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No.7038の一覧
[0] リリカル in wonder Ⅱ【完結】[角煮](2010/05/11 14:32)
[1] カウントダウン5[角煮](2009/03/07 02:30)
[2] カウントダウン4[角煮](2009/03/12 10:38)
[3] カウントダウン3 前編[角煮](2009/03/30 21:47)
[4] カウントダウン3 後編[角煮](2009/03/30 21:49)
[5] カウントダウン2[角煮](2009/03/30 21:46)
[6] カウントダウン1[角煮](2009/04/25 13:06)
[7] カウントダウン0 前編[角煮](2009/05/06 20:21)
[8] カウントダウン0 後編[角煮](2009/05/06 20:23)
[9] sts 一話[角煮](2009/05/06 20:33)
[10] sts 二話[角煮](2009/05/20 12:15)
[11] 閑話sts[角煮](2009/05/20 12:15)
[12] sts 三話[角煮](2009/08/05 20:29)
[13] sts 四話[角煮](2009/08/05 20:30)
[14] sts 五話[角煮](2009/08/05 20:27)
[15] sts 六話[角煮](2009/08/09 11:48)
[16] sts 七話[角煮](2009/08/28 21:59)
[17] sts 八話[角煮](2009/08/20 21:57)
[18] sts 九話 上[角煮](2009/08/28 21:57)
[19] sts 九話 下[角煮](2009/09/09 22:36)
[20] 閑話sts 2[角煮](2009/09/09 22:37)
[21] sts 十話 上[角煮](2009/09/15 22:59)
[22] sts 十話 下[角煮](2009/09/25 02:59)
[23] sts 十一話[角煮](2009/09/25 03:00)
[24] sts 十二話[角煮](2009/09/29 23:10)
[25] sts 十三話[角煮](2009/10/17 01:52)
[26] sts 十四話[角煮](2009/10/17 01:52)
[27] sts 十五話 上[角煮](2009/10/17 01:51)
[28] sts 十五話 中[角煮](2009/10/21 04:15)
[29] sts 十五話 下[角煮](2009/11/02 03:53)
[30] sts 十六話 上[角煮](2009/11/10 13:43)
[31] sts 十六話 中[角煮](2009/11/19 23:28)
[32] sts 十六話 下[角煮](2009/11/27 22:58)
[33] ENDフラグ はやて[角煮](2009/12/01 23:24)
[34] ENDフラグ チンク[角煮](2009/12/15 00:21)
[35] ENDフラグ なのは[角煮](2010/01/15 15:13)
[36] ENDフラグ フェイト[角煮](2010/01/15 15:13)
[37] sts 十七話[角煮](2010/01/08 19:40)
[38] sts 十八話[角煮](2010/01/15 15:14)
[39] sts 十九話[角煮](2010/01/21 20:26)
[40] 幕間[角煮](2010/02/03 21:17)
[41] sts 二十話 加筆 修正[角煮](2010/02/03 21:18)
[42] sts 二十一話[角煮](2010/03/10 23:25)
[43] sts 二十二話[角煮](2010/03/11 19:00)
[44] sts 二十三話[角煮](2010/03/12 17:41)
[45] sts 二十四話[角煮](2010/03/13 18:23)
[46] エピローグ[角煮](2010/03/14 20:37)
[47] 後日談1 はやて[角煮](2010/03/18 20:44)
[48] はやてEND[角煮](2010/04/18 01:40)
[49] 後日談1 フェイト[角煮](2010/03/26 23:14)
[50] 後日談2 フェイト[角煮](2010/03/26 23:14)
[51] フェイトEND[角煮](2010/03/26 23:15)
[53] 後日談1 なのは[角煮](2010/04/19 01:27)
[54] 後日談2 なのは[角煮](2010/04/18 22:42)
[55] なのはEND?[角煮](2010/04/23 23:33)
[56] 後日談1 チンク[角煮](2010/04/23 23:33)
[57] 後日談2 チンク[角煮](2010/04/23 23:34)
[58] 後日談3 チンク[角煮](2010/04/23 23:34)
[59] チンクEND[角煮](2010/04/23 23:35)
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[7038] sts 十六話 中
Name: 角煮◆904d8c10 ID:4dc5c200 前を表示する / 次を表示する
Date: 2009/11/19 23:28
海上収容施設が襲撃を受けたと報告を受けて、六課はすぐに警戒態勢へと突入した。
連絡を受けたときには既にエスティマとトーレは戦闘を始めており、高速機動戦闘を行いながら移動を行うエスティマへ増援を送ることはできず。
できたことといえば、海上収容施設への支援。
それと、辛うじてサーチャーで補足することができたエスティマたちの元へフェイトを先行させて送り込むことぐらいだった。

が、フェイトが現場にたどり着いた頃には既に戦闘は終わっていた。

その後、クラナガンを彼方に置いた海上で、フェイトはいくつものエリアサーチを飛ばして兄の行方を探していた。
エスティマとトーレの戦闘。それが兄の勝利で終わったところまでは良い。
辛勝だったとしても、無事でいてくれるならそれだけでフェイトは満足だった。

しかし、違う。
戦闘が終わって気が抜けてしまったのだろうか。兄は海面への激突を避けた直後、減速しながらも海へと墜落してしまったのだ。
そこからぷっつりと消息を絶った兄を見つけ出すために、フェイトはバルディッシュを握り締め、逸る気持ちを抑えながら、ひたすらに探索魔法を使い続けている。

しかし、

「……駄目だ。やっぱりジャミングを受けてる。
 どうしよう、もう兄さんを見失ってからかなり時間が経ってるのに」

『Please calm down』

「冷静になんて……!」

押し殺しつつも強い声を上げて、フェイトは浅く唇を噛み締めた。
今、フェイトのいる海域には強力なジャミングがかかっていた。
そのおかげでエリアサーチはおろか、念話さえもまともに使えない状態だ。
六課との通信もままならない。一度退いて体勢を立て直すべきだと分かってはいたが、どうしても兄が心配で戻る気が起きなかった。

このままでは、いたずらに時間だけが過ぎてしまう。
ただえさえ視界の悪い夜の海上で、情報まで断たれてしまったらどうしようもない。
バルディッシュがいるとはいえ、たった一人で兄を捜している状況は、まるで迷子になってしまったかのよう。
実際に迷子なのは、兄の方だというのに。

迷子――そんな風に考えて、心細さが増す。
周りに誰もいない。だからか、兄のことばかりを考える。
そんな状況が寂しさを掻き立て、フェイトの脳裏に昔のことを思い起こさせた。

それは六課に来ないかと誘われたことだったり、家族でクラナガンを遊び歩いたことだったり。
任務で撃墜されたと聞いてミッドチルダに駆けつけたことだったり、闇の書事件でのことだったり。
自分の兄だと、申し出てくれたことだったり。

段々と過去へと遡ってゆく記憶はまるで走馬燈のように思えて、冗談じゃない、とフェイトは頭を振った。
大丈夫。兄はどんな時でも生き延びてきたし、戦い抜いてきたのだから、と。
その事実を支えにして、フェイトはアテにならないエリアサーチを諦めて、肉眼での探索に切り替えた。

眼を凝らして、金色の魔力光に照らされた海原に視線を走らせる。
音を立てながら蠢く真っ暗な波の中には、何も見出すことはできない。

視力は悪い方ではない。しかしそれでも、目で見える範囲は限られている。
ここに墜落したのだとしても、もしかしたら波に攫われて違う場所にいるのではないか。
だとしたら早く移動しないと――しかし、見落としがあってまだ近くにいるのかも――時間を追う毎に冷静さを欠いてゆく思考に歯噛みしたい気分になりながらも、形だけは平静を保つことで、取り乱さずに落ち着きを保つ。

忙しなく目を動かして兄の姿を探しながら、フェイトはマルチタスクの一つを割いて考え事をする。

兄の心配ばかりをしていては、不安ばかりが募ってゆく。
そう、無意識下で分かっただろうか。フェイトの思考は兄から、敵の戦闘機人へと移った。
ナンバーズの三番、トーレ。自分も何度か戦ったことのある相手だ。
厄介な相手だとフェイトも分かっていた。兄が苦戦したって不思議ではないとも。
確かな戦闘経験と、地道に積み上げられたであろう近接戦闘の技量。自分たちと比べても遜色なく、AMFの展開された状況下では上回る高速機動戦闘能力。
以前、あの敵と戦ったときのことをフェイトは思い出す。
初めてトーレと対峙したのは、マリンガーデンを中心とした湾岸地区での戦闘。
あのときに交わした言葉を、フェイトはふとした拍子に思い出すことがあった。

「あの戦闘機人……戦って、それで、何かを得ることはできたのかな」

『sir?』

退くことを忘れたような猛攻。事実、あの戦闘機人は兄との戦いにすべてを注ぎ込んだのだろう。
その末にあの戦闘機人は、何を思ったのだろうか。
戦うことを己の意義とし、勝利にこそ意味がある。勝利し続けることで存在し続ける。そう咆えたトーレ。
だがしかし、あの戦闘機人は負けてしまった。
ただ負けたのではない。わざわざ一対一になれる状況を造り出してまで舞台を整え、死力を尽くした上で敗れ去ったのだ。
完膚無きまでの敗北――それに対し、あの戦闘機人は何を思うのだろう。

僅かな時間であったが、あの戦闘機人と交わした言葉はしっかりと覚えている。
同時に、自分が何を感じたのかも。
もしかしたら自分がなるはずだったかもしれない姿。誰にも助けて貰えなかった自分の姿だ。
母に認めて貰うことを己の意義とし、役目を果たすことに意味がある。母の役に立つことで存在し続ける自分。

……そんな先のない生き方なんて。

兄に救われ、ユーノたちと過ごし、真っ当な人として過ごした自分だからこそ――極端な境遇から普通へと戻ることのできた自分だからこそ思うことがある。

あの戦闘機人は、あれで良かったのだろうか、と。
生き急ぎ燃え尽きるように果てて、散っていった――まだ死亡を確認したわけではないが、あの高度から落ちて生きているわけがないだろう――戦闘機人。
彼女は満足だったのだろうか。
もっと別の生き方が彼女にだってできたはずなのに。
一度トーレに拒絶されたフェイトの思考。しかし、どうしてもフェイトは考えてしまうのだ。
どこか自分と似ている戦闘機人の在り方を。

もしトーレが今も生きているのだとしたら、フェイトはこんなことを考えなかっただろう。
兄の生き方を肯定しているようで、その実、否定している。
昔の自分を突き付けているような生き方。
そんな彼女の存在を許したくはないからだ。

けれど、もうあの戦闘機人と刃を交わすことはない。
彼女が価値観を変えることなく消えてしまったことが、しこりとして胸の奥に残っている。ような気がする。

「……純真な人だったのかな」

立場や行っていることは、間違いなく悪であった。
掲げているもの、信じているものも、他人からすれば酷く迷惑ではあった。
しかし、彼女自身の心根は悪ではなかったのだろう。
……だからといって行ってきたことを許されるわけではないが。

結局、答えの出ない悩みなのかもしれない。
他人に干渉されることを拒み、自分を保ち続けた戦闘機人。
そんな彼女の考えていることを本当の意味で理解することは毒を飲み込むようなものだ。
あまりにも真っ直ぐで、それ故に眩しく、ただひたすらに夢を追っている……そんな、誰もが諦め妥協した覚えのある在り方。
不安を微塵も見せずに、今だけがすべてだと断言する姿勢。
そんなものを突き付けられて平気でいる人がどれほどいるか。

似ているからこそ、自分や兄ではあの戦闘機人を助けてやることはできなかったのだ。
そう、フェイトは思う。
彼女の生き方を否定せずにはいられないから。肯定した瞬間、どうしても自分を傷付けてしまうから。

答えが出ない思考だと分かっていながらも、フェイトはトーレのことを考え続ける。
そうしていると、ふと、視界の隅に魔力光の灯りが映り込んだ。

僅かな期待は、しかし、すぐに外れてしまう。
転移魔法の終了と共に姿を現したのは、リインフォースⅡとシャマルの二人だった。
彼女たちはフェイトを見付けると、まっすぐに近付いてくる。

「フェイトさん、エスティマさんは見つかったですか!?」

「……ううん。ジャミングが酷くて、今、目視で探していたんだけど」

「……この暗さじゃ、無理ですよね」

考え込むようにシャマルが呟く。
その隣に立つリインⅡは、困った顔をしながら肩を落とした。

「うう……やっぱり捜索隊に頼むのが一番かもです。
 今、グリフィスさんが湾岸警備隊の隊長さんにお願いして、空隊の編成を行ってるですよ。
 もうすぐ、エスティマさんと撃墜した戦闘機人を探すために来てくれるはずです。
 それまで、リインたちで頑張るですよ」

「……うん。ありがとう」

「はいです。きっとエスティマさんは大丈夫ですから、フェイトさんも元気を出すですよ!」

満面の笑みを浮かべて、リインⅡはそうフェイトに笑いかける。
心配されるほどに暗い顔をしていたのだろうか。
ぺた、と頬に触れてみると、気付かぬ内に肌はべったりと汗で濡れていた。

人手は増えた。これで、少しは兄を見付け出す可能性は増えただろうか。
気を取り直して捜索を続けよう。
そう思った時だ。

轟音と共に、海を引き裂いて天へと昇る光の柱が見えたのは。














リリカル in wonder













意識を取り戻して真っ先に感じたことは、奇妙な浮遊感だった。
肩を中心にして引っ張り上げられているような。まるで、操り人形にでもなった気分。

真っ暗な視界の中に存在する光源は、両肩から発せられる山吹色の輝き。
……ああ、そうか。

「……Seven Stars?」

『気がつかれましたか』

視線を落とすと、モード・Cの姿をとったSeven Starsは俺の右腕に握られていた。
落とされないよう、リングバインドで固定されている。
バインドを解除してモードリリースを行うと、朦朧とする意識に額を抑えつつ、胸元のSeven Starsに声をかけた。

「……状況は?」

『はい。あの戦闘機人との戦闘から、三十分が経過しています。
 海面への激突を回避するも墜落した旦那様は、そのまま意識を失ってしまったため、私が魔法を使用し安全を確保していました』

「……そうか、助かった。すまないな。
 ……横になりたい。ラウンドシールドを下に展開してくれ」

『はい』

りん、と涼しげな音と共に、ラウンドシールドが足元に展開される。
俺は光源であったアクセルフィンを解除すると、崩れ落ちるようにその上へ転がった。
その際、耐えられないほどの嘔吐感が胃の底から湧き上がってくる。
なんだ、と考えた瞬間、堪えることができずに決壊。海へと吐瀉物を撒き散らす。

盛大に吐き出すと、喉の痛みや後味の悪さといったもの以外の違和感はなくなる。
一体――ああ、そうか。
もしかしたら墜落した際、盛大に海水を飲み込んでしまったのかもしれない。
肺に水が入っていないかなどの心配はあるけれど、今のところは問題なさそうだ。
それ以上に厄介なのは、体中から上がる痛みか。

トーレとの戦闘中は気にならなかった痛みが、頭が冷えたことで響き出したのだろう。
ついでに、海へ落ちたときに変な沈み方でもしたのか。

「……そういえば」

おそるおそる、と左手に視線を送る。
トーレに噛み付かれ、あまり直視したくない類の惨状となった手だ。
が、予想に反して、左手は記憶にあるような状態ではなかった。
今になって気付いたことから分かるように、痛みらしい痛みはない。
目を覆いたくなるような状態だった傷口は、包帯――おそらくはバリアジャケット――に包まれている。

「Seven Stars、これは?」

『はい。応急手当として、止血と痛み止めだけは行いました。
 かなり強力な魔法を使ったため、感覚が鈍っていると思います』

「……みたいだな」

左手を動かしてみるが、痛みと一緒に感覚までも鈍っていた。
まともに手を握り締めることすらできない。
しかし、あまり関係がないだろう。
戦闘に支障のあることだとしても、もうトーレは倒したのだから。

再びラウンドシールドに寝転がり、深々と息を吐き出す。
呆、と視線を夜空に投げると、分厚い雲の切れ目からは瞬く星々が見えた。
どうやら月は雲に隠れてしまっているらしい。
暗い海上で波の音だけが響く中、全身の力を抜く。

『旦那様、通信が――』

「……少し、休ませてくれ」

早くどこかしらと連絡を取らなければいけないと、分かってはいる。
しかし、トーレとの戦闘で受けたダメージや精神的疲労は決して軽くはなかった。
それこそ、こうして何もする気が起きなくなるていどには。

「……Seven Stars」

『はい』

「俺、生きてるよな?」

『勿論です』

そんな馬鹿なことを聞いてしまう。
正直なところ、死んでもおかしくはなかった。
あと一秒でもトーレを引き剥がすのが遅れていたら、魚の餌になっていた可能性だって充分にあったのだから。
それでもこうして生きているのは、運か。確かにそれも要素の一つだろう。
けれど……生きたいと願ったからこそ、綱渡りの賭けを成功させることができたのだと自惚れたい。
躊躇なく、自分が生き延びるためにはどうすれば良いか考え、行動を起こしたからこそこうして生きているのだと。
……少しは様になっているだろうか。
自分の命を軽々しく扱わない、という誓いをきちんと守れているだろうか。

『苦しい戦いでしたね』

「……ああ」

『ですが、旦那様はやり遂げました。
 自らに科した条件を満たしつつ、勝利したのです。
 ならば、それは誇っても良いことでしょう』

「……ありがとう」

『いえ』

まるで俺の考えを読んだかのような言動だ。
いつの間にかこいつもそんな芸当が出来るようになったのか、なんて考えて、少し感慨深くなる。

……そうだ。

「Seven Stars、トーレは?」

『反応ロスト。
 生死は不明です』

「そう、か。
 戦闘機人だから頭部さえ無事なら死にはしない……だろうけど」

だとしたって不死身というわけではない。死なないだけでどんな状態になるかまでは分からないだろう。
もし死んだとしても、トーレはそれを覚悟して俺に挑みかかってきたのだから――
……なんてのはただの言い訳だ。

文字通り軋みを上げる身体を起こす。間接が軽やかな音を上げて、微かな爽快感が背筋を昇った。
休憩は終わり。これから部隊に連絡を取って、報告を行った後にトーレの捜索を開始しないと。

生きているにしろ死んでいるにしろ、このまま放置するわけにはいかない。
生きているのならば捕まえないとならないし、死んでいるのならば弔ってやらねば。
あの戦闘狂が何を考えていたのかなんて、正直なところ分からない。
しかし、敵だから死んでも良いだなんて風に考えたくはないのだ。

時空管理局の執務官として。エスティマ・スクライア個人として。
助けられるのならば助けないと。

消したアクセルフィンを両肩に再び形成し、宙へと上がる。
足場にしていたラウンドシールドを消し去ると、息を吐いて緩んでいた気を引き締めた。

「Seven Stars、六課に連絡を」

『不可能です。
 この海域一帯に強力なジャミングがかけられているため、念話を始めとしたあらゆる通信手段がとれません』

「……お前、そういうことはもっと早くだな」

『ですから、先ほど伝えようとしたのです』

「……ああ」

……そういえば、そんなことを云おうとした節が。
参った、と溜め息を吐きながら高度を上げる。
このまま通信の回復する場所まで移動しなければならないと考えると、どうにも気が重い。
ただでさえ余裕がない状況だって――

『旦那様、高エネルギー反応――!』

「――ッ!?」

反射的にソニックムーヴを発動させ、一瞬前までいた位置から離脱する。
一拍置き、海を裂いて一条の光が天へと伸びていった。

橙色の光。人一人を丸呑みしてもまだ余裕があるほどの太さを持った。
それに押し出された海水は飛沫となって吹き上がり、ざあざあと霧雨が舞う。
一体、何が――その問に答えるかのように、ゆっくりと何かが海面へと浮上してくる。

最初に見えたのは、水面に揺れる五つの光点だった。
蛍火ほどの大きさが、徐々に大きさを増してゆく。

そして海面を割って姿を現したもの――先ほどの砲撃で吹き飛ばされたのだろうか。
スポットライトのように、それの姿が月光に照らし出された。

形そのものは、ガジェットⅢ型に似ている。
しかし、記憶にあるどのガジェットとも形状は一致しない。サイズも桁違いだ。

直径六メートルほどの球体。その大きさだけでも既に異常だ。
正面に輝く五つの光は、通常のガジェットと同じカメラか。それのサイズもまた、規格外である。
Ⅲ型との最大の違いは、機体の下部に取り付けられたものだろう。
人一人を掴めるだけのサイズを持った、巨大な一対の蟹挟みのようなアーム。それの間には、一門の砲が取り付けられている。
見覚えがある。形状に些細な違いはあれど、あれは――イノメースカノンか?

異形のガジェットにカラーリングは施されていない。
一昔前の素組プラモデルのように無地で、装甲板が剥き出しとなっている。

「なんだ……この機体」

呟きに応えるよう、巨大ガジェットはカメラアイを瞬かせた。
そして轟音と共に背を輝かせ――おそらくは加速器の噴射か―― 一気に俺との距離を詰める。

「早い……!?」

その外見から想像もできないほど、巨大ガジェットは俊敏に動いた。
あり得ない加速性能で飛び込んでくる。闘牛士のように避けるも、巨大質量が通過した余波で姿勢がぶれた。

奥歯を噛み締めながら姿勢制御を行い、傍を通過した巨大ガジェットを見やる。
巨大ガジェットは背部の加速器に振り回されるように強引な方向転換を行うと、再びこちらの方を向く。
その際、下部の砲身に橙色の光が灯って――

ギリギリまで見極めようとした俺を嘲笑うかのように。
砲身から放たれたのは散弾だった。

とはいっても、元の砲撃が人一人を消し飛ばして余裕のある代物。
当たれば致命傷は免れないそれを、ぎりぎりで避ける。

弛緩していた思考がようやく戦闘へと移行し、右手でSeven Starsを握る。

……あのサイズを相手にモード・Cは不利、か。敵に対してあまりに得物が小さい。
が、左手がこの有り様じゃあハルバードを満足に振り回すことはできない。
モード・Bも同じく。両腕で保持できない今の状態では、照準を合わせられるか怪しいだろう。

……射撃や反動の小さい砲撃魔法を中心に戦うべきか。

Seven Starsに変形を命じ、黒い宝玉は白金のハルバードに姿を変え、それを右手で保持する。

「クロスファイア――」

『――シュート』

速度を保ちつつ生み出せるだけのクロスファイア。
八つのスフィアに命じ、巨大ガジェットへと軌跡を描いてサンライトイエローの光が迫る。

が、巨大ガジェットはそれを無視するかのように突撃を行う。
装甲に自信があるのか。そんなことを思い――

機体の周囲に揺らめくAMFによって、クロスファイアはすべて打ち消された。
……あり得ない。ヴァリアブルバレットとして撃ち出したものが、一発残らず打ち消されるだなんて。
どんな出力のAMFを張ってるっていうんだ。

それに、

「……接近戦を捨てたのは正解だったな」

『はい。あの出力ならば、飛行魔法、バリアジャケットも大幅に効果を減衰されます。
 その状態であのアームに捕まれば、どうなるかは……』

「……云うまでもないな」

悪い冗談だ。

さて……今のを考えると交戦は避けたい。撤退を第一に考えつつ、攻略するならばと思考を巡らせる。
射撃は打ち消されてしまったが、砲撃はどうか。
試してみる価値はある。しかし、あの強力なAMFで減衰されてしまえば、どれほどのダメージを与えられるか。

「……次の砲撃に合わせてこっちも撃つか」

『何故ですか?』

「攻撃を撃つときにはバリアが消えるのはお約束かなと」

『……余裕があるようで安心しました』

空元気だよ、と呟きかけて、巨大ガジェットから放たれた砲撃を回避する。
が、連続照射される砲撃は海面を蒸発させつつ、光の残滓を残しながら振り回された。
舌打ちしつつ後を追ってくる砲撃から逃げ続ける。

「……Seven Stars、照射時間は?」

『六秒です』

Seven Starsからの返答を聞きながら、巨大ガジェットへと視線を移す。
イノメースカノンを放った巨大ガジェットは、砲の後部から蒸気を吹き上げていた。
オーバーロードということはないだろう。おそらくは、冷却。

今の隙に逃げるか。逃げ切れるのかという不安は――

「……まさか」

逃げるという選択肢を選ぼうとした瞬間、一つ、根拠の薄い仮説が浮上してくる。
トーレとの連戦。ジャミング。初めて投入されたであろう、新型のガジェット。
この状況……まるで俺を追い詰め、潰すために作られたように思える。

そもそも俺を本気で潰しにかかるのなら、トーレ一人ではなく複数の敵を俺に当てるだろうが、それはされていない。
俺がトーレと……否、トーレが俺と一対一で戦う場合、死闘になると読んでいたのだろう。
多対一の戦闘になった場合、トーレが乗り気にならないであろうことを読み切って。

合理的というよりは、演出的。まるで小馬鹿にするかのような。
そんなことをするような奴には、一人しか心当たりがない。

眼鏡をかけた女の姿が脳裏にちらつく。舌打ちでそれを打ち消し、おもむろにショートバスターを放った。
しかし、サンライトイエローの光は巨大ガジェットの装甲に触れることなく霧散する。
砲撃すらも完全に無効化するか。どんな、冗談。

逃げるにしたって、目にしたあのガジェットの加速性能は馬鹿にならない。
ダメージを与えれば敵の動きを止め、出鼻を挫くことができれば引き離すことはできるだろう。

そのための手段は何か。最適なのはAMFの影響を受けないサンダーレイジなどだと、分かってはいる。
魔力のみで構築された攻撃手段ではなく、魔法によって引き起こされた現象。
大質量を加速させてぶつけるなどの手段もあるが、生憎とこの場にそんなものはない。

ゼロシフトを使用したモード・Dの斬撃ならば撤退するまでもなく撃破できると思うが、その選択は却下だ。

「……どうやって逃げるか、か。
 やっぱり身体に鞭打って稀少技能で離脱が一番だろうが……」

『それを許してもらえるのなら、わざわざあのガジェットが出て来ることもないでしょう』

「ああ。逃げようとした瞬間、あのビックリ箱から次は何が飛び出すのやら」

どうしたものか。考えを巡らせながらも攻めあぐねていると、

「兄さん!」

悲鳴に近い甲高い声が聞こえて、俺は巨大ガジェットに注意を払いつつ視線を向けた。
そこにはいつの間にかフェイトがいた。急いで来たのだろう。髪の毛は風圧でぼさぼさになっている。
……そして、フェイトに腕を掴まれたシャマルが真っ青な顔をしているのはどういうことだ。

「し、しばらく絶叫系の乗り物は……」

「シャマル、兄さんの治療を!」

「待って……少し休ませてください……」

「おいおいお前ら……って、フェイト避けろ!」

声を上げると同時に、俺たちの元へ巨大ガジェットの集束砲撃が突き刺さった。
俺とフェイトは別々の方向へと回避を行う。照射され続ける光は俺を追い続け、敵の狙いが俺であることを再認識する。

念話で指示を――くそ、駄目か。

「フェイト!」

回避運動を取りつつ声を張り上げ、フェイトへと。

「ここに救援はくるのか!?」

「うん。けど、通信が遮断されてるからいつになるかは分からない。
 リインフォースⅡが、もうそろそろ来ると思うけど……」

遅れてくる。置いてきたのだろうか。
シャマルの様子からフェイトが全力で飛んできたのは分かるし、おそらく、そうなのだろう。

……まずいな。
俺やフェイト、リインⅡだけならともかく、シャマルがいるとなると逃げ切れる可能性が下がる。
もし振り切ることができずにあの巨大ガジェットを湾岸地区にでも招き入れてしまったら、流れ弾だけで街が燃えることになるだろう。
ここで撃墜するしかないのか?

Seven Starsにバルディッシュへ巨大ガジェットのデータを送るように指示を送り、敵へと視線を送る。
俺の限定解除はまだ続いている。が、フェイトの限定解除は行えない。
通信が遮断されている状態では、限定解除の申請も行えない。

戦うとしたら俺がリインⅡとユニゾンして――というのがベストだろう。
しかし左手が使えない今、存分に力を振るうことはできない。
バインドで無理矢理に括り付ければあるいは、とも思うけれど。

「……戦うぞ、フェイト。シャマルは後退してくれ」

「わ、分かりました……」

「え、でも兄さん、治療を――」

「そんな暇は与えてくれないって」

苦々しく言い切ると、再び放たれた集束砲撃を避ける。
……どれだけ乱射する気だ。あの巨体だからどんな動力源を積んでいてもおかしくはないと思うけれど。

救援がくるまで、せめて持ちこたえないと。
倦怠感で鈍った身体に渇を入れ、俺は牽制目的の射撃魔法を構築した。

















時間が経ったことでトーレが口にした施設の爆破はブラフという見解が強まり、万が一を考えて未だ爆発物の探索が行われつつも、海上収容施設は落ち着きを取り戻し始めていた。
トーレとエスティマが去ったあと、あの場に残っていた三人の戦闘機人は拘束され独房に戻されている。
戦闘機人とはいっても、現在の彼女たちはISも強化された機能も使えない無力な少女なのだ。
捕らえられた際の反応は、様々だった。

オットーは脱走のチャンスを逃したことに悔しがりつつ抵抗を見せる。
ディエチはトーレの行ったことに困惑しているようで、半ば悩んでいるような、放心しているような状態だった。
表情が豊かではないので、彼女がどんなつもりなのかは姉妹にも分からなかったが。

そしてチンク。
彼女は大人しく指示に従い、自分の寝起きする場所へと戻された。
薄暗い部屋の中で遠い喧噪を聞きながら、チンクは一人、トーレの行ったことについて考える。

あの戦闘狂ともいえる姉は、自らの夢を果たせたのだろうか。夢を追って、果てたのだろうか。
トーレとは長い付き合いだ。だからこそチンクは、トーレの生き方に賛同できないまでも、理解はしていた。
自分の生まれに意味を見出し、意義を付加することで生き続ける。
それは、自分とまるで違う生き方だ。
生まれがどうであれ、一人の人間として生きる意義を見付けたいと願った自分とは。

トーレの生き甲斐が自分の夢と相反するものであることは分かっている。
もしトーレが己の目的を果たす――エスティマを戦った果てに殺してしまえば、それは、チンクの人生が色褪せることに繋がるからだ。
だから、チンクはトーレの生き様を応援できなかった。同時に、否定しようとも思わなかったが。

真っ当な者からみれば、トーレは酷く歪に見えるだろう。
しかし自分たちからすれば――

そこまで考えたとき、物音によってチンクの思考は中断された。
看守に促されて立ち上がると独房から出て、手枷のつけられた腕を揺らしながら、廊下を進む。

案内された先にあったのは部屋であり、そこには局の制服に身を包んだ一人の女がいた。
彼女のことは良く知っている。八神はやて。エスティマの同僚であり、幼馴染みである者。

パイプ椅子に腰を下ろして、チンクははやてと対面する。
向かいにいる彼女と、刹那の間視線が絡む。
はやては私情を押し殺すように小さく息を吸うと、話を始めた。

「チンクさん。あんたに聞きたいことがあってきました」

「ああ」

「ここを襲撃したナンバーズの三番。彼女が起こした一連の行動についてや。
 今までも結社の戦力として動く戦闘機人にしては妙な言動をしとったけど、今回ばかりは常軌を逸しとる。
 あの戦闘機人がどんな人なのか、聞きたいんよ」

「そんなことを聞いてどうする」

「今回の行動にどんな裏があるのか、気になってな。
 戦闘機人の三番が何かを企んでいるのか、それとも何も考えてなかったのか。
 人柄を知ることで、少しは予測も立てやすくなるはずや。
 ……駒として扱う場合、黒幕が何を考えているかもな」

最後に付け加えられた一言に、何かあったのだろうかとチンクは眉を持ち上げる。
同時に、犯罪者である自分にそこまで話して良いのかとも。

おそらく、信頼されているのだろう。エスティマを裏切らないという、その一点に関しては。
同時に、再びエスティマを裏切れば、本人が許してもこの女だけは絶対に許さないのではないだろうか。
そのつもりは微塵もチンクにはないけれど。

「分かった、話そう」

云いつつ、チンクは脳裏に姉のことを思い描く。
トーレがどんな者だったのか。なるべく客観的に彼女の性格や趣向を思い出し。

「トーレは、そうだな。
 ……戦闘機人というものに、特別な意味を見出していた。
 あいつの行動は、その意味にかかっていたと云っても過言ではないだろう」

考え込むようにはやては視線を逸らし、チンクに先を促す。

「正味なところ、あれは戦うことができるのならばなんでも良かったのだろう。
 戦闘機人として生まれ、生きている自分の存在を確立することができるのならば」

「んっ……なら、説得次第で投降することもあり得たんやろうか」

「それはない。戦わずに終わるということは、トーレからしたら絶対に選びたくない選択だろう。
 ……だが、それ以上に、トーレが管理局に屈しないであろう理由があると、私は思う」

「それは、どんな?」

「……エスティマだ。あいつが管理局にいるからこそ、トーレは敵対組織である結社にいた。
 強者と戦うことで――とはいっても、それとは別に、トーレはエスティマに執着していたはずだ」

「……なんで、わざわざ。
 エスティマくんには悪いけど、彼より魔導師ランクの高い人は、多くはないけど存在しとる。
 強い人に喧嘩を売るなら、そっちの方がええと思うんやけど」

不思議そうにはやては首を傾げる。
当たり前の話だろう、とチンクは頷いて、口を開いた。

「八神はやて。無理だとは思うが、それでも自分の身になって考えて欲しい。
 もし自分が、戦うことで生きる意味を証明する存在だとしたら、何を求める?
 戦い続けること以外に、強者として目指す地位。
 スポーツでもなんでも良い。……極めた果てに一つの称号が、あるだろう?」

「……一番強い、ってことかなぁ」

「そうだ。だがトーレは、最強の闘争者とは別の――
 エスティマを倒すことで、最強の生体兵器という価値を自分に見出そうとしていた」

「……生体、兵器。
 けど、それは……っ」

そこまで云って、はやては口を噤む。
ここにいるのはチンクだけではないのだ。彼女が暴れ出さないよう、監視を行っている局員がいる。
他人に知られては都合の悪い秘密。エスティマ・スクライアがプロジェクトFによって生み出され、レリックウェポンとしての改造を受けているということ。
管理局ミッドチルダ地上部隊の中でもそれなりの地位に就いており、良くも悪くも注目を集めている彼にの出生は隠されるべき事柄だった。
力を欲する者が戦闘機人を生み出すのと同じように、彼の力に目を付けた者たちが、優秀な魔導師を生み出すことができるのならと遺伝子操作技術に熱を上げることになるだろうから。

それを飲み込み、はやては小さく溜め息を吐く。
自分自身を落ち着かせるように人差し指で、とんとん、と机を指で叩いた。

「……戦闘機人の三番がどんな人物かは、大体分かったわ。
 味方からしても扱いやすいようで、その実、かなり使い勝手に困る手駒。
 そうやろ?」

「どうかな。
 ドクターはトーレを気に入っていた。あの人は手段のために目的は選ばない人だ。
 大仰な目的を掲げつつ、トーレのために舞台を用意してもおかしくはない」

スカリエッティがどんな人物なのかは、事情聴取を受けた際に伝えてある。
結社を設立した、本当の理由など。常人には理解できない設立目的に対して管理局は懐疑的だ。
しかし、それも仕方がないことだろう。たった一人の生体兵器がどう動くのかを見たいがためだけにそんなことを起こしただなんて、誰も信じはしまい。

今回のこともまた、エスティマとトーレをぶつけたら面白そうだというドクターの考えが根底にあるのではないか。
そんな風にチンクは考えている。

しかし、

「……なんか、違和感があるなぁ。
 戦闘機人の三番を出せば、必ずエスティマくんと戦闘になる。
 それの観戦が襲撃の本当の目的だとしたら、今起こってることは完全な蛇足や……」

「……何か、起こってるのか?」

はやての溢した呟きに、チンクは思わず反応した。
しかし、対するはやての対応は酷く事務的だった。
あなたに話すことではない、と横に首を振る。当たり前だ。自分は罪人なのだから。
管理局への協力に積極的な姿勢を見せてはいるが、疑いが完全に晴れたわけではない。むしろ、今回の襲撃で信頼関係がゼロへと戻ったかもしれない。
そんな状態だというのにわざわざ外の様子を聞かせはしないだろう。

……辛いな。

分かっていたことだが、とチンクは唇を噛み締める。
それでも、何もせずにはいられないと、彼女は顔を上げた。

「……エスティマはどうしてる。
 トーレとの戦いは、どうなった?」

「……勝った。戦闘機人の三番は撃破された。
 だから、あんたらに助けがくることはない」

今の言葉を頭の中で転がしながら、チンクははやての顔をじっと見る。
無表情を装っているようだが、その節々には焦燥や不安が滲んでいるようだ。

助けがくることはない。それとは別に、何かが起こっている。
ドクターが余計なことをするだろうか。もしトーレが撃破され、捕まるようなことがあっても、ドクターはそれを受け容れるだろう。
戦いに生きる者ならば、その過程で敗北を舐めるのは必至。スカリエッティはそれを否定しないはずだ。
敗北という要素もまた、トーレを形づくるものの一つなのだから。

ならば、その他の何かだろうか。

……情報が少なすぎて、答えらしい答えは出ない。

ただ疑問ばかりが蓄積してゆく。
しかし、敵である自分に目の前にいる女は必要以上の情報を与えはしないだろう。

……しょうがないな。そんなことを思い、チンクは目を伏せた。
身動きの取れない、自分から動くことのできない状況だというのは分かっている。
今の自分は受け身に徹するしかないのだ。どんな事柄に関しても。

「……八神はやて」

「なんや」

「エスティマを頼む。今の私は、あいつに何もしてやれない」

「……云われなくても分かっとる」

最後にそう云って、はやては腰を上げた。
チンクを見張っていた局員に一言告げると、はやては外へと。
彼女の後ろ姿を眺めながら、チンクは肩から垂れている髪の毛に指先で触れる。
毛先を弄びながら、視線を部屋の隅――エスティマとトーレが飛び去った方向だ――に投げた。
局員に声をかけられるまで、彼女はずっとそうしていた。

部屋をあとにしたはやては、マルチタスクを駆使して情報を整理しながらも、彼女が最後に口にした言葉を反芻する。

「……今の私は、か」

いずれは変わる、ということだろうか。多分、そうだろう。
待つしかないと分かっていても、そのいつかは必ずくると信じてる。
ただ待つのがどれだけ辛いか知っているはやてにとって、彼女の言葉は微かな息苦しさを覚えさせるものだった。

「……あかんあかん。それよりも今は、大事なことがあるやろ」

触れるていどの力で頬を掌で叩くと、はやては今起こっていることへ意識を向ける。
エスティマが墜落した海域に発生しているジャミング。
フェイトやシャマル、リインフォースⅡたちと入れ違いに湾岸地区に現れ、現場に向かおうとしているなのはたちを足止めしているガジェット。
そう。エスティマとトーレを救助するために編成された部隊は今、ガジェットによる思うように動きを取れないでいた。

この状況を客観的に見てみる。
他の追従を許さない高機動戦闘をトーレに行わせることでエスティマを消耗させつつ孤立させ、その状態を維持するために時間稼ぎの駒を投入。
その目的は何か。おそらくはエスティマの撃破だろうと想像できるが、チンクから聞いたスカリエッティの人物像から考えると、どうにもしっくりこない。
何故ならば、"つまらない"からだ。エスティマが戦う姿を楽しみとするのならば、消耗しきった彼を狙うのは何かが違う気がする。

昔――唯一スカリエッティの姿を直接目にした、結社の設立テロのことをはやては思い出す。
あの時もまた、意図してエスティマを消耗させていたようには見えなかった。
消耗したのは無理を通した彼の勝手であり、スカリエッティ自体は無理難題をふっかけて、それをどう彼が解決するのかを楽しんでいたように、はやてには思えた。

「宗旨替え……それとも、第三者の意志が介入してる?
 分からへん。どういうことなんや」

呟き、この状況で自分に何ができるのかと考える。
黒幕の考えを把握しようという狙いは見事に外れた。核心には近付いたのかもしれないが、同時に、混乱もしてしまっている。
正しい選択だと思えるものは、敵の狙いであるエスティマの撃墜を阻止することか。
もっとも、エスティマがこれ以上傷付くことははやてだって望んではいない。誰に頼まれなくても実行するつもりだ。

リインフォースⅡたちがフェイトの増援として向かってから、既に三十分近くが経っている。
だというのに、未だ通信は回復しない。まだ、何かが起こり続けているのだ。

『ザフィーラ』

『はい、主』

『シグナムにお願いしてもらえるか? ヴィータは……病み上がりで無茶させたくない。
 ……うん。
 私ら三人でなのはちゃんたちの足止めをしてるガジェット、引き受けるで』

『よろしいのですか?』

『しゃーない。空戦って云っても、速い方やないからね。
 急いでエスティマくんを助けるのなら、他の人に任せた方がええやろ』

勿論、すぐにでも飛んでいきたい気持ちはあるけれど。
それを押し殺して、はやては盾の守護獣に念話を送る。

『御意に』

そしてザフィーラは主の気持ちを汲み取り、すぐに行動を起こす。

遅れるわけにはいかないだろう。
胸元にある待機状態のシュベルトクロイツを握り締めると、セットアップと並行して、彼女は転移魔法を展開し出した。


















「リインフォース、AMFCは本当に作動しているのか!?」

『はいです。巨大ガジェットのAMFをあるていどまでは減衰させているですけど……』

そこで一度区切り、リインⅡは悔しさを滲ませる。

『"今の"状態だとこれ以上は……』

ぎり、と奥歯を噛み締め、俺は接近してくるガジェットへと視線を戻す。
右腕一本で保持しているSeven Starsを振りかぶり、交差する瞬間に紙一重でアームを回避。
擦れ違いざまにハルバードを振るうも、返ってきた手応えは固く、痺れを伝えてきた。

確かにAMFCは作動しているのだろう。接近してもアクセルフィンやスレイプニールが無効化されるといったことはない。
しかし、魔力に頼った攻撃はやはり弱体化される。今のように物理攻撃を行ったとしても、敵の装甲を引き裂くことはできない。
せめて左手が使えたら――

『旦那様!』

舌打ち一つ。
交差し、背後を見せた巨大ガジェット。背面装甲がスライドし、その内側から横一列に並んだレンズが現れる。
それが何か、と考えるよりも速く、光が瞬いた。

『トライシールド!』

リインⅡに依存しきった防御魔法を展開。放たれたレーザーを弾きつつも、強力なAMFのせいでシールドが軋みを上げる。
出力はおそらく通常のガジェットよりも高いのだろう。しかしそれでも、たかがレーザー如きに気を配らなければならないなんて。

「――ッ、フェイト!」

レーザーの雨に耐えきると、俺は空へと声を張り上げた。
上空へと視線を投げれば、そこにはデバイスフォームのバルディッシュを構えたフェイトの姿がある。
彼女は足元に金色のミッドチルダ式魔法陣を展開しながら、眼下の巨大ガジェットを見下ろしていた。

「サンダー――!」

彼女が発動しようとしているのは天候操作型の広域攻撃魔法。
あれを直撃さればあるいは。そう考えて俺は囮役を買って出ていた。

しかし、巨大ガジェットも黙ってやられはしない。
加速器の出力にものをいわせて強引な方向転換を行うと、機体下部に取り付けられたイノメースカノンの砲口を空へと向ける。
だが、フェイトに照準を向ける余裕は――

そう考えていた俺を嘲笑うように、橙色の閃光が吐き出される。
苦し紛れの行動だったのか。砲撃はまるで見当違いの方向へと突き進み――
サンダーレイジの触媒となるはずだった雲を吹き飛ばした。

「まずい……!」

『ソニックムーヴ』

そして雲を吹き飛ばした砲撃は、未だ照射が続いている。
レーザーカッターのように振り回され、大気を両断しながらフェイトへと迫る。
ギリギリのタイミングで気付けた俺は、なんとかフェイトを抱きかかえて離脱。
一呼吸前までいた空間は冗談みたいな威力の砲撃で薙ぎ払われ、大気の焼ける異臭が漂った。

「ご、ごめんなさい、兄さん」

「気にするな」

目を白黒させながらも状況を飲み込んだのか。
フェイトは咄嗟に掴んでしまったであろう俺のバリアジャケットから手を離して、俯く。

短く応えてフェイトを開放すると、巨大ガジェットの挙動に注意しながらどうするかと考え込む。
ばかすかと砲撃を撃ち続けているにも関わらず、巨大ガジェットにエネルギー切れの兆候は見えなかった。
AMFにしたって同じ。AMFCで減衰させているとはいえ、満足なダメージを与えられるほどじゃあない。

「兄さん、もう一度サンダーレイジを……」

「駄目だ。今度は俺が囮になっていると勘付かれて、身動きが取れないところを狙い撃ちにされる。
 せめて頭数があれば……」

いや、本当にそうだろうか。
質と量は釣り合いがとれるものじゃあない。どれだけ数があったとしても、あの巨大ガジェットを倒せるかどうか。

そこまで考えて、緩く頭を振る。
血が上っている。何も倒す必要はないんだ。撤退さえさせることができれば――そこまで考え、ガジェットが撤退なんかするだろうかと素朴な疑問が湧いてきた。
どうやら、思った以上に焦っているらしい。

「エスティマさん!」

不意に、激励の響きを含んだ声が届く。
見てみれば、何もない宙に円形の門が生まれ、そこから声が出ているのだ。
声の主はシャマル。ジャミングによってあらゆる通信が使えない今、俺は彼女を後退させて後方の様子を調べさせ、旅の鏡によって無理矢理に声を届けさせていた。

「見えました! 増援は――けど、戦闘を行ってるみたいでっ」

どうすれば良いんですか、と悲鳴じみた声が最後に付け加えられる。
……そう、か。知らぬ間に孤立させられていた、と。

「……シャマル。引き続き、そこから連絡を頼む。
 フェイト、リインフォース。キツイとは思うけど、交戦続行だ」

「うん、兄さん。けど……」

どこか心細さを見せたフェイトを視線で諭し、Seven Starsを右手で構え、ガジェットを見据える。
そしてフェイトに指示を出すと、攪乱するように巨大ガジェットの周りを飛びながら射撃魔法を撃ち放つ。無効化されると分かっていながら。

鉄壁と云っても過言ではない敵の装甲。あれを打ち破る手段はあってないようなもの。
フェイトならばライオット。俺ならば稀少技能。
しかし前者は限定解除という問題があるし、後者は疲弊しきった状態で使えるのかという疑問がある。
リインⅡとのユニゾンでダメージの肩代わりは発動しているとは云っても、俺自身が消耗している今、彼女一人に負荷をかけることになるだろう。
果たしてリインⅡ一人でそれを耐えることができるのか。

『旦那様』

「なんだ!?」

不意にSeven Starsが上げた呼び声に、怒鳴り散らすような返答をしてしまう。
しかしSeven Starsは気にした風もなく、先を続けた。

『手段ならあります』

「……なんのだ?」

『あのガジェットを破壊するための手段です。
 稀少技能を使わずに手傷を負わせることができるであろう力が、一つだけ』

「……そんなものに、覚えはないんだけどな」

リインⅡから敵の行動予測を聞きつつ、クロスファイアを発動し、射出。
しかしサンライトイエローのスフィアは当たり前とでもいうように霧散し、お返しとばかりにレーザーの雨が降り注いだ。
回避運動をとりつつ避けきれないものをトライシールドで防ぎ、黒いデバイスコアへと視線を投げる。

「……付け焼き刃か?」

『そうなります』

その言葉と共に、俺の脳裏――マルチタスクの一つへ、Seven Starsが提唱した手段が送られてくる。
効果的な戦術が送られてきたわけではない。Seven Starsが提示してきたのは、見たことも聞いたこともない魔法だ。
……確かに、出来なくもないだろう。しかし、

『リインも不可能ではないと思うですよ。けれど……』

「……難しいな」

よくもまぁこんなものを思い付いたと関心半分、呆れ半分といった気分だ。
誰の影響を受けたのだか。

『旦那様』

「なんだ」

Seven Starsからの言葉を聞きつつ、フェイトと協力して火線を交差させる。
が、駄目だ。砲撃も射撃も等しく弾き返し、巨大ガジェットは猛威を振るう。

『私はあなたを勝利させるために存在している物です。
 故に、あなたが勝利を望んでいる今、そのために必要な手段を提示しました。
 旦那様。如何いたしますか?』

「……お前は」

戦闘中だということを一瞬忘れ、思わず眼を見開いてしまう。
しかしSeven Starsはそれに応えず、黙して俺の答えを待っているだけだ。
苦笑してしまう。ここで拒否すれば、コイツはおそらく次の手を考えるだろう。
ただ俺を勝利へと導くため、ひたすらに。

「……フェイト、頼めるか!?」

「――分かった、兄さん!」

主語の抜けた応答だが、これはさっき、サンダーレイジでの攻撃を行おうと決めたときのやりとり。
フェイトは俺の意図を正確に汲み、囮となってガジェットの相手を始める。

――さて。

「……プラン採用だ。
 Seven Stars、リインフォース。ミスるなよ」

『了解です』

『了解ですよ!』

小さく息を吐き、握力が皆無に近い左手をSeven Starsへ添える。
その上からバインドを巻き付けて固定すると、両腕でしっかりと保持した。
左手からSeven Starsへと通された魔力。それが爆ぜるように紫電を散らす。

形成する魔法はおそらく、どの技とも似ても似つかないだろう。
参考にされた紫電一閃に近くはあるだろうが、まるで別物だ。

『外装冷却開始するです』

まず足元に展開されるのは古代ベルカ式の魔法陣。
リインⅡによって発動された氷結魔法はSeven Starsの外装"のみ"を冷やす。
稼働状態にあったSeven Starsによって熱されていたそれは一気に冷却され、マイナスへと。

次いで、冷気をまとう外装に、レリックから生み出された莫大な魔力が左腕を通して電気変換される。
先ほどの比ではない紫電が宙を一気に染め上げる。千の鳥が一斉に囀るような騒々しい音。
そして右手から伝えられた純粋な魔力より、Seven Starsの硬度がかつてないほどまでに強化される。

右と力の上手く入らない左手でしっかりとグリップを握り締め、細心の注意を払って術式を構築。
Seven Starsを右肩に担ぐと、小さく息を吐いた。

これを放つためのトリガーワードは――

「――ッ、兄さん!」

魔法の構築に向けていた意識が、フェイトの叫びによって呼び戻された。
見れば、巨大ガジェットがこちらへと頭を向けて突撃してくる。
背後からは絶え間なくレーザーを放ち続け、追い縋ろうとするフェイトを足止めしていた。

アームを顎のように左右へ開き、その間にあるイノメースカノンの砲口に火が灯る。
今、構築している魔法は近接戦闘用の攻撃魔法。そのためには近付かなければならず、これから放たれるであろう砲撃を避けなければならない。
こうして考え事をしている間にも橙色の光はその色を濃くして、今にも吐き出されようとしていた。

魔法を構築するのがデバイスたちの仕事ならば、俺の役目はそれを正しく行使すること。
成すべきことは目の前の脅威を凌ぎ、ただこの一撃を叩き込むことだ。

氷結、雷撃。その二つに彩られた白金の斧槍を構え、敵の挙動を注視しながらアクセルフィンとスレイプニールに意識を向けた。
意志を持ったように稼働する飛行補助魔法は大気を打ち払い、俺を巨大ガジェットの下へと向かわせる。

接近を目的とする俺と、その前に撃墜しようと迫るガジェット。
懐へと飛び込む意志を見て取ると、巨大ガジェットは躊躇なく砲撃を撃ち放つ。

――砲口の焔が、爆ぜるように膨張して、

――些細な前兆を頼りに、俺は身を捩って砲撃を回避した。

「――術式発動」

すぐ隣を過ぎ去る熱波にバリアジャケットが悲鳴を上げる。
が、それに構うことなく俺はガジェットの懐へと潜り込むことに成功した。
Seven Starsを握る手に力を込めて、

「――紫電一閃・七星」

トリガーワードを呟く。

瞬間、Seven Starsのカウリングがパージされる。
冷え切るなんて言葉では生温い。極限まで凍て付いた"外装/砲身"に挟まれた"本体/弾丸"が、一筋の光となって走る。

相手を砕くのではない。電磁投射によって射出された刃が、文字通りに引き裂く。
たとえどんな装甲を持っていようと、この斬撃の前では無意味に等しい。

おそらく稀少技能を使っていても目視は叶わないであろう、光の刃。
それは巨大ガジェットのアームと噛み合い――

真っ向から断ち切り、横っ腹を深々と切り裂いた。
しかし、浅い。踏み込みが甘かったのか。確かにダメージを与えはしたものの、行動不能とまでは――

ならばもう一撃。そう考えた瞬間、腕を引く力に舌打ちをしたい気分になった。
が、そんな行動すら起こす暇はない。
獲物を断ち切ったあとにかけるはずだった制動が、正常に作動していない。
このままでは――

咄嗟に取った行動は、Seven Starsを手放すことだった。
が、それでも左手は未だ掴んだまま。というよりは、縛り付けられたままだ。

引かれた左腕が引き延ばされ、伸びきった関節から鈍い音が上がる。
それに一拍遅れて、言葉にできない痛みが頭へと突き抜けてきた。

『痛、い……』

胸の中からリインⅡの声が届く。
いつもの余裕ある口調ではなく、本気で痛みを訴えている呻き声だ。
もしリインⅡがダメージを肩代わりしてくれなかったならば、左腕が引き千切れていたこともあり得ただろう。

痛みで乱れる呼吸を必死に整えながら、使い物にならなくなった左手から右手へとSeven Starsを持ち替える。
そして振り返り巨大ガジェットへと視線を戻そうとする。
しかし、そこに敵の姿はない。

顔を顰めながらも唖然としてしまう。
そうしていると、驚きを顔に浮かべたフェイトが近付いてきた。

「兄さん、大丈夫!?」

「……巨大ガジェットは?」

「逃げたみたい。戦闘機人の四番が使うISみたいに、姿が消えて……。
 それより、さっきの魔法は……って、兄さん、左腕!」

だらりと伸びきった腕に手を伸ばすも、痛々しさのせいか、フェイトは指先を丸めて躊躇した。
瞳を揺らして、思わず視線を逸らしそうになったのだろうフェイト。彼女は足元にミッドチルダ式魔法陣を展開すると、不慣れな治癒魔法を発動する。
……この期に及んで心配するなとは云えないな。

「ごめん、フェイト。ありがとう」

「……うん」

不満げな表情をしながらも、フェイトは頷く。
あの巨大ガジェットを倒すにはこれしかなかった。しかし怪我をするのは納得できない。
そんなところだろうか。

……何はともあれ、退かせることができて良かった。
右腕に握ったSeven Starsに視線を送る。

紫電一閃・七星。Seven Starsを包むカウリングを砲身に、本体を弾丸へと見立て、電磁誘導により射出する魔法。
電磁投射による弾丸の役目を果たしたSeven Starsは、外装を脱ぎ捨てた金色の戦斧の姿となっており、白煙を節々から上げている。
ありがとう、と胸中で呟いて、グリップを握る手へ僅かに力を込めた。

「……さて、また弱ったところを叩かれたらたまらない。
 こっちに向かってくる部隊と合流するか」

「うん」

云って、フェイトはおもむろに俺の肩を掴んでくる。

「……えっと?」

「運んであげる。疲れたでしょ? 疲れてるよね?」

『……リインはもう限界ですー』

フェイトに云われたからか、リインⅡとのユニゾンが解除された。
それにともないスレイプニールも消えて、突然のことに体勢を崩す。
そこをフェイトに抱きかかえられて――

「お、おい! 止めろって!」

「駄目。もう戦いは終わったんだから、兄さんは私が安全な場所まで運んであげる。
 まったくもう、ようやく安全な戦い方をしてくれると思ったら……」

「いや、左腕がこうなったのは想定外であって……」

「駄目ですっ!」

抱き締められ、そのままお姫様だっこの形へと。
この上なく恥ずかしさが込み上げてくるも、魔法も身体に力を入れる必要もなくなった瞬間、眩暈すら感じる疲労が押し寄せてきた。
それも当然か。決して楽ではない連戦だったのだから。

「……悪いね」

「うん」

ぎゅっと俺を抱き締めると、そのままフェイトは急ぎすぎないていどの速度で移動を始める。
俺はSeven Starsを待機状態に戻すと、重くのしかかる疲労と睡魔に耐えながら、フェイトに身を委ねた。

















「機体ステータス……中破、か。
 エスティマ様を退場させることはできませんでしたけれど、もう一つの目的である試運転は満足のゆく結果が取れましたし、良しとしましょうか」

くつくつと小さな笑い声を上げながら、眼鏡の女――ナンバーズの四番、クアットロは、手元の鍵盤型キーボードを叩いていた。
軽やかな音が狭い空間に響き渡る。全天周モニターに囲まれた、巨大ガジェットのコックピット内に。
独力で造り上げた――とはいってもスカリエッティの技術を強引に付け合わせた鵺のような物だが――巨大ガジェット『クアットレスⅠ』。
その初陣で手に入れた交戦データは、既に建造が半ばまで進んでいる『クアットレスⅡ』の完成度をより高めるために役立ってくれるだろう。

ああ楽しい、とクアットロは声を上げて笑う。
あまり趣味ではないため行わなかったことだが、謀略とはまた違った楽しみが直接的な暴力にはある。
圧倒的な力を振りかざされ逃げ惑うしかなかったエスティマの姿を思い出して、クアットロの胸には際限のない暗い喜びが満ちた。

今回の戦い。トーレがエスティマとの戦いを望んでいると知ったクアットロは、それに合わせて自らの思うがままに事を進めるため、行動を起こしていた。
トーレと戦い、エスティマ・スクライアは消耗するだろう。そこをクアットレスで叩けば、と。
無論、倒せるとは思っていなかった。倒すに越したことはないが、そこまで柔な敵だったらクアットロはここまで苛立っていないのだから。
忌々しい敵としてだが、クアットロはエスティマの力を認めている。

だが、その忌々しい敵との付き合いももう終わり。
そのためにクアットロは姉妹やドクターたちに悟られぬよう、動き続けているのだから。

「ああ、楽しい。
 なんで私、最初からこうしなかったのでしょう。
 日和ったドクターや、目的のないお馬鹿な子たちはアテにならない……」

云って、クアットロはコックピットの隅に転がっているケースに視線を向けた。
人一人が押し込められるであろうサイズのそれからは、仕舞い損ねた紫色の髪の毛がはみ出している。
毛先からはぽたぽたと海水が滴っており、床を塗らしていた。

ケースの中身――撃墜されたトーレを探し出すのに手間取ってしまったため、ジャミングを発動してすぐにエスティマを攻撃できなかったのだ。

「だったら私がやるしかないじゃないですか……ねぇ?」

呟き、クアットロはそっと下腹部へと手を添える。
青い戦闘機人の身につけるボディースーツ。その下腹部から臍までを頂点として、胸元まで緩やかな膨らみを見せている。
普段はISを使い、自分以外の者の目を欺いて隠し通している存在が、そこに息吹いていた。
彼女には似合わない手つきで膨らみをゆっくり撫でると、クアットロは再びくつくつと笑い声を上げる。

「この子と、私と、クアットレス……私たちにやってやれないことはない。
 そう――」

クアットロは苛立たしげに三つ編みの髪の毛を解く。
そしてかけていた眼鏡を取り、右手で握り締めると、

「――私が天に立つ」

常人の域を超えた握力で、粉々に握りつぶした。
哄笑する。スカリエッティが成すべきことを見失ってしまったのならば、もう彼に従う理由はない。
これからは使われるのではない。自分が使ってやるのだ。

その未来に想いを馳せて、クアットロの笑みに悦が広がる。
楽しすぎる。その果てにかつてはスカリエッティの夢であった――そして今では自分の夢である楽園の創造が待っているのだとしたら、この上なくやりがいがあるだろう。
障害となるであろう、自分をコケにした魔導師をこの上なく惨めに潰して、己の願いを叶えるのだ。

「では一つ、皆様私の歌劇を御観覧あれ。
 その筋書きは、ありきたりだが。
 役者が良い。
 至高と信ずる。
 ゆえに面白くなると思いますよ――くっ、アハハハ!」




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