第13使徒の騒ぎも一段落し、洞木さんも軽い打ち身以外たいした怪我も無く日常生活に戻った。
参号機はアスカがエヴァの中枢まで完膚無きまでに破壊したせいで、廃棄と決定したらしい。
乗機が無くなったことで、洞木さんは予備役扱いで、実質上は解雇となった。
もうこれで彼女が危ない目に遭うことはないと思う。よかった・・・
今日は日曜日。のんびりした朝食を二人と一匹で済ませ、私は後片付けをしていた。
姉さんはつかの間の休みを寝て過ごすらしい。朝食の後すぐに寝室に戻っていった。
ケンちゃんも私の足元で丸くなっている。
二人とも食べてすぐ寝ると太るよ?
でも、口に出して言ったら怖いし・・・
洗ったお皿を拭いていると、リビングの電話が鳴った。
「はい、赤木です。」
『あ、ユイ。アタシ~♪』
「アスカさん?」
『ユイ、今日ヒマ?ヒマよね。うん、ヒマでしょ♪』
「あ、あの・・・」
決め付けられちゃった・・・確かにヒマだけど。
『と言う訳で出かけるわよ。』
「なにか『と言う訳で』なんですかぁ?!」
『気にしない気にしない~・・・あ、それと、ん~・・そうだリツコいる?』
「いるけど・・・さっき寝て・・・」
「どうしたのユイ。誰から電話?」
ちょうど姉さんが寝室から出てきた。ちょっとフラフラしているから、きっとウトウトしてたんだろうな。
「アスカさんから・・・姉さんに代わって欲しいって・・・」
「あら何かしら?」
姉さんは受話器を受け取ると、なにやら話し始めた。
「どうしたのアスカ?・・・うん・・・ふーん・・・あらあら・・・なるほど・・・いいわよ、て言うか任せなさい!ふふっ♪」
最後はなんだか楽しそう。何だろ?
「はい、返すわね。」
「う、うん。・・・もしもし。」
『それじゃ10時に大通りの噴水前ね。』
「うん。」
『ちゃんと可愛い格好で来るのよ!リツコにも頼んでおいたからねぇ♪』
「え、ええっ?!」
『じゃあねぇ~♪』
「ちょっ、ちょっと、アスカさん?!もしもし、もしもしって・・・切れてる・・・」
受話器を戻し、恐る恐る後ろを振返る。
「やっぱり・・・」
そこには洋服の束を抱えてニコニコしている姉さんがいたのでした・・・
「はぁ・・・」
ため息が出る。
あれからたっぷりと姉さんに着せ替え人形にされて遊ばれてしまった。
知らないうちにまた服が増えてたし・・・
「ふう・・・」
待ち合わせ場所に向かって歩きながら、自分の服を見下ろす。
フリルの付いた白いブラウス・・・それは良いけど、この大きくて凝った刺繍のレースの襟が・・・胸元のリボンも大きいよぉ。
リボンが編みこまれた黒いスカートも裾のレースがやたら凝ってるし・・・しかもコルセット付きって・・・
赤いリボン付きの黒いニーソックスもかなり恥ずかしい・・・
うう、すれ違う人達の視線が・・・
姉さんの趣味ってたまに理解できないです。
噴水前に着くとまだアスカはいなかった。
時計を見ると・・・まだちょっと早かったかな。
「ふぅ・・・」
噴水の縁に座り、今日何度目になるかのため息をつく。
まったくアスカも姉さんも絶対楽しんでるよ。ケンちゃんまで着替えてるたびにニャーニャー楽しそうに笑ってるし・・・
「か~のじょ♪一人?おっ、可愛いじゃん。俺たちと遊ばない?」
突然声をかけられる。見れば髪を染めてピアスを沢山付けた男の子達が私の前に立っていた。
またナンパ。でもムサシ君達の時はそうでもなかったけど、この人達、ちょっと怖い・・・
「いえ、待ち合わせしてるところですから。」
私が断っても彼らは引かなかった。
「いいじゃん♪そんなのほっといて俺らと遊ぼうぜ!い~とこしってんだ俺♪」
「い、いえ、その・・・」
「いいから俺たちと来れば良いって!ほらっ!」
手を捕まれ引っ張られる。この人達、私の言うこと元から聞く気ないんだ!
どうしよう・・・怖い・・・
「は、放してください・・・」
「あんまりうだうだ言ってると、俺、怒っちゃうかもしれないぜ♪」
「ひっ・・・」
笑顔で、でも笑っていない目で見られ、恐怖で抵抗も出来ない。
辺りを見回しても誰も知らない振りをして通り過ぎていくだけだった。
そのまま連れて行かれそうになった時、知っている声が私を呼んだ。
「やあ、ユイさん。待ったかい?」
「カ、カヲル君・・・」
「すまないねえ、遅れてしまったよ。」
笑顔でカヲル君は私の前に来ると、ピアスの男の子から私をすんなり引き離した。
私はカヲル君の背中に隠れるように逃げた。
「な、なんだテメエは?!」
「僕かい?フッ、彼女の知り合いさ。僕は彼女に用があるんだ。悪いけど消えてもらえるかい?」
「なんだと?!このやろ・・・」
男の子はカヲル君を睨み付けていたけど、カヲル君の目を見てひるんだように目をそらした。
「ケッ、い、行こうぜっ!」
少し震えた声で吐き捨てると、彼らは去っていった。
「大丈夫だったかい?」
「う、うん・・・・・・あ、ありがと・・・」
怖かった・・・私は暫く身体の震えが止まらなかった。
「ユイさん、今日はどうしたんだい?何時にも増して可愛らしいね。素敵ってことさ。」
「ア、アスカさんに呼ばれて・・・そ、そんなに見つめないで。」
恥ずかしすぎるよ。
「あ、こ、これは姉さんの趣味で、わ、私が選んだわけじゃ・・・」
私、何慌てて弁解してるんだろ。
「良いんじゃないのかい。よく似合ってるよ。」
「あ、ありがと・・・」
やだ、顔が熱くなってくる・・・カヲル君の顔をまっすぐ見れない・・・
「カ、カヲル君はどうして此処に?」
「ああ、僕もアスカに呼ばれてね。」
“アスカ”・・・名前で呼んでるんだ・・・なんだか胸が苦しい・・・
「そ、そうなの・・・ア、アスカさん、遅いね・・・」
「そうだねぇ・・・」
間が持たないよ・・・早く来て。
ピリリリリリリッ
その時私の携帯が鳴った。
「はい・・・あ、アスカさん。」
『ごめんねぇ~用事が出来て行けなくなっちゃったぁ~』
「あ、そうなの・・・あ、別にいいよ。またの機会にでも。私も帰るから・・・」
「そ~いうわけにもいかないわ!そこにカ・・・カヲル来てるでしょ。変わって。」
「うん・・・」
カヲル君は携帯を受け取るとしばらく話していた。
「はい、終わったよ。」
「あ・・・もしもし?」
『せっかくおめかししてきたんでしょ。二人で遊んできなさい!』
「ええっ?!」
『楽しんでくるのよぉ~♪・ブツッ』
切れた・・・
な、なんで?!
「さて、ユイさん。行きたいところはあるかい?」
カヲル君が微笑みながら聞いてきた。
そんなのダメだよ。カヲル君は私となんか一緒に居ちゃいけないんだから。
私なんかと一緒に居たらカヲル君が汚れちゃう!
「わ、私・・・帰ります。」
「ユイさん?」
困惑顔のカヲル君をおいてそこから逃げだそうとした時、また携帯が鳴った。
「はい。」
『ユイ。逃げちゃダメよ~。明日学校でちゃんと報告聞くからね。逃げたら学校で泣くまで愛撫するから♪』
「そ、そんなぁ・・・」
『気楽に楽しんでくればいいのよ♪じゃあねぇ~♪ブツッ』
もしかしてどこかで監視してる?そんな考えまで出てきてしまった。
「じゃあ行こうか。ユイさん?」
「はい・・・」
やると言ったらほんとにやりかねないアスカの脅し(セクハラ宣言?)。
学校でそんな事されたら、もう登校できないよ・・・
私は逆らう術もなく、カヲル君に手を引かれて歩き出した。
「ふ~ん・・・これがプリクラって言う物なのかい?」
「カヲル君、初めて見たの?」
「話には聞いたことはあるけどね。ユイさん、一緒に撮らないかい?」
「え、あ、う、うん。」
さり気なく肩を抱かれて、出てきた写真には真っ赤になった私が写る・・・
「あ・・・あの縫いぐるみ、ペンペンにそっくり。」
「ふむ・・・クレーンを動かすのかい?・・・簡単だねえ~。はい、どうぞ。」
「あ、ありがと・・・す、凄いね・・・」
ひと抱えもある大きな縫いぐるみを一回でとってもらったり・・・
「歌は良いねぇ~♪」
「は、早いよぉ~(泣)」
ダンスゲームでカヲル君は華麗に踊り、運動音痴な私は直ぐにゲームオーバー。
延々踊り続けるカヲル君の周りには、人だかりの山が出来てしまった。
「ああ、素敵な方・・・」
「あの人誰?!アイドルにあんな人いたっけ?」
「なんて綺麗なのぉ!ああ~もうだめぇ~・・・」
失神者まで出てしまい、私達は慌ててゲームセンターを出る羽目になった。
「いやぁ~、ビックリしたねぇ~。」
「カヲル君、綺麗すぎるんだもの・・・」
ファミレスで食事をしながら、カヲル君が苦笑していた。
取ってもらった景品の山は、宅配サービスに家に送ってもらったので今は手ぶら。
失神する人の気持ちもわかるな・・・私も見とれていたし・・・
「ユイさんにとって洞木さんは大切な人なんだね。」
食後のコーヒーを飲みながらカヲル君が突然こう言った。
「え・・・?う、うん。」
「助かって良かったね。」
「うん・・・でも・・・」
「でも?」
「“前”の時は、トウジを助けられなかった・・・どうして今回は・・・」
上手い具合に脱出装置が誤動作したんだろ。
「ああ、赤木博士には悪いことをしたよ。」
「えっ?」
「ちょっと参号機のプログラムに手を加えさせてもらったんだ。もちろん痕跡が残らないようにね。」
「えっ?・・・それって・・・ええっ?!」
カヲル君はニコニコ笑っている。
「カヲル君って一体・・・」
そう言えば今回はフィフィスチルドレンとして来てるんだろうか?
「言ってなかったね。今回は僕は委員会から派遣された若き技術顧問ってことになっているんだ。プログラムも弄り放題さ。」
「委員会?!」
「大丈夫さ。リリスが“設定”してあるから誰も僕の存在には疑問をもたないよ。」
「そ、そう・・・でも、17使徒としては・・・」
「ああ、今回は僕は使徒と言う“役”は演じていないんだ。約束しただろ。二度とあんな事はしないと。」
「良かった・・・本当に良かった・・・」
涙が出てきた。今回はカヲル君は死なないんだ・・・
「ユイさん・・・」
「ありがとう・・・洞木さん、助けてくれて・・・」
カヲル君は微笑んだまま、黙ってハンカチを差し出した。
涙はしばらく止まらなかった。
午後はゆっくりと街を歩いて回った。
ペットショップで子犬を抱かせてもらったり・・・
小さなギャラリーで絵を眺めたり・・・
姉さん行きつけのブティックの前を通ったときは、店のお姉さんに「ユイちゃ~ん、そのお洋服似合ってるわぁ♪新作入ったのよ。着てみない?」と捕まり、また即席のファッションショーをさせられた。
写真撮ってたから、きっと姉さんに送るんだ。うぅ・・・
「ふぅ・・・」
やっと解放されて店から出るとため息が出た。
「いやぁ、いい目の保養になったよ。素敵だったねぇ~」
「カヲル君までそんな事言うぅ・・・」
あれって恥ずかしいんだよ・・・
影が長く伸び出した頃、私はカヲル君に送ってもらい家に着いた。
「あ、あの・・・きょ、今日はありがと・・・」
「いや、僕こそありがとう。楽しかったよ。」
「そ、そんな・・・」
夕日に赤く染まるカヲル君の笑顔が綺麗過ぎて、私はまっすぐ彼の顔を見ることが出来なかった。
「じゃ、じゃあ、また明日学校で・・・」
「ああ、おやすみ。また明日。」
カヲル君はそう言うと私の両肩に手を置き、顔を近づけるとすぐに離れた。
「え・・・?!」
「じゃあ。」
手を上げながら帰っていくカヲル君。
残ったのは、唇に残る暖かな感触。
「えっ?!」
そっと唇に触れてみる。
今、カヲル君・・・
どうして?
シンジに何度もキスされてるのに。こんなのじゃなく舌まで入れられる激しいのを散々されてるのに。
胸がドキドキして治まらない。
顔が熱い・・・
腰から力が抜け、玄関の前にペタリと座り込んでしまった。
シュッ
「あらユイ。どうしたの?こんなところで座り込んで。」
玄関が開いて姉さんが不思議そうな顔で聞いてきた。
夕食時、姉さんに散々からかわれた。
ブティックからメールで送られてきた写真を見せられたり、家に届けられていた縫いぐるみの山の事とかも。
プリクラの件も口が滑ってしまい見せる羽目になってしまった。
「まあ~、真っ赤になっちゃって。初々しいわね♪」
「や、やめてよぉ~・・・」
「良いじゃない。良い思い出よ。楽しかったんでしょ?」
「う、うん・・・」
「いいわねぇ~若いって・・・」
「はぁ~・・・」
もうため息しか出なかった。
夜、真っ暗な自室の中、私は寝間着姿で壁にもたれかかっていた。
「カヲル君・・・」
ペンギンの縫いぐるみを抱きしめながら、呟く。
私はカヲル君に近づいちゃいけなかったのに・・・
アスカもどうして・・・カヲル君のこと好きなんじゃないの?
カヲル君と一緒にいた今日一日、贖罪のことが頭から綺麗に消えていた。
絶対に忘れてはいけないことなのに・・・
一瞬たりとも忘れることは、それ自体が大罪なのに・・・
指で唇にそっと触れる。
カヲル君にキスされた・・・
『“私”は汚れているのよ。カヲル君まで汚してしまったじゃないの!』
どうしよう・・・
とんでもないことを・・・
それに私はアスカを裏切った・・・
きっとアスカは私とカヲル君を友達付き合いさせたいだけ・・・そうに決まってる・・・
それなのに・・・
カヲル君と一緒にいたい・・・そばにいて欲しい・・・
そんな考えが頭をよぎる。
ダメ、私にはそんな資格はない。
それにカヲル君にはアスカが・・・
どうしたらいいの・・・
ピリリ、ピリリ・・・
携帯が突然鳴り出した。
「はい・・・」
『・・・・』
「!!」
それはもう一人、私の心を虜にした人の声だった・・・