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No.7038の一覧
[0] リリカル in wonder Ⅱ【完結】[角煮](2010/05/11 14:32)
[1] カウントダウン5[角煮](2009/03/07 02:30)
[2] カウントダウン4[角煮](2009/03/12 10:38)
[3] カウントダウン3 前編[角煮](2009/03/30 21:47)
[4] カウントダウン3 後編[角煮](2009/03/30 21:49)
[5] カウントダウン2[角煮](2009/03/30 21:46)
[6] カウントダウン1[角煮](2009/04/25 13:06)
[7] カウントダウン0 前編[角煮](2009/05/06 20:21)
[8] カウントダウン0 後編[角煮](2009/05/06 20:23)
[9] sts 一話[角煮](2009/05/06 20:33)
[10] sts 二話[角煮](2009/05/20 12:15)
[11] 閑話sts[角煮](2009/05/20 12:15)
[12] sts 三話[角煮](2009/08/05 20:29)
[13] sts 四話[角煮](2009/08/05 20:30)
[14] sts 五話[角煮](2009/08/05 20:27)
[15] sts 六話[角煮](2009/08/09 11:48)
[16] sts 七話[角煮](2009/08/28 21:59)
[17] sts 八話[角煮](2009/08/20 21:57)
[18] sts 九話 上[角煮](2009/08/28 21:57)
[19] sts 九話 下[角煮](2009/09/09 22:36)
[20] 閑話sts 2[角煮](2009/09/09 22:37)
[21] sts 十話 上[角煮](2009/09/15 22:59)
[22] sts 十話 下[角煮](2009/09/25 02:59)
[23] sts 十一話[角煮](2009/09/25 03:00)
[24] sts 十二話[角煮](2009/09/29 23:10)
[25] sts 十三話[角煮](2009/10/17 01:52)
[26] sts 十四話[角煮](2009/10/17 01:52)
[27] sts 十五話 上[角煮](2009/10/17 01:51)
[28] sts 十五話 中[角煮](2009/10/21 04:15)
[29] sts 十五話 下[角煮](2009/11/02 03:53)
[30] sts 十六話 上[角煮](2009/11/10 13:43)
[31] sts 十六話 中[角煮](2009/11/19 23:28)
[32] sts 十六話 下[角煮](2009/11/27 22:58)
[33] ENDフラグ はやて[角煮](2009/12/01 23:24)
[34] ENDフラグ チンク[角煮](2009/12/15 00:21)
[35] ENDフラグ なのは[角煮](2010/01/15 15:13)
[36] ENDフラグ フェイト[角煮](2010/01/15 15:13)
[37] sts 十七話[角煮](2010/01/08 19:40)
[38] sts 十八話[角煮](2010/01/15 15:14)
[39] sts 十九話[角煮](2010/01/21 20:26)
[40] 幕間[角煮](2010/02/03 21:17)
[41] sts 二十話 加筆 修正[角煮](2010/02/03 21:18)
[42] sts 二十一話[角煮](2010/03/10 23:25)
[43] sts 二十二話[角煮](2010/03/11 19:00)
[44] sts 二十三話[角煮](2010/03/12 17:41)
[45] sts 二十四話[角煮](2010/03/13 18:23)
[46] エピローグ[角煮](2010/03/14 20:37)
[47] 後日談1 はやて[角煮](2010/03/18 20:44)
[48] はやてEND[角煮](2010/04/18 01:40)
[49] 後日談1 フェイト[角煮](2010/03/26 23:14)
[50] 後日談2 フェイト[角煮](2010/03/26 23:14)
[51] フェイトEND[角煮](2010/03/26 23:15)
[53] 後日談1 なのは[角煮](2010/04/19 01:27)
[54] 後日談2 なのは[角煮](2010/04/18 22:42)
[55] なのはEND?[角煮](2010/04/23 23:33)
[56] 後日談1 チンク[角煮](2010/04/23 23:33)
[57] 後日談2 チンク[角煮](2010/04/23 23:34)
[58] 後日談3 チンク[角煮](2010/04/23 23:34)
[59] チンクEND[角煮](2010/04/23 23:35)
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[7038] sts 二十三話
Name: 角煮◆904d8c10 ID:1e7f2ebc 前を表示する / 次を表示する
Date: 2010/03/12 17:41


「――!」

誰かに名を呼ばれた気がした。
一体、なんだろう――そう胸中で呟いた瞬間、脳裏に今の状況が一気に噴き出し、高町なのはは瞼を開く。
それと同時に身を起こしてまず最初に感じたことは、身体の節々から上がる鈍痛だった。

「……良かった、気付いたか」

「……うん、ごめんねヴィータちゃん。心配かけて」

どうやら声をかけてくれていたのはヴィータだったらしい。
彼女が安堵するのを視界の隅で眺めつつ、なのはは朧気な記憶を辿る。
……気絶していた? 一体、なんで――

何かが視界の隅で瞬いた瞬間までは覚えている。次いで、届いたのは咆哮だったのだろうか。
そして気が付けば今の状況で――駄目だ、まるで分からない。

「……ヴィータちゃん、何があったのかな」

「アタシも良く覚えてねー……っていうより、気付けなかったかな。
 アイゼン曰く、戦闘機人の三番に不意打ちかけられたってことらしい。
 んで、シグナムは三番連れて左通路に行っちまった。
 放って置くわけにもいかねーから、お前より先に目覚めたギンガに新人たちを預けて、シグナムの後を追わせたよ。
 エスティマは土砂で埋まった向こう側の通路だ」

云いながら、サムズアップした指を背後へと向けるヴィータ。
……分断された。その事実に苦みが込み上げてくる。
が、いつまでも足を止めているわけにはいかない。

なのはは立ち上がり、戦闘続行が可能な状態であることを確認すると、視線を巡らせる。
シグナムを追う形で新人たちを先行させてしまったが――しかし、ヴィータの判断にケチをつけるつもりはない。
いくらユニゾンデバイスが付いていると云っても、シグナムを一人にするのは不安が残る。それはヴィータも同じだったのだろう。
故にこの場に残り、自分が目を覚ますのを待っていたのか。

「……ヴィータちゃん、私たちは」

「ああ。戦闘機人プラントの制圧っきゃねーな。
 新人たちの方……あっちにどれだけの戦力が配備されてるかは分からねーけど、サンプルの保管場所だ。
 辺り構わず戦える場所じゃねーから、物々しくはないはず……と思いてぇ」

「うん」

小さく頷き、動き出そうとしたその時だ。
不意にエスティマからの念話が届く。
未だ茫洋とする頭を回しながら、なのはは彼との通信に応えた。

『う……、あ、エスティマくん、大丈夫?』

『なんとかね。悪かったな、一人で先行して。
 ……お前の方こそ大丈夫か? シグナムはどうなった?』

『……ごめん、分断された。戦闘機人三番の攻撃で、少しの間気絶しちゃったの。
 皆の位置は今把握しようとしているから。分かり次第グリフィスくんに伝えるよ。
 ……本当に、ごめん』

『……仕方がないさ』

本当に仕方がないことだったのだろうか。
もし自分が咄嗟に戦闘機人の三番に反応していれば――

そんな後悔が今更湧き上がってくるが、後の祭りだ。
今をどうするかと、なのはは意識を引き締める。

『……取りあえず、分断された皆のこと以外でも、大きな判断をする必要が出た場合は俺に通信を送ってくれ。
 俺はこのままゆりかごの玉座の間に行って、起動キー……ヴィヴィオを引き離してくるよ。
 念のために駆動炉も破壊したいけど、それは時間が許したらか。
 まぁ、先にヴィヴィオを助け出せれば、ゆりかごが飛ぶこともないだろう。
 ここら辺はデータが少なすぎて、断言はできないけど』

『了解。じゃあ私はちりぢりになった皆のフォローを。
 こっちが終わったら、すぐに助けに行くからね』

『手間だけならそっちの方がかかるだろ。
 まぁ、期待しないで待ってるよ。
 それじゃ、お互いに気を付けて。
 ……皆を、シグナムを頼む』

『……うん。任せて。
 エスティマくんも、ヴィヴィオをお願い』

私情を覗かせたエスティマに対して、なのはも似たような言葉を。
お互いにそれを責めようとは思わない。
公私混同と云われればそれまでだが、そもそも二人は管理局の犬などではないのだから。
守りたい人たちがいる。守り抜きたいがために必要な場所と力を与えてくれるのが自分たちの働く場所である。

……が、わざわざ口に出して云うようなことでもない。
それもまた、二人は分かっていた。

顔を上げてレイジングハートを握り締めると、なのはは顔を上げる。
そして飛行魔法を発動し、身体を宙へと浮かばせると、ヴィータに視線を投げた。

「行こう、ヴィータちゃん」

「ああ」

そのやりとりを終えると、二人は言葉少なく侵攻を再開する。
通路をひたすらに進み、行く手を阻むガジェットを一方的にスクラップへと変えながら。
しかし、その進行速度は決して速くはない。

理由は単純に、大技を使って敵を一掃できないからだ。
物理破壊設定で砲撃など放った日には、さっきと同じように天井が崩れてもおかしくはない。
ヴィータもまた、ギガントの使用を躊躇っていた。全力でガジェットを叩き潰せば、どれほどの震動が生まれるのか百も承知だ。

故に、二人は小技でガジェットを相手にするしかない。
A.C.Sで一気に蹴散らすようなことはせず、射撃魔法を雨霰と降らせながら、前へ。

機械的に敵を駆逐し続けながら、なのはは別れて行動している新人たちへと想いを馳せる。
ティアナは暴走しないだろうか。スバルは大丈夫だろうか。
キャロは怯えてないだろうか。エリオは普段の力を発揮できているだろうか。
そのどれもが教導官というよりは、お節介焼きな年上の思考だ。
おそらくヴィヴィオのことが頭にあるため、そうなっているのだろう。

……いけない。今は戦うことに集中しないと。
頭を振って、自らスイッチの切り替えを行う。

そうして、ようやく目的地へとたどり着く。
普段ならば五分もかからない距離でも、今は十五分を軽く越えていた。

通路を抜け出し、大広間へと入る。
すると目に入ったのは、壁に沿う形でずらりと並んだ培養槽。
なのはたちへここが戦闘機人プラントであると証明するかのように、この場にはそればかりが並んでいる。
だがしかし、蛍光色の液体が満ちたポッドの中には何も存在していない。
本来、そこに入っている者たちは――

――臨戦態勢を整えて、部屋へと入り込んできた二人へと視線を向けた。

数えるのも馬鹿らしくなるほどの人数。
天井は高く、広いと云っても良い。学校の体育館ほどもある部屋。
その床を埋め尽くすほどの戦闘機人が、一斉になのはたちへと。
無機質な瞳が一斉に蠢く様は、ある種のおぞましさすら感じさせる。

「そんな……!」

眼前の光景に、なのはは絶句する。ヴィータもまた、同じであった。
彼、彼女らが身に着けているのはナンバーズと同種のボディースーツ。
ナンバリングの刻印がなされていないという違いはあるものの、それだけだ。
歳の頃は誰もが十二、三といったところ。
どこか無機質さが漂う瞳が、じっ、と二人へと向けられる。

「くるぞ、なのは!」

ヴィータが叫びを上げるとほぼ同時に、眼前に並んでいた戦闘機人たちが一斉にエネルギー弾を放ってきた。
咄嗟にプロテクションを発動し、それらを弾く。が、一発だけならばまだしも、数が多すぎた。
軋みを上げるフィールドに苦々しい表情をしながら、二人は左右に分かれ、足元に魔法陣を展開。
射撃魔法を放つ――が、プロテクションを発動しながらの攻撃は、普段と比べて僅かに精彩が欠けていた。
そのせいなのか、それとも戦闘機人の戦闘能力が低くないからなのかは分からないが、子供たちは人並み外れた跳躍力で、向かってきた射撃魔法を回避。
そして、それしか知らないとでも云うように宙にいる二人へとエネルギー弾を連射し続ける。

……この場をどうやってやり過ごす?
なのははそう考える一方で、マルチタスクの一つに、迷いとも云える感情が浮かんだ。

この子たちも、ヴィヴィオと同じ――

「くっ……!」

それを振り切るように、なのはは歯を食い縛る。
今はそんなことを気にしている場合じゃないのに――

「ヴィータちゃん!」

「わぁってるよ!」

集中砲火を避けるため、二人はそれぞれに別れて、射撃魔法を展開。
アクセルシューターとシュワルベフリーゲンが放たれる。
が、重なり合い、十字射撃などという云い方すら生温い、空間を制圧するエネルギー弾の嵐にそれらは押し潰された。

両者、同時に舌打ち。
念話ではなくアイコンタクトを行って、ヴィータが前に出る。
彼女が盾となってくれた間を利用し、なのははショートバスターを放つ――が、駄目だ。
海が割れるようにして戦闘機人たちはその四肢を用い、広間の中を跳ねて回避。

そして再び左右から押し寄せる光条の雨に、二人のプロテクションはガリガリと削られた。

「くっそ、一対一ならこんな奴ら……!」

悔しさと不甲斐なさがブレンドされた怒りを声に出すヴィータ。
気持ちはなのはも一緒だ。こうして射撃を受け続けていれば分かる。精度、威力、そういったもの一つを取っても誰もがナンバーズに遠く及ばない。
それでも圧倒されかけているのは数の暴力。
飛ぶ場所を限定されたこの空間では、避けることすら難しい。
エスティマやフェイトならばともかく、自分たちでは――

A.C.S.で蹴散らすか?
そんな考えが思い浮かぶも、マルチタスクの一つが即座に却下と。
前面にフィールドを集中させたA.C.S.は確かに戦闘機人の射撃をものともしないだろう。
しかしその反面、背後がガラ空きになる。ヴィータがいると云っても、敵はこの数だ。完全に防ぐことは不可能だろう。
加えて、強力なAMF。
十全に力を振るえる状況ならば打開策はあるというのに。

……否。
AMF下だからこそ、戦闘機人に手を焼いているのだ。
この状況を想定されて生み出されたのがこの者たち。
ならばここは完全にアウェーで、全力を振るえる状況はまず訪れない。

格闘には入れない。砲撃も避けられる。
射撃は相殺され、打ち消される。逃げれもしない。

八方塞がりなこの状況だが――しかし、ここで膝を折るような者はストライカーと呼ばれない。

念話でお互いに打ち合わせを済ませ、二人は即座に行動へと移る。
地盤がどうのと云っている場合ではない。多少の無理を通してでもこの場を切り抜けなければならない。
可能な限り、最小限の損害で。

「耐えてくれよ、アイゼン!」

『Jawohl.』

ヴィータの叫びに応じて、グラーフアイゼンはその形を変える。
ラケーテンを一段飛ばしにギガントへ。ヴィータはそれを振り回さず、盾のように構える。
次いで炸裂するカートリッジ。一発一発が煙りを上げる毎に、アイゼンは巨大化した。
鉄塊、と形容するのが相応しい姿に変わったアイゼンは広間の一部を覆い隠し、天井と地面を擦り上げる――それで完成するのは、いわば巨大な盾だ。

だが、それを許す戦闘機人たちではなく――アイゼンを迂回して向かってくるだろうと狙っていたなのはは、再びショートバスターを撃ち放った。
出会い頭に吹き飛ばされる戦闘機人の数は少なくない。
が、それ以上の暴力が次々に押し寄せ、砲撃も射撃も追い着かなくなる。

「――ッ、まだ!」

『BlasterⅠ.』

舌打ちしたなのはの意を汲んで、レイジングハートはリミットブレイクを発動させる。
それに伴い出現する、レイジングハートのヘッドを切り取ったような僚機、ブラスタービットが一機。
増えた手駒を用いて、なのははショートバスターから連射性能に優れた砲撃魔法、ラピッドファイアに切り替え、ひたすらに敵を狙い続ける。

狙い続けるが――

砲火を潜り抜けて肉薄してきた戦闘機人が、拳を叩き付けてくる。
それに反応するために砲撃を収め――更に次の戦闘機人が。

プロテクションを張りバリアバーストで敵を吹き飛ばす。
シールドを展開したブラスタービットが横殴りに戦闘機人を弾く。
バインドを発動して縛り上げる。
だがそれらの壁を突破して押し寄せてくる戦闘機人に、なのはは魔法の使用を放棄した。
マルチタスクのすべては状況判断に回され、魔法の発動は最小限。
レイジングハートを横薙ぎし、一体を吹き飛ばす。勢いを殺さず槍を回し、石突きで更に一体。
あまり使う機会のない棒術を駆使するも、しかし敵は武器の間合いへと入り込んでくる。

肩で息をしながら、前蹴り、肘打ち、裏拳、正拳、回し蹴り。
それらの一撃一撃で戦闘機人を吹き飛ばしながらも尚、押し寄せる敵は止まらない。
持ちうるすべての武器を使って暴力の奔流に逆らうしか、なのはには残されていない。

ヴィータもまた、押し寄せる戦闘機人の波に押し潰されようとしていた。

「こんな、ところで――」

負けない。負けられない。
自分はヴィヴィオを助けにきたのだ。それを実行するために無茶を通すと決めた。
だから――

歯を食い縛り、バリアジャケットを破られ、血を流しながらも高町なのはは諦めない。
勝って終わらせる。そう云った部隊長の言葉を嘘にしたくない。何よりも自分をママと呼んでくれる娘をこれ以上裏切りたくない。

掠れそうになる飛行魔法を維持して、飛びかかってくる戦闘機人を相手にしながら、なのはとヴィータは戦い続ける。

しかし――遂に戦闘機人の拳がなのはを捉えた。
今まで受け流していた一撃は腹へと。バリアジャケットの防護能力を貫いて届いた衝撃は強く、息が止まる。
その瞬間、獲物へ群がる小型肉食獣のように戦闘機人が殺到した。
瞠目するなのは。その光景に動きを止めてしまい、押し寄せる手を振り解き、しかし、それでも次々に押し寄せて。

「う、あぁあああ……!」

『Flash Move』

叫びを上げて移動魔法を発動し、強引に戦闘機人を引き剥がす。
次いで、再びプロテクションを発動。逃がさないと追ってきた一体がぶつかり、その瞬間にバリアバースト。
更にブラスタービットを用いたクリスタルケージで数体の敵を閉じ込め、それをバリケードとし、なのははレイジングハートを槍として用いる。

こんな、ところで――!

身体能力ではどうしても戦闘機人に勝つことはできない。体力でも。
しかし魔法を用いればその隙に拳が飛び、守りに入れば圧倒的な物量で蹂躙される。

……この状況を覆すには。

そう考え、なのはの脳裏に一つの手段が浮かぶ。
他力本願なそれは、しかし、ほぼ絶対に起こらないだろうとなのはは思っていた。
何故なら、それは――


















『そぉら、上手く避けなさい』

高慢さが滲む甲高い声を共に、業火が巨大ガジェットの下部から放たれた。
それをフェイトは余裕を持って回避し――紙一重で避けなどしたら、熱によって灼かれてしまう――反撃でプラズマランサーを撃ち放つ。
金色の弾丸は夜空を引き裂き、数多の光条が巨大ガジェットへと殺到する。
が、至近距離まで魔力弾が近付くと、黄金色のそれは勢いを失い、霧散してしまった。

AMFへの対策手段はしっかりと行った。
多重弾殻で間違いなく覆ったというのに、それを力押しで巨大ガジェットは消し去るのだ。
その上、

『ガジェットⅡ型、包囲網を突破しました。
 数は五……しかし、今後も増え続けると思われます。
 警戒を』

グリフィスから届いた念話に、フェイトは歯を噛み鳴らした。
ただでさえ強力なAMFが張られているのに、追加がくる?
冗談じゃない。

『……八神さん』

『分かっとる。ただのガジェットなら』

相手ではない、とはやては念話で云い、高度を上げて足元に古代ベルカ式魔法陣を展開した。
これで包囲網を突破して今ここに向かっているガジェットの相手をする必要はなくなるだろう。

しかし、上からの援護がなくなった今、この巨大ガジェットは自分とザフィーラが相手をするしかない。
フェイトは視線を流し、ザフィーラへと。
こうして戦場を共にするのは初めてだが、お互いに魔導師として成熟している。
フェイトはややそれが薄い面もあるが、ザフィーラも理解しているだろう。
フォローに回る、と先手を譲られ、フェイトは小さく頷いた。

カートリッジを炸裂させ、プラズマランサーを放つ。
雨を弾き飛ばし突き刺さる金色の槍は、やはり無効化されてしまう。
さもあらん。さっきと同じだ。
半端な攻撃は無に返され、平均を大きく超えた砲撃でさえ精々が掠り傷。
人ならば兎も角、鋼鉄に傷を付けたところで意味などない。

加えて、あの耐電装甲。サンダーレイジは無力化され、他の攻撃に付加される雷撃も無意味だろう。
これではフェイトに残された武器はたった一つ。
その唯一である速度を生かし、フェイトは降り注ぐ雨に混じって放たれたレーザーを回避した。

が、規格外のAMFが展開した状況下では普段の機動を取ることができない。
僅かに肌を焼かれ、痛みに動きを鈍らせた瞬間、光条の暴風が吹き荒れる。
それを防ぐために展開される鋼の軛。盾の守護獣の異名を持つ守護騎士が展開する魔法は堅牢であり――しかし、この場では頼りがない。
普段ならば豆鉄砲にもならない射撃に軋み、砕けるまでの秒読みを開始する盾。
だがフェイトは稼いでもらった時間を無駄にせず、レーザーの雨から離脱。
懲りずに牽制の射撃を撃ち放ち、消えゆく魔力光に顔を顰めた。

どうやって倒せば良いの――

思わず泣き言を洩らしそうになってしまう。
一切の攻撃が効かず、敵に振り回されるしかない状況。
強力なAMFにより射撃は無効化され、もしフィールドを突破しても重厚な装甲にダメージを与えることは酷く難しい。
どれだけの威力ならば敵に手傷を負わせることができるのか分からず、その上、大威力の砲撃を用意しようものなら、チャージ中の身動きの取れない瞬間を狙い撃たれるだろう。

本当に、どうすれば……。
こんなにも戦力が揃っているのに……。

『……ガジェット接近。
 Ⅰ型十、Ⅱ型六、Ⅲ型四』

『了解!』

だがその戦力も、この巨大ガジェットを倒すのに全力を注ぐことができていない。
ガジェットの集結を阻止できない地上部隊が無能なのではない。
数が多すぎるのだ。単純に。
それもAMFを貫く攻撃を行えるものがゼロではないにしろ多くはない現状では、完全な足止めなど不可能だろう。
だからこそこの場に戦闘機人が味方としてついている。歴戦の猛者である聖王教会のシスターも。エースであるスナイパーも。

しかし、現状は彼らの処理能力を上回る状況になりつつあり、押し切られるのは時間の問題か。

――ならば。

「バルディッシュ、フルドライブ!」

『sir. Full drive.
 sonic form』

主の命に従って、バルディッシュはその形をザンバーフォームへと変形させた。
同時に、フェイトの纏っていたバリアジャケット、コートの両袖が消滅する。
バリアジャケットを削ることにより、速度を向上するソニックフォーム、その第一段階。
紙と形容できるその装甲は、この状況だと無いに等しい。

が、フェイトはそれを理解しながらも、雨空を引き裂いてクアットレスⅡへと突貫する。
ザンバーから伸びる金色の刃は、距離を縮めるごとにその輝きを鈍くする。
それを振りかぶり――

「くっ……!」

ザンバーが届くか否か、といった距離まで近付いた瞬間、一気に速度が落ちる。
このガジェットを相手に接近戦は――戦闘機人ならばともかく、魔導師では厳禁。
頭では分かっていながらも、その覆すことのできない現実を前にして、フェイトは軌道を変えて離脱した。

しかし、何もせずに逃げるなど我慢がならないと云うように、フェイトはザンバーを一閃し、ショートバスターと同種の、チャージ時間を短縮した砲撃魔法を放った。
が、それも無意味に終わる。クアットレスⅡに命中するものの、陽炎のように希薄な砲撃は装甲を撫でるだけで終わってしまう。

その時だ。
フェイトが砲撃を放つタイミングを狙ったように、レーザーが降り注ぐが――
不意に現れた氷の盾――純魔力の防御魔法では打ち消されてしまう――が出現し、秒単位だが逃げるまでの時間を稼いでくれた。

冷や汗を手の甲で拭いつつ、巨大ガジェットと距離を取ったフェイト。
彼女は唐突に届いた念話に、空へと視線を投げる。

『今ので分かったやろフェイトさん。突っ込んだらあかん』

『あ……うん。
 ……ごめん』

云われながらも、フェイトは形容しがたい気分を胸に抱く。
別に嫌だったわけじゃない。苛立ったわけでもない。
覚えた感情ははやてに対するものではなく、自分自身に抱いたものだった。

……感謝の一つぐらいすれば良いのに。

まだ昔のことを根に持っているのだろうか。
そんなことはない、と断言できるわけではないが、しかし、気にしないことぐらいは出来る。今まで出来ていた。

……ああ、そのせいか。
長い間、憎悪を抱かずともなるべく接しないよう意識していたせいなのだろう。
こうして助けられた今でも、彼女にどんな気持ちを向けて良いのか分からない。

……普通に接すれば良いと分かっていても、どうしても。

集中しなきゃ、とフェイトは頭を振って思考を戦闘へと引き戻す。
……魔法による攻撃は無意味。雷撃も効かない。
ならば、どうしたら――

『動きを止めては……ねぇ? フェイトお嬢様』

フェイトが逡巡した隙を突いて、巨大ガジェットの側部装甲板が展開。
その下から覗いたレーザー射撃用のレンズがフェイトを捕らえ、雨のように降り注ぐ。
狙いはフェイトに定められたのか。
この状況ではフェイトの速さが発揮されることはなく、その上、今の彼女はこの中でも一等装甲が薄い。
数で不利ならば、まず弱った相手を叩いて状況を優勢へ傾けるのが戦闘の定石だろう。フェイトが狙われるのは当たり前と云える。

フェイトは回避行動を取るも、完全に逃れることはできない。
咄嗟にディフェンサーを展開するも、無駄だ。はやてが氷の盾を展開したことから分かる通り、フェイトの守りでは防ぎきれない。
向けられた射撃はシールドを食い破り――

「させぬ!」

――寸でところでザフィーラの鋼の軛が壁としてフェイトを守る。
が、それでも駄目だ。絶え間なく続くレーザーは降りしきる雨を蒸発させながらフェイトへと迫る。
ザフィーラが作ってくれたこの隙に、避けられるか、否か――

……こんなことで博打を打つことになるだなんて。
歯噛みしたい気持ちとなったフェイトだが、その彼女を強引に引き寄せるものがあった。
腰に目を向ければ、そこには白色の魔力光を放つチェーンバインドが巻き付いている。
引き寄せられ、フェイトは辛うじてレーザーを避けることに成功した。

……また、助けられた。
しかし、フェイトがそのことに対して念話を向けるよりも早く、彼女は業を煮やしたように指示を飛ばした。

『仕切り直しや。小型ガジェットの相手は一端中止。
 こうなったら少しでもあの巨大ガジェットに打撃を与えるしかあらへん。
 ザフィーラ、フェイトさん、それに地上の皆。
 なんでも良いからアレの足を止めてや!
 その間に、私が大きな砲撃魔法溜めるから!』

『了解!』

指示に頷いて、フェイトはソニックフォームのまま空を駆ける。
雨で視界は最悪だ。それでも闇夜に光るガジェットのカメラアイに注意を払いながら、牽制にしかならない射撃魔法を連射する。
次いで、地上からも。ヴァイスの放った魔力弾――普段ならばガジェットを一撃で破壊する射撃が次々に放たれる。

『残り五秒』

空の敵へと手を出せないシャッハ、チンクの二人はヴァイスが射撃に専念できるよう、近付いてくるガジェットの相手をしていた。
予想通りに、他部隊の構築した防衛ライン――というよりは間引き作戦の撃ち漏らしが殺到してきているのだ。

『四秒』

地上の敵とは云え、あの二人が力尽きようものならば、結集したガジェットと巨大ガジェットのAMFは合わさり、強力なものとなる。
誰一人として遊んでいることが許されない状況に、各々は死力を尽くして対応していた。

『三秒』

フェイトはザフィーラの生み出した鋼の軛を盾にして、常に移動を続けながら射撃魔法を。

『二秒』

ザフィーラはフェイトのフォローを行いながらも、鋼の軛を巨大ガジェットに向ける。
が、通常時ならば易々と鋼を引き裂く刃は、強靱な装甲を前にして虚しく砕け散るのみ。

『一秒』

相手へと痛手を与えることができない状況に歯噛みしながらも、皆は時間を稼ぐために全力を。
そして――

『チャージ完了……皆、避けて!』

はやてからの念話が響くと、各々は砲撃に巻き込まれないよう距離を取る。
上空のはやてはシュベルトクロイツを振りかぶると、トリガーワードと共に構築したスフィアへとデバイスを叩き付けた。

ディバインバスター・エクステンション。
本来ならばなのはの魔法であるそれが撃ち放たれ、触れる雨を蒸発させて、巨大ガジェットへと突き刺さる。
しかし、駄目だ。
魔力光はフィールドを踏破し、実体を伴って装甲に到達した。
白色の砲撃魔法は減衰しつつも確かにAMFを貫き、光が爆ぜる。
にも関わらず、水を弾くように鈍色の装甲は健在。精々、焦げ跡の一つがついたぐらいか。

『んな阿呆な……』

ぽつり、と呟かれた念話には既に焦燥すら込められていない。

並のガジェットならばダース単位でスクラップにできる威力を誇っていた。
フェイトにはそう見えたし、はやてだってそう思っていたのだろう。
撃ち落とせると、誰もが思うほどの重厚な砲撃だった。

しかし現実は違い、敵は無傷。
あの敵は最早ガジェットという括りに入れて良いのかすら怪しい。

『……良かったのかしら。
 こんな無駄をしちゃって』

呆然とするはやてたちを嘲笑うかのように、巨大ガジェットはカメラアイを瞬かせると、下部のイノメースカノンを地上へと向けた。

マズイ――そんな一言がフェイトの脳裏に浮かぶ。
しかし敵の行動を邪魔するよりも早く、イノメースカノンの砲口に焔が宿る。

『小うるさい蠅の前に、まずは地べたを這うものを。
 死になさい』

台詞が終了すると同時に、砲口より決壊する閃光。
それが目指す場所は、クアットロの宣言通りに地上だ。

「皆……!」

声を上げたのははやてか、フェイトか、ザフィーラか。
あるいは全員だったのかもしれない。

避けろ、という願いは届いたのか。
ライトグリーンの魔力光――シャマルの張った結界が瞬くも、一秒すら拮抗できずに食い破られ、業火は地上に到達する。
轟音と共に吹き荒れる破壊の嵐。木々をへし折り焼き尽くし、地面を蹂躙して弾き飛ばす。
直撃せずとも余波だけで致命的なことになる。現に、一撃で六課は壊滅したのだ。
それをこのAMF下で受けようものなら――

「貴様……!」

似付かわしくない怒りに染まった叫びを、ザフィーラが上げる。
次いで彼の足元には古代ベルカ式の魔法陣が展開され、巨大ガジェットの下に剣山の如く鋼の軛が出現した。
直撃すれば相手を必ず殺害せしめる技――
が、それもアームの一振りで粉砕される。

ガラスの破砕音に似た合唱が夜空に木霊し、その中で巨大ガジェットは、残った三人へと狙いを定めた。
後部に備え付けられた大型の加速器が眩く発光し、次いで、その巨体が爆ぜるように進み始める。

振るわれるアームを避け、レーザーを避け。
無意味に等しい反撃を続けながら、フェイトたちは戦闘を続ける。
諦めが滲みそうになる心を叱咤激励するのは、フェイトだけではない。
おそらく、はやても、ザフィーラも同じはずだ。

それでも戦い続けているのは、仲間が必ず勝つと信じているからだった。
そしてこの巨大ガジェットも仲間さえいれば倒せると確信している。

……けれど。

『ああ、今どんな気持ちなのかしら、フェイトお嬢様。
 それに、八神はやて』

「何を……!」

プラズマスマッシャーを放ちながら、フェイトは苦々しい表情で応える。

『有象無象と似たような力しか振るえない、この状況。
 ただ無力な人間として私にひれ伏すしかないというのに、無駄な足掻きを続けて。
 人であるあなたたちと、戦闘機人である私。
 ああ、悲しいわねぇ。あなたたちのその無力さ、胸に迫るわ。
 だからこそ、私たちが生み出されたのだものね。
 人を越えたい。人を越えた力が欲しい。
 その願いは誰もが抱く欲望というものよ』

そして、

『あら……ガジェットが徐々に集まってきているわね。
 このままでは、あなたたちにとって敵ですらなかった機械兵器に押し潰されてしまうかもね?』

空に浮かぶ光点。地上の森を突き進むざわめき。
ガジェットが終結し、この場のAMFはより濃く、強大なものに。

このままでは完全に魔力結合が断たれてしまってもおかしくはない。

「うっさいわ!」

苛立ちを乗せた砲撃を、はやてが放った。
が、それは怒鳴り返すのと変わらない。チャージも行われていない砲撃では巨大ガジェットに通じない。

――そして、誰かしら激昂するのを分かっていたのか。
砲撃が迫る上空へと砲口を持ち上げ、巨大ガジェットもまた、チャージを行わない砲撃を。
しかしこの防御が意味を成さない状況では、溜めがなくともどれほどの威力となるか。

「八神さん、避けて!」

思わずフェイトは声を上げる。
それが届かなかったわけではないだろう。

「ぁ――……えっ?」

しかし、はやては砲撃を放った姿勢のままで凍り付いていた。
彼女の表情に浮かんでいるのは微かな怯えだ。
どうして――とフェイトは思う。
はやて自身もそうだろう。何故身体が動いてくれないのか、本人すらも分からない。

叫びを聞いたはやては、云われなくとも避けようと思っていた。
しかし、身体は動かない。逃げるべきと分かっていても、固まってしまったかのように。
ほぼ反射的にシールドを展開し――その時になって、はやての脳裏に一つの風景が浮かび上がった。
瞬間、彼女は手に握ったシュベルトクロイツを縋るように抱き締める。
そんな場合じゃないと頭の片隅で分かっていながら。

それは正しく怯えである。
六課を焼かれた際に中心部にいたはやて。AMFが届いていない状況でもあれだけの打撃を受けた攻撃を、今受けたら――と。
無意識下でそれを想像した彼女は、動くことを忘れてしまっていた。

そしてその想像に間違いはない。
バリアジャケットが大した意味を持たないこの状況でイノメースカノンを受けようものなら、跡形もなく消し飛ばされるだろう。
それはフェイトも分かっていて――

何かの発作のように、フェイトは巨大ガジェットへと肉薄した。
八神はやてが死んでしまう。その一言が脳裏に浮かんだ瞬間、勝手に身体が動いていたのだ。

もしそうなったら自分は悲しむだろうか。
冷血と云われるかもしれないが、フェイト自身は、それほど哀しみはしない。
だが、兄は――皆を守りたいと願っている兄は――

はやてが怯え、息を呑む響きが聞こえたような気がして。

「させない!」

フェイトの叫びに呼応して、バルディッシュがカートリッジを四発炸裂。
刹那の時間だけ本来の速度を取り戻したフェイトは、バルディッシュの鍔元でイノメースカノンをかち上げた。
それによって砲撃の射線が外れ、橙色の光は雨空を薙ぐだけに留まる。
はやては無事だ、が――

『飛んで火に入るなんとやら。
 今のお嬢様にはピッタリの言葉ね』

至近距離まで近付いたフェイトの身体を、蟹挟みのようなクローが捕らえた。

「ぎ、あ……!」

胴をまるごと握り潰すように。事実、それだけのことができるであろう凶悪な腕だ。
しかし、そうはならず。肋骨が締め付けられ、へし折られる一歩手前まで追い詰められて、クローの締め付けは終わった。

『アハハ……これで終わりね。
 機動力を欠いたことで、残るあなたたちは的でしかないのだから。
 呆気なく終わりそう』

フェイトを完全に捕らえた状態で、クアットロは愉悦を滲ませた声を放つ。
逃げ出そうとしても無駄だ。ザンバーフォームのバルディッシュは、この距離だと取り回しが悪すぎる。デバイスフォームに戻しても同じ。
逃げられない、と締め上げられる苦しみに耐えながら、フェイトは歯を食い縛る。

『……なんでや、フェイトさん』

『……八神、さん?』

『なんで、こんな……』

はやてから届いた念話には、混乱と申し訳なさが混ざりきっていた。
当たり前だ、とフェイトは思う。自分だっていきなり意識していなかった他人に庇われたら、そうなるだろうし。

『なんで、かな』

咄嗟に兄の顔が浮かんだのは確かだった。
兄が悲しむのは嫌だとも思った。
けど――けれど。

この際だから云っても良いかと、フェイトは苦笑する。

『……気付いたら、ついね』

それは嘘だ。いざ言葉にしようと思ったら、上手く口にすることができなかった。
単純な話、いつまでも怨恨に囚われていたくないという願いが、フェイトにもあった。
だってそうでなければ楽しくない。兄と一緒にいたとしても、八神はやてがいるだけで空気が淀むなんて。
そんなこと、誰も望んでいない。

酷く場違いな衝動がフェイトを動かしたのだった。
それはついさっき、はやてに援護してもらったから意識してしまったことなのかもしれない。
彼女のことが頭にあって、そして死ぬかもしれないという瞬間に直面し。
どうしても黙って見ていることが、できなかった。

『……八神さんが死んじゃうのは、嫌だったんだ』

『だからって……!』

『うん、私も馬鹿だと思う。
 けど……仕方ないかも。
 ほら、私、兄さんの妹だから』

『そんな嫌すぎる理由、認められるかい!
 今助けるからな!』

冗談めかして云えばはやてが怒鳴り返してきて、フェイトは思わず小さく笑んでしまう。
嫌すぎる理由。確かに、そうかも。
理由らしい理由は感情から発せられたもの、という点では実に兄らしい。
それを良く理解している彼女だからこそ、気に入らなかったのだろう。

そんな二人のやりとりに気付かず、フェイトを捕まえたクアットロはクスクスと笑い声を上げる。
そしてはやてへ示すようにフェイトを掴んだクローを持ち上げると、それぞれの眼前にウィンドウが開く。

『無駄な足掻きだと思わないの?
 もう終わりは見えているのよ?
 ほら……』

云われ、フェイトはウィンドウに目を向ける。
画面の中は分割されており、そこには戦っている皆の姿が映っていた。

勝てる戦いができる者は一人もおらず、誰もが満身創痍。
その中でもフェイトの目を引いたのは、エスティマの姿だった。

白いバリアジャケットを血で濡らし、膝を屈して倒れ込んでいる。
肩で息をしている彼は、顔を上げると姿を掻き消した。おそらく、稀少技能を使ったのだろう。
しかし――画面の中で数多の火花が散ると、エスティマが弾き飛ばされる。劣勢なのは見れば分かった。

この期に及んで、クアットロは戦意喪失を狙っているのだろうか。
否、違う。おそらくこれは遊びだろう。もしくは、今まで味わってきた辛酸を突き返そうとしているのか。
フェイトには分からない。

その瞬間だ。
今まで雨に打たれるだけだった山――山脈が唸りを上げ始める。
それは悲鳴に似ており、大地の震撼は次いで木々が根本から割り砕かれる絶叫へと移行した。

何が――と。
この場にいる全員は瞠目する。

しかしクアットロだけは状況を把握しているのか、微塵も焦らず、相も変わらず余裕ぶった声を放つ。

『さて、ここで時間制限を設けるわよ。
 分かる? 聞こえる? 感じる?
 この響きは胎動よ。埋もれた物が這い出ようとする産声、その前兆。
 聖王のゆりかご……あなたたちは間に合うかしら?
 私を倒し、坊やを倒し、この戦場を制することができるかしら?』

それは問いかけだったが、クアットロは答えを求めてはいないのだろう。

露骨に絶望をちらつかせ、こちらを焦らせようとする。
その挑発に乗ってしまったのがフェイトであり、はやてとザフィーラも怒りを堪えるのに精一杯だった。

ただ分かることは――死と同意義である敗北が、目の前に迫っているということだ。

――嫌だ。

『できないわよねぇ。
 けれど、それは仕方のないことよ。
 けど、安心しなさい。
 あなたたちをここで滅ぼし尽くしたら、後に残った残骸は有効活用してあげるわ』

クアットロの声が周囲を揺らすように響き渡る。
雨と雷鳴に混じり、聖王のゆりかごが殻を破り生まれ出でようとする中で。

有効活用。それはおそらく、そのままの意味だろう。
プロジェクトFや古代ベルカの稀少技能を持った魔導師。
稀少なプログラム体である守護騎士たち。味方となって戦ってくれている戦闘機人。

それらを自分たちが更なる飛翔をするための糧とすると――そのていどでしかないと、クアットロは云う。

――嫌だ。

フェイトは歯噛みする。
そんなことになるために自分たちはここにきたわけじゃない。
勝って、二度と惨めな思いをしないために――幸せを掴み取りたいから。
だから戦っているというのに、こんな現実。

「……絶対に、嫌」

アームに締め付けられ、咳き込みながらフェイトは呟く。
しかし彼女のか細い声は、誰にも届くことはなかった。

けれど――それでも彼女は。
展開されたウィンドウの向こうにある兄の姿を、見据えた。














「ぐっ……おのれ」

雨の打ち付ける大地で膝を立てながら、チンクは揺れ続ける大地に足を立て、立ち上がった。
まだ揺れは酷くはない。しかし、このまま放置すれば大地が割り砕かれ、まともに戦うことすら難しくなるだろう。

エスティマ――

胸中で彼の名を呼び、チンクは泥に濡れた髪を背中へと放ってポンチョの中からダガーを取り出した。
指の合間に三本を。武器を構え、彼女はマルチタスクを駆使し、ここへと押し寄せるガジェット、そして頭上のクアットレスⅡへと意識を伸ばす。

フェイトを掴み上げたクアットレスⅡはレーザーと拡散式のイノメースカノンを連射しながら八神はやてとザフィーラを追い詰めている。
巨体を揺らす毎に捕まったフェイトは苦しみの声を上げ、もはやバルディッシュを離さないだけで限界のように見えた。

次いで視線を地上へと。
戦闘機人であるチンク以外の者――シャッハ、シャマル、ヴァイスの三人は先ほどの砲撃を避けきれなかったようだ。
シャッハは回復役であるシャマルを倒されてはいけないと彼女を庇い、今は動けない状態なのか。。
ヴァイスは焼け焦げたバリアジャケットに顔を顰めながら立ち上がろうとしているが、力が入らないのだろう。苦痛に耐えながらの罵声が聞こえてくる。
そんな二人をシャマルは涙目で治療して――この場で動けるのは自分のみ。

……戦えるか?

ダガーの残り本数を確かめてみる。
三十本近くが残っているが、心許ない。これから押し寄せてくるガジェットの数がどれほどかなど、彼女には分からない。
クアットレスⅡに打撃を与えられる存在は、こうなってしまえば自分だけ。
無駄に武器を使い尽くしていざという時に何もできない、では話にならない。
話にならないが、ここで戦わないという選択肢も存在せず。

……仕方がない、とチンクは苦笑する。

『シャマル、と云ったな』

『は、はい!』

『その二人は任せる。私はガジェットの相手をしよう』

『すみません、お願いします』

ああ、と頷いて、チンクは疾走を開始した。
ポンチョの裾を翻しながら木々の合間を擦り抜け、泥を踏み締め、落ち葉を散らす。
そうすると見えてくる――否、戦闘機人の彼女の視界に熱源反応が現れた。
数は七。内一つはⅢ型か。これだけではなく、後続はまだ現れる。

……あの三人が動けないのならば、自分が相手をするしかないだろう。

彼女より遅れ、ガジェットも敵の姿を発見する。
次いで放たれるレーザー光。チンクは木々を遮蔽物としてそれらを避けると、その内一体に飛びかかり、押し倒す。

表面に添えた手からエネルギーを流し込む。その量はガジェット一体を消し飛ばすにしては過剰なほどだ。
掴んだガジェットを盾にして、他のガジェットから放たれるレーザーを防ぎ、一本の大木を見付けると、チンクはそこへと駆ける。
あとを追ってくるガジェットの様子を振り返って確認し、彼女は大木の影に隠れる寸前、ガジェットをⅢ型へと蹴り飛ばした。

「IS発動、ランブルデトネイター」

魔導師ならばトリガーワードとなるそれが呟かれると、エネルギーを注ぎ込まれたガジェットは刹那の内に爆散する。
それを至近距離で受けたⅢ型は巨大な表面を抉られ、スパークを上げながら大破。
まだ続く。飛散した欠片が他のⅠ型へと降り注いだ瞬間を狙い、再びチンクはISを発動。
ガジェットの残骸、その鉄屑を触媒として再度、紅蓮の華が咲く。

地面を吹き飛ばすほどの火炎を樹木を盾に凌いだチンクは、爆発跡から手ごろなサイズの鉄くずを拾い、再び足を動かし始めた。

グリフィスから伝えられるガジェットの進行方向を頼りに動き回り、ひたすらに彼女は敵を屠る。
鉄風雷火の吹き荒ぶ戦場をたった一人で築き上げながら、彼女はかつての僚機であるガジェットたちを爆破してゆく。

エネルギー残量に気を配り、ダガーを出し惜しみしながら。

そうしていると、だ。
不意に己へと念話が届く。
六課の者からではない。このチャンネルは――

『ごきげんよう、チンクちゃん』

『……クアットロ』

悦の滲む思念に歯を噛み鳴らしながらも、チンクは動きを止めない。
一体でも多くの敵を屠り、時間を稼がなければ。
そうしなければ――ゆりかごの浮上を許してしまう。
最低と云っても良いこの状況を上回る、敗北の二文字が浮かぶ状態ができあがってしまえば、エスティマを乗せたゆりかごは飛び上がり、そして、彼は――

そこまで思い、チンクは念話を届けてきたクアットロへと言葉を返してしまう。

『……クアットロ、もう止めろ。
 こんなことをしてどうなる。
 ドクターは出頭した。ナンバーズだってその半数が捕らわれている』

『だからなんだと云うのかしら?
 余計な色に染まってしまった者たちになど、最早価値はない。
 チンクちゃん、あなたもなのよ?
 そんなに張り切っちゃって。戦闘機人の面目躍如ってところね。
 所詮、あなたも戦わなければ己の役目を果たせない道具にすぎないでしょう?
 エスティマ・スクライアもそうよ。
 平穏を望んでおきながらこの状況。まるで矛盾しているわね』

『……なんだと』

クアットロの言葉に、突如、胸の内から熱い衝動が込み上げくる。
それが怒りだと気付くのに時間はかからず、しかし、その間にクアットロは先を続けた。

『所詮道具でしかない者が何かを望んだところで、何も掴めない。
 ドクターもそれを分かっているから彼を玩具にしていたと思ったのだけれど、駄目ね。
 メッキがいくら綺麗でも、その本質を見誤ってはいけないわよ?』

『……もう良い、黙れ』

クアットロとの念話を強引に打ち切り、チンクは奥歯を噛み締めた。
お前にアイツの何が分かる――そんな言葉が込み上げてきたが、駄目だ。
何を云ってもあれには通じまい。所詮は価値観の違う存在でしかないのだろうし。

……戦うだけの存在?
確かにそうかもしれない。
今この場では自分もガジェットを屠り、戦闘機人としての真価を発揮している。
だが――目的をもってそれを行っているのだ。
エスティマの見せてくれた、教えてくれたものに近付きたいから。
恋い焦がれてしまった何か。それに少しでも手を伸ばしたくて。
しかし戦うことでしか近付けない自分は、力を振るっている。

行っていることだけを見れば、確かにそれは以前と変わらないのだろう。
けれど、とチンクは思う。
この胸に宿った、人として生きてみたいという願いは間違いじゃない。そう思いたい。
そして妹たちにも、ただの戦闘機人として生きるだけではない未来を与えてあげたい。

折角、人の姿を取って生まれてきたのに――それでは、悲しすぎるから。

その一念を胸に、チンクはガジェットの相手をする。
それが自らにできる、最大の使命だと信じて。

ふと、チンクは自らの傍らに浮かぶ通信ウィンドウに目を向ける。
進んでも勝手についてくるこれは、クアットロの差し金だろう。
いくら足掻いても他の者たちは膝を屈しそうになっている、とでも云いたいのか。

分割された画面、その一つに映っているエスティマの姿をチンクは見る。
何を想い、彼は戦っているのだろうか。
血に濡れて、今にも倒れそうになりながら歯を食い縛り、自らの意志を貫き通そうとしている。
その姿はエスティマ・スクライアが見せるいつもの姿勢。
何があっても守るべきもののため、妥協の一切を許さない頑固者が意地を見せている。

実に彼らしい。
そう思う反面で、チンクは酷い歯がゆさを覚えた。
その時だ。
ふと、画面の向こうでエスティマが言葉を発する。
それを聞き、チンクは――













リリカル in wonder












時間は少し遡る。

「それでは、私が君の力になることを許してくれるのかね?」

「……ああ。納得できないが、突っぱねて馬鹿を見るわけにはいかないからな。
 俺だけが面倒なことになるわけじゃないし」

「ハハ、それもそうだ。
 実に君らしい理由ではないかね」

スカリエッティの浮かべた笑みに、エスティマは目を細める。
が、言い返しても無駄だと分かってきたのか、彼は小さく鼻を鳴らすだけで終わらせた。

決戦前の六課。拘束されたスカリエッティは、無事な車両の一台を仮の牢とし、囚われていた。
が、やはりスカリエッティの態度に変化はない。
エスティマと対峙する彼は愉快そうな表情を微塵も隠さず、子供のように身体を揺らしていた。

「そういうわけだ。お前のプログラム、ありがたく使わせてもらう。
 じゃあな」

「ああ、待って欲しい。まだ君には伝えたいことがあるのだよ」

踵を返そうとしたエスティマへと、スカリエッティは声をかけた。
うんざりした表情でエスティマは振り返る。やはり変わらず笑みを浮かべている男に、彼は嘆息した。

「なんだ。俺は忙しいんだよ、スカリエッティ」

「分かっているとも。決して時間を無駄にはさせないさ。
 ……セッテのことだ。敵の手の内を知っておくのは、無駄ではないだろう?」

無言のままエスティマは腕を組むと、早く云えと言わんばかりにスカリエッティを見る。
スカリエッティは僅かに口の端を持ち上げると、エスティマの様子を観察するように、ゆっくりと話し始めた。

「ナンバーズのⅦ番、セッテ。
 さっき君にも云ったように、彼女のISは特殊なのさ。
 元々は武器の簡易転送を行う力だったのだが……それでは君に勝てないと思ってね。
 故に私は、考えたのさ。
 速さ、とは。それを武器に戦う君を真っ向から打ち破るにはどうすれば良いのかと」

そこまで口にしたスカリエッティは、どこか残念なように頭を振った。

「答えは思ったよりもすぐに出た。
 しかしそれは、なんとも無粋極まるものでね。
 造り出した時は楽しかったのだが、次第に興味が薄れてしまったのだよ」

「それで放置したわけか」

「まぁ、それもオルタに造られてしまったわけだがね。
 ハハ」

「笑っている場合か。
 で? その無粋極まる力ってなんだよ、スカリエッティ」

「……ふむ。どうやら私はかなり嫌われているらしい。
 こうも露骨に話を進められては困ってしまうよ。楽しめない。
 ああ、嘘だ。出て行かないでくれたまえ」

「……だったら早く云え」

苛立ちを隠しもしないエスティマに、スカリエッティは苦笑しながら先を話した。

「速さという概念について考えたのさ。私はね。
 戦闘において、速さとは重要な要素の一つだと思うよ。
 如何に強力な攻撃でも当たらなければ意味はない。如何に強靱な守りでも、その防御を展開する前に勝負を決められたら話にならない。
 で、だ。
 その速さを考えた場合……その極みはどこにあると思う?」

スカリエッティに問いかけられ、エスティマは僅かに考えた。
速さ。その極みとは。
単純な話だろう。敵より早く動き、敵より早く攻撃をする。馬鹿らしいほどにシンプルだ。

そんなエスティマの考えを読んだように、スカリエッティは大きく頷いた。

「そうとも。それだ。
 風を越え、音を越え、光を越え……果てのない競争に打ち勝った者が勝利を手にする。
 が、ここで疑問が一つ。
 ……人間を相手にするのに、そこまでの速さは必要だと思うかね?
 答えは否だ。そもそも光に迫るなどと、人には不可能な領域の話。
 故に私は思い付いたのだよ。対人戦闘というカテゴリに収め、その中での窮極を求めようとね。
 人が反応するよりも早く動き、人が防御するよりも早く切り伏せる。
 先ほど私が口にしたのと同じに聞こえるかな?
 いいや、違う。相手を人と限定することによって、明確なゴールが設定されたのさ」

何が楽しいのか、スカリエッティは饒舌に話を続ける。
楽しませるのはエスティマにとって不本意だったが、スカリエッティの云わんとしていることを理解しようと、彼は情報を整理していた。

「その答えが、短距離連続転送。
 高い演算能力により瞬時に座標を設定し、高速で転送魔法を展開。
 敵へと迫り、切り伏せる。どこに現れるかも分からない敵を察知することはできず、故に防御することも叶わない。
 実に単純な話だろう?
 距離を縮めるという無駄を省いたのさ。
 そして構える、振り上げる、振り下ろす、という三つの動作の内、前二つを事前に済ませ転移することで、最速の攻撃を繰り出すことができる。
 人を殺すのに山を吹き飛ばす砲撃など必要ではないだろう?
 弾丸一つ。刃一つがあれば事足りる」

「……そういうことか」

それが紫電一閃・七星を打ち破ったトリック。
ああ、成る程。確かにそれは速さのジャンルが違う。
そして、感覚加速を行えない魔導師では戦いにすらならないだろう。
自分やフェイト、トーレでも反応できるかどうか怪しい。

同時に思う。
……どうやって打ち破る?
敵が転移してくる場所に攻撃を撃ちこむ?
駄目だ。紫電一閃・七星に反応できるだけの反射神経を持っている相手に、そんな小手先が通じるはずがない。
ならば、こちらも転送魔法を使った戦闘を行う?
それこそ駄目だ。演算能力という一点で戦闘機人に勝てる自信がエスティマにはなかった。

ならば――

「……分かった。
 参考にさせてもらうよ」

話は終わりだと、エスティマは言外に伝える。
スカリエッティは立ち去ろうとするエスティマを見上げると、僅かに首を傾げた。

「参考になったかね?
 打ち破る策はあるのかね?」

「……逆に聞くぞ。
 打ち破る術があるのか?」

「私が知る限り、ないね。
 あったら話しているよ」

だろうな、とエスティマは苦笑する。
やけに協力的なスカリエッティに寒気を覚えつつも、コイツは出し惜しみをしないだろうという確信があった。
やるならば徹底的に。そんな信念を持っていそうだから。

「それで、どう戦うのかね?」

「……決まっている。一つしかないだろう?
 速く、鋭く。それだけだ。今も昔も、俺にはそれしかないわけだしな。
 それに……紫電一閃・七星を防いだ後、アイツがしていたこと。
 付け入る隙はあるんじゃないのか?」

「……そうだ。そうとも。
 ハハ、私は嬉しいよ、エスティマくん!
 この話で君が萎縮するわけがないと分かっていたが――ハハハハハ!」

何が嬉しいのか。
スカリエッティは手が自由ならば腹を抱えそうなほどに笑い声を上げた。
そんな彼から視線を外して、エスティマは外へと。

スカリエッティの話を聞く限り、勝ちを拾うには厳しい相手だと分かった。
しかし、誰かがセッテを倒さなければならないのだ。
そしてそれができるのは、おそらく自分のみ。
他の誰でもなく、戦闘機人のⅦ番の相手はエスティマ・スクライアがしなければならない。

















同種のデバイスが打ち合い、鐘の音の如くゆりかごを揺らす。
反響した広間にいる人物は四人。

その内二人、ヴィヴィオは玉座。オルタはその隣に。
意識を失っているのだろう。ぐったりと椅子に座っているヴィヴィオは、苦しげな表情をしたまま微動だにしない。

そんなヴィヴィオとは違い、オルタは遂に始まった眼前の戦いを刹那さえも見逃さないよう、瞬きを忘れて視線を注いでいた。

そして――残る二人。
エスティマとセッテは、白金のハルバードと金色のブーメランを打ち合わせる。
一撃一撃が火花を散らし、お互いが魔導を扱う者だと忘れたかのように、刃鳴散らす。
玉座の前で行われるそれは、まるで御前の決闘だ。それぞれに極めたものを出し尽くさんとするように。

打ち合い初めて何合目だろうか。
セッテの振り下ろしたブーメランブレードに込められた力が増す。
それを防ぎ――

『――Phase Shift』

稀少技能が、発動する。
何もかもが遅くなる世界の中で動くことを許された者は数少ない。
が、この場にいる二人は違う。
刃を振るったセッテの姿は、既にない。
残っているのは魔力光の残滓のみである。

次いで、首筋に悪寒が走った。
まったくの勘でしかないが、それは鍛え上げられた感覚――肌に迫る刃を察知した故のことだろう。

咄嗟にエスティマはSeven Starsを一閃、右から背後へと。
固い感触が返ってくる。火花を散らす同種のデバイス――

が、再びセッテの姿が掻き消える。
またも、残っているのは魔力光の残滓のみだ。

やはり、とエスティマは確信する。
スカリエッティの話に嘘はなかった。同時に、これなら紫電一閃・七星を察知もできずに破られたことも。
こうやって神経を研ぎ澄ませている今ですら、少しでも気を抜けば首が飛ぶだろう。
現に、

「づぁ……!」

Seven Starsを振り切った状態で振るわれた金色の刃。
それを完全に回避することはできず、首が浅く裂かれてしまう。
もし刹那でも――その刹那を引き延ばしている今ですら――反応が遅れれば、致命的なことになっていただろう。

次がくる。
腕を切り落とさんとする刃を紫電の散る左手で受け止め、掌が裂かれる。
胴を切断しようとする刃をSeven Starsのグリップで防ぎ、その衝撃に指が痺れる。
唐竹から下された断頭の刃を身体を捻って回避し、肩口が引き裂かれる。

四方八方から反応の追い着かない刃が次々に迫り、一撃一撃に命を賭ける状況で、エスティマは辛うじて命を繋ぐ。
そうして、何度目の攻撃を防いだ時だろうか。

脇腹へと痛烈な蹴り――何故刃ではないのか――を叩き込まれ、エスティマは弾き飛ばされた。
次いで稀少技能が切れ、全身から血が吹き上がる。
動きが鈍るような深手は避けた。が、傷という傷から染み込む痛みは耐え難いものがある。

歯を食い縛って泣き言を押し殺し、エスティマは距離を取ったセッテに目を向けた。
無機質な瞳はこちらを見ているだけで、エスティマを人と認識しているのかも怪しい。
刃めいた鋭さを感じる一方で、人と相対しているのか疑ってしまう。

……これが、戦闘機人なのか。
トーレの語っていた戦闘機人とは違う、純粋な兵器なのか。
敵を屠っても満足することはなく、返り血を浴びて眉を潜めることもない。
人の形を取ったストレージデバイス。そんな印象を、エスティマは抱く。

『痛っ……痛いですよぅ……』

身体の内から、リインⅡの小さな悲鳴が上がる。
数秒か、それ以下か。そんな次元での応酬を行っていたのはエスティマのみで、リインⅡからすれば、一度に全身を引き裂かれた気分だろう。
すまない、と言葉に出さず謝って、エスティマはセッテに視線を注いだ。

頭にはめたヘッドギアの両脇からは、冷却のためであろう蒸気が噴き出している。

それと対峙したエスティマは、痛みを意識から排除するよう努めてSeven Starsを構えた。

「どうかな、セッテは。
 なかなかの物だろう? 勝てないよ、君は」

唐突にオルタが口を開く。
エスティマはセッテを見たまま、彼に言葉を返した。

「……どうかな。
 まだ始まったばかりだろ」

「そうかい?
 たった一度のやりとりで、血だるまじゃないか。君は。
 彼女は僕の完成させた最高の道具さ。
 あまり甘く見ない方が良いよ?」

「そうか」

息を整え、腰を落としながら、エスティマは小さく呟く。
そして、

「……物だ道具だと。
 だったらお前も、俺の道具を舐めるなよ、オルタ」

なんの気なしに、エスティマはそう呟いた。
冗談でもなんでもなく、当たり前のように。

独り言に近い言葉だったが、しかし、

『……』

ふと、エスティマは手に握ったSeven Starsに視線を落とす。
何か鼓動のようなものが――そう思った瞬間、白金のハルバードはその形を盾と片手剣へと姿を変えた。

『……こちらの方が戦いやすいでしょう、旦那様』

「……ようやく喋ったか。
 ったく、心配させるなよ」

『はい。申し訳ありませんでした』

噛み締めるように、Seven Starsは呟いた。
彼女が何を考えているのか、エスティマには分からない。
しかし、ようやくいつもの調子を取り戻した相棒に心強さを覚え、エスティマは小さな苦笑を浮かべた。

……どいつもこいつも、勝てない、無理だと。
仲間に背中を押され、心強いデバイスたちが付いているというのに、不安に思うことの方が無理だ。
あとは俺が上手くやるだけ。
道具の出来に満足しているガキに、重要なのは使い手だと思い知らせてやろう。
痛感させる必要がある。

機械的な刃は鋭く、早い。
だが何も篭もらず軽い刃では、俺を切り伏せることなどできない。

「……往くぞ」

『はい』

『了解ですよ!』

片手剣を握り締め、エスティマは稀少技能を発動させた。
そして再び、刹那の中で応酬が繰り広げられる。
取り回しの良くなった武器で防ぎ、払い――だがしかし、刃は一度もセッテに届かない。
防戦一方でしかない。もし攻めに転じようとすれば、その刹那、繰り出された刃によって絶命するだろう。

けれど、手はある――
一つの可能性がある。もしそれが本当ならば。

全身を更に刻まれながら、エスティマは糸口を掴もうと神経をすり減らす。
痛みが神経を苛み、ともすれば意識が霞む。諦めようとする意志をねじ伏せて、血の華を全身に咲かせながら、彼は死の舞踏を舞い続ける。

そして、再び。
セッテの一撃を左腕の盾で防ぎ、その衝撃にたたらを踏みながら、エスティマは目を見開いた。
次の攻撃がこない――?

稀少技能が切れると同時に、再び血が噴き出す。
その際に活力が、熱が抜け落ちてゆく虚脱感に襲われながらも、エスティマは歯を食い縛った。

気を抜けば霞んでしまいそうな視界の中で、セッテは動きを止めたままヘッドギアから蒸気を噴き出していた。
さっきも。そして、紫電一閃・七星を破ったときと同じく。

「リインフォース……あれが攻撃を開始してから冷却まで、何秒だ?」

『ぐぅ……えっと、エスティマさんの主観だと、おそらく三十秒前後です』

『冷却には五秒を要しています』

リインⅡに続き、Seven Starsが声を上げた。
……やはり。
思った通りだ、とエスティマは血塗れの状態で笑みを浮かべた。

あの戦闘機人セッテは、強すぎるのだ。
人の分を越えた力とはあれのこと。溜めも必要とせず、ただひたすら殺戮を行う機械。
だが――おそらくは。
瞬時に敵を葬ることが前提であるからこそ、この状況を想定していないのだろう。
セッテを相手取り、攻防を行える人間がいることを。

故に、敵を前にして無防備な冷却状態へと移行する必要があるのだ。

おそらくジェイルがセッテを完成させれば、その穴すらも塞いでいたに違いない。
しかし実際のところ、完成させたのはオルタ。
彼はエスティマ・スクライアが厄介な敵だと分かっていながらも、どれほどまでかは理解していないのだ。
故に彼が完成させたこの戦闘機人は、並の魔導師を相手にした場合にのみ、最強を誇る。

しかしそれはなんの慰めにもなっていない。
勝つのが不可能ではないだけであり、強敵であることに変わりはないのだから。

だが、たった一つの穴があるならば――勝ってみせる。
例えそれがどんな物であろうとも。
そのために自分はここに立っている。
側で娘を守れず、仲間たちを信じてここまで一人でやってきたのだから――その信頼に応えられないようでは、意味がない。

再び、エスティマとセッテは激突する。
エスティマは血飛沫を上げて。
セッテは魔力光を散らして。

これを堪え忍べば、とエスティマは守りに徹する。
敵を倒すとそれだけを考え、セッテは刃を振るう。

そして――

やや大振りな攻撃が迫った。
一度目は蹴り。二度目は盾で防いだあの攻撃は、敵を怯ませて時間を稼ぐものだったのだと理解する。
骨まで響く斬撃を盾で防ぎ、敵の姿が掻き消える。

そして現れた地点で、セッテは冷却を開始し――

取った、とエスティマは途切れそうになる稀少技能を持ち直して、セッテに切り込むべくアクセルフィンに魔力を送った。
が――

逸る意識とは裏腹に、視界が傾く。Seven Starsを握り締めた指が痺れる。
一体何が、とエスティマが思った瞬間、飛行魔法が切れて、身体は地面に倒れ込んだ。
慣性のままにズルズルと滑り、頬を床に着けた状態で身体を持ち上げようと力を込める。

なんのことはない。血を流しすぎただけだった。
見れば、エスティマがさっきまで戦っていた場所は一面が血に濡れている。
白いバリアジャケットはぐっしょりと濡れて、赤黒く。

鼻に届くものはすべてが鉄臭く、身を起こそうとすれば手が血で滑り、再び倒れ込んでしまった。

リインⅡに治療を、と思うも、駄目だ。
そんな余裕はない。治療に専念しようとすれば、首と胴が別れを告げることになる。
かと云って、この傷を放置するわけにもいかず。

……Zero Shiftならば、と脳裏に唯一の手段が浮かぶ。
リインⅡを加速対象に入れて治癒魔法を使えば、刹那の内に傷は塞がるだろう。
だが、駄目だ。それはいけない。
もう決して全力は出さないと誓ったのだから。

「まだまだ……!」

意志だけを支えに身体を持ち上げて、エスティマは再び稀少技能を発動させる。
そして、交差する刃。
既にエスティマの動きからは精彩が欠け始めている。
それでも戦えているのは、この場になってようやくセッテとの戦闘に慣れたことと、死を忌避する意識が強引に身体を動かしているからだった。
が、それにも限界は訪れる。

再び攻防を堪え忍び、唯一反撃のチャンスが許される冷却期間。
それに至ったが、エスティマに攻め込む気配はなかった。
本人にはそのつもりがあるのだろう。ギラギラと剣呑な光を宿した瞳は、射殺さんばかりにセッテへと向けられている。
しかし、その意志に身体がついて行かない。

勝ちを拾えるチャンスは、今この瞬間、生き長らえるための息継ぎへと意味を変えていた。
壊れた息をするエスティマ。
彼は肩で息をしながら、次こそはと冷え切ってゆく身体に鞭を打つ。

その瞬間だった。

「……これは、クアットロかな?」

ぽつりとオルタが呟くと同時、エスティマの眼前にウィンドウが開く。
そこに映っているのは、施設内で戦っている部下たちの姿。
楽な戦いをしている者は誰一人として存在していない。
程度の差こそあれ、エスティマと同じく誰もが苦痛に喘いでいた。

鑑賞しろ、と云わんばかりにセッテは向かってこない。

苦戦している仲間たち。その光景がエスティマに力を与える。
動力源は怒りであり、その赫怒の念によって彼は朽ちる寸前の身体を引き起こす。

負けられない。勝つしかない。
勝って早く皆を助けないと――
その一念で。

だがしかし、気迫でどうにかなるような戦いではないのだ。これは。
奇跡の一つでも起こらなければ、全員が全員、勝ち抜くことなど不可能だろう。
エスティマもそれは分かっている。

次いで、震動がゆりかごを襲った。
その揺れに耐えながら、エスティマは何が起こったのかと視線を巡らせる。

「……出航時間が近いよ、エスティマさん。
 さあ、どうする?」

出航――つまりは、ゆりかごが浮上するのか。
そんなことが起きれば、巨大ガジェットの砲撃で亀裂の入っているこの施設がどうなるかなど考えるまでもない。
そして、その中で戦っている仲間たちがどうなるのかも。
通路が塞がるなどまだ可愛いものだ。
最悪、全員が全員生き埋めになってもおかしくはない。

更なる焦燥がエスティマの胸に宿る。
そして、

『部隊長!』

唐突に通信を送ってきたシャリオもまた、このままではどうなってしまうのか、分かっていた。

『意地を捨ててフルドライブを使ってください!
 お願いですから!』

音声のみの通信故に、彼女がどんな表情をしているのかエスティマには分からない。
しかし、大声の中に混じった湿った色は、彼女が泣いていることを簡単に想像させた。
だが、

『……駄目だ』

それはできない、とエスティマは云う。
シャリオの云いたいことをエスティマも分かっている。
使えと云っているのだ。AMFCを。
AMFさえ消せることができれば――

『それは、できない』

できるのだとしても。
エスティマにその気はない。

確かに、AMFCを使えばこの局面を覆すことができるの"かも"しれない。
確かに、フルドライブを使えば状況を打破できるの"かも"しれない。
――かもしれない。

勝利を掴むために必要なことなのだとしても、それに必要はリスクはエスティマにとって無視できない代物だ。
以前の自分ならば、絶対に大丈夫と胸を張って虚勢を吐いただろう。
だが、今はどうしてもそれができない。

己の命。仲間からの信頼。
その二つは、断言できない事柄に晒して良いものではなかった。

死んで欲しくないと願ってくれた人がいる。
信じてこの戦いに付いてきてくれた者たちがいる。

そのかけがえのない皆を巻き込んだ大博打なんて、一体誰が打てるという――!

そうエスティマは思っており――

休憩は終わりとばかりに、視界の端からセッテの姿が掻き消えた。
スタートを知らせるものは何もなく、唐突に再開された戦闘へとエスティマは意識を戻す。

一閃を弾き、次に備える。
が、衰弱しきった身体は既に云うことを聞かず、鋭さは目に見えて落ちていた。
ほんの数分前は捌けていた刃も、今は受け流すことができない。

深く腕を引き裂かれ、二の腕からは大出血が。
肩口から切り落とされるのを防ぐのがやっとだった。

噴水のように吹き上がる鮮血と激痛に意識を明滅させる。大量の血液を一気に失ったことで、視界が揺らいだ。
エスティマは鉄錆の臭いが染みついた吐息を漏らす。
朦朧とした意識のまま、バインドで強引な止血を――間に合わず、条件反射のようにセッテの攻撃を受け止めて。
風に流される木葉のように不様なダンスを踏んでいると、頭の中から嘲笑が溢れてきた。

――本当、馬鹿な奴。何を履き違えているのか。
  死にたくない。信じてくれる仲間を賭けに付き合わせたくはない。
  今更になって怖じ気づいたのか? だとしたら、随分と遅い。
  だがこのままでは死んでしまうと分かっているだろう?
  死に価値があるとでも云うのか?
  ゼスト・グランガイツにも云っただろう?
  そうだ。死ぬことに価値なんかない。後に美談となったところで、自分自身に還元されるものはない。
  そもそも、ここで死ぬことこそが"彼女"への裏切りだろう?
  今更だ。皆、笑って済ませてくれるさ。

おそらくそれは、言い訳という名の弱音だ。
だから使え、と。フルドライブさえあれば、と。
心では絶対に駄目だと決めていても、頭の冷静な部分が囁いてくる。

諦めるときだ、エスティマ。今までと同じように妥協すれば良い。

その酷く甘美な誘惑に――しかしエスティマは、セッテに打ちのめされながらも頭を振った。
できない。そんなことはしたくない。

自分の身を案じてはやてが願ってくれたその気持ちを踏みにじりたくはない。
そんなことは屑の所業であり、心を弄ぶその様はスカリエッティが行ったこととなんら変わりはないから。
身に刻む痛みは自分だけのものだとしても、その姿に傷付く人がいる。
故に――誰も悲しませたくないから、無茶はしないとそう決めた。

こんな修羅場に付き合ってくれる仲間たちがいる。
程度の差こそあれ、彼女たちは自分を信じて戦いに身を投げたのだろうという自惚れがある。
管理局員の仕事という面があるにしても、勝てない戦いを拒否する権利は当然のようにあった。
それでも譲れないものがあるからこそこの場に赴き、この馬鹿騒ぎを終わらせようと戦っている。

誰もが必死で、己の意地を貫くために。
そんな状況で、結果がどう転がるかも分からない賭けをするだなんて、できるわけがない。

だから意地でもここでセッテを倒し、仲間を助けに行く。
もう少しだから。もう少しで駆けつけるから。

そうだ――だから、絶対に――

茫洋とする意識は最早夢遊病者のそれに近い。
その状況でエスティマは、Seven Starsを握る手に力を込める。
一撃で良い。差し違えてでも――駄目だ。
非殺傷設定を解除して――駄目だ。
自らに枷を科しながらも、エスティマはせめて一撃、と歯を食い縛る。

そしてようやく訪れた冷却期間。
この機会を今度こそ逃さぬと彼は血を吐きながら満身創痍の身に力を込める。
膝は笑い、今にも崩れ落ちそうだ。
呼吸は苦しく、気を抜けばそのまま目覚めぬ眠りに就いてしまいそう。
最早身体は限界の一歩手前……否、限界そのものか。
もしあと一度でも手傷を負わされたらば、ほぼ確実に立ち上がることはできなくなるだろう。

だが、とエスティマは歯を食い縛る。
痺れ、温度を失ってゆく四肢に力を込めて。
目を細めて擦れる視界を維持しながら、呼吸すらも止めて乾坤一擲の一撃を――と。
余計な思考という思考を切り捨てて、ただ相手を打倒すべく意識を研ぎ澄ませ、

『お前は、馬鹿か!』

不意に届いた通信に、エスティマは目を見張った。
念話ではなく、クアットロが開いたウィンドウから上がった声は、エスティマのよく知るものだ。

「フィアット、さん……?」

息も絶え絶えの状態で呟いたエスティマの声は届かない。
なんで今そんなことを、というエスティマとは違い、チンクの声は怒り一色に染まっていた。

『本当にお前は馬鹿だな!
 この期に及んで何を意地張っている!
 お前は皆を守りたいんじゃなかったのか、エスティマ!』

彼女はガジェットを殴り飛ばし、次々に爆発させ、絶え間なく動き続けながら怒声を上げる。
手に持ったダガーを投擲し、再び派手な爆炎を撒き散らすと、彼女は画面越しにエスティマを睨みつけた。

「……そうです。だから――」

『兄さん……』

チンクへと応えようとしたエスティマへと、再び声が割り込んだ。
今度はフェイトだ。巨大ガジェットに掴まれた彼女は苦悶の色を濃く浮かべている。
が、自分と同じ朱色の瞳には未だ諦めが浮かんでおらず、弱々しくも意志の通った声を、彼女は零した。

『……良いよ、付き合う。どこまでだって。
 それがどう転ぶか分からない賭けでも、兄さんが決めたのなら全力で付き合う。
 私、頑張るから。
 だから兄さんも負けないで。
 ……嫌だよ。こんなところで終わりなんて、絶対に嫌』

自分がどんな状況か分かっているだろうに、それでも諦めを微塵も見せず、フェイトは言い切る。
そして、

『……まったくもう。
 そんな風に煮え切らないのは、らしいけど、さ。
 けどエスティマくん……云ったよね?
 勝って、この戦いを、終わらせる、って。
 その約束を破るつもり?』

息も絶え絶えになり、精彩の欠けた動きを見せるなのはは、どこか挑発的な言葉を向けてきた。
諦めを知らないその姿勢はどこかエスティマと通じるものがある。
執拗に押し付けられる敗北を子供のように嫌がって、悪足掻きをしているような。
そして、最後に――

『……ああもう』

困った顔をしている彼女の顔が目に浮かぶような。
そんな呟きを始まりとして、はやての声が。

『ええよ。許したる。
 最初で最後や、やったれエスティマくん。
 その代わり、中途半端は許さへんからな。
 好き放題暴れたれ、馬鹿ぁッ!』

ヤケクソのような響きの篭もった言葉を投げつけられて、目を瞬き、次いで、エスティマは苦笑した。
どんな気持ちではやてが先の言葉を口にしたのか、エスティマには分からない。
ただ、彼女は誰よりも自分の身を案じてくれていて――だのに、この場に至って戦えと云う。
悲しくないわけがないだろう。悔しくないはずがないだろう。
それなのに――

……ここまで云われて何もしないわけにはいかないだろう。

ああそうだ。
単純な話、自分はいつもの調子だった。
全員で生きて帰ると云っておきながら、この期に及んで自分のことばかり。
自分一人で背負い込んだって、何もできないと学んだはずだったのに。
本当、いつもの調子で苦笑しか湧いてこない。

「……だそうだ、Seven Stars。リインフォース」

『皆、勝手ですよぅ。
 無理無茶無謀に付き合わされる身にもなって欲しいです』

『まぁ、今に始まったことではありませんが』

「……そうだな」

全くその通りだ。
だが、そんな風に自分を客観視できるようになったのも一つの成長なのだろうか。
自分一人では勝てない。それは、六課が生まれた時から分かっていたことだろうに。

……ああ、勝とう。
皆で勝って終わらせよう。
俺一人の力じゃ無理なんだ。
だから、力を貸してくれ。死力を振り絞り見せ付けてやれ。

全力を発揮したストライカー――ストライカーズがどれほどのものなのか。

胸の奥に宿ったリンカーコア、それと融合したレリックが鼓動を上げる。
ドクリドクリと。練り上げ収束し高まって、開放される瞬間を待ち望んでいるように。

全身をなます切りにされたエスティマのどこに力が残っていたのか。
彼は乾きつつある黒と、新たに流れ出す赤に彩られた凄惨な顔で笑みを浮かべ、血の泡を吐きながら呟く。

「……レリックコア、開放」

『フルドライブ――』

瞬間、エスティマを中心にサンライトイエローの魔力光が吹き荒れる。
常軌を逸した魔力の量は、本来ならばあり得ない、物理的な力を得て。
血と粉塵が巻き上がり、それらのすべてを吹き飛ばす。

稀少技能と共に発動した治癒魔法は驚異的な速度をもってエスティマの身体を癒す。
ひび割れた骨が形を戻し、肉が癒着して皮が覆い被さる。
後に残るのは血の跡のみで、それがなければ一瞬前まで瀕死の怪我を負っていたとは誰も思わないだろう。
……通常の効力を遥かに超えた過剰使用。それが後にどのような傷痕を彼に残すのかは考えるまでもない。

だがそれでも、彼と彼の相棒、そして託されたデバイスに躊躇はない。
緋色の瞳を、黒いデバイスコアを、内に宿った意志を凜と研ぎ澄ませ、相対する戦闘機人を打ち倒すべく、それぞれはかつてないほどの同調率を発揮。

勝って終わりに。けどこれは終わりなんかじゃない。始まりだから。
長く続いた因縁の終焉は、新しい日々を送るために必要だから。

だからこそ今、幕引きに必要な力を――と、一つの意志の下に。

だが、それを由としない者がいた。
セッテだ。
オルタからの命令があったからか、違うのか。
冷却の終わった彼女は転送魔法を発動させると、エスティマの背後へと瞬時に移動し、その首を刈る。
振るわれた刃を大気を薙ぎ払い、鈍い手応えを――

――手応えはなく。
分断されたエスティマの身体は黒翼となって弾け、次いで、その欠片はサンライトイエローの光となって霧散する。
幻影魔法、イリュージョンフェザー。
スレイプニールに込められたそれが、たった一度、そして、彼女――彼女らにとって致命的な隙を与えることになる。

『Zero Shift――AMFC』

Seven Starsの行った自動詠唱は、セッテの頭上から響いた。
瞬間、エスティマの両肩にあるアクセルフィンと背後のスレイプニールが一斉にざわめき、その羽を散らした。
稀少技能によって音の壁を越え、放たれる山吹色の光。
それらはうねり、一つの波となって玉座の間を満たす。
刹那の内に外へ――皆が戦い続けている施設の中へと溢れ出した。

吹き荒れる光の乱舞にセッテは警戒のため動きを止め、オルタはエスティマへと視線を向け続ける。
その嵐の中心にいるエスティマは、顔に貼りついていた血潮を手の甲で拭い、Seven Starsをセッテへと差し向ける。
既に彼は開かれた通信ウィンドウに目を向けていない。
もう大丈夫だと分かっているのか。否、信じているのだ。
この場に揃った誰もが負けるわけがないと。
信頼の証とするように、エスティマは彼、彼女らに視線を寄越さず、自らが倒すべき敵を見据える。

そして――これより。
勝利を重ねて最強を証明してきたストライカーと、最強となるべくして生み出された機械兵器が衝突を開始する。














――サンライトイエローの風が吹く。
それは魔力の波と呼べば良いのだろうか。
施設に充ち満ちたAMF。魔力の結合を遮るそれは、山吹色の風を打ち消すべく作動する。
施設に充ち満ちてゆく魔力の波を打ち消し――僅かな時間だが、その二つは拮抗する。

――AMFC。それを分類するならば、結界魔法になるだろう。
一定範囲を魔力で覆い、その充満した魔力はいわば、身代わり羊。

AMFに放出した魔力が打ち消されている間のみ、その結界内に存在する魔導師はフルスペックの魔法を使うことができるのだ。
その時間は決して長くはない。
長くはないが――それで充分と、各々は力を振り絞る。
ここに集った者たちは誰もがエース、ストライカー。
未だそうでない者もその素質を有しており、今この瞬間に産声を上げようとしている。

そして、その咆哮の第一声は――














高町なのはは、レイジングハート・ヱルトリウムを握り締める。
愛機の形状はフルドライブ――否、ブラスターⅡとなり、迸る魔力は彼女の身体を桜色で覆っていた。

数多もの戦闘機人が放つ射撃。
だがそれは今、全力を振るえる状態に戻ったヴィータがすべて引き受けている。
幾重にも重ねられた射撃の雨を弾き、しかし数秒前までは耐えきることのできなかった集中砲火を一身に浴びて尚、彼女の顔には獰猛な笑みが浮かんでいる。

ヴィータの背中を眺めながら、なのははカートリッジをロード。
更にマギリングコンバーターを作動させて、AMFに分解されたエスティマの魔力ですら吸収し、桜色のスフィアを形成。
……ああ、この魔法は自分と相性が良い。
そんなことを考えながら、彼女は砲撃体勢に入る。

……まったくもう。エスティマくん、遅すぎ。
女の子に怒鳴られてようやく改心する辺り、本当にどうしょうもない。
それがなければどうなっていたことか。
……別に彼の助けが欲しかったわけじゃないけれど。
けれど――今だけは感謝しておこう。

自分たちの指揮官がようやく目を覚ました。
ならば自分のやることはただ一つ。
目の前の敵を打ち破り、助け出すと誓った娘をこの手に抱き締めてやるだけだ。

「……ごめんね」

レイジングハートを向けながら、なのはは呟いた。
ヴィヴィオと同じ境遇の子供たち。
助けてあげたい、とは思う。
けれど自分の腕はもう一杯で、彼らを救ってあげることはできないだろう。

ヴィヴィオを助けると決めた。
その誓いを破るつもりは微塵もなく、ここであの子へと向けている感情をブレさせてはいけない。
だって守ると決めたから。

――そうだよね、エスティマくん?

胸中で呟いた言葉に、返事があるわけもなく。
だがしかし、頬を撫でた柔らかな風は、彼の意志が篭もっているように感じられて。

「……全力――全開!」

叫びと共にかつてないほどになのはの魔力が開放された。
波動となって大気を揺るがすそれに戦闘機人たちは動きを止め、身構える。
防御態勢に入ろうとする者。避けようとする者。
だが、関係はない。

「ヱルトリウム――」

物理ダメージを抜いて、魔力だけでノックアウト。
これならば震動を施設に与えることもない。
そしてこの一撃は――

「――バスタァァアアア!」

トリガーワードの咆哮と同時、桜色の光が培養ポッドの並ぶ部屋を照らし上げた。
瞬間、ヴィータはなのはの背後へと移動魔法を用いて移動する。
そうでもしなければ避けられない。
何故ならば、この一撃は逃げ場もなく、防ぐことも叶わないレベルの砲撃魔法なのだから。

轟音と共に吐き出された砲撃魔法は決壊したダムのように、逃げることを許さず、防御を押し潰して、次々に戦闘機人たちの意識を刈り取る。
あまりに一方的なその威力。もし物理破壊設定ならば、この施設が存在する山に穴を開けかねないほどの代物だ。
砲戦魔導師、高町なのはの真骨頂。

フルスペックを発揮し、更にリミットブレイクの第二段階に達した彼女の力は一つの至高と云えるだろう。

桜色の魔力光はこの場に存在するあらゆるものを蹂躙し、悉くを昏倒させてゆく。
たった一撃。
呆気ないほどにこの場の戦いは集結した。

















一陣の風が吹き荒ぶ。
トーレのような暴風ではない。
激しさを孕みつつも暖かさを宿すそれは春風に似ている。
サンライトイエローの光。
それが帯となり通路を通過し、通過した先から充満し、充満した輝きは両者の頬を撫でて過ぎ去っていった。
その刹那、施設の内部に満ちていたAMFが掻き消える。
完全に消えたわけではないのだろう。しかし重圧を感じるほどだったフィールド魔法は山吹色の輝きによって掻き消され、最早ないも同然となっている。

一体、何が、と。

シグナムはこの現象よりも、呆然と空間に満ちる魔力光に視線を向ける。
目を中空に向けた彼女の表情には、先ほどまでの険しさがない。
目を瞬き、見上げるその姿は、まるで親を見上げる幼子のようであり――

「……父、上?」

ぽつり、と彼女は呟いた。
通路を染め上げたサンライトイエローの瞬きは煌びやかに、しかし決して鮮烈ではなく、優しく照らし出すように存在している。
サンライトイエロー――エスティマ・スクライアの魔力光。
それをシグナムが見間違えるはずがない。
ずっとその色を見て育ち、目指すと共にいつかは守れるようにないたいと願っていた輝きだ。
だが、何故、この瞬間に――己が命を賭けようとした出鼻を挫くような形で。

偶然であるのか必然であるのか、彼女には分からない。
しかし、この現象が起こったことにより、シグナムが固く決めていた誓いが揺らいでしまう。
やめてくれ、と。
シグナムは頭を振る。泣きそうになってしまう。
後ろ髪を引く過去を振り切り、幸せなどいらぬと虚勢を張った。
そう、虚勢だ。自分自身に嘘を吐いていると自覚がありながらも絶対に、と決めた。

だのに、諦めようと思っていた温もりをこんな間近に見せ付けられては、振り切ることなど出来るわけがない。
嫌だ嫌だと駄々っ子のように頭を振るシグナム。
その頬を、一陣の風が撫でる。
それはまるで諭すように。真摯な願いを訴えかけているかのように、じくりと胸の奥に透過していった。

未練を断ち切るために念話は遮断している。
通信もレヴァンテインに頼んで繋いでいない。
だというのに、どこからか声が聞こえた気がして――

「……生きろ、と。
 こんな私に生きて恥を晒せと、そう云うのですね、父上」

泣き笑いの表情となり、シグナムは薄く笑みを浮かべた。
それは勝手な思い込みなのかもしれない。
しかしこの局面、死に向かおうとしている自分に助力と声を届けるような真似までされれば、そう思うなという方が無理な話。

……本当に、ワガママで自分勝手な。
こちらの意志など関係なく、言葉もなく乞い願うように山吹色の光はすぐ傍に在る。
距離は離れていても近くにいると云われているようで――ああ、ならば。
もう逃げるように鬱屈した誓いへ突き進むことなどできない。
できるわけがない。父を悲しませたくないという願いは今もこの胸に宿り、死を想いながらもそのためにシグナムは戦っていた。
しかしその死を忌避しろと云わんばかりにAMFを掻き消すこの光は、父が何を願って力添えをしてきたのか簡単に察することができる。

――俺だけはお前の味方でいる。何があっても独りにはしない。

そんな、決戦前の言葉を履行しているかのようだった。
……ここまでされて、まだ死にたがりに徹することなどできない。
まだまだ生きていたい。その希望を無視して命を燃え尽くしたくなんかない。
父は自分のことを肯定してくれると云った。ああ、それは本当なのだろう。
彼が後押しするのは虚飾で覆われた悲壮な決意ではなく、生きて日だまりに戻りたいという本当の望みか。

ならば――私は。

『……へぇ』

胸の内でアギトが声を上げる。
感嘆の響きで発せられたそれの中には、どこか野火が燃え広がる前兆の息吹があったように、シグナムには感じられた。

シグナムは己の胸中に座すユニゾンデバイスへと、語り掛ける。

「アギト」

『なんだ?』

「勝つぞ」

短く、シグナムは己の欲求を口にする。
それを聞いたアギトは、身震いするように声を大にして叫んだ。

『……よし。良し好し善し!
 それだよ。アタシはその気概を待っていたんだ!』

瞬間、身に纏っていた紅蓮が勢いを増し、大気を消滅させて床、壁、天井と近くにあるもの悉くを熔解させる。
今ここに。古代ベルカで猛威を振るっていた烈火の将が本来の姿を取り戻す。
再び顕現した灼熱地獄の中、吹き上がる魔力光の奔流に眩さを覚えながら、シグナムはトーレへと視線を送った。

獣でしかない戦闘機人のⅢ番は、しかし、その様子を一変させていた。
このサンライトイエローの輝きに何か思うところがあったのか。
一瞬前のシグナムと同じように彼女は宙へと視線を向けている。
呆然とした眼差しは、終始浮かんでいた狂気の色が薄れており、無垢な赤子へなってしまったかのようだ。
しかし、違う。
彼女を狂する何かと、内側から滲み出す何かが鬩ぎ合いを続けているのは、過剰に握り締められ震えるインパルスブレードを見れば分かった。

そしてトーレは何かの発作のように顔を顰めると、再び狂気の滲んだ目をシグナムへと。
だが――それと同時に取った姿勢は獣のものではない。
平手突き。インパルスブレードを寝かせ、相手を刺し殺さんとする姿。
それは獣ではなく、技巧を武器とする人の姿だ。

「そこにいましたか……エスティマ様ぁ!」

ムスペルヘイムによって焼け焦げた喉から発せられた声は酷く聞き苦しい。
が、彼女の発した言葉の意味を汲み取り、シグナムは不敵に笑んだ。

私が父上? 馬鹿な。まだ狂っているのか。
まぁ良い。ならばここで狂ったまま息絶えろ。
お前はもう二度と父と戦うことはない。
ここで切り捨てられ、塵芥になり果てろ。

……生き残るのは、私だ。

「「勝つのは――私だッ!!」」

咆哮と共に魔力光とエネルギー光が破裂する。
眩さを越え、痛みすら感じそうな光はサンライトイエローの輝きに抱かれ、衝突するべく勢いを増す。

相手を見据え、シグナムはレヴァンテインを握り締めたままマルチタスクを数多にも分割し、活路を見出す。
AMFは消えた。烈火の剣精は本領を発揮している。
だがしかし、まだ足りない。
如何に強力無比な一撃を放てるようになったのだとしても、あの戦闘機人を捉えるにはまだ足りない。
速さ。その一点を突き詰めないことには、生への渇望が無為に潰える。

今の自分に可能な速度の限界とは、一体なんなのか。
移動魔法に乗せた斬撃? 成る程、確かに。間違いではない。
しかし、まだ足りない。トーレとの間にある壁は絶対的であり、小手先の一つや二つでは打倒し得ない。

ならば――

シグナムは思い出す。
父が紫電一閃を使用したと聞き、興味本位でそれがどんな魔法か調べた時のことを。
蓋を開ければそれは紫電一閃と似ても似つかない代物で、しかし、一撃に強大な魔力を込めるという点では確かに紫電一閃に相違ない技だったソレを。

シグナムにそれを真似るのは不可能だ。
繊細な魔力操作。デバイスの特性。下地となる経験。
それらが彼女には絶対的に足りない。足りないが――

『……任せろ』

シグナムの意向を汲み取り、アギトは魔法を行使。
シグナムの足元に古代ベルカ式の魔法陣が展開し、それを切っ掛けとして身体に纏われていた業火が掻き消えた。
次いで、レヴァンテインがパンツァーガイストの輝きに包まれる。
鞘だけではなく、柄尻までも。すべてが魔力の殻に包まれた状態で、カートリッジが四連続でロードされる。
結果、炎が吹き上がる。普段ならば。
しかし破裂した業火は吐き出されず、すべてが鞘の中で燃え上がり、逃げ場を求めて荒れ狂う焔が鞘を軋ませる。
それをパンツァーガイストで封じ込めながら、シグナムは愛機を握り締めた。

足を開き、腰を落として、沸き立つレヴァンテインを握りしめる彼女。
放とうとしている技は、アレンジを加えた紫電一閃。

しかしそれは参考にしたものがエスティマの紫電一閃・七星であるが故に、元の魔法と似ても似つかない一撃と化している。
鞘の内部に暴発寸前まで溜め込まれた勢いを、居合いに乗せて放つ。言葉にすれば単純だが、それを行うためには魔力、剣技、そして思い切りの良さという三つの要素が必要となる。

だが博打でしかないその一撃に一縷の望みを託し、必殺の意を乗せて、彼女は呼吸を整えた。
頬を伝う汗はレヴァンテインから放たれる熱のせいではない。
敗北が即、死に繋がるこの状況を切り抜けられるかどうか、という不安から溢れ出した冷や汗だ。

防御魔法で防ぎきれない熱が握る掌を焼く。
炎に耐性のある彼女ですら防ぎきれないその熱に、しかし、今この時だけは頼もしさを覚えた。

瞬間、静止していた時が動き出す。
準備が完了するのを待っていたようにトーレは爆ぜ、一直線にシグナムへと殺到する。
真っ向から肉薄する彼女は衝突コースに乗った流星と形容して良い。
逃げることは叶わず、受け流すことも不可能。
目視することは既に夢物語の域に達し、待ち受ける運命は、死、そのものである。

が――

トーレが動いた瞬間、シグナムもまた動いていた。
移動魔法を発動し、己の挙動を限界まで早める。
そして、次に。
パンツァーガイストを解除し、ロックされていた鞘とレヴァンテインの連結を解除する。
その結果起こることとは。
考えるまでもなく、鞘の中で圧縮されたエネルギーが奔流となって溢れ出す。
居合いの要領で抜き出した刃に付加された勢いは、音の壁を引き裂いた。

暴発と形容するに相応しい現象だが、しかし、アギトの助力によりエネルギーは相手を切り伏せるための一点に収束され、弾丸の如き勢いで刃は空を薙ぐ。

交錯する灼熱色の刃と、紫の殺意。
レヴァンテインが大気を横に薙ぎ払い、インパルスブレードが紫電を散らし標的を刺し貫く。
交錯は一瞬。
その勢いに激突は許されず、刹那の内に必殺の技を抜き放った両者は、瞬く間にお互い背を向け合っていた。
そして――同時に。
崩れ落ちる音を立てて、二人は床へと膝を着く。













ティアナがウェンディを視界の中心に捉えた瞬間だった。
サンライトイエローの光が風となって通路を走り、通過した空間は柔らかな光に包まれる。
それを見たウェンディは、何事かと目を瞬かせている。
ティアナもまた、何が起こったのかと出鼻を挫かれた気分になったが――

クロスミラージュのコアが瞬き、AMFが消えたことを伝えてくる。
AMFC。これはおそらく、いつか開発室でシャリオが話していた部隊長の切り札なのだろう。
そう思い、そして、彼女はクスリと小さく笑い声を漏らした。

このタイミングで――力を貸して欲しい、なんて思った瞬間に横槍を入れてくれるなんて。
不意にティアナの脳裏へと、一つの光景が浮かび上がってくる。
結社の設立が宣言されたあの日、焼け落ちる隊舎で絶望に心が折れかけそうになった自分が見た風景を。
あの日見た景色を忘れはしない。自分が魔導師になろうと思った切っ掛けが兄の死ならば、その後の道筋を定めたのは一人のストライカーが助けてくれた瞬間だ。

そして今また、あの時のように助けられる。
少しだけ情けなくはあるけれど――けれど。

……ありがとうございます。もう大丈夫。

クロスミラージュを握り直し、ティアナは床を蹴った。
AMFは消えている。今の自分はフルスペックの魔法が使える状態だ。
だからと云って敵が強大なことに変わりはない。
だが、この瞬間まで構築し続けた戦闘の流れはまだ生きている。

エスティマのような希少技能を持たないティアナだが、しかし、この時だけは刻の進みが遅く感じられた。
ダガーモードのクロスミラージュを腰だめに構え突貫する自分。対して戦闘機人は、手に持ったデバイスをこちらに向け――マズルフラッシュにも似た瞬きが発せられた。
瞬間、ティアナの掌からクロスミラージュが弾かれる。
この期に及んでティアナ自身ではなくデバイスを狙ってきたのは、やはり侮っているが故に、だ。
それを行わせるために、わざわざティアナは目立つ構えでクロスミラージュをウェンディへと向けていたのだから、こうならなければ意味がない。

見れば、ウェンディは射撃を行ったデバイスをそのまま突き出して、あの時と同じように鳩尾狙いの一撃を――

『Blitz Action』

刹那、ティアナの手から離れたクロスミラージュが構築していた魔法を発動させた。
それに伴い、ティアナの身体は加速する。
地上で使用するにはあまりにも加速のつきすぎるそれを――しかし、ティアナは成功させた。
迫り来るデバイスを避け、円を描くようにウェンディの背後へと。

しかしデバイスは――ある。
ティアナはウェンディの背後へと回った瞬間にポケットへと手を突っ込み、待機状態のデバイスを起動させた。
クロスミラージュとは似ても似つかない外観の拳銃型デバイス。その名はドア・ノッカー。
射撃を主に使う魔導師のために作られたデバイスだというのに、最大の特色は零距離射撃にあるというそれを、ティアナは今、発揮していた。

セットアップが完了したデバイスの銃口をウェンディへと叩き付け、展開されたオートバリアを鈍色の銃口が食い破る。
ゴリ、という鈍い音と共に、ウェンディの後頭部へと標的は定められ――

「……次戦う時は本気出すっスよ」

「残念。アンタとは二度と戦いたくないわ」

引き金を引き絞り、大口径のカートリッジが炸裂。
同時、非殺傷設定の弾丸がウェンディの意識を刈り取った。

















対峙した二体の戦闘機人。
スバルとノーヴェは、視界の隅を走ったサンライトイエローの光を合図とし、構えた拳を衝突させた。
スピナーが悲鳴を上げながら、極限まで高められたエネルギーと魔力に火花が散る。
片や振動破砕。対物破壊にはこの上ない効果を発揮し、戦闘機人に対しては切り札になりうるIS。それを乗せた一撃。
片や砲撃魔法。だがそれは、戦闘機人のエネルギーと魔導師としての魔力が同時に込められた、強力無比な一撃。

「はあぁぁぁぁああっ!」

「うおおぉおおおおっ!」

スバルとノーヴェは雄叫びを上げ、拳に全身全霊を込め、相手を打倒するべく瞳を爛々と輝かせる。
放たれた拳は交差することなく、真っ向からぶつかり合う形となった。
ノーヴェの生み出したスフィアとスバルの放つ振動破砕が真正面から衝突し、発生した圧力と衝撃に大気が絶叫する。

どちらも己の極限であり、至高の一撃と云える。
だが――忘れてはいけない。
この瞬間、施設を覆っているのはAMFCである。
AMFによる魔力の減衰を無効化し、フルスペックの威力を発揮する結界魔法。
それはこの場において、魔力を使用したノーヴェの攻撃に力を貸した。

しかし――

ビキリ、という硬質の音が上がった瞬間、ノーヴェは怯えたように動きを止める。
それの発生源はスバルのリボルバーナックルだ。自らの放った振動破砕と正面から叩き付けられた砲撃魔法に耐久力が限界を迎えようとし――そのため、ノーヴェは動きを止めた。
しかしスバルにそのつもりはない。そして、ノーヴェが何を思っているのかも彼女には関係がない。

勢いを失った砲撃魔法を真っ向から打ち砕き、スバルの拳はノーヴェの胸板へと直撃する。

……母を取り戻すために戦っていたスバルと、母を失いたくなかったノーヴェ。
皮肉にもこの戦いは、後者の想いが強いものだからこそ、性能差を覆す結果が出てしまった。
















「ギンガさん!」

「ええ!」

サンライトイエローの光と共にAMFが消え去ったことを確認したギンガは、即座にグリフィスへと連絡を入れた。
そしてキャロは、これから行われる転送を一刻も早く完了させるべくサポートを開始する。
蔓延し始めていた諦めの空気は、山吹色の風に薙ぎ払われたように消え去っている。

これなら――とエリオは希望を抱く。
その瞬間だ。

ずっと立ったままだったルーテシアが足下に魔法陣を展開したのを見て、眉根を寄せた。

「……ルーテシア?」

「……このままじゃ、お母さんも埋まっちゃう。
 だから、手伝う」

それがどんな意味を持つのか、彼女が分からないわけでもないだろう。
彼女にとってはやむを得ないとは云え、それは明らかに結社への離反だ。

「……協力」

「……え?」

「協力、してくれるんでしょ?」

ルーテシアの呟いた言葉に、エリオは目を瞬かせる。
協力するとは、確かにエリオが口にした約束であり、無論、違えるつもりはない。
彼女からすれば、他にやりようがないから妥協しただけだ。それは、エリオも分かっている。
しかし、自分の言葉が僅かでも通じた気がして、小さな――しかし確かな達成感が、エリオの胸に息吹いた。

















『……この、忌々しい魔力光はッ!』

耳に差し込まれたワイヤレスのイヤホンから、クアットロの甲高い声が聞こえてくる。
それを含めた送られてくる音声のすべてをマルチタスクで聞き分けながら、スカリエッティは現地で起こっているであろう戦いを夢想する。
眼前に展開された小型ウィンドウが真っ暗な牢の中を照らし、それに浮かび上がったジェイルの表情は、どこか満足げだった。

遂に解き放ったかと、彼は誰にともなく呟く。
思った通りだ。無茶をしないと決めた彼が全力を振るう状況――それを造り出すのは、おそらく他人。
守りたいと願った者たちの声によって、やはり彼はジョーカーを切った。

もしこれがエスティマの意志で生まれた状況であったら、またスカリエッティは彼の敵へと回っていただろう。
ああ情けない。君の覚悟は自らの命よりも軽かったのか、と。
だがそうならず、彼は命と等価値と定めた約束を、他者の願いによってねじ曲げた。

なんて清々しいほどに真人間として歪んでいるのだろう。
人は一人では生きて行けない。それを体現しているようではないか。
ともあれ――

「それにしても。
 エスティマくんはまず負けないと思っていたが、他の子らも粘っているね。
 これは一つの奇跡と云うべき状況だろう。が……シャリオ。君はこれを狙っていたね?
 sts計画……その真価が体現されているわけだ」

sts計画。エスティマとシャーリーの二人が中心となって水面下で動き続けていた計画だ。
それの掲げているものは荒唐無稽と云ってもあながち間違いではない。
魔導師をデバイスの面からバックアップし、戦力の底上げを図り、それによって戦場の流れを変える、絶対的な存在を生み出す。

このsts計画――その根底にあるものを、ジェイルは面白いと笑う。
絶大な戦闘能力が戦況を左右するだろうか。それは確かに。間違いではない。
しかし――ならばAMFCというチョイスは些か的外れと云える。
ブレているのだ。確かにAMFを無効化することは、戦場の流れを変えることとイコールではある。
だが、AMFCそのものは絶大な戦力ではないだろう。

sts計画の真意とはおそらく。エスティマやシャリオは気付いていないのかも知れないが。
人為的な希望、奇跡を生み出すものではないかと、ジェイルは考えている。

至高の超越に至った戦闘能力を持つ魔導師を生み出すことにより、その戦場で戦う仲間に希望を抱かせる。
勝てる、と信じ込ませる。計画の語源であるストライカーがそういう存在であるように。

その答えこそが相応しいとでも云うような状況が、画面の向こうで生まれ続けているのだ。
間違いなどと誰も云えまい。

「今こそ云おう、エスティマくん。
 君こそが――黄昏を黎明へと塗り替える君こそが。
 人であり、ストライカーと呼ばれる魔導師だ」



















『おのれ、この程度で……!』

雨音に混じって夜空に木霊する絶叫は、巨大ガジェットから発せられた。
施設の隠されている山。
ゆりかごが飛び立つためにひび割れた地面から立ち上るサンライトイエローの光は、うねり、帯のように束ねられて空へと伸び、オーロラのように空を輝かせるヴェールと化している。
闇夜が照らし上げられ、真昼のような――否、すべての暗がりを振り払う夜明けのような。

その輝きの中、上空で戦場を見渡す八神はやては、戦うことを忘れたように瞬きをしながら展開されたAMFCを眺める。
これが――AMFC。
シャーリーとエスティマくんの作った切り札?

確かに軽くなったと、はやては背中のスレイプニールに視線を向ける。
巨大ガジェットのAMFによって頼りなかった黒翼は力強さを取り戻し、確かな空に浮かぶ感覚を返してくる。
それでも強力なAMFが完全に消し去られたわけではないが、これなら――

そう、これなら――

はやてと同じことを思うのは、この場にいる全員だった。
巨大ガジェットのアームに掴まれているフェイトはリミットブレイク――真・ソニックフォームを発動。
ライオット・スティンガーを身を締め付けるアームに叩き付け、火花を散らしながら鋼鉄の腕は溶断された。
更にもう一本の刃を生み出して、フェイトは身体にしがみついている鉄塊を取り外しにかかる。

が、クアットロはそれを見逃さない。
残ったアームを振りかぶり、フェイトへと叩き付ける――が、蟹挟みが穿ったのは自らの残骸。
フェイトの姿は既に掻き消えており、虚しく空を切った腕にクアットロは歯を噛み鳴らす。その音がスピーカーから漏れ出した。

瞬間、クアットレスⅡの姿が掻き消える。
おそらくはクアットロのIS。あのガジェットにもそれを付加できることを切り札として隠していたのか。
大気が焼け、吹き荒ぶ嵐によって打ち付けられる水が蒸発する音が響く。
だがしかし、誰も巨大ガジェットの姿を確認することはできない。"認識できない"のだ。

次いで、空が紅蓮の色に瞬く。
チャージを終了したイノメースカノンが虚空へと吐き出され、はやては瞬時に二重のシールドを展開した。
着弾すると共にあっさりとシールドが引き裂かれるが――

『……何!?』

業火は確かに八神はやてを貫いた。そのはずだ。
クアットロ以外の者の目にもそう見えたが、しかし、後に残ったのは舞い散る黒翼のみ。
エスティマが使うものと同じ幻影魔法――と気付いたときには遅い。

姿は見えなくとも砲撃が放たれたことで位置は特定できた。
はやてが指示を出すよりも早くフェイトが反応し、雨空を雷光の如く引き裂いてライオットスティンガーを走らせる。
結果、残った一本のアームを奪い取られ、クアットレスⅡはノイズ混じりに姿を現した。

『AMFがなくなったからって……あなたたち如きに!』

が、そこからは今までの焼き増しだ。
接近してきたフェイトへ反撃するべく巨大ガジェットがカメラアイを瞬かせる。
が、

「ならばその、如きが放つ刃、受けてみろ!」

フェイトが逃れた瞬間、巨大ガジェットの下に巨大な古代ベルカ式の魔法陣が出現した。
次いでそこから跳ね上がる鋼の軛。コックピットを避けて強固であった殺戮機械を刺し貫く。幾重にも、幾重にも。
AMFが展開されていた時とは違い、金切り音を上げ、火花を散らしながらも魔力光で彩られた刃は鋼を食い破った。

『まだよ……まだ終わらない、終わらせないわ!』

が、それだけでは巨大ガジェットの動きは止まらない。
側面に備え付けられたカバーがスライドし、数多のレーザーレンズが顔を覗かせる。
それで近寄る者を一掃するつもりなのか。光が集い、ヤマアラシの如く光条が放たれようとする。

が、それを防ぐ者がいた。

「いいや、終わりだよクアットロ」

地中から姿を現したシスターシャッハ。彼女はヴィンデルシャフトを全力で一閃し、その刃を足場として小柄な影が夜空に飛び立つ。
更に足場として展開された鋼の軛を階段として駆け上がり、ナンバーズのⅤ番、チンクは片手に三本、計六本のダガーを投擲。

「IS発動――ランブルデトネイター!」

刃は巨大ガジェットに触れる寸前に破砕し、粉塵を巻き上げる――それを通過したレーザーは、爆発による煙りと雨によって威力をほぼゼロへと。
チンクの攻撃は終わらない。頭を下に落下しながら、腕を一閃。巨大ガジェットを囲むように発動したオーバーデトネイションはレンズへと一斉に突き刺さり、爆炎と共にガラスを粉々に打ち砕いた。

悲鳴のように巨大ガジェットから異音が上がる。
装甲の隙間から黒煙を噴き上げ、機械部品を剥き出しにして紫電を散らしながらも、鋼の軛によって縫いつけられた巨大ガジェットは砲口に業火を灯す。
狙いは上空のはやてだろう。照準が定まっているかも怪しいそれは、小爆発を繰り返しながらも紅蓮の炎を――

火炎の華が咲いたのは巨大ガジェットの方であった。
何が起こったのか。それは、イノメースカノンの砲口が存在する空間に突如出現し、旅の鏡から放たれた一発の弾丸が引き起こした決定打。
泥にまみれ、火傷を負いながらもヴァイス・グランセニックは巨大ガジェットへと中指を立てる。
ざまぁ! と彼が叫ぶと同時に、決壊寸前まで高められたイノメースカノンのエネルギーは暴発し、拘束する鋼の軛ごと機体を抉る。

残るは本体。
ずっと事態を見守っていたはやては、小さく笑みを浮かべた。
そして、溜め続けていた砲撃――この場に相応しい魔法へと、シュベルトクロイツを構える。

その彼女に応じるように。
位置ははやての真下。中間に巨大ガジェットを挟み込む形で。
バルディッシュをライオット・カラミティへと変形させたフェイトが、同じように足元へミッドチルダ式魔法陣を展開していた。

遠く、姿すらもぼやけるほどだというのに、はやては何故か彼女と目が合った気がした。
今この場においては、ずっと二人の間に存在していた溝がなくなったように。
それはさっき――フェイトと交わした念話のせいなのかもしれない。

自分が死ぬのは嫌だと云ってくれた。
ずっと憎まれて――そうでなくとも間違いなく疎まれていると思っていたのに。
彼女の兄を振り向かせようとして、独占しているという自覚はずっとあった。彼女がどれだけ兄のことが好きなのか知っておきながら。

なのに――

『……合わせて。
 フェイト……ちゃん』

おずおずと、躊躇うように。
はやてはずっと呼んでみたかった風にフェイトへと念話を。

そして――

『分かった、はやて』

返された念話に、彼女は薄く笑んだ。
ああ、許してくれるのか。
そんな場違いな安堵が喜びとなって胸に満ちる。
だがそれをすぐに打ち消すと、標的を見据えて、トリガーワードを叫ぶべく腹に力を込めた。

「響け、終焉の笛――」

「走れ、稲光――」

紡がれる呪文。それに続いて展開される魔法陣は輝きをより一層強くして。
古代ベルカ式魔法陣からは三つの巨大なスフィアが。
ミッドチルダ式魔法陣からは魔力が迸り、構えた大剣に雷光が走って。

そしてお互いが力を溜めるように一拍置き、

「「……――――ッ!!」」

まず先に放たれたのは斬撃だった。
呪文に恥じない速度で大気を薙ぐ金色の刃は振るわれた瞬間にその身を伸ばし、上空に位置する巨大ガジェットを真っ二つに割り砕き、紫電が蹂躙し、それを触媒として天から雷が降り注ぐ。
一刀の下に両断された巨大ガジェットは、追撃として叩き付けられた雷光によりその身を爆ぜさせる。
千切れ飛ぶ鉄屑は雷撃によって飴のようにひしゃげ、本来の硬度を失って飛散する。

その際に巨大ガジェットから飛び出した影を、はやては逃さない。
フェイトに遅れて放たれた白色の砲撃魔法、ラグナロクは逃げ場を塞がんと拡散しつつ吐き出され、巨大ガジェットの上げる爆炎をも飲み込んで。
脱出したクアットロを、魔力光の濁流が呑み込んだ。
















眼前に迫る砲撃を、クアットロは酷く冷めた視線で見詰めていた。
酷く緩やかな速度で押し寄せてくるのは、おそらく気のせいだろう。
危機に瀕した際、世界が遅くなるとは良く聞く話であり、おそらくこれがそうなのか。

ああ終わりなのね――

胸中で呟くクアットロ。
言葉にする暇はない。もししてしまえば、この緩やかな時間が止まってしまいそうで、口にはできなかった。
負けたくない。嫌だ。その感情が決定的な敗北までの時間を延ばす。
しかしもはやこの場の敗退は決定的で、覆すための手駒は一つとして残っていない。

もう、勝つことなんて出来ないでしょうに……。
我ながら不様。想定外の事態にみっともなく取り乱して、あっという間に形勢逆転だ。

こんなはずじゃなかった、という驚きと怒りがブレンドされた感情が胸を灼く。
敵を攪乱し、味方を騙し、すべてが自分を中心に回るよう暗躍した結果がこの様だ。
心の弱さに付け込んで――人間の抱く弱さを抉って勝利を手にしようと画策したものの、今、彼女は人の心が見せた強さによって敗北を叩き付けられていた。

ふと、視線を砲撃から逸らす。
が、空に広がっているのはサンライトイエローの魔力光であり、それは明るく夜空を染め上げている。
なんて嫌な色。忌々しいったら。

セッテちゃんは勝つかしら。坊やは無事かしら。
自分の敗北を認めざるを得ない状況になった今、彼女が考えることはそれだけだ。

自分の夢。あの子さえ残っていれば。
大丈夫、保険はかけた。おそらく残ってくれるはず。
自分は敗れようとも、唯一残った姉があとはなんとかしてくれるだろう。

……悔いはない。あるにはあるが、どうしようもない。

目を伏せ、クアットロは口元に笑みを浮かべる。
そして最後に、本当に嫌な色、と呟いた。

煌びやかで目に痛い、ある種、嘘臭くすらある光。
こんなものに負けるだなんて――

この上ほどに腹立たしさを抱きながら、クアットロはクアットレスⅡから唯一持ち出した手持ち式のスイッチを押した。
それはクアットレスⅡの動力源となっているレリック。
その保護ケースが合図と共に割れ、剥き身となって大気に散らばる。
使用されていた計六個のロストロギアは戦闘で内包する魔力を多大に消費していながらも、結晶体を破裂させた。

内部に収まった、魔力と共に。

嘲笑を浮かべながら、クアットロはラグナロクの光に飲み込まれる。
非殺傷設定のそれは一瞬で全身から力を奪い、衝撃で意識が即座に遠のく。
だが最後の瞬間まで、彼女が抱いていたのは敵に対する怨嗟であった。





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