第六十二話 麻帆良祭の結末
現実世界での時刻は三日目の午前八時頃。
一夜をエヴァンジェリンの別荘で明かしたネギ達は、手すりのない空中桟橋の先。
別荘の出入り口となる魔法陣前で、ムドと向き合っていた。
ムドは他に自分の従者を連れておらず、正真正銘一人であった。
そのムドへとネギはまるでライバル視するような鋭い視線を向けている。
「ムド、僕ちゃんと考えて決めたよ。僕は超さんを止める側に回る。だけどムドやフェイト君には協力しない」
「そうですか。兄さんがちゃんと考えて決めたのなら、僕は何も言いません」
協力しないと言われても、残念がりもしないムドを見てネギは少なからず唇を噛んでいた。
そうであろう事は、分かってはいたのに。
ムドはもう、兄弟であるネギに対してそれ程興味がないのだ。
それは武道会で自立し合おうと言われた事からも明白であった。
さりとてこうして呼び出せば来てくれるし、昨晩も自分で考えろと助言してくれた。
正直なところ、触れそうで触れられないその距離感が少し寂しくも感じる。
「僕も理由は言わない。僕が、超さんを止めてみせる」
自分の生徒であると言わなかったのは、恐らく寂しさの裏返しであろう。
僕がという点含まれた意味を汲み取って欲しかったが、後ろに控えていた木乃香に止められた。
「ネギ君、それ以上はあかんて。ほな、明日菜の事をよろしくなムド君」
「別荘の中で会えなかったけど、振られても気にするなって言っておいて」
「わ、私は別に明日菜さんが落ち込んでいようと良い気味ですけれど……うっ、元気のないお猿さんは見ていても詰まりませんわとお伝えください」
「ふふ、素直でないでござるな」
ハルナもあやかも言葉の中に異なるとげがあるが、明日菜を心配しているのは本当だ。
「伝えておきます。木乃香さん達が、とても明日菜の事を心配していたと」
「ムド先生、私は!」
「はいはい、ツンデレ乙。ネギ君、そろそろ行っちゃおうか」
ムドの言葉に興奮したあやかをハルナがはがい締めにして止める。
そして早くと急かされてその手の平を空へと掲げた。
「開門」
魔法陣の中で唱えられたキーワードにより、別荘から外へと連なる扉が開かれた。
目には見えないが、時間の流れが異なる扉へと光の柱が繋がっていく。
その光の柱に消え入りそうな中で、ネギは魔法陣から一歩下がっていたムドを見やった。
特に親しくもない相手に向けるような程々の笑みを浮かべ、手を振る木乃香らに応えている。
自立した以上、お互いの行動にすら深い興味を抱かない。
そんなムドの態度に耐えられず、ネギは木乃香に止められていた事も忘れ叫んだ。
「ムド、僕……負けないから!」
その言葉がちゃんとムドに届いたかどうかは不明である。
ネギ達はそのまま光に包まれて別荘の外へと、転送されていく。
視界の全てが白く染まった先には、満月の夜が待っているはずであった。
エヴァンジェリンのアーティファクト、零の世界の事だ。
別荘内に立ち入った場合、外から無防備となる為、零の世界に別荘を移して使用していた。
だというのに、ネギ達が別荘から飛び出した時、そこはエヴァンジェリンの家の地下であった。
「あれ? なんで……」
「なんでもいいじゃん。どうする? なんでもやるよ?」
「ちょっと待つです、パル。それからネギ先生も」
無防備な別荘を前にネギが首をかしげ、ハルナが意気揚々と声を上げる。
対照的な反応の二人に加え、木乃香達も含めて夕映が待ったをかけた。
「ネギ先生、一晩考えましたが。やはり、これは間違った選択だと思います。昨晩の議論を蒸し返すようですが」
「なに、なんでさ。超りんは今や、未来からやって来た侵略者。これをネギ君が倒さず誰が」
「パル、ふざけないでください!」
夕映が声を荒げ、怯んだパルの口を後ろから楓が閉ざす。
「事は個人的感情を無視しなければならない状態です。魔法を世に明かそうとする超さんを止める、この選択に間違いではないです。一個人が世界を管理しようなどと、夢物語に過ぎません」
「夕映さんの仰る通りです。つまり、ネギ先生はムド先生と協力しあうべきだと主張なさっているのですね?」
「はいです。ネギ先生がムド先生と競おうと考える以上、このことは高畑先生等には秘密にしなければなりません。つまり学園の協力なしに、超さんを捕まえなければならない。これは大きなデメリットです。むしろメリットが存在しません」
「分かっています。それを踏まえても、僕はムドと戦いたい」
やや興奮しているとはいえ夕映の理論的な言論を、ネギは感情論で一蹴した。
「もうムドは、お兄ちゃんである僕を必要としていません。けれど、まだ僕にはムドが必要なんです。これは多分、ムドにしかできない事なんです」
そんなネギの言葉を真に理解できる者は、一人とていない。
木乃香達は全員女の子であり、姉妹すら居ない者ばかりだ。
ネギがムドに向ける感情は、想像でしか補えなかった。
その想像も戦人である古と楓、妄想が日常のハルナぐらいしかできないでいた。
「ネギ坊主の不幸は、好敵手がいなかった事でござる。そして先日、あの悪魔の事件で見つけてしまった。生い立ちのハンデはあれど、競いたいと思っても不思議ではござらん」
「ムド先生の武道会での戦いは、病弱な割りに見事だったアル。ネギ坊主の目に狂いはなかった。私もちょっと戦ってみたいアル」
「天才は孤独が定番だからね。幼馴染の女の子も優しいお姉ちゃんも取られて、あとはムド君本人しかないじゃん。理解してやろうよ、夕映」
納得とまではいかないが、ついに夕映も諭されてコクリと首を落とした。
ネギの従者である以上、元から認める以外に選択肢はなかった。
魔法という言葉に魅了されてはいても、根底にあるのはネギへの好意だ。
複数人の従者の大半が同じようにネギへと好意を見せる以上、意固地になれば出遅れる。
そんな考えが夕映の思考と正論を、少なからず歪めてしまっていた。
「では改めて、いかがなさいますか。ネギ先生?」
「超さんは午後まで動かないと言っていたので……午前中は何もできる事はありません。だから僕は、最終日の予定をやや早足で済ませてしまいます」
「じゃあ、一時解散? 行きたいイベントあるし、助かるけど」
「はい、十一時にもう一度ここに集合という事で」
ネギの取り決めに異論は出ず、一先ず解散となり、皆で地下室から出て行った。
解散を宣言し、エヴァンジェリン宅を出た後、ネギは一人杖に跨り空の上であった。
最終日であるこの日も、ネギの予定はぎっしり詰まっているのだ。
自分でもこんな時に暢気なとは思うが、約束は約束。
どんな小さな約束でも一つたがえれば、苦労する事になるのは自分である。
武道会でもムドとの約束を勝手に破棄した為に、今がまさにそうであった。
立派な魔法使いを目指すべき者が行うべきではない、誤った選択をしていた。
夕映に指摘されずとも気付いてはいたが、他にもう方法はないのだ。
「次がある保障もない。そもそもが独りよがりだとしても」
後ろ向きな考えは、今だけは首を振って払う。
目指す先は、演劇部が公演を行う特設ステージである。
夏美がそこで真夏の世の夢の妖精役をする予定であった。
その後もザジのサーカスや鳴滝姉妹のさんぽ部の催し物と忙しい。
改めて予定を頭に浮かべ杖を操っていたネギは、ふとある事に気がついた。
「静かだ……」
空の上で右を見ても左を見ても、ネギ以外に人の姿は見つからない。
ある意味当然とも言えるが、それが麻帆良祭の最中であれば別だ。
航空部の飛行機も、宣伝用のバルーンや気球、飛行船の類が何も飛んでいなかった。
あの雨の様に降り注ぐ紙吹雪も何処へやら、済んだ空の青だけが何処までも続いている。
湧き上がる違和感に誘われ、周囲を見渡して違和感は続く。
現在時刻は午前八時、麻帆良祭最終日ともなれば既に人がごった返していてもおかしくはない。
「なんだろう。嫌な予感がする」
適当な建物の屋根に降り立ち、飛び降りる。
無人というわけではなく、ちらほらと人影はいる事はいた。
麻帆良女子中の生徒らしき女子生徒も、明るい笑顔を振り撒きながら歩いている。
平穏な光景、なのに湧き上がる違和感と嫌な予感は留まるところを知らなかった。
「なに、なにが起こってるの?」
焦燥感を胸に、演劇が行われるであろう特設ステージへと走る。
そこでは大勢の観客が特設ステージを前に、演劇が始まるのを今か今かと待ち構えているはず。
だが実際の光景は違った。
観客はおろか、特設ステージでさえそこには見当たらない。
「え?」
時間を確認しようと取り出したカシオペアは、その針が止まってしまっていた。
少々の疑問はさておき、遠くの校舎にかかる時計を見やり八時を確認する。
それから改めて麻帆良祭のマップを手に場所を確認してから、周囲を見渡した。
体操服を着て列を成し、声を掛け合いながらランニングする女子生徒。
数人の集団ごとにわかれ、制服姿で鞄を手に持ちわいわいと何処かへ向けて歩いていく。
まるでこれから授業があるとでもいうように、皆が一様に同じ場所を目指している。
いや、皆が笑顔の中で幾人か暗い表情の者や怪我を負った者が目立っているようにも思えた。
「あっ、ネギ君!」
「夏美さん?」
聞き覚えのある声に振り返れば、開演前のはずの夏美がまだ制服姿でいた。
手には周りと同じく学校指定の鞄が握られている。
その夏美が周囲を見渡してから、物陰の多い路地裏へとネギを引っ張っていった。
「もう、一体何処へ行ってたの? あれからムド君はどうなったの? 超さんは? 口止めされてるみたいで、明日菜達も教えてくれないの」
「な、なんで夏美さんが超さんの事を? ムドから聞いたんですか?」
「なに言ってるの、ネギ君。最終日は本当に凄くて、魔法がバレちゃうんじゃないかって本当にドキドキしたんだから」
「待ってください、なんの話ですか? 今日が最終日で、僕はこれから超さんと」
大人しい夏美らしくない剣幕に慌てながら、ネギはお互いが噛み合っていない事を感じた。
夏美の方もそう感じたのか、矢次の質問を一時押さえ説明した。
「最終日に超さんと作成したロボットとか、京都で見た鬼神みたいなのが大暴れしたの。抵抗した人はどんどん倒されちゃって」
「まさか、超さんの作戦が上手く、魔法が世界に!」
「ムド君とね、そのお友達が超さんを捕まえて大作映画の撮影だって誤魔化してくれたの」
ほっとするべきか、悔やむべきか。
そこでようやくネギも噛み合わなかった本当の原因に思い当たった。
「夏美、さん……今日は一体、何日なんですか?」
「六月三十日だけど……」
「麻帆良祭は二十日から二十二日まで……最終日から、一週間。すみません、夏美さん。後で全て話しますから!」
「あ、ネギ君!」
謎の焦燥感、夏美との噛み合わぬ会話。
それら全ての答えを得たネギは、居ても立ってもいられず走り出していた。
夏美はなんと言った。
抵抗した人がどんどん超か、もしくはその手下に排除されていったと。
それはつまり魔法先生や生徒が抵抗し、超の手に掛かったという事だ。
そして最も重要な点、それは魔法が世間に明かされたかどうかではない。
ムドとその友達であるフェイトが協力して、超を取り押さえたという点である。
禁を破るように何度も自問自答を繰り返して出したネギの答え。
危険を犯してまでムドと競り合い、超を捕まえるという選択が、何もできずに終わっていた。
正確に言うならば、何もできずにではない。
なにもさせてもらえず、気が付けばその大事な時間が未来へと消し飛ばされていた。
「まさか、まさか……」
スーツの中にある普段とは違う重み。
超から譲り受けたカシオペアにスーツの上から触れ、コレが原因かと悟る。
それ以外には考えられなかった。
最悪の答え、ムドと競うことすらできず、ネギがいない間にムドが全てを片付けた。
「違う、そうじゃない。違う、僕がムドと競いたかったのは」
ネギとムドの間には競い合えない何かがあるのか。
超が捕まえられたのなら魔法が世間に発覚する事はなく、ルールは守られた。
諦める事もほっとする事もできずに、とある事が脳裏に浮かぶ。
それを認めてしまったら、ネギはムドのライバルですらなくなってしまう。
「ネギ先生!」
自分でも何処へ向けて走っているのか分かっていないネギを、誰かが呼び止めた。
呼び止めたとは生温し、それは叱責に近い呼び声であった。
混乱するネギを立ち止めるには、むしろ好都合だったろうか。
ビクリと小さな体を震わせて立ち止り、ネギはその声がする方へと振り向いた。
「やはり彼女の言う通り、君は一足速く一週間後の今日に飛ばされたようだね」
「ガ、ガンドルフィーニ先生……」
ネギを探して走り回っていたのか、浅黒い肌の上には汗がびっしりと浮かんでいる。
その汗で滑り落ちる眼鏡を持ち上げた向こうの瞳は、ネギを睨みつけていた。
「あの時、君に超鈴音を任せたのは間違いだった。当の本人は、その超鈴音から渡されたタイムマシンで遊び惚け、むざむざとその罠に掛かった。同じく奇襲を受け、無力化された私達の台詞ではないが」
「じゃあ、やっぱり夏美さんの言う通りムドが……」
「そうだ。ムド先生がいなければ、どうなっていた事か。君には失望させられたよ、ネギ先生。君には立派な魔法使いになる資格はない!」
そう言葉をつきつけられた瞬間、ネギは認めざるを得なかった。
ムドがライバルから、ネギの何になってしまったのかを。
ネギがガンドルフィーニにより学園長室へと連れて行かれた時、従者である楓達も全員揃っていた。
そして見せられたのは、麻帆良祭最終日の映像であった。
超の作戦の実行時、どうして魔法先生と生徒が倒されてしまったのか。
武道会で見た田中というロボットや量産型茶々丸、果ては無名の鬼神まで投入された戦力。
加えて、強制的に未来へと転移させる銃弾の存在。
夏美の言う通り、最終日当日は超の手に掛かり、次々に魔法先生達が倒されていった。
その超をどのようにしてムドとフェイトが、取り押さえる事に成功したのか。
「ムド君はフェイト君にその身を委ね、自身を生贄に鬼神を再召喚。そして麻帆良学園そのものや、生徒のみならず一般人を人質に超君をおびき出した」
見せられた記録映像の中では従者達に守られ、ムドとフェイトが儀式に入っている。
成功すると同時に六体の鬼神のうちの一体がその手中に収められた。
「確かにこの方法そのものには正義はない。ですが、彼は力のない身で。しかも我々が無力化され孤立無援の中、良くやりました」
高畑の説明に付け足すように、ネギを連れて来たガンドルフィーニが熱く語る。
生贄にされムドが喋られない中で、代わりにフェイトが降伏命令を出した。
もちろん超はこれを突っぱねるが、次の瞬間には一体の鬼神が砲撃を行った。
その口から放たれた気の塊は、麻帆良の中心地を爆心地へと変える。
炎上、そして悲鳴。
それらが上がる中で一人の少女が暗躍しているのをネギ達は見逃さなかった。
「エヴァ殿でござるな。砲撃の着弾前に一般人は、零の世界に避難でござるか」
「むしろ爆心地に居なかった人の方が被害が大きいぐらいです」
飛び散る破片までは予測できなかったようで、少なからず被害はあったようだ。
ネギが見た暗い顔をしていた生徒は、その友達かまたは本人か。
超が態度をはっきりとさせず、フェイトが次弾を放とうとした。
そこで超もこれ以上はと、ついにその姿を現す。
続きはもう見るまでもないと、顔を伏せていたネギを前に高畑が映像を止めた。
「ムド君と本物のフェイト君、正式にメガロセンブリアから派遣されていた彼が超君の暴挙を止めてくれた。だが、ムド君は現在、秘密の地下牢に入ってもらっている」
「え、どうして……だって、止めたのはムドで」
「こうして学園長の机に座ってはいても、僕はまだ学園長見習いだからね。色々と、あるんだよ。事が終わった後でさえずる人達が」
「立派な魔法使いらしくないと、学園や生徒を人質にとった方法を批判する一派があるのだ。何もできなかった自分達を棚に上げてね」
疲れたような笑みで呟く高畑と、憤るガンドルフィーニが対照的であった。
ネギは組織の事は分からないが、ムドの方法に不満を持つ者はいるらしい。
ほんの少しだが、ネギもその顔をあげた。
ムドも完璧ではなかったと分かったからだ。
最後には超大作映画と誤魔化したらしいが、それにも限界はあるはず。
実際に街を破壊し、一般人に被害まで出てしまっているのだ。
頭の隅を過ぎった方法を実行するには、十分な大義名分なのではないか。
「それでムド先生は、今はどちらに? 不満を持つ方がいらっしゃるのでは、危険なのではありませんか?」
「その為、本人の同意を得てムド君には今、学園の秘密の地下牢に入ってもらっている。彼を守る為にも、不満を持つ者を押さえる為にも」
「全く、同じ魔法使いとして恥ずかしいしだいだ。魔法が世界に明かされる危機を防いだ彼をあのような場所に」
「まあまあ、ガンドルフィーニ先生おさえて。最も、ムド君はあの場所を気に入ったみたいですが。ネギ君、会ってみるかい?」
あやかの言葉でさらにガンドルフィーニが憤り、高畑が苦笑いする。
その心の内は、本当に頭が痛いというところだろう。
もはや既に事の大きさや大変さは学園長見習いである高畑の力量の外だ。
ならばここは本当の学園長に出張ってもらうのが筋だが、できない理由があった。
なにしろ、ムドに不満を持つ筆頭がその学園長なのである。
今ここで高畑がギブアップをしてしまえば、ムドは本国へ強制送還されかねない。
本国の使者であるフェイトがいる為、オコジョ化こそないだろうが。
本人の意思を無視したそのような処置を、高畑は避けたかったのだ。
「ネギ君、君も自分の無事を伝えて安心させてあげてくれないか」
「うん、分かったよタカミチ」
ネギが頷いたのを見て、高畑が執務机の脇にあった電話を手に取った。
高畑が案内人として選んだのは、エヴァから一応の罰を与えられている茶々丸であった。
校内にも関わらずメイド服姿で現れた茶々丸の案内で、ネギ達はとある教会へと案内された。
そこは関東魔法協会の本部がある場所である。
もちろん教会そのものからは三十階も地下にあり、件の牢はそこにあるらしい。
そこへの階段を降りながら、ネギは茶々丸へと尋ねた。
「茶々丸さん、ムドは牢屋みたいですけれど、超さんは?」
「超鈴音と龍宮さんは、フェイトさんの手により本国へ送還されました。ハカセは、私のメンテがありますので残留、五月さんは魔法に関する知識の消去となっています」
「そんな、皆ばらばらやん。卒業式どころか夏休みも前やのに!」
「厳しい処置でござるな。しかし事を考えれば、それも当然か」
茶々丸の説明に木乃香が悲鳴をあげ、楓が渋面を呟きながらも納得する。
魔法使いが決めた事ではあるが、魔法を世に明かす事は厳禁。
それを無視しようとした超達は、咎められても文句は言えない。
何しろ厳禁だと知っていて、分かっていて実行しようとしたのだ。
「お二人も突然の転校扱いですか? 随分と、三-Aも寂しくなってしまいますわね」
「超、お別れ一つ言えなかったアル……魔法世界は遠いアルか?」
「恐らく向こうでは犯罪者扱いですので、向こうに行けたとしても会う事は不可能でしょう」
二度と会えないという言葉に、誰しもがごくりと息を飲んでいた。
改めて、超が成そうとした事の大きさを再認識させられたからだ。
犯罪、その言葉が重くのしかかる中で平常心を保っていたのは夕映ぐらいであろうか。
「罪を犯せば、罰せられる。それは当然のルールです。そのルールを逸脱する者を放っておけば、世はたちまちに犯罪者の巣窟です。確かに会えないのは悲しい帰結ですが、当然の結果でもあります」
「もう、感傷が似合わないクールビューティーだね夕映。ちょっと体の凹凸が足りないけど、おっと」
「パル、以前から思ってましたが。真面目な場面であえてちゃかすそこだけは、私は一生をかけて修正してやるです」
「一生と来たか。こりゃあ、夕映共々にネギ君のベッドにインするしかなさそうじゃん?」
さらにぶんぶんと世界図絵を手に振り回され、危ういところでハルナが回避する。
ムキになった夕映はさておいて、笑っているのはハルナ一人であった。
ハルナも単におちゃらけただけではなく、この雰囲気を払拭したかったのだ。
ただやはりそう簡単にはいかなかったようである。
嫌な予感がするなと勘の良さをハルナが働かせる中で、ついに地下三十階へと辿り着いた。
「こちらです」
螺旋階段の終わりから再び茶々丸に案内され、ネギ達は辿り着いた。
魔力が一切遮断されてしまう堅牢な対魔法使い用の牢屋である。
その手前には警備の魔法先生と、武器等持ち込めないようチェック用の機器までもが用意されていた。
そこで簡単に用件を伝え、全ての道具類を預けてから扉の前に立った。
ちなみに茶々丸は道具扱いで、入り口の手前までである。
そして魔力封じ用の扉が開かれるのと同時に、雰囲気に反する賑やかな声が漏れてきた。
「あれ、また誰かからの差し入れ? あ、エヴァそれダウト」
「なに、貴様。私は嘘なんてついてないぞ。良いから見送れ!」
「はいはい、脅さないの。アーニャちゃん、私がエヴァちゃん捕まえている内に」
「はいはーい」
明日菜がエヴァンジェリンをはがい締めにしている間に、捨てられたトランプを捲り上げた。
ガックリとうな垂れるエヴァンジェリンを他所に、皆大笑いである。
そこはもはや、牢屋と呼べるような空間ではなかった。
重苦しい石の壁には明るい桃色の壁紙が張られ、足元はふかふかの絨毯である。
持ち込まれたベッドも天蓋付きの豪華なもので、ソファーやティーテーブル、果てにはテレビゲームまであった。
見る限り、監禁ではなく接待付きの軟禁に近い状況であるようだ。
「あ、お嬢様。ムド様、お嬢様やネギ先生達がいらっしゃいましたが」
「せっちゃん……あれ、皆捕まっとるって。持て成されとる?」
「ふふ、そんな鳩が豆鉄砲を食らったような顔をして。驚いちゃったかしら?」
「ここだけを見れば、地下牢だなんて思えませんからね。まあ、たいした用件でもないでしょう。私が対応しますから、皆は遊んでいてください」
一応捕らわれの身としては出歩けないので、ムドがネギ達を中へ招いた。
「お茶飲みますか? 差し入れには事欠かないので、普段飲めないような高いのもあります。気分が良いので奮発しますよ」
「ムド、元気そうだね」
「ええ、ここは一切の魔力が遮断されますから。私も魔力を周囲から取り込みようがないですからね。健康的な生活をむしろさせてもらっています」
「そう……」
牢の中に招かれながらも、ネギはその一歩が踏み出せないでいた。
自分達が捕らわれている意識もなく、修学旅行での一夜のように盛り上がっている。
麻帆良祭の終了と共に捕らわれたとして、既に一週間もここにいるというのにだ。
「ねえ、ムド。怪我人が出たって聞いたけど」
「三-Aは誰も怪我していませんよ。超さんは別ですけど。死者はなし。万事無事に全てを終えられました」
「でも超さんと龍宮隊長が本国に送還されたって。五月さんは記憶を消されて、それから」
「二人はそれだけの事をしちゃったのよ。それに五月ちゃんは、元々深く関わっていたわけじゃないから。彼女だけは何も変わらないわ」
「それに当日に居なかったくせに、今頃なに言ってんのよネギ」
ネカネの最もな言葉は容認できても、アーニャの言葉は別であった。
本人に悪気はなくとも、その言葉は深くネギの胸を貫いていた。
「だって、超さんの罠にかかって」
「掛かる方が間抜けなのだ。同じ罠をムドも仕掛けられたが、敵対者に貰ったタイムマシンなど危ないと早々に捨てていたぞ。負け犬の遠吠えだ、鬱陶しい」
「そんなエヴァちゃん言わんでも。せっちゃん、明日菜」
木乃香がネギを庇い、助けを求めるも望んだものは与えられはしなかった。
「超さんや龍宮さんは残念だけどさ。仕方ないじゃない、だって犯罪を犯しちゃったのよ? 庇いたいけど、それはやっちゃいけない事でしょ?」
「明日菜さんの言う通りです。私達は罪を犯すクラスメイトを捉えた。お嬢様は甘すぎます。こればかりは、私も譲れません」
「これこれ、喧嘩をしに来たのではござらんよ。ネギ坊主も木乃香殿も」
「皆さん、励ます必要がない程にお元気そうですわね」
何やら必要以上にショックを受けた様子の木乃香の方を楓が叩き、あやかが呆れるように呟いた。
せめてもう少し何故私達がとでも言ってくれれば対応のしようもありそうだが。
ムド達は誰一人として、後悔という言葉を胸に抱いた様子はみられなかった。
それはその時に存在し、精一杯やり遂げた者だけが手に入れられるものである。
ネギ達のように、先に倒されてしまった魔法先生達ですら口にできる事はないだろう。
「ムド先生の友達が超を連れて行ったらしいアルが、どうなるアルか?」
「そこは心配いりません。二人共、慈善事業への強制参加で済まさせられますから。特に超さんは望んで参加されるようでした」
古が最も気がかりだった点を尋ね、そこで聞くべき事は終わってしまった。
ムド達が現状に満足して楽しんでいる以上は、何も言うべき事がない。
改めてネギは、自分の完全敗北を察した。
あるいはそれよりも酷く、戦い競い合う以前に負けてしまっていたのだ。
意味のない空虚な言葉のやり取りをムドと行い、やがて二人の間には石の扉が降りた。
見張り場で杖や仮契約カードを返してもらい、茶々丸の案内を辞退して地上を目指す。
誰一人うな垂れるネギへと言葉を賭けられない。
やがて地上へと向かう階段の一歩目で、壁に手をついたネギはその手に妙な感触を得る。
「えっ?」
カチリと、止まっていたはずのカシオペアの針が動く音が聞こえた。
「ネギ先生、どうかされましたか?」
夕映の言葉に耳も貸さず、ネギは自分の手の平の下にあるモノを見た。
それはぼんやりと光る何かの根っこのようなものであった。
カシオペアをそれに近づけてみると、よりはっきりと学園祭当日のように時を刻み始める。
まだカシオペアが使えるかもしれない、そう思った時にはネギは駆け出していた。
「ネギ坊主!?」
「お待ちください、ネギ先生」
楓やあやか達の声でさえふりきり、ネギは一心に走り続けていた。
よりはっきりとカシオペアの針が動く場所を指針に、奥へ奥へと。
やがてその意味を、木乃香達も言われず知るところのものとなる。
奥に進むにつれ内装は古く、レンガの綻びも目に付くようになってきたからだ。
つまりは、まだ大発光の光を残す世界樹の根っこを見ることになった。
「ネギ先生、まさか駄目です!」
恐らくは世界樹の中心に最も近い場所。
そこへと知らず駆けるネギの手を、夕映が脅え震える手で止めた。
ネギがこれからしようとしている事は、それだけの暴挙であるからだ。
それを示すように、引き止めた夕映の手が乱暴に払われる。
「ネギ先生、貴方は今からでも麻帆良祭の最終日に戻るつもりですね?」
「でも、もうこれしか。ムドと戦える方法はないんです。こんな形でなんて、僕は……」
「しかし、それはムド先生も同じです。事の発端は、ネギ先生が武道会でお父さんを取り、ムド先生と戦う事を放棄したからであって。この方法は明らかな間違いです」
「夕映……夕映は、ネギ君が嫌いなん?」
まさかの木乃香の一言に、夕映が息を飲んだ。
「じ、従者になった当初とは違い……嫌いな人の従者を続ける程、愚かではないつもりです。ですが」
「なら、なんでネギ君の気持ちが分からへんの? ネギ君は、ムド君が憎いんや」
「え? 木乃香さん、なにを。どうして僕がムドを」
次にまさかと呟いたのは、擁護されたはずのネギであった。
「自分の体が弱い事を良い事に、ネギ君に勝手な試練を与えて、その挙句にもう良いと知らん振り。しかも、大事な家族であるネカネさんやアーニャちゃんも独り占めや」
「止め、止めてください。違う、僕はただムドと、ちゃんと決着を付けたくて」
「だって分かるもん。ウチも、ムド君にせっちゃんと明日菜を取られたから。特にせっちゃんはウチが一番やったのに、どんどん変わってもうた」
違うと言い張るネギを抱きしめ、逆にそう木乃香が言い聞かせた。
当初、ネギパーティとムドパーティに別れ模擬戦をした際も、刹那は敵方である木乃香を助けた事があった。
だがそれもしだいになくなり、木乃香の言葉を真っ向から切り捨てる事も増えた。
先程もムドを擁護し、逆に木乃香が甘いと苦言を口にする程に。
木乃香もネギに情愛を抱くからこそ、刹那がムドに情愛を抱いている事が分かる。
より深く、木乃香の考えが及ばないような場所にまでだ。
「ウチとネギ君は、麻帆良祭当日まで戻るえ。そこで戦う、ムド君達と」
「無意味です。むしろそれは悪行です。多少の犠牲はあれど、ムド先生が事を治めたというのに、それを蒸し返すのですか? 上手くいく保障など、返って悪くなる可能性もあるです!」
夕映の言葉を前にしても、木乃香は引かずネギも次第に認め始めていた。
母親に近い姉であるネカネは、ムドの従者であり味方である。
村の惨状を知る幼馴染のアーニャもまたムドの従者で、いずれは結婚もするだろう。
あの村の生き残りの中で、家族とも呼べる輪の中からネギだけがはじき出されていた。
「それでも、僕は戻ります。残りたければ、残ってください。強制はしません」
「なら、私は断然こっちだね」
皆が言葉に窮する中で、普段のお気楽調子で行動を起こしたのはハルナであった。
言葉の軽さを行動でも示すように、ひょいっとジャンプして夕映の隣に立つ。
「正直、私はどっちでも良いんだよね。魔法が世間にバレようがバレまいが、戻ろうが戻るまいが。魔法に関われば面白いネタになる。それだけだけどさ、そんな私でも選ぶべきものはある。それが親友」
「ハルナ、すみませんです。あう……」
「うりうり、なに泣いてんのよ。普段のあんたなら、当然ですの一言だろうに。ま、良いんじゃない。惚れたヒーローにはいはい頷くだけじゃ、良いヒロインにはなれないよ」
あまりにも個人的過ぎる意見だが、ハルナは何一つ臆する様子はなかった。
軽く言い放った言葉に込められた意味は重い。
元々、ネギに惚れて従者をやっていたわけではないところも大きいが。
ハルナの決断を見て、各々も覚悟を決めたようだ。
「私は、ネギ坊主につくアル。学園長室で映像を見た時、その場にいなかった事を悔いた。何より、親友を自分で止められない不甲斐なさに身を焦がしたアル」
「私もネギ先生につきますわ。詳しい事は言えませんが、手にできるはずの手を二度と放したくはありませんから。例えそれが誤りだとしても」
古とあやかは、それぞれの想いを胸にネギの側へと立った。
そして最後の一人は、楓である。
楓だけは常にネギ争奪戦でも一歩引いた場所におり、その真意は良く分からない。
忍としてネギを唯一の主と定めたわけでも、ネギを男として好いたわけでもなかった。
何時も皆を見守るようにしていた楓が選んだのは、
「ネギ坊主の事は拙者に任せておくでござる。絶対に無様な結果にならんように止めてみせるでござるよ」
そう言って夕映の頭を撫で、楓はネギと共に行く事を決断した。
誰を止めるかは、明言する事なく。
「夕映さん、それにハルナさん。今までありがとうございました。失礼します。行きましょう、木乃香さん。あやかさん達も」
「ほな、行ってくるわ。ウチが絶対にネギ君を勝たせてみせるから、楽しみにしとってな」
「この光が消えない内に急ぐアル。超を止めるためにも」
「ネギ先生、私は最後まで貴方について行きますわ」
世界樹の中心へと向かったネギ達を、ぽつんと残された夕映とハルナが見送る。
その夕映は好きな人を暴挙から止められなかった事を涙して、ハルナに慰められていた。
-後書き-
ども、えなりんです。
珍しく、ネギパオンリーのお話でした。
色々言われると思いますが、ネギの行動は普通だと思います。
気に入らない未来を変える為に、タイムマシンがある。
ドラえもんしかり、バックトゥーザフィチャーしかり。
ただし、ろくでなしと銘打つからには、もっとやらかします。
誰も幸せにならないもやもやエンド目指して。
今回、いい加減なパルが珍しく良い事言ったしやった。
いい加減でも締めるところ、締めれば良いと思います。
それでは次回は水曜です。
六十七話が最終話ですが、次回がラスエッチ回です。