「ああ、負けた負けた!」
ばたりと地面に大の字に倒れ込んだ勇儀は、悔しげに叫ぶ。
だが口調とはうらはらに、表情は晴れ晴れとしており、実に愉し気であった。
魔理沙との段幕ごっこも、終始余裕を見せたまま勇儀の負けた。
霊夢も魔理沙も若干納得しがたい様子ではあったが、さっさと異変を解決したい霊夢と、一刻も早く一歩でも遠くに夜智王から離れたい魔理沙、二人は仲良く飛び去っていった。
「弾幕ごっこか、どうして中々面白い事を考えたもんだね」
「ワシにはよう分からんよ」
その場に残っていた夜智王が返す。
「それより星熊の、雪が降る寒いのに地べたなんぞ寝転がるなや」
そう言い、夜智王はひょいと勇儀を姫抱きに抱えあげる。
「お、おい!何をするんだ!」
「何って……女子が体を冷やしては良くないからの」
「余計なお世話だよ」
風邪なんて引くもんかい!と若干動揺した口調で勇儀が言う。
「鬼の撹乱という言葉もあるしなぁ」
「いいから!離せ!下ろせよ!」
「無理をするな、動き回ったせいで毒が回って、体がの自由が効かんはずだ」
「っ!」
どうやら図星らしい。
口より先に手が出るはずの勇儀が大人しくしているのはそういう訳らしかった。
「多少薄めたがあれは正真正銘の神便鬼毒酒だ、いかにお主と言えど、鬼である以上は無理はできんだろ」
そう言いながら夜智王は、姫抱きにしているのに、形の崩れる気配の無い豊かな双丘に視線を向ける。
「お、おい!」
「なんだ?」
「ど、どこ見てるんだよ!」
ただでさえ「お姫様抱っこ」という羞恥プレイをされているというのに、このエロ蛇ときたら堂々とガン見してくるのだ。
無論勇儀の肢体にいやらしい視線を向ける者は少なくない。
だが、いかんせん相手が悪いので、チラチラの覗くのが精々で、夜智王のように無遠慮な視線を向ける者は少ない。
その少数の者達とて、即座に勇儀は制裁を加えるか、気の弱い者なら失禁しそうな蔑みの視線で黙らせる。
だが今は毒が体に回り言うことを聞かないので、それが出来ない。
まじまじと肢体を視姦される慣れない感覚に、恥ずかしいのだろう勇儀は顔を紅潮させる。
「前々から思っておうたが……」
「なんだよ!」
「お主、存外に可愛いな」
「っ!」
何をいってるんだ!と激しく動揺した勇儀が返すと、夜智王の笑みがきゅうと意地悪な物に変わる。
「普段の凛としたそなたも良いが、そうやって恥ずかしそうにしておると……うん、やはり可愛らしいな」
「う、うるさい!」
“可愛い”などと言われたことはろくに無いのだろう。
勇儀はゆでダコのように首まで真っ赤になる。
「(いきなり何を言い出してるんだこいつは!!)」
きっ!と精一杯の対抗策として夜智王を睨むが、生憎蛇はその程度では怯まない。
「おべんちゃらは結構だよ!あたしのどこが可愛いっていうのさ!目ん玉腐ってるんじゃないのか!」
勇儀の毒舌に、くすりと夜智王は笑って返す。
「先刻の魔理沙を気遣う態度といい、子分の愛嬌のある小鬼達」
ぎくりと夜智王の言葉に勇儀が反応する。
「そなた、可愛らしいモノが好きだろう、実は」
往々にしてヒトは自分に無いモノに憧れるものである。
そこは人間も妖怪もそう大差は無く。
むしろ妖怪の方がその傾向は強いのかもしれない。
山の四天王の一人、怪力乱神の星熊童子などと持ち上げられ、女々しい振る舞いの出来ぬ勇儀もまた例外ではないのだろう。
図星だったのだろう。
よりにもよってこの蛇に隠していた性癖、弱味を知られた勇儀の瞳にじわりと涙がにじみ出す。
「泣かんでもいいではないか、そなたも女子なのだから愛らしいモノを好いて何がいけない」
「う、うるさいよ!」
「ふふ」
のぉ勇儀や、と夜智王は名前で話しかける。
こいつが普段名前で呼ばない女を名前で呼ぶのは、ろくでもないことを考えている時だ。
その事を知っている勇儀の背筋に悪寒が走る。
「そなたが愛らしいモノに憧れる最大の理由は……春虎の事を好いておるからだろう?」
かぁぁ、と勇儀の全身が真っ赤に染まる。
「な、何を言ってるんだい!?あ、あたしは別に!」
「隠しても無駄だ、ワシにはわかる」
やけに春虎にきつく当たるのは「好きな相手に素直になれない」古典的な少女漫画のヒロインというか。
「あまり“つんでれ”が過ぎると損をするぞ?」
「なんだよ“つんでれ”って!!」
夜智王を嫌うのも、無論夜智王の性格が勇儀の好む性情と大きく違うからというのもあるが。
「そなた、あれだけワシに妬心を向けておいて、気がつかれぬ思うたか?」
「っ!」
「別に照れる必要はなかろ?あれは男でも惚れるような好い漢だ、精悍で、まっすぐで、だが優しい、女ならば憧れるのは当たり前よ」
「う、うううう……」
「そなた好みの鬼らしい鬼の好漢だ、ただ……」
あれの好みからは、いささかそなたは外れておるなぁ
夜智王の意地の悪い囁きに、勇儀は悔しそうな表情をし、顔を背ける。
春虎の好みは「可愛らしい女子」である。
背が低く、華奢で、どこかフワフワした印象を与える、乙女と呼ぶのがしっくりする少女。
丁度魔理沙あたりが春虎の好みに合致するだろうか。
それは到底勇儀には当てはまらない。
(何せ身長も腕力も立場も全て勇儀が上なのだ)
じわりと悲しい感情が浮かんでくるのを抑えられず、泣き顔をこの蛇に見られるのは情けなく、惨めで勇儀は顔を背けた。
夜智王の推測するとおり、勇儀は隠れ少女趣味、可愛らしい物が好きである。
自身が下手な男よりも男らしいと周囲に誉め称えられるせいか、山の四天王の一人として、女らしい所など見せられないせいか?
勇儀の「可愛いモノ」への憧れは人一倍強い。
愛くるしい外見の小鬼達を子分にしていたりするのも、外の世界から流れた来た女物の衣服などを積極的に着てみたりするのも、そういった性情の発露であった。
「なぁ勇儀や」
「な、なんだよ!」
するりと絡み付いくるような夜智王の声音が耳朶を打つ。
「やはりそなたは可愛いな」
「うるさい、ばかぁ!」
「そうやって好いた男を想うておる様はとても愛しいよ……なぁ勇儀、想いを遂げたくはないか?」
「な、何をいって……」
「素直になれば良いのだよ、山の四天王でもなく、怪力乱神の星熊童子でもなく、ただの女子の勇儀になって春虎に想いを告げればよいのさ……今のそなたは鬼毒酒のせいで弱っておる、今こそ絶好の機会ぞ?」
「あ……う……」
「ほれ、遠慮をするな、頑なな心を解け、意地など捨ててしまえ」
韻々と抑揚の無い夜智王の囁きが勇儀の耳を犯す。
「怖がる必要など無い、春虎はそんなに度量の小さな男ではないのは知っておろう?」
「やだ……やめろ……」
「なんならワシが理由を作ってやろう。媚薬に酔うか?それとも介添えが必要か?」
「い、いらない!」
「ふふ、ほれ噂をすれば影よ、春虎がやってきたぞ?」
「ひぅ!」
可愛らしく身を縮こませる勇儀。
言葉違わず、そこへ春虎が駆けてくる。
「ゆ、勇儀姐さん、どうしたんです?」
「な、なんでもないよ!」
精神が肉体を凌駕したのだろう、麻痺しているはずの勇儀の正拳が春虎の鳩尾に突き刺さる。
ぐぇ!と蛙の潰れたような呻き声をあげ、腹部を押さえた春虎が膝をつく。
あーあーこれは重症だな、と照れ隠しに手が出る勇儀を呆れた様子で夜智王は見やる。
自分で殴ったくせに若干おろおろしている勇儀は実に可愛らしい。
自分にそれが向けられないのはいささか残念だが、同時に丁度良いと内心でほくそ笑む。
約束なので春虎と閨を共にするのはやぶさかではない、だが怖いのは文の焼きもちだった。
あれは夜智王が男と寝ると確実に焼きもちを爆発させてとんでもないことをやらかす。
諏訪子に密告したり、噛み付いたり……
そんな文もたまらなく可愛いのだが、泣かれるのは困る夜智王だった。
女子の涙が何より苦手な夜智王である、まして色々と後ろめたい過去のある文を泣かせたくない。
「(春虎には悪いが、この二人をくっつければ万事上手くいくな……)」
ひでぇよ姐さん……と呻いている春虎が少々可哀想だが、勇儀程の器量良しと恋人になれるのだ、羨ましい話ではないか。
「春虎」
「なんだ夜智王?」
「代わってくれ、お主の方が力持ちであろ」
「や、夜智王!」
やめてくれ!と無言で勇儀が訴えてくるが夜智王は取り合わない。
「そりゃ構わんが、姐さんはどうしたんだ?」
「細かいことは気にするな、ほれ」
「あ、ああ……」
気の抜けた返事を返す春虎に勇儀を渡す。
「失礼しやすよ姐さん」
ひょい、と軽々と春虎は勇儀を抱え上げた。
ボンッ!と赤くなりプシュー!と勇儀が湯気を吹き出す。
「うわ!姐さんえらく熱がありますぜ?風邪ですか?顔も赤いし汗もかいてるみたいだし、おぐっ!」
「う、うるさい!」
がつん!と勇儀の頭突きが春虎の顎をかち上げる。
「あ、危ないから暴れないでくださいよ……」
ぐらぐらと揺れながらも、春虎は勇儀を落とさぬようしっかり抱き締める。
ひうっ!と小さく悲鳴をもらし勇儀が縮こまる。
「勇儀のねぐらは知っておるか?l
「ああ、分かる」
「寝かしつけておけばすぐに治るだろう、後は頼んだぞ」
「おい、夜智王、お前はどこに行くんだよ」
「ん?地底の主に挨拶をしてくるつもりだが?」
「ああ、さとり殿にか……あまり酷いことをするなよ」
「なんじゃそりゃぁ」
「いかにもお前好みの女子だからな……虐めるなよ?」
「その口調だと、お主ふられたな?」
「野暮なこというなよ!」
ばつが悪そうに喚く春虎、それを見ながら「う~」と勇儀が小さく唸る。
くつくつと笑いながら夜智王はそんな勇儀の耳元に口を寄せぼそりと囁いた。
「ではな星熊の、頑張れよ?」
「覚えてろよ夜智王……」
意味深な二人のやり取りに首を傾げる春虎。
「ところで夜智王、約束忘れてないよな?」
「わかっておるさ、しばらくは逗留する予定だから機会はいくらでもあるさ。あまりがっつくのはみっともないぞ春虎」
「お前は自分の価値が解ってない!ずっと女でいりゃいいのによぉ」
「ほれ、まずは星熊の看病が先であろ」
そう言って夜智王は二人を送りだした。
後ろ髪惹かれる様子で去っていく春虎と、こちらに「いー!」と威嚇する勇儀がじょじょに遠ざかっていく。
「さて、では参るかのぉ」
どこかで酒を調達せんとなぁ、と思いながらぽてぽてと夜智王は地獄街道を歩き出す。
その調子では地霊殿に着く頃には、とっくに霊夢も魔理沙も先に進んでいるだろう。
急ぐ理由もない、とばかりに夜智王はのんびりと地霊殿へと向かうのだった。
お久しぶりです。
すっかり本編が空いてしまって申し訳ない限りです。
また眼痛がぶり返したりとかもあったわけですが
最大の理由は勇儀の性格設定で散々悩んだ、のが理由です。
結果として某黄薔薇さまのような性格になったわけですが。
次回は地霊殿に到着してさとりと対面、のシーン。
の前に気がつけば20万PVということでそちらのお礼を投下したいと思っています。
予定では華仙とにゃんにゃんします、娘々とにゃんにゃん
……すみません。