※エンディングフラグは重複しません。ハーレムとか存在しません。あしからず。
フラグ話は続きます。お好みのものを史実と認識してください。
彼女との出会いは偶然……だったのだろうとは思う。
当時の俺は大人のつもりが足元の見えていないガキで、本当、どうしょうもない奴だったと思うよ。
そんな俺がやらかしたミスの一つとして、フェイトのサンダーレイジに撃墜されたってのがある。
……ん?
ああ、それでな。撃墜されて、意識を失った俺は、彼女に助けられたわけだ。
その時の俺はフェレット状態で、その上意識はない。
彼女も、俺のことをまさか人だと思って助けたわけじゃなかったんだろうよ。
けど、動物にしろ人にしろ……いや、人だったら救急車を呼べば良いだけだ。けれど動物ならば話は別。
見て見ぬふりをせず、自分の意志で助けようと思った彼女は、とても優しい子なんだって思ったよ。
……まぁ、知ってたんだけどね。
「こんにちはー……って、あれ?」
エスティマの執務室に顔を出したはやては、そこにいると思っていた青年の姿がないことに首を傾げる。
代わりにいたのはグリフィスだ。彼ははやてが顔を覗かせたことに首を傾げつつ、作業をしていた手を止めた。
「八神捜査官、どうされましたか?」
「いや、エスティマくんにちょっと用事があってな?
けどお留守のようやし、また後でくるわ」
「ああ、部隊長、今日は有給休暇で出勤していませんよ」
「へぇー……って、何やて!?
あのエスティマくんが有給休暇……って、ああ、先端技術医療センターにでも行ったんなら」
と、一人納得するはやて。
エスティマが有給休暇を使うことなど、シグナムが独り立ちしてからは皆無と云って良い。
稀にあるのは、今はやてが口にしたように、精密検査を受ける時ぐらいなものだ。
だから今日もだろうと彼女は思ったのだが、
「いえ。明日はフリーだー、と昨日云っていました」
「……そか」
怪訝な顔をしながらも、はやては頭を下げると執務室を後にする。
ドアが閉じたのを確認し、人気のない廊下を一人歩き出した。
まだ六課は業務を開始したばかり。皆オフィスにこもり、廊下を行く人影はほとんどなかった。
コツコツと足音を響かせて、はやては何故彼がいないのだろうかと考えを巡らせる。
エスティマが有給休暇。それも医者に行くわけではなく、完全なフリー。
あり得ない、とはやては思う。遊び呆けてる余裕なんかない、と大真面目な顔で云うような人間だ、エスティマは。
悪戯好きというか意地悪な性格はともかくとして、根っこが堅物であることに代わりはないのだから。
そんな彼がわざわざ休み……それも平日にだなんて、どういうことだろう。
珍しいこともあるもんや、とはやてはとぼとぼと歩き出した。
なんだか調子が狂ってしまう。働いているとはいえ、毎日顔を合わせているエスティマがいないというのは、どうにも。
まだ三課にいた頃は顔を合わせない日もあった。結社に対抗するために毎日のように出勤していたため、合わせている日の方が圧倒的に多かったが。
しかし六課が設立してから、そういった日すらもなくなっている。
仕事をしながら毎日顔を合わせて――と。そんな風に習慣付いてしまったせいか、肩透かしを食らった気分だ。
「エスティマ分欠乏症と名付けようー。
……アホかい」
一人突っ込みを入れて、肩を落とし、仕事に戻ろうと気を入れ直す。
エスティマがいなくても六課は回る。自分にだって仕事があるのだから。
六課の捜査官として自分に与えられたオフィスに戻ると、リインフォースⅡがデスクで端末を弄っていた。
強化改造によって人間サイズとなった彼女は、以前まで使っていたリイン机ではなく普通の机に座っている。
普通とは云っても、身長が低いことに代わりはなく、一回り小さい子供用の机だが。
おかえりですよー、と云って、すぐに彼女ははやての調子がおかしいことに気付く。
「はやてちゃん、どうしたんです?」
「んー、なんや、エスティマくんが有給休暇でお休みってことで、おらんかったんよ。
今日のお仕事、どうしようかなーって思うてな」
「えっ、ずるいですよ! リインもお休みもらいたいです!」
「あはは、働きづめやからな。うん、エスティマくんに訴えかけてお休みもぎ取ろうか」
「ですよ! 最近は忙しいからエクスやシャッハとも会ってないですし、リインは皆と遊びたいです!」
「せやね」
本当にもぎ取れるかは分からないけれど。
自分は休んでた癖にー、と虐めるのは楽しそうだが、無理を云うのは可哀想だ。
リインⅡの言葉に頷きつつも、胸中ではあまり乗り気ではないはやて。
彼女は自分の席に着くと、書類を広げ、くるくるとペンを回す。
自分のすべきことは山ほどある。
逮捕したナンバーズや、未だ引き上げられていないトーレの捜索に関すること。
出現した新型ガジェットへの対抗策が何かないか、聖王教会へ意見を聞きに行くなど。
その他、細々としたものもいくつか。教導をなのはやヴィータに任せっきりにしているからこそ、外回りははやてとエスティマの仕事である。
そのどれから手を着けたものか。すべてが中途半端に進められており、迷ってしまう。
それが今のはやての気分を現しているようで――こんな気分だからこそ迷っているのだろうが――溜め息を吐いてしまった。
「……はやてちゃん、元気がないですか?」
「……んー、エスティマ分欠乏症なんよ」
「良く分からないです」
「私もや」
いよいよもって調子がおかしいと、可哀想なものを見る目をリインⅡが向けてきた。
失礼なー、と思いながらも、怒る気が起きない。
こうなったらエスティマに電話でもしてみるか。いやいや、せめて昼休みまで待つべきだろう。
……そう、電話ぐらいは良いはずだ。
あの日、自分からは何もしないと、はやてはエスティマに云った。
けれども、電話で今日どうして休んだのか聞くぐらいはセーフだろう。
同僚として彼がどうしょうもない理由で有給休暇を使っていないか確かめるだけなのだから。
「……よし。
んじゃあリイン、お仕事始めようか」
「はやてちゃん、再起動です?」
「私はずっと起動しとるよ。
うし、気分転換ってことで、外に出るで!」
「はいです!」
元気よく返事をしたリインⅡに笑みを零しつつ、荷物をまとめてはやては駐車場へと足を向ける。
愛車に乗って、湾岸救助部隊の隊舎に出向き、その次は海上収容施設か。
聖王教会へはメールを送って、話ができるようなら向かうとしよう。
頭の中で予定を立てると、はやてはオフィスを後にした。
それでまぁ、PT事件を終わらせたあとは手紙やらなんやらでやりとりをしつつ、近況報告を交わしててね。
闇の書事件の開幕……まぁ、あまり思い出したくないから、割愛。
その後はシグナムを引き取りつつ、ベルカの方で生活をして……うん、彼女には本当、助けられた。
お世辞にも良い父親とは云えなかったからね、俺は。シグナムの面倒も見てもらったし、飯のことだって……ああ、家事もだな。
……分かってる。面倒見られっぱなしだよ、本当。お礼の一つもロクにしてないってのにな。
それで戦闘機人事件が起きて、彼女が三課にくることになって。
つい最近のように思えるな。そこでも俺は彼女に……あれ? 俺、世話になりっぱなしじゃ……ああもう、云われなくても分かってるよ。
「……出ぇへん」
コール音しか返さない携帯電話を耳から遠ざけると、はやてはそれを折り畳んで、ポケットに突っ込んだ。
「……馬鹿」
そんな呟きが漏れる。
どこで遊び呆けているのだろう。お昼時だって云うのに、電話に出ないだなんて。
「はやてちゃん、どうしたですか?」
「エスティマくん、電話に出てこーへんかってな。
ちょっと残念やなー、って思うて」
「む、そうなんですか?」
そう云いつつ、リインⅡは昼食として買ったハンバーガーを口に運ぶ。
以前は食べられなかったサイズの物を口にできるのは嬉しいようで、最近のリインⅡは食い意地が張っている。
あぐあぐとがっつきケチャップを頬につけて、むっとした表情を彼女は浮かべた。
「本当、エスティマさんはどこで何をしているんですかねー」
「……まぁ、プライベートやからな。
溜まっていたデバイスの欲しいパーツとか買い漁っとるんかもしれへん」
「……前からリインは不思議に思っていたのです。
Seven Starsのカスタマイズは市販のパーツじゃできないのに……。
それに、どうしてエスティマさんは使いもしないパーツを買ったり、デバイスを組み立てたりするのですか?」
「んー、本人曰く、プラモデルみたいなもんらしい」
「プラモデル? リイン、あれも良く分からないですよ。
作るのが楽しいのはなんとなく分かるですけど、完成しちゃったら置き場所に困るだけなような気がするですよ」
「マイスターの名前が示す通り、職人肌なところがあるからやろ。
自慢の一品を造り上げたい、って拘りやと思うわ」
「ふむふむ、流石はやてちゃんです。エスティマさんのことならなんでも知ってるですね。
んー、エスティマさんやシャーリーは良い人だしリインも大好きですけれど、たまーにマッドな方向に走るのが困りものです」
「あれはちょっと怖いなぁ。
なんで使い物にならへんって分かってるデバイス談義で熱くなれるのんか……」
ドリル、馬鹿でかい剣、無駄なトゲ、ブーメラン。合体変形で機能拡張。
魔法で代用が利くため、実用性はちょっと……と云いたくなる。
「ま、それはともかく。
お昼食べたら午後のお仕事頑張ろか。んー、メールの返信もあったし、予定を変えて聖王教会に行こか」
「了解です! やった、エクスたちと会えるですよ!」
「その前に、ほら」
「うわわ、自分で拭きます! それぐらいリインだってできますよ!」
嫌がるリインⅡの頬を紙ナプキンで拭きながら、子供っぽい様子にはやては笑みを零した。
彼女が三課にやってきて、生活リズムも一緒になると、なんて云うか……ほぼ身内って認識になってたよ。いつの間にか。
家は別々だけれどそれだけで、朝起きて職場に行けば彼女がいて。帰宅すると一緒に夕食を食べて、眠って。
そんな生活が終わったのは、あのクソマッドが結社の設立宣言を行ってからか。
シグナムが管理局に入ったこともあったし、そこからはもう、自宅に帰ることも目減りして……彼女がいることが当たり前になってたな。
六課にきてからは、家事も頼むことがなくなって、申し訳ないと思うことは減った……かな?
ただその分、別の部分が気になりはしたけどさ。
……そう、そうだ。マリアージュ事件。あのときは本当に肝を冷やしたよ。
なんであの時、命令無視をしたのか未だに……ああ、嘘だ。嘘だよ。分かってる。
いちいち、噛み付かないでくれよ。
……鈍いって云うか、意図的に考えないようにしてた。
我ながら酷い話だとは思うけどね。
……っと、もう時間がない。
じゃあ、俺は行くよ。悪い、またなユーノ。
え?……肝心なことってなんだよ。
俺がどう思っているか?
それは、勿論――
「なんだかお久しぶりですね、主」
「せやね。ごめんなー、あんまり帰ってこれやんと」
「いいえ。主のお仕事が忙しいのは分かっていますから。
私のことは気にせず、成すべきことを行ってください」
「ですです。けど、はやてちゃんは頑張ってるですよ?」
「ええ、そうでしょうねリインフォース」
聖王教会へ足を運ぶと、応接間ではやてはエクス、それにシャッハと久々に顔を合わせていた。
話していた通りに、この二人と顔を合わせるのは久し振りだ。
六課に出向扱いとなっているヴェロッサやシャッハも、廃棄都市であった戦闘の際に保護した少女のことを調べるため、六課ではなく聖王教会で仕事をすることが多い。
しばらくぶりに顔を合わせた二人が元気なようで、少しだけはやては気分が軽くなる。
「はやて、最近の六課はどうですか?……と、これも変な聞き方ですね」
「あはは、出向扱いやのにあんま六課におらんからなぁシャッハは。
うん、いつもと変わりないよ。せやね……新人らの教導が進んだことかな、目新しいことと云えば」
「ああ、それは素晴らしい。時間ができたら、成長具合を確かめてみたいものです」
「シャッハ、それはちょっと……」
止めときましょうよ、といった顔をするエクスとは違い、楽しみな様子のシャッハ。
そんな二人に笑みを零しつつ、はやてはここにきた目的である、巨大ガジェットの対策について切り出した。
ベルカ式であの巨大ガジェットに対抗するのか可能か否か。
魔力による自己ブーストによって身体能力を強化するベルカの騎士。もし敵のAMFに掴まったら、その強化すら消されてしまう。
だとしたら、距離の離れた場所から準質量攻撃――シュツルムファルケンやギガントハンマー、とういった類の攻撃が有効な手段となるだろう。
だが、そのどちらも連発が利く技ではない。足止めといった次元でも良いから、何か手はないのかと、四人は言葉を交わす。
石化、炎熱、電撃、氷結。そういったものは有効なのか。
しかし巨大下ジェットのデータが完全に出揃っているわけではないため、話の結論は出ない。
話に一段落つけると、休憩ということに。
エクスが人数分の紅茶とお茶菓子を用意すると、詰まった息を吐くように、はやては肩の力を抜いた。
「ほんまに、厄介な話やで。戦闘機人だけでも面倒やのに、ここにきて新型ガジェット。
ようやくナンバーズを抑えたと思ったら、また新しい敵だなんて」
「一筋縄ではいかないことは、分かっているでしょう?
もう一踏ん張りです。敵の戦力は削ることができているのですから」
シャッハの言葉に、そうやね、とはやては頷く。
……休憩中だ。仕事の話は良い。
頭を切り換えると、そういえば、とはやては眉根を寄せて口を開いた。
「そうそう、聞いてや二人とも。
今日、エスティマくんが有給休暇でお休みでなー」
「はやてちゃん、またそのお話ですか?
本当、エスティマさんのことが大好きですねー」
「……そんなんやないもん」
リインⅡからぷいっとそっぽを向くはやて。
はわわ、と慌てると、リインⅡは取り繕うように続きを口にした。
「け、けど当然ですよねー!
はやてちゃん、ずっとエスティマさんと一緒だったから、気になるのも当たり前です!」
「まぁまぁ……。
それで、主。彼との仲は進展しましたか?」
「……いきなりエクスは何を云うんや」
むっとしたままエクスの方を向くも、主から責めるような視線を向けられながら、彼女は穏やかな笑みを浮かべている。
はやてが怒っていないと分かっているのだろう。拗ねているだけ、と。
「少し前まで、あんなに私たちが協力して差し上げましたのに……。
その様子では、まだのようですね」
「……協力て、その割りには楽しんでた気がするんやけど」
「はは、まさか」
そんなことありませんよ、ねー、とエクスとシャッハは笑い合う。
それが面白くなくてたまらないはやてだったが、ここでまた騒げば弄られるだろうと、だんまりを決め込むことにした。
外から見て面白いのだとしても、はやてからすれば大事な問題なのだ。
それでからかわれるのは、なんとも面白くない。
しかし、そんな主の気持ちを分かっているのか。
ふざけた調子から一転して、控え目な笑みを、エクスは浮かべる。
「……すみません、主。少しはしゃぎすぎました。
けれど私は、誰かのことを好きと思える主の姿が、気に入っているのです。
きっと、リインフォースも……そうですよね?」
「はいです!」
あぐあぐとお茶菓子を食べるリインⅡは、声をかけられて即答する。
「ですから、主。
その想いが成就することを、私たち祝福の風は、祈っていますよ?
好きという気持ちが結ばれるのは、きっと幸せなことですから」
「……ありがと」
むっとした表情を続けながら、ぽつりとはやては礼を云う。
……なんだかんだで、応援されていることは変わらないのだし。
「ああ、そうだ。折角の機会ですし……。
はやて、エスティマさんとはどんな風に出会ったのですか?
幼馴染みとは聞いていますが、そこら辺のことを詳しく聞いたことはないので」
「……んー、しゃーないなぁ。
あんまり時間がないから、詳しくは話せんけど――」
シャッハに問われ、渋々、といったポーズを取りながらはやては子供の頃を思い出す。
決して楽ではなかったけれど、楽しかった生活を。
……こんにちは。
今日は、大事な話があって、ここに来ました。
聖王教会を後にすると、はやてとリインⅡは海上収容施設へと足を運んだ。
湾岸救助部隊の隊舎から回った方が早かっただろう。しかし、聖王教会でのやりとりがどれほど時間を食うか分からなかったため、ここを後回しにしたのだ。
ナンバーズから引き出せる情報は、それほど残っていない。聞き出せるものは聞き出した。
こうして顔を見せに行くのは、確認の意味合いの方が大きいだろう。
自分たちに協力するつもりはあるのか、と。
しかし、あまりはやてはこれに関して乗り気ではないのだ。
あまりナンバーズと顔を合わせたくない。
顔を合わせる場合、リーダー格……というよりは、もっとも管理局に対して従順であるチンクと言葉を交わさなければならないからだ。
「こんにちは、チンクさん」
「……ああ」
いつかと同じように、個室の中で二人――といっても今日はリインⅡが傍にいるから三人だが――は顔を合わせる。
その際、チンクの表情に影があるように見え、はやては胸中で首を傾げた。
この戦闘機人がこんな顔をするなんて珍しい、と。
いつもならば何があっても泰然としているというのに、今日は違うようだ。
俯いた顔に引かれて地面に落ちる髪の毛が、陰気さを引き立てる。
「……何かあったんか?」
この戦闘機人のことは好きじゃない。否、好きになれないというのが正しい。
嫌っているわけではないのだが、恋敵と仲良しこよし、と出来るほどはやてはおめでたくなかった。
けれど、その人物がこうも意気消沈していれば気になってしまう。
だから声をかけたのだが、当の本人は俯けている顔を僅かに上げただけで、どんな表情をしているかのまでは分からなかった。
前髪が上がったことで、口だけは顕わになったが。
引きつっているような、引き結ばれているような、その微妙な形からチンクの心情を読み取ることはできなかった。
「……別に。それで、今日は何しにきたんだ?」
「……ん、そうやね。用事は色々あるけど、今日は様子見ってのが大きいわ。
エスティマくん、今日はお休みで私がその代わりって感じ」
「……そう、か」
再び声が沈む。何か彼女を落ち込ませるようなものを、自分は口にしただろうか。
心当たりはないけれど、と思いながら、はやてはチンクの目から見たオットーとディエチの様子でも聞こうとして、
「……八神はやて。いつか云っていたことを、もう一度聞きたい。
お前は……その、今でもエスティマのことが、好きなのか?」
「……は? ちょ、ここでそんなことを――」
見張りの局員もいるのに、と背後を振り返る。
が、はやてが後ろを見るよりも早くリインⅡが動いていた。
えいやー、と魔法を局員にかけて眠りへと誘っている。
頭を抱えたい気分になりながら、はやては溜め息を吐いてチンクの方へと向き直った。
「……あんな。今はともかく、会話が記録されていることやってあるんやで?
それで困るのはあんただし、エスティマくんにだって迷惑がかかるんやから――」
「……そう、だな」
やっぱり様子がおかしい。
敵とは云っても、エスティマが大事という点では自分と一緒だったはずだ。
なのにチンクは今、そういった配慮が欠けているように思える。
そんなことはしないだろうと思っていた分、はやての戸惑いは大きかった。
「……話の続きは、してもらえるか?」
「……ん、まぁ、ええけど」
リインⅡが後ろにいるので、あまり気分が乗らないけれど。
「……うん。今でも私は、エスティマくんのことが大好きや。
それは変わらへん。絶対に振り向いてもらおうって、今でも思っとるわ」
「……アイツは酷い男だぞ。残酷だの悪いだのと謝りながら、自分の意志を曲げない頑固者だ。
その上素直じゃなくて照れ屋で、あっちから動くことなど滅多にない。
その癖、誰かに甘えるときは甘える、まるで駄目な男だ。
それでも好きか? 嫌気が差したり、諦めようとは――」
……本当に、どうしたのだろう。
自分たちにとってそんなことは、既に常識のようなものだ。とんでもなく嫌な常識だけれど。
しかし、それを飲み込んで自分たちは同じ男を好きなったはずなのに、何故今更。
「分かっとるよ。今更や。
けど、好きになってもうたもんはしょうがない……駄目なところも引っくるめて、私はエスティマくんが気に入ってる。
アンタやって、そうやないの?」
「……ああ、そうだ。そうだよ。
駄目なところばかりでも、それを補って余りあるだけの魅力を、アイツは持っていた。
だから、私は――」
そこまで云って、チンクは脣を引き結ぶ。
……本当に、どうしたんだろう。様子がおかしいにも程がある。
「なぁ、どうしたん? なんでそんなことを急に聞いてきたん?」
「……ただの、負け惜しみだよ」
「……ん、どういうことや?」
「……教えてやらない」
言葉の通りに、チンクははやてに一切の説明を拒んでいた。
仕方がない、とはやては溜め息を吐く。
これ以上話をしても、今日は無駄だろう。また日を置いてくるのが一番かもしれない。
チンクの様子がおかしいことも、きっとエスティマならその原因を探ることができるはずだ。
……悔しいけれど。
「……今日はもう帰るわ。何があったか知らへんけど、あんまり暗い顔してるのもどうかと思う」
「……すまない」
「そか」
首を傾げながらも、はやては見張りの局員を揺すって起こすと、わざとらしく心配の声をかけて誤魔化し、部屋を後にする。
扉を開いて、外に出て。そして、廊下から部屋の中を見ると――
「……えっ」
ガシュン、と音を立てて扉がはやての視界を遮る。
見間違いじゃない……とは思うけれど。
「はやてちゃん、どうしたです?」
「ん……なんでもない。
あ、そうやリイン。助かったけど、局員に魔法かけるんはあかんからな?
次やったら怒るよ?」
「うう……ごめんなさいです」
「分かってるなら良し」
リインⅡと会話をしながらも、はやての脳裏には部屋を出る時に見た光景が残っている。
ほんの一瞬だったが、見えた。
ずっと顔を俯けていたチンクは、はやてを最後に一度だけ見て……その際、彼女が泣いているように、はやてには見えたのだ。
泣く必要がどこにあるというのだろう。何故泣いていたのだろう。
自分には分からない。聞いたとしても応えてくれないのは、さっきのやりとりで分かっている。
……あんまり良い気分じゃないなぁ。
消化不良のまま、はやては海上収容施設の廊下を歩き、出口を目指す。
今日は良く分からないことが多い日だ、と唸り声を上げた。
なんだかなぁ、とはやてはポケットから携帯電話を取り出し、開く。
画面には着信履歴が一つ。電源は切らずにドライブモードのままにしてあったので、いつの間にか電話がきていたようだ。
なんて間の悪い、と肩を落として、はやてはエスティマへと電話を。
けれど、返ってくるのはコール音ばかりだ。
こうなったらメールでも送ってやろうかと思ったが――やめた。
もう直接会って、文句を云ってやらねば。
そもそも文句を云われるほどのことをエスティマがしたのかという疑問はあるが、それはそれ。
朝からずっと続くもどかしい気持ちが、ここにきて限界に達している。
「リイン、急いで帰るで」
「は、はいです……」
不機嫌な声が出てしまい、どこか萎縮したようにリインⅡが声を返す。
ああもう……気分が落ち着いたら自己嫌悪に陥りそうだ。
そんなことを考えながら、はやては愛車の待つ駐車場に進んでいった。
……ん? 今日、どこに行ってたのかって?
まぁ、色々と。回るところがあったんだ。
それよりフェイト、ちょっと大事な話がある。
……いやいや、そんなに構えるなよ。大切だけれど、悪い話ってわけじゃない。
はやてのことなんだけどさ。
……ああ。この間のことも含めて。
六課に戻ってきたはやては駐車場に車を止めると、夕日に照らし出され、伸びる影を踏みながら、どこか疲れの滲む足取りで隊舎へと向かい始めた。
朝からやきもきしていたし、運転しっぱなしということもある。
今日は定時に上がって早く休もうと、固く決めていた。
リインⅡも疲れたようで――とは云っても、海上収容施設から帰る車内の空気が重かっただけだろうが――飛行魔法を使ってふらふらと浮いていた。人間サイズで、だが。
「疲れたですよぅ」
「ん……今日のお仕事まとめて報告書作ったら、ご飯にしようか」
「はいですー」
リインⅡを引き連れ、はやては隊舎を目指す。
海の方を眺めてみれば、新人たちの教導はもう終わりに近付いているようだった。
撤収準備を終えたら、彼らも報告書を書いて終業となるか。
早くお仕事終わらせて休みたいわー、と考えていると、ふと、隊舎の影に人の姿を見付けた。
隊舎の隣には林があり、森林のすぐ傍には、休憩用のベンチが置かれている。
そこに、いるのは――考えなくても分かる。
遠目からでも分かる金髪が二人。おそらくは、スクライアの兄妹だ。
ようやくエスティマの姿を見付けたことで、彼を呼ぼうと喉元まで言葉が出かかるが――止めた。
今はフェイトと話しているみたいだし、邪魔をする必要はないだろう。
そう考え、ああそうか、と気付く。
別に有給休暇がどうの、なんて訳じゃない。今日ずっと抱いていた苛立ちは、至極単純な理由からだったのだ。
彼の声が聞けないから、面白くなかっただけで。
会えると分かった途端に、気分が少しだけ軽くなった。
それでも、ずっとやきもきさせられたのだから、後で少しだけ意地悪してやろう。
そんなことを考えて――
「……ん?」
エスティマと話していたフェイトが、急に彼の肩を叩く。
すると無理矢理立たせて、こちらへと押し出したのだ。
なんやろ?
首を傾げるはやて。フェイトはエスティマの背中を押し出すと、はやてを一瞥して、立ち去ってしまった。
一人残されたエスティマは、戸惑いながらもはやてに向き合って近付いてくると、苦笑しながら手を挙げる。
「……や、やあ、はやて」
「こんばんは、エスティマくん」
……なんだか様子がおかしい。
ばつの悪そうな笑みとでも云えば良いのだろうか。
今までに何度かあった、隠し事をしている時だって、ここまで露骨じゃなかった。
なんか都合の悪いことでも――ああ、有給休暇のことを云われるとでも思っているのか。
なら、とはやては笑みを浮かべる。
「エスティマくん、今日はお休みだったみたいやね。
何してたん?」
「あー……うん、買い物とか、人に会ったりとか、かな」
「そかそか。
ええなー、私もお休み欲しいわ。
一緒にどっか出かけたりとか、最近は全然やからね」
「……うん、そうだね。
近い内に、そうできれば良いなって思うよ」
……あれ?
おかしい、とはやては眉根を寄せた。
いつもだったら、無理云うなよ、もしくは、時間があればね、と返されて終わりのはずなのに。
その違和感に、じっとはやてはエスティマの表情を観察してみる。
視線ははやてを見ているようで、しかし、すぐに逸らされてしまう。
けれどすぐに戻ってきて、と忙しない。
夕日のせいも多少はあるだろうが、頬は真っ赤に染まっているように、はやてには見えた。
一体全体、どういうことなんや。
「……それでさ、はやて。
今日、休みを取ったのには理由があって。
……ここじゃなんだし、少し歩こう」
おそらく訓練を終えて上がってくる新人たちに聞かれたくないのだろう。
リインⅡに先に行ってくれと云おうとして――いつの間にか姿が消えていることに気付く。
色々と納得できないものを溜めながら、ええよ、と頷くと、はやてはエスティマと一緒に歩き出した。
足元を確かめるようなゆっくりとしたペースで、淡々と歩いてゆく。
外の喧噪は遠く。静かに葉が擦れる音の方が大きいぐらいだ。
落ち葉を踏み締めながらしばらく歩いて、ようやくエスティマが口を開く。
「……答えを出すことにしたんだ」
「……何を?」
「……約束。遠くない内に、はやての気持ちに応えるって。
その時は、俺の方から迎えに行くって約束」
隣を歩いていたエスティマは足を止めると、はやてと向き合った。
けれど彼は視線を彷徨わせ、言葉に詰まっている。間を置いているというよりは、口の中で言葉を持て余しているようだった。
……唐突やね。
頭の冷静な部分がそう呟く。
が、大部分を占めているのは、歓喜だった。
何故か不安はない。なんでだろう――すぐに気付く。
不思議だし不可解であったけれど、この場に至って、ようやく気付いた。
今日、エスティマは人に会うための休みを取っていたという。
ああ、だからチンクは――と。
だからはやては、じっとエスティマの言葉を待った。
急かしたくはない。時間をかけても良いから、ちゃんと言葉を聞かせて欲しい。
「子供の頃からずっと……あー、その、だな。
えっと……だから……」
言葉に詰まるエスティマ。
まだかなまだかな、とはやてはじっとエスティマの目を見詰める。
視線が絡むと、彼はギクリと身体を強張らせた。
「俺は……ええっと……」
そして俯いてしまい、
「……付き合って、欲しい」
消え入るような声を洩らす。
なんとも情けない。妥協して、ようやく絞り出したような一言だ。
けれど、そんな情けないものだとして、ずっとはやてはエスティマの口からその一言が贈られることを待ち望んでいた。
だから、ええよ、と応えようとして――
「ずっと一緒にいて欲しい」
エスティマは顔を上げて、はやての目を真っ直ぐに見据えて、大真面目な顔で、
「君を不幸にすると思う。
俺がそう、長生きできないことははやても知っていると思う。
けど俺は、大好きな君と一緒にいたい」
えと、とはやてが割り込むのを許さずに、次々と言葉を続ける。
夕日が二人を照らし出す。茜色の中ではもう、エスティマが照れているのかどうかすら分からない。
きっと自分もそうなのだろう。
「愛してる――はやてが欲しい」
「……あっ」
エスティマが一歩踏み出し、はやての肩に手を乗せた。
瞳がすぐそこにある。覗き込めばお互いの顔が映り込みそうな距離だ。
緋色の瞳は揺れている。どんな言葉を返されるのか怯えているようだった。
だからなのか、
「お前と幸せになりたい。家族を作って、ずっと笑い合っていたい」
言葉で伝えられるだけの気持ちを伝えよう。
そんな必死さが、痛いほどに伝わってきた。
「はやてだからそう思うんだ。はやてじゃなきゃ駄目なんだ。
……駄目かな」
「ば、馬鹿……っ」
そのたった一言に、エスティマの表情が歪んだ。
しかし彼が受け取った意味は間違っている。
はやては肩に乗せられた手を振り解くように、自らの両腕を上げる。
そしてエスティマの首にそれを回すと、どうなるかなんて微塵も考えずに、引き寄せ、抱きつき、倒れ込んだ。
落ち葉が敷き詰められていたので、痛みらしい痛みは感じない。
倒れ込んだ二人は横になる。はやてはエスティマの頭をぎゅっと胸に抱く。
何が起こったのかさっぱり分からないといったエスティマは、突然のことに目を白黒させていた。
「な、はやて!?」
「もう、この馬鹿馬鹿、大馬鹿!
ほんと、ほんっとうに……!」
「ちょ、え、な!?」
「断るわけないやんか! 私がエスティマくんのこと、嫌いになるわけないやろ!
もうっ、もう……!」
もがくエスティマを抱き締める。
開放なんてしてやらない。きっと今、自分は酷い顔をしているだろうから。
そんな顔を見せてやるものかと、抱き込んだエスティマの頭に、はやては頬を擦りつけた。
「うん、幸せになる! 私をあげる!
嫌やいうても、もう絶対に離さへんからな!」
「……んっ。俺も」
倒れ込んだままだが、エスティマはおずおずとはやての背中に手を回して、壊れ物を扱うように抱き締めた。
それを合図としたように、はやては抱き続けていたエスティマの頭を開放する。
目と目はすぐそこにある、吐息すら聞こえる距離。
抱き合っているという状況は、いつかの時と一緒だった。
しかし決定的に違うものがある。満たされている。暖かくて、堪えようとしても頬をとろけさせる何かが胸の中に息吹いている。
だから、そのまま引き合うのは、二人にとって当たり前のことのように思えたのだ。
目と目が近付く。焦点すらも曖昧で、お互いの姿が見えなくなる距離まで。
視界はなくなり、吐息と匂いばかりが感覚として残る。けれど、愛しい人がすぐそばにいる確かな感触だけは決して消えない。
そして――脣が触れあう。
最初は確かめ合うように。手探りで、踏み込んで良いのか、相手に問うように。
許可らしい許可があったわけではないけれど、茜色の夕日に照らされててかる脣は、どちらともなく開き、被さり合った。
息継ぎを忘れたように触れ合って、脣の合間から舌が。
絡まり合ったそれは、どうにかして相手と溶け合うことができないかと、駄々をこねるように暴れる。
お互いの頭を掻き抱いて、もっと近くと、もどかしげに。
そうして貪り合ったのは、どれぐらいの時間だろうか。
名残惜しげに二人は顔を離す。攪拌された唾液が銀橋をつくって、ぷつりと途切れた。
「……はやて」
「んっ……あかん」
背中を抱いていたエスティマの手が動く。後ろから前へ。
それを手で押さえつけて、とろけた笑みをはやては浮かべた。
その中には、悪戯っ子めいた色がある。
「……今までの、仕返し。
私をちゃんとエスティマくんのものにしてくれるまでは、お預けや」
「……それは、随分とキツイ仕返しだ」
「うん。……だからな?
ちゃんともらってくれな、あかんよ?」
「そのつもりだよ。
もう離さない。何があっても、離してなんかやらない」
くすり、と二人は同時に笑みを浮かべる。
そして再びお互いの脣へと吸い寄せられて、そっと脣を触れ合わせた。
今度はもう、躊躇も何もなく。
ついばみ合うように幾度も幾度も相手の感触を確かめる交わりは、さっきと違う。
さっきは熱に任せた勢いで。今度は、意中の人と結ばれた喜びが溢れている。
熱い吐息を零しながら顔を離すと、一度額を胸板にこつりとぶつけ、はやてはエスティマの胸に背中を預ける。
戸惑いながらもまんざらではない様子で、エスティマは彼女を受け止めた。
ああもう、という言葉と共に何かを諦めると、慣れない手つきではやての髪に手を伸ばし、感触を確かめるような手つきで撫でる。
そして何をするでもなく、二つはひっついたままじっと時間を過ごす。
もう夜はすぐそこで、寒くないわけではない。けれどそのお陰で、より恋人の温もりを感じることができる。
背中を預ける胸板からは、エスティマの鼓動がとくとくと伝わってくる。
そのテンポは、やや早い。
興奮しているのだろうか。そうだったら嬉しいな、と気持ちよさ気にはやては目を細めた。
「……ああ、そうだ、はやて」
「……んー?」
「これを……」
はやてを抱き締めたまま、エスティマはジャケットのポケットを探り、一つのケースを取り出す。
それを胸に抱いたはやての前に持ってくると、ゆっくり蓋を開いた。
「……指輪」
ケースの中から現れたのは、飾り気のないシンプルな指輪だった。
けれど味気ないわけじゃない。大きくなくても自己主張をしている宝石は、ダイヤだろうか。ベタやなぁ、と思いながらも、それが彼らしさのように見える。
それを見て思い出したように、露骨に思われないよう気を付けながら、はやてはエスティマの首へと手を這わす。
……いつも下げているリングペンダントはない。嫌な子、と思いながらも、込み上げてくる喜びは騙せなかった。
そんなはやての気持ちに気付かず、エスティマは問いかける。
「……受け取ってもらえるかな?」
「……指輪はちょっと重いよ?」
「うん……分かってる。そのつもりで買ったから」
茶化してみても通じないようだ。
まったくもう、と胸板にぐりぐりと後頭部を押しつけ、はやてはじっとケースの中で輝く指輪を見詰める。
「なぁなぁハニー、指輪は通してくれへんの?」
「ハニーは止めて……」
「ええやんかー」
「本当に止めて……」
くうっ、と何かに耐えるような呻きをエスティマが上げた。エスティマへを身を預けるはやては、頬を染めながらも安堵した表情で、彼が動き出すのをじっと待つ。
エスティマはゆっくりと指輪を取り上げると、はやての左手を手に取った。
彼の掌にはやての左手が乗る。指を絡めて、名残惜しげにそれを解くと、摘んだ指輪を薬指へと通した。
薬指へと通す。その意味は――いや、そのつもりでエスティマは贈ってくれたのだし、拒否する理由は自分の中に一つもない。
「……綺麗」
左手を胸に抱き、贈られた宝物にうっとりと見惚れる。
ぴったりと指に馴染む。僅かに締め付けられる感触が心地良い。
目頭が熱かった。もし気を抜いたら、止めどなく涙が溢れ出てしまいそうだと、はやては思う。
無論それはうれし涙で、自分を選んでくれたことへの感謝の表れだ。
「ありがとう。
……なぁ、エスティマくん」
「ん?」
「一つ、お願い事してもええ?」
指に通した指輪をもう片方の手でゆっくりと撫でながら、夢見るような声色で。
「エスティ、って呼んでもええかな?」
「……二人っきりの、ときだけなら」
つっかえつっかえで、エスティマはそう返した。
この期に及んでまだ照れているようだ。それでもはやてのお願いを聞き入れてくれる彼の気持ちが、たまらなく心を締め付ける。
「うん。ありがとう」
そう云い、ほぅ、と吐息を漏らして、
「……愛してるよ、エスティ」
今日という日を感謝しながら、はやては目を閉じてエスティマにすべてを委ねた。
それはともかくとして舞台裏では。
「わ、わっ……すご……舌から絡めてる……うわぁー。
やるなぁはやてちゃん……」
「なのはちゃん、私も、私も見たいですっ」
「シャマルにはまだちょっと早いかな」
真っ赤になった顔を手で覆い隠しながらも、指の隙間からちゃっかり覗き見ているなのは。片手でシャマルの目を覆っていたり。
本人は隠れているつもりなのだろうが、テンションが上がっているからか、木陰から身を乗り出してバレバレである。
が、二人の世界を展開してるエスティマとはやてはそれに気付かず――ではなく。
「……デバガメに使われる幻影魔法って」
なのはから少し離れたところで、クロスミラージュを握りつつティアナは体育座り。
彼女は拗ねたような顔をしながら、エスティマたちの方を見ようともしない。
そんな自分の心境にティアナ自身も驚いているのだが、周りの人は一切構ってくれないわけで、
「えと、おめでとうございますって云えばいいのかな?」
「……キャロ。こういう時に邪魔したらすごく不機嫌になると思うよ、エスティマさん」
「そうなの?」
「うん、兄さんがそうだったし」
エリオはエリオで慣れてしまっているのか、キャロに解説を。
「……まぁ、八神小隊長の幸せを邪魔したくないし」
スバルは一人、折り合いを付けているようだった。
一方聖王教会勢はというと、
『現場からリインがお送りするですよー』
『おい、リイン……止めねぇのかよザフィーラ』
『まぁ、許してやれヴィータ。やきもきしていたのは我らも同じだ』
『母上ができる……うん、喜ばしいことです』
「でかしましたリインフォース! ああ、主! 私は、私は喜びの余りもう……!」
「ゴールが近そう……まぁ、喜ばしいことですね、ああいう相手がいるのは」
歓喜にむせび泣くエクスと、サーチャーから送られてくる映像を直視できないシャッハがいたり。
無限書庫の方では、
「えーでは、家族会議を始めようと思います。議題は義妹に関して。
エスティ、スクライアのままなのか、八神になるのか……どうなんだろうねぇ」
「義姉さん……うう、兄さんが……」
「まぁまぁフェイト、そう落ち込まないで」
「式はいつになるんだろ。参考にさせてもらおうか……ねぇ、ユーノ?」
「あ、あはは……」
知らぬ間に身内がこれからどうするのか決めていたり。
エスティマとはやての関係が秘密であったことは、一秒たりともなかったとさ。