第二十四話 ネギがアンチョコより得た答え
高畑に学園長の所業を改めて説明し、話し合っていた結果、エヴァンジェリンの帰宅は随分と遅くなってしまった。
酷く疲れはしたが、面白く話が纏まった為、文句はなかった。
一時は学園を辞めるとまで高畑が言い出したり、ならば私の従者になってくださいとムドが言い出したり。
とりあえず中学生だけは辞めるとエヴァンジャリンが言い出し、近右衛門がせめて卒業まではと粘ったり。
誰も彼もが好き勝手言うなかで、この一年で学園長が勇退する事に落ち着いた。
さすがに表立った学園長の座を、世間的には歳若い高畑が継ぐのは不自然すぎる。
なので表向き、学園長を近右衛門が続けるが実質的には高畑が全てを取り仕切る事になった。
本国への伺いもあるが、後任は高畑で学園顧問として近右衛門が指導に当たり、エヴァンジェリンも裏顧問として残る。
やはりムドが懸念した通り、実戦はまだしも組織運営という点では高畑が素人ないせいだ。
ただし、エヴァンジェリンは兎も角、近右衛門に報酬はなく、ボランティアであった。
この話は、時期をみて魔法先生に発表される。
そして被害者であるムドには、高畑から共有できる秘密を与えられた。
神楽坂明日菜の素性である。
高畑のある意味で一番大切な人の秘密を打ち明けられ、彼女の主である君も必ず守ると。
見え隠れする本音は明日菜に争いの無い、平穏な人生をということだが十分であった。
そんな波乱万丈の話し合いが終わったのは、午後十時を過ぎてしまった頃だ。
空腹も手伝い、今日は高い酒を開けようと、エヴァンジェリンは蝙蝠でできたマントで空を飛んでいた。
「ん?」
異変は、最初からあったのだが、しばらくの間は気付く事ができなかった。
やがて見えてくるであろう、自宅の灯りが見えない。
森は暗闇のみに覆われており、自宅はより暗い影を作り上げるのみ。
何があったと急ぎ、玄関へと手を触れると鍵さえ開いていなかった。
「茶々丸。茶々ゼロ……は無視しそうだな」
そんな事をぶつくさ呟きつつ、鍵を開けて入ると従者の気配が無い。
灯りをつけて辺りを見渡すと、ダイニングテーブルの上に白く四角い封筒が見えた。
「果たし状、だと? ネギ・スプリングフィールド!?」
ネギが一応のどん底を抜け出した事は、ムドや茶々丸経由で聞いている。
だが、こんなものを寄越すであろう事は聞いてはいない。
いや例え聞いていたとしても、本気にするはずがないと動揺しつつ封を開けた。
そして動揺が最大値に跳ね上がり、怒りもまた湧きあがった。
書かれていたのは、従者である茶々ゼロと茶々丸を預かったという事だ。
従者の安全を確かめたければ、果し合いに応じる事とも。
「いや、待て待て。分けがわからん。勝てるわけがなかろうが、弱者の入れ知恵? 確かめた方が早いか」
果し合いの時刻は午前零時。
現在時刻は十時半とまだ余裕があり、移動魔法で影の中に沈む。
行き先は、ネカネの研究室。
一瞬完全な闇に包み込まれ、次の瞬間には光が溢れ移動が完了した。
別名として逢引部屋と呼びたくなる淫猥な花が咲き乱れるそこへと。
「ぁっ、あぁいいわ。上手よ、亜子ちゃん。ネカネさん、イかされちゃうかも」
「ん、んっ……ぷはっ。ネカネさんの中、温かくてぐねぐねしとる。ムド君の方も、もう準備万端やわ」
「気を抜くと出ちゃいそうです。一番濃いのは、まず姉さんの中に」
二段ベッドの一階部分にて、その花は咲き乱れていた。
ネカネが亜子の秘所を舐め、亜子がネカネに手淫を行っている。
シックスナイン、または椋鳥と呼ばれる体位であった。
もちろんそこへムドも参加しており、亜子の口の中へと一物を挿入していた。
三人とも一心不乱で、エヴァンジェリンの存在にも気付いた様子はない。
亜子がネカネの秘所を手で開いて舌で最後の準備を整え、膝をついたムドが狙いを定めた。
さあ、今まさにというところで、固まっていたエヴァンジェリンも我に返った。
「ええい、私を無視するな。混ぜろ。ではなくて、おい。貴様ら、一旦それを止めろ!」
「エ、エヴァンジェリンさん!?」
「やん、おちんちん。逃げちゃ駄目、ムドぉ」
「ネカネさん、しっかりしてや。エヴァンジェリンさんが、そこにおるんよ」
この時を一日中待ち、疼く下半身をオナニーすらせず耐え、ようやくのところでの待ったは相当辛かったようだ。
珍しくネカネが駄々をこね、最後にはすんすんと鼻を鳴らして泣き出してしまった。
これにはさすがのエヴァンジェリンも慌てたが、時間がないのも確かである。
事態を一目で分からせる為に、ネギの果たし状を広げて見せた。
「後で、私も加わってイかせてやる。だから、今は弱者と話させろ。これについて、貴様は関知しているのか?」
見せ付けられたそれを眺め、ムドも驚かされた。
「果たし、状って……茶々丸さんと茶々ゼロさんを捕らえた? 茶々丸さんは兎も角、茶々ゼロさんをどうやって」
「それはこっちが聞きたいぐらいだ。茶々丸は生まれて二年で、圧倒的経験が足りない。実戦らしい実戦もなしだ。だからこそ、茶々ゼロをつけておいたというに」
「うぅ……ネギなら今日は泊まり込みだって、連絡してきました」
零れ落ちる涙を拭い、亜子に頭を撫でられながらネカネが教えた。
疼きが収まらないのか、ムドと亜子の手をそれぞれ掴んで股座に押し付けながら。
「坊やの意思か。まさか、数日で再戦とは。どうやら、立ち直ったのではなくへし折り方が足りなかったようだな。分かった、こっちは好きにさせてもらう」
そう言って、再びエヴァンジェリンが影に沈み込んでいく。
やっと、やっとかとネカネが喜んだのも束の間であった。
肝心のムドがベッドの上から、その姿をくらましてしまっている。
その姿は、この部屋に置いてある執務机がある場所。
その引き出しから水晶玉を取り出し、戻ってきた。
「姉さん、先日のようにこれで兄さん達の行動の中継をお願いします」
エヴァンジェリンには黙っていたが、ムドは今朝、ネギのスーツを正すついでにポケットにあるものを入れた。
ナギの手記、アンチョコである。
大半は呪文のアンチョコだが、一応手記らしきものも書かれてはいるのだ。
日記なのかメモなのか不明な、文字の羅列等が。
まさか見たその日に行動に移すとは思わなかったが、ネギの行動は決行日以外は予測していた。
絶対にこれは見逃せないと水晶玉を差し出したのだが、返って来たのは亜子の冷たい瞳であった。
「ムド君、それはないわ。ほら、ネカネさんを見て?」
「んんっ」
くぐもった声は、枕に顔を埋めていたネカネのものであった。
お尻を突き出したような格好でうつ伏せになっていたネカネの秘所を、改めて亜子が開いたのだ。
ムドの一物を受け入れそこなった膣口が、呼吸をするように大きくなったり、小さくなったりしていた。
「こんなひくついて、欲しがっとる。ムド君はな、後一歩思いやりが足らんのや」
ネカネがそうだそうだと同意するように、チラリとムドへと振り返る。
「ウチも言いたなかったけど、疎遠になりかけた時、押し倒されても良かった。女の子に対する強引さは、ある意味思いやりなんよ?」
「ねえ、ムド……果たし状にあった零時までまだ時間あるから。お姉ちゃんにシテくれる?」
「シテあげないんやったら、ネカネさんとウチだけで楽しんじゃうよ?」
仰向けとなりおねだりするネカネの上に、亜子が跨った。
上下逆、秘所を舌で舐めあい指を入れあう。
ムドが強硬な姿勢に出るならば、本当に二人だけで楽しむつもりだろう。
むしろもっと強硬に、自分へのダメージ覚悟で禁止令さえ出されてしまうかもしれない。
そういう恐れもあったが、思いやりが足りないと言われてはムドも考えを改めなければならなかった。
何しろ力の無いムドが与えられるのは、自分の気持ちだけだからだ。
真摯な態度と深い愛、あと肉体的快楽。
「ごめん、姉さん。亜子さんも……残り一時間もありませんが、全身全霊を掛けて愛しとおします」
水晶を投げ捨て、ムドはベッドに上がりこみ亜子に誘われ狙いを定めた。
後は、一気に腰を突き進めるだけであった。
時は午前零時の十分前。
一足先に指定された決闘場の上空に、闇に紛れてエヴァンジェリンはいた。
明るい金髪までも蝙蝠のマントの中に包み込み、完全に闇と一体となっている。
眼下を見下ろした先は深い森に覆われ、身を隠すモノに困らない場所であった。
「ククク……それで隠れているつもりか」
指定された決闘場から少し離れた場所、樹木のみならず茂みにも覆われた場所に人影が見えた。
通常なら視認も不可能であったろうが、エヴァンジェリンは吸血鬼の真祖だ。
夜と共にある者として、闇の中であろうと昼間と変わらない視覚を確保できる。
その瞳が捕らえたのは、決闘場を監視しながら杖を手にするネギ、棍を手にする古菲、そして楓だ。
エヴァンジェリンが決闘場に現れると同時に、奇襲をしかけるつもりなのだろう。
「可愛いものじゃないか」
何がネギ達を、主にネギを変えさせたのかは分からなかった。
だが頭すら使わず、馬鹿正直に格上相手に力でごり押しする馬鹿よりは良い。
例えどんなに意地汚い方法であろうと、勝てば良いのだ。
「そう、勝てばな。契約に従い、我に従え氷の女王」
最大出力で放てば、百五十フィート四方の空間を絶対零度にできる魔法だ。
そこからさらにおわるせかいに続けるのが、必殺の魔法だ。
ただそんな事をすれば大惨事は免れないので、威力を範囲を絞って放つ。
「来たれ、とこしえのやみ。えいえんのひょうが!」
三人がいた数メートル四方が氷の世界へと変わる。
完全なる奇襲、そもそも人質を取られたからと言って大人しくする言われはない。
決闘と名をうったからには、なおさらだ。
「なに!?」
だが次の瞬間、氷に閉じ込められていたはずのネギ達が霞みのように消えた。
「風の精霊によるダミーか。チッ、居場所を知られたか」
「ラス・テル、マ・スキル、マギステル。来れ雷精、風の精。雷を纏いて、吹きすさべ、南洋の嵐」
「ははは、いきなりそんな大型を放とうというのか。甘いぞ、坊や。来たれ氷精、闇の精。闇を従え、吹雪け、常夜の氷雪、闇の吹雪!」
「雷の暴風!」
ダミーとは間逆、そこから響くネギの声に振り返り、後から詠唱を開始する。
そしてエヴァンジェリンは容易く追い越し、先に放った。
自分の得意属性による同種の魔法を。
闇が集束し、氷を生み出し絡み合うように捩じれながら森の中へと突き進む。
一方、地上からも暗緑色となった森の屋根を突き破り、雷を伴なう暴風が渦を巻きながら空に向かった。
闇が雷を飲み込もうとし、風が氷を砕き巻き込んで雷を成長させる。
ある意味で、相性の良すぎる属性同士術者の魔力を吸い取って喰らい合う。
「体術は見るべくもないが……魔力だけなら、私とタメを張るか」
「ぐぐぅっ、ああッ!」
確かに威力は同じであったが、ネギにはエヴァンジェリンのような余裕はなかった。
だが、ネギには今のエヴァンジェリンにはない従者がいた。
ネギとはまた別方向、挟撃の形をとって古と楓が空へと跳んだ。
手にはそれぞれ神珍鉄自在棍とクナイが握られている。
「エヴァンジェリン殿、覚悟でござる!」
「伸びるアル!」
「大型を使ったのは、動きを止めるためか」
神珍鉄自在棍をエヴァンジェリンへと目掛け、古が伸ばしてきた。
これに対し、エヴァンジェリンは闇の吹雪を片手で放ちながら、もう片方の手から魔力の糸を放った。
一度に三百体の人形を操れる強度を誇る魔力の糸で、神珍鉄自在棍の切っ先をずらす。
これが普通の棍ならば、即座に横薙ぎにして糸の破壊したり、突き直したりできただろう。
神珍鉄自在棍は協力だが、伸ばす度に大きくなり重く扱いにくくなるのがネックだ。
背後の死角がこれで消えたと壁代わりに背中をつけると、トンッと足音のような震動が伝わってきた。
「こっちが、本命?」
「どうでござろうな!」
伸びきった神珍鉄自在棍へと足をつけた楓が、加速する。
最初はその上を、側面をと徐々に走る位置を変え、エヴァンジェリンへと迫った。
魔力の糸を伸ばすも、かわされるばかりか、逆に糸を利用されてさらに加速されてしまう。
一番厄介なのはコイツかと、エヴァンジェリンは馬鹿正直にネギの魔法に付き合うのをやめた。
闇の吹雪を中断し、宙を翻ると神珍鉄自在棍が雷の暴風に撃たれ弾かれる。
「わッ、重……重いアル!」
「古さん!」
「馬鹿が、扱いきれないアーティファクトなど、ゴミも同然だ」
落下していく古を尻目に、エヴァンジェリンは忍び装束の楓を迎えうった。
蝙蝠のマントを翼に変えて姿勢を保ち、振り下ろされたクナイの切っ先を見据え、腕ごと受け流す。
合気の要領で、楓の体勢を崩して回転させ、上下逆さにして背中を取る。
普通ならそこで背中を一撃して終わりだが、忍び装束を掴んで上に放り投げた。
「くッ!」
「ククク、実体があるというのも考えものだな」
悔しげな声を上げたのは、分身体よりもさらに上を取っていた楓である。
投げつけられた分身体を腕で跳ね除けた頃には、眼下にはエヴァンジェリンの姿はない。
上を取ったはずの楓の、さらに上であった。
「最大戦力が、早くも脱落だ」
背中を打たれまいと、身を捩るのが精一杯であった。
代わりに拳が腕に辺り、ゴキッと嫌な音と激しい痛みに襲われ、落下していく。
「楓さん!」
「逐一、煩い奴だ。だが、流石に空は私に有利過ぎるか。全く、私は優しすぎるのが欠点だな」
そう呟き、笑いながら森の中へと降りていく。
そこは丁度、神珍鉄自在棍に振り回され落下した古と助け起こしたネギがいる場所であった。
既に神珍鉄自在棍の姿は見えず、今回は扱うのを諦めたということか。
「戦いの歌」
先生と生徒という立場でありながら、拳法においては師弟が逆転する二人が身構えた。
ここからは、魔法ではなく体術勝負という事か。
エヴァンジェリンもそれなりにはかじった身であり、合気の構えをとる。
先に踏み込んだのは古だ。
活歩、八極拳の歩法の一つで一瞬で距離を詰め、純粋に淀みの無い拳を真っ直ぐ突く。
相手の力を利用する合気に対する、最も効果的な方法だ。
力のベクトルを他所に向ける事で利用する合気は、純粋な直線に弱い。
最もそれは、相手の突きを利用使用とした場合だが。
利用はせず、雑念を捨ててただ拳に左手を添え、軌道を僅かにでもそらす。
拳が右わき腹の辺りを抜け、完全な密着状態に陥る。
「ふッ!」
エヴァンジェリンには劣るものの、武道を志す者の勘なのだろう。
思考するよりも早く、頭をそらすように下げたそこをエヴァンジェリンの右の掌底が唸りを上げて過ぎる。
確実に髪が数本舞う中で、古の頭がどんどん落ちていく。
滑る地面の上を抗わず、転びそうに仰向けになりながら地面を蹴って片足を上げた。
背面からの奇襲、それも後頭部を狙った危険なものだ。
「うわあぁッ!」
同時に、ネギがここにいるぞとばかりに声をあげながら地面を蹴った。
特別な合図はなかったはずだが、タイミングはバッチリだ。
肉体関係でも持ったかと邪な雑念が混じりかけるが、それを振り払う。
まずは魔力の糸を二、三本ネギの前に、それで足止めは十分。
首を傾け、古のつま先を受け止め、全ての威力は殺さず一回転させて背中から地面に叩きつける。
「がはッ!」
陥没する程の威力に血飛沫が飛び、止めとばかりに森の奥へと蹴り込んだ。
バキバキと茂みの細い木をへし折り、何処かの樹木の幹にぶつかるような音が聞こえた。
「さて、残りは貴様だけだな……少しはマシになったようだが、私との圧倒的な差は全く埋まってはいないぞ?」
振りぬいた拳が魔力の糸に絡め取られていたネギに問いかける。
あれ程の連携ができるならば茶々丸に抗う事は不可能だったろう。
茶々ゼロは、茶々丸を人質にでもとられたか、それで素直に聞く奴だとも思えないが。
さて、今度こそしっかり折っておこうかと思ったエヴァンジェリンへと、魔力の糸を引きちぎりネギが飛び込んできた。
余りにも無謀、考え無しとも言える行動に、エヴァンジェリンも頭に血が上る。
何故もっと頭を使わない。
風の精霊のダミーを劣りにエヴァンジェリンの位置を知ったのは良かった。
大型の魔法を誘って動きを止め、従者による挟撃も、並みの相手ならばチェックメイトだ。
根本の、人質という点も格上を相手に動揺を誘うには打ってつけ。
だというのに、何故ここで全てをドブに捨てるような行動に出たのか。
「もう一度、出直してこい!」
唸る拳を前に、ネギは熱く前だけを見つめている。
先日、何も出来ないままただ腹にねじ込まれた一撃。
見据え、見据え、見据えて杖の両端に手を置き、杖の腹をエヴァンジェリンの拳に合わせた。
ミシリと形見の杖が嫌な音を立てるが、目一杯の魔力で杖を強化して耐えさせる。
射に構えた杖により僅かに軌道がそれ、ネギの小さく軽い体が打ち上げられた。
「ラス・テル、マ・スキル、マギステル」
クルクルと体が浮き回転する中で、詠唱を続ける。
一歩進んだと、あの日よりも一歩先にと喜びを噛み締めながら。
「雷の精霊三人、集い来たりて、敵を射て。魔法の射手、雷の三矢」
「魔法の射手、闇の三矢」
短縮の詠唱でエヴァンジェリンも異なる属性の魔法の射手を放つ。
だがおかしな事に、ネギはあえて対消滅を避けた。
雷の三矢はそれでもエヴァンジェリンには届かず、ネギのみが闇の三矢に撃ち貫かれる。
障壁こそ間に合っていたものの、吹き飛ばされていく。
奇妙な違和感、何かがおかしいとエヴァンジェリンは感じていた。
それがまだはっきりとしない内に、答えそのものが目の前に現れる。
「エヴァ殿、まだまだこれからでござる!」
それは腕を折られて墜落したはずの楓であった。
傷による痛みを感じさせない動きで、寧ろ折れたはずの右腕にさえクナイを握っていた。
(まだ他に、近衛木乃香か? しかしいくら治癒魔法使いとはいえ、このレベルの戦いでは足手纏い以外の……面倒だ)
どちらにせよ、近衛木乃香が近くにいるはずと楓へと手の平を向ける。
「闇の精霊、二十九柱。魔法の射手、連弾、闇の二十九矢!」
楓が飛び出してきた茂みの中、その向こうへと闇の塊を纏めて放り込む。
闇雲に放ったので、当たれば良いな程度。
最低でも、自分を守る力さえない治癒魔法使いを狙われ、動揺するはず。
そのはずが、楓は後ろに振り返りもせず、エヴァンジェリンに向かってきていた。
「馬鹿な、一体どういう」
「そうそう種は明かせないでござるよ」
「そうか、既に中華娘の」
「復活、アル!」
喋りながらクナイを魔力の糸で弾いていると、その古が茂みの中から飛び出してきた。
こちらは完治したようには見えないが、傷を感じさせる様子はない。
むしろ気力は上がっている。
すさまじい速度の回復だが、残る答えは怪我を負ったばかりのネギの元だ。
さすがに辛いと、古の拳と楓のクナイを捌きながら、隙を伺う。
少々手間取ったが、古の拳をいなして楓へと矛先を変えさせた一瞬に唱える。
「もう一度だ。今度は、はずさん。闇の精霊、二十九柱。魔法の射手、連弾、闇の二十九矢!」
ネギが吹き飛んでいった方向へと、闇雲に放つ。
「アデアット、送還」
口寄せの巻物を加えた楓が、印を組んでそう唱える。
次の瞬間、エヴァンジェリンの放った闇の弾丸が森の奥へと着弾していく。
闇に飲まれ、一部が消滅していく最中を一本の杖に跨る少年が宙を駆け抜けてきた。
間一髪、なんとか傷が癒えた状態で。
「なるほど、従者のアーティファクトによるコンボか」
「もう、バレた!?」
「低レベルでラスボスと戦ってる気分アル」
再び口寄せの巻物を口に咥え、楓が印を組んで呟いた。
「しからば種明かしを。口寄せ、近衛木乃香」
「はいはい、次は誰やの? 何時でも回復……あやや、エヴァちゃん。バレバレやん?」
「ククク、なる程……治癒魔法使いの安全を図る為に、口寄せと送還を繰り返すのか。確かに、仮契約カードは呼び出しだけだからな。さて、貴様らにはもう一人、仲間が残っているはずだが」
夕映も未熟とは言え魔法使い。
エヴァンジェリンからすれば誰も彼もが未熟な中で、特別扱いするはずがない。
魔力の温存か、何か他の理由で出て来れないと考えるのが妥当だ。
「それで次は何を見せてくれるのだ? これだけ私を楽しませた後だ、詰まらない手段であれば分かっているな?」
「くッ……皆さん、撤退です!」
「木乃香殿、また後で送還」
「何時でも呼んでや」
「戦略的撤退アル!」
楓が別の場所に木乃香を送還し、三人は一目散に逃げ出していく。
あまりの潔さに、あっけにとられたエヴァンジェリンだが、笑い声を上げながら空に足をかけた。
古の言った通り、これは明らかな戦略的撤退だ。
逃げた先に待つのは新たな戦法の為の何か、それとも単純に罠か。
とても見ずには帰れないと、逃げていくネギ達を追いかける。
「さあ逃げろ、逃げろ。目的の場所まで。ただし、ただでは行かさん。苦労は伴なうべきだろう? 魔法の射手、連弾、氷の十七矢!」
「くッ、来ます!」
杖に跨り空を駆けるネギを氷の矢で狙い撃ち、
「氷神の戦鎚!」
氷の塊を放り投げて地上を走る古と楓を追い掛け回す。
慌しく逃げ惑うその姿を見て笑いながら、意地悪を続ける。
もちろんただの意地悪ではなく、魔法に当たれば怪我を負う、命を掛けた意地悪だ。
された方はたまったものではないが、している方は心の底から楽しい。
「あーはっはっはっは、ん?」
一瞬、良い気分に水をさすような、不快な何かが過ぎった。
本当に刹那の事で気に掛けるまでもないと、鬼ごっこを再開した。
その先に見え始めたのは、麻帆良学園都市を抜ける為の橋である。
横道にそれようのない、一本道だ。
(期待、し過ぎたか……もう一捻り、欲しいところだったが)
橋へと逃げ込んだネギ達は、先に待っていた夕映と合流し、反転。
ここが決戦の場だとばかりにエヴァンジェリンを待ち構えた。
橋の上にエヴァンジェリンが降り立っても、退かない。
一歩一歩、エヴァンジェリンが近付いても、動く事さえなかった。
悠然と歩き近付くエヴァンジェリンを前に、警戒だけは解かずその時を待っていた。
とある一歩を踏みしめた時、わずかにだがネギの眉がピクリと動く。
「ここか」
足元を見つめ、エヴァンジェリンがそう呟くと、明らかにネギ達が動揺した。
橋の上と言う一本道、その先に待ち構えるならば、敵は必ず真っ直ぐ詰めてくる。
その先に、罠を仕掛けるのは基本中の基本だ。
「ククク、どうした顔色が悪いんじゃないのか?」
恐らくは捕縛結界か何か、強力なものだろうと辺りをつけて大きく迂回する。
少しでも違和感を感じれば直ぐに下がれるようにしながら、橋の端を歩いた。
あわあわと明らかに動揺するネギ達の表情を見物しながら。
そして半円状に歩みを進め、いざ止めをというところで夕映が叫んだ。
「もう、限界です!」
夕映が手にしていたのは練習用の小さな杖、その先端から小さな光が消えた。
それに伴ない膨れ上がる臭気、十五年前の最悪の記憶がよみがえった。
咄嗟に見上げた頭上には、視界一杯に広がるクリーム色の何か液体。
ばしゃんとそれが叩きつけられた瞬間、鼻を何百回と殴られたような臭気が襲う。
「ぎゃぁぁぁぁっ、二……ニンニク、それも摩り下ろし!」
七転八倒する間に、その体が避けたはずの罠の中へと転がり込んでしまう。
転がり回る地面に浮かんだ魔法陣から、光の拘束帯がエヴァンジェリンを絡め取っていく。
本人は捕縛される事よりも、それによって摩り下ろしたニンニクを拭えない事の方が地獄であったが。
「臭い、臭いもはや苦い上に目が染みる!」
「こ、心が痛むでござるな。やり過ぎたでござるか?」
「でも復活されたら面倒アル。ネギ坊主、止め刺すアル!」
「まだ何かするつもりか、貴様ら。極端に悪にぎゃあ、堪らん!」
茶々丸を人質にとった時の数百倍、良心の呵責に耐えながらネギはポケットから手帳を取り出した。
今朝、学校についた後に何故かポケットに入っている事に気付いた父の手記である。
その最後のページに書かれた言葉を今一度胸に秘め、ネギはとあるページを広げた。
父の手書きであるそのページに書かれた呪文を詠唱し始める。
「ちょっと待て、その呪文は……また、延々と退屈な日々を繰り返して、たまるかッ!」
ナギのアンチョコを見ながらネギが唱え始めたのは、十五年前と同じ登校地獄だ。
それがようやく解けたばかりだというのに、ニンニクの臭気さえも忘れて、束縛に抗った。
火事場の糞力とでも言うべきか、吸血鬼の真祖といえど簡単には抜け出せない束縛をまず腕から引きちぎる。
「まずい、急ぐアル。時間を掛けてると、復活されるアル!」
「すみません。臭気を防ぐのに魔力を使い果たしました。足手纏いなので送還、お願いするです」
「結果は追って知らせるでござる。送還!」
古と楓がもしもに備えて身構え、夕映は安全を考慮して送還する。
何しろ、今のエヴァンジェリンはブチ切れ状態だ。
このまま捕縛結界を抜け出し、先程の森の中での一戦のように手加減してくれるかどうか。
捕縛結界にあらがう今のエヴァンジェリンは、幼く可愛らしい表情ではなかった。
吸血鬼の牙をむき出しに、黒目が消えて瞳が白く濁りそまっていた。
「今度こそ、死ぬかもしれんでござるな」
現在ネギパーティの中で、最強の楓でさえそう呟くほどであった。
「ネギ坊主!」
「待ってください。父さん、字が汚いから読みにくくて」
洒落にならない理由で、時間だけがどんどん過ぎ去っていく。
エヴァンジェリンは既に両腕の束縛を振り切り、自由になった腕でさらに引きちぎり始めていた。
恐らくは後三十秒も掛からないうちに抜け出すことであろう。
そんな焦りから、ネギの詠唱も躓き、中々先へと進まない。
「あと一章説です!」
宣言の直後、エヴァンジェリンが捕縛結界を完全に振り切った。
橋を踏み抜く勢いで、エヴァンジェリンが踏み込んだ。
コンクリートが負荷に耐え切れずひび割れ、踏み砕きながら加速する。
飛びかかった楓を無造作に振り払い、叩きつけた支柱の一本が折れ曲がった。
次に拳の一撃に賭けた古を無慈悲に、橋をあと一歩で貫通の所まで叩きつけた。
障害は全て本能的に取り除き、一章節も詠唱を残していたネギに迫った。
その時、別の誰かの足が砕けたコンクリートを踏み込んだ。
「ガアァッ!」
「もう、木乃香をどっかにやったのアンタ? 兎に角、なんでも良いから引っ叩く!」
振り向き様に薙ぎ払われた鋭利な爪を持つ腕を、間一髪上に跳んで避ける。
それはオレンジ色の髪を、カウベルの付いた髪留めで纏めた少女であった。
手に持った破魔の剣、ハリセンバージョンで宙返りをしながらエヴァンジェリンの後頭部を強かに撃ちつけた。
「あ、明日……登校地獄!」
突然現れた第三者とも言える明日菜の存在に驚きつつ、ネギが最後の一章節を読み終え完成させた呪いを叩きつける。
体に掛かる負担に悲鳴を上げながらエヴァンジェリンは暴れ周り、橋の柵を破壊して、気を失うままぐらりとその体を傾けた。
自分で破壊した柵の方へ、何も無い宙へと。
「ちょっと、アレ。エヴァちゃんじゃない。落ち、落ちる!」
「ぐぅ……誰か、エヴァンジェリンさんを」
森での傷が癒えきってなかったせいか、ネギは膝をつき動けなかった。
楓や古もエヴァンジェリンの渾身の一撃を受けて、貼り付けのまま気絶中。
「ああ、もう。私、木乃香探しに来ただけなのに!」
落ちそうなエヴァンジェリンには間に合わず、手を伸ばした明日菜が共に落ちていく。
この子、異常に臭いと失礼な事を考えつつ、抱きしめる。
うっすらと意識のあったエヴァンジェリンは、前にもこんな事がと思いつつ意識を閉じた。
そして重力には抗えないまま、水柱が一つ高々と上がった。
再び魔力を封じられてしまったエヴァンジェリンは、激しく落ち込んでいた。
それはもう無気力で、付着したニンニク汁すら拭わず。
結局、橋の下の河で全部明日菜に世話をしてもらったぐらいだ。
何処かの誰かを思い出させる馬鹿面に、世話をされたかったわけではない。
きっとおそらくは、たぶん。
ずぶ濡れの服を脱ぎ、口寄せされた木乃香から渡されたバスタオルに包まり、へたり込んでいる明日菜の横に寄り添っていては説得力は無いが。
「で、結局……貴様は、なんであんな無謀な戦いを挑んできたんだ?」
鼻をすすりながら、エヴァンジェリンは一番の疑問を尋ねた。
「そうよ、良くわかんないけど危ない事する前に言いなさいよね。こっちは木乃香がいなくて探して、良くわかんないうちにこんな橋から河に飛び込んで、馬鹿みたい」
「煩いぞ、馬鹿。なんの関係もないくせに、勝手に飛び込んできて引っ掻き回しよって」
「はあ、助けてもらった恩を忘れてなによ。ほらほら、ありがとうございますは?」
「頬っぺたを抓るな、この馬鹿。大体、さっき自分で馬鹿だと認めたろうが!」
ドタバタと馬乗りになっては頬を引っ張り合う。
その様子に、命がけの行動は何だったのかと古や楓が苦い顔をしている。
二人は絶対安静の状態で、傷の手当を受けながら寝かされているからなおさら。
やがて二人が暴れ疲れ、同時にくしゃみをしたところでネギがとある物を見せた。
登校地獄のアンチョコが書かれていた、ナギの手記であった。
「父さんの手記です。本当はムドのなんですけど、今朝に何故かこれがポケットに入っていて」
それを聞いた途端、エヴァンジェリンは深く心に刻み込んだ。
(確かに今日坊やが仕掛けることは知らなかったが、ちゃっかり切欠を与えていたのか。殺す……)
ムドに対する怒りをふつふつと沸かせながらも、その手記に目が奪われる。
エヴァンジェリンの記憶にもあるが、確かにナギの手記、アンチョコであった。
凄く見たい、アンチョコの部分以外。
何しろ、あのネギを手段を問わず勝利の為だけにどんな手でも使うべく変えてしまったのだ。
「坊や、それを貸せ。私に読ませろ」
「え、でも……これ、もうムドのものだし」
「それを貴様は勝手に見たのだろう。なら私が見ても、同じだ」
「まだ全部見て無いです。最後のページと、アンチョコを少しだけで」
ほらと、ネギが読んだという最後のページを見せてきた。
同じく明日菜も覗き込もうと、エヴァンジェリンの頭を押しのける。
「駄目だ、奴には勝てない。だが格上が相手だろうと、勝たなきゃいけねえ。どんな手を使っても、人から罵られようと、悪魔と呼ばれようと。勝たなきゃ、皆の明日がなくなっちまう。なに、これ?」
そこに書かれていたのは、英雄なる人物の苦悩であった。
清廉潔白を求められ勝利を約束させられた英雄の。
その敵が誰かは分からないが、英雄といえどいつかはより強い人物と出会う。
相手が清廉潔白とまでいかずとも、正しい心を持っていれば良いだろう。
だが、邪悪な心で力こそ正義を旨にする者ならばどうする。
「ネギ坊主に、それを見せられた時、自分の甘さを痛感したでござる。英雄でさえ、清廉潔白ではいられない。時には手を汚さねばならない」
「清濁併せ呑むという奴、アル。未熟な私達ならなおさら、格上のエヴァンジャリンを相手に綺麗なまま勝とうだなんて甘かたアル」
「ウチはまだ、深い意味は分かっとらんけど……治癒魔法使いにもそういう時が来ると思うえ」
「人から罵られようと、己の正義に従い苦悩を抱えながらも突き進む。一度、ネギ先生のお父さんには会ってみたかったです」
何やら、皆がそれぞれ感動したように胸を震わせていた。
そうよねっと上ずった声で、同意している明日菜は置いておく。
絶対に皆が何を感動しているのか、分かっていないからだ。
ネギはこれに感化され、格上を下す為に汚い手段に手を染める事にしたのだろう。
ナギの手記に勝手に追記された、内容に感化された。
(この文字、ナギに似せてはあるが別人だ。あの弱者、坊やの行動どころか、意識まで誘導させて。しかも父の名を語ってまで。貴様ら、全員騙されてるぞ!)
全てばらして叫びたいが、もしもを考えると今はできない。
「けれど、今の僕達には汚い手段を使ってさえエヴァンジェリンさん一人には及びませんでした」
「え、なんで……勝ったじゃない、エヴァちゃんなんだか大人しいし」
「おい、馴れ馴れしいぞ。誰がエヴァちゃんだ」
「いえ、明日菜さんはムドの従者です。やはりあの場は僕らの負けです。その程度、なんです。今の僕らは……」
改めて、エヴァンジェリンに戦いを挑み、どれ程自分達が弱いのかを再確認できた。
「エヴァンジェリンさん、貴方にお願いがあります。最強の魔法使い。最強の名を冠する貴方に、ご指導をお願いしたいんです」
「魔法使いではござらんが、拙者もお願いしたいでござる」
「私も、麻帆良に来てからは独学続きで、自分より強い相手は稀だったアル。ここは一つ、流派の垣根を越えてお願いしたいアル」
ネギを筆頭に、楓や古、続いて木乃香と夕映も頭を下げる。
絶対安静の楓や古は、その顔に油汗を浮かべながら。
座っているエヴァンジェリンより頭の位置が高くてはと、跪いてまで。
エヴァンジェリンも、ネギ達を鍛える事は、面白そうなので異論はない。
元々、ムドに頼まれてもいた。
だがその前に、どうしても確認しなければならない事があった。
「坊や、モノを頼む前にする事があるだろう。私の呪いを解け。術者は貴様なんだできるだろう?」
「あ、そうでした。直ぐ解きます。えっと……えい、あれ?」
杖を掲げ、短い詠唱の後に解呪を唱えるも効果は現れない。
予感的中と言うべきか、オロオロするネギを前に落ち着けと表面上は平常を保つ。
(もう、許さん。あの弱者……登校地獄のアンチョコにも、何か細工を施したな!!)
当たらずとも遠からず。
エヴァンジェリンはまだ知らない。
そもそもアンチョコ事態、ナギが写し間違えていた事に。
最も、それを知りつつ訂正しなかったのはムドでもあった。
-後書き-
ども、えなりんです。
エヴァ、再封印。
原作を再現しつつ、もう一歩悪辣さを出しました。
まあここまで上手くいくとは、ムドの考えの外ですが。
ですが、これでエヴァゲットの建前というか、切欠は掴みました。
上げて落として、あとは分かりますね?
それでは次回は水曜です。