トリステインの城下町の一角にあるチェルノボークの監獄で
「土くれ」のフーケとして捕まった男は、ベッドに寝転がり茫然と壁を見詰めていた。
男は確かに犯罪まがいなことに手も染めていたが、
それでも、城下で一番監視と防備が厳重なここにぶちこまれる程ではなかったはずだ。
意味がわからなかった、数日前にいきなり襲撃され捕まえられ森の中に縛られ放置された。
たまにパンが置いてあることから、監視されているのだと思ったが心当たりがなかった。
巧妙に縛られていて全然抜け出せなかったので、涙を飲んで土のついた堅いパンに口をつけた。
そして、衛兵につきだされ否定しても話も聞いてもらえず、今ここにいるというわけだ。男は身勝手にもブリミルに悪態をついた。
このまま処刑されてしまうのだろうか?不安だった。
「土くれ」じゃないってことを理解してもらえばあるいは……それも難しそうだった。
そして粗末なベッド、木の机、食器まで木で出来ている念の入れよう。
ここからは抜け出すことができなさそうだ。やっぱり大人しくするしかなかった。
まどろんでいると、階上から足音と拍車の音がする。
こんな時間に牢番だろうか?それでもすぐに興味は薄れ目をつぶろうとする。
自分の牢の鉄格子の前で足音がとまったので、男はベッドから身を乗り出しぎょっとした。
長身の体に黒マントをまとい、白い仮面で顔を覆っている男がそこにたたずんでいたのだ。
マントの中から長い魔法の杖が突き出ている、どうやらメイジのようだ「土くれ」のフーケ本人だろうか?
捕まえられた男は沈黙を守った、これでも犯罪者のはしくれ、褒められるようなことじゃないが黙るくらいの知恵はある。
「土くれだな」
黙って値踏みしていた仮面の男は口を開いた、以外にも年若く力強い声だった。
仮面の男は両手を広げ敵意がないことを示し、沈黙を肯定ととったのか話を続ける。
「話をしにきた」
それでも牢屋の男は沈黙を守っている、仮面の男は観察しながら思った。
こいつ本当に「土くれ」のフーケか?レコン・キスタの情報では没落した貴族の女メイジだと聞いたが飛んだ偽情報だったようだな。
案外レコン・キスタも大したことがないのかもしれない、それともそれを出し抜くくらい優秀だったのか。
大盗賊というよりはどうみても小物にしか見えないが、それも演技だろうかといぶかしんだが話を進めることにした。
「我々はハルケギニアの将来を憂い、国境を越えて繋がった貴族の連名さ。我々に国境はない。
ハルケギニアは我々の手で一つになり、始祖ブリミルの光臨せし「聖地」を取り戻すのさ」
牢屋の男、偽フーケは薄ら笑いを浮かべた。先ほどブリミルに悪態をついたばかりなのにそれを信仰する不審な男が現れて夢物語を語る。
小物は小物なりに物を知っていた、強力なエルフたちによって、数多の国が何度も兵を送りその度に返り討ちにあったことを。
絵に描いた餅のようなもので、どう考えても成功するとは思えない。
それにどうやらこの仮面の男は都合がいい事に勘違いしている。思うにここが自分の剣が峰らしい、このまま何もしなくても座して死を待つだけだ。
「で、その国境を越えた貴族の連盟が、貴族でもないコソ泥になんのようだ」
「我々は優秀なメイジが一人でも多くほしい、協力してくれないかね「土くれ」のフーケよ」
話の内容からしてここから出られそうだ、仲間になるふりをして隙を見て逃げだせばいい。聖地なんて自分には不相応だ。
「ここまでしゃべられては、同士になるか、死ぬだけなんだろ?
協力なんて言葉を使わずに強制させれば無駄もないだろうに。間抜けなのか?」
鼻で笑うように仮面の男にこたえる。勿論挑発する演技だ。
「……味方になるのか、ならないのか?どっちなんだ」
仮面の男は、長柄の杖を構えていらいらしながら言い放った。
凍るような胆力に流れ落ちそうになる冷や汗を押しとどめながら、反応が若いなと思った。
「もちろん、死にたくはないからね、喜んで協力させてもらうよ。
して連名の名前は教えて貰えるんだろうね」
男はポケットから鍵を取り出し、鉄格子についた錠前に差しこんで言った。
「レコン・キスタ」
朝。
気だるさを加味したような色気を出すルイズ、若干お疲れのサイト。
そして結局眠れなくて、目に少し隈をつくったキュルケが特に騒動もなく教室に現れた。
皆も思い思いに雑談をしつつ授業が始まるのをまっている。
しばらくして、ミスタ・ギトーが現れた。
彼は怒りやすく冷たく不気味な雰囲気から生徒達から嫌われている先生だった。
教室はしんと静まり返った。
「私の二つ名は「疾風」疾風のギトーだ。さて、最強の系統は知ってるかね?ミス・ツェルプストー」
ミスタ・ギトーは優秀な貴族にありがちな、自分の系統を重要視するような授業を進めていく。
「虚無じゃないんですか?」
疲れたようにキュルケは言い放つ。
「伝説の話をしているわけではない。現実的な答えを聞いているんだ」
いちいち引っかかるような物言いをするギトーにかちんときたキュルケは少し考えて答える。
「それは、「火」の系統だと言いたいところですが、……わたしはルイズの「魔法」が最強だと思いますわ」
気だるそうに髪をかき上げながら、仕返しよとでも言うように悪戯っぽい目でルイズを見る。
周りの生徒もとたんにくすくすと笑い囃し立てる。
「確かに、誰にも真似できそうにもないな」
「ああ、ルイズの魔法の被害といったら、同じクラスで被害にあってない人がいない程さ」
ギトーは腰の杖を引き抜くと面白そうに言い放った。
「ほう、それではミス・ヴァリエール。試しに君の得意な系統の魔法をぶつけてきたまえ」
得意な系統の魔法と聞いてさらに笑いが起こった。
それを煩わしそうにギトーは杖を振るい黙らせる。
「万が一先生に怪我をさせてはいけません、それに皆に迷惑をかけてしまうかもしれないわ?そうでしょ」
刺すような笑みを浮かべぷるぷると震えながら立ちあがるルイズ。
それでもサイトが横にいるのを確かめると落ち着き自信ありげな笑みに変えた。少し成長したようだ。
皆事の重大さを理解したのか、悪態をつきながら机の下にもぐり始める。
「かまわない、これは授業だ。最強の系統というものを諸君らに教えよう」
そして修練を積んだルイズの魔法がいきなり腹で爆発し、風の魔法で跳ね返す間もなく吹き飛ばされギトーは気絶した。
驚くことに教室に大きな被害はなく、ギトーの一部のみを爆破していたのだった。
そこに慌てたようにミスタ・コルベールが入ってきた。
コルベールはギトーを踏みつけて転び、頭に乗せていた珍妙で馬鹿でかいロールの金髪のかつらが吹っ飛んだ。
それは図ったように教卓に乗っかり、まるで往年のドリフのコントでも見ているようだった。
突然の事に固まり静まっていた教室は、
「滑りやすい」
小さく嘆くように言ったタバサの一言をかわきりに爆笑の渦に包まれた。
「黙りなさい、ええい、黙りなさい小童どもが!大口を開けて下品に笑うとはまったく貴族にあるまじき行い!
貴族はおかしい時は下を向いてこっそり笑うものですぞ!これでは王宮に教育の成果が疑われる」
とりあえずその剣幕に教室中が大人しくなった。ギトーは相変わらず気絶したままだった。
「えーおほん。皆さん、本日はトリステイン魔法学院にとって良き日であります。
始祖ブリミルの降臨際に並ぶめでたい日でありますぞ」
コルベールは横を向くと、後ろ手に手を組んだ。
「恐れ多くも、先の陛下の忘れ形見、我がトリステインがハルケギニアに誇る可憐な一輪の花、アンリエッタ姫殿下が、
本日ゲルマニアご訪問からのお帰りに、この魔法学院に行幸なされます」
教室がざわめいた。
「したがって、粗相があってはいけません。急な事ですが、今から全力を挙げて、歓迎式典の準備を行います。
そのために本日の授業は中止。生徒諸君は正装し、門に整列すること」
生徒達は、緊張した面持ちになると一斉に頷いた。ミスタ・コルベールは重々しげに頷くと窓辺に移動しながら目を見張って怒鳴った。
「諸君が立派な貴族に成長したことを、姫殿下にお見せする絶好の機会ですぞ!
覚えがよろしくなるように、しっかりと杖を磨いておきなさい!よろしいですかな!」
そういうとしっかりと磨かれたコルベールの頭に太陽光が反射した。
「うおっ、まぶし」
サイトが叫び、教室はまたも爆笑の渦に包まれた。最後までしまらなかったコルベールであった。