第五十二話 ネギ対ムド、前哨戦
手短に身支度を整えたムドとエヴァンジェリンは、再びそろって影の扉の中へと消えた。
そして次に出現した場所は、何処かの建物の二階テラス部分であった。
学祭中は店を閉めているのか、テーブルや椅子こそあれ客の姿は一人も見当たらない。
もしくは、世界樹が近い雰囲気のあるレストランだからと学園が適当な言い訳と共に休業させたのか。
そのテラスへと、夕映を脇に抱えた明日菜が、契約代行の光を纏いながら空から降りてきた。
ただし、連絡をしてきたはずの刹那の姿は見えなかった。
「あ、良かったムド。それにエヴァちゃんも、これで助かったわよ夕映ちゃん」
「申し訳ないです、明日菜さん。それにお二人も……そうですか、助かってしまいましたか」
テラスに着地するや否や、明日菜は夕映を抱えたまま駆け寄ってきた。
ただし夕映は、ほんの少し残念そうに小さく零していたが。
「まだ私達は詳しい事を聞いてません。この付近は世界樹の魔力溜まり近くですし、夕映さんが兄さんに何か願ったんですか?」
「い、いえ……私はそのような事は一切」
「ほお、つまり坊やは純粋に己の魔力を使い、好き勝手に暴れていると。本国に送還して、オコジョの刑は確実だな」
「ロマンチックに大人のデートを最後までと呟いてしまいました!」
エヴァンジェリンの脅しにより、割とあっさり夕映は口を割っていた。
それにしてもネギを相手に、なんという無謀なお願いをしてしまった事か。
夕映は願いを暴露すると共に頭を抱えて、異常に高速な言葉使いで懺悔を始める。
「ああ、私は何という事を、ネギ先生がまだ子供であるにも関わらず、その場の雰囲気に流され。いや、私とあろうものがまさかそれさえ言い訳に、木乃香さん達からの出遅れを取り返そうと願ったりなど、愚かの極み。ここは潔くネギ先生に全てを捧げ生涯添い遂げるしか。この期に及んで私は、しっかりするです!」
「何か、問題あります? 兄さんは少なからず夕映さんに好意があって、夕映さんも兄さんに好意がありますよね? 好き合ってる者同士、遅かれ早かれ通る道ですよ?」
「坊やの中での最後までが何処かは知らんが、好きにすれば良いではないか。私もさっき、ムドに抱いてもらったばかりだが、満たされるあの感覚は幸せだぞ?」
ここで夕映がネギに私だけをとでも願えば、また話は変わっていたかもしれない。
たかだかデートでベッドインする事の何処が大変なのか、二人は理解できないでいた。
エヴァンジェリンの言った通り、つい先程ベッドでこそなかったがしてきたばかりなのだ。
「アンタらの感覚で物を考えないの。良いから、早くネギ先生を……ぎゃあ、来た!」
「お待たせしました、夕映さん」
明日菜がムドとエヴァンジェリンに突っ込む間にも、件のネギがやって来た。
先程の明日菜のように大きく跳躍するまま、空からテラスに降り立った。
仕草こそ不自然さを感じさせないが、その表情は瞳が半分瞼に隠れており無表情に近い。
やはり世界樹の魔力の作用で正気を失っているらしい。
早くやっつけてと明日菜からエヴァンジェリンは懇願されたが、やはりやる気が出ないでいる。
一歩一歩、ネギが夕映へとにじり寄る中、その声は聞こえた。
「魔法の射手、戒めの風矢!」
十発近い風の矢がネギに襲いかかり、後退させる事で距離を無理やり開けさせた。
その風の矢が発せられたのは、テラスの上、建物の屋根の上からであった。
影人形と従者である愛衣を引き連れた高音である。
「こんな事だと思っていました。ミイラ取りがミイラとは……情け無いですよ、ネギ先生」
「え、誰。なんでも良いから助けて、夕映ちゃんの処じ」
「明日菜さん、気安く私の願いを他者に教えないで下さい。それでは私が恥女になってしまうです!」
きゃあきゃあと明日菜と夕映が遊んでいる間にも、二人は屋根より降りてきた。
「昨日は遅れを取りましたが、今日はそうはいきません。少々手荒にいかせてもらいます」
何やら高音も愛衣も、ミイラ取りの件とは別に遺恨があるようであった。
高音は少々口元がひくついており、愛衣は明らかにネギを睨むようにしている。
昨日、ネギが超を抱えて建物の屋根へと消えてから何があったのか。
だいたいは想像できるが、それが正解である事を示すような光景が目の前に現れた。
雷を腕に纏わせ踏み込んだネギが、高音の影人形を一体肘打ちにて吹き飛ばしてしまった。
一瞬の踏み込みが高音も愛衣も見えてはおらず、全く反応できていない。
一体、また一体と高音が用意していた影人形達が、何もできないまま全て吹き飛ばされていく。
「なっ」
「えっ」
ネギの実力は少なからず知っているはずだというのに、何を油断しているのか。
「風花、武装解除!」
さらなるネギの魔法により、二人の悲鳴がこだまする。
本来は武装を解くのが精々な魔法で、衣服その他を全て消し飛ばされてしまったからだ。
残ったのは靴と髪飾り程度であり、当然だが女性である二人は羞恥から体を隠して座り込んでしまう。
これで無力化された事は明らかで、ネギの矛先が次に誰を向くかは明らかであった。
事実、風花武装解除による砂塵の中から現れたネギの異常な光をたたえる瞳は、得物を狙い定めていた。
「うふふふ、夕映さん」
言葉だけを聞くと、完全に異常者ではあったが。
「キャーッ、どう考えても強姦魔!」
「ちが、ネギ先生と私は同意の上なので強姦罪は適用されないです!」
明日菜の悲痛な叫びと、夕映の必死な声はさておいて。
夕映が処女を散らそうと興味のないムドとエヴァンジェリンは、ネギを見ていた。
世界樹の魔力に操られながらも、全くよどみない体術を駆使するネギを。
「なんだか、普段より強くないですか?」
「操られているせいで、迷いがないからだろう。特に坊やは女相手だと、紳士だなんだと手を抜く事が多いからな」
「つまり、誰が相手であろうと全力ですか」
「あ、こら馬鹿ムド。危ないわよ、エヴァちゃん!」
ネギが全力である事を知ったムドは、あえて最強のエヴァンジェリンより前に進み出た。
それを明日菜に指摘されても分かっていますと手を振った。
ただ歩くだけでは敵性と判断されないのか、歩みをただ進めていく。
そして数メートルのところで身構えると、ネギもまたそれに反応するようにムドを見た。
夕映を付けねらう時とは違い、すっと瞳の色が変わる。
ドンッと音が聞こえそうな程に強く、ネギが足元を蹴って飛び出した。
「ムド、ネギ先生が!」
明日菜の悲鳴を背中で聞きながら、ネギを迎えうつ。
最初地面を蹴り上げてからもう一度地面を蹴り上げ、ネギが突進の方向をやや上に修正した。
体勢を寝かせムドの側頭部を狙い、横薙ぎに足が振るわれる。
まともに受けては一撃でダウンだと膝を追って体全体を落とし、頭上を通過させた。
「上だ!」
一瞬見えたネギの背中、そこへと掌打を伸ばそうとしてエヴァンジェリンの指摘にすくわれる。
宙で地面を蹴って体の回る方向を縦にネギが変えたのだ。
咄嗟に頭上に両腕をクロスして掲げ、頭上より来襲する蹴りを受け止めた。
魔力の加護があるネギの蹴りに対し、ムドが掲げた両腕にはもちろん魔力の加護などない。
ミシリと骨が軋む音が確かに聞こえ、油汗が浮かぶと共に危機を察して魔力が過剰に生成され始める。
ただでさえ世界樹の魔力が増えて苦しいのに、さらに魔力が増えて呼吸が止まってしまう。
反面、ネギは構わないとばかりにその動きを止める事はなかった。
オーバーヘッドのように繰り出した蹴りを受け止められ、反動で体を逆回転させた。
地面に足を着いて直ぐに蹴り、両腕を掲げたままのムドの懐に入り込んだ。
一発、二発、三発と胸に拳を当て、瞬動術で背後に回りこむ。
それが分かってはいても、かわす事は不可能であった。
足は地面を離れ、ムドは拳を握るネギの方へと背中から吹き飛んでいる。
拳を一閃、先程高音の影人形がされたように、ムドもまた空へと打ち上げられた。
「ムド様!」
そのまま重力に引かれ、落下を始める直前で刹那に抱きとめられた。
ネギにまかれ、遅れてきた事が幸いしたのか。
エヴァンジェリンや明日菜のいる直ぐそばへと降り立ち、ムドを寝かせる。
「お二人とも、ムド様を頼みます。私はあの塵虫を斬ります。来たれ、建御雷」
「刹那さっ」
「止めるというのであれば、まず貴方を斬ります」
刹那の迷いの無い言葉に、止めようとした夕映の首に建御雷の切っ先が突きつけられた。
少しでも前に押せば、そのまま貫きかねない程に近くに。
瞳はどす黒く染まり、夜空に三日月が浮かぶがごとく縦に瞳が割れていた。
それだけ刹那が怒っていた事もある。
ネギに対してもそうだが、自分に対してもだ。
自分が最初に明日菜と夕映を逃がした時に、殺す気でネギを止めていればこうはなからなかった。
どうしてムドが一人で戦ったかは不明だが、愛しい人を傷つけられた事実だけははっきりしていた。
「だ、そうだ。ここで止めるか?」
「もう少し……刹那、建御雷を降ろしなさい。私が望んで、兄さんの前に立っただけです」
瞳の焦点がぼやけ、見えているのか怪しい瞳ながらムドがそう呟いた。
高熱に顔や体を赤らめながら、支えてくれているエヴァンジェリンの手の中から立ち上がる。
熱でぼうっとするというよりは、頭痛が走った。
ぽたぽたと河の流れを作る汗を拭く事もできずに、一歩を踏み出す。
「ねえ、ムド何しようってのよ。もう良いじゃない。エヴァちゃんと刹那さんに任せちゃえばいいわよ」
「大丈夫です。これぐらいは慣れています」
ふらふらとした何時倒れてもおかしくはない足取りで、ムドは再び前に歩き出した。
身構える為に腕を持ち上げる事すらできず、無行の位でネギの前に立ちふさがる。
というよりも、ほぼ棒立ちであった。
当然の事ながら、世界樹に操られているネギはそんな事はお構いなしだ。
圧倒的な速さを誇る瞬動術でムドの懐に入り込み、拳打を見舞っていく。
それでもムドは打たれながらも膝を折らず、懸命に何かを覚えようとしている。
エヴァンジェリンはもとより、ネギを斬るとまで言い放った刹那でさえ見ているだけの現状に耐えていた。
事の張本人である夕映や、裸で身動きの取れない高音や愛衣に口を出す権利はない。
権利があるのは、ムドの従者である者だけであった。
「もう我慢できない。だいたい、無茶よ。何するつもりか知らないけれど、その前に死んじゃうわよ。私が護る前に死なれちゃ、たまんないっての。来たれ、破魔の剣!」
大剣バージョンである破魔の剣を手にした明日菜が叫ぶ。
「ネギ先生、私が相手よ。これ以上、ムドに触れるんじゃないわよ。それから、夕映ちゃんにエッチな事をしたけりゃ、まず私を倒してからになさい!」
明日菜の心からの叫びにて、ネギの動きが一瞬止まっていた。
ぼんやりとした光を浮かべる世界樹が、その輝きを明らかに強めていった。
その光が、ネギへと集まるようにしてより一層、輝いた。
「分かりました。ではまず明日菜さんを押し倒します」
「え、あれ……違、そうじゃなくて。勝手に押すとつけるんじゃないわよ。倒して、そういうんじゃないから!」
「ですから、押し倒します」
意志の疎通は、不可能であるようで訂正は叶わなかった。
「エヴァンジェリンさん、さすがにここは明日菜さんを」
「ああ、ムドが明日菜の処女を散らすまで指一本誰にも触れさせるわけにはいかん。破瓜の血は私のものだからな」
「ちょっと、何よそれって。エヴァちゃん吸血鬼だったっけ!? ああ、もう。嬉しいようで嬉しくない。私は!」
刹那とエヴァンジェリンが、明日菜を庇うように前に進み出た。
非常に微妙な心境の明日菜もさすがに二人より前に出る勇気はなかった。
ただ、自分の知らないところで妙な契約がされていると叫ぶのが精一杯。
「うふふふ、明日菜さん?」
そしてついにネギが新たなターゲットとして明日菜を目指し始める。
その瞬間、ネギの腕を握り締めて止める者がいた。
顔はボコボコに腫れ上がり、焦点の合わない瞳も腫れた瞼に半分以上隠れているムドであった。
微風が吹いただけでも倒れそうな程に、その足取りは危うい。
だがそれでもネギの腕を握り締めた手には、限界以上の力が込められていた。
非力な身でありながらも全力で、全力以上の力でネギを引きとめ心からの言葉を叫ぶ。
「俺の……俺の女に手を出すな!」
腕力、魔力の加護を忘れたかのように、握り締めていたネギの腕を引く。
だがまるで無防備であったようにネギの体が浮き、足が地面を離れようとしていた。
合気道は己だけでなく相手の流れを読む事が重要視される。
呼吸や気、あらゆる流れを読んではそれを利用し、相手を制するのだ。
さらにネギの足を払い、死に体の状態を作り上げ、左手の掌打で顎先を狙い打ち込む。
その時、ネギの足が宙を蹴った。
普通ならば死に体であるにも関わらず、ムドの手を振り払い、その背後に降り立つ。
背後から後頭部を狙った危険な一撃、それをムドは首を傾ける事で避けた。
伸びきった腕を上に打ち払い、円を描くように足を運び裏拳を鎌で引っかくように鋭くはなった。
当然、ネギもコレを屈んで避け、膝の屈伸を利用して今度はムドの顎先を狙う。
対してムドは回避を選ばず、打って出た。
拳が伸びきった瞬間には体も伸びて無防備になるであろうネギの腹へと拳を向ける。
結果は紙一重、ネギの拳が一足早くムドの顎を貫いては小さな体ごと空へと打ち上げた。
「実戦経験はほぼ零に等しいお前が、ここまでできれば上等だ。こおるせかい」
敵を排除したネギが明日菜へ振り向こうとした瞬間、目の前にいたのはエヴァンジェリンであった。
いくらムドより強いとはいえ、比較対象が比較対象だ。
それがエヴァンジェリンになったとすれば、たちまちネギは弱いと評される。
その通り、ネギは一瞬にして氷の柱の中に封印されるように閉じ込められていた。
「さて、後始末は任せたぞ。そこの魔法生徒二人」
「エヴァンジェリンさん、ムド様の容態が。一刻も早く、魔力を抜かなければ危険です」
「待って、私も……ついてくだけ、ついてくだけ!」
「当然だ、お前を守る為に最後の力を振り絞ったのだぞ」
ズタボロで意識のないムドと、顔が赤い明日菜を連れて刹那とエヴァンジェリンが去っていく。
残されたのは氷柱に封印されたネギと、茫然とする夕映や高音、愛衣だけであった。
麻帆良武道会の予選会場は先日、ムドと明日菜がデートをした龍宮神社の境内であった。
陽は沈んでもまだまだ静まる気配を見せない麻帆良祭の中でも、さらに盛況である。
特設リングが場所を取っているとはいえ、境内の殆どに人がひしめき合っていた。
何しろ麻帆良祭で行われる格闘イベントのほぼ全てを買収、一つに纏め上げたのだ。
麻帆良の内外から集まった格闘家が、全てこの場に集まってきていた。
「ようこそ、麻帆良生徒および部外者の皆様。復活した麻帆良武道会へ。突然の告知にも関わらず、これ程の人数が集まってくれた事を感謝します」
それを成したのは超包子のオーナーである超であった。
「優勝賞金一千万円、伝統ある大会優勝の栄誉とこの賞金、見事その手に掴んでください」
超が大会を纏めた理由も不明だが、和美がMCを勤めている理由も不明である。
少なくともムドはその事については聞いてはいない。
ただ和美の事は信頼しているので、今すぐにそれを咎めるつもりはなかった。
それだけの余裕がなかったとも言えるのだが。
「ムド、大丈夫? 傷はネカネお姉ちゃんが治してくれたけど、アレで体力減ってるでしょ? どうしても、出なきゃ駄目なの?」
「心配しないでアーニャ。大丈夫、目的は優勝じゃないから。アキラさんにも、金剛手甲を借りられたしね」
「強化されるのは、腕力だけだから気をつけて」
「ええなぁ、アキラ。ムド君の力になれて、ウチの傷跡の旋律は大き過ぎるわ」
エヴァンジェリンが持っていた道着姿にて、金剛手甲の填め心地を確かめていた。
身長の高いアキラの手甲だけあって、肘部分が随分余ってしまうが付けられない事はない。
「予選で坊やと当たれば、そこで目的は達成だからな。当たらなければ、同一グループになった者がムドを守る。それで良いな?」
「はい、ムド様は私がお守りします。月詠、不本意だが貴様が一緒になった場合は、きちんとお守りしろ」
「ウチ、いつもムドはんをお守りしてますえ。先輩こそ、熱気に浮かされていつもみたいに粗相してはあきまへんえ?」
早速仲間割れと、建御雷を刹那が振り回し、月詠が逃げ出した。
「あー、そこの参加者達。一応、大会主催者のお言葉中なので、それなりに静粛に願います」
和美にやんわりと叱られ、周りのむさい視線が集中する。
特にムドは美少女の中で黒一点なので、よりいっそう目立っていた。
美少女に囲まれなんと羨ましいガキだと妬みよりも羨みが勝る瞳でだ。
無用に敵は作りたくないので、とりあえず刹那と月詠を大人しくさせ、どうぞと和美に先を促がす。
怪我の治療と魔力抜きで午後の時間は殆ど使ってしまった。
超に関する調査は殆どできてはおらず、武道会を纏めたのが彼女であるならば丁度良い。
彼女の狙いが片鱗だとしても、垣間見えるかもしれないからだ。
「二十数年前まで、この大会は元々裏の世界の者達が、力を競う伝統的大会だたヨ。しかし主に個人用ビデオカメラなどの記録機材の発達と普及により使い手達は技の使用を自粛、大会自体も形骸化、規模は縮小の一途をたどた」
超の主催者の挨拶は続く。
「だが私はここに最盛期の麻帆良武道会を復活させるネ。飛び道具および、刃物の使用禁止。そして呪文詠唱の禁止。この二点を守ればいかなる技を使用してもOKネ」
どうやら超はムド以上に、魔法の一般化については問題視していないらしい。
ただその方向性は全く異なってはいたが。
ムドは自分の生活に問題がなければ、誰が魔法を知り、使用しようと構わない。
だが超がわざわざ人を集めてこの発言をしたとなると、寧ろ魔法を明かしたいように勘ぐれた。
「案ずる事はないヨ。今のこの時代、映像記録がなければ誰も信じない。大会中、この龍宮神社では、完全な電子的装置により携帯カメラを含む、一切の記録機器は使用できなくするネ」
その一言が、判断を難しくする。
魔法を明かしたいのではなく、言葉通り麻帆良武道会を復活させたいだけなのか。
だが未来の火星から超がやってきたと仮定して、純粋にそれを願うのはおかしい。
そもそも未来の火星人が何故麻帆良武道会を知り、それに固執する理由があるのだ。
「裏の世界の者はその力を存分に振るうがヨロシ。表の世界の者は、真の力を目撃して見聞を広めてもらえれば、これ幸いネ。以上!」
主催者の言葉が終わると同時に、参加者であろう格闘家達の雄叫びがこだまする。
うねる波のような轟音にもなるその声の中でも、やはりムドは冷静に考えていた。
超は、裏の世界つまりは魔法を知る参加者に、それを使わせようとしているようにしか思えなかった。
本当はネギの事にだけ神経を注ぎたいのだが、溜息が漏れる。
「奴の狙いは、魔法を世間に明かす事か?」
「ええ、それって大変な事じゃない。武道会なんてしてる場合じゃないわよ!?」
「しかし、本当にそんな大それた事を……」
「彼女は本気でしょうね。今から魔法を世間に明かし、魔法世界が崩壊する時に受け入れやすくする。狙いはそんなところでしょうね」
エヴァンジェリンの言葉を聞いてアーニャが驚き、深刻そうに刹那が呟いた。
現状、フェイトの目的を知っているのはエヴァンジェリンと月詠だけである。
従者には隠し事をしないと決めたムドも、流石にフェイトの目的を簡単には明かせない。
明かすとするならば、フェイトが来るであろう三日目に許可をとってからだ。
「本当に、邪魔です」
より安全に魔法世界人の移住計画を練るフェイトの邪魔になる事は、明白である。
一度は死の恐怖を味わう事になるかもしれないが、気が付いた時には楽園にいるのだ。
魔法世界の人間は、世界崩壊による故郷が失われる光景を見ずに済む。
こちらの旧世界の人間も無駄な混乱もなく、これまでの生活が続いていく。
どちらが正しい方法をとるであろうかは、考えるまでもない。
もっとも、ムドはフェイトが超の立場であれば、迷わずそちらが正しいと論ずるだろうが。
大切なのはフェイトは友達であり、超は赤の他人という事である。
「そうそう明日菜さん、無理はしなくて良いですからね。明後日は大事なデートなんですから」
「え、あ……うん。守るって言ったのは私よ、だからちゃんと守るわ」
「うふふ、明日菜ちゃん。顔が赤いわよ。そんなに俺の女だってムドに言われたのが嬉しかった?」
「ちが、誰よ。ネカネさんにばらしたの!」
超の大胆な宣言を前に口をポカンと開けていた明日菜が、憤り両腕を掲げていた。
あの時、その場にいたのはムドを含め、エヴァンジェリンと刹那である。
ムドはずっと気絶していたので除外するとして、ならば候補は残り二人しかいない。
明日菜に睨まれ、サッと目をそらしたのはせつなであった。
何しろ、ネカネだけでなく従者の全員に既にばらしてしまっているからである。
「ああ、一つ言い忘れてる事があったネ」
だが幸運な事に、超のそんな言葉が明日菜の追及を遮っていた。
「この大会が形骸化する前、実質上最後の大会となった二十五年前の優勝者は、学園にふらりと現れた異国の少年。ナギ・スプリングフィールドと名乗る、当時十歳の少年だった」
この時、マイクを手にした超が見ていたのは、明らかにネギであった。
ムドとは異なる場所にいながらも、その姿は際立っていた。
いやムドが見ていたからこそ、そう見えていたのか。
「この名前に聞き覚えがある者は、頑張るとイイネ」
「では参加希望者は、前へ出てくじをひいてください!」
ぞろぞろと周りの格闘家達が移動を始める中で、少しムドのやる気はそがれていた。
何が楽しくて、自分を捨てた父が最後を飾った武道会に出なければならないのか。
それぞれ従者達はそんなムドを慰めつつ、和美の言ったくじを引きに向かった。
参加するのはムドを筆頭にエヴァンジェリンに刹那と月詠、そして明日菜である。
これだけいれば、誰か一人ぐらい一緒のグループになるだろうと思ったが、少し甘く見ていた。
予選会は二十名一グループのバトルロワイヤル形式。
グループはAからHまであると後から聞かされ、従者の数が明らかに足りない。
ムドはそれを見事に外してしまった。
「び、Bグループ……」
明日菜と刹那はCグループ、エヴァンジェリンはFグループ、月詠はEグループである。
「こら、落ち込むな。私達はあくまで保険、余程の相手がいない限りはお前と言えど大丈夫だ」
「あはは、さすがにグループ外じゃしょうがないわよね。頑張りなさいよ、ムド」
「くっ……私のくじ運が、申し訳ありませんムド様」
「本当に先輩はしょうがありまへん。ムドはんへの愛が、足らんのやないですか?」
早速刹那をからかい、追いかけられる月詠を他所にBグループのリングへと向かう。
従者を総出で集めて予選敗退は、格好悪過ぎる。
せめて誰か知り合いがと願いながら、屈強な男達が待つリングに足を掛けた。
その先に、思いもよらない人物が待っているとも知らずに。
「ム、ムド?」
「兄さん?」
同じBグループのくじを手に、兄弟が同じリングの上にてそろっていた。
ただし、ネギは昼間の事から余りまともにムドを見られないようであった。
恐らくは夕映か、高音辺りが誰をボコボコにしたのか語ったのだろう。
ムドが何を思ってそうしたのか、心情を察する事なく。
できればこの場でネギとの決着をつけてしまいたかったが、どうやらできそうにない。
少なくとも、ネギがムドに負い目を感じているうちには。
「あの昼間の事なんだけど、ごめん」
「別に、エヴァに任せれば良かったのに首を突っ込んだのは私です。謝罪されるいわれはありませんよ。それより、心してください」
「え、なにを?」
「この武道会で私は兄さんのいう本気を出します。この先の人生でも恐らくはない。兄さんが願う本気を。これを逃せば、一生無いですから」
何か言いたげなネギを尻目に、同じリング上の他の選手達を眺めた。
いかにも格闘家っぽい者もいれば、単なる巨漢やリーゼントが決まっている不良もいる。
なんでもござれのまさにバトルロワイヤル。
その中の数人が、ネギやムドを見ては含み笑いをし、気の良い者は微笑みかけてきた。
「よお、坊主。本気で出場するつもりか? ガム食うか?」
「怪我しても知らないぞ。お兄さん達、手加減しないからな」
「あ、はい。僕も手加減しません。よろしくお願いします」
「私、病弱なので手加減してください。思い切り殴ると死にますから」
ネギの台詞で笑おうとした面々が、ムドの台詞で表情を凍りつかせた。
血色こそ今は悪くは無いが、同じ年のネギに比べても細くて背が小さい。
道着を着ているというよりも、道着に着られているようなチグハグな感さえ受けた事だろう。
一部、おいどうするかと相談し始める者も出始める中で、それは宣言された。
「ではBグループ人数そろいました。試合開始!」
「坊主、悪い事は言わん。大人しくワシに摘みだされておけ」
試合開始直後、リングの中でも最も巨漢な男がムドの前まで歩いてきた。
それで咄嗟に庇おうとしたネギを、ムドは制して止める。
本当にネギがこんな状態では、意味がないからだ。
勝敗はどうあれ、恐らくはムドが負けるだろうが、ネギがムドの本気に満足しなければならない。
昼間にネギにボコボコにされた事も、こんな荒っぽい武道会に参加したのも目的がある。
その目的を達する為にも、ネギの不要な気遣いを改めさせなければならなかった。
「祭りで死人を出すわけにもいかないからな」
そう言って巨漢の男が思いやりのある優しい豪腕をムドへと伸ばしてきた。
ムドが不用意に動かないように、とてもゆっくり脅威を感じさせないように。
伸ばされたそんな腕の手首を、ムドは小さな手の平で掴み取った。
ゆっくりとはいえ、そこには確かに流れが存在した。
アキラの金剛手甲により強化された腕力も手伝い、流れを強めて引き絞る。
「あ?」
つんのめり、また一歩ムドへと踏み出された足を払って巨漢の男を投げ飛ばす。
金剛手甲による腕力強化は最小限に、あくまで合気道による体捌きを利用して。
大きく投げ飛ばされた巨漢の男は、そのまま隣のAグループのリングにまで飛んでいった。
「これは信じられません。病弱な保健医と有名なムド先生が、巨漢の男を隣のリングまで投げ飛ばしてしまった!」
和美のアナウンスに少し気を良くし、微笑を浮かべてネギへと振り返る。
「兄さん、これで周りは敵だらけ。本戦まで協力しませんか?」
「協力……うん、いいよ。戦いの歌」
陰鬱な表情が一変、やけに瞳を輝かせたネギがムドの隣に並び構えた。
お互いに中国拳法と合気道と学んだ武術こそ違えど、そこは兄弟。
型の違いによる歪さを感じさせず、子供という侮りを捨てた格闘家達に立ち向かう。
ネギは拳と蹴り技で、ムドは掌打と投げ技で。
自分達よりも倍以上に大きな格闘家達を沈めていく。
「ムド、僕ちょっと楽しいや。なんだろう、良く分からないけど凄く楽しい」
「私は辛いですけどね。熱で頭が痛いです。でも、嫌ではないですね」
思えば予選通過の為とはいえ、同じ目的の為に協力するなど何年も前の話だ。
今は完全に生きる為の指針が違い、魔法学校時代も完全にすれ違ってしまっていた。
そう、まだ村が悪魔に襲われるよりもさらに前。
小さな村が世界の全てであり、自分達が誰の子供かも知らない真っ白な頃だ。
麻帆良祭りが、この武道会が終了すれば、もう二度とは戻れないであろう関係である。
「よし、後少し」
中華服を着た拳法部の人らしき人を、新たにネギが息切れしながらも打ち倒した。
バトルロワイヤルだけに、状況が刻一刻と変化している。
主にリング上にて生き残った者がだ。
生き残りはと周囲を見渡したムドが、とあるモノを見つけて叫んだ。
「兄さん、動かないで!」
抗うような抵抗もなく、ネギがムドの手によって投げ飛ばされた。
そのネギを掠り行くように魔法の射手、光の一矢に似た閃光が通り過ぎていった。
「避け……協力しあった兄弟を隙をついて投げ飛ばすとは、気にいらねえ。坊主、この豪徳寺薫が性根を叩きなおしてやるぜ!」
「それで、その兄さんは何処でしょうか?」
「なに!?」
豪徳寺が投げ飛ばされたであろうネギを、送れて視線で追いかけた。
ムドの目の前から頭上へと、その視線はやがて豪徳寺の頭上を飛び越えていった。
途中視界が追いつきはしたが、振り返る事は許されない。
それだけの時間が与えられず、豪徳寺の背後に降り立ったネギが背中に拳を打ち込んだ。
「ぐへぇっ!」
背中を打たれた点を中心に体をそらしながら、豪徳寺が吹き飛んだ。
そのままであれば顔面からリング上に落ちてしまう事であろう。
自分の方へと吹き飛んできた豪徳寺の腹に手を沿え、一回転させると受身の取りやすい背中から落として見せた。
「囮、たあやるじゃねえか。すっかり騙されちまったぜ。だが本選はタイマンだぜ。気をつけろよ。兄弟仲良く、ガム食べな」
「どうもです。兄さん」
「あはは、ムド」
貰った二枚のガムの一枚を、ネギへと放り投げる。
そしてお互いに上げた掌をパンッと叩き合って称えあう。
「子供先生、まさかのそろって本選出場!」
和美の再度のアナウンスを受け、歓声が沸きあがった。
-後書き-
ども、えなりんです。
たぶん、兄弟が協力しあったのは初かな。
これっきりですけどね。
とりあえず、ネギの願いは本選に持ち込み。
しかし、病弱な弟とガチで殴りあいたいって……
いや、なにも言うまい。
ん、そういやこのネギってムドを殴った後のネギ?
時間軸まで良く考えてなかったので、分からん。
まあ、良いか。
皆さん、あまり興味ないでしょうし。
さて、次回は水曜日です。