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No.7038の一覧
[0] リリカル in wonder Ⅱ【完結】[角煮](2010/05/11 14:32)
[1] カウントダウン5[角煮](2009/03/07 02:30)
[2] カウントダウン4[角煮](2009/03/12 10:38)
[3] カウントダウン3 前編[角煮](2009/03/30 21:47)
[4] カウントダウン3 後編[角煮](2009/03/30 21:49)
[5] カウントダウン2[角煮](2009/03/30 21:46)
[6] カウントダウン1[角煮](2009/04/25 13:06)
[7] カウントダウン0 前編[角煮](2009/05/06 20:21)
[8] カウントダウン0 後編[角煮](2009/05/06 20:23)
[9] sts 一話[角煮](2009/05/06 20:33)
[10] sts 二話[角煮](2009/05/20 12:15)
[11] 閑話sts[角煮](2009/05/20 12:15)
[12] sts 三話[角煮](2009/08/05 20:29)
[13] sts 四話[角煮](2009/08/05 20:30)
[14] sts 五話[角煮](2009/08/05 20:27)
[15] sts 六話[角煮](2009/08/09 11:48)
[16] sts 七話[角煮](2009/08/28 21:59)
[17] sts 八話[角煮](2009/08/20 21:57)
[18] sts 九話 上[角煮](2009/08/28 21:57)
[19] sts 九話 下[角煮](2009/09/09 22:36)
[20] 閑話sts 2[角煮](2009/09/09 22:37)
[21] sts 十話 上[角煮](2009/09/15 22:59)
[22] sts 十話 下[角煮](2009/09/25 02:59)
[23] sts 十一話[角煮](2009/09/25 03:00)
[24] sts 十二話[角煮](2009/09/29 23:10)
[25] sts 十三話[角煮](2009/10/17 01:52)
[26] sts 十四話[角煮](2009/10/17 01:52)
[27] sts 十五話 上[角煮](2009/10/17 01:51)
[28] sts 十五話 中[角煮](2009/10/21 04:15)
[29] sts 十五話 下[角煮](2009/11/02 03:53)
[30] sts 十六話 上[角煮](2009/11/10 13:43)
[31] sts 十六話 中[角煮](2009/11/19 23:28)
[32] sts 十六話 下[角煮](2009/11/27 22:58)
[33] ENDフラグ はやて[角煮](2009/12/01 23:24)
[34] ENDフラグ チンク[角煮](2009/12/15 00:21)
[35] ENDフラグ なのは[角煮](2010/01/15 15:13)
[36] ENDフラグ フェイト[角煮](2010/01/15 15:13)
[37] sts 十七話[角煮](2010/01/08 19:40)
[38] sts 十八話[角煮](2010/01/15 15:14)
[39] sts 十九話[角煮](2010/01/21 20:26)
[40] 幕間[角煮](2010/02/03 21:17)
[41] sts 二十話 加筆 修正[角煮](2010/02/03 21:18)
[42] sts 二十一話[角煮](2010/03/10 23:25)
[43] sts 二十二話[角煮](2010/03/11 19:00)
[44] sts 二十三話[角煮](2010/03/12 17:41)
[45] sts 二十四話[角煮](2010/03/13 18:23)
[46] エピローグ[角煮](2010/03/14 20:37)
[47] 後日談1 はやて[角煮](2010/03/18 20:44)
[48] はやてEND[角煮](2010/04/18 01:40)
[49] 後日談1 フェイト[角煮](2010/03/26 23:14)
[50] 後日談2 フェイト[角煮](2010/03/26 23:14)
[51] フェイトEND[角煮](2010/03/26 23:15)
[53] 後日談1 なのは[角煮](2010/04/19 01:27)
[54] 後日談2 なのは[角煮](2010/04/18 22:42)
[55] なのはEND?[角煮](2010/04/23 23:33)
[56] 後日談1 チンク[角煮](2010/04/23 23:33)
[57] 後日談2 チンク[角煮](2010/04/23 23:34)
[58] 後日談3 チンク[角煮](2010/04/23 23:34)
[59] チンクEND[角煮](2010/04/23 23:35)
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[7038] sts 十九話
Name: 角煮◆904d8c10 ID:4dc5c200 前を表示する / 次を表示する
Date: 2010/01/21 20:26
燃え盛る六課、その一角。
数秒前は執務室と呼ばれていたそこは現在、炎に舐められる瓦礫の山と化していた。
デスクも、本棚も何もなく。
辛うじて原型を留めている床にはガラス片とコンクリート塊が転がっており、窓も壁もなくなったことで風雨が容赦なく降り注ぎ始めた。

『ブレイクインパルス』

瞬間、サンライトイエローの光と共に瓦礫の山が粉みじんに砕け散る。
姿を表したのはエスティマだ。彼はバリアジャケットに身を包んだ状態で、左腕には盾、右腕には片手剣――モードCのSeven Starsが握られている。
エスティマ自体のバリア出力は平の局員並かそれ以下。しかし左腕に装着された、流体金属製の盾で業火を防ぐことにより直撃だけは免れたのか。
粉砕した建築物の残骸が雨に塗れて泥となる。それでバリアジャケットを汚しながらも構わず、エスティマは周囲を見回した。

一体、何が――いや、今はそれよりも。

「シグナム! グリフィス! オーリスさん!」

数秒か、数十秒前か。
ここが瓦礫の山と化す寸前まで顔を合わせていた三人の名をエスティマは呼ぶ。

「ぐっ……! 父上、私は平気です!」

返事は一つ。シグナムもセットアップが間に合ったのか、魔力を派手に吹き上がらせ、身体の上に積もっていた瓦礫を吹き飛ばし、姿を現した。
この二人――残っているのはバリアジャケットを展開できた二人だけなのか?

エスティマは奥歯を噛み鳴らし、そんなはずはないと視線を巡らせる。
燃え盛る炎は雨を受けて徐々に勢いを減じてはいるが、同時に光源となるものもなくなってゆく。
大気中にスフィアを浮かべて照明代わりにすると、エスティマはグリフィスとオーリスの名を呼びながら瓦礫を退かし始めた。
そうしていると、グリフィスの顔が瓦礫の隙間から見えた。
倒れた柱が運良く支えになったのか、偶然生まれた隙間に彼はいる。
眼鏡は砕けてしまったようだが、それだけだ。怪我らしい怪我も見当たらない。

「グリフィス! 聞こえるか、グリフィス!」

「う……部隊長?」

隙間からグリフィスを引っ張り上げると、頬を短い間隔で叩きながら声をかけた。
しばらくしてグリフィスは目を覚まし、瞼を細めながら周囲を見渡す。
何があったのか、と考えているのだろう。エスティマと同じように。

「……先手を打たれたんだろうな。
 状況を把握しないとまずい。グリフィスは――」

「父上!」

目を覚ましたグリフィスに指示を出そうとしたその時だった。
悲鳴じみたシグナムの声が響き、そちらに顔を向けると、彼女は腕の中に人影を抱き留めながらエスティマへと視線を送ってきている。
瞳はまるで縋るように。
嫌な予感を抱きながらも、エスティマはシグナムの元へと駆け寄った。

そして絶句する。
シグナムが発見したのはこの場にいた最後の一人、オーリスだが――彼女はまるで、この場にいた者の不運を一身に引き受けたような状態となっていた。
ガラス片を身に浴びたのだろうか。消えつつある炎に、血みどろの右腕が鈍く輝いている。
両足は今も瓦礫に埋まったままだ。そしてそこからは、じわじわと血の池が広がっている。
制服にはねじ曲がった鉄筋が何本も突き刺さっており、雨と血に濡れて一体どれほど出血したのか分からない状態だ。

「ち、父上、どうすれば……!」

「応急手当は俺が。
 グリフィス、医療班に連絡を。シグナムは連絡が付き次第、人をここに連れてきてくれ」

Seven Starsを傍らに置きながら、呟くようにエスティマは二人に指示を出した。
茫然自失としたい。目を逸らしたいのは山々だが、魔導師でもない普通の人をこのまま放置すればどうなるかなど火を見るよりも明らかだ。
頭の隅から応急処置の手段を掘り起こしつつ、エスティマは手を動かし始めた。

患部圧迫で止血――は駄目だ。傷が大きすぎるし、足がどうなっているかは分からない。
突き刺さった鉄筋はそのままに放置して、リングバインドを痛みすら感じるであろう締め付けでオーリスの二の腕、太ももへと展開。
次にオーリスの頭を腿にのせると、呼吸を確かめた。
そして舌打ち一つ。胸へと視線を送ればそこは上下しておらず、その上鼓動もない。
プロテクションを展開して雨を弾き、すみません、と前置きすると、エスティマはオーリスの胸元を破いた。
恥ずかしがる余裕もないまま、顕わになった胸を濡らす血や水を拭き取ると、デバイスコアの収まった片手剣へと視線を送る。

「……Seven Stars」

『了解。電圧調節はこちらで行います』

「頼むぞ」

そして左手を両乳房の間に添えつつ、魔力を込めて紫電を生み出す。
衝撃でオーリスの身体が跳ねる。が、頓着せずに両手を重ねて胸骨へと全体重を乗せた。
肋骨をへし折る嫌な感触に顔を顰めながらも腕を止めず、心臓マッサージを行う。
一定のリズムを刻みなら続け、間をおいて再び電撃を。

それで心臓が動き始めると、気道を確保して今度は色気もへったくれもない人工呼吸を開始した。
それをしばらく続けていると、ようやくシグナムが医療班から人を連れてくる。
シャマルは到着すると小さく頭を下げて、エスティマと入れ替わりに処置を開始した。
彼女の表情にはいつもの気弱なものがなく、ただ真剣に目の前の人物を救いたいという意志が見て取れる。

……これで、なんとか。
溜め息一つ。そして振り返ると、背後で方々との通信を続けているグリフィスへと声をかけた。

「どうだ、グリフィス」

「現在、フォワード陣がType-Rと交戦中。スクライア嘱託魔導師が戦線に加わりました。
 高町一等空尉は長距離砲撃で上空のガジェットを狙撃しています。ヴィータ三等空尉とザフィーラは、瓦礫の排除を。
 直接の通信は取れませんが、八神一等陸尉はスカリエッティの監視を続けているそうです」

「フォワードがType-Rの相手を……?
 俺が――ああくそ、これから俺が、スカリエッティの元に行く。
 はやてには入れ替わりで前線に出るよう指示を出す。
 酷だろうが、Type-Rと交戦している者には持ち堪えるように。
 グリフィスは近隣部隊へと応援要請を続けてくれ」

「了解です」

「頼む。……シグナム!」

「はい!」

「お前は俺と一緒にきてくれ。
 連中の狙いはスカリエッティだ。フォワードが抜かれれば、敵はそこにくるだろう。
 ……腹立たしいが、奴を結社に戻すわけにはいかない。
 戦うぞ」

「はい、父上」

頷くシグナムを視界の隅で見ると、エスティマは移動を開始した。
そしてこの時になり、彼は脣の端を噛み締める。雨と共に顎を血が伝った。

……ああそうだ。
こんなことが嫌だったから、俺は戦ってきたのに。

後悔とも、怒りとも違う。
自分でも上手く形容できない感情を抱きながら、彼はスカリエッティの元へと進み始めた。














リリカル in wonder











クアットレスⅡの砲撃によって炎上する六課。
それに突き進む者は三人。内二人は地上を進み、徐々に目的地へと近付きつつあった。

ノーヴェとウェンディ。
二人はフィールドバリアで雨を弾き飛ばしながら、ひたすらに前へと進む。
するとだ。
紅蓮の灯りの中に違う色――茜色の輝きが立ち上る。
何事かと思うウェンディとは違い、ノーヴェは舌打ちしつつローラーブーツのブレードを横にずらした。

「お前ぇに任せるぞウェンディ。
 アタシの標的はタイプゼロだけだ」

「……あー、なるなる。思い出したっすよ。
 あの魔力光はいつぞやの雑魚っスね。了解了解。
 ノーヴェの目的が達成できるのを祈ってるっス」

「ほざけ」

隣だって進んでいた姉妹が別方向へとかっ飛んでゆくのを眺めながら、ウェンディは舌なめずりをする。
例の雑魚、とはウェンディの下すティアナへの評価だ。
それも当然だろう。ただ戦うために生み出され、その期待を裏切ることなく高いスペックを誇る彼女からすれば、ただの人よりも少しはマシな程度の魔力資質しか持たないティアナなど有象無象に変わりはない。

その考えに間違いがないとでも云うように、

「――っとぉ!」

炎の中から放たれた集束砲撃――精度が酷く甘い――を、サーフボードのように操ったデバイスの下部で弾き飛ばした。
雨の中、まるで波に乗るかのようにウェンディは蛇行運転で燃え盛る六課へと向かう。
そうして進むと、砲撃を放ったであろうガンナーの姿が見えてきた。

お互いに顔が見える距離。そこまできて、ウェンディは眉を持ち上げる。
それは、ティアナの表情が――

「アンタ――よくも!」

二丁拳銃。その一方でカートリッジを次々とロードしながら、もう一方のデバイスで次々に魔力弾を連射してくるティアナ。
彼女が手に握るデバイスの形状はウェンディが初めて見るものであった。
フルドライブなのだろうが。両手に握られる拳銃はサイズが一回り大きくなっており、大型自動式拳銃のような形になっていた。
それを向けてくるティアナの形相は怒り一色に染まっており、さっきの集束砲撃、そして今の弾幕が見境のない代物だと認識する。

激昂するティアナの様子に、くすり、とウェンディは笑みを浮かべる。
多くない魔力を無秩序に食い荒らして……それで怒りを表しているつもりだろうか。
笑わせるなと、ウェンディは口の端を釣り上げた。
憤怒に染まっているというのなら、全てを焼き尽くす一撃ぐらい放ってみたらどうだ。

横に滑るようにして、デバイスから降りる。
ドリフトでもするように濡れた地面を滑りつつ、デバイスを右腕に装着した。

生み出すスフィアは四つ。
牽制目的でおもむろにそれを放つが――

「……へぇ」

茜色の魔力光が閃光となり、弾幕をかいくぐって肉薄する。
今の吐息は単純な賞賛だ。新しい戦術を手に入れたのか、と。
見覚えのある軌跡。地上で、という違いはあるものの、魔力弾を回避した直角の回避機動はエスティマ・スクライアのものと良く似ていた。
無論、その練度は比べるべくもないが。
しかし、いけない。それは切り札として隠し持っておくべきだった。

「――ッ、この!」

至近距離。次いで跳ね上がる銃口――ではない。
再びウェンディは驚く。低い体勢をとった際、こちらの死角となった手元でデバイスを変形させていたのだろう。
茜色の光に輝く大振りなダガー。それがウェンディへと――

「駄目駄目っス」

突き刺さることはなく。
カウンターパンチの如く、サーフボードのようなデバイスがティアナの鳩尾へと突き刺さった。
吐血でもするのでは、と思う類の吐息をティアナが漏らす。が、ウェンディはかまわずデバイスを持ち上げた。
供物でも捧げるような様相でティアナを掲げ上げながら、ウェンディは呆れたように頭を振る。

「勢いだけは良いんスけどねー。
 残念ながら、切れたモン勝ちがまかり通るほど優しくないっすよ世の中は。
 まぁ、私らやあんたらの隊長陣はともかく――」

ティアナを持ち上げたまま、デバイスの先端に魔力光が集う。
それを避ける手立ては彼女にない。鳩尾への強烈な一撃が全身を弛緩させ、身を任せることしかできないのだ。

「才能が足りないっスよ」

叩き付けるような言葉と共に、零距離での砲撃魔法がティアナを打ちのめした。
真上へと打ち上げられ、受け身を取ることもできずに落下。
雨に濡れた地面へとゴミでも落ちるような音を立てて、激突した。

今の一撃でバリアジャケットも吹き飛ばされ、地面に転がるティアナは制服へと戻っている。
泥に濡れながら彼女は身を起こそうとする。間接が錆びついてしまったかのように、ガクガクと全身を震わせながら。
しかし四肢に力が入らないのか、水音を立てて再びアスファルトに倒れ込む。

それでも尚、ティアナは足掻く。
なんとかして立ち上がり、一矢報いようともがき続けるが、急所へと叩き込まれた一撃は彼女の身体から力という力を奪っていた。
歯を食い縛ってクロスミラージュをウェンディに向けても、その銃口は標的まで持ち上げることすら叶わない。
瞳に宿る意志は未だ不屈だというのに、身体はその気持ちに応えてくれないようだった。

しかしウェンディにとって、雨に濡れ、不様に這い蹲るティアナの心情など知ったことではない。
あらら可哀想、と零しながらも背を向けて、次の獲物を見つけ出すべく足を進めた。


















ティアナが敗れたのと同時刻。
遂に標的を見つけたノーヴェは、両拳を打ち鳴らしながらその対象と対峙していた。
以前は両腕から上がった硬質な感触も、今は一つ。
たった一度の不覚によって、管理局に回収されてしまったのだ。

それを取り返すことを至上の目的としてノーヴェはこの戦場に降り立ったのだが――

「……おい、セカンド。
 テメェ、リボルバーナックルはどうした?」

怒りを瞳に込めながら、ノーヴェは眼前のタイプゼロ・セカンド――スバル・ナカジマへと焦げ付いた声を送る。
スバルはノーヴェに燻る怒りに勘付いているのか、僅かに気圧されながらも臨戦態勢を取りつつ応える。

「……どうしたも、何も。
 あれはお母さんのデバイスだもん。
 私が使って良い物じゃない」

正確には違う。遺留品として回収されたリボルバーナックルは解析され、異常がないことを確認された後、ようやくナカジマ家へと戻ってきた状態なのだ。
今はリビングにひっそりと飾られている。それを使おうなどというつもりは微塵もスバルにはない。
ようやく手に入れることができた母の残滓。それを戦いに晒すことなどできるわけがないのだ。

もし幼少の頃から傍にあれば違ったのだろうが、ここでは違う。
ようやく戻ってきた宝物を、スバルは傷付けたくはなかった。

しかしノーヴェはスバルの事情を吐き捨てる。
舌打ち一つ、素の右手を握り締めると、親指を立てて首をかっ切る動作を。

「……ああそうかよ。なら用はねぇ。
 どこにあるかはファーストに聞いてやる。
 テメェはこの場でスクラップにしてやるよ」

「……やれるなら」

返しつつも、スバルの頬を雨とは違う、冷や汗が伝う。
激昂したティアナは自分の制止を振り切り、もう一人の戦闘機人へと向かってしまった。
念話を送っても返事はない。嫌な予感ばかりが増してゆく。
そんな状況下でType-Rの一人を相手取るというこの状況。
窮地というなら、この場のことを云うのだろう。そんな気すらしてくる。

故に、

「……負けられないんだ」

スバルの瞳が普段の色から移ろい、本来の――金色の、戦闘機人のそれへと変貌する。
普段は魔力を吐き出すリンカーコアがその役目を変え、戦闘機人用のエネルギーを。
全身に滾る、いつもとは違う力の波紋に身体が震えた。

「私は勝つ。勝ってみせる。
 ギン姉もお父さんもティアも……みんな守ってみせる。
 誰かが助けてくれるのを待ってたら、また失う。
 だから、私が――!」

咆哮と共に震撼する大気。
展開する青のテンプレート。秘められたISは震動破砕。
おそらくは初めて戦闘目的に使用されるであろうそれを見て、ノーヴェは鼻を鳴らした。

「吼えたな旧式! やってみろよ!」

両者、同時に地面をローラーで蹴り上げて、惹かれ合うように接近する。
戦闘機人の姉妹機。その激突がここに始まった。
















機動六課上空。
暴風に煽られる中を、雷光をまとった赤毛の少年が疾駆していた。
エリオ。彼は空戦技能を保持しているわけではないが、シールドバリアを足場として展開し、跳躍を繰り返すことで擬似的な空戦を行っているのだ。

本来ならば相方であるキャロ、彼女の使役するフリードに乗って戦闘を行うが、この天候で空を飛べば的にしかならない。
その上、ブラストレイ、ブラストフレアといった普段ならば強力を云って良い攻撃も、激しい雨の中では大きく威力を下げてしまう。
故に、エリオは単身で召喚蟲の群へと。
キャロによるブーストが行われてはいるが、決して楽な戦いではない。

しかしそれでも、エリオは瞳に宿した戦意を薄れさせることなく、S2U・ストラーダを振るう。
彼の握るデバイスのモードはフルドライブ。
今まで育んできた力をこの一戦で発揮するべく、湯水のように魔力を振り絞る。

「この……!」

群をなして飛びかかってくる召喚蟲に傷を負わせられながら、エリオが狙う標的は一つ。
いや、一つというのは正しくないだろう。
一種類、というべきか。
甲虫のような形状をし、触覚の間に電撃を生み出す大型の召喚蟲。
再びシールドバリアを足場として飛びかかり、

「サンダー……レイジ!」

叩き付けると共に雷光が広がり、甲虫の周囲にいた小型と、目標とした一体の召喚蟲を葬り去る。
しかし、打ち崩した一角は瞬く間に修復される。
文字通りに直ったわけではない。その程度で、と嘲笑うように新たな物量が押し寄せてくるのだ。
今の一撃で体勢を崩したエリオへと、召喚蟲の群が襲いかかってくる。
引き裂かれるのか。食い破られるのか。どのような末路が待っているのか――

しかし、それは訪れない。

エリオを避けるようにして、地上からの支援砲撃が大気を薙ぎ払う。
吹き荒ぶ雷雨を貫いて、滅茶苦茶と云っても間違いではない空を力ずくで正そうとする桜色の光。

非殺傷の一撃だったが、召喚蟲を吹き飛ばした衝撃の余波でエリオも吹き飛ばされる。
きりもみしながらも彼は空中で姿勢をコントロールし、シールドバリアを用いて空中に着地した。

『エリオ、無茶しちゃ駄目だよ!
 この状況で一人抜けたら、私だってカバーしきれなくなるから!』

『すみません!』

普段とは違う。教導の時ですら聞くことのないなのはの怒声に背筋を震わせながら、エリオは穴の空いた召喚蟲の群へと目を向ける。
するとだ。

蟲たちに守られるように――否、蟲たちを統べているのか。
巨大な甲虫の一体、その上に立ち尽くしながらこちらを見下ろす少女に、エリオは気付いた。
紫の長髪を結んで、黒いドレス状のバリアジャケットを纏った女の子。
額に浮かぶタトゥーと無機質な瞳が印象的であり、決して視界が良くないというのに、エリオは彼女の姿を目に焼き付けた。

召喚蟲を統べている――ならあの少女を捕らえることができれば、この状況を打破できるかもしれない。

『キャロ、お願い』

『うん……ごめんね、エリオくん』

謝罪の言葉は、おそらく一緒に戦えないことからなのだろう。
しかしエリオは微塵も彼女が悪いなどと思ってはいない。
むしろ、彼女のお陰で自分はこうして戦うことができる。
通常時を超える昂ぶりを御しながら、エリオはデバイスを握る手に力を込めた。

……そのエリオを見下ろしながら、少女、ルーテシアは誰にともなく呟く。

「……ⅩⅠ番のレリック。返してもらうの。
 だから、邪魔をしないで」

彼女の目的はただそれ一つ。
それさえあれば良いのだと、彼女は母を目覚めさせるためだけに戦っている。
しかし。そのⅩⅠ番のレリックとは、どこにあるのだろうか。

もし六課と結社が奪い合った中にそれがあったのならば、ルーテシアはもっと早い段階で戦線に加わっていた。
しかしそれは起こらず、彼女が敵として立ちふさがったのはこれが最初。
何故か。それは、このタイミングならレリックを奪うことができるとクアットロに云われたからだ。

六課が保有しているレリック。
しかしその保有数と、保管庫にある数には一個分の食い違いがある。
その一つがどこにあるのか。
それは――

















「つ、あっ……!」

シュベルトクロイツを支えにしながら、八神はやては身を起こす。
彼女の周囲からは白煙が立ち上っており、場所によってはコンクリートが赤熱化していた。
吹き飛ばされた屋根――があった場所からは雨がひたすらに打ち付けられる。

いや、それも正しくはない。
今、はやてがいる場所は床を残して更地となっている有り様だ。
隊舎だった部分は吹き飛ばされ、辛うじて足場が原型を留めているのははやての防御がギリギリで間に合ったからだった。

じゅうじゅうと耳障りな音が響く中で、雨を髪に滴らせながら、はやては歯を食い縛った。

「なんとか、耐えられたけど……」

地上部隊の制服には徐々に染みが広がり、下着にまで冷ややかな感触が広がりつつあった。
ついさっきまで纏っていたバリアジャケットは、リアクターパージを行ったことにより解除されている。
そう、シュベルトクロイツを握っていることから分かるように、彼女はセットアップを行ったのだ。

しかし展開した防御魔法はイノメースカノンに貫かれ、最後に残ったバリアジャケットによって命だけは拾ったものの、たった一撃で満身創痍の状態へと追い詰められていた。
六課を見れば上から数えた方が早いであろうバリア出力を誇るはやてでも、直撃を受ければこうなってしまう。
精度はともかく、威力は本来の持ち主であるディエチが放つものを大きく上回っているだろう。
おそらく、なのはですら直撃すればタダでは済むまい。

シュベルトクロイツに力を込めて、俯きそうになる顔を持ち上げる。
その際に前髪が視界の隅に映り込んで、鼻に届いた嫌な匂いに、はやては顔を歪ませた。

「焦げてもうた……髪、切らへんと」

「ほぅ、なかなかに余裕だね、八神はやて」

「……うっさい」

「いやいや、元気なのは頼もしいよ。
 君のお陰で私も命拾いができた。感謝してもしきれないとは、このことだね」

舌打ちしたいのを堪えながら、はやては消滅したバリアジャケットを再構成。
治癒魔法で重くのしかかるダメージを緩和しながら、どうにか状況を把握しようと頭を働かせた。

唐突に現れた巨大な魔力反応。おそらくはレリックなのだろうと、今になってはやては思う。
反射的にセットアップを行った彼女は、自分は当然として、気は乗らないがスカリエッティを放置するわけにもいかず、守る羽目になったのだ。

その守られたスカリエッティは拘束着に自由を奪われた状態だというのに、雨に晒されたままパイプ椅子に座って、雨が降り注ぐ天へと顔を上げた。
そして金色の瞳を細めると、やれやれと頭を振る。

「このような無粋をするのはクアットロか。
 さて、あの子が何を考えて襲撃を行ったのかだが――」

「無論、ドクター。あなたを亡き者にするためですわ」

スカリエッティの呟きを遮って、高慢の滲む声が響き渡った。
はやては声の発生源を探すために視線を空に投げる。
が、そこには何もない。何もないが、確かに声は聞こえたのだ。

ならばおそらくは――

雨に歪む視界の中で、大気が陽炎のように歪む。
そうして姿を現したのは、何故気付かなかったのかと思ってしまう巨大な影だった。
本体は直径が六メートルはあるだろうガジェットのボディ。
それの下部に一対の巨大な蟹挟みと、間に挟まれたイノメースカノン。

轟音を響かせながら出現したクアットレスⅡ。それを足場にして、機体の上にクアットロは立っていた。
彼女はゆったりとした動作で腕を組むと、見下した視線ではやてとスカリエッティを見る。
いや、正確にはスカリエッティだけか。はやては眼中にないと云わんばかりに、一瞥もくれない。

どうする、とはやては胸中で呟く。
あの巨大ガジェットはユニゾンしたエスティマとフェイトの二人がかりでも手こずった相手だ。
それを一人で敵に回して勝てると思うほど、はやては自惚れていない。
が、勝てないと分かっていても戦わなければならないのが時空管理局の局員である。
そもそも、今まで一度だって戦う前から勝利を確信したことなどなかった。
これから始まる戦いだって、その一部でしかないのだ。

しかし、だからと云って勝ち目のない戦いをここで挑むわけにはいかない。
当たり前だが、はやては死にたくないし、自分が死ねば戦力バランスが大きく傾くということも分かっている。
故に、ここで無駄なことはできない。

俯き、脣を噛み締めながら、はやては回復に専念しようと意識を集中した。
そしてこの場の状況を握っているクアットロを刺激しないよう息を殺しながら、二人の会話に耳を立てる。

雨が打ち付ける音が響き渡る中、クアットロとスカリエッティは体勢を変えずに話を始めた。

「ドクター。まさかこのような手を打つとは思いもよりませんでしたよ。
 エスティマ様にご執心なのは知っていましたけど……ここまでのことをする価値がありますか?」

「愚問だねクアットロ。答えはこの状況が現しているじゃあないか」

「それもそうですね。
 ああ、ドクター。お馬鹿なチンクちゃんやトーレ姉様だけならともかく、あなたまで感化されてしまいましたか」

「感化……?
 ああ、確かにそうだ。彼の生き様に影響を受け、私はこのような行動を取った。
 だが、クアットロ。それが私たちだけだとでも思っているのかい?」

問いかけるスカリエッティの言葉を、クアットロは鼻で笑う。
今の言葉は彼女自身に向けられたものなのか。お前もそうだろう? と。
しかしクアットロは、皮肉げな笑みを浮かべるだけで応えようとはしなかった。

「……まぁ、その件は良いでしょう。興味もありません。
 ですが、ドクター。一つ教えてくださいませんか?
 あなたは自ら管理局に下り、これからどうなさるおつもりなのです?」

「決まっている。私は私の欲望を満たすだけだ。
 それ以上もそれ以下も、私にはない」

「それができると?」

「無論」

「私たちを切り捨ててでも?」

「ああ、勿論だ」

一分の迷いもなくスカリエッティは言い切った。
対してクアットロは、微塵も悪びれない彼の態度に何を思ったのだろう。
頬を僅かにひくつかせたあと、まあいいと頭を振る。

「……よぉく分かりましたよ、ドクター。
 あなたは私たちを自らの欲望を満たす消耗品ていどにしか考えていない……と。
 そういった認識で良いのですね?」

「おや、クアットロ。
 戦闘機人は道具であるべきと云う君がそんなことを云うのかい?
 ああ、それではまるで――」

人間のようだよ。

その一言が何かに触れたのか。
彼女が足場にしていたクアットレスⅡのイノメースカノンに火が灯る。
それを向けられているスカリエッティは微動だにもせず、襲いかかるであろう砲火が放たれる瞬間を待っているようだった。

――否、スカリエッティが待っているのは、裏切り者を処断する業火ではない。
それは――

暗闇を引き裂くサンライトイエローの光。
雨の中を貫き進む閃光が、明後日の方向からクアットレスⅡへと突き刺さる。
しかしそれが標的を打ち貫くことはない。
本来ならば破壊と轟音を撒き散らしただろうが、合わせて展開された強力なAMFによって霧のように霧散する。

山吹の輝き。魔力光の残滓が大気に舞い、辺りを照らす中で、この場にいる三人は空を見上げた。
風雨が吹き荒ぶ上空には桜色の砲撃や雷光、Type-Rの放った砲撃魔法が暗闇を彩っている。
それを背にして、クアットレスⅡを見下ろす二つの人影があった。

エスティマ・スクライアと、その守護騎士であるシグナム。
二人はデバイスを両手に握り、戦意を滲ませながら三人へと視線を注いでいた。

「時空管理局執務官、エスティマ・スクライアだ。
 ナンバーズの四番、クアットロ……罪状は上げるのも面倒なほどだ。
 捕まってもらおうか」

口上をクアットロに向けるエスティマの姿を目にして、はやては安堵が胸の内から込み上げてくるのを覚えた。
が、すぐにそれは湧き上がってきた不安に霞んでしまう。
エスティマの魔力光が明るいせいだろう。それによって、べったりと血に濡れた彼の手に目が行ってしまうのだ。
実際のところそれはオーリスのものだが、はやてがそれを知る由はない。
やや焦りながら、彼女はエスティマへと念話を飛ばした。

『え、エスティマくん、怪我しとるんか!?』

『……いや、大丈夫だ。
 それより、はやては下がってくれ。
 リインフォースⅡを連れてきてくれたら嬉しいけど……この状況じゃ贅沢も云えないか。
 ここは俺とシグナムが抑えるから、外を鎮圧して、手が空き次第応援に来て欲しい』

『……二人で大丈夫なんか?』

『……シグナムには悪いけど、俺たち二人、はやてを入れてもこれには勝てないからね。
 無茶しない範囲で、時間を稼ぐさ』

念話に同調して、エスティマは苦笑を浮かべた。
おそらく言葉に嘘偽りはないのだろうと分かってはいるが、クアットレスⅡの砲撃を真正面から受け止めた分、はやての心配は拭えない。
しかし――この場でワガママを云っても仕方がないとは分かってもいる。
彼の傍にいたい。傍にいては力になれない。

その矛盾する二択の内、はやては拳を握り締めながら後者を選んだ。

『……絶対、助けにくるから。
 リインも向かわせるからな……!』

『ああ。待ってるよ』

まるで引き剥がすように、はやてはエスティマから目を逸らす。
そしてきつく瞼を閉じると、スレイプニールを展開して空へと上がった。

込み上げてくる気持ちは言葉にできない。
どうして自分は個人戦闘に特化した素質を持っていないのか。
そんな、どうしようもない苛立ちすら抱いてしまう。

……お願い、無事でいて。
その一言を肉声で呟き、はやてはエスティマたちの元から飛び去った。


















……さて、と。
眼下にいる巨大ガジェットを見据えて、どうしたものかとエスティマはSeven Starsを握り締めた。
掌を濡らす赤黒い色は、拭っても消えない。指に浮いた脂でグリップを滑らせないよう注意しながら、どう攻めるかと思案を巡らせる。
はやてに云ったことは嘘ではない。
リインⅡがいない状況では、切り札であり巨大ガジェットに対する唯一の攻撃手段でもある紫電一閃・七星を放つことはできない。
いや、放つだけならできるだろう。しかし満足な威力を発揮できなければ、あの殺戮機械は砕けない。
どんな無茶をしようともその道理は覆ることはなく、また、エスティマに無茶をするつもりはない。
ならばできることは、時間稼ぎの一つのみ。

思考するのは、その時間稼ぎをどう行うかの一点のみである。
六課に攻め込んだ敵は大量のガジェットとルーテシア、それにType-R。
いかに部下たちが優秀だとは云っても、すぐに勝負を決めることは難しいだろう。
どれだけ時間を稼いでも足りやしない。ならば、少しでも。
そう思いながら、エスティマはクアットロに向けて口を開く。

「……投降しろ、クアットロ。
 スカリエッティは見ての通りだ。
 もうお前たちが戦う意味はない」

その言葉をどう受け取ったのか。
くすり、と小さく笑みを浮かべると、クアットロは細めた目をエスティマへと向けた。

「意味がない……とは、どういうことですか、エスティマ様?」

「そのままだ。
 お前はスカリエッティに作られ、奴の目的を果たすために動いている駒だろう。
 棋士が降りたのならお前も箱に戻れよ」

「ご冗談を。
 打ち手が降りたのなら代理を立てれば良いだけではありませんか、エスティマ様。
 勝負は終わっていない。まだクイーンもナイトも取られていませんよ」

「……お前がその代理だって?」

「さて、それはどうでしょう。
 ともあれ、駒の数が減ってしまったのは事実。
 このままでは私たちが不利である状況が続くため、不安要素を排除しに参ったのですよ。
 あなた方の戦力と、結社の内情を知るドクター。
 この二つを削ぐことができれば、私たちの負けはなくなりますからね」

「……それができるとでも?」

「できないとでも?」

……できると思っているのだろう。
優越を顔に浮かべ、気圧される様子もなく言い切るクアットロの姿にエスティマは確信する。
だが――甘いと云わざるを得ない。
この状況。確かに奇襲を受けて足並みは乱れたが、決して逆転できないわけではない。
ストライカー級魔導師は一人も欠けておらず、時間が経てばここは地上部隊に包囲される。
時間さえ稼げれば。この無駄話を続けている一分一秒を浪費しているようでは勝てないだろう。

そう思う反面、それはどうか、とも。
勝つつもりでこの戦いを始めたのならば、まだ何かあると見て良いだろう。
それが何か。新たな戦力かもしれないし、こちらの想像が及ばない何かをまだ結社が保有しているのかもしれない。
未知の戦力を排除できるとは断言できない以上、油断をする余裕はないのだ。

むしろこのやりとりこそ、こちらの都合ではなく、クアットロの思惑によるものなのかもしれない。

……馬鹿馬鹿しい。敵の思惑が分かるわけがないんだ。
やはり自分は考えるよりも動く方が性に合っている。

そう締めて、エスティマはSeven Starsへとゆっくり魔力を注ぎ始めた。
それを感じ取ったのか、隣に立つシグナムもまた、臨戦状態へと移行する。

しかしエスティマたちの様子を見ても尚、クアットロは笑みを絶やさなかった。
喜悦の色を濃くしながら、眼前に半透明のディスプレイを浮かび上がらせる。
そしてわざとらしい嘆息を一つ。

「……やはり、相手が悪かったようですねぇ。
 ルーお嬢様とガジェットでは高町なのはを抑えきれませんか。
 ディードちゃんも、妹様をやや押しつつも互角。
 タイプゼロは奮戦しているようですし、ウェンディちゃんも陛下を捕獲しただけで目立った戦果は上げてない。
 ああ、これでは時間が経つにつれて私たちが不利になってしまいますわ」

故に、と置いて、

「ここで一枚、切り札を。
 エスティマ様、その隣にいるご息女……随分と大きくなられましたわね。
 そう。まるで十年前のように」

「――お前!」

止めろ、とエスティマが叫ぶよりも早く、クアットレスⅡの放つAMFがその濃度を増した。
飛行魔法すらも発動が困難になるほどの出力。アクセルフィンが削ぎ取られたように光を失い、瞬間的に湧き上がった激情とは裏腹に、四肢に宿る力は頼りなくなる。

その様子にクアットロは噴き出しながらも、これから行うための準備を怠らない。
シグナムの眼前に、前触れもなくウィンドウが出現する。
そこに記されているのは、エスティマがずっとひた隠しにしてきた事実であり、シグナムが知ろうともしなかった出来事。
それだけではない。
この戦場に存在している全ての者の前に、同種のデータウィンドウが展開されたのか。
その内容は人によって違うが、わざわざこのタイミングで行うクアットロの意図は察することができた。

状況を盛り返すことができるかもしれない。
誰もが希望を抱くこの瞬間を狙って、こんな――

『さあ、見てご覧なさいな六課の皆様。
 これは、あなた方に知らされていない、あなた方の真実です』

シグナムとシャマルは過去の自分を。
エリオとフェイトは己の出生を。
スバルには、三課壊滅の真実を。
本人以外の者たちには、それらの情報をすべて。

すべて、ずっとエスティマが隠し続けてきたことだった。
都合が悪く、目を逸らしていれば幸せになれるからと、彼の独善で無かったこととされていた情報だ。
それが晒されてゆく。
同時に、エスティマは何かが崩れゆく音を聞いた気がした。

「貴っ様ぁ……!」

激情に駆られたままに、エスティマはサンライトイエローの光を纏め、砲撃を形成する。
しかし冷静さを欠いたその魔法は構築が甘い。集束砲撃であるために砲弾を生み出すことはできたが、放たれた砲撃はクアットレスⅡに触れることもなく消滅した。

……そして、

「……ち、父上?」

そんな彼の様子を見て、知らされた事実が本当のことだとシグナムは気付いてしまったのだろう。
怯えるように呟かれた言葉に、痛みなどないはずなのに、耐えられないほどの苦しさが胸を押し潰す。
恐怖すら抱きながらシグナムへと視線を向けて、彼女の瞳に浮かぶ戸惑いの色に、思わず眼を逸らしたくなった。

しかし、エスティマはそれが出来ない人間であり、だからこそ、もうこれ以上嘘は云えない。
故に、

「これは……本当のこと、なのですか?」

十年前の闇の書事件。
その際にヴォルケンリッターの将、シグナムは多数の魔導師を殺害し、その罰として存在を初期化。
保護観察はエスティマ・スクライアが担当し――荷物として、押し付けられた。
自分は望まれた子供ではない。その上以前の自分は気高い騎士などではなく、ただの犯罪者。
クアットロが提示したデータの中には、当時の彼女が何を想って人を殺すに至ったのかを記してはいない。
故に、今のシグナムが分かることは、知りもしなかった重い十字架を背負っていたということであり――だがそれは、過去に乗り越えたことでもある。

もう一つ。シグナムに知らされていなかった事実とは、その殺された魔導師の中に父親の名があったことだ。
エスティマ・スクライアはシグナムの手によって一度殺されており、レリックウェポンとして蘇った。
それによってスカリエッティとの因縁が生まれたわけだが、そこはあまりシグナムにとって重要ではない。

重要なこととは、ただ一つ。
それは――

殺した? 自分が、父上を?

「……嘘、ですよね?」

自分は父の守護騎士である。そう、シグナムはずっと言い続けてきたのだ。
だのに、その守るべき存在を過去に一度殺してしまったという事実は、彼女の拠り所とも云える価値観を揺らがせるには充分すぎた。
知りもしない以前の自分がやったなどは関係がない。

父を殺して――その癖に、自分は守護騎士であるなどど自負していた?
その様はどれほど滑稽だったのだろう。
その姿は父にどんな風に見られていたのだろう。

自分は父に愛されていた。
守護騎士であるということと同じほどに、シグナムが戦う支え、その理由が急速に揺らぎ始める。
……愛されていた? 本当に?
自分を殺した相手を愛する馬鹿がこの世の何処にいる?

けれど――

……父上がそれを嘘だと云ってくれるならば信じます。
……だから、お願い。嘘だと云ってください。

シグナムの目からはそんな言葉が聞こえてくるようだった。
実際に口を開けばそう云うのだろう。しかし会話らしい会話をする余裕は、今の彼女にないのだ。
崩壊寸前といった有り様のシグナム。浮かべる表情は、幼少時に浮かべていた縋るような類であり、それが彼女の心情をどんなものかエスティマへと伝えてしまう。

自分を父と慕ってくれるシグナム。
彼女がどれだけ健気で、真っ直ぐに育ってくれているのか誰よりも分かっているからこそ、エスティマはこれ以上彼女を歪めたくないと願っている。
しかしそれは――

「……それは」

嘘だと云えば良い。その一言で、この場を凌ぐことはできる。
しかしそんなことをすれば――けれど、そうしなければ――

「……そう、ですか」

明確な答えを出さないエスティマの姿に、シグナムは何を思ったのか。
強力なAMFが展開されようとも消えることがなかった戦意が、この瞬間、目に見えて霧散した。
レヴァンテインを握る両手からは力が抜け、瞳からは意志が色褪せ、前髪に隠れてしまう。

音を立てて崩れてゆく何か。
手が届くほどの場所まで近付いていた終着点が、またも遠のいてゆく錯覚がある。

誰かに責め立てられているわけではない。
しかし強烈な自責の念がエスティマの脳裡を黒に、そして赤へと変貌させる。
望みを絶たれ、唐突に吹き上がった赫怒の念はクアットロに対するもの。

やってくれたな。
俺が守りたいものを、よくも――!

Seven Starsを握る手に力が篭もる。
魔力を満足に扱えない状況であるというのに、Seven Starsのグリップが悲鳴を上げる。
もしかしたらそれは、Seven Starsの悲鳴だったのかもしれない。

だがそんなエスティマの心情を、クアットロが知るわけもない。
知ったことろでしたり顔を浮かべるだけだろう。

現に、

「……その顔が見たかったのよ」

先ほどまでの慇懃無礼な態度をかなぐり捨てて、クアットロは上空のエスティマへと視線を投げる。
雨に遮られても尚、その眼光は彼へと届く。
幾度も自分に辛酸を舐めさせた仇敵がどのような顔をしているのか。
滑稽な面はどんな代物なのかと、嗜虐心を剥き出しにして彼女は頬を緩めた。

「啼きなさい。あなたの慟哭は温いのよ。
 ほらほら、泣くのが好きなのでしょう?
 ああ、可哀想に。これで守りたかったものが台無し。
 薄氷を踏むように続けてきた欺瞞が砕け散って、さて、どうなるのか」

ああ愉快、とクアットロは言外に云う。
そして、

「あとは茫然自失の有象無象を殲滅するだけね」

その一言で、エスティマの思考が沸騰した。
ああ、どうすれば良い。俺は何をすれば良い。
今まで隠し通してきたものがバレた。知って欲しくなかったことを知られた。

自業自得だと分かっている。こんな局面で最悪の状況を見たくなかったら、正面から問題を解決すれば良かったのかもしれない。
けど――けれど――
俺は誰かが傷付くのを見たくなかったんだ。
笑顔が泣き顔に変わってしまうのならば、嘘を云ってでも前を向かせたかった。
そんな想いは確かにエゴで、どうしようもなく馬鹿げた願いだったのだろう。

だから見てみろ。
自分を父と慕ってくれた娘がこうも悲しんでいる。
彼女だけではないだろう。今も戦っている仲間たちは、きっとシグナムと似たような顔をしている。

なんて不様なんだ。こんな俺に何ができる。
どうすれば良い――

エスティマの思考が憤怒一色に染まる。
それはクアットロに対するものでもあり、自分に対するものでもある。
怒り一色に染まった脳にそれ以外を考える余裕などなく、ただ彼は砕けんばかりに歯を食い縛るのみ。

故に、

『完全を示す七。
 罪科を照らす七ツ星』

その手に握るSeven Starsの電子回路もまた、灼熱した。

『我が身が纏うは電流火花』

忘我の状況にあるエスティマの意志を無視し、彼女は一人、自動詠唱を行い魔法を構築する。
左腕から魔力を吸い上げ、金色のフレームを通じて純白の装甲に山吹色の紫電が走った。

『我が成すことはただ一つ。主に害成す敵を討つのみ』

それは俗に云う、デバイスがマスターの意志を離れた暴走と云われる現象だろう。
だがこの瞬間だけは違う。
ただ主のためにと、Seven Starsは主の意を尊重するために動き出す。

あの女を黙らせれば良い。一刀の元に断ち切れば良い。
ようやく手の届く場所まで近付いた平穏を、また取り上げるのか。
今まで戦い続けた主を笑うか貴様は。

それがどうしてもSeven Starsには許せないのだ。
主に声をかけられない自分への不甲斐なさもある。
こんな状況でどんな言葉を投げ掛けたとしても、おそらく主人をすぐさま戦いに復帰させることはできないだろう。
……それに、どんな言葉をかけて良いのか分からない。

自分は戦うための道具である。道具には主人を思いやる言葉など不要。
ただ傍で支えていれば良いのだと決めつけていたため、エスティマを救うための言葉も、語彙も持っていない。
だから仕方のないことなのだ。

……しかし仕方がないと云って納得できるわけがない。
何もできない。そんな自分に腹が立つ。
だからせめて、一振りの刃でしかない自分にできることを。

今まではそれで良いと思っていた。
主の強さを信じて疑わなかったため、いくら心を傷付けられようと必ず主は戦ってくれると分かっていた。
けれど違う。それは間違いなのだ。
守るべきものがあるからこそ、エスティマ・スクライアは戦い続けることができたのに。

なのに、こんな現実を一度に押し付けられてしまえば、きっと主人は泣き崩れて、きっと立ち上がることができなくなってしまう。
自分は彼の涙を拭う指を持たない。言葉も知らない。温もりですら与えてやれない。
何一つ、役に立てない。武器でしかない自分では彼の心を救ってやれない。
ことこの場に至って、初めてSeven Starsは己がデバイスでしかないことを恥じ、この上ないほどの無力感に苛まれていた。

だからせめて、武器でしかない自分にできることを。
それでエスティマの心を少しでも守ることができるのならば――

『そは光の刃。我が名を冠した光の刃』

デバイスコアに宿る感情は殺意。
おそよ機械らしくない――そもそも感情を浮かばせること自体が機械らしくない。
が、Seven Starsは混じり気のない方向性を持った意志をその身に湛え、主の身体を操り動かす。

……これが最初で最後のワガママです、旦那様。
だからお願いです。私にできることをさせて欲しい。

忘我の状態のまま、Seven Starsを肩に担いでエスティマはクアットロへと肉薄する。
AMF下でも常人には、戦闘機人ですらも認識できるかという速度で迫り――

『――紫電一閃・七星』

トリガーワードと共に、光の刃が振るわれた。
リインフォースⅡの補助なしに放たれたとは云っても、その威力は人一人を殺すのに充分すぎる威力と速度を持っている。
紫電を纏った外装は吹き飛び、射出されたように、金色の戦斧が振るわれる。
頭頂からの一撃に、光の筋と形容するのが相応しいその一撃は、

「ああ、残念」

クアットロを両断しようとした刃はしかし届かず。
何が邪魔をしたのか。それを認識する間もなく、エスティマの身体は弾き飛ばされた。
殺到した速度に叩き込まれたカウンターは痛烈であり、殴り飛ばされたエスティマは空から地へと。
剥き出しとなったコンクリートに背中から激突し、バリアジャケットのすべてはリアクターパージが行われて、爆発でもしたかのように粉塵が舞った。

衝撃と激痛。その二つにより、赫怒に染まっていたエスティマの頭がようやくまともな状態へと戻る。
しかし今度は、全身を苛む痛みによって身動きが取れない。

一体、何が――

「……これは、不味いことになった」

問に答えるような呟きは隣から。
拘束着に包まれたスカリエッティは、視線を注いだまま、彼らしくない真顔で上空を見上げている。
エスティマもそれを追い――ついさっきまで存在していなかった人影があることに、ようやく気付く。

まず目に付いたのは、両腕に一振りずつ握られた武器か。
刃は金色であり、Seven Starsと同系統のデバイスであることが分かる。
形状はブーメランなのだろうが、大振りな刃はエスティマに断頭台を連想させた。

それを手に取る者は戦闘機人。今まで一度たりとも戦場に出てこなかった、ナンバーズのⅦ番だ。
ヘッドギアを額に取り付け、今はその両脇から白煙を噴き上げている。おそらく冷却を行っているのだろう。
新しい敵が現れた。都合が悪いことこの上ないが、それはまだ良い。

それよりも、何故今の一撃が防がれた?
あり得ない、とエスティマは云う。
確かに彼に意志はなく、彼だからこそ放てる太刀筋や速度は刃に込められていなかった。
リインフォースⅡがいなかったため、技自体も不完全だったと云える。
しかし、だからと云って――

紫電一閃・七星を、"発動した後に"割り込んで、切り払った?
馬鹿げている。
確かに接近したエスティマは稀少技能を使っていなかった。彼だけならば、捉えることは可能だろう。
しかし放った斬撃は、大気の壁を易々と突破できる速度と、それを行えるだけのエネルギーが秘められていたのに。

……速度で、負けた?

エスティマ・スクライア最大の武器である速度。
それを上回れる者が存在しないわけではない。
リミットブレイクを使ったフェイトは瞬間的に上回ることができるかもしれない。
最後の戦いでトーレが見せた速度も明らかにエスティマを越えていた。
しかし、気付けず、目で追うことすらもできないだなんて。

「ああ、気落ちしなくても良いよエスティマくん。
 あれは、私が君を倒すために生み出したType-R。
 速さのジャンルが違うのさ」

「ヅッ……、どういう、ことだ」

痛みの発生源となっている脇腹を押さえながら、制服姿のエスティマはSeven Starsを支えにして立ち上がる。
黒いデバイスコアは何を思うのか。申し訳なさそうにコアを鈍く瞬かせるのみで、彼女は一切言葉を発しない。

パイプ椅子に座ったままのスカリエッティは、その顔に疑問を浮かべながらも、律儀にエスティマの質問へ回答を向ける。

「IS、スローターアームズ・オーバーライド。
 短距離連続転移能力、とでも云えば良いのか。
 今は講義のできる状況じゃないのが残念でならないが……。
 しかし、腑に落ちないね。
 私がセッテを残してきたのは、誰にもあの子を完成させることができないと踏んだからなのだが、さて」

「ああ、それはね、ジェイル。
 慢心と云うものだよ」

不意に、子供特有の甲高い声が二人のやりとりに割り入った。
空気の抜けるような音と共に、クアットレスⅡの上部ハッチが展開する。
そしてその中から、小柄な影が迫り上がってきた。
白衣を纏った子供。その下にはカットシャツと、サスペンダーの取り付けられた短パンが。
お世辞にも良い趣味とはいえない服を着た少年は姿を現すと、金色の瞳を丸く開いて眼下の二人を眺め見る。

耳を隠すていどに伸びた髪は整えられており、未だ二次性徴に達してはいないのか、顔立ちは中性的で可愛らしいと云える。
しかし、三日月のように弧を描いた口元が原因で、それは子供特有の嗜虐的な方向へと変貌していた。

嫌な笑み。そう思ったのは、彼の隣に立つクアットロと笑顔が良く似ているからかもしれない。
その上、エスティマはどこか顔にスカリエッティの面影があるような気がしてならなかった。

彼は大仰に一礼すると、笑みをそのままに口を開く。

「初めまして、お二人方。
 世間を騒がす有名人二人を同時に見られるとは、光栄の極みだよ。
 まぁ、お世辞はこれぐらいにして。
 どうだい、ジェイル。悪くないだろう?」

そう云い、少年はセッテを手で指し示す。

「君が放置した彼女は、ボクが完成させたのさ。
 完璧とは言い難いけれど、それでも、彼を倒すには充分なスペックを持っていると思うね」

「……なるほど、確かに。
 私ならば、完成させられる、か」

「そういうことさ。
 ああ、自己紹介が遅れたね。
 ボクの名はオルタ・スカリエッティ。
 オルタと呼んでくれてかまわないよ」

オルタ、と名乗る少年のファミリーネームを聞いて、ようやくエスティマは合点が入った。
……そういうことか。
そもそもがおかしな話だったのだ。
いくら裏切ったとはいえ、クアットロがスカリエッティを殺すのは都合が悪い。
もし殺すのならば彼に変わる別の首領が必要である。だから結社はスカリエッティの殺害ではなく奪還を目的に動くと、管理局は考えていた。
しかし実際はどうか。もしはやてが守らなければスカリエッティは間違いなく死んでおり、そこから、結社が――クアットロが――スカリエッティを不要と断じていると分かる。
それが不可解であったが、今この瞬間、合点がいった。

もはやジェイル・スカリエッティは結社にとって不要であり、その処分をするためにクアットロたちは攻め込んできたのだ。
それが叶わなくとも、次の展開は容易に想像できる。
管理局が後手に回るのはいつものことだが、それにしたってこの状況は不味すぎる。

エスティマが思い至ったことは、無論、クアットロたちも分かっているのだろう。
クアットロは彼女に似付かわしくない手つきでオルタの頭に手を乗せ、薄く笑った。

「分かりましたか、ドクター。
 あなたはもう、本当に不要なのですよ。
 都合の悪い情報を漏らされるよりは、と思っていましたが……」

エスティマへとクアットロは視線を動かす。

「エスティマ様が更なる地獄をお望みのようですから、見逃してあげましょう。
 さあ、どうぞ。私たちを捕まえたいなら、ご勝手に」

そう言い残して、クアットロとオルタを乗せたクアットレスⅡと、セッテの姿が陽炎のように揺らめく。
逃がすか、という意気はあるが、それを実行できるだけの力が残っていなかった。
どんな攻撃でも直撃を受けてはいけないタイプの魔導師であるエスティマにとって、セッテから受けた一撃は戦闘続行が不可能になるだけのダメージがあったのだ。

歯を食い縛りながら、エスティマは消えゆくクアットロを眺めることしかできなかった。
それを切っ掛けにして、六課で上がり続けていた戦闘音が徐々に減ってゆく。
おそらく、他のType-Rやルーテシアも撤退したのだろう。
ガジェットだけは残っているのか、桜色の砲撃魔法と金色の光が夜空を舞っていた。

……終わった、のか。
胸中で呟いたその一言で、全身から力が抜ける。
膝が勝手に抜けて尻餅を着くと、そのままエスティマは倒れ込んだ。

雨に打たれるまま天を見上げる。
その隅には所在なさげに宙に浮かんだシグナムの姿があった。
Seven Starsは沈黙したまま、何一つ喋らない。
拠点としていた六課は廃虚と云っても差し支えない状態で、施設にあった愛着ごと破壊しつくされている。
そして、この目で確かめるまでは分からないが、仲間たちも――

「……はは」

「エスティマくん?」

掠れた笑い声が洩れ、それにスカリエッティが反応した。
髪を雨に濡らした彼は、計るような瞳を向けてくる。
それに触発されたというわけではないが、エスティマは皮肉げに口の端を歪めた。

最悪の状況とはこのことを云うのだろう。
自らも満身創痍で、おそらく仲間たちも全力で戦える状態ではない。
だのに、これから間を置かず、自分たちは全力を出し切る戦いをしなければならない。

わざとクアットロがジェイル・スカリエッティを見逃したのには、理由があるのだ。おそらく。
もしエスティマの読みが正しければ、これは罠だ。
ジェイル・スカリエッティによって結社の本拠地がどこにあるのかは割れている。
そこに攻め込んでこい、とクアットロは云っているのだ。
この満身創痍の部隊で。

もし攻め込んでこないのならば、クアットロは身を眩ませて結社は体勢を立て直し、泥沼の闘争が始まる。
今までの戦いはリセットされ、また一からの出発となるのだ。
それを防ぐためには、今すぐクアットロとオルタ、残ったType-Rをすべて捕まえなければならない。

が、それを成すにはあまりにも戦力が心許なく――

「これで、この程度で……」

だからどうした、とエスティマは笑う。

「クアットロ……舐めたな、俺を」

そもそも彼に諦めるという選択肢は存在しないのだ。
平穏を望む。日常に戻りたい。
その欲求が人一倍強い彼に、戦いを避けることなどあり得ない。

更なる地獄を見せると奴は云った。
だが、地獄ならずっと見てきた。
今までの地獄が生温いと云ったが、それは間違いだ。
身近な人たちが減ってゆくのが最もエスティマにとって避けたい状況であり、忌むべきことである。
ならば、こんな――それが罠だとしても明確なゴールが設定された状況は、むしろ望むところだった。

「……舐めたな、俺たちを」

そして、エスティマは一人ではない。
確かに仲間たちは戦える状態ではないのかもしれない。
しかし……ずっと共に歩んできた彼女らが折れることはないだろう。
それに、力を貸してくれる存在は彼女たちだけではない。
更なる地獄を見せると云うのであれば、それを持ちうるすべてで打ち砕いてやろう。

手で顔を覆い、エスティマは軋む身体をゆっくりと起こす。
そして顔にべったりと貼りついた雨を拭うと、そのまま立ち上がった。



















地上本部の執務室で、レジアス・ゲイズは届いた報告に顔を俯けていた。
磨かれた執務机に映る彼の顔は土気色で、額には脂汗が浮いている。
机上に投げ出された両手は血管が浮くほどに握り締められており、遣り場のない感情が、それを細かく震わせていた。

「……もう一度、頼む」

『……はい。結社の襲撃により、オーリス・ゲイズ査察官が瀕死の重傷を負いました。
 現在治療中ですが……』

濁された言葉尻が、どれほどオーリスの様態が悪いのかを伝えてくるようだった。
通信相手は先端技術医療センターの医師。映像はなく、音声のみでの会話が続いている。
聞こえてくる、普段はハスキーなのであろう女の声も沈痛な色が濃い。

オーリスが死に瀕してる。その事実だけで、レジアスの脳裏には娘のことが走馬燈のように過ぎ去った。
オーリス。仕事にかまけていたせいか、やや遅めに授かった自分の一人娘。
だからだろうか。待望の子供ということで、目に入れても痛くないほどの愛情を娘には抱いていた。

育児は決して楽なものではなかったが、秘書として自分の傍にいるオーリスを見れば、良い女に育てることができたという自負が湧き上がってきた。
仕事はできる。気だても良い。何より美人だ。
その上、こんな頑固な親父を見捨てず、理想に付き合ってくれる父親想いの娘でもある。

性格やプライドが邪魔をして普段はあまりオーリスに構うことはないが、しかし、彼女に向ける愛情に嘘偽りは一切ない。
違法行為に手を染めて、迷走を繰り返した人生だったが、それだけは胸を張って云えるだろう。

手塩にかけて育て上げた、大事な大事な愛娘。
それが今、六課の襲撃に巻き込まれ、生死の境を彷徨っているという。

八つ当たりじみた怒りがいくつも胸中に渦巻いてはいるが、それを気にしたところでどうにもならない。
今は娘を助けることが――しかし――

「オーリスを、助ける手段は……」

『……いくら魔法があるとは云っても、医療技術には限界があります。
 ただ――』

そこから急に、受話器から聞こえる医師の声が小さくなった。
何事だ、とレジアスが思うと、

『違法とされている、結社の技術ならばあるいは。
 オーリス・ゲイズさんを助けられるかもしれません。
 ここだけの話、私はちょっとした伝手がありましてね』

どうしますか? とレジアスは問われる。
違法手段――それも、敵対している組織に頼れというのか。
局員が結社と通じているとは、と思いはするも、それは後回しだ。
今のレジアスには、オーリスのことしか頭にはない。

頭にはないが――

「……それは」

『それは?』

「……それは、できん」

断腸の思いで、レジアスは断言した。
そうだ。それだけはいけない。やってはならない。
そもそも結社に頼ることが、というのは置いておいて、だ。

レジアスには一つの誓いがある。
一度はそれを破り、その代償として友を失いかけたこともある。
その友人は生きてはいたが――しかし、あの時のような思いを二度もするわけにはいかない。
過ちを繰り返してはならない。

エスティマ・スクライア――彼との誓いを裏切ってしまえば、もう二度と友に顔を向けることはできないだろう。
……だからと云ってオーリスを諦めるつもりはない。
友との誓いも、オーリスも救ってみせる。
頑固な爺だろう。この歳になってもやっていることはワガママな子供じみている。
しかし、それにずっと着いてきてくれたゼストやオーリスの心を踏みにじることだけは、絶対にしたくなかった。

おそらく、エスティマならばこう云うだろう。
心を弄ぶ人間は屑だ。死ねばいい。

ああそうだ、と、この時だけは、その青臭い極論にレジアスは同意できた。

レジアス・ゲイズという人間はそもそもからして、熱意だけで今の地位までのし上がってきた人間なのだ。
ならば、その熱意を――自分以外の者が同じく抱く想いを踏みにじっては、初心を忘れて迷走しているのに他ならない。

土気色だったレジアスの顔に、血の気が戻る。
そして額の汗を手の甲で拭うと、咳払いを一つして、通信端末に声を向けた。

「……馬鹿げたことを云うな。
 お前の名はなんだ。結社と繋がりがあるというのなら、都合が良い。
 今から逃げても無駄だ。貴様という膿を管理局から叩き出してくれる」

レジアスがそう言い切ると、僅かな間を置いて通信機から微かな笑い声が洩れた。
不快なもの――ではない。
その声は、レジアスが良く知ったものであり、ここ十年近くは一度も聞いていなかったからだ。

『その言葉が聞きたかった』

執務机の上に、ずっと展開されていなかった画面が開く。
その向こう側にいるのは、ゼストとアギトの二人だった。
おそらく、レジアスと会話を続けていたのはアギトなのだろう。

ゼストは通信越しにレジアスを見詰めながら、口元を緩ませている。
ずっと見ることができなかった友人の笑みに、レジアスは瞬きをした。

『ああ、レジアス。お前の答えを聞かせて貰ったぞ。
 今度は間違えないでくれたな。
 その心意気に、俺はもう一度応えよう』

云いながら、ゼストはデバイスをセットアップする。
出現したのは金色に輝く、Seven Starsと同系統のレリックウェポン専用武装。
それを肩に担いで、ゼストは目を細めながら、強い意志の滲む声を放った。

『これから俺は、結社の拠点の一つを制圧し、医療機器を接収する。
 ……まるで強盗だな。こういう形でしか俺は力になってやれん。すまんな、レジアス』

「……良いんだ、ゼスト」

痺れすら感じそうになる目頭の熱に耐えながら、レジアスはそれだけを零した。
その様子を再び苦笑し、しかし、とゼストは呟く。

『……エスティマには謝らなければな。
 あれは、俺を戦力の一つとして数えられているだろうに』

『ああ、そっちにはアタシが行くから、旦那は友達を助けてあげなよ。
 天下の純粋融合騎が味方になれば、アイツも文句云わないって』

『そう、か……すまん、アギト。頼むぞ。
 それでは、レジアス。俺はもう行く。
 お前は自分の仕事に専念しろ』

「……ああ」

返事に応えると、ゼストからの通信はぷっつりと途切れた。
ディスプレイの浮かんでいた空間にしばらくの間視線を注ぎ、目を瞑ると、レジアスは気を引き締めた。
……信じているぞ、ゼスト。

その一言をこの場にいない友へと向けて、彼はこれから始まるであろう結社本拠地への戦いに備えるべく、その重い腰を上げた。






















半壊した六課の隊舎の中、ブリーフィングルームに各隊長たちとフェイトは集まっていた。
彼女たちから聞いた隊員の様子を頭に入れながらも、エスティマにはこれから仕掛ける戦いを避ける選択肢は存在しない。
六課はほぼ廃虚と化し、怪我を負ったスタッフも少なくない。
行方不明者も居て――その中の一人に、ヴィヴィオの名がある。おそらくは攫われたのだろう。

Type-Rと戦闘を行ったティアナとスバルの二人は、共に負傷しているが治療して実戦に戻ることは可能。
キャロもダメージらしいダメージはないが、問題はエリオか。
はやて曰く、突き付けられた真実に空元気を装いつつも、ふさぎ込んでいるらしい。シグナムは云わずもがな。
その一方で、同じくクローンであると知らされたフェイトは、エスティマが想像していたような状態ではなかった。
むしろどういうことか、いつにも増してこちらに向ける視線に熱が篭もっているようでもある。

フェイトが何を考えているのか知りたくはあったが、今は時間がない。
ブリーフィングルームに集まった面々を眺めて、エスティマは小さく頷いた。

「まずは、防衛戦ご苦労様。
 散々な有り様だけど、これからもう一戦やる羽目になる。
 ……もし戦わなければ、結社との抗争はまず間違いなく泥沼化するだろう。
 それを防ぐためにも、すぐに連中の本拠地を叩く必要がある。
 ……絶対に楽な戦いじゃない。けど、もう少し付き合ってくれ」

それに対する反応は、どれもが一緒だった。
なのはは、何を今更と。
フェイトは、どこまでもついて行くと。
はやては、当たり前だと。

その反応を見て、エスティマは小さく笑った。
これから行う戦いがどれほど過酷か分からない連中ではないだろうに、それでも付き合ってくれるだなんて。

腹に力を込めて、エスティマは表情を引き締めた。
そして改めて、彼は部下たちに視線を注ぐ。

「……良し。
 時空管理局結社対策部隊部隊長、エスティマ・スクライアが命令する。
 ――死力を尽くし、勝ってこの戦いを終わらせるぞ」

対する返事は、了解、という言葉。
だがそこに込められた感情は事務的なものではなく、エスティマの決意に応えようとする意志が見て取れた。

そんな彼女たちの顔を見て、ああ良かったと、心の底から思えてくる。
彼女たちと知り合えて良かった。
彼女たちだけではない。自分に関わるすべての人たちと笑い合える日々が、この戦いの向こうに待っているのならば。
それはきっと、死力を尽くしてでも手に入れるだけの価値がある。

……この戦いを終わらせて、俺は。
今この時こそ、エスティマは明確なヴィジョンを描く。
レジアスに云ったことに間違いはない。
しかしそれに追加することとして、この六課に揃った皆と笑い合い、生きてゆきたいという願いがある。
それを叶えるためにも――ずっと止まっていたそれぞれの時計を進めることにしよう。

そして今度こそ手に入れるのだ。
もう二度と迷わない。
自分はこの先にある、皆と笑い合い、幸福に過ごせる未来を目指している。
皆はそれぞれ、望む未来を目指すと良い。


















未だ、雨は止まず。
喧噪の中、怪我人の搬送が進む六課の片隅で、俯きながら啜り泣く一人の少女がいた。
名を、シャリオ・フィニーノ。
彼女が涙を流している理由は単純であり、深く考える必要もない。
そう長い時間を過ごしてきたわけではないが、それでも愛着のある隊舎がこの様で、毎日顔を合わせていた者たちが怪我をした。
だというのに自分は無傷で、何もできず、今はこうして泣くことしかできない。

不様と云えば不様だろう。
魔導師でない彼女には戦う力が備わっていない。
持っている力は技術者としてであり、それはまるで戦闘に役立たないものだ。
普段の彼女ならば戦闘などジャンル違い、自分の戦いは――と胸を張って云えただろうが、こうも無惨な現実を押し付けられては強がることもできなかった。

どうすれば良い? 何をすれば良い?
自分に何ができる?

デバイスの整備か。
それをしたところで、これから始まる最終決戦には間に合わない。
時間がないのだ。行えて一機。その取捨選択を行えるほどの冷静さが、今の彼女にはなかった。

デバイスを整備しようにも、もし自分が選ばなかったデバイスが負けてしまったら――
そう考えてしまったら、何もしない方が良いとすら思えてくる。
敗北主義者じみた思考はこの上なく惨めだが、それに安堵してしまうほどに今の彼女は打ちのめされていた。

悲しいことを悲しいと思えるのは彼女の美徳であり、それ故、普通の人としてシャリオは足を止めていた。

――そんな彼女に、唐突に念話が届く。

『やぁ、こんにちは』

声の主を彼女は知っている。
ジェイル・スカリエッティ。エスティマが捕まえた犯罪者。
今は拘束され、魔法の一つも使えない彼が何故念話を送れるのだろうか。

そんな疑問が湧いてきたが、しかし、彼女に反抗するだけの余力はなかった。
六課はこの様だ。彼を拘束している装備も破損していたっておかしくはない。

『この部隊の技術顧問であるシャリオ・フィニーノくんだね。
 一つ、君に頼みたいことがある。
 何、悪い話ではないよ。むしろ、君たちにとっては良いことだ。
 ……君は優秀だね、シャリオ。
 私の生み出したデバイスを把握し、機能拡張を行い、その上AMFCなどという愉快なものまで考え出した。
 素晴らしい、と云える。デバイスというジャンルに限れば、君は私と同等かそれ以上の才能があると見ているよ』

……だから何?
ようやく動き出した頭から洩れたのは、自嘲であった。
いくらデバイスを弄るのが人より上手くとも、見てみると良い。自分は何もできない。
無力とはこのことだろう。
笑いたいならば、笑え。

そう思うシャリオであったが、スカリエッティは尚も念話を続けた。
届く口調は彼特有の酷く苛立ちを煽るものであったが、しかし、その中に真摯さがあるような気がするのはどういうことだろう。

『そんな君に一つ、取引を持ちかけたい。
 AMFCという切り札を完成させたくはないかね?』

その一言に、シャリオは伏せていた目を見開いた。
そんなことが出来るのならば――否、そんなことは――

『君の着想は正鵠を得ている。理論は完成していると云って良い。
 問題なのは、私が不良品のまま放置してしまったエスティマくんの方だからね』

出力が足りないんだろう?
そう、スカリエッティは云う。

そうだ。
リインフォースⅡとユニゾンしたエスティマの使う、AMFC。
それの理論は完成しているというのに、発動に成功したことは一度だってない。
何故か。それは、AMFCを正常作動させるための魔力が足りないのだ。
今までは自分の理論が間違っていると思っていたが、突き詰めれば答えはなんとも馬鹿げていた。
最高位の魔力を持つエスティマですら発動できないのならば、これはただの欠陥品。切り札とはなり得ない。

しかし、スカリエッティはそれを完成させると云っている。
シャリオが理解している欠点を指摘した上で、だ。

『私が望むことはただ一つ。
 これより始まる最終決戦を、是非見せて欲しいのだよ。
 一人の観客として、終焉と開幕をこの目に焼き付けたい。
 だから、ああどうか、叶えてくれたまえ』

――そんなことで良いのならば。
それで、皆の力になれるのならば。

知らず知らずの内に、シャリオは頷いていた。
それをどこかで見ていたかのように、スカリエッティは満足げな返事を寄越す。

『ならば私は、君に戦局に一石を投じられる力を与えよう。
 ツインドライヴ……レリックウェポンと戦闘機人、その極みとも云えるシステムをね』

それを呟くスカリエッティに悪意はない。
勿論、善意もないが。

彼は言葉の通りに、この戦いの終局を眺めたいだけなのだ。
しかし囚われの状態でそれは不可能である。
それ故に――誰でも良かったのだが、シャリオへと念話を送ったのだった。

それに、一つの懸念がある。
セッテ。紫電一閃・七星を捌いたことから分かる通り、あの機体を相手にしては、流石のエスティマも分が悪い。
無論スカリエッティはエスティマの勝利を信じて疑ってない。
が、信じるだけで勝利を収めることができるのなら努力も根性も技術も必要ではなくなる。

――ならば、せめて最後に贈り物を。
これは君の人生を眺めさせて貰うための料金さ、エスティマくん。

だからどうか、君の勝利をこの私に見せて欲しい。
勝利を手にした君が何を選び、どう生きてゆくのか。

楽しませてもらうよ。

――喝采はない。喝采はない。

今の彼はただ、大好きな歌劇の開幕を心待ちにする子供そのままである。









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