<このWebサイトはアフィリエイト広告を使用しています。> SS投稿掲示板

SS投稿掲示板


[広告]


No.7038の一覧
[0] リリカル in wonder Ⅱ【完結】[角煮](2010/05/11 14:32)
[1] カウントダウン5[角煮](2009/03/07 02:30)
[2] カウントダウン4[角煮](2009/03/12 10:38)
[3] カウントダウン3 前編[角煮](2009/03/30 21:47)
[4] カウントダウン3 後編[角煮](2009/03/30 21:49)
[5] カウントダウン2[角煮](2009/03/30 21:46)
[6] カウントダウン1[角煮](2009/04/25 13:06)
[7] カウントダウン0 前編[角煮](2009/05/06 20:21)
[8] カウントダウン0 後編[角煮](2009/05/06 20:23)
[9] sts 一話[角煮](2009/05/06 20:33)
[10] sts 二話[角煮](2009/05/20 12:15)
[11] 閑話sts[角煮](2009/05/20 12:15)
[12] sts 三話[角煮](2009/08/05 20:29)
[13] sts 四話[角煮](2009/08/05 20:30)
[14] sts 五話[角煮](2009/08/05 20:27)
[15] sts 六話[角煮](2009/08/09 11:48)
[16] sts 七話[角煮](2009/08/28 21:59)
[17] sts 八話[角煮](2009/08/20 21:57)
[18] sts 九話 上[角煮](2009/08/28 21:57)
[19] sts 九話 下[角煮](2009/09/09 22:36)
[20] 閑話sts 2[角煮](2009/09/09 22:37)
[21] sts 十話 上[角煮](2009/09/15 22:59)
[22] sts 十話 下[角煮](2009/09/25 02:59)
[23] sts 十一話[角煮](2009/09/25 03:00)
[24] sts 十二話[角煮](2009/09/29 23:10)
[25] sts 十三話[角煮](2009/10/17 01:52)
[26] sts 十四話[角煮](2009/10/17 01:52)
[27] sts 十五話 上[角煮](2009/10/17 01:51)
[28] sts 十五話 中[角煮](2009/10/21 04:15)
[29] sts 十五話 下[角煮](2009/11/02 03:53)
[30] sts 十六話 上[角煮](2009/11/10 13:43)
[31] sts 十六話 中[角煮](2009/11/19 23:28)
[32] sts 十六話 下[角煮](2009/11/27 22:58)
[33] ENDフラグ はやて[角煮](2009/12/01 23:24)
[34] ENDフラグ チンク[角煮](2009/12/15 00:21)
[35] ENDフラグ なのは[角煮](2010/01/15 15:13)
[36] ENDフラグ フェイト[角煮](2010/01/15 15:13)
[37] sts 十七話[角煮](2010/01/08 19:40)
[38] sts 十八話[角煮](2010/01/15 15:14)
[39] sts 十九話[角煮](2010/01/21 20:26)
[40] 幕間[角煮](2010/02/03 21:17)
[41] sts 二十話 加筆 修正[角煮](2010/02/03 21:18)
[42] sts 二十一話[角煮](2010/03/10 23:25)
[43] sts 二十二話[角煮](2010/03/11 19:00)
[44] sts 二十三話[角煮](2010/03/12 17:41)
[45] sts 二十四話[角煮](2010/03/13 18:23)
[46] エピローグ[角煮](2010/03/14 20:37)
[47] 後日談1 はやて[角煮](2010/03/18 20:44)
[48] はやてEND[角煮](2010/04/18 01:40)
[49] 後日談1 フェイト[角煮](2010/03/26 23:14)
[50] 後日談2 フェイト[角煮](2010/03/26 23:14)
[51] フェイトEND[角煮](2010/03/26 23:15)
[53] 後日談1 なのは[角煮](2010/04/19 01:27)
[54] 後日談2 なのは[角煮](2010/04/18 22:42)
[55] なのはEND?[角煮](2010/04/23 23:33)
[56] 後日談1 チンク[角煮](2010/04/23 23:33)
[57] 後日談2 チンク[角煮](2010/04/23 23:34)
[58] 後日談3 チンク[角煮](2010/04/23 23:34)
[59] チンクEND[角煮](2010/04/23 23:35)
感想掲示板 全件表示 作者メニュー サイトTOP 掲示板TOP 捜索掲示板 メイン掲示板

[7038] 後日談1 フェイト
Name: 角煮◆904d8c10 ID:1e7f2ebc 前を表示する / 次を表示する
Date: 2010/03/26 23:14

結社との戦闘が終わり、六課が解散した後、俺は陸でフリーの執務官として働いている。
とは云っても、それは三課で俺が行っていたことの規模縮小に等しい。
現地の部隊では手に負えない事件や、芽を摘み切ることのできない結社関連の問題が起きれば文字通り飛んでゆく、なんでも屋。

アテにされているとは思うし、実感もまたあるものの、どうにも。
今までずっと部隊に所属して動き続けていたからか、宙ぶらりんな立場には違和感がある。
今の状態はそう長く続かない、と中将から云われてはいるものの、どうなることだろう。

どうやらミッドチルダ地上部隊では俺のことを持て余しているらしい。
ただでさえ海よりも厳しい魔力ランク制限。六課は特殊ケースであり、普通の部隊に俺みたいな魔導師が入ったら一気に枠が削がれてしまう。
レリックこそ摘出されたものの、俺の魔力ランクはそう低くない。むしろ高い部類に入るだろう。
九歳時点でAAほどの量を持っていたリンカーコアは今、AAAほどにまで成長しているという。それでも最終決戦での無茶で総魔力量は減っているというのだから恐れ入った。
レリックの魔力が必要となる戦いを続けてはいたものの、そのまま育ってもそこそこの魔導師にはなれたということなのだろう。
が、なのはやフェイトは九歳時点で今の俺と同程度の魔力を持っていたと考えれば、どれだけ彼女たちが荒唐無稽か分かるってもんだ。はやては言わずもがな。

「父上、もうそろそろ到着します」

「……ん、ああ」

隣から上がった声に、霞がかっていた意識を浮上させた。
声をかけたのはシグナムだ。制服姿のこの子は、俺が起きたのを確認すると満足したように腰をシートへと沈める。
シグナムと一緒に電車――帰宅しているのは偶然ではない。
あの決戦が終わったあと、シグナムは108部隊から外れて俺の執務官補佐となり、働いている。

行きも帰りも共に職場まで出て、と。そんな風に始まった新たな生活に、シグナムは満足げだった。
それもそうだろう、とは思う。
ずっと俺の手助けをしたいとシグナムは願っていた。そして、こういう形で希望は叶っている。
そこに不満があるとするならば、今まで抱いていた願い以上の何かを望んだ場合だけじゃないだろうか。

ちなみに同僚としてアギトがいたりいなかったり。
シグナムをロードを定めた彼女は、俺たちと行動を共にしている。
……力に偏りすぎた捜査チームだ、本当に。どんな事件だろうと頭じゃなくて腕っ節で解決するのは本当にどうなんだろう。

そのアギトは俺たちの家に居候している――わけではなく、ゼストさんの夕飯を作るために別行動。彼女の居候先はあっちだ。
長年共にいたから放っておけない、のだろうか。とはいえ、ちょっとばかり下衆な勘ぐりをしそうになったりもする。

しかし、

Q.ゼストさん、犯罪ですよ?
A.相手は三百年以上生きている融合騎だ。

……問題ないのか?

まぁ、他人の事情に首突っ込むほど趣味は悪くないので深くは考えないようにしよう。

そんなことを考えている内に、電車は駅へと到着した。
荷物を手にシグナムと降りて、駅を出ると家路に就く。

今日は定時に帰ることができたからだろう。
駅の周りは俺たちと同じように帰宅を急ぐ者たちが多いように見えた。
やはりベルカ自治区だからか修道服を着た者も多い。が、俺たちと同じように管理局の制服や普通のスーツ姿もあったりする。
多くの人がごった返す駅前から徐々に遠ざかって、俺たちはずっと暮らし続けていたマンションへと向かう。

「父上、夕食はどうしますか?」

ひとけが少なくなり、話し声が騒音に浚われないぐらいに大通りから距離を取ると、シグナムが声をかけてきた。
俺は少しだけ考えながら、ゆっくりと口を開く。

「んー、あまり疲れてないから俺が作っても良いけど、どうしよう。
 外食でもするか?」

「良いですね。では、私も半分出すので、少し高いところに行きませんか?」

「高いところ……焼き肉とか?」

女の人と行くのはどうなの――なんて風には思わない。
親子で行く、というのもあるし、そもそもシグナムは体育会系。
年頃の女の子ではあるものの、がっつり食べることへの忌避感は薄いようだ。

「ええ。それも安い場所ではなく、注文を躊躇するような店に」

「ああいうところは美味いんだけど、本当、値段がなぁ」

くつくつと笑いながら、俺たちは歩みを進める。
制服に臭いが移ったらまずい、とのことで一度家に帰ろうとなり、止まりそうだった足は再び家へと向いた。
焼き肉……行くのも本当に久し振りだ。ガキっぽいと思いながらも、少し楽しみにしてしまう。
シグナムは肉とサイドメニューを楽しむ派。そんなのだから行くたびに結構お金がかかって、まだ彼女が小さな頃は楽しみつつも思う存分注文できないことが不満そうだった。
が、自分が働くようになってからその不満も解消されたのか。
何を食べましょう、と表情を輝かせる彼女は、戦っている時とは別種の生き生きとした顔をしている。

「……あんまり食べると太るぞ。
 ドカ食いはやばい、って聞くし」

「ご安心を。食べた分、動けば良いのです」

「……肉を詰め込みつつ絞り上げて、出るとこ出すってわけか。
 人体って不思議だ」

「ならば牛の如く太ってみせましょうか?」

「……やめろ。容姿も含めて自慢の娘がそんなになったら泣く自信がある」

「あはは、自分で云ったことですが、私もそれはご遠慮します。
 ……ああ、そうだ、父上。
 私が太るのを忌避なされるのならば、一つ、食後に手合わせでも」

「……ん? まぁ、横っ腹が痛くならないていどにな。
 それにしても、調子に乗るなよ?
 シグナムにはまだまだ負けないさ。ストライカーは伊達じゃない、ってね」

「むっ……まぁ、別に勝とうと思っているわけではありません。実力差は承知の上です。
 承知の上ですが……やはり、父上と剣を交えるのは楽しいですから」

「云ってくれるよ」

……どうしてこう、恥ずかしげもなくそんなことを云う娘に育ってしまったのか。
良いように転がされる男は多いんじゃないかなー、などと思っていると、既にマンションは目と鼻の先にまで迫っていた。

そうして、ふと、気付く。
マンションの前にある一つの影――誰かを待つように、所在なさげなフェイトの姿があった。

彼女の姿を目にした瞬間、自分の表情が強ばったことを自覚する。
それをシグナムに悟られないよう努めて、俺は彼女へ向かって手を振った。















リリカル in wonder

   ―After―













「……それで、どうしたんだ?」

番茶の入ったマグカップをフェイトの手元に置くと、堅さのある口調で、俺は開口一番にそう云った。

マンションの前で待っていたフェイトを発見した俺たちは、どうせだから、と予定通り焼き肉を食べに行った。
食べに行ったのは良いものの、何か悩みの種でもあるのか、フェイトはあまり食事が進んでいなかった。
まったく食べなかったわけではないし、もともと食がそう太くないこともある。腹持ちが悪いのか、と思えば納得できなくもなかったが――

しかし俺には思い当たる節が一つだけあって、それに気付いていないよう装いつつ、フェイトと向かい合う。
そもそも彼女がここにきた理由は、俺と話をしたかったからだそうだ。

それを分かっているシグナムは早々に風呂へ入ると、自室に戻っていた。

起きている人間は二人っきり。
物音といえば冷蔵庫の上げる低い唸り声と、窓硝子越しに届く気にならないレベルの騒音ぐらいなものだ。
カップから立ち上る湯気を、なんの気なしに眺める。

形を持たず、もやもやと流れているその在り方が酷く不快に思えた。
自分でも意味の分からない八つ当たりだ。
けれど八つ当たりという自覚があるように、俺は――

「……兄さん」

「……ん?」

「最近、私のこと避けてなかった?」

「そんなこと、ないだろ」

お互いに目を合わさず、独り言のように零す。

そんなことはないと云ったものの、それは嘘だ。
あの日以来、俺はフェイトと二人っきりになる状況を避け続けてきた。
フェイトと顔を会わず場合には、必ず隣に誰かがいる状況を作ってから、と。

そうでなければ、忘れると云ったあの日のことを思い出してしまいそうだったから。
そして、進展していなかった問題――兄妹が抱くにしてはあまりにもおかしなその問題を、ひっそりと風化させたかったから。

けれどフェイトはそれを拒むように、こうして俺の家にまで押しかけてくる。
逃げようとしている俺と違い、やはり彼女は今のままでいたくはないのか。
そう思うと同時に、頭痛が始まったような苛立ちを覚えた。

……なんで、お前は。

言葉にならない感情は、やはり、どうにもならない。
責任転嫁も良いところだろう。こんな風に妹を歪めた元凶が俺ならば、矯正するなり開き直るなりの取るべき態度があるとは思う。
けれど、それからすらも俺は逃げ出したい。
弱さ、と云われればそこまでかもしれないが、妹が常識から逸脱した恋慕を俺に抱いていることは、それだけでストレス以外のなにものでもないから。
だから目を逸らしたい。そうして気付かぬ内に終わって、また前のように――と。

ご都合主義も大概にしろと自分自身に苛立ちを感じすらするその軟弱。
……救いようがないのはフェイトじゃなくて、俺の方だろうよ。

「……今日、話をしにきたのはね」

「……ああ」

自虐ともなんとも云えない思考を続けていたからか、酷く沈んだ声が漏れる。
それをどう受け取ったのか、やや躊躇しながらもフェイトは先を続けた。

「……ずっと兄さんに聞きたかったんだ。
 兄さんは、どうして私を助けてくれたの?」

「……助けた?」

「うん。ほら、ナンバーズの四番が暴露したじゃない。私たちはクローンだ、って。
 そのこと自体はどうでも良いの。大して気にしてないから。私は私だし、ね。
 それより私は、どうして兄さんが私を助けてくれたのか気になるんだ。
 生き別れの兄妹、なんて設定、嘘だったじゃない?」

云って、おかしそうにフェイトは笑う。

「兄さんは、私がクローンだって知ってたんだ。そして、自分のことも。
 その上で母さんの思惑なんて知ったことじゃないって、私を引き取った。
 ……ねぇ、なんで? 同情? 憐憫? 義憤? 言葉にできない義務感?
 教えて、兄さん」

「……それは」

……なんだった、だろうか。今ではもう思い出せないぐらい掠れた記憶を呼び起こすことはできない。
けれどおそらくは……何も考えてなかったんだろうな。
ただ可哀想だったから。ただプレシアの行いが許せなかったから。
たったそれだけの理由で人を助けるには十分と云う人もいるだろう。
けれど俺は、誰かを助ければその歪みがどこかに生まれることを知っている。

だからこそ云おう。あれは、俺が何も知らないガキだったからだ、と。

あのときの俺は何も考えてなかった。どうにかなる、なんて軽い逃避の言葉を振りかざして、勇気と蛮勇を勘違いし、分かったつもりでいた。
俺の行動がフェイトの一生を左右して、こうして、軽く扱えない問題にまで発展するなんて――

――本当に、思っていなかったのか?

……それは嘘だ。頭の隅では分かっていたし、その上で下衆な期待もしていた。
しかし目先の事柄に目が眩んで、発生する責任に気が回らず、脳天気に彼女を引っ張って。

そんな中で、フェイトが喜んでくれることは素直に嬉しかった。
けれどそんな日々の積み重ねは今になって、こうも歪になっている。

……そもそも期待していたのなら、方便でも彼女を妹にするべきではなかったのに。

「……同情だ」

「……本当に?」

「ああ。だってそうだろう?
 せっかく生み出されたのに母親はあんなだ。
 自分が脳天気に過ごしているということもあったし……同族を助けてやりたいと思っても、不思議じゃないだろ?」

「嘘だよ」

「本当だ」

「兄さん、嘘が下手だよね。
 そうやって理屈っぽく何かを云ってるときは、だいたい嘘吐いてるもん。
 兄さんの本音は、いつになっても感情論。私はそう思ってるけど?」

「……そんなことは関係ない。
 第一、嘘だったらなんだよ。もしそうだとしても今口にした以上のことを、俺は云わない」

「……そっか」

小さく呟いて、フェイトは悲しそうに瞼を伏せた。
しかし、それはすぐに上げられる。うつむき加減ではあるものの、それでも彼女は口を開いた。

「……ちょっとした確認だったの。もし兄さんがその頃から私のことを――って思っていたら良いなって。
 けど、それが外れてても気にしない。私の気持ちは変わらないから」

「……云ったよな。あの日のことは忘れるって」

「私は忘れない、って云ったよ」

「……だからなんだってんだ。
 お前がどんな気持ちを抱いていようと、俺には関係ない」

突き放すような言葉を口にした瞬間、じくりと胸の内に鈍い痛みが生まれた。
関係ないわけがない。であれば、そもそも俺がここまで考え込むはずがないから。
そしてそれは、フェイトにも見透かされていたのだろう。

再び薄い笑みを浮かべて、彼女は小さく頭を振る。

「……また、嘘」

「嘘なんかじゃない」

「じゃあ兄さん、どうしてそんなに苦しそうな顔をしているの?」

云われ、表情が強ばったのが自分でも分かる。
フェイトと対面し、自身がどんな表情をしていたのかは、流石に分からない。
もしかしたらずっと見透かされているような錯覚があったのは、フェイトが鋭いからではなく、俺が馬鹿正直なせいかもしれなかった。

「……兄さん、私のこと、嫌い?」

「……嫌えるわけがない」

「なら、好きなの?」

「妹としてならな」

「……少しも?
 八神さんや、戦闘機人の五番みたいに。
 女として私のことを見ることはできないの?
 ……そんなこと、ないよね」

「……だったら」

ギリ、と奥歯を噛み締める。
それで漏れ出しそうになった言葉を抑えようと思ったが、それも叶わない。
見ないふりをしてきた。それは、直視したくなかったからこそだ。
だのにフェイトはこれでもかと俺に問題を突き付けて、答えを急かす。
誤魔化しや嘘をはね除けて――もしかしたらそれは、一方的な気持ちの押し付けなのかもしれない。

けれど、違う。
思うところがあるからこそ、馬鹿、と俺は切り捨てることができないでいた。

そんな状態で延々と、聞きたくもない言葉を聴かされて、遂に限界が訪れる。

「だったらどうすれば良いんだよ……!」

口にした瞬間、言葉の情けなさに目が眩みそうだった。
分かってる。どうにもならない。そもそもが間違っているのだから、解決策なんかない。
だからこそ俺は、無かったことにしたかった。
たった一日の出来事だ。それさえ忘れることができれば、また皆が皆笑い合っていける。そう、信じているから。

けれどフェイトはそれを嫌だと云う。
……正直、それが分からないわけでもない。
心を騙すことは辛いことだと、知っているから。
それが嫌で俺は開き直り、ずっと走り続けていた。

だが、もし途中で妥協していたらどうなっていただろうか。考えたくもない未来が、そこには待っていた気がする。
俺が一時の平穏を甘受する代償に、どこかの誰かが悲しむ。
それはきっと、世の中を見回せば当たり前のように転がっている都合なんだろう。
俺だってそれをすべて防げたわけじゃない。ただ、身近な人たちに幸せになって欲しかっただけだから。

ああ、だから……本当に、フェイトの気持ちが分からないわけじゃないんだ。

けれど――

「仮にだ。仮にだぞ?
 俺とフェイトが男女の仲になって、それでどうなるか分かってるのか?
 同じ顔した人間が寄り添って、そんなこと、周りがそれを祝福するわけがないだろ?
 ユーノはどうなる? アルフは? 俺たちがどんな風に見られてもそれは責任ってやつだろうよ。
 でも、俺たちの勝手に付き合わされる皆はどうなるんだ。
 ……頼むから、目を覚ましてくれ。
 そんなのは……幸せなんかじゃない」

「……うん。そうだよね」

叩き付けた言葉にフェイトは何を思ったのか。
痛みを堪えるように表情を歪ませ、僅かに唇を噛んだ。
俺が口にしたことは、目を逸らすことのできない事柄だと理解しているのだろう。
本当に起きるかどうかは分からない。しかし、絶対にないとは云いきれない仮定の話。

だがしかし、フェイトは――

「それでも私は、兄さんのことが好きだよ。
 ううん、それで終わりになんかしたくない。
 好きだから、応えて欲しい。無償の愛なんてまだ私には分からないから。
 ……兄さんが云ったように忘れてしまった方が良いのかもしれない。
 けど駄目なの。そうしている内に兄さんが誰かと一緒になったら、って考えるだけで、我慢できなくなる。
 かまって欲しい、見て欲しいって感情はこれが初めてじゃない。
 けど、今回は今までと違うんだ。兄さんに私だけを見て欲しいって、気持ちが止まらないの。
 中途半端は嫌。遊びだなんて風に誤魔化したくもない。
 ……さっき兄さんが口にした例えはちょっと先走ってるかな、って思う。
 ……けど本気で考えたら、やっぱり避けることができなくて」

「……だったら分かっているだろ、フェイト。
 忘れるのが、一番――」

「一番、嫌」

俺の言葉を遮って、フェイトは強く、短い言葉を放った。
……どうしてそこまで頑固なんだ。どこの誰を真似したら、そこまで物わかりが悪くなるんだよ。
どれだけ言葉を重ねてもフェイトはきっと妥協しない。そんな確信にも似た何かがある。
それがなんなのか、俺には分からない。
根拠も何もなくワガママを言い続けて――俺が頼み事をなんでも聞いてくれると思うほどフェイトは馬鹿じゃないと分かっている。
だのに、なんで彼女は――

「……兄さんは、ずるいよ」

「ずるいって……」

「本当に嫌で駄目だと思うなら、思わせぶりな態度なんか取らないで欲しい。
 本当に嫌なら、わざわざ私の話なんか聞かなくても良いじゃない。
 そんなだから期待しちゃう。もし説得できたら受け入れてもらえるんじゃないか、って。
 ねぇ、お願いだから本音を聞かせてよ。
 どうしたいのか。どうすれば良いのかなんて後で良い。一緒に考えれば良いじゃない。
 兄さんがどんな風に私を見ているのか……それさえ分かれば、私は……っ」

絞り出すように吐かれた言葉尻は、湿っていた。
口にしたフェイト自身も辛いのか、強ばった肩からは、テーブルの下に隠されている両手が握り締められていることを容易に想像できる。

……俺の本音?
そんなものは決まっている。
フェイトに想われて嬉しくないわけがない。ずっと側で見てきたんだ。この子が良い子だなんて十分に分かっている。
そんな女に慕われて、恋慕を向けられ、嫌だなんて思う奴はいない。重くはあるだろう。どうすれば良いのか分からない、というのも関係している。

けれど、それを抜きにして云うのならば素直に嬉しい。
そして好きかどうかと云うのならば――ずっと妹として見てきて、そう見るべきと思っている理性が邪魔をして口には出せないけれど。
……俺は確かにフェイトが好きなのだろう。それは兄弟愛が半分以上の割合を占めていて、ブレンドされたそれは、粘着質でどろどろとしている。
妹として大切にしたい。同時に、女として捉えれば、やはり大事にしたい。総じて、俺にとってかけがえのない女性と云っても過言じゃない。
が、その思考に至った瞬間、反吐が出そうになった。
頭の中にある冷静な部分が嫌悪感を剥き出しにする。

ここで本音を云えば取り返しの付かないことになる。分かっているんだろう?
今考えたことを口に出してみろ。それは――自分自身が願い、必死になって守り抜いてきた平穏を己が手で突き崩す行為だ。

皆を守りたいと俺は願った。それは、皆と共に笑い合っていたいという渇望が下地に存在している。
そして今、俺を取り巻く状況はずっと望んでいた状況そのもので――それを、自分自身で木っ端微塵に破壊するなんてこと、できるわけがない。
必死に守り抜いてきたものを捨て去るなんてこと、選べるわけがないんだ。

フェイトを受け入れてしまったら、はやてにどんな顔をすれば良い。フィアットさんにどう言い繕う。
ユーノに会うのが怖い。絶対、俺に付き合う形になってしまうシグナムに申し訳がない。ようやく、彼女が望んでいた形の親子になれたのに。

それらとフェイトを天秤にかけて、どちらに傾くのか。
それは――どちらにも、傾かない。
そもそも天秤になんてかけられない。比べること自体が間違っていて、その行為は冒涜に等しい。
何もかもがかけがえのない、俺を形作る大切なものだから。

だから……女々しいことに、俺はただ黙っていることしかできなかった。


















突き付けられた言葉にただ沈黙しているエスティマを見て、フェイトは胸が締め付けられる思いだった。
兄――否、彼がそんな状況に追い込まれているのは間違いなく自分のせいで、彼の痛みを共感しようなんてことは失礼だと思う。

エスティマが何故戦ってきたのかを、フェイトが分からないはずがない。
奪われたものを取り戻し、万難を排除して、平穏を掴み取って、それに浸りたかったから。
その願いは果たされたと云っても過言ではなかった。自分が、こんな馬鹿げた想いに気付かなければ。

もし八神はやてと添い遂げるなら、エスティマが望む形で未来を掴むことができた。そう、フェイトは思う。
長い年月を共に過ごした二人。彼女がどれだけエスティマを想っているのかは、今更言葉にする必要もない。
その熟成された恋慕、そして戦い続けてきたエスティマが伴侶を得ることは誰もが祝福するだろう。

……それは、嫌。

他の誰でもなく、彼の瞳には自分だけが映っていたい。
彼は自分の手で幸せにしてあげたくて、彼を抱き留めるのは自分の胸でありたい。
異常なほどの独占欲だというのは自覚している。おそらくそれは、長年で染みついた癖のようなものなのかもしれない。

だからこそ――エスティマの考えていることを分かるフェイトではないが、彼が思い悩んでいる事柄に微かな苛立ちを覚えていた。
断り文句としてエスティマが用意した言葉から考えて、おそらく彼は周りの目を気にしている。
それは厳しい視線を浴びるからではなく、彼を形作る周囲、彼が守りたいと願った人々が、呆れて消えてしまうのではないかという恐怖なのだろうと思う。
分からなくはない。ずっと彼が戦ってきた理由は、自分が幸せになりたいという下地の元に構築されていた、皆が幸せであって欲しいという願いだと、フェイトは考えているから。

他人を気にかけるところは彼の長所だと思う。
おそらくはそれによって自分は助け出されたのだし、それを否定しようとは思わない。
けれど――今はそれにたまらなく、苛立ってしまう。

自分だけを見て欲しいのに、彼はどうあっても、フェイト以外を気にかける。
好きかどうかと聞いているのに、悩みどころは嫌いか否かではなく、きっと、どうすれば誰も傷付かないか。どうせ、そんなところ。

……私だけを見て欲しいから問いかけたのに、どうして他の人を気にするの?

嫌な女だ、と冷静な部分では分かっている。
大切にしたいと思う男が大事にしているものをぶち壊しにして……何が楽しくて傷付け合っているんだろう。
酷い矛盾。好きだから壊したい、なんて陳腐な文句ではなくて、望んですらいないのにヒビはどんどん広がってゆく。

砕け散るのが怖いのはフェイトも一緒だ。エスティマほどではないにしろ、胸に抱いた恋慕を誰からも祝福されないというのは辛い。
しかしだからと云って感情の落としどころも分からず――結局、フェイトにも答えらしい答えは分からない。

……胸が痛い。それが幻痛なのだとしても、心が千々に千切れそうなのは確かだ。
誰か、答えを知っているなら教えて欲しい。
自分と彼を繋ぐ方法があるのなら、それを授けてくれるのならばなんでもする。そんなことすら彼女は考える。

この気持ちは間違っているのかもしれない。
だが間違っているのだとして、既に抱いてしまった想いはどうすれば良い? この願いはどこに届く?
彼に一人の女として見てもらって、自分だけを見詰めて欲しいという望みはどうすれば良い?

疑問符ばかりでやはり答えは出ない。
胸の中で完結させるべき問答に外からの答えを求めたところで、どんな言葉を向けられても納得できはしないだろう。
だからこそ、彼にどんな形でも良いから決断して欲しい。

だのに、エスティマは黙ってばかりで一言たりとも発しようとしなかった。
……分かっている。
結局のところどこまで行っても、自分は彼にとって特別にはなれない。
心を惹きつけて他のすべてを見ないように縛り付けるなんてこと、きっとできない。
したくない、とも思う。矛盾しているけれど、そんな彼だからこそ自分は好きになったから。

けれど、今のままでは答えなんかでなくて――

「……もう、帰ってくれ」

酷く疲れ切った吐息と共に叩き付けられた声が、沈んでいたフェイトの思考を呼び戻した。
やはり、答えは出なかったようだ。悩みはしたものの冴えたやり方が見付けられないのは、彼らしいといえば彼らしい。
けれど――そこに、フェイトは僅かな希望を見出す。

「……妹だから私を切り捨てられないの?
 それとも、兄さんも私のことが好きなの?」

「……それは」

「いい加減に答えて」

フェイトの言葉に、エスティマは身体を震わせた。
口にしたフェイト自身も、自分の言葉が思った以上に強い口調で驚いている。
それは煮え切らないエスティマの態度と、こんなことをしている自分自身に対する苛立ちが元だった。
が、それを気にも留めずフェイトは彼の口から指針となる言葉を聞き出そうとする。
……本当に、酷い女。

自分のことをそう揶揄しながらも、フェイトは兄へと答えを求める。
追い詰められたようにエスティマは、口を開け、そして閉じる。
それをフェイトはじっと見詰めて――

「……失礼します」

蝶番の軋む音と共に放たれた声で、張り詰めていた場の空気は霧散した。
視線を向ければ、そこにはパジャマ姿のシグナムがいる。
彼女はフェイトたちの方を一瞥すると、そのままキッチンへ。
食器棚からグラスを取り出すと、冷蔵庫から取り出した牛乳をそれへ注ぎだした。

硝子に液体の注がれる音が、いやに大きく響く。

注ぎ終えたシグナムは冷蔵庫へ牛乳パックを戻すと、再び自分たちの方へと視線を投げた。

「……叔母上、もう時間も遅い。
 我々は明日も仕事があるのです。申し訳ありませんが、今日はもうそろそろお帰り下さい」

シグナムの言葉に、フェイトは僅かな反感を覚えた。
まだエスティマからの言葉は聞いていないのに――けれど、時間が遅いのは事実。

「……分かった。ごめんね、こんな時間まで」

「いえ。また遊びにきてください」

帰りたくなかったが、ここで引き延ばしてもエスティマから答えらしい答えが聞けないだろうことは、フェイトも分かっていた。
腰を浮かせ、バッグを手に持つと、フェイトはそのまま玄関へと真っ直ぐ進む。

振り向けば、表情を沈ませたエスティマが立ち上がろうとしているのが見えた。
シグナムの前で変な様子を見せたくないのか。それとも、散々責められたとしてもフェイトをぞんざいに扱いたくないのか。
後者だったら良いな、と思いながら、フェイトは小さな笑みを浮かべる。

「それじゃあ兄さん、またね」

「……おやすみ」

噛み合わない言葉を残して、フェイトはエスティマの家を後にする。
扉を閉め、誰も見ていない場所へ移り――瞬間、目頭に熱が昇ってきた。

……私、何をやっているんだろう。
分かってる。言い逃れはしない。したくない。
自分のワガママをエスティマに押し付けて、エスティマを心底から困らせている。
けれどその方向性は今までと違い、彼の価値観すら揺さぶる凶悪な代物だ。
彼が困り果ててしまうのは当たり前で、そんなことをする自分自身が信じられない。
彼に迷惑をかけず、少しでも大人になったと認めてもらえるように、なんて考えていたのは自分自身だ。
だのに今やっていることと云えば、子供だって考えないだろう馬鹿げた問答。

今このときになっても、まだ自分は兄から与えられるだけに徹しようとしている。
今までずっと助けられてきて、今度は彼の愛情を一身に受けたいと。

自己嫌悪が波となって押し寄せて――同時、その感情に、どうして分かってくれないの、と別方向の悲しみが迫ってくる。

彼を困らせたくなんかない。けれど愛して欲しい。しかしそれを願えば彼が途方に暮れてしまって、結局、傷付けてしまう。
好きになんてならなければ良かった、とフェイトは思わない。思いたくない。
彼が好きという感情は間違いなんかじゃないと声を大にして云いたい。だのに、この気持ちは誰にも云えない。

同時に、思う。

……彼に求めるだけ求めて、大事なものを捨てさせようとしている自分が恥ずかしくてしょうがない。
捨てさせるのならば、別の――大事だからこそ他のもので代用なんかできるはずがないと、フェイトも分かっている。
けれどせめて、今度ばかりは自分も彼に何かを与えてあげたい。

でなければ、どの口で彼に想いを告げているのだ。

















フェイトが出て行ったのを確認すると、シグナムはエスティマへと視線を投げかけた。
それを受けたエスティマは、娘の視線を辛そうに見返す。

「……聞いていたのか?」

「……気付いていましたか」

「タイミングが良すぎたからな」

「……はい。
 聞き耳を立てるつもりはありませんでしたが、どうしても聞こえてしまって。
 余計なお世話とも思いましたが、横槍を入れました」

「……いや、良い。助かったよ」

再びエスティマは椅子へ座ると、テーブルに肘を突いて顔を覆ってしまう。
それをシグナムは眺め――どう言葉をかけて良いのか、分からない。
何も云わないが、父は今の件に関して話すことを拒んでいるように見えた。
フェイトと言葉を交わした内容をいくらシグナムが知っているのだとしても、立ち入ることを許さないように。

その気持ちは分からなくはない。
そもそも恋慕に関する事柄へ他人が土足で踏み込むことは、あまりに趣味が悪い。
その上、エスティマが思い悩んでいるこの件は、決して他人に知られてはいけないような類の代物だ。
いくら娘といえど――否、娘だから、なのか。おそらく、自分に聞かれたことすらも、エスティマの心を抉っているのではないか。そう、シグナムは思う。

……しかし、このまま放置して良い問題ではないでしょう。
歪な兄弟愛に首を突っ込むことは野暮、無粋、そんな言葉を通り越す行いだが、しかし、ここで父を一人っきりにしたくないと彼女は思う。
それは物理的な意味ではなく、ただ一人で胸の内に悩みを抱え、誰にも云えず沈んでゆくこと。
父がなんでもかんでも抱え込んでしまうしまう性分であることを、シグナムは知っている。
最近は他人の助力を乞うように変化したと気付いているものの、今に限れば父は昔に戻っている。

俺がなんとかしなきゃならない。誰も頼ってはいけない。その一念が、また父を孤独に追いやろうとしている。
誰も味方がいない状態。当たり前だ。誰が妹との恋路を祝福するという。

シグナムも、その恋慕が歪であることぐらいは知っている。
それがおかしいと思えるぐらいに教育は受けたし、そういったものがあり得ないと断じることができるだけの常識は持っていた。
しかし――

「……父上」

「……なんだ?」

エスティマからの返答は不機嫌が滲み、会話を拒んでいるようだった。
いや、正しくそうなのだろう。そう、シグナムは思う。
それを分かっていながら、シグナムは言葉を紡ぐ。

「……父上は、叔母上のことをどう思っているのですか?」

「……お前まで――お前までそんなことを聞くのか?」

ともすれば泣き出しそうなほどに掠れた声が上がる。
そうだろう。ついさっきまで追い詰められていた問いを、今度は娘から叩き付けられればこうなって当たり前だ。
だがそれでも、シグナムは言葉を止めない。

「はい、父上。
 恋慕というものがどんな感情なのか、まだ私には分かりません。
 しかし、血族と親愛とは別種の愛情を育むことが間違いであるとは知っています。
 ゆえに、叔母上の気持ちに応えることができないということも。
 応えてしまえばおそらくは、誰にも祝福はされない事柄なのだとも、分かっています。
 ……その上で、父上。父上は叔母上が好きなのですか?」

「……今、自分で応えられないって云っただろ。
 その通りだよ。だから、好きも嫌いもない」

「……そう、でしょうね。父上は自分に厳しい方ですから」

「そんなわけあるか。こんな状況になった原因は俺の甘えだ。
 甘えた考えが――」

「やめてください。それでは、叔母上が可哀想です」

可哀想、と云う言葉に、エスティマは言葉を止めた。
そして顔を覆っていた手を解いて、どういう意味だとシグナムへ視線を向ける。

「……可哀想ではありませんか。叔母上だって、己の抱いた恋慕がおかしいことぐらい分かっていると思います。
 否定されるべき感情なのかもしれない。けれど、想われている父上自身がそれを間違いだと断じて、あまつさえ原因が自分などと……。
 何故父上がそう思ったのかは詮索しません。事実、そうであるのかもしれません。
 ですが、感情に理屈を持ち出して応えもせずに風化させるのは、ねえ、悲しいじゃありませんか。
 ……父上。
 父上は……叔母上が好きなのでしょう?」

「……なんでそうなるんだよ」

「嫌いなら嫌いと云えば良い。それができないのならば、好きなのではないのですか?」

「極論の消去法だろ、それは。
 答えがたった二つだなんてわけがない。人はそこまで単純じゃない」

「ですが、叔母上の問いに困っている父上は……既に答えを決めているような気もします。
 決めていて、しかし、理屈が邪魔をして何も云えないように見えます」

「……だったら」

エスティマは溜息を吐いた。
深々と、胸中に充満した霞を払うように。

「……分からないんだ。俺の感情がフェイトを異性と捉えているのか、妹と捉えているからなのか。
 異性と捉えているから告白されて嬉しい自分がいる。
 けれど、妹と捉えているからこそ気持ちに応えられない自分もいる。
 ……切り離せるわけがないんだ。あいつは、ずっと俺の妹だったんだから。
 大事ということに代わりはなくて……だからこそ、どう応えて良いのか分からない」

そうして吐き出された言葉は、彼の本音か。
掠れた声と共に零れ落ちたそれを、痛々しいとも思う。

しかし、ここで言葉を濁してしまえば、また父は一人で思い悩むことになるだろう。
だから、とシグナムは頭を捻る。
守護騎士として。何より娘として。
お前は一人じゃないと云ってくれた父に、そっくりそのまま言葉を返したかったから。

「……長い人生で見れば、今の平穏は一瞬のことに過ぎないのかもしれない。
 けれど俺は、この満ち足りた刹那を永遠にしたかったんだ。
 ずっとこんな日が続けば良いと願っていたからこそ、走り続けることができた」

「……永遠はどこにもありません。
 私が子供から大人になって、父上の守護騎士になりたいという夢を叶えたように。
 父上が戦い続けて、悪夢を終わらせたように。
 良くも悪くも、時は過ぎてゆきます。
 であれば、この問題もまた、選択し、より良い未来を築くために選択しなければならないことだと思います。
 今という時に胡座をかいたままでは、その手に何も掴むことはできません」

「……………………俺の願いは幻想でしかなかった、ってことか」

染み出した言葉には、色濃く諦めが滲んでいた。それは絶望なのかもしれない。
胸に抱いていた渇望が今という現実に押し潰されそうになり、そして、愛娘によって否定される。

辛くないわけがないだろう。否、辛いに決まっている。
それを理解していながら、

「……はい」

シグナムは、短く答えた。
その言葉がとどめとなったのか、微かな笑い声をエスティマは上げた。
子供のように固執し続けた理屈にヒビが入って、もうどうすれば良いのか分からない。そんな風に見える。

だが――

「……もう、今日は寝るよ。
 ……簡単に納得したくないんだ。
 それでもやっぱり、事実は事実。
 答えは出すさ。今がずっと続かないというのなら、今から続く明日をより良くしたい」

エスティマ・スクライアという人間は、心根が折れても尚、立ち上がることのできる人だとシグナムは分かっている。
今までの価値観を簡単に捨て去ることなどできないだろう。もし捨てることができたとすれば、それは酷く安っぽい。
自分の願いが安くなかったと信じたいからこその葛藤。それを抱え、彼はどんな答えを出すのだろうか。

自室へ戻ろうとする父の背中を眺めながら、シグナムはおずおずと口を開いた。

「……父上、私は何があろうと、あなたから離れたりしませんから」

「……ありがとう」

呟かれた感謝の言葉から、彼が何を考えているかまで読むことはできない。
けれど、今のやりとりで父が少しでも前に進めたのならば良い。




















ベッドサイドにあるランプが灯る部屋の中。
薄暗い寝室の中で、アルフは比喩ではなく頭を抱えていた。
痛みを感じるわけではない。また、思い悩んでいるわけでもない。

ただ、遠く離れていても主人との間に存在する絆が伝えてくる情報――それに混じった感情を無視することができなくて。
フェイトの気持ちが痛いほど理解できて、しかし、簡単に応じようとしないエスティマがどんなつもりなのかも分かり、アルフは歯を食いしばる。

精神リンクで繋がっているアルフだからこそ、フェイトの感情がどのように変化してしまったのかはっきり分かる。
最初は正しく子供のように。導いてくれる人を素直に信じて。
その導きがなくなれば、今度はどれほどその人が大切だったのかを噛み締めて。
噛み締めた後は、自分だけを見て欲しいと願い。
願いながらも、それは無理だと少しだけ大人になれた。

けれど胸に抱いてしまった感情は、今まで抱いた感情や信頼とは完全に別物だ。
主人を差し置いてだが、好きと云える人がいるアルフだからこそ分かる。
この人しかいない。この人に見詰めて貰いたい。側にいたい。抱きしめてキスして愛を囁いてもらいたい。他の誰よりも価値があると思って欲しい。
熱病のような恋慕は抑えれば抑えるほどに高鳴って、我慢が後悔に繋がると錯覚し、答えを急ぐ。
大事な感情だと思うからこそ色褪せたくなく、周りの何ものよりもそれへ価値を見出してしまう。

その感情自体は認めたいアルフだったが、しかし、相手が悪すぎる。

エスティマ。フェイトの兄。
頑固者だの馬鹿だのと今まで散々に云ってきたが、頑固さは誠実さ、馬鹿さ加減は実直さの裏返しである。
そんな彼に求める答えとして、これは、些か酷というものだ。

フェイトに背を向けたとしても、妹、というピースが欠けた日常が待っている。
フェイトを受け入れた場合は云わずもがな。
どちらを選んだところでエスティマが望むものは手に入らない。
だから彼は精一杯の抵抗とでも云うように、無言で現状維持を続けているのだろう。

その間に状況が少しでも良くなれば、と。
愚かと云えばそれまでだが、実際、その状況になって動ける人はどれだけいるのか。
アルフにそれは分からなかったが、エスティマが動けないというのは確実だろう。

……だったら、とアルフはベッドから起き上がる。
ぐす、と鼻を啜り、目元を手の甲で拭うと、部屋の出口を目指す。

このままじゃフェイトもエスティマも答えのでない迷宮を回り続けるだけだ。
ならば誰かが外から手を貸してやらなければならない。
それによって、どんな答えが出るのだとしても。





前を表示する / 次を表示する
感想掲示板 全件表示 作者メニュー サイトTOP 掲示板TOP 捜索掲示板 メイン掲示板

SS-BBS SCRIPT for CONTRIBUTION --- Scratched by MAI
0.031212091445923