『夢の国、地虫の話』 第三話
全く今夜はツいてない。
相変わらず、下水から響くゾウムシの叫び声と、たぶんウシアブであろう男の笑い声を聞きながら、俺は荷物袋の中をかき混ぜる。
ボロボロになった布切れ、どこかで拾った金属製の空き缶。ゲロ以下の価値しかない粗悪品のジャンクディスク。ピンクネズミの尻尾。
オオグリ蛾の羽。齧ると甘い木の枝(齧りすぎてもう味がしない)。俺の手書きのクソッタレな下水地図。汚水の染みが着いた帽子、などなど……。
「見事にゴミだらけ……、なんもねぇ」
持ち主のクソ具合にふさわしく、荷物もクソだ。なんの役にも立ちそうに無い。
足元に喉に絡む痰を吐き出し、盛大に頭をかきむしる。
「やだ、やだやだやだやだ……、ヤメテ、お願い。痛いのイヤなのお願い、あ、やだやだやだ、そんなトコ舐めないで……、許してよぉ」
クソだ。ゾウムシの声が叫びから、すすり泣くような声になっており、ついでに聞こえてくる太い男の声が、欲情にまみれたダミ声に変わっている。
「クソだ。山盛りのゲロだ。クソッタレの理想郷の中でも、今夜は俺がダントツで最低の腐れXXXだ」
仕方なく足元のクソ重い下水の蓋を、なんとか右手で持ち上げて抱える。
唾を撒き散らしながら、小声で呪詛を喚きつつ、ゆっくりと下水へのステップを降りていく。出口にできた割れ目から、ギリギリ蓋を抱えて通し、右手で抱えなおす。
毎度おなじみの、吐き気を催させるクソと下水の香りだけが、いつもと全く変わらずに優しく俺を出迎える。
ため息を吐く……。
この先に、もしも予想通りにウシアブがいたとするなら、殴り合いでは俺に全く勝ち目は無い。
一年ほど前に、南にある農業エリアから、この歓楽街エリアに流れてきたという元奴隷のウシアブ。
元奴隷らしく、山盛りのクソ並みにがっしりした体型、ブタそっくりの顔とぶっとい首。アホ丸出しの太い腕。俺の顔よりデカイように見える拳。
見事に何一つ勝ち目がない……。ため息を飲み込む俺。
右手に抱えた蓋から、何本もの足をグネグネとくねらせながら、鮮やかな紫色のヤスデが蠢き、下水に落ちていく。
それを横目に、俺は音を立てないよう注意しながら、何度も唾を飲み込んで、顔だけをゆっくりと出して下水をのぞき見た。
「おら、ゾウムシ!!これ以上痛い目に遭いたくねーならよ、ほら、はやく、はやく、ソイツを」
クソだ。やはり俺はダントツでクソ塗れらしい。思わず、握り締めた下水の蓋を落としそうになる。
「ヤダヤダヤダ。そんな事したくないよっ。許してよ、お願いっ!!お願いします!!」
夢人どもがひり出した大量のクソが流れる下水。
そこに頭を向け、ブタ並みの巨体を四つんばいにした下半身丸出しのウシアブが、自分のケツ穴をゾウムシに向けている。
その巨大なケツの前に立つゾウムシは何発か殴られでもしたのか、華奢な腕に紫色の痣が出来ている。
「おら、はやく俺様の穴にテメエの肉をブチ込めって言ってるだろうがっ!!また殴るぞ。フヒヒ、心配すんなって、あのイカレアバラなんかより数段気持ちよくしてやるからよ。オラ、早くしろっ!!俺様の穴は最高だぞ」
長い銀色の髪をゆらしながら、グスグスとすすり泣くゾウムシ。
それでも覚悟を決めたのか、ゆっくりと自分のボロ布をたくし上げ、己の太ももをあらわにしていく。
クソ塗れの下水の薄暗い光に、ゾウムシの白く細い足が艶かしく照らされる。
恥ずかしいのか、顔を真っ赤に染めて俯き、ウシアブのケツ穴に入れる為に、ゆっくりと自分自身のソレに手を伸ばしていく。
「フヒヒ、いいぞ……。ゾウムシ。お前は最高に綺麗だ。絶対に逃がさねえ。は、はやく、いれてくれ。ほ、ほら」
待ちきれないようにウシアブがケツを振る。クソだらけの下水に顔を向け、交尾をねだるその様子は、まさにブタそのもの。
込み上げてくる笑いを必死で押し殺し、俺は、重い蓋をしっかりと握り締め、ウシアブに気付かれぬようにそっと忍び寄る。
左手で、すすり泣きながら必死に自分自身を奮い立たせようとしているゾウムシの口を塞ぎ、そっと脇へ寄せる。
一瞬、ビクッっと体を震わせてゾウムシが驚くが、俺だと解ったとたん、喜びに顔を輝かせ、ゆっくりと頷きを返してくる。
「じゃあ、い、今から、そ、挿入します……」
咄嗟に俺にアドリブを合わせるゾウムシ。コイツもやはり『ハグレ』なだけはある。ただ外見が良いだけではこんな場所では生き伸びられない。
ゾウムシに頷きながら、俺はゆっくりと蓋を頭上に持ち上げ、ウジアブの丸々と太ったケツ目掛け、思い切り振り下ろす!!!
「ブヒッ!!!!」
一声、甲高くウシアブが鳴き、その巨体が崩れ落ちるように、ゆっくりとクソの流れる汚水に横たわる。
白目を剥き出しにして、口から泡を吐きながら悶絶している。
腹の底から笑いが込み上げる。最高だ。
「あーーーん、アバラッ!アバラッ!!怖かったよ、ホントに怖かったんだから!!!」
華奢な腕を強引に俺の首に回し、泣きながらしがみ付いてくるゾウムシ。ツルツルのくせに、微妙に柔らかい胸が俺の腕に押し当てられる。
こんなにクソ塗れの場所にも関わらず、なぜだかゾウムシの体全体から艶かしいような甘い体臭が立ち上ってくる。
「ウゼェ!!!とっと離れろ。クソフタナリが!!早くこの腐れ穴からズラかるぞ、ネズミの交尾より早く逃げなきゃヤベーんだよッ!!」
聞いているのかいないのか、必死にしがみ付いてくるフタナリを突き放し、横たわって悶絶しているウシアブの股間に思い切り蹴りを入れ、秘蔵のディスクなどを隠している穴に手を突っ込む。
ヌルヌルとしたコケやヘドロが、突っ込んだ腕にまとわりつく。指の先端にディスクの固い手触り。俺の腕を伝い、何匹ものアワゴキブリやウジモドキが這い回るが、気にせずにディスクを引き抜く。蟲どもを叩き落とし、ディスクの枚数を確認。
そして、まだメソメソと泣きながら俺を見つめているゾウムシに言葉をかける。
「おら、とっとと準備しろって。置いていくぞ」
「ええっ!!ちょ、ちょっと待って。すぐ、すぐに準備するから、ね、すぐだからっ!!」
あわてた様子で走り出すゾウムシ。ウシアブの巨体を踏みつけて、自分の荷物置きに駆け寄り、ごそごそと荷物をまとめ始める。
舌打ちをしながら、ポケットからコメレスを取り出し、火をつける。ケムリを味わいながら、ブツブツと呟きつつも急いで荷物をまとめているゾウムシを見る。
何発か殴られたのだろう。華奢な顎、細く白い腕、布が破けてむき出しになった白い胴体に、紫色に変色した痣が出来ている。
「良し、おまたせーー。準備できたよん。にしし」
先ほどまでの泣き顔は何処へやら。何が楽しいのか、能天気な笑顔で俺の隣へ駆けて来る。
「おせーんだよクソ野郎。おら、吸うか?」
吸いかけのコメレスを渡し、俺達は下水の奥へと足をすすめる。
「おっ、感謝、感謝。いやー、やっぱアバラは優しいねーー」
「うぜぇ、殺すぞフタナリ。つか、テメエはなんでそんなに荷物が多いんだよ。アホが、半分持ってやるよ。おら、よこせクソ」
下水は暗く、歩く俺達の足元を、見たことが無いような畸形の小動物が駆け抜けていく。
白い色の巨大なミミズが、クネクネと蠢きながらボールのように絡まりあい交尾をし、クソ色の巨大なナメクジが、目玉そっくりのキノコの上で産卵をしている。
クソの流れる下水から顔をだした濃い赤色の蛙が紫の舌を伸ばし、そのナメクジを捕食する。
下水は何処までも暗い。一見、地獄のようにも見える暗闇と悪臭。
だが多様な生物が、それでも必死に生き延びようと足掻き続け、時に喰い、ときには喰われ、クソをして、交尾をし子供を産む。
俺達は、これからどうなるのか。明日の事も何一つ解らない。
それでも俺達は、今日休む場所を求め、その暗闇の中をただ歩き続けた。