤く染まった。

「か、はっ」

 呼吸が一瞬止まり、グラリと体がよろめく。前のめりになり、日光を杖のようにつきそうになったところでそれを必死に拒む。意地が、矜持が、何とか体を弱弱しくも支え、堪えることが出来た。
 それでも少し動くだけで駆け巡るじくじくとした鈍痛にランスの顔が酷く歪む。眩暈を抑え、瞼にかかる血を手で拭うと、左右にブレていた視界のフォーカスを修正する。
 開けた視野を前に向けて捉えたのは、こちらへとゆっくりと近づいてくるサテラの姿だった。彼女は自身の足を動かして歩を進めているわけではなく、足元の泥が波のように動くことで、全身が真っ直ぐ滑らかに運ばれていた。するすると移動していき、泥は少しも跳ね上がることがない。
 ランスは次に相手が何を仕掛けてくるのかと注意を払いながら見据える。
 やがてサテラがランスの間合いにまで接近してきた。不用意にも棒立ちのままでだ。そんな挑発しているような彼女に向けてランスは日光を横薙ぎに振るった。
 それに対し、少しも避けようとする動作をサテラは取ることはしなかった。しかし、その攻撃は腕の表面でただの傷一つつけることなくあっさりと停止する。
 サテラが落ちついていたのも当然だ。ランスがしたのは、明らかに悪あがきのようなものだった。ただでさえ痛みで満足な身体状況でないところに加えて足場が不安定な状態で膝にも腰にもしっかりと力が入らない。これでは腕の力のみでただ振っただけの死んだ斬撃だ。そんな一振りがサテラのはっていた魔法障壁を破れる威力を持つわけが無い。

「クソッたれ!」

 今度は思いっきり前のめりに倒れこむように拳を突き出す。しかし、壮絶な音が響くのと共にサテラの顔の手前で攻撃は停止してしまう。どれだけ力を込めようとしても拳がギリギリと震えるだけで、そこから少しも距離が縮まらない。
 サテラの怪我や疲労の状態からして一撃でも上手く入れば、恐らく意識を奪えるはずである。
 後一撃、後一撃だとランスは胸中で奮い立たせるように呟くが――遠い。相手の浅く短い息遣いすら聞きとれる距離だというのに、ただの後一発いいのを当てればおそらく終わるのに、ランスにはその距離がひどく遠いものに感じられた。
 既に立場は五分どころか劣勢に置き換わってしまっていたが、それでもなおランスの心を諦観の色は少したりとも染めることはなかった。歯の間から低い唸りを上げて、獰猛さを宿した瞳で睨め上げる。隙あらば噛みつこうとさえした。
 サテラは攻撃を適当に受け流しながら、嘲りも蔑みもないただの小さい笑み浮かべていた。そのままランスを近くで暫く眺めていたかと思うと、

「気が変わった」

「あん?」

 疑問符を浮かべるランスに向け、彼女は意外な一言を発してきた。

「ランス、サテラの使徒になりたくないか?」

「…………何だと?」

「お前には恥をかかされた恨みはあるし、なによりイシスの仇でもある。殺してやろうとは思ったが、それよりもサテラの下僕として延々こきつかってやるほうがきっと面白い。サテラにここまでさせた実力もあるからきっとこの内乱における大きな戦力にもなるだろうしな」
 
「………………はっ」

 それを思わずといった感じで鼻で笑ってあしらう。

「くだらん。俺様は誰かの配下におさまるつもりはないし……第一、何勝った気になってやがる。この後お前はすぐ逆転されて俺様のハイパー兵器であへあへとイく羽目になるんだ。むしろお前が今、謝ったほうがいいぞ」

 臆面もなく言ってのけた。
 サテラは特に気分を害した様子はなく、愉しげな表情のまま続ける。

「まあ、お前にも意地があるだろうしな。ちゃんと最後まではつきあってやる。徹底的に瀕死の状態にまでもっていって、死の淵から蘇った時、お前は晴れてサテラを主人と認めて従僕となるんだ」

 サテラは上空高くに浮かび上がった。そこで瞑目すると意識を統一しながら、呪文を唱えていく。
 朗々とうたうは不吉な文句。明らかに今までの魔法とは別格であった。
 詠唱の片手間に鞭を振るうことなど出来ないような高等な魔法。ただそれのみに深く集中し、神経を研ぎ澄ませ、詠唱を完成させていく。
 サテラを中心とし、周囲に凶悪な魔力が一気に膨れ上がる。同時に気温が急激に上がっていく。
 ランスは場に起こる変化に威圧されように息を呑んだ。殆ど反射的に何が起こっているのか悟る。

(じょ、冗談じゃねぇ)

 ランスの顔はひどく引き攣っていた。現在、サテラが詠唱している魔法には聞き覚えがあり、それがどれ程の威力を持っているのか直に目にした経験が過去にあった。
 サテラは残りの自分の体力がそう長くもたないと判断し、彼女の最高最大の技をぶつけてここで一気に終わらせるつもりなのかもしれない。
 サテラの魔力から溢れるように発せられる熱の所為かそれとも高まる緊張感の所為かランスの唇がひどく乾いていった。知らず、ごくりと飲み込んだ唾が干上がった喉を微かに湿す。
 ゾクリと全身が粟立ち、生存本能が強く警鐘を打ち鳴らしている。ここで何とかせねばならないのは理解してはいても、止める手立ても逃げる術もない。

「来ます! ランス王、息をしっかり止めてください」

 気配を読んで叫ぶ日光から淡い光が漏れ、ランスを包み込んだ。
 覚悟を決めたランスは息を急いで大きく吸い込み、反対にサテラは小さくゆっくりと息を吐いた。

「――――ゼットン」

 両手が翳された瞬間、紅蓮の炎がサテラとランスの間の空域を抉るように舐め尽した。その暴虐な火勢に瞬く間に体を飲み込まれる。
 視界が隙間なく真っ赤に埋め尽くされる。まるでランスの存在を潰すように暴力の塊が圧しかかる。全身に耐え難い苦痛が襲い掛かり、意識が一瞬飛び掛ける。

「っ! ランス王、気をしっかり持ってください! 魔法への抵抗は、肉体ではなく精神によるものです!」

 日光の一喝がランスの意識を何とか留める。

「ぐぅ……っ」

 尚も理解を超える炎の蹂躙が容赦なく続く。風の流れを起こす空気そのものを巻き込むように食らい、大地の泥の水分を根こそぎ奪いつくし、赤の世界では視覚も聴覚も機能をなくす。
 既にランスのブーツは、耐え切れずに溶け始め、その所為か嫌に焦げる臭いだけが鼻につく。
 全身の肌を襲うは、皮膚を剥ぎ取られるような感覚。
 それでも、灼けつくような熱さと痛みを何とか堪えるように、気を保たせるとそれに呼応するように日光が光を強くする。血が巡り、脳が活性するのがランスに感じられた。抗魔力が高まり、脳への魔力の干渉が和らぐことで、周囲の火勢が次第に弱まり、その光量、熱も引いていく。
 炎が収まるとともかくランスは新鮮な空気を求めた。
 深呼吸をし、必死に酸素を体内にとりこもうとするが、辺りの空気は薄く、圧迫されていた内臓もうまく機能していない。満足にかき集めることも出来ず、口がパクパク動いてるだけだ。
 炎魔法の後遺症か、頭蓋の奥から火のような熱が発せられている。ズキズキ痛むこめかみがひくつく。視界が未だチカチカと明滅を繰り返す。
 顔色青く、苦しげな表情を張り付けたランスにむかってサテラは優しげに声を掛ける。

「苦しいか? なら、すぐだ……すぐに終わらせる。一瞬で死の淵だ。そこからサテラが直ぐに引き戻してやる」

 本当に僅かに瞳を細くして笑みを刻み、

「お前が次に目を覚ました時、使徒に生まれ変わるんだ」

 荒い息を整えてからサテラが詠唱を始めると再び大気の流れが変わる。サテラを中心として空気が渦のように流れ、攪拌していく。おかげで渇望した酸素がランスの口にも入ってくるが、苦悶の表情はそのままだ。
 逃げなきゃやられる。だが、脛半ばまで地面に埋まった足は縫い付けられるように固定されている。ゼットンの高熱によって完全に泥が固まってしまったのだ。
 いくらなんでもこのまま二度も同じような威力の魔法相手に耐える自信もない。仮に耐えたとしても未来はない。
 しかし、何も満足に出来はしない。ただただ思考が空転し続けただけだった。
 せめてもう少し時間があればとも思う。もはややれることと言えば祈るよりほかない。

(失敗しろ、失敗しろ、失敗しろ、失敗しろ)

 重傷を負うサテラが魔法の詠唱をしくじってくれるというアクシデントに一縷の望みをかける。
 ここで魔法を受けることなく時間が出来ればランスにはまだ未来が繋がる。しかし、その願いもむなしく詠唱は終わりに向かう。
 そして、その絶望の言霊が無慈悲に紡がれようとする。

(くう……失敗しやがれえっ!!)

「――――ゼッ……」

 赤き光が一気に眩さを増した。


「やめなさい、サテラ」

 だがその時、突如現れた何ものかの声が場に割り込んだ。

「……トンっ!?」

 予期せぬ闖入者の声に反応したサテラは手元の照準を狂わせた。見当違いの方向へ魔法がずらされて飛ぶ。軌道がそれた炎の塊はその声のもとに向かっていった。
 空気が爆発し、轟音が鳴り響く。
 しかし、空が赤に、炎に包まれることはなかった。そこを中心に熱をもった烈風の渦が魔法を吹き飛ばすように広がると火炎は霧散し、立ち消える。
 空中に飛散した火の粉がちりちりと舞い、ゆらゆらと陽炎が揺らめくその奥で声の主は、金に煌く髪が風に靡かせ、平然と佇んでいた。直撃の被害はまるで見当たらなかった。

「なっ!?」

 サテラは唖然とする。その目の前で起きた現象にではない。そこから現れた影の正体に驚愕し、目を見開いて息をのんだ。

「ハ、ハウゼル?」

 困ったような表情を見せている同僚の姿がそこにはあった。

「貴方の帰りが遅いから心配して様子を見にきてみれば、一体何をやっているの」

「何って……」

「…………サテラ、人間と争うことはホーネット様に固く禁じられていたはずよ」

 それは、人間界に来るときに盟主と交わした約束の一つだった。
 サテラも忘れていない。だからこそ、言葉に詰まった。

「ぐ……これは、でも!」

「サテラ」

 ハウゼルは静かで、それでいて強い口調でサテラの言葉を切る。
 有無を言わせない調子にサテラはむすっと不満げになりながらも押し黙った。
 盟主の言いつけは絶対だ。さすがにサテラも自分に非があることは自覚している。ばつが悪く、視線はハウゼルに向けられずに、別の方向へと自然向けてしまう。
 そこで、サテラは何かがおかしいことに気付くに至った。

(っ!? ランスは!?)

 泥に繋ぎとめていたはずだった。なのに視線を戻した場所にはその存在が無い。
 探そうとした瞬間、視界の隅に大きな影が差し込んだ。

「……なっ!?」

 サテラは振り向いて、そこで絶句した。目に映ったのは、自分が封じていたはずの男。ランスが刀を振りかぶって肉迫していた姿だった。

(な、んで!?)

「今度こそもらったぁっ!!」

 まるで巻き戻したかのように最初と同じような光景が広がっている。
 目の前で起きたあまりの予想外の状況に全く理解が及ばない。それでも、思考が硬直しても、普段の状態であれば、体が勝手に動いてくれるはずだった。だが、今のダメージと疲労の蓄積しすぎたこの体は、あまりに動きが鈍く、無反応を貫くだけだった。


「超スーパーランスあたーっく!!」

 高々と舞い上がった後の落下運動とともに放ったその力任せの一振りは、障壁を突き抜けた。ゴンッと鈍い音が炸裂。流石に殺すつもりはなかったためにサテラの脳天へと叩き込んだランスの一撃は峰の部分だった。
 ランスはそのまま着地の動作もとらず、体をサテラにぶつけると、押し倒すように一緒に倒れこんだ。地面の泥は柔らかくなく、ゼットンの熱の所為で固められていたのか、ひどく硬い感触を受ける。
 サテラの顔を覗いてみるとそれで頭を強く打ったのか、それともその前にすでに失ったのかはわからないが、意識を手放していた。
 戦闘の幕が切れたのを確信し、ランスは疲れを抜くようにそっと息をつく。

「ふ。やはり最後に笑うのは俺様だったようだな」

 鼻を膨らませ、自信満々に勝ち誇る。ランスは一頻り笑い終えると、今度は一転して顔を顰めはじめた。

「……しっかし、何だな……。こいつ体中血でべちゃべちゃだぞ」

 強力な魔法の反動か、サテラの傷口はランスが切った時よりもさらに広がり、地に倒れた際にかなりの量が噴き零れていた。全身血まみれで赤くないところを探すほうが難しい。
 当然密着してるランスにも血はかかり、その湿った感覚と鉄臭さの不快さに眉根を寄せる。

「凄い量だな……。まさかこのまま死んだりせんだろうな?」

 サテラの胸部にランスが耳をぐりぐり押し付けていると、日光が疑問に答えた。

「それは大丈夫だと思います。魔血魂にさえならなければ魔人はその不死性の通り、死ぬことはなく体は自然に回復していきます」

「なるほど。きっちりとどめをささず、手加減してあげた俺様はさすがだな」

 サテラが大丈夫だということがわかるとランスの意識は別の関心事に移る。
 じろりと眼球だけ動かして、視線を送った先には戦場の闖入者が呆然と立っていた。傍で見ていた彼女はいきなり起こった事態に理解が及ばないようで、なおも目を瞬かせていた。

「……………………で」

 ランスは一区切りおいて、目線を相手の足元から顔まで滑らせると、

「一体君は誰なんだ?」

 取りあえず誰何してみる。相手が人間に見えない容姿であることやサテラの攻撃をとめたことに対する疑問は湧くが、あくまで美女に対する純粋な興味からの質問だった。
 問われた女性は一瞬迷いを見せていた。サテラと話していたことから味方だろうとは察することが出来る。場合によっては言葉ではなく力を返されることも予想していたが、相手は穏やかな対応をとってくれた。

「私は、ラ・ハウゼル。そちらのサテラと同じく魔人と呼ばれる者です」

 素直に素性を伝えて対話の意思を見せる。見た目通りと言うか野蛮な気質はもちあわせていないようだった。
 ランスは一先ず安心すると、サテラに覆いかぶさったまま自己紹介を返した。

「ラ・ハウゼルちゃんか。俺様の名はランス。この国の偉大なる王様であり、最強の英雄ランス様だ。君みたいな女性には忘れられない最高の名前になるに違いないから覚えていて損はないぞ」

「王……と仰いますと、貴方はリーザス国の王様でしたか」

「うむ。高貴な王だからといって緊張することはない。可愛い子ならいくらでも近くに寄ろうと構わんからな」

 むしろランスとしては是非もっと近づいてほしいぐらいだ。可憐な容貌、たおやかな体つき。全てがランス好みの容姿だった。
 と、彼女をたっぷりねっとり舐めまわすように見ていてふと頭にひっかかったことがあった。

「……それにしても、なんだか君はよく見るとあのサイゼルとかいう魔人に似ているよな」

「! 姉を知っているんですか!?」

 その言葉に顔色が変わり、ハウゼルはランスへと寄ってくる。

「お、おう。姉ってことは何だ、姉妹だったのか……。知ってるも何も、サイゼルならゼスでちょっとおいたが過ぎていたからな俺様が懲らしめてやったぞ」

「……え? で、では、もしかして、貴方がゼスで魔人を……」

「がはは、俺様の邪魔をしやがった魔人どものことを言ってんならちょちょいと片付けてやったぜ」

「そうだったのですか……貴方が……」

 すると、その場でハウゼルが深く頭を下げた。

「……これは申し訳御座いません」

「ん?」

「姉が人間領に侵略したことは知っています。御迷惑をおかけしたことをサイゼルに代わりお詫びします」

「? 何で謝るんだ? というか君はサイゼルの妹だろ? 君も人間領に攻め込みに来たんじゃないのか?」

「……いえ。私達姉妹は現在それぞれ違う陣営に属しているんです」

「ほう? それはつまり、あれか、君はこのサテラと同じ陣営でサイゼルの奴が敵の陣営にいるってことか」

「はい、そうなりますね……」

「ふーん。じゃあ君は別に人間を襲いにきたわけじゃないと…………て、待てよ……」

 ランスはそこで思案顔になると、

「サテラと同じってことは、君も結局は美樹ちゃんを力ずくで奪いに来たってことじゃないか?」

 双眸を鋭く細めて、詰る。敵意を浴びせられたハウゼルの顔には困惑の色が浮かんでいた。

「え? 待って下さい。美樹様を力ずくで奪うって……?」

 不可解そうに呟いているが、それはランスの耳にはほとんど届いてなかった。

(くそう。また敵じゃねえか。思った以上に美樹ちゃんを保護したのはまずかったのか?)

 立て続けに魔人がリーザスがやってくる状況に若干自分の選択に後悔の念を覚える。だが、起きてしまった以上もう栓無きことだ。今はともかくこの苦境を上手く切り開くべく動かなくてはならない。
 思考を切り替えるが、単純に考えれば勝ち目はほぼない。
 サテラに濡らされた血とは別にランス自身から血の珠や筋が滲んでおり、日光を握る手も小刻みに震えを帯びている。全身を絶えず激痛が駆け巡っており、実は全くと言っていいほど動けない。戦闘などしても結果は火を見るより明らかだ。
 となると、手は一つ。

「おっと変な動きは見せるなよ。こっちにはサテラがいるんだ」

 人質作戦。牽制気味に日光をサテラのほうに動かしてみる。これだけでも今のランスには相当な重労働だ。しかし起死回生の策と信じて心中必死に、見た目は余裕を装ってやった。
 
「大人しく手に持っている武器を捨てろ。それと服も全部脱ぐんだ。出来ればエロく」

 無力化しようと端的に要望を突きつける。しかし、ハウゼルは反応しない。
 まさか可愛い顔して仲間だろうが切り捨てる冷酷非情タイプだったのだろうか。読み違いを恐れたランスの背中に脂汗が血に混じって流れていく。

「き、聞こえなかったのか……武器を捨てろと」

 改めて声を絞り出すが、甲斐なく、相変わらずハウゼルはこちらに視線をくれてない。まるで別の何かのほうに強く意識を割いているようだった。
 それがなんなのか疑問に思ったところで――
 ズン……ッ!! と低い振動が這うようにして伝わってきた。加えて視界に変化が訪れる。まるで大きな影が被さったかのように不意に薄暗くなった。光を遮っていたのは彫像のような石の置物。

「…………シーザー?」

 ハウゼルが視線を向けていたのは、彼だったのだろう。やや目を見開いて呟きを洩らす。
 既にサテラが倒れて領域を区切る魔法の壁が取り払われたからかランスの目と鼻の先まで無骨な石の魔物、シーザーが近づいていた。
 一体何をしに来たのか。ハウゼルとランスが訝しげにその様子を見続けていると、彼はゆっくりした動作で指をランスに突きつけた。

「サテラサマ キズツケタナ シーザー ユルサナイ」

 そして一言。

「ランス オマエヲ コロス!!」

 そう宣告すると問答無用とばかりに行動に移りはじめる。シーザーはゆらりとその巨体を大きく動かした。

「なっ!?」

 ランスは堪らず息を呑む。サテラに覆いかぶさっている形の自分目掛けて、シーザーはまるでゴミを払うかのように腕を放ったのだ。

「駄目っ! シーザー、止めて」

 それを見たハウゼルが慌てて間に入ると、シーザーの攻撃を制止させようと腕を受けとめる。しかし一つ誤算があった。

「っ!? 無敵結界が……」

 近くに在る聖刀日光の所為で無敵結界はその機能を失っていた。
 本来であれば、打ち消され、ゼロになるはずの力がハウゼルの華奢な体にそのままかかる。単純な腕力という点なら圧倒的にシーザーのほうが上だ。
 ハウゼルは攻撃を受け切れず、押し出されるようにして弾き飛ばされた。そうして彼女が遠ざけられたことでランスとの間に障害がなくなってしまう。
 凍りついたランスの顔を砕きにいくようにシーザーの腕が改めて横に振るわれた。まさに空を裂くという表現が正しいだろう。ゴオォッと風が唸りを上げる凄まじい音がたつ。
 恐るべき一撃が接する――そのすんでのところで赤い影が割って入った。赤く光る剣が迫る岩を受け止めている。

「リック!」

 ランスは歓喜の叫びを上げた。主君の命の危機に赤き騎士が瞬時に馳せ参じたのだ。

 新たな障害の登場にもシーザーは動じることなく、同じく無双の剛力で排除すべく淡々と攻め立てる。
 リックはその荒ぶる巨石の猛威を何とか防いではいるもののあまりの威力に既に押され始めていた。その場に踏みとどまろうとしても、靴底が地面をずりずりと削っていく。
 力量差による自分の形勢の不利さを悟ったリックが叫ぶ。
 
「キング! ここから出来るだけ離れてください」

 相手の狙いは明らかにランスの命である。退治出来れば一番だがそれを望むのは難しい。であるならば自分が少しでも引き付けてランスの逃げる時間を確保しなくてはならない。
 しかしそうは言っても体が限界にいたって未だろくに動くに動けない状態なのかランスは呻くだけ。そこに駆け寄ったマリスが補助にかかる。
 治療魔法を唱えるために口を忙しく動かしつつ、ランスの体を支えるようにして起こす。反対側にはかなみがつき、それを手伝う。
 リックは後ろ手のその様子をちらりと確かめながら、部下たちに短く指示を飛ばす。

「グループを分ける。一つは王の側に付いて護衛をしつつ安全な場所に避難を。もう片方はここで奴を少しでも食い止めるために私のバックアップを頼む」

 命令を受けた部隊が迅速な行動を開始すると、リックも仕掛ける。
 シーザーがさらに突き出してきた腕を最小にして最速の挙動でかわすと、魔法剣バイロードを大上段から頭部目掛けて斬りつけた。
 無風にして無音。気配すら感じさせず、相手の命を刈り取る死神の刃。死へと誘う一撃はしかし、簡単に弾かれる。
 上手く防御されたわけではない。頭頂部に叩き込んだに関わらず、それは弾かれた。その体は、まるで鍛え上げた鋼である。リックはビリビリと痺れそうな感触を感じたが、手で柄を強く握りなおすと、今度は相手の胴と腕に激しい連撃を見舞う。
 されど、結果は変わらない。
 リックはそれこそ切り落とそうとするぐらい強く放ったつもりだったが、相手はまさに盤石とばかりに堅固でびくともしない。その頑強な岩の皮膚には、いかなリックの腕と魔法剣といえど通じそうにない。
 しかし、リックの判断とそれに伴う動きは驚くほど速い。通用しないと見るや、彼はすぐ剣を引くと、今度は岩石部分に覆われていない関節部、腕を曲げたことで剥き出しになったその僅かな隙間を縫うようにして神速の一閃を正確に叩き込んだのだ。
 果たしてそこに小さく亀裂が入った――だが、しかしそれだけであった。怯むことさえしていない。
 シーザーはただの魔物などではなく、土石で造られた人工物なのだ。傷がついたところで、出血などするわけないし、まして痛みなど感じるわけがなかった。それどころか相手はヒララの杭を胸部に穿とうが動こうとする化け物である。この程度の一撃で停止してくれるはずがないのも当然だった。

(……ならば)

 思考とほぼ同時に、リックは両の足首に狙いを定めて、斬撃を与える。動きを鈍らすために相手の巨躯を支える二本足を崩そうという試み。
 赤い閃光がシーザーの足に走ると、一拍の間を置き、ガクンとその体勢が傾いて足が止まる。

(やったか?)

 ただその影響を見極めるようにリックは鋭い視線で窺う。
 淡い期待はあったが、シーザーが半歩力強く踏み込むように地に足を押し付けると、それだけで即座に崩れた体勢を立て直した。
 効果が薄いことを悟り、より深い損傷をさらに加えるべく動こうとするも、その前にシーザーが腕を高く振り上げた。身長差からほぼ真上を見上げる形となるその拳は、さながらギロチンの落下のようにリックの頭上に勢いよく振り下ろされた。
 リックは反射的に受けの構えを取って防ごうとした。だが、段違いの力に叩き潰されるように地にねじ伏せられてしまう。

「っぐく……!」

「うおおおおおおおおおぉぉぉぉ!!」

 それを見た部下、リーザス兵たちは勇ましい雄叫びを上げながら、シーザーの動きを止めようと次々と飛びかかり出した。明らかに格の違う強大な敵と対峙するのに絶望感や恐怖がその身を襲わないわけがない。それでも職業軍人として、訓練を積んだプロの戦闘家としての意識と、力への矜持を持った彼らは誰一人として臆することなく一直線に巨石の化け物へと向かっていた。
 無論ただの考えなしの玉砕特攻ではあらず。通じもしない武器攻撃は仕掛けることなく、リーザス兵達は数人がかりで一斉に相手の手足をそれぞれ抑えにかかる。
 数で押し潰し、身動きを封じる。皆少しでも長く足止めしようと、全身に力を込めて決死の覚悟の表情で、しっかりとしがみ付いた。それこそ噛みついてでも離されまいとする気概が伝わる。
 だが、それでもシーザーはびくともせず、彼が少し乱暴に腕を振り動かすだけで取り押さえていた者達は振り落とされ、足に掴まっていた兵士などもまるで意に介さないように歩を進めて引き摺り出す。
 どれだけしかけようと数秒の時間稼ぎ程度が精いっぱいだ。
 ランスへの道を遮る壁としては力不足と言わざるを得ない兵士ではあったものの、リックが立ち上がるまでの間を埋める役目は果たしていた。その稼がれた間に何とか態勢を整えたリックは再びシーザーの前に立つと、独特の構えを取りながら精神を研ぎ澄ませる。
 そして――

「バイ・ラ・ウェイ!!」

 正に赤き雷光と呼ぶべきものがリックから迸った。
 袈裟懸、横薙ぎ、逆袈裟。三つの斬撃の全ての動作が刹那の間に放たれて、それらは寸分違わず、相手の関節部を傷つける。その速さは常人では決して見極めることが能わず、精緻とも呼ぶべき完璧な精度で放たれる必殺の剣技である。
 一気にいくつもの間接が削られたことで、一瞬間ではあるがシーザーの体の動きに硬直状態が訪れた。
 リックはその隙を捉え、構えなおすと、シーザーの口の部位を目掛け、強く捻るように回転を加えた鋭い打突を繰り出した。

 ガギンッ!

「っ!?」

 内部から岩石に穴を穿つ、紛れもなく削岩の一撃となりえるはずだった。
 だが、その切っ先は口腔の中を貫くほんの手前で、噛むようにして相手の口に挟まれたことで完全に止められた。

「まだだっ!」

 勇ましい叫びに呼応するようにバイロードの光の強さが増す。そしてその先端が急速な勢いで伸びた。
 岩と魔法剣がぶつかって擦り合う音がシーザーの口の隙間から漏れる。

「グゥ……」

 不快げな軋み。シーザーはバイロードを咥えたまま下顎に力を込めて、首を横に振りだそうとした。成すすべなく剛力にひっぱられそうになるが、一番力の籠ったタイミングを見計らうように、今度はバイロードの輝きが鈍くなる。刀身が一気に細く短くなるとシーザーの口の拘束をするっと抜けでる。
 思い切り顔を振っていたシーザーはその首を大きく晒していた。

(ここだ……っ!)

 元の長さに戻ったバイロードを振り上げ、掻っ切るように全身全霊の一太刀を浴びせようとした。
 しかし、死の気配を色濃く感じたのはリックだった。
 シーザーの目がゆっくりとだが、こちらに向けて動いていた。ただそれだけでリックの鋭敏な戦闘勘はもう逃れようのない死に囚われたことを理解した。
 反射的に防御行動、回避行動を取りそうになる。だが、リックはすぐその選択肢から目を背けた。確かに今それらの行動をとれば多少は生き長らえるかもしれない。普通の人間ならそれでいい。しかし、リックは高潔なる騎士だった。
 その背に守るべき主君がいる以上、自分の命はただ彼を少しでも生きながらえさせるために使うべきだと考えていた。玉砕覚悟で足止めをする。
 リックは口許に笑みを浮かべながら、その剣を振り下ろすスピードを緩めることはなかった。それはこの後の自分の体勢を度外視したまさに全力の一撃だった。


 突き飛ばされた後、空中でバランスを何とか立て直したハウゼルはシーザーとリーザス兵の交戦状況を見ると急いでサテラのもとへ飛んだ。もはやシーザーを止められるのは彼女だけだ。
 シーザーのような特別なストーンガーディアンは例え相手が魔人であろうとも決して命令を聞いたりしない。彼はサテラによって造られたサテラのためだけの戦士だ。その主君の命令しか聞かないように出来ている。
 ハウゼルは気絶していたサテラに強く呼びかけ、起こしにかかる。怪我の状態からさすがに揺り動かすことは躊躇われた。

「サテラ、ねえ、サテラ!」

「……ん…………んっ」

 痙攣するようにサテラの瞼が軽く震えた。

「サテラ、起きて」

 ハウゼルの必死の呼びかけが脳に届いたのか、サテラが覚醒し始めた。薄く目を開いて瞬きを繰り返している。

「…………? ハウ、ゼル?」

「サテラ、お願い。シーザーを止めて」

「…………シーザー?」

 ハウゼルの焦燥に駆られた表情と不穏な言葉。のみこんだ情報にただごとじゃない気配を感じたサテラはすぐに意識を正常な状態に戻す。
 直後、轟音が耳に入り、そちらへと顔を上げる。戦場ではシーザー相手に一人の人間が体をぶつけんばかりに攻撃を浴びせようしているところだった。
 サテラは瞠目する。

「シーザー!?」

「時間が惜しいから簡単に説明するけど、今、シーザーは貴方を傷つけられたことで怒って、リーザス王の命をとろうと襲いかかってるのよ」

「え? ランスを?」

 慌てて周囲を見回して、少し離れた所にランスの姿を見つける。彼は多数の兵士に守りを固められており、今のところはその命に別状はなく、無事のようだった。

「サテラ、さっさとあのデカブツを止めやがれ! はやくしろ!」

 サテラが意識を取り戻したことに気づいたのかランスが声を上げてきた。

「…………」

 サテラはハウゼルの肩を借りて立ち上がると、従者に聞こえるように大きく叫んだ。

「シーザー、止まって!」

 シーザーは人間の太刀を受けてその反撃に入っていた。丁度それが相手にぶつかったところで、命令に寸分違わず動きをぴたりと止めた。ひどく鈍い音が聞こえて人間が倒れるのが見えた。

「リック!?」

 ランスの叫ぶ声が大きく響く。
 ――と、リックはよろめきながらも何とか立ちあがって見せた。

「はは……ぎりぎりか」

 ランスは取りあえず安堵の息を吐いていた。
 だが、リックの側にたつシーザーは未だ拳を握ったままだ。彼はサテラのほうに顔を向ける。

「サテラサマ」

「そいつら人間と戦うのも、ランスを殺そうとするのもやめて」

「シカシ……」

 返そうとするシーザーにサテラは首を振る。

「シーザー、もういいから」

「…………ワカリマシタ」

 主君が望まぬ以上、続ける意味はないのか、大人しく拳を下げたシーザー。そのまま主君のもとへと戻っていくと、ハウゼルから代わるようにサテラを受け取り、支えてあげる。


「はぁ……。…………やっと収まりやがったか」

 直接の危機を脱し、改めて心から安堵の息を吐き出す。
 サテラはそんなランスにゆっくりと近づくと憎まれ口を叩く。

「サテラにあれだけやっておきながら、雑魚の後ろに隠れてただ守られていただけとは情けない奴だ」

「うるさい。黙れ」

 ランスは凄むが、両隣りに肩を支えられ完全に体を預ける形になっているためいまいち締まらない。
 そんな無様な恰好となっている状態のランスをサテラは改めて上から下まで一瞥すると、その足に注視を浴びせた。

「ふん……。なるほどな。その足の怪我……どんな手であの戒めを抜けたのかと思ったら、無理やり引っこ抜いたのか、お前……」

 サテラがランスを繋ぎ止めていたはずの場所に目を移す。そこにはボロボロになったブーツだけが泥に固められていた。
 指摘通りランスはゼットンの高熱で溶けて、形の歪んだブーツから足を強引に引っ張って抜き出したのである。そのため皮膚が剥がれるどころか肉が抉れたように傷ついて、さらに火傷のような焦げた跡まで残っている。最後に跳ぶだけの力を得たのはこっそり聖鎧の奥に隠していた世色癌を飲んでいたからだ。
 ハウゼル乱入で時間が出来たことがランスの勝因だった。そうでなければ抜ける暇もなくあの時のゼットンでくたばっていた。
 そのことはランスはわかっていたが、

「最後に立っていたのは俺様だから俺様の勝ちで良いな。サテラ」

 ランスは自身の勝ちを主張する。サテラがハウゼル乱入の件を出してごねる心配もしていたが、

「仕留めきれなかったのは結局サテラの甘さに原因がある」

 サテラは不満そうに顔をしかめながらも、無様な言い訳を吐きはしなかった。

「サテラサマ」

「いいの、シーザー。……ランス、今回はお前に勝ちを譲る形にしてやる」

「譲るもくそもお前が先に気を失った時点で誰がどう見ても俺様の勝ちなんだがな」

 ランスはそこで一旦言葉を区切ると、

「それより、俺様が勝利したということで約束の処女はきっちり頂くからな」

「そうだな…………………………………………って、ちょっと待て、何だそれは!?」

「何だも何も、俺様と交わした約束のことだ」

「いつしたんだ? そんなものした覚えはないぞ?」

「惚けるな。リーザス城でお前と戦って俺様が華麗に勝利を決めた後のことだ。あの時お前は俺様に死ぬなと言って、俺様はお前に処女を守れと言ったはずだ。そして互いにそれを破らずに守った上で、見えたんだ。ならば勝者がそれを奪う権利があるだろう」

「む……」

 言葉を交わしたのはサテラにも覚えがある様子だった。

「力ある者が力なき物から収奪、搾取していくのは世の必定だな。力ある者とはすなわち勝者であり、力なきものは敗者。つまり戦いの勝者が敗者を自由に扱うのは当然のことと言えるのだ」

 ランスは己の弱肉強食理論を展開する。

「まさか約束を反故にしたり、敗者のくせに勝者になにもしないなんてないよな。そっちはこっちに勝ったら使徒にする気満々だったのになあ」

「う……む……く……わ、わかった。約束は守る。好きにしろ」

 顔を背けながら、小さな声ではあるが素直にも認める。そしてちらりと横目でランスを窺うと、

「………………でも、お前は、いいのか?」

「何のことだ?」

「サテラは……サテラは、魔人の女なんだぞ? それでもいいんだな?」

「? どういう意味で言ってるのか知らんが、魔人だろうが俺様は構わん」

「う……、そうか、ならいい」

「それと、俺様が勝ったんだから勿論、美樹ちゃんのことも諦めてもらうぞ」

「え? 美樹様?」

 ここでハウゼルが疑問を挟む。説明を求めるような視線がランスに向く。

「ハウゼルちゃん、君も大人しく諦めてくれ」

「えっと、その、お話がよくわからないのですが……」

「つまりだな。俺様は美樹ちゃんを預かっていて、君たちはそれを奪いにここにやって来たんだろ? で、さっきの俺様とサテラとの戦いは美樹ちゃんを賭けたものだったんだ。そんで俺が圧倒的な実力差でコイツを倒したんだから、もう力づくで連れ去るという馬鹿な考えはやめろという話だ」

 噛んで含めるようにランスは言う。しかしハウゼルはなおも小首を傾げて不可解そうな表情だ。

「……あの、何か勘違いしてらっしゃるようですが、我々の目的は美樹様を連れ去ることではありませんよ」

「何ぃ? 君たちは美樹ちゃんを無理矢理魔王にするべく来たんだろ?」

「いえ。あくまで使者としてホーネット様の意思を伝えることと、美樹様の御身をケイブリス派の魔人から守ることです。それ以上の命令は受けていません」

「……………………」

「……………………」

 二人は互いの顔を見合う。嘘をついているようには見えなかった。
 ここで、ハウゼルの顔がサテラに向けられる。

「サテラ、どういうこと? リーザス王に仕掛けたことについてもそうだけど。他にも何かおかしなことを伝えたんじゃない?」

「……サテラはランスに美樹様にこちらに渡せ、と言ったんだ。魔王になってもらいたいことも含めて」

「……なるほどね」

 漸く事情と流れが呑み込めたのか、ハウゼルは小さく息を吐く。

「サテラ、私達はあくまでケイブリス派の動きから美樹様をお守りするというものであって無理やり連れて来いなどという命令はされてないわ」

「それは、わかってる……。でも、美樹様が魔王になってくれなければ、ホーネット様が大変なんだ。このままだといつか負けてしまうのはハウゼルだってわかってるくせに」

「確かにこちらの陣営が苦しいのは私も理解してる。けどね、私達だけの都合を一方的に押し付けて無理やり覚醒させては駄目と、彼女の意志をもって自発的に魔王として立ってもらわねば意味がないとホーネット様も仰って、私達もその言葉に従ったはずよ」

「だからって、何年も説得し続けても未だに美樹様達は魔王の役目から逃れようとするだけで――」

「ええい! ごちゃごちゃとうるさいぞ」

 いい加減熱くなりかけた二人の論争の間にランスが入り、強引に止める。

「今、美樹ちゃんを預かってるのはこの俺様だろ。その俺様を無視してどうするかを話すな。まず、サテラの方だがお前は俺様に負けたんだから、魔王にさせる話はなしだ、いいな?」

「………………わかった」

 不服そうではあるが、サテラは頷いた。

「それとハウゼルちゃん」

「はい」

「君は美樹ちゃんに会って話をしたいみたいだが、それは許さん」

 ランスは首を横に振り、素っ気なくノーを突きつける。
 サテラが何か言いたそうだったが、その前にハウゼルが質問を投げる。

「一応その理由を尋ねてみてもよろしいでしょうか?」

「単純に信頼出来ないからだ。見た目はムシも殺せぬ平和主義のように見えるがもしかしたら君だって内心はサテラみたいな考えを抱いて近づこうとしてるかもしれんからな」

「それは……」

 ない、と言うのは簡単ではあったが、上手く証明する手立てがハウゼルにはなく答えられない。ランスが求めているのは確かなものなのだろう。

「俺様は君のことを知らんからな。かなりの警戒心を抱いている」

「はい。それは仕方のないことでしょう……」

 ランスは同僚のサテラや姉のサイゼルに攻撃されたのだ。同じく魔人の自分を警戒して信用しないのも無理ない、とハウゼルは顔を暗くする。

「……まあ、信用っていうのは、たんに言葉だけでどうこう判断出来るものじゃないからな。信頼ってのは心を許すことだ。これは簡単にしてもらえることじゃない。正直、俺様から言わせてみれば信頼を勝ち取りたいならまず誠意を見せる。相手の心を開かせたいならまず自分が心を開くべきだと考えている」

「互いの距離を縮めるなら自らが先ず歩み寄る、ということですね」

 ハウゼルもそれは理解出来て、素直な気持ちで同意する。ようするに自分が心を許してることを知れば相手も自ずと許してくれるというものだ。

「それを君が示せば会わせることも考えてやらんこともないのだが……」

「本当ですか?」

「うむ。……そこでハウゼルちゃんに問うが、この相手が心を許しているということを具体的に感じさせるにはどのような行動が一番だと思う?」

「………………すみません。何なのでしょうか?」

 魔人領で生きる中では無縁のことだ。答えが浮かばなかったハウゼルが訊ねてみる。ランスは顎に手を添え、にやりと笑みを強くしてみせた。

「ずばり、体を許すことだ」

「体を……許す……?」

「そう。つまりセックスだな」


「…………………………………………」

「……………………………………は?」

 理解の及ばない謎発言にハウゼルは目を瞬かせ、隣のサテラは唖然と口を開く。
 周りのリーザス兵も目が点になっている。しかし、ランスの肩を支えている女性二人だけは呆れたような眼差しをランスに浴びせていた。

「ちょっと待て! 黙って聞いてれば何だその意味のわからない発想は!? 何で信頼云々でハウゼルを抱くことにつながるんだ!」

 サテラが柳眉を逆立てて詰め寄り出した。しかしランスは鼻を鳴らし、その反駁を一笑すると、

「処女の貴様にはわからんかもしれんが、女が心を開いた時は股を開いたときだ。そして体が連結(つな)がれば心も繋がるし、肌を重ねれば、心も重なるんだ。この俺様が言うんだから間違いのない真理だな」

 真面目な表情でそう言い切られて、サテラも流石に頭を抱えた。

「馬鹿だ馬鹿だとは思っていたがお前は大馬鹿だ」

「ふん。だいたいお前がごちゃごちゃ言うことじゃないだろ。お前は抱かれるのはもう決定してるし、俺様はハウゼルちゃんのほうにイエスかノーかを聞いてるんだ」

「だからそんな条件をハウゼルが飲むわけないだろ」

 なあ、とサテラがハウゼルに振りかえると彼女は決意の固まったような瞳でランスを見据えていた。

「…………わかりました」

「ハウゼルっ!?」

「その求めに応じれば、私共は美樹様にお目通りを願えるのですね」

「無論だ。俺様に体を許そうとするその心意気を汲んで君のことは信じよう」


(くくく、これで魔人美女二人一気にゲットだ)

 自分の思い通りにことが運んでランスは表でにひにひし、さらに内心で舌舐めずりをしてると、ここでマリスが口を開いた。

「ランス王、単純に彼女が何かよからぬ思惑をもってないかは私が魔法で思考を読み取ってしまえばそれですむと思うのですが」

 思考が読めるリーダーという魔法があると彼女は告げてくる。それを聞いてサテラとハウゼルは「あ」 と気づいたような表情になった。

「そ、そうだ。ハウゼルが人間や美樹様に危害を加えるような考えをもっていないことがはっきりとわかってしまえばいいんだろ。腹のうちがわからないから信用が出来ないのだとはもともとお前が言ったんだしな」

 意を強くしたサテラが語気を荒げる。
 ランスが抱く為に妙な理屈を名目として振りかざしてしまっただけにそのことを逆手にとられると困る。
 余計なことをしてくれたなとランスがマリスをじろりと睨む。

「……マリス、お前はどっちの味方なんだ?」

「言うまでもなくランス王の味方ですよ。だからこそ私はより効率的で適切な手段をご提供しようとしたのですが」

 白々しい口ぶりだった。ランスは歯噛みする。

「……突入時の仕返しのつもりか」

「いったいなんのことをいっているのでしょう?」

 ランスは睨みつけるが、珍しくにっこり笑顔を返される。

(こ、こいつ……)

 もはや何も言う気が起きなかった。正直勝てる気がしない。


「ねえ、ハウゼル。もしサテラのことを気にして言ってるんならその必要はないぞ。人間に仕掛けたのはサテラの独断だし、サテラが抱かれるのもそれはサテラが負けたからで、どちらもサテラだけの責任だ。ハウゼルまで同じリスクを負うことはないんだ」

 妙な罪悪感や責任感からランスの提案に乗ってしまったのではないかとサテラは予想していた。ハウゼルがどういう性格でどういう考え方をするのかはサテラが良く知っているのだ。だからこそここではっきりと彼女が拒否の言葉を出せるように、気にするなと後押しをしだした。
 それに対してランスは焦った。ここで本人にまで考えを覆されてしまったら、せっかく捕えたはずの獲物を逃がすようなものだ。

「ええい。だったら両方だ。読み取って、さらに俺様とセックスすればいい。その方が信頼性が増す」

「何言ってんだバカ! 片方で充分だろ。ハウゼルだってお前なんかに抱かれるのなんて嫌だろうし」

「そっちこそ馬鹿言え。あのサイゼルだって嬉しそうに俺様のハイパー兵器をぺろぺろと舐めてはしゃぶってたんだ。なら妹のハウゼルちゃんだって俺様の体を求めてるはずだ」

「!?」

 一部捏造がある上、全く根拠のない発言だったが、ランスの口から飛び出たそれはサテラとハウゼルにとってはおそろしく破壊力のある言葉だった。
 サテラは強い衝撃を受けて、愕然とする。まさか自分の知り合いの魔人と性行為を行っていたとは知らず、さらにその事実はいろいろな意味で彼女にとってショックなことなのだった。
 ハウゼルはハウゼルでその言葉に羞恥のため頬を真っ赤に染めていた。それは淑女が性に関する淫らな話題をされたことで反応した結果などではない。彼女は特殊な体の事情の所為で、ランスの言うサイゼルとの行為というものに深く思い当たることがあり、そのことを思い出してしまったからだ。
 ハウゼルはサイゼルと体が繋がっているため、実はあの時の熱さや痛みや快楽というものが生々しくダイレクトに伝わってきていたのであった。そしてハウゼルもまたかつてのサテラと同じと言える。その事情から男性というものを考えたこともなかったし、魔人という特殊な体のおかげでいままで性的なことに関する欲というものがなくそういったものを特別知る機会がなかった。
 故に今まで知ることもなかった不思議な快楽を突如与えられ、強く意識してしまうのも致し方ないのこと。なまじ伝わるのは感覚の部分だけということもあり、想像力が強く働いてしまう。初心な彼女としては刺激が強すぎたかもしれない。
 目の前の相手がそうだと意識してしまったハウゼルのほうは思考回路が爆発しそうになる。先ほどまで冷静で毅然としていた態度であったにも関わらず、今は顔を赤くし、黙ったまま俯いてしまっている。
 そうして彼女の口から否定の言葉がはっきりと出なかったことをいいことに、それをランスは自分に都合良く解釈する。

「どうやら俺様の言ったとおりのようだな」

「確かに否定はなさってませんが、かといって彼女は別にランス王の言葉に同意してませんが?」

 マリスがあくまで冷静につっこむ。

「馬鹿者。ハウゼルちゃんはシャイなんだ。思っててもそんなこと恥ずかしくて堂々と言えるわけないだろ。お前も同じ女なんだからその辺ちゃんと察してやらんと駄目だぞ」

 ランスの目には、顔をカっと朱に染め、体を硬直させているハウゼルの態度がそのように映ったらしい。
 呆れを通り越してひどい眩暈と頭痛が併発したマリスはなんかもういろいろと諦めた。

「……というわけで、マリスの希望も採用するが、ハウゼルちゃんたっての希望も汲んで両方することを条件にしよう。これなら皆何一つ文句なく、ハッピーな道だろう。がはははははははは」

 ランスは盗賊もかくやという欲にまみれた顔つきでわらう。幸せなのは彼ぐらいだろう。
 未だにサテラとハウゼルの二人はショック状態から抜け切れていない。
 ただ一人、侍女が気の毒そうに重たい息を吐く音がやけに印象的に聞こえた。









 補足説明とか(魔法について)
 ランス世界における魔法に関する基礎的な知識のまとめ。
 1、ランス世界の魔法は身体や精神のエネルギーから打ちだされるもの(※ジョンブル報道官7月1週より)
 2、ランス世界の魔法は基本的に五属性(炎、氷、雷、光、闇)。この属性の間に相関関係はない(※ジョンブル報道官5月5週。ジョンブル報道官8月2週より)
 3、ランス世界の魔法には失敗というものがあり望んだ効果が得られないことがある。(※ランス4マニュアル42P闘将への服従魔法の失敗。『ランス6』セスナ・ベンビールのスリープ失敗より)
 4、ランス世界の魔法には呪文の詠唱というものがある。(※ジョンブル報道官7月5週。ランスクエストスキル「高速詠唱」より)
 5、ランス世界の魔法への抵抗は気持ちによってかわる。(※ランス4マニュアルP59ディオ・カルミスの項。『ランス6』リズナの慣れによる抵抗。ランスクエスト各種魔低アイテムの説明文より)

 一口に魔法といっても上にあげたとおり、我々がよくイメージするファンタジー特有の魔法とは微妙に違うものとなっています。
 少々乱暴ですが、いわゆるひつじやさんまと同様に名前が似ているだけの別物(魔法という名であっても魔法であらず)というくらいの意識でいいと思います。うん。
 



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