第五十四話 麻帆良武道会開始
麻帆良武道会本選開始は八時、観客席への開場はさらにその一時間半前から。
にも関わらず開場前から本選会場である龍宮神社前は、人だかりができていた程であった。
本選開始直前には満員御礼、入場チケットは既にプラチナチケットと化している。
その本選は予選とはリングを変えていた。
本堂前の池の中にある能舞台が、本選となる試合のリングであった。
第一回戦から試合のあるムドは、本選開始前から道着姿でその能舞台上にて待っていた。
「ムド、気をつけてね。途中棄権でも、格好悪くなんかないんだから」
「お姉ちゃんも、応援してるわよ」
そこから観客席の一等地にて応援してくれるアーニャやネカネ達に小さく手を振る。
本選参加者の選手控え席にて自分の出番を待つ明日菜達にもだ。
それから同じ舞台上にて、審判として働いている和美を眺めた。
耳元のイヤホンマイクで本部と連絡を取り、かなり急がしそうで声を掛ける事が躊躇われる。
だが何度かウィンクで合図を送ってくれ、麻帆良祭を前後して一人何か動いている事は心配いらなさそうだ。
後で理由を聞かせてと、いう意味を込めて信頼の微笑を返した。
「ご来場の皆様、お待たせいたしました」
時刻は八時丁度、黒のボディコンスーツ姿の和美が、マイクで高らかに叫んだ。
観客の賑わう声もややおさまり、穏やかなざわめきが場内を占め始めた。
「只今より、麻帆良武道会第一試合に入らせていただきます」
その宣言と共に大会関係者が花火を打ち上げ、観客席はありったけの歓声を上げた。
麻帆良祭開始直後のパレード以上の盛り上がりなのではないか。
そんな気さえする声のうねりの中で、和美が必死にマイクで声を張り上げる。
「麻帆良女子中保健医、ムド・スプリングフィールド選手。ある意味でその教え子でもある中二の少女、佐倉愛衣選手。第一試合から可愛らしい組み合わせです。その実力やいかに!」
ムドがアキラから借りた金剛手甲のはめ具合を確かめていると、ペコリと会釈をされた。
その礼儀正しい仕草や、大人しそうな顔からこういった催しに出る性格には見えない。
「愛衣さん、良いんですか? こんな怪しげな大会に出たりして」
「あの……その、私は出たくなかったんですが」
チラリと愛衣が視線を向けたのは、エヴァンジェリン達とは反対側の選手控え席にいるネギ、ではなくさらにその隣の人物であった。
歓声で良く聞こえないが、何やらネギと言い争っている高音である。
思い当たる節は色々とあり、一昨日か昨日。
何かとネギに恥を掻かされでもした八つ当たりなのか。
「兄さんなんか元気そうですね」
高音は良いとして、ルール説明時からずっと顔を合わせてくれなかったネギを見る。
必死に何かを弁明しているようで、体調が悪いというわけではなさそうだ。
ただ愛衣をみたついでにムドが視界に入ると、すぐさま反らされてしまった。
昨晩は結局、エヴァンジェリンの別荘にも現れず、何を考えているのか少し分からない。
「私、やりたくはないんですが。お姉さまの命令ですので……できれば、早いうちにギブアップをお願いします」
「私も従者を無理に参加させた口ですから、特には口を挟みません。ですが、その頼みは聞けません。血反吐を吐こうと、勝たせていただきます」
愛衣の言葉に意識を振り返らされ、ムドも真剣な表情にて身構えた。
「第一試合Fight!」
二人の間に走った小さな緊張感を察して、和美が試合開始の合図を出した。
一際大きくなる歓声の中で、まず動いたのは愛衣であった。
身に纏っていたマントを脱ぎ捨て、麻帆良女子中の制服姿になり、一枚のカードを取り出す。
恐らくは高音との仮契約によるカードであり、アーティファクトを呼び出した。
「アデアット」
取り出されたのは、一見してただの箒だが油断はできない。
見た目で効果が予測できれば、苦労はない。
鮮やかな手つきで箒のアーティファクトを操り身構える愛衣を一心に見つめる。
微動だにせず、一挙一動を見逃さないように。
何しろこの一回戦だけは、何一つとして勝ち抜ける保障がないのだ。
振り回していた箒の柄の先端をムドに向け、愛衣が詠唱なしで魔法の射手を放った。
炎の矢が三本、異なる軌道を描き、まるで猛禽類のかぎ爪のように襲いかかる。
「おおっと、これはなんだ。愛衣選手の目の前に現れた炎が急遽、ムド選手に襲いかかった!」
歓声の声を裂くように迫る炎の矢の燃え盛る音が耳に届いた。
それを意識して認識できる程に、今のムドは落ち着いている。
三本の矢が迫っても心音は乱れず、危機により過剰魔力が生成される事はなかった。
理論的にも本能的にも、さばけると感じたからだ。
「あ、危ない!」
目と鼻の先、そこに来るまでずっと動かないムドを見て術者である愛衣が叫んでいた。
観客席からも魔法に気付かないまま、悲鳴が上がる。
そこでようやくムドは動き出した。
円を描く足さばきで移動し、三本の内の一番左にあった炎の矢に手の甲を添える。
金剛手甲の表面上を炎の矢が滑り軌道を変え、三本共にムドの背後に着弾して小さな爆炎を巻き上げた。
「ふぅ……」
背後からの熱風に額からは汗が浮かび、安堵の溜息が漏れていた。
愛衣があっけにとられている事を確認してから、胸に手を当て動悸が正常である事を確認する。
「おーっと、一瞬危険かと思われたムド選手ですが、危なげなく回避!」
「さすがはサウザンドマスターのご子息です。胸を借りさせていただきます」
「その言い方は少し嫌いです。私が手にした力の全ては、私が手に入れたものです。私は父さんに言葉一つ掛けられた事も、頭を撫でられた事もありませんよ」
「え?」
心底驚いたように、愛衣が眼を丸くしていた。
まさかムドの病気の事も知らないのか、ただ分かったのは愛衣の精神的未熟さだ。
武道会とはいえ戦う意志を見せる相手を気遣う、ある種の優しさもそう。
主である高音に言われるまま出場しただけで、勝とうという意識が微塵も見られなかった。
そこは、悪として突くべき弱点に違いない。
だからムドはまず、唖然とする愛衣に見せ付けるように金剛手甲を外し始めた。
「これ、腕力強化のアーティファクトを従者から借りました。そうでもしなければ、魔法一つ使えない私は戦う事などできません」
「う、嘘です。だってサウザンドマスターのご子息がそんな」
「本当に知らないんですか? 病弱な保健医、聞いた事ぐらいありますよね。体の疾患によって魔力が外に出せないんです。だから毎日朝晩と処置しなければ、こうですよ」
金剛手甲を外した手を握り、パッと開くと同時にボンッと小さく呟いた。
そして金剛手甲を足元に置いてから、ムドは愛衣へと向けて走り出す。
ぺたぺたと間抜けな足音が聞こえそうな程に鈍重な遅さで。
「お、遅い。でも嘘かも、やっぱり本当。ただの子供だったら、私!?」
「愛衣しっかりしなさい!」
「お姉さま、はッ!」
控え席からの活を入れる声に、愛衣が我に返った。
その時には既にムドは最低でも箒の柄が届く範囲にまで至っていた。
主の声に一時迷いを晴らし、愛衣が箒の柄を振るいムドを薙ぎ払おうとする。
だが一瞬早く頭を下げたムドが柄の下を掻い潜り、頭上に至った時点で肩から柄を跳ね上げた。
真横に薙ぎ払われた柄は、真下からの衝撃には抵抗不可であった。
咄嗟に片手を外し、事前に見せた箒さばきで愛衣は大切なアーティファクトが弾き飛ばされる事だけは避けていた。
「ぶ、武装解除」
「経験不足です」
敵が懐にいるのに、長物に拘るのは愚の骨頂だ。
肩が痛むのをおして、目と鼻の先にいる愛衣に微笑みかけて制服の襟首に両手を掛けた。
全力で引き寄せ、それに抗おうとする愛衣の唇にてちゅっと小さく音を立てる。
途端に抵抗の力は何処へやら、武装解除の為の魔力も霧散し、愛衣の瞳に涙がじわりと滲み始めた。
「へ、あぅ……わ、私のファーストキス」
「悪は平気で奪っちゃいますから、油断大敵です」
あまりのショックに全身が脱力した愛衣の腹部へと、掌打を打ち込んだ。
魔法障壁はおろか、腹筋による防御もなく綺麗に打ち込まれた力に強弱は関係ない。
積み木の建物の中心を打ち抜いたように、くてりと愛衣の体がムドへと倒れこんできた。
一緒に倒れこんでしまい能舞台の板張りで後頭部を打ちつけたのは、予想外であったが。
「お、重い。和美、愛衣さんは気絶しています。勝利宣言と、後は手を貸してください!」
「どうやら、愛衣選手はムド選手の攻撃を受けて気絶した模様です。只今、確認いたします」
和美がムドの上に倒れこんだ愛衣を仰向けに寝かせなおし、ぺしぺしと頬を叩く。
反応はもちろんなく、直ぐに両腕を頭の上でクロスさせ続行不可能を示した。
「愛衣選手の気絶を確認、僅かな攻防の隙を突いて意識を刈り取ったムド選手の勝利です!」
「なんとか、勝てましたが……」
「愛衣ちゃんにキスしたの見てた。駄目だよ、従者以外にしちゃ。黙ってて欲しかったら、今夜は一杯シテよね。ムド君」
和美に片手を掲げられ勝者宣言をされる傍ら、唯一の失態を指摘されてしまった。
一応は、愛衣の髪に隠れてしたつもりだったが、さすがにリングサイドでは見えたようだ。
内密にとこちらも小声で答えたムドは、金剛手甲をはめなおして愛衣を抱きかかえた。
和美がヒューヒューとマイクで冷やかすものだから、観客席からも冷やかされてしまう。
両腕が塞がり照れ隠しに頭を掻く事も出来ず、控え席の高音の前にまで行く。
「ここからはお願いします、高音さん。私の腕力では、せいぜい三分程度気絶するだけでしょうが」
「確かに油断した愛衣に落ち度はあります。ですが、あんな卑怯な方法は私は認めません。ネギ先生共々、性根を叩きなおしてあげますわ!」
「あの……魔法で叩きなおされたら、私は死ぬのですが」
「殺人予告のようでござるな」
さすがに高音はムドの体の事を知っているのか、楓に指摘されウッと言葉に詰まっていた。
誰がどう見ても、魔法が使え実力も愛衣が何倍も上。
一般人の卑怯な手に引っかかり、無様に気絶してしまった愛衣が悪い以外にはなかった。
従者ではない愛衣がどうなろうと知った事ではないが、良い経験ぐらいにはなっただろう。
「さて、次は拙者の番でござるな。月詠殿か……得物は木刀のようでござるが、さてさて」
「楓さん、頑張ってください。あ……ムド、今は御免。何も言わないから、集中したいんだ。きっと言葉を交わせば、本気で戦えない」
「だから、ですか。ええ、構いませんよ。その為に、こんな危険な大会に臨んだんですから」
踵を返し、能舞台へと赴く楓に追いつき腰をぽんと叩いて呟く。
「ね、楓さん」
「これは困ったでござるな。月詠殿は兎も角、ムド先生に勝てば……」
楓が月詠に勝った次の対戦相手は、今試合を終えたばかりのムドである。
楽勝、万が一、億が一にも負ける要素はないが、それではネギとムドが戦えない。
しかもムドが本気を出すのはこの大会だけだと、予選会場での言葉を楓も聞いていた。
能舞台へ向かう短い道すがら、ニコリと笑うムドの笑顔が小憎らしかった。
そして、そういえばそういう人柄の子供であったと思い出す。
ネギという主に出会う少し前から今までの騒ぎの半分は、ムドの謀り事かもしれないと。
「もし仮に、拙者が無視したらどうするつもりでござるか?」
「私が楓さんにボロ負けして終わりなだけです。それで兄さんと楓さんの間で不和が起きようと知りませんよ。ご自分でそう選んだんですから」
「可愛さ余って憎さ百倍。ネギ坊主と性質が違いすぎるでござる」
やや恨めしげに呟いた楓に、よろしくお願いしますとムドは堂々と八百長を申し込んだ。
「うー、ストレス溜まりますえ。ムドはんはウチの事を、信じてくれはりませんし」
「そんな事はないですよ。ただ、無用な怪我をして欲しくなかっただけです。今は一人の体じゃないんですから、ね?」
選手控え席の隣にて座る月詠が、ぷくぷくに膨らませる頬を見て撫であやす。
信じてくれなかったとは、二回戦目の楓と月詠の試合の事である。
月詠は実力でこれを打ち破るつもりだったらしいが、ムドが楓に八百長を頼んだせいだ。
一通り、月詠の二本の木刀と打ち合った楓は、影分身等で対抗し善戦をみせた。
だがみせただけで最後には月詠の勝利と予定調和のまま、ギブアップをしてしまった。
「それに貴様が本気を出したら、木刀と言えど刀傷沙汰だろう。折角の祭りを、血で汚す事はあるまい。ストレスなら、夜にでも発散してもらえ」
「今でもええですか?」
「駄目です。ほら、次の試合がもう直ぐ……刹那、それに明日菜もなんですか、その格好?」
大勢の目の前でムドの下半身に手を伸ばした月詠を諌め、歓声に促がされ振り返った。
第三試合は刹那対明日菜であったが、何故か二人は和美により控え室へと連れていかれた。
その二人が帰って来たのかと振り返ってみれば、何から何まで変わっている。
二人共昨日に続き仮装の意味でセーラー服を着ていはずだ。
なのに今は刹那が髪をおろし、猫耳姿の和製メイド服とその姿を変えていた。
明日菜の方は、髪型こそ普段通りだが、ふりふりの洋式メイド姿であった。
武器も刹那はデッキブラシで明日菜は破魔の剣のハリセンバージョンと色物くさい。
「いえ、これは連れて行かれた控え室に、決してムド様以外にこのような姿をさらすつもりは……」
「朝倉、ムドの従者同士何か思うところは!?」
「今大会の華、神楽坂選手に桜咲選手です!」
「聞きなさいよ!」
明日菜の文句もなんのその、聞く耳持たず和美は選手紹介に入っていた。
「キュートなメイド姿の女子中学生二人の登場に、会場も別な感じに盛り上がり中!」
和美の言う通り、別の意味で会場は盛り上がっていた。
特に色めき立ったのは当たり前だが観客席の男連中であり、その姿を永久保存とカメラを求める声が響いている。
もしも、カメラ撮影が禁止されていなければ、男はすべてエヴァンジェリンの零の世界に隔離していたかもしれない。
大人気ないとは分かっていても、自分の従者をそういう目で見られるのはイラつく。
思わず和美に、夜の約束は反故だと睨みを利かせてしまう程に。
「いやさ、超の指示ってのもあるけどさ。見てみなよ、ムド君をさ」
「ムド様が何か?」
その和美は、ムドの睨みも受け流し、刹那と明日菜の肩を組み顔を突き合わせて囁いた。
「皆を見てるとさ、結構恋愛ベタなんだよね。好いた惚れたばかり、アクセントがないの。ムド君見てみなって」
「なんか機嫌悪くない? 愛衣ちゃんに勝って、月詠ちゃんが勝ってもう決勝確実じゃない」
「イライラされてますね。やはり、私達の衣装が気に入らないのでは」
「刹那、惜しいってば。嫉妬よ嫉妬。自分だけの従者に、ふしだらな目を向けられてさ。今夜はきっと凄いよ。お前は俺の従者だって獣のように、強引にされちゃうわけ」
この時、生唾を飲んだのは刹那であった。
昨晩にも激しく求められたばかりだが、アレよりももっと激しいのか。
想像の、あるいは妄想の翼が広がり、和美に誘導されるまま今夜を想い描いてしまった。
まずは同じ衣装を着せられてはベッドに強引に押し倒される事だろう。
そして男の視線を浴びて感じていたのだろうと、濡れてもいない秘所に指を突っ込まれるのだ。
もちろんその流れで、清めなおしてくれると子宮や膣だろうが口の中だろうが精液まみれ。
キュンと秘所が疼き、刹那は内股になってふるりと体を震わせた。
つい昨晩、イキ地獄を味わわされたというのに、全く懲りていない。
「わ、私はこのままやらせていただきます!」
「でしょー、やっぱアクセントは必要だって」
「こらこら、刹那さんはそれで良くても、私に何か良い事あるわけ!? 刹那さんに勝てるわけはないし、踏んだり蹴ったりじゃない!」
「ふふ……そうとも、限りませんよ?」
突然割り込んできた第三者の声に、んっと誰もが疑問を浮かべていた。
ムドとその従者達という完全なプライベート空間に入ってくるその豪胆さ。
それもあるが声を掛けられる直前まで、刹那や月詠はおろか、エヴァンジェリンまで気付かなかったのだ。
ネギが着ているローブに似た衣装でフードをすっぽりと被った男が、明日菜の背後に現れていた。
その男がだぶついたローブの裾を持ち上げ、明日菜の頭に手を伸ばして撫で付ける。
わしゃわしゃと、年頃の女の子を相手にというよりは幼い子供を相手にするように。
「ぎゃっ!?」
「この、明日菜に触るな!」
男の視線だけでもいらついていたところに、明日菜を撫でられ限界であった。
ムドは後先を忘れ、その男に掌打を打ち込み空気のような手応えに躓いて転んだ。
危うく顔面強打のところを、助けようとした明日菜本人に道着の背中を掴まれ救われる。
「ちょっと、もう馬鹿。いきなり殴りかからないの。この変な人も悪いけど。あんた、普段は紳士然とした余裕見せておいて結構、嫉妬深いのね」
「うっ……良いじゃないですか。愛してる証拠です」
「だ、だから……私は高畑先生が好きなんだってば」
「うふふ、まるで照れ隠しにそう誤魔化しているようにしか見えませんえ」
月詠のそんな突込みを前に、明日菜がうっかりムドを手放してしまった。
何か言葉にならない言葉で懸命に月詠に反論する様は、図星としか思えない。
一方のムドは危ういところで今度は刹那に拾われ、何やら驚いた様子のエヴァンジェリンの横に座らさせられる。
「まさか……貴様は」
「エヴァの知り合い、ですか?」
「フフ、改めて間近で見ても信じられませんよ明日菜さん。人形のようだった貴方が、こんな元気で快活な女の子に成長してしまうとは」
最初はエヴァンジェリンの知り合いかと思い尋ねたが、男が零した言葉にハッとする。
まるで明日菜の幼い頃を知っているかのような言葉だ。
ムドも高畑から明日菜を託された身であり、その出自については全てを聞かされていた。
そしてそれを知るのは高畑のように、かつてナギの仲間であった者に他ならない。
だから落ち着けと嫉妬に狂う心を落ち着け、冷静に頭を働かせる。
何故そんな男が、こんな場所に唐突に現れたのか。
「ガトウ・カグラ・ヴァンデンバーグが貴方をタカミチ君に託したのは正解だったようですね。そして、タカミチ君もまた次の世代へと託そうとしている」
まさか、その次の世代である自分を見定めに来たのか。
いやまさかと、ムドはそれを否定する。
目の前の男は、高畑が明日菜を誰に託したと明言はしなかった。。
既にムドが託されているにも関わらず、その上フードの奥の瞳はムドを一度も見てはいない。
託すべき次代の人間の内の一人だと、ムドの事を認識すらしてはいなかった。
「何も考えずに、自分を無にしてみなさい。貴方にはできるはずです」
「あ、あんた……誰? あっ!」
明日菜が正体を問い尋ねるより先に、目の前の男はその姿を霞のように消していく。
それと同時に、ムドは深く溜息をついていた。
ネギとの決着はこちらも少なからず望んだ事だから、まだ良い。
だが超の良からぬ企みに続き、何故ここでまた面倒事が増えてしまうのか。
しかも面倒を起こす相手は常にネギを見ているはずなのに、関わってくる。
ネギが目的ならば、こちらに関わって欲しくなんかないのに凄く嫌な予感がした。
「おい、ムドお前大丈夫か? 顔色が悪いぞ」
「ムドはん、ウチがあの胡散臭い男を殺してきましょうか?」
「大丈夫、少し心を乱されただけですから」
そう呟き、とても笑顔とは呼べぬ表情でムドはなんとか微笑もうとした。
ただ逃避を行うように熱があがってきた気がして、失敗してしまう。
両隣から呟きかけるエヴァンジェリンと月詠の声さえ、どこか遠く感じてしまう。
愛する従者が耳元で囁いてくれたというのにだ。
「エヴァ、それに月詠。手を繋いでいてください」
かなり気分がダウナーに入ってしまい、武道会を放棄して帰りたくなってきた。
だがここで帰ってしまえば、ネギがますます自分に拘ってしまう。
その拘りをここで断ち切らなければ、さらに不要な客を招いてしまう事は明白。
伸ばされたエヴァンジェリンの手をとるが、月詠の手が中々握れない。
アレっと思った時には、目の前でしゃがみ込んだ月詠が道着の袴を脱がそうとしていた。
「今なら観客も試合に集中してますえ。ムドはんのお情け、頂きますえ」
「月詠貴様、私とムドの甘い一時を……寄越せ、それは私のものだ」
「あの……私、凄くそんな気分ではないのですが。止めてもらえませんか?」
「こらー、そこ!」
普段のキレもなくのんびりしたムドの制止は緩く、効果は限りなく薄い。
そこへ飛んで来たキレのある突っ込みは、能舞台上の明日菜からであった。
破魔の剣のハリセンバージョンを投げつけ、選手控え席の背後の石垣に突き刺さる。
当てっていたらどうするつもりか、対戦相手の刹那に背を向けてまで憤っていた。
「私今、凄かったんだから。あんた、私の事を自分の女って言い切ったじゃない。少しはそれっぽく、私を見てなさい!」
「おおーっと、これは大胆。試合の最中に告白の返答を行った模様」
「ちがう、返答じゃないってば!」
「いえ、どう見てもエヴァンジェリンさんと月詠がムド様にいちゃつく様子に腹を立てたようにしか見えませんでしたけど」
和美や刹那に突っ込まれ、あたふたする明日菜を見てくすりと笑みが浮かぶ。
ハーブティーを飲んだ後のように胸の内に爽やかな風が吹いていた。
直前までの陰鬱な気分さえ、明日菜の魔法無効化能力に消されてしまったようだ。
「ふふ、あははは」
だからだろうか、普段しないような笑い声が自然と上がってしまっていた。
きょとんとした顔のエヴァンジェリンと月詠の頭を撫でて立ち上がる。
そして金剛手甲で強化した腕力で、石垣に刺さった破魔の剣を引き抜き、明日菜へと投げ渡す。
気まずそうに、やや照れくさそうに受け取った明日菜へと微笑みかけた。
「明日菜、私ことムド・スプリングフィールドは貴方を愛しています。誰にも貴方を渡しはしません。貴方の全てが欲しい!」
「うひゃぁ、再度の告白。この衆人環視の元、なんという十歳児か。では神楽坂選手返答をどうぞ」
「朝倉、あんた分かっててやってるでしょ。審判って確か石ころと同じ扱いだったわよね。あはは、今すっごく石ころを殴りたい気分」
「死ぬ、今の明日菜に殴られたら私絶対死ぬって」
もはや試合はそっちのけで、刹那が明日菜を後ろからはがい締めにしておさえつけていた。
「えー、どうにも神楽坂選手はおぼこのようです。恥ずかしくて返答できない模様。ここは一つ、この試合の勝者がムド選手からキスを贈呈されるという事で!」
「放して刹那さん。私、絶対朝倉を殴る!」
「明日菜さん抑えてください。ムド様のキス……」
観客からの拍手喝采を受けて、和美も少し調子に乗ったようだ。
もしくは煮え切らない明日菜を引き込む為に、和美なりに知恵を働かせた結果か。
ムドは良く見ていなかったのだが、真剣勝負の試合が何時の間にかショーに成り下がっていた。
大舞台でのムドのキスを夢見て、はがい締めの状態から刹那が明日菜をバックドロップに入った。
寸前で拘束を解いた明日菜が命からがら逃げ出そうとするも、逃げられない。
斬空掌という技が刹那より、逃げる先、逃げる先へと放たれるからだ。
「やれやれ、私とした事がしてやられました」
きゃーきゃー逃げ回る明日菜を観客までも応援する中で、先程の男がムドの背後に現れた。
「アル……貴様、一体何をしようとした」
「今の私はクウネル・サンダースです。その名でトーナメントに登録してますので」
「大方、私では明日菜を守れない。かつ、明日菜さんでは私を守りきれない。兄さんの従者に鞍替えしろ、最終的にはそれでしょう?」
「まあ、そんなところです。タカミチ君は甘い、ナギですら手を焼いたお姫様を魔法が使えないムド君が守りきれるわけがありません」
明らかに気分を害したであろうエヴァンジェリンと月詠を、ムドが制した。
別に魔法が使えない事は今更であるし、クウネルがそう考える事も理解できる。
明日菜の小さな頃を知るクウネルは、可愛い子を嫁に出す心境なのかもしれない。
それは限りなく好意的に見た場合だが。
そんなクウネルも、正体不明ながらやはり魔法使いである。
誰かを物理的に守れる力はあっても、誰かを精神的に守る方法を知らない。
「クウネルさん、父さんですら守れなかったのなら誰が主となっても一緒ですよ。現状、兄さんは父さんの足元にも及ばない。違いますか?」
「ええ、その通りです。今のあの子は、本当の意味で大きな戦も知らず、エヴァンジェリンに中途半端に鍛えられてます。私ならもっと上手く鍛えられますが」
「勘違いするな。私は途中で坊やに愛想をつかしただけだ。貴様なんぞより、よっぽど上手く鍛えてやれたんだぞ!」
クウネルの不敵な笑みにカチンときたのか、ムキになるエヴァンジェリンを落ち着けさせる。
「誰が主になっても同じなら、明日菜を愛して幸せにして上げられる人間がなるべきです」
「例えば、タカミチ君ですか?」
「貴方とは、仲良くなれそうもないです。分かってて、言っているでしょう」
「さあ、どうでしょう?」
なんと性格の悪い相手か、エヴァンジェリンがムキになる理由が少し分かった。
だが自分までもムキになるわけにはと、一呼吸大きく吸って吐く。
「確かに明日菜は高畑さんに惚れてます。けれど、私にも少なからず惚れてます。そして私自身、明日菜を愛しています。男女が愛し合う以上の幸せを、貴方は与えられますか? 無理ですよね、誰かを幸せにする為には外敵を必要とする貴方には」
「耳が痛いですね。確かにいかに英雄と呼ばれようと、外敵に対する不安を除く以上の幸せは私達には与えられません」
「むっ、貴様にしては妙に殊勝な。変なものでも食べたのか?」
「いえいえ、ちょっとした詫びの気持ちです。それにしても、良く私の精神干渉を打ち破りました。明日菜さんの助けがあったとはいえ、常人なら三日三晩うつ状態から抜け出せないはずでしたが」
一体何を言っているんだと目が点になった直後、クウネルの背後から月詠が斬りかかっていた。
木刀ではなく、次元刀で空間ごと斬り裂いたが無意味であった。
またしても霞のように消えたクウネルが、周囲にその声だけを響かせる。
「危ないお嬢さんです。それでは、明日菜さんの父の一人として私も託してみる事にします。本当は一発父親として殴るという行為をしてみたかったのですが、ムド君は死んじゃいますから」
「アル、貴様出て来い。私のムドに何をしてくれたんだ。ぶち殺す!」
「あーん、斬りそこねましたえ。もう少しやったのに」
「二度と私達の前に現れないで下さい。非常に不快です、貴方!」
健やかな笑みと共にクウネルは消え去り、ムド達の叫びは虚しく響くだけであった。
同時刻、黒一色に染め上げ三日月型に裂いた瞳を浮かべた刹那に、明日菜も撃沈させられていた。
-後書き-
ども、えなりんです。
精神の脆さをついて、ムドは何とか愛衣を撃破。
たぶん、今のムドなら学生時代の苛めっ子達と一対一なら良い勝負するかもw
ムドなりに強くはなってますが、凄い微妙ですね。
ついでにファーストキスを頂戴し、フラグを立てましたが……
回収はしません。
以後、ムドは殆どまともに戦いません。
二回戦は八百長で勝ち抜いた月詠が相手で、準決勝はエヴァ。
楓も堂々と八百長を申し込まれ、断れず。
人生踏み外した感ありありです。
半分はムドのせいですが、主はちゃんと選ぶべきでした。
それでは次回は水曜です。