挿話 普通人の話 中
ゆっくりと瞼を開く。真っ先に目に飛び込んできた風景は、天蓋つきの豪華なベッドだった。
御伽話で、どこかの国のお姫様が眠っているようなベッド。そこに、私は横たえられている。
服装も今朝と全く同じ。ベージュ色のブレザーの制服に赤いリボン。どこにも乱れは無く、その制服が、コレは夢では無い、と教えてくれた。
「いったい……、ココって……? 」
ドクンッと頭の中に、さっき見た風景が蘇る。恐怖と理不尽さが全身を襲う。
どうして、こんなことに? 得体の知れない恐怖にガタガタと体が震える。
「何、何なのっ? どうして、どうして兄さんがっ!ッ!ココは何処なのっ!!」
ベッドから飛び降り、周囲を見渡す。あの映像で見たような内装。純白に輝く、大理石で出来た部屋。
私が寝ていた天蓋つきの豪華なベッドの他、ひと目見ただけで高価だとわかる木製のテーブルと椅子が2脚。
部屋の入り口にある扉に駆け寄る。その扉も、あの映像と全く同じ。冷たい手触りで解る。その、凄まじいまでの重量が……。
「んッッッッゥ!!!!くッッッッ!!!」
思い切り体重をかけて、押そうとしても、全力で引いても、ビクリとも動かない。それでも必死の思いで、開こうと足掻く。
「きゃッ!!!」
思い切り体重をかけ、押していたその時、突然向こう側からこちら側へと、あっさりとドアが開き、凄まじい力で部屋の中へ吹き飛ばされる。
無様な格好で床に転がる。とっさに、腰をうたない様に手で受身をとる。簡単な護身術は、小学校からの必須科目。
なんでもソツなくこなしていた私、影での地道な努力の成果。なんとか、受身をとる。しかし、床の大理石で打ちつけた両手がジンジンと痛む。
「あれ、ゴメンなさいお姉ちゃん。そんなトコにいたんだ。全然解んなかった。でも、お姉ちゃんはドジだね。そんなに無様に転がって、スカートの中身が丸見えだよ。あはは、はしたないなぁ」
無邪気な声……。でも、その声にムラムラと怒りが沸いてくる。さっき見せられたあの映像。たとえ冗談だとしても、タチが悪すぎる。
「る、瑠璃様っ!!先ほどの映像は、どういう事なのでしょうか? それにっ!! ハンダ兄さんは何処!? 」
目の前で、ニコニコと微笑んでいる瑠璃……。最初に見た時には、この世ならぬ美しさになかば陶然としたが、今では怒りしか沸いてこない。
頭の何処かで、警告が鳴っている気がしたけど、今の私の頭の中は、瑠璃に対する不快感と怒りで一杯だった。
「お兄ちゃん? うふふっ、もちろん連れて行ってあげるよ。さっきまでお姉ちゃんが寝てる間、お兄ちゃんとお話してたんだよ。うふふ……、お姉ちゃんをどうやって歓迎しようかって。さあ、一緒に行こうっ、お姉ちゃん」
紫の髪をなびかせながら振り向く瑠璃。私に背を向け、前方を歩いていく少女。
その身に纏った黒いドレスのフリル飾りが、まるで私を嘲笑するかのように、歩くたびに揺れる。
私は置いて行かれまいと、その背を追い、開け放たれたままの扉から廊下に出る。
「なっ!!? 」
驚愕……。この工業エリアの一体ドコにこれだけの空間があったのか。
幅15メートルほどの大理石でできた廊下が、視線の遥か先まで、延々と続いている。
その廊下には、一定の間隔で、さっきまで私がいた部屋と同じ扉が延々と並ぶ。
まるで、無限の距離があるように見える廊下……。
その廊下を、ほとんどスキップしながら歩いている少女。
このまま、此処に置いていかれたら……。怒りが僅かにしぼみ、恐怖がジワリっと込み上げてくる。
「くすくすっ……、お姉ちゃん、そんなに心配しないで。この空間は瑠璃が作った幻みたいなものよ。空間をつなげているの。大丈夫、瑠璃が側にいれば安心よっ。さ、コッチだよっ」
私の心を見透かしたかのように、首だけを肩越しに私へ向け、瑠璃は微笑みながら言葉をこぼす。
その笑顔を見ながら、私はゆっくりと、口内にあふれ出る苦い唾を飲み込む。
工業エリアのトップ、『ピクシー』の本質は『赤夢使い』 創造と、具現化に特化した妖精。
『黒夢使い』のように、瞬間的な物理的火力は無い。また、『白夢使い』のように、滅茶苦茶な人体回復、人体改造が出来る訳でもない。
だが、無機物を産み出すという、その一点において、『赤夢使い』は他の夢使いの追従を許さない。
学校の授業で習った、『夢人』の特性。
当然だが、夢人である以上、リアルな夢であればどんな夢でも、一応は現実化、具現化できる。
だが、不思議な事に、得意な夢、苦手な夢が個人によって異なるという。
上級になるほど、どんな夢でも高精度、大規模で現実化できるらしいのだが、それでも得手、不得手が存在するらしい。
どうして、夢人で個体差が生じるのか、誰も解らない。夢人の学者の研究では、そういう問題も、原初の『男』が全ての根源とされている。
だが、約200年前の原初の『男』が、何を想い、どういう原理で夢を現実化できたかは、現代でも最大の謎……。
「さあ、お姉ちゃん。此処だよ。この向こうにお兄ちゃんは居るから。一緒に行こう」
瑠璃が、嬉しそうに琥珀の瞳を私に向け、口を開く。黒のフリルをひらめかせ、恐ろしく重い扉を、軽々と片手で開く。
そのまま、扉に入っていく彼女。締め出されまいと、急いで隙間から入り込む。
さっきまでの所と同じように純白に輝く部屋、そこへ入り込んだ瞬間、背後で扉が閉まる。
「ッ!!!!!」
先ほどの部屋とは違い、部屋の中央に大きな椅子が設置されている。その椅子の上に、兄さんが座らされていた。
顔に目隠しをされ、全身は裸。木製の大きな椅子に、鉄製の拘束具で両手、両足を固定され、椅子に座らされている。
すぐにでも駆け寄りたい。声を上げたい。兄さんと叫びたいのにっ!!
「うふふっ……、お姉ちゃん。そんなに必死になってどうしたの? 」
私を、琥珀色に輝く瞳で見つめる少女。その瞳から、何か目に見えない力でも発されているのか。
体も、喉もピクリとも動かない。まるで、私の時間だけ止められたかのように、部屋に入ったままの姿で、私は動けない。
そんな私にゆっくりと歩みくる『ピクシー』 小さな口から、時々ちらりと赤い舌をみせ、獲物を狙うヘビのように近寄ってくる。
「あ、ちょっと力が強すぎたかな、ゴメンね。緩めてあげるね。はい、これで話せ……」
「ハンダ兄さんっ!!私ですっ!!フランですっ!!!兄さんッ!兄さんッ!!ッーーーー!!瑠璃ッ!!!アンタッ!!兄さんに何をっ!!キャッ!」
必死で叫ぶ私。胸のうちに燃え盛る怒りを思い切りぶつけた。しかし、その言葉を言い切る間もなく、瑠璃の小さな手が私の首を押さえつける。
その凄まじい力……。頭ではわかっているつもりだった。私達とは全く違う生き物だって。
でも、その動き、その力……。少女の外見にも関わらず、瞬間移動のようなスピード。そして、小さな片手だけで、私の首をガッチリと固定する。
「離せ……、離して……、このっ、化け物っ!!くぅぅ、ぐっ!!」
首を押さえつける腕を叩こうと暴れる。しかし、私の足、手があたる直前で何か膜のようなものに弾かれてしまう。
そして、瑠璃の顔……。兄さんを心配するあまり半狂乱になっている私に、先ほどまでと全く同じ、ニコニコとした笑顔で微笑みかけてくる。
「もう、元気だね。お姉ちゃん。でも無駄だよ。お兄ちゃんは今、耳が聞こえないんだよ。お兄ちゃんの耳の周りの空気の振動を止めてるんだ。って言っても、お姉ちゃんには意味が解らないかも知れないけどっ、あはは。でもね……、それ以上暴れると……、折るよ? 」
ギリギリと首に、少女の手が食い込む。目の前で変わらずニコニコと微笑んでいる少女。小学生のような体型。幼い顔立ち。
なのに、なのに……。全く歯が立たない。言葉より、私の喉に食い込む手の痛みよりも、その笑顔が抵抗する気力を奪う。
諦めて、全身の力を抜く。今はおとなしくする。喉を押さえる力が緩む。落ち着こう……。
まず、どうしてこうなったのかを突き止める。落ち着け、落ち着け……。ゆっくりと深呼吸を行う。
「た、大変、失礼しました瑠璃様。つい、取り乱してしまいました。大変、申し訳ありませんが、私と兄さんがいったい何をしてしまったのでしょう? 瑠璃様のお気に召さないような事など、決してしておりません。どうか、どうか、お許しを頂けませんでしょうか」
胸の奥が怒りで沸々と煮えたぎる。だが、その怒りを隠し、この場を兄さんと二人で切り抜ける。
忘れるんだ。そして、もうすぐ、私と兄さんで幸せな家庭を作る。何度も深呼吸を繰り返し、冷静さを心がける。
両手で制服の乱れを整え、胸元の赤いリボンを結びなおす。スカートの裾を整える。冷静に、冷静に……。
「うふふ、もう、最初からそう聞いてくれれば良かったのに。あわてんぼうなお姉ちゃん。じゃあ、瑠璃が今から、どうしてお姉ちゃんが、これから死んだ方がマシって思えるような目にあうか、理由を説明してあげるねっ」
え? 何を……。くすくすと、笑いながら、目の前の少女は、信じられないことを…………。
「理由は簡単。最近のハンダお兄ちゃんの見る『夢』が酷いから。本当に酷いんだよっ!? 『皆が幸せになる為の夢』みたいなのばっかり。がっかりだよね。うふふ、『皆が幸せ』なんて出来る訳がないのにね。昔はもっとリアルな夢だったんだよ。再現機の精度を上げる発明、窒素化合物の合成に関する発明。他にもね……」
言葉をゆっくりとこぼしながら、瑠璃が私の制服に手を伸ばす。
「でね、理由を調べたの。どうしてお兄ちゃんが駄目になったか。そしたらすぐに解ったよ。お兄ちゃんたら、瑠璃のためにじゃなくって、お姉ちゃんのために幸せな夢を見ようとしてたんだもん。本当に愚かだよね。この服の繊維合成の機械も、地下都市の空気も、水のサイクルシステム、合成食料も、全部、全部、夢人あってこそだって言うのに」
動けない。私の体が、また目に見えない力でがっちりと固定されている。
その私の体を瑠璃が触ってくる。兄さんしか触ったことのない両方の胸を、瑠璃の小さな手が遠慮なく蹂躙していく。
「だから、お兄ちゃんの目を覚ましてあげようって思ったの。まず、お姉ちゃんなんかより、瑠璃の方が何倍もいいって教え込むの。それでね、お姉ちゃんが最低のメス牛だって、お兄ちゃんに教えてあげようと思って。うふふ、素敵でしょ? こんなに大きな胸しちゃって。コレでお兄ちゃんを駄目にしちゃったのね。ああ、楽しみ……」
瑠璃の小さな手で、制服の胸のところの布だけが、ビリビリに破かれる。ブラに包まれた大きな胸。
同級生に比べて大きい胸。密かな私の自慢だった場所。ブラも剥ぎ取られ、兄さんが何度もキスをしてくれた所が、空気にさらされる。
「でも、お姉ちゃんも可哀想だよね。せっかく結婚式がもうすぐだって言うのに。だから、優しい瑠璃がね、お姉ちゃんにピッタリの旦那様を手配してあげたの。アソコも、お兄ちゃんなんかより、ずっと大きいんだから。お姉ちゃん、すぐにイキまくって、自分からおねだりしちゃうようになるよ。その、堕ちて行く姿……。お兄ちゃんと二人で、じっくり……、鑑賞してあげる。あははははははっ!!」
相変わらず凍りついたように動かない体。だが、いつの間にか、背後から声が聞こえる。ハァハァと息を吐くような声。
怖い……、後ろを振り向くのが怖い……。背筋が凍る。
恐怖のあまり、股間から尿がチョロチョロと漏れ出す。下着を濡らし、スカートの内側、太ももを伝って、大理石の床に私の小便が広がっていく。
恥ずかしい。泣きたいほど恥ずかしいけれど、それすら消し飛ぶほどの恐怖。
「すっごくいい顔だよ、お姉ちゃん……。じゃあ、紹介してあげるね。今から、お姉ちゃんのご主人様だよ、おいで、パトリックっ!!」
瑠璃の声……。その声に反応し、私の後ろから現れた姿……。
それは、体長2メートルほどの、巨大な、黒い犬……。その股間には、黒々とした巨大なモノがそそり立っている。
「いい声でないてね、お姉ちゃん……」
恐怖……。でも、体が動かない。そんな私に、その犬は長い舌を垂らし、ゆっくりと近づいてくる……。