モンモランシーが目覚めたとき、ルイズが嬌声をあげていた。才人の首にしがみつき、ときには背を仰け反らせ、焦点の合わない瞳で喘いでいる。
「っあああんんうんぅン……もっとぉぉ、もっと突いてぇぇっ……っ! ああぁンっ、も、もっとケツ穴ずぼずぼしてえぇぇぇっ……!」
ベッドの上であった。どうやら気絶してしまったらしい。才人とルイズがセックスしているんだな、モンモランシーはそう思った。
「ん? 起きたか、モンモランシー。もうちょっと待ってろ。今ルイズに出してやることにするからさ」
気配に気付いたのであろう。振り向いた才人がニヤリと笑い、モンモランシーに話し掛けてくる。立ったままにルイズを抱きかかえ、ゆっさゆっさとルイズの腰を持ち上げていた。いわゆる駅弁スタイルである。
ルイズはあたりをはばかる事のない大声で夢中になり、周りの事など目に入っていない様子だった。
「…………」
ぼうっとした瞳でそんな様子を見つめながら、モンモランシーは股間へと手を添える。その酷い違和感と痛みの元はぬるぬるとしていた。前と後ろで二か所、すなわちヴァギナとアナルである。手に取ってみると、紅く染まったドロドロの液体だった。
モンモランシーはそれで、ああ、やっぱり自分に起きたことは現実なんだ。初めてをレイプによって奪われてしまったんだ。アナルまで犯されてしまったんだと納得できた。
あまりに酷い体験だったので現実味に乏しく、夢だったんだろうと思っていたのだ。
「っあっぁあぁあああぁあああああっっ………! い、いぐぅぅううううう……!」
一際大きな嬌声をあげたルイズが才人の胸へとしがみつく。そうやって荒い呼吸でしがみついたままだったルイズだが、才人から「終わりだ、ルイズ」と声を掛けられてしまい、仕方なさげに離れていく。
ごぼりと音を立てて肉棒が抜かれ、それをルイズは躊躇う事なく口に含む。ぺろぺろと竿を舐め、ちゅううっと先端から精液の残滓を吸い取り、それが終わると大きく口を開けて咥えていく。
「さっ、モンモランシー。これからのことを説明していくぜ? 話を円滑に進めたいからあんまり大声は出して欲しくないかな? ……ん~、とりあえずだ、そこから降りてくれ。んで、ここに正座して座ってもらえるか? それが奴隷の聞くべき態度だと思うしな?」
ニヤリと笑いながら才人は床を指差し、モンモランシーのもとへと歩いていく。入れ替わりにモンモランシーの足はふらふらと動き、ベッドから降りて正座した。目を伏せて才人が声を掛けるのを待つ。
「…じゅぶ…ぺろぺろぺろ…ぱはっ…くぽくぽっぬぽっ…ぺろぺろ……」
ベッドにどっかりと腰を下ろした才人の股の間に、追いかけたルイズがぺたりと座り込んだ。そんなルイズによしよしと頭を撫でてやり、それから才人はモンモランシーへと視線を向ける。ニヤリと笑い、口を開いた。
「くく……モンモランシー。今日はご苦労だったよな? これからのことだが、まあ特にない。説明してもいいんだが…モンモランシーも疲れてるだろ? 今日はこのまま帰っていい」
「…………」
モンモランシーはじっと才人を見上げてみた。その口元は愉快だと笑っている。
本当にこのまま帰ることを許される? 確かルイズも終われば眠ることを許されると言っていたが本当に? 目を合わせるのが怖く、石の床を眺めてみる。
すると自らの下腹部が目に入った。大丈夫、ルイズのようにはなっていない。
「ただしだ」
ああやっぱりとモンモランシーは思った。この卑劣な男がただで帰すわけがないのだ。一体今から何をされる? やっぱりルイズのように恥ずかしいピンクのハートを入れられ、口封じをされてしまう?
あまりの情けなさ、モンモランシーは涙が溢れてくるのを感じた。
「明日の予定を言っておく」
え? とモンモランシーは思った。本当にこのまま帰してくれる? 今はとてもではないがそんな気力はないが、落ち着いて来れば復讐しようと、王政府なり、学院なりに訴えるかもしれないのだ。この平民はそれが怖くないのだろうか?
意外に思ったモンモランシーは恐る恐る表情を確かめようとする。才人はニヤニヤ笑っていた。
「くく……何が不思議なのかは知らないけどな、今日は終わりだ。その代わりに明日の予定を言っておく。そうだな……朝食の席ででも気分が悪いって言って、ルイズに付き添ってもらってだな、早退するようにしろ。んで、そのあとに説明を受けてくれ。薬を盛られたとか言ってただろ? どんな薬を使ったか説明してくれるはずだ」
「…………」
「それから……そうだ、明日はルイズと登校するようにしてくれ。だから朝一番にここに来てくれ。それと明日、ルイズの指示を俺の命令だと思って聞いてくれ。……そんなとこか? モンモランシー、何か聞きたい事とかあるか?」
「……別にないわ。もう、帰ってもいいの? っ服を着てもいいの? っほ、本当にこのまま帰ってもいいのね?」
「ああ、構わねえって。くく…それとも何か? あんまり良かったからもう一回お願いしますってか? それならそれで構わないぜ?」
「!っそ、そんなことないわ! あ、ありがとう! それじゃわたしはこれで失礼するからっ!」
くくくっと苦笑する才人が怪物のように思え、モンモランシーには途方もなく怖かった。そして帰ってもいいのか? と念を押したのを後悔した。帰れと言っているのだから、そのままとっとと帰ってしまえば良かった。それで才人の気が変わってしまったら大変なのだ。
っ、い、犬にでも噛まれたと思って忘れることにするわ! と、とにかく明日ルイズから説明を受けたら、もう金輪際近づかないようにするのっ! そ、それで今回のことはもうお終いよ! っわ、わたしは忘れるのっ! 絶対忘れて、もう金輪際近づかない様にするのよ!!
ルイズは後始末へと熱中している。モンモランシーはその淫猥な水音を聞き、せめて視界に入らない様にと慌てて制服を回収する。身体が痛むがそんなことは関係がない。床に散らばっていた制服を可能な限りの速さで身に着けていく。
一刻も早くこの場を離れたくて仕方がなかったのだ。
「そ、それじゃ、わたしは帰るからっ」
手早く着替えたモンモランシー。返事も聞かずに扉を閉める。バタンと音をさせて廊下に出る。それでようやくほっと一息つく事が出来た。そうなると俄然悔しくなってくる。
っわ、忘れるのよ! 忘れるの、忘れるの、忘れるのっ!
だがそんな感情も振り払う事にした。そう、もし訴えるなどしたらだ。罪を確定させて絞首台に送る前、一体どのような報復をされるかわかったものではない。関わり合いにならないのが一番なのだ。
悔しくて悔しくて堪らないが、平民に屈服してしまうのはとてもではないが耐えられないが、それでも泣き寝入りをして、関わり合いにならないのが一番なのだ。
忘れるの、忘れるの、忘れるのよ、モンモランシー。い、犬にでも噛まれたと思って忘れるのよ……。
部屋に戻ったモンモランシーは着替える。一刻も早く服を脱ぎ捨て、股間の汚れを拭き取りたい。傷に触って酷く沁みるのが辛かったが、何枚もタオルを用意して拭き取っていく。完全に拭い取らないと妊娠するかもしれないのだ。痛くたって手を抜くわけにはいかないだろう。
っふぅうぅううう……、っ殺す! 殺してやるッ! こ、この血の量、この痛み、ぜ、絶対に裂けてるじゃないのよっ! っも、元に戻らなかったらどうすんのよぉ……!
ヴァギナも、アナルも、何度拭ってもタオルは赤く染まる。あまりの惨状にモンモランシーは涙が止まらないのを感じた。復讐したいとの感情が抑えきれない。
くぅうぅぅっっ……! わ、忘れるのよ、忘れるの、忘れるのよ……。
だが、そんな感情を必死になって抑え込む。もう関わらないと決めたのだ。
……忘れるの。っ忘れるの、忘れるの、忘れるの……
恥ずかしくて仕方がないがハンカチを用意してそれを股間に当て、その上からショーツを穿く。自身が水メイジであることに感謝しながら痛み止めと治癒の魔法を掛ける。それで幾分かモンモランシーは楽になる。
秘薬も使わないので完全に癒されているはずもないが、大分と痛みが少なくなる。これならなんとか眠る事が出来るだろう。本格的な治療は明日にする。
っくっふぅぅううぅぅ……わ、忘れるの、忘れるの、忘れるの……。
ネグリジェを着込んでランプを消す。金輪際関わり合いにならないためには、明日一日我慢をして、それでルイズに付き合って説明を聞かなくてはならない。その為には明日は早く起きなくてはならない。朝一番にルイズの部屋に行かなくてはならない。
っあ、明日一日の我慢よ! それでわたしは忘れるの! 絶対に忘れるのよっ!
モンモランシーは「忘れるの、忘れるの」と呟きながら横になる。いつしか緊張が解け、疲労のあまりに自然と気が遠くなっていった。
そして―――次の日の朝、日課となっているルイズの惨状を目の当たりにし、モンモランシーは茫然とした。動揺を隠しきれないままに食事の席へと向かう。予定通りに気分が悪いと部屋へと戻り、そこでルイズから説明を受けた。あまりの内容にとてもではなく、信じたくもなかった。
そんなモンモランシーにルイズは「証拠があるから……」と自分の部屋へと移動させる。そこにはニヤニヤ嗤っている才人がいた。そうしてデルリンガーを証拠として示され、更にはルイズの指示でも勝手に身体が動いてしまい、とどめにリーヴスラシルの能力で犯されるに及んで納得するしかなかった。
もう既に悪魔の手の中に墜ちていた。取り返しのつかない状況へと、既に追い込まれた後だった。モンモランシーはこれからが本当の悪夢だと、そう知ってしまったのだった。
◇
キュルケ・アウグスタ・フレデリカ・フォン・アルハンツ・ツェルプストーは嫌われ者である。そしてそれにはそれなりの訳があった。
キュルケは自由奔放な性格をしていた。美貌とグラマラスな肢体を誇り、他人の恋人にまで手を出してくる。
これは入学してきた時から変わらず、現在も片手では足りない数の男子生徒を手玉に取って楽しんでいる。
入学当初、そんなキュルケに憤慨した女生徒の有志が抗議に行った時などは「わたくし、本当に大事なものなら手を出しませんことよ」と放言までした。
つまり男子生徒がキュルケに熱をあげるのは、その男子生徒が恋人に対して本気ではない。あるいは恋人に魅力がないから男子生徒が浮気をするのだと皮肉ってみせたのだ。
この時をもって、キュルケが女生徒から忌み嫌われる存在になったと言えるであろう。
確かに正論であり、自由恋愛とはそうしたものではあるが、そんな事を言って悪びれないとなれば、それはもう、嫌われたって仕方がない。
憤慨した女生徒達は復讐を決意した。あまり褒められたことではないが学院から追放、最悪は死んでも構わないとばかりに罠に掛けようとした。そしてそれはあえなく失敗してしまう。
メイジとしての格の違いを見せつけられ、返り討ちにあって恥を晒すことになり、それ以来下手に手を出せないことになってしまったのだ。
そして現在、熱し易く飽き易い性格は相変わらずであり、男子生徒に手を出し続け、まるで女王のごとく振る舞っている。
貴族の礼儀としてあからさまな無視をするわけにもいかず、報復も怖いので挨拶されれば答えないわけにもいかない。
トリステイン人が野蛮と蔑むゲルマニア出身らしく、平民の従業員にまで媚を売るような態度を見せると言うのだ。まったくもって嫌われ者に相応しいと言えた。
「……なーるほどね。つまりだ。恋多き女というか、そんな移り気な性格だから、目に留まってしまえば絶対にちょっかいを掛けてくる。
俺が態々手を出さなくとも、何か目立つことをしさえすれば、例え平民だろうと向こうからちょっかいを掛けてくるって、モンモランシーはそう思うわけだ」
「……そうですわ。わたしはそれほどでもありませんけど、キュルケが皆さんから嫌われている理由の一つが平民にも色目を使うからですわ。そんなことになれば平民に手を出す女に負けたって面目丸つぶれですもの。
ですからわたしかルイズと付き合ってるって、そんな素振りをキュルケの前で見せれば、必ずや興味を持ってちょっかいを掛けてくると思いますわ……」
ルイズの部屋である。奴隷へと堕とされたモンモランシーだったが、どうしても諦めきれないので教師なり友人なりに訴えようと試みた。ところがである。
訴えるどころか不自然な態度も取れない。思っていることとは違う事しか言葉が出せない始末だった。
「くく……なるほどね。どうせ堕とすなら、向こうから手を出させる方が面白いか。モンモランシーで試して、リーヴスラシルがどれほどのものか大体理解できたしな。
別に杖があろうとなかろうと、瞬間的にでも目を意識させて声を掛けりゃあ、大概は大丈夫だってわかったしな」
「……そうですわね」
ルイズは辛そうな表情で忠告していた。
「……ねぇモンモランシー、わたしもそうだったから良くわかるの。でも、何をしようとしたかは報告させられるし、嘘を言う事はできないわ。そうしたらそれを名目にしつけをされるからやめたほうがいいと思うの」
それでモンモランシーは完全に諦めた。確かに今のルイズの境遇がそうなのだ。
「となりゃあ、後は単純だ。そうなるように仕向けて、窓の外にオマエかルイズかを待機させて置けばいい。そうすりゃ馬鹿共もフライで飛んでくるとかで窓から来ることも出来ないよな?
朝、気付いてみりゃ奴隷に堕ちてるって寸法だ。…よし! その線でいこう! ……くく…モンモンや、そちも悪よのぅ。そのようなこと、この才人もまったく気が付かなかったぞ?」
「……そうですわね」
藁に毛布一枚を寝床とし、全裸に首輪で生活させられ、たびたび食事を抜かれ、しつけと称して鞭を振るわれる。そんな扱いをされるのはモンモランシーは嫌だった。
気紛れな才人であるから、自分もそんな境遇へと堕とされる事は充分に考えられる。だが、自分から進んでそのような境遇へとは進みたくはなかった。
「じゃあ詳細を詰めていくぜ? ルイズもそれで構わないな?」
「うん、それでいいと思うわ」
考えることこそ許されるが、そうしてしまうとしつけの対象とされてしまう。どうしたって逆らえないのは身に染みて理解させられた。ならば素直に才人に従っていた方がいいのではないか?
理不尽な仕打ちは少しでも少ない方がありがたいのは当然ではないだろうか?
こうしてモンモランシーは奴隷の境遇を受け入れた。そして今、キュルケを才人の奴隷の一人に堕とすべく、むしろ積極的に悪巧みに参加する羽目となっていた。
◇
ギーシュとの一件で才人は穏便に収めようとした。シエスタのためにと、悔しさを押し殺して頭を下げた。屈辱ではあったが言われるままに土下座した。
それをシエスタは「マルトーさん!」と注進に及んだ。
泣いているシエスタから苦労しながら一部始終を聞いたマルトー親父。より一層貴族が大嫌いになり、激怒のあまり職を辞してでも抗議に赴こうとした。
「これくらいなんでもありませんって。シエスタのためと思えば、この程度の屈辱鼻で笑ってやりますって。誇りに思いこそすれ、もう気にしてませんから」
才人は怒りに冷静さを無くしているマルトーを止めた。後任がどのような人物なるかわからないし、せっかく良くしてくれるマルトーがいなくなるのは嫌だったのだ。
そして止められたマルト―親父。微笑む才人に目を白黒させて驚き、それで幾分か冷静さが戻り、その配慮に感謝した。
貴族に抗議などすれば解雇されるかもしれない。自分はそれでいい。しかしだ。そうなると部下たちを守る人間がいなくなってしまうと気付いたのだ。
マルトー親父は「真の勇気とはこのような勇気」だと深く感動し、部下たちに見習えと言わせるほどに才人に感謝した。部下たちも感動した。
そうして以前にもまして、才人はマルトーやシエスタ、厨房のメンバーと仲良くなっていた。
そんな訳があったので、今日の才人はにこにこ微笑むシエスタにワインを勧められ、ちょっと気分がよくなっている。今は部屋へと戻る最中である。
寮塔に向かい、階段をあがる。その時であった。がちゃっと音をさせて扉が開く。出てきたのはサラマンダ―のフレイムだった。
……掛かったな。くく…苦労させやがって……。
窓からフレイムが厨房を覗いているのに才人は気付いていた。
昼間には直接現れ、微笑んでいるキュルケに戻っていくのに出来わした。
それでおそらくは今晩仕掛けてくるのでは? そうあたりをつけていた。目論見どおりの展開である。
さっ、メイジは使い魔の視線を通して見ているんだっけか? 気を付けないとな……
きゅるきゅると声をあげながら近づいてくる一匹の火トカゲ。内心を押し隠した才人は不審げな視線を向ける。
「ん? なんだよ、フレイム。何か用か?」
これまでこのようなことはなかったし、キュルケとだって数えるくらいしか話したことはない。こうした態度が自然であろう。
サラマンダ―はそう考えている才人の上着の袖をくわえると、ついてこいというふうに首を振った。
「な、なんだよ、用件を言えっつーの。服が燃えちまうだろ?」
サラマンダ―はぐいぐいと強い力で、才人を引っ張る。キュルケの部屋のドアは開けっ放し。どうやらそこへと案内する様子である。
……デルフによると動物を支配するのがヴィンタールヴで、知性ある存在を支配するのがリーヴスラシルって話だよな?
例えばカエルやネズミ程度の知性なら無理だろうけど、このフレイム位の知性があったらどうなるんだろ?
う~ん、興味深いな。キュルケを堕としたら試してみるか……。
学院をルイズと一緒に歩いた。からかい、拗ねたような表情をさせた。
そんな様子をキュルケの前でアピールした。更には何気ない風に服装の事を相談させた。モンモランシーからはギーシュとの一件を噂として流し、キュルケの耳に届くように仕向けた。
そうしてようやく、やっとのことで獲物が掛かった。あとは釣りあげるだけだと、ニヤリと才人はほくそ笑む。
くく……キュルケはどうやら経験豊富らしい。嫌がる女をいたぶるのも面白いが…淫乱を徹底的にイかせまくるのも面白い。
どのようにして誘惑してくるのか? 才人は期待感を胸に、キュルケの部屋のドアをくぐった。
◇
キュルケの部屋は真っ暗だった。サラマンダ―の回りだけ、ぼんやりと明るく光っている。暗がりから、「扉を閉めて?」と声がした。才人は言われたとおりにする。
「ようこそ。こちらにいらっしゃい」
「えっと、真っ暗だけど、何?」
質問には答えず、キュルケは指を弾く。すると、部屋の中に立てられたロウソクが、一つずつ灯っていく。
才人の近くに置かれたロウソクから順に火は灯り、キュルケのそばのロウソクがゴールだった。道のりを照らす街灯のように、ロウソクの灯りが浮かんでいる。
……ほほう…こりゃなかなかの演出だ。このあとどう出てくる?
ぼんやりと、淡い幻想的な光の中であった。ベビードールのみを身に着けた悩ましい姿のキュルケはベッドに腰掛け「そんなことろに突っ立ってないで、いらっしゃいな」と、色っぽい声で微笑んでくる。
おおぅ! やっぱコイツは凄ぇ! モンモンがリンゴなら、こいつはメロンってとこだな。くく…やっぱこれくらいなくっちゃな、これならパイズリもいけそうだぜ……。
才人はまずその豊かなバストに目を奪われた。それはそうであろう。基本的にはおっぱい星人なのである。ロウソクの淡い灯りはシルエットをくっきりと浮かび上がらせ、ただでさえ豊満な肢体を強調していた。
これを今から好きなように扱えると思えば、期待感はいやでも高まってこよう。
「あなたは、わたしをはしたない女だと思うでしょうね」
「……いや、そんなことは思わないけど……」
「思われても、しかたがないの。わかる? あたしの二つ名は『微熱』」
「……ああ、それは知ってる。それで?」
「あたしはね、松明みたいに燃え上がりやすいの。だから、いきなりこんな風にお呼びだてしたりしてしまうの。わかってる。いけないことよ」
「まあ、そうだな。いけないことかも知れん。…それで?」
キュルケは悩ましげな表情に潤んだ瞳で迫ってくる。噛みあっているようで、なんとなく噛みあっていない会話。気にした様子も見せない。
どうやら自分の世界に没頭していて、それどころではないのだと才人は思った。
「でもね、あなたはきっとお許しくださると思うわ」
「うん、まあ、許すって言えば許すけどな」
まるで自信の塊のようだと才人は思った。断られるとはまったく思ってもみないのだろう。実際、以前の才人なら困惑しつつも、その野性的な魅力にはあらがえなかったに違いない。
……くく、なんだかなぁ。安っぽいB級シネマみたいだぜ。そうすっとこの後の展開は間男を引き込んだ女に、その彼氏が現れてご和算になるって寸法か?
で、マヌケな俺は女に裏切られて、強引に襲われたとかで制裁されるってか?
しかしである。今はそんなことは思わない。綿密な計画な元に、キュルケを堕とそうとしにきている。だから焦る事などありえない。芝居を楽しんでいるのであり、ニヤニヤ嗤いそうになって抑えるのに大変だった。
どうすっかね? いつまでこの芝居に付き合えばいいんだ? 気を抜くとついつい吹き出しそうになっちまうんだよなぁ。
キュルケは、すっと才人の手を握ってくる。その手は温かく、それから一本一本、才人の指を確かめるように、なぞり始める。
「恋してるのよ。あたし。あなたに。恋はまったく、突然ね」
「まあ突然だな。いや、それはいいんだけどな」
流し目を送ってくるキュルケ。さあ、これで仕上げだと張り切っている。
「あなたが、ギーシュに手をついて謝ったって聞いて。あたし、失望してしまったの。なんて情けない男なんでしょうって。所詮は平民、誇りなんてないんだって思ったわ」
「…………」
その言葉で才人はすっと目を細める。キュルケはそんな才人にニコリと微笑んで続けた。
「でも、それは間違いだったわ! 間違いに気付いてしまったの! 他の人の名誉のために! その為ならと喜んで頭を下げるなんて出来ないもの! あたしね、気付いた瞬間に痺れたのよ。信じられる! 痺れたのよ! 情熱! あああ、情熱だわ!」
「…………」
「二つ名の『微熱』はつまり情熱なのよ! その日から、あたしはぼんやりとしてマドリガルを綴ったわ。マドリガル。恋歌よ。あなたの所為なのよ。サイト。あなたが毎晩あたしの夢に出てくるものだから、フレイムを使って様子を探らせたり……。ほんとに、あたしってば、みっともない女だわ。そう思うでしょう? でも、全部あなたの所為なのよ」
「……俺の所為ねぇ……」
嘘つけと才人は思った。
フレイムが厨房に現れたのなんて昨日の話じゃねーか。それなのに何で毎晩って話になるんだ? 恋歌を綴ったってんならソレを見せてみろってんだ。
才人は苦笑いしてしまう。無粋なのはわかってはいるが、ツッコミどころがありすぎるであろう。
そんな笑いをイエスと受け取ったのかキュルケはゆっくりと目をつむり、唇を近づけてくる。
「……えっと、キュルケって他の人と付き合ってるって聞いたんだけど……」
しかし才人はキュルケの肩を押し戻した。何を言ってるの? とキュルケは目を丸くする。この流れで断られるとは考えもしていなかったのである。
「いやね、嬉しいのは嬉しいんだけどさ、他に好きな人がいるならこういうのって拙いんじゃないか?」
ニヤリと悪戯っぽく笑いながら話し掛ける。さて、キュルケはどう返してくる? こんなやり取りは大好きそうな雰囲気ではあるが果たして?
キュルケは驚きから覚め、顔を赤らめた。
「そうね……。確かに恋人はいたわ。でも、それはもうお友達よ。今はサイトただひとり。恋は突然のものよ。今、あたしの体を炎のように燃やしているのはサイトだわ。一番恋してるのはあなたよ。サイト」
またしても嘘つけと才人は思った。この調子なら一秒後にでも前言を翻すだろう。
……こりゃ過去の男どもに同情するわ。この調子じゃちょっかい掛けちゃあ、直ぐに捨てるを繰り返してたに違いないな。
大体だ、この期に及んで“一番”ってのはなんなんだ? “一番”ってのは? …くく、その火遊びの報いを受け取る方向で奴隷にするか?
もう我慢出来ないとばかりにキュルケは身を乗り出してくる。両目をつむり、「とくかく! 愛してる!」と呟いた。才人の顔を両手に挟み、真っ直ぐに唇を奪ったのだった。