「なんか悔しいわ」
夜智王の腕の中で幽々子が膨れた表情で言った。
情事の後、幽々子の柔らかく、亡霊の癖に暖かい肢体を堪能していた夜智王は、怪訝な声で聞き返した。
「何がだ?」
「貴方とはこれで三回目、今日こそは私が主導権を握るはずだったのよ」
「無理だな、色事の経験値が違いすぎる」
「・・・貴方じゃなければうまくいくのに」
確かに昔よりも幽々子は“上手く”なっていた。
まさか三回目で精を絞り取られるとは・・・夜智王としては少々悔しい。
「大方魂魄の家の者でも食ったのだろうが・・・一緒にされてもなぁ」
ぎくっ、という感じで幽々子は身体を固くする。
「それもその者に好いた相手ができて、そろそろヤろう、という段階になって童貞で悩んでいる所を誘ったのだろう」
私が教えてあげる、とか言って。
女の様な声音で夜智王が言うと、幽々子がまた身体を固くする。
図星らしい。
「童貞坊主ならお主の身体ならどうとでもできるだろうよ」
幽々子の豊満な乳房をつつきながら。
一緒にされてもな、と夜智王は意地悪く幽々子をからかう。
「う゛ぅぅぅ」
「ふふっ、では次は幽々子の好きにさせてやろう。スキマが冬眠したら遊びにくる」
約束と言わんばかりに幽々子のオデコに接吻をする夜智王。
親友に内緒の情事、なんだか背徳的なモノを感じた幽々子の背筋がぞくっと震える。
いけないこれは夜智王の策略だ。
分かっていながらも、夜智王の腕の中の心地よさに、眠くなってくる。
「ばか・・・」
「またそれか」
なぜに罵られねばならないのか、夜智王はぼやくのだった。
「精が出るの」
「夜智王殿」
庭木の手入れを行なっていた妖夢に、夜智王が声を掛けた。
時刻はすでに朝と呼ぶには遅い時間である。
当の昔に起き出し、剣の鍛錬や朝食を済ました妖夢と異なり、夜智王は今ようやく起きたようだった。
寝起きらしい、どこか気だるい雰囲気をかもし出していた。
まさか一晩中、自分の女主人と一緒だった、などとは夢にも思わぬ妖夢は、そう勘違いした。
「もう呑まれるのですか・・・」
「妖夢も呑むか?」
夜智王の傍らには酒器が一式揃えられ、肴も整えられていた。
遅い時間とは言え朝っぱらからである、見た感じ二日酔いの迎い酒という感じでもない。
蛇妖だと聞いたが、本当にウワバミらしい。
「いえ」
「ならば酌をしてくれんかの」
手酌も良いがどうせなら可愛い女子が酌をしてくれたほうが酒も旨い。
可愛いという言葉に、妖夢は顔を紅くさせる。
面と向かって可愛いなどと異性に言われたことなど無いからだ。
あっさりと夜智王の口車に乗った妖夢だが、靴を脱ぎ縁側に上がると、夜智王から少し離れた所にちょこんと正座する。
尻一つ分の距離、警戒しているようだった。
夜智王の持つ杯に零さぬ様、慎重に酒を満たす。
礼を口にした夜智王は、杯を傾け、まず半分ほどを口に含む。
ゆっくりと味わうように嚥下する。
ただ酒を呑んでいるだけなのだが、初心な妖夢には、酷く妖艶に見えた。
「うむ、やはり旨いな」
「・・・味は一緒のはずですが」
「美少女に注いでもらった方が旨いに決まっておろう」
「びっ・・・」
わたわたする妖夢を見て、これは幽々子が心配するのも仕方ないかと、自分でやれ可愛い、美少女と言って置いて、夜智王は内心で苦く笑う。
残り半分を飲み干し、杯を空にする。
肴に出された漬物をひょいと口に放り込み咀嚼する。よく漬かったぬか漬けで、実に旨い。
恐る恐る空の杯に酒を注ぐ妖夢。
「妖夢も食べて良いのだぞ、良い漬かり具合だ」
「いえ、いいです・・・」
「さよか?」
冬枯れを迎えつつある庭園を眺めて、夜智王はゆっくりと杯を重ねる。
「残念です」
「何がだ?」
「もう少し早い季節でしたら紅葉が見ごろでした」
「何もう暫しすれば雪で見事に化粧されるであろ」
そうしたらまたただ酒を呑みに来る。
そういって夜智王は笑う。
「昨晩のことは・・・」
「それは忘れろといったろう?ま、世の中にはワシの様に切った張ったには滅法強い妖もおる、気をつけることだ」
「昨日は・・・神社で、外の世界の小説を読んだせいで・・・つい」
つい、で切り殺されては堪らんな。
カラカラと蛇が笑う。妖夢はしゅるしゅるとしぼんでゆく。
「ワシも茨木のマネをするハメになるとはおもわなんだ、良い経験であったよ」
「・・・恐縮です、もしかしてお知り合いなのですか?」
「ああ、茨木童子とは旧知よ、鬼は伊吹童子を除いて幻想郷から去ったというが、今頃どうしているのか」
鬼と呑む酒は楽しいのだがなぁ、ま、もっとも茨木は鬼には珍しく少々理屈っぽく堅苦しい奴だがな。
そう言って昔を懐かしむように、遠い目をしながら、夜智王は再度杯を傾ける。
妖夢は、一滴も飲んでいなのに、まるで酔ったかのような、ふわふわした感覚を覚えていた。
「とまれ、剣の奥義は鞘のなんとか、と言うだろう。そこを目指して励むことだな」
「・・・はい」
別に抱かずとも、苦い初恋を経験すれば、この少女も一歩大人の階段を登るだろう。
今頃は自室で寝こけている幽々子にはああ言ったが、一晩の礼に応えてやるか。
そんな妖夢にしてみれば非常に酷いことを考えつつも、それをおくびにも出さず、夜智王は杯を傾ける。
「これでおしまいです」
「名残を惜しむ酒もまた格別よの」
くい、と半分だけ呑み、残りをすいと妖夢に差し出す。
「夜智王殿?」
「固い固い、普通に呼べ」
呼び捨てでも構わんぞ。そう言いいながら、妖夢に呑むように勧める。
お近づきの徴にな。と妖しい笑みを浮かべながら。
「はぁ・・では」
半分くらいなら、そう思ったのか、受け取った杯を飲み干す。
何時も呑んでる酒と同じはずなのに、妙に甘く、旨い。そんな気がする。
あ、間接キスだ、と気が付き、さらに顔が赤くなる、
「・・・今日はこの後どうされるのですか?夜智王さん」
誤魔化すように、妖夢は切り出した。
ばればれなのだが、とりあえず夜智王は乗ってやる。
「とりあえず博麗神社に出向いて巫女に挨拶をせんとな。その後はねぐらを確保する」
まさかこの先ずっと女の所を泊まり歩くわけにもいかんし。
艶っぽい言い草に、妖夢の顔が真っ赤になる。
「い、いやらしいのはいけないと思います!」
「そりゃ無理だ、蛇妖とは好色な物だからな」
カカカと笑う。
「妖夢も性悪の蛇に気をつけよ?」
「半人前だって馬鹿にしてますか?」
「ワシに惚れるなよと言っておるのさ、火遊びならば幾らでも付き合ってやるがな」
「・・・えっち」
可愛らしい言い草に夜智王はからからと笑う。
その様子を、遠目にじとぉっと幽々子が見ていた。
あの性悪蛇・・・という感じで。
白玉楼に暇を告げ、夜智王は妖夢に言ったように博麗神社へと向かっていた。
既に時刻は昼である。
あまり見通しの良くない獣道をてれてれと歩く。
「ちっとは整備せんと人には辛かろうに」
昔はもう少し整備された参道だったはずだが。
それだけここも平和ということなのか。
妖怪退治、異変解決の専門家である博麗の巫女の下に、人が頻繁に向かわない程度には。
「それではちと緊張感が足らんなぁ、のスキマ」
「コロス・・・コロス・・・」
夜智王のやや後に、紫が開いたスキマが着いて来る。
そこからは際限なくぶつぶつと呪いの言葉が吐き出されていた。
幽々子との情事がばれているらしく、紫の怨嗟の視線は、そろそろ光線と化して夜智王を焼きそうだった。
「・・・やれやれ。お主も混ざってするか?三人で、ワシは一向に構わんぞ」
寧ろ大歓迎だ。
「さん・・・にん・・・ですって?」
ぱかりとスキマが閉じた、審議に入ったらしい、どうやら案外魅力的な提案だったようだ。
そんなに好きならば堂々と言えばよかろうに、案外紫も晩生だな。
と本人に聞かれたらぎったんぎたんにされそうなことを考える夜智王。
そうこうしているうちに獣道を抜け、朱塗りの鳥居が見えてくる。
鳥居をくぐり、手と口を清め、参堂の端を歩いて社殿に参る。
昨日用立てた賽銭を奉納し、二拝二拍手一拝、会釈し退く。
おおよそ完璧な作法で参拝を済ます。
さて巫女殿に挨拶を、と思った瞬間。
脇が無い、可愛らしい紅白の巫女服を着た少女が飛んできた。
比喩ではなく本当に“飛んで”きた。
「あなた!いま賽銭を入れたわね!」
「・・・まぁ入れたが」
「妖怪のくせに見所があるわね!」
・・・さてどうしたものか。
早苗もだったが、当世の巫女服は脇が無いのが流行らしい。
もう冬も近いのに寒くないのだろうか。と色々見当違いを炸裂させる。
同時に・・・残念。と早苗に比べると薄い胸にちらりと視線をやる。
「お札!?あなたお札で入れたわね!返さないわよ!」
「・・・巫女殿。もしかしてとは思うが、滅多に賽銭が入らんのか?」
「べべべべべべ別にそんなことは無いわよ!」
ああ、無いのか。
まぁあの参道ではな・・・
行きも帰りも怖いでは・・・なぁ。
「ワシは夜智王。一昨日幻想郷に出戻った蛇妖じゃよ、よしなにな巫女殿」
「ああ、あなたが紫の言っていたエロ蛇さん?私は霊夢、博麗霊夢よ。紫ってば嘘つきね、随分と礼儀正しいじゃない」
賽銭も入れてくれたし。と巫女は言う。
色々と可哀想な巫女に、内心でほろりとする夜智王。
たまに賽銭入れに来てやろうと決める。
「そのスキマにせっつかれて異変を起こすやもしれんが、その時はお手柔らかにな巫女殿」
「当分はいいわよ!こないだも神社が倒壊するような異変起きたばかりなんだから!」
それはスキマに言ってくれ、と夜智王は笑う。
あれに突付かれない限りは夜智王も平和に暮らしたい。
「あなたとは気が合いそうね・・・お茶でも飲んでく?」
「ご馳走になろうかの、茶請けもあるし」
「なぁに?漬物、いいわね」
白玉楼で土産に貰った漬物を見せると霊夢は嬉しそうにはしゃぐ。
巫女の住居部分に回り込むと、ガラリと障子戸が開いた。
誰か先客があったか、そう思った夜智王が視線を向ける、
そこにはキャミソールとドロワーズだけを纏った金髪の美少女が、寝ぼけた顔をしていた。
垣間見える部屋の中には寝乱れた寝具・・・そして枕が二つ。
「あ・・・」
カチンと霊夢が凍りつく。
「巫女殿・・・」
「ちちちちち違うのよ!昨日はちょっと遅くなったから泊めただけよ!」
「何故に同じ布団で・・・良いのだ巫女殿」
「ちが、あ、あなた何かエロイ勘違いをしてるわ!誤解よ」
声を張り上げる霊夢を、可哀想な子を見る視線で夜智王はふるふると首を振る。
「巫女殿とて人の子、むらむらするときもあるだろう。だが男を抱くわけにもいかぬしな・・・」
「違うっていってるでしょう!このエロ妖怪!」
「ぐぇ!」
霊夢の取り出した祓え串が夜智王の頭部を強襲した。
「いやー、ごめんごめん」
「やれ酷い目にあったの」
「あんたが悪いのよ夜智王、なんでもすぐエロイことに結びつけて・・・」
寝ぼけから冷めた金髪の美少女。魔法使いである霧雨魔理沙が慌てて止めに入るまで霊夢は夜智王を攻撃しつづけた。
図らずも弾幕ごっこ初体験となった夜智王だったが、なんとかことなきを得た。
まだ霊夢は怒っていたが、逆に随分と打ち解けたようにも見える。
「巫女殿は本当に赤貧なのだな」
「やかましい」
まさか寝具が一式しかないとは・・・しかもあれは薄い夏用の布団。
めっきり冷える季節になった、それはまぁ二人で身を寄せ合って寝るのも無理は無いだろう。
と、いうことにしておく。
「まぁなんだ・・・ワシの賽銭で質に入れた冬布団を取り戻してくれ」
「そうね、とりあえず夏布団を質に入れればしばらくは凌げそうだし」
美少女二人が共寝した布団だ、好事家ならもっと良い値になるだろうが、夜智王は黙っていた。
巫女の使った布団だ、ちと罰当たりである。
案外信心深いのか、この蛇、霊夢には妙に畏まった態度だし、いやらしいことは殆ど考えないし、口にもしない。
「蛇かぁ・・・昔、実家に鱗を売りに来る蛇妖が居たって話があったけど、あれお前か?」
「ああ、ワシだよ。やはり魔理沙は霧雨道具店の娘か」
「勘当されてるけどな」
そう言ってあっけらかんと魔理沙は笑う。
夜智王は惜しいな、と思った。
少々胸は薄いが美しい少女だ。
だが男前すぎて、夜智王の好みからは少々はずれていた。
「(いや、案外閨では淑やかになるやもしれんな・・・だが、このままというのも・・・案外悪くないか?)」
男の子を食うのは大好きなので、似た感覚でやれば楽しいかもしれない。
問題はこの少女・・・恐らくは生娘。めんどくさそうである。
「いたっ、なんじゃ巫女殿」
「なんか邪なものを感じたわ」
そんな漫才を繰り返しながら、三人は人里の南に広がる魔法の森へ向かっていた。
魔理沙は森の中にあるという家に帰るため。
霊夢は森の入り口にある道具屋に外の世界から流れたきた物品を売って生活費の足しにするため
夜智王も魔法の森に用事があるので、荷物持ちを買って出ていた。
「これが昨日妖夢に切りかかられた原因か・・・」
チャンバラ小説らしきタイトルに、げんなりとする夜智王。
「なんだ妖夢の奴、これに感化されて辻斬り復活かよ」
「ばかな娘よねぇ」
けたけたと笑う魔理沙と呆れる霊夢。
まさか胴を両断された、とは言えない夜智王は微妙な笑みを浮かべる。
「お、見えてきたぜ」
なにやら雑多な物品にまみれた一軒家が見えて来た。
外界の物品も扱っているという古道具屋。
香霖堂であった。