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No.7038の一覧
[0] リリカル in wonder Ⅱ【完結】[角煮](2010/05/11 14:32)
[1] カウントダウン5[角煮](2009/03/07 02:30)
[2] カウントダウン4[角煮](2009/03/12 10:38)
[3] カウントダウン3 前編[角煮](2009/03/30 21:47)
[4] カウントダウン3 後編[角煮](2009/03/30 21:49)
[5] カウントダウン2[角煮](2009/03/30 21:46)
[6] カウントダウン1[角煮](2009/04/25 13:06)
[7] カウントダウン0 前編[角煮](2009/05/06 20:21)
[8] カウントダウン0 後編[角煮](2009/05/06 20:23)
[9] sts 一話[角煮](2009/05/06 20:33)
[10] sts 二話[角煮](2009/05/20 12:15)
[11] 閑話sts[角煮](2009/05/20 12:15)
[12] sts 三話[角煮](2009/08/05 20:29)
[13] sts 四話[角煮](2009/08/05 20:30)
[14] sts 五話[角煮](2009/08/05 20:27)
[15] sts 六話[角煮](2009/08/09 11:48)
[16] sts 七話[角煮](2009/08/28 21:59)
[17] sts 八話[角煮](2009/08/20 21:57)
[18] sts 九話 上[角煮](2009/08/28 21:57)
[19] sts 九話 下[角煮](2009/09/09 22:36)
[20] 閑話sts 2[角煮](2009/09/09 22:37)
[21] sts 十話 上[角煮](2009/09/15 22:59)
[22] sts 十話 下[角煮](2009/09/25 02:59)
[23] sts 十一話[角煮](2009/09/25 03:00)
[24] sts 十二話[角煮](2009/09/29 23:10)
[25] sts 十三話[角煮](2009/10/17 01:52)
[26] sts 十四話[角煮](2009/10/17 01:52)
[27] sts 十五話 上[角煮](2009/10/17 01:51)
[28] sts 十五話 中[角煮](2009/10/21 04:15)
[29] sts 十五話 下[角煮](2009/11/02 03:53)
[30] sts 十六話 上[角煮](2009/11/10 13:43)
[31] sts 十六話 中[角煮](2009/11/19 23:28)
[32] sts 十六話 下[角煮](2009/11/27 22:58)
[33] ENDフラグ はやて[角煮](2009/12/01 23:24)
[34] ENDフラグ チンク[角煮](2009/12/15 00:21)
[35] ENDフラグ なのは[角煮](2010/01/15 15:13)
[36] ENDフラグ フェイト[角煮](2010/01/15 15:13)
[37] sts 十七話[角煮](2010/01/08 19:40)
[38] sts 十八話[角煮](2010/01/15 15:14)
[39] sts 十九話[角煮](2010/01/21 20:26)
[40] 幕間[角煮](2010/02/03 21:17)
[41] sts 二十話 加筆 修正[角煮](2010/02/03 21:18)
[42] sts 二十一話[角煮](2010/03/10 23:25)
[43] sts 二十二話[角煮](2010/03/11 19:00)
[44] sts 二十三話[角煮](2010/03/12 17:41)
[45] sts 二十四話[角煮](2010/03/13 18:23)
[46] エピローグ[角煮](2010/03/14 20:37)
[47] 後日談1 はやて[角煮](2010/03/18 20:44)
[48] はやてEND[角煮](2010/04/18 01:40)
[49] 後日談1 フェイト[角煮](2010/03/26 23:14)
[50] 後日談2 フェイト[角煮](2010/03/26 23:14)
[51] フェイトEND[角煮](2010/03/26 23:15)
[53] 後日談1 なのは[角煮](2010/04/19 01:27)
[54] 後日談2 なのは[角煮](2010/04/18 22:42)
[55] なのはEND?[角煮](2010/04/23 23:33)
[56] 後日談1 チンク[角煮](2010/04/23 23:33)
[57] 後日談2 チンク[角煮](2010/04/23 23:34)
[58] 後日談3 チンク[角煮](2010/04/23 23:34)
[59] チンクEND[角煮](2010/04/23 23:35)
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[7038] sts 十八話
Name: 角煮◆904d8c10 ID:4dc5c200 前を表示する / 次を表示する
Date: 2010/01/15 15:14

「呆れ果てましたよ、ドクター。
 よりにもよってその手を選びますか」

結社の情報網に引っかかった、ジェイル・スカリエッティの出頭という知らせを聞いて、ナンバーズの四番、クアットロは呆れと怒りのブレンドされた溜め息を吐いた。
現在の彼女は以前とは違った容姿をしている。
特徴的な丸めがねは外され、編まれていた三つ編みは解かれて背中へと流れている。
漂っていた野暮ったさは消え、ここにいるのはややキツ目の美人といったところか。

そのクアットロはスカリエッティが捕らえられた報を聞き、舌打ちする。
おかしいとは思ったのだ。昨晩からスカリエッティと共にウーノとセインが消え、結社ではちょっとした騒ぎになっていた。
蓋を開けてみれば、セインの能力を駆使して、施設の電子設備を掌握したウーノがそれをサポートし、三人で管理局へと向かったというわけだ。

もし出頭などしようと知られたら、自分たちに拘束されるのを考えての行動だ。
ならばこれは誤情報などではなく、意図的にスカリエッティが捕まったことを意味している。

が、

「……まぁ、都合は悪いですが良い機会です。
 時計の針を進めたのはあなただけではないんですよドクター」

時計の針。
それは結社と管理局の戦いを示す代物を指している。
スカリエッティはおそらく、この戦いを不要と断じてこんな真似をしたのだろう。
そう、クアットロは考えている。

今回の件でクアットロとスカリエッティの間にある価値観の溝は決定的となった。
スカリエッティの望むものとクアットロの望むものは似ている。
生命創造技術の完成。しかし、その方向性がまったく別のものだと定まったのだ。

エスティマ・スクライアという人物をサンプルとして生命創造技術を完成させるか。
今のまま結社を使い、兵器という方向での生命創造技術を完成させるか。

この違いが出てしまったからこそ、今の状況になったのだろう。
つまりスカリエッティは今まで積み上げてきたものを自らの目的には不要と断じて、切り捨てたのだ。
ナンバーズをすべて管理局の下へ送らなかったことに違和感は残っているが、小さなこと。
餞別としてありがたく使わせてもらうとしよう。

くすり、とクアットロは小さく、しかし深い笑みを浮かべた。
いらぬものに染まりきって、遂には心――そんな不確かなものを自分の夢に必要だと思ってしまったのか。
馬鹿馬鹿しい。自分たちがそうであるように、作られた命なぞ目的を持って生み出された瞬間に、方向性は定められているのだ。
そう、機械のように。
人の願った、人間以上の存在を造り上げる技術。
人間以上であることを願われたのだから、人間性など不要でしかない。

あくまでも人は人でしかないと思うスカリエッティと、クアットロの違い。
どうしてここまで価値観に違いができてしまったのか――それはおそらく、己にどれだけの価値を見出しているかの違いだろう。
戦闘機人であることを、トーレとはまた違った、人間よりも自分たちは上位に位置する存在だと思っているクアットロ。
そんな彼女が人間性に重きを置くはずがないのだから。

「そうでしょう。ねぇ、坊や?」

ぽつり、とクアットロは呟きを漏らす。
それを聞いた者は、小さく頷きながらこの上ない笑みを浮かべた。












リリカル in wonder










広域指名手配犯、ジェイル・スカリエッティの出頭。
未だマスコミなどには洩れていないものの、その突然舞い込んだ知らせに、交換意見陳述会が終わって一息吐いていた各部隊は衝撃を受けた。
まず、ついさっきまでエスティマと一緒にいたレジアス・ゲイズは椅子からずっこけたあとに各部隊に六課を中心とした非常形態警戒態勢を発令し、出頭したスカリエッティを護送すべく部隊を動かし出す。

そしてその指名を受けた部隊の中には、ゲンヤの108陸士部隊もあった。
シグナムとギンガを始めとした、ガジェットを相手に戦える戦力をまとめて六課に急行する。
それは他に呼び出された部隊も変わらず、その中にはヴァイス・グランセニックの姿もある。

一方、六課。
唐突にフル稼働状態となり忙しない隊舎の廊下を、八神はやては一人、歩いていた。
大急ぎでまとめた資料の収まるバインダーを小脇に抱えて、現在、最も警備が厳重であろう区画の奥に進む。
そしてドアの前に立っていたザフィーラに小さく会釈をし、はやてはその奥にある一室へと足を踏み入れた。

部屋の中には椅子に座り、拘束着に身体を縛られた一人の男がいる。
濃い紫の髪は雨に濡れたせいか半乾きで、癖っ毛のように跳ねている。
拘束された彼は部屋に入ってきたはやてに気付いたのか、俯いていた顔を上げた。

そして眼が合うと、にたり、と真っ先に不快感が背筋を走るような笑みを彼は浮かべた。
自分を人ではなく物として見られているような錯覚があったのだ。
その怖気を抑えながら小さく息を吐いて、はやては口を開いた。

「……私は時空管理局ミッドチルダ地上部隊所属――」

「八神はやて捜査官、だね。
 初めて顔を会わすというわけではないのだ。そう畏まらなくても良いのだよ?
 ああしかし、美人になった。いや、可愛らしいという方が相応しいかな。
 やはり映像ではなく、直に見るものだねこういうものは」

「……不要なことを喋らんようにな」

眉間を人差し指で押さえながら、はやてはバインダーを開きつつ、スカリエッティの口にしたことを思い出す。
そう。この男と顔を合わせたのは初めてじゃない。
結社設立の際、エスティマと共にこの男と対峙したのだ。
あの時のスカリエッティはエスティマしか眼中にないと思っていたのだが、しっかりと覚えていたのか。

……それにしてもこの男。
捕まったというのにまるで緊張感がない。
拘束着で自由を奪われてはいるものの、椅子に座る様子は微塵も苦しさを見せていない。
今さっきの会話からも、焦りや後悔といったものを感じ取ることができなかった。
治療を施され頬に貼り付けてあるガーゼも、微塵も痛々しさを想起させず。

自ら捕まりきたというのは本当なのだろう。喜び勇んで管理局に下ったのだろう。
だから、エスティマは――

口の中で脣を僅かに噛み締め、はやてはスカリエッティを見据えた。
射抜くような視線を向けられても尚、スカリエッティの態度は変わらない。
次はどんな言葉を向けられるのかと、心待ちにしているようだ。

……今になって実感した。これはエスティマも嫌いになるわけだ。
まるで手応えがない。中身がスカスカのサンドバッグを一人で殴っているような気がしてくる。
どんなことをしても、この男はその状況を楽しんでしまうのではないだろうか。

そんな得体もないことを考えながら、はやてはどうしたものかと口を開いた。

「で、や。ジェイル・スカリエッティ。
 あんたはナンバーズを二人も引き連れてわざわざ出頭しにきてくれたわけやけど、これはどういうつもりや?」

「どういうつもりも何も……そのままだが?
 ああ、あれかね。君もエスティマくんと同じで、私が捕まったことを喜びたくない類の人間かな?」

「……まさか。私としては素直に喜びたいんよ。
 あんたの行動に裏がないならな」

そう。
はやてはエスティマと違う。
スカリエッティがこうも呆気なく捕まったことに腹立たしさはあるも、彼とは執念の濃さが違うのだ。
はやてからすれば、ようやくエスティマの心を蝕む元凶がなくなると嬉しくすら思っている。
が、それは言葉に出した通り、裏がない場合に限る。

自ら捕まるなんて馬鹿げたことで自分たちの部隊長を動揺させて、この馬鹿は次に何をするつもりなのか。
とてもじゃないが冷静とは云えない今のエスティマでは、それを聞き出すことができないだろう。
故にこうやって、はやてが出向いてきているのだった。

「ハハ、裏などと」

が、スカリエッティはそんなものは存在しないと笑う。
本当にそうだろうか。
ならば何故、結社を放り投げて出頭などをしたのだろう。
それを聞き出すことがはやての仕事であり、今のエスティマのためにしてやれる唯一のことだった。

「……まず、聞こうか。
 なんで捕まろうなんてする気になったんや。
 結社なんて大層なもんを作っておいて、それの中心であるあんたが抜けたら、瓦解するのも目に見えてるやろ?
 それが分からないことには、私らはあんたを信用できへん」

「いきなり核心を突いてくるか。なるほど、悪くない。
 が、君に私を理解できるのかね? まぁ、良い。知りたいというのならば教えてあげよう」

見ている側が不愉快になるような、余裕を持った笑みを浮かべて、スカリエッティは天井を見上げる。
蛍光灯を眩しげに見詰めながら、彼は茫洋とした口振りで、己の胸中を吐露しだした。

「まずは私の身の上から説明してあげよう。
 正直教えなくとも良いのだが、ああ、君はエスティマくんの友人だ。無下にはできまい。
 懇切丁寧に、私という人物を把握できるよう、解説してあげようじゃないか」

そこから、スカリエッティの誕生、その内に宿り続けている無限の欲望に対する説明が始まる。
アルハザードの技術を使用して生み出されたスカリエッティには、一つの生物として方向性が定められている。
無限の欲望。その色を満たしているのは、生命創造技術に対する探究心だ。
誰かに刷り込まれたのか。それとも自分で抱いた夢なのかは分からない。
が、スカリエッティとはその渇望を一つの核として活動する生物なのだ。

これが、前提。人の形をとっていながら、その思考形態が常人とは違う。
スカリエッティという単体の生物を見れば"そういうもの"として認識できるだろうが、彼は人の形をとっている。
故に、彼は生まれながらの狂人というべき存在なのだ。人の皮を被りながら、その中身は人ではない。
人としておかしいだろう。一つの欲望へ忠実に突き進み、他のことを些末事と切り捨てるその生き方は。
これはエスティマにも云えることだが、しかし、彼の場合は狂気の淵に立って変容した後天的な精神構造である。
"そういうもの"として生み出されたスカリエッティに限りなく近いが、別の存在と云えるだろう。

ともあれ、スカリエッティは常人ではない。常人として生まれていない。
こうあるべき、という形を定められ、それを果たすべく突き進んでいた彼が、なぜ出頭などしたのか。
その話が、ようやく始まる。

「魅せられたのだよ」

「魅せられた?」

「そう。私はエスティマ・スクライアという一つの個体に魅せられた。
 私と同じ、作られた命にね」

「ちょ、ちょっと待って!」

「何かな?」

「……作られた命? エスティマくんが?」

はやてにとって、それは初めて耳にすることであった。
エスティマの家庭環境について彼女が知っていることは、幼い頃に母親から捨てられたということだけだ。
妹のフェイトと生き別れになって……と。
はやてが聞いているのはそれだけである。

故に、今の発言は寝耳に水だった。

そして、そんなはやての様子を、さも愉快げにスカリエッティは笑う。

「調べてみると良い、八神はやて捜査官。
 アリシア・テスタロッサの出生記録と、フェイト・テスタロッサ。そしてエスティマ・スクライアのをね。
 ……噛み合わないだろう?
 還暦に手が届く老婆の息子と娘にしては、幼すぎる。
 公式記録では……ああ、捏造されていたんだったね。
 ハハ、失礼。忘れてくれたまえよ」

忘れられるわけがない。
それが分かっていてこんなことを云うのだから、この男は性根が腐っている。

スカリエッティの云っていることは事実である。
エスティマが他者の可能性を食い潰し始めた発端であるPT事件。
エスティマやフェイトがクローンだということは、その際に露呈し、しかしプレシアが死亡したため確証がなく闇に葬られた事実である。
これに関与したリンディやクロノも、既に過去のことと忘れつつあるだろう。

しかし、

……クローンであろうとなかろうと。
エスティマくんがエスティマくんであることに変わりはあらへん。
私の気持ちは――

僅かな時間でショックから立ち戻り、はやてはスカリエッティへと視線を向ける。
その程度で何を揺れる必要があると云うのだ。
クローンだからどうしたと、八神はやては真っ直ぐな色を瞳に浮かべる。
その姿を好ましいと脣の端を釣り上げて、スカリエッティは先を続けた。

「それで、だ。
 その作られた命。
 正直なところで。自分でも恥ずかしい限りなのだが、私は最初期、彼を実験動物としか見ていなかったのだよ。
 ようやく理論を構築できたレリックウェポンの試作機として蘇らせ、野に放ち、稼働データの収集を兼ねて彼の人生を眺め見てきた。
 ……すると、どうだ。
 実に彼は人間らしいではないか。私と同じ生まれだというのに、ああも奔放に人生を謳歌している。
 故に、私は試練を与えてやったのだよ。ああ、これも稼働データの収集を兼ねてだ。
 ……悲しいかな。私の目的に彼を巻き込む形でしか、私は彼に関われない。動けないのだ。
 それが無限の欲望という生物だからね。
 もしそれを止めてしまえば、おそらく彼への執着も色褪せてしまうだろう。
 そうならないよう今まで動いてきたわけだから、断言はできないが」

「……はた迷惑な話やな。
 それでエスティマくんがどれだけの思いをしたのか、分かってるんか?」

「君がそれを語るのかね?」

ピタリ、と。
今まで浮かべていた笑みを打ち消して、スカリエッティは無表情へと変貌した。
金色の瞳にじっと見据えられ、はやては居心地の悪さを感じてしまう。

「彼がどのような思いをしたのか。
 無論、私に分かるわけがないよ。だが、君にだって分からないはずだ。
 ありがちな言葉を使うのは止めたまえ」

……この男は、何か、常人には理解できない執着をエスティマに抱いているのだろうか。
人間らしく生きている? 当たり前だ。だって彼は人間だから。
だというのに、この男は自分と同類だとでも云うように彼のことを語る。
はやてからすれば、それがどうしても許せない。
が、言い合いをするために自分はここへ足を運んだわけではないのだ。

勝手に話を進めるスカリエッティの言葉に、再びはやては耳を傾けた。

「……そう。彼は誰にも計ることができない一人の人間だ。
 作られた命。改造された命。
 形が只人から離れているというのに、人であることにしがみついて、そのせいで次々に大切なものを取り落としながらも、半べそを浮かべながら大事なものを胸に抱いて、突き進む。
 その有り様を否定するように。自分はこういうものである。故に、守るのだと断言するその姿が。
 如何に困難を突き付けられても折れず、曲がらず。自分の意志を裏切らず。
 それを実行できる時点で既に人間を辞めている。人はそこまで純粋にはなれないよ。
 しかしそれでも、彼は人であることにしがみつく。
 ……その葛藤が、その矛盾が。
 実に、人間らしいではないか。
 私ではああはならない。ナンバーズでもだ。
 そんな彼に触れている内に、私も、何かになれると思ってしまったのだが……」

それは魚が鳥に憧れるのに似ている。
決してそうはなれないというのに。手に入れることは叶わないというのに。

「が、それは、そもそも無理な話。
 故に、私はこの騒動に終止符を打つべく動いたのだ。
 エスティマ・スクライアがどう生きてゆくのかを見極め、それをもって次の研究の糧となす。
 私が彼に関われるのは、もうこういった形でしかできない。
 ……してはならない、と思うのだよ。
 如何な困難を与えようと、二度と彼がブレることはないだろう。
 故に、結社などは既にノイズでしかないのだ。
 それが彼の人生を阻害するというのならば、私はそれを捨て去ろう。
 そして眺めるのだ。一人の観客としてね」

「……筋が通ってへん。
 それが出頭をするのとどう繋がるんや?」

「分からないかね?
 彼は一人の人間として生きることを完全に選択した。
 その答えとして、全力を出さなかったのだ。身を削ることを止めたのだ。
 ……ならばこれ以上、私が茶々を入れてどうなる。
 私が野に放たれている以上、彼は私に囚われたまま自らの可能性を削ることしかしない。
 そして、そこにはもう遅いか早いかの違いしかないのだ。
 ああ、断言しよう。
 彼は強いよ? そうと決めたのならば、彼は己に課した約束を守りながら目的を達する。
 私が出頭しようとしなかろうと、いつか私を捕まえただろう。
 既に終わりは見えたのだ。ならば……」

そう、ならば。
もう自分にできることは何もない。
出来たことと云えば、土産のように最後の絶望をエスティマにプレゼントしてやったことぐらいである。
そう、スカリエッティは云う。
が、その絶望すらも飲み干して、彼は立ち上がるだろう。
何故ならば。そこで足を止めていたら、彼の望む幸福は手に入らないからだ。
スカリエッティはエスティマ・スクライアという人間の強さを信じている。
誰よりも、信じているのだ。

そんなスカリエッティの長台詞を耳にして、はやては嘆息する。
やはり分からない。理解ができない。分かったことと云えば、この凶悪犯が異常なほどにエスティマへと執着していることぐらいであった。
故に、

「……最後に一つ聞かせて欲しいわ。
 なんであんたはエスティマくんに執着するんや?」

「ならばなぜ君はエスティマくんに執着する?」

「……それは」

スカリエッティに問いかけられて、はやては言葉に詰まってしまった。
なぜこの男がそんなことを知っているのかというのは置いておいて――

「そう、ロジックではないのだよ」

……エスティマが気に入ったと、彼は云っている。
自分が彼を好きなように。
自分の想いが同格にされるのは心外で張り倒したくもあったが、なんとか自制。

熱を孕んだ息を吐いて、はやては苛立たしげに髪を掻き上げた。
その様子をじっと眺めながら、スカリエッティははやてに云わなかった台詞を胸中で続ける。

――故に。
人であることを望み続ける人造生命体。
彼は希望なのだ。これからも生み出され続けるであろう、彼や自分と同じ存在にとって。
戦闘機人。F計画。人造魔導師。
そういったものたちが生まれ出でたとき、彼という存在がいたことを知れば、きっとそれは戦うだけの生体兵器ではなくなる。
チンクが只人になりたいと願ったように。トーレが戦闘機人であることに意義を見出したように。
そして自分が、果たせはしなかったが、無限の欲望以外の何かへと変わろうとしたように。
彼は我々、作られた命にとっての太陽である。
その彼を私は愛でよう。彼の命が続く限り。
一人の観客として彼の人生を胸に留めよう。
そして彼の人生を糧にして、永劫続くであろう次元世界の暗部に一筋の光明を差し込もう。
君たちは人になれるのだと。願い続ければ、足掻き続ければ。それは叶うのだ。

そしてその果てに――今までの作品に欠けていた人間味という要素が完璧になるであろう。
……絶対不変の縛りによって、結局はそこへ行き着いてしまう。

……そもそもスカリエッティの勘違いなのだ。
エスティマは作られた命であっても、その中身自体は人でしかないのだから。
普通から逸脱してしまった者が、元に戻ろうと足掻く姿を誤解しているだけに過ぎない。

しかし、そのスカリエッティの勘違いは――無限の欲望に沿う形で残った、エスティマ・スクライアという人物に見出した祈りにも似た願いは。
間違いであるだろうか。















『まったく、とんでもないことになったわね』

ティアナの呟きに、残る新人三人の頷きが続いた。
通信は念話のため顔を見ているわけではないが、ティアナがそう感じたことに間違いはなかった。
なんの前触れもなく訪れたジェイル・スカリエッティ出頭の知らせを受けて、現在、四人は六課の周りで立哨を行っている。

台風の中、雨風が吹き荒ぶ中でと決して楽な状態ではない。
が、火災現場などで使われるバリアジャケットの耐火設定と同じ部類の防水設定を使用しているため、気になるのは寒さぐらいだ。
その寒さも、バリアジャケットの通常機能によって大幅に減じている。精々が肌寒いといった程度。
だとすると感じるのは退屈――などではない。
これから何が起こるのか分からない今、四人は緊張感を全身に滾らせながら立哨任務に就いていた。

その最中に念話で私語など言語道断だが、降って湧いた急展開に馴染むためなのか、普段はそういうことを一切しないティアナは念話を仲間たちに送っている。
そして、三人はティアナと同じように今の状況とこれからのことに頭が追い着いていないのだろう。
誰も私語を止めようとはせず、会話は続いてしまった。

『まさか、僕たちが相手取る組織の首領が自分からなんて……』

『本当です』

エリオにキャロが混乱を滲ませた念話を放つ。
続いて、

『……これから、どうなるんだろう』

誰もが思っていることを、スバルが呟いた。
そんなことは誰も分からない。そもそもこの状況自体が想像していたあらゆる状況を裏切っているのだから。

エスティマと距離があるからだろうか。
はやてとは違い、フォワード陣が心配しているのはこれからのことである。
いや、エスティマが今どうなっているのか彼らは知らない。
部隊長が無力感に苛まれている――などと知れば部隊の統率など取れるわけがないと理解しているなのはやはやてが、知らせていないのだ。
彼らからすれば、きっと部隊長も今の状況に混乱しているのでは――という認識である。
ただ、

……部隊長がスカリエッティを捕まえるところを見たかったけれど。

そんな風にティアナが思っていたぐらいだった。

ともあれ、これからのこと。
なのは曰く、独断専行で出頭してきたスカリエッティを取り返すために結社が動く線が濃厚、とのこと。
もし敵が全力で攻め込んできたら自分たちでは苦しい戦いになるだろう。
背後に隊長陣が控えているため負けることはないと思ってはいるが、敵も並の相手ではない。
もしかしたらこれが最後の戦いになるのでは、と四人が四人とも薄々と考えていた。

『まぁ、戦闘があることは間違いないでしょうね』

結社の頭であるスカリエッティを守りきれば、あとは統率者を失った結社は混乱し、瓦解の一途を辿るだろう。
大規模な戦闘が一回。あとは残党狩りか――と。
ここが戦場になるのか、それとも護送中、護送先で戦う羽目になるのか。
そこまでは分からないが、未だ鉄壁には程遠い状態の六課が狙われる可能性が最も高いだろう。
潜入能力に特化した戦闘機人、セインは管理局に下っている。
ならば結社にできることと云ったら力押しぐらいで――いくら結社が強大と云っても、護送先で管理局と真っ正面から戦うことは難しいだろう。

故に、スカリエッティを隊舎から運び出すまでが自分たちの天王山。
そう、なのはから聞かされているのだ。

『……ここではあまり戦いたくないのよね、本当。
 敵が私たちの事情を聞いてくれるわけがないって、分かってるけど』

云いながら、ティアナは背後にある隊舎を見上げた。
激しく打ち付ける雨のせいか、まるで泣いているようにも見える六課。
もしナンバーズが押し寄せてくるような激戦ともなれば、ここを無傷で守りきることはできないだろう。
守りたいという意志があっても、敵がどれほどの力を持ち、フルドライブを使えるようになったと云っても自分の実力がどれほどかを理解している以上、大事は口にできない。

……六課。
自分たちにとっては大切な場所。

ティアナにはエリオやキャロ、スバルがここをどういう風に捉えているのか分からないが、最低でも愛着ぐらいはあるだろう。
そしてティアナにとって、ここは愛着以上の思い出が詰まった場所である。
長い人生で見ればそう多くの時間を過ごしたわけではない施設だが、その分、密度は異常に濃かった。
高町なのはに教導を受け、数々の任務をこなして、自分なりに成長をして――憧れていた人を間近で見ることができて。

そんな機会を与えてくれたこの場所を戦場になどしたくないのだ。心の底から。

……どうか、何も起きないように。
念話ではなく肉声を吐いて、ティアナは雨空を見上げた。
吐息のように紡がれた言葉は、吹き荒ぶ風に流され瞬く間にその形を失う。
それが荒波の中にいるような錯覚をティアナに抱かせ、彼女は小さく身体を震わせた。













シャワー室のすぐ近くにある休憩所で、頭にタオルを被せたままエスティマ・スクライアは項垂れていた。
雨に塗れたままでは風邪を引くと云われ、着替えを取りに行ったあと、シャワーを浴びたのだ。
が、身体を温めたとしても、冷え切ったその胸の内までは暖めることはできない。

タオルで隠れている彼の表情は空虚そのものだった。
眼差しに意志はなく、緋色の瞳はまるで掠れているよう。眼力は弱く、鈍光を微かに宿しているだけだった。

彼をこんな状態へと陥らせているのはただ一つ。スカリエッティのことだ。
スカリエッティを捕まえるという結末は彼の望むものであったが、しかし、現状に満足できるはずもない。
スカリエッティを捕まえることに、こうしたい、というビジョンがあったわけではなかった。
あるとしたらそれは最小限の被害で――と、至極真っ当なことであり、その願いは最高の形で叶えられたと云って良いだろう。

だがその最高の形はエスティマの願ったものではない。
まさかこんな形でなどど夢にも思わなかったのだから当然だ。
こんな――こんな、今までの血反吐を吐くような思いを踏みにじられるような決着は。

『……旦那様』

そんな主の状態を見ていられないと、Seven Starsが声を上げる。
それは彼女にしては珍しく、感情の色を濃く滲ませたものだった。
機械である彼女に心があるかどうかは別にして、主人の無念を彼女も強く感じているのだろう。

『こう考えれば良いではありませんか。
 旦那様が今まで頑張ってきたからこそ、アレが出頭するつもりになったのだ、と。
 今まで積み重ねてきたものが無意味だったわけではないのです』

「……ああ、それも間違いじゃないんだろうな。
 何もしなかったら奴が自分から捕まりにくることはなかっただろう。
 ……けど、俺は」

こんな終わりを望んではいなかった、と。
そうエスティマは云う。

ならばどんな形を望んでいたのだろうか。
今までの恨みをぶつけることができるような激戦を期待していたのだろうか。
否だ。そんなことは望んでいない。
もう自分は以前の自分とは違うのだから、そんなことを望んではいけない。

ならば今の状態は、エスティマの望んでいた形だろう。
出血を強いられず、身を削ることもなく、守りたい者たちが悲しむわけでもなく。
完璧に自分の望み通りの結末であり――だからこそ納得ができない。

その望み通りの結末は、自分の手で成してこそ意味があったのだから。
まるで道化だ。いつまでもスカリエッティの掌の上で弄ばれている。
この上ないほどの屈辱と敗北感はどうしたら拭えるのだろう。
その術をエスティマは知らない。

『……旦那様』

そしてまたSeven Starsも、その術を知らないのか。
主人を勝利に導くべく存在する自分には関係ないところで、主人に勝利が舞い込んだ。
それも、微塵も望んでいない形で。
エスティマと同じように、Seven Starsもまた主人を心配する一方で、無力感に苛まれているのかもしれない。

「父上!」

その時だ。

威勢の良い声が響いて、エスティマは反射的に――とは云っても酷く緩慢な動作で――顔を上げた。
視線の先には管理局の制服に身を包んだシグナムがいる。
走ってきたのか、息を切らせた彼女は姿勢を正すと敬礼を。

「お疲れ様です。
 ゲンヤ・ナカジマ三佐に命じられ、一足先に到着しました」

「……ああ」

朧気な頭が、近隣部隊が六課へ――結社の襲撃を警戒して集結していることを、エスティマは思い出す。
スカリエッティ曰く、出頭は彼の独断専行であるという。
ならば彼を取り返すべく結社が攻め込んできても不思議ではないだろうと、六課には過剰な戦力が集結しつつあるのだ。
そんな状況でエスティマが遊んでいるわけにもいかないのだが、彼の心情を汲んでくれた部下たちが休ませてくれている。

こうしてシグナムがエスティマの下へときたのも、気遣いの一つなのだろうか。
そこまで考えず、エスティマはすぐに視線をシグナムから外した。

「……どうした」

「あ……いえ、その」

事情を誰かから聞いたのかもしれない。
シグナムは何を云ったら良いのか分からないといった風に、表情を曇らせる。
普段のエスティマならば、娘を相手にするのだからと少しは強がるだろう。
しかし、今の彼にそんな余裕は微塵もなかった。
そしてその余裕のなさにシグナムも気付く。

彼女は未だ父親にどんな言葉をかけて良いのか分からない様子だった。
しかし無言のままでいるのは悲しすぎると、どうにか口を開こうとする。

「……父上」

しかし、呼ぶだけで意味のある言葉を投げ掛けてやることはできなかった。
シグナムとて知っているのだ。
エスティマが自分を育ててくれる傍らで何と戦っていたのかを。
十年にも及ぶ戦いがこんな終わり方をすれば、程度の差こそあれ誰もが消化不良を起こすだろう。
そしてエスティマは、最もスカリエッティへの憎悪を滾らせていた分、誰よりもその念が強かった。

だからこそシグナムはどんな言葉をかけて良いのか迷っているのだろう。
そんな娘の姿に、エスティマは苦笑する。
……ああ、別にこれが初めてというわけでもないのに。
スカリエッティに自分の思惑が裏切られたことなど、数えるのが嫌になるほどある。
それを踏み越えて今があり、そこまでして守りたいと願ったものがある。
それを今、自分の手で曇らせてはいけない。

未だ消化不良を起こしたままの彼であったが、凍て付いていた意志がほんの少しだけ動き始める。
頭に被せていたタオルを取り去ると、休憩所のベンチから腰を上げた。

「わざわざきてもらって悪いな、シグナム。
 こんなところじゃなんだし、行くぞ」

「あ……はい!」

そんなエスティマの様子をどう感じたのか。
一瞬だけ父親を痛々しそうに見るも、シグナムはすぐにその表情を改める。
父がやせ我慢をしているのなら、と察したのだろうか。
本当に良い子だ、とエスティマは胸中で苦笑した。

放り投げてあった制服の上着に袖を通してネクタイを締めると、エスティマはシグナムを引き連れて隊舎の廊下を歩きはじめる。
気分が僅かにでも前向きになったからだろうか。
ずっと停止していた思考が徐々に動き出して、これからのことが頭を巡った。
スカリエッティが独断専行で捕まりにきたのならば、おそらく奴を奪還するために残りのナンバーズは動き出すだろう。
おそらくその中心となるのはクアットロ。スカリエッティに続いて面倒な相手か。

セインを捕まえた以上、相手は力押しでやってくるだろう。
その場合、残るType-Rと例の巨大ガジェット、それに運が悪ければルーテシアの召喚蟲と戦うことになるか。
内偵のゼストから連絡はない。どのタイミングで敵がやってくるのかは不明である。

地上部隊の主力が集結しつつあるとは云っても、どうこうできる敵ではないだろう。
質は数に勝る。常識を嘲笑う方程式の中で自分たちは戦っているのだ。
地上部隊に頼むのはガジェットの露払い……だとすれば、自分たちは戦場の中心となり戦う必要があるだろう。
六課を統率する立場である自分は腐ることすら許して貰えない状況だ。

「……シグナム」

「はい、父上」

「お前に命令できる立場じゃないが、敵がきたら頼むぞ。
 頼りにしてる」

「……はい。私は父上の守護騎士ですから。
 乞われれば守ります。身命に変えても」

「……無茶はしないでくれよ。
 お前が死んだら台無しなんだから」

既視感を抱きそうなやりとり。
それはおそらく昔の自分と周りの者たちとの、だ。
こんな馬鹿な親のせいで、良い子すぎるシグナムが自分の映し身になどならないよう気を付けないといけない。

頼むぞ、とシグナムの背中を触れるほどの強さで叩く。
呆気に取られたような顔をした後、彼女は表情を輝かせた。
そして、噛み締めるように深く頷く。

……だから、そんなに意気込まなくて良いんだって。
素直すぎるシグナムの反応に、エスティマは困った風に笑った。

そうしていると二人は執務室にたどり着く。
エスティマを先頭に部屋へ入ると、そこにはエスティマの代打を行っていたグリフィスと、わざわざ本部から出向いてきたオーリスの姿があった。

反射的にエスティマは敬礼を。それに釣られて、シグナムも。
二人とは違って余裕のある風にオーリスは応じると、手にしたバインダーを執務机に置いて笑みを浮かべた。

「お疲れ様です、スクライア三佐。お手柄ですね」

「……いえ」

……そう。これが普通の反応なのだろう。

エスティマをよく知る六課の者ならまだしも、外からすればエスティマがスカリエッティを捕まえたことに変わりはない。
例えそれが犯罪者自らの出頭だとしても、彼が捕まえたというフィルターが事実を僅かにねじ曲げるだろうから。

それを証明するかのように、オーリスは純粋な賞賛を送ってくる。
嬉しくないわけではない。が、ずっと続く消化不良が胃袋に穴を開けかねない痛みを感じさせもした。

しかし、それに囚われて仕事をしないわけにもいかない。
僅かな時間でも腐っている間に時間は進んでいたのだ。それの確認と、この先のことを考えなければ。

「オーリスさん。地上本部はどんな様子ですか?」

「はい。場合が場合ですから、現在は中将が先頭となって各部隊を動かしています。
 一時間もしない内に完全な警備体制ができあがるでしょう。
 ……まったく、厄介なことですね。
 頭脳を捕まえても、残された手足がそれを取り返すべく動き続けているだなんて」

「その手足が尋常じゃない相手というのも付け加えるべきでしょう。
 それにしても――」

と、そこまでエスティマが云った時だった。
唐突に出現した魔力反応に、エスティマとシグナムは反射的にデバイスを握り締める。
そして――

目を灼くほどの閃光と衝撃に、六課の隊舎は震撼した。

















「打ち上げ花火としてこれ以上ない出来ですね。
 さて……それじゃあ始めましょうか」

眼下に広がる光景――雨が降りしきる中、煌々と紅蓮に燃える六課の隊舎をクアットロは見下ろす。
場所は上空。分厚い雲を引き裂いて放たれたイノメースカノンの一撃は、狙いを違わず標的を打ち砕いていた。

月を背負い闇夜に浮かぶのはクアットレスⅡ。ガジェットと云うには巨大すぎる殺戮機械の上に立って、ナンバーズの4番は薄ら笑いを浮かべる。
高々度から放たれた超出力――複数のレリックを動力源としたクアットレスⅡの火力はType-Rと同等か、部分的には凌駕すらしている。
それが最大出力で放った砲撃は、いったいどれだけの打撃を相手に与えただろう。

それを見下ろし、思うクアットロに被害を出した申し訳なさなどは微塵も存在しない。
浮かんでいるのは愉悦一色。人をゴミのように蹴散らす自分たちはやはりと、揺るぎない自信が充ち満ちている。

「さあ行きなさい。出番ですよ皆」

その呟きに、彼女に続く番号を持つ妹たちが反応する。

雲を引き裂いて六課へと突き進むのは、12番。
双子の片割れを奪い取った者たちを打ち倒すべく、握る二刀が魔力光に輝く。

大地を覆うアスファルトを砕いて姿を表したのは9番。
以前は両腕にはめられていたリボルバーナックル。だが現在は左腕のみとなっている。
失った右腕。母親との唯一の絆。それを奪い取ったへの復讐と、そして、姉妹機の破壊に執念を燃やす。

それに続いて、サーフボードのようにデバイスへと乗った11番が。
彼女は他の二人と違う。命じられたままに、これより始まる闘争を楽しむべく、ただ仕事を果たすため姿を表す。

暴風雷雨の吹き荒ぶ中、紫色の召喚魔法陣が六課の上空に次々と展開される。
現れた召喚蟲はただ主が欲するもの――物を手に入れんがために、意志無き意志を震わせた。

そして、最後に。
未だ姿を表さずにいる7番――スカリエッティが製造途中で開発を止めていたその存在は、機械である己の性能を存分に発揮するタイミングを待ち望んでいる。

結社の残存勢力、その精鋭。
六課の戦力と真っ向からぶつかり合ったとしても負けは見えない。
以前ならば違っただろう。
しかし今、クアットロの下には二つの切り札が揃っている。
ガジェットという枠をはみ出した兵器であるクアットレスⅡ。
一度たりとも戦場に舞い降りておらず――それでも尚、最強のType-Rと断言できる戦闘機人、セッテ。

それらを従え、既に勝利を勝ち取った者つもりで、クアットロはこの場にいた。

「ドクター、あれで終わりのつもりだったのですか?
 いいえ、これが始まりです。
 あなたが切り捨てたんじゃない。いずれは私が切り捨てましたもの。
 ――ねぇ、そうでしょう、坊や?」

ぽつり、とクアットロが呟く。
その声に応える者は――いる。
クアットロが足場にしているクアットレスⅡのコックピットへ搭乗している者は、彼女の声に応える。
そうだね我が母、と。

満足げに頷いたクアットロは装甲越しに、すげ替えられた結社の頭へと愛おしげな視線を送る。
彼女には似付かわしくないその表情。
が、それは親が子供に送るものではない。
芸術家が自慢の作品に見惚れる様に近いだろう。

さて、とクアットロは愉悦に表情を歪めながらも、気を引き締める。
スカリエッティと自分は違う。
手緩い攻めはなしに、今度こそ慟哭させてやろうと、幾度も自分に屈辱を味あわせた敵の姿を見下ろした。







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