<このWebサイトはアフィリエイト広告を使用しています。> SS投稿掲示板

SS投稿掲示板


[広告]


No.7038の一覧
[0] リリカル in wonder Ⅱ【完結】[角煮](2010/05/11 14:32)
[1] カウントダウン5[角煮](2009/03/07 02:30)
[2] カウントダウン4[角煮](2009/03/12 10:38)
[3] カウントダウン3 前編[角煮](2009/03/30 21:47)
[4] カウントダウン3 後編[角煮](2009/03/30 21:49)
[5] カウントダウン2[角煮](2009/03/30 21:46)
[6] カウントダウン1[角煮](2009/04/25 13:06)
[7] カウントダウン0 前編[角煮](2009/05/06 20:21)
[8] カウントダウン0 後編[角煮](2009/05/06 20:23)
[9] sts 一話[角煮](2009/05/06 20:33)
[10] sts 二話[角煮](2009/05/20 12:15)
[11] 閑話sts[角煮](2009/05/20 12:15)
[12] sts 三話[角煮](2009/08/05 20:29)
[13] sts 四話[角煮](2009/08/05 20:30)
[14] sts 五話[角煮](2009/08/05 20:27)
[15] sts 六話[角煮](2009/08/09 11:48)
[16] sts 七話[角煮](2009/08/28 21:59)
[17] sts 八話[角煮](2009/08/20 21:57)
[18] sts 九話 上[角煮](2009/08/28 21:57)
[19] sts 九話 下[角煮](2009/09/09 22:36)
[20] 閑話sts 2[角煮](2009/09/09 22:37)
[21] sts 十話 上[角煮](2009/09/15 22:59)
[22] sts 十話 下[角煮](2009/09/25 02:59)
[23] sts 十一話[角煮](2009/09/25 03:00)
[24] sts 十二話[角煮](2009/09/29 23:10)
[25] sts 十三話[角煮](2009/10/17 01:52)
[26] sts 十四話[角煮](2009/10/17 01:52)
[27] sts 十五話 上[角煮](2009/10/17 01:51)
[28] sts 十五話 中[角煮](2009/10/21 04:15)
[29] sts 十五話 下[角煮](2009/11/02 03:53)
[30] sts 十六話 上[角煮](2009/11/10 13:43)
[31] sts 十六話 中[角煮](2009/11/19 23:28)
[32] sts 十六話 下[角煮](2009/11/27 22:58)
[33] ENDフラグ はやて[角煮](2009/12/01 23:24)
[34] ENDフラグ チンク[角煮](2009/12/15 00:21)
[35] ENDフラグ なのは[角煮](2010/01/15 15:13)
[36] ENDフラグ フェイト[角煮](2010/01/15 15:13)
[37] sts 十七話[角煮](2010/01/08 19:40)
[38] sts 十八話[角煮](2010/01/15 15:14)
[39] sts 十九話[角煮](2010/01/21 20:26)
[40] 幕間[角煮](2010/02/03 21:17)
[41] sts 二十話 加筆 修正[角煮](2010/02/03 21:18)
[42] sts 二十一話[角煮](2010/03/10 23:25)
[43] sts 二十二話[角煮](2010/03/11 19:00)
[44] sts 二十三話[角煮](2010/03/12 17:41)
[45] sts 二十四話[角煮](2010/03/13 18:23)
[46] エピローグ[角煮](2010/03/14 20:37)
[47] 後日談1 はやて[角煮](2010/03/18 20:44)
[48] はやてEND[角煮](2010/04/18 01:40)
[49] 後日談1 フェイト[角煮](2010/03/26 23:14)
[50] 後日談2 フェイト[角煮](2010/03/26 23:14)
[51] フェイトEND[角煮](2010/03/26 23:15)
[53] 後日談1 なのは[角煮](2010/04/19 01:27)
[54] 後日談2 なのは[角煮](2010/04/18 22:42)
[55] なのはEND?[角煮](2010/04/23 23:33)
[56] 後日談1 チンク[角煮](2010/04/23 23:33)
[57] 後日談2 チンク[角煮](2010/04/23 23:34)
[58] 後日談3 チンク[角煮](2010/04/23 23:34)
[59] チンクEND[角煮](2010/04/23 23:35)
感想掲示板 全件表示 作者メニュー サイトTOP 掲示板TOP 捜索掲示板 メイン掲示板

[7038] sts 二十一話
Name: 角煮◆904d8c10 ID:a120ed4e 前を表示する / 次を表示する
Date: 2010/03/10 23:25

己は戦うために生み出された存在である。
自分はそうなることを望まれ、生き甲斐とし、闘争ことをただ一つの寄る辺として存在している。
戦闘機人。数多の形式が存在する中で戦闘用として開発された自分は、そうあるべきだと信じている。

故に――そういった存在として生み出されたからこそ、無視できない称号の一つに、最強、という名がある。
何か一つの頂点を極めたいとは、誰もが夢想する事柄だろう。
トーレもそれに洩れず、自らが造り出された存在意義を下地にしてその幻想を追い求めていた。
しかし過去形であるのは、既にその夢が破れ去ったからである。

打倒するのに彼女が相応しいと選んだ好敵手、エスティマ・スクライア。
レリックウェポンの試作機として生み出され、決して良好とは云えない状態で長い戦いを勝ち抜いてきたストライカー。
生体兵器という同じ土台で最強の存在を競うならば彼しかいない。
そう思ったトーレは彼にすべてを賭けた戦いを挑み――

――そして、敗れた。
己は最強になれず、最強の生体兵器の名を手にした者はエスティマ・スクライア。
そこに悔しさは感じる反面、それで良い、とも彼女は考えている。
全力を出した。あの戦いは至高の一時だった。
エスティマ・スクライアが全力を振るわなかったことが心残りではあるが、持ちうる力を発揮し、研鑽し続けた技術のすべてを投入した上での敗北だ。
一種の清々しさすら覚えてしまう、刻み込まれた黒星。
ああまで気持ちよく負けてしまったのならば、もはや笑うしかあるまい。
駄々をこねるような不様は晒したくないし、何より、己が全力を出して戦いを挑んだ事実を歪め、まだ次があるなどと云えるものか。

彼ならば、とすら彼女は思う。
エスティマ・スクライアにならば最強の名を譲ってやっても良い。
その彼に負けた一人の闘争者として生涯を閉じることができたのならば、それも一つの終わりであろう。
手に入れたかった称号は逃してしまったものの、己が認めた好敵手の記憶に残ることができるのならばそれも一興。

戦いに生きる者として、敗北から目を逸らしてはならない。
天寿をまっとうした死が只人の終わりならば、意地を賭けた戦いの敗北こそが闘争者の終わりである。
トーレにその事実から逃れるつもりはない。
極限の勝負を挑んだ時点でどんな結果であろうと飲み込むつもりであったし、彼に負けた今、それを拒否する軟弱な思考を宿してはいない。
故に自分はあのとき、確かに死んだ。終わりを迎えた。身体は塵に変わり、精神は何処かへと向かう。

そうなるべきであったのに――

こうして生き恥を晒している今の自分は、一体なんなのだろうか。

そんなことを、意識の底でトーレは想う。
だがその意志が肉体に反映されることはなく、表に出ている己はただ荒れ狂う一つの暴風と化していた。
情けない、と思う。
矜持も何も持たずにただ暴力を振るう今の自分は戦闘機人ではない。ただの殺戮兵器でしかない。
人という形を持って生まれてきた以上、戦闘機人はただの機械であってはならないと、トーレは思っている。
機械でありながらも人。生み出され望まれたことは闘争。それを飲み込んだ上で己が選んだ生き方だ。
しかし彼女の価値観を余所に、身体は勝手に殺戮を行うべく動き続ける。
止める術は存在せず、ただ自分は目の前の敵を食い破らんとする一匹の獣に成り下がっている。

我慢がならない。我慢がならないが、やはりどうすることもできない。

……自ら望んだ終わりは逃してしまった。
ならば――
どんな形でも良い。誰か、私に終わりを与えてくれ。
相対する者が誰かすらも分からない状態で、トーレはそれを望んでいた。












リリカル in wonder










資材の搬入路も兼ねているのだろう。
通路と云うには些か広めに作ってある施設内部の通り道。
等間隔に設置された照明が天井に並んでおり、壁には侵入者迎撃用のガジェットが埋め込まれてある。
無機質と云っても良い飾り気のないその場所は、しかし――今、暴風が吹き荒れ、刻一刻と荒廃の一途を辿っていた。

「――――――!」

人の声と形容して良いのか怪しい、理性の失われた声が通路に響き渡る。
目的地はどこなのか。それさえも定かではない軌跡を描く、紫とラベンダーの光。
その二つが交差する中で、衝突音と破砕音に混じり、戦闘機人のⅢ番――トーレの咆哮が響き渡っていた。

エスティマを崩落寸前の通路へと押しやり、その後。
気絶した仲間たちを尻目にトーレを引きつけたシグナムは、逃げ惑うような形でトーレとの戦いを続けていた。

トーレの叫びを耳にしているシグナムは、レヴァンテインを構えながら飛行魔法を用い、施設の中を疾走している。
否、疾走しているというのは正しくないだろう。

「こいつ……!」

言葉を洩らしながらもシグナムに有効な対策は存在していない。
ただ真っ直ぐに突撃してくる戦闘機人のⅢ番に反応することは叶わず。
敵の攻撃を予測して、防御に徹することで命を繋いでいる状態だ。

一撃を叩き込まれる毎に身体は吹き飛び、壁に激突。
次いで連撃が飛び、再び弾き飛ばされる。
まるで出来の悪いピンボールか。

だが――

点で捉えることを諦め、線で。
理性を失い、思考を放棄したトーレの動きは真っ直ぐすぎる。
ガジェットよりも粗末な動きを行うトーレへと、シグナムは一閃を叩き込むが――

「――――!」

「そんな……!」

鍛えられた動体視力が、刹那の内に行った現象――そう、現象としか云えない――を直視する。
刃が肉を断たんとしたその瞬間、敵の機動は直角に折れ曲がり、常軌を逸した回避行動を取ったのだ。
そうして、返す刀で振るわれるインパルスブレード。
それはシグナムの腕を薄く引き裂き、うっすらと鮮血が舞う。
血の斑点を頬につけながら、シグナムは歯を食い縛る。

次いで、遅れてきた衝撃波にシグナムはその身を翻弄された。
バリアジャケットを展開しているため全身が引き裂かれることはない。
が、大気は鉄槌のような勢いをもってシグナムに襲いかかる。
それに打ちのめされた彼女は地面を不様に転がり、すぐに顔を上げて次撃に備えた。

「――――!」

大気を吹き飛ばし、衝撃波を纏いながら絶叫するその声はなんなのか。
獣の咆哮と云えばそれまでだが、しかし――

押し付けられる威圧感に萎縮しそうになる心を鼓舞して、シグナムはレヴァンテインを構える。

「往くぞ、レヴァンテイン!」

『……ja』

裂帛の気合いを乗せたシグナムと違い、レヴァンテインの声には力が篭もっていなかった。
それはおそらく、主人が心に宿す決意が悲壮なものだと分かっているのだろう。
シグナムもそれを理解しており、こんな戦いに付き合わせてしまっている相棒に申し訳なさを覚える。

が、謝罪は後に。
すべてが――そう、すべてが終わったあとに。

この相手をどう倒すかとシグナムは考えを巡らせる。
シュランゲでの空間制圧? 駄目だ、今の状態で使えば施設にどんな影響を与えるか分からない。
それは絶対にいけない。己のしでかしたことで父に迷惑をかけるのは、もう二度としたくない。
ならばシュツルムファルケンで?
否だ。この敵を前にして矢を当てられるなど、それは誇大妄想狂の戯れ言だろう。
なら――やはり自分には刃を振るうしか手は存在しない。

当たらないと分かっていながら、無駄だと冷静な部分が呟くのを理解していながら、シグナムは再びトーレへと肉薄した。
交差する一瞬。速度は雲泥の差であり、決して遅くはないシグナムの速度は、しかしトーレに遥か及ばない。
閃光にしか見えないトーレが通過した後に残るのは、切り傷から伝わる痛みと衝撃波の生み出す鈍痛。
それを耐え、敵が背後へと回った瞬間、シグナムはカートリッジをロード。
魔力を乗せた刃を振り下ろし、衝撃波を叩き付ける。
理性を失ったあの敵は、生理の一つとしてこちらの攻撃を避ける。
ならば面での攻撃で――と。

速度を武器にして迫るあの敵にとって、衝撃波は壁に等しい。
如何に大気の壁を突破すると云っても――

「――――!」

だが、その考えは甘かったとすぐにシグナムは思い知らされる。
咆哮を上げながらトーレはその進行を止めはしない。
全身を引き裂かれながらも突撃する彼女は速度を僅かに落とし、だが己が何をすべきなのかを見失わず。
一つ覚えと云わんばかりにシグナムと交差し、再びその肉体を引き裂いた。

擦れ違いざまに剣を振るうも、貫いたのはトーレの残像。
振り抜くと同時に頭部へと爆発したような衝撃が走り、吹き飛ばされ、壁へと激突した。

「ぐあ……!」

あり得ない、と胸中で彼女は呟く。
必殺の一撃とは云えない魔法だったとしても、今の自分はアギトとユニゾンを果たし地力が底上げされている。
単純な膂力も、不得手だった中距離攻撃も、威力、鋭さ、その両方が上がっている。
五感も悲壮ではあるが強固な覚悟によって支えられ、未だかつてないほどに研ぎ澄まされている。
AMFが展開されていることを差し引いても、以前を上回る力を手にしているはずだ。
だというのに――

昏倒しかけるシグナムへと、次が襲いかかる。
インパルスブレードが叩き付けるように押し寄せてきて、それらをパンツァーガイストで防ぐ。
が、焼け石に水と云うべきか。
音の壁を突破する、という事実一つで武器は恐ろしい威力を発揮する。
斬撃などという生やさしいものではない。気を抜けば肉片に変えられるであろう暴力を凌ぎ、蹴りを叩き込む。
が、やはりそれも避けられる。

獣のように後退して、トーレは再び乱舞を開始。
シグナムも飛行魔法を再発動させ、宙へと浮かんだ。

そもそもこの敵はジャンルが違うのだ。
シグナムはこの時に至って、ようやくそれを認める。
速さという決定的な要素の一つ。反射速度、移動速度、攻撃速度のどれを取っても相手は自分を圧倒している。
その結果、どうなるか。それは今の状況そのものだ。
攻撃という攻撃は何一つ届かず、蹂躙という名のワンサイドゲームが展開されるだけだ。
今のシグナムにできることと云えば、防護魔法を展開して堪え忍ぶのみ。
会得しているものが常時身体に展開するフィールド系魔法だからまだ良かった。
これがシールドやプロテクションの類であれば、展開も間に合わず、今頃自分はプログラムの塵へと化しているだろう。

一対一の戦いにおいて、一点に特化した要素というのは絶対的な力になりうる。
速度。アギトとユニゾンを果たしてもシグナムはトーレの領域に届かない。
技の威力。固さ。それらが上回っているのだとしても、関係がない。

だが――それを認めつつも諦めないと、シグナムは歯を食い縛る。
自分は負けられない。絶対に父の足を引っ張りたくない。

その一念で、シグナムはひたすらトーレに食い下がる。

最早お互い、自分がどこで戦っているのかも分からない。
ただ通路を駆け抜けながら、お互いの敵を滅ぼすために戦い続ける。

――絶対にこの敵は倒す。
戦闘機人のⅢ番。それは何度も父と相対し、その度に苦戦を強いた猛者だという。
父が望む平穏を邪魔する者の一角と云っても過言ではないだろう。
それを自分は摘み取る。摘み取って、今度こそ父の役に立つ。

今まで何一つとして父の役に立つことはできなかった。
ただ甘え、重荷となって。心を苦しめることしかできず、その挙げ句に今の状況だ。

父は自分のことを大事にしていると云ってくれた。
その言葉に嘘偽りはないだろうし、許された、という思いもある。
しかし――それに甘えて良い立場ではないのだ。自分は。
何も知らず日だまりにたゆたう幼少期はとうの昔に過ぎ去った。
ここにいるのは一人の守護騎士であり、主の敵を排除する一つのプログラムである。

自分のことを守りたいものの一つだと父は云っていたけれど――嫌だ、とシグナムは思う。
守られたくなんかない。自分は父のために戦いたい。
そのための存在として生を受けて……以前の自分が父を殺していたことも加えて。
父のために戦うことが贖罪を兼ねることができるというのなら本望だ。
重荷にしかなれない自分は敵と共にここで死に、それですべてが平穏へと戻る。
それで良い。

……ずるい云い方をするならば。
父はそんな自分の在り方すらもきっと、肯定してくれるだろうから。

「――っ、アギト!」

『あいあい……準備はできてるぜ』

叫びに応じて、胸の内から声が聞こえた。
烈火の剣精、アギト。シグナムとユニゾンしている彼女は、らしくない気の抜けた声で返す。
戦闘が始まってから最低限のフォローだけは行ってくれているが、あまり協力的とは云えない彼女。
何が不満なのか――いや、当然だろう。そう、シグナムは思う。
最初から勝つつもりは微塵もなく、相打ち覚悟で戦いに臨むベルカの騎士を、純正融合騎が許すわけもない。
すまないな、とレヴァンテインに浮かべる感情と同種のものを浮かべながら、アギトの用意していた魔法の発動を待つ。

シグナムとトーレは交差を繰り返し、一方的に怪我を負わされながらシグナムは堪え忍ぶ。
そして――

『満ちろ炎熱――ムスペルヘイム!』

シグナムの足元に古代ベルカ式の魔法陣が展開すると同時、紅蓮の結界魔法が通路を満たした。
炎が床を走り、急激に熱せられ、押し寄せる熱波によって天井の照明が一斉に爆ぜ割れる。
光を失った通路は、しかし、紅蓮の灯りによって濃い影を浮かび上がらせながらも照らし出された。

ムスペルヘイム。灼熱地獄の名を冠するこの魔法。
相手を閉じ込める、という点では他の結界魔法となんら変わりのないそれだが、しかし、付加された炎熱によりこれは特殊な性質を帯びる。
例えるならば地獄の釜。発動した術者のみを対象外として、範囲内に充満する大気を熱し、焼き尽くす。
そうなれば、何が起こるのか――

「ぎ、ガ……!」

この時になって初めて、トーレは咆哮以外の声を上げた。
喉に手を当て、胸を押さえて、地面に膝を落とす。
人の吸える空気の限界を超えたその温度を肺に満たせば、待っているのは火傷の果てにある呼吸の停止だ。
非殺傷設定はおろか、あまりに人道に反した魔法だが、構わないとシグナムは考えている。
どうせこれが最後だ、と。

だが――

「……なんだと?」

これが決め手となった。そう思っていたシグナムの予想を相手は上回る。
炎が床を舐め、赤色の風が舞う空間の中、動ける者がいるわけがない。
だのに、眼前の戦闘機人は床に付けていた膝を持ち上げ、インパルスブレードを構えた。

……何故立ち上がる?
あり得ない。バリアジャケットを持たない戦闘機人にとって、この結界魔法は致命的なもののはずだ。
だというのにトーレは双眸に狂気の光を宿らせて、泡を吹きながらも立ち上がる。
狂っていると云えばそれまでだ。
しかし、シグナムはそんな姿を見せる彼女に、なんらかの意志があるように感じられた。
狂っているとは云っても、その下地には狂気の苗床となった何かがあるはず。
その何かによってトーレは立ち上がり――今尚、牙を剥いている。

何よりもその頬を流れる血涙が――声にならない何かを伝えようとしているようで。

……感傷だ、とシグナムは頭を振る。
敵に感情移入したところでどうなる。
敵を殺し、己を滅ぼしてそれで終わり。
その結末は自分で決めたことであり、ねじ曲げるつもりは毛頭ない。

「――――!」

先ほどとは違う、空気の漏れ出すような叫びを上げてトーレは飛翔する。
精彩は欠け、鋭さも先ほどの比ではない。
しかし、未だシグナムの剣が届く速度ではないのは確かだ。

レヴァンテインを叩き込むも、手応えはない。
返ってくるのは身を刻まれる鋭い痛みのみで、やはり追いつけないのだと実感する。
吹き荒ぶ熱波の中で踊る二人。翻弄されているシグナムは手を伸ばそうと躍起になるも、踊る相手を捕まえることができない。

「……まだだ!」

その事実に折れかける意志を暗い不屈の心で覆い隠し、ポニーテイルを踊らせながらレヴァンテインを走らせる。
しかし、やはり、届かない。
動きは遅くなった。鋭さも欠けた。技巧は最初から存在しない。
そんな相手を前にして、やはり敵わない。

どうして、と悔しさが滲む。
この期に及んで自分は父の敵を倒すことすらもできないのか。
そんな現実から目を逸らそうと、駄々をこねる子供のようにシグナムは戦い続ける。

『しっかし、変な話だな』

剣を振るうシグナムを余所に、アギトからの声が届いた。
それを半ば無視する形で聞き流すシグナムだったが、かまわずアギトは先を続ける。

『この程度の奴にエスティマは手こずってたのか?
 それはないだろ。
 っていうか、アタシの知ってるⅢ番よりも弱いぞこれ』

何を、とシグナムは微かな苛立ちを覚える。
こんなにも速く、これと云った対抗手段が存在しない相手を前に弱いなどと。
しかしアギトは言葉を止めず、呆れたように呟くだけだ。

『確かに速い。傷を無視して戦う様はベルセルクじみてやがる。
 けど……こいつの武器だった技術が一切合切なくなってる。
 クアットロも馬鹿なことをしたよな、本当。
 ここまでくると、哀れだよ』

『……お前はどっちの味方なんだ』

『さて、ね。
 取りあえず、自殺志願者の手助けする趣味はないよ、アタシには。
 最低限の義理は果たすけどさ』

愚痴じみた話は終わったのか、再びアギトは沈黙する。
シグナムはトーレの相手をしながら、彼女の口にした事柄を頭で考える。

……弱くなっている。確かにそうかもしれない。
速さという舞台に立つことのできない自分が父の宿敵とも云える存在と渡り合えているのだから当たり前か。
何故、敵がそんな状態になっているのかは分からない。
それに、弱くなったというのなら好都合だろう。

だが――

「――――!」

嵐のように振るわれるインパルスブレードを受け、遂にバリアジャケットが貫かれた。
袈裟に振り抜かれたそれを身に浴び、この時になってシグナムも違和感に気付く。
今の一撃で両断されたとしてもおかしくはなかった。
が、自分は生きており、敵は再び距離を取って襲いかかろうとしている。
それはまるで獣のようで、獲物をじわじわと弱らせている様に近い。嬲っているのではなく、狩るために。

要は攻撃が軽いのだ。刃は獣の爪牙と化して、相手を一撃で切り伏せることを忘れ去っている。
技巧もない。流れるような動作で剣戟を繰り出すことをトーレはしない。

確かに弱くなっているのかもしれない。弱いのかもしれないが――
……ならばその敵に勝てない自分はなんなのだ?

情けなさに目が眩む。

『……アギト、何か、手は』

『生憎、ムスペルヘイムがアタシの切り札だよ。
 まぁ、他にも色々あるっちゃあある。火竜一閃とかな。
 けど、ここで使って良い代物じゃないだろ?
 それに――この期に及んで他力本願か?
 覚悟が薄れてるぜシグナム。方向性はどうあれ、父親の敵を倒したいって気持ちはその程度かよ?』

アギトの叩き付けるような言葉に、シグナムは歯を噛み鳴らす。
分かっている。父の力になりたいと思う誓いを違えるつもりはない。

が、そのシグナムをアギトは鼻で笑う。

『お前は中途半端なんだよ、シグナム』

「何を……ッ!?」

トーレの攻撃を防ぎながら、シグナムは声を返す。
それに助力を行い、防御魔法を展開しながらもアギトは力の篭もらない、呆れが多分に混じった声を。

『あんまり良く覚えてないけど、過去のベルカにもお前みたいな奴はいた。
 自分は死ぬけど、それは守った者の糧になるだろう。ならばそれは勝利の礎になるのと同義だ、ってね。
 けど、なんだよお前。
 自分は死んで、相手も殺して万事解決だ?
 ……未練たらたらの癖にさ』

どこがだ、とシグナムは怒鳴り返そうとする。
が、それは叶わない。
トーレの攻撃を凌ぐので手一杯となっており、彼女はレヴァンテインを剣ではなく盾のように扱い、剣戟を凌いでいた。

『云ったよな。自殺志願者の手助けをするつもりはないって。
 つまりはそれだよ。お前は戦おうとなんかしていない。逃げようとしてる。
 お前にとって辛いことは、戦うことより生きること。
 生を天秤にかけて死に価値を見出したんじゃない。
 死んだ方が楽だから、だろ?
 エスティマと違って、場合によっちゃ死は美徳に成りうるって、アタシは思ってる。
 ……そんな価値観への冒涜でしかないんだ、お前がやろうとしていることは。
 こんなのがアタシのロードだなんてな……』

「――黙れ!」

一喝し、シグナムはトーレとの戦闘へと強引に意識を向けた。
アギトの言葉はいちいち勘に障る――が、おそらくそれは、図星を突かれているからだ。

……そう。自分にとって辛いのは、この戦いを生きて終わらせ、その後に待っている父との対面だ。
良くやった、と褒めてくれるのかもしれない。父のことだから、おそらくは絶対に。
けれど――自分にその言葉をかけてもらう資格があるとは、どうしても思えない。

シグナムの価値観からすれば、父を一度殺しているというその事実は、万死に値する。
だってそうだろう。ずっと守りたいと思ってきた。そのために力を付け、技術を磨いて、父の隣に立つ瞬間を待ち望んでいた。
だのに、守りたいと願っていた人を自分は知らずに傷付けていたのだ。
物理的に害を成した他にも、父がレリックウェポンとして改造された原因の一つに自分がいる。
そのために戦いを強いられ、こんな修羅場が生み出されているのに。
元凶――そんな言葉がしっくりくる。運が悪かった。巡り合わせが悪かった。そもそも己の行ったことではない。
言い訳はいくらでも思い付く。
しかし、その一つにでも縋ってしまえば、もう二度と自分は父の隣に立つことなどできないだろう。
どれだけ面の皮を厚くすれば、そんなことができるのだという。
自分は悪くないのだと開き直って平穏を甘受できるほど、自分の神経は太くない。
シグナムという人間を形作っている矜持の一つが絶対に許さない。

だから――父に会うのが怖く、どんな顔をして良いのか分からないから。
ここで自分は消えて無くなってしまいたい。
その道連れに敵を葬って――最後に一度だけ父の役に立ちたいのに。

けれど……このままでは勝てない。
負けて、また不様に重荷となってしまう。
自分が負けて死んでしまえば、父はきっと悲しんでしまう。最悪、足を止めてしまうかもしれない。
その光景が想像できるだけの、愛されているという自覚はある。
だから――その最悪を回避したいから――

「あぁぁああああ……っ!」

どうにもできないもどかしさに、シグナムは叫びを上げてレヴァンテインを一閃した。
紫電一閃。刃に走った炎は以前の比ではなく、強力無比なその一撃は、直撃すれば何者をも切り伏せることができるだろう。
しかし――
自棄になった一撃がトーレに当たるご都合主義がまかり通るわけがない。
カウンターの要領でインパルスブレードが腹を割き、鮮血が溢れだした。
人間であれば致命傷。プログラム体だからこそまだ行動可能だが、それでも深手には違いない。
傷口を手で押さえ、バリアジャケットを再構成することで溢れ出る血を強引に止血すると、シグナムは膝を屈した。
瞬間、背後から衝撃が――壁に激突し、転がったところへと追撃が飛んできて、ムスペルヘイムの範囲から弾き出されてしまう。
ボールか何かのように床を跳ね、それが終わろうとした所を轢かれ、吹き飛んだ。
音速超過での体当たり。それは対象を轢くという表現が相応しい。

パンツァーガイスト、バリアジャケットの防護能力を遥かに超えた打撃の嵐に、シグナムの意識は擦れてゆく。
朦朧とする意識の中に残っているのは、戦わなければいけないという強靱な意志であり、それが引き金となって彼女の脳裏にはフラッシュバックのように昔の日々が過ぎ去った。
孤独と云える幼少時代。
管理局に入ってからは自己の研鑽に大半の時間を費やし、今の自分がある。
――今までの一生は、果たして幸福だっただろうか?

客観的に見れば不幸と云えるのかもしれない。
覚えのない罪が知りもしない過去に存在し、父がいてもあまり構ってもらえず、少女らしい青春を送ったとは云えない。
同年代の少女たちがどんな日々を送っているのか。それを夢想すれば自分は何をしているのだろうと思ってしまう。
けど――けれど――

「私、は……!」

不幸であったのかもしれない。
けれどその中には幸福の欠片が存在していた。

今も覚えている。
父が忙しい中時間を削って授業参観にきてくれた。
事件があって有耶無耶になってしまったけれど、夏休みには遊びに連れて行ってくれた。
遅くに帰ってきた父が疲れているだろうに付き合ってくれて、夜遅くまでビデオを見ていたこともあった。
まだまだある。
日常の中に埋没してしまいそうな欠片たちが、今もシグナムの胸に息吹いている。

ああ、そうだ……だから私は父上の力となりたい。
これからもずっと、そんな日々を――

瞬間、目頭に熱が上り、目尻に湿った感触が湧き出てきた。
それを無視しながらシグナムは飛行魔法を発動し、吹き飛ばされたまま空中で姿勢を整える。
そして地面に両足を着け、小さく笑んだ。

これからも、ずっと。
その願いはただの幻想でしかない。
自分がいればまたきっと重荷になってしまうから。
だからここで自分を含めたすべての決着を父につけてもらいたい。
そうすればもう、あとは幸せしか残らない。そのはずだから。

……違う。
ああ、認めよう。
名残惜しい。まだまだずっと父の傍にいたい。
平日は管理局で一緒に仕事をして、休日には惰眠を貪る父を叩き起こして遊びに行くのが良い。
一緒に鍛錬するのも悪くないかもしれない。
あの人は存外だらしがないから、気を引き締めないと際限なく怠けてしまうし。
……そんな風に。
今まで忙しくてできなかった事柄を、一つ一つ埋めていきたい。
すべてが終わったら――そんな儚い幻想をどうしても諦められない。
……けれどもそれは、ただの夢。
もう戻れない。戻りたいと願ってはいけない。

一度だけしゃくり上げ、シグナムはレヴァンテインを鞘へと収めた。
そして居合いの構えを取り、カートリッジをロード。
吹き上がる魔力はパンツァーガイストにすべて回され、ラベンダーの光が彼女の身体を覆った。
紅蓮の炎を身に纏い、陽炎に姿を歪めながら、彼女は自らの敵を見据える。

「……これで、終わりだ」

これ以上続けてしまったら、未練ができてしまいそうだから。
こうしている今も胸に宿った願望に動きを止めて、思うようにならない現実に足を止めてしまいそうだから。
だから――次で。

極限まで強固になった装甲で敵の一撃を受け止め、生み出された刹那にすべてを賭ける。
それで例え己の命がどうなろうと、かまわない。

相対するのは咆哮を上げる獣。
インパルスブレードを爪牙として迫る戦闘機人のⅢ番を前に、シグナムは目を細めた。

さあ来い。
どれだけお前が速かろうと強かろうと、私は己の信念を貫き通すために捉えてやる。
命を賭してでも、絶対に――

ある種、狂的な輝きを瞳に浮かばせてシグナムはトーレを睨み付ける。
叩き付けられる殺意に反応したが如く、獣は床へと貼りつくように姿勢を落とし、インパルスブレードを構えた。
否、構えなどという云い方は正しくないだろう。
それは爪を獲物に突き立てるべく全身のバネを縮める野獣そのもの。

両者の間に張り詰める空気は熱を帯びながらも冷え切っており、お互いの刃に乗せられた感情は殺意ただ一つと示しているよう。
そうして、どちらともなく怨敵を斬殺せしめんと挙動を開始し――

――その時だった。


前を表示する / 次を表示する
感想掲示板 全件表示 作者メニュー サイトTOP 掲示板TOP 捜索掲示板 メイン掲示板

SS-BBS SCRIPT for CONTRIBUTION --- Scratched by MAI
0.040279865264893