第四話 英雄を継ぐ者の従者、候補達?
記念すべき、社会へと足を踏み入れたムドの一日は、平和なものであった。
麻帆良女子中学生の制服を着たネカネとの情事も、ある意味は日常のようなものだ。
そのネカネも、精液だらけとなった制服に顔を青ざめさせ、次に顔を真っ赤にしながら人目を忍んで帰っていった。
徒歩と電車で、唯一の救いは学生の殆どが授業中だった事だろうか。
帰途に付く間も、仮契約カードの念話で散々文句を言われ、絶対に転移魔法を覚えると豪語していた。
後は、二、三人他の学校の保健の先生が、仕事の内容を教えに来てくれたぐらいだろうか。
身体測定や体力測定等の行事にすべき事、他には衛生環境調査とあまり知られていない仕事等。
一応ネカネが補助として付けられているが、保健の先生として仕事をした事があるわけではない。
餅は餅屋、一通りの教えを受けた後は、麻帆良女子中校生の全校生徒のプロフィールを覚えていた。
取り扱い注意の個人情報である。
身体データはもちろん、アレルギーといった持病から、過去に受けた事故の傷等。
担任を持ったネギ以上に、ムドは全校生徒の顔と名前をしっかりと覚えていかなければならない。
記憶力には自信があるし、剣道部や中国拳法部などネギの従者を探す上でも役立つ情報なので苦にはならなかった。
そして、何も大事が起きないまま、最後の授業のチャイムが鳴り響き、しばらくした後に意気消沈したネギがやってきた。
「ムド、入るよ」
「兄さん?」
やけに沈んだ声の後、開かれた扉の向こうのネギは声色の通り肩を落としていた。
殆ど保健室に引っ込んでいたムドとは違い、色々とあったか。
生徒とコミュニケーションを取らずに、保健室に直行する当たり、的外れではないだろう。
とりあえず、パイプ椅子を執務机の前に置いて、ネギを座らせる。
「何かあったんですか?」
「うん、初めての授業で色々と失敗しちゃって。あ、授業の前にもうっかり魔法がバレそうになったり。とてもアーニャやお姉ちゃんには言えないよ」
詳しく聞きだしてみると、扉に仕掛けられていた黒板消しを一瞬、魔法障壁で受け止めてたのが始まり。
直ぐに気付いて、障壁を消したが最後、足元のロープに水入りバケツ、吸盤の弓矢と全て引っかかったそうだ。
その後も、元気一杯な女子中学生に囲まれて、殆ど授業らしい授業にならなかったらしい。
何故か保健室に用意されていた紅茶をいれて、ネギの目の前に差し出してからムドは言った。
「災難でしたね、兄さん。でも、多分そんなのは最初だけです。私達みたいな、子供の先生が珍しいだけで、生徒の人達も直ぐに慣れます」
「だと良いけど。自信、ないなぁ。後でタカミチにも相談……」
何やら我に返った様子のネギが、突然頭を抱え始めた。
(ムドに相談してどうするんだ。僕がお兄ちゃんなのに、僕が相談されるぐらいじゃないと!)
くねくね体をよじるネギを見つめながら、大体何を考えているか察する事はできる。
ただ、生徒に振り回されたネギと、保健室に引きこもっていたムドではトラブルの量も質も違う。
ネギの考えすぎ、半年前の楔がおかしな方向に効き過ぎたかなとムドは紅茶を一口含む。
「落ち着いて、兄さん。その手に持ってるのクラス名簿でしょ? どんな人達がいるのか、見せてもらって良い?」
「あ、うん良いよ。ムドも、木乃香さんと明日菜さんはもう知ってるよね」
執務机の上に広げられたクラス名簿を、二人で覗き込む。
一番最初にムドの目を引いたのは、出席番号五番の和泉亜子という生徒であった。
バストアップの写真に写る彼女の容姿ではない。
純粋に、彼女の名前と先程まで見ていた個人プロフィールの情報である。
確か憶えた内容が正しければ、子供の頃の事故が原因で背中に大きな傷があるはず。
もちろん、この写真から見る事は出来ないが。
「えっと、この人がクラスの委員長さん。黒板に背が届かなかった時とか、踏み台を用意してくれたり凄い親切だったよ。ただ、明日菜さんと仲が悪いみたいでショタ、なんとかとか」
ネギが最初に指差したのは、ムドやネカネと同じ金髪の女子生徒であった。
性名共に日本名だが、国外の血が混じっているのだろうか。
ショタ、恐らくはショタコンの事であろうが、最初から脈有りである。
一番にムドに教えてくれた事からも、ネギの中での好感度は良い方なのだろう。
要チェックだと、レ点マークを頭の中で付けておく。
「それから、驚いたんだけど木乃香さんって学園長のお孫さんらしいよ。ほら、タカミチの書き込みに」
「学園長のお孫さんがいるクラスですか。期待されてるみたいですね、兄さん」
「仮にも学園長なんだから、そういう事は関係ないと思うけどな。魔法学校のお爺ちゃんも、公私混同はしない人だったし。それから……」
続いて二人は、やけに留学生の多い生徒を一人ずつ見ていった。
エヴァンジェリン・A・K・マクダウェルと言う名を見て、伝説の悪の魔法使いの名前とは、凄い名前をつける親がいるもんだと思ったり。
長瀬楓という生徒の写真の下にある忍という文字に、これが忍者かと盛り上がったり。
ネギもまだまだ半分以上喋っていない生徒ばかりなので、後半は想像だけが頼りであった。
ただ想像任せのお喋りであっても、ネギは随分と立ち直り、肩の力が抜けたようである。
「ムド、僕ちょっとこれからタカミチの所へ行って来る。担任のコツとか」
「先生、本屋ちゃんを助けて!」
そう言ったネギが立ち上がろうとした時、保健室の扉を文字通り蹴り破って一人の女子生徒が飛び込んできた。
いや、正確には二人であった。
扉を蹴り破って入ってきた明日菜と、彼女に横抱きに抱えられた状態で頭から血を流している女子生徒である。
宮崎のどか、二人が見ていた名簿にも写真と名前が載っていた。
彼女の髪が、今は血で濡れてこめかみの辺りに張り付いている。
「しまった、今日から先生は……ムド、君。本屋ちゃんが階段から。あ、本屋ちゃんってこの子の事で、頭から血が。救急車!」
「き、救急車。あぶぶ、何番、日本だと何番だっけ!?」
支離滅裂になりながらも必死に説明する明日菜につられ、ネギまでもが慌てふためいてしまう。
のんびり初日が過ぎていったと、気を抜いていたムドも例外ではない。
ただ幸運だったのは、椅子から慌てて立ち上がり、立ちくらみを起こした事であった。
ぐらりと揺れる視界の中で、普段から抱いている不安が胸に広がる。
自分が何時どうなるか分からない不安、それが目の前の少女にふりかかろうとしている事を思い出せた事だ。
意識を集中させ、瞳の焦点を合わせながら、ムドは指示を出した。
「そこのベッドに寝かせてください。応急処置をします。兄さんは、明日菜さんを落ち着けて廊下に連れて行ってください。落ち着いたら戻ってきて、手伝ってください」
「わ、分かった。明日菜さん、宮崎さんをそこのベッドに。騒ぐと邪魔になっちゃいます」
「でも、大丈夫よね。大丈夫だよね、本屋ちゃん!」
「その為に、一刻も早い処置が要ります。その為の保健の先生です」
オロオロと何度も振り返りながら、ネギに手を引かれ、明日菜が保健室の廊下へ向かう。
そして扉が閉められると同時に、ムドは胸のポケットから仮契約カードを取り出した。
頭部の怪我は、血が流れ出てしまった方が安全な事もある。
だからと言って楽観も出来ない。
ならば救急車よりもこちらが早いと、ムドはカードを額に付けて念話を飛ばした。
「姉さん、緊急事態です。兄さんの生徒さんが一人頭部を負傷、傷は深く血が大量に出ています。これから姉さんを召喚するので、杖を持ってきてください」
『わ、分かったわ。ちょっと待ってて、直ぐに杖を取ってくるわ!』
片手でカードを額につけながら、もう一方の手で救急箱からガーゼを取ってこめかみの血を拭う。
『ムド、準備が整ったわ。お願い!』
「ムドの従者、ネカネ・スプリングフィールドを召喚!」
本日二度目の、今度は大真面目な召喚であった。
仮契約カードがムドから魔力を吸い上げ、召喚の為の魔法陣を描き出す。
その魔法陣が放つ光に誘われて、ネカネが数キロ先の女子寮から召喚される。
手に三十センチ程の杖を持っているが、濃紺のワンピースに黄色いエプロンを掛けており、本当に最低限の用意だった事が分かる。
「姉さん、この子です。直ぐに治癒の魔法をお願いします」
「ええ、分かったわ。ムド、不用意に人が来ないように見張っておいてね」
パイプベッドの上でピクリとも動かないのどかの前に立ち、ネカネが治癒魔法の詠唱に入る。
その間に、保健室の扉の前に立ったムドは、扉にある窓のカーテンを開けて廊下の様子を伺った。
明日菜は余程ショックだったのか、廊下の壁に持たれるように座り込み、抱えた膝の上に顔を埋めていた。
ネギがなんとか元気付けようとしているが効果はないらしい。
やがて怪我の容態が気になったのか、励ますのを諦めたネギがこちらへ向けて歩いてくる。
ムドは座り込んだ明日菜以外に人が居ない事を確認してから扉を開けて、素早くネギを保健室へと招き入れた。
「わ、ムド……宮崎さんは、アレお姉ちゃん?」
「兄さん、静かに。今姉さんが宮崎さんに治癒の魔法をかけてくれてます」
ネカネの集中を妨げないように、二人して口元に人差し指を当てる。
「人が来ないか、明日菜さんが何処かへいかないか僕が見張ってます。だから兄さんは、姉さんの魔法をよく見ておいてください。魔法学校でも指折りの治癒魔法使いですよ」
「でも、僕はあまり治癒系は得意じゃないし……」
「何も手伝えと言っているわけではありません。立派な魔法使いを目指すなら、見ておいて、知っておいて損はありません」
有無を言わさずネギの背中を押して、ネカネの治癒魔法を見せさせる。
ネギは治癒魔法が苦手だといったが、これほど重要な魔法を苦手の一言で切ってよいはずがない。
治癒魔法が使えれば、例え怪我をしたとしてもそれを癒して再び戦える。
体力、またはタフさと同等の意味を持つ事にもなるのだ。
最初は戸惑っていたネギも、ネカネの治癒魔法でみるみるのどかの傷が癒される事象を目の当たりにして、目を輝かせている。
百聞は一見にしかず、目の前でその効果を見せられた事はやはり大きいのだろう。
「凄い、お姉ちゃん……立派な魔法使いみたい」
「ふふ、ありがとうネギ。でもね、本当に立派な魔法使いって言われる人はもっと凄いのよ」
それは謙遜ではなかろうかとムドが外を見張りながら思っていると、ネカネが治癒魔法を止めた。
傷は十分癒えたと言う事なのだろう。
一息ついた後にネカネが浮かべた笑みが、全てを物語っている。
「さあ、後はムドのお仕事よ。保健の先生らしく、傷の手当てをしてあげて」
「分かりました。兄さん、気になるなら姉さんに先ほどの治癒魔法を教えてもらったらどうですか?」
「うん、苦手だなんて言ってられないよね。お姉ちゃん、教えてくれる?」
「ここだとまずいから、今日の夜にでもね。お姉ちゃんは厳しいわよ」
ネカネの軽い脅しにも力強くネギが頷く様を見ながら、ムドはまずボールに温めのお湯をいれた。
それを持ってのどかの枕元に屈みこみ、塞がった傷を刺激しないように血を洗い落とす。
傷周りもそうだが、髪の毛にまとわりつく血も念入りに落としていく。
一通り血を洗い落とすと、救急箱からガーゼと包帯を取り出し、傷跡に当ててその上から包帯を巻きつける。
既に明日菜が大量の血を見てしまっている為、傷を塞いだとはいえ、処置なしとはいかない。
突発的に傷が開かないとも限らないし、あれだけ血が出ていたのに何もなかったは犯しすぎる。
持ち上げていたのどかの頭を枕におきなおし、処置完了であった。
「さて、兄さん。明日菜さんを呼んできてください。もう、大丈夫だと」
「分かったよ、ムド。明日菜さん!」
外に飛んで行ったネギが直ぐに明日菜を連れてくる。
まだ顔色は悪いが、パイプベッドに駆け寄り、のどかの顔を覗き込む。
唇から漏れる静かな寝息と頭に巻かれた包帯を見て、へなへなと腰砕けに座り込んでしまった。
「よ、良かった。もう、一人であんなに本を運ぶから。あ、ありがとうムド、く……先生。それとごめん。思い切り信じてなくて、救急車まで呼べなんて言っちゃって」
「でも、先生って認めてくれましたよね。素直に嬉しいです。さあ、立ってください明日菜さん。兄さんは一応、宮崎さんの親に連絡をお願いしますね。それと姉さんは、明日菜さんに付き添って寮まで戻ってもらえますか? 明日菜さんの方が顔色が悪いぐらいですし」
「職員室に戻らないと、分からないかな。直ぐに行ってくるね」
「明日菜ちゃん、宮崎さんの事はムドに任せて貴方も寮に戻って休みましょう? 気疲れを起こしてるみたいだから」
ネギは兎も角、明日菜からすれば突然の登場に、間抜けな顔でネカネを見上げていた。
「姉さん?」
「初めまして、ネギとムドの姉のネカネ・スプリングフィールドです。新しい寮長のアーニャって子がいるんだけど、その子とムドの手助けがお仕事よ」
「わ、初めまして神楽坂明日菜です。私ったら、みっともなく慌てて、お姉さんがいるなんて今の今まで気付きもせずに!」
ペコペコと何度も頭を下げられ、あらあらとネカネは笑っている。
今までずっとネギやムドは先生扱いされていなかったが、年上にはきちんと敬意を払うタイプらしい。
女子中学生に四つも年下に敬意を払えと言う方が無理なのかもしれないが。
そんな中、ずっと頭を下げ続けていた、明日菜のポケットから携帯電話の着信音が鳴り響いた。
グッと言葉に詰まったように、気まずい表情を作りながらまたしても頭を下げながら明日菜が電話に出る。
「明日菜さん、一体何処をほっつき歩いているのですか。ネギ先生を連れてくるのが貴方の役目だったのでは。怠慢ですわよ!」
「いいんちょ、あ……忘れてた!」
「忘れ、ちょっと明日菜さん!」
携帯電話の向こうからの声を手で塞ぎ、明日菜はのどかやネギを見比べてから尋ねてきた。
「これからネギ、先生の歓迎会が教室であるんですけど良かったら、ムド先生とお姉さんも来ますか?」
「あら、嬉しい。それじゃあ、一度私は寮に戻ってアーニャを呼んでくるわ」
「じゃあ、僕は宮崎さんのご実家に連絡を入れてから向かいます」
「私も、宮崎さんが目を覚ましたら事情を話して、それから向かいます。クラスメイトが怪我で寝込んだままでは水をさしてしまいますし」
それじゃあ決まりと、まだ青い顔に無理やり笑顔を貼り付けて、明日菜が両手を叩いた。
のどかが意識を取り戻して最初に見上げたのは、親友である綾瀬夕映の泣きそうな顔であった。
普段はあまり変化しない表情、特に瞳には涙を滲ませており、抱きつかれた。
「よかったです、のどか」
「え、アレ……ゆえゆえ、私」
「あまり心配させるんじゃないわよ。うりうり」
「あう」
首元に抱きつかれ、身動きできない所へもう一人の友達である早乙女ハルナ、通称パルに頬を突かれる。
最初は、一体何がなんだか分からなかったが、直に自分に何が起こったのかを思い出していく。
図書館から大量の本を借りた帰り、階段でバランスを崩してそのまま。
その後からは殆ど記憶がなく、自分の悲鳴、激しい痛み、後は暗闇の中であった。
意識を失ってしまう程に強く階段から落ちたのかと、怖さを忘れる為に自分から夕映に抱きつき生きている温かさを分けてもらう。
「二人とも、嬉しいのは分かりますがその辺にしておいてください」
明日菜が歓迎会の行われる教室に戻って直ぐ、駆けつけてきたのだ。
本当に大切な友達なのだろう。
だがまだ激しい動きは禁物だと、夕映とハルナを離れさせる。
この二人に加え、最初は木乃香もいたのだが同室のよしみで明日菜のケアに回ってもらっていた。
「こんばんわ、宮崎のどかさん。今日から保健の先生となったムド・スプリングフィールドです。体の何処かが痛んだり、眩暈がしたりしませんか?」
「すぷりんぐ……ネギ先生の家族さんですか? 頭が少しふわふわしますけど、平気です」
「そうですか。では念の為、明日の午前は病院の方で精密検査を受けてください。兄さん、ネギ先生がご家族に連絡しましたので、付き添ってもらえるはずです」
「はあ……あの、私階段から落ちてどうなったんですか?」
どうやら一瞬で気絶したようで、明日菜に助けられた事も覚えていないようだ。
「丁度通りかかった明日菜さんが、宮崎さんをここまで連れて来てくれたんです。こう、お姫様のように抱きかかえながら」
「お姫さ、あう……」
その単語に憧れでもあるのか、やや白かった顔色が赤みを帯びていく。
意識もはっきりしているようだし、夕映とハルナに付き添ってもらえていればネギの歓迎会も大丈夫だろうと判断する。
そこでふと、ムドはこれまで気付く事の出来なかった疑問に辿り着いた。
のどかが怪我をしていた事等で、気に掛ける余裕がなかったとも言える。
「あの綾瀬さんに早乙女さん、お二人は宮崎さんをこう抱きかかえて走れますか?」
「ええ、お姫様抱っこ? 無理無理、それ明日菜だから出来た事でしょ」
「私はのどかよりも小さいので余計に無理です」
ある意味、その答えは期待通りであり、普通の女子中学生には無理だという事である。
だが次の言葉は、あまりにも予想外であった。
「くーちゃんや楓ちん、その辺りの一部の人にしか無理だね」
「そ、そうですか。宮崎さんも気がついたようなので、お二人のうちどちらかが常に傍にいる事を条件に、兄さんの歓迎会に参加する事を認めます」
一部であろうが複数人いるのかと、ムドは驚きを内心に押し込め、三人へと告げた。
「のどか、掴まってください。わ、私が……」
「はいはい、無理しない。一日に二度も倒れたら大変でしょ」
「ありがとう二人とも……えっと、ムド先生はネギ先生の歓迎会の方には行かれないんですか?」
「少し仕事を思い出しましたので、それが終わり次第、参加させてもらいます」
夕映とハルナに支えられ、ベッドから立ち上がったのどかをお大事にと見送る。
友達に支えられるのどかが少し羨ましかったが、今はそれどころではない。
三人の背中が見えなくなるよりも早く保健室内に戻り、自分の執務机の引き出しを開ける。
鍵付きのそこに仕舞われているのは、紙ベースの全校生徒の個人データであった。
それらを捲り、確認していく。
最初に明日菜のデータを、それから先程ハルナが言っていた二人のデータも。
くーちゃん、は恐らく古菲、楓ちんは長瀬楓だろうか。
ネギが受け持つ二-Aのクラスメイトであり、ハルナのクラスメイトでもあるから間違いないだろう。
それから同時に、昨年度の体力測定のランキングも探し当て、照らし合わせる。
「兄さんの受け持つ二-Aの生徒が、上位を独占してます。しかも記録がぶっちぎりで。運動部でも優秀者ばかりです」
まさかと今度は学校の成績のデータを見てみるが、こちらは少し予想外であった。
クラスとしては毎度の最下位、これはこれでぶっちぎり、ただし校内トップクラスが五、六人いる。
「まさか、兄さんの為に集められた……いや、まさか。するとこのエヴァンジェリンさんも、それこそまさか」
伝説の悪の魔法使い、そんな人がこんな所で中学生をしているはずがない。
それにその人は随分と前に懸賞金も取り下げられ、死んだか何処かの組織に掴まって実験台にされたというのが通説だ。
個人データのアレルギーの対象に、ニンニクやネギ、ニラとあるが多分気のせい。
「仮に兄さんへの試練だとしたら……」
気に入らなかった。
ネギへと従者候補をくれるというならば、ありがたく頂いていく。
魔法使いは従者を得る事で単純な戦闘力以上に強くなれ、ネギが強くなれば、ムドの安全も高まる。
だが、自分以外の誰かが何か思惑を持って、ネギに試練を課すのは容認できない。
これがもしネギの修行であるならば、隠す必要は無いはずだ。
修行と試練は違う。
修行は純粋に対象を強くする行為だが、試練は対象を何か一つの目的に導く事だ。
恐らくは、この試練を用意した馬の骨が望む立派な魔法使いに。
「兄さんの自主性に全てを任せてくれた校長先生と親しいなら、学園長がこんな事を考えるはずない。一度、相談するべきですか?」
そう呟き、直ぐに首を横に振る。
そもそも二-Aがネギの為に用意されたという根本さえ推測だ。
何一つ証拠や確信がないまま動いても、相談された方も困ってしまうだろう。
それに今日一日ネギは普通に教師の仕事をしただけで、特別なアクションは受けていない。
つまり相手も今すぐに、動くような事はないはずだ。
「あ、そろそろ行かないと。実際に、兄さんの受け持つクラスを見てみるのも大事です」
今はまだこの事は自分の胸の中にだけと、時計を見上げてから呟く。
それから個人データの資料の束を、引き出しに仕舞いこんでしっかりと鍵を掛ける。
窓の戸締りもして、最後に保健室の明かりを消してから扉を閉めて施錠した。
一応、二-Aの場所は聞いているので、電灯のみに照らされたやや薄暗い廊下を歩いていく。
やがて唯一明かりが漏れている教室が見えてきて、近付くにつれ賑やかな声が聞こえてきた。
「失礼します、兄さんの歓迎会が」
「キター、噂の弟君が。はいはい、どいたどいた一番乗りは記者の醍醐味だよね」
「朝倉さん、そのような職権乱用。ここはクラス委員の私が、ああ……ネギ先生に勝るとも劣らない、私と同じ髪色が特に」
「いいんちょ、ますますやばいって。特に目が、あと手つき」
後頭部で纏められた髪がパイナップルの葉の様になっている髪型の、朝倉和美に早速抱えられ、連れて行かれた。
二-Aの生徒が思い思いの場所で歓談する中で、何故か周りをぽっかりと空けられた空間にである。
そこには綺麗に並べられた椅子が二つあり、一つは既に埋まっていた。
顔を真っ赤にしながら俯いて座っているアーニャによって。
その隣に座らされたムドは、何一つ言葉に出来ないまま和美からマイクを向けられた。
「えー、それでは記念すべき質問第一号、貴方の好きな女性のタイプはなんですか?」
自己紹介すらないままに、突然の質問会であった。
なんとなく、なんとなくだがネギが上手く授業を出来なかった意味が分かった気がした。
それと質問と同時に、ピクリとアーニャが震えた事から、おおまかに想像はつく。
だがあえて、周りが望むように、あるいは普段通りにムドは答えた。
「アーニャです」
「くーッ、言うね言うね少年。お姉さん、そういう子好きだよ!」
「やった、食券五十枚ゲーット!」
「その年で好きなタイプを名指しって、また桜子の一人勝ち!?」
ソバージュヘアーの柿崎美砂に背中を叩かれ、賭けで手に入れた食券を椎名桜子が掲げる。
賭けに負け、半泣きで叫んでいるのは釘宮円であった。
「かー、その年で両想いか。微笑ましくて全く悔しくないね」
「私達にはまだネギ君がいるしね。ねー、ネギ君」
「いや、負け惜しみにしか聞こえない」
「ええなぁ、アーニャちゃん。大事に捕まえとかなあかんよ」
アーニャを囲んでいるのは、サイドテールの明石裕奈、それと薄紅色の髪を持つ佐々木まき絵である。
ポニーテールの大河内アキラの突っ込みもなんのその、豪快に笑っていた。
唯一、応援という後押しをしているのは、色の薄い髪を持つ和泉亜子ぐらいであった。
そのアーニャも、予想していた通りとは言え、ようやく上げた顔でギロリとムドを睨んできた。
「まったく、空気読みなさいよね。寮長とか先生としての威厳とか、色々あるでしょ。どうするのよ、初日からバレバレじゃない。からかわれるに決まってるでしょ!」
「逆に遠慮は要らないという考え方もあります。と言うことで、了承は貰えるのでしょうか?」
「うッ……知らないわよ、バカ!」
手だけは出さずに、一言で切って捨て、ぷりぷり怒って行ってしまう。
行き先はネカネの隣であり、その逆側にはネギとタカミチ、しずながいた。
それにしてもアーニャがここまでムドに怒るのは珍しい事である。
推論を立てるに、ビーズの指輪の事で口を滑らせ、散々からかわれた後、という所が妥当か。
少しでも席を立って近付こうとすると睨まれるので、大人しく座って静観する。
「あちゃぁ、思い切り怒らせちゃったね。ごめんごめん、お詫びのジュース。それで質問の続き良い?」
「構いません、和美さん」
「あれ、私ムド先生に名乗ったっけ?」
「私の仕事は保健の先生ですよ? 全校生徒のプロフィール、顔と名前からアレルギー等、覚えておかないといけないんです。最も、兄さんの受け持ちだから優先しただけですけど」
アレルギー等と言った所で、亜子が後ろへ振り返るような仕草が見えたが気付かない振りをする。
「それって、生徒のスリーサイズも見放題って事かな?」
「守秘義務があるみたいですけど、出来ますよ。確か全校生徒合わせて一番胸の大きな人がこのクラスにいた気がしますけど」
「ああ、そりゃ那波さんだわ。それにしてもネギ先生と違って意外にエロイね」
「あんなものただのデータです。それよりこの会話止めませんか。出来ればもう少し健全な質問を。周り、引いてますよ」
実際の反応は様々であった。
アレが全校一の大きさかと、泣き黒子が印象的な那波千鶴の胸を眺める者。
毎年の身体測定でその成長に一喜一憂する面々は、渋い顔であったり。
和美のエロネタを素で返してきたムドに、十歳児の性について脳内で議論する者。
ちなみにこっそり話を聞いていたアーニャは、渋い顔をするうちの一人であった。
その後で、思い切り睨まれてしまったが。
「じゃあ逆に質問です。このクラスで一番強い人って誰ですか?」
「また変わった質問を……やっぱ、くーちゃん?」
和美が名前をあげた直後、周りの裕奈たちや美砂たちと言葉を交わしあう。
だがその話し合いの結論は、ムドとしては割りとどうでも良かった。
自分の質問に対して、誰が反応を見せるのかを見たかったのだ。
パッと見た感じでは四人、強い人と言う単語に強く反応した古菲。
ピクリと耳をそばだてたのが、クラス名簿に忍と書かれていた長瀬楓。
あと同じくクラス名簿に神鳴流と書かれていた桜咲刹那も、わずかにだが反応していた。
微笑を浮かべた褐色肌で長身の龍宮真名と言ったところか。
ただあの悪の魔法使いと同じ名前のエヴァンジェリンの姿は見えなかった。
「何々、なんの話アルか。勝負なら何時でも受けて経つアル!」
早速、古が独特な歩法を見せて素早く歩み寄ってきた。
「勝負なんてとんでもないです。私は体が弱いので、強い人に憧れるだけです」
「中国拳法には体の弱い人にもお勧めな流派もあるヨ!」
「はいはい、くーふぇ。そういう事はもう少しここの生活に慣れてからね。皆もあまり、詰め寄っちゃ駄目よ。ムド先生はただでさえ大変なんだから。平熱が三十八度なんだって」
元気良く詰め寄ってきていた古を、宥めながら明日菜が抑えてくれる。
おかげで周りが大変なんだと、少しトーンダウンし、冷たいジュースのお代わりをくれた。
しかし明日菜は直ぐ傍にはいなかったはずなのだが、影からこちらを伺ってくれていたのだろうか。
それはのどかの治療に対する礼か、理由はともかく誰かが気に掛けてくれるのは嬉しいものだ。
「やっぱり明日菜さんはお節介、世話好きな性格です。先程の好きな女性のタイプの話しじゃないですけど、好きです。そういう人」
「ちょッ、バカ。高畑先生が直ぐそこにいるのに!」
「高畑さんも、明日菜さんみたいな世話好きな女性は好ましいですよね」
「んー、そうだね。良いんじゃないかな」
好意的な高畑の答えに、湯沸かし器のようにムドの口をおさえようとしていた明日菜が頭から煙を噴き出した。
そして頭が沸いた状態のまま、無意味に挙手をしながら勢いで告白してしまう。
「高畑先生、私も好きです!」
「はっはっは、明日菜君は雪広君と仲が良いからね。そうじゃないかと思ってたよ」
あっさりと、大人の笑みでかわされてしまったが。
おかげですっかりと湯冷めしてしまい、ドンマイと木乃香に落とした肩を叩かれている。
その様子を周りは笑っていたが、ムドは割りと真剣に高畑が手ごわいと考えていた。
まさかあっさりスルーしてくるとは、夢にも思わなかった。
良い年した大人が、本当に明日菜の言葉の意味に気付かず、言葉をその通りの意味で言ったとも思えない。
年下は余り好みではないのか、それともと考えていると、空席だった隣の椅子に誰かが座った。
「アーニャ?」
「べ、別にムドが女の人に囲まれて楽しそうなのが悔しかったわけじゃないわよ。あそこは、人が多くて座ってられなかったから」
ぷいっとそっぽを向かれながら、そんな事を告げられた。
まあ、言葉通りでない事は明らかで、和美や裕奈たちも苦笑している。
だからムドは黙ってアーニャの手を握った。
「良いね、次の学内新聞の一面は決定かな? ほら、二人ともこっち向いて」
そのまま和美の言葉に従い笑みを浮かべ、やや膨れながらもアーニャも笑みを浮かべ写真を撮ってもらった。
-後書き-
ども、えなりんです。
今回は全くのエッチなし、エッチある回は題名に目印つけた方が良いですかね?
ネギはムドを尋ねていたので、のどかは普通に階段から落ちた。
明日菜が一応恩人なので百合展開にもしようかと思いましたが……
元々プロットになかったし、扱いが面倒になるので止めました。
まあ、そのうちムドの従者同士の百合とかはありますけどね。
それでは次回は水曜の投稿です。