04 「銀の飛翔と、想い」***Side Witches***「たいした事ありませんわね」 テラスから、基地上空で行われている模擬戦の様子を眺めながらペリーヌ・クロステルマンはそう呟いた。 天気のいい日は普段から人が集まりがちなこのテラスに、今、501統合戦闘航空団の面々がそろっている。 居ないのはエーリカ、サーニャ、ミーナ、そして美緒だ。 この事態を画策したエーリカは非番だからと絶賛爆睡中で、サーニャは夜間哨戒が終わって現在休息中。 ミーナは管制室で彼女の魔法技術と機材を併用して模擬戦の監督を行っており、美緒は現在扶桑へとウィッチのスカウトに行っている。「まったく……坂本少佐、早くお戻りになられないものかしら」 もはやペリーヌは、この模擬戦に価値を見出せなくなっていた。 ミーナに、見ていてほしいと頼まれていなかったらとっくに退出して、自身の訓練なり仕事なりをしていただろう。 それほどまでに上空では一方的な戦いが行われていた。//////「どう見るよ、エイラ」「無理ダナ、完全に遊ばれてる」 同じく空を眺めていたシャーリーの問いに、指でばってん印を作りながらエイラは答えた。 珍しく雲が少なく、見渡しの良い空には縦横無尽に二種類の飛行機雲が描かれている。 片方は、まるで美緒が振るう刃のように、滑らかに鋭く空を切り裂いていて。 もう片方は対照的に、戸惑うような、雑な軌跡を描いていた。 ドッグファイトが得意でないリネットのそれと比較しても、どっこいどっこいという所である。 どちらがヴィルヘルミナのものであり、どちらがトゥルーデの物か、一目瞭然であった。「あーあ、それにしても期待はずれだよ。 新型機っていうからどんなものかと思ってたら…… 加速も、旋回性能もてんで駄目じゃないか」 シザースでは競り負け、後ろに着かれても旋回性能が悪いのか、簡単にはブレイクできない。 シールドを張り無理やり急減速し、危険を冒しながらトゥルーデをオーバーシュートさせてどうにか後ろに回りこんでも。 加速が足りず追いつけずに、旋回性能の差で結局はまた後ろを取られてしまっていた。 そういった機体の性能差もあるが、相手はカールスラント屈指のエクスペルテン、ゲルトルート・バルクホルンだ。 ハルトマンと組んでの前衛を最も得意とする彼女相手に、格闘戦ですでに10分ほど耐えているだけでも、評価に値するのだが。 あまりに一方的な展開だからだろう、隣の席でうとうとしはじめているルッキーニの頭を撫でながらシャーリーはぼやく。 彼女としては、噂で聞き及んでいたカールスラントの新型機の速度性能をその目で見たかったから、ここにいるのだが。 残念すぎる結果に、ずいぶんと落胆していた。「エイラ、お前の占いだと、結構面白い事になるかも……って言ってたじゃないか」「うーん、そのはずだけど……」「相変わらず微妙にあたらないねぇ」「ム、失礼なヤツだな……まだ勝負は決まってないだろ」「はいはい。 あ、リーネー、コーヒーお代わりー」「はぁい」 小走りにリネットがコーヒーのポットを持ってくる音を聞きながら、シャーリーはルッキーニが枕にしている速度計測器を見た。 夢への道のりはまだ遠そうだ、と思いながら。 ////// リネットは、 シャーリーのカップにコーヒーを注ぎながら空を見上げた。「えっと……ヴィルヘルミナ中尉、でしたっけ。 なんだか苦しそうに見えます」 「そりゃ苦しいだろ。 ドッグファイトってのはお互いがお互いのの後ろを取るために食いつきあってるんだ。 しかも相手はバルクホルン。 かかってくるプレッシャーは半端じゃないだろうね。 覚えとけよリーネ。 ドッグファイトでは先にプレッシャーに負けて仕切りなおそうとか逃げ腰になった奴が負けるからな。 じっと耐えて、執念深く食らいつけ。 運がよければチャンスがめぐってくる」「ま、リーネは遠距離戦向きだかんな。 大抵は前衛が押さえてくれるし、必要に迫られなければ味方のとこまで逃げればいい。 それに、この戦線だとドッグファイトを挑んでくるような小型ネウロイは滅多に出てこないしな」「は、はい、頑張ります!」 シャーリーとエイラのアドバイスを胸に刻みながら、依然として空を見つめていたリーネは。 ふと、思ったことを呟く。「でも、そういう苦しさじゃなくて、自分の得意な事が出来ないような……そんな感じが」「そうだなぁ……アイツくらいになると勘からくる先読みもすごいからな…… 挙動の機先を潰されて、やりたい事をやらせてもらえない、ってことも十分ありえるよ」「そういうのとはまた違うような気もするんですが……」「なんだそれ、曖昧だな」「うーん……あたしには分からないなぁ……あ、コーヒー溢れてる」「あ、ああっ!? す、すいません!」 ソーサーの上で被害は収まってるから大丈夫大丈夫、と笑うシャーリーに、それでも謝ってからリネットは再び空を見上げた。 耳には、今日何度目かの、のこぎりの様なMG42の独特な発射音が小さく聞こえ。 シールドに着弾し、ペイント弾が弾かれる火花が見えた。「あ」 もう三分ほどたった頃だろうか。 誰かが声を上げた。 何度目かの火花のあと、ヴィルヘルミナが海面に向けて落下してくる。 誰もが魔力切れや、墜落を想像した。 だが、その想像は即座に撤回される。 追いかけるように急降下を開始したトゥルーデは、依然として断続的に銃撃を行っていたし。 ヴィルヘルミナはそれを避けるように、歪なバレルロールを繰り返しながら、シールドの展開も何回か確認できた。「終わったな」「終わりですわね」 シャーリーとペリーヌが呟いた。 ヴィルヘルミナがプレッシャーに耐えかねて、離脱しようとしたのだろう。 加速が悪いから、急降下によって高度を速度に両替して、距離をとろうという心算にちがいない。 だが、皆の知っているトゥルーデは、相手にそんな事を許さない。 このまま追い立てられて、魔力をたっぷり乗せたペイント弾がヴィルヘルミナのシールドを食い破り、彼女とストライカーユニットをしこたま打ち据えるにちがいなかった。「あーあ、やっぱりバルクホルンの勝ちかぁ」「当然の結果でしたわね。 面白みのない戦いでしたわ」「あれ……?」 リネットの声が、立ち上がろうとした二人を止めた。「どうしたリーネ?」「どうしましたの? リーネさん」「いえ……何か……ううん、気のせいかも」「いや、気のせいじゃない」 エイラが立ち上がり、真剣な目で直線飛行を続ける二機の方を見る。 二機は海上数百メートルといったところで機体を起こし、水平飛行に入っていた。 相変わらずトゥルーデが後ろを取っており、一見ヴィルヘルミナが劣勢に見える、が。 エイラが目を細め、告げた。「トゥルーデが離されはじめてる」***Side Wilhelmina*** 五分ほど前。 アホかぁぁぁぁぁぁ!! なんだこの化け物! ドイツの戦闘機は速度はともかく旋回性能はイマイチとか言ってたの誰だよ! ってやべ!「ぐ、ッ」 とっさに体をひねり、後ろに手を向ける。 青白い光を放つ、直径一メートルほどの魔方陣がオレの後方に展開されたと思った直後、火花が連続して散った。 手にプレッシャーがかかり、硬いものが硬いものにぶつかる重い音が断続して響く。 この魔力シールド、どんな理屈なのか当たる物がペイント弾だろうと火花が散るらしい。 そして、とっさに張ったシールドは、オレの出力が弱いとか構成がぬるいとか、きっとそんなどうしようもない理由で貫通された。 ハエが飛ぶような音が、耳元を通り抜けていく。 って、そんな事考えてる余裕ないよ! 現実逃避するなオレ! 怖い怖い! ペイント弾だって分かっていても怖いものは怖いんです! ブレイク、ブレイク! 体を無茶苦茶に振り動かして射線を留めさせないようにしながら、取りうる機動を脳内で検索。 痛い! 体捻れて痛い! 火傷のあとが引きつって痛いよ! ついでに生まれてはじめての三次元戦闘は厳しいです! 被弾してないのが正直奇跡です! スプリット・S――すなわち、下降することによる180度方向転換を行うことに決める。 射線から無理やり逃れるように下降、すぐに体を水平に持ち直し相手の下方で交差して。 で、すぐに上方に宙返りすれば相手の後ろにつける、はずなんだけど。「くぅ……ッ」 恐怖で歯の根がなりそうなのを、歯を食いしばって耐える。 びっしょりとかいた汗が邪魔っけなオレの長髪を肌に張り付け、不快感を増す。 依然としてプレッシャーは後ろからたたきつけられてくる。 バルクホルンはそこにいる。 オレの後ろに。 こっちがこんなに苦しみながら回避機動取ってるのに、なんでついて来れるんですか! っていうかついてくんな! オレの尻を狙うな! オレの尻の純潔は墓場まで持ってく事に決まってんだよ! それに、パンツ隠しのためにせめてタイツ欲しいんだけど、買う前にここに連れて来られたからオレ今パンモロなんだよ! っていうか病院着の上にコート一枚です。 何処の変態だよオレ! パンツ見んなこのすけべお姉ちゃん! ああ、糞ッたれ、これならどうだ! 自分の後方にシールドを張りながらストライカーユニットを振って急制動をかけ、ついでに後方にMG42をめくら撃ちでばら撒いてやる。 片手で、しかも肩や逆手での保持とかぜんぜんしなかったので、さぞや頭の悪い撃ち方に見えたことだろう。 三回ほどオレがシールドで防御したときと似たような音が遠くから聞こえてきたが、そんなの意味無いのだ。 速度が一時的に揚力に変換され、少し浮いたオレの下をバルクホルンがシールドを張ったまま通過していく。 よ、よっしゃ、なんとか後ろ取った……! このまま加速して相手を抑えつつ有利な位置キープでお願いします……! ……そんなことを考えてた時期が、僕にもありました。 Me262の加速の無さを失念しておりました。 お姉ちゃんは悠々と距離をとった後、華麗にスライスターンで方向転換。 なんとか追いつきつつあったオレも果敢にシザース勝負に挑んだわけですが、余裕で競り負けました。 ああ、もう、無理ゲー過ぎるぞこれ! なんかガン○ムVSザ○って感じだ。 ちなみにオレが○クです。 っていうか、なんで撃墜数オーバー250のエクスペルテンとドッグファイトしなきゃいかんのだ! 終身撃墜数300機以上だぞ? 世界第二位だぞ? そんなの相手にオレが後ろ取るとか本気で無理ですから! あれ、しかもこれ訓練の勝敗条件は教えてもらってるけど、オレの試験の合格基準って何なのよ!? くっそ、エーリカの野郎……もとい女郎! 桃色吐息だけじゃなくて、夜のドッグファイトとかやってやろうか、性的な意味で!? ああもう糞ったれが! いや……ちょっと待て、ドッグファイト? ユニットを振り回し、ユニットに振り回されながら思考する。 落ち着け、オレ。 慌てるお馬鹿は貰いが少ない、親父やお袋もそういってただろう? オレは馬鹿で慌てやすい。 だけど、貰いが少ないのは納得いかない。 なら無理にでも落ち着かなきゃ駄目だろうよ! MG42を胸に抱え、銃身を額に打ち付ける。 痛い。 そして冷たい鉄の感触。 ほとんど弾を放っていない鋼の塊は、魔法によって保護されているオレとは違い、高空の冷たさをその身に帯びる。 それは、打ち付けた痛みを上書きするほどの冷たさだ。 その冷たさで、痛さで、無理やり心を静めていく。 ロジカルに考えろよ、オレ。 そもそも、自分がバルクホルンに敵う訳が無いのだ。 相手は歴史に残る予定のスーパーエースで、オレは多少フライトシュミレーターが得意なだけの凡人である。 ついでに、あっちが使用しているのは、フォッケウルフだかメッサーシュミットだか、どっちだか忘れたが、ドイツが生んだ傑作機。 のストライカーユニット版。 こっちのMe262は、最新鋭機と聞こえはいいが、欠陥だらけの発展途上機だ。 さらに、射撃精度も段違いだ。 オレは機関銃なんて撃ったの今日が初めてです。 反動は魔法による増強のお陰かびっくりするほど小さかったが。 それでも狙いをつけるとか本当無理です。 ついでに言うなら、無理な体勢で無理矢理シールドを展開した所為かどうか知らないが、やたら体力が消耗している。 さらにさらに言うなら、なんか火傷の影響か左目が霞んできやがった。 機体性能、ウィッチの技量、知力体力時の運。 勝っているところは何も無い。 ある一点を除いて。 オーケイ、これしかないよな、やっぱり。 Me262ならこれしかない。 そう、速度しか無いのだ。 腹をくくろうぜ、オレ。 バルクホルンと軸が少しずれた瞬間、下を見る。 はるか眼下には広がる大海原。 そこに向かって――落ちる! バルクホルンは当然追いかけてくる。 そりゃそうだ、同じように重力加速をつければ距離は離されない。 むしろ直線的な機動に移ったオレは、通常の格闘戦なら負けが確定しているだろう。 肩越しに後ろを見やる。 あまり速度を減ずるようなことは出来ない。 大きな一本の柱を抱くように体を回しながら落下。 シールドは最低限の展開に留める。 海面が視界いっぱいに迫ってくる。 あとは速度を維持したまま引き起こして……逃げきるッ!***Side Witches***「速い!」 シャーリーがテラスの手すりから身を乗り出してヴィルヘルミナの機体を注視する。 ヴィルヘルミナの機体はゆっくりと、しかしまるで天井知らずの様に加速を続けた。 もはやトゥルーデをはるかに引き離して、それでもさらに加速を続けている。「おいおい嘘だろ……ルッキーニ! ちょっと、速度計測器貸して!」「うにゃ……? 終わったの~?」「いいからはやく!」 枕にされていた速度計測器をルッキーニから奪い取り、計器に垂れていた涎をテーブルクロスでふき取ってから、周波数をヴィルヘルミナに合わせた。 まだ寝ぼけているルッキーニ以外の全員が、シャーリーと、彼女の持つ機械に詰め寄る。「830……840……すごい、まだ上がってる!」「信じられませんわ……」「うわ……シャーリーの記録を大幅に上回ったな」「わ……すごいです」 シャーリーの使用するストライカーユニットはP-51D。 ノースリベリオン社の作り出した、リベリオン製ストライカーユニットの中でも快速を誇る傑作機だ。 マスタングの最高速度は700km/h。 彼女は魔力の分配比率を変更し、もはや自身にしか扱えないほどのピーキーなセッティングと引き換えに、さらに速度を出せるように自ら調整している。 それでも、800km/hに届くか届かないか、というのが限界値だ。 それ以上に至るには、彼女自身の魔法技術である”加速”を使用しなければならない。 しかし、彼女が先ほど見損なったカールスラントの新鋭機は、そのはるか上の速度で飛んでいる。「……あ、870で止まった……いや、ちょっと下がってる……でも」 シャーリーが視線を向けた先では、ヴィルヘルミナが、戦闘空域のほぼ端でやや高度を上げながら悠々と大きく旋回していた。 大きく旋回するのは速度を殺さないためだろう。 それでも、旋回中、しかも高度を上げている最中は速度は上がらない。 今や、テラスの全員が、ヴィルヘルミナがどこまで速く飛べるのか、ということに集中していた。 旋回と海面3000メートル程度への上昇を終えたヴィルヘルミナはトゥルーデを捕捉したらしい。 海面2000メートルあたりを飛んでいるトゥルーデへと、緩降下しながら一直線に飛翔する。「また上がり始めた! 890……900……!」「……古くて機械故障してんじゃないのか?」「あたしもそれを疑いたいけど、こいつはつい一昨日使ったばっかりなんだ。 あたし自身の速度計測のためにね」 その日も記録をやや伸ばしたのだが、それに駄目出しするの? そう目で聞いてくるシャーリーに、エイラは悪い、とだけ返した。「910……止まりましたわね、でも、これほどの速度差があると」「ああ……トゥルーデでもヤバイかもしんないな。 雲もないから隠れらんないぞ」「そんな……バルクホルンさんが」「リーネさん、速度差があると言うことは、自分の得意な距離に簡単に入れさせてもらえないと言うことですわ。 ですから私たちは優速を保とうとし、イニシアチブを握るのです。 速度で劣る者は技量と創意工夫……雲を利用したり、相手の死角に回り込むような機動で捕捉から逃れるのですわ。 それも、此処までだと……並のウィッチでは対応できずに一方的になぶり殺しにされますわよ」 通常、空戦では相手より30km/h早いだけで優勢を保てるという。 当然、ウィッチの実力や諸々の要素により、それは絶対ではない。 だがこれはどうだ。 トゥルーデの使用するFw190/D-6は最高速度680km/h程度。 だが、ヴィルヘルミナのMe262A-1aは現在それを遥かにしのぐ900km/hで飛んでいる。 200km/h以上という驚異的な速度差は、二人の間の実力差という圧倒的な溝を埋めて余りあった。 トゥルーデの右やや上方から襲い掛かったヴィルヘルミナは、MG42の射程よりすこし外側から射撃を開始。 多くの弾丸は当然当たらず、また至近弾もトゥルーデが余裕を持って展開したシールドに弾かれる。 ヴィルヘルミナはそのまま銃撃を続け、相手に防御と回避を強要しつつ脇を通り過ぎるように通過、離脱した。 トゥルーデも体を回し追いすがろうとしたが、たった数秒で、ヴィルヘルミナの姿は彼方へと飛び去っている。 ヴィルヘルミナは速度を高度に変えるように、再び上昇しながら旋回。 速度を高度に変えても、依然として従来機を凌駕したままだ。 トゥルーデもなんとか追いすがり、高度を取ろうとするが。 その絶対的な速度差は如何ともしがたい。「あんなのずっこい!」 ようやく目を覚ましたルッキーニが、その光景を見て文句を言った。「……そうだな、でも……」「ええ。あの戦い方じゃないと駄目ですわ。 むしろアレ以外では無理です。 ルッキーニだって解りますでしょう?」「ううー……そだけどさ~」 部隊最年少でも、空戦に関しては天才的なセンスを持つルッキーニだ。 エイラとペリーヌが言いたいことはよくわかる。 圧倒的な速度を最大限生かした一撃離脱戦法。 旋回性能も加速性能も平均より劣るヴィルヘルミナのストライカーユニットの武器は、速度しかないのだ。 そして、戦いに置いて自分の得意な武器を使うのは、当然のことである。 戦闘は続く。 あれからさらにヴィルヘルミナは突撃を繰り返し、、今5回目の一撃離脱が終わっていた。 ヴィルヘルミナが一方的に攻撃しているように見えたが、実際の所トゥルーデはその巧みな回避機動により、シールドをほとんど張らずに済んでいる。 ヴィルヘルミナも、トゥルーデも有効な打開策が見出せぬまま、状況は膠着の兆しを見せていた。 また暫くはヴィルヘルミナが旋回しているだけだろうと思い、エイラは視線を空から地上に戻した。 意地の悪そうな笑みを浮かべてシャーリーに問いかける。「ふふん。 どうだシャーリー、面白いことになったろー? ……おい? 聞いてんのか?」 返事がないのをいぶかしんでみると。 シャーリーはまるっきり恋する乙女の目で、飛翔するヴィルヘルミナを見ていた。 正確にはヴィルヘルミナの着用しているストライカーユニットを、だったが。 その側で、シャーリーに無視されてぶーたれているルッキーニを、リーネが必死にあやしていた。 コリャダメダ、とエイラはお手上げのポーズをして、ため息一つ。 再び視線を空に向ける。 数分前まではまるで面白みが無いと思っていたのだが。 面白い余興だったから、後でサーニャにも話してあげよう。 今ではそんなことを思っていた。 数瞬後。「バルクホルン大尉が動きましたわ!」 戦況が動いた。 再度突撃軌道に入ってくるヴィルヘルミナに対し、トゥルーデは進行方向を彼女にあわせる。 そのまま加速。「ヘッドオンか……確かにアレなら速度差もあまり関係ない、でも」「下手すると相打ちだし、あの速度で正面衝突は正直想像したくないですわね」「やっちゃえー! バルクホルンー!」 トゥルーデが勝負に出た。 誰もがそう思った。 そして、誰にも勝者の予測は出来なかった。 戦っている本人を除いて。***Side Wilhelmina*** 来たか。 これしかないよな、オレもそう思う。 全くの素人のオレが貴女みたいなスーパーエースとここまでやれてるなんて、夢みたいだと思う。 このストライカーユニットの性能におんぶにだっこして貰ってるのはよくわかってる。 今のオレは無様だ。 戦闘の緊張からか。 まだ身体が完全に治っていないのか。 ドッグファイトをしていた時よりも、精神的には楽なはずなのに。 頭痛がする、冷や汗が止まらない、全身が疲れてものすごい怠い。 左目は霞んでもうよく見えないし、さっきから自分のはぁはぁ言う声が五月蠅くてたまらない。 だから、勝負をかけてきてくれたのは、オレにとっても非常にありがたい。 いくぜ。 この交差で勝負が付かなかったら、オレは多分負ける。 体力的に無理だ。 今ですらほとんど根性と意地で飛んでるような物だし。 意地。 そう、意地だ。 エーリカがどうとか、501部隊の女の子達がどうとか、それもある。 だけどな、男が一度勝負事に本腰入れたら、諦めるって選択肢はないんだよ! 男の子にはな、意地が有るんだよ! 身体は女の子でも、オレは28年男やってきたんだ! 加速。 ヘッドオンだ。 お互いが正面から弾丸をばらまきあって、交差する、相打ちも珍しくない状況。 バルクホルンがシールドを張りながら真正面から突入してくるのが見えた。 こちらもシールドを展開し、MG42を構え、撃つ! 最初の突撃から何度も感じだ、重機関銃相応の射撃音と増強魔法故か不相応な反動。 弾丸が嵐のごとくはき出されていく。 脳内麻薬が一気に分泌され、認識が加速する。 バルクホルンのシールドにペイント弾が着弾し、巻き上がる火花の一つ一つまで見える気がした。 こちらのシールドに着弾。 バルクホルンのMG42だ。 だがそれも数瞬で終わる。 どうした、弾切れか? ドッグファイトの際散々撃ってたからな。 同時に、こちらの射撃音が変質。 何かを弾くだけの、軽い音へと変わる。 オレも弾切れか。 糞、引き分けか! 一矢報いれなかったのが心残りだが。 この勝負、次の機会に預ける……! お互いシールドを張ったまま接近しあう。 軌道をやや下に。 衝突を防ぐためだ。 バルクホルンの軌道がやや上に向くのが見えた。 よし、衝突はしない。 そのまま交差しようとした瞬間、バルクホルンと目があった。 まだ、戦っている目だった。 え、なんで。 引き分けじゃ。 頭上を通り過ぎるバルクホルンを肩越しに視線で追いかける。 そして、オレは信じられないモノを見た。 バルクホルンが大きく左腕を振り。 両足を跳ね上げ。 空中で片手倒立するように、姿勢を変えていた。 脇に挟まれしっかりと固定されたMG42が。 未だ戦意を燃やすその瞳が。 オレを狙っていた。 は、ははは! 阿呆かオレは! ヘッドオンは交差して終わり、それは戦闘機の話だろうが! オレ達が使ってるのはストライカーユニットで、戦闘機じゃない。 多少無茶すれば、無理な姿勢制御が出来るってのは自分でもやったじゃないか。 いや、それ以前に。 お互い弾切れで、引き分けだと、安易な想像に走ったのが。 そこで、気を抜いてしまったのが。 オレの、敗因か。 MG42の銃口が光を放ったと思った瞬間、両足のストライカーユニットに軽い衝撃が無数に走った。 見るまでもない。 濃緑色の機体に、鮮やかなオレンジ色が盛大にぶちまけられているのだろう。 今のオレにはそんな物を見ている暇はない。 視線の先にはやはり無茶な姿勢制御だったのか、失速してやや高度を落としながらも即座に体勢を持ち直したバルクホルン。 やっぱり、人は自分よりも上の存在に憧れるんだろう。 惚れた腫れたとかじゃない。 純粋に、凄いなと思わせてくれた彼女を、見ていたかった。 見ていたかった、のだが。 ふう、と気を抜いた瞬間。 あれ、なんかエンジンの回転音が下がってきましたよ? というか止まりそうですよ?『ヴィルヘルミナ機、撃墜判定。 これにて状況を終了します。 無線の封鎖を解除。 ご苦労様、帰投して頂戴』『了解、バルクホルン、帰投する。 バッツ……いや、ヴィルヘルミナ、その、なんだ……』「……バルクホルン」『……以前のお前とは全く違う飛び方で……本当なんだなと思った』「バルクホルン」 いや、あのね、バルクホルンさん、そんなことはどうでも良いんです。『だが、今の戦いでわかった。 お前はやっぱりヴィルヘルミナなんだと』「バルクホルン」『私は――聞こえている、ヴィルヘルミナ! というかこっちが話している最中だろうが』 いや、なんか大事そうなことを話してくれているのはよくわかります。 空気の読める子ですから。 でも、大事なのは、空気を読んでなお何を言うかだと思うんだ。 というわけで。 ごめん、フレームアウトしそうです。 というか今した。 再起動したいがMe262はその、アレがアレしてアレなので、あとオレの技量がアレいので再起動前に海に墜落しそうです。 さて、せーのっ! たぁぁすけてぇぇえっぇぇぇぇっぇ!!!「助けて……くれ」『は? お、おい? 何、フレームアウトしたのか!? さ、再起動しろ! いや、あれだけ起動に時間がかかるから無理なのか!? ええい、今行くぞ!』 助けてお姉ちゃぁぁぁん!***Side Witches***「ふう……あわただしいこと」 ミーナは指揮所でそのやりとりを聞いて呆れかえっていた。 なんとも緊張感のない。 まぁ、それもこの部隊らしいわね、と思える辺り相当毒されてきているなと彼女は思った。 何時も冷静で生真面目なトゥルーデがああまで取り乱したりするのも滅多にないのだし。 根を詰める事の多い彼女のガス抜き役としても、ヴィルヘルミナというウィッチはシャーリーに次いで役に立ってくれそうだった。「それにしても……フラウの期待に応えてくれたわね、彼女」 この模擬戦を提案したのはエーリカだ。 今は部屋で思いっきり爆睡しているだろう彼女はこう言った。 ヴィルヘルミナは色んな事を、飛び方を忘れている。 でも、飛ぶ意味はきっと覚えている。 飛び方さえ思い出せれば、彼女は大丈夫だ、と。 思い出させる方法として、模擬戦を選ぶ辺り相当の荒療治であり、賭であった。 ろくに説明をせずにストライカーユニットを装着させ、戦闘を行わせる。 もし潜在的なトラウマが表面化してしまえば、下手をすれば彼女は一生空を飛ぶことが出来なくなるかも知れなかったのだし。 現に、離陸の際にミーナは聞いている。 ヴィルヘルミナの荒い息遣いと、飛べ、飛べ、と自分に言い聞かせている声を。 ミーナは見ている。 本来なら魔法陣を利用すれば離陸の際の助走距離や速度はほとんど意味がない。 初期速度を無視すれば、地上静止状態から垂直上昇すらできるのだ。 それでも、滑走路のほぼ全てを使用するまで彼女は飛び立てなかった。 彼女は緊急離陸直前に爆発に吹き飛ばされ、重傷を負ったのだ。 そのことを本人は覚えていないそうだが、身体や潜在意識が覚えていてもおかしくはない。 今回のことでそれを乗り切ったと考えるのは早計だろうが、不安要素として小さくなったのは確かだ。 そして、戦闘。 実際の所、ヴィルヘルミナはよくやっていた。 トゥルーデは本気でやる、等と言っていたようだが、何カ所か手抜きしている様子が見られた。 それでも前半戦、ドッグファイト中に彼女が撃墜されなかったのは評価に値する。 戦闘の記憶を失っていながら、トゥルーデの戦意をたたきつけられても酷いパニックに陥らなかった事もある。 そしてドッグファイトを切り上げ、速度戦に持ち込んだ判断。 ヴィルヘルミナにも、トゥルーデにもMe262の詳細は説明していない。 そして、彼女は離した距離を仕切り直しに利用するのではなく、即座に一撃離脱戦法に切り替えた。 つまり、ヴィルヘルミナはMe262の特性を戦闘中に思い出したと言うことだ。 エーリカの読みが当たっている。 その後の展開は見ての通りだったし、全般に於いて銃器やシールドの扱いは雑だったが。 優位に立ったからと言って油断せず、自分が取りうる最善の戦法を彼女は取り続けた。 堅実に、歴戦の戦士のように。 もっとも、それに固執するようであれば、それは問題となるのだろうが……今回はいい、とミーナは考えていた。 思考する。 そこそこ戦う事が出来、勇敢で、新鋭機を扱うことが出来るウィッチ。 そして、その実力は欠けてしまっている――すなわち、これからも上昇する。 ヴィルヘルミナ・ヘアゲット・バッツ中尉は第501統合戦闘航空団にとって有用である。 そう判断する。 ふ、と微笑み、司令官としての打算に満ちた思考を断ち切る。 そして、想う。 ヴィルヘルミナ・ヘアゲット・バッツ。 エーリカとトゥルーデの友人であり、彼女たちが信頼を置く人物。 記憶を失い、重傷を負いながらも、その小さな体躯に、恐怖に負けない、友を思う心を持ったウィッチ。 きっと彼女は、私たちにとってもかけがえのない友となってくれるだろう。「……ヴィルヘルミナさん、貴女を歓迎します」 きっと、もうすぐ本人に直接伝えるであろう言葉を呟きながら、ミーナは格納庫へと向かった。***Side Erika*** 私は、ずっと開いていたカーテンと窓を閉めた。 自分の知っているヴィルヘルミナの機動ではなかった。 自分の知っているヴィルヘルミナの戦い方ではなかった。 自分が知っていた彼女はもう居ない。 だけど。 それは終わりではない。 始まりなのだ。 失われてしまった思い出は帰ってこない。 でも、これからもっと楽しい思い出をみんなで作っていけばいい。 この501航空団には、トゥルーデやミーナだけじゃない。 たくさんの愉快なやつらが揃っているのだから。 欠伸をひとつ。 眠いけど、寝るわけにも行かない。 欠伸の拍子にこぼれた涙を拭き取って、いつもの服を着る。 さあ、格納庫へ行こう。 トゥルーデと、ついでにヴィルヘルミナを迎えに。-----------やべぇ。戦闘シーン書くの楽しい。あ、別にバルクホルンが主人公にフラグを立てたとかそういうのじゃないので悪しからず。というかヒロイン居るのかこのSS。エーリカ視点とか超無理ぃ。誰か才能をください。ポリタンク一杯分くらい。人数大杉! もっと少なくしておけば良かった!リーネとルッキーニに注ぐ分の愛が足りねぇよ!次回全員登場するけどどうすれば良いんだ。死ぬか。超欠陥浪漫機体Me262。このSSの8割はMe262に対する熱いパトスで出来ています。主人公最強じゃないよ!同機種同武器対決やったら主人公が一番弱いんだから!