第六十話 超軍団対ネギパ対完全なる世界
亜子がまどか達と参加した麻帆良ロックフェスティバルは、大成功であった。
素人バンドの集まりとはいえ、その盛り上がりは麻帆良武道会に劣らない。
開演の六時から八時までノンストップで観客は熱狂し、ムドも興奮して少し倒れかけたほどだ。
それにしても何組ものバンドが演奏を行う中で、亜子のベースがやはり一番上手く感じた。
ベースを始めてまだ一ヶ月と少しだが、始めた理由と練習の密度が違うからか。
舞台上での亜子は本当に楽しそうに円達と笑いあい、とても輝いて見えた。
「格好良かったわね、亜子。私もちょっと、音楽やってみたくなったわ。ただ、アレはまずかったわよね」
「そうねえ、私達も悪かったけれど。亜子ちゃん、途中から女の顔でとろとろの瞳をしてたわね。周りにいた男の子の何人かは、見惚れちゃってたわ」
アーニャとネカネの言う通り、ムドもそういった亜子に見惚れる男を目撃していた。
どうやら子宮一杯に精液を溜めての演奏は、忘我する程に良かったらしい。
演奏しながらメンバーに振り返る振りをしながら、亜子が軽く果てるのさえ分かった。
ネカネが予め前張りをしていなければ、どうなっていた事か。
もっとも、前張りをするような事をしなければ良かったという意見もあるのだが。
「それにしてもお腹空いちゃった。もう八時なのよね。全然、そんな気はしないけど」
「全然人が減る気配がありませんね。私は昨日は武道会の予選後に直ぐ帰ったので気付きませんでしたが、改めて麻帆良祭の規模を知らされます」
既に時刻は夜の八時を過ぎているにも関わらず、通りには人が溢れ帰っていた。
賑やかさは昼間と全く変わらず、変わったと言えば少し子供が減りカップルや家族連れが増えたぐらいか。
ムド達も家族連れの一団として、これから何処かのレストランで食事の予定であった。
本当は予約しておいたのだが、アーニャの加入で融通が利かず、断ってしまったのだ。
通りを歩きながら、何処もお客が満席のレストランを眺めては次を探す。
そんな時であった、高畑とデート中のはずの明日菜が現れたのは。
「あっ」
咸卦法で高く跳んでいたのか、空の上からムド達の目の前に降り立った。
大人しめの洋服で着飾り髪まで下ろしているのにも関わらず、その顔には涙が見えた。
余程の事があったのか鼻の辺りは真っ赤になり、鼻水まで垂れている。
明日菜もムド達に気付いて直ぐに顔を隠し、そのまま振り切るように走り出してしまう。
「あ、明日菜ちゃん待って!」
「なんで高畑さんと楽しく……ムド、追いかけましょう」
「私が行くと、明日菜さんも泣き辛いでしょうから。私は別途」
空腹を訴えるお腹の事情は後回しにして、ムドはネカネとアーニャの背中を押した。
行って下さいと二人を見送り、見上げたのは明日菜が跳んで来た方向であった。
高畑と何があったかは、容易に想像がつく。
むしろこうなる事は、明日菜もきちんと覚悟していたはずだ。
それで耐えられるかはまた別の話で、逃げてしまったのだろう。
ムドは胸に湧き上がるどうしようもない気持ちを抱えて、駆け出した。
「しかし、方角が分かっても高畑さんは何処に」
今頃の時間なら食事か、麻帆良が見渡せる見晴らしの良い場所。
キョロキョロと辺りを見渡し、ぜえぜえと息をつきながら走るムドは見つけた。
高畑をではなく、とある展望台の上の縁にて立つクウネルをだ。
ぼやけた視界での遠目だが、ピリピリと肌がクウネルという異質の存在を教えてくれている。
あのクウネルが何の意味もなくあんな場所で街を一望する理由はない。
走り回るムドが面白くて見ていた、という理由はあるかもしれないが。
辿り着くまで動かないでくれと願いつつ、ムドは必死にその場所を目指して走った。
階段を上り妙に人気の少ないその場所へ、汗だくになりながら辿り着き、高畑を見つけた。
クウネルと何事かを会話しながら、やや寂しげにタバコをふかしている。
「おやおや、ムド君ですか。モテますね、タカミチ君」
「え、ムド君? そうか、年齢詐称薬。明日菜君なら……」
「さっきそこですれ違いました。今頃は姉さんとアーニャが支えてますから、大丈夫です。まかり間違っても変な気は起こしません」
膝に手をつき息を整えながら、高畑にだからこそここに来た事を伝える。
だが改めてここへ来た理由を考えると、かなり格好悪い。
好きな女の子が憧れの人に振られ泣くのを目撃して勝手に憤慨し、殴りに来た。
確かにムドと明日菜の関係は友達以上恋人未満で、賭けの事もある。
賭けはやはりムドの勝ちで、わざわざ高畑に突っかかる理由も意味もない。
だがどんな理由があろうと、明日菜を泣かせた高畑に憤怒が湧き上がる事を止められなかった。
「タカミチ君、どうやらムド君は君と一手交えるつもりみたいですよ」
「えっ!?」
大きく息を吸い込み、ムドは前起きなく高畑へと向けて駆け出した。
本来は待ちのスタイルだが、待っていて高畑が向かってくるはずがない。
多少強引にでも、高畑をこの苛立ちのリングの中へと引きずり込む。
「待ってくれ、ムド君。明日菜君の気持ちは嬉しいが、やはり僕は」
「明日菜は振られると知っていて告白しましたよ。先日、高畑さんとしずなさんがカフェでご一緒するのを私と一緒に見かけたもので」
「違う、彼女とは何も。明日菜君の事とは無関係だ」
体ではなく頭で覚えて記憶に刻んだ掌打を、高畑の胸へと向けて打ち込む。
ポケットに手を突っ込む事もなく、余裕を持って後ろに跳ばれかわされる。
だがムドが相手だからか、それは余裕を見せすぎていた。
一歩、二歩そこから体を独楽のように回転させながら、高畑の背後へと回りこんだ。
まさかと驚愕の顔を浮かべた高畑の背中を強打する。
「ぐっ、そうか。エヴァの合気道を……」
「力こそありませんが技術だけでみればそこそこのものですよ。何しろ麻帆良武道会の準優勝者ですから。しかし、面白い事になりましたね」
「面白がらないでください、アル」
多少は痛んだのか、背伸びをして背骨を伸ばした高畑が改めてムドに向き合った。
「ムド君、改めて言うけど」
「高畑さんの気持ちを私がどうこう言うつもりはありません」
その高畑の言葉を遮り呟いたムドは、一度深呼吸をして自分を落ち着けた。
顔面ではなかったとはいえ、高畑を殴って少しすっきりしたというのもあった。
苛立ちこそまだあれ、ペコリと頭を下げて謝罪する。
「すみません、ちょっと頭に血が上ってました」
「おいおい、いきなり現れたと思ったら、僕を殴ってすっきりかい?」
「私としてはもう少し続けてもらっても構いませんよ。今のムド君なら、居合い拳ぐらいは避けられるでしょうし。試合という形ならば、意外と良い線いきますよ」
「もう直ぐ世界樹の発光も始まりますし、止めておきます。倒れたくはないので」
煽るクウネルの言葉は受け流し、ムドもちゃんと高畑に向き合って言った。
「高畑さん、以前に私に信頼の証として明日菜の過去を教えてくれましたね」
「そうだね、君には色々と不憫な思いをさせたからね。それに、穏やかな生活を望む君なら明日菜君を争いに巻き込まないと思ったのさ。難しかったみたいだけど」
「可能な限り、高畑さんの願いにはそうつもりです。だから、改めて高畑さんに言いに来ました。明日菜は私が幸せにします。貴方が守ってきた明日菜を、今後は私が守ります」
「それは普通、僕が殴る方なんじゃないかい?」
ムドの言葉は、まるでお嬢さんをくださいとその父親に言うような言葉であった。
高畑はそう感じたらしいが、もちろんムドはそのつもりで言ったのだ。
明日菜を振った事で高畑の役目は終わりを告げた。
今後はムドが明日菜を肉体的にも精神的にも支え、守っていく。
「ムド君、一発だ。君が明日菜君を守っていけるかどうか、僕に一度見せてくれるかい?」
「大部分は力で守るという意味ではないのですが、それで高畑さんの気が済むのであれば」
高畑が片手をポケットに仕舞い込み、ムドはそれに合わせて身構えた。
走ってきた影響でまだ熱は高く、視界は良い具合に歪んでいる。
ポケットの中で高畑の手がどのような形であるかさえ、分かりそうな気がした。
クウネルが楽しそうに見守る中で、終わらない紙吹雪が降り注ぐ。
その刹那、二人の間に舞い降りた髪吹雪の一切れが、何の前触れもなく塵となった。
高畑が得意とするところの居合い拳、目にも止まらない拳圧である。
その瞳には映る事さえないはずの拳圧に、ムドは確かに手を添えていた。
軌道に合わせて体をさばき、射線から移動して地を蹴り踏み込む。
(お、避けた。あっ……)
思わずといった感じで高畑が放とうとした第二射は放たれることはなかった。
高畑がなんとか踏み留まり、その間にムドが首元へと手刀を突きつけて止まる。
「凄いな、エヴァに習えって勧めたのは僕だけど。こんなに早く僕の居合い拳を避けられるようになるなんて」
「さすがに二発目は避けられませんでした。高畑さん、私の我が侭に付き合ってもらってありがとうございました。失礼します」
高畑から言い出した事だが、事前の事も含めて礼を言ってからムドは踵を返した。
これで心置きなく、明日菜を自分のモノにする事ができる。
何しろ保護者だった高畑から正式に、明日菜の事を託されたのだ。
前のように学園長が無茶をした侘びという意味で託されたのとは訳が違う。
もちろん、直ぐにどうこうというつもりはない。
少しぐらい時間は掛かっても、あの笑顔を自分一人に向けさせ独占する。
ただ今はまだ明日菜の前に現れるべきではないかと思い、足の進みが緩んだ。
「変に賭けを持ち出し納得されるより、徐々にでも。そうすると、私これからどうすれば」
「なら僕と一緒に、少し歩いてみるのはどうだい?」
まさかの声に、ムドは一瞬体をビクッとさせてしまった。
到着は明日と聞いていたのだが、何故今その人がここにいるのか。
染めた黒髪に伊達眼鏡、仮装用の魔法使いのローブを纏ったフェイトが後ろにいた。
そのフェイトが微笑を浮かべながら呟く。
「少し強くなったみたいだね。友人として誇りに思うよ。まさかあの高畑・T・タカミチの居合い拳を避けられるようになったなんて」
「フェイト君、み……見てたんだ。あはは、恥ずかしいです。あれは事前に知らされていたからであって。二発目は完全に反応できてなかったですし」
「謙遜する事はないよ。京都の件から一ヶ月、研鑚を積んだ君の実力さ」
「ありがとう、フェイト君。素直に嬉しいです。あ、ちょっと待っていてください」
先程の件を隠れて見ていたようで、賞賛される。
差し出された手を握り返し、その手の大きさに近いに気付いてムドは周囲を見渡した。
フェイトに断りを入れてから路地裏へと入り、年齢詐称薬の大人化をといて来る。
とはいっても、子供化する薬を飲んで効果を相殺しただけだが。
世界樹が最大魔力となる前に危うい行動だが、大人の自分と子供のフェイトでは釣り合いが取れない。
数十秒の事だがお待たせと言って隣に立ち、共に麻帆良祭の中を歩き出す。
「それで到着が早まったのは偶然ですか?」
「予定を早め、急いだというものあるよ。少しでも早く、現地の情報を得たかったからね」
「主犯は超鈴音。未来からタイムマシンでやって来た火星人です。どのようにという点は不明ですが、恐らくは明日にも魔法を明かそうと動きます」
ネギにタイムマシンを渡し、ムドにもこっそり渡したのはその為だ。
そしてムドの予想が正しければ、実行は明日。
世界樹が最も魔力を放出する時を狙ってだろう。
根拠は、世界樹の活性化を知る学園側が警備をより強化させている事である。
そんな時にわざわざ魔法を明かすような危険な行為を行うメリットはない。
つまりは強化された警備を前にしても、実行を強行しなければならない理由があるのだ。
ならば自然と、二十二年周期で活性化する世界樹を利用する事ぐらいは想像がつく。
超鈴音自身の事や、ムドの推察交じりの言葉を聞いてフェイトが一つ頷いた。
「色々、情報を集めてくれてありがとう。ただ、やはり自分で会ってみない事には分からない事もあるね」
「ええ、その段取りもつけてあります。会ってみますか?」
「君は僕の秘書か何かかい?」
フェイトの言葉にそうかもしれませんと笑みを浮かべながら、ムドは携帯電話を手に取った。
超に連絡をつけて指定された場所は、世界樹近くの建物の屋上であった。
そこには何故か超以外にもネギがいた。
どうも超の味方についた様子はなく、何やら揉めているようにもみえる。
そこで一旦、ムドとフェイトは近付くのを止めて、身を隠す事にした。
指定された建物の隣の屋上から、風に流れている会話に耳を傾けてみる。
「魔法の事を普通の人達にばらそうとしているって……でもまだ先生達から話を聞いただけです。超さん自身から話を聞くまで信じません」
「もしそれが本当ならどうするネ」
どうやらついにネギも超の企みを聞かされたらしい。
動揺を必死におさえてはいるが、握りこんだ手が小さく震えていた。
「本当なんですか?」
「事実ネ」
「なら理由を聞かせてください。世界規模の混乱が起きるのが目に見えている以上、相応の理由がなければ叩き潰します」
「理由は言えない……と言ったら?」
少々、雲行きが怪しくなり始めた。
正直なところ、これから超とフェイトが会談をするに辺りネギは邪魔だ。
武道会で約束を破られた感情は別にしても、ムドにはそう感じられた。
超とフェイトが世界単位でモノを見ているのに、ネギは超をまだ教え子の一人として見ている。
叩き潰すと言いながら、問答をしているのがその証拠。
更に言うならば他の魔法先生どころか、従者さえ連れずに来ている点もだ。
このままドンパチが始まってしまえば、まとまる話も纏まらなくなってしまう。
それともこちらに知らせずネギを同席させたのは、超の思惑か。
「私の答えは変わりません。例え相手が生徒であろうと叩き潰します」
「面白い、それでいこうカ」
いよいよ闘争が始まりそうな雰囲気を前に、ムドが止めようと身を乗り出そうとする。
それを止めたのは、フェイトであった。
彼女の実力を見極める良いチャンスだとても思ったのだろうか。
「私を止めてみるが良い、ネギ先生」
「そうさせてもらいます」
超とネギが互いに身構えた瞬間、ムドは胸が痛むのを感じた。
肌がざわつき、とてつもなく大きな魔力のうねりが生み出されていくのが分かった。
身動き一つしていないというのに汗が浮かび、体内の魔力が暴れ始めた。
瞬間的に見上げたのは、薄っすらと光を帯びていたはずの世界樹である。
その世界樹がまるで一つの魔力の塊であるかのように発光し、周囲に魔力を放ち始めた。
麻帆良祭が始まってもこれまで影響のなかったムドは、少し楽観的であった。
世界樹の魔力の影響がモロに体に現われ、一瞬意識が飛びかける。
フェイトがとっさに支えてくれなければ、倒れた拍子に気付かれていた事だろう。
「世界樹が!?」
「おーこれは素晴らしいネ。そろそろ最終日だしネ、二十二年に一度の大発光ヨ。そして……これで私を止める事は、かなり難しくなったネ」
それはどうだろうかと、乱れる息を押し隠しながらムドは思った。
やはり超の口ぶりからもその計画に世界樹は欠かせないようだ。
確かに難しいが、確実に止める手立てをもう一つムドは思いついた。
世界樹を破壊する事だ。
もしくは大発光が減衰する程度に、世界樹を弱らせるか。
そうすれば超の計画はご破算、その後は少し麻帆良都市が荒れたりする程度になる。
世界規模での混乱よりは随分とマシだ。
それにそんな時の為の認識障害の結界が麻帆良には張られている。
「ふ、ネギ坊主。現実が一つの物語だと仮定して、君は自分を正義の味方だと思うカネ? 自分の事を……悪者ではないかと思った事は?」
「僕は世の中を単純に善悪に分けて考えるのが嫌いです。ムドを苛め殺そうとしたのは立派な魔法使いを目指す魔法生徒だった。悪の魔法使いであるエヴァンジェリンさんも、聞く程には悪い人じゃなかった」
確かに当初ネギが力を欲したのは、六年前の悪夢を吹き飛ばす為であった。
だが魔法学校を卒業してからは違う。
特に地底図書館での一件以来、力を求めた理由は身近な人々を守る為。
そこに善悪の区別はなく、親しいか親しくないかの差があるだけであった。
「世に正義も悪もなく、ただ百の正義があるのみ……とまではいかないが。思いを通すのは、いつも力ある者のみ」
「その言葉、共感します。善に拘っても、悪に拘っても。結局必要なのは力ですから」
言葉の途中で、超の姿が忽然とネギを含め、ムドやフェイトの前から消えた。
次に現れたのは、ネギの真後ろであった。
「ならネギ坊主にとって、私はどちらかネ?」
遅れて超の存在に気付いたネギが、驚愕の表情を浮かべながら瞬動術で距離をとる。
一体何が起きたか分からない顔は、無表情に近いながらもフェイトも同様であった。
「魔法による扉じゃないね。本当に瞬間移動した」
「え、そう見えましたか?」
だが驚愕こそあれ、見えていた者もいた。
高熱の為に視界が遮られている今、ムドは感じたと言い換えても良いだろう。
「君は違うと?」
「はっきりとは分かりませんでしたが、消えて現れるまでの刹那に何か奇妙な移動を」
目ではなく、肌で感じただけなので言葉にする事は難しかった。
しかしながら、ムドには感覚的に超が現れる瞬間を感じられたのだ。
「今……どうやって」
ネギの魔法使いとしての強さは、魔法先生の中でも中盤ぐらいにはなっている。
もちろん、素質だけを見れば誰も及ばないぐらいだ。
そのネギを前にしても超が常に余裕を見せ、戦闘になる事さえいとわない言動の自信はそこにあるのだろう。
瞬間移動を見せられ、今のネギは完全に混乱しペースを握られていた。
下手をすれば口車に乗せられて、超の仲間に引きずり込まれるかもしれない。
超がこの場所を指定しながらネギを同席させたのは、それが狙いか。
「彼女の奥の手は拝見した。僕らも、参戦しようか」
「フェイト君、まがりなりにも彼女は麻帆良最強の頭脳。奥の手は別にあると考えるべきです。少なくとも私なら、奥の手を出す時はまた別の奥の手を用意します」
「君は本当に、良い秘書になれるよ。二ヶ月後、夏休みとかいうものに入った時は、明日菜姫だけでなく君の力も借りたいな」
「喜んで、フェイト君の役に立てるならなんでもするよ」
フェイトがふらふらのムドの腕を肩に回して跳んだ。
さも今しがたこの場所に現れた風を装いながら、隣の建物の屋上に降り立つ。
超とネギ、両者が結ぶ線とは別の点に立ち、三角形を形成するようにだ。
それはそのまま近い未来の勢力図となるかどうかは、この会談次第であった。
「おや、ようやくの到着ネ」
「ムド……それに、誰?」
「初めまして、ネギ君。僕が本物のフェイト・アーウェルンクスさ。京都では僕の偽者が悪さをしたらしいが許して欲しい」
「偽者? そっくりだけど確かに髪の色が、眼鏡も……偽者?」
まずは表で活動する為にネギにそう呟いてから、フェイトは改めて超に向き直った。
「やあ、君が超君だね。ムド君から、君の事は聞いているよ。早速だが、交渉に入りたい」
「ふむ、君もまた魔法世界の真実にたどり着いているとカ」
「魔法世界の真実? ムド、フェイト君は一体何者なの?」
「私の友達です」
何者かと聞かれたら、ムドは本当にそう答えるしかなかった。
フェイト自身には目的や信念があるが、友達とはいえほいほい喋って良い事でもない。
多少ムッとしたネギは放置し、事の成り行きは全てフェイトに任せる。
「根本的解決とまでは行かないが、きちんと別論は容易してある。だがそれも、君が魔法を世界に明かせば立ち行かなくなる」
「そこまでは、ムド先生から聞いたヨ。だが私は私の方法が最も混乱とリスクが少ないと、綿密な計画の上で算出したネ。私は魔法を世界に公表する」
方法があると聞かされただけでは、やはり納得してもらえないようだ。
「今後十数年の混乱に伴なって、それでも起こりうる政治的軍事的に致命的な不測の事態については、私が監視し調整する。その為の技術と財力は用意した」
「なる程、確かに一人の心正しい権力者が世界を牛耳れば、不正や歪み、不均衡を正す事は一時的にもできるだろう」
「そんな事は不可能」
「兄さん、口を挟まないで。フェイト君は一時的と言いました」
自分達の出る幕ではないと、ムドはネギの前に立って遮った。
一時的、その意味は超も少なからず理解したようだ。
「過去に例があるように戦争を止めるという大義の下、天下統一を果たした人間は少なからずいる。天下の狭さはあれどね。そして必ずその天下は崩される」
「人間の命は有限。確かに仮に私が全てを成し遂げ管理しても、私が死に意志を継ぐものが私欲に走らないとは限らない、そう私が死ねば」
「例えば不死の魔法使い、エヴァンジェリン・A・K・マクダウェルのように人外の体を手に入れてまで管理を続けるかい? それでも肉体より先に心が死ぬ事もある」
「ふふ、魔法世界の人間らしい考えネ。だが私の性質は、現実世界寄り。科学に魂を売った悪魔ヨ。自らを完全に機械化し、ガイノイドとして永遠の命を手に入れる覚悟はある」
そう既に、超は無からガイノイドである茶々丸を作り上げた。
魔法に頼った部分があるとはいえ、武道会にいた田中という完全機会制御タイプもある。
遠くない未来に、人をガイノイド化する技術を生み出してもおかしくはない。
もしくは、そのような技術さえも持っているか、目星をつけているのか。
茶々丸のように完全な人を目指さず、機械よりのガイノイド化であれば心が死ぬ心配もない。
機械は与えられた命令を遂行するのみで、限りなく永遠に人を管理するだろう。
「どうやら成否で君の計画を論破するのは難しいらしい。恐れ入った、賞賛に値するよ」
「お褒めに預かり光栄ネ。そう、論破できるとすれば効率性。私は世界全土、この現実世界も魔法世界も巻き込む。反面、貴方の計画は魔法世界のみ影響下にあるという事ネ?」
「もう少し、詳しく話そうか。ムド君、できればネギ君に席を外して貰えるかい?」
「ええ、分かりました。兄さん、私も席を外しますから行きましょう」
確かに今のネギが魔法世界の崩壊やフェイトの計画を知れば、妙な義憤に燃えかねない。
フェイトに勝つなど夢のまた夢だろうが、高畑等に相談されてはかなわない。
無用な犠牲が増える事は、フェイトも望まないだろう。
「僕はもう少しその話を聞きたい」
「兄さん我が侭を言わないで下さい。それにほら」
ネギを連れて行こうと手を握ったが、当然のように振り払われる。
駄々をこねないでとムドが指差してみせたのは、超であった。
「超さんからして、僕らは既に眼中にありません」
「くっ……」
アレだけネギを挑発してきていた超の瞳は、今はフェイトだけに注がれている。
眼中にない、それがショックだったのかネギの抵抗が一気に薄れていく。
もう一度ムドがネギの手を握ると、振り払われる事はなかった。
そのままこの場をフェイトに任せ、ムドは屋上から階段を降りて建物を降りていく。
夜の十二時を過ぎてもまだ賑やかさを失わない通りに出ると、そこで手を離した。
ネギの手はムドの手を離れると重力に従いだらんと垂れる。
表情は暗く、超に無視されたのが少し堪えているらしい。
「兄さん、仕方がないですよ。彼女やフェイト君とでは、私達とは視点が違います」
「違わないよ、超さんは僕の生徒で僕は彼女の先生で……やっぱりその考えは捨てられない」
「超さんは、計画の為に二年前に麻帆良にやってきた。そして恐らくは、その為に兄さんの生徒にもなった。全ては計画の為、それでも先生と生徒の間柄と言えますか?」
学園長の思惑もあったろうが、超は計画の為にネギのクラスへと入り込んだ。
超にとってネギは先生ではなく、計画の為のキーパーソンか何か。
悪い言い方をすれば、道具でしかない。
ムドの言葉でその事に思い至ったのか、ネギが唇をかみ締めていた。
「結局、超さんも皆と同じってこと。それは寂しいけど……超さんが魔法を世界に明かすというなら、僕がそれを止める」
「兄さん、結果的にそれで、兄さんのせいで十数億人が死滅するとしたらどうですか?」
何を言われたのか分からないというように、ネギがきょとんとした瞳で振り返る。
「あまり詳しい事は言えませんが、世界レベルの危機により超さんは未来からタイムマシンでやって来ました。純粋な義憤か身近な不幸を避ける為にかまでは分かりませんが」
「じゃあ、正しいのは超さんって事?」
「それを考え、決めるのは兄さんです。武道会で言いましたよね、お互いに自立しようって。私は自分で考え、既にフェイト君に協力するって決めてます」
最もそれは正義の為ではなく、単純に友達だからであるが。
それは一種の思考停止であるが、分かっていてムドはそう望んだ。
フェイトが自分や自分の従者をないがしろにすればちゃんと離反する。
そのボーダーラインだけを間違えなければ良い。
「兄さん、もう一度自分を振り返ってみてください。魔法が世間に明かされたら、父さんを探せなくなりますか? 立派な魔法使いになれなくなりますか? そもそも何故、魔法を世間に明かしてはいけないのですか?」
「魔法が世間に明かされても、父さんは探せる。むしろ立派な魔法使いを目指して魔法を使いながら探しやすくなる。どうして明かしちゃ……皆がそう言うから、教えられたから。僕、考える事を放棄してる?」
「刷り込まれた常識を改めて時間を掛けて考える人の方が珍しいですけど。ただ、兄さんはそうは言っていられない状況になりつつあります。だから、ちゃんと考えてください」
そこまで言い切ってから、ムドははたと気付いてしまった。
何時の間にかネギに肩入れするように、過剰に働きかけてしまっている事に。
ずっとネギを利用としてきていたからか、やはり兄弟だからか。
腹水盆に返らず、思い悩む様子のネギを前に今度こそ口を閉ざす。
そのまま無言でいる事数分、屋上からフェイトが降りてきた。
一人だけでである。
「お待たせ、ムド君」
「どうでしたか? 超さんは……」
「交渉決裂、の一歩手前。思いを通すのは、いつも力ある者のみ。計画は理解したが、その力を示して欲しいそうだ。つまり明日に僕が彼女を止められれば、協力してくれるそうだ」
できれば即座に頷いて欲しかったが、悪くはないと思う。
結果的にフェイトが勝てば、彼女の技術や財力がそっくりそのまま手に入る。
彼女が力を示せと言ったのならば、仲間になった後に土壇場で裏切られる可能性も低い。
「あの、超さんはまだ上に?」
「いるよ、君が来るのを待っている。できれば君を引きこみたいらしい。サウザンドマスターの息子が味方であれば、戦意が鈍る魔法先生もいるだろう。気をつけて」
そうネギの肩にフェイトが手を置き、行こうとムドを誘った。
ムドもまたすれ違い様にもう一度、よく考えてとネギに忠告してから歩き出した。
そんな二人の背中を見送りながら、ネギはそっと建物の屋上を見上げる。
心の迷いを示すようにぐらぐらと視界が揺れているようでもあった。
何が正しく、何が間違っているのか。
それを導き出す以前に、ネギは自分が見えてはいない。
成し遂げたいのはナギを探しながら、立派な魔法使いとして多くの人を救う事だ。
他人の思惑はまた別にして、その為には如何するべきか、何をするべきなのか。
「情報が足りない。超さんが何の為に、魔法を明かすのか。それは僕の道に関わる事なのか。何も知らないまま、もう誰かに操られるのはごめんだ」
それをはっきりとさせる為にも、ネギは屋上へ向かう為に建物の扉に手を掛けた。
-後書き-
ども、えなりんです。
ついに、明日菜の外堀が完全に埋まりました。
正直、超とのやりとりはどうでも良いですね。
まあ、それでも少し触れますか。
超の世界征服にあたり、ガイノイドの開発の異議が分かりませんでした。
なのでいずれ機械の体を手に入れる為と、設定を模造してみました。
これならずっと地球が終わるまで超が征服できますしね。
次回は水曜です。
本番はまだですが、明日菜とのエッチ回です。