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No.7038の一覧
[0] リリカル in wonder Ⅱ【完結】[角煮](2010/05/11 14:32)
[1] カウントダウン5[角煮](2009/03/07 02:30)
[2] カウントダウン4[角煮](2009/03/12 10:38)
[3] カウントダウン3 前編[角煮](2009/03/30 21:47)
[4] カウントダウン3 後編[角煮](2009/03/30 21:49)
[5] カウントダウン2[角煮](2009/03/30 21:46)
[6] カウントダウン1[角煮](2009/04/25 13:06)
[7] カウントダウン0 前編[角煮](2009/05/06 20:21)
[8] カウントダウン0 後編[角煮](2009/05/06 20:23)
[9] sts 一話[角煮](2009/05/06 20:33)
[10] sts 二話[角煮](2009/05/20 12:15)
[11] 閑話sts[角煮](2009/05/20 12:15)
[12] sts 三話[角煮](2009/08/05 20:29)
[13] sts 四話[角煮](2009/08/05 20:30)
[14] sts 五話[角煮](2009/08/05 20:27)
[15] sts 六話[角煮](2009/08/09 11:48)
[16] sts 七話[角煮](2009/08/28 21:59)
[17] sts 八話[角煮](2009/08/20 21:57)
[18] sts 九話 上[角煮](2009/08/28 21:57)
[19] sts 九話 下[角煮](2009/09/09 22:36)
[20] 閑話sts 2[角煮](2009/09/09 22:37)
[21] sts 十話 上[角煮](2009/09/15 22:59)
[22] sts 十話 下[角煮](2009/09/25 02:59)
[23] sts 十一話[角煮](2009/09/25 03:00)
[24] sts 十二話[角煮](2009/09/29 23:10)
[25] sts 十三話[角煮](2009/10/17 01:52)
[26] sts 十四話[角煮](2009/10/17 01:52)
[27] sts 十五話 上[角煮](2009/10/17 01:51)
[28] sts 十五話 中[角煮](2009/10/21 04:15)
[29] sts 十五話 下[角煮](2009/11/02 03:53)
[30] sts 十六話 上[角煮](2009/11/10 13:43)
[31] sts 十六話 中[角煮](2009/11/19 23:28)
[32] sts 十六話 下[角煮](2009/11/27 22:58)
[33] ENDフラグ はやて[角煮](2009/12/01 23:24)
[34] ENDフラグ チンク[角煮](2009/12/15 00:21)
[35] ENDフラグ なのは[角煮](2010/01/15 15:13)
[36] ENDフラグ フェイト[角煮](2010/01/15 15:13)
[37] sts 十七話[角煮](2010/01/08 19:40)
[38] sts 十八話[角煮](2010/01/15 15:14)
[39] sts 十九話[角煮](2010/01/21 20:26)
[40] 幕間[角煮](2010/02/03 21:17)
[41] sts 二十話 加筆 修正[角煮](2010/02/03 21:18)
[42] sts 二十一話[角煮](2010/03/10 23:25)
[43] sts 二十二話[角煮](2010/03/11 19:00)
[44] sts 二十三話[角煮](2010/03/12 17:41)
[45] sts 二十四話[角煮](2010/03/13 18:23)
[46] エピローグ[角煮](2010/03/14 20:37)
[47] 後日談1 はやて[角煮](2010/03/18 20:44)
[48] はやてEND[角煮](2010/04/18 01:40)
[49] 後日談1 フェイト[角煮](2010/03/26 23:14)
[50] 後日談2 フェイト[角煮](2010/03/26 23:14)
[51] フェイトEND[角煮](2010/03/26 23:15)
[53] 後日談1 なのは[角煮](2010/04/19 01:27)
[54] 後日談2 なのは[角煮](2010/04/18 22:42)
[55] なのはEND?[角煮](2010/04/23 23:33)
[56] 後日談1 チンク[角煮](2010/04/23 23:33)
[57] 後日談2 チンク[角煮](2010/04/23 23:34)
[58] 後日談3 チンク[角煮](2010/04/23 23:34)
[59] チンクEND[角煮](2010/04/23 23:35)
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[7038] sts 二十四話
Name: 角煮◆904d8c10 ID:1e7f2ebc 前を表示する / 次を表示する
Date: 2010/03/13 18:23


「ぐ、ぁ……!」

レヴァンテインを取り落とし、シグナムは左肩を押さえた。
視線を向ければバリアジャケットを貫いて抉られており、断面からは肉と骨が覗いている。
それはすぐさま溢れ出した鮮血へと埋没し、傷口を覆い隠す。
目に入れることも忌避したい凄惨な傷だが、しかし、これで済んだのは幸運だったとしか云えない。
僅かでもずれていれば喉笛を刺し貫かれていたのだろう。
それを防ぐことができたのは、トーレの速度に匹敵する挙動を行えたからか。

対し、トーレは。
彼女はシグナムと違い、鮮血の一つも流していない。
だがそれは――臍付近から左脇腹までに走る傷の断面が、完全に炭化しているからだった。
一拍遅れ、その表面から血が滲み出す。
喀血しながらその傷口を押さえ、トーレは蹲った。

深手は与えた。敵に回復手段はない。まず間違いなく致命傷だ。
だから、トドメを刺さなければ――

頭ではそう理解していながらも、力の抜けてゆく感覚に、シグナムは歯噛みする。
たった今つけられた大怪我と、一瞬で大量の魔力を消費した虚脱感。
そして、未来はともかく、現在のキャパシティを越えた力に縋ったのが悪かった。
更に、勝負を決する一撃を放つ前には一方的な蹂躙を受けている。
プログラム体故の頑強さが彼女にはあるためまだ戦えるのかも知れない。
が、この時だけは積み重なった無茶に身体が着いてきてくれなかった。

足掻こうと震えるシグナムを余所に、コツリ、と背後で音が上がる。
それは戦闘機人の足音だ。硬質な足裏が立てる音色に、敵が再起したのだとシグナムは気付く。

……嫌だ。私は、死にたくない――!

肩へとのしかかる死神を振り払わんばかりの勢いで、シグナムは振り返る。
が、目に映った光景は彼女の予想を良い意味で裏切っていた。

立ち上がった戦闘機人はインパルスブレードを消し、立ち尽くしながらこちらを見ている。
何が、と思い、同時に、彼女の瞳に理性の輝きが戻っていることに気付いた。

状況を飲み込めないシグナムを余所に、トーレは頭を振る。
そして苦笑を浮かべると、傷口を押さえた手をそのままに、視線を寄越してきた。

「……見事。できればお前とは、もっと早くに出会いたかった。
 名を、教えてくれないか」

やはり敵の声は喉が焼けているため聞き取り辛い。
しかし、真摯な響きの宿るそれを無下にすることはできず、咀嚼するように意味を飲み込んで、シグナムは口を開いた。

「……シグナム。
 シグナム・スクライア。
 エスティマ・スクライアの娘だ」

「ああ――そうか」

何が可笑しいのか、戦闘機人はくつくつと笑いを噛み殺した。
死に瀕する怪我を負っているというのに、微塵もその様子を見せず。
空いた手で額を抑えると、溜め息を一つ吐く。

「そういえば、あの方には娘がいたか。
 今この時まで、忘れていたよ。
 ……エスティマ様の娘、シグナム。お前に感謝を。
 苛烈な一撃は、私にすべてを思い出させてくれた。
 できることなら、この場で続きをやりたいところだが……」

云いながら、トーレは再びインパルスブレードを展開する。
両手両足に瞬くエネルギー光と共に彼女の身体は浮かび、彼女は視線をシグナムから逸らす。

「既にこの身は一度負け、その時に朽ちている。
 朽ちねばならん。
 死人には勝利も敗北も与えられてはいけない。
 そのはずだと、私は信じている。
 故にお前に負けるわけにはいかん。そして勝つつもりもない。
 ……先延ばしにしていた終わりを、私は甘受しに行こう」

「貴様……まさか」

まさか、父と戦うつもりなのか――?

それに思い至り、待て、と声を上げるも、トーレの方が早かった。
どこにそんな力が残っていたのか。
ISを発動させると同時、トーレの姿はあっという間にこの場から離れてしまう。

「行かせん……!」

『おいおい待てよ! 治療が先だろ!?』

「そんなことをしている暇は――!」

『だからってボロボロの身体を推して行けば、役に立てるかどうかも分からないだろ!
 待ってろよ。そう時間はかけないからさ』

アギトの言葉に、確かにそうだ、とシグナムは焦燥を押し殺す。
死ぬほどではないにしろ、この身体で戦えるわけもなく。
父の元へと急行し、もし加勢が必要な場面へ直面しても今のままでは力になれるか怪しい。
否、なれないだろう。
だから今は傷を癒すのが先決だと、分かっているが――

決して遅くはないアギトの治療に苛立ちながらも、シグナムは眉根を寄せる。
……父上。すぐ、助けに行きます。

その一言を胸中で噛み締め、彼女は父の無事を祈った。















壁へと背中を預けながらティアナは、呆、と天井を眺めていた。
僅かに入っていた亀裂は影を長くし、ひび割れは今、蜘蛛の巣のように天井に走っている。
それをただ見ているティアナに焦りがないわけではない。
施設を襲う揺れは酷くなる一方で、崩壊はすぐそこまで迫っているのだろう。
しかし、どうにかするにしても今の自分には何もできないことを、彼女は理解していた。

左肩はウェンディから受けた射撃と、その余波で吹き飛んだ際に受け身が取れなかったことで動かない。
おそらくは折れているのだろう。外れたのではなく折れた。完治に一体どれだけの時間がかかるんだ、と頭が痛くて仕方がない。
その上、右腕。こちらはドア・ノッカーで零距離射撃を行った際、焦って手首を固定しなかったため嫌な方向に折れ曲がっている。

……脱臼で済んでれば良いんだけど。

そんな風にどこか他人事のように考えて、彼女はわざと怪我を意識しないようにしていた。
こんな状況ではもう、動くことすらままならない。今はじっとしているから良いものの、立ち上がればその振動で激痛に悶える羽目になることは容易に想像できた。

あくまで一般人の延長線上にしかいないティアナにとって、この怪我は経験したことのないほどの苦痛だった。
こんなものをいくつも乗り越えて前線で戦っている隊長陣はやっぱおかしーわ、などと呆れて、彼女はため息を吐く。

つい、とティアナは視線を流す。
その先には俯せに倒れているウェンディの姿があり、大の字に近い体勢で四肢を投げ出している彼女は、バインドで拘束すらされていない。
それだけの余力がティアナに残っていないということもあるが、ウェンディが完全に気絶していることを知っているからこそ放置しているという面もある。

……そのおかしな連中の末席に自分も連なっており、その証明とも云うように己が倒すべき敵を打倒することだけはできた。
ご覧の通りに満身創痍で、勝ち方も決して華麗とは云えない代物だったが――私らしいか、とティアナは苦笑する。

そうしていると、だ。
通路の奥から――サンプルとなっていた人々の入った培養ポッドが転送されたため、寒々しい――ローラーブーツが地面を削る音と、忙しない足音が聞こえてきた。
目を向ければ、そこには仲間たちの姿があった。
中には見慣れない姿が二つ。一つはスバルが背負っている戦闘機人Type-R。そしてもう一つは、エリオとキャロに並んで駆け寄ってくる小柄な少女だ。
……戦闘機人はともかく、あの子は何?

訝しむように視線を送っていると、皆はティアナの元へと近付いてきた。

「ティア、大丈夫!?」

「……ご覧の通りよ。ごめん、あんま騒がないで。怪我に響くの」

「……う、うわ、どうしよ」

「今、応急手当をしますから!」

鬱屈としたティアナの声に慌てるスバル。
そんな彼女と違って、キャロは即座に足下へ魔法陣を展開すると、治癒魔法を発動させた。
それによって劇的に症状が良くなるわけではない――急激な回復魔法の使用は毒でしかない――が、痛みが徐々に引きはじめ、ティアナは少しだけ余裕を取り戻す。
動いてくれない両腕を引きずるように立ち上がって、彼女はギンガへと視線を向けた。

「えっと、ギンガさん、状況は?」

「囚われた人たちは全員転送完了。
 あとはシグナムを――と云いたいところだけど、良いニュースよ。
 あの子は健在。戦闘機人との戦闘を切り抜けて、今はエスティマさんを救出しに動いてる。
 これからは撤収。施設の崩落に巻き込まれるわけにはいかないからね。
 エリオくん、ティアナ、スバルは倒した戦闘機人を連れて外に出て。
 私たちはこれから、なのはさんが倒した量産型の戦闘機人たちを外に転送しないとだから」

「……分かりました」

……ここまで、か。
転送魔法という技能を持つキャロと見知らぬ少女は残るしかないとしても、自分はここから離脱すべきだ。
スバルやエリオはともかく、今の自分は足手まといでしかない。
その上、倒した敵を保護する必要がある以上、ここで戦線を離脱するのは仕方がないことか。

「ティアさん、後は任せてください。
 皆を外に送り出したら、私も帰りますから」

「……うん、気を付けなさいよ。
 ギンガさん、お願いします」

「ええ、そっちも。最後の最後まで気を抜かないようにね」

ギンガが声をかけてくると同時、ティアナ、スバル、エリオの三人を魔力光の残滓が包み込んだ。
見れば、二人の少女はグローブ型のブーストデバイスを構えて転送魔法を発動させている。
ここで、自分の戦いはお仕舞い。
やるべきことはやった。手は尽くした。結果も出した。
あとは皆が揃って無事に戦いを終わらせることができれば、何も云うことはないだろう。

……先に戻ります。

心の中でそっと、ウェンディとの戦いに力を貸してくれた人物に言葉を向けて。
ティアナたちは、結社の施設から離脱した。















リリカル in wonder













吹き荒ぶサンライトイエローの極光。
その中心部と云える場所で、数多の火花が空間を彩っていた。

打ち合うものは同種のデバイス。
だが先ほどと違うのは、応酬が一方的な蹂躙ではないということだ。

パワーバランスの傾いていた争いは今、エスティマの方へと。
フルドライブ状態で完全解放された希少技能は、彼が扱うデバイスたちも加速対象に含む。
通常の処理能力を大きく超えた領域で稼働する二機のデバイス。
彼女らの助力を受けて、エスティマは迫り来る断頭の刃を次々に回避していた。

そしてセッテの攻撃が止み、遂にエスティマの間合いへとセッテが入る。

冷却を開始している彼女はISを使って逃れることはできない。
つまるところ、エスティマが動いている次元の速さについてこれないと云うことだ。
セッテはどんな表情をしているのだろうか。エスティマはそれを確認せず、意識を研ぎ澄ませた。
極限まで引き延ばされた体感速度をそのままに放たれた斬激。一拍置いて確かな手応えがあり、次いで、轟音が鈍った聴覚を刺激した。

弾き飛ばされる、などという表現など生ぬるい。
半ば爆ぜるような勢いでセッテは壁まで吹き飛ばされると、盛大に粉塵を上げ、瓦礫の中へと埋もれる。

肩で息をしながら、エスティマは一瞬で築き上げられた瓦礫の山を睨む。

それと同時、充ち満ちていたサンライトイエローの光が徐々に勢いを弱め始めた。
力尽きたのではなく、グリフィスからの連絡を聞き、部下たちが危機を脱したと分かったからだ。

宙に浮かんでいたエスティマはAMFCを解除すると、地面へと降りてくる。
その際に小さくよろめいたのは、決して偶然ではない。
外傷こそ完全に消え去ったものの、限度を超えた治癒魔法の使用とレリックコアの解放。そういった目に見えないダメージが蓄積し、疲労が泥のようにまとわりついてくる。
それでも彼の瞳に宿った意志の光は微塵も弱っていない。
玉座の間に残る者たち――ヴィヴィオ、それに瓦礫の中へと埋まったセッテを流し見る。
そして最後にオルタ・スカリエッティへ視線を向けると、彼は口を開いた。

「……終わりだ、オルタ・スカリエッティ」

「そうかな?」

お前たちの負けだ、と敗北を突き付けるエスティマ。
しかし言葉を向けられたオルタは顔に浮かばせた余裕を崩さず、小さく首を傾げる。

「ああ、確かに結社の戦力は壊滅したさ。
 施設もご覧の通り。残るはゆりかご……と云いたいところだけれど――」

オルタがそこまで云った瞬間、今までにないほど強烈な揺れがゆりかごを襲う。
気を抜けば倒れそうになる震動をSeven Starsを杖にすることで耐え、エスティマはオルタを睨み付けた。

「そう睨まないで欲しいね。
 この揺れは、クアットレスⅡの動力炉として使われていたレリックが爆発したことが引き金となって起きたんだ。
 ゆりかごが止められる今、完全に崩落することはなくなっただろうに……君たちの頑張りすぎというわけさ」

「……なら、とっともお前を捕まえてここから出ることにする。
 お互い、生き埋めになるのは御免だろう?」

「生き埋め、ね……」

その言葉の何が可笑しかったのか、オルタはくすくすと笑い声を上げる。

それに違和感を抱きながらもエスティマは飛行魔法を発動させて再び宙に浮かび、左腕をオルタへと向けた。
サンライトイエローの魔力光が瞬き、バインドが今にも発動しようとして――

「ああ、エスティマさん。
 あなたはもう勝ったつもりのようだけど、あまりセッテを甘く見ない方が良い。
 確かにあれは強烈な一撃であったけれど……直撃はしていないよ?」

「……何?」

云われ、嫌な予感が腹の奥底から、そしてすぐさま背筋を駆け上り、エスティマはセッテの埋まっている瓦礫へと視線を向けた。
確かにあの瞬間、エスティマは攻撃に意識を集中させていたせいで敵の様子を把握してはいなかった。
しかし防御の上からでも敵を叩き潰せるだけの一撃は見舞ったのだ。間違いなく。
だから、まだ動けるだなんてことは――

だが、エスティマの思考を否定するように、魔力の奔流と共にセッテが埋まっているであろう瓦礫の山が吹き飛ばされる。
姿を現したセッテは額から血を流し、体中に粉塵を浴びはしているものの、立ち上がる姿から傷を負っている様子は見られない。
彼女は両腕に握った金色のブーメランブレードを一閃すると、足下に魔法陣とテンプレートの混ざった、幾何学模様のようなものを――ツインドライヴの発動、その兆候を見せる。
次いで、彼女のヘッドギアから蒸気が噴き出した。
今までは息継ぎをするように合間合間で行っていた冷却。それをずっと続けた状態で、

「……戦闘面において、あなたをSSSランク相当のストライカーと判断しました。
 オルタ・スカリエッティ。リミット解除の許可を」

「ああ、許可しよう。存分に暴れたまえよ」

「――了解」

彼女が呟いた瞬間、眩い光が玉座の間に残っていたサンライトイエローの残滓を根こそぎ吹き飛ばす。
叩き付けられる悪意のない、無機質故に異質な敵意。それにエスティマは汗を噴き出し、Seven Starsを握り締めた。

「……くるか。
 Seven Stars、リインフォース。
 フルドライブは継続だ。最悪でも、ヴィヴィオを助け出してここから逃げたい。
 このまま戦う。一撃入れて隙が出来たら、そのまま離脱だ」

『戦ってる暇なんて、残ってないのに……!
 オルタもあの戦闘機人も、ここで私たちと心中する気ですか!?
 ……うう、無茶だけど仕方がないです。
 ダメージフィードバックはもう限界近いですから、気を付けてください、エスティマさん』

『もしかしたら、敵は脱出手段を……ああ、考えてみれば当たり前ですか。
 あの戦闘機人が転送魔法を使うのならば、逃げるのは容易いことでしょう』

Seven Starsの言葉を聞き、エスティマは歯を噛み鳴らした。
自分たちは外へ逃げなければいけないというのに、敵にはその必要がない。
であれば、余力がそう残っていないエスティマだけでも倒して――と考えるのは不思議でもないだろう。

「IS発動。
 スローターアームズ・オーバーライド――リミットブレイク」

セッテがISの発動を宣言すると同時、彼女の姿が掻き消えた。
これはさっきまでの戦闘の再現。焼き増しと云っても良い。
敵の動きを目で追えない以上、四方から押し寄せる攻撃に対処する術はない。
反応するには直感で動くしかなく――しかし、

『――Zero Shift』

瞬間、エスティマの希少技能が発動する。
それに呼応して稼働を止めていたレリックコアが再度脈動を開始し、莫大な魔力が供給され出した。
それによって付加される加速の倍率は、今までの比ではない。
音の壁など遙か背後に置き去って、挙動、思考、魔力運用の速さは雷の速度にすら到達していた。
だがそれでも、死角から急所を執拗に狙ってくる斬撃を察知することは容易ではない。
首や主要な血管が通っている部位。失えば戦闘続行が困難になる部分。それらを一つでも抉られれば、動いているのが奇跡と云える今のエスティマは間違いなく戦えなくなるだろう。

そうして再び、斬首の刃が背後から現れる。
察知はやはり間に合わない。刃が虚空に出現した瞬間、エスティマはまだセッテの姿を目で追っていた。
このままでは、やはり――

『後ろです』

瞬間、強引とも云える方向転換をエスティマは行う。
それをさせたのはSeven Starsであり、彼女は主の命を守るためにハルバードを振るわせた。
火花が散るなど生易しい表現ではない。轟音を伴って激突した両者のデバイスは、閃光を上げて弾き飛ばされた。
そうして、次が――

『見えてるですよ!』

繰り出されるセッテの攻撃を防ぐように、リインⅡがシールドを展開する。
攻撃を阻まれることはなかったが、しかし、一瞬でも動きが止まれば今のエスティマには十分だった。

迫り来る凶刃をかいくぐり、必殺の意志を乗せて一分を一秒に、一秒を刹那へと、刹那を限りなくゼロに、己の活動する位相をシフトし、彼は両手で握ったハルバードを振り上げる。

共に加速対象となった二機のデバイスたちに助けられながら目の届かない、察知も難しい攻撃を避け――そうして、再びエスティマはセッテを捉える。
見付けた――転送されてくる攻撃を次々に避けながら、エスティマは敵へと一気に迫り寄った。
連続した転送を行おうとも、刹那に満たない瞬間、転送を行った直後、セッテはそこに存在している。
常人にとってそれは隙でもなんでもない。事実として姿を見せているのだとしても、だからなんだとしか云えないだろう。

だが――エスティマは違う。
彼が扱う希少技能・加速。
己の体感速度、思考速度、魔力運用速度、魔力放出速度、その四つを極限まで引き上げることができる彼だけは、セッテの姿を捉えることができ――そして今、彼にしてみればセッテは止まっているのにも等しい。

迫るエスティマに、セッテは両手に握ったブーメランブレードを投擲してくる。
戦闘機人の腕力で投げられたそれは、バリアジャケットの上からでも敵を簡単に殺害するだろう。

しかし。
甘い、とエスティマはそれを笑う。ただ飛んでくるだけの攻撃を捌けないとでも思ったのか?
踊るようにハルバードを一閃、二閃。金属同士が衝突する絶叫は、上がらない。そんなものが発生する領域はとうの昔に追い越している。

「ここは――俺の距離だ!」

更に距離を詰め、得物の射程範囲に敵を捉えた。
腰だめに構えたハルバードを勢い、腕力、それらのすべてを乗せて横薙ぎに――

『いけません! 避けて、旦那様!』

Seven Starsから届いた念話に、エスティマは舌打ち混じりで身体を捻った。
その瞬間だ。間違いなく弾き飛ばしたブーメランブレードが虚空から出現し、エスティマの首があった空間を薙ぐ。
が、それはすぐに姿を消して――

『そういうことか……!』

再び出現したブーメランブレードを、エスティマは渾身の力で切り払う。
しかしやはりブーメランブレードはすぐに姿を消して、あろうことかエスティマが弾き飛ばした際に付加された勢いを乗せて急所へと殺到してくる。
雷の如く軌跡を描くエスティマ。それを捉えんとするブーメランブレード。
セッテのリミットブレイクとは、つまりそういうことだ。
一度投擲されれば最後、弾こうが避けようが、相手を絶命させるまで跳び続ける悪夢じみた刃。
その上、切り払えばその勢いを上乗せしてしまう。
直接斬りつけられる以上にタチが悪い。
更に――

「――」

トリガーワードは加速したエスティマの耳に届かない。
だが、セッテは彼への対処を武器に任せて砲撃魔法を構築している。
射出される先にあるのは、旅の鏡にも似た転送ゲート。
もし放たれでもすれば、二つのブーメランブレードを避けるだけで手一杯になっているエスティマへ、更なる暴力が押し寄せるのだろう。
そうなれば、今度こそ絶対に命はない。

ならば――

『……使うぞ。Seven Stars、リインフォース。
 紫電一閃・七星だ』

やや躊躇いながら、エスティマはデバイスたちに指示を出した。

セッテを完膚無きまでに打ち破るには。
雷の速度を発揮している今、それを上回る一撃を望むのならば。
おそらく敵に届く攻撃は、それしか存在していない。

過去、紫電一閃・七星を使用したことは二回だけ。
一度目はクアットレスⅡとの戦闘で、希少技能を用いらずに放った。
二度目は六課での戦闘で、不完全な技をセッテによって破られた。
ならばここで三度目、完全な形の紫電一閃・七星を放とう。

『はい、旦那様』

エスティマの宣言に応じ、Seven Starsは己のフレームに左腕から供給される魔力――電気変換されたそれを、全身へと滾らせる。

『はいです。
 こんなところで死んじゃうために、リインは生まれてきたわけじゃないですよ』

次いで、リインⅡが外装の冷却を始めた。
急速に冷却され始めるSeven Starsの外装。希少技能の恩恵を受けている今、氷点下を更に超え、絶対零度にまで一瞬で冷え切らせるのは難しくはない。

暴発したかのように、Seven Starsを中心に雷が大気を灼く。
凍て付いた空気は雷によって蹂躙され、煌びやかでありながら終末的な風景を作り上げ、踊る稲光は迫りくるブーメランブレードを弾き飛ばした。

これより放たれるのは、エスティマ・スクライアの生み出した極みとも云える、至高の一撃。
担い手である彼はデバイスたちを信頼し、もはや言葉もなく敵を見据えた。
視線の先にいるセッテは、エスティマの行おうとする攻撃に気付いたのだろう。

彼女は一度、不完全ながらも紫電一閃・七星を破っている。
しかしそれに傲らず、構築している砲撃魔法を僅かでも早く完成させようと思っているのか。足下の魔法陣が、より強く瞬いた。

勝つか負けるか、二つに一つ。
それぞれ一つの究極に至っている二人は、過去の自分自身を超越し、今この瞬間、あらゆるものを凌駕していた。

「――」

吐息一つを最後に漏らして、エスティマは疾走を開始する。
肩に担いだハルバード。絶対零度に至って電気抵抗が消え去り、莫大な魔力を元に生み出された電力で射出される光の刃。
ただその一撃を繰り出すべく、彼の思考は研ぎ澄まされている。
余分なものの何一つない意志は、友人たちによって後押しされた熱意が手助けをしていた。
生きて帰りたい。あの日だまりに戻りたい。故に――と。

停止同然の時間を引き裂き、両者は己の敵を撃滅するべく力を振るう。

そして――

「紫電一閃――」

『――Ashes to Ashes 1st ignition』

今にも斬撃が放たれようとしたその瞬間、Seven Starsはリミットブレイクを発動させた。
単発式のリミットブレイク。
Seven Starsのフレームに溜め込まれた莫大な魔力を、カートリッジシステムと同じ容量で炸裂させることにより、一撃へ強大な威力を上乗せする代物だ。
それにより、Seven Starsは内部に蓄積された魔力を破裂させ、フレームが破裂するかのような光を放つ。

……それはエスティマが指示したことではない。リインⅡも。
だが、ここでSeven Starsへ行ったことに言及することは叶わない。
例え時間を極限まで引き延ばしているのだとしても、その状態ですら静止することが叶わない一撃をこれより放とうとしているからだ。

「――七星ッ!」

瞬間、エスティマのトリガーワードが紡がれる。
砲身の役割を果たしていた外装は一気にパージされ、同時、Seven Starsの本体である金色の戦斧は射出、斬撃として振るわれる。
だが――セッテを切り伏せるべく放たれたそれは、リミットブレイクを発動させた衝撃によって軌道を反らす。

それによって、エスティマとセッテは同時に目を見開いた。

最早目で捉えることは叶わない速度。放たれた刃は、Seven Starsによって更なる後押しを受け――
――遂に何者も到達できない領域、亜光速へと足を踏み入れていた。

セッテに届かなかった刃はそのまま床へと衝突する。
瞬間、今までどんな敵と戦おうと一度も砕けることのなかったSeven Starsのフレームが、音を立てて砕け散った。
だが、それでは終わらない。それによって発生した衝撃波が、この場に存在するものすべてを吹き飛ばす。
刃の触れた床を一瞬にして蒸発させ、浮かび上がった、などという表現では生ぬるい勢いで瓦礫は飛散する。

Seven Starsほどの質量を持つ物質が光速で衝突すれば、どれほどのことが起こるのか――それが分からない者はここに存在していない。
リインⅡは咄嗟にディストーションシールドを展開し、爆心地――そう形容するのが相応しい――から広がる衝撃波を強引に封じ込めようとする。
しかし、荒れ狂うエネルギーの暴走は空間の歪みすらも食い破り、僅かに減衰された激流がエスティマたちを飲み込んだ。

想定外の事態が発生したことに、セッテもエスティマも反応が間に合わない。
ディストーションシールドを粉砕されたリインⅡはエスティマを守るべく防御魔法を幾重にも展開し、ダメージを一身に受けるべく準備をし――

グランドゼロの中心にいた二人は、冗談のような速度で正反対の方向へと吹き飛ばされた。
間を置かずに激突し、先の一撃で舞い上がった瓦礫の中に粉塵が混ざる。

両者、ほぼ同時に崩れ落ち――

そして、立ち上がったのはエスティマだった。
だが彼も無事ではない。否、無事ではあるが、デバイスたちが完全に砕け散っていた。
リインⅡとのユニゾンは限度を超えたダメージを一気に与えられたため解除され、エスティマの姿は制服に戻っている。
が、エスティマが無事だった理由はそれだけではない。

バリアジャケットがリアクターパージされ、制服姿となった彼だが――しかし、その両肩にかけられたシェルコートによって衝撃波に晒されることはなかった。
戦闘前にチンクからお守り代わりに手渡された代物だ。セッテとの戦闘中にずっと出し惜しみをした守りを、彼はこの瞬間に使っていた。

機能を発揮し、役目を終えたシェルコート。
完全に衝撃を殺すことはできなかったのか、裾が破れてしまっている。

……ありがとうございます。

そう、エスティマは呟いて、躊躇いながらもシェルコートを床に落とした。
胸に手を当て、リインⅡへと念話を送る。だがしかし、返答はない。
けれど、物理的に破壊されたわけでないのなら直せる。直してみせる。
そう固く誓いながら、エスティマはよろけながらも歩き出した。

セッテは今度こそ完全に行動不能となったのだろう。
オルタは何を考えているのか。こちらを見ながらも黙している。

……今は、それよりも。

「……おい、Seven Stars」

どこか恨み言を呟くような調子で、彼は相棒の名を呼んだ。
玉座の間は完全に荒廃し、聖王が君臨していた一室とはとても思えない有様になっている。
床に生まれたクレーターに、飛散した瓦礫。その上、崩壊の始まった施設に巻き込まれ、亀裂がそこら中に入っている。

その中にSeven Starsの姿はない。
床には彼女がいた証拠である金色のフレーム、その欠片を見付けることができるが――

「Seven Stars!」

声を張り上げるも、やはり返事はない。
まさか――と、嫌な予感が脳裏を過ぎる。
またなのか。また自分は、勝利と引き替えに相棒を失ったのか?

Seven Starsが何故あんな真似をしたのか、エスティマは理解していた。
ずっと一緒に戦ってきた、二人目の相棒と胸を張って云える存在だ。完全に理解はできないまでも、ある程度の想像はできる。
けれど――天秤にかけるのならば、思い入れも何もない敵よりも、ずっとお前の方が大切だって云うのに、お前は。

「Seven Stars……ッ!」

頼むから返事をしてくれと、彼は声を張り上げた。
オルタの目など気にせず、泣き出す一歩手前の状態で彼は足を進める。
そうして――

『……なんて、顔をしているのですか。
 ストライカーがそれでは、みっともない』

ノイズ混じりの念話が届いて、エスティマは目を見開いた。
そして声が聞こえた方向に駆け寄るとしゃがみ込み、破片で指先が破れることにも構わず瓦礫を掘り起こす。

「Seven Stars……」

瓦礫の隙間にあった、黒い宝玉をエスティマは発見する。
ひび割れ、砕け散る一歩手前の状態になってはいるが、コアに宿る弱々しい光は彼女が動いていることを示していた。
壊さないように、おそるおそるエスティマはSeven Starsを掌に乗せる。

「お前って奴は、本当……なんであんなことを」

『さて……主人に似たのではないでしょうか。
 それと、先代にも』

あの瞬間、エスティマのデバイスであるSeven Starsは、己の仕事を完璧にこなしながらも一つの疑問を抱いていた。
このまま紫電一閃・七星を放てば、まず主人は勝てるだろう。そこに間違いはない。
けれど――それで良いのだろうか?
これより放たれる魔刃は、人の域を遙かに超えた一撃である。
防御も回避も許さず、掠るだけでも絶対に敵を殺戮せしめ、無に帰す絶技。

この場を切り抜けるにはこれしか手段はないのだとしても――これで良いのか?

……このままではあの戦闘機人を殺してしまいます。

その一言は軟弱な思考から導き出されたわけではない。
エスティマたち管理局員は戦争をしているわけではないのだ。
いくら闘争に身を置いていようと、人を殺してはならない。
それは場合によりけりで、今こそがそれの許される局面ではないのかと、Seven Starsも分かっていた。

だが――エスティマは日常に戻りたいと云った。
その主人に人殺しの汚名を着せたくはないと、Seven Starsは思う。
いくら敵が生まれて間もない、意志らしい意志を持っていない戦闘機人なのだとしても、あれが一つの命であることに違いはない。

過去、Seven Starsが殺意を抱いたことは何度かあった。
もっとも新しい記憶は、六課が襲撃された際、エスティマが胸に抱えていた秘密を暴露された瞬間か。
確かに、あの時抱いた感情に間違いはない。
万死に値すると憤りはした。消えてしまえと呪詛に乗せて一撃を放ちはした。

だが、今は違う。
主人の心を本当に守るのならば――

ならば――今こそ。
私は旦那様の道具である意義を果たしましょう。
インテリジェントデバイスとは、使われるためだけに存在しているのではない。
使い手の信頼に応え、主の望む結果を手に入れるため手助けをする存在。

……今こそ云いましょう。
いつか、バルディッシュに問いかけられた答えを行動によって示しましょう。

今なら分かる。先達であるLarkが、何故命を張ってまで主人の意地を支えたのか。
俺の道具を嘗めるな、とエスティマは云った。
それは、信用し、信頼し、命を預けるだけの絆があるからこそ云ってくれた台詞なのだという自負がある。

……この人を助けてあげたい。

あまりにも単純ではあるが、人間にしか抱けないその感情を、Seven Starsはあの瞬間に覚えていた。

故に――と。

「……馬鹿野郎」

そんなSeven Starsに涙混じりに苦笑して、エスティマはハンカチを取り出すと、Seven Starsを包み込んだ。
胸ポケットにそれを入れると、小さく息を漏らして立ち上がる。

……こんな風に守られたって、嬉しくない。
コイツがいなくなると考えて、その現実が訪れるというだけで――いつも側にいる相棒だからこそ、決して失いたくないと強く思う。
――お前だって俺の守りたいものの一つなんだぞ、馬鹿野郎。

そんな言葉を胸の中で呟き、ポケットの上からエスティマはSeven Starsに触れる。

そして目元を手の甲で拭い、意識を切り替えると、彼はオルタへと視線を飛ばした。

「……俺の勝ちだ、スカリエッティ」

「……ああ、そうだね」

セッテが負けたことが信じられないのだろうか。
どこか放心した様子で、オルタは呟く。

しかし視線はエスティマをじっと見据えたまま、

「……僕の負けだ、エスティマ」

ゆっくりと、その一言を口にした。

オルタの言葉を聞いて、エスティマは僅かに目を閉じる。
……本当ならばジェイルに突き付けてやりたい言葉で、聞きたい台詞でもあった。

けれど、これで良い。
ジェイルは屈した。オルタもこれで捕まえられる。
仲間たちも無事で――そして、この戦いも終わるだろう。

エスティマは目を開くと、右腕を持ち上げてオルタへと向けた。
瞬間、デバイスを介さずフープバインドが発動し彼の身体を拘束する。
サンライトイエローの輪に囚われた彼は、何を考えているのか。
それはエスティマには分からない。

オルタを捕らえたエスティマは、次にヴィヴィオへと身体を向ける。
玉座の間がこの惨状になる戦闘のただ中にあっても、彼女の周辺だけはここへたどり着いた時と変わっていなかった。
おそらく聖王の鎧があの子を守っていたのだろう。でなければ、魔法を使えるであろうオルタはともかく、ヴィヴィオが無事である説明が付かない。

早く助けてやらないと、と思いながらエスティマは一歩踏み出し――

「ヴィヴィオ、エスティマくん!」

轟音と共に、玉座の間と外を隔てている壁が吹き飛んだ。
姿を現したのはなのはだ。
彼女は肩で息をしながら、レイジングハートを構えつつ室内を見回す。
そしてエスティマと目が合い――

「……行ってこいよ、ママ」

「……ありがとう」

僅かに逡巡しながら、なのははヴィヴィオの方へと飛んで行った。
床に降り立ち、レイジングハートを彼女が眠っている椅子に立てかけると、そっとヴィヴィオの顔を覗き込む。
最初は険しい顔をしていたなのはだが、ヴィヴィオが暢気に寝息を立てているだけなことに気が付くと、呆れたように破顔した。
そして――耐えられなくなったように、彼女はヴィヴィオを持ち上げ、力一杯に抱きしめた。

少し苦しいのか、ヴィヴィオがうめき声を上げる。
それで僅かに力を緩めながらも、なのはがヴィヴィオを放すことはなかった。

……踏ん切りでもついたのかね。
なのはの姿を見ながら、エスティマはそう思う。
以前までの彼女は、厳しさという仮面で己を隠しているように見えていた。どこか、ヴィヴィオとの距離感を掴みかねているような。
それはエスティマがシグナムに抱いていた怯えと似ていて――だが今の彼女には、それが見えない。
良いことなのか、違うのか。

などと考えていると、ヴィヴィオを抱えたままなのはがこちらへと振り向く。

「エスティマくん、急いで脱出するよ。
 施設の崩壊はもう秒読み段階。逃げてる内にもう崩落が始まるから、私たちはここから一直線に外へ出る。
 この戦艦の中なら潰されないのかもしれないけど……早く外に出た方が良いよね?」

「そうだな」

なのはは崩れ落ちているセッテを見て。エスティマは大破寸前のデバイスたちに思考を向けて、逃げる必要があることを再確認した。
しかし、

「……一直線、って云うと?」

「砲撃で天井を撃ち抜いて、外までの道を作るよ。
 幸い、AMFも消えてるから大丈夫。私に任せて。
 道を造ったらすぐに逃げないとだけど……エスティマくんなら、大丈夫だよね?」

「ああ。
 オルタとセッテを抱えても、お前より早く逃げ出す自信はあるね」

「……元気みたいで安心したよ。
 それじゃあ――」

ヴィヴィオを再び玉座に座らせて、なのははレイジングハートを構えた。
深呼吸をすると、彼女は切っ先を天井へと向ける。
そして鋭い視線を目的地へと向け、

「ブラスタ――Ⅲ!」

リミットブレイクの第三段階を解放した。
負荷がないわけではない。しかし、常時発動を行っていたわけでないため、今の彼女はほぼ完調に近い状態となっている。
ダメージの蓄積もないわけではないが、許容範囲内。反動も、命を削る、という域には達しない。

同時、桜色の奔流が周囲の瓦礫を吹き飛ばす。
彼女はそれを意に介すこともなく、足下にミッドチルダ式魔法陣を展開。
レイジングハートの先端に集中し、スフィアを形成する魔力の密度は凶悪でしかない。
AMFがなく、かつ、一撃にすべてを注ぎ込める状況で彼女が放つ全力とはどれほどのものか。

「ディバイン――バスター!」

その返答は、撃ち放たれた砲撃によって示された。
桜色の閃光はまず天井を打ち貫き、放射線状に広がってゆりかごの内装と、その上に乗っている山の土砂を吹き飛ばす。
射線上に存在するものは悉くが物理破壊設定の魔法によって粉砕され、もしくは吹き飛ばされた。

そうして――ぽっかりと空いた穴からは、泥に混じって雨が落ち始める。
それが外とこの空間が繋がった証とし、なのははヴィヴィオを抱き上げた。

「行くよ!」

「ああ」

先行するなのはを視界の隅で捉えながら、エスティマは腰に差していたカスタムライトを手に取った。
そして、ソニックムーヴを発動させつつオルタとセッテを回収しようとし――

その瞬間、玉座の間へと辿り着いた者の存在に、足を止めた。

























腕に抱いたヴィヴィオを決して放さず、なのはは作り出した外へと通路を飛び上がっていた。
横を過ぎ去る断面は、ゆりかごを通り越して次に施設を、そして山の断層が見え始める。
強引に広げられた土砂は既に崩れ始めており、完全に崩壊が始まるまでの時間が残り少ないことを知らせてくれる。

……間に合って、良かった。

腕に抱いたヴィヴィオの身体に確かな温もりを感じて、なのはは目元を緩める。
敵に一度は浚われたけれど、助け出すことができた。
自分をママと慕ってくれるこの子を守れたことが胸に確かな暖かみを与えてくれる。

それは喜びではなく、安堵の色が強い。
今まで誰かを助けたことは一度や二度ではい。
その度に感じたことは、無事で良かったという喜びが強くて――しかし、今は違う。

くすぐったいような何か。
まだその感情が何かは彼女に分からないが、それもいずれ理解することができるようになるだろう。

「……本当に、無事で良かった」

皆の無事を喜ぶのではなく、ヴィヴィオの無事を。
任務の最中なのだから私情を挟んではいけないと分かっていながら、彼女は抱きしめた子を慈しむように視線を送る。
物騒ではあるけれど、これが初めて母親としてこの子にしてやれたことかもしれない。
今までは、どうしても踏ん切りを付けることができなかった。
幼い子供をあやすことはできても、ママと呼ばれても、自分の子供として認識することはどうしてもできなかったから。
腹を痛めて生んだわけじゃないから――というよりも、ヴィヴィオをどう扱って良いのか分からず、実感が湧かなかったのだ。

しかし今は違う。
この子を守ると決めた。ママと呼んでくれるこの子を、娘にしようと決意した。
だからこそ湧き上がってくる温もりは鮮明で、胸に染み入るかのようだ。

これが本当の始まりなのかもしれない。
どこまで行っても他人でしかないヴィヴィオを受け入れようと、ようやく思えるようになった。

ヴィヴィオが聖王のクローンである以上、今回のようなことは、これからも起こるかもしれない。
それを考えれば――この子が奪われると想像するだけで、怒りと不安が押し寄せてくる。
しかし、それだけの執着を抱くことで、やっと彼女は母親としてのスタートラインに立てたと云えるだろう。

何かに執着することで、人は独自の色を持つようになる。
彼女が今まで抱いていたそれはあまりにも漠然としていた、と云えるのかもしれない。違うかもしれないが。

ともあれ、母親としての高町なのはは、この瞬間に生まれたのではないだろうか。

ヴィヴィオを抱きしめ、なのはは山の断層から抜け出た。
下に視線を向ければ、遙か下に小さな明かりが見える。おそらく、玉座の間を照らしている照明だろう。
それは良い。問題は、通路の中にサンライトイエローの光が見えないことだ。

『……エスティマくん、まだ上がってきてないの?』

まさか、何かあったのか?
嫌な予感を抱きながら、なのはは念話を送る。

『……悪い。少し、時間がかかりそうだ』

返事はそう時間もかけず戻ってきた。
声はさっき交わした時よりもやや重くなっている。
一体何が、と思っていると、

『高町一等空尉、その場から離脱してください。もう限界です』

『……グリフィスくん?』

『戦闘機人のⅢ番が、玉座の間に到達しました。
 今、部隊長が戦闘を開始すると云っています』

『そんな……!
 もう時間がないのに、エスティマくんは何を考えているの!?』

『……相手が相手です。おそらく、逃げられないのでしょう。
 シグナムが急行しているので、部隊長は彼女に任せてください。
 重ねて云いますが、離脱してください、高町一等空尉』

グリフィスの声に、なのはは黙るしかなかった。
ヴィヴィオを抱えたままあの修羅場に戻ることは不可能だ。
エスティマの他にいる助け出すべき戦闘機人たちを抱えて飛んでも間に合うかどうか。

ヴィヴィオを危険に晒せば、一か八かの賭に出ることもできるが――

「……できないよ」

悔しさを滲ませて呟くと、なのははヴィヴィオの髪へと顔を埋めた。























最早、終わりは近い。
ゆりかごを襲う揺れは末期的であり、終幕を表しているかのようだ。
ただ、ここで行われるのは最後の一幕。

崩れ落ちるゆりかごの中、エスティマ・スクライアと戦闘機人のⅢ番、トーレは向き合っていた。
グリフィスへ連絡し、なのはの念話に返答をしたエスティマは、眼前の敵を見据える。
二人の間にある距離は十メートルほど。どちらも、その間合いを詰めようとはしない。
得物も構えていない。ただ視線を合わせ、どちらかが口を開くのを待っている。

その沈黙を破り、先に言葉を発したのはトーレだった。

「……会いたかった。
 会いたかったですよ、エスティマ様」

どこか歌い上げるように言葉を紡いだトーレは、脇腹に手を添えながら、しかし平気な顔をしてエスティマをただ見ている。
ボディスーツの裂け目から覗いているのは――記す必要もないだろう。腹が裂かれれば溢れ出るものは決まっている。
まず間違いなく致命傷。それを負っていながらも、彼女はこの場に辿り着いていた。
常人ならば激痛に苛まれ足を止めるだろう。戦いに身を置いている魔導師やベルカの騎士でも死を察知し絶望に塗れるだろう。
だのに、トーレはこの場に辿り着いていた。
どれほどの執念を彼女が抱いているのかは、その事実だけで察することができる。

「……お前、今の状況を分かっているのか?」

「無論。ですが、私たちにはあまり関係のないことです」

「……一緒にするなよ。
 ようやく戦いが終わって、俺はこれからオルタとセッテを抱えて逃げなきゃならないんだ。
 邪魔をするな」

「それは聞けません。
 私には一つの目的がある。それを果たすために、僅かな時間を頂ければと思います。
 ――あの日、逃した死を、今ここで与えてもらいたい」

そう云うトーレには、エスティマが考えているような――戦おうとする意志は見えなかった。
言葉の通りに、死を。
海上収容施設で刻まれた敗北と共に与えられるはずだった終わりが欲しいと、彼女は云う。

そのために彼女はエスティマの元へと急いでいたのだ。
シグナムは彼女がエスティマと戦うのでは、と思っていたが、それは勘違いでしかない。
トーレは既に己の行く末を決めている。
たとえ今この時を生きているのだとしても、自分が死ぬ運命であると定めた以上、この時間は走馬燈のようなものでしかない。

無様な生に終止符を、と彼女は云う。
しかし――

「……阿呆が」

怒りすら滲ませて、エスティマはそう吐き捨てた。
この局面で、コイツは何を云っている。
エスティマからすればトーレの価値観など知ったものではなく、彼にとってトーレは邪魔者以外の何者でもない。
それに――Seven Starsが身を挺してまで守った、人を殺さない、という事実を汚せと云うのか。

「……前にも云ったな。
 知ったことじゃないんだよ」

「……ならば」

あなたならそう云うと思っていました。
嗚呼、ならば。

トーレは腰に差していたインパルスブレードの柄を手に取り、刃を発生させる。
紫色のエネルギー光が瞬き、刀身が形成された。

「逃がしません。力尽くでも、私に付き合っていただきます」

「上等だ」

呟き、エスティマは腰に差していたカスタムライトを抜き放った。
セッテとの戦闘中、ずっとエスティマの返り血を浴びたそれは、装甲を赤黒く彩っている。
純白のガンランス。それが今、紅く染まっている。やや黒くはあるが、それは――

「……」

一度だけ視線を落とし、エスティマはすぐに顔を上げた。
トーレは両手でインパルスブレードを構え、こちらを待ち受けている。
あくまで自分からは手を出さないつもりなのだろう。しかし、決して逃がさないとその瞳が語っている。

ならば――

「……ストライクフレーム、展開。
 A.C.S.」

頭上に一度掲げ、ガンランスの刃に魔力刃が付加される。
次いで、カートリッジの下部装甲がスライドし、サンライトイエローの四枚翼を開いた。
同時、

……まずいな。
その一言がエスティマの脳裏に浮かぶ。

エスティマが懸念しているのは崩壊までのタイムリミット以外に、自分の魔力、その残りについてだった。
希少技能。大出力の治癒魔法。AMFC。大技である紫電一閃・七星。
過去、ここまで魔力を使ったことはない。魔力を多く消費することはあっても、それがゼロになることなど一度もなかった。

それが今、尽きようとしていることをエスティマは自覚する。
だが、残りの量がどれほどなのかエスティマに知覚することはできない。
それは魔力量が常人の域を超えた弊害――普通ならば気にしないデメリットとも云うのか。

普通の魔導師は魔力を使用することで、己の魔力量がどれほどなのか自覚する。エスティマも子供の頃はそうだった。
だが、レリックウェポンと化してから魔力が尽きるまで戦ったのは一度。三課が壊滅した際、暴走した時のみ。
己の状態を正しく把握できない状態ではあったし、そもそも十年近く前のことだ。微塵も参考にはならないだろう。

それ故に、エスティマは己の魔力量を正しく把握してはいない。
数値化されたものを知識として憶えてはいても、それを自覚できないのだ。

保ってくれよ、と胸中で祈り、エスティマは意識を集中させる。

準備が完了したカスタムライト、その切っ先をトーレへと向ける。
刃は非殺傷。これではトーレの望む死は与えられない。
それはトーレも分かっているだろう。

「……私は武人としての終わりを望む。
 死力を尽くした戦いは間違いではなく、私の一生はあの時に潰えたのだから。
 私は私であるために、与えられるべき正当な死を望む」

己が欲しているものが何かを、トーレは朗々と宣言する。
対し、エスティマは彼女の主張を否定するように。

「……俺は生きることを望む。
 歩んできた道に間違いはなく、未来へ進むことを仲間たちが願ってくれたから。
 俺は俺であるために、ここから生きて帰るんだ。そして、お前も殺さない」

「「それが――」」

「私の生きた道だ」

「俺の歩み続ける人生だ」

そこで言葉を句切り、二人はそれぞれ握る武器に力を込めた。
カスタムライトのカートリッジが炸裂する。山吹色の光が断続的に吹き上がり、エスティマのカスタムライトのグリップを握り締めた。

紫のエネルギー光が鋭く瞬く。残る命を燃え尽くすかの如く、刹那の輝きを見せる。

エスティマは左足を一歩踏み出す。
希少技能は使えない。もう魔力はそこまで残っていないのだ。

続いて、二歩目を。同時、両膝を曲げて赤黒く染まったガンランスをトーレに向ける。
サンライトイエローの切っ先は迷いなく狙いを定め、その向こう側にいるトーレは、不敵な笑みを浮かべつつインパルスブレードを構える。

彼女もエスティマと同じく、ISを発動させるつもりはないようだった。
だがそれは、彼女にそれだけの余裕がないからである。
意識を取り戻したのは決して偶然ではない。
行動不能になるほどのダメージを受けたことで、クアットロの仕掛けたコンシデレーション・コンソールがシステムエラーを起こし、停止したからだ。
だのに、彼女が動いていることは――もはや、執念としか云いようがない。

待ち受けるトーレへと、エスティマは一直線に突き進んだ。
迎え撃つトーレは、振り上げた刃をタイミングを計って振り下ろす。
そして――

鈍い音と共に、サンライトイエローの魔力刃がトーレの身体を貫いた。
トーレの刃は振り下ろされたものの、しかし、エスティマの身体を切り裂いてはいない。
衝突すると同時にエスティマは肘を跳ね上げ、迫る柄尻を防いでいた。それにより刃が完全に振り下ろされることはなかったのだ。

「……ブレードバースト」

トリガーワードが紡がれることによって、ストライクフレームを形成していた魔力がトーレの体内で爆ぜる。
だがやはり、それは非殺傷設定による攻撃であり――つまるところ、トーレが望む死は与えられなかった。

「が……ッ!」

決定打となった一撃に、トーレはインパルスブレードを手放し、膝を折る。
だが意識だけは失わず、彼女は立ったまま見下ろしてくるエスティマへと視線を向けた。

「……酷い、人だ。
 懇願も聞き入れてもらえないとは」

「……ああ、そうだな。
 ……正直、お前が云っていることも分からないわけじゃない」

けど、それは俺が望むものと正反対の代物だから。

死ぬことに意味を見出す。それは、仲間のために命を削るという、彼が否定した在り方に似ている。
お前のことは知ったことじゃない、と云いながらもエスティマがトーレの望みを執拗に拒む理由は、そこにある。

「……けどな。
 お前の命なんて重いものを、背負うつもりはないんだよ」

その一言に、トーレは目を見開く。
次いで、何が可笑しいのか、彼女は咳き込みながらも笑い声を上げた。

何を笑って――と怪訝そうな顔をするエスティマに、トーレは笑いを噛み殺しながら答える。

「……背負う、と。云われましたか。
 無駄に責任感の強い人だ。本当に。
 ああ、そんなあなただからこそ……私は、私の敗北を死という形で、あなたという人に憶えておいて欲しかった。
 そうなれば良いと勝手に願っていましたが……ああ、残念だ。殺してもらえれば、願いは叶っていたのに。
 こっぴどく、振られてしまいましたよ」

トーレの呟きにエスティマは頭を掻きむしり、背を向けた。
どんな言葉をかけるべきか見当たらない、というのが大きかったのだが、それ以上にここから逃げ出すため動き出さなければならないからだ。
今から間に合うか否か。それに、トーレという荷物が一つ増えた。
急ぐにしても本当にギリギリだろう。そう思い、足下にミットチルダ式魔法陣を展開した。

……その時だ。
微かな違和感に、エスティマは気付く。
普段から見慣れている魔法陣、そこに走るサンライトイエローの光が酷く弱々しかった。
まさかAMFが復活を――と思った瞬間、エスティマは膝から崩れ落ちる。
そして受け身を取ることもできず、そのまま俯せに倒れ込んだ。

意味が分からない。一体何が――混乱する頭で必死に身体を動かそうとしても、指一本たりともエスティマの意志に従ってはくれなかった。
体力の限界? それとも、フルドライブの反動? 否、そのどちらも兆候らしいものは見えなかった。
まさか――

「まさか……魔力切れ、なのか?」

痺れた舌で呟く。口に出したエスティマ本人ですら、それが信じられない。予見していたとはいえ、だ。
魔力が最後に切れたのは十年近くも前。
故に、この全身を襲う虚脱感には抗い難い。気を抜いていたということもあるし、その上、限界に達しようとしていた身体が魔力切れを引き金とし、力を失いつつある。
意識も掠れる寸前で、強烈な睡魔に抗うだけで手一杯の状態だ。

「こんな馬鹿な話が、あってたまるか……!」

歯を食いしばり、エスティマは身体を持ち上げようとする。
だが、微動だにもしない。口も、食い縛るというよりはただ閉じられているだけ。
そんな力すらも、エスティマには残っていない。

「ここまで、きて……!」

怨嗟のように吐き出される言葉はどこにも届かず、視界は出血の時とは違う方向に暗くなり始めていた。

エスティマが力を失いつつある今、そして、遂に限界へと。

なのはが開けた通路から、次々に土砂が降り注ぎ始める。
小石や水を吸った土がぼたぼたと落ち、滝のようにゆりかごの床を叩く。
砲撃魔法によって砕かれた岩石すらも落下し始め、そして――倒れ伏したエスティマへと、その内の一つが迫ってきた。

普段ならば避ける。そうでなくても魔法で防ぐことが可能だが、今だけはどれもできない。

……嫌だ。俺は死にたくない。
ここまでずっと走り続けてきた。ようやく終わらせることができた。
だのに、ここで終わりだなんて納得できるか……!

しかし、強い拒絶の意志を元に力を込めても身体は動かず。
訪れるであろう苦痛に耐えるため、エスティマは目を固く閉じ――

肉が潰れる音と、醜いとすら云える断末魔が耳に届いた。
訪れるはずだった苦痛はなく、まさか、と思いながらエスティマは瞼を開く。
そして――目の前にあったのは、トーレのものであろう血だまり。それしか見えなかった。

「……お前」

震えた声を、エスティマは上げる。
だがそれは彼女に届くことはないだろう。

……それでお前は満足だったのか?

ぽつり、とエスティマの胸中にそんな台詞が浮かんでくる。
死に場所を求めていたトーレ。敗者には敗者の矜持があるとでも云うのか。
そんな勝手な押し付けで――助けられたって……!

たまらなく、叫びを上げたくなり、しかし、喉は震えるばかりで音を発さない。
荒れた吐息は次々と零れるものの、形を持ちはしなかった。

その憤怒を抱くことが限界だったかのように、エスティマの意識は途切れる。
ぷつり、と、電池が切れでもするように、彼はとうとう限界を迎えた。

















「父上っ!」

なのはと同じように、しかし、別方向の壁をぶち抜いて、シグナムは玉座の間へと到着した。
荘厳であった部屋は中央にできたクレーター、ひび割れた壁、そして流れ込んできた土砂によってもはや見る影もない。
その中でシグナムは視線を彷徨わせ、父の姿を探す。

アギトによる治療が終了してから急いで向かったものの、やはり戦闘機人へと追い付くことはできなかった。
荒れ果てた玉座の間には人の気配を感じられない。
グリフィスからの連絡では、オルタとセッテが存在しているはずだが――

「……父上!」

彼女は倒れ伏したエスティマの姿を目にして、捕らえるべき敵のことを忘れ去り駆け寄った。
まさか、という想いがある。
それに焦がされるようにエスティマの側へとしゃがみ込んで、急いで脈を取った。
やや遅くはあるものの、鼓動は伝わってくる。
良かった、と思いながら、シグナムはエスティマを担ぎ上げつつ長距離転送のために魔法陣を展開する。

その時だった。
エスティマの側にある血だまりに、シグナムは気付く。
父のものではない。父は怪我などしていないようだから。
ならば、これは――

『……誰か、いるのか?
 教えて欲しい。私の隣に、エスティマ様がいるはずだ。
 あの方は、無事なのか?』

唐突に聞こえてきた念話に、シグナムはすぐ一人の人物を思い浮かべる。
声は弱々しく、今にも消え入りそうだったが、間違えるはずがない。
それだけ強烈な印象を持つ相手だったのだから。

『……戦闘機人の三番』

『……その声、シグナム。
 私を追って、ここまできたか』

『遅かったようだがな。
 ……待ってろ。お前も長距離転送の対象にする』

『不要だ。このままにしておいて欲しい』

先ほどまでの弱々しさとは打って変わり、力強い響きでトーレは念話を送ってきた。

『即死できなかったのは、幸か不幸か。
 だが、ここで朽ちるのは確実だ。……悪くない、ああ、悪くない最後だろう。
 エスティマ様の手で最後を与えられなかったのは心残りだが……そうだな。
 勝者は祝福されるべきだ。そう思わないか?』

『……ああ』

『であれば、敗者である私にそれができたことは……光栄というもの。
 最後の、最後に……私、は……』

『……トーレ?』

名を呼ぶも、トーレがそれに応えることはなかった。
シグナムは黙祷するように目を伏せ、そして、長距離転送の完成へと神経を注ぎ込む。
ラベンダーの魔力光が徐々に強まり、光がシグナムとエスティマの身体を包んでゆく。

そして、外へと二人が飛ぼうとした瞬間、ふと、シグナムは床に転がるデバイスへと視線を落とした。
そこにあった物は一つのデバイス。カスタムライトと名付けられたガンランスは、黙したままトーレと、そしてエスティマの血に塗れていた。

回収するべきか――そうシグナムが思った瞬間、揺れがゆりかごを襲い、カスタムライトは床をすべって岩へと――下にトーレの眠る場所へと。
墓前に添えられた花のように、というには物騒ではあるが。

その光景を目にして、つい、シグナムは口を開く。

「……連れて行ってやって欲しい。
 立場こそ敵ではあったが、立派な武人だったのだ」

口にした瞬間、馬鹿な、と彼女は苦笑した。
インテリジェントデバイスと違い、カスタムライトには意志がない。
一緒にするのはレヴァンテインやSeven Starsに失礼というものだろう。

だが――目の錯覚だろうか。おそらくそうなのだろう。
しかし、デバイスコアが瞬いたように見えて――

それを確認することはできず、長距離転送は外へとシグナムを送り出した。











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