ぱらぱらと地獄の経営スリム化の為灼熱地獄を放棄した際の資料をめくりながら、幻想郷の閻魔、四季映姫ヤマザナドゥは思考を巡らす。
「(夜智王、旧地獄……何かあったはず。)」
自分が関わった案件ではないからだろう、引っ掛かるが、はっきりしない。
「(どうしたものか)」
逡巡。
映姫は部下の冥官を呼び出し、小町を連れてくるように命じた。
とにかく、一度夜智王に会いに……いや説教をしにいこう。
対面すれば、わかるはずだ、白黒つけるのは得意なのである。
◆
「はっ!」
ゆめ……?
ひどく淫らな夢を見た気がした。
いやらしい性悪の蛇妖が訪ねてきて――
「おはよう、さとり殿。良い夢は見られたかな?」
夢ではなかった。
眼前の性悪蛇の微笑のさとりは凍りつく。
いつから起きていたのだろう、無防備な寝顔や寝言を見られて聞かれたのではないだろうか。
気だるい微睡みは一瞬で覚め、恥ずかしさのあまりさとりは、布団に潜り込んで顔を隠す。
「夢じゃなかったんだ……」
「どんな夢だったのかな?」
しっかりと握りあったままの手のひらからは、からからかうような意地悪な思念が伝わってくる。
ぱしぱしっと力無く夜智王を叩くさとり。
「はは、そんなに照れんでもよかろうに」
一晩手を握りあって寝ただけ。
年頃の男女が過ごす一夜としては、奥手も良いところだ。
「……何かした?」
「すっぽりと掌に収まりそうな大きさだった」
「っ!」
胸のことだろうか?そうに違いない。
ひどい。
半泣きでさとりは夜智王をばしばしと叩く。
「冗談だ冗談。痛い痛いぞさとり殿」
「ばかっ!えっち!」
他愛もないやりとり。
死ぬほど恥ずかしいけれど、けして嫌ではない。
奇妙な感覚だった。
「む」
「夜智王?」
夜智王の表情が曇る。
「うーむ幻想郷の閻魔殿がワシを探しているらしいな」
旧都に残してきた分身が捕まった。
「四季殿か、悪い娘ではないのだが、いささか説教がくどいのがなぁ」
きゅ、と心臓が締め付けられた。
他の女を語る夜智王の心の色。
自分に向けられていない暖かな感情。
ひどく、気に入らない。
「おや、さとり殿、やきもちかな?」
「ちがうわ」
頬つつく夜智王につん、とすました声音で返す。
「それは残念。名残惜しいが、ここに居ては迷惑をかける」
暇乞いの言葉。
だめ、といいそうになり、喉をつまらせた。
「次は夜這いに来ても良いかな?」
「だ、だめよ、ちゃんと昼間のうちに来て」
「来るな、とは言わぬのかな?」
「いじわる……」
「長逗留の準備をしてくる、三日夜の餅の準備を、白姫に言付けておくれや」
「っ!」
強ばるさとりの手を開き小指に小指をかける。
指切り。
「約束よ」
「ああ、約束だ」
そう言って、夜智王はさとりの唇を奪った。
◆
「逃げられましたか」
小町がぐずぐずしているから。
地霊殿にやってきた四季映姫は、そう言って部下を睨む。
旧都で鬼共相手に、暖簾に腕押しの説教していた四季様のせいだと思うんですけどねぇ。
そう三途の川の渡守が考えているのがわかる。
「古明地さとり」
「はい、なんでしょうか、閻魔様」
「あの蛇は修羅神仏さえもたぶらかす性悪蛇です……あなたも気をつけない」
その修羅神“仏”に閻魔様は含まれているのかしら?
少なくとも映姫は夜智王のことを言うほど嫌っては居ないようだ。
「大丈夫です。わかりますから」
だって心が読めるのだから、そう言いたげに、さとりは無感動な口調で応える。
「わかっていません」
映姫の説教は長くなりそうだ。
まぁいいか、その分夜智王が逃げる時間が稼げる。
「(閻魔様相手にこんなことを考えてる……)」
少し、楽しい。
映姫にバレないように、さとりはこっそりと表情をほころばせた。
◆
地霊騒ぎが収まって数日後。
「はぁ……いい湯、ん~お酒がおいしい!」
温泉に肩まで浸かり、そう呟いた霊夢は、杯を満たした酒を干す。
近づく冬の夜気が火照った頬を心地よく撫でる。
有言実行、夜智王が「できたぞ巫女殿」といって案内したのは、神社の敷地の外れ。
以前は手入れのされていない荒れ地だったはずの場所に、温泉宿が出現していた。
お披露目の宴と称してあちこちに招待状を送ったそうで、続々と見物がやってくる。
言うまでもないが皆人外ばかりだ。
「いい、あんたらが使って良いのは日が落ちてからよ!破ったら退治よ退治!」
そういってお祓い棒を振り回す霊夢を見て夜智王はカラカラと笑っていた。
ちなみに「もちろん混浴だ」とのたまい、女衆の悲鳴と怒号、男どもからは歓声を上げて褒め称えられた夜智王だが。
まとめて紫のスキマで退場となった。当然の措置だ。
そんなわけで広さ三十畳くらいはあるだろう露天風呂にいるのは皆女ばかりである。
まさに地上の出現した楽園だ。
(馬鹿騒ぎに参加しなかった唯一の男子、霖之助は内湯を独り占めしている、あちらも総ひのきの豪勢なものだ。)
今後の管理は夜智王の旧知だというアカナメの老夫婦がやってくれるそうで、日中は人間に化けて里人の利用にも対応してくれるとのこと。
霊夢としては頬が緩みっぱなしで酒がうまい。
「しかし、本当に温泉つくっっちゃうんだもんなぁ」
おのれぇスキマぁ!と最後までスキマの縁に手を引っ掛けて抵抗していた夜智王の恨みがましい声を思い出し、ぷっと吹き出してしまう。
「これくらい、あの蛇には造作もないことさ」
何故か霊夢の隣で半身浴を楽しんでいる神奈子が答えた。
ぐぅ、とたわわな胸を惜しげも無く晒す神奈子に霊夢がしぶ顔をする。
「妖怪に身を落としたそうだが、あれの水に関わる権能はこの程度朝飯前だろう」
建物や温泉の整備は鬼どもと河童どもが手伝ったそうだしな。
顔が広いのも、あれらしい。
隨分と夜智王のことを良く知っているのね、と霊夢は思ったが、藪蛇そうなので黙っていることにした。
「そうなの」
「ああ、昔、諏訪子側に奴が居た時は、どうやっても川向うに攻めることが出来なかった……奴のせいでな」
「ふぅん」
私にも一杯くれ、と神奈子が言うので酒器を渡す。酌はその隣の早苗がした。
「あの、神奈子様」
「なんだ早苗」
「夜智王さんは、その頃は神様だったのですよね」
目をキラキラさせ、興味津々といった風情の早苗。
「ああ、まつろわぬ神の一柱だったが、親父殿とは知り合いらしかったがな」
それ以上語ることはない、とばかりに神奈子は酒を干す。
何故か魔理沙と妖夢も居て小声で「やっぱりあいつの正体は……」「それよりも……」と議論している。
何の集まりよあれ。
◆
また別の一角には諏訪子、レミリア、文が集まっていた。
ひどく空気が不穏である。
言うまでもなく原因は夜智王である。
「いつもウチの夜智王がお世話になってるみたいね」
諏訪子の口撃。
「ウチの下僕が迷惑かけてないかしら」
レミリアが嘲笑で迎え撃つ。
「まぁまぁ、ここで弾幕ごっこはまずいですよ、霊夢さんがキレます」
文がどこか余裕のある態度で二人を仲裁する。
ぷるん、とどう足掻いても二人が揺らすことのできない部位を、これ見よがしに揺らす文。
ぎしり、と空気が軋む。
「そんなにぶよぶよじゃ感度がイマイチなんじゃないかしらねぇ」
いつも散々胸を責められては泣いているレミリアが、お負け惜しみ抜きで文を見下す。
文の笑顔が凍る。
手ぬぐいを巻いて、谷間に挟さんで見せつける。
「これ、とっても好きなんですよ夜智王は」
どうせ夜智王にいじめれてるばっかりなんでしょう?と言わんばかりの文の挑発。
「やだやだ、低レベルな争い」
「はぁ?」
「なんですって?」
終止余裕の笑顔の諏訪子が呆れた口調で肩をすくめて首を振る。
「わたしは、夜智王が蛇の本性の時にスルのが一番好き」
くすっと淫蕩な笑顔を浮かべ、とんでもないことを諏訪子が言う。
ひっ、とレミリアと文が息を飲む。
蛇体の夜智王がどんな風に自分を愛撫してくれるのか、想像するに悍ましい情交を二人に耳打ちで解説する諏訪子。
上級者すぎる。
恐れおののく二人を諏訪子は優しげな笑顔で見下す。
「蛇の交尾って時間がかかるのよねぇ、わたし一人だとちょっと疲れちゃうし、早苗もうるさいから……まぁよろしく」
正妻の寛容と貫禄?を示す諏訪子。
文とレミリアはぐぬぬと歯噛みするしかなった。
◆
「あそこ大丈夫かしらねぇ」
一触即発っぽい雰囲気の一角を指して幽々子がのんびりと言う。
大丈夫でしょう、どこか気だるげな紫が返す。
そろそろ冬眠の季節だというのに、今回の騒ぎだ。
しかも今年からは夜智王がいるのだ。
「はぁ……不安だわ」
「ねぇ紫」
「なぁに」
「あなた、なんでそんなに夜智王のこと嫌うの?」
「……」
「悪いところをさっぴいても、夜智王ってかなりいい男よ?」
無邪気な親友の問いに紫は酢でも飲んだような微妙な表情になる。
「あいつの好きな種類の女ってなんだかわかる?」
金髪巨乳でしょ?と幽々子が紫の乳をつつく。
「やめて」
幽々子の手の甲をつねって止めさせる。
「違うわ、あいつはね、不幸な女が好きなのよ」
私は別に不幸じゃない。そう言いたげな口調だ。
「えー、別に私は不幸じゃないけど?」
「あいつに目をつけられてる時点で不幸なの。あいつに関わったら不幸になるわ。あいつに惚れたら、それこそ不幸よ……この話は終わり」
そう言って紫はそっぽを向いた。
聞く耳持たぬ、という態度にゆゆこはあらまぁ、と呆れる。
この態度こそ紫が夜智王の事を憎からず思っている証拠でしかない。
「ツンデレが過ぎると損するわよ」
「ツンデレじゃないわ、あなたまでやめてよ」
「まぁ紫がそう思っているなら、そういうことにしておきますか」
そう言って楽しそうに亡霊の姫は笑った。
◆
「阿求先生を連れてきたぜ」
「あの、なんの集まりですか?」
慧音に連れられて湯治にやって来た阿求を魔理沙が謎の集まりに引っ張って来た。
魔理沙と早苗と妖夢、呆れた様子の霊夢、楽しげにそれを眺めている神奈子。
阿求が怪訝に思うのも無理も無い。
「なぁ阿求先生、夜智王のことなんだけどな」
びくん、と阿求が反応した。
努めて冷静に「夜智王さんが、どうしました?」と返す。
「あいつの正体知ってるか?」
「蛇でしょう?」
「それはわかっています。でも断じてただの蛇ではありませんよね」
ご自分ではそう自称してらっしゃいますが「お前のようなただの蛇が居るか!」という奴です。
早苗が何やら息を巻く。
「零落した神だったそうですが、私も詳しくは知りませんよ」
「やっぱり、八岐之大蛇だろ。夜智王って名前もアナグラムなんだよ」
「さすがにそれはないのでは……たしかに日ノ本で一番有名な蛇の妖怪……もう神の領域ですけど、あれは」
「私は、夜刀神が怪しいと思っています。ヤチというのは東言葉で水郷地帯を示す言葉、別名をヤトといいます、夜智王さんは水蛇だといいますし」
「角生えてないじゃん」
「隠しているだけですよ」
喧々諤々、魔理沙と早苗が議論する。
なかなか興味深い考察だ。
「神奈子様、本当は何か知っていらっしゃるのでしょう、ヒントを下さいヒント」
「知らんよ」
そっけない神奈子の返答にぶーと早苗が抗議する。
「夜智王さんの正体を知って、どうするんです?」
「私は純粋に興味が有ります」
はぁ。
妖夢さんは?
「あ、あの、私はですね、夜智王さんをおと、いえ倒す、いえ斬る、いえ……なんでもありません」
ぶくぶく、と妖夢が沈んでいく。
かわいそうに……阿求は妖夢に哀れみの視線を向ける。夜智王に恋しているのが丸わかりだ。
「私はあいつの弱点が知りたいんだ、何か対策を考えないと……」
「弱点なら簡単ですよ」
「え?」
「あの人は女子供、特に泣いてると弱いんです」
「いや、それは、解決にならないというか、ヤニは?」
「平気だよ」
「蛇のくせに」
「あれが駄目だと廓遊びが出来んのでな」
「……」
誰?といきなり現れた美女に一同首を傾げる。
「八岐之大蛇と来たか、では可愛い奇稲田姫は攫っていっても良いのかな?」
「夜智王さん」
阿求の言葉に、ひぃっと魔理沙が飛び跳ねた。
霊夢に方に逃げようとするのをさっと女に化生した夜智王が捕まえる。
「ひどいなぁ魔理沙は、わしは女子を食ったりはせんぞ?まぁ別の意味ではともかく」
「や、やだっ、はなせよ、なんでお前女に」
「混浴は禁止だそうだからな、女子ならば問題ないであろう?」
どうやってスキマから逃れてきたのか、いけしゃあしゃあと夜智王(女)は言う。
「さて誰から攫って――ごふっ」
夜智王の額に霊夢の放った御札が突き刺さる。
「ぬぅおぉぉ額が割れるように痛い!」
のたうち回る夜智王、拘束を逃れた魔理沙がとりあえず一番近くに居た阿求を盾にする。
「夜智王さん、すぐに出て行かないと、次は本気で行きますよ」
「はぁ、洒落を理解してくれんのぉ巫女殿は……わかったわかった、では内湯で霖之助としっぽり温泉を愉しむとしよう」
「だめぇ!それはだめぇ!}
魔理沙が叫ぶ。
「ちゃんと男に戻るから安心しろ?」
「ほんとか?」
「ああ、まぁ霖之助の後ろの初めてを頂くのも、まぁ悪くなかろう」
「いやぁぁぁぁ!」
からかっているだけだろうに、魔理沙の悲鳴が木霊する。
「やちおう……またおとことするきですか……」
背後に虚ろな目をした文が立っていた。
「いや、文、冗談だぞ?」
「嘘です……嘘です……」
「まて、話せば分かる」
コワイ。
鬼気せまる文。
総毛立つとはこのことか。
「痴話げんかは他所でやってちょうだい。公共の迷惑よ」
呆れた口調の紫がスキマを開き、夜智王と夜智王に噛みつかんとする文を落とす。
「まったく……」
「ねぇ紫、それやきもち?」
「違うわ」
ともあれ、博麗神社の近くに出来た温泉は(男女の仕切りは設けれ混浴は廃止された)里人にも好評をもって迎えられた。
多少人里からは離れていたが、博麗神社の近くで悪さをする妖怪も無かろうということで、昼間は里人が、夜は人外が。
上手く住み分けされて利用されているようだった。
当初の思惑と違い、それほど博麗神社に参拝して行く者は居なかったが、心配性の者が妖怪退治のご利益を求めて立ち寄ることもあり、賽銭も増えたそうな。
なお夜智王は出禁が言い渡され。
「わしが作ったのに!」と憤慨したとか、しないとか。
こうして幻想郷の秋は終わり、本格的な冬が訪れるたのだった。