第十二話 棚から転がり落ちてきた従者
二体のゴーレムの監視を掻い潜りながら、ネギと楓、そして古は地底図書室の探索を行っていた。
結局あの後、一人を除いた全員がネギとの仮契約に挑んだ。
想い人である高畑以外としてたまるかと、最後の最後まで抵抗した明日菜以外。
各々の才能に従い、アーティファクトも与えられたが、それで急に一端の戦士になれたわけではない。
生を受けてからこれまでに培ってきた性格もある。
特に夕映が顕著であり、彼女の知的好奇心を満たすようなアーティファクトであった。
効果はまだ謎であるが木乃香のアーティファクトも恐らくはそうだ。
そういった理由からネギと楓、古の三人は、皆を隠れ家に残して、探索に出たのだ。
体内時計と空から降り注ぐ不思議な光と腹時計から、そろそろ正午近いだろうか。
地底図書室の隅々までとはいかないが、大部分の探索は終わっていた。
残りは一区域しか残っていなかった。
湖に水が流れ込む大本となる滝がある場所である。
やや離れた場所にある樹木の幹に身を隠しながら、三人は覗き込むようにその滝がある場所を見た。
「あのゴーレム、ずっと滝の周りを警戒してますね」
「動きが妙アル。もう一体は、あちこち追い回してきたのに」
ネギと古の言葉通り、剣を持ったゴーレムは滝を中心にしたように辺りをうろついている。
まるでネギ達が必ずそこを目指してやってくるのを待っているかのように。
「つまり、こう考えられるでござる。一体は出口周辺を警戒し、もう一体は我々を追っていると……」
最後に呟いた楓は、即座に樹木の幹に手をかけるとするする上り始める。
滝の周りを警戒するゴーレムに見つからないよう神経を使っているのに関わらず、なんとも軽い身のこなしであった。
その楓は、ある程度の高さにまで樹木を上ると、額に手をかざして遠くを眺めた。
滝のあるこの区域から洋館を挟んだ向こう側、間逆とも言える区域にもう一体のゴーレムはいる。
ムド達がいる隠れ家に気付いた様子もなく、延々と探し続けていた。
それを確認すると、再び幹を滑り落ちて二人と同じく、樹木の幹に背を預けて言った。
「攻め込むなら、二体が連携できない今でござるな。もっとも、この区域に出口があると仮定した上での事でござるが」
「ムド先生は、ネギ坊主の言葉に従えと言ったアル。どうする、アルか?」
「場所が少し悪いです。この位置からだと、大きな魔法を使ったら滝ごと破壊する可能性もあります。古さんは僕についてきてください。楓さんは、上で待機をお願いできますか?」
「あい、分かったでござる」
樹木の上を指差しながら楓へと頼み、ネギは古を連れて目的である滝を迂回するように移動する。
ゴーレムの視界に入らないように、大きな樹木を利用していく。
その時、光の加減か滝から流れる水の向こうに、何かが見えた気がした。
思わずネギが立ち止まると、その後ろをついてきていた古とぶつかってしまった。
あやうく樹木の幹の陰を飛び出し、ゴーレムの視界にまでさらされそうになる。
ネギの体は慌てた古が掴み、陰に引っ張り込んだ。
「フォ?」
ゴーレムに気付かれたのか、地響きを上げながら一歩ずつ近付いてきた。
まずいまずいと、今度は二人して慌てながら身構えようとする。
その時、ネギと古がいる場所の反対側、ゴーレムの背後から茂みが揺れるガサリという音が鳴った。
「むッ、そこかの」
やけに老人くさい声を上げながらゴーレムが振り返って茂みへと向かう。
ゴーレムが背中を向けているうちにネギと古は、隠れていた場所を飛び出していった。
上を見上げると楓が油断なくとばかりに、口元に人差し指を当てて注意を促がしていた。
茂みを揺らしてくれたのも彼女なのだろう。
ネギは軽く頭を下げ、古もすまんと片手を上げてついにゴーレムよりも滝側へと回り込む事が出来た。
しかもゴーレムは、揺れた茂みに誰かいないか手探りで探している。
ネギは仮契約カードを二枚取り出し、一枚は額に付けて上で待機する楓にも言葉を伝えた。
「これからゴーレムに攻撃を仕掛けますが、その前に魔力供給を行います」
(あいあい)
ネギにのみ、楓からの返答が聞こえた。
「契約執行三分間、ネギの従者長瀬楓、古菲」
「んー……ムド先生の話ではパワーアップのはずが、逆に不安なのは何故アルか」
ネギの魔力を体に注ぎ込まれた古が、くすぐったそうに身をよじりながらぼそりと呟く。
その呟きは決戦前の緊張を浮かべるネギには、届きはしなかった。
何しろ初の実戦に加え、生徒である二人も巻き込み共に戦わなければならないのだ。
本人達に加え、明日菜達からも楓と古は別格と聞かされてはいても、やはりネギは魔法使い。
心の何処かには、一般人よりも魔法使いの方が強いという心理がある。
差別ではなく、純粋に魔法の力を信じているからこそであるが。
「ぼ、僕がまず魔法を撃ちます。それで次に古菲さんと楓さんが二面攻撃で時間を稼ぎ、大きいのを撃ちます。ラス・テル、マ・スキル、マギステル」
二人からそれぞれ了解の言葉を聞きながら、ネギは詠唱を開始する。
「ムッ!」
ネギの魔力の上昇に気付いたのか、茂みをあさっていたゴーレムが顔だけ振り返った。
正確な居場所まではまだ把握していないようで、ネギは詠唱を続ける。
そして詠唱の完了と同時に、樹木の陰から飛び出した。
「魔法の射手、光の九矢!」
九つの光の弾が、一斉に放たれて背を向けていたゴーレムへと向かう。
完全に隙をついた一撃。
できる事ならば、この最初の一撃で機能停止してくれと内心ネギは願っていた。
そうすれば次の魔法を詠唱する為に、楓や古が時間を稼ぐ必要はなくなる。
そんな思いも虚しく、ゴーレムは咄嗟に持っていた石の剣を盾にするように自身の前に突き立てた。
致命傷を与える筈だった数撃が石の剣に弾かれ、他は全てゴーレムの体をかするに終わってしまった。
「はッ、外した!?」
「ふぉふぉふぉ、惜しかったのう。まさか、討って出てくるとは」
「ネギ坊主、さっさと次にはいるアルよ。その間は私がッ!?」
正確には外されたのだが、動きが止まったネギをその場に置いて古が飛び出した。
だが何故か直後に足を躓かせ、ゴロゴロとゴーレムの足元まで転がっていってしまう。
そのままゴーレムの膝に額を打ち付けて、ようやく止まった。
「アタタタ、予感的中……ネギ坊主、これ解いて欲しいアル。体を動かすのを誰かに手伝われてるようで、感覚が狂うアル!」
「け、契約執行。まさか……いや、ここは続けねば。ここからは出られんぞ、観念するんじゃ」
「古菲さん!」
ゴーレムが足元で額を抑えながら叫んでいた古へと手を伸ばす。
古に言われて始めた詠唱を、ネギは思わず中断してしまう。
ただただ古が危ないという焦燥感にかられ駆け出そうとしたネギの目の前を、とある飛来物が掛けていく。
大きく弧を描いて飛来したそれは、鉄の十字であった。
鋭利な刃を持つそれは風魔手裏剣。
古へと伸ばされたゴーレムの手の平を貫き、そばにあった樹木の幹へと貼り付ける。
それを投げたのはもちろん、ネギに言われ上で待機していた楓であった。
巻物を口に咥えている事から、口寄せて呼び出した忍具なのだろう。
「ネギ坊主、こちらの心配は無用でござる。早く、詠唱に入るでござるよ!」
「そうアル。こっちは私と楓に。もう、これ……邪魔アル!」
ゴーレムと距離を開けてから立ち上がった古が、両腕を突き上げながら叫んだ。
その行為がネギの契約執行を弾き飛ばす。
ネギから注がれた淡い緑の魔力の光が弾け飛び、古の体を金色の光が包み込む。
「お?」
本人も感覚的な違いに気がついたらしいが、やはり頭では考えなかったようだ。
これまで鍛え上げてきた体の感覚に従い動く。
ゴーレムから伸ばされたもう一方の腕をいなし、身を低くして懐にもぐりこむ。
しゃがみ込んでいるような体勢から、一気に足のバネを弾いて体を伸ばす。
肩からゴーレムの腹、より下の股間部分に金色の光に守られた体をぶちかました。
「フォーッ!?」
股間部分を陥没させながら、衝撃にゴーレムの体が浮きあがった。
樹木の幹に縫い付けた風魔手裏剣が、吹き飛び倒れる事を許さない。
まるでゴーレム自身が吹き飛ばされてたまるかとしたように、腕が樹木の幹から外れずピンと伸びていた。
その腕目掛けて、上から飛び降りてきた楓が新たに口寄せした忍者刀を振り下ろす。
自身の腕前と重力、二つの力を合わせてゴーレムの腕を切断した。
束縛が急に解放され、尻餅をつくようにゴーレムが倒れこんだ。
と言うよりも、内股になって股間を抑えながら悶絶している。
ゴーレムの傍から一時離脱した楓と古が、額に汗を浮かべながら呟いた。
「古……股間は、やりすぎだったのでは?」
「アイヤー……で、でもムド先生の仇アル。余計な気遣いは無用アル!」
古の言葉に、今一度ネギは冷静さを取り戻した。
初めての実戦により、予想外の事態ばかりで焦りまくったが、目の前のゴーレムは倒すべき敵だ。
それも自分達を地底図書館に追い込んで追いかけまわすだけではなく、ムドを殺しかけた相手。
憎しみの炎が、はっきりとネギの胸の内に燃え上がる。
股間を抑えてゴーレムが転げまわろうが、哀れみの欠片すら浮かばない。
だから、そのゴーレムの破壊だけを考えて、詠唱を行う。
「ラス・テル、マ・スキル、マギステル。来れ雷精、風の精。雷を纏いて吹きすさべ、南洋の嵐」
「ま、待つんじゃッ!」
「誰が聞くもんか。お前みたいな奴がいるから……もう一体も直ぐに破壊してやる。雷の暴風!」
ゴーレムの制止の声を前にしても躊躇せず、慈悲すら浮かべずにネギは力を解き放った。
魔力には憎しみだけをのせて、雷を纏う嵐が吹き荒れた。
ネギ達がゴーレムとの戦闘を行う前、探索を中心に行っている頃、ムド達は隠れ家を中心に活動していた。
何も危険をネギ達に押し付けて、震えて待っていただけではない。
死が隣にある危機的状況であろうと二-Aのバイタリティは並みではないのだ。
木乃香とまき絵は、今後の事も考えて、また洋館へと忍び込んで食料を調達しに向かっている。
夕映はネギとの仮契約にて手に入れた世界図絵というアーティファクトをずっと弄っていた。
だが別にそれは、自分の知的欲求を満たしているだけではなかった。
一冊の図書館ともいえる自動検索機能付きの魔法大百科事典であるそれを使い、この地底図書館の事を調べようとしているのだ。
時折動きが止まり、頬を赤らめるのは仮契約の瞬間が脳裏にフラッシュバックしているせいか。
そんな中で、一番何もしていないのは、させてもらえないのは明日菜であった。
ネギとの仮契約を頑として拒否した為、一番危険の少ないムドの面倒を任されていた。
「なんか、また熱あがってきてない? 本当、大丈夫なの?」
「ちょっとした環境の変化があったからです。それに……こうされてると、姉さんが傍にいるみたいで安心しますから」
「そんなに私、ネカネさんと似てるのかな? 最初は単純に嬉しくて喜んじゃったけど……何度も言われるとね。逆に自信なくなってくるというか」
マットの上で座る自分の股座にムドを座らせていた明日菜が、汗をふいてやりながら呟いた。
「自信、持ってください。でなければ、汗臭い子供を甲斐甲斐しく面倒なんてみれませんよ」
「汗臭いのは皆一緒よ、お風呂入ってないんだし。自分でそういう事を言うんじゃないの」
後頭部に軽くコツンと頭突きされると、確かに強くなってきている明日菜の匂いが感じられる。
本当に何故だかムドにも分からないが、ネカネにそっくりだ。
それにネカネに抱きしめらていると錯覚しそうな程に、雰囲気が似ている。
もっと言うならば、ムドは明日菜が頑としてネギとの仮契約を拒んでくれた事は内心喜んでいた。
ネカネは既にムドの従者であり、そこには大きな独占欲が付随する。
仮にネギがネカネを従者にと言い出したら、大反対するだろう。
純粋に姉として接するならまだしも、従者は絶対に駄目だ。
それと似たような感覚で、明日菜がネギの従者になるのは嫌であり、今となっては高畑の事も少し複雑であった。
(明日菜さん、従者になってくれないですかね。高畑さんとの事、応援するなんて言わなきゃ良かったです。でも高畑さんなら……)
少しドキドキしながら、抱くように自分の前に回されていた明日菜の腕に触れる。
チラリと横目で振り返ると、仕方がないなとばかりに微笑まれた。
「こんなサービス、今回だけよ」
「すみません」
やっぱりかと残念に思いつつ、気持ちを切り替える。
(今回、兄さんは従者を五人手に入れた。拳法が得意な古さんと、忍者の楓さんは特に当たりだ。木乃香さんだけまだ未知数だけど、夕映さんやまき絵さんのアーティファクトも悪くない)
完全に前衛の古や楓とは異なり、夕映は知識面でのサポート系である。
何なら、これから世界図絵やネギの教えで魔法使いへの道を歩んでも良い。
まき絵は新体操の道具がそのまま武器となるようだが、最低でも距離は中距離以上だ。
ただし、本人は楽しい新体操の道具が戦いの道具になる事は、かなり嫌がっていたが。
木乃香のアーティファクトは、公家の格好となる物だがまだ詳しくは不明であった。
本人曰く、なんとなくもう怪我人が出ても大丈夫そうと言った事から治癒系と考えるのが普通である。
(上手い具合に、前衛と後衛、それに治癒系が別れた……でも、これこそが学園長の思惑だったら。生徒を差し出して、兄さんを取り込むつもりだったら)
ネギやムドの存在、つまりは英雄ナギ・スプリングフィールドの息子の存在は秘匿されていた。
基本的にはという言葉がつくように、魔法学校では公然の秘密であったが。
それは権力者やナギに恨みを持つ者に、利用されたり復讐されない為である。
つまり利用価値は限りなく高いのに、ネギもムドも何処かの組織に所属しているわけではない。
特にネギは完全フリーでありながら、将来有望な立派な魔法使い候補であるのだ。
こんな美味しい相手は、そうそう転がっているものではない。
(仮にそうだとしても、そうはさせない。兄さんは私のものだ。絶対に生還して、復讐してみせる。私が生き残った事で、もう八割方学園長は詰んでいます)
さすがと言うべきか、魔法の本の間で会話した時、学園長は最後まで自分を学園長だと認めなかった。
肯定も否定もなく、笑うだけで自分の存在はひた隠した。
グレーゾーンを獲得しながら事を運ぼうとしたまでは良かったが、学園長の不運はムドを殺しかけた事だ。
しかも、よりにもよってムドは取り込もうとしたネギの手により蘇生されてしまった。
その時点で、学園長のグレーゾーンは消えた。
むしろムドの手により、グレーゾーンから引っ張り出してしまう手段がある。
もはや学園長に残された手は、ムドの抹殺しかない。
ムドが恐れるのはそれだけだ。
学園長の手により、今度こそ殺される事だけ。
明日菜の腕を掴んでいた手に我知らず力が入ってしまい、体が震えた。
「ちょ、ちょっと震えてるわよ。本当に、大丈夫? 熱とか、あがってないよね?」
「え? あ、これは」
「夕映ちゃん、水。み……夕映ちゃん?」
恐怖による震えを後ろから抱きしめるように支えてくれていた明日菜に悟られてしまった。
良い言い訳も思い浮かばない中で、夕映に話しかけた明日菜が固まる。
一体如何したのかとムドも夕映を見ると、やや青ざめた表情で立ち上がり、世界図会を操っていた。
ゆっくりとこちらへ振り返った夕映の唇は震えていた。
「た、大変な事が分かってしまったです。早くネギ先生達に、知らせないと……」
「大変なって、こっちも大変なのよ。ムド先生が!」
「たいへん、たいへんだよ。来た、石像がこっちの方に来ちゃった!」
「洋館の中の窓から見えたんよ。明日菜、夕映もちゃんとおる? ムド君はもちろん。はよう、隠れて。それからネギ君を呼ぶえ!」
今度はまき絵と木乃香が、大変だと叫びながら戻ってきた。
まだ探索の途中だったのか、その手には新しい食料等は何もない。
だがそんな細かい事を忠告する暇もなく、どうしようとさらにこの場が混乱する。
明日菜を含め、まき絵や木乃香の混乱振りも凄まじかったが、夕映はそれ以上であった。
夕映はネギに連絡しようと仮契約カードをポケットから取り出しては、震える手で取りこぼしていた。
一体何に気付いてしまったのか、まるで抹殺に脅えるムドと同じぐらい脅えている。
「皆、兎に角落ち着いて。静かに、息を潜めて隠れるわよ!」
「だ、だよね。私にあーてふぁくとで戦えとか言わないよね、皆」
「当たり前でしょ。くーふぇや楓ちゃんとは、違うんだから。それが普通、気にしない」
とんでもない事を言い出したまき絵の首根っこを明日菜が掴み、ムドと一緒にいたマットの上に座らせる。
まともに歩けない夕映は木乃香がささえ、皆で一箇所に固まる。
その直ぐ後に地響きを続けて出しながら、ゴーレムはやってきた。
忍者である楓監修の元、カモフラージュされたこの部屋はそうそう見つからないだろう。
巨大な樹木の地面から浮いた根元という盲点に加え、茂みとなる小さな雑木を使って根元の空間は外からは見えない。
しかもゴーレムの背丈からすると完全に足元となり、相手の視点から言っても完璧だ。
だがそうとは分かっていても、直ぐ目の前をゴーレムの足が二本、ズシンズシンと歩いていけばそうはいかない。
「はわわわわ」
「まきちゃん、口抑えて。耳があるのか知らないけど、静かに」
「夕映、どうしたん? 大丈夫やて、見つからへんし。ネギ君らが直ぐ来てくれるえ」
「そうではありません。そうではないのです」
まき絵の口を明日菜が抑える傍ら、木乃香に元気付けられた夕映がカチカチと恐怖で歯を鳴らしながら首を横に振っていた。
その夕映が震える手で世界図絵を操作し、見てしまった情報を皆にも見せる。
夕映が見つけた情報とは、地底図書館に関する事ではなかった。
めぼしい情報がなかったのか、見つからなかったのかは定かではない。
ただその代わりと夕映が皆に見せたのは、ゴーレムに関する情報である。
今この付近を歩いているゴーレムの情報、それをピンポイントで皆に見せ付けた。
「嘘……だって、アレ。魔法の知識を秘匿する為の警備ゴーレムだろうって、ネギ先生が」
「ネギ先生も、詳しく知らなかっただけなのかもしれません。それに何度検索しても、別のページを参照しても、答えは変わりませんでした」
「どういうこと、どういうこと!?」
「酷い、人がおるんやな。わざとムド君をあんな目にあわせた人が」
いつも穏やかでぽやぽや笑顔を浮かべている木乃香でさえ、その情報を前に瞳に怒りをみなぎらせていた。
(策士策に溺れるとは、こういう事を言うんでしょうか。自分で残りの二割を潰しちゃいましたね、学園長)
ムドも夕映が見せてくれた情報を見て、そう思った。
夕映が世界図絵を使って調べた情報には、あのゴーレムが遠隔操作式である事が示されていた。
他のページでは自立稼動型、搭乗型と様々な種類がある事が示されている。
それなのに捲るページ、捲るページ、あのゴーレムが人の意思で遠隔から操作されている事を示す情報が開示されていた。
「この事から、あのゴーレムは意図的にムド先生を殺害しようとした事が分かります。つまり、ピンチです。想像以上に、私達はピンチなのです」
「だからって、こんな所で死んでたまりますか。私には、ファーストキスを高畑先生に捧げるっていう崇高な!」
「あっ…………明日菜?」
「や、やってもうたえ」
一人立ち上がった明日菜が、頭を抱えて髪を振り回しながら叫んでしまっていた。
積もり積もっていたものが、ゴーレムを後ろから操る存在を知って破裂したのだろう。
本人もハッと口を抑え、固まる。
そして明日菜を見上げていた夕映やまき絵、木乃香も一緒にそろりと振り返った。
ズシンと、丁度近くに叩きつけるように降ろされたゴーレムの足を見ながら。
「フォフォフォ、こ~こ~か~?」
ゴーレムがおどろおどろしい声を上げながら、カモフラージュ用の茂みを指で掻き分け覗き込んできた。
どんどん自分で自分の首を絞める学園長は、当たり前だが自分が殺人すら厭わない悪の魔法使いと思われている事を知らない。
「あ、あっち行って。来ないで。あ、アデアット!」
「まき絵さん、それは爆発するボールだったはず。燃え移ったら大変です!」
「ご、ごめん皆。ムド先生、捕まってどうにか逃げ……こ、木乃香!?」
謝罪しながらも、ムドを胸に抱えて明日菜は逃げの一手を宣言する。
その時何故か、木乃香がこちらを覗き込んでいたゴーレムへと向けて歩き出していた。
皆が錯乱する中で一人だけ、これもある意味錯乱に見えなくもないが、その足取りは確かであった。
そしてゴーレムの顔の目の前まで歩くと、その手を振り上げる。
ぺちんと、威力が全くない音を立ててゴーレムの顔が叩かれた。
「ウチ、人を嫌ったりするのは好かん。誰だって、ええ所も悪い所もあるえ。それをひっくるめて一人の人や」
「フォ……」
ゴーレムは叩かれた顔に触れながら、体勢を大きく崩した女の子座りで木乃香の言葉を聞き入っている。
「けどな、あんたはあかん。簡単に人を殺したりする人は、ええ所があっても、絶対に好きになったらん。ウチは、あんたの事が大嫌いや。一生に一度だけの大嫌いや!」
「木乃香さんが、人に大嫌いという所を初めてみましたって、そうではなくて。まき絵さん、木乃香さんを!」
「あ、うん。アデアット、自在なリボン。木乃香を捕まえて!」
夕映の指示で素早く取り出したアーティファクトで木乃香を捕まえ、引き寄せた。
そのまま皆がいたマットの上で、抱きとめる。
「おっ、おーすまんすまん。つい、我を忘れて怒ってもうた。気にしとらへんやろか、あの人」
「滅茶苦茶、怒ってない? なんか怖そうな雰囲気が、ほら立ち上がった!」
「気持ちは分かります、気持ちは分かりますが……蜂の巣をつついてしまったようです!」
「困ったえ、どないしよ」
やがて我を取り戻したらしきゴーレムが、ゆらりと無言で立ち上がる。
その様子は、何も知らない木乃香達からすれば、侮っていた相手に反逆されたと憤っているようにも見えた。
唯一の出入り口はゴーレムに塞がれ、他の入り口は今の所ない。
茂みを突き破れば可能であるが、一瞬では無理だ。
ネギ達もまだ何時戻ってこれるかも分からず、絶体絶命の状況は変わらない。
もしかして、今ならとムドは抱えられた胸の中から明日菜を見上げて言った。
「明日菜さん、もうこれしか手段はありません。生き残る為に、私と仮契約して貰えませんか?」
「いきな、いきなり……でも、他に」
相変わらずの拒否の言葉は、酷く弱々しかった。
何しろ今ここで直接の戦闘力を持つまき絵は、性格的に戦力外だ。
リボンで木乃香を引き寄せたのは、あくまで人命救助であって戦う為ではない。
戦闘用のアーティファクトが手に入らなかった夕映や木乃香は尚更である。
既にアーティファクトは本人の資質に大きく左右される事は説明済みであった。
明日菜もまたそれを思い出し、確かに自分ならと思ったのだろう。
その気持ちを後押しするように、再起動したゴーレムがこちらへと手を伸ばしてきた。
「ち、違う……誤解じゃ、木乃香。ワシは優しいおじ、ゴーレムなんじゃ!」
「こ、今度は木乃香さんに狙いを定めたです。もっと奥に、逃げるです」
「平手やなくて、トンカチで砕いとけば良かったえ」
さすがに孫に平手打ちを受けるのは、事の他効いたようであった。
ならば最初から孫をネギへと捧げようとするなと胸の内で毒づきながら、ムドは明日菜の説得にかかった。
脅迫とも、言うかもしれないが。
「明日菜さん、今だけでもこのままでは木乃香さんが!」
「木乃香が……ムド先生、こっち来なさい!」
ゴーレムが狭い入り口、木の根の間を分け入るように手を伸ばしてきた。
その反対側へと木乃香達が逃げるのを尻目に、明日菜がムドを抱えてとある場所へと向けて跳んだ。
その場所とは、今朝方ネギと皆が仮契約を行った魔法陣であった。
明日菜がムドを両腕で抱きかかえたまま魔法陣に降り立ち、気持ちが変わらないうちにと瞳を閉じて顔を近づけてきた。
心の中でガッツポーズをとりながら、ムドは近付いてくる明日菜の顔に両手を添える。
手が顔に触れた瞬間、明日菜が顔の動きを止めたが、今度はムドが強引に引き寄せた。
二人の心に反応し仮契約の魔法陣が、契約の光を迸らさせていった。
(やっぱり似ているようで、姉さんとは違う)
唇が触れた瞬間、ムドは二人の違いを明確に察した。
ネカネの唇はしっとりと潤い、こちらの唇に溶け込むように吸い付いてくる。
一方明日菜の唇は、ぷるぷると弾力があり、心と同じようにこちらの唇を弾ませてきた。
思わず唇を開いてしまったムドは、大人しくしろとばかりに弾む唇を舐めてしまった。
「ん……」
明日菜は身じろぎはしたものの、突き飛ばしてはこなかった。
だからというわけではなかったが、舌先で明日菜の唇を弾ませて弄び開かせる。
力が抜けているのか抵抗は殆どなく、こんにちわとばかりに明日菜の舌をつつく。
(ちょ、ちょちょちょ。皆、ここまでしてたわけ!? こ、こないで……駄目、頭が真っ白に。足元がふわふわする!)
するとすかさず逃げる舌を追いかけ、少しずつ自分の舌になじませていった。
しばらくすると、明日菜が上から抱き込むようにキスしているせいか、とろとろと唾液が流れ込んできた。
匂いと同じように甘い、甘い唾液である。
それをコクリ、コクリとわざと音を立てて飲み、チラリと瞳を開けてみると明日菜は肌の色を失い徐々に赤くなり始める。
その表情があまりにも可愛らしく、やっぱり高畑に渡すのが惜しくなってきた。
後でネカネに相談してみようと思いつつ、仮契約を完了させ、名残惜しいが唇を離す。
最後まで執拗に繋がろうとした唾液の橋を指先で巻き取り、ちょんと明日菜の唇をつつく。
それから明日菜の手を離れて立ち上がり、仮契約カードを手に取る。
正直、契約執行までできるか分からないが、できた方が為にはなるはずだ。
「契約執行、無制限。ムドの従者、神楽坂明日菜!」
「カッ、重いそれに熱い!」
下腹部にどろどろに熱せられた鉄でも流し込まれたような感覚に、膝砕けとなる。
生まれて初めての感覚に惑わされた明日菜は知らない。
その下腹部の先、お腹の中が子宮の辺りである事を。
ムドの体質による不具合かどうかはさておいて、子宮を中心に魔力が満たされていく。
処女でありながら子宮を魔力で犯された明日菜は、抗えぬ快感に踊らされながらもキーワードを発した。
「アデアット!」
手にしたのは、巨大な鉄板のような無骨な剣であった。
ずっしりと手に掛かるその重みが、快感の波を押さえつけて我に返る事を手伝ってくれた。
そして、自分達に忍び寄っていた危機、ゴーレムを改めて視認する。
「こ、殺させないわよ。木乃香も、ムド先生も皆も……あんたみたいに、影からこそこそ私も大嫌いなのよ!」
木乃香達へと伸ばされていた腕へと、一瞬にして踏み込む。
数メートルもない距離であったとはいえ、巨大な剣を持ったまま一瞬でだ。
楓辺りがその姿を見たのなら、瞬動術とでも呟いたかもしれない。
大きく振りかぶられた剣は、嘘のように鋭く、ゴーレムの腕を斬り飛ばす。
「フォーッ!?」
樹木の幹である天井へとぶつかり腕が落ちてくるより早く、明日菜は次の行動へと移っていた。
腕を失いまさかと尻餅をついているゴーレムへと向けて、地面を蹴り上げる。
その勢いを殺さずゴーレムの胴体部に足の裏を突き入れて吹き飛ばす。
巨躯の重さを無視されたかのように、ゴーレムは隠れ家より離れ吹き飛び転がっていく。
そんなゴーレムに先回りし、手の平でその巨体を受け止め、頭を鷲づかみにした。
ムドの魔力の加護が巨大過ぎるせいか。
明日菜の何倍も大きな石の体が、ゆっくりとだが持ち上がっていった。
その全体重を支える首からは、今にも壊れそうな音がミシミシと鳴り響いていた。
「ま、待っ」
「それで、次は誰を殺すつもり?」
明日菜の脳裏でフラッシュバックした光景は、本人にさえ分からないものであった。
だがムドを殺されかけた事実に対する怒りが倍増していくのが分かる。
絶対に許してはいけない、逃してはいけない存在だと心に刻まれた。
放り投げる、上空へと。
同時に地面を蹴って跳んだ明日菜は、地面を失いバタつくゴーレムを背後より一閃して斬り捨てた。
袈裟懸に斬られたゴーレムは地面に落ちて砕け、完全に機能を停止する。
その隣に着地した明日菜はしばらく砕けたゴーレムを前に茫然としていた。
やがてムドが魔力供給を停止させると、ようやく我に返ったようだ。
「今、私……なにか、思い出したような。ねえ、今何か私、あれ?」
皆にも思い出した何かを聞こうとして、明日菜は疑問符を浮かべた。
キラキラした瞳で木乃香に見つめられ、両手で顔を挟んでいややわとくねくねしている。
まき絵や夕映は、赤面したままそっぽを向き、チラチラと見てきていた。
明らかに、命の恩人に対する態度ではない。
さすがにこの状況で恩に着せるつもりもないが、それでも態度というものがある。
自分がファーストキスを捨ててさえと思った所で、明日菜は完全に三人の態度の意味を知った。
「明日菜、何時の間にムド君とええ感じになってたん? お互いの恋愛を応援し合いながらも次第に惹かれあう。ああん、ドラマみたいやえ」
「見てません、見てませんです。明日菜さんとムド先生が……で、ディープな奴をしている所など。あそこまで深いと、やはり効果も違うのでしょうか」
「明日菜、明日菜。どんな感じやった? えろえろな感じ?」
「ちょっと、この身を犠牲にして皆を救った私に対する感謝は!? って、言うか。ムド先生……ああ、もう。先生なんておこがましいわ、ムド!」
契約執行って自分でもできるのかと思っている所で、首を締め上げられた。
「本当に、アレ必要だったわけ? 私のファーストキス、しかも舌が……絶対、高畑先生に言わないでよ。じゃないと、アーニャちゃんにチクるわよ。皆も、ここにいるメンバー以外には!」
「なかなか仮契約カードが出てこなかったので、必要……だったとは思います。とりあえず、生き残った事を喜びましょう。兄さん達も丁度、戻ってきたようですし」
気持ち良かったので勢いとはもちろん言わず、話題を摩り替えるように空を指差す。
そこにはネギがまたがる杖に、楓と古がぶら下がりながら文字通り飛んできていた。
一歩間に合わなかったようだが、大声で叫んできている。
こちらからも、木乃香や夕映、まき絵が砕け散ったゴーレムを指差しながら無事をアピールし始めた。
まだ一人納得いかない明日菜であったが、ゴンッとムドの頭を拳で叩いてからネギ達へと私が倒したと声を大きく叫んだ。
-後書き-
ども、えなりんです。
学園長、素直に事故でしたと謝りに来なかったので泥沼化。
ネギに魔法で吹っ飛ばされるは、孫に嫌われるわ、孫に等しい子に切り刻まれるわ。
もう黙殺して、全てをなかった事にするしかないですよね。
今さら事故でしたごめんと言ったら、家族も職も失いますし。
あとネギが石像を吹っ飛ばした時に、思った。
このまま成長したら「貴様は電子レンジに入れられたダイナマイトだ!」とか言いそう。
皆からスペシャルと言われて育てられたウッソと境遇ちょっと似てるし。
それでは次回は水曜日です。
ひさびさの少しエッチ回です。