「冬の寒さは堪らんが、風呂だけは格別よ、そうおもわんか?」
「そうね」
夜智王の庵の風呂は、半露天である。
脱衣所から風呂場に入ると、前方の壁が無く、里山の景色を堪能できるようになっている。
質素な庵に比べて随分凝った造りで、大岩をくりぬいた浴槽が見事な物で、大人が三人は入れる大きさはあるのだろうか?
普段は地下水脈から汲み上げた水を貯めて、妖術で沸かしているの、だが今日は一味違う。
浴槽は乳白色の湯で満たされていた、紫がスキマを使って外界の温泉を取り寄せたのだ。
湯煙の中に美女が二人、白磁のような肌をほんのりと紅く染めて、湯に浸かっていた。
金髪美女は紫、黒髪美女は夜智王の変化だ。
共に普段は流している長い髪を結い上げており、覗くうなじと、後れ毛が艶かしい。
「時に紫、まだ脱がんのか?」
「脱がないわよ」
沐浴用の麻製の湯帷子を纏い、きっちりと肩まで浸かる紫に、半身浴で惜しげもなく胸を晒した夜智王が言う。
「ヒトが気を使って女に化けたのに、無粋だぞ」
「天狗にでも隠し撮りされたら嫌なのよ」
「そんな度胸のある天狗なぞおるのか?」
「う・る・さ・い」
「・・・・・・まぁいいがな」
目を細めた夜智王は、ちらと紫の艶姿を盗み見る。別に堂々とガン見しても良いのだが、盗み見たほうが風情がある。
僅かに透ける肌色。
布が張り付いて、浮き彫りになった紫の肢体の凹凸。
良いな。と夜智王はうっとりとした様子で嘆息する
ともすれば、着ている方が全裸よりも劣情を誘う、と言うことを紫は分かっていないのだ。
彼女の肢体を肴に、夜智王は浮かべた桶から徳利を取り、杯を満たして、くいと一杯飲み干す。
「ん~うまいなぁ、冬枯れの森の侘しさ。舞う風花の風情。そして何より極上の湯煙美人。最高の肴ぞ」
「人を肴にしないで頂戴」
ツンケンした様子もまた良い。
もっとも、この蛇にしてみれば、女のどんな仕草も「良い」になるのだが。
「固いことを言うな・・・ほれ紫も呑め・・・よし。しかし地底か、元は地獄だったな」
「そうよ、地上に居場所を無くした妖怪達が移り住んだ場所……本来は相互不可侵の約束になっているのだけど」
「間欠泉に怨霊か…灼熱地獄が一枚噛んでいるのだろうが…ま、解決は巫女殿に任せよう」
旧知の鬼でも探してふらふらすれば良いのだろう?と夜智王は紫に問う。
紫も夜智王に過剰な期待はしていないので、それで構わないと返した。
本来ならば、地上の妖怪が地底に侵入するのはマズイのだが、この蛇は例外である。
「そのまま帰ってこなくて結構よ」
「酷いことを言うな。そんなことをしたら地上の女子が何人悲しむことか」
私は嬉しくってよ。と紫はツンとした様子で言い返した。
夜智王は、不満そうな表情で「えー」と抗議する。
「そんなにイケズなことばかり言うなら、ワシにも考えがあるぞ?」
「何を…きゃぁ!?」
「紫の身体は柔らかいのぉ」
まるで瞬間移動のように、夜智王が紫の背後に回り込み、後ろから抱きついていた。
脇の下から腕を回し、胸を掴み。
細い腰に脚を絡めて拘束する。
「やめっ!放しなさい!」
「嫌だ」
「あっ!」
湯帷子が張り付く紫の豊かな乳房を、夜智王が揉み始める。
「ほほ、ふよんふよんだの」
優しく乳房を揉まれ、紫が堪らずぴくんっ!と体を小さく痙攣させてしまう。
何気ない手つきだというのに、夜智王は女の官能を刺激するのはお手の物だろう、紫が反応してしまうのも無理のないことであった。
「やめなさいよ、風呂ではしないのではなかったの!?」
じたばたと暴れる紫だが、子泣き爺のように背中に張り付いた夜智王は放れない。
紫が動くたび、揉まれる紫の乳と、紫の背中に当たる夜智王の乳が暴れる。
女同士が乳繰りあう、真に眼福な光景、いや絶景である。
「これは女同士のすきんしっぷだろう?」
「ひ・・・っ・・・ゅ!」
紫の肩のあたりに顔を埋めて、自分の手で寄席あげた紫の乳を凝視しつつ、紫の甘い香りを胸いっぱいに吸い込む。
やりたい放題である。
「やめなさいよ・・・っ!」
やや遠慮の無い動きに夜智王の手つきが変わる。
くにゅくにゅと紫の乳房が、形を変える。
「紫の乳は相変わらずデカイな、というか少し垂れたか?」
「し、死にたいの!?」
「寝てばかりおるからだぞ?そこをいくとワシの乳は弾力が違うぞ?ほれほれ」
ぎゅうぎゅうと背中に自分の乳房を押し付けてくる夜智王、に紫の堪忍袋の緒がぶつり、と切れる。
「本当にぶっ、きゃぁ!」
怒気を顕にしようとした紫、その意識の隙を突いて湯帷子を夜智王はずるりと剥く。
ぼろり、と見事な双乳がこぼれ出る。
悲鳴をあげた紫が手を回すより早く、夜智王はその乳房を掴む。
「うぅむ、やはり生だと迫力が違うな」
「やぁ、あっ!…ふぁぁ」
いやらしく乳を揉みし抱いた夜智王の手技に、耐えきれず紫の口から色っぽい喘ぎが漏れる。
乳を掴んで、全体を捏ね回しながら、夜智王は紫のうなじに口をよせると、啄み始める。
「やめっ、やめて夜智王、そこは!」
「知っておるぞ、紫はここを愛撫されるのが好きだものな」
「やだっ!吸うな!痕がついちゃう!」
紫の制止を無視し、首の真後ろにキスマークを残す。
まるで所有印を付けられた様で、紫の顔が羞恥と屈辱で紅潮する。
しかし、身体は意思に反して、否応がなく夜智王の愛撫に反応し、快楽に溶けてゆく。
「なぁ紫」
「な、何よ!」
唐突に愛撫を止め、紫と向かいあった夜智王がやけに真剣な表情で紫を見詰める。
内心でドキリとしながらも、拘束を解かれた紫は、腕で胸をガードする。
いつの間にか湯帷子は剥ぎ取られていた。
「お主、大丈夫か?」
「何がよ!」
「疲れておらんか?体ではなくて…心がだぞ」
労るような、心配するような、聞いたこともない夜智王の声音に、どきりと紫の心臓が高鳴る。
「別に、何も…」
「嘘だな、普段のお主ならば、何があろうと、取引だろうと、鬼がおろうと、ワシに抱かれるのを承諾せん」
それこそ可愛い式を生贄にしてでも、紫は夜智王と交わるのを嫌がる。
「何が言いたいのよ・・・」
「お主がワシに抱かれることを承知するのは、何かあって、お主が誰かに甘えたい時、弱っている時だ」
「そんなのことないわ!たまたま、ちょっと欲求不満だったり!あんたがあんまり可哀想だからお情けで抱かれてやったのよ!」
はぁ、と夜智王は重い溜息を吐いた。
「なぁ紫・・・ワシはお主のことが心配なのだ。皆はお主をやれ妖怪の賢者だとか、境界を操る大妖と言うがな」
ワシはお主が案外に傷つきやすい心をもった、ただの少女の八雲紫だと知っておるよ。
まじめくさった声で夜智王はそう言い切った。
どくんどくんと紫の心臓が高鳴り始める、いったいこの蛇は何をいっているのか、理解できない、したくない。
「お主が冬眠するようになった時はな、結構真剣に焦ったぞ?代々の巫女殿が儚くなると、密かに落ち込むことは知っておったが、あれには参った」
「……」
「置いて逝かれるのは、生き汚く長く生きる者の宿命だがな・・・ワシはお主の心が壊れてしまうのを見るのは、嫌なのだ」
紫にも覚えがあった。
身は滅びずとも、長い生に耐えきれず心が死んでしまう妖怪も居る。
往々にしてそういう妖怪は強い力を持ってるものだ。
肉体的な要因で死ににくい、ということなのだが。精神までもが強くあるとは限らない。
力弱くとも、ふてぶてしく生きる妖怪も居るというのは、皮肉な話だ。
神代の昔から生きる夜智王、それも好んで他者と交わるこの蛇は、どれだけの死を看取って来たのだろうか。
「お主とは長い付き合いだ。お主を喪うのが嫌なのだよワシは」
「あ、あなたに心配されなくたって、平気よ」
うわずった声で紫は強がる。
その顔は、まるで愛の告白のようなことを言う夜智王の言に、真っ赤になっていた。
頬が異常に熱い。湯中りしたわけではない。
内心で紫は、必死に自分に「落ち着け、冷静になれ」と言い聞かせる。
「(蛇の策略よ、こうやって甘い言葉を吐いて、人を騙すんだかた!落ち着くのよ紫。なんだっけそうKOOLになるのよ!)」
「九尾を使うようになったり、幽々子と仲良くしているから、大丈夫だとは思うのだがな」
「そ、そうよ!だからにあんたに」
心配されなくても大丈夫よ!と続けようとし。
どこか寂しそうな表情を浮かべた夜智王に、紫は言葉が紡げなかった。
「だがな、二人にまるきり甘えることはできまい?」
「う…」
それはそうだ。
藍に対してふざけて甘えるフリはできても、あくまで紫が主人であり、対等の関係ではない。
幽々子はほぼ対等の友人である。やはり威厳も虚栄も捨て去って甘えたり、弱音を吐くことなど出来ない。
まして紫は彼女に負い目が有る。
「なぁ紫、だからワシの腕の中では意地を張らずに。ただの可愛い八雲紫でいておくれ」
「何を…ばかな…別に、私は」
「演技でも良いのだ、ワシを安心させてくれ」
「う…あ…」
だから夜智王と交わるのは嫌なのだ。
この蛇が本気で情交を要求するのは、だいたいこんな時だ。
前は幽々子が死んだ時だった、その前は月と戦争してコテンパンにされた時だっただろうか。
紫が参っている時ばかり。
今回は、この蛇が幻想郷に長くよりつかなくなって、五百年近く。その間、誰かに素の自分で寄りかかったことなど、あっただろうか?
先代の博霊の巫女が死んで、そう長い時が経った、とも言えない。
厭らしい、性悪な蛇め。
女が弱っている時に付け込むなんて最低。
そう内心で悪態を吐く。
だが、夜智王に抱かれて眠るあの安心感も。
我を忘れて快楽に狂うのも。
嫌ではないのだ。正気に帰った後、恐怖するほどの心地好さに身を委ねると、不安や痛みや悲しみが、僅かに和らぐのだ。
この蛇にかかれば、どんな妖婦もただの少女に帰ってしまう。だから、紫は夜智王に抱かれるのが大嫌いなのだ。
「いいわよ。怖がりでヘタレの貴方のために。うんと甘えてあげる、感謝しなさいよ」
声の震えを必死に隠しながら、傲慢に紫は言う。
そういうことにしておく。
「紫は優しいな」
「う…」
感謝を返すように、夜智王が紫の頬に口づけをする。
幼い恋人達がするような、何気ない接吻。
反射的に夜智王の唇が触れた所を手で押さえる、首まで肌を紅潮させる紫。
ばればれの強がりを、夜智王は黙って受け入れると、そっと紫を抱き、豊満な胸に顔を埋める。
ひゃぁ!と小さく悲鳴を上げながらも、上ずった声で紫は怒鳴る。
「あんたが、あ、甘えてどうするのよ!」
「紫の胸が魅力的すぎるにがいけない。ふかふかだぞ」
「どうせ、幽々子あたりにも同じこと言ったくせに…きゃ!」
ふてくされたような紫のセリフに対し、胸元、谷間辺りに、ちゅっと接吻する。
「幽々子には幽々子の、紫には紫の、それぞれの良さがあるぞ」
「胸に向かって喋るな!」
「すまんすまん……そろそろあがるか、湯中りしそうに真っ赤だぞ」
「これは……もうっ!」
羞恥と怒りを込めて、紫は思いきり夜智王を突き飛ばした。
ばっしゃーん、と派手な水音を立てて夜智王が水没してゆく。
脱兎のごとく逃げ出した紫は、脱衣所に駆け込み、バシンと扉を閉めると、乾いた布を纏いながら、ずるずると、扉にもたれながら崩れ落ち、ぺちんと尻餅をついてしまうのだった。
「あのスケベ蛇・・・ばか」
そんなことを言いながらも、この後の情事を考えると、紫は胸の高鳴りが押さえられないのだった。
後書き。
妖艶なゆかりんが書けなくて七転八倒したあげくいつもの調子に・・・(;;
もうそっち系はえーりんに託すか無いのか・・・
精進します。
あと前回忘れたんで、すっかり遅くなりましたが、あけましておめでとうございます。
本年もどうぞよしなに。
皆様にワンパターンと呆れられ無いように精進したい所存です。