「おお!ろてんぶろだー!」
「走るな、転ぶぞ」
「むいにゅ?ぎゃん!」
素っ裸にのルーミアは露天風呂に興奮したのか?両手を広げると、凹凸の無いボディを惜しげもなく晒して駆け出そうとした。
夜智王の助言も虚しく、ステーン!とすっ転び後頭部を強打する。
ごつん、と良い音が響き、くわっと見開かれたルーミアのつぶらな瞳にじわりと涙が滲む。
刹那ぐしゃりと表情が歪み、びゃぁぁぁぁぁ!と大声で泣き出すルーミア、よほどに痛かったのだろう。
「やじおー!あだまいだいー!」
「よしよし」
びゃぁびゃぁと泣きながら、助け起こしてくれた夜智王に抱きつくルーミア。
そっと頭をさすってやるが幸いたんこぶすらない、小なりとはいえさすがに妖怪である。
「まずは身体を洗ってからな」
「あらう?」
「左様、それが風呂の作法だぞ、守らんから痛い思いをするのだ」
「そーなのかー……そーゆーことはもっとはやくいえよー」
「すまんすまん、ほれ洗ってやるから、こっちへこい」
「うぃ」
こくんと素直に首肯するルーミアを座らせ、まずは石鹸溶かした湯をぶっかけてヘチマのスポンジで擦ってやる。
「おーぬるぬるだぞ?」
「泡がたたん、ということはないのだな……」
風呂に入る習慣があるとも思えないルーミアだが、水浴びくらいはするのだろう。
汚れが酷く石鹸が泡立ちもしない、ということはなかった。
湯を掛けて石鹸を流しざっと汚れを落とす。
今度は外界で買ったボディソープを使ってルーミアの幼い肢体を手で洗い始める。
その手の趣味の人間なら鼻血ではすまない状況だろうが、生憎夜智王はそういう趣味はないのでピクリともこない、淡々と作業を続ける。
「ふわふわだ、なんだこれ?」
「石鹸だよ」
「あわあわだぞー、でもなんかくさいぞ」
「香草の匂いだよ、良い香りではないか?」
「くさいー」
といいながらも泡がおもしろいのかはしゃぐルーミア。
「お主は本当に子供だのぉ」
「?」
何が言いたいのだ?と首をかしげるルーミア、それに苦笑で返した夜智王は湯を掛けて泡を流してやると、えへへへとルーミアが笑顔になる。
どうしたのか?と夜智王が尋ねると、なんか気持ち良いと答えた。
ぽんぽんとルーミアの頭を撫でてやるといっそう嬉しそうに、くすぐったそうにルーミアが笑う。
「難儀な話だな」
「?」
「なんでもないよ」
こんな無邪気な笑顔を浮かべる子供だというに、人を喰わねば飢えに苛まれないといけない。
一体何の業なのか、と詮のないことを夜智王は思う。
「やちお?」
「よし、ほれ体が冷えたろう風呂に入ろうぞ」
「うぃ」
ざぶりと浴槽に飛び込んだルーミア、広い浴槽が珍しいのか、ざぶざぶと湯を掻き分けて浴槽内を歩き回り始める。
「温泉だけど臭くないな?」
「組み上げた地下水を暖めておるだけだからな、硫黄臭くはないさ」
「いおー?」
「あの腐った玉子のような臭いの話だ」
「そーなのかー」
転ぶなよ、と夜智王が注意を促そうとした刹那であった。
「ふにゃ!」
水苔に足でも滑らせたのだろう、ばしゃん!と派手な水音をたててルーミアがすっころんだ。
「あーあー」
「むぃ!ごふっ、ぎゃ!やちお!うぇ、たすけ」
ばしゃばしゃとルーミアがもがく、パニックを起こしているのか溺れかけている。
さして深い訳でもないのだが、と思いつつ夜智王はひょいとルーミアを抱き上げて水の中から助け出す。
「うぇ、ごほっ、ぶじゃー、うぇー」
「じっとしておらんからだぞ」
飲み込んだ水をげーげーと吐き出すルーミアの背中を擦ってやる。
よほどに怖かったのか、がしりと夜智王にしがみついたルーミアはぷるぷると震えていた。
「死ぬかとおもった……」
「お主カナヅチか?」
「ルーミアはトンカチじゃないぞ」
「泳げんのか?と聞いておるのだよ」
さぁ?と小首を傾げるルーミア。
どうやらまともに泳いだ事は無いらしい。
苦笑した夜智王はルーミアを抱き抱えるたまま、ゆっくりと湯に体を沈める。
目をぎゅっと瞑り恐怖に耐えるルーミアに笑いかけてやる。
「吸血鬼でもあるまいし、そんなに怖がらんでも、ほれワシが抱いておるから、力を抜け」
「やだ」
しっかりと夜智王にしがみつくルーミアに「凹凸の無い幼児体型を押し付けられてもあまり嬉しくはないのだがなぁ」と苦笑する。
同じような体型でもレミリアや諏訪子であれば精神年齢が高いので色々と楽しみようもあるのだが……
「(ふむ、レミィは吸血鬼、ということは水は苦手なはずだな)」
流水を渡れない、という吸血鬼の弱点を思い出す。
地下水脈から組み上げた水を途中で沸かし、浴槽に注ぎ、それを近くの小川にでも流してやる。
風水の見立てを利用すれば、立派に水脈の一部となる……つまり「流れる水」だ。
うまくだまくらかしてそんな風呂に誘い込んだらどうなるだろうか?
レミリアは力の強い吸血鬼だから溺れるということはないだろうが……
「(いや、あの「かりちゅま」ぶりなら……)」
小川に突き落とされたレミリアが半泣きで「たちゅけてちゃくやー!」と溺れている光景を想像してしまい、思わず吹き出す。
「(試してみる価値はあるな……)」
「や夜智王?」
「なんだ?」
「い、意地悪な顔してるぞ?」
離す気か?と半べそのルーミアの背中を、ぽんぽんと叩いて安心させてやった。
「へくちっ!」
「お嬢様お寒いですか?」
可愛らしくくしゃみをしたレミリアに(内心ではその愛らしさに鼻血をたらしながら)咲夜が心配そうに声をかけた。
暖炉の火を強くしましょうか?
何か羽織るものをお持ちしましょうか?
暖かい飲み物……ホットミルクでも、と甲斐甲斐しく愛しいお嬢様の世話を焼き始める。
「大袈裟よ咲夜。ちょっと寒気を感じただけ……紅茶に少しブランデーでも入れてちょうだい、それで十分よ」
「お嬢様がそうおっしゃるのでしたら……」
若干残念そうに呟きながら、咲夜はお茶の準備を始める。
「大方あの蛇あたりが噂でもしてるのよ……今度来た時にとっちめてやるんだから……」
とレミリアは小さく呟くのだった。
「寝てしまったか……」
こくりこくりと船をこいでいたルーミアが、夜智王にしがみついたまま眠りに落ちてしまう。
すっかり体も暖まったし髪を洗ってやろうと思っていたのだが、すらかな寝顔を見ると、無理に起こすのは可哀想になってくる。
「(まぁ、妙な封もされておるし、止めておくか)」
ルーミアの金髪を飾る、可愛らしい赤いリボン。
よくよく見れば、それは封印の札の一種らしかった。
取るに足らない小妖の何を封じているのか?
気にはなったが、何の準備も無しに封印を解除する程、夜智王は迂闊な性格ではなかった。
「(これは博麗の巫女の封印か?ふむ……)」
封を解いたら美女に化けたりしてな。
と希望の混じった憶測をしつつ、くいと杯を干す。
「ま、そう都合良くはいかんか」
「何が?」
「!」
突如背後に生じた獰猛な気に、きゅっと睾丸が縮み上がる。
ぎりぎりぎりと油の切れたブリキ人形のように振り向けば、果たしてそこに諏訪子がしゃがんでいた。
「す、すわ!」
「楽しそうだねぇ夜智王、なんかいいことあった?」
「あ、愛らしい諏訪子が、訪ねてきてくれて、うれしい……ぞ?」
「……幼女を侍らせて入浴か、いいご身分だね」
さらりとおべっかが無視される。
慌てて弁解しようと口を開く、が―
「言っておくがな!こんなのに悪戯するほど、わしゃ女には困っておらんぞ!」
へぇ、と養豚場の豚でもみるような目付きで諏訪子は夜智王を見下ろす。
「困ってないんだ」
「(し、しまったー!)」
見事な墓穴を掘る蛇。
「まぁ、そうだよね、わたしの旦那様はいい男だもんね」
楽しげに言う諏訪子、顔は笑顔だ、目も笑っている。
だが、表現しがたい「圧力」が夜智王を襲う。
びくん!と眠っているはずのルーミアが震え、ぎゅっと夜智王にしがみついてくる、怯えているのだ。
「諏訪子、気を静め――」
「あたしも入っていい?」
「あ、ああ……ちょっと待てルーミアを寝かしてくるから」
いいよ、まってるね。と笑顔で諏訪子は許可する。
いそいそと母屋に戻り、適当に寝巻きを着せたルーミアを布団に放り込む。
「ふかふかだぞ……」
普段はまともな寝具など使わないのだろう、柔な寝具の感触と暖かさに、ふにゃりとルーミアの表情緩む。
平和そうな寝姿が正直恨めしい、これの言葉足らずの一言で今夜智王は窮地に追い込まれているというもに。
「まったく……」
とはいえ、大の字になって、大口を開けて口の端から涎を滴ながら寝ている姿は、憎みきれない愛嬌にあふれていた。
結局の所普段の行いが悪いゆえの窮地だ、八つ当たりするのはみっともない。
そう自分に言い聞かせ、夜智王は風呂場に戻ることにした。
このまま遁走したい所だが、背中に突き刺さるような視線がそれを許さなかった。
母屋と湯屋の間、脱衣所の引戸が僅かに開いている。
そこからチョコンと顔を覗かせた諏訪子が、じっと夜智王の方を見ているのだ。
正直ちょっと、いや、かなり怖い。
「諏訪子」
「なぁに?」
「逃げたりせんから」
「ほんとに?」
「理由が無いからの……ほれ行こう」
素っ裸になった諏訪子をひょいと抱き上げると、相好を崩した諏訪子がぎゅっと抱きついてくる。
柔らかな肢体の感触が心地好い。
「あれ?そっち?」
脱衣所には三つ出入り口があった、一つは母屋へ、一つは露天浴場へ、そのどちらでもない戸をへと夜智王が進む。
「露天も悪くないが、そろそろ寒いしな」
そう言って戸を開けると、一畳程の空間を隔ててまた戸がある。
「?」
小首を傾げる諏訪子に構わず、夜智王はその戸を引いた瞬間、むわっと熱気と湯気が吹き出してくる。
わぷっと顔をしかめる諏訪子だが、それは不意打ちに驚いただけで、異常に熱いわけでもないし、けして不快なものではなかった。
「蒸し風呂?」
「古式ゆかしい蒸し湯よ」
後ろ手に戸を閉め、パチンと指を鳴らして吊るしてある洋燈に火を灯せば、橙色の柔らかな明りがぼんやりと浴室内を照らす。
広さは四畳半程だろうか。
壁際に石製のベンチが配されていた、背もたれの上の部分に溝が設けられており、そこに樋で隣室(おそらくそこで湯を沸かしているのだろう)から湯が送られて来ている。
溝から溢れた湯はそのままベンチを伝い、浅く掘られた床に貯まる。
適度に排水されているのだろう、ベンチに座り、かけ湯や足湯を楽しんでも良いし、ゆったりと脚を伸ばして半身浴をするくらいのが深さである。
江戸時代に流行った戸棚風呂という奴である。
「本格的だね」
「昨日完成したばかりでな」
個人の家に設けるには凝りすぎの風呂にやや呆れ気味の諏訪子に対し、夜智王は子供のようにわくわくした口調である。
「好きに入ると良い」
そう言って諏訪子を下ろし、夜智王は作り付けの棚からグラスを取り出す。
壁に埋め込まれた蛇口を捻りグラスを洗うと、ちょこんとベンチに腰かけていた諏訪子に渡し、隣に腰を下ろす。
いつのまにやら用意していた魔法瓶の蓋を開け、中身をグラスに注ぐ。
言うまでもなく酒である。
ふわりと芳香が立ち上る。
「ぶどう酒?」
「上手いぞ?」
乾杯と、諏訪子のグラスに自身のグラスを重ねれば、チンと澄んだ音が浴室に反響する。
くい、とグラスを傾ける蛇。
恐る恐る、小さな手ゆえに両手で抱えたグラスに口をつける諏訪子。
「んっ……おいし」
「であろ?信州で作っているぶどう酒だ」
「へぇ、そうなんだ」
地元の酒と言うものはその土地の者にとってひどく旨く感じる物であるが、わざわざ夜智王が用意してくれたのかと思うと妙に嬉くなってしまう。
頬を紅く染めながら、こくこくと子供のような仕草でグラスを空にする諏訪子。
その愛らしさを肴に夜智王も二杯目を干す。
「二人でお風呂か、懐かしいね……」
「そうだな」
諏訪の地は温泉が多い。
付き人の目を盗んでは、こっそり二人きりで山奥の秘湯に遊びにいく。
神であり、王である諏訪子と無邪気に戯れるためのお忍び小旅行。
それが、王国内にあっては並ぶものの無い諏訪子にとって、ひどく貴重な、楽しい時間であった。
帰ってくる度に、付き人の少女に説教を食らったのも、遠い昔の懐かしい思い出であった。
「ねぇ夜智王?」
「なんだ?」
「ほんとのところ、何をしたの?」
ルーミアのことだろう、と察した夜智王は歯を磨いてやっただけだ、と苦笑いを浮かべて説明する。
「棒ってのは歯ブラシで、白い苦いのは歯磨き粉か」
「そういうことだ」
「じゃぁ、わたしもして」
そう言った諏訪子が「んっ」と目を瞑り顔を向ける。
どうみても歯磨きをねだる所作ではない。
さて?と一瞬思案の後、夜智王はその身を童子に変化させる。いささか身長差がありすぎてしずらい接吻も、この形ならば容易い。
諏訪子の頬に手を寄せた、そっと唇を重ねた。
まず軽い接吻。
互いの唇の感触を味わうように吐息を交わし。
自然と開いた唇がより深く交わる。
するりと諏訪子の口内に侵入した夜智王の舌が歯列をなぞる。
とんだ歯磨きもあったものである。
「んっ……あ、っ、ちゅ……んんっ」
たっぷりと五分程熱い口付けを交わし、ようやく二人の唇が離れる。
「お風呂ではえっちなことしないって言ってたのに」
すっかり全身を紅潮させた諏訪子が、そっと先刻まで夜智王の唇の余韻をなぞるように、人差し指で己の唇に触れる 。
咎めるような口調すら、ひどく艶かしい。
「誘ったのはそなたの方だぞ」
「あっ……やだぁ……っ!」
諏訪子を後ろ抱きに抱き寄せ、幼い胸に手を添える。
ほとんど膨らみなどないが、ぷにぷにと柔らかい胸を愛撫する。
押し殺した諏訪子のあえぎが漏れる。
我慢するな、とばかりに桜色の蕾を刺激する。
「やん!やっぱり、やっ……いいっ……やちおう、ろりこん?ひぅ!」
責めるような物言いを咎めるように、軽く乳首をつまむ。
びくん!と大きく身を痙攣させる諏訪子が甲高い声をあげる。
「やだぁ……つよく、しちゃ、ふぁぁ!」
「諏訪子がこんな形になってしまったのが悪いのだぞ?」
どんな姿でも諏訪子が愛らしいのがいけない。
と蛇は嘯く。
幼女が好きなのではない、お前が愛しいのだ。と
「うそ……ばっかり、っ!」
「嘘ではないさ、諏訪子だからこうして交わりたい、気持ち良くなって欲しいのだ」
「ばか……おべっか、いっても、んんっ!やっ、だめぇ!そこはぁ!」
「相変わらず背中が弱いのだな」
もにゅもにゅとやさしく胸を愛撫しつつ、そっと首筋から背中に唇を這わすと、諏訪子が嬌声を上げる。
「誘ったのは諏訪子だし、これはただの豊胸マッサージだからな」
ちゃんと育ってワシを楽しませてくれよ。と夜智王が笑う。
「……ばかぁ」
「諏訪子さまが帰ってきません……」
ぶすぅっと可愛らしい顔を膨らませて早苗が言う。
突然やって来て諏訪子に泣きついた文。
どうやらまた夜智王が浮気したらしい。
文が泣きつかれるまで眠るまであやしていた諏訪子は「ちょっと出掛けてくるね」と怖い笑顔で出掛けて言ってしまった。
そしてすっかり夜も更けたと言うのに帰ってくる気配はない。
「迎えにいってきます」
「やめなさない早苗」
立ち上がり飛び出そうとした早苗を神奈子が制止する。
「神奈子様?」
天狗の新聞を眺めながら、神奈子は不満そうな早苗に忠告する。
「あの蛇には関わらないように、いつも言っているよね?早苗」
ろくな目にあわないから。と神奈子は諭す。
「だって、諏訪子様が」
「はぁ……経験者の私が言うんだから聞きなさい……あれはね底無し沼だよ、一度深みに嵌まれば二度と抜け出せない」
その結果がそこの天狗の娘であり、諏訪子だよ。
と淡々と神奈子は言う。
「う~」
「うなってもだめ」
まったく、あの蛇め。
可愛い巫女を悩ませる夜智王に神奈子は毒づく。
今度あったら腹いせに三枚に下ろしてやる。
とぶっそうな事を考える神奈子であった。
後書き
気がつけば二ヶ月空いてしまいました。すみません
05/16 誤字脱字直し、微修正