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No.7038の一覧
[0] リリカル in wonder Ⅱ【完結】[角煮](2010/05/11 14:32)
[1] カウントダウン5[角煮](2009/03/07 02:30)
[2] カウントダウン4[角煮](2009/03/12 10:38)
[3] カウントダウン3 前編[角煮](2009/03/30 21:47)
[4] カウントダウン3 後編[角煮](2009/03/30 21:49)
[5] カウントダウン2[角煮](2009/03/30 21:46)
[6] カウントダウン1[角煮](2009/04/25 13:06)
[7] カウントダウン0 前編[角煮](2009/05/06 20:21)
[8] カウントダウン0 後編[角煮](2009/05/06 20:23)
[9] sts 一話[角煮](2009/05/06 20:33)
[10] sts 二話[角煮](2009/05/20 12:15)
[11] 閑話sts[角煮](2009/05/20 12:15)
[12] sts 三話[角煮](2009/08/05 20:29)
[13] sts 四話[角煮](2009/08/05 20:30)
[14] sts 五話[角煮](2009/08/05 20:27)
[15] sts 六話[角煮](2009/08/09 11:48)
[16] sts 七話[角煮](2009/08/28 21:59)
[17] sts 八話[角煮](2009/08/20 21:57)
[18] sts 九話 上[角煮](2009/08/28 21:57)
[19] sts 九話 下[角煮](2009/09/09 22:36)
[20] 閑話sts 2[角煮](2009/09/09 22:37)
[21] sts 十話 上[角煮](2009/09/15 22:59)
[22] sts 十話 下[角煮](2009/09/25 02:59)
[23] sts 十一話[角煮](2009/09/25 03:00)
[24] sts 十二話[角煮](2009/09/29 23:10)
[25] sts 十三話[角煮](2009/10/17 01:52)
[26] sts 十四話[角煮](2009/10/17 01:52)
[27] sts 十五話 上[角煮](2009/10/17 01:51)
[28] sts 十五話 中[角煮](2009/10/21 04:15)
[29] sts 十五話 下[角煮](2009/11/02 03:53)
[30] sts 十六話 上[角煮](2009/11/10 13:43)
[31] sts 十六話 中[角煮](2009/11/19 23:28)
[32] sts 十六話 下[角煮](2009/11/27 22:58)
[33] ENDフラグ はやて[角煮](2009/12/01 23:24)
[34] ENDフラグ チンク[角煮](2009/12/15 00:21)
[35] ENDフラグ なのは[角煮](2010/01/15 15:13)
[36] ENDフラグ フェイト[角煮](2010/01/15 15:13)
[37] sts 十七話[角煮](2010/01/08 19:40)
[38] sts 十八話[角煮](2010/01/15 15:14)
[39] sts 十九話[角煮](2010/01/21 20:26)
[40] 幕間[角煮](2010/02/03 21:17)
[41] sts 二十話 加筆 修正[角煮](2010/02/03 21:18)
[42] sts 二十一話[角煮](2010/03/10 23:25)
[43] sts 二十二話[角煮](2010/03/11 19:00)
[44] sts 二十三話[角煮](2010/03/12 17:41)
[45] sts 二十四話[角煮](2010/03/13 18:23)
[46] エピローグ[角煮](2010/03/14 20:37)
[47] 後日談1 はやて[角煮](2010/03/18 20:44)
[48] はやてEND[角煮](2010/04/18 01:40)
[49] 後日談1 フェイト[角煮](2010/03/26 23:14)
[50] 後日談2 フェイト[角煮](2010/03/26 23:14)
[51] フェイトEND[角煮](2010/03/26 23:15)
[53] 後日談1 なのは[角煮](2010/04/19 01:27)
[54] 後日談2 なのは[角煮](2010/04/18 22:42)
[55] なのはEND?[角煮](2010/04/23 23:33)
[56] 後日談1 チンク[角煮](2010/04/23 23:33)
[57] 後日談2 チンク[角煮](2010/04/23 23:34)
[58] 後日談3 チンク[角煮](2010/04/23 23:34)
[59] チンクEND[角煮](2010/04/23 23:35)
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[7038] ENDフラグ なのは
Name: 角煮◆904d8c10 ID:4dc5c200 前を表示する / 次を表示する
Date: 2010/01/15 15:13


※エンディングフラグは重複しません。ハーレムとか存在しません。あしからず。
 フラグ話は続きます。お好みのものを史実と認識してください。







高町なのはがヴィヴィオと出会ってから。
舞台が聖王教会の病院から先端技術医療センターという違いはあっても、その中身事態は変わっていないと云える。
目が覚め、母親がいないというヴィヴィオに、一緒に探そうと言い出して、自分自身を母親と呼ばせてしまう。
そのやりとりは、場所が変わっても違いはないのだろうか。

否。

この場では違ったとしても、既に状況自体が変わっているこの世界の中で、元の筋書き通りに話が進むなどあり得ない。
バグとも云える違和感は、この後に表れるのだ。







「それで、どういうことだ?」

自分でも分かるほどに重っ苦しい言葉を、俺は眼前の男に向ける。
場所は執務室。グリフィスには出て行ってもらい、今ここにいるのは、俺とこれ――ヴェロッサだけだ。

彼は困った風に笑みを浮かべると、参った、とばかりに額を抑える。

「どういうことも何も、僕は当たり前のことをしただけなつもりなんだけどね」

「……へぇ」

目を細め、ヴェロッサを見遣る。
こいつ特有の薄笑いの中には、微かな苦みが混じっているようだった。
しかし、その苦みの意図までは読み取れない。

面倒だと思っているのか、申し訳ないと思っているのか。

俺がヴェロッサに対して、微かな苛立ちを浮かべているのには理由がある。
それは、廃棄都市であった例の戦闘。その一件に関してだ。

俺から依頼した、聖王クローンを作る動きを見せる結社の妨害、及び、阻止。
しかし聖王教会に所属しているヴェロッサは、その依頼を意図的に見過ごした。
表向きには失敗となっているが、事実は違うのだろう。

聖王の復活――そんな一つの奇跡を手にできるチャンスを聖王教会が見過ごすことはできず、ヴィヴィオは誕生してしまった。
その後始末として俺たちは廃棄都市での戦闘を行うことになったわけだ。
結果だけ見れば良いこと尽くめの戦闘ではあったが、その影で、下手をすればヴィータや新人たちが命を落とすかも知れなかった可能性も存在していたのだ。

わざわざ厄介ごとを押しつけてきた相手をどう信用しろと。
その上、これが初めてというわけではない。
古代ガレアの王であるイクスヴェリア。それの保護を行っているのは聖王教会であるという。

表向き、イクスヴェリアは結社に奪われたことになっているが、それも違う。
横取りするような形で、彼女を保護しているのは聖王教会。

分からないではない。ベルカが存在していた時代の生き証人だ。
彼女を保護することには色々な価値がある――が、だとしてもその尻ぬぐいを俺に押し付けるのはどういうことか。

聖王教会。管理局と協調しつつも、自分たちの目的を果たすことに躊躇はない組織。
組織として自らのやるべきことを見失わないのは立派だろうが、馬鹿をみた人間からすれば、もはや信じて良いのかも疑わしい場所だ。

が、

「……見えてこないぞヴェロッサ。
 あの子、ヴィヴィオが大事ならお前らのところで丁重にもてなしてやれば良い。
 それが、なんで――この六課に預けるような形にしたんだ」

「何を云っているんだ、エスティマ。
 あの子を保護したのは君たち管理局じゃないか。
 だとしたら、保護する権利だって君たちにある。
 あの子の誕生を阻止できず、君たちに協力を願った時点で、教会は何もできない状態だよ」

そうなのだ。

なんのつもりか。
折角手に入れたヴィヴィオを、聖王教会は自分たちの手許へ置かず、管理局へ――たった今、六課に訪れている。
……どういうわけだか。

結社がヴィヴィオを取り戻すために戦力を送り込んでくるのを怖れ、俺たちを盾にしようとしている?
……あり得なくはない。けれど、自分たちの信仰対象そのものとも云えるあの子を、他人の手に委ねるものか?

否だ。聖王教会はあくまで、一つの宗教団体として動いている。
イクスヴェリアを手に入れたのも、ヴィヴィオの誕生を阻止しなかったのも、すべては古代ベルカの遺産を手にするため。
ならば、ようやく手に入れた宝物を、自分たちの手で守らないはずがない。

聖王教会は企業でもなんでもない。より多くの遺産を、と考えることはあっても、それ止まりだ。勢力拡大にはほとんど無関心と云って良い。
何故ならば、必要がないからだ。
布教活動をすることがあっても、信者を増やしたいというよりは、自分たちの考えをより多くの人に理解して欲しいというウェイトの方が大きいだろう。

だから、管理局を利用することがあっても、潰す、もしくは、敵対しようなどと考えるはずがない。そこに意味などないから。
ぶっちゃけた話――皆仲良く幸せになりましょうよ、という団体なのだ。聖王教会は。戒律の緩さがそれを表しているようなもの。
古代ベルカの遺産を捜索する傍らで時空管理局に力を貸し、なんだかんだで平和を願っている。

イクスヴェリアやヴィヴィオの件は、古代ベルカが絡んで彼らの目の色が変わっただけと見るべきなのだろう。
俺からすればたまった話ではないが、彼らが敵対しようとしたわけではない。
……しかし。

だからこそ、ヴィヴィオの保護を俺たちに任せるというヴェロッサの意図が見えない。
本来ならば別におかしい話ではなかっただろう。はやてが指揮する、頭の狂った戦力を保持した部隊にヴィヴィオを預けるというのならば、別におかしな話ではない。

しかし今、六課を指揮しているのは俺だ。
聖王教会と関わりはあるも、籍を置いているわけではないし、古代ベルカとの関わりが肉体にあるとしても、彼らはそれを知らないはずだ。
リインⅡとのマッチングの際にデータを取られたという可能性もあるが、はやてはエクスがおそらくは阻止してくれているはずだろうから。

……ともあれ。
協力体制と云っても、主力が管理局の部隊であることに変わりはない。
それでは聖王教会がヴィヴィオを守っていることにはならない。

「……もう良い。茶番は終わりだヴェロッサ。
 話が見えない。俺たちがヴィヴィオを保護したところで、お前らにメリットがない。
 なんのつもりだ」

いい加減に我慢が限界に達し、俺は真っ向から切り出す。
頭をどれだけ捻っても、彼らの意図が見えなかったとも云える。

するとヴェロッサは小さく笑って、溜め息混じりに口を開いた。

「……実は、ね。カリムから少し嫌味を云われているんだよ僕も。
 あの子――ヴィヴィオの保護は自分たちでやった方が、君の機嫌を損ねることにもならなかったんじゃないかってね」

「……どういうことだ?」

「こんな僕でも、一応は申し訳ないと思ってるってわけさ」

ヴェロッサは自嘲する。が、それは一瞬だ。
すぐに薄ら笑いを浮かべると、小さく頭を下げた。

「すまなかった。君の信頼を二度も裏切ることをして。
 ……あの子は君の好きなように扱ってくれて良い。
 自分たちの手で結社から守るのも、僕たち聖王教会に受け渡して楽になってしまうのも。
 ……その選択権を与えるのが、この僕、使いっ走りの精一杯ってわけさ」

「……組織人としてそれはどうなんだ?」

「無論、駄目だろうね。稀少技能持ちだからクビになることはないだろうけど、しばらくは仕事を干されるかな。
 ……けれども。僕は、君とゆう友人に嫌われっぱなしなのが我慢ならなかったのさ」

「……だったら最初からそうすれば良いだろうに」

「こう見えても、僕は人並みに欲深いのさ。
 仕事と友人。そのどっちも失いたくない、ってね」

「……分かったよ」

……そういうことかよ。
疑ってかかっていた自分が嫌になる。
違和感があるのは当たり前だ。聖王教会の思惑など関係成しに、ヴェロッサが勝手な行動を取ってこんな事態になっているのならば。

……これがこの男の、友情の証明とでも云うのだろうか。
気持ちは分からなくもない。中途半端なことをされたことに対して怒りがないわけではないが、気持ちは分かる。
俺自身、ジャンル違いだが似たようなことをしてきたわけだし。

……ああ、クソ。

「……ところでヴェロッサ」

「ん?」

「どんな形であれ、結局はまた厄介ごとを押し付けられたことに変わりはないんだけど。
 そこら辺はどうするつもりなんだ?」

「……あはは」

考えてなかったのかよ。
……まぁ、良いさ。

脣の端を釣り上げつつ、悪戯心がむくむくと湧き上がってくる。
こんな事務的なやりとりで仲直りだなんて、俺は性に合わないんだ。

「……今度飯でも奢って貰うぞ」

「……ああ、そうしよう。美味しいところを見付けておくよ。
 僕としては、甘いものを食べつつお酒、って方が性に合っているわけだけど」

「執務官の前で云うこと――」

ヴェロッサとやりとりをしていると、不意に念話が届いた。
やけに悲鳴じみていて何事かと構えたら、内容は大したことでもない。

何やってんの、と頭を抱えながら、俺は腰を上げた。

「どうしたんだい?」

「ん、SOSが届いた。
 お姫様が駄々こねているんだと。
 なんとかしてくれって泣きつかれたよ」

お姫様。その呼び方に、おやおやとヴェロッサは目を細めた。
お姫様なんて呼ばれる人物は、今六課に一人しかいない。
はやてだってそうかもしれないが、そんな柄じゃないだろう。

「一緒にくるか?」

「そうだね……ちなみに、誰からのSOSだい?」

「フェイトだ」

「よし行こう」

「……やっぱり駄目だ。帰れ。今すぐ帰れ」

「そう云わず、義兄さん。
 最近あの人の顔を見ていなかったから、心の清涼剤が不足していて……」

「お前の求愛行動はバブル期チックで見てて鳥肌が立つんだよ!」

「バブル期……?
 いや、それはともかく。
 良いじゃないかエスティマ。あんまり過保護なのはどうかと思うんだ、僕は。
 ここらで妹さんの独り立ちを――」

「祝福しない!」













リリカル in wonder












ヴェロッサを適当にあしらうと、俺は一人、六課の廊下を進んでいた。
向かう先は応対室の一つとなっている部屋だ。そこで六課にきたヴィヴィオとこれから彼女の面倒を見るフェイトの顔合わせをしていたのだが、泣き出してしまったらしい。

だからと云ってなんで俺が呼ばれるのか――それはきっと、シグナムを育て上げたというころもあるのだろう。
もっとも、あの子が真っ当な人として育ってくれたのは、あの子自身が良い子だった――良い子すぎた部分が大きいけれど。

ともあれ、子守というならば他人よりも少しはマシか。
しかし、フェイトだってスクライアではキャロの面倒を見ていたはずなんだけど……なぁ。

困った時の兄頼り、ってところだろうか。
そんなことを考えつつ、俺は目的の部屋へと辿り着いた。

すると、だ。
ドアがスライドすると共に、幼児の泣き声が廊下に漏れ出す。
騒がしくて敵わない。さっさと部屋に入ってドアを閉じると、ヴィヴィオを宥めていたフェイトが、助かったと云わんばかりに表情を輝かせた。

……なんで泣き止ませることも――ああそうか。
フェイトがキャロに接していたのは、あくまで姉として。
歪ながらも親として振る舞おうとしていた本来の彼女とは、気概の時点ですら差があるということだろうか。

ぎゃんぎゃんと響き渡る泣き声は、お世辞にも聞き心地が良いとは云えない。
金切り声にも似た雑音は神経を逆撫でて、普通の人ならば顔を顰めるか、そうでなくとも苛立ちを抱くだろう。

けれど、こんなものは気にしなければどうということもないのだ。
そうすれば、ただ五月蠅いだけで気に障ることでもない。むしろ、精一杯泣き叫ぶヴィヴィオを微笑ましく思えるほどだ。
ヴィヴィオ本人からしたら、たまったものじゃないだろうけれど。

「どうしたの?」

柔和な言葉遣いを心掛けながら近寄って、ぽんとヴィヴィオの頭に触れる。
そして彼女が俺に気付くと、そのまま腰を下ろして視線を合わせた。

その時になって、ヴィヴィオが腕に抱いているウサギのぬいぐるみに気付く。
なのはの奴、買い与えてる部分は変わらないのか。

「何か怖いことがあった?
 泣いてばかりじゃ、お兄さんもお姉さんも分からないよ。
 ほら、そのウサギさんだって」

『Seven Stars』

『なんでしょうか』

『芝居をしろ。今からお前はウサギさんだ』

『……意味が分かりません』

文句を云うSeven Starsを無視して首から黒い宝玉を外すと、紐をくるくると耳の根本に巻き付ける。
が、ヴィヴィオは泣き叫んだままだ。言葉だけで泣きやんでくれるほど、子供は利口じゃない。
なので、

「そーら」

両方の脇腹に手を添えて、無遠慮にくすぐってやる。
すると規則的に響いていた泣き声は途端に濁って、咳き込むと共に止まる。
……なんとも力業だ。

涙と鼻水で顔をぐちゃぐちゃにしたヴィヴィオは、そのまま俺を睨みつけてくる。
何するの、と言外に云っているようだ。

「フェイト」

「あ、うん」

声をかると、フェイトは思い出したようにエプロンのポケットからティッシュを取り出した。
そして、優しげな手つきでヴィヴィオの顔を綺麗にしてゆく。
嫌々と逃げ回るヴィヴィオの様子に苦笑しながら。

「ん、綺麗になった。
 ヴィヴィオ、だよね。
 そんなに泣いてどうしたの?」

「……なのはママ」

「あー、なのはママがいないのか。
 それで泣いちゃったんだ?」

こくり、とヴィヴィオは頷く。
寂しかったからか、初めて会うフェイトに人見知りを発動させたのかは知らないけれど。

「そっか。うん、寂しかったね。
 けど、良い子で待っていたらママもすぐにきてくれるから。
 ヴィヴィオ、待てるかな?」

「……ふぇ」

待つ、ということに我慢ができなくなったのだろう。
ぎゅっとぬいぐるみを抱き締めて、拭き取られた瞼に再び涙が滲む。

すると、

『……泣かないでください。耳障りなので』

「……?」

今にも泣き出しそうだったヴィヴィオは、腕に抱いたぬいぐるみに不思議そうな目を向ける。
耳障り、という言葉の意味が分からなかったのだろう。
泣くな、という言葉を上げた――というか喋ったぬいぐるみを不思議そうに見遣る。

「……ウサギさん?」

『……なんですか』

首を傾げながら、ヴィヴィオはぐにぐにとぬいぐるみの耳を引っ張る。
興味はそっちに移ったようだ。良かった良かった。

『んじゃまぁ、なのはには早めに教導を切り上げるよう頼むから、後よろしく』

『ご、ごめんね兄さん』

『気にするなよ。
 それじゃ、仕事に戻るから』

お疲れ、と手を振って、最後にもう一度ヴィヴィオを見る。
さっきまでの泣きっ面はどこに行ったのか。耳を引っ張るのをやめて、今度は耳に取り付けられたSeven Starsを指でつついていた。

『……止めなさい』

が、止めろという言葉よりも反応があったことが嬉しかったのか。
ヴィヴィオは表情を輝かせると、ビシビシとデバイスコアを指で弾き始める。

『こら、止めなさい。
 ああ、旦那様! 何故に私を残して――』

『後よろしく』

ひらひらと手を振って、部屋を後にする。
そして、ゆっくりと閉まったドアを背後に、ひっそりと苦笑した。




















ヴィヴィオが六課にきてから、少しだけ時間が経つ。
一週間。それだけの時間だが、先端技術医療センターと比べれば人の温もりがいくらかはある場所に、彼女は早くも順応していた。
悪意を自分に向ける人はここにいない――などと難しいことを彼女は考えていない。
が、自分に優しくしてくれる人がたくさんいるこの場所が、居心地が悪いはずがなかった。

ヴィヴィオは今、フェイトの部屋で一人、テレビを見ていた。
部屋の主は今、女子寮の外を掃除している。ヴィヴィオの面倒を見ると云っても、通常業務を止めるわけにもいかず。
何かあったらSeven Starsから連絡もあるので、少しの時間、ヴィヴィオは一人――ではなく、お気に入りの喋るぬいぐるみと過ごしていた。

ヴィヴィオが熱心に視線を注いでいる画面に映る番組は、ミッドチルダの教育テレビ。
小学生ではなく、完全な幼児向け番組。デフォルメされたキャラクターが歌のお兄さんやお姉さんの一緒に動き回っている。

リズミカルなBGMに身体を揺らしながら、ヴィヴィオは半口を開けてじっと画面に見入っていた。
すると、番組が次のコーナーに移る。

ヴィヴィオは少しだけ残念そうに表情を曇らせる。

「……おわっちゃった」

『……このコーナーが終われば、また始まります。
 それまで我慢を』

「わかった!」

ぎゅっと喋るぬいぐるみを抱き締めて、ヴィヴィオは番組へと戻る。
画面に映る文字は読めなかったが、幼児でも分かるレベルに噛み砕かれた言葉を聞きながら、ヴィヴィオは小さく首を傾げた。

「……パパ?」

番組のコーナーは、休みの日に父親と遊ぶ子供の様子が映っていた。
その子の様子が酷く楽しそうで、なんでそんなに笑っているんだろうと、ヴィヴィオは頭の上にクエスチョンマークを浮かべる。

「ウサギさん、パパってなに?」

『一親等以内の男性親族。
 もしくは、社会的にそういう立場を取りながら家を支える者を指します』

「……わかんない」

『ぐっ……。
 男の人のママです』

色々と放り投げて、Seven Starsはヴィヴィオに分かるレベルで説明を行う。
なぜ完璧な解答が通じないのだと、本人としては酷く不満そう。
だがヴィヴィオは二番目の説明で理解できたようで、すごいすごいと喋るぬいぐるみを抱き上げる。

ヴィヴィオからすると、この喋るぬいぐるみは大事な知恵袋兼お友達だった。
何か分からないことがあれば、この子が教えてくれると。
この時もまたヴィヴィオの望むことを教えてくれて、ウサギさんすごーい、と思うヴィヴィオである。

「じゃあ、ヴィヴィオのパパは?」

『……それは』

どう云ったものだろうか。
この人造魔導師に親らしい親などいない。
いるとしたら制作者となるのかもしれないし、遺伝子提供者なのかもしれない。
が、その両方にSeven Starsは心当たりがなかった。

言葉に困ったのは、その事実をヴィヴィオに伝えたくない――というわけではない。勿論。
Seven Starsはエスティマのために存在するデバイスであり、ヴィヴィオがどうなろうと知ったことではない。
その上、彼女としても主人の首元にあるのではなく、ヴィヴィオの相手をしている現状は酷く不満なのだ。
少しぐらいの意地悪をしてやろうという気持ちがある。
だから、

『探しに行ってみましょうか』

「……え?」

『私にもあなたのパパは分かりません。
 なので、探してみましょう』

云われ、ヴィヴィオは少しだけ迷う。
外に出たら迷子になるから危ないよ、とフェイトに云われているため、言い付けを破るようで困ってしまったのだ。
しかし、その逡巡は一瞬で消える。
画面に映っている子供――パパと遊ぶ子があまりにも楽しそうで、自分もそうなりたいと思ってしまったため、ヴィヴィオは喋るぬいぐるみの耳を掴んで立ち上がった。

「パパ……」

呟きながら、ヴィヴィオは小走りに部屋の出口へと。
そして廊下を駆けつつ、擦れ違った人を見て、違う、とすぐに視線を逸らす。
ここは女子寮なので当たり前だが。

てとてとと柔らかい足音を上げながら、ヴィヴィオは車に気を配って道路を横断。
そのまま歩き続けると、六課の隊舎へと向かう。

男の人がいるならここだったはず、とロビーに入る。
きょろきょろと周りを見回すと、不意に、受付の人と目があった。

「こんにちは!」

「……こんにちは」

ちゃんと挨拶をしないとね、とママに教えられたことを実践して、そのままヴィヴィオは歩き出す。
受付に座っていた人物はヴィヴィオが迷い込んだわけじゃないのだろうと――元気の良い挨拶をされただけで思いこみ、仕事に戻った。

それはともかくとして、ヴィヴィオは隊舎の廊下を歩く。

「ウサギさん、どっちにいけばいいの?」

『次を右に』

「……?」

『ぐっ……こっちです』

呟くと、Seven Starsは空中に山吹色のスフィアを生み出した。
ふらふらと空中を泳ぐそれが、ヴィヴィオの行き先を示す。
それをじっと見詰めて、すごいすごい、と喋るぬいぐるみをヴィヴィオは抱き締めた。

魔法というものをヴィヴィオは知っている。すごいもの、という認識ていどだが。
しかしそのすごいものを喋るぬいぐるみが使えるとは微塵も思っていなかったため、ヴィヴィオの驚きは人一倍だった。

魔法、ということで真っ先に浮かんできたのは、なのはの姿だ。

「ウサギさん、ヴィヴィオもママみたいに空とびたい!」

『パパはもう良いのですか?』

「……えへへ、そうだった」

小さく舌を出して笑うと、ヴィヴィオはパパ探しを続行する。
宙に浮くスフィアを眺めながらふらふら歩いていると、角を曲がって出て来た男性に、足を止めた。

ヴィヴィオの知らない人物。だけど男の人。この人がパパなのだろうかと、じっと見詰める。
無垢な視線をじっと向けられ、何事、と彼――グリフィス・ロウランは戸惑った。

そして、

「ヴィヴィオのパパですか?」

「えっ」

ビシリ、と固まってしまったグリフィス。
どうやら違ったらしい。

失礼しました、と教えられたとおりに頭を下げると、ヴィヴィオはパパ探しを続行する。
スフィアに従いながら歩き続けていると、ふと、男の人たちが固まっている一角を見付けた。

休憩所の片隅で、硝子張りになっている場所。
ヴィヴィオには分からないが、喫煙所だ。
行こうかどうしようか迷っていると、宙のスフィアがいきなり曲がって、その後を追ったヴィヴィオは喫煙所のことをすぐに忘れた。

ふらふらスフィアを追って彷徨っていると、今度は通路の向こう側に青い影が。
ザフィーラである。ヴィヴィオの面倒を見ているのはSeven Stars。護衛はザフィーラと役割分担をしており、隊舎にヴィヴィオが移動したことに気付いた彼は、ヴィヴィオを追いかけてここまできていた。

「ザッフィーだ!」

ザフィーラに気付いたヴィヴィオはぬいぐるみを抱いたまま走り寄って、そのまま飛びつく。
もふもふと毛に顔を埋めるヴィヴィオ。幸せそうな彼女とは違い、ザフィーラは迷惑そうな目をSeven Starsに向ける。

『外に出るなら一言云えと……』

『失礼しました』

そんな一匹と一機のやりとりに気付かず、一通りもふもふした後、ヴィヴィオはザフィーラへと顔を向ける。

「ねーザッフィー、ヴィヴィオのパパはどこ?」

パパ……だと……?
犬の顔だというのにザフィーラは眉尻を寄せる。
本人は混乱しているだけだが、ヴィヴィオはそれを知らないのだと受け取って、むむ、と脣を尖らせた。

困った。これならフェイトに聞けば良かった、と今更になってヴィヴィオは思う。
外を歩き回るのは確かに楽しいが、それはそれ。
本来の目的であるパパ探しができなければ駄目だった。

他人からすれば取るに足らないことだが、ヴィヴィオからすると大きな問題。
それに気付いたザフィーラは、鼻先でヴィヴィオの腹を突くと、着いてこいとばかりに尻尾を振って歩き出す。

『行きましょう』

「うん!」

喋るぬいぐるみに促され、ヴィヴィオはザフィーラの後を追う。
揺れる尻尾に目を動かしながら、自分が今どこを歩いているのかも考えず、ついて行く。

そうして辿り着いたのは、部隊長の執務室だった。

「ザッフィー、ここ何?」

問われ、ザフィーラは入れとばかりに首を巡らせる。
不思議に思いながらも、ヴィヴィオは自動で開いたドアの向こう側に踏み込んだ。

「ん? 誰だ――って、ヴィヴィオ? ザフィーラも。
 どうした?」

「ん、ヴィヴィオ?」

部屋の中にはエスティマともう一人。なのはがいた。
どうやら打ち合わせをしていたようで、二人は半透明のディスプレイを挟んで会話をしていた。
が、二人はヴィヴィオの姿に気付くとウィンドウを閉じて、彼女の方を見た。

「ママ!」

なのはの姿を見たヴィヴィオは、ぬいぐるみを抱いたまま駆け寄る。
呆気に取られていた彼女は、もう、と苦笑する。

「駄目だよヴィヴィオ。ここはお仕事をするところなんだから」

「……ごめんなさい」

「うん、良いよ。
 それで、どうしたの? ママに会いたくなった?」

「ううん、パパを探してるの」

「……パパ?」

えっと、となのはは苦笑したまま首を傾げる。
が、ヴィヴィオはひどく真面目なようで、頷きを返す。

「ウサギさんと一緒に、パパを探してるの」

「Seven Stars、お前……」

呆れたエスティマの声が響くも、Seven Starsはそれを無視。
拗ねたようにデバイスコアを輝かせただけで、沈黙している。

エスティマが声を発したからだろうか。
ヴィヴィオはなのはからエスティマへと視線を動かして、パチパチと瞬きをした。

見覚えがある人。ウサギさんを喋るようにしてくれた人。
自分に特別優しくしてくれる人、というのがヴィヴィオのママの基準だった。
なので、男性では――

「……パパ?」

『ええ、そうですよ』

「おいぃ!」

エスティマが速攻で突っ込みを入れるも、一人と一機は完全に無視した。
ヴィヴィオは花が咲くように笑みを浮かべて、机を回り込んでエスティマの目の前へと。

キラキラとした目を向けられて、エスティマは心底困ったように――しかし怖がらせちゃ駄目だと無理矢理に笑みを作る。

「……パパなの?」

「どうかなー……」

助けを求めるように、エスティマはなのはへと視線を流した。
が、なのはは苦笑するだけだ。
そもそも彼女だって、半ば勝手にヴィヴィオからママと呼ばれているのだ。
エスティマがそうなっても別に、と考えているのだろう。

『ほら、ヴィヴィオ。良く見てください』

「?」

『瞳の色が片方同じです。つまりパパです』

「……ほんとだ!」

Seven Starsの云ったことに気がついて、ヴィヴィオは顔を輝かせる。
だめ押しとなったのか、ガックリと肩を落として、エスティマは溜め息を吐いた。
そして再び笑顔を作る。

「……うん、そうだね。
 今は取りあえずのパパってことで」

そんな言い訳じみたことを云うも、ヴィヴィオには理解できない。
えへー、と満面の笑みを浮かべたまま彼女はエスティマの座る椅子――というか、彼の膝の上によじ登る。
そしてエスティマの胸板に背中を預けると、ヴィヴィオは満足したように喋るぬいぐるみを抱き締めた。

















『で、どーすんだよこの状況』

『えっと……どうしようか』

『このままじゃ仕事できないし……けど、引き剥がしたら泣くだろうしなぁ』

参った、とエスティマから届く念話を聞きながら、なのははまた苦笑する。
仕事とヴィヴィオを天秤にかけている時点で、彼は酷く甘い。
やはりシグナムを育てたことが影響しているのだろうか。
いや、そもそも彼は甘い人間だし、これが地なのかもしれない。
そんなことを、なのはは思う。

彼とは違い、自分はシャマルの面倒をほとんど両親に任せていた。
だからエスティマとは違い、自分はあの子のことを使い魔や娘というよりは、妹として見ている気がする。

それは彼との大きな違いだろう。
叱りつけこそしないものの、きっと自分はすぐにヴィヴィオをフェイトの元まで連れて行き、仕事に戻る。
けれどエスティマはどうしたものかと困り果てて、けれどヴィヴィオを邪険に扱うつもりはないようだ。

「……ヴィヴィオ、これからパパはお仕事しなきゃならないんだけど、どうする?
 遊んであげられないから、寮の方に戻った方が楽しいと思うけど」

「ここにいる!」

「そっかー……」

それとなく誘導しようとして失敗したエスティマ。
彼はいい加減諦めたのか、ヴィヴィオを膝に乗せたまま閉じたウィンドウを展開した。

そのまま、エスティマはなのはとの打ち合わせを再開する。
ちっとも内容は分からないだろうに、エスティマの膝の上にいるヴィヴィオは、ご機嫌な様子で二人を見上げていた。

それにしても、となのはは思う。
なぜヴィヴィオはいきなりパパなんてことを言い出したのだろうか。
先端技術医療センターで初めてヴィヴィオと顔を合わせたとき、ママはどこ? と彼女は聞いてきた。
それからなのははママと呼ばれるようになったのだが――その時のことを考えたら、ヴィヴィオが父親のことを気にしたことが、少し不思議に思える。
もしかしたら、自分はヴィヴィオが満足するほどに構ってやれてないのでは――そんなことを考えてしまう。
実際は教育テレビに影響されてのことだが、それを知らないなのはからすれば、どうしても気になることだった。

エスティマと念話を交わしながら、なのははヴィヴィオへと視線を落とす。
何が楽しいのだろう。分からない。けれどヴィヴィオは飽きることを知らないように、にこにこと二人のことを眺めている。

……ヴィヴィオが何を考えているのかまでは分からない。
けれど――ああ、となのはは少しだけ、ヴィヴィオの気持ちが分かってしまった。
おそらく寂しかったのだろう、と。
父親はいない。母親はいるのだとしても、それは仕事で自分を構ってくれない。
けれど嫌われたくはないから、良い子にして待っていなければならない。

そんな気持ちは、なのはにも覚えがある。
父が負傷し、実家の喫茶店の経営が危うい時期――自分の幼少期とどうしても重なってしまうのだ。

……ごめんね。

そう、ひっそりと胸中で彼女は呟いた。
両親が大変な時期だから、ワガママを云って困らせてはいけない。
そう云って寂しさを押し込めて、一人でいた時期は、決して楽しくはなかった。
それと同じというわけではないだろうが、似た気持ちを覚えさせてしまったことに、微かな胸の痛みを覚える。

『ヴィヴィオ』

「なーにー?」

唐突に声を上げたSeven Starsに、ヴィヴィオは応える。
声の調子は穏やかで、弾んでいた気持ちは落ち着いているようだ。
しかし楽しくなくなったわけではなく、穏やかさの中には喜びが混じっていた。

『何がそんなに楽しいのですか?』

「パパとママがいるから!」

『……そう、ですか』

不満そうに押し黙るSeven Stars。
けれど、ヴィヴィオにとっては言葉の通りでしかないのだろう。
何か理屈があるわけではなく、ただ両親が揃っているだけで嬉しいのだと――当たり前のことを喜んでいる。

ああ、そうだった。
そんな当たり前のことが与えられなかったからこそ自分は餓えて、そして、今のヴィヴィオも同じ状態なのだろう。
……ごめんね。

もう一度、言葉に出さず胸中で呟く。
ヴィヴィオになのはの気持ちが通じることはないだろう。
それは彼女自身も分かっている。
彼女が謝罪の言葉を思ったのは偏に、自分自身へとヴィヴィオのことを刻みつけるためだ。
仕事をなまけることはできない。
自分自身へと科した事柄に、手を抜くことはできない。

けれど――大事にしなければいけない対象への愛情をしっかりと覚えるために。

なぜ、自分はヴィヴィオにママと呼ばれることを許したのだろう。
それは、フェイトと友達になったことや、はやてを救うことに力を貸したことへ通じるものがある。
彼女は泣いている人間を放っておくことができないのだ。
寂しさを我慢して、一人、誰もいない場所で泣いていた自分と同じを味あわせないために。

だからこそ――と。

なのはは、ヴィヴィオにママと呼ばれることを受け容れていた。
















エスティマの膝の上で時間を過ごし、飽きもせずヴィヴィオはずっと楽しそうに過ごしていた。
しかし、その時間にも終わりはくる。就業時間だ。

これからご飯を食べて――それで、ヴィヴィオが望んでいた時間は終わるだろう。
それを分かっていたのか、知らなかったのか。

「……それじゃあヴィヴィオ。もう、パパは自分の部屋に帰らないとだから」

そうエスティマが云うと、ヴィヴィオは一瞬前までの笑顔から一点、戸惑いの混じった怒り顔へと転じた。
ほっぺたを膨らませたまま、

「やだ!」

そう、子供らしく、理由も言わずに拒絶の言葉だけを放つ。
どうしたものかとエスティマは思案する。
そんな彼とは違い、なのはは苦笑すると不機嫌そのものであるヴィヴィオを、エスティマの膝から抱き上げた。

「ほら、ヴィヴィオ。
 あんまりワガママ云っちゃ駄目でしょ?
 今日一日でパパにもワガママを聞いてもらったんだから、もう良い子にしなきゃ」

「やだー!」

なのはの諭す言葉に頭を振って、ヴィヴィオは大粒の涙を瞳に浮かべる。
辛うじて頬を伝ってはいないものの、すぐにそれが大泣きへと変貌することは誰の目から見ても明らかだった。

そんな様子のヴィヴィオに、少しだけなのはは面食らってしまう。
幼いにしても、ヴィヴィオは聞き分けの良い子だと思っていたのだ。それが、こうも駄々をこねるだなんて。

『ヴィヴィオ。あまりワガママを云っては駄目です』

「けど、ヴィヴィオは……」

『駄目です』

「けど……!」

お気に入りのぬいぐるみに諭されても尚、ヴィヴィオは髪を揺らしながら嫌だと云う。
なんでだろう、とヴィヴィオの言葉を聞きながら、なのはは首を傾げる。
決して聞き分けの悪い子じゃなかったはずなのに、と。

「ヴィヴィオ、一緒に寝たいもん……」

……ああ、そうか。
そう思うと同時に、それもそうかと思い至る。
もし普通の家族ならば、父親母親に挟まれて子供は眠る――だからヴィヴィオは、それをしたいと云っているのだろう。
同時に、なのはも子供の頃はそうしたかったという、忘れていた欲求を思い出す。

目を覚まして、真っ先に母親を捜したヴィヴィオ。
それを手にした今、今度は父親母親と一緒に時間を過ごす――そんな当たり前であり、だからこそヴィヴィオは欲して止まない事柄。
このまま父親と別れてしまっては、その願望を満たすことができないと分かっているのだろう。

けれど、ヴィヴィオの願いは叶わないと分かっている。
パパママと呼ばれてはいるが、エスティマと自分はヴィヴィオが云うような関係ではない。今はヴィヴィオのために芝居をしているようなものなのだ。
そもそも男子寮と女子寮で休む場所が別れている以上、ヴィヴィオの願いは叶わないのだが……。

「……そっか。じゃあ、一緒に寝るか?」

「……本当?」

「ああ」

「やった!」

エスティマの言葉に顔を輝かせて、ヴィヴィオはそのまま彼に抱きつく。
まんざらでもない表情をしながら、それを受け容れるエスティマ。
だが二人の様子を見ながら、なのはは呆れた響きの混じる念話を彼へと向けた。

『……エスティマくん。部隊長が積極的に規律を破って良いの?』

『そう云うなよ。俺だって考えなしに喋ってるわけじゃないさ。
 職員用の仮眠室を使う。今は別に警戒態勢ってわけでもないし、問題はないだろう』

ヴィヴィオを隊舎に入れる時点でグレーゾーンだけどさ、とエスティマは苦笑する。
それに溜め息を吐きながら、なのはは追うように苦笑した。

その後、なのははヴィヴィオを連れて風呂へと。
よっぽど父となってくれた者と一緒にいられることが嬉しいのか、なのはと身体を洗っているときも、終始ヴィヴィオの機嫌は良かった。
風呂を上がると、普段着のまま二人は再び隊舎へと戻る。手荷物として持っているのは寝間着だ。

エスティマの云っていた仮眠室に行くと、そこには既にエスティマがいて、彼は寝るための準備を進めていた。
どこから調達してきたのだろう。部屋に並んでいる簡易ベッドは横にどけられており、床には布団が敷かれている。

97管理外世界の自室にはベッドがあったし、布団で寝るのは久し振りだ。
そんなことを考えながら、なのはは肩に担いだ荷物を床に下ろした。

「パパー!」

「きたかヴィヴィオ……それじゃあ、着替えて寝る準備をしような。
 パパはちょっと外に出てるから」

「……なんで?」

「なんでって……そりゃ」

そう云って、エスティマはちらりと視線をこちらに向けてくる。
……少し、気まずい。

「……ともかく、外に出るから」

「えー……じゃあ、ヴィヴィオも……」

『ヴィヴィオ。先に着替えてしまいましょう』

「うー……」

Seven Starsに云われて、渋々ヴィヴィオは頷いた。
そしてエスティマが外に出たことを確認すると、なのはは制服からパジャマへと。
ヴィヴィオの着替えが終わって、脱いだ服を片づけると、外で待つエスティマへと念話を飛ばした。

そして彼が入ってくると、そのまま三人で布団に入る。
俗に云う川の字だ。ヴィヴィオを真ん中に挟んで、両脇をエスティマとなのはが。

横に並ぶエスティマとヴィヴィオの顔を見て、なんだか変な感じ、となのはは小さく笑った。
ヴィヴィオが切っ掛けとなり、父親と母親の役を演じているなのはとエスティマ。
もしこんな機会がなければ、一緒の布団に入ることなんてあり得ないだろうに。

自分とエスティマは、とても男女の仲とは云えないだろう。
友人。その言い方が最もしっくりくる。
世の中には男女の間に友情は成立しないなんて言葉があるけれど、自分と彼だけは違うだろう。そんなことを、彼女は思った。

そもそもエスティマを男性として意識することが、どうしてもなのはにはできないのだ。
好敵手とも戦友とも云える立ち位置をずっと続けてきたことがある上に、友人――はやてがどんな風に彼を見ているのか知っている。
だからこそ、なのははどうしてもエスティマを異性として意識できない――しようとしていなかった。

「なのはママ」

「……ん?」

ヴィヴィオに呼ばれ、なのはは考えごとからふっと抜け出した。
見てみれば、ヴィヴィオはくすぐったそうな笑みを向けてきている。
いつもならば眠っている時間なのに、少しも眠そうではない。
興奮しているのだろうか。かもしれない。父親と母親に挟まれて、という状況が、きっと嬉しくてたまらないのだろう。

早く寝なさい――そんな言葉が喉元まで出かかるが、なのははそれを飲み込んだ。
今日みたいなことをずっと続けることは出来ないだろう。なんだかんだで無理を通しているところもあるのだ。
だったら今日ぐらいは、寂しい思いをさせずに、ワガママを聞いてあげよう。

「なのはママ」

もう一度なのはを呼んで、ヴィヴィオはおもむろに、なのはの手を取った。
そして、

「エスティマパパ」

もう片方の手をエスティマへと伸ばす。
両親と手を繋いだ状態で、えへへ、とヴィヴィオは頬をとろけさせる。
ヴィヴィオが何を思っているのか、なのはには分からない。
しかし、幸せそうな表情を見れば、それだけで満足できてしまう。

ああ、幸せそうだ――こんな風に自分もやってもらいたかった――。
心の隅に滲む、幼少期の寂しさになのは自身は気付いていない。
けれどそれが根底にあるからこそ、彼女はヴィヴィオを愛してあげたいと思っていた。

ふと、なのははヴィヴィオからエスティマへと視線を流す。
彼は腕枕をしながら、ヴィヴィオへと柔らかな視線を注いでいる。
父親と云うにはまだ若い。しかし、微かな愛情が表情に浮かんでいた。

シグナムの面倒を見ていたからだろうか。
彼に云わせれば父親失格とのことだが――だからなのだろう。
シグナムを満足にかまってやれなかったからこそ、エスティマはこうしてヴィヴィオを相手にしているのでは。
そんなことを、なのはは思う。

自分を同じ寂しさを感じさせたくないからママと呼ばれることに甘んじている自分。
シグナムを充分に愛してやれなかったから、今、パパと呼ばれることに甘んじている彼。
なんとも妙な形だった。
どちらもヴィヴィオを見ているようで見ていない。けれど、ヴィヴィオはそれに気付いていない。
俗に云う偽善というやつだろうか。そんなことを、なのはは思う。
しかし、偽善も最後までやり通せば善となるのだ。今までがそうであり、今がある。ずっとそうし続けてきた。
ならば今回も今までと同じように……シャマルの時と同じように、この子を守ってあげよう。

「ねぇ、ママ。パパ」

「……どうしたの、ヴィヴィオ」

横になったことで徐々に眠気が襲ってきたなのはが、僅かに間を置いて返事をする。
えっと、と前置きをして、ヴィヴィオはたどだとしく言葉を紡いだ。

「ママとパパは魔導師さんだよね」

「うん、そうだよ」

「じゃあ、ヴィヴィオも魔法使いたい」

「んー……ちょっと早いかな。もう少し大人になったらね」

苦笑しつつ云ったなのはに、ヴィヴィオは頬を膨らませた。
ワガママが始まるかな。そうなのはが思うと、

「なのはママが魔法を覚えだしたのは九歳からだよ、ヴィヴィオ。
 だからそれまで待とう。そうすればお揃いだ」

「……うん」

エスティマの理屈になっていない理屈で、ヴィヴィオは渋々納得した。
……今のやりとりこそ魔法じみてる。
上手いな、と少しだけなのははエスティマを見直した。

横になったままヴィヴィオの髪の毛へ手を伸ばし、ゆっくりと撫でる彼。
顔に浮かんでいるのは穏やかな笑みで、それは、なのはがあまり見たことのない類のものであった。
僅かに父性の見え隠れする顔。97管理外世界にいる父が浮かべるような。

……そんな顔もできるんだ。

てっきり彼は自分と同類――戦うことが本業の人間だと思っていたのに。
しかし、よくよく考えてみれば違う気もする。
ずっと戦い続けて、習得した技を生かし教導官となった自分。
ずっと戦い続けて、今は三佐にまで上り詰め、この六課を運営しているエスティマ。

始まった部分は同じなのに、こうも違いが出ることに驚いてしまいそうだ。
とは云っても、それぞれ違う人間なのだから、まるっきり同じになるだなんてあり得ないけれど。

それでも今のやりとりを見て、培ってきた経験が自分とは違うのだとなのはは思った。
……似ているってずっと思ってきたけれど、そうでもないのかな。

今更すぎることだが、しかし、それも仕方がないのかもしれない。
方向性や立場は違うが、彼と自分は根っこの部分が酷く似ている。何かを守るために戦う者。
積み上げた経験や生き方が違うために執る手段は違うが、その目的はほぼ同じ。

そんな似て非なる彼に、少しだけなのはは興味を抱いた。

ふと視線を落とす。
興奮だけでは限界があったのか、横になったヴィヴィオはゆっくりと眠りに落ちているようだった。
額にかかる前髪をそっと直してやると、ヴィヴィオの顔を眺めながら、なのははエスティマへと念話を送る。

『エスティマくん、起きてる?』

『起きてるよ。
 ああ……疲れた。今日はお互いにお疲れ様』

『ずっとヴィヴィオの面倒を見ていたからね、エスティマくん。
 なんだかんだで、パパが様になってたよ』

『……止せよ。嫌味にしかならない』

『どうして?』

『シグナムにこうしてやりたかった、ってのを、そのままやったようなもんだからな』

『……そっか』

上手く返す言葉を見付けられなくて、なのはは言葉に詰まる。
そんな風に応え辛い話題にした自覚があったのか、今度はエスティマの方から話を振ってきた。

『そういうお前は、あんまりママらしくないな』

『……仕事があるから。
 かまってられる時間が少ないから、どうしても。
 私じゃなくてフェイトちゃんの方がママ役に相応しいと思うけど……』

『さて、どうかな。
 慌てふためく様子が目に浮かぶよ、俺は。まぁ、すぐに慣れるだろうけれど』

『そうかなぁ……フェイトちゃんなら、なんでもそつなくこなすイメージがあるけど』

『いや、あれは生来の不器用だ。頑固だし。
 効率の良いやり方が分からないから、取りあえず全部やってみるのを選択するよフェイトは』

くつくつとエスティマは忍び笑いを洩らす。
それでヴィヴィオが眠りから冷めることはなかった。
二人は話を続行する。

『そっか。なんだか以外かも。
 私からすると、エスティマくんもフェイトちゃんもユーノくんも、なんでもこなせる完璧兄妹ってイメージがあるかな』

『そりゃ間違いだって。要領良いのはユーノだけで、俺もフェイトも不器用だよ』

『エスティマくんも?』

『ああ。同時に物事をこなすことなんかできない。
 今も昔も、俺は一度に一つのことしかできないよ』

だからシグナムを満足にかまってやれなかった。

それは言い訳なのか、それとも自嘲なのか。
なのはには分からなかった。

『……シグナムも不幸ってわけじゃないと思う。
 昔は寂しかったとしても、エスティマくん、ちゃんとシグナムのこと考えてるから。
 その気持ちは伝わっていると思うよ』

『そうだな。あれは、良い子だから。
 良い子でいるようにしてしまった、ってのもあるかな。
 もう少しワガママを云って貰いたかったかもしれない。今だから云えるのかもしれないけどさ』

自嘲気味に呟く彼に、なのはは眉根を寄せた。
……そういえば彼はこういう人間だった。
いちいちネガティブに走るのが悪い癖。それ以外のところはそんなに悪くないのに。

『ねぇ、エスティマくん。
 そういう風に暗い方向へ持っていこうとするの、悪い癖だよ』

『なんだよ。説教するなよ。
 ……癖みたいなもんなんだから流してくれ。付き合い長いんだから慣れてるだろ』

『そういうのに慣れてるのは、多分はやてちゃんだけ。
 こうやって二人で話す機会もそう多くないからね』

『……そうか? ああ、そうかもな。
 オーケー、分かった。気を付けるよ』

気のない受け答え。微塵もそんな気がないことは、なんとなく分かった。
……しょうがない人。
こんな気持ちをはやてちゃんも味わっていたのかな。

ふと脳裏に幼馴染みの顔が浮かぶ。
エスティマと付き合いだしてからの時間は自分と大差ないけれど、彼を見ているという一点では誰よりも長い時間を過ごした八神はやて。
そもそも彼女は、どうしてこの人が好きなのだろう。
以前、放っておけないからと聞いたことがあるけれど。

……少し、客観的に考えてみよう。

外見は……良い方だろう。
中性的なところがあるとは云え、可愛く見えるのは悪くない。
おそらく本人に云ったらいい顔はしないだろうけれど。






性格は……まぁ、良いはずだ。
そうでなければここまで彼を中心に人が集まることはないはずだし。
深く関われば変わったところがあるのに気付くけれど、それが悪いわけではない。

あとは……仕事もできる。給料も良い。
働いているところが管理局だから収入だって安定している。
もし今の職を辞しても、デバイスマイスターの資格を持っているから食うのに困ることはないだろう。

……あれ?
一人の男性として見たらそこそこ良い線を行っているはずなのに、欠片も彼をそういう風に見れないのはどういうことか。
少し考えて、簡単にその答えへと辿り着く。
彼と自分は友達だ。性別を超えた友情は生まれないとどこかで聞いた覚えがあるけれど、自分と彼だけは違う。

好敵手。そんな言い方がしっくりくる。
何もにらみ合いをしながら激突するわけでなく――心根が似ているからこそ、頑張っている姿を見て自分自身を奮起し合うような関係。
もうずっと前の話になるが、彼の心が折れ欠けたとき、自分は心配すると同時に失望してもいたのだ。
まだ幼く、こんな思考に辿り着いていなかったから、当時は気付いてもいなかったが。

それと同じように、もし自分の心が折れそうになったならば、彼はきっと嘲笑いにくる。
……酷い人だなぁ。
なのはの想像でしかないが、容易にその光景を思い浮かべることができてしまった。

しかしそれは、自分が思っているのと同じように、きっと立ち上がると信じているからそんな態度を取るのだろう。
いつかの自分――首都防衛隊第三課が壊滅した時、彼の夢の中で激励の言葉を向けなかった自分と同じように。

……そう。自分と彼はそんな仲だ。
今の状況だって、ヴィヴィオのために演技をしているようなもの。
こうして一緒の布団に入っていても、これと同じことが二度とあるものか。

決して男女の仲になんて、なるはずがない。
そういうのははやてがいるし――

『しっかし、アレだな』

『……ん?』

『こうやって川の字で寝るってのも、変な気分だ。
 血のつながりも何も、ここの三人にはないっていうのにな』

『うん。私もそんなことを考えてた』

『奇遇……でもないか。誰でも思うよな。
 まぁ、お前と家族になるとか、あり得ないし』

『あはは……って、何気に酷いこと云ってない?』

笑顔一転、いや、表情はそのままだが、なのはは少しだけ不機嫌さを滲ませて念話を送る。
そうすると焦ったように、エスティマが続きを云った。

『……勘違いするなよ。そういう風に見られないってだけだ。
 まぁ、可愛いし。普通にお前とそういう関係になりたいって奴はたくさんいるだろ』

『それはどうも。
 ま、私も似たようなことをエスティマくんに考えてるから、おあいこだけどね』

『……酷いな』

『エスティマくんもね』

云いながら、二人は念話ではなく、押し殺した笑い声をくつくつと上げる。
そう。
彼とはこんな関係なのだ。
これがずっと続くのだと、なんの根拠もなしになのはは信じている。
















「……ん」

目を覚ます。
ここは――と、一秒にも満たない間考え、すぐに思い出した。
ここは隊舎の仮眠室で、ヴィヴィオのワガママでエスティマと一緒に家族の真似事をやったのだった。

窓のない、ただ眠るだけの部屋だと朝を迎えた気がしない。
が、レイジングハートへと視線を落とせば、その表面に時刻が表示されている。
もうすぐ朝練が始まる時間だ。行かないと。

そんな風に考えて、なのははゆっくりと身を起こしつつ隣の二人に視線を投げる。
すやすやと寝息を立てるヴィヴィオ。寝顔は愛らしいと云って間違いなく、見てると自然に笑みへと表情が変わってゆく。
一方エスティマは覚醒が近いのか、ピクピクと瞼が動いていた。

そっと布団から抜け出しながら、なのはは繋がれていた手を解く。
そう、眠る前に繋いだヴィヴィオとの手は、この時までずっと繋がっていたのだ。

ごめんね、とヴィヴィオの額を一撫でして、なのはは立ち上がる。
取りあえず着替えを――と思って、少しだけ躊躇する。

ヴィヴィオはともかく、ここにはエスティマもいるのに。
どうしたものかと首を傾げる。が、まだ彼は寝ているし良いかと、なのはは部屋の隅に畳んでおいた制服に視線を向けた。
パジャマのボタンを外して、下着のズレを直しながら――

「……ああ、そうか」

呂律の回っていない声が背後から届いた。
ギクリとしながら振り向くと、目を擦りながら身体を起こしたエスティマをばっちり視線が合ってしまう。

エスティマはいきなりすぎる状況に眠気が吹き飛んでしまったようで、目を見開いていた。
そして、

「お、おはよう」

「な、ななっ……!」

無遠慮にもほどがある、よりにもよって挨拶を投げ掛けられて、なんとも表現のつかない感情で顔に熱が宿る。
そんななのはから視線を外して、そのまま布団に引っ込むエスティマ。

「そしておやすみ」

どうしてくれようかと思いながら、火照った頬を持て余して、なのはは嘆息する。
今のやりとりで完全に眠気が吹き飛んだ。冴えた頭の中でぶちぶちと文句を云いつつ着替えを進める。
まさか覗いたりしてないよね、と思いつつ何度か振り返るも、彼は布団の中に引っ込んだままだ。

……まったくもう。
ヴィヴィオがまだ眠っているから大声を出して怒鳴るわけにもいかない。
が、もしヴィヴィオがいなかったら自分はどんな反応をしていたのだろう。そんなことを考える。

男の子に着替えを見られるなんて、早々あることじゃない。
友達だとは云っても、当たり前に恥ずかしいのだ。

制服へと着替えるとパジャマを部屋の隅に畳んで、なのはは外へと足を向ける。
そして扉を開いたときだ。

「……いってらっしゃい。頑張って」

布団の中から腕を出してひらひら振るエスティマに送り出された。
いってらっしゃい。思えば、誰かにそんなことを云われたのは久し振りな気もする。

なんだか妙な気分。
嬉しさとは違う、妙な感覚がある。

……芝居なのだとしても、悪くはない時間だった。
ヴィヴィオが喜んでくれたのは素直に嬉しいし、エスティマと一緒にいるのも、まぁ悪くないのだし。
それに――たとえ偽物の家族だったとしても、暖かさは確かにあった。

そんな風に思いながら、早朝の隊舎をなのはは進む。
するとだ。
廊下の先に見知った顔を見付けて、なのはは手を挙げながら挨拶をした。

「はやてちゃん、おはよう」

「ん、おはよう、なのはちゃん」

しっかりと制服を着たはやては眠そうな顔に笑顔を浮かべると、返事をする。
しかしどうしてこんな時間に。教導があるわけじゃないから、はやてが制服を着るにはまだ早いはずだ。

そんなことを考えていると、だ。

「……なのはちゃん、どうやった?」

「……え?」

「んー……、昨日、ヴィヴィオの面倒見るってことで三人一緒に寝たんやろ?
 せやから、何かあったかなーって」

「ああ、大丈夫だよ。はやてちゃんが心配するようなことは、何もなかったから」

「……見透かされてるなぁ」

困った風に笑うはやて。
そんな彼女を見ながら、なのはも苦笑する。

彼女がエスティマに恋慕を抱いているのは知っているけれど、相手を間違っている。
自分ではそんなことあり得ないのだから。彼もそうだと云っていたのだし。

少しの腹立たしさもあって、なのはははやてにそれを伝えようとして――

「うん。ごめんな、なのはちゃん。ちょっと焦ってもうた。
 ……うん。ヴィヴィオがいるし何かあるわけがないって分かってたんやけど、どうしてもな」

……止めようと、口を噤んだ。
何を云っても今のはやてには不安を抱かせそうだし。

けれど、と思う。
なぜ自分とエスティマのことで、そんなにはやてが気に病んでいるのだろうか。

「……はやてちゃん、他の人ならともかく、私は大丈夫だよ?」

盗ったりしないから、というニュアンスを含めて。
はやては苦笑を続けながら、居心地が悪そうに前髪を指先で弄った。

「……うん。分かってる。ずっと私のこと応援してくれたしな、なのはちゃん。
 けどほら。エスティマくんとなのはちゃん、仲良いやんか。
 それに気付いて、なんや昨日から落ち着かなくてな。
 本当、ごめん」

「ううん、良いよ。気にしないで」

云いつつ、胸中でなのはは首を傾げた。
仲が良い……のだろうか。
他人に云われてみるとそうかと首を傾げてしまう。
あくまで普通に彼とは接しているつもりだけれど、外から見たら違うのかもしれない。

行こう、となのはは彼女を促して、二人は外を目指しながら歩きはじめる。

そう。エスティマと自分は友達である。
それ以上にはなっちゃいけない。
そんなことをすれば、目の前にいる友人が悲しんでしまう。
……いや、悲しむなんて言葉では言い表せないほどに、それは残酷なことだ。

だから絶対にそんなことは――そもそも彼とだなんてあり得ないのだし――と、なのはは思う。
が、同時に、しこりのようなものが胸に残る。
それがなんなのか、彼女が気付くことはなかった。

……エスティマと自分が一緒にいなければ。
ようやく揃った父親と母親のやりとりが芝居だと気付いてしまったら、ヴィヴィオがどんな気持ちになるのか。
それをなのはが考えていないわけではない。
ただ無意識下で考えないようにしているのだ。

胸の内から目を逸らす――そんなことを微塵も意識せず、なのはは隣のはやてへと目を向ける。
……ごめんね、はやてちゃん。
困らせてしまって申し訳ない。
けれど私はエスティマくんを盗るわけじゃないんだから、もう少しだけ、ヴィヴィオのために我慢してくれるよね?

酷いことをしているという自覚はある。
謝っても済まないことだろうという気もする。

しかし、嘘だとしてもヴィヴィオに愛情を注ぐことが――エスティマと共にその状況を続けていくことを。
なのはは、簡単に止めたくはなかった。

ヴィヴィオのため、とは云いながらも。
三人でいた時間は、決してつまらないものではなかったのだから。







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