重い足取りでルイズは部屋へと戻っていく。今日もまた散々に弄ばれると思えば、足取りだって重くもなろうというものだ。
ああ、今日はどれだけ奉仕すれば許されるのか。どのような屈辱を、どのような苦痛を甘受しなければならないのだろうか。
顎が痺れてしゃべれなくなるまで? それとも足腰が立たなくなるくらい突きまくられるまで? あるいは才人の上で踊り疲れて許しを請うまで? 鞭で散々に嬲られるかもしれない。
寮塔にたどり着き、石階段を上っていき、三階へとたどり着く。一番奥がルイズの居室である。通り過ぎる時、ちらりとキュルケの部屋に視線を走らせる。
とにかく鞭は嫌だった。大声を出せない様にと猿轡まで噛まされたからだった。
今まで穿いていたショーツでされる猿轡は惨めだったし、声を出せない状況でひゅんひゅんと鞭を見せつけられるのは本当に怖いのだ。
でも――キュルケは本当に気付いていないのだろうか。
廊下や教室で会った時に不自然なところはなかった。バレてはいないと思う。だがバレれば解放されたかもしれないのだ。
運よく殺されなかったとしても、不名誉の極みになるであろうから学院は退学せざるをえまい。実家にも多大な迷惑をかけてしまうことになろう。それでもだ。いつかは解放されるとあてのない希望を信じるより、この地獄のような生活を抜け出せるならバレた方が良いのではないか?
学院の壁には強固な防音処理をされているのは知っている。
命令された状態なので、犯されている時息を殺してはいる。
それでもあれだけ悲鳴をあげ、喘いでしまい、才人の怒鳴り声や打擲音が響いているというのに、隣のキュルケは本当に気付いていないのだろうか?
ルイズにはどうなれば良いかわからなかった。どちらにしても悪い結果しかありえないし、自分の意志では選べないので深くは考えないようにしているからだ。
溜息を一つついて思考を放棄する。情けなさで歪みそうになる表情を取り繕って笑顔になる。ここは、ああ食事が美味しかったな、お風呂は気持ちよかったなと、笑顔になるべきなのだ。部屋の外で不審に思われてしまうような表情を浮かべるのは絶体のタブーなのである。禁止され、深く思考回路にすり込まれている。
今日もまた、ルイズは恥辱と屈辱、苦痛を与えてもらうため、重い気持ちで部屋の扉に手を掛ける。
「……帰ってる? サイト、お風呂に入ってきたわ」
部屋にいるのはルイズにとっての悪魔そのまま。初めてをすべて奪い去ってくれた男、平賀才人であった。
◇
部屋に入ったルイズが見たのはベッドの上で上機嫌の才人だった。それでルイズの気分は暗くなる。いつもはハルキゲニアの文字を覚えようと本を読んでいたり、ベッドの上で寝転がったりしていたり、部屋に入ってくるルイズを出迎えることなどなかったのだ。
無視をされたままに全裸となり、首輪をはめ、「準備ができたわサイト、今日もお願い」と声を掛け、それが凌辱の始まりとなるというに、今日に限って入った瞬間からじっと凝視されて嗤われている。嫌な予感しかしなかった。
「……どうしたのサイト、上機嫌じゃない。何かいいことでもあったの?」
それを聞いた才人は更に口の端を釣り上げて嗤う。くっくっくっとくぐもった嗤いにルイズは逃げたくなる気持ちを必死に抑える。いや、ここは「気持ちの悪い笑いをしているんじゃないわよっ」と怒鳴るべき場面だったのだろうか? 間違えてしまったかと、ルイズは冷や汗を流した。
「いや、上機嫌は上機嫌だけどな。確かにいいことがあった。それにな、ルイズ。多分ルイズにとっても悪い話じゃないと思うぜ?」
「……わたしにとってもいい話? 何よそれ、言ってみなさいよ」
くくっと嗤っていた才人だったが、ここで嗤うのをぴたっと止めた。そしてふぅぅぅと溜息をつく。二度、三度頭を振り、考えを纏めると満面の笑みを浮かべてみせた。
「おめでとう、ルイズ。オマエの魔法属性がわかった。――虚無だってさ」
「…………え?」
ルイズには才人の言葉の意味がわからなかった。キョム…きょむ…虚無?
「っど、どういうこと? 何でわたしが虚無だなんていうの? 虚無は失われた伝説の系統よ? っそんなわけあるわけないじゃないの!」
落ちこぼれである自分が伝説の虚無? そんなわけがないとルイズは思う。もしもそうならこんなにも魔法に苦労するはずがないではないか。落ちこぼれと蔑まれることなどありえるはずがないではないか。
それにだ。もしもそうならその魔法の力でこんな目にあっているはずがないではないか!
ルイズは明確な怒りを込めてサイトを睨む。いい加減なことをいうのは許さないとその目で語る。
「おいおい、疑り深いぜ? デルフが教えてくれたんだよ」
「……デルフ?」
うろんな顔つきのルイズに苦笑しながら、才人はデルフリンガーを鞘から静かに抜く。
「よお、娘っ子。相棒の言うとおりだぜ! お前さんは虚無さ、おれ様が言うんだから間違えねえよ!」
ルイズは驚いた。さびさびだった刀身は、今はキラキラ輝いて光っていたのだ。茫然としてルイズはデルフリンガーを見つめ、それから視線を才人へと移す。詳しい話を聞く気になったのである。そんなルイズにニヤリと笑って才人が続けた。
「実はさ、デルフが急にしゃべらなくなったろ? それが何でか知りたかったから聞いてみたんだよ。そしたら最初は何にもしゃべらなくて、それでも話し掛け続けたら煩いだの溶かせだの騒いでさ」
「…………」
「使い手ってなんだ? リーヴスラシルってなんだ? って聞き続けててさ。明らかに何か知ってる風だったってルイズは思わなかったか?」
「……うん、わたしも実は何か引っかかってた。今、こんな変な風になってるし、もしかしてサイトの異常とわたしの異常って何か関係があるのかなって思ってたわ。そんな時にサイトのことをリーヴスラシルって呼ぶ剣なんだから何か知ってるのかなって」
「ああ、俺もそう思った。だから諦めないで話し続けた。そのために45エキュー払ったようなもんだしな。黙ってないで教えてくれって言い続けたんだよ。そしたらだ」
くっくっくっと才人は笑う。
「急に苦しみ始めたと思ったらそのまま唸り続けて、終いにはまた黙りこくったままになってさ。元に戻ったと思ったからまた頼み続けたんだよ。「どうしたんだよデルフ、何か知ってるなら教えてくれよ、俺はデルフの持ち主なんだぜ」って語り続けてさ。そしたらルイズ、どうなったと思う?」
「……さびさびが取れてその姿になったって言うの? それでわたしが虚無だって言い始めたっていうわけ?」
どうなったかはわかる。デルフリンガーの姿がそうだし、才人がルイズのことを虚無というのはデルフリンガーが言ったという事なのだろう。だがそれはルイズが虚無であることの証拠でもなんでもないのだろうか?
「まっ、概ねそう言うこった。ただ正確にはそうじゃなくてな、黙り込んだままだったデルフが急に「思い出したー」って叫んだんだよ。んで、刀身が輝きだして今の姿になってだな、俺の事を相棒と呼んで事情を話し始めたんだよ。で、教えてくれた内容なんだけどな?」
「……うん、どんなことを話し始めたって言うのよ。教えて頂戴……」
嫌な予感に怯えながらもルイズは才人の話を聞いていく。時にデルフリンガーも補足して説明していく。そして――次第に顔色が青褪めていくことになったのである。
ルイズが虚無と言う事ではない。才人の正体が明らかになってしまい、己の運命も悟ってしまったのだ。
神の左手ガンダールヴ。勇猛果敢な神の盾。左に握った大剣と、右に掴んだ長槍で、導きし我を守りきる。
神の右手はヴィンダールヴ。心優しき神の笛。あらゆる獣を操りて、導きし我を運ぶは地海空。
神の頭脳はミュズニトニルン。知恵のかたまり神の本。あらゆる知識を溜め込みて、導きし我に助言を呈す。
そして最後にもう一人……記すことさえはばかれる……。
才人の正体は始祖プリミルの使い魔なのだという。それも最後の使い魔、記すことさえはばかれる。その伝説はまさしく記すことがはばかれるものであった。
その第四の使い魔の正体はリーヴスラシル。神の心臓である。力をあらわすのは生命だという。精神を操り、その支配はいかなる生命もあらがう事は許されない。
ブリミルは自己の身体能力を限界以上に発揮させ、呪文詠唱の際に盾となりうる存在を欲してガンダールヴを創った。
ブリミルは動物を支配する存在を欲し、あらゆる場所に移動できる手段としてヴィンタールヴを創った。
ブリミルは新しい知識を欲した。その知識を持って魔法技術を使って戦おうと思い、あらゆる道具を使いこなすミュズニトニルンを創った。
そしてブリミルは最後の使い魔に敵を操る能力を欲したのだ。
最後の使い魔リーヴスラシルはあらゆる意味で成功であり、あらゆる意味で失敗であった。ブリミルはヴィンタールヴのように動物を支配するのではなく、知性ある存在をこそ支配したいと狙ったのであるが、その能力が強力すぎたのである。
しかもある意味リーヴスラシルはブリミル以上の天才であり、最悪な事に性格が破綻していた。リーヴスラシルはルーンを改変する事に成功し、秘密裡に己の都合の良いルーンへ変えてしまった。
その結果がどうなってしまったか?
リーヴスラシルはブリミルへと反逆し、それを支配することに成功してしまい、晩年のブリミルは傀儡として存在していたのだと言うのだ。
リーヴスラシルの寿命が尽きた時はブリミルも力を使い果たしており、ルーンを再度改変する力は残っていなかった。失意のままにそのまま死亡してしまう。残された後継者たちは始祖が傀儡とされていたなど公表することは出来なかった。
使い魔が四人と言う事までは隠しきれなかったのだが、その存在は秘匿としてなかったこととされた。痕跡を消し、文献にも残さないことにしたのだ。
幸いというべきか、リーヴスラシルは自身の能力の事を秘密としていた。表に出ることはなく、能力の事を知っているのは極一部に限られていた。故にリーヴスラシルは記すことさえはばかれる、なのである。
――ルイズの股間に現れたハートのマーク。これは生命を表すルーンで、リーヴスラシルの反逆が成功した証である。このルーンがある限り、本来の主たる虚無の使い手は使い魔の使い魔へと墜ちてしまう。決して逆らう事が出来なくなってしまい、その主人を守ろうとするようになる。
――リーヴスラシルの能力は精神支配。目を合わせて念を送る事で他人を支配する事が出来る。そればかりかその命令を耳にするだけでも拘束力があり、一時的にであれ支配されてしまう。
――支配の力は強力極まりなく、支配の力を残したままに何があったかを忘れさせることが出来る。また支配の完了した存在は念を送るだけで思いのままに出来てしまう。
――生命力の塊といえる精液を身体の中に注ぎ込まれてしまうと、リーヴスラシルの命ある限り永遠に支配され、反逆する事が不可能となってしまう。
ルイズは説明を聞くうちに身体の震えが止まらなくなっていた。その内容が本当だとしたら、ルイズは虚無の使い手であると同時に才人の使い魔へと正真正銘契約しており、生涯逃れることが不可能なのである。
そう、支配されるのは自分だけが例外ではなかった。むしろ自分はその手先にすぎなかった。才人は誰でも自由に支配する事が可能だったのだ。
その事実に思い当たってルイズは恐怖で身が震えてしまった。
「くくっ……リーヴスラシルってのはホントに性格破綻者だったらしい。デルフはリーヴスラシルが作ったんだとよ。ガンダールヴの武器としてブリミルに献上しておいてな、イザという時のために埋伏の毒にしていたんだってさ。反逆の際にガンダールヴの体を乗っ取らせたんだそうだ」
「……そう」
最悪な話であった。ルイズは悪魔と言える使い魔を呼び出してしまい、その手先に墜ちていたのだ。
「しかも最高だよな? 無限の精力を実現させて、奴隷がどんな責めにも耐えられるように強靭にして、精液を注ぎこめばいかなる傷も癒すんだと。おかしいと思ってたんだよ。裂けたはずなのに傷の治りが早かったしな。
くく……良かったなルイズ? これからは鞭の跡とか気にする必要はないぜ? 直ぐに治してやれそうだ」
「っそ、そうね。これからは安心して責めてもらう事が出来そうね……」
本当に最悪な話であった。リーヴスラシルは悪趣味な事に処女膜を再生させて何度も破瓜の痛みと絶望を味あわせたり、狂ったりしないようにした上で蟲や蛇の群れの中に投げ込んだり、果ては拷問の末に歯をすべて抜き、再生するまで抜歯フェラをさせたりして喜んでいたのだという。鞭などは日常茶飯事で、皮が裂けても嬉々として振るっていたと言うのだ。いくら治ると言われても、そんなのは御免こうむりたいだろう。
「くくっっ……痛みを増幅させたり、羞恥心を極限まで高めたり、逆に快感には敏感にさせておいて最後の一線だけは決して許さなかったりと自由自在なんだとさ。……ルイズ、オマエはまだマンズリとまんこでしかイけてないよな? そう言う事らしいから今日はケツで最後までイかせてやろうか?
しかも使えば使うほど立派になっていくってホントいい趣味してるぜ。なんか大きくなったような気はしてたんだが、そう言う事だったのかって納得だよな」
「っそうね。わたしも納得だわ。大きくなってる気はしてたのよね……」
青褪めた顔でルイズは答える。本当に本当に最悪な話であった。考えれば考えるほど最悪であった。記すことさえはばかれるという第四の使い魔、その存在はブリミルを超えているというのだ。奈落の底に墜ちていく絶望感をルイズは感じた。
真っ青な顔をしているルイズにニヤニヤ笑いながら才人は続けた。
「で、そんなわけだから今日の予定は変更するぜ?」
「ど、どうするつもりなの?」
リーヴスラシルの力で精神を完全に支配される? そう、ブリミルのように。
それとも精神を変えられてしまう? 拷問のような責めを好んだというリーヴスラシルに相応しいように、その性癖を変えられてしまうのだろうか?
ルイズは怖気が止まらないのを感じた。視界が回り、鳥肌が立ち、足が震え、へたり込んでしまうのを堪えるのに必死である。
「ああ、デルフによると虚無だって自覚さえすれば、コモンマジックなら使えるようになるんだってさ」
「そうだぜ、娘っ子! 相棒の言うとーりだ! 早いとこ自覚して相棒の役に立てるようになりな!」
才人はニヤニヤ嗤いながらルイズに魔法が使えると教え、デルフリンガーはそれを後押しする。
「……わかったわ。……それで? わたしはどうすれば良いの?」
ルイズに選択肢の余地はなかった。虚無だと認め、コモンマジックを使えるようになり、才人の役にたつ存在へとならなければならない。
こんなことになるのなら、元のゼロのほうがよっぽど良かった。ルイズとしてはそう思わざるをえない。
厳格ながらも頼りになる父母。「おちび」と呼びながら頬をくじりに掛かるが、根は優しい上の姉。身体が弱くて自由に動けないが、いつも優しく励ましてくれた下の姉。
ゼロである自分でも、家族は自分を庇ってくれていた。
ルイズは家族との繋がりが断ち切られたように感じられた。
「ん、ルイズ。自分が虚無だって自覚できた?」
「いまいち信じられない部分もあるけど……もしコモンマジックが使えるようになれば、わたしは虚無ってことになるんでしょうね」
頬をぴくぴくさせながらルイズは答える。そう、使えるようになってしまえば認めざるをえなくなる。
自らが虚無の使い手であり、才人がリーヴスラシルであり、もう完全に支配されて取り返しのつかない状況へと、既に追い込まれてしまった後だと認めざるをえなくなるだろう。
「よし、それじゃあルイズ。頑張っていこうぜ? 心配するな、虚無の使い手はリーヴスラシルの精液を取り込むことで精神力が補充されるんだと。どんだけ魔法を使っても、これからはガス切れの心配はなくなるって話らしいぜ?」
引きつった笑みでルイズは「そう」と答える。それが本当なら魔法を使って疲れたならば才人に犯してもらい、あるいは奉仕してその精液を飲まなければならないということだ。
精液で精神力を補充してもらう魔法使い。なんと情けない魔法使いであろうか。
「じゃあ始めるぜ? 言っとくが使えるようになっても俺の許可が無い限り魔法を使うのは禁止だ。まだバレるわけにはいかないしな? それと是非とも覚えて欲しいのが『サイレント』だ。コイツはなんとしても覚えて欲しい」
「わかったわ。サイレントね? 最初に覚えるのはそれにするわ」
「そうだ、サイレントだ。何としてもサイレントだ。くくっ……これを覚えりゃ遠慮なく喘ぐことが出来るぜ? 嬉しいだろルイズ?」
「う、うん。嬉しい。出来るだけ早く覚えるようにするから……」
ああ、ああ、と、受け答えしながらルイズは思う。もうこれからはブリミルに祈ることは出来なくなるかもしれない。ブリミルに祈るということは、その主人となってしまったリーヴスラシルを祈ることになるかもしれない。それはこの悪魔のような男に祈るという、そういう意味になるかもしれないのだ。
「じゃ、そう言う事だから外にいくぞ? でないと爆発で部屋がめちゃくちゃになるかもしれないしな」
「そうね。それじゃ早速外に行きましょ? わたしも早く魔法が使えるようになりたいから、丁度いいわ」
それを聞いた才人が薄く嗤う。
「そうだな、早くいこう。精神力の補充は任せてくれ。口でも、まんこでも、ケツでも、好きなところに補充してやるからさ」
「!っそ、そう。それじゃお願いするわ。早く行きましょ?」
才人に促されて部屋を出る。行きたくはないが足は自然に動いてしまう。
っわ、わたしはこれからどうすればいいの? これから一生サイトの奴隷として生きなければならないの? どんなことにも従って、それなのに死ぬことさえ出来ないっていうの?
二人は寮塔から出て、中庭へと足を向けた。