第四十一話 ネギの気持ち、ムドの気持ち
修行開始からさらに数日の時を経て、ムド達の修行に関してネギ達が知るところになった。
元々、そう長く隠し続けられるような事でもなかったが。
隠していた主な理由は、お互いのパーティによる模擬戦である。
ある程度、お互いに戦力を理解しつつ、見知らぬ新戦力が加わった同士でもあった。
そこをどう戦うかは、リーダーの手腕に掛かってくるという事だ。
そして春休み以降、久しぶりのネギパーティ対ムドパーティの模擬戦が行われようとしている。
場所はエヴァンジェリンの別荘にある巨大な塔の屋上という限られた場所出だ。
ネギパーティの戦力は、まず前衛として魔法拳士のネギ、拳法家の古菲、忍者の楓が努める。
「最近は、何処の魔法生徒も相手にしてくれなくなったアルから。久々に燃えるアル」
「うむ、お互いどれ程まで腕を上げたか楽しみでござるな」
「基本的な方針は僕が出しますが、戦況を見てあやかさんも指示を願います」
あやかは後衛の護衛も兼ねた中衛であり、前に出たネギの代わりのサブリーダー。
「ええ、ではまず私が高校在学中にネギ先生と学生結婚をした後、雪広グぷりゃ」
「いいんちょ、抜け駆けはあかんて。まだ当分の間は、皆のネギ君やもんな」
「木乃香さん、貴方今トンカチで私をお殴りに!?」
「模擬戦中、うっかり手を滑らせないように気をつけなければいけませんね。ええ、訓練に事故は付き物です」
後衛には治癒魔法使いの木乃香、魔法使い見習いの夕映、特殊召喚士のハルナであった。
「まあまあ、二人共。こんなファンタジー溢れる世界の中さ、小さい事をくよくよ言うんじゃないよ。この世にはハーレムって言葉があるじゃないのさ」
「ハルナ、ええ事を言ったえ。妻妾同衾って奴やな」
「さ、さささ妻妾同衾。そのようなふしだらな行いが許されるはずがないです!」
「あれあれ、焦るって事はその意味を知ってるって事? いやあ、意外に夕映もむっつりだねえ」
きゃあきゃあとネギの従者らが騒ぐ傍ら、ムドも最終確認を行っていた。
ムドパーティの戦力だが、当然の事ながらエヴァンジェリンは抜きで審判役。
茶々ゼロも戦力が偏るので見合わせているが、代わりに茶々丸が勉強の為に参戦である。
それから和美も渡鴉の人見による撮影班として、別途待機であった。
その二人と一体を抜きにして、まず破魔剣士の明日菜と神鳴流剣士の刹那と月詠である。
「今回は、お嬢様と言えど手を貸すわけにはいきません」
「春休みの模擬戦はそれで負けちゃったしね。頼りにしてるわよ、刹那さん」
「さすがムドはんのお兄はん。可愛らしい従者の方が……死ななければ斬ってもよろしいんですかぁ?」
「節度ある斬り方でお願いします。あと、次元刀の能力は使わないでくださいね。暗殺向きですから、兄さんのパーティと言えど教えたくはないので」
怖ろしい事をのたまう月詠に、皆が引く中でムドがまあまあと押さえてこっそり話しかけた。
当然、人斬りの月詠は甘い模擬戦に不満だが、ちゃっかり殺さなかった回数だけ後でイかせてくれと頼まれてしまった。
一方の中衛は、金剛手甲による特殊合気道家のアキラである。
それから自由に動いて良いよという意味で、ガイノイドの茶々丸だ。
「茶々丸さん、一緒に頑張ろうね」
「はい、よろしくお願いしますアキラさん」
後衛が治癒魔法使いのネカネに魔法使い見習いのアーニャ、魔法楽師の亜子であった。
「亜子ちゃん、気をつけてね。傷跡の旋律の効果は知られてるから、真っ先に狙われる可能性があるわ。アーニャも炎の衣は常時、展開しておいて」
「平気、きっとアキラが守ってくれるから。最初から全開で演奏するわ」
「はーい、ネカネお姉ちゃん。ムドも、こっちにきなさい。前にいてもしょうがないでしょ」
「分かってますよ」
そして、後衛よりもさらに奥、そこが未だ一般人であるムドの定位置であった。
パーティのブレインとして、全体を見渡しながら指示を出す予定だ。
ムドが定位置についたのを最後に、お喋りは中断してお互いに向かい合う。
その中間に腕を組んだエヴァンジェリンが進み出て、ルールを説明した。
「致命傷と判断した場合、私か茶々ゼロが強制退場させる。それからリングアウトも同じだ。限られたスペースは有効に使え」
「ケケケ、普通ノ退場ト思ウナヨ」
「和美、ちゃんと模擬戦は撮影して後で配ってやれ」
「はいよ。六つの角度から、撮ってるから大丈夫。後で焼き増しするって、皆頑張んな」
「ああっと、それから。始め!」
まだ後一つあるような言い草からの、突然の宣言であった。
予め聞かされていたのは和美と茶々ゼロぐらいか、意地が悪いとばかりに笑っている。
あろう事か、茶々丸でさえ何事かとエヴァンジェリンを見ていた。
お互いの特に意気揚々としていた前衛の面々が、前のめりに倒れこみそうであった。
誰が一番早く現状を理解し、突撃または指令を下せるか。
最初はそれ以外に役目を持たないムドであった。
「刹那、月詠、明日菜、ゴー!」
端的に最も思考が少ない言葉で行動を支持を叫んだ。
それに対し弾かれたように飛び出したのは、刹那と月詠の二名であった。
遅れて明日菜も飛び出したが、その時には既にネギ達も思考の再起動を果たしていた。
月詠の二刀を楓が同じく二振りのクナイにて受け止め、斬り裂きあっていく。
ガリガリと刃が直ぐに駄目になりそうな音を奏で合いながら、月詠が瞳をどす黒く濁らせ猫目の様に三日月の光を浮かび騰がらせた。
「うふふ、ウチはもう少し小柄な子が好みですけど。お姉さんの強さは嫌いやないですえ。同じ、日陰の匂いがぷんぷんしますえ」
「殺人剣でござるか。あまり一緒にして欲しくはないでござるな。しかし、一目で狂人としれる人物を手中に収めるとはムド先生もなかなか」
一方の刹那は建御雷一振りでネギと古菲の二人を一度に押さえ込みにかかった。
拳打の数に対し、豪快で防御不能な建御雷の斬撃によって。
「むッ、舐められたものアル。ネギ坊主、隙間をすり抜けて本陣を目指すアル」
「はい、刹那さんをお願いしまッ。明日菜さん」
「あぶな、引っかかった。思いっきり引っかかった。性悪なんだから、エヴァちゃんは」
大振りな刹那の脇をすり抜け、駆け抜けようとしたネギの突進を遅れてやってきた明日菜がとび蹴りで止めた。
お互いに動きが止まったところで、リーチの差を利用して破魔の剣のハリセンを打ち下ろす。
ネギも一瞬で後退してかわし、しばらくは前衛の計六人は膠着状態が続きそうだ。
となると状況を動かすのは、お互いの後衛がどう動くかである。
「ほな、いくえ。魔法の射手、光の十三矢」
「来たれ、五火神焔扇。魔法の射手、炎の三矢」
「来たれ、落書き帝国。炎の魔人を召喚」
まずは小手調べにと木乃香が光属性の魔法の射手を撃ち込んでくる。
それから手数を増やす為にか、あやかまでもが数こそは劣るが魔法の射手を放つ。
さらにはハルナが一冊のスケッチブックから、暑苦しい肉体の魔人を召喚してきた。
その標的は全て、亜子であった。
「あらあら、木乃香ちゃん詠唱が速くなって。魔法の射手、光の十三矢」
「火の矢は炎の衣に喰わせるから、任せて」
「茶々丸さん、魔人の迎撃をお願いします」
「了解、セカンドマスター。迎撃行動に入ります」
アキラが亜子を庇う最中、ネカネが木乃香の光の矢を寸分違わず撃墜していく。
あやかの火の矢は相性の差で、アーニャの炎の衣に取り込まれてしまう。
ただ一番の見せ掛けだったのは、ハルナの炎の魔人だろうか。
茶々丸が一殴りしただけで、南国の熱気をさらに暑くする事もなく霞と消えてしまった。
お互いに魔法の射手を撃ちあい、中衛である茶々丸やハルナのゴーレムが前に出る中でムドはずっと夕映を観察していた。
「なあなあ、ムド君。ウチ、誰を攻撃したらええ? それとも全体?」
亜子がムドに尋ねると、あからさまに夕映が耳を傾ける様子が見えた。
「それではですね」
(皆さん、そのままで聞いてください)
あからさまに狙いすぎだと、表では口で返答し、従者ら全てに念話をつなげる。
ムドの想像通りであれば、これで戦況が動くはずだ。
それも、こちらに有利な形で。
「亜子さん、夕映さんの気がそがれています。狙ってください」
「夕映、またごめんな!」
「これを待っていたです。フォア・ゾ・クラティカ・ソクラティカ、風よ渦巻け。自分で、その恐ろしさを味わうと良いです!」
傷跡の旋律の弦を亜子が弾いた瞬間、夕映が誘われ動き出した。
風で渦状の筒を作り、視認できる程に強いそれが夕映の胸の前から曲線を描き、出口を亜子へと向ける。
「傷跡の旋律の音全てが洗脳効果を持っているわけではないです。相手を視認し、特定の音波を叩きつけ、記憶を呼び覚ます。その瞬間さえ、分かれば跳ね返す事も可能です!」
「きゃぁぁぁっ!」
風の轟音に紛れる悲鳴を受けて、夕映がグッと拳を握り上げる。
まさに狙い通りと、夕映だけでなく木乃香やハルナ、あやかも喜色を浮かべていた。
自分のアーティファクトの効果を受けた亜子が、膝から崩れ落ちていく。
一番厄介な亜子を退け、勝気にはやる。
まだエヴァンジェリンが、亜子のリタイヤを宣言していないというのにだ。
「畳み掛けますわ。ハルナさん、コンボ技ですわ」
「あいよ、炎の魔人再び召喚!」
一度は茶々丸に敗れたものの、ハルナが呼び出した炎の魔人の後ろであやかが舞いをひろげる。
五火神焔扇という金色の扇を手に、迸る炎と熱気を魔人に送り込んでいった。
それにともない魔人が膨れ上がり、より筋肉質に巨大になっていく。
そして大きく仰け反りながら空気を吸い込んだ魔人が、巨大な炎の塊を吐き出した。
炎の矢の数十発は軽くありそうな炎の塊が、迫ってくる。
「ちょっと、これはさすがに炎の衣でも防げないわよ!」
「茶々丸さん、下がって。それからアキラさん、受け止めてください」
「分かった」
後一歩のところで敵陣の深くまで切り込めそうだった茶々丸を下がらせ、防御体勢をとった。
一人前へと飛び出したアキラが、火球に対して両手を広げた。
「んっ、熱い」
小さく呻きながら、一瞬だけ火球の勢いを完全に殺す事に成功していた。
だがアキラの腕力を優に超える威力だったらしく、じりじりと押し返されていく。
すかさずアーニャが炎の衣の一部をアキラに分け与え、金剛手甲と一緒に炎の塊を支える。
火球が大き過ぎて対岸の木乃香達の様子は見えないが、元からムドは見ていない。
見ていたのは、上空にて月詠と斬り結んでいる楓であった。
タイミングを見計らい、アキラとアーニャに合図を出した。
「今です、上空へ!」
「う、あぁぁぁっ!」
アーニャが炎の衣で発射台を作り、アキラが力の限り方向を上方へ修正していく。
見事に軌道を変えた炎の塊は、月詠と楓がいる頭上に向かっていった。
一瞬それに気付くのが遅れた楓とは違い、月詠は予めムドから念話で聞かされていた。
慌てて退避しようとする楓に抱きつき、あえて炎の塊へと向けて虚空瞬動を放つ。
「月詠殿、もろともでござるか!」
「いややわ、ウチが死ぬ時はムドはんのお腹の下どすえ。ほな、さいなら」
さらに虚空瞬動を重ねて、月詠が先に炎の塊の中へと姿を消していく。
呆気にとられ、今再び楓は行動を遅れさせてしまっていた。
気付いた次の瞬間には炎の塊が目の前で爆ぜ、空が茜色に染まる中に取り残されてしまった。
熱風が屋上の上に降り注ぎ、ネギの楓を心配する声は中途半端に消し去られる。
その時エヴァンジェリンや茶々ゼロを除き、誰もがその手や足を止めざるを得なかった。
目さえも開けられない熱さの中で、静かにエヴァンジェリンの宣言が響いた。
「長瀬楓、リタイヤだ。茶々ゼロ、回収してやれ」
「マサカ奴ガ最初トハナ。油断シヤガッテ」
高度数十メートルから階下の海へと向けて落ち行く楓を拾いに茶々ゼロが動く。
それを見て安堵する傍ら、とある事にネギそしてあやかが同時に気付いた。
「夕映さん、もう一度」
「亜子さんのリタイヤはまだ宣言されていないですわ」
「チッ、亜子さんそのまま全体攻撃です!」
膝を付いたまま傷跡の旋律を手放していなかった亜子が、即座に顔を上げて弦を弾いた。
不協和音が周囲に鳴り響き、ネギ達にのみ耳を塞ぎたくなる不快感が襲いかかる。
特に前衛にとって、その隙は致命的であった。
両手を耳にあてがう隙こそ作りはしなかったが、動きに精細さを欠いていた。
古は刹那の建御雷に肩を打ちつけられリタイヤ。
ネギもまた明日菜の刺突を胸に受けて、続いてエヴァンジェリンにリタイヤを宣言されてしまう。
後はもう反撃の糸口すらなく、あやかがギブアップ宣言をするのみであった。
同じ屋上でも日除けのあるテラスにて、先ほどの模擬戦の映像がスクリーンに流される。
最大六画面、まだ編集前だが個人だけでなく全体がどう動いていたかもはっきりと分かった。
その映像を、頭にたんこぶをつけた楓と夕映が特に注意していた。
何しろ、ネギパーティ対ムドパーティで初の土をつけた原因が二人だからである。
ただ特別誰かに指摘されなくとも、既に二人は十分に分かってはいるようだ。
最も当初、模擬戦を検討してくれるはずだったエヴァンジェリンはその価値なしと何処かへ行ってしまった。
「改めて見ると、ウチらが傷跡の旋律を警戒して何かしそうなのがバレバレやな」
「そうですね。カウンターを狙うにしても、もう少し考えるべきでした」
「最初の後衛同士の撃ち合いに、夕映さんも加わるべきでしたね。ただ、その場合はカウンターのタイミングが難しくなったでしょうけど」
ネギの言葉に夕映が深く頷いていた。
だからこそ、夕映は最初の撃ち合いで何もせずに亜子へと注意を向けていたのだ。
それが仇となり、ムドに感づかれて逆に利用されてしまった。
傷跡の旋律の怖さを知るが故の、失敗である。
「兎に角、問題は早い内に洗い出しちゃいましょうか。後衛組は、あやかちゃんやアキラちゃんを含めて、繰り返し模擬戦よ。魔法そのものは寮でも勉強できるわ」
「拳法と違って、後衛の戦い方は一人じゃ学びにくいもんね」
「またしてもネギ先生とご一緒できないとは……雪広あやか、一生の不覚ですわ」
それじゃあ始めましょうかと、ネカネが先頭に立って纏め始める。
やはりそこは大人ならではであり、普段はリーダーシップを取る側のあやかも素直に聞いていた。
単に将来的に義姉になるやらなんやらと思っているからかもしれないが。
そして前衛であるネギ達も自然と何をするべきか見据えて動き出した。
特に明日菜は、剣士としてはまだまだなので二人の神鳴流の先生に師事しなければならない。
そんな中で唯一修行ができないムドは、どうしようかと頭を悩ませた。
前衛、後衛どちらの修行に立ち会ってもあまり実りがない事は否めなかった。
「おい、ムドお前は別メニューだ。こっちについてこい」
すると巻物を手に戻ってきたエヴァンジェリンがムドを呼んでいた。
屋上から屋内へと続く階段からであり、皆に一声掛けてからそちらへ向かう。
「アーニャ、頑張ってください。姉さん達も、怪我には気をつけて」
「何するか知らないけど、ムドもね。エヴァンジェリン、ムドに変な事をしないでよ」
「誰がするか、ムドでも無理なくできる修行だ。心配いらん」
一体何だろうと思いながらも、ムドはエヴァンジェリンへとついていく。
その後ろを、面白そうだと和美までもがついてきた。
エヴァンジェリンもそれには気付いていたが、特に何か言う事はなかった。
屋上から一階分の階段を降りて、客室のようにしか見えない一室へと案内された。
部屋にあるのはベッドやテーブルと言った基本的な家具と、本当にただの客室だ。
「もう、エヴァっち。ムド君と一発やりたいなら、もっと呼べばよかったじゃん。まあ、二人占めも悪くはないけどね」
「阿呆、悪くはないが……」
後ろからムドに抱きつき、和美がその大きな胸を押し付け始めた。
ムドも満更ではないが、流石に修行という餌をぶら下げられると迷ってしまう。
その迷いを察したのか、少し残念そうにしながらもエヴァンジェリンは持っていた巻物をムドに投げ渡した。
「和美、後で一緒にムドに抱かれてやるから、少し黙ってろ」
「へーい、後でね」
「全く、でだ……この巻物だが、お前の為に調整したものだ。開けてみろ」
「はい、確かこれ。前にもアキラさんが」
巻物を開いた先に見えた魔法陣、それの意味を解するより先に魔法陣から腕が伸びてきた。
「はっ?」
その手の平に掴まれたのは、ムドの精神であった。
体からずるりと引き剥がされるイメージが伴ない、巻物の中の魔法陣へと吸い込まれる。
ムドの精神を引きずり込んだ巻物は、自動的に巻き直り封がなされた。
当然、精神を巻物に喰われたムドの体は傾き、倒れこんでいく。
慌てて受け止めた和美であったが、行動の機敏さとは別にかなり焦っていた。
「エ、エヴァっち今の……ムド君が」
「安心しろ、精神を一時的に巻物の中に移し変えただけだ。何しろ、こいつは軽い運動をしただけで高熱を発して死に掛けるからな。鍛えられるのは精神ぐらいしかない」
「えっと、どういうこと?」
「精神に肉体的苦痛はおろか、時間も関係ない。じっくり精神から鍛え上げるのだ。延々とこの巻物の中で私の合気道の全てを伝授してやるのさ」
ようやく納得がいったとばかりに、和美がパチンと指を鳴らした。
ただこの方法も精神と体のズレが発生してしまう為、そこまで万能ではない。
今はまだ一定時間鍛え、体に慣らし、また精神を鍛えるという繰り返しになるだろう。
それはそれとしてと、エヴァンジェリンは和美が抱えていたムドを近くのベッドに寝かせた。
そしてそこにはないムドの心に向けて、頑張れとばかりに撫で付ける。
「ねえ、エヴァっち。ムド君の心は、そこにはないんだよね」
「そう言ったはずだ。ええい、邪魔するな」
「今、私らがムド君の体に何をしようと、全部オールオーケーじゃない?」
和美の言葉に、その発想はなかったとエヴァンジェリンが目を見開きながら振り返った。
改めてムドを撫でても、頬を突いても、鼻の頭をちょっと舐めても無反応だ。
当たり前だ、ムドの精神は今は体に宿っていない。
「お、おおお……違、私はそんなふしだらな理由で」
「大丈夫、落ち着きなってエヴァっち。私ら、悪人じゃん。だから、何も気にしなくて良いんだって。私、ムド君に女の子の服を着せて犯したいな」
「お、女の、私のか。ヴィッグとかつけて……ショーツも履かせてみるか?」
「いやあ、付いてきて良かったよ。それにこんな事を共謀できるのエヴァっちだけだからね。私ら二人で、ムド君の初めてを頂いちゃいますか」
ごくりと、とても駄目な従者二人が邪悪な顔で精神を失ったムドの体を見下ろしていた。
突っ込み不在のまま、邪悪な笑みを浮かべた魔の手がムドへと伸びていった。
全くと、割と本気で怒りながらムドは湯に浸かって行った。
別荘の塔内にある幾つかある内のお風呂場の一つでの事である。
何十畳あるか分からないぐらいに広い大理石の浴槽は豪華で申し分ない。
だがそれでもご機嫌になれない理由は、エヴァンジェリンと和美にあった。
修行そのものは、精神世界でエヴァの分身と延々と合気道の訓練を続けていただけだ。
休憩がてらにお誘いを受けて、エヴァの分身と致す事もあったが七割は修行である。
全力で体を動かしても熱が出ない楽園のような世界で、充実した一時を過ごしていた。
やがてそれにも限界が訪れ、現実に引き戻されてからがひどかった。
「仕返しはしたから良いですけど」
ぷりぷりに膨れる顔をタオルで拭きながら呟く。
精神が体に戻った時、ゴスロリ服を着せられた自分の腰の上で恍惚の笑みを浮かべて和美がよがり狂っていた。
殴られたかと思うようや快楽が急激に襲いかかり、そのまま中に射精してしまった。
それで終わりかと思いきや、意識が戻った事に気付いていないエヴァンジェリンが和美から抜けた一物にしゃぶりついたのだ。
しかも何故か、ムドが着せられていたゴスロリ服とペアルックであった。
精神と体のズレに戸惑うより先に、怒ったムドは二人を足腰立たないまでハメ倒した。
「どうしたの、ムド? なんか機嫌悪そうだけど、エヴァンジェリンさんの修行が大変だったとか?」
「いえ、なんでもありませんよ兄さん」
もう無理と言われてからも、年齢詐称薬で大きくなった一物で突いて突きまくった。
当分は、夜のお勤めにも来ないだろうというぐらいにだ。
一先ず、エヴァンジェリンと和美の事は忘れて、兄弟水入らずを楽しむ事にする。
こんな事は、修学旅行以来かもしれないからだ。
肉体と精神のズレにより震える手でタオルを絞り、頭に乗せてから尋ねた。
「ああ、気持ち良い。そう言えば、あの事はちゃんと言ったんですか?」
「あの事って?」
流石にそれだけでは伝わりきらなかったようだ。
「おちんちんがむずむずする事を、木乃香さんにですよ」
「え、あぅ……その手でして貰っ、なんでもない。そうだあのさ、まき絵さんが選抜テストに合格してね。部の代表として大会に出るんだって」
かなり強引に誤魔化されたが、しっかりと聞こえてはいた。
ただ手淫程度とは、木乃香も大胆なようで意外と貞操観念は強いのか。
まだネギも一皮向けていないのかとお湯の中を眺めても、揺らぎで良くは見えない。
ネギの色恋はまだまだかと勝手な感想を抱きながら、まき絵の事を思い出した。
「そうですか、色々と悩んでいた時期があったみたいなので安心しました」
「練習で忙しくてお礼を言う暇もないからって、言付かってたんだ」
「私は何もしてませんよ。御礼を受け取るのに適任なのは、亜子さんです」
ムドがした事といえば、オナニーのやり方を少々教えたぐらいだ。
殆どはムドに秘所を弄られたり挿入された時の顔を見せた亜子のおかげである。
ただ亜子本人は、まき絵がオナニーにはまってしまって少し困っていた。
秘所の周囲を弄るだけならまだしも、色々と指以外にも挿入しようとするらしい。
処女膜を大事にと怒った事は一度や二度ではすまないそうだ。
「凄いな、まき絵さんは……ちゃんと自分の目的に向かって着々と進んで」
「何を言ってるんですか。兄さんだって立派な魔法使いを目指して、ちゃんと日々修行してるじゃないですか」
「そっちじゃなくて、父さんのッ」
ハッと慌てたように口を塞ぎながら、ネギがお湯の中から立ち上がった。
確かにムドがナギを快く思っていない事は京都でナギの家を見に行く事を辞退した事からも明白である。
だがそれだけで、ナギの話題さえ口に出すまいとするのは過剰反応過ぎではないか。
「もう兄さん急に立ち上がらないで下さい。お湯が飛んだじゃないですか。それでそっちじゃなくてなんですか? 良く聞こえませんでしたが」
「あ、あはは。聞こえなかったら、別に良いんだ。とりあえず、僕の目標は竜を倒せるぐらいが現実的かなって」
「へえ、ところで話は変わりますけれど父さんの家から魔道書か何かは貰ってきましたか?」
「めぼしいものはあんまり、けれど詠春さんから父さんの手がかりになるッ!?」
話が全く変わっていない事に気付かず、ネギが今度こそ致命的な口の滑りを見せた。
瞬時に思考を働かせ、ネギの言葉を繋いでいく。
京都にて詠春からナギの行方に関する何かを貰っていた。
まき絵とは違い、ネギ自身は目標に向かって着々と進んではいない。
当面の目標は、竜を倒せるぐらいが目標である、という事だ。
ムドもそこまで細かく、ネギの行動を把握しているわけではない。
それにまさかそんな行動に出ているとは、思いも寄らなかった。
「兄さん、私は京都で誘拐されて鬼神復活の生贄にされたんですよ?」
例えあれが半ば狂言誘拐のような形に最終的には落ち着いたが、真相を知らないネギからすればそうなるはずだ。
だからこそ、ムドも例え京都で何を見つけたとしてもネギがそんな行動に出るとは思わなかった。
だというのに、実際はどうだ。
修行こそネギは継続して行ってはいたが、同時にナギの行方も追っていた。
「次はちゃんとムドの事を守るよ。またアレから少しは僕も強くなったんだ」
「強い、弱いの話じゃないです。何処にいるかも分からない父さんを探しに出て、どうやって私を守るつもりですか!?」
「直ぐに探しに行くわけじゃないよ。でも何時か」
「今だろうが未来だろうが関係ないですよ。そばに居ない人間がどうやって守れるって言うんですか。答えてくださいよ!」
本当にムドはネギが何を言っているのかが、分からずその肩に手を伸ばした。
父親だろうが他人だろうが、英雄と呼ばれる強さを持つナギに憧れる事が悪いとは言わない。
だが行方知れずにまでなった人間を、どうして探そうと思える。
仮にそれが父親であろうと、今目の前に家族がいるのにだ。
何一つしてくれなかった父親がそんなに大切か、家族を捨ててまで探さなければいけないのか。
ネギという血を分けた兄弟が、心底理解できなかった。
「僕にばっかり頼らないでよ!」
そんなムドの手は、同じように激昂したネギに払われてしまった。
お互いにお湯の中から立ち上がり、顔を険しくして向かい合う。
「ムドも体が辛いのは分かるよ。けど、だからってどうして僕がやりたい事を我慢しなきゃいけないのさ!」
「兄さんは立派な魔法使いになりたいんじゃないんですか。だったら、全然我慢なんてしてないじゃないですよ。父さんを探しながら何て両立は無理だ」
「ムドが僕の限界を決め付けないでよ。父さんを探しながらでも、僕は立派な魔法使いになってみせるよ。絶対に」
「家族を見捨てて生きてるかどうかも分からない父親を探しにいくような人間に、立派な魔法使いになれるわけがないじゃないか。少なくとも、私は絶対に認めない。認めてたまるか!」
そう言い放った瞬間、ゴンとネギの拳がムドに打ちつけられた。
もちろん魔力は篭ってはいないただの子供の拳だ。
だからこそ、なおさらその拳はムドの心に響いていた。
その響きを込めて、ムドも殴り返したがまだ精神と体が一致していない。
しかも元々体が弱いムドの一撃など、ペチンとネギの頬を揺さぶる程度でしかなかった。
次の瞬間、苛立ちに染まっていたはずのネギの瞳の色が、穏やかさとは違う冷めた色に変わる。
先ほどまでの声の荒々しさから一転、ネギは静かにムドの拳を頬から放した。
「止めよう、ムドと僕じゃ喧嘩にならないよ。僕、先に上がるね」
「喧嘩にならないって」
「だって危ないじゃないか」
その言葉の意味は、哀れみか心配か。
どちらにせよ、ムドはこの上ない苦しみに晒されなければならなかった。
以前はまだ違ったはずだ。
魔法が使えなくてもネギはムドを、普通の弟としてみていてくれた。
だが今の言葉や態度は、明らかに対等な人間に対するものではない。
議論にもならない喧嘩とはいえ、気持ちや想いのぶつけあいであったはずだ。
その感情を一方的に寸断されなければならないのか。
「先、あがるね」
それだけを呟き、ネギはムドを置いて一人湯船からあがっていった。
そんなネギの後姿を眺めながら、ムドは改めて二人の間に絶対的な壁があるように思えた。
ネギは魔法使いであり、ムドは魔法が使えない普通の人間。
やはり魔法使いは魔法使いでしかないのか、ネギはムドの訴えを喧嘩にならないからと切り捨てた。
それが何よりも辛く、歯を強く食い縛らなければ嗚咽すら漏れそうであった。
-後書き-
ども、えなりんです。
よくある修行風景、は良いとして……
ネギとムドの間に亀裂はしる。
元から歪な兄弟ではありましたがね。
まあ、安易なアンチには走るつもりはないです。
そもそもムドがある意味最低系の主人公ですし。
あと和美がフリーダム。
それでは次回は土曜日です。