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No.7038の一覧
[0] リリカル in wonder Ⅱ【完結】[角煮](2010/05/11 14:32)
[1] カウントダウン5[角煮](2009/03/07 02:30)
[2] カウントダウン4[角煮](2009/03/12 10:38)
[3] カウントダウン3 前編[角煮](2009/03/30 21:47)
[4] カウントダウン3 後編[角煮](2009/03/30 21:49)
[5] カウントダウン2[角煮](2009/03/30 21:46)
[6] カウントダウン1[角煮](2009/04/25 13:06)
[7] カウントダウン0 前編[角煮](2009/05/06 20:21)
[8] カウントダウン0 後編[角煮](2009/05/06 20:23)
[9] sts 一話[角煮](2009/05/06 20:33)
[10] sts 二話[角煮](2009/05/20 12:15)
[11] 閑話sts[角煮](2009/05/20 12:15)
[12] sts 三話[角煮](2009/08/05 20:29)
[13] sts 四話[角煮](2009/08/05 20:30)
[14] sts 五話[角煮](2009/08/05 20:27)
[15] sts 六話[角煮](2009/08/09 11:48)
[16] sts 七話[角煮](2009/08/28 21:59)
[17] sts 八話[角煮](2009/08/20 21:57)
[18] sts 九話 上[角煮](2009/08/28 21:57)
[19] sts 九話 下[角煮](2009/09/09 22:36)
[20] 閑話sts 2[角煮](2009/09/09 22:37)
[21] sts 十話 上[角煮](2009/09/15 22:59)
[22] sts 十話 下[角煮](2009/09/25 02:59)
[23] sts 十一話[角煮](2009/09/25 03:00)
[24] sts 十二話[角煮](2009/09/29 23:10)
[25] sts 十三話[角煮](2009/10/17 01:52)
[26] sts 十四話[角煮](2009/10/17 01:52)
[27] sts 十五話 上[角煮](2009/10/17 01:51)
[28] sts 十五話 中[角煮](2009/10/21 04:15)
[29] sts 十五話 下[角煮](2009/11/02 03:53)
[30] sts 十六話 上[角煮](2009/11/10 13:43)
[31] sts 十六話 中[角煮](2009/11/19 23:28)
[32] sts 十六話 下[角煮](2009/11/27 22:58)
[33] ENDフラグ はやて[角煮](2009/12/01 23:24)
[34] ENDフラグ チンク[角煮](2009/12/15 00:21)
[35] ENDフラグ なのは[角煮](2010/01/15 15:13)
[36] ENDフラグ フェイト[角煮](2010/01/15 15:13)
[37] sts 十七話[角煮](2010/01/08 19:40)
[38] sts 十八話[角煮](2010/01/15 15:14)
[39] sts 十九話[角煮](2010/01/21 20:26)
[40] 幕間[角煮](2010/02/03 21:17)
[41] sts 二十話 加筆 修正[角煮](2010/02/03 21:18)
[42] sts 二十一話[角煮](2010/03/10 23:25)
[43] sts 二十二話[角煮](2010/03/11 19:00)
[44] sts 二十三話[角煮](2010/03/12 17:41)
[45] sts 二十四話[角煮](2010/03/13 18:23)
[46] エピローグ[角煮](2010/03/14 20:37)
[47] 後日談1 はやて[角煮](2010/03/18 20:44)
[48] はやてEND[角煮](2010/04/18 01:40)
[49] 後日談1 フェイト[角煮](2010/03/26 23:14)
[50] 後日談2 フェイト[角煮](2010/03/26 23:14)
[51] フェイトEND[角煮](2010/03/26 23:15)
[53] 後日談1 なのは[角煮](2010/04/19 01:27)
[54] 後日談2 なのは[角煮](2010/04/18 22:42)
[55] なのはEND?[角煮](2010/04/23 23:33)
[56] 後日談1 チンク[角煮](2010/04/23 23:33)
[57] 後日談2 チンク[角煮](2010/04/23 23:34)
[58] 後日談3 チンク[角煮](2010/04/23 23:34)
[59] チンクEND[角煮](2010/04/23 23:35)
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[7038] エピローグ
Name: 角煮◆904d8c10 ID:1e7f2ebc 前を表示する / 次を表示する
Date: 2010/03/14 20:37





結社の中心を形成していたジェイル・スカリエッティの出頭。
それに続いて巻き起こった結社本拠地での決戦が終わってから、既に二ヶ月の時が経つ。

隊舎が焼け落ちたため代理のプレハブ小屋を仮の基地として、あの戦いが終わってからも六課はずっと運営を続けていた。
その空白期間の最中、結社対策部隊として生み出された六課は残党狩りをミッドチルダ地上部隊、外へ逃げ出そうとする者たちは海の者たちと協力し、動き続けていた。
緩やかになったとは云え未だに続く闘争の中に、しかし、エスティマ・スクライアの姿はなかった。
最終決戦で蓄積したダメージを癒すため、彼は六課の部隊長から外され療養していたのだ。

ともあれ――二ヶ月が経った今、時空管理局本局は、一つの判断を下す。
結社は完全に崩壊した、と。
残党も最早、並のテロリストと同等の規模でしかない。
故に、六課のような過剰な戦力は不要。部隊を解体し、人員は元の配置へ――。

その命令の下、各々は自らの生活へと戻ることになる。
各々が今、何を思っているのか。これよりそれを追って行こう。

















「経過は順調……これなら手術にも耐えられるだろうよ。
 入院は明後日から、で良いんだな?」

「はい。ありがとうございます」

先端技術医療センターにある一つの診察室で、エスティマは椅子に座りながら一人の医師を向き合っていた。
カルテを眺めながらくたびれた白衣を着る男は、ずっとエスティマの面倒を見ていた者だ。
彼は決戦後、エスティマが先端技術医療センターへと担ぎ込まれてから一足早く元の配置へと戻り、彼の治療を行ってくれていた。

疲れた様子を見せる医師は、ぼりぼりと頭をかく。
それにエスティマは苦笑して、すみません、と頭を下げた。

「……助かりましたよ。
 後遺症の一つや二つは覚悟していたので」

「……ほぅ」

目を細め、医師はエスティマを睨み付ける。
エスティマの行った言葉に嘘はない。
あの限界を遙かに超越した力を振るったというのに、彼は後遺症の一つも抱えず今を生きている。
また魔導師として現場に復帰することもできるだろう。以前と同じように戦うことだって不可能ではない。
しかし――

「てめぇが長生きできないことは、後遺症でもなんでもねぇってか?」

「……長生きできないことは、分かっていましたから」

「ああ。だが、今までの調子だったら六十までは生きれただろうぜ。
 生涯現役とはいかないまでも、前線に居続けることだってできた。
 けどな……もうお前は、どんなに気合い入れようと孫の顔を見ることはできねぇ」

怒りを燻らせながら、医師は云う。
それは、あらかじめエスティマ本人にも伝えられていたことだったので、口に出されても彼が表情に影を浮かばせることはない。

……それを、エスティマは申し訳なく思う。
医師に対しても勿論だが、何より、守りたいと願った皆に対して。
この期に及んで、自分の死で誰が悲しむか――などと、彼は云わない。
きっと皆は悲しんでくれる。そう、理解している。

だからこそ気が重い。だが――間違いではなかったと、信じたい。

そんなエスティマの考えを読んでいるのか、医師は忌々しそうに舌打ちする。
医者が患者に対して見せる対応ではないのだが、仕方がないのかもしれない。
この患者はあまりにもタチが悪かった。その自覚はエスティマにもあったので、彼は何も云わない。
もう何年もの付き合いだ。その間に、お互いがどんな人間なのかを二人は把握していた。

「……乗りかかった船だ。最後まで面倒を見てやるさ」

「……ありがとうございます――っと」

そこまで云い、エスティマは時計を見て眉を持ち上げた。

「すみません、もう時間です」

「……そうかい」

「はい。それでは、また」

一礼し、エスティマは椅子から腰を上げた。
診察室を出て扉を閉めると、溜息を吐きながら歩き出す。
鼻につく病院独特の臭いは、この二ヶ月で慣れてしまっていた。否、慣れているというのならば、ずっと前からか。自分とこの場所は切っても切れない縁で結ばれているのだから。

コツコツと靴音を上げながら、彼は先端技術医療センターの廊下を進む。
代わり映えのしない壁をずっと眺め、そうして区画を抜け、ロビーへと。
まだ時刻は十時前だからか、ここを訪れている人は多くない。
いや、普通の病院ならば年寄りが既に並び始めているのかもしれないが、ここは管理局の施設だ。
よっぽどのことがない限り一般には開放されないため、ひとけが少ないのも当たり前だろう。

「さて……と。行くか」

『はい、旦那様』

エスティマの呟きに、首元に下がっているSeven Starsが続いた。
大破寸前まで破壊されたSeven Starsだが、今は元気に動いている。
あの戦いのあと、Seven Starsを含めたデバイスたちをシャリオ一人に直してもらったのは苦い記憶だ。
自分の手で直してやりたかった、と思う反面、私の仕事を取らないでください! と怒るシャリオがいたり。
ままならない、とエスティマは苦笑する。

手伝うことができるほど、彼に余裕はなかった。
今でこそ以前と同じように動けてはいるが、一月前までは身体を動かすこと自体が苦痛ですらあったのだ。

『ところで、旦那様。
 六課で行われる解散式、その後の宴会まではまだまだ時間があります。
 これからどうするのですか?』

「ああ、まだ云ってなかったっけ?」

『……何も聞いていません』

忘れてた、というエスティマに、どこかむくれたような声をSeven Starsは返す。
まぁまぁ、と指先でデバイスコアを突きつつ、彼は足を進めて先端技術医療センターから外へと。

自動ドアをくぐると、やや冷たい空気と共に車の騒音が耳に届き始めた。
久しぶりに耳にする騒々しさをどこか新鮮に思いながら、彼は駅の方向へと歩き始める。

道を抜けて大通りへ出ると、彼は雑踏の中へと紛れ込む。
今の彼は管理局の制服を着ているわけではなく、私服姿だ。
だからと云うわけではないが、人混みの中、エスティマは特に目立つこともなく歩き続ける。
多くの人がたむろする場所で、何も変わったところのない、一人の人間として。

そうして大通りを抜けて駅に辿り着くと、彼はパスケースを取り出し、改札口へとそれを押し当てた。
軽い音がして電子マネーが差し引かれると、エスティマは駅の構内へと。
天井や壁に記されている電車の経路を確認しつつ、彼は七番線のホームへと向かった。

電車が伸びる先はミッドルダの西部である、エルセア地方。
そこにあるポートフォールメモリアルガーデンへと、エスティマは行こうとしている。

『……』

主人の意図に気付いたのか、Seven Starsは無言の声を上げるという、器用なことをした。
が、エスティマは彼女へと何も言葉を落とさない。
ただ無言のままホームに入ってきた電車に乗り込むと、目的地へと。

快速急行で突き進む電車は、一時間もかけずエルセアへと辿り着いた。
揺れにうつらうつらとしていたエスティマは慌てて電車を降りると、あくびを噛み殺しながら駅を後にし、途中で花を買うと墓場を目指す。

本来ならば墓は人の物として扱われる場所だが、管理世界ではペットなどの他にも、インテリジェントデバイスの墓も存在していた。
意志を持ち、主人と共に戦うデバイス。
たかが道具や武器、と言い切る者も世の中にはいるだろう。
しかし、傍らにずっと存在していた相棒を失った人間はそう思わず――そして、エスティマもそんな中の一人であった。

そこを進み、デバイス用の墓地となっている建物の中にエスティマは入る。
中に人の影は存在しておらず、静かな空気の中、天井の硝子から差し込んだ日光が広い空間の中を照らしている。
一歩を踏み出す。コツリ、という音は澄んだ空気に良く響き、大袈裟なものにすら思えた。

壁に埋め込まれた棚には、一つ一つに名前の彫られた金属プレートが填っている。
多種多様な名称の中、エスティマは一つ――煙草と鳥の名前を付けられたものを前に、足を止めた。

彼はじっとそこに視線を注ぐ。
Lark、と掘られた四文字は、彼にとって大きな意味を持つ。
そこに込められた存在はあまりに重くて――故に、彼は今まで一度もここへ足を運んでいなかった。
だが、今は違う。
いつか約束した時を迎えようとしているから、エスティマはこの場所に訪れたのだ。

すっ、と目を閉じる。
瞼の中には今も色褪せずに、深紅のハルバード、一機目の相棒の姿を見ることができた。
破壊されてから伝えられた遺言が脳裏に蘇ってくる。
今まではそれを思い起こすことが、胸が温かくなると共に痛くて、どうしてもできなかった。

けれど――

備え付けられた台に持ってきた花束を置き、エスティマはゆっくり口を開く。

「……ようやく、終わったよ」

お前が砕けてからずっと続いていた戦いが。
刻み込まれた因縁は解消されて、これから俺は一人の人間として生きる。
明後日には手術の準備に入る。それでレリックも失い、生まれた時に付加された異能、積み上げてきた実力こそ残るものの、人外の域に達した力も消え去るだろう。

エスティマ・スクライアという人間は、今も特別な存在ではあるのかもしれない。
だがそれは、他者によって与えられたものではなく、自分自身の作り上げてきた人との繋がり。それを元にして築かれたものだ。

かけがえのない、と彼が云う他人との絆。
それだけを支えに、これからは生きてゆこう。

だから――もう大丈夫。

「……俺は、幸せになる」

口にして、本当にそうかという疑問があるのは確かだ。
人生良いことばかりじゃない、とは彼が今まで送ってきた戦いを振り返れば容易に察することができる。
しかし、悪いことばかりではない。
苦しいことや辛いことと同じほどに、嬉しいことや楽しいことは存在していた。
だからこそエスティマは戦い続けることができて、今がある。

だから――これから何があろうと。
それはきっと幸福だ。

「……だから」

そう、だから。

「さよなら」

いつか告げて欲しいと相棒が望んだ台詞を、エスティマは口にした。
別離の意志は己自身で言い放ったものだが――しかし、辛くないわけではない。
忘れられるわけがなかった。今となっては思い出の中にしかいないけれど、それ故に今も色濃くエスティマの記憶に残っている。
忘れることなんか、できるわけがない――けれど。

……忘れるって、約束したんだ。

「……ッ」

目を閉じ、エスティマは踵を返す。
彼へと向けられる言葉は存在せず、何者も、彼の背中を押そうとはしない。
そもそもここには誰もいない。
空虚な雰囲気に何かを望むことは間違っており、感傷以外の何ものでもないだろう。

ギ、と重い音を立てて、エスティマは建物の扉を開く。
そして最後に一度だけ振り返り――

そうして、彼は歩き出した。















リリカル in wonder













以前は六課の駐車場であったそこには、今、プレハブ小屋の群れが鎮座している。
いくつも並んだ箱にはそれぞれプレートが掲げられており、隊舎に存在していた部屋の名称がそれぞれ付けられていた。

その中の一つ、情報処理室、と上げられた場所にフォワード四人の姿がある。
彼女たちが行っていることは部隊解散に伴う報告書の作成。自分たちがここで何をしていたのか、という確認のようなものだった。
それを行いながら、ティアナ・ランスターは窓から外へと視線を移す。

突き抜けるような青空の下には、未だ廃墟となっている六課の姿がある。
工事用のビニールで覆われた下では今も修復作業が行われているのだが、はやり再建は間に合わなかったようだ。
せめて解散はあそこでしたかった、と思うティアナだがそれも仕方がないことだと諦める。

ただでさえ金食い虫だった部隊の隊舎が全壊して、ここへ資金を回してくれていた者たちは頭痛が治まらない毎日を送っていることだろう。
そういった背景が、六課解散の裏には存在していた。
資金的にこれ以上運営することが苦しくなって――と。

嫌な話だわ、とティアナは思うも、六課が既に必要でなくなったのは事実。
過剰な戦力の集中した部隊は、最早崩壊した結社にとって完全なオーバーキル。
ついこの間、最後の出撃となった時など、到着と同時に敵から投降してきた始末だ。

曰く、化け物連中を相手にする趣味はない、だそうな。

その気持ちも分からなくはないティアナだった。
そもそもがオーバーSランクを何人も抱えた部隊で、その上、叩き出した結果が凄まじい。
最新技術の結晶とも云える、戦闘機人のTypoe-Rを全機撃破。大半を捕獲し、その上、量産型の戦闘機人もすべてを捕らえた。
本拠地であった山を崩落させ、更には聖王のゆりかごまで使い物にできなくした連中。

それだけ聞けば、悪魔か何かの集団か、と呆れた笑いしか上がらない。
……もっとも、彼女だってその頭の悪い集団の一人ではあるのだが。

嫌な看板を背負っちゃったわね、と彼女は溜息を吐く。
おそらく、この部隊が解散した後、他の部隊に行けば自分たちはエースとして迎え入れられるのだろう。
それだけのことをやった、という自覚がティアナにはある。
しかし――自分が見た背中、追い求める存在――本当のエースと比べてしまえばまだまだ。

荷が重いわ、と彼女は小さく呟いた。
それに反応した、というわけではないのだが、報告書と格闘していたスバルがディスプレイから顔を上げる。
そっと視線を流せば、未だ彼女の仕事は終わっていない。息抜きでもしたいのだろう。
決して頭は悪くないのに、事務的な作業になると集中力に欠けるのが相棒の欠点と云えば欠点だった。
本当に前線向きの奴。

「ねぇねぇ、ティア」

「何よスバル。無駄口叩いてないで、とっとと仕事しなさい」

「あう……いや、休憩休憩!
 こまめに休まらないと集中力は続かないって云われてるしさ」

「……本当にしょうもない」

ティアナの言葉に、えへへ、とスバルは照れ笑いする。
笑うところじゃないでしょうに、と思いつつも、彼女は話へ乗ることにする。

「でさ、ティア。
 これからどうするのか、もう決めた?
 結局、誰かの執務官補佐になるの?」

「……そうね」

スバルが口にしたことは、ここ最近、ティアナが悩んでいた事柄だった。
執務官を目指すティアナにとって、執務官補佐となり仕事の経験を積むことは必要なことだろう。
だからこそ、六課に所属していたというコネを使い――とも思っていたのだが、しかし。
即決せずに彼女が悩んでいたことには、一つの理由があったのだ。

その理由とは――

「……それは後に。取りあえず空隊の訓練校に入ろうと思ってるの」

「へー……って、えぇ!? 初耳だよ!?」

「んなわけないでしょうが!
 アンタ、私が空戦魔導師に憧れてること知ってたでしょう?」

「……ああ、うん。知ってたけど……えぇー。
 けど、勿体ないよ。せっかく、陸戦ランクをAAまで伸ばせたのに」

そうね、とティアナは胸中で同意する。
しかし、訓練校に入り直すことは彼女が決めたことで、もう変えるつもりはない。
確かに執務官は自分の夢だ。
六課で積んだ経験を糧にその夢を目指すのならば、そう難しくはないだろう。
けれど――どうしても諦めきれない憧れが、今も胸の中に息づいている。

……あの最終決戦で、AMFCが発動しなかったならば彼女は真っ直ぐに執務官を目指しただろう。
憧れを憧れのままに、というわけではないが、執務官になってから空戦技能を取得すれば良いと考えたかもしれない。
どれだけ時間がかかるか分からないけれど、いつか、空を飛ぶこともできるだろう、と。

けれど――もう一度、自分はあの光景を目にしてしまったから。
鮮烈なサンライトイエロー。兄が舞っていた空に浮かぶ光への憧憬を、今一度抱いてしまった。

だから、少し欲張ってみる。
いつになったら飛べるか分からない道よりも、空も執務官の資格も手に入れることのできる道を。
自分の身の丈にあっているかどうかは、分からない。というより、少し自信がないけれど。

「……私のことより、アンタはどうするの?」

「私?」

自分自身を指さして、スバルは首を傾げる。
やや迷いながらも、しかし、彼女は薄く笑みを浮かべた。

「しばらくお仕事はお休み。
 お母さんが起きるのを待って、リハビリに付き合うんだ」

「そっか」

そう云うスバルの事情を、ティアナもちゃんと理解している。
結社の本拠地から運び出された者たちの中に彼女の母親がいたことは、六課で半ば常識となっている。
だが、その救い出された母親は目を覚ましていない。
彼女の母だけではなく、他の者たちも一様に。捕らえられていた期間の短かった人は既に起き上がっているものの、クイントの場合、仮死状態で保存されていた期間が長すぎるのだという。
そう長い時間はかからない、と云われているものの、いつ目覚めるのか分からないという状況は一緒だ。

それをスバルは待つという。
それに駄目出しをするつもりはティアナになく、小さく頷いた。

「……早く起きてくれると良いわね。
 目を覚ましたら、ちゃんと教えなさいよ。お見舞いに行くから」

「うん、ティアのこと紹介したいもん。
 私の大事な相棒だ、って!」

「……前言撤回。呼ばなくて良いわ。恥ずかしいし」

「そんなぁ」

酷いよティアー、と縋り付いてくるスバルを無視しつつ、ティアナはエリオたちに目を向ける。
こちらの話を作業の片手間に聞いていたのだろう。
話が止むと、二人は手を止めて視線を寄越した。

「アンタらはどうするの?」

「私は、一度スクライアに帰ろうと思ってます」

質問に応えたのはキャロだった。
そもそも彼女はスクライアからの出向、という形で六課にきていたのだから、解散ともなれば帰るのは当たり前か。
ただ、

「そこで一度、ユーノさんやフェイトさんたちとお話をして、嘱託魔導師になろうかな、って思ってます」

「なんでまた」

「えと……その、私にもできることがあったから……かな?
 スクライアでお仕事をするのは勿論ですけど、それだけじゃなくて、もっとたくさんのことができそうだから。
 それに――」

そこまで云って、キャロは隣のエリオへと視線を流す。
見られた彼は不思議そうに首を傾げて、キャロは少し肩を落とした。

「……そんなところです」

「……ああうん。頑張って」

どう言葉をかけたものかしら。
微妙にいたたまれない気分になりながらも、次はエリオへと。

「僕は……そうですね。
 兄さんと一緒に海の方で働きつつ、いつか、執務官になろうと思ってます」

「あ、じゃあティアのライバルだね!」

「……そうなるわね。
 どういう風の吹き回しなの?」

「あんまり、はっきりとした理由があるわけじゃないんですけど」

そう云って、エリオはどこかくすぐったそうに笑う。

「自分に何ができるのか、出来るところまでやってみたいんです。
 たくさんのことを経験してみたいから……執務官を目指してみようかな、って。
 本当、云ったとおりにはっきりとした理由じゃないんです。すみません」

「別に気にしてないわよ」

エリオが謝ったのは、おそらくティアナが夢とする執務官へ簡単になろうと思ったことに対してか。
だが、別にティアナが気分を害することはない。
人が何にどれだけの価値を見出すのかなんて、それこそ人の数ほどパターンがある。
こういった価値観のすれ違いも、許容できないわけではない。

「ああでも」

ふと、エリオが思い出したように声を上げる。

「しばらくはお休みすることになりそうです。
 ルーテシアのことが心配ですから」

ルーテシア、と名前を出した瞬間、ほんの少しだけキャロがむくれた。
むくれただけで何をしたわけでもなかったが。

その様子に、ティアナだけではなくスバルまでもが苦笑いを浮かべる。
エリオは一人、なんで皆がそんな顔をするのか分からず戸惑っているようだった。

「……ま、ともかく。
 そんなに難しい仕事でもないんだし、とっとと終わらせましょうか」

笑いを噛み殺しながら、ティアナは再びデスクへと。
この後にある解散式と宴会を、仕事が残った状態で迎えたくはないのだ。


















「いやはや。普通の仕事というものはこうも退屈かね。
 自分で決めた事柄とは云え、つまらなすぎて逃げ出したくなってしまう。
 世のサラリーマンは大変だね。興味もない仕事のために時間を浪費するなどと、私には耐え難いよ」

「良いから仕事をしてください、ドクター」

「……分かった」

際限なくだらけ切っていたスカリエッティは、怒りの滲んだウーノの声に姿勢を正す。
そして机に向き直ると、管理局より上がってきた仕事をこなすべく死んだ魚の目をしながら指を動かし始めた。

ジェイル・スカリエッティ。
管理局へと出頭した彼は、結社の本拠地、内情、拠点の位置、物資の流れ、それらのすべてを管理局に教えることと引き替えに、最低限の自由を確保していた。
それでも、生涯囚われの身であることに代わりはない。
今も部屋にこもって仕事こそしているものの、監視している者の目は二十四時間、スカリエッティの言動を見張っている。

先にも彼が云ったように、この状況はスカリエッティの望んだものではない。
だが、食うためには働く必要があり、労働の対価として金を得なければウーノを養って行けないのも確かであった。
逃げ出したいことこの上ないスカリエッティ。
管理局ではなく、どこぞの企業にでも匿ってもらえば、今よりもずっと良い待遇で自分の気が赴くままに人生を謳歌できると、分かってはいる。

しかし――彼はそれをしない。
理由はただ一つ。己がまた戦いを始めようものならば、エスティマ・スクライアはまず間違いなく後を追ってくるからだ。
それは酷く甘美な誘惑で、また再び彼との闘争を楽しみたいとも思っている。

だが――いけない。
スカリエッティは出頭する際、己の行く末を決めていたのだ。
エスティマ・スクライアという一人の人間を見守り、彼の人生を参考にして生命創造技術を完成させようと。
もしエスティマが自分を追うために人生を投げ出してしまったら、それはスカリエッティの望む彼の人生ではなくなってしまう。
そうはならない、という確信にも似た信頼があるものの、やはり余計なことはすべきではないだろう。

そのため、敢えて彼は管理局の監視の下で過ごしている。
エスティマが安心して人生を謳歌できるように。

「……そういえば、ドクター」

「なんだね、ウーノ」

「今日は六課が解散する日です。
 いかがいたしますか?」

「ふむ。どうせ宴会でもするのだろう。料理でも送ってやるかな」

「まず間違いなく捨てられると思います」

「おお……なんということだ。
 どこまで私は嫌われているというのかね」

と、云いつつスカリエッティは楽しそうだった。
嫌われているという自覚は十分にある。だからこそエスティマの反応が楽しくて仕方がないのだし。

「……少し贅沢をしようか、ウーノ。
 彼らの門出を祝ってあげよう。
 ちょうど宴会が始まる頃合いに、私たちはワインでも楽しもうか」

「……はい、ドクター」
















ミッドチルダ地上本部。
その最上階付近に位置する執務室には、二つの人影があった。
一つは巨大な机を前に座っているレジアス・ゲイズ。
彼は仕事の手を止め、来客へと対応――というよりは、世間話をしていた。

その来客とは、ゼスト・グランガイツのことだ。
エスティマよりも一足先にレリックの摘出を行った彼は、不調を微塵も見せない立ち振る舞いを見せていた。
管理局の制服を着た彼は、レジアスの隣に立って大窓から見えるクラナガンの街並みを見下ろしていた。
人々が生きる風景は、変化こそあれ今も昔も本質は変わらない。
ここにいる二人の男が守りたいと願った景色は、今もまだ息づき、残っている。

「レジアス、オーリスの様態はどうだ?」

「快復に向かっているよ。来週には、松葉杖つきで職場復帰すると息を巻いている。
 どうしてこうも仕事人間になってしまったのか……儂はあの子の将来が心配でならん」

「……将、来?
 レジアス、俺の記憶が正しければ、オーリスは今年で三十路に――」

「……頼む、それを云わんでくれ」

云いながら、レジアスは頭を抱え込んだ。
その姿は今まで結社と戦っていた際に見せていたものと似ている。
問題自体は完全に別物だが、彼にとっては重要な問題なのか。

――そんな風に。
戦い以外のことで悩める。
それだけの余裕ができたのだ。

エスティマたちと別行動を取っていたゼスト。
彼が行った、オーリスを助けるために必要な医療機器の奪取は無事に成功していた。
瀕死の重傷を負った彼女は命を拾い、もうすぐ無事に地上本部へと姿を見せることとなるだろう。

再び己の手を血に染めることを拒否したレジアス。
彼の心根が変わっていなかったことを認めたことで、ゼストは再び彼とこうして話をしている。

もう失ってしまった、二度と手に入らないと思っていた日常。
それへ回帰できた喜びは、やはりゼストにもある。
一度は死に、朽ちる寸前までの走馬燈を過ごしていた身、と己を断じず良かったと心の底から思えていた。

「……ああ、そうだ、ゼスト」

「なんだ、レジアス」

「この前に話した案件だが、考えてくれたか?」

「……首都防衛隊第三課の再生、か」

口にした瞬間、ゼストの口元へ微かな笑みが宿った。
まるでやり直しを望むような案件だが――もう二人は若くはない。
昔のことだと断じて、ただの思い出にするには辛いこともある。

「気が早いぞ。
 クイントもメガーヌもまだ目を覚ましていない。
 何より、クイントの家族があいつを再び管理局へ戻ることを許すかどうか」

「……む」

やや落胆したような声を上げるレジアスに、ゼストは小さく噴き出した。
まるで子供が拗ねたような――大の大人が見せるにしては、あまりにも幼い様子にこらえることができなかったのだ。

「……三課の再生、か。
 ということはレジアス。エスティマを引っ張るつもりか?」

「無論だ。お前には悪いが、奴には指揮官として所属してもらう。
 階級も、アイツの方が上になってしまったからな」

「……レジアス。今だから云うが、アイツは指揮官に本気で向いていないぞ」

「……だとしても、信頼していることに変わりはない。
 そういった者にこそ、儂は部隊を任せたいのだ。上官としてな。
 ともかく……そうでないにしても、経験を積ませ、いずれは奴に一つの部隊を持ってもらうつもりだ。
 六課のような寄せ集めで、浮ついたものではない、ちゃんとした部隊をな」

「……らしくないな。期待しているのか?」

「ふん。どうとでも受け取れ」

「そうか」

完全に臍を曲げてしまったレジアス。
それを苦笑しつつ眺めながら、ゼストは彼の夢想する三課の再生へと思いを馳せた。
いつか潰えたあの居場所を、もう一度。
ああ確かに、それはあまりにも煌びやかだ
一度失ってしまったからこそ分かる。全員が一丸となって戦っていたあの部隊、再びあそこに所属することができるのならば――と。

……それが夢で終わるのか、実現するのか。今はまだ分からない。
だがしかし、夢見る中年オヤジ二人は、想像にすぎないその光景を夢想するだけで十分に楽しめた。



















空虚な雰囲気の満ちる無限書庫を、ユーノ・スクライアは入り口から見上げていた。
眼前に広がるのはただ暗く、壁一面に本の詰まった異空間。
ずっとここで作業を行っていた自分たちだが、六課が解散することによりその仕事も終わりだ。
今までお世話になりました、とユーノは小さく頭を下げる。
同僚――というよりは部族の者たちは、既に引き上げている。
残ったユーノはこのまま管理局に書庫の鍵を返し、その足でクラナガンの六課へと向かうつもりだった。

そろそろ行こうかな、と思っているユーノ。
そんな彼の背中へと、やや強い衝撃が襲う。
目を白黒させながら何事かと見れば、そこには子供の姿を取ったアルフがいた。

彼女は八重歯――というか犬歯を覗かせながら、伺うようにユーノへと視線を。

「どうしたんだい?」

「ん、ここでの仕事ももう終わりか、って感傷に浸ってたんだ」

「アンタらしいねぇ。
 アタシゃ、薄暗い物置から解放されて清々してるってのに」

ひくひくと鼻を鳴らして、埃臭い空気を嫌うようにアルフは顔をしかめる。
そんなどうでも良い動作が、しかしユーノには可愛いらしく見えた。
子犬のような彼女の頭へと、ユーノは軽く手を乗せる。身長差があるために、それは酷く簡単だった。

アルフは嫌な顔一つせず、置かれた手をそのままにユーノへと再び視線を。
ゆっくり撫でられる感触に目を細めながら、尻尾を小さく振った。

「これでまた、スクライアの仕事に戻るんだね」

「うん。まぁ、ここでの仕事もスクライアのだったけどね。
 管理局からの仕事はお金が良かったから、しばらくはゆっくりできる、かな?
 旅行にでも行こうか。僕たちだけじゃなくて、フェイトやキャロ、それにエスティを連れて」

「良いねぇ。温泉とかどうだい?」

この埃っぽい空気のせいだろうか。
そんなことをアルフは云う。

「うん、悪くない。
 まぁ、ゆっくり決めようよ。時間はたっぷりあるからさ」

そんな風に、書庫の鍵を閉めることも忘れて二人は会話をする。
そうしていると、だ。
ふと背後に誰かがいる気がして、ユーノは振り返った。
見れば、通路の向こう側からこっちへと向かってくる者がいる。
その人影をユーノが見間違えるはずもない。
クロノだ。相も変わらず黒ずくめの格好をしている彼は、声が届く距離までくると口を開いた。

「やあ、ユーノ。それにアルフ」

「お疲れ様。どうしたの?」

「ああ。書庫の閉鎖に立ち会おうと思ってな。
 間に合わないと思っていたが、まだいてくれて助かった。
 無駄足にならずに済んだよ」

彼の言葉に、ユーノとアルフは苦笑いした。
まさかいちゃついていたとも云えず、適当に言葉を濁すしかない。

クロノがきたことで、ユーノは無限書庫へと鍵をかけた。
特に感慨はなく。一人ならばともかく、アルフやクロノがいればそれも薄まるだろう。

鍵を確かに閉めたことを確認して、三人は無限書庫の区画から出るべく足を動かした。
人のいない場所から、徐々に活気のある場所へ。

「そういえばクロノ。君は六課の解散式のあとにある宴会には出るの?」

「……出たいのは山々だが、仕事があってね。
 残念でならないよ。エスティマとも、顔を合わせて話をしたかった」

「ずっと会ってなかったからね、僕たち。
 まぁけど、これからは予定が合うこともあると思う。
 エスティが忙しい時期は終わったし、あとはクロノの予定次第かな」

「……そうだな。こっちも、休みを作れるよう頑張るさ」

「……男三人で仲が良いねぇ、アンタらは」

「ま、付き合い長いからね」

呆れたようなアルフに、クロノとユーノは同時に苦笑した。
仲が良い、のだろうか。別に普通だとも思うけれど。

「さてさて。それにしても、これからエスティはどうするんだろうね」

「ん? エスティマ、スクライアには戻ってこないのかい?」

素朴な疑問、といった風にアルフは口にする。
彼女は口にこそ出さなかったが、ユーノ経由で彼が結社と戦っている理由を知ってはいた。
その結社が崩壊した今、もうエスティマが管理局にいる理由はないだろう。
だったらこれからは、皆がスクライアで――とアルフは考えていたに違いない。

それに、どうだろ、とユーノは首を傾げる。
やりたいことは終わらせた。けれど、その間に積み重ねたしがらみを無視できるような弟ではない。
色々な人間と縁を作ったエスティマだ。おそらく、暫くは宙ぶらりんな状態が続くのではないだろうか。
自分たち家族は、そんな彼が行き場所を見付けられなかったとき、受け入れてやれば良いだろう。

「……エスティマ、か。
 欲を言えば、あいつは海に欲しい」

「……まだアイツを戦わせるつもりなのかい?」

クロノの言葉に、若干棘のある言葉をアルフは放った。
クロノは居心地の悪そうな表情を浮かべるが、しかし、彼は仕事をしている時特有の厳しさを滲ませる。

「……ストライカー級魔導師を遊ばせておくことは、管理局にとって大きな損失だ。
 AAAは五%。オーバーSともなれば一%ほどしか存在しないのが現状だからな」

「……どんな力を持っていようと、それの使い道は本人の問題だよ、クロノ」

「ああ、分かっているさ。
 だから云っただろう? 欲を言えば、と。
 無理強いをするつもりはないよ」

そこで一度会話は止み、三人は転送ポートを目指して歩く。
やや口を開きづらい空気が流れているが――その中で、クロノは思い出したように言葉を発した。

「ああ、そうだユーノ」

「何?」

「エスティマに会ったら、一言云っておいてくれ。
 例の集まりのことだ」

「……うん。君は良いだろうけど、僕にもエスティにとっても気が早すぎると思うんだ」

「なんの話だい?」

問いかけてくるアルフに、なんでもない、とユーノは返す。
例の集まり、とは、クロノが以前云っていたホームパーティーのことだ。
子供の見せ会いとか悪くない、とパパさんは口にしていたが、やはり自分にもエスティマにも早すぎる。

……楽しそうでは、あるけれど。
















海上収容施設の庭園には、今日も時間をもてあましたナンバーズたちが集まっていた。
Ⅵ番からを始めとした者たち、Ⅰ番はスカリエッティと。Ⅱ番、Ⅶ番は消息不明。Ⅲ番は死亡が確認されており、Ⅳ番はここではなく軌道拘留所に。
最終決戦が終了したあと、クアットロは他のナンバーズと同じように管理局の監視下で罪を償わないかと持ちかけられた。
しかし彼女はそれを突っぱね、口を噤んだまま囚われている状態だ。
こんなことになったのはおそらく、事情聴取を行った者がエスティマということも関係しているのだろう。

己の目論見を悉くエスティマに粉砕され、彼女が彼へと抱いている憎悪はどれほどのものなのか。
それは、誰にも分からない。
更に云うならば、ここにいる誰もが、そのことを大して気にしてもいなかった。

「あー暇ー暇っスー」

囚人服を着たウェンディは、芝生の上に腰を下ろしながらゆらゆらと身体を揺らしていた。
独り言のように呟かれた言葉だが、彼女の隣で寝転がっているノーヴェはしっかりとその言葉を聞いていた。
ちら、と彼女はウェンディに視線を向ける。
だがすぐに興味を失ったようで、力なく開かれていた瞼は閉じた。

ウェンディはそれにかまわず、先を続ける。

「いつまでここにいるんっスかね、私たちー。
 教育終わったら局員さんとして働けるらしいっスけど、早く始まらないかなー。
 お勉強よりは身体動かしてる方が好きっスよ、私は」

「……黙ってろウェンディ」

「……暗いっスねぇ。
 そんなに気にすることっスか?」

「うっせぇ。オメーには分からねぇよ」

手厳しい言葉を向けられつつも、あらら、と軽い調子で手をひらひらと振るウェンディ。
良くも悪くも彼女は軽い人間なのだった。

ノーヴェがこうも暗いのは、単純な話。
最終決戦でタイプゼロ・セカンドに敗北し、母を奪われた――と彼女が思っているからだった。
実際のところ母を奪っていたのは自分たち。故に、タイプゼロたちが母親を取り戻すのは正当な権利だろうと、ウェンディは思っている。
しかし、ノーヴェは違うのか。
どうにも家族を中心とした心の機微が分からない彼女にとって、ノーヴェにどんな言葉をかけて良いのかさっぱり分からない。

家族……ねぇ。

胸中でそう呟きつつ、ウェンディは視線を巡らせる。
この庭園には、姉妹たちがそれぞれ、ウェンディと同じように過ごしている。

ディードとオットーは特に何かをするわけでもなく、ぼーっと毎日を過ごしている。
元から人間味の濃い二人ではなかったためそれほど不思議な状態ではない。
が、決戦が開けて出会ったディードが云っていた、犬怖い、とはどういうことなのだろう。それがどうにも不思議ではあった。

セイン。スカリエッティの出頭に合わせて管理局へと下った彼女の姿も、ここにはある。
しかし妹たちが暢気気ままな上自分勝手に過ごしているせいで誰にも相手をしてもらえず、現在は拗ねて芝生をごろごろしている状態。

そして、ディエチ。
自分たちよりも早くこの海上収容施設で捕まっていた彼女は、傍目から見ればあまり変わっていないように見える。
しかし――大きな変化がないだけで、彼女を良く知っている自分たちからすれば、おや、と思うところは多々あった。
例えば、今の彼女は観光雑誌に視線を落として、無表情の中に微かな楽しさを浮かべている。
自分がその場所に行ったら、と夢想しているのだろうか。それが楽しいかどうなのか、ウェンディにはさっぱり理解できない。
けれどおそらく、管理局の施設に入ったことで視野が広がったのだろう。
たった二ヶ月とは云え、更正教育を受けた自分も以前と比べれば物の見方が変わったように思える。
劇的、というわけではなく、そういう見方もあるのか、といったレベルだけれど。

あんな風に私らも変わるんスかねー、と思いつつ、ウェンディはノーヴェと同じように芝生へ寝っ転がった。
窓から差し込む陽光は暖かで、心地良い。
温もりの中でたゆたうのは酷く気分が良くて――だがおそらく、自分たちがここから出るのはそう遠くないだろう。
そうすれば、世間の厳しさとやらに揉まれるのだろうか。多分、そうだろう。
世間を騒がせた戦闘機人のType-Rだ。ほとぼりが冷めるまではやっかみが付きまとい、そして、未来永劫犠牲者となった者たちから恨みを向けられるに違いない。
あまり、ウェンディはそれを気にしないけれど。やはり彼女は軽かった。

それを辛いと思うような時期が自分に訪れるのだろうか。
それは、分からないけれど――

「……チンク姉は、そんな中で頑張るっスねぇ」

ふと、ここにはいない姉のことを彼女は呟く。
ナンバーズのⅤ番、チンク。
彼女は今――というよりはここ最近、結社本拠地で捕らえられた量産型戦闘機人たちの元へと足を運んでいた。
元々管理局に協力的だということもあるし、最終決戦でクアットレスⅡを破壊する際、活躍したことも大きいのか。
ナンバーズの中で唯一、限定的ではあるものの、姉は外へ出ることを許されている。

そんな風にチンクが外へ出て量産型の戦闘機人――自分たちの妹とも云える存在に教えていることは、なんなのだろう。
おそらく、自分たちと同じように更正プログラムを受けているのだろうが、あの姉は他に余計なことを教えていそうだ。
例えば、そう。クアットロならば贅肉と嘲笑しそうな、人間らしさなど。

私はそんなに嫌いじゃないっスけどねー、とウェンディは小さく笑う。

はてさて。ともあれ、自分たちはどうなるのか。
何も分からない、という状況だが、それもまた一興。
今までは敷かれたレールを進む電車、戦うだけの機械人形であることを求められていたわけだが、これからは違うのだし。
楽しく生きてゆければ、それが最上。

そう考え、ああ、とウェンディは思い出す。
そう云えば、今朝方チンクが出発する時、妙に楽しそうだった。
聞いてみれば、少しだけ自由時間をもらえることができ、それで六課の解散式の後にある宴会に参加するのだという。

……ちょっとズルいっス。



















108陸士部隊のオフィスには、ゲンヤとシグナムの姿があった。
普段ならば彼女と共に姿を見せるギンガの姿は、ここにない。
現在、彼女は長期休暇を取っており先端技術医療センターでクイントの面倒を見続けている。
いつ目が覚めるかも分からない母を待つ心境はどんなものなのか――それは、分からない。
だが、決して楽なものではないのだろうとシグナムは思う。否、そんな待つだけの時間でも楽しいのかもしれない。
ずっと引き裂かれていたナカジマ家。シグナムの家庭は父と自分しかいない歪なものだが、しかし、父がいなくなると考えるだけで怖気を覚える。
シグナムがそう思うように、実際に奪われたナカジマ家も似たような思いをしてきたのだろう。そして、それを払拭できる――クイントがようやく戻ってきた。

目を覚ましてくれないこと自体は辛いのかもしれない。
しかし、今までの状況と比べれば、ずっと気が軽いのも確かだと、彼女は思う。

現に、こうして隣から眺めるゲンヤの顔色も以前より輝いている。
仕事をこなすのが楽しい――というわけではないのだろう。
きっと、妻が帰ってくるのを子供のように待ち焦がれているのだ。
その姿はどこか少年じみていて、何歳になっても男はこんなものだったりするのかもしれない。

……父上も、そうなのでしょうか?

そんなことをシグナムが思った時だ。
ふとゲンヤは顔を上げ、時計へと視線を流す。

「……まだ良いのか? 今日は六課で宴会だろ?」

「大丈夫ですよ」

「そうかい。
 てっきり、女は支度に時間がかかるもんだと思っていたが……」

「……そういうものですか?」

分からない、といった風にシグナムは首を傾げる。
その様子にゲンヤは小さく笑って、くつくつと喉を鳴らした。

「馬鹿騒ぎは終わったんだ。
 お前さんも、ちったぁ女らしさを磨いても良い時期なんじゃねぇのか?」

「……そう、ですか。
 焦りも何も感じてはいないのですが」

「素材の良さを生かせる時間はそう長くはねぇ……っと、セクハラか? これ」

「どうでしょう。あまり私は気にしません」

彼女らしからぬ無機質な返答だが、それは、心底からピンとこないからだ。
どうにも。男女云々の事柄は、まだ早い気もする。
そんなことを口にするにはあまりにも初心な歳だと分かっているものの、人生の大半を鍛錬に注ぎ込んできたのだから当たり前なのかもしれない。

それに――今は何よりも、楽しみたい毎日がある。
今日で一度退院。また明後日には手術のために病院へと戻ってしまう父だが、今日はなんの気兼ねなしに会うことができる。
宴会そのものは何をして良いのかさっぱり分からないシグナムだったが、父と普通に会えるというだけで、その時が楽しみで仕方がなかった。

……ああ、だったら少しぐらいは気合いを入れてみるのも悪くないかもしれない。
父はいつまで経っても自分を子供扱いしてばっかりだ。
だったらここは、大人の女となりつつあるのを見せ付けてやって驚かせるのも一つの手だろう。

そう考えれば楽しくもなってくる。
思わずほほを緩めて――それを見たゲンヤが、どこか満足そうな笑みを浮かべているのに気付いた。
シグナムはすぐに表情を消し、やや鋭い視線を彼へと投げる。

「なんでしょうか、ナカジマ三佐」

「いや、良い顔をするようになったと思ってよ。
 険しさが取れたじゃねぇか。いやまぁ、今は違うけどな」

「私はいつも通りです」

「そうかい」

再び、くつくつと喉を鳴らすゲンヤ。
まったく、と彼に呆れつつも、シグナムの脳裏にはこれから始まる宴会のことがずっとあった。


















靴裏がコンクリート片を踏みしめる鈍い音と感触が伝わってくる。
頬を撫でる海風の感触は久しぶり――とは云っても、ほんの二ヶ月ぶりだ。
それでも懐かしいと思ってしまうのは、ここが自分の居場所だという思いがあるからだろう。

一歩一歩を踏みしめながら、俺は荒廃した隊舎の隣にある、プレハブ小屋を目指す。
ここからそう遠くはない。五分もあれば、辿り着くことはできるだろう。

確かめるように歩みを進め、徐々に歩を進める。
特に何も考えず仲間たちのところへ行っても良いとは思うものの、やはり、思うところがあって。
ほんの少しだけ、感傷に浸りたい。
だから俺は、仲間たちとの合流を惜しむように、ゆっくりと足を動かした。

コツリコツリと上がる足音。
それによって短くなってゆく、六課との距離。
それはゴールラインに辿り着くのを惜しむ、ランナーの気分に近いのかもしれない。
走り抜くために駆け抜けていたというのに、いざその時となれば残念に思ってしまうような。
これが疲れ果ててでもいれば違うのだろうけれど、生憎、今の俺は考えごとをするだけの余裕があった。

「……長かった」

一人、呟く。
Seven Starsがそれに応えることはなく、ただ黙って俺の言葉を聞いている。
余計な口出しはしないつもりなのだろうか。
だとしたら、この場では少しだけありがたい。

今行おうとしていることは、ある種、確認のようなものなのかもしれない。
ずっと終わらせようと思っていた闘争が終わって、これから、俺は真っ白な人生を歩み始めることになる。
これから何が起こるのか、本当に分からない。
今までは明確な敵や、明確な目的が存在していたけれど、六課にたどり着けばそれもなくなる。

与えられた役目は終わり、舞台には幕が下りる。
カーテンフォールの後に役者が何をやろうが、観客に関係のないことだ。干渉されても迷惑なだけだろう。
歌劇は終わり。そこに寂しさはあるものの、確かな達成感はこの胸に宿っている。

これを糧に、俺は俺の人生を歩んで行く。

「……人生、か」

これから俺は、何をしたいのだろうか。
それはあまりにも漠然としている。
方向性は決まっているものの、これをこうして幸せになりたい、という目的は存在していない。

ふと、脳裏に、閃光のような人生を歩んだ戦闘機人の影が浮かぶ。
あいつは、あれで満足だったのだろうか。
最後を看取ったシグナムの話によれば、彼女は満足していたらしい。
けれど――死んで終わり、というのは、俺にとってどうにも我慢のならない事柄だった。

どんな価値観だろうと、生きている限り人生は続いてゆく。
それを途中で満足して終わらせるだなんて――と、怒りにも似た何かが、胸を焦がしていた。
あいつは幸せだったのかもしれない。己の定めた道を、己の満足ゆく形で駆け抜けることができて。
けれどやはり、納得はできない。
あの死に様を認めることは、絶対にしたくなかった。

彼女が死ぬことで俺が今生きていることは確かだ。
庇われたことは否定しない。そこに彼女がどんな意義を見出していたのかも薄々と分かってもいる。
似ても似つかない俺とあいつだったけれど、正反対の位置にいるからこそ、奴という人間を見渡すことができているのかもしれない。
全貌を見渡すためには距離を置く必要があるような、そんな感じ。

……それに、似ていたから。
自分命を削ることで、得るものがある。
その得たものの還元先が自分か他人の違いはあるものの、あいつは俺だった。
俺が否定して、乗り越えた俺自身だったんだ。

故に、俺は生涯、トーレの生き様を認めないだろう。
あんな馬鹿女、誰が認めてやるものか。

そこまで考え、気付けば、もう六課の隊舎はすぐそこまで迫っていた。
もう一分もかからないのかもしれない。
残る僅かな時間を、俺は再び感傷へと使う。

今までの人生は、一体、どんなものだったのだろうか。
外圧に耐えながらも突き進んで、取りこぼし、時には得るものがあり。
投げ出したい、と思ったことは一度や二度じゃなかった。
周囲の雑音はあまりにうるさくて、不愉快で、耳を塞いで自分の中で完結すればそれはそれで幸せだったのかもしれない。

けれど俺はこうして、ここに立っている。
もう終わりはすぐそこだ。ここまで成り仰せたのは――ああ、そうだ。自分一人の力で辿り着いたわけじゃあない。
助けてくれる人がいた。俺を待ってくれる皆がいた。
確かに歩みを進めるのは疲れて、走り出すのは酷く億劫だったけれど。
こうして完走を目前にした今、ああ、間違いじゃなかったんだと思いたい。

悲劇、と口にすれば滑稽になってしまうが、それでも辛いことはたくさんあった。
それは俺が引き起こし、だからこそ怨嗟の声が届いて、それに身動きが取れなくなって、宗旨替えを行ったこともある。
自分の行いに自信があったわけではなかった。けれどこれが最上、と信じて、俺はすべてを行ってきた。
けれども他人から見ればそれは違って、結局分かったことと云えば、上手いやり方なんて存在しない、ということぐらい。
だったら俺は俺のやりたいようにやるさ、と開き直ってしまったのは、良かったのか悪かったのか。
それは今でも、分からない。
求められている云々は関係なく、自分がやり始めたことだ。だからこそいつでも止めることはできたけれど――

「……でも、待ってくれてる人たちがいたから」

呟き、視線の端に一人の女性の姿を捉えた。
彼女は俺に気が付くと、手を振って早く来いと急かしている。

分かったよ、と思わず苦笑して、俺は足に力を込めた。

――そう。結局はこれなんだ。
誰かが俺にここへ至ることを望んでくれたから、今の時間がある。
誰もが到達できるわけではない場所へと、ゆっくり時間をかけてだが、ようやく。

……その結果だけは嘘じゃないだろう。
他人が何を云おうと。これから何が起きようと、俺は俺の望むように生きる。
自分だけでたどり着けないのならば、それを素直に認めれば良い。
ただ一人ですべてのことを片付けられるのならば、他人なんかいらない。
けれど――それは、酷く寂しい人生だ。

一緒に生きてくれる人がいて、笑い合っていられる。
そんな日常をずっと過ごせていられたら――それを願い、俺はこの瞬間に至っている。

もう、駆け出せば抱き合えるぐらいの距離までに彼女は近付いている。
けど、白昼堂々とそんなことをする度胸は残念なことに持ち合わせていない。
だから俺は、ゆっくりとした歩みを続けて――

――その時、だった。

ふと、空を見上げる。

一面に広がった青空の中には影の一つも見当たらない。
反射的に振り向いたせいで目が焼けて、思わず掌を太陽にかざす。
それでいくらか楽にはなったけれど、やはり辛いことは確かだ。

それでも俺は、視線を空から逸らさない。
どこまでも続く蒼穹の中に、一つの影を探し出そうとして――

『旦那様?』

俺の行動を疑問に思ったのか、Seven Starsが声を上げる。

「……鳴き声が」

俺はSeven Starsに視線を向けず、ただ呟いた。

「……鳴き声が、聞こえたんだ」

あの瞬間。か細かったけれど、確かに俺は聞いた気がしたんだ。
鳥の鳴き声を。それは雲雀と呼ばれる種類のもので、海辺であるここにいないのだと分かってはいるけれど――

『……はい。
私にも、聞こえました』

そう、Seven Starsは応える。
本当なのだろうか。
センサーの類を五感にしているデバイスの発言なのだから、嘘ではないのだろうと思うことはできる。
……ただ、このSeven Starsは嘘を吐くだけの情緒を得ていると、マスターである俺は理解している。
それ故に、こいつが口にしたことが本当かどうか分からなくて――

……良いさ。

「……行こう」

微かな笑みを浮かべて、俺は視線を下へと。
俺が生きるべき、方向へ。

背を向け、俺は歩き出す。

ありがとう。その一言をそっと、何処かへ向けて。






END



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