「おっす香霖!元気か」
「こんにちわ霖乃助さん」
「二人揃ってとは珍しいね、また鍋とか言い出すんじゃないだろうね?」
戸を開け放ち、まっ先に魔理沙が店内に侵入し、店主に声をかける。
一歩遅れた霊夢も、ずいぶんと柔らかい声音で話し掛けた。
魔理沙は売り物の壷にひょいと乗ると、大きな帽子を取って膝に置く。
霊夢は勝手知ったる他人の家、といわんばかりに店の奥に侵入し、茶と煎餅を持って来る、店主に許可は得ていない。
その様子に店主、森近霖乃助は憮然とした表情を浮かべる。
「で、今日はなんだい?」
「商売の話よ・・・夜智王、例の物を」
「はいはい」
店内に入らず、入り口横の信楽焼の狸が気になったのかそれを突付いていた夜智王は、霊夢に呼ばれ店内に入る。
薄暗い店内を見回し、最後に店主を見る。
そんな夜智王を見た霖乃助が、突然立ち上がると、ぱくぱくと口を開き、ついで眼鏡を外し、よく拭くと、再度かけて夜智王を凝視する。
ほ、良い男だな、少々細いがそこがまた良い。そんなことを夜智王は考えている。
「霖乃助さん?」
「あ、いやすまない、知り合いに似ていたのでね・・・いらっしゃい」
「夜智王と言う。見ての通り蛇だよ。よしなにな店主殿、そのうちなんぞ売りに来るやもしれん」
「森近霖乃助です。どうぞ、ご贔屓に」
夜智王と霖乃助が挨拶を終えると、さっそく霊夢は商談に入った。
引き取りには応じた霖乃助だが、支払いを渋る、曰く「まずツケを返せ」
その言に夜智王が「そんなに困窮して」とそっと目頭を押さえると、霊夢は「ばかにして!」と憤慨する。
とまれ霊夢も譲らない、この本は面白いし、妖夢が昨日ここまで読んでいったから、続きを読みたくて必ず買いに来る、と力説する。
言わば即戦力だ。ここにおいてあるガラクタなのか商品なのか分からないものとは違うと。
カモにされそうな妖夢が可哀想なので、一言口を挟もうとした夜智王だったが。
たしか妖夢はまともに給金を貰っていないと言っていた。
ならばここでワシが買ってやれば・・・にぃと口の端が釣りあがる。
魔理沙が「なんかやらしーこと考えてる顔だぜ」と思わず震えるような、いやらしい顔だった。
「何か言ったか?魔理沙」
「いや。大分寒くなったな、と思ってよ。香霖、ストーブはつけないのか?」
「まだ早い。それに燃料がまだ調達できてないんだ」
「紫に頼めばいいじゃないか」
「・・・あまり彼女には頼みたくないんだ、そもそも頼みようも無いし」
「スキマなら簡単に召喚する方法があるぞ」
え?と三人が怪訝な顔をする。
「巫女殿ちょいとこちらへ来てくれるか?」
「何よ」
そう言いつつ、霊夢が夜智王の前に立つ。
その可憐な顎を、ごく自然にくいと持ち上げた夜智王の顔がすっと霊夢の顔に重なる。
寸前。
「ほれ来た」
両者の唇の間を怒りに震える白い繊手が阻む。
紫の腕だ。
ぬるりとスキマから全身を出した紫がこめかみをピクピクさせて夜智王を睨む。
「夜智王・・・あなた死にたいの?」
「過保護よのスキマ」
ドロドロと黒いオーラを放つ紫をからかう夜智王。
一方で霊夢はいきなりキスをされそうになったので、顔が真っ赤に染まっている。
ドクンドクンと心臓の音がうるさい。
「どういう仕組みなんだ?」
「それはな魔理沙――おいスキマ、やめよ痛い痛い!」
夜智王を絞め殺さんとばかりに締め上げてくる紫、密着した身体に当たる乳の感触が気持ちよい。
その事をからかうと、紫はぱっと身体を離し、扇子を振り上げる。
霖乃助が「外で!外で!頼む」と喚いたので、なんとか怒りを抑える。
「ストーブに灯油を頼むスキマ、代はワシにツケておけ」
「・・・霊夢に手を出したら一生スキマに幽閉してやるわ」
小声で物騒な事を言った紫は、ひょいと手を振り・・・それでストーブには灯油が補給されたらしい・・・来た時同様空間にスキマを作り消えた。
「はぁ・・・危なかった・・・彼女とはお知り合いですか?」
「ああ、旧知よ、もう千年は口説いているが、中々にヤラせてくれんイケズだ」
「このぉ・・・エロ蛇!」
「ぐはっ!」
ようやく正気に返った霊夢の一撃が夜智王の腹部を強襲した。
代金を霖乃助から受け取った霊夢は、怒ったまま香霖堂を出て行った。
さっそく買い出しらしい。
「大丈夫か?夜智王」
悶絶する夜智王に魔理沙が声をかける。
「ま、なんとか・・・霊力の乗った良い一撃であった・・・げほっ」
「そっか、香霖。ストーブつけようぜ。お前顔色悪いぜ?」
何とか持ち直した夜智王は、先刻から魔理沙の声音に混じる甘さに。
「店主に懸想しておるな」と勝手に納得する。
ただ異性として意識しているのは確かだ、身内への甘えのようなものも感じる。
とまれ可愛らしい魔理沙にニヤニヤする。もうこの娘を抱こうなどという気は失せていた。
「季節の変わり目で、ちょっと風邪気味なだけさ」
薄暗い店内だから分かりにくいが、霖乃助の表情は確かに青白い。
「ね、熱を見てやろうか!!」
どもりながら、霖乃助に突進した魔理沙が、ごちんと額と額をあわせる。
まったく色気が足りない、殆ど頭突きではないか、と夜智王呆れる。
しかも恥ずかしいのだろう、魔理沙の方が熱を出したように真っ赤である。
「魔理沙、大げさだよ」
「そんなに熱はないみたいだけど、平熱でもないぜ」
「君の方が熱い気がするけど?」
夜智王はもうニヤニヤを隠すの必死だった。
この蛇、自分はもちろん、他人の色恋沙汰も大好きだった。
さぁてどう混乱させるべきか、どうやら店主の方は鈍感男らしいし・・・
懸想する男の病気、これは一大いべんとでは無いか。
恋する乙女としては、是が非でも男を病人にしたてあげて看病してやらねば。
妖しい笑みを浮かべる夜智王。
たまたま夜智王に視線を向けた霖乃助は、その妙な色っぽさに、カっ!と紅潮する。
「顔が赤いぜ・・・やっぱり、今日は臨時休業だぜ香霖」
「いや、これは・・・」
抵抗する霖乃助を引きずり、勝手に母屋に上がり、寝室へと連行してゆく。
夜智王も黙ってついてゆく。
やれ布団だ、水を汲んで来いと大騒ぎする魔理沙を、楽しげに眺める。
すっかり病人にされた霖乃助を世話をする魔理沙。年頃の少女らしく、実に愛らしく、実に生き生きしとしている。
諦めたのか、霖乃助は不気味な沈黙を続ける夜智王を気にしながら、布団に横たわる。
「薬は無いのか?一っ飛び永琳とこいってくるか」
「大袈裟だって」
「香霖は黙ってろ」
「はい…」
妙に力の篭った叱責に縮こまる霖乃助。
平静を装いながらも、夜智王は内心で笑いが止まらない。
「風邪薬ならワシが持っておるぞ」
ひょいと印籠を取りだした夜智王がそれを魔理沙に放る。
「なんだこれ…丸薬か?」
「ああ、良く効くぞ、ただ空きっ腹で飲むのはだめじゃな」
「おし、じゃぁ何か作るか」
腕まくりをする魔理沙、いや半そでなので“フリ”だが。
「いや昼はさっき食べたよ」
「だ、そうだ」
密かに舌打ちする様子に夜智王はニヤニヤする。
ギロリと睨まれたがどこ吹く風である。
「とにかく飲むんだ、えっと水は……の、飲めないなら、く、口移しででで」
「何言ってるんだ魔理沙?君ほんとに大丈夫か?」
顔を白黒赤青と変化させる魔理沙に、霖之助の方が心配する始末であった。
「ほれ吸い飲み」
「あ、ありがとうございます…」
いつまでも薬の飲めないようなので、見かねた夜智王が横になったまま水を飲む容器を掘り出してもってくる。
妙に照れた様子で薬を飲む霖之助に、魔理沙の視線に穏やかでないものが混じる。
「眠くなる薬だ、二刻も寝て汗をかけば、すっかり良くなるだろうて」
「そうですか」
昨夜は考え事をしていたせいでで寝不足だったせいか、すぅと霖之助の意識は遠のいて言った。
どれ程眠っていたのか、はっと目が覚めると、魔理沙はおらず、夜智王が売り物の色とりどりの小さな四角で構成されたサイコロのような物。
つまりルービックキューブで遊んでいた。
「起きたか」
覚醒した霖乃助に、夜智王は声をかける。ついぞ色を揃えられなかったルービックキューブは諦めたのか床に置く。
「もう夜半だ、よく寝ておったな」
魔理沙が作った夕餉が有る、食え。と厨に向かった夜智王が、膳を運んでくる。
「これはまた、随分とキチンとした・・・」
「材料代はワシが出したからな、お陰で素寒貧だ、やれやれ酒でも買おうかと思っていたのに」
「後でお支払いしますよ」
「いらんいらん、野暮はなしだ」
それにワシも食うしな。と言い夜智王は碗を手に取る。
霖乃助が眠ってしまい、手持ち無沙汰になった魔理沙は、やれ掃除でもしようかと落ち着かない。
「病人が寝て居るのだから静かにしろ」と一喝した所、一時しゅんとしたが、直ぐに立ち直ると、外へ飛び出した。
しばしして魔理沙は医者に出してもらったという薬に、仕留めた野兎、茸、他食って旨い薬草の類を取ってきた。
次いで夜智王から金を借り、人里で買ってきた米、味噌などに、新鮮な野菜、魚を買ってくる。
香霖堂にはロクな食材が無かったのだ。
ろくな物を食べていないから病気になるのだ、と言い出し、夕餉の用意を始めたのだ。
「男冥利に尽きるな、霖之助」
「はは、魔理沙は妹のような物ですよ」
阿呆め、と夜智王は思った。
鈍感が悪いとは言わないが、行きすぎればそれは女子を泣かす。
そして女子を泣かす者は夜智王の敵だ。
紫あたりが聞けば「自分のことは棚にあげてなにを」と言うだろう。
ともあれ、夜智王は「少し懲らしめてやるか」と決める。
「ご馳走さまでした」
「お代わりは」
「それは朝にでも」
「そうか、よこせ下げておく」
そう言い膳を受け取り厨に下げにゆく。
「夜智王殿、よろしければ泊まって行かれますか?」
さして広い家ではない、少し声を張り上げれば十分に届く。
戻ってくる足音を聞きながら、霖之助は妙にドキドキしていることに気がつく。
古い記憶が疼く。
森近霖乃助は半人半妖である。
物心付いた時両親は存在せず、人にも妖怪にも受け入れられず、あちこちを彷徨っていた。
ある時、腹を空かせた人食いの妖怪に襲われ命を落しかけた、それを救ってくれた、美しい蛇妖の女性。
彼女に夜智王は良く似ている。
顔や体つきはもちろん違う、ただ纏う雰囲気がそっくりなのだ。
思えば、あの時助けてくれた美しい蛇妖が、霖之助の初恋だったのかもしれない。
その面影を残す夜智王に、霖之助は緊張しているのだ。
幻想郷に霖乃助を連れてきた後、その蛇妖は姿を消した。
人と妖怪が共存する幻想郷は、霖乃助にとっては外の世界よりも生き易い場所だった。
もう何百年前だったか・・・
「生憎酒は無いのですが……」
蛇妖らしく彼女も酒が好きだった、女の癖にぺろりと何合も呑んでしまう。
ついぞ名前は名乗らなかったので、霖乃助は勝手に「みずち様」と呼んでいた。
水蛇、その蛇妖が水を操ったからだった。
「気にするな」
「っ!」
帰ってきた女の声に、霖乃助は凍りつく。
戻って来たのは夜智王ではなかった。
霖之助の記憶の中で美化された「みずち様」がそこにいた。
ぞっとするような美貌の持ち主だった。
艶やかな黒髪。
病的なまでに白い肌。
官能的な肢体。
血のように紅い唇は、やや低めの美声を紡ぎ。
切れ長の紅い瞳と金色の虹彩は、どこか酷薄な印象を受ける。
「夜智王・・・殿?」
「いかにした?霖乃助殿」
「なぜ・・・女の姿に・・・」
「男の家に泊まるのだから当たり前でしょうに、一宿分のお礼をしないと」
そう言って夜智王は霖乃助に近寄る。。
霖乃助は本能的な恐怖に駆られ、後退する。
しかし狭い室内だ、すぐに壁に当たり追い詰められる。
「何をするのです!」
「何って・・・野暮な・・・」
男と女が一つ屋根の下ですることなど一つしかないわ。
そう言い、淫靡な笑みを浮かべた夜智王は、するすると衣服を脱いでいく。
真っ白な裸身が、闇に浮かび上がる。
豊かな乳房に視線がいってしまい、霖乃助は顔を紅潮させ目を瞑る。
「やめっ、服を着て下さい」
「女の方から言わせる気かえ?」
霖乃助に抱きつき、そのうるさい口を、夜智王は自分の唇で黙らせた。
後書き
魔理霖は俺の乙女心
じゃぁ寝取るなって話ですが・・・