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No.19773の一覧
[0] 赤く白くゆらゆらと (ONE PIECE) (嘘企画移転しました)[うたかた](2017/04/18 22:39)
[1] 風の運ぶ導き[うたかた](2011/11/09 00:23)
[2] 赤より出づる[うたかた](2011/04/02 11:03)
[3] 幕の間[うたかた](2010/08/08 19:54)
[4] 憂い想い愁う[うたかた](2010/07/10 16:09)
[5] 失い得る[うたかた](2010/09/20 10:37)
[6] 火種は斯く広がる[うたかた](2010/07/26 17:14)
[7] 赤の手前[うたかた](2010/08/21 12:30)
[8] 幼き白夜[うたかた](2011/11/09 00:13)
[9] 怪奇な関係[うたかた](2011/05/27 12:53)
[10] 悩める夜[うたかた](2010/09/13 17:25)
[11] 間の幕[うたかた](2010/10/14 14:32)
[12] 距離が生むモノ[うたかた](2010/09/28 16:56)
[13] 鋼色の眼[うたかた](2010/10/15 12:02)
[14] 暮れゆく色は[うたかた](2010/11/15 12:10)
[15] 夜は静かに[うたかた](2010/12/31 14:52)
[16] 形ない贈り物[うたかた](2011/07/12 15:41)
[17] 鳥獣戦果[うたかた](2011/05/04 21:34)
[18] 《嘘企画》 ――喚ばれて (移転しました)[うたかた](2017/04/18 22:41)
[19] 名付け 【改訂版】[うたかた](2011/05/08 00:18)
[20] 想いは何処[うたかた](2011/10/22 22:09)
[21] 雨音の《静寂/しじま》[うたかた](2011/11/07 19:35)
[22] 恋愛戦線[うたかた](2011/10/05 14:47)
[23] 誘いの眠り[うたかた](2012/01/12 12:57)
[25] NG集[うたかた](2011/12/18 17:09)
[26] 追憶の翼[うたかた](2012/01/24 14:12)
[28] 二人目の夜[うたかた](2012/03/18 17:18)
[29] 風呂・気まぐれ・エマージェンシー[うたかた](2012/04/01 11:08)
[30] 紅散華[うたかた](2012/04/13 15:12)
[31] 緋漣絶氷[うたかた](2012/06/03 13:16)
[32] 敵は味方で味方は敵で  (改訂版――旧題・閑話)[うたかた](2014/10/24 18:08)
[33] 第一次接近遭遇[うたかた](2014/10/24 18:12)
[34] 後ろにいる君へ[うたかた](2015/10/29 14:59)
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[19773] 名付け 【改訂版】
Name: うたかた◆9efe3df0 ID:47fdd84c 前を表示する / 次を表示する
Date: 2011/05/08 00:18
 窓の傍、風を浴びつつ日光浴。適当な部屋から見つけた来た揺り椅子に深く腰かけ、ファンはのんびりとまどろみに浸かっていた。誰も居なかったので勝手に拝借/強奪した品だったが、なかなか上等。前にゆらゆら、後ろにゆらゆら、波の上みたいで心地よい。

 「こら! 部屋の中で大っきくなっちゃダメって言ったでしょ! 毛が散って大変なの、鳥に戻りなさいっ!」
 「ピガッ! ピーグァア!」
 「吼えてもダメ!! 我がまま言ってばっかりだと、晩ご飯なしだよ!」
 「ガッ、グゥ……ピガッ、ピガガガガッ!」
 「卑怯なんかじゃないっ。ここは島と違って食糧に限りがあるんだから、食べて飛んで寝るしかないあなたに文句を言う権利はないの! 分かったら大人しく小さくなって、胃袋も小さくしなさい!!」
 「ピグゥ…………ピィー」

 言い負かされたタカが恨めしげな眼でラナを睨み、しゅるしゅるとその体躯を縮めていく。態度はどうあれ、力関係が分かりやすい構図だった。
 革命軍が拠点を置くバルティゴは白土の名の通り、野生の動植物が非常に少ない。原生林そのものなエグザルと比べても仕方ないが、食糧は外部からの補給と近海に赴いての漁で賄っているのが実情だ。無論、大型のペットなど飼わせる余裕はどこにもない。
 やむなく、ファンとラナの共同財産である海賊船から手に入れた財宝を一部供出し、大喰らいのペット/相棒の食費に宛がうことにした。常に財源の確保に追われているドラゴンにしてみれば、子供二人の申し込みは渡りに船であり、つまりこの鳥獣、半分はラナに養われているのである。
 悪魔の実を食べた影響か人間のように何でも食べられるが、肝心の食べ物がなければ餓えるだけだ。
 頭が上がるはずもなかった。

 「…………」

 背後の騒ぎに、ファンは片目を開ける。いい感じで襲って来た睡魔が、一人と一羽の口論に恐れをなして逃げ出してしまったらしく、仕方なしに欠伸を噛み殺し浮いた涙を手で擦る。と、頭の後ろで羽音がして、荷重を受けた揺り椅子が揺れた。

 「ピィ、ピピッピイ!」
 「ファン、その子が何言っても聞いちゃダメ。こればっかりは譲らないから!」
 「…………そう」

 別に、興味ないが。半分以上聞いてなかったが。正論を言うのは大概ラナなので、適当に頷いておく。
 途端に甲高い鳴き声抗議が始まり、ばさばさ翼を広げ食事事情の改善を要求するタカ。直後、

 「ほこりが散るからやめなさい!」

 躾のためには実力行使も辞さないラナの張り手が飛び、椅子の背もたれから叩き落されたタカは、床の上でピクピクと痙攣する。
 ……口で言ってるうちに、聞かないから。
 似たような遣り取りは既にここ数日何度となく繰り返されていて、きちんと言葉を理解してるくせに言う事を聞かないから、ラナは怒っているのだ。どちらに非があるかなんて明白すぎて、口を挟む気にもならない。眠いし。
 全くもう、とラナは腰に手を当て仁王立ちし、憤慨七割呆れ三割の表情。身に纏う白と黒のコントラストも著しい衣装は、紹介された服飾長イーゼルの自信作だとか。前開きのスカートは見方を変えるとドレスみたいで綺麗だけれど、個人的には以前のワンピースの方がよかった気もする。食べたくなった時に、剥きにくい。能力を使えば簡単だけれど、何となく。
 そんな風につらつら考えながら、うつらうつら。また夢の世界に旅立とうとしていたら、再びギィ、と。揺り椅子が後ろに傾く。重たい瞼を持ち上げると、背もたれに両肘をついたラナの黒い双眸が、何か言いたげにこちらを見下ろしていた。

 「……ねぇ、怒ってる?」
 「…………?」

 脈絡が掴めず、瞬き。
 不安の色彩を帯びた吐息が、切ったばかりの前髪をくすぐる。

 「私が、その、戦闘訓練……受けてること」
 「…………」

 今の今まで怒鳴りつけ気炎を上げていたとは思えない、頼りなげな少女の言葉。
 そう言えば、そんな話も聞いたっけと、ファンの認識はその程度。一言ぐらい何か言ったような気もするけれど、よく覚えてない。それがなぜ、自分が怒ることに繋がるのだろうか。
 無言で先を促すと、ラナは頬を染めて、視線を外しながら恥ずかしそうに答える。

 「だって訓練したら……筋肉付いちゃうし……。む、胸も、あんまり大きくならないかもだし」
 「…………」
 「あ、えと、それと……ファンは、一体私の何が好きなのか分からなくて……筋肉付いた女の子が嫌だったりしたらどうしようって……」
 「…………多分」

 多分、自分でもそうなのか分からないけれど。

 「ラナの…………そういう所が、好き」

 ……かもしれない。
 最後の一言だけ胸に隠し、首を伸ばして隙だらけの唇に口付ける。
 数秒――否、たっぷり三十秒。呆然と呼吸も忘れて金縛りに遭っていたラナの顔が、一瞬で耳まで赤く染まった。

 「あ、あう、あ、ふぁ、ファン……?」
 「…………ん……可愛い」

 触り心地のよい黒髪に手櫛を通す。さらさらと流れる髪を弄び、ゆっくり頭を撫でる。耳元に梳き上げ、柔らかな頬を手の平で。目元から鼻筋、唇へと親指で順繰りに触れていく。
 が、そこでとうとう限界が来たらしい。ラナの膝から力が抜けて、顔を真っ赤にしたままくたっとへたり込む。

 「…………た、たまに口開いたら……そういうこと言う……っ」
 「…………悪い?」
 「わ、悪くなんかないけど……ずるい」

 う~、と唸られる。威嚇される。ずるいと言われても、困る。
 いつもの流れならこのままベッドにもつれ込む所だろうけれど、と口内に少女の味を残しながらファンは大きく欠伸した。どうにも、本日の陽気は睡魔を活性化させて余りある。本気で眠い。

 「……と、ところでファン! あの子、名前あるのかな!?」

 いささか以上にわざとらしく、かつ慌ただしくラナが話題を変えた。ベッドに連れて行かれると思っているのだろう。普段の少女ならファンが眠そうであることに、何も言わないでも気付くだろうけれど。今はちょっと、頭の中が過熱過多らしい。うん、パニくってて可愛い。でも眠い。

 「…………さあ」

 瞼を下ろした、気のない返事。

 「さ、さあって、名前は大事だよ? 私もファンも、名前があるから人に呼んでもらえるの。名前っていうのは、お父さんとお母さんから私たちが生まれる時にもらった、一生に一度の大切な宝物で……ファン?」

 ひょい、と無反応な少年を覗き込む。揺り椅子に身を預ける赤紫の少年の口からは、穏やかな寝息。

 「……寝ちゃってる」

 安心したような、拍子抜けしたような。セリフの途中で寝入ってしまった少年に、むー、と少女は唇を尖らせる。
 そんな二人の遣り取りを、意識を取り戻したツミが床の上で、じっと見上げていた。



 ・
 ・
 ・

 ……。
 …………。

 何かを聞いた気がした。素潜りした海の底からすーっと海面を目指したような浮上感を受け、ファンの意識は眠りの底から浮かび上がる。
 夜だった。閉じられた窓の向こう星々が宝石のように燦然と煌いている。
 揺り椅子に座った態勢のまま、ファンはぼんやりと寝起きに霞んだ頭を振った。中途半端に眠ったせいか、身体の奥から妙に気だるい。
 ……何かを、聞いた気がしたのだ。
 思い、ファンは揺り椅子から身体を起こす。

 「フン、やっと起きたか。この私を待たせるとはいい度胸だ」
 「!」

 出し抜けに響いた、声。聞き覚えのない落ち着いた声音を背後に、ファンの身体は幽玄に消え去り刹那のタイムラグなく部屋の片隅に出現する。
 ……気付かな、かった。
 それが、問題。自分が“気付けなかった”。その事実にファンは一級の警戒心を差し向ける。
 ず……と。部屋を侵食するが如く、赤い殺意が滲み出す。が、いないはずのありえない声は、殺意に鬱陶しそうな色を乗せて再び響いた。

 「“それ”を私に向けるなファン・イルマフィ。心中穏やかでないのは分かるが、不愉快だ。……安心しろ、敵意はない」
 「…………誰」
 「ツミュエルテ――と言っても理解できんだろう。故にその問いは誤りだ。『誰か』ではなく、私が『何者』なのか問え」

 尊大、不遜。伝播する声だけで謎の人物が高い矜持を持つのが窺えた。それは自負であり、自らを信じきった人間にしか出せない、煌くように強烈な自意識。

 「…………何者」
 「フン……存外に素直だな。それとも子供なだけか? ……まあいい。些事は捨て置く。私を打倒した男であることに変わりはあるまい」
 「……打倒……?」

 笑うような気配が伝わってきた。気配はやがてクックックという音に昇華し、部屋の壁を打つ。

 「そうだな…………種明かしだ」

 影が飛んだ。ファンの肩に乗りそうなほど小さな影が机上から飛び立ち、星明かりの差し込む揺り椅子に止まった。
 ファンはそれを知っている。なぜなら殺し合ったから。ずっと部屋にいたから。

 「……………………お前が?」
 「そう、“私”だ」

 動物界脊索動物門鳥綱タカ目タカ科ハイタカ属。
 和名、雀鷹。
 通称、『ツミ』。
 ファンが連れ帰ったその小さなタカが、ニィ、と笑った。
 そして――変化が始まる。





 軽やかにそれは翼を伸ばした。“動物系”がそうするように、質量を無視して全身を肥大させる。だが、ファンの見知った鳥獣形態への変化ではなかった。翼を除いた全身から羽毛が消え去り、嘴はその鋭さをなくして唇へ。鉤爪はその一本一本を癒着させ、代わりに五指が芽生えた。自らを抱きしめるようにして腕が現れ、その存在は女性らしい膨らみを各所に覗かせる。
 一糸纏わぬ裸身が姿を現し、細くも力強い素足が床板を軋ませた。

 「久しぶりだな、この姿も……」

 深い感慨を込めて言った“少女”は、その背に巨大な翼を聳えさせながら、閉ざしていた瞼を開ける。
 鮮烈な意思を宿す濃い鳶色の瞳が、ファンを射抜いた。同色の髪は顎のラインに沿って長めのボブを描き、四肢のシャープさは鷹だった頃の名残として姿に現れている。

 「……………………」

 さすがに、ファンといえど言葉もない。瞠目した赤紫の瞳が、その驚きを示す。
 その間にも目の前の“少女”は身体の感覚を取り戻すように五指を曲げ、首や四肢の関節をパキポキと鳴らしていた。

 「……五分といったところか。さて、歩き方は……と」

 ぎこちなく一歩踏み出した途端、ぐらりと膝が折れ身体が傾いだ。反射的に駆け寄り、ファンはその裸身を抱き留めた。そしてまた驚く。本当に羽ではないかと疑うほど、腕に倒れる“少女”は軽かった。

 「む……礼は言わんぞ。この程度、お前の助けなど必要とはせん」

 助けたというのになぜか睨まれ、手を離す。そして少女もまた体重を預けていたファンの胸を押し返し、そのままの勢いで今度は後ろに倒れかかった。
 何となく予想できたので、ゆらりとファンは背後に回り翼の生えた背を支えた。「むぅ……」と唸るように顔をしかめた少女は、舌打ちせんばかりの悔しげな表情でファンを振り返る。

 「……礼は言わんからな」

 ……別に、欲しくない。



 ・
 ・
 ・

 「さっきも言ったが、私の名はツミュエルテだ。どう呼ぶのも好きにしろ」

 と、“少女”は偉そうな態度で足を組み、ベッドの上で踏ん反り返る。広げれば“少女”の身体より大きいだろう翼は、室内であるためか幾分窮屈そうにその身を撓めていた。
 眠たげな無表情でテーブル脇の椅子に腰かけたファンは、その実困惑しきっている。
 肩甲骨の辺りから見事な両翼を生やしたことさえ慮外すれば、それは紛れもなく年頃の“少女”だ。ファンより一つ二つ、年上に見える。健康的な裸身を「寒い寒い」の一言で、今は身体にシーツを巻きつけ解決している。これまでずっと暖かな羽毛を身に付けていたのだから、肌に直で触れる外気温は比べ物にならないほど寒いに違いない。翼だけはぬくぬくとしていそうだったけれど。
 まあしかし。そんな些細なことは置いといて。

 「…………何者か、聞いてない」
 「少しは想像しろ。阿呆のように聞いてばかりの男は嫌われるぞ。私から」
 「…………」

 嫌われる云々は本気でどうでもいいけれど、ファンは黙って考え想像してみる。
 まず、鳥。ネコネコの実を食べた鳥類だと思っていたら、実は人間だったと仮定する。“動物系”であるのは間違いないだろうが、それにしては変形の種類がおかしい。変化前の人間の姿、人獣型、そして獣型。これが“動物系”に可能な変形であり、しかし目の前の“少女”は人に翼の生えた風変わりな鳥人型と、鳥の姿に鳥獣型、加えて本来の人間状態と見た限りでは四つの変形を備えていることになり、“動物系”のルールから外れていた。
 名前もどこか奇妙な響きを持っている。グランドラインの島々はその航海の困難さからそれぞれが独自の文明を築き上げてると言うが……それ以前に人であったなら、なぜエグザルにたった一人でいたのだろう。

 「…………聞きたいことは、三つ」
 「ほぉ? 言ってみろ」

 面白げな表情に期待を浮かべた“少女”へ、ファンはゆったりと言葉を紡ぐ。

 「一つ…………“動物系”の謎。…………二つ、あの島にいた理由」
 「三つ目は?」

 ファンは持ち上げた人差し指を、急かすように問う“少女”へ向けた。

 「僕の…………敵か、否か」

 ぞ、と少年の体躯から寒気のような気配が溢れ、体感温度を低下させる。
 疑問の前二つは単なる興味だ。最後の一つに返る答えしだいで、部屋を満たす殺意は赤く具現化する。
 常人ならその気配だけでへたり込むような圧力を受け、しかし“少女”は、ただ不快気に眉をひそめるだけ。

 「……二度も言わせるな、その殺気をやめろ。寒いだろうが」

 これ見よがしに“少女”は手足を擦り合わせるが、ファンは取り合わない。じぃっ、と鳶色の瞳を見つめるだけ。

 「それに、もう言ったはずだ。私に敵意はない」
 「敵意と…………害意は、別」
 「ファン・イルマフィ……お前は言葉遊びがしたいのか? 本当に私が害意を持っていたら、とっくの昔にあのラナとかいう小娘は八つ裂きになってるよ。……だから睨みを利かせるな。ただの例えだ、例え。相棒を疑うのかお前は」
 「…………?」

 不思議な言葉を聞いた気がして、ファンは首を傾げた。殺気が薄れる。

 「キサマがそう言ったんだろうが! 部下だの家来だの言いくさりおって……! 待ったところで私が望む答えなど出て来んだろうから、相棒で妥協してやった心遣いが分からんか!!」

 その態度に腹が立ったのか、要所にシーツを巻いただけの“少女”はズカズカとファンに歩み寄り、射殺しそうな目で怒鳴りつけた。凄い上から目線、上から口調で。ファンとしては、ぱちぱちと瞬きする他ない。
 部下、家来、相棒。覚えのある単語。確かに、そう言ったけれど。
 すうっと胸の奥が冷めた。目と鼻の先で、“少女”が尚も言い募ろうと口を開く。
 けれど、その前にファンは手を伸ばした。――喉へ。

 「かっ……!?」
 「少し…………黙る」

 喉の肉を透過し、指先で直接気道を握った。力加減に憂慮しつつ、平坦な声音でファンは言う。

 「…………夜に、囀るな。…………うるさい」
 「あ……けほっ、げほっ!」

 締められていた喉を押さえ、苦しげに咳を繰り返す“少女”。蹲ったその姿を、無感情にファンは見下ろした。
 ……相棒だと、言うのなら。
 今まで黙っていたことが、気に入らない。殺しかけたり、殺されかけたりした相手だけれど。だからこそお互い認め合ったはずだった。だからこそ一緒にここへ帰ってきたのだ。
 ……イライラ、する。
 眠たげな無表情の奥でささくれ立つ、怒りに類する感情。
 生まれて初めて味わうその感覚が、隠しごとに対する疎外感への子供っぽい反発心であるなどと、対人経験値が低いを通り越して絶無に近いファンに分かるはずもない。

 「……はっ……ふ……、……は、はは……それでこそ、我が比翼の鳥に、相応しい……っ」

 こちらを見上げ、喉を潰されかけたことさえ問題とせず、不適としか言いようのない笑みで“少女”は笑った。
 冷や汗の浮かんだ、まだ苦しげな笑みだったけれど。

 「…………」

 微妙に、黒髪の幼馴染と笑顔がダブった。
 髪の色、頬や目鼻の輪郭、鎖骨の形に、覗く素足の質感や、シーツを持ち上げる胸の大きさなど。いつの間にか二人を脳裏で比較していた自分に気づき、苛立ちも忘れてファンは首を傾げる。
 何となく、喉が渇いた気がした。口腔に湧いていた唾を飲み込み、半ば無意識に舌で唇を湿す。薄いシーツの下、透けて見える“少女”の姿態から視線を外した。頭の中を切り替えるように、先の“少女”の言葉は無視して訊ねる。

 「…………ところで、ラナは」
 「今頃聞くか普通……。あの小娘ならお前の服を直すとか何とか張り切っていたぞ」

 イーゼルの所か。日は落ちてまだそう時間も過ぎてないらしい。……けど、小娘?

 「……そうだな。まず私の事情を話す必要があるか」

 まだ少しぎこちない両の素足でベッドに戻り、“少女”が再び足を組んだ。勢いでシーツがめくれ、その奥に隠されるべきものまで覗きかけるが、意識的に焦点から逸らした。
 ファンの内部で起こる微妙な変化には気付かず、話す内容を纏めるためか“少女”は数秒瞼を閉ざし、厳粛な面持ちで鳶色の眼を開く。

 「私が口にしたのは、トリトリの実“幻獣種”――モデル、“獅子鳥グリュプス”。グリフォン、グリフィンとも言うらしいが、私の島ではそう呼んでいた。質問は」
 「…………変形が、おかしい」

 直截な指摘に“少女”は「む」と唇を曲げた。

 「……私だって、最初は普通の“動物系”だったさ。だがある日、街の近海をいつものように飛び回っていたら突然のサイクロンに出くわして……」

 “少女”が暮らしていたのはグランドラインに属する島の、それなりに栄えた街だった。海軍の支部が近くにあり、誰一人海賊の恐怖を本当の意味で知らずに育つ平和な街。悩みは精々、安定しない気候に農作物が被害を受ける程度。それとて、休暇中の海兵が落とす貨幣で凌げるような悩みだった。
 が、その時ばかりは不安定な天候が災いしたのだという。

 「……気が付いた時にはあの島の浜辺に漂着していたよ。しばらくは生きている自分が信じられなかった……。嬉し泣きしたのはそれが最初で最後だな。すぐ絶望の涙に変わったのが笑うに笑えん」
 「…………水」
 「そう! 方位の分からないグランドラインでは飛んで帰るわけにもいかんし、島は猛獣だらけの上、浜辺以外では上手く変身できんと来た」

 最悪だ、と渋面する少女の気持ちがファンには容易く理解できた。むしろ共感と呼べるだろう。ただ望んで訪れたか、望まず放り込まれたかの差異はあるだろうが。能力者にとって、エグザルは鬼門の一つだ。
 偶然流れ着いたとすれば海楼石のことも知らなかったに違いない。海の力が能力を半減させて……。
 ……半減?

 「無理を重ねた代償だ」

 笑みが、寂しげな色を宿した。

 「私のような悪魔の実を食べただけにすぎない一介の街娘が生き抜くには、“悪魔”の力に頼るほかなかった。それが、例えようのない苦痛を伴うとしても」
 「くつ、う?」
 「他の能力者がどうかは知らん。細胞自体をその都度作り変える“動物系”ならではかも分からん。だが、私は、浜以外で変形する度に、骨髄から軋む何かに侵食されるような苦しみを味わった。何十回と、何百回と……生きる、ために」

 ク、と漏れた音は苦笑か。それとも嘲りか。

 「……今にして思えば、あれは警告だったんだろうな。一年が過ぎ、二年が過ぎ、やがて私の身体は苦痛を感じなくなった。同時に、私の変身は“戻らなくなった”」

 ぶわっと広がる“少女”の両翼が空気を叩き気流を生む。ファンの髪とカーテンをはためかせ、吹き荒れた風はだが、一瞬の激情のようにすぐにまた落ち着く。

 「これが……私の人間形態だ。海に入っても、この翼は取れない……完全に、私と同化してしまっているんだ。……お前も知る小さな鳥の姿は逃げるため。“獅子鳥”の姿は戦うため、それぞれ進化を遂げた……否、狂った姿と、いうわけだ」
 「…………」

 自嘲めいたセリフを最後に、“少女”の言葉は途切れた。抱えた膝の向こうに隠れ、表情は見えない。
 ……悪魔の、実。
 およそ五か月前、ファンもまたそう呼ばれる果実を口にした。村の御神体として祭壇に据えられていた、サロックに酷似したユラユラの実を。泳げなくなった代償に得た力は――未だ断定できないが――“波”。あらゆる物質を透過し、衝撃波など波状の変圧をも操る能力。……完璧にコントロールしているとは、とても言えないけれど。 
 そして波を操るが故に、ファンは波を知覚する。
 エグザルでの修行生活。そこでは水の確保に次いで大敵があった。闇だ。無人の島で頼れる光源は天上の星々だけ。しかしそれも分厚い雲に覆われた日には望むべくもない。
 闇。手元すら見えない真の暗闇。浜辺ならば問題はない。透過が使える。だが、島の奥地ではそんなことできようはずもなく、その夜、今にも飛びかからんとする猛獣へファンは殺気による威嚇だけで抵抗していた。
 炯々と闇に尾を引く猛獣の眼。じりじりと、こちらの集中力が切れるの待つ高度な相手。半ば以上、死を想起した。黒髪の少女の顔が頭に浮かんだ。死は怖くない。けれど、死ねないと思った。だからファンは――目を閉じた。
 見えていたのだろう。猛獣が影のように地を蹴り迫った。“それが視えた”。
 反射ではない。無意識でもない。狙い定めたカウンターの“幽山”――衝撃波を蹴り上げ、頭蓋に響かせ、赤くせしめた。
 以降、ファンは悪魔の実に限らず、あらゆる“波”を知覚するようになった。肌に感じ、あるいは直視して。空も、海も、大地も。世界を構成するそれら全てが持ち生み出す波動を。ファンは感得したのだ。物質の構成分子は例え絶対零度であろうと微弱に振動し、光は光子として大気中で様々な波長に分かれ散乱し、万有引力は重力子を以ってしてあらゆる物を引き合い、生命は生きているだけである種の意思を周囲に放つ。
 故に。
 “少女”の放つ悪魔の実の波動も、ファンには“視える”。“動物系”を目にするのは初めてであるし、それが“自然系”より希少な“幻想種”ともなれば比較対象にしていいのか分からなかったけれど。“少女”が言う通り、どこか妙な感じはした。もしかするとこれが“狂った波長”なのかもしれない。……断定は、不可能だけれど。
 沈黙――どれだけ待っても、俯いた少女は黙ったまま。それ以上、話そうとしない。そうするうち、段々と暇を持て余し、考えごとに飽いたファンの瞼が、重力に負けずり落ちてくる。うつらうつら、こっくりこっくり、舟を漕ぐ。

 「…………くー」
 「って何を寝ておるか――――っっっ!!!!」

 轟く怒鳴り声に、んみゅ……? とファンは目を覚ます。寝ぼけ眼を擦ると、顔を真っ赤にした“少女”が腕を振り抜いた姿勢で仁王立ちしていた。

 「んみゅ? ではないっ! 今のは慰めるなり同情するなりのシーンだろうが!? シチュエーション無視か? 流れ無視か!? キサマ一体私の話の何を聞いていたっ!!」

 ぶんぶんすかすか。“少女”の手が何度も身体をすり抜けた。突っ込みのつもりらしい。
 無駄な労力を更に費やそうとする“少女”へ向け、小首を傾げファンは聞く。

 「…………同情、してほしいの?」
 「そっ――」

 一言で、怒気が萎んだ。消沈したように、“少女”は拳を下ろし。

 「……そういう、わけでは」
 「じゃあ…………静かに。話が、終わりなら…………寝る」
 「っま、待て!」

 必死そうな声音が、沈みかけたファンの眠りを引き留めた。何、と“少女”を見る。

 「い、いや、その……えっとだな……」

 しどろもどろに眼を泳がせ、うーうー唸ったのち。“少女”はキッとファンを睨みつけ、憤慨したように指を突き付ける。

 「お、男なら女の望むことぐらい、黙って察しろ!」
 「…………」

 逆ギレだった。正論のようで無理難題。男だからという理由でそれが実践できるなら、世の男は全員が全員口説き上手だ。
 無言で、ファンはじーっと“少女”を見つめ続けた。一言も口を利かない痛い沈黙で“少女”の勢いを削ぎ落とす。

 「…………」
 「…………」
 「…………」
 「………………」
 「……う……く……」
 「……………………」
 「く……う、うぅ…………ひ、卑怯だぞ!」

 何がだろう。
 瞬き一つ。

 「……し、仕方ない。今回だけは男のお前を立ててやる。有り難く思え!」

 だから何が。
 そう、思っていたら。
 ぎゅ、と唐突に“少女”がしがみついて来て、際度瞬き。反射的に透過を使おうとし、

 「…………?」

 “少女”の、震えに気が付いた。

 「……頼む。何も言わないでいい。抱きしめて……ほしい。ずっと、ずっと一人で、本当は寂しかった……っ」

 縋る“少女”の悲痛な叫びを耳元で聞き、ファンにしては珍しく、困った風に眉根を下げた。これまでと、性格がまるで違う。 どうしようか。思いながら、けれどもしラナがこうして来ればどうするだろうと考え、剥き出しの背中をトン、トンと優しく叩いた。震えも、しがみつく力も、一層強く。掠れそうな声で、“少女”が思いの丈をぶちまける。

 「あの島に縛り付けられて……何十年過ぎたかも分からない……っ、ファン、お前と会うまで、私は、私、は……人のっ……ぅ、ひ、人の言葉さえ、忘れていたんだぞ……!」
 「何十、年――?」

 聞き咎め、顔を見ようと身を捩るが、“少女”は頭を振って離れず、後はもう、言葉にならない、嗚咽だけ。

 「…………」

 尊大さも強がりも、裏を返せば弱い自分を晒け出すことへの恐怖。決して弱さを見せられない、弱肉強食の世界が彼女をそう変えた。
 島で、空から何度もこちらを窺っていたのも同じ、話したい。触れ合いたい。けれど翼を生やした自分を拒絶されるのが怖い。最初に襲いかかって来たのだって、裏切られたと思ったからだろう。こちらは何一つ知らず、恐らく勇気を振り絞っての接触に舞い上がっていた彼女へ、石を投げた。怒りに我を忘れても、仕方がない。むしろ当然だ。
 黙って、感情の堰が切れしゃくり上げ続ける“少女”の背を撫でる。赤ん坊が泣きじゃくるとしたら、こういう姿なのだろうか。
 幼い頃、自分もまたこういう風に、泣いていたことがあったのだろうか。
 生まれて初めて、ファンは両親と一度きりさえまともに話さなかったことを、後悔した。
 自分の知らない自分を知っていただろう人は、けれどもう、この世のどこにも、いないのだ。



 ・
 ・
 ・


 まだ寝てるかなと思い、ラナはそっと扉を開けた。暗く明かりの点けられていない部屋で、椅子に座った赤紫の少年が、首だけで振り返った。
 声をかけようとしたら、し、とファンが人差し指を唇に当て、自分の膝を指差す。小さな鳥が、一羽。身体を丸めて、眠っていた。
 ファンの膝枕。一瞬羨ましいと思いながら、ラナは忍び足で近付き、少年の傍でその鳥を見下ろした。

 「……なんか、意外。この子、こんなに無防備に寝るんだ」
 「…………怖がり、だから」

 囁く声音に、ラナはそうだろうかと首を傾げる。

 「怖がり、かなぁ。私は、強がりだと思ってたけど」
 「それは…………凄い。…………僕は、気付かなかった」
 「……ファンは他人の考えに興味なさ過ぎだよ」

 昼間に続く少年の饒舌を珍しく思いつつ、テーブルに抱えていた袋を置いた。中身は縫い合わせたファンの服。本当は早速来てもらいたかったけれど、穏やかに眠るその子を見ていたら、後でいいかと思った。

 「…………決めた……よ」
 「……え?」

 少年の方から話しかけてくると言う、驚天動地な事態に唖然とする。明日の天気は火山岩かもしれない。
 ファンはそんなラナの心情を分かっているのいないのか、あるいはどうとも思わずに、続ける。

 「…………名前、決めた」
 「そ、そうなんだ。……何て言うの?」

 優しく、その羽毛を撫でるファンに、かつてない慈しみをラナは感じた。
 よく分からない危機感に襲われながら、少年に訊ねる。
 眠たげな無表情で、赤紫の瞳を細め、ファンはそうっと言葉を口の端に乗せた。



 「…………エル。…………僕は、エルって……呼ぶことにした」






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