08 「天才とお料理、そして足音」***Side Witches***「……それで、どうだったの? エーリカ」 翌日の午後。 ミーナはヴィルヘルミナとの飛行訓練を終えたエーリカを執務室に呼び出していた。 「どっちの話? ヴィルヘルミナ? Me262?」「両方よ。 その、両方」 勝手に椅子に座ってくつろいでいる様子のエーリカに背を向けたまま。 ミーナは窓から外を見ていた。 視線の先には、滑走路脇の壁にもたれ掛かって空を見上げているヴィルヘルミナが居る。 彼女の表情は執務室からうかがい知れるものではなかったが。 その所作は、多少の疲れを表しているようであった。 無理もない。 ほんの十分ほど前まで、椅子に座ってけろりとしているエーリカと模擬戦をしていたのだから。 今日で三日目。 身体が覚えているのか、ヴィルヘルミナの飛行の節々には明らかに戦闘機動を意識した物を感じるが。 今日でもう三日目。 ミーナが地上から眺めたそれは、未だ不安を感じさせた。「Me262だけど……昨日、トゥルーデが言ってた通りだったよ。 癖が強いけど、思ったより悪くないんじゃない? 巡航速度が既存機より300km/hも伸びるんじゃ……後でBf109に戻した時、振り戻しが怖いかな」 ミーナの心情を知ってか知らずか、Me262の評価から切り出す。 まあ、私はBf109を気に入ってるからあんまり乗り換える気はないかなー、と。 エーリカは足をぶらぶらさせながら応えた。「使い慣れた機体だし……そりゃあ、本国が乗り換えろって言ってくるならどうしようもないけどさ?」 そうじゃないんでしょー、と。 眠たげに言う。「ええ……襲撃により補充機体の過半を損失したという報告を出したら、流石に、ね。 ただ、エーリカかトゥルーデ、出来れば両方に乗り換えて欲しいみたいだけれど……」「うーん……なんかあんまり好きになれないんだよね……重い、っていうか」 レスポンスが重い気がする、と首を捻るエーリカに、そう、と ミーナは短く答えて考える。 Me262はトゥルーデには好印象だった様だから。 このままだと彼女が使うことになるだろう。 尤も、その彼女も、今までのストライカーユニットとは違った操作性に戸惑っている節もある。 今まで使用していた機体の癖が容易に抜けるはずもないので、出撃の際は暫くはFw190だろう。 昨日の飛行や、今日のエーリカの様子を見る限り、特に問題はなさそうなのだが、実戦でそれが出ては困るのだ。 しかしそうすると、それまでヴィルヘルミナとロッテを組む相手が居なくなる。 戦闘になってしまえば、彼女は当然全速で戦うのだろうし、それこそがMe262の持ち味だ。 そして、それについて行ける人材は、この部隊では同機種を使う以外ではシャーリーくらいしか居ない。 それも彼女の魔法技術に頼り切ったものであり、多用すれば無用の消耗を招く。 そういった意味で、彼女は問うのだ。 ヴィルヘルミナのことを。 しばらく、彼女を一人で飛ばせても良いのかどうかを。「トゥルーデは、機動に関しては及第点だって言ってたけれど……どうかしら、ヴィルヘルミナさんは」「んー、なんか、私の後ろを10秒以上取れたら胸を揉ませてくれって言ってたけど」「……は?」 絶句する。 思わず膝から力が抜けて、ミーナは目の前の窓枠に手をついた。「多分、ルッキーニの影響?」「……まったく、あの子の行動がこんな事態を招くなんて……その、別に記憶障害って知能が下がるとかそういうのはないのよね?」「聞いたこと無いけど。 ヴィルヘルミナって時々変なところで抜けてたから……」「ああもう……純情な子だと思ってたらそんな簡単に影響を受けるなんて…… コホン。 いえ、そうじゃないでしょ、フラウ。 彼女の飛び方に関してよ」「色々問題はあるけど……悪くないんじゃない?」 エーリカは思い出す。 今日、彼女はヴィルヘルミナと飛行訓練を行い。 最後の10分間で、模擬戦を行ったのだ。 起動には手間取った。 エーリカはトゥルーデにコツを聞いていたため、容易に制御できるだろうと思っていたし。 ヴィルヘルミナが容易に起動させ、低速運転を制御しているのを見て、油断していたのもあるだろう。 だが、聞くのと実際にやるのとでは、雲泥の差があった。 しかし、実際の所、戸惑ったのはそれくらいであり。 後は割とスムーズに飛行まで持って行くことができた。 ヴィルヘルミナから、トゥルーデよりも早くマスターしたと聞いて、少し嬉しくなったものだった。「確かに、低速時の機動や姿勢制御はまだまだ危なっかしくて、リネットに毛が生えた様なものだけど……躊躇がないよ」「……」「むしろ、三日だよ。 まだ三日。 たった三日でここまで来た……それは、記憶が戻ってきてるって事じゃないかな。 戦闘に関するのが」 「その可能性は否定できないわね…… あと、躊躇がない、って言ったわね」「うん。 そこはやっぱりヴィルヘルミナなんだな、って思ったよ。 行動に移るまでの考える時間が短い。 だけど、本能的な、反射的な行動じゃない……ちゃんと考えてる」 ミーナの耳に、足音が聞こえる。 隣にエーリカが立った。 二人の視線の先には、ヴィルヘルミナが居る。 先ほどやってきたエイラと何かを話している様だった。「それに、銃を向けられた時……ちょっとぞくってしちゃった。 思わず本気で後ろ取って、そのまま落としちゃったけど」 穏やかでない言葉の内容とは裏腹に、エーリカの顔は嬉しそうだ。 今の彼女が昔の彼女では無いと言うことは、トゥルーデとの模擬戦を見た時にはっきりと理解している。 それでも、ヴィルヘルミナの行動の節々に、かつての面影を見る時、エーリカは嬉しくなってしまうのだった。「じゃあ、大丈夫そう、彼女?」「ミーナだって解ってるでしょ。 躊躇わないウィッチは、生き残るよ」 撃つ時も、逃げる時も。 躊躇わない奴の方が上手くやれる。 エーリカはそう言っているのだった。 二人が見守る中、そうと知らないヴィルヘルミナが立ち上がり、エイラと一緒に基地内へと向かう様子が見える。「……観測班の報告によれば、次のネウロイがやってくるのが、恐らく明後日から明明後日。 夕食の時に話すけれど、美緒が帰ってくるのは明日よ。 明日、私もMe262を使って彼女と飛んでみて……美緒と話し合って、決めるわ」「ありがと、ミーナ。 いっつも優しいよね」「当たり前じゃない。 大切な友人の友人で……私とも、きっと良い友人になれるだろうから」 そう、ミーナは思うのだ。 ***Side Wilhelmina*** 滑走路脇の壁にもたれ掛かり、重い、ため息を吐く。 雲の隙間から見える空はさわやかな青色だったが、オレの心中はむしろ周りの雲のような灰色だ。「……何してんだ?」「……」 声のした方を眺めると、そこには青い服の銀髪ッ子がいた。 エイラか……放っておいてくれ。 今オレは自分の才覚の無さに絶望しているところなんだ…… 昨日の飛行訓練の後の座学は、オレが独語……いや、カールスラント語を全く読めないという事が露呈してしまっただけの場であり。 そしてそれはカールスラント三人娘にさらなる余計な負担を強要することなのだろう。 彼女たちが話す言葉を理解できていたし、あちらもこっちの言葉を理解してくれていたから、油断していた。 きっと、話し言葉を理解できるのは魔法か、この身体のお陰なんだろうが……なんとも不便な物だ。 そして、今日の飛行訓練。 使い魔との意思疎通が出来ない、と言うことが解ってしまった。 っていうか、ケモ耳と尻尾、使い魔の影響で生えるのな。 アニメでは1mmも触れられてないから知らんかったよ。 これが出来ないと言うことは、飛行中に方位のナビゲートなどをして貰えない……らしい。 これまでも飛行したり魔法が使えたところを見ると。 どうやらヴィルヘルミナさんの使い魔は忠義にとても篤いらしく、声を聞いてやれないオレでも魔法の制御補助等はしてくれてるんだとか。 ……本当にありがとうな。 まぁ、これは良い。 飛行の時はみんなにくっついていけば良い訳だし。 それに、インカムからの誘導もあるだろう。 さらに、である。 バルクホルンの空を飛ぶセンスにも舌を巻いたが、こいつが残ってることを失念していた。 エーリカ・ハルトマンである。 人の言葉を曲解して、病み上がりに模擬戦させたり……ああ、いや、これはオレも半分は悪いのは理解してるんだが。 しかもセッティングした本人である奴は、人がひいふう言ってる間ずっと爆睡してたらしいし。 朝食の時は寝ぼけてたし、なんか雰囲気もゆるいし。 まぁ、そんな印象のお陰で、模擬戦で後ろを10秒以上取れたら胸を揉ませろ! という半分以上本気のジョークを飛ばせるくらい油断していた。 ……実際に空を飛ぶその瞬間まで、こいつがスコア上、史上最強(予定)のウィッチだって事を失念していた。 バルクホルンだって多少苦労したMe262の起動を、この天才は一回失敗させたくらいであっさりと理解し。 高度を十分に取った後、数分慣らしただけで、まるで数年来使った機材であるかのように自在に動かして見せた。 それでも2回ほど急旋回しすぎて速度を落としすぎたのを見た時は安心したものだが。 だが、最後の十分。 軽い気持ちで始めた戦闘訓練は、オレと彼女たちの才覚の差を十二分に見せつける物だった。 本気で落とすつもりで追いかけ、狙いを付け、撃ったはずなのに。 弾丸自らがエーリカを避けるように飛び。 次の瞬間、オレの後ろに彼女がいて、シールドを向ける余裕もなくストライカーに鮮やかなオレンジの花が咲いていた。「だんまりかよ……態度悪いぞー」「……ごめん。 ちょっと、疲れて……」 主にメンタルで疲れております。 飛ぶこと自体には、三回目という事もあり慣れてきた。 保護魔法ごしに当たる風を、気持ちいいな、と思えるようになってきたし。 ロールしてみたり、尾翼がないストライカーでヨーの動きを再現してみたりと、飛行を工夫する余裕すら出てきた。 危惧していた筋肉痛や関節痛も無いことに、この身体の頑丈さに感謝もする。 「……そか。 エーリカとの簡単な戦闘訓練見てたけど……結構苦労してるな?」「…………うん」 オレは、弱い。 バルクホルンと多少渡り合ったくらいで、自惚れていた。 二日続けて、スーパーエースの飛ぶ様を間近で見ることで、思い知らされた。 事務も出来ず、戦うことに必要な空を飛ぶことすらもろくに出来ず。 ただ、十以上も年の離れた子供に守られる事が我慢できなくて、此処にいる。 まったく知らない世界で、一方的に知っている相手から離れるのが怖くて、此処にいる。 それではガキの我が侭だ。 オレが此処にいるためには、オレが此処にいる価値を証明しなければならない。 そして、オレは経緯は兎も角、今はウィッチで。 空を飛ぶことが出来、Me262を使うことが出来る。 だが、それだけでは駄目なのだ。 ここは、軍隊で、戦えなければ、駄目なのだ。「……オレ、は……」「話したくないなら別に良いぞ?」「……」 気、使われてるし。 はぁ……情けねえな。「……ユーティライネン……少尉」「エイラかイッル、で良いぞ。 階級はそっちが上だしな。 っていうか、別にこの部隊じゃそういうの気にする奴、いないぞ?」 時々トゥルーデが五月蠅いけど、あいつもミーナ隊長のこと結構呼び捨ててるしな、とニヤリと笑うエイラ。 「じゃ……エイラ」 あ、ちょっと残念そうな顔した。 ……イッルの方が良いのかよ。 確かにフィンランド風ではあるが、イッルって日本人には超発音しにくいんだよ、勘弁してくれ。「……強くなるには……どうすれば、いい」「……そういうこと私にきくなよー」 ……そうですか。 っていうか露骨に面倒くさそうな顔しないでください。 いやまぁ、確かに、昨日今日会った人間に聞く話じゃないよね。 聞くならバルクホルンとか坂本さんとかだよなぁ…… エイラに聞いても……というかこの人。 確か勘がめちゃくちゃ鋭い上に未来視能力で、初飛行以来被弾ゼロとかいう、この部隊の化け物その3だった。 聞く相手を間違えたか。「っていうか、お前十分強いじゃん。 今まで生き残ってんだろ?」「よく……知らない」「なんだよそれ……はっきりしない奴だな……」「覚えて……無い。 色んな事……」 「もしかして……怪我の、影響?」 頷く。 まぁ実際知らないし覚えてないんだからしょうがない。 なんとも難しい顔をされる……あ、そういやミーナさん、あんまりばらしたくなさそうだったけど……何やってんだオレ。「……スオムスに居たって聞いたから、あっちのことちょっと聞けると思ったんだけどな」「……ごめん」「ま、そっちは気にすんな……あと最初のことも気にすんな」 額の方に一瞬、暖かみを感じたかと重うと。 オレの頭にエイラの手が置かれていて。「……わぷ」 くしゃっ、と。 その手がオレの髪を数回かき混ぜる。 うわ……漫画とかじゃよく見るけど、なんか実際にやられると、恥ずかしいなこれ……! っていうか、わぷ、とか何だよオレ、くそ、うがー!「うお、ヴィルヘルミナ、髪の毛ふわふわだな……」「……う、うるさい」「見てたけど、別に悪い飛び方じゃなかったぞ? まるっきり素人にも見えなかったから、機体に振り回されてるだけに見えたしな。 変な癖もないし……それに、戦いたいから此処に居るんだろ?」 じゃ、あとはパニックにならないようにだけど、トゥルーデとあんだけやり合って何とかなってんだ、大丈夫だろ。 そう言って、エイラはオレから離れた。 うう、くそ、年下の女の子に手玉に取られるとか…… 変な快感に目覚めてしまいそうで、その、なんだ、困る。「それに、今日の晩飯はヴィルヘルミナが作るんだろ? 辛気くさい顔した奴の作った飯なんか誰も食いたくないからな」「……うん」 ああ、そういえばそれが有りましたね。「……っていうか、ちゃんと作れんのか?」「そっちは……ちょっとだけなら……覚えてるから」 ……うん、そうだな。 まぁ確かにしけた面でご飯作ったら食材に失礼だしな。 気分転換になるだろうし、結局オレはもう此処にいる以上、此処でやれることをやるしかないよな。 その結果、ここから追い出されたとしても……その時はその時か。 あー……お袋、やっぱりあんたの言ったとおりでしたよ。 一人で悩んじゃ駄目ね。 誰でも良いから、話題も何でも良いから適当に話さないと。 立ち上がる。 食材準備して、適当に調理場の配置を調べて……そろそろ下準備しないとな。 「……エイラ」「ん?」「……ありがとう」「きにすんな」「あと……記憶のことは……」「ん、解ったけど……じゃあ、後でちょっと胸揉ませろよ?」「それは……駄目」「ケチだなー」 ……やっぱり話す相手間違えたか? っていうか何でこの部隊はそんなに胸に固執するんだ…… ため息を一つ。 今度のため息は、ずいぶんと軽い物だったと自覚出来た。***Side Witches*** 厨房に、ヴィルヘルミナが食器や調理器具を持ち運びする音が響く。 エイラは食堂の椅子に座りながら、小さな新入りが働く様子を何とはなしに眺めていた。 彼女の制服は未だ支給されず、ぶかぶかのバルクホルンの上衣を纏ったその姿は、何ともアンバランスな雰囲気を醸し出している。 髪や瞳の色、つり目だったりと、容姿のパーツは全く違うのだが。 先ほど触った髪質や、本質的には穏やかそうな雰囲気が、サーニャに似ていて。 彼女に口調の小生意気な妹がいればあんな感じなのかな、と。 エイラは想像した。 この時点で既に、エイラはヴィルヘルミナの実年齢を失念している。 サーニャ。 エイラは彼女のことを思う。 彼女のことを思うと、胸が切なくなる。 抱きしめたいと思うし、一緒にいたいと思う。 それ以外も色々思うがとりあえず今は置いておいた。 ヴィルヘルミナ。 こっちは、別に胸が切なくなったりはしないが。 その顔に負った傷と、先ほど告白された心の傷を思うと、どうも放っておけない感じがした。 そして、自分の左右に二人が並んでいる様子を思い浮かべる。 二人とも、頬を染めて何故かエイラの服にしがみついていた。「結構良いかも……」「……何、が?」 厨房からヴィルヘルミナがエイラを眺めていた。「え、あ、いや、何でもないぞ!」「……そう」 興味なさそうに作業に戻るヴィルヘルミナを確認しながら、エイラは今度は別の意味でどきどきしていた。 現在、東部戦線の地獄を生き抜いた多くのカールスラント・ウィッチを除けば、世界でも有数の撃墜数を保持するスオムスのトップエースは。 なんとも駄目な思考をするへたれであった。 そんな彼女の耳に、静かにドアノブを回す音が聞こえる。 入ってくるのは、儚い雰囲気を纏った少女。 サーニャだ。「あ、エイラ、おはよう……」「ん! あ、サーニャ! おはよう」「それと……ヴィルヘルミナさんも、おはようございます」「おはよう……り、りと……りとび……」「サーニャ、でいいです」「……ごめん、サーニャ……おはよう」 サーニャとヴィルヘルミナは、シフトの関係かほとんど喋ったことがない。 尤もこれはウィッチーズ全員に言えることなのだが。 ヴィルヘルミナとサーニャがまともに名前を交換したのも今日がはじめてであるという始末である。 サーニャが覚醒している状態ではじめて会ったのが昨日の夕食の席で、その後に夜間哨戒任務があるサーニャは食中・食後の歓談に参加する余裕があまりなかった。 あまりにも部隊との交流を行う時間が限られている所為か。 フリーガーハマーという部隊最高火力の使い手であるにもかかわらず。 サーニャの存在感は部隊の中で薄れていく一方であり、ペリーヌなどには居るか居ないか解らないなと揶揄されていた。「どうしたんだサーニャ?」「ちょっと、何か飲むもの貰おうと思って……」「そっか。 よし、ヴィルヘルミナー! なんか一丁!」「あ、そんなに気を遣わないでも……」 厨房のヴィルヘルミナがサムズアップで応える。 結構ノリが良い奴だな、とエイラは呟いた。 ガスコンロに火を灯す音が聞こえる。「エイラ……ヴィルヘルミナさん、何かしてたんじゃないの?」「いや、今晩の飯はあいつが作るらしいからな。 はじめて使う厨房だから色々確認したいんだってさ」「あ……ヴィルヘルミナさん、お料理できるんだ」「いや……今までのカールスラントの奴らの料理の腕を見ると、案外焼きジャガイモとかかもしれないぞ?」「お芋も、アイスバインも美味しかったけど……」「ああ、確かにトゥルーデのは一見、手間掛かってそうだったな……でも煮込み肉だろ」「もう、エイラったら……」「そういえば、サーニャ……」 二人の少女が話す声が、食堂に響き。 5、6分ほどしたところで、ヴィルヘルミナが厨房から出てきた。 手には、薄く湯気を上げるカップが二つ。「お、なんだ? ホットミルクか?」「……飲め」 サーニャがぶっきらぼうな口調にちょっと気圧されたが。 ヴィルヘルミナからほんのり暖かいカップを手渡され、エイラとサーニャはそれをほぼ同時に傾けた。 一口。 そして、二人の口の中に広がる味は「ん……甘い」「これは……蜂蜜だな。 あと、ちょっとシナモン入ってる?」「起きた……ばかりだと……あんまり、冷たいのは……良くない、と思ったし。 ただの……ホットミルクだと……苦手な人も……居るから」「気が利くじゃないか」「ありがとう……美味しい」「ん……」「ヴィルヘルミナさんの分は?」「蜂蜜の……量、見るのに……最初に……飲んだから」 「そっか」「美味しかったなら……よかった」 そう言って、机に片手を突いて二人を見るヴィルヘルミナの眼差しは優しげで。 それを見たエイラは、やっぱこいつ年上っぽいかな、と、意味もなく思った。 それからしばらく、カップを傾ける無音に等しい音が続き。 エイラのカップがほとんど空になったところで、ヴィルヘルミナが言葉を放つ。「エイラ……の、分は……さっきの、お礼」「ああ、別にそんなの良いのに」「どうかしたの、エイラ?」「ちょっと……励まして、貰った……から」「エイラは、優しいから……」「もー! 照れるからよせよー……。 それに、お礼するならこんなちゃちな物じゃなくて、夕食にきちんとした物だせよな」 サーニャの言葉が効いたのか、そっぽを向いて困ったような顔をするエイラの言葉に。 うん、とヴィルヘルミナは応えた。「おいしかった……ありがとう、ヴィルヘルミナさん」「……ん」 ほどなくして、サーニャもミルクを飲み終える。 二人からカップを受け取ったヴィルヘルミナは、厨房へと戻っていった。「それじゃ、エイラ、ヴィルヘルミナさん……わたし、行くから」「あ、サーニャ、私も行くよ。 ヴィルヘルミナ、晩飯期待してっかんなー!」 その声に、無言のガッツポーズで応えるヴィルヘルミナが妙に可愛らしくて。 エイラとサーニャの二人は含み笑いを零しつつ、食堂を出て行った。 そして、その日の夕食。 ウィッチーズの面々は、この基地に集結してからはじめて、まともなカールスラント風の食卓を見ることになる。***Side Wilhelmina****「あら……これは結構な物ですわね」 ペリーヌが、オレが皿を長机に置くなり呟く。「へぇ……バルクホルンやエーリカが作ったのとは大違いだねぇ」「どういう意味だリベリアン……私たちが作ったのも、立派なカールスラント料理だぞ」「いや、あの塩ゆでジャガイモの山と、煮込み肉オンリーに比べたら……ねぇ」 いやいやいや、そんなにたいした物ではないです! 食卓を、意味ありげな目線で眺めるシャーリー。 そこには、確かに、山盛りの塩ゆでジャガイモも、アイスバインも並んではいなかった。 ていうか、作成過程で茹でジャガイモは使ったけどな。 アイスバインは作り方解らん。 では、現在食卓に並んでいる料理を解説させて頂きましょう! 主菜である、香ばしい臭いを放つこんがりと焼かれたブルスト。 傍らには、ディジョンマスタードとケチャップを。 辛いの駄目な子居そうだしね。 副菜には、ハーブを振りかけたジャーマン・ポテトに、ザワークラウト。 こっちも、脂っこい物が苦手な人の為に、ビネガーベースのハムとグリンピースのポテトサラダもご用意しております。 これらが、それぞれ別々に大皿に盛られ、好きなだけ取れるようになっている。 ポテトサラダ以外は追加作成も楽だ。 なんか、ザワークラウトだけ大量にあったし。 各々の席の前には、スープ皿に注がれたショルダーベーコン、キャベツ、タマネギ、ジャガイモの入った塩スープ。 本当は固形ブイヨン欲しかったんだけど、探してもなかったからな……この時代だと無いのかもしれん。 まさか出汁取るところから出来ないし……確か洋風出汁ってものすごい大量に材料使って、ほんの少ししか取れなかったはずだしな。 あと、付け合わせのサワードゥ・ブレッドには、自信作のホイップバターを添えて。 ぶっちゃけこのホイップバターがこの食卓の中で一番手間が掛かっている。 泡立て器ないんですもの……泣ける。 バター以外に手間の掛かる調理をした物は一つとして無かったが。 どうよ、これならドイツっぽいきちんとした晩餐だろう。 見たか、これが一人暮らし半ニートの実力だ!「凄いな、ヴィルヘルミナ……もしかして部隊の中で一番料理が上手いんじゃないか?」「そんなこと……無い。 全部……簡単に作れる、から……」「東部戦線にいた頃は料理などしている余裕が無かったから知らなかったが……料理、出来たんだな、バッツ」「うん、私も知らなかったよ」「そんなに……言う事じゃない」 いやいや……照れるな! もうこれはあれだな、弱いから除隊! とかなったら、コックとしてやってくしかないな! 軽くなーれ魔法のお陰で、重いフライパンとか寸胴鍋とかすんげぇ楽に持ち運べたし。 うん、魔法はやっぱ平和に有効活用しないといかんよ……砲撃とかドラまたとか堕天使メイドとかしてる人たちに今のオレの姿を見せてあげたいね! バルクホルン、エーリカに目線を向けて。 サムズアップしておく。 ……サムズアップが帰ってくる。 よし。 エイラの方にも、サムズアップを飛ばしておく。 ……こちらも同じようにサムズアップが帰ってきた。 よし。 合格点なようです。 ピンポイントでオーストリア軽食屋に通ってたオレグッジョブ。 まさかこんなところで料理をコピーされてるとは夢にも思わんだろうな、あの爺店主。「ん……ポテトの……炒めた奴が、少し油っぽいから……苦手な人は……ポテトサラダを、どうぞ。 お酢で作ってるから……さっぱり……してる、はず」「ありがとう、ヴィルヘルミナさん。 それでは皆さん、頂きましょうか」 ミーナが音頭を取り、各々が祈りを捧げたり手を合わせたりして。 食事が始まった。 ブルストにたっぷりマスタード付けて……んむ、美味い! いやー、やっぱ本場のディジョンマスタードは違うね。「おかわりー!」 もうかよ。 ルッキーニ食うの早いな。「ブルスト……ソーセージ以外は、沢山あるから……どんどん、食べて」「ほら、ルッキーニ、自分で好きなだけ取って良いってさ……それにしても、焼きソーセージきかぁ。 国でバーベキューしたのを思い出すなぁ……こう、どかーっ! とステーキとか野菜とか肉とか焼いてさ」 シャーリークール。 その胸がどうやって成長したかですね、解ります。 ああ、でも久しぶりにステーキ食いてえ…… あれは良いよなぁ……この時代なら狂牛病とか気にしないで良いだろうし。 もしかかっても治癒魔法で何とかなるかもだしな。「ん……このホイップバター、美味しいですわね」「これ、作るの手間がかかるんですよね……」「全体的に油っぽいですけど、なかなかですわ」 リーネと食通ペリーヌにも好評なようです。 ていうかペリーヌは絶対駄目出ししてくると思ったんだがな。 エイラとサーニャはいちゃいちゃしながら食べてるし、ミーナさんも特に変な顔してる様子はないし。 みんなの反応を見る限り、結構好評なようでよかったよかった。 昨日も思ったけど、やっぱり、多人数で食卓を囲むのは良いな…… 一人で適当に飯食うのも、気楽と言えば気楽なんだが……こういう雰囲気は多人数じゃないと味わえないしな。 しかし、このザワークラウトは超うめぇな……ありえん美味さだ。 これなら何杯でも行けるぞ。「そういえば、みんな、食べながらで良いから聞いてくれないかしら」 おや、ミーナさんが何かあるそうです。 なんだろ。「明日の午後、予定通り扶桑の遣欧艦隊がブリタニアに到着するそうです」 ……何だと? 確か、扶桑遣欧艦隊って……「坂本少佐がようやく帰ってらっしゃるんですのね!」 やたら嬉しそうな食通ペリーヌ、サンクス。 ああ、つまり、これは。 もう、本編が始まるの、か。 1944年の7月、と言っていたから、遠くないことは解っていたけれど。 予想以上に早かったことも確かで。 心の準備は出来ていると言えば嘘になり。 しかし、それ以上に、なにかよくわからない緊張感がオレの心を縛る。 原作を、これから起こる未来を知っている所為なのか。 実際に戦闘に出ることになるかも知れないからなのか。 それとも、全く別の理由からなのか。「バッツ? どうかしたのか?」 皆が美緒さんの事や、彼女が連れて帰って来るという新しいウィッチの話をしているのに、余り聞いてなさそうなオレに気付いたのだろう。 バルクホルンが、心配そうに聞いてきたから。 大丈夫、と短く答え、皿の上のブルストにかぶりつく。 今度は、酷く、変な味がした。------エーリカとミーナとエイラ(とヴィルヘルミナ)による過大評価タイム!実際は、身体の動かし方がだんだん解ってきて、ゲーム内でやりまくってた空戦機動をなんとか再現できる様になってきたため。シンキングタイム短いのは焦って一杯一杯だから。ヴィルヘルミナからのエーリカ/バルクホルン評価は、ベテランの経験からくるマスタリーの早さは時に素人からは化け物に見える、ッてことで。言語関係、ちょっとツッコミが入ったので修正して見んとす。そしてエイラタイム。なんか、ヴィルヘルミナが無口な辺りがサーニャに似てるので。ちょっと気にかけてあげるエイラ。でも本命はサーニャ。ブラートブルスト+ブラートカトフェルン+ザワークラウト+ポテトサラダ+ベーコンとジャガイモとキャベツのスープ。なんというジャガイモとキャベツ乱舞……これは間違いなくカールスラント料理。あと、以下、やりたかったおまけ。なんか何時も以上にぐだぐだになりそうだったから省いた。------「ん……これは、ワインが欲しくなりますわね」 さすがペリーヌ、フランス担当なだけはあるな。 だが、このメニューならビールだろ……きんきんに冷えた奴。「オレは……ビール……かな」「ビールなんて! あんな苦い物……何時も思うのですが、カールスラントの方はよくあんな物を飲めますわね」 ああ、まぁ、子供の時はみんなそう思うんだ……大人になれば解るよ。 ん、エーリカが何か言いたそうだな。「ペリーヌ、ワインは食事中に飲むには甘すぎるよ」「甘くないワインもありますわ。 それに、肉料理の風味を引き立てる物だって有ります! 苦いだけの物なんて……料理を駄目にしてしまいますわ」 うん、確かにそうかもしれんがな、とりあえず他のお国の食事文化を一方的に否定するのは止めようぜペリーヌ。「まったくこれだからガリア人は……味覚がお子様だというんだ」 ほら、バルクホルンもちょっと怒ってるし。「む……バルクホルン大尉、聞き捨てなりませんね」「どうでも良いけどツンツン眼鏡、もうちょっと静かに食べろよ……自分じゃ料理できないくせに」「くぅ……」 エイラさん収拾あざーっす。 あんたも料理できないけどな。------ドイツ人とフランス人の酒に関する意見の下りは割と有名なので入れてみたかった。ヨーロッパだと、公共の場では兎も角、家庭でのアルコール摂取年齢は割に低い(水質的な問題で)ので……ティーンなウィッチーズでも多分大丈夫!ちなみに当たり前ですが、彼女たちは名目上、全員勤務中なので飲みません。非番の人は知らん。