ベッドの上で大きく伸びを一つ。眩いばかりの光が差し込んできて、なんともすがすがしい朝であった。声の聞こえる方へと視線を向ける。そこには縛られたままのルイズが床の上に寝転がり、苦痛のうめき声をあげている。
当然全裸のままであった。身に着けているのは猿轡に、手首と足首のブラウスで縛り上げた枷のみ。うつ伏せに寝転がって唸っていた。
「ほう……こうしてみるとまた違って見えるモンだ。なかなかにシュールだね、朝起きたら裸で寝転がる女ねぇ……」
昨夜は月明かりのみで何分暗かったし、目的は徹底的に犯しぬいて中出しすることだった。鑑賞することではない。故にじっくりと見るというのはなかった。だがこうしてみると月明かりに幻想的なルイズも悪くなかったが、太陽光の下のルイズもまた悪くないと才人は思う。
「くくっ……何とも無様だよなあルイズ。股間からトロトロと精液流しまくってよ。床に沁みになってるぜ?」
揶揄されてもルイズは答えない。答えられない。猿轡の苦しさに唸り声をあげるのみである。
「どうだ? 自分の立場がよくわかったろ? オマエはご主人様なんかじゃない。俺がご主人様で、オマエが使い魔。絶対服従して逆らえないんだ。ちっとは身の程をわきまえろってこった」
うめき声をあげるのみのルイズ。才人は満足であった。口の端を釣り上げて昨夜の凌辱を思い起こす。
「……しっかしどういうことだったんだろな……」
狂宴の一夜が過ぎて冷静になってみると、昨夜の自分は異常だったと理解できる。何の不都合もなく、興奮していたから疑問に思わないようにしていたがおかしかった。
とにかく何度でも射精出来たし、その量も異常だったのだ。
一度目の射精は理解できる。そのあとすぐに回復したのも理解できる。だが――
二回目になりゃ、精液ってがくんと量が少なくなるよな? タンクなんて決まった量しかないし。それどころか三回目も四回目も、そりゃ少しずつ減ってはいったがあれは一体何なんだ?
才人は疑問に思う。何度射精した? 五回や六回の話ではなかったと思う。正確な数は覚えていないが多分十回近くは射精したはず。最初に射精したあとは流石のルイズも諦めたのか抵抗しなくなり、それをいいことに散々弄んだのだ。
おかげで精液が溢れて困り、拭き続けたブラウスはボロボロ。今は投げ捨てられて転がっている。
――ははっ! ようやく立場がわかったようだなっ! オマエが俺のご主人様なんてありえないね、俺がルイズのご主人様なんだよ!
――使い魔ってのは奴隷なんだろ? っならそれに相応しい扱いをしなくちゃあな!
――うるせえ! 黙れ! 俺の許可なく動こうとすんな! それともはたかれないとわからないってか? ならっ、望み通りにしてやんよっ!
様々に罵声を浴びせ、奴隷なんだから主人の言う事を聞いて意に添うように行動しろと、無理難題を言い続けた。咎がないとしても、気の向くままにスパンピングを施した。
そしてまだ出来そうな雰囲気はあったが疲れても来ており、おそらくは最後の一夜、眠ってスッキリとして迎えたいと寝ることにした。
だから寝ている間にルイズが助けを求めるような行動をしたら困ると足首を縛り直し、そのままベッドから蹴り落とし、自分だけベッドを占領した。故に今のルイズは石の床の上で唸っているわけだが。
まあいいかと才人は考えるのを止めることにした。もう直ぐ死ぬのに考えても意味はない。それよりも重要なことがある。これから誰かが不振に思い、部屋の様子を見に来るまでルイズを犯しぬかなければならないだろう。早ければもうすぐにでも、友人辺りが挨拶に来るかもしれない。幸い昨日で打ち止めになっているわけではなく、布団にこすれたのか、それとも生理現象なのか、肉棒はぎんぎんに猛っている。
「そうだな、この際だから口とケツ穴も貰っとくか……」
呟いた才人はベッドから降りた。そのまま寝転がるルイズのところまで歩いていく。
びくっと身体を震わせたルイズは逃げようとするが――手足を拘束されていて動けない。くくっと薄く嗤った才人はそんなルイズを無様だなと思いながらも、あえてゆっくり目に歩いて近づいていった。
これから捕まるまでルイズを嬲り続けようと思ったのだ。例えば友人あたりが「おはよう、ルイズ!」とでも来た時、犯されている最中だったなら? もうプライドなどボロボロだろう。それに対して才人は「よお、ルイズの友達か? もう直ぐで出すから少し待ってくれ!」と挨拶しながら腰を振るのだ。考えただけでにやけてくる。
「おはよう、ルイズ。いい朝だぜ……はぁぁぁ??」
そんな妄想をしながら、おらよっと、蹴り上げて、うつ伏せのルイズをひっくり返す。そして――才人はそこで意外すぎるものを見たのだった。
「……くっ、くくくくく……。っお、おいルイズ。そ、そいつは一体なんだぁ?」
恐怖に怯える顔―それは良い。成長していない乳房―わかっていたことだ。蹴り上げたショックでまたごぼっと溢れてきた精液―まあ大量に流し込んだのだから、一晩では吸収しきれなかったのだろう。それも良い。だがその上、恥丘の部分がおかしかったのだ。
「おいおい、そんなモン、あったっけか? くくっ、いい趣味してるぜルイズさんよぉ」
ゲラゲラとルイズは笑われる。だがルイズには何を笑われているのかわからなかった。それで指差されている部分を見ようとし、
「!っぶっ…ぼぐぅぅぅうぅ……!っっぶぐぅぐぅぅぅ……っ!」
慌てて身を起そうとしたので無理な体勢となり、苦痛にのたうち回ることになった。それを見た才人はニヤニヤ笑いながら背後にまわる。それから「無理すんなって」と声を掛けながら背中をゆっくりと押して手助けをする。
ルイズはあり得ないものを見て目を見開くことになった。
「っ…………!!?」
そこで目にしたのは桃色の印し。五センチ四方はあろうかという、少しひしゃげた感じのピンクのハートマーク。うすいうすい、殆ど生えていない陰毛のある場所に、はっきりとピンクが刻印されていた。
「っぐっ、っつル、ルイズさんよぉっ……ぁ、あんまり笑わせてくれるなよなっ」
笑い転げる才人だが、ルイズにとってはそれどころではない。今だけは全身の苦痛を忘れ、あり得ない光景に目を見開いて茫然としてしまう。
何故? 何故? 何故? 何でこんなマークがわたしの股間に刻まれている?
もちろんルイズはこんなマークに見覚えはない。ゲラゲラ笑っている様子からして才人の仕業でもないだろう。でもそれならば何故? 混乱しきったルイズはただ黙り込んだままに茫然とするしかない。そこにようやく笑いをおさめた才人が後ろに回る。猿轡を解いていった。
何時間振りだろう? 呼吸が楽になって安堵し、そして改めて自分の股間を凝視する。
「くくっ……その様子だと心当たりはないようだけどな? 一応念のために聞いておく。その股間のハートマークに見覚えはあるか?」
「っな、ないわよ……っな、なんでこんなマークがわたしの股間にあるの?」
本当のことを言っていると才人は感じた。でもそれならば何故? ……もしかしてだが、昨夜の異常な回復ぶりと何か関係があるのか? わからないがこうなっては口やアナルを犯すよりもこっちの方が重要だ。興味を満たすべく質問を続けようと思う。
「じゃあ何でそんなマークがついてるんだよ? 言っとくけど俺に心当たりはないぜ?」
「そ、そんなこと言ってもわたしもわからない。わからないもの……」
「わからないじゃないだろ? 魔法なんてファンタジーの世界だ。なんか魔法的なもんじゃないのか?」
重ねて問われたルイズはもう一度考えてみる。だが本当に心当たりなんてない。刻印というかルーンならコントラクトサーヴァントだが契約なんてした覚えはないし、ハートマークに塗りつぶされたルーン文字なんて聞いたこともない。だからやはり才人の仕業だとルイズは思った。
「っね、ねぇ? 本当にご主人様の仕業じゃな……い、の……」
「……ご主人様?」
言ってみて、その途中で異常に気づいた。なんで才人のことを「ご主人様」と呼ぶ? 何の違和感も感じず、ごく自然に言葉が出た。
夜通しレイプされ、ビンタやスパンキングを貰い続けてその苦痛にもだえ、ベッドから蹴り落とされてからはずっと、あの平民、あの平民、あの平民! 絶対に思い知らせてやるっ! と恨み、復讐を誓っていたというのに、何でごく自然に「ご主人様」などと呼んでしまったのだろう?
だが今は悔しい。そして憎い相手を「ご主人様」と呼んでしまったことが気まずくて恥ずかしく、悔しくてならない。
「……おい、何で俺のことをご主人様なんて呼ぶ? 昨日まではあんた呼ばわりだっただろ? 何でそんな風に呼ぶんだ?」
問われたルイズはハッと顔をあげると質問に答えた。
「そ、それはご主人様がご主人様と呼べって言ったから……」
「…………」
答えたルイズは気まずげに顔を背ける。
なんだ? 俺はルイズのことをいつご主人様と呼べと言った? ……確かに昨日言いはした。「俺のことはご主人様と呼べ」だの「もうお前は主人じゃない」だの言っていた気はする。……だからなのか? だから俺のことをご主人様と呼ぶ? そんな馬鹿な話があるわけ……。
思い当たる節は確かにある。確かにそれらしいことは言ったはず。残念ながらその場の勢いで言ったので詳しくは覚えていないが。だがそれ以外に何を言った? 才人は懸命に思い起こし
「……なあ、ルイズ。オマエの名前を言ってみろ」
「っル、ルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエールよ」
ルイズは悔しげに振り向いて小さな声で名前を言うと、また悔しげに顔を背ける。それは答えるつもりなどなかったのに、つい言葉を出してしまったという感じで。優先すべきはまず質問であると身体が反応しているという感じであり、
才人は何となくわかった気がした。
「っくくっ、じゃあルイズの身分を言ってみろ。昨日は貴族で公爵令嬢だと言っていたよな? 今の身分はなんだ?」
「っこ、公爵令嬢で間違いないわ。でも、ご主人様の使い魔で、奴隷でもあるわ」
言ってしまってからルイズはハッと口を抑えようとする。縛られたままだったのを身を持って思い出し、そのまま悔しげにうつむいてしまう。自分でも何でか考え込む様子だった。
確定だな――才人はニヤリとほくそ笑む。理由はわからないが、どうやら今のルイズは昨日言われたことに逆らえないらしい。それどころか覚えていないことさえも、その頭の中にはしっかりと刷り込まれていて、意図しないでしゃべってしまうらしい。悔しげな表情がその証拠だ。
くくっ……こいつはなんとも予想外の状況だな? もしかしたらだ、俺は生き残れるかもしれん。そうなると死ぬってのは予定変更か?
くっくっくっと、薄く嗤った才人は行動に移す。まだ確認しなければいけないことがあるのだ。それは昨日に限らずに、今命令したことでもルイズは従うのか? それと、言葉では従ったようだが身体の方はどうなのかと言う事だ。
……ふむ、こうなるとだ、ルイズが悲鳴をあげたり、杖を探そうとしないってのも、無駄な抵抗で殴られたくないって事じゃないかもしれん。俺が昨日何か言ったか、あとでじっくりと思い出す必要があるな。
そう思考しながら才人は動く。確かめる必要があるのだ。
「いいか? 今から拘束を解くけど無駄な抵抗をして逃げようとするなよ?」と念を押しながら、両手、両足の戒めを解く。それでやっと、ようやくでルイズは身体の自由を取り戻す。
安堵の吐息をルイズは洩らした。身体の苦痛は相変わらずである。だが、それでも身体が自由になるのはやはり嬉しい。
そうやって安堵し、いくばくか余裕が出来たルイズは全裸であることにハッと気付いた。悔しげに乳房と股間を隠して睨みつける。だがそれを才人は気にしない。当たり前の反応だろう。ニヤニヤ笑ったままに正面へと回り込んだ。確認しなければならないのだ。
「さてとだ、ルイズ、命令する。そのまま立ち上がれ。そして、そうだな……“両足をガバっと広げて、腰を大きく限界まで前に出してみろ。それから「ああん、ご主人様、わたしのおまんこにズボズボしてぇ」って言ってみろ”
その命令にルイズは目を剥いた。とても正気とは思えない。それでは最低の淫売ではないか。それを貴族であるわたしにやれと言うのか? このルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエールに? 冗談ではないと思う。そんなことをやるはずがないではないか。
だが身体の方はルイズの意志を裏切ってしまう。ふらふらと立ち上がり、足を大きく開いていく。
それを見た才人はニヤリと嗤い、「ああ、情感たっぷりにお願いするぜ? それと言い終わったらまんこに指を突っ込んで実際にズボズボしてみろ」と、命令を追加した。
ルイズは信じられないという顔をしたあとに悔しげに顔を歪め、恨めしく才人を睨む。
……決まりだな。命令の追加もOK。嫌がっていても身体は逆らえないっと。
「ぁ、ああんんぅぅん、ご主人様ぁぁあぁ……わ、わたしのおまんこズボズボしてぇぇぇっ……!」
命令通りにガニ股に大きく足を開き、腰を突き出したルイズはおねだりの言葉を発し、人差し指を膣口に差し入れるとそのまま掻き混ぜ始める。ただその顔は泣きそうであり、屈辱と羞恥に酷く歪んでいた。
これは面白いと才人はいろいろと試してみる。
するとルイズは笑顔でオナれと言えば笑顔で自慰をするし、指の数を増やせと言えば指の数を増やす。俺がどんな表情を望んでいるかわかるか? と問えば、しばし考えると満面の笑顔をつくったままに自慰を始める。
お~~、こりゃ凄えと才人は驚いた。中止命令を出さないのでルイズは自慰をただひたすら続けるのみである。調子に乗った才人は腕を入れてみろと言ってみた。
さて? 入るはずないんだがどうなる?
するとどうだろう。ルイズは激痛に顔を歪ませながらも笑顔を保とうと努力をし、入るはずもない腕を入れようとしてきた。チラチラと才人の反応を窺いながらも片腕を膣口にあてがい、もう片手でそのサポートをする。ミチミチと音を立てて裂け、血が出ても笑顔を保とうとし、あがっ、っかはあっ、とうめき声をあげながらもその割り広げようとする手を止めなかった。
流石に慌てた才人は“っとと、おい、わかったから止めろ”と中止命令を出した。
……いや、こりゃ正直想像以上だわ。ここから飛び降りろとか、包丁とかで自分を刺せとか、まんま死ねって言っても、こりゃ笑顔のままでやりそうだ。他にも衆人環視で裸踊りしろとか、犬とやれとか、そんなんでもこりゃ普通にやるな。……いや~~ファンタジーで魔法がある国って凄いね、舐めてたわ。
中止命令を出されたルイズはそのまま床に崩れ落ち、股間に手を当てたままうずくまる。じっとしたまま動こうとせず、どうやら酷い痛みで立つ余裕さえないようだ。
さて、これからどうしたものかと、苦笑した才人は頭をぽりぽりと掻いた。
ん~~、これからどうすっかって言われてもなぁ、死ぬことしか考えてなかったからなんも考えてねぇ。んでもこうなってみるとルイズは思い通りに出来そうだし、生き残れる目が出てきた。そうなるとどうしたもんかね……。
考える時間はおそらくそれほどない。いつルイズの友人とかが現れてもおかしくない。
ん~~、こりゃ直ぐにいい考えなんてうかばねぇ。
そう、とにかく今は時間がないのだ。考えることを放棄した才人はとりあえずその場を取り繕うことにした。この部屋の状態で人が来るのはマズい。一目でルイズを強姦したとバレてしまう。となるとだ。
「ルイズ、これを着てベッドの中に入れ。んで風邪で臥せっているようなフリをしているんだ。……いいか? もし人が来たとしたら自然に見えるように工夫するようにするんだぞ? ご主人様に迷惑をかけるなんてオマエには許されないんだからな」
クローゼットを覗きこんだ才人は予備であろうネグリジェをひっつかみ、ショーツも投げて寄越す。振り向いたルイズは力なくコクリとうなずき、のろのろと着替える。
「くくっ、それからな、気付いてないようだが酷い顔になってるぜ?」
クローゼットの引き出しからショーツを塊にして掴み、それもそらっと投げつける。ニヤニヤ笑いながら鏡を差出し、覗いてみるよう顎をしゃくって才人は促す。 慌てて覗きこんだルイズだったが、言われた通りその顔は酷いものだった。
「!………ぅ…くふぅぅぅ……っ!」
透き通るほどの白い肌だったのに、今では両頬が赤く腫れ上がっている。ここまでは我慢できる。だがくりくりとしていた両目は腫れぼったく、涙、鼻水、涎、それらが乾いた跡がこびりついていた。並ぶものがない美少女であると自惚れていたのに、これではあんまりではないか。あまりに情けなく、涙が止めどなく溢れてくる。
「っぐうっ……ふっぐっ…ぁっ……うわああぁぁあぁんん……っ」
もうルイズのプライドはボロボロだった。なにもかも無くしてしまったと思った。
使い魔に反逆されて処女を奪われ、それもレイプで数えきれないくらい中出しをされた。考えないようにしていた、妊娠してしまったかもしれないとの恐怖が蘇ってくる。
ゼロだゼロだと蔑まれながらいつかは立派な魔法が使えるようにと必死の努力をし、今は爆発しかしないが、その魔法に必要な杖は見当たらない。目の前の男に奪われてしまったのだろう。
自慢である美貌は見る影もない有様で、最後のよりどころである門地でさえも、今の自分は布きれ一つ纏わない全裸に手足の拘束。それだけしか許されていなかった。ベッドから縛られたまま蹴り落とされ、そのまま朝まで放置されていたのだ。
とどめに全てを奪ってくれた男に心ならずも「ご主人様」としか呼ぶことが何故か出来ず、恥ずかしい芸を強要されても身体は勝手に動いてしまう。これでは本当に何もない“ゼロ”そのままではないか。
「うるせえっ! 泣き止めって言ってるんだよ!」
だが、それも才人が怒鳴るまでだった。ぴたりと自然に声が出なくなり、「っ……う…っ…ぁ……ふっ、ふぐぅぅう……ふっ」と、堪えきれない嗚咽しか出せなくなる。
……こりゃ凄え。泣き止めって言ったらホントに泣き止みやがったぜ……。
ほう、と感嘆の呟きを洩らした才人はニヤリと笑う。
「くくっ、悲しんでるトコ悪いんだが時間が無くてな? ソイツで顔を拭いたらさっさとベッドに行け。それとだ、スマイリー、スマイリー。やっと休めるんだから笑顔になれって」
一塊になっているショーツを指さしながら才人は笑う。ルイズに逆らえるはずもなく、引きつった愛想笑いを浮かべながらごしごしとショーツで顔を拭うことしかできない。
泣き濡れた顔を拭ったルイズは少しはマシな顔を取り戻す。股間が痛く、力が入らないのでベッドへと這い進んでいった。
そうして残った力を振り絞り、布団に潜り込むとそのまま意識を失ってしまう。それを見届けた才人はふぅと安堵の溜息をついた。才人の緊張も同時に解けたのだ。
……やれやれ。掃除、洗濯、その他雑用。そんな使い魔の生活が嫌で反抗したってのに、これはなんの皮肉なんですかねぇ……。
残されたのは各所に散らばったボロボロの衣服と、散らかしてしまったクローゼットなど。これを整理しないといけないわけだと苦笑する。
頭を振り、思考を切り替えた才人はまずはボロボロの衣服から片付けていくことにした。
さて、それじゃ俺も服を着ましょうかね……
全裸で寝たのは初めてだったが、なかなか悪くないと才人は思う。ニヤリと笑い、脱ぎ捨てた自分の服に向かい、才人はその足を一歩踏み出した。
◇
こもっているかもしれない臭気を考え窓を開ける。そうして換気をすると、小鳥のさえずりが聞こえ、草木の匂いがして心地よかった。ルイズは眠ったままである。全身の痛みも、ショックも、今は忘れることでできているようでその表情はおだやかだ。
時折苦しそうにするが、それはわずかに身体を動かしてしまうことで傷がうずいてしまうのだろう。まあ、見た目、風邪か疲労かで寝込んでいるように見える。
視線を転じると散らかされた部屋である。乱雑に開けられたクローゼットや引き出しから衣類が覗いている。そして床にはボロボロに引き裂かれたブラウスや精液交じりになったショーツやブラウス。まずは目立ってしまう床の衣類から片付ける。
クローゼットの奥にそれらを押し込み、それから畳むと時間がかかるので整理は簡単に。最後に入口から全体を俯瞰して、おかしいところがないかチェックする。
……まあこんなもんか。調べられたら一発でバレちまうだろうけど、表面的には問題ないよな?
ここまでの所要時間はおおよそだが30分ほど。片付けに満足した才人は毛布のある壁際まで戻る。そうしてそれからの時間は思考のために費やすことにした。
……さてどうなる? ルイズは学生って話だし授業があるよな? そうなると無断欠席ってことになる。するとだ、友達連中が心配してやってくるだろう。それに教師もやってくるかもしれんな。それにはどう対応したらいい? それに食事もだ。俺もそうだがルイズも朝食を抜いている。これも不振に思われるよな? コイツもどうすりゃいい?
とはいえ出来ることは限られる。下手に動いてもどこになにがあるかわからないし、誰に何を言えばいいかもわからない。部屋を出て、その間に誰かが来たらアウトである。
……まあなるようにしかならねえよな。ルイズが思い通りになるにしても今は寝ているし、起して対処させるにも今はマズい。何で不振がられるかもわからんしな。だからと言って俺はここを離れるわけにいかねえんだから。
一度は腹を括った身の上である。なるようしかならないし、失敗したとしても、それはそれでそれまでのことだ。誰かが来るのを待って、せいぜい丁寧に対応して時間を稼ぐしかないだろう。
聞き分けのいい奴がくればいいな――それくらいしか考えず、ボケっとしたまま来客を待つことにした。
シエスタの場合
そうしてぼんやりとしていた才人だったが、その来客は考え込み始めて直ぐに来た。
コンコンコンとノックが音がし、「あの、ミス・ヴァリエール? シエスタです。この扉を開けてもよろしいですか?」と、ドア越しに声を掛けられたのだ。
っはえーな、おいっ。まだ何にも考えが纏まってねえぞ!
いくら腹を括った身の上だとしても、光明が見えてきた今となってはやはり死にたくない。この世界は一体なんなんだろうな? 魔法ってどんなことが出来るんだ? それに己の異常にルイズの異常、これって一体どういうことだ? 本当に帰ることはできないのか? ぼんやりとしてこれまでのことを考えつつ、頭の片隅ではこれからどう対応すべきか考えてはいたのだ。それなのに、予期はしていてもこの早期の来客。ムカついた才人だったが、これは仕方が無い。愛想よく対応するしかないだろう。
そこにまたトントントンとノックの音。「ミス・ヴァリエール? シエスタです。……入りますね?」と断りの言葉が入る。ガチャッと音をさせ、一人の少女が顔を出した。
「……あの、あなた、もしかしたらミス・ヴァリエールの使い魔になったっていう方ですか?」
それはメイドの格好をした素朴な感じの少女だった。カチューシャで纏めた黒髪とそばかすが可愛らしい。
「えと、知ってるの?」
「ええ、なんでも、召喚の魔法で平民を呼んでしまったって。噂になってますわ」
屈託のない笑顔で笑う少女。ようやくまともな人間に出会えたと思った。これまでは教師も学生連中も、そしてもちろんルイズも酷いものだったから尚更だった。だがこれだけは尋ねておいておかねばならない。
「……君は貴族? 魔法使いなのか?」
見た目はメイドである。しかし学生でルイズの友人である可能性がある。もしそうなら心配して近づいてくるかもしれない。レイプしたなどと知れば、豹変して魔法を使ってくるだろう。
「いえ、私は違います。あなたと同じ平民です。貴族の方々をお世話するために、ここでご奉公させていただいているんです」
その言葉で才人は安心した。これなら主導権がとれそうだ。
「そっか……。あ、ちょっといいかな」
ちょいちょいと手招きして注意をひき、くいくいと親指でルイズを指し示す。指差す先を才人の肩越しにひょいと見させる。それで少女は状況を理解し、無言でうなずくと部屋から出る。それに才人は続いた。
「っと、悪いね。俺は平賀才人、よろしく」
「変わったお名前ですね……。私はシエスタっていいます」
極力音を立てないようにしてドアを閉め、ほっと一息ついた才人は挨拶をした。部屋の中で長居すれば何で勘ぐられるかわかったものではないのだ。そんな様子にクスリと笑ったシエスタは「お優しいんですね」と笑顔を向けてくる。才人にしてみれば勘違いも甚だしいが、ハルキゲニアに来て初めて向けられた純粋な好意である。照れてしまい、嬉しくて笑顔になれた。
「そっかな、そんなことないよ。……ところでシエスタはどうしてここに?」
「あっはい。ミス・ヴァリエールがお食事にいらっしゃいませんでした。それでどうなさったのかと心配になったんです」
どうやらシエスタは見た目通り心優しい少女のようだと思った。これなら円満に追い返すことが出来ると思う。安心した才人は会話を続ける。
「いや、シエスタこそ優しいよ。そんなことくらいで態々来てくれるなんてさ。っと、そんな話をしにきたんじゃないよね。実はさ、ルイズのやつ気分が優れないらしくってさ、それで寝てるんだよ。そうなると俺もどこにいけばいいかわからなくて、仕方ないから部屋にいたんだよね」
シエスタは才人が「ルイズ」と呼び捨てたことに驚き、「勇気がありますわね……」と感心する。それを才人は手をひらひらさせながら「いいの、いいの」と受け流した。実際名前で呼ぶなど上等すぎる。「淫売」とか「ブス」とか、そう呼ばれても、今のルイズなら笑顔で受け答えするだろう。苦笑するが、シエスタはそんな才人に唖然としている。
「そうですか……でもそうなると困りましたね。もうお食事は片付けてしまいましたし、シーツなんかも替えたかったんですけど……」
うんうん唸って考え込むシエスタ。可愛いなと才人は思う。そうやってしばらく考え込んでいたシエスタだったが、軽くうなずくと控えめに口を開いた。
「……あの……、シーツの交換はミス・ヴァリーエールがお休みですから仕方ありません。それとですね、私たちの賄い食でしたらご用意できると思うんです。サイトさんもお食事はまだなんですよね? よろしければ持ってきますけど……」
いかがです? とシエスタは才人の目を覗きこんできた。
「いいの?」
「もちろんです。あ、それと看病なさるんならお水とかタオルとか必要ですよね? そちらも持ってきましょうか?」
ニコリと微笑んでくるシエスタ。答えなんて決まっている。思いがけず食事までもらえることになった。シエスタから言われなけばこちらからお願いしたかもしれないが、向こうから自主的に言ってもらえるとまで思いもしなかったのだ。
いや~、ルイズとは大違いだよな! 最初に会ったのがシエスタだったら、俺もこうまで落ち込まなかったかもしれないぜ。ったく、ホント、ルイズと比べると大違いだ!
異世界に来て最初に触れた純粋な好意。陰惨だった気分が一気に晴れる。シエスタは言葉通りに大きな銀のトレイを抱えて再度部屋を訪れ、洗面器に一杯の水。アツアツのシチュー、一つは大盛り。それに才人が「ルイズが起きたら俺が替えるよ」と言ったのでシーツを片手にやってきた。
そして厨房の場所を教えると「よろしければいつでもいらしてくださいね。賄い食ならご用意できますから」と去って行った。
ミセス・シュヴルーズの場合
水が手に入ったのでルイズの顔を拭いてみる。落とし切れていなかった涙の跡は消せるものなら消しておかなければならなかった。まだ頬に赤みがあるようだが、これでだいたい見た目上は元に戻ったルイズの完成である。
よし。これで覗きこまれても大丈夫。シエスタは上手くいったけど、友人連中なら近くでまじまじ観察する可能性があるからな。これで一安心だ。
安心した才人はアツアツのシチューを頬張る。旨い。考えてみれば半日振りの食事である。旨くないわけがなかった。最後に水差しからグラスに水を一杯。それで人心地ついた才人は再度今後のことを考えながらもぼおっと過ごす。カーテンがひらひらと揺れているのが目につく。窓を閉め、床に座り直す。
そうやって過ごすうち、トントントンとノックの音。どうやら二人目の来客のようだった。
「ミス・ヴァリエール。一体どうして授業に出席しなかったのです」
現れたのは中年の女の人だった。紫色のローブに身を包み、帽子を被っている。ふくよかな頬が、優しい雰囲気を漂わせている。
ルイズが寝込んでいるのを見て声を潜めたミス・シュヴリーズは才人へと視線を転じ、「これはどうしたことですか?」と目で問うてきた。どうやらハゲよりまともだと才人は判断する。
しいっ、と人差し指を一本立て、そのまま部屋の外へと移動。上手くいったとほくそ笑んだ。
「それで? これは一体どういうことです?」
才人は説明した。自己紹介すると「おやおや、ミス・ヴァリエールも変わった使い魔を召喚したものですね」と言ってくれたが、じっと我慢して笑顔を取り繕う。何しろ魔法使いという連中は傲慢極まりないようなのだ。下手な対応をすれば「この平民!」と豹変するかもしれないし、ルイズに事情を問いただそうとするかもしれない。ここは我慢のしどころであろう。
「ええ、何でか知りませんけどルイズに召喚されちまったみたいで……」
ルイズと呼び捨てたことで眉をひそめたミセス・シュヴィーズだがここはスルー。いくらなんでもルイズをミス・ヴァリエールとは才人的に譲れないのだ。訂正されないのを幸いに話を進める。そして
――疲れたのか風邪を引いたのか、とにかく体調が悪いと寝込んでいる。
――仕方が無いので看病している。
――授業を欠席するときには届出をさせる。
そうしたことを話すとミセス・シュヴリーズは納得する。「では、お大事に」と帰って行ったのだった。
キュルケ・アウグスタ・フレデリカ・フォン・アルハンツ・ツェルプストーの場合
午後になり現れたのがキュルケだった。お昼になると優しいシエスタは何も言わないのに食事を持ってきてくれて才人は感動した。押しつけがましいところが何もないし、視線を向けるとニコニコと笑いかけてくれる。食器を返すと「あ、食べてくれたんですね」とまで言ってくれる。素直に嬉しかった。
あまりにおいしいシチューだったのでルイズの分まで手を付けてしまったことを話してしまうと「いけませんよ、そんなこと」と、目を丸くして驚いた後にクスクスと笑う。でも最後には「ミス・ヴァリエールが起きていらっしゃらなかったんだからしょうがないですよね。サイトさんが食べてくれたんならそれで良かったです」と笑ってくれ、才人はもう惚れてしまいそうだった。
しっかしルイズもそうだったけど長い名前だった。貴族ってみんなそうなのか? そりゃそんだけ長けりゃ“微熱”とか二つ名つけて苗字で呼ばないのがよくわかるわ。もうそういうもんだと思うことにしよう。
そうして腹も膨らみ、まったりとしていた時現れたのがキュルケだったのだ。
コンコンコンとノックの音。ん? 誰か来たなと才人が思い、出迎えようと立ち上がる。すると部屋の扉がいきなり開いたのだった。
「ルイズ! ゼロのルイズ! 病気になったって本当!」
バタンと勢いよく扉を開け、興奮した面持ちで入ってくる。マズいと才人は瞬間的に思った。これは人のことを無視するタイプだ。任せたままにしておくとボロが出ると思った。
「あっはっはっ! ほんとに人間を召喚したのね! すごいじゃない!」
あらわれたのは燃えるような赤い髪をした女の子だった。ルイズより背が高く、才人と同じくらいの身長。なかなかの色気を放っている。
っち……拙いかこりゃ? なんかルイズと仲が良さそうだぞコイツ。違和感に気付いちまうか? それに……ルイズの奴本当に演技してくれるか? してくれるとして騙せるのか?
タラリと才人は冷や汗を流した。
改めて観察し直すと彫りが深い顔に、突き出たバスト。なかなかの大きさである。
一番上と二番目のブラウスのボタンを外し、胸元を覗かせている。褐色の肌が健康そうで、野性的な魅力を振りまいている。
身長、肌の色、雰囲気、バストサイズ、全部がルイズと対照的である。
「おはよう、ルイズ」
当たり前というか、これだけ騒がれれば疲れ切っていたルイズだって目を覚ます。ぼんやりとした様子で身体を起した。
「っ……おはよう……キュルケ……」
身体の何処かが痛んだのであろう。起き抜けのルイズは挨拶を返しながらもわずかに顔を歪める。
っく……マズいなこりゃ、演技してくれるにしても、寝ぼけてたら何を言うかわかったもんじゃねぇぞ……。
とにかく時間を稼がなければと、話題は思いつかないがないが話し掛けようとする。その時であった。
「っ……うわあぁあっぁ……!」
のっそりと、真っ赤で巨大なトカゲが現れた。大きさはトラほどもあり、尻尾が燃え盛る炎でできていた。チロチロと口から火炎を吐き出している。これには才人も驚き、後じさってしまう。
「おっほっほっ! もしかして、あなた、この火トカゲを見るのは初めて?」
「鎖につないどけよ! 危ないじゃないか! っていうか何これ!」
「平気よ。あたしが命令しない限り、襲ったりしないから。臆病ちゃんね」
っいや、普通は驚くだろう!? こんなデカいトカゲで火を吐いてんだぞ?
くだんのトカゲはきゅるきゅると鳴き声をあげ、ものすごい熱を放っている。キュルケは驚いている才人におーほっほっほと手を顎に添え、色っぽく首をかしげてみせた。
「そばにいて、熱くないの?」
「あたしにとっては、涼しいくらいね」
ふふんと自慢げにキュルケは胸を張る。たぷたぷ揺れて美味しそうだ。基本的に才人はおっぱい星人なのである。
話している相手に興味をもったキュルケは名前を尋ねてきた。
「あなた、お名前は?」
「平賀才人」
「そう、ヘンな名前ね。あたしはキュルケ・アウグスタ・フレデリカ・アウハンツ・フォン・ツェルプストー。キュルケでいいわ」
「はあ……」
フレンドリーにファーストネームを許すあたり気のいい女性に見えるが、失礼な奴だと思う。初対面の相手にいきなり変な名前はないだろう。生返事を返しながらも、ぐっと怒りを堪えた。態度と言い、着ている制服といい、どうやらシエスタと違って貴族のようである。怒らせるのはマズい。生返事に興味を失ったのか、キュルケはルイズへと視線を移した。
「ルイズ、あたしも昨日、使い魔を召喚したのよ。誰かさんと違って、一発で呪文成功よ」
「……そうね」
「どうせ、召喚するならこんな人間じゃなくて、あたしみたいに強い幻獣がいいわよね? ねぇ、フレイム~」
「……そうね」
「見て? この尻尾。ここまで鮮やかで大きい炎の尻尾は、間違いなく火竜山脈のサラマンダ―よ? ブランドものよー。好事家に見せたら値段なんかつかないわよ?」
ルイズは苦々しげにサラマンダ―を見つめ、視線を転じて自慢するキュルケを憎々しげに睨み返す。それにキュルケは驚いた様子を見せた。
「何よ、健康だけが取り柄のヴァリエールが休んだから何事かと思ったけど、思ったより元気そうじゃないの」
「うっ、うるさいわね! ほっといてよ!」
耐えきれなくなったルイズは泣きそうな顔をし、これにはキュルケも慌ててしまった。
どうやら使い魔召喚に賭けていたルイズだけに、ふて寝しているか、あるいは平民を召喚してしまったショックで寝込むほど落ち込んでいたと思っていたのだ。
大部分の好奇心にちょっぴりの老婆心。からかう事で元気づけようとしたのだが、どうやらやりすぎてしまったらしい。気まずく沈黙したキュルケだったが「そっ、元気そうで安心したわ。それじゃ、ルイズ、お大事にね」と退散することにした。
っ……ふぅぅ……終わったか。ったく、焦っちまったぜ……。
「いくわよ、フレイム」と声を掛け、火トカゲを引きつれて部屋を出ていく。コツコツコツと足音がし、ややあってバタンと扉のしまる音。扉に耳を押し当ててそれを聞いた才人は安堵の溜息を洩らし、ニヤリとルイズに対して嗤って見せることにした。
「よくやったぜ、ルイズ、褒めてやる」
「……ありがとう、ご主人様」
ニヤニヤと笑いながら才人はルイズに近づいて行く。
「さ、これからの事で色々聞きたい事とか打ち合わせするとかしたいんだが……ルイズ、協力してくれるか?」
「っも、もちろんです、ご主人様」
ぐっとルイズの肩を掴みながら、才人はにこやかに微笑んでみせる。ぴくりと身体を震わせたルイズだったが否応もなく、引きつった笑顔をみせるのだった。
◇
「……ほほう、そう言う事ね。まあわからないことはおいおい聞いていくとしてだ、大体は理解した」
「っお、お役に立てて光栄です、ご主人様」
ベッドに腰掛けた才人に、その足元に正座するルイズ。ルイズとしては受け入れたくはないが、命じられればそうせざるをえなかった。理由はわからないが逆らえないのだ。
この位置関係と態度。まさしく主人と奴隷を表していると言えるだろう。屈辱と情けなさにどうしても表情が歪み、顔を伏せがちにしてしまう。それでもルイズは才人の質問に答えていかなければならなかった。
――シエスタの事。
面識はあまりない。名前と顔くらいは知っているが、平民のメイドとしかわからない。学院に勤めているメイドである。個人的に用事を頼んだことはないが、シーツの交換に訪れてくる。午前中に交換しにくるらしく顔を合わせることはない。
――ミセス・シュヴリーズの事。
土属性のトライアングルメイジ。二つ名は赤土。使い魔を召喚しての最初の授業だったので、無断欠席を叱責に訪れてきたのではないかと思う。
――キュルケの事。
火属性のトライアングルメイジ。二つ名は微熱。友達と言うわけではなく、むしろ仇敵である。廊下などで鉢合わせするとからかってくる。部屋の中まで入ってくるのは稀であり、過去に数回ほどしかないと思う。隣の部屋の住人でゲルマニアと言う国からの留学生。
ルイズの実家であるラ・ヴァリエールと、フォン・ツェルプストーの領地は隣り合っており、戦争のたびに争っているのだとか。そしてヴァリエールは恋人や妻までも寝取られているので許せない。故にルイズはゲルマニアが大嫌いである。
色ボケした女であり、学院の幾多の男どもを誘惑しまくっているので許せない。
――ミスタ・コルベールの事。
火属性のトライアングルメイジ。二つ名は炎蛇。優秀なメイジではあるが、変り者としても知られている。使い魔召喚の儀式には稀に危険な動物が呼び出される可能性があり、それに備えて戦闘能力に長けたメイジが監督するのだという。二つ名の由来を含め、その他詳しいことはわからない。
――学生寮について。
ルイズの部屋は三階にあるが、これは身分が高いからである。伯爵以上の女子しかこの階にはおらず、よって公爵令嬢として一番奥にあるルイズの部屋まで来るものはほとんどいない。隣がキュルケの部屋である。
――ゼロの由来。
ルイズの魔法はどうしたことか爆発しかしない。これはコモンマジックを含め、あらゆる呪文で同じ結果である。故にルイズは飛ぶことが出来ない。ゼロとは成功確率ゼロからつけられた不名誉なあだ名である。
――ハルキゲニアという世界。
トリステイン王国。アルビオン王国。ガリア王国。ロマリア連合皇国。帝政ゲルマニア。ここまでが主要な国家。
トリステインは水の国とも言われ、ブリミルの血を引く由緒ある王国。王が逝去したので王位は現在空位であり、事実上の宰相としてマザリーニが国事を代行している。妻であったマリアンヌ大公は陛下と呼ばれてはいるが喪に服しており、実際には即位していない。姫君であるアンリエッタが次の王になると思われている。今は疎遠だが幼いころに遊び相手を務め、幼馴染であった。
アルビオンは白の国と言われている。これは浮遊大陸に立地していて、下から見上げると霧によって白く見える為。トリステインとは血縁が強く、ブリミルの血を引く由緒のある国。現在の王はジェームス一世。
ガリアは魔法大国とも呼ばれる。言葉のとおり魔法技術が発達しており、現在の王はジョゼフ一世。プリミルの血を引く国である。
ロマリアは都市国家の集まりで光の国とも呼ばれる。これはハルキゲニアに絶大な影響力を誇る教皇が治める国だからである。現在の教皇は聖エイジス三十二世。プリミルの弟子が開いた国である。
帝政ゲルマニアはルイズに言わせると野蛮な国。これは魔法でなく機械も重視するからであり、金さえあればメイジでない平民でも貴族にするからである。また主要国で唯一ブリミルに縁がないため畏敬の念も薄い。他国の王が陛下と呼称されるのに対して閣下と呼称されるなど主要国の中で地位が低い。皇帝を名乗り、アルブレヒト三世が国を治める。
このほかにサハラと呼ばれる土地があり恐ろしいエルフが住んでいる。エルフは先住魔法と言って杖なしで強力な魔法を使うので恐れられている。
その他雑多な小国群があって、クンデンホルフ大公国がトリステインに属している。
――ブリミルとブリミル教。
ブリミルとは6000年前にハルキゲニア社会に魔法をもたらした偉人である。強大な虚無の魔法を使い、四人の使い魔を従えていたという。オーク鬼やオグル鬼などの亜人に苦しんでいたハルキゲニアに革命をもたらした。故に始祖と呼ばれ、生活も豊かになったので、ブリミルを讃えるブリミル教は絶大な支持を受けている。
――魔法。
魔法には杖と呪文が必要である。今は失われた伝説の系統虚無と、四系統の魔法がある。
四系統の魔法とは地、水、火、風の四つを差す。土の魔法として代表的なものをあげるなら錬金の魔法。これは単なる土を金属に変えたりする。
水の魔法として代表的なものをあげるならば治癒。火の魔法であるならばファイアボール。風ならばエアハンマーなど。この他に系統を足すことにより、例えば水と風を掛け合わせたウィンディアイシクルなど使える魔法の幅が広がり、また強力になってくる。
――メイジ。
貴族であればメイジであるが、メイジであれば貴族というわけではない。これは没落した貴族がいたり、二男や三男などの家を継げない貴族が身を堕とし、傭兵などになって魔法を使うからである。メイジの力量を表すのにドット、ライン、トライアングル、スクゥエアというものがあり、これは組み合わせることが出来る数を表している。
一番得意な系統をもって例えば水のドットメイジなどと表現するが、ルイズについては全ての魔法が爆発という結果になるので属性は不明。アンロックなどのコモンマジックでも何故か爆発してしまう。
ちなみにサモンサーヴァントもコモンマジックであり、才人を召喚できたのが唯一の成功例。召喚された動物によって自分の属性がわかるかもしれないと期待しており、また失敗すれば退学になるかもしれないと、春の使い魔召喚の儀式に賭けていたのだという。
――マジックアイテム。
学院には様々な宝物が収められている。例として秘宝である眠りの鐘があげられる。今は失われた技術で作られたスキルニルのようなマジックアイテムもある。
……なんていうか価値観としては絶体王政の中世って感じか? それでいて魔法を使えるのが貴族だからこのルイズみたいに傲慢になるって感じなのか? しっかし6000年の歴史があって石造りの城みたいに文化レベルは低いし、大昔からほとんど停滞して変わってるって感じがしない。便利すぎる魔法もそうだけどそっちも信じられないね。
なるほどねと才人は納得した。
「じゃあ次だ。これからどうするかを話していこう」
「っはい、ご主人様」
さて、これからどうするべきだろう? 考えていたことを話していく。理由はわからないがルイズを支配できているなんてバレるわけにはいかないのだ。そうなったらルイズ以外の手によって殺されてしまうのだろう。
「ルイズ、これから俺のことは才人と呼ぶんだ。」
「はい、ご主人様。これからご主人様をサイトと呼びます」
ニヤリと笑って才人は続ける。
「そうだ。ご主人様じゃない。才人だ。もちろんルイズ、オマエが俺の使い魔で、奴隷であることに変わりはないんだけどな……」
「っ………」
悔しそうに睨み付けてくるルイズに才人は説明した。もし「ご主人様」と呼ばれているのを聞かれでもしたら、間違いなく不審に思われてしまうだろう。また口調にしてもそうだ。それに切り替えが上手くいかなかったり、何かの間違いで覗き聞かれる可能性がある。
「だからだ、対外的には俺はオマエの使い魔ってことにしといてやる。態度や口調もそれらしいのに直せ。もちろん俺の合図一つですぐさまオマエは奴隷に逆戻りするわけだけどな?」
「…………」
「くくっ……そういうわけだ。これからメシまでその練習だ。んで、メシが終わって帰ってきたら、ルイズには奴隷の務めをやってもらうことにする」
「…………」
黙り込むルイズ。それに才人は「返事は?」と促した。
「っわ、わかり…!ひっ…っあうぅうっ……!」
じっと考え込んでいたルイズだったが、「わかったわ、サイト。こう話せばいいのね?」と返そうとした。それを才人は許さない。わずかに逡巡し、「わかりました」と返そうとしたからだ。無言で立ち上がり、殴りつける。間違いは正さなくてはならないだろう。
堪らず吹き飛び、石の床に叩きつけられる。げほっ、かはぁっ、と咳を吐き出し、怯える視線で仰ぎ見る。予期していないいきなりの暴力、ルイズは怖くて堪らなかった。
「いいか? そんな風に言いよどんでちゃ困るんだよ。それからここは「なにすんのよ、才人」とか、「ごめんなさい、才人、言い間違えたわ」とか、抗議したり謝ったりする場面だと思うぜ?」
ニヤニヤ嗤う才人にルイズは答えられない。そして改めて今の立場を思い知った。悪夢は昨夜で終わったわけではなく、むしろこれから始まるのだと。
「どうした? 俺の言葉が聞こえなかったか? ここはどうするべきだと思う?」
見下ろしたまま才人が問う。
「っわ、わかりましたっ! っい、いえ、わかったわサイト! 気を付けるから許して!」
慌ててルイズは許しを請うた。一刻も早く謝り、理不尽な暴力から逃れたい。思うことはそれだけである。むしろ「お許しください、ご主人様」と、土下座してすがりつきたい衝動を抑えるのに必死だった。そんなルイズに才人は薄く嗤ったまま見下ろす。
「くくっ……まあそんな感じだ。上手く意識を切り替えろ。こんなもんは慣れだ慣れ。上手く出来るように訓練するぜ?」
「っわ、わかったわ」
どうしても目を伏せてしまいそうになる。だがそれは許されないだろう。いや、日常の一部ということで許されるかもしれないが、間違っていたら力をもって矯正させられるかもしれない。目線を外すという選択肢はなかった。じっと、真剣な表情で顔を向ける。
「それとだ、今夜に向けて一つアドバイスをしといてやる。実行するかどうかはルイズの自由だけどな?」
才人の言葉にルイズはうなずく。失敗すれば才人は破滅であろうが、同時に自分も破滅であろう。おそらくは殺される。しかしそれでも、この憎むべき男に一矢報いる事が出来るならと。それならば破滅を受け入れたほうが良いのではないかと思ってしまうが、そもそも身体も心も逆らえない。受け入れるしか選択肢はないのだ。
……ああ、お父様、お母様、このような下種な男に従ってしまうルイズをお許しください。そして始祖ブリミルよ。どうかこの哀れなわたくしを。どうか、どうか、この地獄からお救い下さい……。
許しを得るは厳格ながらも頼れる父、母。信ずるは偉大なる魔法使いブリミル。だが、今はその声も届かない。
食事までの間、ルイズはただひたすら恐怖に怯えながら訓練に励むことになった。