第三十八話 修学旅行最終日
薄っすらと開けた瞳には、天井の木目一つ一つまでがはっきりと見えている。
リョウメンスクナノカミの召喚にて多くの魔力を消費したせいか。
これまた体調が最高に良い日の記録更新かと思いながら、ムドは体を起こした。
自分が寝ていたのは畳みの上に敷かれた布団の上であった。
関西呪術協会の総本山にある何処かの客室であろう。
障子の向こうからは朝日と、小鳥達のさえずりが通り抜けてきている。
その光や音に釣られるように辺りを見渡すと、枕元には船を漕いでいるエヴァンジェリンがいた。
流石に大人数での看病は差しさわりがあっての事か、一人だけだ。
「おはよう、エヴァ」
昨日は心配を掛けてごめんと込めて、さらさらの髪を撫で付けた。
器用に船を漕ぎながらも気持ち良さそうに微笑むエヴァンジェリンを堪能する。
(やあ、お楽しみのところ失礼するよ)
そこへ苦笑を含んだ念話に、照れ臭そうにムドも笑う。
「見てたんですか?」
(待ってたと言った方が正しいね。無事にリョウメンスクナノカミも回収できたよ。ただ少し、君のシナリオが変えられてしまったよ。月詠さんがね)
ほっとしたところへのその言葉に、少しドキリとする。
(君と離れたくなかったらしい。裏切りの裏切りを演出してくれたよ。アドリブするにしても、もっと楽に修正できる範囲でお願いしたいね)
「後で言っておきますよ。フェイト君はこれからどうするんです?」
(魔法世界で準備があるから、しばらくはそちらに缶詰さ。何かあれば連絡するよ。じゃあ、またね。ムド君)
「はい、また会いましょう。その時は、僕の従者をきちんと紹介しますよ」
楽しみにしている、そう最後に呟きフェイトからの念話が途切れる。
それと同時に、エヴァンジェリンを撫でていた手の手首が掴まれた。
結構な痛みが襲うそれは、エヴァンジェリンの手によるものであった。
先程の念話も盗み聞いていたのか、底冷えのするような笑顔でニヤリと笑っていた。
「さあ、どういう事か聞かせてもらおうか。洗いざらいな」
「やっぱり、怒ってますよね?」
「当然だ。自分は大丈夫と思ってふらふら私達のそばを離れ、勝手に掴まった挙句、鬼神召還の為の生贄だと? 普通の魔力量の人間なら衰弱死してもおかしくはないんだぞ。貴様、やはり自殺志願者か?」
そう凄んでムドの腕を捻り上げた次の瞬間には、エヴァンジェリンが抱きついてきていた。
ぐすりと鼻を鳴らし、その肩が震わせながら。
「死んだら、どうする。私との契約を忘れるな。死んでからでは間に合わんのだ。貴様は全うな人の生を謳歌した後は、私のモノなのだ」
「ええ、もちろん憶えていますよ。私はまだ死ねません。まだまだやりたい事は一杯あるんですから。もう、二度とヘマはしません。もう一度、悪として返り咲いてみせます」
「自覚があるなら、良い。もう少し、撫でろ。優しくだぞ、心を込めろ」
「はい、分かりました」
胸の中で瞳を閉じるエヴァンジェリンを、言われた通りに撫で付ける。
金糸の髪を梳くように、想いを込めてだ。
その間にも、きちんと事の経緯は説明していく。
また後で他の従者にも説明する気ではいるが、そばにいてくれたお礼でもあった。
やはり説明するのは、ムドと関係を持った従者に限定しての事だが。
ただそろそろ、アーニャにも真実を明かすべきだろうか。
今回の件で、和美とアキラ、さらには月詠まで従者に加わった事がバレてしまった。
亜子や刹那はそれらしい理由があったが、流石にさらに三人も追加とあっては嘘もつききれない。
そうやってやや思考の重みが傾いた途端、胸の辺りにあったエヴァンジェリンの頭が目の前に移動していた。
つまりはお互いに見詰め合える位置であり、そっと唇が合わせられる。
そして身につけていた浴衣の裾をもじもじ手で弄びながら、上目遣いに呟いた。
「ムド、抱いてくれ。その、盛り上がってしまった」
「エヴァンジェリンさん、流石にそれは。ここは人様のお宅ですし、せめてホテルまで」
「心配するな、私の零時の世界ならば部屋を汚すべぇッ」
「交代のお時間ですえ、エヴァはん。あは、ムドはん目を覚ましてはるやないですか。だったら、起き抜けの一番絞りはウチの独り占めですえ」
次元刀で次元を超えてやってきた月詠が、大胆にも、エヴァンジェリンの頭を踏みつけていた。
カエルのような悲鳴を上げるエヴァンジェリンを踏みつけながら、ムドにしなだれかかる。
そのまま一戦始めようかと、ムドが着せられていた浴衣の裾に手を差し込んでいく。
が、そうそう上手く行くはずもなく、エヴァンジェリンが月詠を下から跳ね飛ばした。
「どかんか、貴様。まだ私の時間が数分は残ってるはずだ!」
「そないな事を言わんといて、ほな一緒に愛し合えば良いだけですえ。ウチ、女の子同士の方が経験豊富ですえ。でもさすがに吸血鬼は、どんな味がします事やら」
「月詠ッ、やはり貴様正体を現したな。次元刀で消える様をしかと見届けたぞ。そしてやはりここか!」
畳の上で打ちつけたお尻をさすりながらの提案に、確かにとエヴァンジェリンがそれも悪くはないと頷きかける。
そこへタイミングが悪いと言うべきか、刹那が障子を開け放ちながら現れた。
これが刹那一人であれば別に悪くはなかったが、その後ろから苦笑しながら明日菜が走ってきたからだ。
部屋の惨状、ムドに張り付いているエヴァンジェリンと跳ね飛ばされたらしき月詠を見て呆れたように笑う。
「何があったか想像しやすい状況ね。ムド、起きられるんだったら起きなさい。アーニャちゃんが特にお待ちかねよ。て、言ったそばから来たわね」
明日菜が障子を境に、部屋の中と外の縁側の廊下を見比べて言った。
その言葉の通り、障子を通り抜ける朝日の中に走ってくるアーニャの影が映りこんだ。
直ぐにその姿は障子を通り抜け、息を切らせながら現れた。
「おはようございます、アーニャ。姉さん達も」
アーニャの後ろにいたネカネ達にも笑顔で挨拶を向ける。
ネカネはニコニコとしながら挨拶を返してくれ、亜子や和美は軽く手を振ってくれた。
アキラだけは少し困ったような顔でペコリと会釈のみであったが。
だがアーニャ一人だけは挨拶を返してくれず、息が整う間も惜しんで部屋に入ってきた。
即座にムドの前にしゃがみ込んで額に手を当て熱を計る。
おでこでしなかったのは、前日にそれでネカネにからかわれたからだろう。
標準的な人の平熱の具合に顔をほころばせたが、その笑顔が一転した。
「この馬鹿!」
唐突に、アーニャの平手がムドの頬を叩いた。
あまりの大きな音に、外で囀っていた小鳥達が逃げ出す程だ。
もちろん、音の大きさに比例するように痛みも結構なものであった。
「なんか色々言おうと思ってたけど、忘れちゃったじゃない。ふらふらするんじゃないとか、心配かけるなとか。あと、なんで従者が三人も増えてるのとか!」
しっかり全部憶えているのではと、ムドに縋りつきながらアーニャが一つずつ叫んでいく。
だがそれも長続きはしなかったようで、ムドの胸に収まり嗚咽を漏らし始めた。
それだけ心配を書けてしまった事を、今さらだが少し後悔する。
連絡手段がなかったとはいえ、独断で色々と動いてしまったから。
もう二度と、こんなにアーニャを泣かせない為にもと、ムドは悪に手を染める事を改めて誓った。
月詠が回収しておいてくれたスーツを着込み、ムドは本堂へと招かれた。
詠春の正面、ネギと横に並び、その後ろにお互いの従者がそろい踏みである。
一部、無関係ともいえる千鶴や夏美は、高畑の後ろにいたが。
ただその中には、千雨の姿は見えない。
一人で早朝にさっさと帰っていったのか、別に従者ではないのでムドは気にしなかった。
大切なのはあくまで自分と従者達、そして友達のフェイト。
心の中でそう呟き、詠春の謝罪の言葉等は大雑把に受け流していく。
所詮は定型的な物に過ぎず、金銭的なものを貰えるわけでもないからだ。
「それで、神鳴流剣士月詠の事ですが」
だが詠春が月詠の事を持ち出した時は、さすがに受け流す事はできなかった。
経過はどうあれ、既に月詠はムドの従者であるからだ。
「何か問題がありますか?」
「今回の天ヶ崎千草に協力していた面もありますし、できればしばらくは聴取の為にも引き止めたいのですが。いかがですか?」
「お断りします。月詠さんは確かに千草さんに雇われてはいましたが、あくまでそれは仕事。フェイト君が裏切った際には、きちんと後始末もつけましたよね?」
「はい、料金の分はきちんと働かせていただきましたえ。フェイトはんも次元刀でばっさりと。今頃はお魚さんの餌になってますえ」
うら若き乙女の台詞ではない台詞をにっこり笑って月詠が言った。
詠春の護衛である神鳴流剣士や呪術師達こそ眉一つ動かさなかったが、他の面々はそうはいかない。
夕映や亜子、夏美といった繊細な面を持つ子は口元に手を当てていた。
そうでなくともウッと顔色を悪くする者はおり、関西呪術協会の巫女の中にも数人いる。
「詠春さん、フェイトは本当に……僕、あの後は気絶してしまって」
「残念ですが遺体すらあがってはいません。捜索は続けさせていますが……」
チラリと詠春が見たのは、一人あぐらをかいているエヴァンジェリンであった。
「鬼神を吹き飛ばそうというのに、たかが人間一匹のしかも遺体を気にしていられるか。おおかた、リョウメンスクナノカミ共々粉々だろうよ」
その言葉を聞いて、遺体云々では眉一つ動かさなかった神鳴流剣士や呪術師達がどよめいた。
何しろサウザンドマスターでさえ封じるのがやっとな鬼神であったのだ。
それを粉々にできる少女とあらば、賞賛の声は尽きない。
もっとも、その正体が吸血鬼の真祖と明かされればまた反応は別かもしれない。
だらに一部、そんな少女を従者にできるムドとは一体と、妙な勘ぐりの視線も混じってはいたが。
「ただし、修学旅行が終わるまでに聴取を終わらせて、きちんと月詠さんを返して貰えると約束していただければ。月詠さんをお貸ししないでもないです」
「えー、ウチいやですえ。折角ムドはんを京都見学にお連れしはろうと思ってましたのに。いけずやわぁ」
「喚くな、月詠。ムド様が決められた事だ。貴様は黙って従っていれば良い」
「ふーん、先輩がそない言われはりますなら。夜のお勤めは覚悟しておくれなまし。ウチ、きっと先輩を満足させてみせますえ」
こそこそと後半部分を月詠に耳元で囁かれた刹那が、ぞわりと身震いを起こしていた。
頬も心なしか朱が差しており、制服のスカートを掴んでいる。
これがムドから言われたら単純に喜ぶ事で済んだだろう。
(わ、私は……私は一体どうしたら。だがムド様がそう望まれ、月詠と共に縛られるというのであればそれはそれで悪くはなかったり、ああッ!)
だが相手が月詠となるとどう反応すべきか、頭を抱えてぶんぶん振り始めていた。
「ちょっ、刹那さん何してるの。落ち着いて!」
「せっちゃん、ほら飴ひゃん食べる? 美味しいえ」
「木乃香さん、実家だからって落ち着きすぎです。シャキッとしてください」
明日菜や木乃香に心配されてしまった。
もっとも木乃香は木乃香で口の中でころころと飴を舐めていた為、夕映に怒られたが。
ただそれは特別刹那や木乃香が悪いわけでもなく、会談が長引いた為だ。
何しろ周りはムドが何も知らなかったと思い、一から十まで説明してきた。
その間はずっと正座を強いられ、とてもではないが中学生に耐えられるものではなかった。
「では堅苦しい話もこの辺りでお終いに致しましょうか。ああ、足ならば崩してもらっても構いませんよ」
「たっ、助かったアル。実は色々と限界だったアル」
「痛い、たたた……しび、しびれる。できればもう少し早く、言ってほしかったわ」
「ネカネお姉ちゃん、足を突かないで。今、駄目なの」
詠春の言葉の後直ぐに、皆が正座を崩してだれ始めた。
古などは腹ばいになっており、単純に足を崩した亜子やアーニャが大人しい方だ。
他には足を前に伸ばしたり、痺れた足を揉んだり、誰かに突かれたり。
昨晩は鬼を相手に大立ち回りを繰り広げた女傑達の様に、神鳴流剣士や呪術師達が目頭を押さえている。
そんな皆の姿にネギやムドが苦笑いする中で、詠春がこんな事を言い出した。
「さて、ネギ君それにムド君。君達には特別案内さしあげたい場所があります」
「場所ですか? でも、これ以上また修学旅行の日程を崩すのも」
本来なら無関係な千鶴や夏美、千雨をさらに巻き込んでとネギが渋るも詠春は自信を持って言った。
「いえ、さほど時間はとらせませんよ。しかし、君達は見ておくべき場所だと思います。君達の父であるサウザンドマスターが一時期住んでいた家です」
「父さんが、京都に一時期住んでいた家……」
見てみたいと瞳を輝かせたネギとは対照的に、ムドの瞳は冷め切っていた。
むしろ良い気分のところに、水をさされたとばかりに。
詠春の提案へと丁重に断りを入れたムドは、まだ関西呪術協会の総本山にいた。
もちろん提案してきた詠春やネギからも、折角だからと説得されたが体調までもを持ち出して無理やり断った。
父親であるナギに対する感情は、ネギとムドでは全くの正反対なのだ。
何を好き好んでと苛立ちを露にしだしたムドを見て、やがてネギや周りも説得を諦めてくれた。
そしてつい先程、ネギとその従者達は詠春の案内のもと、ナギが使っていた家に向かった。
一応、使えそうな魔術書があればパクってきたらとは、ネギに提案しておいたが。
その後、さあホテルに戻ってから観光にというところで、千雨の事を聞かされた。
何やら昨晩以降、用意された部屋の布団の中から出てこないらしい。
それで仕方なく、本当に仕方なく皆を表に待たせてムドが様子を見に来たのだ。
ここに一人で置いていくわけにもいかない。
「千雨さん、起きてますか?」
教えられた客室へと向かい襖を開けると、聞かされた通りに千雨は布団に篭っていた。
布団の中から顔すら出さず、山のように盛り上がっている。
まるで何か悪い事をして、親から怒られる事に脅えるて逃げ出す子供のようだ。
おーいと呼びかけながら、揺さぶるとようやく布団の中から反応が帰ってきた。
「うるせえ、眠いんだよほっとけ。後でちゃんとホテルに帰るからよ!」
「ここが麻帆良ならそれで放っておきますけど、よそ様のお宅ですからね」
軽く布団を引っ張ってみるが、中から引っ張り返されてしまう。
力ずくは早々に諦めるも、何やら様子がおかしい。
千雨ならばこんな気味の悪い場所などとか言って、帰る事を促がしそうなものだが。
和美から聞いた昨晩の様子も、リョウメンスクナノカミの声に脅え座布団をずっとかぶっていたらしい。
そうその存在に脅えてだ。
常識人である千雨にとっては相当な苦痛であった事だろう。
嫌いな相手とはいえムドが誘拐される現場を目撃して以降、怪現象の連続であった。
そして今、ムドの目の前では子供のような姿をさらしてしまっている。
まるで昨晩に恐怖映画を視聴し、震えるままに夜を明かしたような。
「えっと、まさか……ですけど、やっちゃいました?」
明言こそ避けてはいたが、ムドの言葉に布団の中の千雨がビクリと震える。
そのまま待つ事数秒、耐え切れなかったように千雨飛び起きてムドに縋りついた。
泣きはらし、まだ涙は止まらない様子で嗚咽を漏らす。
それでも布団の中だけは死守とばかりに、きちんと整えていたが。
中に篭っていた空気がわずかに舞い上がり、千雨の匂いに混じってかすかにアンモニア臭がしていた。
どうやら、ムドの考えはどんぴしゃであったらしい。
「助けてくれよ、先生。もう何でも良いから、抱いてくれても良い。私は普通でいたいのに、なんで放っておいてくれないんだよ。知り合いの家でなんて、もう自殺でもするしかねえよ」
泣きながらスーツを引っ張り縋る千雨の頭を抱いて、あやすように撫でる。
何時もならば適当に邪険にしたかもしれない。
なにしろムドにとって、千雨を従者に加えるメリットはないからだ。
千雨も自分が良ければというタイプで、ムドが求める愛の為なら守るタイプではない。
だが共感する部分は少なからずあった。
千雨もムドのように周りから放っておいてほしいのだ。
しかしながら麻帆良という環境や、そこに関わる人間がそれを許してはくれない。
ムドもまた許さなかったうちの一人のようなものだが。
「とりあえず、姉さんだけ。姉さんだけ呼んでも良いですか?」
「止めろ、死ぬ。他にばらしたら絶対に死んでやる!」
当たり前だが、千雨は相当混乱しているのだろう。
魔法が使えないムドにこの事態を隠匿するような能力は皆無だ。
なのにそれを忘れたかのように千雨は、何とかしてくれの一点張り。
もはや言葉は無意味かと、ムドは泣きじゃくって涙と鼻水で汚れた千雨の唇を奪った。
少ししょっぱい味がしたが、唇を合わせながら落ち着いてと頭を撫で背中を叩く。
次第に落ち着いてきたのか、縋りつく力も弱り、しゃくり上げる間隔も空き始める。
「小さい頃、姉さんは僕や兄さんのお漏らしの処理してましたからプロフェッショナルです。口も堅いですし、大丈夫です」
「す、少しだけ信じてやるよ。だから、もう少し抱きしめさせろ。あとキスはもうするな」
抱いて良いとまで言った言葉はなんだったのか。
仕方がないと溜息をつきつつ、ポケットの仮契約カードを手にして念話を飛ばす。
しばらくするとパタパタと足音がし、再びビクリと千雨が震える。
だが大丈夫と背中を叩くとなんとか落ち着いてくれた。
「姉さん、久しぶりにお願いします」
「あらあら、昔を思い出しちゃうわね。大丈夫よ、千雨ちゃん。ちょちょいのちょいだから」
ネカネに笑顔を向けられると、流石に恥ずかしそうに千雨はムドのお腹に顔を埋める。
その様子もまた懐かしいとばかりに微笑み、ネカネは懐から取り出した杖を振るった。
風で布団をまくり上げ水と火でお湯を作りあげて、大きな染みを洗い上げた。
生活に根付いたこんな魔法も一応はあるのだ。
もっとも、現在は洗濯機があるので余程の田舎の主婦ぐらいしか覚えない。
主婦ではないが、ネカネもそんな田舎暮らしの一人であった。
「はい、染みもとれたし後は温風でドライヤー」
この間、五分とかかってはおらず、生活臭が染み付いたネカネならではだ。
「ついでに千雨ちゃんの浴衣とパンツも洗っちゃいましょうか。はい、ぬぎぬぎしましょうね、千雨ちゃん」
「待て、どこの赤ちゃんプレイだ。脱げる、一人で脱げる」
「赤ちゃんプレイか。そうだ、千雨ちゃんコスプレ衣装作るの上手いのよね? ネカネさん、コスプレに興味あるから教えてくれない?」
「違う、絶対私と用途がって、ばらしたの朝倉か。あの野郎、それと何時までいんだよ。女が脱ごうって時に、出てけ!」
ネカネに組み伏され、脱がされる様子を観察していたが流石に駄目だったらしい。
安堵するにしたがって、ムドへのハートドルもどんどん上がるようだ。
まあムドも千雨に従者のような役割を期待しているわけでもない。
言われた通りに障子を開けて表に出ると、屋内の声が一切遮断されている事に気付いた。
これもまた千雨が騒ぐ事を先読みしたネカネのおかげらしい。
しばしの静寂の後、浴衣から制服に着替えなおした千雨が顔を伏せながら出てきた。
「と、取り乱して……悪かったな」
顔を引きつらせ、必死の思いで笑顔を作りながらの一言であった。
若干顔が青ざめているのは、抱いても良いからと言った事を思い出したのか、弱みを握られたと思ったからか。
「安心してください、千雨さん。脅して抱こうだなんて思いませんから。もう、二度とレイプはしないと決めたんです」
「そうか。本当に助かったよ、感謝する……って、今なんか物騒な台詞を吐かなかったか。一回、やったのかよ。誰をだよ!」
「刹那さんをですけど。脅して痛めつけて、言う事を聞かなければって無理やり」
「おかげで、刹那ちゃんすっかりマゾに目覚めちゃったものね。リクエストも大抵、無理やり押さえつけられたり縛られる事ばかりだし。お嬢様には手を出すなプレイもしたわね」
お嬢様役と一緒に捕らえられた刹那が、体を差し出すというシチュエーションプレイである。
当然の事ながら、そのお嬢様役も最後にはムドに食べられてしまうわけだが。
もはや自分の理解が及ばない異人達だと、千雨が頭を抱える。
こいつらは恩人と繰り返して呟きながら。
最終的には、どん底こそ回避したものの魔法を知っている事を周りに知られた事が変わっていないとも気付いていた。
再びまた何かあった時に、巻き込まれるのではないかと。
頭が痛そうにまだ先の未来に対し、疑心暗鬼を浮かべる千雨を伴ない表に向かう。
「あ、やっと来た。遅いわよ、ムド。本当にもう、千雨はネカネお姉ちゃんの手まで煩わせて、寝坊助にも程があるわよ!」
開口一番とでも言うべきか、アーニャの名指しに千雨が体を震わせ、寝坊という言葉に安堵する。
そして見送りに来ていた巫女達に見送られ、石段を降りては鳥居のトンネルへと足を踏み入れる。
「うるせえな。あの化け物のせいで、明け方まで全然眠れなかったんだよ」
「昨日は映画みたいだったもんね。今日のできごとを舞台化できないかな、色々とお話はいじくって」
「あらあら、それじゃあ夏美ちゃんはムド君みたいに捕らわれのお姫様かしら?」
「え、やだなちづ姉。私は端役でいいよ。似合わないから!」
千鶴に突っ込まれ、夏美が必死に似合わないからと両手を振っている。
その様子を分かったから落ち着けと、先程まで一番焦っていた千雨が突っ込んでいた。
もうすっかり大丈夫なようだが、やはり勘の良いものは気が付いているらしい。
特に千雨を写真に収めている和美やエヴァンジェリン、後はアキラが怪しいぐらいか。
それにしても三班のメンバーのうち四人はいるが、あやかはどうやらネギについていったらしい。
だが最も意外なのは、この場に明日菜がいる事であった。
何しろ詠春だけでなくナギの家には、高畑も興味を示してついていったからだ。
何時もの明日菜ならば迷う事なく、そちらへ向かいそうなものだが。
「明日菜さんは、行かなかったんですか? 高畑さんは兄さんと一緒に行きましたけど」
「まあ、ちょっとね。それに私、アンタの従者なのにこれまでそれっぽい事は何もしてこなかったじゃない。今回は事情が事情だったけど、たまにはね」
そう言って頭を撫でられた手の感触は確かに久しいものであった。
高畑と何かあったのか、それともムドの境遇を再認識して同情したか。
細かいところはまだ分からないので、素直にその手の平を受けておく。
アーニャにも真実を話す日がくれば、自然と明日菜にも話す日が近いという事だ。
「それじゃあ、急ぎホテルに戻ってから修学旅行の続きといきましょうか」
「そうだ急げ、一分一秒たりとて無駄にする暇はないぞ。時間が押しているのだ」
「ケケケ、一人詠春カラ京都ノ銘酒百選ヲセシメテオイテ、ガメツイ御主人ダゼ」
「マスター、そんな急がれますとまたお転びに、あっ」
言ったそばからエヴァンジェリンが、石畳みの隙間につま先をとられて転んだ。
すてんとそれはもう、パンツが朝日に照らされるぐらい盛大に。
サービス精神が旺盛な吸血鬼もいたものであった。
だが肝心のムドは咄嗟にアーニャが目隠しをしてきた為、お預けである。
まあ見せてもらおうと思えば、何時でも見られるので惜しくはない。
ただこういう偶発的なハプニングで見るのもと、ほんの少し惜しい気もしていたが。
「ほら、アーニャ。そこでそんなに見たいなら、何時でも私が見せてあげるわよって言わなきゃ」
「ネカネお姉ちゃん、そういう事はもっと大人になってから。結婚するまでは駄目なんだから!」
「おい、こら。痛い思いをした私はシカトか!」
「ふふん、そんな低俗な色仕掛けでムドを誘惑しようだなんて甘いわね。ムドは紳士なんだからこのぐらいで、そうよねェ!?」
ネカネの言葉に焦りつつ、勝ち誇ったようにアーニャが胸を張っていた。
ただそれも長続きはせず、無理返った先の光景を見て頭に血が上る。
和美が亜子の後ろに回りこんで、ムドに見えるようにスカートをまくっていたからだ。
清楚な白のフリル付きショーツが眩しいぐらいに輝いていた。
「ム、ムド君……見んといて。ウチ、恥ずかしい」
そう蚊の鳴くような声で呟き顔を覆うも、抵抗する様子は一切なかった。
「ほら、ムド君甘い蜜はこっちだぞッ!?」
「亜子に変な事、しないで」
「朝倉、子供になに見せて。亜子ちゃんに謝れ!」
だが直ぐに、アキラに殴られかけ、明日菜に叩かれかけた。
二人ともアーティファクトを使って、結構本気で殴りかかっている。
「危なっ、ちょっと私は二人と違って一般人だから、死ぬって。それにいいじゃん、本人喜んでたし。道端でエロ本拾って自分で処理するより健全だって!」
「そうですえ。なんでしたら、今からここで濃厚な一番絞りを」
「月詠、貴様本山での聴取はどうした!」
「あんなつまらへんもん、早々に抜け出……今は休憩ですえ。ウチもムドはんを京都の名所に案内したいのに」
刹那が建御雷を振り回しては月詠を追いかける。
ただ月詠の次元刀に追いつくのは難しく、空振りばかりでからかわれる始末だ。
「あはは、先輩はこちら。また隙を見つけてきますえ」
「聴取はちゃんと出てくださいよ。他の人に迷惑をかけないようにしてください」
最後に、名残惜しそうにムドの頬にそっとキスしてから帰って行った。
それにしても千草を笑えないぐらいに、まとまりがなくなってきていた。
春休み以降は、ネギのパーティと違って殆ど修行してこなかった事もある。
だが最大の原因は急速に人数を増やしすぎた事であった。
まずは何よりも早急にパーティを纏め上げ、全体のレベルアップからと考える。
「なんだか凄い事になってるね」
「あんなガキの何処が良いのか。馬鹿みてえ、ああ元から馬鹿ばっかだったな」
「千雨ちゃん駄目よ、恩人の人にそんな事を言っちゃ」
「な、なんの事だか?」
千鶴の鋭い一言に、何処まで知ってやがると千雨が引きつる。
他のクラスメイトより彼女が思慮深い事を思えば、あえて何も行動を起こさなかった可能性もあった。
あの事実を毎日顔を合わせるクラスメイトに知られるか、二度と会う事のないであろうクラスメイトの関係者に知られるか。
見捨てる形になっても後者を選んだ可能性は捨て切れなかった。
口が滑ったとばかりに、あっと口を押さえる様からその思いやりも半分無駄になっていたが。
「はいはい、落ち着いて。急がないと本当に貴重な修学旅行の時間がなくなっちゃうわよ。ネギは別行動だから、ムド先生の言うことは厳守よ」
まるでネカネの方が園児を誘導するように手を叩き、先頭を歩き始めた。
調子が良いのかノリが良いのか、皆も高らかに返事をして歩き出す。
すると極自然に隣を陣取ってきてアーニャが、ぶつかるような感じで腕をとってきた。
余程、踏ん切りが必要だったようで、本当に吹き飛ばされるかと思った。
ただ真っ赤になりながらもアーニャから腕を組んで貰えるのは悪くない。
「ムド、まだ従者が増えたわけ教えて貰ってないんだからね。修学旅行が終わったら、憶えてなさいよ」
「もちろん、納得して貰えるまで説明しますよ」
説明の内容はこれから考えますがと、思いながらムドはそう呟いた。
-後書き-
ども、えなりんです。
コスプレ以上に、マニアックなお話でした。
しかし、意外とムドは巻き込まれた子にフォローしてる方なのかな?
元から自分で巻き込んだら、最後まできちんと食べてますけどw
ネギは千雨どころか、千鶴や夏美をほったらかしで父ちゃんの別荘行ったし。
その辺り、原作と余り変わってないかな。
父ちゃん第一主義。
あ、ムドがナギを嫌いな理由はちゃんと出てきます。
英雄うんたらは余り関係なく、普通の理由がありますので。
次回はアーニャへの誤魔化し話で、エッチはその次になります。
では次回は水曜です。