宴が再開されあちこちからは、陽気な鬼達の笑い声が聞こえてくる。
「いつまでメソメソしてるんだい春虎、ぶん殴るよ」
ぶちぶちと泣き言を繰り返す春虎を勇儀が脅す。
言い返したくとも言い返せない春虎は、ただ項垂れるばかりであった。
「ひでぇよ勇儀姐さん……」
「そんなに蛇女がいいなら、あそこに四匹もいるだろう」
「あれは夜智王が鱗を変化させた傀儡。そんなのでは嫌だ」
「相変わらず目が良いな春虎は」
「じゃぁ諦めな」
「…………」
広場に面した大陸風の三層の楼閣。
恐らくは妓楼だろうが、そこが勇儀のねぐららしい「ついてきな」とも言わずそちらに向かう。
夜智王は、その尻に釣られるように、ほいほいとついていくが、逡巡の末春虎が「やはり女が良い!」そう言い捨て宴に戻っていく。
余程に勇儀が怖いのか?
脱兎の如く逃げてゆく春虎に、「まったく……」と勇儀は苦々しい表情を作り。
他方夜智王「ははは、変わらんなぁ」と愉快そうに笑う。
「……」
「……」
春虎が去り、少し両者の間に横たわる空気が変化する。
無言で二人は楼閣を最上階へと登ってゆく。
旧都が一望できる一室が整えられており、そこで勇儀は酒を呑んでいたのだろう。
そこには何やら可愛らしい生き物達が居た。
幻想郷のあちこちで見かける妖精のような大きさの生き物。
妙にデフォルメされた動物や虫のような外観、ただ小ぶりの角が、彼らが子鬼であることを示していた。
それに夜智王は興味を示す。
「おお、なんだ?この愛らしい生き物は?」
勇儀の帰還を歓迎しようとしていた、それら、愛らしい小鬼達はひょいと顔を出した夜智王…大妖である蛇に驚いたのか。
わっと!蜘蛛の子散らすように逃げ出す。
コロコロと丸いこい、蜥蜴のような竜のような小鬼を捕まえた夜智王が、ひょいと抱えあげる。
短い手足をわちわちと降り、円らな瞳に涙を浮かべて「いやーん」と鳴く。
「小鬼か?えらく可愛いな?うん?ここか?ここがよいのか?」
柔らかな腹の辺りを、さわさわといやらしい手つきで夜智王が撫で回す。
ぴゅいー!と奇声をあげた小鬼だが、恐らく生まれて初めて覚えた「性的な快楽」にすぐに全身が真っ赤に染まる。
「さてはお主メスだな?よしならば――」
「ふんっ!」
調子に乗る夜智王の首筋に勇儀の手刀が叩き込まれる。
ボキッ!と乾いた音がし、うめき声もあげることもできず、どさりと夜智王が崩れ落ちた。
その腕から逃れ、勇儀の豊満な胸に飛びついた小鬼がぴーぴーと泣く。
「ゆうぎさまー、こわかったー!」
「よしよし、大丈夫か?」
他の子鬼達も勇儀の体に隠れるように、その足やら背にしがみついて震える。
赤子を見守る慈母の様な表情で勇儀は彼らを安心するように、と慰める。
「おいおい星熊や、いきなり何をするのだ?首が飛ぶかと思うたぞ?」
頸椎をへし折られた癖に何事もなかったように、息を吹き替えした夜智王が首を擦る。
ゴキゴキと首を鳴らして正常な位置に収める、相変わらずの生命力であった。
「飛ばす気だったんだよ、この好色蛇め」
「なんじゃ、この小鬼らは、あれか?お主の愛玩動物か?」
鬼は案外に進んだ技術を持っている、水を吸って酒に変える「酒虫」のように、この子鬼のような“使役鬼”を創ったのだろう。
「こいつらはあたしの子分だよ」
「ふぅん……さよか」
何やら含みのある言い方をする夜智王。怯える子鬼達に「なんもせんぞ?」と笑顔を浮かべ手招きするか、一匹として寄っては来ない。
「お前ら、こいつは危ない蛇だ、階下に行ってな」
はーい、と声を揃え、小鬼達は逃げるように去っていく。
「ひどいなぁ、懐炉がわりに一匹欲しかったというのに」
「やかましい」
片膝を立て、脇息にもたれ掛かった勇儀が不機嫌そうに言う。
対面に座した夜智王に、勇儀は巨大な大皿のようなサイズの盃に突きだす。
酌をしろということらしい、酒瓶の上に置かれていた柄杓を使って、巨大な盃に並々と注ぐと、勇儀はぐいと豪快に飲み干し、また盃を突きだした。
「ワシには酌してくれんのか?」
「なんであたしがお前に酌をせにゃならんのだい?」
胡乱な目付きで勇儀は夜智王を睨む。
ひどいのぉ、と呟きつつ酒を再度注ぐ。
自分の分としては、懐から杯を取り出して、注ぐ。
「どうだ、綺麗な青であろう?」
青空色の杯を見せびらかすが勇儀の反応は冷たい。
「そうだな、だが小さすぎる」
「そういう問題ではないだろう……べねちあんぐらす、というのだぞ?舶来品だ」
「ようするに瑠璃杯だろう?」
「やれやれ自慢し甲斐の無い奴だ」
並々と注いだ酒を、一口味わうように飲み、夜智王は相好を崩した。
「かぁぁ!辛いなぁ!旨いが、強くて辛い、いかにも鬼の酒だ」
「酒ってのは辛いもんだろう」
「甘い酒も良いものだぞ?」
「そんなのは女子供の酒だ」
お主、女だろう?と思った夜智王だが、懸命にもそれは口にしなかった。
酒瓶を覗き込むと、普通このサイズなら一匹で十分なはずの酒虫、鬼の酒製造鬼が四匹も悠々と泳いでいる。
どうも!と言わんばかりに愛嬌のある顔を夜智王に向けてくる。
「多すぎだろう……」
「そうか?普通だろう?」
「女子といちゃいちゃしながら、もちろん閨でな?飲むには、べたべたに甘い方が雰囲気が出てよいのだぞ」
へらり、と好色そうな笑みを浮かべ、遊郭での思い出話しを始める夜智王。
それを聞き流し、勇儀は険しい視線を向ける。
「蛇。お前、何をしに地底にきた」
「なんだ……珍しくお主から誘うてくれたのは尋問のためか」
残念だなぁ、と夜智王がしょげる。
実の所、夜智王と勇儀の仲はあまり良くない。勇儀が一方的に夜智王を嫌い、無視する仲であった。
「吐け、蛇」
刺すような視線を向ける勇儀。へらりとした表情でそれを受け流し、夜智王は空になった杯に酒を注ぎながらおどけた口調で答えを返す。
「遊びだよ遊び。遊びに来たのだよ。お主ら鬼達が少なからず地底に移り住んだと聞いたのでな」
「嘘だな」
夜智王の返答を、勇儀は即座に切って捨てた。
「嘘などではないぞ?」
「そうだな、確かにお前は遊びに来たんだろうさ、だが別の目的もあるんだろう?」
真実を素直に告げることで、本当の目的を隠す。
「蛇らしい、厭らしいやり口だ」
「勘繰りすぎだよ、星熊や。春虎に文の件で礼も言いたかったし、お主らと飲む酒は実に愉しい」
「文?ああ、お前の若紫か」
「そんなつもりはなかったのだがなぁ」
「嘘を吐け」
「嘘では無いよ、まぁ豪放磊落を地でゆくお主には解らんか」
「喧嘩売ってんのかい?」
「いや、男というのは案外に繊細なのだぞ?」
ふん、と勇儀は鼻を鳴らして盃を干す。
黙って夜智王は酌をする。
「時に茨木はここに居るのか?」
「知らん。あたしはあんまりあいつは好きじゃない」
「はは。“力の星熊童子”は“知恵の茨木童子”にようやり込められておったからな」
「五月蝿い!……そういえばお前は仲が良かったね、茨木とは」
まぁ京の都の頃から知り合いだからなぁ。と夜智王は言って酒杯を干す。
「あれは頭が良いが、その分理詰めで追い詰めると、あっさりと陥落する」
だまくらかして、あの肢体を何度も堪能させてもらったものよ。
と実に悪い笑顔で夜智王は嘯く。
「あたしはお前のそーゆー処が嫌いなんだよ」
真っ向からの闘争を好まず、嘘を吐き、策を巡らせ、他者を騙し陥れる。
夜智王の性格は、おおよそ鬼、特に勇儀の好みとは真逆であった。
「ワシはお主のそういう、はっきりした所が好きだな」
「だからなんだ?」
「あとその乳も」
「引きちぎるよ?」
まったくデレる様子の無い勇儀に夜智王は、はぁ、と嘆息する。
昔から彼女はこの調子であまり夜智王とは接点が無かった。
「怖いのぉ。そうさな、ワシに勝ったら教えてやろう」
「いい度胸だ、バラバラにしてやるよ」
ゴキゴキと勇儀の拳が鳴る。
「まてまて、力比べでは試すまでもなく、お主の勝ちだろう?これでやろうではないか」
揶揄うような口調で夜智王は酒瓶を指差した。
「あれ姐さん、どうしたんで?」
酒宴の会場に現れた勇儀と夜智王に、騒いでいた鬼の一匹が声をかける。
愉快そうな笑い声に交じり、夜智王の分身と鬼達が戯れる嬌声が響く。
それが気に入らないのか、勇儀の通った鼻梁に皺が寄る。
「ありったけの酒を集めな」
「は?」
「おう秋葉の、ワシと星熊とで飲み比べをする、ということになったのよ」
「おいおい、そりゃぁ……おもしろそうだな!」
さっそく秋葉と呼ばれた鬼が声を掛けると、物見高い鬼達は毛氈の上に対面で座す二人を囲むように集まってくる。
自然、どちらが勝つかで博打が始まった。
「俺は姐さんに賭ける」
「まぁここは姐さんに賭けるのが手堅いよなぁ」
「ああ、夜智王もうわばみではあるが……勇儀姐さんはザルどころかワクだからな」
さぁ張った張ったと胴元役の鬼が声を張り上げるが、圧倒的に勇儀に賭ける者ばかりであった。
その様子に「ふふん」と勇儀が挑発的な笑みを浮かべて、夜智王を嘲笑う。
夜智王は肩を竦めるばかりである。
「おいおい、これじゃ賭けが成立せんぞ?」
「なら俺は夜智王に賭けよう」
夜智王(幼女)に酌をさせ、静かに酒を飲んでいた一匹の鬼がそう言う。
「また斑だ」
「分の悪い方に賭けるの好きだよなぁあいつ」
金髪と漆黒の髪が斑模様の鬼は、何と言われようと気にする気もないのだろう、ニヒルな笑みを浮かべて、酒を飲んでいる。
「おう斑や、ワシに賭けてくれた礼だ、それお持ち帰りしてよいぞ」
幼女の分身を差してそんなことを夜智王が言う、斑は黙って盃を掲げて返事をする。
一方で
「お、持ち帰り……だと?」
「例え賭けで損しても……いやむしろ端銭で夜智王を抱けるということか?」
「いや、持ち帰りとなれば、誰にも邪魔されず……」
夜智王の爆弾発言に鬼達がざわめく。
「やっぱり俺も夜智王に……」
「あ、この野郎!抜け駆けか!」
鼻の下を伸ばした鬼の一匹が夜智王(少女)を引き寄せつつそんなことを言うと、あちこちから怒号が響く。
「そっちの娘は俺が狙ってたのに!」
「うわっ!ばか!やめろ!」
たちまち、己の好みの夜智王を巡って取っ組み合いの喧嘩が始まる。
何せ鬼の喧嘩である、大地が揺れ、肉を打つ鈍い音、酒器が乱れ飛び、吹き飛ばされた鬼がぶつかり建物が破壊される轟音。
「あ、俺は鷹の字が勝つ方に賭ける」
「俺は愛宕にするかな」
賭け好きの鬼達が、今度はその乱闘の勝利者で一儲けしようと、和気あいあいと賭けに興じ始める。
スケールのでかいばか騒ぎを、楽しそうに夜智王は眺める。
「ふふ、実に懐かしく、楽しいな、のぉ星熊や」
「まぁ、そうだな悪くない雰囲気ではあるよ」
これから飲み比べするのというのに、二人とも酒を酌み交わしながら、乱痴気騒ぎを楽しそうに眺める。
そんななか、勇儀の胸をすけべぇそうに、ちらちら見ながら一匹の鬼が酌をしながら「と、時に姐さん、姐さんに賭けるとご褒美は?」などとほざく。
一瞬、沈黙が訪れ一同ごくり、と息を呑み、勇儀の肢体にいやらしい視線が集まる。
だが
「ああん?」と勇儀が睨み付けると、皆一様にしおしおと萎れて行く。
「ご褒美があるならワシお主に賭けるぞ」
「賭けの当事者が何をほざいてるんだい!このド助平!だいたい、なんで私の飲み比べするのか忘れたのか!」
「勝ったら勇儀を抱けるのではなかったか?」
「縊り殺すよ!?」
アホな事を言う夜智王に勇儀が思わず怒鳴ると、どっと座に笑いが満ちる。
「まったく夜智王は相変わらずだなぁ」
「勇儀姐さん相手にようやるわー」
ようやく賭けが成立したのか、どんどんと酒瓶が集めらてくる。
「えー、では不肖この陸奥が審判を勤めさせていただきます」
「さっさと始めな」
「はぁ、では」
そして酒豪二人の飲み比べが始まった。
後書き。
当方では茨木童子はあの人、という設定です。
頭は良いんだけどチョロ可愛い感じで、良く蛇に騙されて泣いていました。みたいな。