「あんた誰?」
筋肉は裏切らない。そんなことは嘘だ。
あんなに鍛え上げた上腕二頭筋も今や貧弱な棒のようだ。
一騎当千の黒い狂戦士なんていわれた、屈強な体が今やこの様だ。
これで繰り返したのが、5回目。2回は世界扉で2回は逃げて死んで。
前回は体を鍛えに鍛えた。屈強で鋼の肉体といってもいいようなものだ。
傷一つ一つがまるで勲章のようなものだった。
記憶が引き継ぐなら、肉体だって鍛えた分だけ引き継がれるかと思ったのにとんだ骨折り損だったようだ。
本当にやる気が起きない。だらりと脱力し、なすがままだった。
今はきっと5月なのだろう、そしてこれからもずっと5月なのだ。May Day!
あまりの喪失感に、あまりの虚無感に震え落ちた。
今なら護衛艦もびっくりするほどの虚無魔法が打てるぞ!!!
虚無魔法なんて使えないけど…
このまま何をしても元に戻るなら、何かを成すことに意味はあるのだろうか?
誰かを守ることに意味はあるのだろうか?
生きてることに意味はあるのだろうか?
空気を吸わないエコな体になりたい。
そうサイトは思うのだった。
「聞いてるの?犬っ!!!」
なんなの、こいつは。ルイズは思った。
覇気がない、反応が薄い。せっかく召喚できたとおもったら平民の子供だったのだ。
カラスにも負けてしまいそうなよわよわしい見た目。本当に役に立つのかしら?
雑用は完璧にこなすが、これでは召使いと変わらない。
いや、きちんと受け答えする召使いのがましだ。
召喚できたことはうれしかったが、肝心の使い魔については気に入らないことだらけだった。
なによりルイズは、その目が気に入らなかった。
わたしの使い魔なんだから、ちゃんとわたしを見なさいよ。
そんなサイトが珍しく反応したことがある。
アルヴィーズの食堂でのことだ。
仕事を忠実にこなし、気遣いもしっかりできる私の使い魔に
このあたしの席の隣につくという名誉なご褒美をとらせ、
(飴をあげることも躾のひとつよね)
堅いパンじゃなくて、貴族用の朝ごはんを与え、
(もちろん、鳥の皮はサイトにあげるわ、ご主人様を助けるのも立派な使い魔の仕事よ)
それは、大変名誉なことだった。
ちょっと反応薄いけど、きっと今は緊張しているだけよ。
こんなに素晴らしいご褒美をあげたんだから、ちゃんとご主人様にしっぽを振って頑張ってほしいものだわ。
それでも少しずつ気に入り始めていたのだ、わたしの使い魔だし最低限のことは出来るのだ。
これから、従者としての心得を躾け、護衛の師をつけてわたしを守らせる力をつけ、
芸を覚えさせてどこにだしても恥ずかしくない使い魔にするのだ。
ちょっとにやにやしていたかもしれない、顔を引き締めないと。
それをいきなり音もなく立ちあがったかと思うと
わたしは見てないから何が原因なのかわからないが、ギーシュがメイドに手を挙げる瞬間に割って入ったのだ。
「ちょっと、わたしの使い魔のくせに何勝手なことしてるのよ!」
いつもと違う、濁りのない凛とした目に不覚にもドキドキした。
でも、嬉しかった。理由はなんであれこれからはもう少し反応を返してくれるかもしれない。
ギーシュが怒りの収まりがつかないのか、「おぉーマリアー」「決闘だー」なんて棒読みで、
さながらオペラのようにサイトに決闘を挑んでいる。
勝手にわたしの使い魔を連れていかないで!
そう言おうとして、サイト顔をみると申し訳なさそうな顔をしている。
なんて顔するのよ、そんな顔されたら……何も言えないじゃない。
で、マリアって誰?
サイトはギーシュは相変わらずだよなと思った。
最近はなんだかご主人様の様子も優しい。
そんな態度に徐々に気持ちが復活してきたサイトだが、
なんだか面と向かってルイズにそんなことをいうのが恥ずかしい。
とにかく今はギーシュだ、シエスタに手を挙げようとしているところをみてしまったので
つい体が動いてしまったのだ、ルイズもびっくりしたのかぷりぷりしながら文句を言っている。
なんだかすごく申し訳ないので謝っておいた。
そして、ヴェストリの広場でいつもと変わらない展開。
やれやれだぜ………
他にやることないのかね
それにしても 人形の動きなんてガンダールヴに比べると全然のろいんだよなァ
武器持たないでも結構見えるもんだな、無手じゃ早くは動けないだろうけど
まるで止まって見えるぜ
ほら まだあんなところだ
よけるのは簡単だけど よけたらよけたで こいつ ムキになるだろうし……
わざとなぐられるのは シャクだけど こんなのろいパンチなら もらっても大したことないかもしれないしな
前回あれだけ鍛えたし、ひよっこギーシュの青銅くらいなんてことはない
あ~~~~~~
もうめんどくせェ
「痛ってええぇええーーーー」
当たり前だ馬鹿!お前を守る筋肉はもうないのだというのに。
ルーンは左手なんだから、ヒダリーとでも名付けるつもりだったのか。
とんでもなくセンスがないぞ。これだから脳筋は。
思いのほか痛かったがサイトは耐えることには慣れていた。
切れた口から血を吐きだす。
こんなパンチならルイズの爆発のほうがよっぽど痛い。
チラッとルイズを見ると目に涙目を浮かべている。
しょうがないなールイズは、ゼロの使い魔は最強だってことをわからせてやるか
だから、そんな目で見るなよ。すぐに終わるからさ。
手頃な木の枝を二本拾うと、軽く凪いだ。
これは武器、これは武器。木の枝でも人は殺せる。そう強く頭に思い浮かべた。
ヒュンとい音と左手が淡く光るのが見えた。両腕とも違和感無いな、いける!
余裕なのか今まで手を出さず、何をするのか見守っていたギーシュは鼻で笑う。
「そんな木の棒で何が出来るっていうのだね。
僕の青銅はそんなに柔じゃないぞ」
「お前なんて、これで十分さ」
サイトは構わず不敵ににやりと笑い断言する。
「ふむ、平民の研ぎ澄まされた牙ということだね、
では、こちらもそれ相応の準備をしないといけないね」
造花の薔薇を振るうと、6体の人形が陣形を組んでいる。
ギーシュの取り巻きもげらげらと笑っている。
勝ちを確信し余裕のギーシュも澄まし顔だ。
「それでは、来たm」
ギーシュが全てを言う前に事は終わっていた。
気が付いたら目と首筋に木の枝が押し当てられていた。
「ひっ」
青銅を切る必要ないのだ。
今やその木の枝は立派な武器だった。
少し力を込めれば、右手の木の枝によって失明し、左手の木の枝によって首から血を流す。
前回死線をくぐりぬけ、武器を振り回した身からすれば児戯のようなものだ。
「ま、参った」
決闘を見学していた誰もが声を出せなかった、
ルイズも可愛い口をぽかんとあけて呆けるだけだった。
サイトは呆けたルイズの小さな手を握ると部屋に連れ帰った。
この命に意味はないかもしれない、でも誰かを守ろう。
サイトはそう強く強く思ったのだ。