翌朝、トリステイン魔法学院では、昨夜からの蜂の巣をつついた騒ぎが続いていた。
何しろ巨大なゴーレムが壁を破壊するといった大胆な方法で秘宝が盗まれ、壁に『破壊の杖、確かに領収いたしました。土くれのフーケ』と刻まれたのである。教師たちはあまりの屈辱に憤慨していた。
……呆れるね、ホント。貴族ってのは救いようがないわ……
それを才人は一歩下がり、冷めた目つきで観察していた。
何故なら自分たちも普段は当直をさぼってたくせに、教師たちはたまたま当直だったミセス・シェヴルーズを責めた。
運が悪かったとはいえ、当直教師として責任を持たなければならないミセス・シェヴルーズは家のローンがあるだの、セクハラで済むのならいくらでもお尻を撫でてくれだの、大仰な演技で誤魔化そうとした。
学院長のオスマンは「我ら全員の責任」であると、責任の所在をあやふやにしようとした。
……老害の典型だな。責任回避だけうまいって、多分意識してねーんだろうな。
特にオスマンが酷いと思った。何故なら学院長とは最終的に全ての責任を負わなくてはならないはず。それに警備強化を進言されたのに、結果として何ら手を打てていなかった。
これは職務怠慢どころの話ではないのではなかろうか?
才人としては呆れるほかに方法がないであろう。皆が皆、自分が悪いと、反省しているようには見えなかったである。
「ミス・ロングビル! どこに行っていたんですか! 大変ですぞ! 事件ですぞ!」
ここでロングビルが現れた。主演女優の登場である。興奮した面持ちのコルベールににこりと微笑んでみせる。速足ではあるが堂々とした態度で近づき、有能な秘書としての体裁を保っていた。
……くく…さあ、どう出てくる? ジジイは朝になってようやく来た。でも他の教師どもは違う。騒ぎになって直ぐに来た。
秘書ならジジイに報告しなきゃなんねーんだ。夜のうちに来てないとおかしいはず。どう言い訳してくるつもりなんだ?
そう思って才人はロングビルの釈明に期待したのだが……
っおいおいおいおいっ! いくらなんでもそりゃねーだろ!
その内容は酷いものだったのである。何で誰もツッコもうとしないのだろう? 才人は心底呆れてしまう。
自分はロングビルがフーケと知っていたから、矛盾点に気付いてしまった? いや、そんな事はないと才人は思う。これはそんなレベルではないはずだ。
ますロングビルは黒ずくめのローブの男をフーケのように推察している。だが、黒ずくめの男だとフーケになるのか? それにフーケは性別も不詳だったのでは? あからさまな意識の誘導であると言わざるをえない。
それからフーケの隠れ家を見つけたと言うが、その場所は馬で四時間、徒歩で半日の場所にあるというのだ。
すると徒歩の場合は往復で一日かかる計算だ。多分夜の暗いうちに起きたのだろうが、そうなるとよくもまあ真っ暗の中で調査をし、フーケの拠点を見つけ出すのに成功し、それでいて朝の時間に帰ってこれたものだ。
このハルキゲニアはファンタジーの世界である。ロングビルは転移の魔法でも使ったのであろうか?
っくううぅぅっつ……! っ、つ、ツッコミてえっ! っだが我慢だ、我慢! ロングビルの正体をここでバラすわけにはいかねーんだ! ってか、ここじゃなくてもバラせねーんだ!
才人はあとで奴隷たちの意見を聞こうと思った。もしかしたら自分の疑問はおかしいのでは? そんな言い知れない不安感に包まれたのだ。
でも、奴隷たちがツッコミどころに気付いていなかったら? その時はどうすればいいのだろう。そんなことを才人は思った。
「では、捜索隊を編成する。我と思うものは、杖を掲げよ」
そんな感じで才人が悶えていると、いつの間にか話は進んでいた。
「……なあ、ルイズ。なんで捜索隊って話になってんだ?」
「え? あ、うん。学院の問題だから、学院で解決するって。フーケを捕まえる為に捜索隊を募るって、オールド・オスマンは言ってるのよ」
思考に没頭していた才人である。有志を募るオスマンの怒鳴り声を聞いちゃいなかったのである。ルイズは呆れたが、答えないわけにもいかなかった。
っこれは…チャンス、か?
ところがである。ここで予想外の事が起こった。オスマンの募りに誰も手をあげなかったのだ。
当然我こそはと希望者が殺到すると思われたのに、誰も手をあげなかったのである。
才人はキュルケのお尻をさわさわと撫でてみた。
「!っ…ぁ…あ……はぁぁぁンぅ……っ」
驚いて振り返ったキュルケにニヤリと笑って見せ、そのあとは素知らぬ振りをする。オスマン始め教師たちはいきなりの喘ぎ声にじっとキュルケに注目し――礼儀正しく見なかったことにした。
わかるだろ? これはチャンスなんだよ。
キュルケはその意味ありげな視線に、才人の意図を理解した。確かにこれはチャンスである。理解すれば自然と笑みが零れてきた。
振り返り、オスマンに挑発的に微笑んで見せ、それからすっと杖を顔の前に掲げてみせる。
「ツェルプストー! 君は生徒じゃないか!」
「誰も杖を掲げようとしないからですわ。それならあたしが参りたいと思ったまでです」
キュルケは不敵な笑みを浮かべながら言い放った。胸を張り、唇の端を僅かにあげ、爛々とした目をしたキュルケは自信に溢れ、美しかった。
「何をしているのです! あなたたちは生徒ではありませんか! ここは教師に任せて……」
ルイズとモンモランシーも理解した。すっと杖を掲げてみせる。
「だってしょうがないじゃない。キュルケなんかに負けるわけにはいかないわ」
「その通りですわ。キュルケが行くのに、わたしが行かないわけには参りません。それにわたしたちはフーケを見ているのです。行かないわけには参りませんわ」
ミセス・シェヴリーズが反対しているが関係ない。才人が行くと言っているのである。選択の余地はない。
どうやら才人は何か考えがあるようであった。予定を変更することにしたのであろう。それならば奴隷として、後押しをする義務があるのである。
くく…頼むぜジジイ。今だけは頼んでやるからOKしてくれって……
オスマンはむぅと唸って考え込む。
……ミス・ツェルプストーは火のトライアングル。実力があるから良いんじゃが…ミス・ヴァリエールとミス・モンモランシはいかん。一人は無能じゃし、一人は水メイジじゃ。
ヴァリエールは公爵家じゃし、モンモランシは伯爵家じゃ。何かあったらマズイんじゃがのぅ……。
オスマンはチラリと教師たちをうかがってみる。しかしである。誰もが視線を合わせようとしない。
仕方がないので唯一オロオロしていたミセス・シュヴリーズ。オスマンを見ていたので声を掛けてみた。
「……ミセス・シュヴリーズ。君は行くかね?」
「い、いえ……、わたしは体調がすぐれませんので……」
それでオスマンは諦めた。溜息を一つ付いてみる。情けないとは思うが、捜索隊は出さないわけにはいかないのである。
「……よかろう。魔法学院は、諸君らの努力と貴族の義務に期待する。ただしじゃ、危険なことはせぬように。無理だと思ったら引き返すのじゃ。秘宝よりも諸君らの安全の方が大切じゃからの」
キュルケ、ルイズ、モンモランシーは、真顔になって直立すると「杖にかけて」と同時に唱和した。それからスカートの裾をつまみ、恭しく礼をする。才人もペコリと礼をした。
……惜しいのぉ、破壊の杖。くっ、じゃがまぁしょうがあるまいて。
オスマンはそんな彼女たちに鷹揚にうなずく。内心ではもはや諦めており、杖を失うことで、心は悲しみで一杯である。
だが、こうなってしまった以上は捜索隊を出さなければ怠慢と謗られようし、だからと言って大貴族の子女の命を失う事にでもなれば、流石に責任の追及をされてしまう。
学院長の椅子を失う事には変えられないのだ。危険がないよう、念を押しておく必要があった。
「では、馬車を用意しよう。それで向かうのじゃ。魔法は目的地につくまで温存したまえ。 ミス・ロングビル!」
「はい。オールド・オスマン」
「彼女たちを手伝ってやってくれ」
微笑んだミス・ロングビルは「もとよりそのつもりですわ」と頭を下げる。
っくぅっくっくっ! 上手くいったぜ! これでロングビルは俺の奴隷になるっ! 何でフーケの情報を出したのかは知んねーが、そんなことは関係ない。奴隷にしてからじっくり聞きゃあいい。
くく…そんじゃあ馬車の旅としゃれ込もうか!
四人はミス・ロングビルを案内役に、早速出発することになった。
◇
ぽっくり、ぽっくり、道を行く。街道とはとても言えない草原である。だが轍はあるし、草も生えていないから、道だとわかる。
才人は馬車に乗って道を行く。ただし馬車と言っても、屋根ナシの荷車のような馬車である。フーケが襲ってくるかも知れないので、それを警戒しなければならなかった。
「おー、いい天気だぜ。キュルケもそう思わないか?」
「そうよね、ダーリン! ねっ、このまま街まで遊びにいかない? オールド・オスマンも捜索隊を出したって事実があればいいみたいだったし…ねっ、そうしない? 美味しいもの食べて、お買いものするの! ね、ダーリン、そうしましょう?」
とはいえ、緊張感などどこにもなかった。ロングビルは手綱を握りながら苦々しい顔をし、ルイズだって苦り顔。モンモランシーだって苦笑だが、才人とキュルケの所為で、緊迫感など吹き飛んでしまっていた。
「……ミス・ヴァリエール。…その、いつもこうなのでしょうか? フーケが来るかもしれませんので、もう少し真面目にやっていただきたいのですが……」
「しょうがないでしょ。サイトったらキュルケと付き合うなんて趣味悪いんだから。ツェルプストーだけはやめときなさいって言っても聞かないんですもの」
呆れた声のルイズである。それでロングビルはぐっと、我慢した。今の自分は没落した貴族で、平民であると言ってしまっている。立場上、抗議するわけにはいかないだろう。
「!っ…………」
だが、ふと振り返ってしまい、一層表情が険しくなってしまう。
「ミ、ミス・ヴァリエール! さ、流石にこれはいかがかと思うのですが?」
「……だから言ってるでしょ。諦めなさいって。森にある廃屋がフーケの隠れ家なんでしょ? そこまでいけば少しは真面目になるでしょ」
怒りに震えるロングビル。ルイズは処置なしだと言う風に頭を振り、モンモランシーは顔を赤らめてそっぽを向く。
「くく…あんまりがっつくなって。帰ったらいくらでもしてやるからさ」
「ああンぅ……だってぇ……どうしても…我慢…出来なくなっちゃったんだもん……」
ロングビルが目にしたのはキュルケと才人のキスシーンであった。それもディープでねちっこいのである。甘い吐息とくちゅくちゅ水音がしたので、まさかと思ったのだが、案の定だったのだ。
っく、こ、殺す! あたしを舐めるのもいい加減にしろって言うんだい! 杖の使い方を聞き出したら殺してやる!
いくらなんでもこれはないと思った。土くれのフーケと言えばトライアングルに相応しく、30メートルものゴーレムを操るメイジである。
フーケがゴーレム操作に特化しているのもあるが、間違いなく土系統のエキスパート。もしかしたらスクウェアとも噂されるメイジなのである。
それと今から対決しようと言うのに、この緊張感のなさ、余裕の見せつけぶり。舐めているとしか思えない。もう、殺意を抑えるのに必死だった。
「っい、急ぎますわ。そうしないとフーケが隠れ家を引き払ってしまうかもしれません。よろしいですわね? ミス・ヴァリエールっ」
「……そうね、そうしてくれるかしら。わたしもいい加減疲れてきたし……」
もう我慢の限界だった。ロングビルは馬に向かって鞭を一つ。廃屋へと急ぐことにする。
……くっくっくっ…、いい感じで茹ってきてるね。フーケは貴族をおちょくるのが大好きってか? 全く同感だが、自分だと耐えられないってか? くく…カルシウムが足りてねえんじゃねえか?
そして才人はそんなロングビルの後ろ姿を見ながら楽しんでいたのである。
服の上からキュルケをまさぐり、豊満な胸をむにむにと揉みしだく。太ももを撫でてみたり、手を入れて乳首をつねって見たり。そうやってちらりちらりと前を窺ってやるのだ。キュルケの喘ぎは段々と大きく、遠慮がなくなっていく。
まあまあ、これくらいでイライラしなさんなって。くく……あんたもこれからこうなるんだからさ……。
今や制服は完全にはだけ、乳房どころか乳首も、そして肉襞さえも、ちらりちらりと露出する有様となっている。そんな状態でキュルケは才人の胸に寄り添っていた。
挿入こそしていないようだが、そんなことは何の慰めにもならないだろう。
っっっあんのくそガキッ! あたしの目を見て嗤いやがったッ!!
そしてロングビルである。どうしても、どうしても我慢できなくなったのだ。だから嫌味ついでに睨み付けよう。そう思って振り返ってしまった。
あまりの光景に絶句して茫然とし、破廉恥な二人を睨み付けたあと、ロングビルは前を見るだけとなってしまった。
「っひぃンッ……!っ……いやぁ……も、もぅ…えっちなんだから……」
「おいおい…声が大きいぞ? 我慢できないって言うからやってやってんじゃねーか。それともやめた方がいいってか?」
「!だめぇ…ダ、ダーリン、ぃやめちゃいやぁ……」
「ん、だったらもっと声を抑えろって……」
これはご褒美であった。ロングビルが怪しいと最初に気付き、捜索隊になろうとの意図を掴み、一対一の状況を作り出した。その最大の貢献者であるキュルケへのご褒美なのである。
くく…もう意地でも振り返ってやらないってか?
だがしかしである。ロングビルにとっては堪ったものではない。御者台と荷台。つまりロングビルと才人たちとは1メートルほどしか離れていない。
そんな中でぴちゃぴちゃと唾液を交換する水音が聞こえ、ぬちゃぬちゃぬちゃぬちゃっと激しい水音まで聞こえる。そうしてあはんあはんと喘ぎ声が絶えないのだ。振り返らなくたって、何をしているかは予想がつこうというものである。
絶対に殺すっ! エロ貴族! 馬鹿にすんのもいい加減におしっ!!
それにだ。ルイズは真っ赤な顔をし、悔しそうな顔をしているのだ。後ろのモンモランシーも似たようなものだと、ロングビルは思う。それなのに何で抗議したりしない? その事実も怒りに油を注ぐのだ。
「いい加減にしろ!」の一言が何故言えない?
っっコイツら全員同罪だよ! 平民だって馬鹿にしてんのかい? ちくしょう! ふざけんのも大概におしよっ!
牧歌的な風景である。見渡す限りの草原に、ぽつんぽつんと集落と畑がある。天気はこれ以上ないくらいに快晴で、空にはピーヒョロロロ……と、トンビでも飛んでいそうだった。
「っ…あ……はぁぁン……は…ぁ……ぅン…い、…いい……ぁ……ん……」
そんな中でキュルケは喘いでいた。いくら抑えようとも、どうしたって聞こえてしまう。
むしろ小さく喘いでいるからこそタチが悪いのだ。
~~~~ッ! ちくしょう! 早く着いとくれよ! もっと近くに隠しときゃ良かったじゃないか!
何故なら大声だったなら怒りを保つことができる。だが、こうなってしまうと怒りよりも羞恥が勝ってくるのだ。
……くっくっくっ、思ったより頑張るねぇ。怒り狂っていつ仕掛けるかって思ってたんだが…どうやらどうしたって隠れ家まで案内したいらしい。何をするつもりなんだ?
才人は「キュルケ、愛してるぜ……」と囁き、その耳を甘噛みしてみる。
「!っはンぁああぁあぁぁぁあぁああぁぁんんぅ……!」
するとロングビル。ぴくっと背筋を伸ばしてしまった。そのあとは肩をぷるぷると震わせ、どうやら必死に怒りを堪えているのだと、そんな風に才人は感じた。
……ふ~む、これならもう意地でも振り返らないか? まあ振り返ってもそれはそれで面白いんだが…くく…、どうなるんでしょね?
才人は調子に乗ってみる事にした。キュルケは派手にイってしまってしばらくは動けないだろう。だから別の方法で遊ぶより仕方がないのである。
しいっと人差し指を立ててみせ、モンモランシーのスカートへと手を入れていく。コクリとうなずいたモンモランシーだった。
手が伸びてくれば、今から何をされるのかはわかる。息を殺し、喘がないようにしなければならないだろう。
っ……ぁぁン……ひ、酷いですわ……ミス・ロングビルが振り返ったら、どうするつもりですのよ……
下着越しに触れたモンモランシーの秘所。そこはしっとりと濡れていた。
才人はほぅと感心し、ニヤリと笑って悪戯を続ける。
そしてロングビルである。どうにも喘ぎ声が二種類あるように思えて仕方がなかった。
もしかしてと、そう思わないでもないが、当てられてしまっただけだろう。そして息を飲んでいるのが、それらしく聞こえるだけに違いない。
っ~~~~ふ、振り返らないよ! あたしは絶体振り返らないんだからねッ! 振り返ってなんか、やるもんかいッ!!
決して、決してと、固く固く誓ったのだ。
そう、モンモランシーが一人エッチをしているとか、あるいはくそガキが二人の女を責めているとか、そんなことが絶対にあるわけがない。だから振り返って確かめる必要はないのである。
っっは、早く着いとくれよっ。こんなの我慢できないよっ。隣のガキまで始めたら、あたしは一体どうすればいいんだよ……。
ちらりと横目でルイズを見る。こうなってくると、ルイズもなんだか怪しく思えてきた。
今までスカートの上に手を添えていただろうか? 時々ぴくぴく動かそうとしているような気がするが、本当に気のせい?
ロングビルは手綱を緩めるとピシッと馬に鞭をくれる。そうすると馬は抗議のいななきをした。これまでだって頑張ってきたのだ。無茶を言うなと言いたいのだろう。
だがそんな抗議など黙殺である。今思う事はただ一つ、一刻も早く隠れ家までたどり着きたい。それだけである。
くくく……なんか焦ってきた感じがしてきたぞ。もしかしてこの反応は処女か? それとも経験豊富か? キュルケの件もあるからわからんが…まっ、もうすぐわかるんだし、楽しみにしときますかね?
ロングヒルは再度強めに鞭を入れる。それで馬は諦めた。ブルルルルッとそれでも抗議をし、それからその歩みを速めた。
◇
着いた先は深い森であった。鬱蒼とした森は昼間だというのに薄暗く、気味が悪い。
「っ、ここから先は、徒歩で行きましょう」
ミス・ロングビルがそう言うので、全員が馬車から降りた。森を通る道から、小道が続いている。
「ダーリン、あたし暗くて怖いわ……」
キュルケが才人の腕に手をまわしてくる。
「くく…あんまりくっつくなって。帰ったら存分に可愛がってやるからさ」
「ああん! 嬉しいわ、ダーリン! 怖さなんて吹き飛んじゃったわ!」
キュルケはすごく甘えきった調子で言った。
おーおー、こいつはおもしれえ。しゃべるのに振り返ろうともしねえってか? そんな怒んなくたっていいじゃねーか。ほら、スマイル、スマイルって、くく…顔を見せてくんなきゃわかんないよな?
先頭を歩くロングビルを観察する。何故だろうか? 才人にはあまりの怒気に頭から蒸気が噴き出しているように見えた。
っくそガキくそガキくそガキくそガキくそガキくそガキっ……!
ロングヒルは黙々と森の小道を歩いて行く。もう間もなくで我慢は終わるのである。それだけを希望に、ロングヒルは歩いていく。
さて、そうして30分ばかり歩いた一行は開けた場所に出た。森の中の空き地と言った風情である。およそ、魔法学院の中庭くらいの広さだ。真ん中に、確かに廃屋があった。
元は木こり小屋だったのだろうか? 朽ち果てた炭焼き用らしき窯と、壁板が外れた物置が隣に並んでいる。
……ほほう…、なるほどね。こんだけの広さがあって、地面が土で、んで周りが木に隠れてりゃもってこいってわけか。
才人は納得した。ここまで連れてきたわけはゴーレムを使うためだったのだ。人目を気にせず、それなりの広さがある場所。単なる草原ではいつ人が来るかわからず、まずかったのであろう。
……で、問題のお宝だ。キュルケは見たことあるって言ってたっけ。何でも見たこともない材質で、変わった形の杖だってか? まあ、それはそれとして、あとは何をしようとロングヒルがここまで連れてきたかだよな……。
残る疑問はあと一つである。だが、それはいずれわかる話であろう。才人は取りあえず疑問を棚上げすることにする。
「わたしが聞いた情報だと、あの中にいるという話です」
ロングビルが廃屋を指差して言った。彼女はプロなのだ。仕事に掛かれば意識を切り替える。まして今は有能な秘書の仮面を被っている。例え憤怒の極みであろうとも、それを顔には出さないのだ。
握り拳を作り、指差す手がぷるぷる震えているように見えるが、気にしてはいけない。
……さーて、どうしましょうかね?
忘れそうになるが目的は秘宝である『破壊の杖』を取り戻し、出来れば怪盗フーケを捕まえることである。
秘宝を取り戻そうとし、フーケの手がかりを得るにはどうしたらいいのか? 才人は奴隷たちを集めて相談することにした。
「で、どうする? あれがフーケの隠れ家なんだよな? もしかしたらあん中にフーケがいるかもしれん。秘宝や、これまで盗んだものもあるかもしれん。これからどうしたら良いと思う?」
その言葉で奴隷たちは考える。才人はどんな風にロングビルの正体を暴き、どんな風に奴隷にしようとしているのだろう? これは罰とご褒美に直結しているのである。どうしたってうまい手を考え付かなくてはならないのだ。
「……とにかくあの小屋を調べる必要があるわよね? でも、フーケがいるかもしれないし危険だわ。……ねぇ、サイト。取りあえず偵察に誰かいかない? それで様子を窺って、話はそれからだと思うんだけど……」
才人はどう考えている? それからロングビルがここまで連れてきたわけは何? まずはそれを知らなくてはならない。だが、監視するための人員は、どうしたって残しておかなければならない。ルイズはそう考えた。
「……そうですわね。ではわたしが行ってまいりましょうか? 中の様子を探って、フーケがいるかどうか見てまいりますわ」
その言葉にモンモランシーは同意する。そうなるとトライアングルだろうロングビルを抑えられるのは、同じくトライアングルのキュルケになる。ルイズは表向き魔法が使えないし、ご主人様である才人を危険に晒すのは論外なのである。
「う~ん、そうね、それはそれでいいんだけど、偵察にはあたしがいくわ。それで…ねぇ、ダーリン、あたし怖いの! でも、一緒に来てくれたらあたしは怖くなんかないわ! ねっ、だからダーリン! あたしと一緒に行きましょう!」
そしてキュルケは思った。才人が何を考えているかわからない以上、才人が小屋に行くと言う選択肢も入れておく必要がある。
とまあ、そんな建前はともかくとして、一番の理由は何より一緒にいたいのだ。
「……なるほど、そうすっとどうしたもんか……」
奴隷達の提案は受けた。この流れならば才人がどんな提案をしても、それは自然な提案となるだろう。つまり採用されても不自然でなくなる。しばらく考え込んだ才人はその口を開いたのだった。