挿話 夢の国、自治人の話 ④
「それじゃあ、この待合室で夕方まで待機。お二人さん、お食事は?」
赤い眼鏡を触りながら、私は目の前の二人に話しかける。
駅の待合室。それなりに広い空間に椅子が並び、そこへ8人ほどのノーマルが疲れた様子で腰掛けている。
窓の外には、地下都市の風景が広がっている。照明の灯りが家々を照らす。
歓楽街のごみごみした雰囲気は無く、整然とした住宅や建物が続いている。
良く見ると、所々に壊れたような建物が見えるが、いったい何なのだろう?
「いや、まだ俺はいいです。腹はそんなに減ってない」
「わ、わたくしも結構ですわ」
ウシアブとお嬢様が、全く同じタイミングで言葉を返す。
それに驚いたのか、二人して顔を見つめ、ほのかに頬を赤く染めている。
「ふ……、気が合うこと。ま、いいわ。夕方まであと3時間ほどあるから。出発前には何か食べなさい、お金は持っているでしょう?」
出発前に、ウシアブには現金を渡している。売店で飲み物とサンドイッチ二人分程度なら充分に買える額。
万が一にも逃亡されると困るため小額しか与えなかった。
ではあるが下等自治人は命がけの仕事、今月末には、それなりに給与されるだろう。
安定した給料を貰い続けていけば、ウシアブもあっというまにノーマルに身も心も染まっていくと思う。
そうすれば、一人の優秀な部下の出来上がりだ。
「うん? サキモリ一等殿。あれはなんでしょう?」
ウシアブの声、彼の指差す方向を見る。
なんだろう? 人だかりと、ザワザワとした声。
はっきりと良く見えないが、誰かが駅の入り口辺りで倒れているようだ。
黒いマント……。そして、倒れている金髪の頭が、チラリと見える。
「行き倒れ…… かしらね?それにしては、皆が騒ぎすぎのような……、なにっ!!!」
突然っ!!! カッ!!! とその男から閃光が迸る。
一瞬、目の前が真っ白になるほどの輝き。そして……、
「キャアあああああああああああああああっっっ!!!」
人々の絶叫。ありえない、一体何がっ!?
何度も、建物が爆発するような轟音が響く。閃光が走った所を見る。
「馬鹿なっ!!!」
連続して大きな爆音が響きわたる。
見ると倒れていた金髪の男が立ち上がっており、その両手から周囲に向け、手当たり次第ナニかを放出している。
両手から、直径10センチほどの光弾が次々と射出され、それが当たった人々や建物が爆発していく。
「く、黒夢ッ!!! 夢人……、いえ、まさか転生者ッッ!!!」
フラフラと歩き出す、その金髪の夢人。
よく見れば、黒いマントはボロボロに破け、その左肩はズタズタに傷つき血が吹き出している。
「と、止めなきゃ、ウシアブっ!! 皆を遠くに誘導してっ!! 私はアレを止める!!」
金髪の男をよく見れば、全身に細かい傷が入り、銀色の服もボロボロ。
右手のリングを強く意識する。きっと大丈夫……。これなら、やれる。自分に言い聞かせる。
ここは、工業エリアだ。私の管理地ではない。でも、私は自治人。
一般人の生活を守る。そう……、私は守りたくてこの仕事に就いたのだ。逃げない。
ウシアブに一瞬視線を向ける。醜い顔が緊張で引き締まっているが、その瞳は冷静さを保っている。
「いい? まず子供からよ。頼むわね」
言い残し、前方へと駆け出す。同時に呼吸を整えながら、人さし指のリングに意識を集中させる。
『姫』から言われた使用回数は6発。一回はウシアブに使ってしまったから、残り5発。いける……。
目標の金髪の男は、駆け寄る私に気付いていない。ギリギリと奥歯を噛み締めながら、ゆっくりと男に右手を向け、人さし指を構える。
一瞬……、撃つべきか迷う。この金髪男が転生者なら、歓楽街エリアとの火種になるかもしれない。
いや……、この状況。周囲に散らばる『元』人間だった肉片を見る。
きっと、『姫』であれば、この状況で闘わなかった事こそお怒りになるだろう。
事情を知れば、満面の笑顔で許して下さるはずだ、絶対に……。
「死ね……」
小さく呟いて、開放…………。
激痛、人さし指、いや右手そのものが吹き飛ぶような痛み。
だが、その痛みに呼応するように、深紅の輝きが射出され、光線となりて金髪の男を貫くっ!!
命中っ!!
深紅の輝きが、背後から金髪の男の背中を貫く。
まだだ……。相手は夢人。ボロボロの状態とは言え、きっと一撃では足りない。
息を短く吸い、棒立ちになっている男に向け、再度、深紅の光線を射出ッ!!
しかしっ!!
「貴様っ!!! 化け物の手先かっ!!」
一瞬早く、金髪の男が私に振り返る。深紅の光線が、ギリギリで男のかざした右手に遮られる。
私を見つめるその瞳……。ギラギラと狂気に濡れ、視線が定まっていない。
左肩、そして先ほど私が狙撃した部分から、ドクドクと血が流れているが、致命傷には至らなかったのか……。
「崇高な理念を理解できぬ夢人とその手先が、この我をっ」
ブツブツと呟く男。その両手に光る珠が集束していく……。マズイ、唾を飲む。
遠い場所で悲鳴が上がっているのが聞こえるが、気にする余裕は無い。ソレを回避できるか……。
腰を落とし、半ば絶望を感じながら、転がるタイミングを計る。汗が一筋、垂れる。
「死ねっ!!!」
男が両手を私に向け、射出ッ!!
それに合わせ、死体が散乱している床へ跳び転がる。そのまま、右手に意識を集中し始める。
ビシャビシャと床の血が顔や体にかかる。時折、千切れた腕が不気味に体に当たる。
だがいける……。うまく回避できたっ。これで決めるッ!!
「えっ……」
勢いよく立ち上がろうとしたが、カクンッとバランスを崩す。おかしい……、左足にチカラが……。
「――― ッ!!!」
漏れそうになる悲鳴を押し殺す。左足、膝から先が無い……。切断面からドクドクと血が溢れ続けている。
痛みは無い……。いや、まだ感じていない。
だが、その衝撃で、せっかく人差し指に集めた『黒夢』が拡散してしまった。
急いで、右手に集中する。早く、ここで私が決めないと……、もっと被害が……。
「消しトべ」
駄目だ……。間に合わない。私を睨む金髪の男。その右手から、直径30センチほどの光珠が……っ!!
恐怖に負けて、目をつぶる。死ぬ……、こんな所で……。姫の依頼も果たせずに。
だが、フッと体が運ばれる感触。誰かに持ち上げられているような。
ハッフッという、誰かの息遣いが聞こえる。驚いて目を開ける。
「ウ、ウシアブッ」
その大きな右腕で、私の体を抱えウシアブが走っている。その瞳には、恐怖と決意がみなぎっている。
「シャーロットに誘導は任せてきた。俺が、注意を引きつける。その間に、撃て」
「ど、どうして、ウシアブ、あなた……」
「……… 行くぞ」
どさっと床に下ろされる。どうしてウシアブが私を助けたのか、訳が解らない。
が、今はどうでもいい。左足から、ドクドクと血が流れていくのを感じる。
相変わらず痛みは感じない。だが、ゾクゾクとした寒気を感じる。
止血が必要……。いや、まずはヤツを殺さねばっ!!
ウシアブが男に一直線に駆け寄る。足元は死体だらけ、血まみれで滑るはずだが、全く気にした様子は無い。
巨体を滑らせるように、素早い動きで間合いを詰める。
夢人と殴り合いをするつもりだろうか……。なんという無謀。
瞬殺されてしまう、身体能力が違う。
いや、そもそも夢人の体に触れる事すら出来ないだろう、単純な力では夢人の障壁は破れない。
だが、
「す、すごい……」
岩をも砕く、と言われる夢人の打撃。それを体に受けながらも、ウシアブが一歩も引かずに立っている。
巨体を揺らしながら、不安定な足場で急所への打撃をかわし続けている。
そして、その巨大な左手が動く。駄目っ!!、障壁に弾かれるっ、だが、そう見えた瞬間!!
驚愕……。ウシアブの左手が、障壁など無いもののように貫通し、夢人の体に届く。
ドンッ!!と強烈な一撃が夢人の腹に突き刺さる。苦痛に歪む夢人の顔。
何故……? 不思議に思う。しかし、これはッ!!最大の好機っ!!
「撃つッ!!! ウシアブっ!! どけッ!!」
絶叫!! 左手を床につけ、残った右足でバランスをとりながら、右手のリングを開放っ!!
出し惜しみはしない。残った3回分のエネルギー、それをこの一撃に込め、砕けそうになる痛みをこらえながら射出っ!!!!
「ぐぅうううう」
反動で右手の骨がボキボキと砕ける音が聞こえる。右肩の鎖骨辺りまで……。全身に衝撃が走り、気を失いそうになる。
噛み締めた唇からポタポタと血が流れ落ちる。
しかし、その血よりもなお赤き閃光が、真っ直ぐ金髪の男を直撃するっ!!
目がくらむような輝き。かすかに男の絶叫が聞こえる。
やった……。全身の力が抜け、死体だらけの床へと、ゆっくりと倒れこむ。
「サキモリっ!! 大丈夫かっ!!」
ウシアブの声。手早く布を取り出し、私の左足を縛り始める。
その強烈な締め付け。気絶しそうになるほどの痛みに目が覚める。
「やった……? あの男、死んだかしら?」
荒い息を吐きながら尋ねる。マズい、血を流しすぎた。このままでは危険だ。
早急に白ディスク再現機を使わねば、死んでしまうだろう。寒い。全身を襲う寒さ。
ガタガタと体が震える。
しかし、満足だ。なんとか、被害を止めることができたのだから。
手近にある死体から洋服を剥ぎ取り、体に巻く。大きく息を吐く。やった……。
眼鏡がズレ、ぼんやりした視線で、金髪の男が吹き飛んだ場所を見る。
「―――ッ!!!!!!」
男が立っている。顔の半分がほぼ消し飛んだ状態で……。
整った顔の右半分から骸骨が覗き、右目が頬の辺りまで垂れている。
右半身はズタズタにちぎれ、右手、右足が壊れた人形のように捻れている。
だが、立っている。その左目が、狂気に満ちて私を睨む。
「あああああ……」
金髪の男の喉から、もはや声にもならぬうめき声。だが、その左手は私達に向けられ光る珠が……。
「ぐううううッ!!」
こんな所で死ねないっ!! 左手で、ボキボキに折れた右手首を掴む。全身を苛む激痛。
折れそうなほど奥歯を噛み締め、骨が折れ、肉を食い破っている右手を男へと向ける。
あと一撃……。残りカスでもいい。なんとか、あの男を……。
男の光珠が飛翔してくる。私を庇うウシアブ。その巨体が珠に弾かれ、右半身がグシャグシャになりながら吹き飛んでいく。
「―――――ッ!!!!!!」
出ない……。あと一撃。ほんの僅かでいいのに。届かない……。涙が溢れる。
吹き飛んだウシアブを見る。ッ!!立ち上がろうとしている。残った左足、左手で……。
あくまでも生き足掻こうと……。
その姿に勇気を貰う。あと一撃、リングが駄目なら、このコブシで、ヤツを殺す……。
右足で立とうとするが、バランスがとれずに転倒してしまう。
死んでしまった人々の間を転がりながら、それでもヤツに近づこうと…………。
―――― 白い、輝き ――――
「ほう……。リングを最後まで使い切ったら妾を召喚するようにと、夢を仕込んではいましたが……。これほどの修羅場とは。サキモリ、死ぬでないぞ……。そなた、死ぬには惜しい」
血塗れのその空間にそぐわない、背筋が溶けそうなほど美しい声……。
無造作に肩で切った紫の髪……。琥珀の瞳。女ですら見惚れるほどの美貌。美の女神のようにバランスのとれた肢体……。
シンプルな白いワンピースを、まるで最高級ドレスのように着こなし、悠然と微笑むその姿……。
「ひ、姫……」
人々の肉片が散らばり、悲鳴や怒声が鳴り響く、地獄のような風景。
そこへ、『姫』 アマヤギリ・翡翠が、悠然と立ったまま、微笑んでいた。