****** 夢を見ている。 明晰夢という奴で――つまり、自分が夢を見ていると自覚できる夢。 何ともやっかいなモノだ。 夢なんてものは大体にして意味不明で混沌としたモノのくせに。 こう言ったときに限って、積極的に見たくない過去が、醜悪なカリカチュアとなって再生される。 例えばそれは、吹っ飛んでいく少女の姿だとか。 峠道に横たわる、壊れたヒトガタだとか。 忘れてはいけない、だけど目を逸らしていたい事実。 解っている、忘れていない、だから、オレは今此処にある。 オレの身近な所で、お前の様な奴が出ることは二度と許されない。 オレが許さない。 それはオレが、彼女を失った日の記憶。 八年前の、今でもこうして夢に見る、今のオレを形作る記憶だ。 目を開ける。 もはや見慣れてきた殺風景な部屋。 本当は夢なのか現実なのか解らない、考えても仕方のない現状だ。 今日も精一杯生き抜くしかオレには出来ない。「よし……起きるか」 勢いを付けて、シーツを蹴っ飛ばす。 今日も頑張りますか!******Episode3:Scarcaress16「夢と訓練」****** 甘い。 いや、温い。 それがゲルトルート・バルクホルンの芳佳に対する印象だ。 それは別に特別な感情ではない。 リネットにも似た様な印象は抱いている。 戦火に直接晒されていない、もしくは晒されていなかった国の、しかもついこの前まで民間人だった二人だ。 仕方のないことだと理解はしている。 早くこの甘さを拭えねば、芳佳は遅かれ早かれ必要以上に傷ついてしまうだろうと言うことも。 だが、それでも。「でも、そうやって一人一人を助けられないと、みんなを助けるなんて無理だもんね」 朝、食堂。 何時だって他の誰よりも早くこの場所に来るトゥルーデが聞いた、芳佳の台詞だった。 いつもならば、甘い考えだと、子供の考えだと容易に聞き流せる内容が彼女の心の中で反響する。 今朝見た夢を思い出す。 最近は見ることの少なくなったそれ。 カールスラント陥落の日。 妹のクリスが傷ついた日。 たった一人の大事な人すら守れなかった日のこと。 ならば、芳佳が今言った言葉は真実だ。 大切な一人すら救えない私には――「――みんなを助ける……そんなことは、夢物語だ」「えっ、なんですか?」「気にするな、独り言だ」 それだけ返して、トゥルーデはトレイを手に食卓へと向かう。 清潔感溢れるテーブルクロス。 トレイを置いてから椅子に着いた。 皆が揃うまでにはもう少し時間がかかる。 喋る相手も居なければ見つめる相手も居ない。 外に何もないのなら、やはり思考は内を向いていく。 理性が、宜しくない傾向だと彼女に告げる。 此処は最前線で、戦場に最も近くて、そして死に近い。 見る方向を誤れば死角は大きくなり、大きな死角は危険を招く。 それでも。 トゥルーデは、考えることを止めることが出来ない。 思い出すことを止めることが出来ない。 それは、治りかけの瘡蓋を爪でひっかくのに似ている。 一度掻痒感を感じてしまえば、その感覚が意識の一部分を占有するのだ。 掻きむしり、その不快感を取り除きたいという欲求。 例えそれが、傷口を開き、痛みをもたらすとしても止めることが出来ない。 慌ただしい生活の中で薄れていた記憶。 一度意識してしまえば、それを再び無視することは出来なかった。 調理場で大きな金属音。 トゥルーデが反射的にそちらを見れば、芳佳が何やら慌てている様子が見えた。 妹のクリスに似ても似つかない芳佳の横顔は、しかし何故かその妹の事をトゥルーデの脳裏に浮かばせて。 視線を食卓に戻した彼女の眉根を歪ませた。****** 来た! 来た! ついに来た! 朝の食堂。 目の前にはトレイに載った朝食。 みそ汁! 納豆! 漬け物! 何という芳佳ご飯……和食万歳! 他にもグリーンサラダやなんかマッシュポテトの様な代物も有るが、リネットの作ったものだろう。 この世界に来て苦節約一ヶ月、ようやく和食が食える……素晴らしい。 今考えてみれば、もし後方に移送されてたら和食とか食えなかったかもしれんな。 ただそれだけで501に残った甲斐があるというものだ…… 何時も通り、バルクホルンの対面に座って。 頂きます。 とりあえずマッシュポテトとサラダから頂こう。 好きな物は残して最後に食べる主義です。 「どうしたの、トゥルーデ? 浮かない顔だけれど……」 バルクホルンの隣に座ったミーナさんが彼女に語りかける。 ……考えない様にしてたんだけどなぁ。 かなりシケた面してるバルクホルンである。 エーリカも何とか元気づけようとからかう様な口調で話しかけるが、焼け石に水だ。 怒った様な、泣きたい様な、そんな表情で一口マッシュポテトを口に放り込んで、そこで匙が止まる。 うーん、今日はとみに酷いな。 夢見が悪かったんだろうかね。 人のことは言えないが、心配かけてんじゃねーよ。 ルッキーニがおかわりおかわり鳴いている中。 もう何口か食べて、匙を置くバルクホルン。 そのままトレイを持って立ち上がる。「バルクホルン……もっと食べ、ないと……駄目」 おいおい、全然手付けて無いじゃないか。 朝ご飯は一日の活力の素です。 いくら調子悪かろうが気分悪かろうが食わなきゃ駄目だぜ? ルッキーニのおかわりコールに応えようとしていた芳佳が戸惑う様な視線を向けるし。「あ、あの……お口に合いませんでした?」 そんな事を言う芳佳を一瞥して、無言のまま立ち去っていくバルクホルン。 ……ったく、しょうもない奴だな……どうにかしないとな。 食卓に、あまり歓迎したくない類の雰囲気が満ちかける。 そんな空気を打ち破ったのは、ペリーヌの言葉だった。「まったく……バルクホルン大尉でなくても、こんな腐った豆なんてとてもとても食べられたものじゃありませんわ ……って、何ですの、バッツさん、そんなに人をじろじろ見るなんて……」 すげぇ……ペリーヌ、空気読めない発言にこんなに助けられたと思ったことは未だかつて無かったぜ。 そのことに免じて納豆を侮辱したその発言、許してやろう。 畑のお肉なんだぞ。 納豆食ってると癌予防になるんだぞ。 とりあえず納豆かき混ぜとくか……よく混ぜた方が美味しいからな。「納豆は身体にも良いし……坂本さんも好きだって言ってましたけど」「さっ!?」 芳佳の発言にペリーヌが反応する。 坂本さんと呼ぶな、少佐と呼べとかなんとか…… 精神論とかが陸軍さんっぽいんだが美緒さん海軍だからねぇ。 っていうかペリーヌよ、お前も別に坂本さんって呼べばいいじゃないか……別に怒られないと思うよ。 初対面でオレ下の名前呼び捨てしそうになったけど怒られなかったし。「おはようみんな。 お、今日は宮藤とリネットが食事当番か」 噂をすれば影である。 バルクホルンと入れ替わりになる様な形で美緒さんがやって来た。 その挨拶に皆が返事をする中、食卓に近づいて今日のメニューを眺める美緒さん。 彼女の視線が納豆に向けられ、その表情が少し嬉しげになったのを見て、やっぱり日本人なら納豆好きですよね、と思う。「ん? どうしたヴィルヘルミナ中尉……ああ、納豆が苦手なのか? はっはっは、この匂いは欧州の人間には辛いらしいからな。 どれ、要らないのなら私にくれ」 え、そんなこと無いですよ、美緒さん? かき混ぜる手が止まってたのは貴女を観察してたからですし。 そう返そうとする暇もなく。 ひょい、とオレの手から離れる納豆の器。 え、ちょ、あ、あ、あ゛ー! ペリーヌ黙れ! 騒ぐな! 美緒さん混ぜるな! 醤油を差すな! あー! 食うなー!******「きゃっ!?」 ミーナが何とも可愛らしい声を上げて姿勢を崩した。 支えるものの無い身体はそのまま重力に引かれていく。 身体を傾け、急降下。 今のオレよりも結構大きな彼女の体だが、増強魔法のお陰でなんとか受け止めることが出来た。 う……柔らかい、髪の毛さらさらで良い匂いする。 や、役得だよね? いいんだよね、触っちゃっても!?「くっ、かなり厳しい、わね」「……落ち着いて……再起動、する……」 オレの腕の中、ミーナさんが目を閉じて額にしっとりと汗を滲ませながら精神集中を始める。 十数秒ほど待てば。 先ほどフレームアウトしたミーナさんのMe262が再び吸気音を響かせ始めた。 安定した音になるまでさらに数十秒。 うーん、流石に起動自体は上手いなぁ……高度さえ有れば落ちながら再起動とかやってのけるかもしれん。 オレとか起動に90秒切れな いからなぁ。 もう大丈夫、という彼女の声に応じて、手を離す。 少し降下して十分な速度を得たミーナさんは、余裕のあまり感じられない動きでオレに並んできた。 何とも良い天気の午後。 延ばし延ばしになっていたミーナさんのMe262試用をやっています。 ああ、しかし此処に来て安心するやら微妙な気分になるやら…… エーリカやバルクホルンが例外だったみたいで、Me262にかなり振り回されてるミーナさん。 やっぱあいつ等が天才過ぎただけか……ここにきてミーナさんに親近感を感じちゃうぜ。 高度2000フィート程度で基地の周りをゆっくりと周回するだけの飛行訓練。 まだ始めて三十分も経っていなかったが、その間彼女はずっとMe262の扱いに四苦八苦していた。「安定させるだけで精一杯……私の魔法との併用はかなり難しそうね」「慣れ……だと、思うよ」「その慣れが怖いのだけどね」 どういう事? と聞いてみると。 やはり既存機と使い勝手が違いすぎて、機種転換後に通常のストライカーユニットに乗り換えた場合の感覚の差違が怖いんだそうな。 また、ずっとBf109を使い続けてきた所為もあるだろう、という話である。 そんなもんなのかなぁ……いや、オレ普通のストライカーユニット使ったこと無いから解らないんだけどさ。 始めて動かしたときも思ったけど、結構コレ感覚的なものだからな……もしかして感性に合わないと使い辛いんだろうか。 フライトシミュレータの感触だとどうだったかな。 もう一月近く触れてないから思い出せなくなってきた。 ふらふらと不安定な速度で飛ぶミーナに併走しつつ、その姿を眺めていると。 ふと、オレの方を見てくるミーナ。 なんぞ?「そういえば、こういう風に二人きりになる機会は無かったわね」「……そう、だな」 何その思わせぶりな言い方。 いやまぁミーナさん普通に忙しいしねぇ……先週はオレ、新人組と自主訓練ばっかしてたし。 バルクホルンの機嫌が悪くて座学も碌にやってないから、相変わらず図書室の戦史を解読するとかしかやってないし。 本当はさっさとミーナのMe262試用を終わらせて、誰がこの機体を使うのかとかの話し合いと訓練ローテとか組まないといけないんだろうけど。 それでも先週は良い休養になった。 新人組と一緒に色々やってリネットの事に関わってなかったら、大事なことを勘違いしたままだったかも知れないしな。 「記憶のほうは、それからどうかしら」 ふむ、その辺の話ですか。 確かに大空高くなら誰にも聞かれないからな。 しかし別に本当に記憶喪失な訳ではないし……これ以上思い出すようなことも無いんだがな。 首を振ってとりあえず否定の意を返しておく。「そう……戦闘に関する記憶や、自分の能力等についての記憶は?」「それも……ない、けど。 Me262とかには、大分……慣れて、きた」 うん、とりあえず突発的にフレームアウトする様な事だけは無くなって来たかな。 低速運転の練習してる最中に嫌というほどフレームアウトしまくったからな……お陰で多少自信が付く程度にはなんとかなってる。 あと、いろいろ無茶したお陰で自分の肉体の限界というのがようやくわかってきた感じ。「そう……まぁ、焦らずに気長にやっていきましょう」「ん……」 ごめんなさい、気長にやってもたぶん記憶は戻んないです。「慣れるといえば、どう? 隊には慣れた?」「……どう、だろう」 こちらを伺うように見てくる彼女から目線をそらして呟く。 隊のみんなとはまぁ、うまくやってる方だと思うんだが。 エーリカは何かと構ってくれてありがたい。 芳佳やリネットとは数日前の戦いで結構打ち解けられたと思う。 美緒さんは何というか、マイペースな人だけど……人の納豆横からかっぱらっていったけど! 代わりにお漬け物くれたからまぁ良しとしよう。 気の置けない相手として認識してくれてるんだったらそれはそれで嬉しいことだしね。 エイラはよう解らん……暇あらば構ってくれるが、女の子特有のスキンシップの様なモノは正直男のオレには恥ずかしいやら鬱陶しいやら。 シャーリーやルッキーニとは微妙に時間帯が合わなくて食事時くらいにしか顔を合わさないけど、そんなもんだろう。 あいつ等にはMe262使わせる約束があるからな。 ルッキーニには動き方を指導してもらう予定もあるし、ミーナさんの試用もこれで終わるからそろそろ話してみるか。 ペリーヌとサーニャは知らん……っていうかペリーヌは微妙な視線でこっち見てくるし、サーニャは本当に会わないからな。「私には、結構みんなと仲良くやれてると思うのだけれど」「オレも……そう、思う、けど……」「けど?」 胸中に浮かぶのは、最後の一人。 バルクホルン。 今朝の情景がリフレインする。 見てるのが辛い。 なんかイライラする。 ガキのくせに気負いすぎなんだよ……しかも根が真面目だから他人に重荷を担ぐのを手伝って貰うとか考えないし。 食後のミーティングというか朝礼の時も微妙に心ここにあらずって感じだったし……原因はわかってるんだし、手は打ちたい。 だがしかし、なんというか……最近のあいつを見てるとイライラすんだよなぁ。 こう、お腹の辺がムカムカするというか。 年下相手にイライラするのが恥ずかしいわけじゃないが、冷静に振舞えそうになくてそっちの方が恥ずかしい気がする。 エーリカにもフォローしてくれと頼まれた以上、ぶん殴るわけにもいかんし……「バルク……ホルン」「トゥルーデのことね……宮藤さんが来て、少しナーバスになってるみたい。 わからないでもないんだけれど、ね」 困ったように眉根を寄せるミーナさん。 バルクホルンの事に気をとられたのか、ふっと考え込むような表情をしたとたんに、エンジンが異音を立てる。 慣れてないのに集中乱さないでください、指揮官でしょ! マルチシンキングの真似事くらい出来てくださいってば! 慌ててミーナさんの下に回りこんで背中で体を支えてやる……ああ! 背中になんかやわこい感触ががががががッ! はんにゃはらみったー! あびらうんけん! 精神集中! 出来ないとオレまで落ちるぞ!「う、流石にここまでとは……これは本格的に訓練する必要がありそうね。 副座練習機が用意されるのもさもあらん、といったところかしら」「早く……体勢を、立て直す……」 ごめんなさい、という言葉に続いてミーナさんの口から漏れた熱のこもった吐息がオレのうなじを撫でる。 彼女の髪が一房オレの顔の横に垂れてきて、飛行中だというのに女の子っぽいにおいが鼻に届いた気がして。 保護魔法に包まれているはずなのに、彼女の体温が体重と一緒に伝わってくる気がして。 何だこの拷問! オレに死ねというのか! 初めて小用を足したときにちんこ無いのに錯乱して以来、ちんこ無いのが切ないのでなるべく考えないようにしてきたが。 今! この瞬間! ちんこ無くてよかったって本当に思います! 視覚的にバレないのが一番大きいね。 ローライズぱんつもっこりさせる少女とかどんな変態だよ。 ていうか飛び出るよきっと。 何かが。 煩悩よ……去れ! オレが唸っている内に、背中からミーナの体重が消えていく。 永劫の長さに感じられたが、ああ……助かった。 オレのMe262もなんとか回転数は安定してるみたいだし、二人そろって墜落とか洒落にならない状況は避けれたようだ。「どうしたの? 頭を振って……気分でも悪いのかしら?」「違う……大丈夫」「そう? なら良いんだけど」 いぶかしげな目線を向ける彼女にはこう言うしかない。 それ以外にどう言えというのか。 とりあえずドキドキする心を落ち着けるために眼下の景色に集中する。 下手するとオレまでフレームアウトしかねん。 眼下には陽光を照り返す青い海原に浮かぶ古城。 ウィッチーズ基地。 強化された視覚に見える滑走路では相変わらず新人組が美緒さんにスパルタ教育を受けている最中で。 一瞬だけ滑走路に面した窓に見えた人影が、バルクホルンに見えてしまって。 腹の奥の方が微かに痛みを訴えた気がした。「あの、ところでヴィルヘルミナさん?」「……なに?」 「今度また主機が急に止まっても大丈夫なように、降りるまで手を握ってて貰えないかしら」 落ち着きかけた思考をふっとばさん勢いの台詞を吐きやがるミーナさん。 見れば、恥ずかしそうにこちらを見ている。 今日はいったいどうしたことか! イベントってこんなに短時間にたくさん起きるもんじゃないとオレ思うんですが! 断る理由が見つからないが断りてぇぇぇぇ! 結局、手を握ってミーナさんを滑走路まで誘導して。 必要の無い脂汗をかいた為、部屋に帰って着替えようと思ったらなんかぱんつが湿っぽくて欝になりました。 これは汗だ! 汗だと言ってよ!------ なんか 微妙に スランプ アバンタイトルを付ける実験。 っていうか文章媒体でもアバンタイトルって言うのか? ミーナさんはシャーリーと並んで天才というより努力の秀才っぽいイメージ。 バルクホルンやエーリカ、エイラほど才能がキてるわけじゃないというか。 撃墜数はかなりあるんだけど何でだろうなぁ……史実だと戦死してるからだろうか。 Q.汗だと言ってよバーニィ!A.汗です。 たとえヤマグチノボル版ストパンが明らかになんかこれ15禁というかなんだ、18禁か? という雰囲気を持っていても、当SSは清く正しい少女たちの友情物語を描きぬいてやるぜ……!