第二十三話 満月が訪れる前に
数日ぶりの秘所への挿入に、亜子は下腹部からせり上がる異物感に小さく呻いた。
早朝、まだ起きてから一時間も経っていない為、強制的に体が起こされていく。
薄っすらと開けたまぶたの隙間からは、狭い膣を押し広げようと腰を進めているムドの顔が見える。
立派な一物を持ちつつもやはり子供、その可愛らしい顔が愛おしくて手を伸ばした。
大好きな手の平で握り返され、より膣が締まり、自分で自分を苦しめる結果となった。
だが二人で同時に、苦しいと呻いた一体感が堪らない。
愛おしい相手と一つになっているという。
「亜子ちゃん、もう少しよ……ほら、いまここ。もう少し」
「はい、頑張ります」
膝枕をしていてくれたネカネに、下腹部の盛り上がりを撫でられ教えられる。
記憶が正しければ、残り一センチあるかないか。
その最後が、一気に推し進められ、終着点の子宮口を突くと同時に体が喜びに打ち震えた。
「ぁっ、はぁ……ムド君、キスして。ウチの唇に吸い付いて」
「亜子さん、首を少し下げてください」
身長差から、挿入した状態ではムドは胸の辺りにまでしか顔が届かない。
ムドが背伸びをすれば子宮がさらに押し上げられた。
思わず仰け反り、唇が遠くなってしまうが、そこはネカネが支えてくれ上半身を起こす。
届かない、あと少しとお互いに舌を伸ばして、絡めあってひきつけあう。
「ん、ムド君……好き、大好き」
「私は、呆れられたと思ってました。まき絵さんを、あんな目に合わせてしまって」
今日この瞬間まで、確かに亜子とは疎遠になっていた。
「あれが、わざとやないって事は、ムド君の表情を見れば分かったんや。ウチが本当に、迷っとったのは、ムド君を守れるんやろかって思ったからなんよ」
それは奇しくも、ネギが抱いていたものと同じような迷いであった。
亜子はただでさえ、従者になったタイミングが遅く、運動は得意だが武道を習っていたわけではない。
アーティファクトも後衛からの支援系であり、効果は高いが実感が薄いのだろう。
特にあの傷跡の旋律を、あまり好いてはいない為になおさら。
「ウチは明日菜や桜咲さんみたいに武器は使えへんし、ネカネさんやアーニャちゃんみたいに魔法も使えへん。足手纏いにならへんやろかって」
「だけど、少し距離を置いたら異常に寂しくなった。それでもムドが大好きな事を再認識させられたのね?」
「ウチ、もう……ムド君やないとあかん。他の人なんて絶対考えられへん。だから、少し時間は掛かるかもしれへんけど、強くなるから傍にいてええやろか?」
「当たり前じゃないですか。むしろ、惚れ直しました。そこまで、私の事だけを考えていてくれたなんて」
体の関係を持ち、実際に一物を挿入されているにも関わらず、惚れ直したという言葉を聞いた亜子の頬が朱に染まる。
さらには照れを隠そうと顔の上に両手を置いた姿が初々しい。
「亜子ちゃん、魔法なら私が教えてあげるわ。一緒に強くなりましょう。でも、その前に」
「ひゃっ、あかんて。そんな上にされたら、奥にはいっ……ぁく、やぁっ」
膝枕の状態から、亜子の体を持ち上げ攻守を後退するようにムドに跨らせる。
もちろんムドは、ごろんと背中から床の上へと寝転がっていた。
慌ててムドの胸に手をついて体を支えるも、自重により一物がより深く食い込んでいく。
膣の中が完全にムドの一物の形を思い出し、押し広げられた。
「強くなる前に、一緒に気持ち良くなりましょう。はい、ムドはお姉ちゃんのおまんこを舐めてね。亜子ちゃんは、こっち」
膝枕から解放されたネカネが、場所を移動してムドの顔の上に跨った。
自分で秘所を開きながら腰を落とし、舌での奉仕を強要させる。
それと同時に、亜子の手をとって自分の胸を触らせながら、唇を突き出す。
口を塞がれたムドは奉仕を始めたのか、ぴちゃぴちゃと音を立てており、突き出されたネカネの唇が震えていた。
「ネカネさん……相変わらず、エッチやわ。ん、ネカネさんも好きです」
「んふふ、亜子ちゃんも負けないぐらいエッチよ。突然やってきて、抱いてくださいなんて。びっくりしちゃったわ」
「い、言わんといて。あふぅ、奥でごりごり……たった数日やのに、忘れられへんかったん。ムド君のこれが」
「本当、自分から腰を動かしていやらしい子。クリトリスも皮がむけかけてる」
ムドの一物を飲み込む秘所の頂上地点、皮被りのそれをネカネが剥き上げた。
「ンんッ、ぁふっ……はぁっ。そこ、触ったらビリッて。いやや、触らんといて。ムド君ので、ムド君のでイキたいんやから」
「あらあら、どうしようかしら」
「やぁ、あかん。あかんて……ぁっ、あぅぁっ。ムド君、もっと突いて」
ぷっくりと充血したクリトリスを楽しげにネカネが突き、亜子がこのままではと腰を動かす。
言葉通り、ネカネにではなく、ムドの一物でイかされいと。
そんな亜子を手助けする為に、口を塞がれていたムドがネカネの太ももに沿えていた手を動かした。
手探りで、若草を分け入りながら秘所の頂上部に手を触れる。
「もう、亜子ちゃんに甘いんだから……お姉ちゃんのクリはここよ。そう、コリコリするのよ。サボ、くぅっん……サボったら、亜子ちゃぁ、あやん」
「ネカネさん、ウチ……もう、あんっ、ぁ……イク、ウチもうっ!」
「駄目よ、私がまだ……ムドも、ぅん。ムド、イキそうだったぁん、ゃ……コリ、コリって二回ッ、来た。コリ、コリ。そう、ムドもイクのね」
「ウチにも、分かる。ムド君のが、大きくっあぁ……なって、ネカネさん」
腰を弾ませ、着地させては円運動をさせる。
ひたすら一心にそれを続けていた亜子から、今度は瞳を閉じて唇を突き出した。
その誘いにネカネものり、唇を合わせてから深く舌を絡めあい、胸をもみ合う。
三人ともが下腹部に加え、唇にも愛撫を受けて高めあっていく。
そしてある時を境に、亜子とネカネの唇が唾液の橋を作り上げながら離れた。
「キューって、そう。来た、イクッ、あぁっん、ぁぁあああっ!」
「ウチも、ぁあん、あっ。イクゥゥゥッ!」
ムドに跨るネカネと亜子が、沸きあがる快楽に意識を奪われ天井を見上げ叫び果てる。
声こそあげられはしなかったものの、ムドも亜子が浮かび上がる程に突き上げていた。
ほんの少し一物が秘所より抜け、落下し最奥へと挿入されたと同時に精液を撒き散らす。
亀頭の鈴口と子宮口をぴったりと押し付け、その中へと直接流し込んでいった。
どくり、どくりと竿を脈動させる度に、流し込まれるのが分かるのか亜子が果て続ける。
一瞬で快楽の波が行き去ったネカネが、ずるずるとはいずるようにムドの上から降りた。
「はぁはぁ……くっ、亜子さん。もう少し、まだ出るッ!」
「はぁぅ、ええよ。好きなだけウチの中に……あん、凄い一杯ゃぁ」
「ふふ、入りきらない分が溢れてきてる。勿体無い。亜子ちゃん、ちゃんと飲み干さないとネカネさんが舐めちゃうわよ」
「やぁ、ウチの。その精液はウチのやから、取ったらあかんよぉ……」
四つん這いで移動したネカネが、身を乗り出して二人の結合部へと舌を伸ばした。
嫌だと腰を振りながらさらにムドの一物を飲み込む亜子の意志を無視して、溢れた精液を舐め取りすすり出す。
足りなくなれば、再び亜子のクリトリスを刺激して、弛緩した膣の隙間から新しく溢れた精液を舐め取っていく。
そのうちに耐え切れず亜子が瞳に涙を溜め、今度はそれをネカネが舐めとった。
「ふぇ……ウチのやのに。ネカネさんの馬鹿、ウチの精液」
「もう、泣かないの。ムド、あなたも男の子なんだからこのまま次ぎ、ね? 亜子ちゃんが溺れるまで注いであげなさい」
「すみません、姉さん。夜には、姉さんを溺れさせますから。今は、亜子さんだけに」
「ぁん、くぅぅん、はぁ……ネカネ、さん。ウチも、夜はご奉仕するから」
楽しみにしていると、ムドと亜子それぞれにネカネがキスを落とす。
そして、本日の朝のお勤めは亜子を中心として、さらに続いていった。
「お姉ちゃん、おかわり」
そんな声と共に、朝食にて二度目となる催促がネギの手により行われた。
手に持つ茶碗を高々と持ち上げ、まだまだ入るとアピールしている。
「はいはい、ちょっと待っててね」
「アンタ、いくら早朝に修行してるからってそんなに食べたらお腹壊すわよ?」
「大丈夫、使った魔力の分を食べてるだけだから」
差し出されたお茶碗を受け取り、ニコニコとしながらネカネがご飯をよそう。
てんこ盛りのお茶碗が返されそうとネギは、驚く事なく勢いを衰えさせないままパクついていく。
まだお茶碗のご飯が半分も減っていないアーニャの注意もなんのその。
おかずがなくなっても、ご飯だけを掻き込もうとする。
「兄さん、私のおかず食べますか?」
「え、いいの。ありがとう、ムド」
見かねたムドが自分のおかず、半分以上残っていた目玉焼きやソーセージを差し出す。
それすらも瞬く間に平らげていくネギは、本当に元気になった。
エヴァンジェリンに一撃で倒され、酷く落ち込んでいた事が嘘のようだ。
何をしたのかは不明だが、これには木乃香らに感謝せねばとおかずの進呈ぐらいは問題ない。
「本当、呆れるぐらい食べるわね。何を悩んでたのか知らないけど、それは解決したわけ?」
見てるこっちのお腹が一杯だと呟いたアーニャの言葉に、ネギがピタリと箸を止めた。
「えっと……まだ、全然。どうすれば良いか、分からないけど。何もしないでいるよりは、修行してた方がマシだから」
立ち止まり、うずくまる事は止めたが、具体的な解決方法はまだ決まって無いらしい。
最強の魔法使いの一人であるエヴァンジェリンを倒す方法が、そうそうあるはずもないが。
特に、力で押す正攻法しか知らないネギではなおさらだ。
格上を倒す為に、格下が取りうる手段は奇策しかない。
いかに相手に力を発揮せず、自分の領域で事を運ぶか。
ネギの従者の面々を見ても、そういった奇策、汚い手段を助言できる者はいないだろう。
「ごちそうさま、行ってきます!」
まだ始業時間には程遠いのに、待ちきれないとばかりにネギが鞄を取った。
ここ数日は見慣れた光景ではあったが、それにムドが待ったをかけた。
「兄さん、ちょっと待ってください」
制止の声にたたらを踏んだネギの前に立ち、スーツの襟元を直してネクタイを締めなおす。
最後にこれで良しとばかりに、胸の辺りをポンと叩いた。
「元気なのは良い事ですが、兄さんは教師。生徒の模範であるべきです。服装の乱れは、心の乱れ。日本の言葉ですよ」
「あ、そっか。うん、ありがとう気をつけるね。それじゃあ、今度こそ行ってきます」
「もう、慌てて……事故とかに気をつけなさいよ」
「いってらっしゃい、ネギ。さあ、私達も準備しましょうか」
ネカネはそう言うと、アーニャに食器の世話を頼み物置と化したクローゼットへと向かった。
クローゼットを開けると微かな獣の臭いに、綺麗な顔が歪む。
むしろ獣の臭いよりも、それを発生させている根本を嫌っている事は明白。
よいしょという声と共にネカネが取り出してきたのは、動物をしまう鉄格子のかごであった。
その中にいるのは一匹の白いおこじょであった。
鉄格子から腕をだしキーキーと喚きながら、両手をすり合わせて何かを懇願している。
「ムド、悪いんだけれどコレを学園長先生の所まで持っていってくれない?」
「うっさいわよ、下着ドロコジョ。私のばかりか、ネカネお姉ちゃんの下着に手を出した罪は重いわよ。また、燃やされてみる? アデアット」
炎の衣を纏ったアーニャが、火花を散らすと籠の隅へと逃げていった。
このオコジョ、普通の動物ではなく、人語を解する妖精なのだ。
ただその中でも一際、手癖の悪いオコジョであり、下着ドロの容疑で捕まっていたはず。
どうして日本にいるかは不明だが、ムド達とも顔馴染みではあった。
だが顔馴染みとは言え、ネカネやアーニャの下着に手を出したのが運のつき。
こうして人語を解する能力を封印され、ただのオコジョに成り下がっていた。
「檻が重そうですけど、なんとか運んでみます」
そう呟いたムドは檻の取っ手を手に、振り回してみた。
キーキー悲鳴が上がるが、問題ないとばかりに。
下着をとられそうになったネカネやアーニャも怒っているが、愛する二人の下着に触れられムドもかなり怒っていたのだ。
重い檻を苦労して運び、触らせてくれと檻から出したがる女子生徒に断りを入れ。
やっとの思いで、麻帆良学園中央駅に辿り着いたムドを待ち受ける人物がいた。
一人が気軽におはようと手を挙げて自分の存在をアピールし、もう一人は不機嫌そうに腕を組んでいる。
喫煙コーナーでタバコを吹かしている高畑と、煙が髪にかからないように少し離れているエヴァンジェリンだ。
二人は師弟でもあると聞いた事はあったが、共にいるのはそれはそれで不思議な感じであった。
「おはようございます、高畑さん。それにエヴァンジェリンさんも」
「おい、その白いオコジョはなんだ?」
「ああ、下着ドロです。昨日姉さんとアーニャが捕まえたんです。以前にも下着ドロを行って服役中のはずなんですが、脱獄して兄さんを追ってきたみたいなんです」
アーニャは兎も角、ネカネの下着を狙った事は許せなかったらしい。
同じ女性としても許せなかったのだろう。
ピッとエヴァンジェリンが何かを引く仕草を見せると、オコジョが首を押さえてもがき苦しみ始めた。
「こらこら、エヴァ。弱い者虐めはいけないよ。本国に送還されたら、そこで然るべき罰を受けるんだから。僕らが罰するのはお門違いさ」
「ふん……」
さすがに哀れに思ったのか、高畑が注意を促がし、本題に入った。
「ムド君、実は君とエヴァを学園長が呼んでいてね。少し、付き合ってくれるかな?」
「どうせ、学園長の所に持っていく予定でしたので問題ありません。エヴァンジェリンさんと高畑さんが一緒なら、心強いですし」
「心強い? まあ、とにかくついてきてくれるかな。エヴァもね」
高畑に念を押されたエヴァは、興味ないと大あくび。
だが眠いのに面倒事を起こす方が面倒だと、拒否の姿勢を見せる事はなかった。
半分夢うつつに、手を差し出し引っ張れとムドに命令し、惰性で歩く。
見方によっては仲の良さそうな光景に、高畑は小首をかしげていた。
だが直ぐにオコジョの入った檻を、ムドから預かってから先を急いだ。
出張の異様に多い先生に体の弱い保健医、サボリ魔の女子中生徒そして檻に入ったオコジョ。
全く持って不思議な集団と化した三人と一匹は、興味本位な視線を幾つも受けながら学園長室へと向かった。
「失礼します、学園長。エヴァとムド君をお連れしました」
「なんの用だ。爺、私はこれでも忙しいんだ。あと眠い、さっさと用件を言え」
「ふぉふぉふぉ、どうせ最近は保健室で寝とるだけじゃろ。のう、ムド君?」
「体調不良を訴える生徒を無下にはできません。例えそれが限りなく仮病であろうと、疑いを持てば生徒は心を閉ざしてしまうので」
自分以外の三人のやり取りに、特に学園長とムドの間のギスギスとした会話に事情に疎い高畑は不審に思うしかなかった。
「あ、学園長。このオコジョが女子寮に下着ドロに入ったようで、本国への送還をお願いします」
「ふむ、そうか。近日中に送り返しておこう」
妖精とは言え、侵入者である事には代わらないのに、おざなりな対応にやはり高畑は疑問を持つしかなかった。
普段、エヴァと学園長が憎まれ口を叩きあいながらお茶を飲んだり、碁を打つのは見慣れている。
だが今は、そういった空気ではなく、学園長室に敵意が充満しているようにさえ思えた。
「さて、先日の事じゃが学園の結界を維持する発電所が全て停止した。急激な過負荷によるオーバーヒートだそうだ。その頃、二人は一体何処にいたのかのう」
「そういう態度は、立場が上の者がする事だと教えませんでしたか? もう、本当に……」
「ム、ムド君? 立場が上の者って、君は一体なにを」
近右衛門の明らかな舌打ちと、制そうと手が動くのを見てムドは決めた。
「三月の期末試験の時、兄さんと僕、そして当時二-Aだった生徒の一部が図書館島の地下に迷い込んだ件は聞いていますか?」
「明日菜君が魔法を知る切欠だったからね。聞いてるよ。君が殺されかけた事も」
「待つんじゃ、わしが悪かっ」
「その下手人が学園長ですよ」
何を言われたのか分からない、そんな間の抜けた高畑の顔も珍しい。
一切の行動を示さず、もう一度高畑が視線でムドに問いかけてきたので頷いて返す。
間違いなく、アレはすべて学園長の仕業であったと。
コイツ本当に言いやがったと頭を押さえる学園長を見て、エヴァンジェリンが腹を抱えて大笑いしていた。
「あっはっは……タカミチ、そいつの言う通りだ。爺の奴、ナギの息子が魔法を使えないはずがないと疑っていたらしい。それを確かめようとゴーレムで地底図書館に投げ込んだんだ」
「投げ込んだって、魔法が使えない普通の人に。学園長……それは本当ですか?」
全員の言葉を聞かねば、フェアではないと思ったのか、高畑が学園長へと視線を向けた。
それにしても、普通の人だと高畑は言った。
魔法が使えない事を蔑むのではなく、普通だと言い切る所がやはりムドは好きである。
将来、この糞爺を引き摺り下ろして学園長の座についてくれないかとも思う。
もっとも、実力や誠実さはともかく、組織を束ねる力があるかどうかまでは分からないが。
「じゃが、ならばエヴァの封印が解けている事はどう説明するつもりじゃ!」
「開き直りましたよ、この人。父さんが解くはずだった呪いを、私が解く方法を提供した。既にエヴァンジェリンさんの懸賞金も取り下げられてますし、何か問題が?」
「アレはわしにでさえ解けなかった事が問題なんじゃ。それを魔法が使えん小僧に解けるはずもなかろう」
「おい、爺勘違いするな。あくまであの呪いは私が地力で打ち破ったんだ。それでコイツが魔法を使える等と思うな。それとも、また確認する為に殺すか?」
そうエヴァンジェリンが挑発した瞬間、学園長の執務机の上に高畑が拳を落としていた。
打ち付けた場所が悪かったのか、衝撃に耐え切れず拳を落とした点を中心に執務机が大きく欠けてしまった。
その欠け落ちた部分から書類の束が顔をだし、ペンや何やらがぼろぼろと落ちる。
学園長室が静まり返った反動で、それらが落ちる音がやけに響く。
「た、高畑君……これは」
「エヴァ、悪いけれど放課後にもう一度付き合ってくれないか。ムド君も、僕は真実が知りたい。僕が出張に行っている間に、何が起こっていたのか」
「エヴァンジェリンさん、出直しましょう。高畑さんもショックで冷静ではいられないはずです」
「確かに、遠くの人間を助けに行っている間に、身近な人間が殺されかけたんだからな。何をやっているのか、自分でも分からないだろう。なあ、爺」
意気消沈し、ふらふらと学園長室を出て行く高畑の後に続く。
その高畑は、一方の事実を聞かされただけではと、まだ少し学園長を信じているようであった。
振り返り、頭を抱えて困り果てるその姿を見るまでは。
身の程を弁えなかった学園長は自業自得だが、高畑の姿にはさすがに悪い気がした。
どれ程、高畑が学園長の下で働いてきたかは知らないが、信じていたのだろう。
「全く、貴様のせいで余計な仕事が増えたぞ。一眠りした後は、分かっているな?」
「マイペースですね。羨ましいです」
「強者の余裕さ。貴様には縁のないものだ、諦めろ」
確かにと、感情的にカードの一枚を切ってしまった事を不安に思いながら高畑と分かれて保健室へと向かった。
放課後、マスターであるエヴァンジェリンを保健室へと迎えにいった茶々丸は、先に帰っていろとの命令を受けた。
酷く面倒臭そうにしている反面、面白がってもいる所が印象的であった。
詳しい事は聞かされなかったが、その事について疑問は挟まない。
必要であれば、エヴァンジェリンの方から教えてくれるはずだからだ。
学生コープで今夜の買い物を済ませ、姉の我が侭を聞いてお酒を購入してから帰る。
「モット速ク歩ケネエノカ、妹ヨ。ゴ主人ガ帰ッテクル前ニ、飲マネエト飲マレチマウ」
「申し訳ありません、姉さん。私が急ぐと回りに迷惑ですので」
人前ではヌイグルミの振りをする茶々ゼロに答え、普通の人間のように歩く。
桜並木がある河川の堤防を家へと向かい歩いていると、前方に泣いている小さな女の子がいた。
着ている制服から、初等部であろうか。
彼女の頭上、とても手の届かない高い位置に、桜の枝にひっかかる風船があった。
「ケケケ、マヌケナヤツ。大切ナラ手放スンジャネエヨ」
辛辣な姉の言葉は真に受けず、茶々丸は背中のバーニアを露出させ、火を噴かせた。
「グエッ!」
「あ、申し訳ありません、姉さん」
「ワ、ワザトジャネエヨナ……」
つい勢いが余り、桜の枝と頭の間で茶々ゼロを挟んでしまった。
それでも当初の目的は果たし、風船を手に着地して、泣いていた女の子に差し出す。
涙を拭い、満面の笑みでお礼を言う女の子に手を振って分かれると、顔見知りの初等部の子達が駆け寄ってくる。
「茶々丸だ。変な人形被って変なの」
「へーん、茶々丸へーん」
「ウゼェ……」
わいわいと変な人形と茶々ゼロを指差して周りを駆け回るその子らを連れて帰途につく。
間もなく、横断の陸橋にて困っているお婆さんを見つけ、背負って渡る。
さらには先程の河川が他の河川と合流し、激しい流れと化した場所で、流されている子猫を発見した。
徐々に水を含むダンボールは沈み始めており、小さな命は風前の灯であった。
「哀レヲサソッテ、命ゴイヲシヤガッテ。ザマアネエナ」
「姉さん、汚れるといけませんのでここで待っていてください」
「オイコラ、実ハサッキカラ怒っッテルダロ!」
頭の上の茶々ゼロをぽいっと草むらに放り投げ、濁流ともいえる中へと入っていく。
全くと草むらなのを良い事に、立ち上がって茶々ゼロが土と埃を払う。
だが戻ってきた茶々丸に再び頭の上に戻され、その上にさらに子猫を乗せられた。
本心では汚い体をこすり付けるなと言いたいところだが。
「オウ……良カッタナ妹ヨ」
「はい、幸い水にも浸からず体が冷えた様子もありませんでした」
「ニャー」
エヴァンジェリンの従者としては、意外といわざるを得ない光景をずっと見つめている集団があった。
ネギを筆頭に、茶々丸と茶々ゼロを尾行していた楓、古である。
「茶々丸、凄く良い奴アル!」
「しかし、帰りに毎日このような事をしている様子。これから行う、自分達の所業を思うと心が痛むでござるな」
確かにと認めながら、ネギは手にしていた手帳を握り締める。
「人気のないところまで、尾行を続けます」
既に決断した以上、方針は変えないと楓と古を引きつれ後をつける。
そして望んだ通り、茶々丸と茶々ゼロは人気のない方へ、ない方へと歩き出した。
森の中にある一軒屋である二人の住所を考えると、それはある意味当然の事であった。
だが僅かな違和感に、まず最初に楓が気づいた。
次いでネギが気付き、あっと思った時にはもう遅い。
今歩いている森の中の獣道を進んでも、行き着く先は住所とは見当違いの場所だ。
「サア、ソロソロ出テキタラドウダ? ワザワザ望ミ通リ、案内シテヤッタゼ。地獄入口ヘナ」
「ニャー」
「黙ッテロヨ、オイ」
振り返った茶々丸、その頭の上の茶々ゼロが言った。
喋った時の震動が響くのか、茶々ゼロの上に寝そべる子猫が可愛らしいが状況はほんわかしていられない。
覚悟を決めて、ネギと楓、古が二人の前に姿を現した。
「ソノ面構エ、ドウヤラリベンジッテトコロダナ。気ヲツケロヨ、妹。勝機ガナケリャ、仕掛ケテハコネエカラナ」
「了解です、姉さん。さあ、貴方はこちらに隠れていてください」
茶々丸が子猫を降ろした事に安堵しつつ、ネギは両翼の楓と古に告げる。
「では作戦通りに。楓さん……苦労をかけますが、よろしくお願いします」
「主殿がそう言うならば、拙者は忍として従うでござるよ」
「文字通り、裸の付き合いをした間柄アル。ネギ坊主、一気に決めるアル」
両陣営、睨み合う時間すら惜しむように動き出した。
真っ先に飛び出した両手にナイフを持った茶々ゼロの前に楓がクナイを手に合わせる。
近距離でガリガリと刃同士を擦らせながら、弾きあう。
どちらが一手、先に入れるか。
競い合うように刃を振るい合い、先に茶々ゼロのナイフが楓の胴に深々と突き刺さった。
「チッ、肉ノ感触ジャネエ!」
煙を巻き上げ、腹を斬られたはずの楓が丸太と代わる。
その楓は既に茶々ゼロの背後、そこから切りつけた。
だが茶々ゼロは小さな体を、ナイフが刺さった丸太と位置を入れ一閃を防ぐ。
「ケケケ、残念ダッタナ。ヤッパリテメエハ良イ筋シテルゼ。楽シメソウダ」
「さすがは伝説の魔法使いの従者。まさか拙者の丸太を逆に利用するとは、勉強になるでござる」
「シッカリ勉強シロヤ。タダシ、授業料ハ高イゼ!」
お互いに刃を振りぬき、丸太が三つに分かれる。
そのまま森の中に消えていく二つの影は、視線ですら追わず、ネギは正面を見つめていた。
現在、茶々丸は古が押さえ込んでいる。
と言うよりも、ほぼ互角の状態で自然とそういう形になった。
それは目論見どおりだが、楓が茶々ゼロを相手に何処まで持つかは見当がつかない。
前回は、エヴァンジェリンに無用な怪我をさせるなといい含められていたようだが、今回はこちらから手をだしたのだ。
急がなければと後衛に徹したネギが呪文を詠唱する。
「ラス・テル、マ・スキル、マギステル」
するとチラチラとネギの魔法を警戒した茶々丸が視線を向ける。
だが古が壁となって、詠唱を防ぐ事は出来ないでいた。
そう、エヴァンジェリンのパーティで一人、茶々丸だけ格段にレベルが落ちるのだ。
もちろん、伝説の魔法使いと比べての話ではあるが。
「風の精霊十一人、縛鎖となって敵を捕まえろ」
「チッ、マジイナ」
唯一の弱点を突かれたと、迂闊にも茶々丸の傍を離れた茶々ゼロが呟いた。
目の前の楓を弾き飛ばし、両手の内の一本のナイフをネギへと向けて投擲する。
「いかんでござる、ネギ坊主!」
現在、茶々ゼロと楓はネギの頭上斜め上、死角にいる。
茶々ゼロによるナイフの投擲に、ネギは気付いていなかった。
後数秒もないその時、まず茶々丸が投擲されたナイフの存在に気付いた。
「あっ」
一瞬、その動きが止まり、目の前の古にも気付かせた。
「ネギ坊主、そのまま動くなアル。アデアット!」
古が呼び出した神珍鉄自在棍を、ネギへと向けて伸ばした。
普通ならば、そこで身構える。
伸びるたびに棍の直径が巨大化しながら向かってくるのだ。
だがネギは動かない、古の言葉を信じて詠唱により集めた魔力を掴み続ける。
結果、頬と肩すれすれを掠めた棍が茶々ゼロのナイフを弾く。
その時になって初めてナイフの存在にネギが気付いたが、詠唱で掴んだ魔力は放さない。
「チッ、コイツラ前ト違ウ。妹、気ヲ抜クナ!」
「はい、姉さん。失礼します、古さん」
さすがの茶々丸も、後ろに半身になりながら棍を伸ばした隙までは見逃してはくれなかった。
棍の重みも加え、バランスを崩した古の頬を硬い拳で打ち抜く。
その瞬間、怒りにかられたようにネギが駆け出した。
「お相手します。ネギ先生」
「バカ、違ウ。迎エ討ツナ。ソイツノ狙イハ!」
茶々ゼロの叫びも虚しく、一瞬の攻防が繰り広げられる。
茶々丸の拳をいなし、さらに踏み込んだネギの頭を折り曲げた肘で打ち下ろす。
放たれていた拳は軌道がそれ、茶々丸へと掠りもしなかった。
やはり体術での錬度は、古やプログラムされた茶々丸には遠く及ばない。
姉は何を心配したのか、不思議に思ったその時、膝が砕けて崩れ落ちるネギの手の平が茶々丸のお腹に触れた。
「解放!」
「え?」
触れた手の平から直接、戒めの風矢が発動した。
ゼロ距離、茶々丸が抗う暇もなく、風の束縛にその身を縛られていった。
「楓さん!」
「承知、アデアット!」
すかさず口寄せの巻物を呼び出した楓が、茶々丸の背後に現れた。
巻物を口にくわえ、クナイで斬りつけた手の平を背中に押し当て契約を済ませる。
「送還!」
印を組み、楓がそう呟いた瞬間、茶々丸の姿がそこから消えた。
影も形もなく、最初からそこに居なかったかのように。
束縛する相手を見失った風矢も、役目を負えたようにそよ風だけを残して消えていく。
残っていたのは、少々のダメージを各々が負ったネギ達と、無傷の茶々ゼロであった。
「オイ、妹ヲ何処ヘヤッタ? 素直ニ返セバ、半殺シデスマセテヤル」
「いえ、これでチェックメイトです。今ここで僕が楓さんとの仮契約を解除すれば、茶々丸さんは永遠に戻りません」
茶々丸と古の実力が拮抗している事は、以前から分かっていた。
ならばもう一人戦力を増やせば、茶々丸だけならば崩せる。
しかも楓の口寄せの巻物で、送還してしまえば絶対に取り返せない人質のできあがりだ。
実際は、楓の寮の部屋のクローゼットの中に戻るだけなのだが、知らなければ分かりっこない。
後は強気に押すだけだ。
「マア、オ前ラミタイナ甘チャンガ妹ヲ殺セルトハ思ワネエガ……」
「どうでしょうか。所詮……茶々丸さんは」
「止メトケ、声ガ震エテルゾ。ダガ、妹ニモ良イ勉強ニナッタロ。降伏シテヤルヨ」
この作戦の一番の欠点を指摘されたが、何故か茶々ゼロはナイフを捨てた。
「オ前ラ、ゴ主人ニ牙ヲ剥クツモリダロ。ソンナ馬鹿ハ久シブリダ。ドウナルカ見テミタクナッタシナ」
それこそが本当の地獄だとばかりに、不吉に茶々ゼロは笑っていた。
-後書き-
ども、えなりんです。
カモの扱いですが、執筆当時は結構迷ってました。
ネギを利用すると言う点でムドとかぶってますし……
いっそ、侵入者としてエヴァが捕まえ、僕だけの兄さんだとムドに殺させようかとも考えてました。
ただ、違うよなあと色々考え、強制退場してもらいました。
今考えると、あの好意ランキングとか女の子落とす上で役立つじゃないか……
それと態度を改めない学園長を前に、容赦なくカードきりました。
まあ、まだ一枚だけですけどね。
複数カードがあるのなら、きるときはきらないと舐められますし。
近右衛門の処遇というか、高畑の態度は次回です。
最後にネギ達の暴挙は一応理由ありますので、そこも次回です。
それでは土曜日に投稿します。