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No.3907の一覧
[0] 然もないと [さもない](2010/05/22 20:06)
[1] 2話[さもない](2009/08/13 15:28)
[2] 3話[さもない](2009/01/30 21:51)
[3] サブシナリオ[さもない](2009/01/31 08:22)
[4] 4話[さもない](2009/02/13 09:01)
[5] 5話(上)[さもない](2009/02/21 16:05)
[6] 5話(下)[さもない](2008/11/21 19:13)
[7] 6話(上)[さもない](2008/11/11 17:35)
[8] サブシナリオ2[さもない](2009/02/19 10:18)
[9] 6話(下)[さもない](2008/10/19 00:38)
[10] 7話(上)[さもない](2009/02/13 13:02)
[11] 7話(下)[さもない](2008/11/11 23:25)
[12] サブシナリオ3[さもない](2008/11/03 11:55)
[13] 8話(上)[さもない](2009/04/24 20:14)
[14] 8話(中)[さもない](2008/11/22 11:28)
[15] 8話(中 その2)[さもない](2009/01/30 13:11)
[16] 8話(下)[さもない](2009/03/08 20:56)
[17] サブシナリオ4[さもない](2009/02/21 18:44)
[18] 9話(上)[さもない](2009/02/28 10:48)
[19] 9話(下)[さもない](2009/02/28 07:51)
[20] サブシナリオ5[さもない](2009/03/08 21:17)
[21] サブシナリオ6[さもない](2009/04/25 07:38)
[22] 10話(上)[さもない](2009/04/25 07:13)
[23] 10話(中)[さもない](2009/07/26 20:57)
[24] 10話(下)[さもない](2009/10/08 09:45)
[25] サブシナリオ7[さもない](2009/08/13 17:54)
[26] 11話[さもない](2009/10/02 14:58)
[27] サブシナリオ8[さもない](2010/06/04 20:00)
[28] サブシナリオ9[さもない](2010/06/04 21:20)
[30] 12話[さもない](2010/07/15 07:39)
[31] サブシナリオ10[さもない](2010/07/17 10:10)
[32] 13話(上)[さもない](2010/10/06 22:05)
[33] 13話(中)[さもない](2011/01/25 18:35)
[34] 13話(下)[さもない](2011/02/12 07:12)
[35] 14話[さもない](2011/02/12 07:11)
[36] サブシナリオ11[さもない](2011/03/27 19:27)
[37] 未完[さもない](2012/04/04 21:58)
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[3907] 6話(下)
Name: さもない◆8608f9fe ID:94a36a62 前を表示する / 次を表示する
Date: 2008/10/19 00:38
メイメイさんの店を出てラトリクスへと向かう。
ジルコーダの巣と化している炭鉱は喚起の門の東、ラトリクスの北東に位置している。アティさん達が何処に集まっているかは知らないが、経由するとしたら間違いなくラトリクス周辺を通る筈。俺の時はラトリクスの裏に集合だったし、そこへ行けば問題ないだろう。

喚起の門から出てきた女王蟲にしてみれば、比較的近い位置にあった炭鉱は環境からしてみてもうってつけの巣だったのだろう。ジルコーダの外見からぱっとみ想像するの蟻だし。土で構成され天然の空間など蟻にしてみれば最高の物件だ。飛びつかない筈がない。

何時喚起の門から現れたのかは謎だな。まぁ、そんな前から現れたという事はないだろうが。あったらとっくに森は食い尽くされ島は丸裸になってただろうし。
だが、そうなると女王蟲は1日か或いは経たない内にあそこまで兵を繁殖させたのか。……うえっ、最悪。増え過ぎ。ていうか、キモい。

本当にシャレにならない召喚獣だな。食うだけ食って増えるだけ増える。「食い破る者」……よく言ったものだ。「増え過ぎる者」でもいいような気がするが。いや、ダサいか。


「………いた」

アティさん達御一行が見える。どうやら俺の時と同じ場所に集まった様だ。
さて、どうするかな。普通に合流するか、こっそり付いてって「あれ奇遇ですね」と何食わぬ顔で戦闘に参加するか。普通に後者は無理があるが、馬鹿正直に戦わして下さいと言っても聞いてくれるか解らないし。
まぁ、いきなり俺が現れて戦ってる最中に混乱されたらマズイから、此処で合流するしかないんだけど。


「ご機嫌麗しゅう」


「「「「「「「「「ええっ!!?」」」」」」」」」


忍び寄っていきなり集団の中に姿を現した俺。たまげるみんな。


「ウィル君っ!?」

「他の何に見えるんですか」

「な、何で此処に居るの?」

「理由なんて特にないけど、取り合えず……僕も戦わして下さい」

「っ!!ダメです、危険過ぎます!今直ぐ戻って下さい、ウィルくん!!」

「僕も戦えますよ。足は引っ張りません」

「ダメです!絶対にダメですっ!!」

予想はしていたが、こうも反対されるとは思わなかったな。確かにガキだけどさぁ。

「戦えるんだったら数が多いに越した事はないでしょう?」

「そういう問題じゃありません!危ないって言ってるんです!!」

「一応これでも戦闘の経験はあります。多少の修羅場も」

多少どころかではないが。戦闘など一体どれほど巻き込まれた事か。

「危険なんて事は承知の上です。それを潜り抜ける自信もあります。それに、召喚術には結構自信ありますよ。先生も知ってるでしょう?」

「……!!でもっ…!」

じっ、とアティさんを見詰める。
アティさんは俺を見詰め返しどうしても首を縦に振ってくれない。何でそこまで意固地になるんだ。俺の利便性は授業を通しても解っている筈なのに。治療だって出来るんですよ、ぼかぁ。

埒が空かないと思い、アティさんから視線を外してアルディラを見遣る。合理的に物事を考える彼女ならば俺の戦闘参加に賛成してくれる筈。

「使えますよ、僕」

「………そう、ね。確かにウィルの能力を無駄にしておくのも惜しいわ」

『ッ!』

「アルディラッ!?」

「私は賛成よ。こんな事態ですもの。本人もその気なのだから構わないと思うけど?」

睨む(?)ファルゼン(ファリエルね)と食って掛かるアティさんに構わず、アルディラは淡々と事実を言ってのける。

ちょっと冷たい感じを受けるかもしれないが、あれでもアルディラは他人を気に掛けている。何を優先すべきか心得ているからこその言動だ。
それにちゃんとフォローはしてくれるだろうしな。何だかんだ言って彼女面倒見がいいし。クノンのそれからでも窺える。

「ウィ、ウィルが?ちょーっと私信じられない様な……」

「ソノラ、忘れたの?フレイズ助けた時のこと」

「あっ」

「普通に戦えるわよ、ウィルは。おかしいくらいにね………」

うっ。………疑われている。スカレールやっぱ鋭い。他人の機微とか読み取るの上手いしね。自分もアリーゼの件はお世話になりました。
結構冷や汗もんだったが、スカーレルが「それにソノラはウィルにやられたじゃない」とからかいだしたので追求される様なことはなかった。危ね。

ソノラのギャーギャーうるさいBGMを背景に、アティさんはまだ俺の参加に難色を示している。何だってそんな譲ろうとしない。謎だ。

「先生、如何してそんなに反対するんですか?僕の召喚術はすごいって言ってくれたのは先生じゃないですか」

「それ、は………」

「……僕も戦います。いいですね?」

「…………ッ」

口をぎゅっと結びアティさんは何も答えようとしてくれない。そんなに俺信用ないのだろうか。だとしたら、結構泣ける……


「解ってやれよ、ウィル」

「カイル?」

「先生の気持ちをな。お前さんは、その人にとってたった1人の生徒だろ?」

「……!」


『心配しますよ。ウィル君はたった1人の私の生徒なんですから』


……忘れていた。この人がとんでもないお人好しで、とても優しい人だって事を。
目の前で遣り切れないという顔をしている彼女が、少なからず俺を心配してくれているという事に。

忘れていた。



「………先生の気持ち、嬉しいです。本当に」

「……………」

「でも、もう待っているだけは嫌なんです。出来る事があるのに、何もしないのは嫌なんです」

「…………ウィル、君」

「だから、戦わして下さい。僕も、一緒に。………お願いします」


そう言って、頭を下げた。
自分も戦わして欲しいと願いを込めて。騙している事に対しての謝罪を込めて。こんな俺を想ってくれる事に感謝を込めて。
俺は、頭を下げた。

そして、少しの間沈黙が続き。
すぐ前に人の体温を感じ顔を上げると、そこには瞳に憂いを残すアティさんの顔があって。
じっと、俺を見詰めていた。


「絶対、無茶をしないでください」

「…………」

「絶対、私の前から居なくならないでください」

「…………はい」

「約束ですよ?」


こくりと、小さく頷く。彼女も、小さく笑った。
その瞳に、慈愛を携えて。


「先生も、無茶しちゃダメですよ?」

「ええ」


きっと。
この時初めて。
俺達は、同じ高さで、同じ見方で、同じ場所に立つことが出来たんだと思う。



同じ想いで、2人で笑い合った。







然もないと  6話(下) 「招かざる来訪者その2の方々は結構生理的にあれなものがある」







それからして炭鉱へ向かうパーティー。
絶対優先事項は女王の撃破。でなければ、どれだけ雑魚を潰そうが意味はない。頭を潰さない限り幾らでも増えてしまう。
ジルコーダの生態に詳しいヤッファが大まかな指示を出している。平時の時は俺とタメはれるニートの癖にやる時はやる男だ。率先してみんなを引っ張ってくれる。平然とやってのける。そこにシビれるあこがれる。

と、そういえば喚起の門で何が起こったのか聞かなくてはいけない。実際誰が何をしたのか詳しい事は解ってないのだから。聞き出すとしたらやはりアティさんか。
言ってて嫌になるが、事を起こした本人達に聞いても恐らく何も話してはくれないだろう。被害にあっただろうアティさんに聞き出すしか知る手段はない。

でも、今はさすがに無理か。外見はみないつも通りだが、内心は張り詰めているだろうし。動揺するだろう事聞いて戦闘に影響を出したくない。
取り合えず後回し。っと、そうだ。姉さんに……

「アルディラ」

「どうしたの、ウィル?」

「さっきはありがとう。僕を推してくれて」

「私は事実を言ったまでよ。見方を変えれば貴方を利用しようとしている。礼をする必要はないわ」

「うん、普通に利用するだけならそんな事言う必要はない。アルディラは優しい。だから、ありがとう」

「…………はぁ。調子狂っちゃうわ、貴方と話していると」

「はは、よく言われます」

「誉めてないわよ……」

苦笑するアルディラ。彼女もまた他人と一線を引きたがる人間だが、その実滅茶苦茶思い遣りがある人だ。感情ではなく計算で物事を推し量る融機人(ベイガー)であるが故に線引きをするが、彼女は人一倍の情を持っている。冷徹ではなく、熱い人なのだ。
………その熱がちょっとあれな方向に行っていってしまうのがキズだが。メカとかメカとかメカとかたまにバイオとか。マッドって奴ね。それさえなければ完璧なサイバーレディなのに。ふふ、何か悲しい。

「あと、アルディラ。ちょい頼みたいことが…」

「何、改まちゃって?」

クノンの所から逃げ出す為にアルディラの名を使った事を話す。それから、口裏を合わせて欲しいとも。嘘だと解ったら(恐らく気付いているが)クノンにまた色々言われてしまう。嫌われてしまうかもしれない。いや、もう手遅れもかもしんないけど。
そして、普通に女の子を騙そうとしている俺に乾杯。何処まで堕ちれば気が済むんだ貴様はっ!!ごめんっ、クノーーーンッ!!!

全部話したら呆れ半分苦笑半分だった。取り合えずクノンには言っといてくれるとのこと。ありがとうございます、姉さん。
そうお礼言ったら、姉さん言うのヤメロ言われた。結構はまってると思うんだが。

そして先程からファリエルの視線を感じる。俺がアルディラと話してるせいか何か言う気配はない。
そういえば、ファリエルにも心配かけてしまった。リペアセンター運んでくれたのもファリエルらしいし。後でお礼を言っておかなければ。
………信じられないな、ホントに。彼女達が暗躍しているなんて。信じたくない……。



程無くして、炭鉱付近に到着。森に潜み窺ってみるが……

「多っ……」

ソノラが炭鉱の入り口にうじゃうじゃといるジルコーダを見て呟く。うん、多い。滅茶苦茶多い。キショい。
群れる蟻が大きくなるとあれ程おぞましい物なのかと思い知らされてしまう。ソノラはうえーという顔を隠しもせず、スカーレルは勘弁してよと腕を摩りあっている。アティさんは………普通。けろっとしている。
え?何が気持ち悪いんですか?と言わんばかりだ。まぁ、あれだよ。あの田舎出身の河童娘にとってあんなの屁でもねぇって事だよ。
その内可愛いとか言い出しそうだ。男共が抱く幻想を軽くブロークンしそうだな、この人。

作戦として、入り口に群れている雑兵を誘導する囮と女王を討伐する本命の二つにパーティーを分ける事になった。記憶の通りだ。
危険性は本命の討伐組の方が高くなる。巣にはまだ他の雑兵が控えているし、囮の方がしくじれば前と後ろで挟まれてしまう。全滅は免れない。
「レックス」の時、俺は誰よりも早く囮を志願したが誰も許してはくれなかった。というか誰も聞いてくれていなかった。泣けた。
じゃあ、アティさんの場合は………いやまぁ、当然討伐組でなんでしょうけどね。

やはり予想通り、アティさんは討伐隊に率先して入った。残りは俺とカイル達、そしてヤッファとキュウマに決まった。囮の方はファリエルとアルディラ。俺の時はキュウマとヤッファだっんたけど。

ファリエルとアルディラを二人きりにしていいものか心配だが、特に二人とも変わった様子もなかったので今は置いておく事にした。キュウマとヤッファの時も何もなかったしな。
って、そう考えてみると、ファリエルかアルディラのどっちかが「剣」の発動を促して、残った方がそれを阻止しようとしたって事になるのか?
十分有り得るか…………いや、アティさんに聞けば済む事だ。深く考える必要はない。

取り敢えず、さっきから何か言おうとしてたファリエルに近づく。みんなには聞こえない様に小さな声で呼び掛けた。

(ファリエル)

『……!』

鎧が揺れる。少ししてファリエルも小さい声で応答した。

(な、何ですか?)

(いや、さっきから何か言おうとしてなかった?)

(え、えーと……………あっ、そうです。本当に体の方は平気なんですか?)

(うん、それは平気。そういえばファリエルが僕を運んでくれたんだよね。ありがとう、助かった)

(い、いえ。私こそ何度も助けて貰って、その、えと、感謝してるというか、う、嬉しかったというか、その)

(?)

小さい声が更に小さくなり後の方がごにょごにょとしか聞こえない。気にはなったがもう時間もない、一先ず注意だけしておこう。

(気を付けて。数だけは多いから)

(はい、解ってます。……それよりも、貴方の方が無茶しないでくださいね?じゃないと…)

(……それを君が言うか?)

(うっ………)

……本当にこの娘は。
思わず苦笑してしまう。自分の事を棚に置いといて人の心配するのだから。お人好しだ、ファリエルも。

(約束。破ったら、ダメだから)

(……はいっ!!)


そう言ってファリエルから離れた。間もなくアルディラも戦闘態勢に入り、飛び出す準備をする。

「行くわよ、ファルゼン!」

『アア!』

勇ましい声と共に、彼女達は召喚蟲の群れへと身を投じた。


「よし、俺達もいくぜ!」


害虫駆除。もう二度とごめんだと思っていたのに………やれやれだ。














炭鉱の奥へと進んでいく。薄暗い洞穴は視界が悪いと同時に気味が悪い。今にも敵が飛び出して来るのではないかという不安が如何してもつきまとってしまう。それにより、自然と幾分か慎重になって進む。まぁ、それでも十分早いが。

にしても………あー、マジ戦いたくねぇ、あの女王蟲。本当もう生理的に無理。強いし、硬い。何よりしぶとい。ゴキかテメーは、って位しぶとい。ていうか再生するんだよね、あれ。………素でやってられねぇ。

こっそりと溜息を吐く。願わくば俺の知る物より弱くなってますよーに。無駄だろうがそんな事を思ってしまった。
まぁ、でもきっとあれだよ、逆に強くなってるってパターンだよ。もう解ってしまう。毎度の事すぎて。「俺」だものね。
…………エルゴォオォォォオオオオオオオッッ!!!!!!!!!

そうこうしている内に、親玉控えるねぐらに到着。ヤッファ、カイル、キュウマが先頭に出て辺りを窺う。
周囲から腐る程の数の気配を感じるが、やはり薄暗いままなので視界が悪い。戦闘は出来るだろうが、視界がいい方に越した事はないので……。

「来い、ライザー」

サモナイト石を取り出しライザーを召喚。
指示を与え、上へと飛んでもらう。それから空洞の中心へ向かわせ、そこで内臓されているライトを点灯させた。旧式だが埋め込まれている装置は数知れず。高性能の肩書きは伊達ではない。
眩いばかりの光が空洞一帯を照らし上げる。一気に開けた視界、そこに映るのは………

「うげっ………」

おぞましいばかりの蟲蟲蟲。
そこかしこを蠢いており、もう周囲には何匹かのジルコーダが迫ってきている。ちなみに呻き声漏らしたのはまたもやソノラである。


「やっこさん、早速歓迎してくれるみたいだぜ?」

「遠慮させてもらいたいもんだぜ、ったく」

軽口を叩き合うタフガイ2名。口元は不敵な笑みを浮かべている。やばい、カッコイイ。何だこいつ等は。

「あぁ、私この後ご飯食べられないかも………」

鍋が待ってるZE!!
ちなみにスカーレルさん、僕の記憶が正しければ、貴方、これ終わった後お腹ペコペコだと高らかに宣言していました。

「道が分かれてますね」

「ええ。恐らくは我々も二手に分かれなければいけないでしょうが……今はこの場を先に片付けましょう」

冷静に辺りを観察するはぐれ召喚師とクソ忍者。ちなみに二人ともちゃっかり杖と剣持って臨戦態勢。

「こういう時は撃ち捲くるに限るっ!」

いつもそうだろ。

「ウィル君、大丈夫ですか?」

問題ないです、マイティーチャー。


周りにいるみんな。まだ共に戦ったことはない、俺にとって過去の戦友達。久方ぶりに目にした前を向くその姿。脳裏に焼きついてる「彼等」と寸分狂いもない姿は、はっきり言って頼もし過ぎた。


視線を最奥に向ける。此処からでもぼんやりと捉える事の出来る巨躯。今回の事件の元凶。厄災をもたらす最悪の来訪者。

目にした瞬間、きっと気後れしてしまうと思われたそれ。だが、今の気分は衰えるどころかハイになり、高揚の一途を辿っている。


みんなが居る。それだけだ。


それだけで、彼等が居るだけで、もう俺は負ける気がしない。

独りになってやっと気付いた。自分がどれだけ「彼等」を頼っていたのかを。

独りで戦い続けてやっと理解した。自分がどれだけ「彼等」を必要としていたのかを。

彼等と戦場を共にして、思い出した。背中を任せられる人達の心地良さを。

みんなに囲まれて、はっきりと自覚した。体の底からの奮えを。今にも爆発してしまいそうな歓喜を。

改めて確認した。俺達は、最強だと。


―――ああ。負ける気はしない。


「やってやるぜっ!!」

「はっはぁーーーーっ!!!」

「いくわよ!!」

「退きなさいっ!」

「参るっ!!」

「いっくよぉーーー!!!」

「道を開けて!!」



言うまでもなく、周囲にいた蟲は瞬殺だった。




ちなみに俺は何もしなかった。















ぽっかりと空いている巨大な穴を交わす形で左右の道へ二手に分かれた。
まるで谷の様な地形、顔を左に回せばあちらの道へ進んだアティさん達の奮闘ぶりがすぐ確認出来る。

左右の道の内、右の道に進路をとった俺を含めたメンバーは、ヤッファにヤード、ソノラだ。後援に傾いている節があるが、それはこちらの方が一見して敵の数が少ないという理由から。俺とねこも前衛に加わるので特に問題はない。回復専門のヤードもいるしね。

「オラァ!!」

「Gyaaaaaaaaaaaaaa!!?」

ていうか、ヤッファ強い。ソノラの援護射撃のおかげもあるけど1人で敵を押し退けている。装備されている爪で奴等の殻を簡単に引き裂いていた。本当にいつものニートっぷりが信じられない。何か俺出番なさそうだな。

「そういえばさぁ!」

「んんっ?」

銃を乱射しながら嬉々とした顔を隠そうともせず、ソノラが声を張り上げてくる。自分に向けられてる物だとなんとなく解り、前から視線を逸らさず返事だけした。

「ウィルってファルゼンと仲いいんだね!」

先程俺がファリエルと話していたことを言っているのだろうか。

「意外?」

「うん!ファルゼンってなんか黙ってる感じあるしさぁ!誰かと仲良さそうにしてる姿初めてみたかもっ!」

「実は可愛いかったりするんだ」

中身を見れば誰もがぶったまげるくらい。そういえばアティさんの意識も吹っ飛ばしたな。最強か、ファリエル。

「ファルゼンがっ?」

「いや、マジマジ。今度じっくり話してみなって。なんとなく解るから」

「うんっ、解った!」

返事するのに合わせて、ソノラは最後のジルコーダを撃ち抜く。頭を撃ち抜かれたジルコーダは崩れ落ち絶命した。相も変わらずよい腕前で。
鼻歌を唄いながら次弾を装填していくソノラ。本当に銃が撃ててご機嫌の様子だ。にしても………

「ソノラ、急いだ方がいい。また来た」

「ええー!もうっ!?」

木の柱の影から3体のジルコーダが姿を現す。蹴散らしたばかりだというのにキリがない。ていうか、絶対前より数増えてるって。畜生、やっぱり難易度が高くなっている。死ねエルゴ。

「ちっ!次から次へと……!!」

ヤッファも舌打ちをしている。さすがにこの開けた場所でヤッファが全てのジルコーダを前で受け止めるのはキツイ。そりゃ、舌打ちもつきたくなる。しかもソノラの援護射撃が切れた。ヤードは治療専門なので攻撃手段はサモンマテリアルしかない。
ふむ、じゃあ行くか。

「ヤッファ。一匹寄越して。なんとかするから」

「オイオイ、いけるのか?」

「ああ。僕も出番が欲しい」

「いや、そうじゃなくてだな………。喰らったら痛いじゃ済まされねーぞ?」

「ヤッファ嘗めすぎ。あんなの2分飛んで37秒で瞬殺出来る」

「いや、微妙……。瞬殺じゃねーぞ、それ。真面目に平気なんだな?」

「余裕」

「はっ、言うじゃねーか!なら、そっちは任すぞっ!!」

「合点」

抜剣。腰に差してある細剣を鞘から引き抜く。ちょうどいい機会だ。ウィルの剣術とやらを試してみよう。
ねこにはヤッファを援護する様に指示して、前方にいるジルコーダと完璧な1対1になった。歯をガチガチと鳴らす異形は、今にも飛び掛らんとしている。


「…………」

スイッチを入れ、前方の障害のみに集中する。意識を、記憶を「ウィル」に傾け、染み付いていると言われた剣術とやらを再現する。
キンッと、剣を胸に地面と垂直になる様に構え、前を見据えた。作法というやつか、どうにも上品な剣術の様である。

右足を軸にして、静かに、ゆっくりと剣の穂先を障害に向けて前方に構え直す。
そして、それを皮切りに、障害は一直線に飛び掛ってきた。

「Gyaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaa!!!!!」

「………」

直線的過ぎるそれを、軽い脚捌きで回避。反転し襲い掛かってくる障害を、軽やかなステップでいとも容易く往なしていく。
なるほど、中々に熟達している様だ。こんな単調な攻撃では話にならない。最適な間合いを取り続け攻撃を横に回避し、常に敵の側面に回るカタチ。横斬りの流派か。

回避、旋回技術は十分。では、攻撃は?

掠りもしない俺に業を煮やしているのか、障害である召喚蟲は獰猛な眼をギラギラさせて俺に喰いつこうとする。それを、俺はただ冷徹に見詰める。
何度も繰り返されている突撃を同じ様に交わし、擦れ違いざまに



一閃



横に薙がれた斬撃は、甲殻の隙間を的確に捉え、腕の根元から斬り飛ばした。
停止。脚を止め、切り裂かれた腕のあった場所を首を傾け見詰める召喚蟲。やがて紫に染まっている血がボタボタと溢れ出し、地を濡らしていった。

「Gyyyyyyyyyyyyyyyyy!!?!?!」

漸く、痛みから斬られたという事実を知覚したのか、金切り声に似たような音を上げる。
怒り狂い、息を荒いで己を切り裂いたニンゲンの方向へと体を向けるが――


「遅いよ」

「Gy――――」


眼球はそのニンゲンを映し出し、そしてニンゲンに間合いへ入られたことを悟る。
俺は特にそれに対して思うことなく、ただ記憶通り、忠実に剣を振るった。



一閃、二閃、三閃四閃五閃六閃七閃八閃!!!!!



連撃。幾多も剣閃を繰り出し、それを召喚蟲に注いでいく。
殻と殻の間に線が次々と引かれ、内の無防備の肉を切り裂いていく。やがて、その体を異形自身の体液で染め上げた。

「Gy、Gsy……!!!」

「………」

軋みの様な声を漏らし、召喚蟲は体を不自然に体を震わす。
耳に残るその音を振り払う様にして、刺突を胸に見舞い、やがて召喚蟲は動きを止めた。



「ふぅ………」

一息。剣に付着した血を振り払う。中々にしつこそうだと粘つくそれを見て思った。

「ウィ、ウィル!すごいじゃんっ!!あんなに強かったんだ!」

「ええ、本当に。私も驚きました………」

近寄ってきたソノラとヤードが先程の剣術を感嘆してくる。ぶっちゃけ、「俺」の技術ではないのだが。
しかし、メイメイさんの言った通りだ。体と記憶は確かに「ウィル」の剣術を覚えていた。知りもしない剣術を、体が実践するというのが何とも言えない感じだが。

既に戦闘の途中で解っていたが、「ウィル」の剣術は十分に役に立つ。俺の雑な剣とは違う洗練された綺麗な剣。横斬りが可能になるそれは元の俺の剣と取り入れば一気に戦闘の幅が広がる。

トライドラ。
独自の脚捌きを持つ横斬りの流派だ。ウィルが習っている所から、上流階級にも扱われている様だが、確か騎士の間でも多様されていた筈。俺なんかも知っている割とメジャーな剣術である。横斬りの流派自体少ないしね。

どうやら、「ウィル」は大した子供だったらしい。少年の域を出ていないにも関わらず、あの技術。同じ世代で誰もが身に付けられる物ではない。
身体能力、魔力保有量からも解る様に、才能にも恵まれた勤勉な子供だった様だ。恐れ入る。比べるのもあれだが、アリーゼより戦闘に関しては光る物を持っているな。だからといって、アリーゼが劣っているという意味では決してないが。


「心配は必要なかった、ってことか。ガキのくせに大した奴だな」

ヤッファも素直に誉めてくれるが、何処か表情がぎこちなく見える。ちょっと俺の事をおかしく思ってるかもしれない。疑う、というレベルではないだろうが。

実際、本来の「ウィル」が今この場で俺と同じ様に剣が振るえたかと思うと結構怪しい。というか無理だ。練習は実戦とは訳が違う。本気で襲い掛かってくる脅威は、それだけ怖いものだ。
明確な敵意や殺意に怯む事なく、剣を振るった俺にヤッファは違和感を覚えているのだろう。戦闘における「慣れ」を感じたのかもしれない。何度もの戦闘を繰り返し身に付ける「慣れ」を。

まぁ、今は言及される事はないだろう。もし、言及されたら幼い頃に戦場に放り込まれたとでも言おう。でも、家が帝国随一の豪家だからさすがにそれは苦しいか?いや、島の外には疎いだろうし何とかなる筈。


「余裕ですよ、余裕」などとおちゃらけてみせ、さっさと行こうと促す。ヤッファはそれに了承し、先へと進んでいった。
表面を装いつつも、みんなを騙している事に心苦しく感じ、思わず溜息を吐いてしまう。

いっそ本当の事を言ってしまえば楽になるのだろうが、俺は「レックス」です等とほざいても理解して貰えないだろう。詳しく説明しても混乱するだろうし、アティさんなんて放心しそうだ。結局隠してる事を言ったってそれはただの自己満足で、意味がないのだ。

下降するテンションを抑え、ヤッファの背中を追う。今は討伐に集中しなければいけない。私情など捨てる。
粗方片付いたのか、もうジルコーダの影は見当たらない。まぁ、さっきまで出まくっていたのでこれ以上来てもらっても願い下げなのだが。


「いねえみてえだな」

「ぽいね」

「よし、先行ってキュウマ達と合流するぞ」

「うい」

「解りました」

「はーい」

「ミャミャー!」


各々返事をし、最奥へと進んだ。









「あれが………」

「女王か………。でけぇとは思ってたが、改めて見るととんでもねぇな」


呟きを漏らすアティさんとカイル。その目は全貌が既にはっきり見える女王蟲に向けられている。

俺達が先に合流地点に着く形になったが、程なくしてアティさん達も到着。一先ず全員の回復を済ませて今に至る。
残るは女王蟲のみ。普通の戦法ならば人海戦術を用いる。単純で堅実の方法だ。
というか、それしかない。この炭鉱において地形等を利用した小細工は不可能。何かやらかして炭鉱全体が崩落なんてシャレにならないからな。

しかし……あの女王蟲数の差を簡単に覆すからな。人海戦術においての長期戦など仕掛けた側が有利になる筈なのに、あれに限って言えばそれは当てはまらない。此方が不利になる。見たまんまの化け物だ。

前はどう仕留めたかというと、俺が独断先行で突撃。懐に入り零距離召喚、それの余波と女王の攻撃でくたばって瞬時に「剣」で復活。そしてまた零距離でかました。もちろんフルパワーで。
「みんな」消耗してたし、条件が悪過ぎた。勘弁して欲しかったけどそれしか手が思いつかなかったのだ。あんなのは二度とゴメンである。超怖かった。しかもその後「みんな」にはボッコボコにされた。理不尽にも程がある。普段は戦え言ってた癖に、いざ命懸けで戦ったらボコられるなんて。まぁ、確かに心配掛けたけどさぁ。

今回は間違ってもアティさんにはそんな手使わせる訳いかない。女性に神風アタックなんてさせてはアカンのです。


「よし、仕掛けるぞ!!」

ヤッファが号令を出す。みな武器を構えた。
とりあえず様子見しようか。強さ見極めなきゃいかん。……強くなってのかなぁ、やっぱり。
















ソノラのハンドガンが火を吹く。
頻りに弾丸が打ち出され、炭鉱全体に発砲音が鳴り響いていく。銃が向けられるは全長2メートルは有を越す巨大な蟲。魔蟲とも言われる凶悪な貌のそれに、ソノラは銃を乱射する。

「あ~~、もうっ!全然効いていないし!!」

その射撃は一遍も外れることなく女王蟲を捉えている。にも関わらず、蟲――女王ジルコーダは怯みもしない。命中した側から弾かれ、ただ火花が散っていく。

「Gyshaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaa!!!!」

銃撃には構う事なく、女王蟲は咆哮と共にその長く太い腕を振るう。標的は周囲にいるニンゲンと召喚獣。ちょこまかと動き攻撃を加えてくる敵に、女王蟲はその腕を振り回す。

「シャアッ!!!」

喰らえば唯では済まないその剛腕を掻い潜り、懐に入り込んだスカーレルは手に持つ短剣でその巨躯を斬りつけた。

「っ!?ったく、こんなじゃ先に武器の方が潰れるわよ!」

ギィンと甲高い音。まるで鎧を斬りつけている手応えにスカーレルは悪態をつく。

「確かに、この殻は固過ぎます……!!」

背後からもキュウマが刀で横薙ぎの斬撃を放つが、それすらも殻に阻まれる。
甲殻体。先程までキュウマやスカーレルが相手にしてきた雑兵のジルコーダのそれとは話にならない程の強度。体全体を覆っているその甲殻に阻まれ、キュウマ達の攻撃に女王蟲は堪えもしない。

「くそったれがぁ!!」

カイルのストラで強化された拳も殻を破る事は適わない。精々傷を付けるか薄く凹ませるくらで、決定的なダメージいは程遠い。

「Gyshyyyyyyyyyyyyyyyyyyyyyyyy!!!」

「ちぃ!」

回避。やったらめったら振り回される腕を避け、ヤッファは舌打ち一つ。近接攻撃では効果がないのをヤッファは薄々と勘付いていた。雑兵でもあの外殻には手こずらされていたのだ。成体である女王蟲が雑兵より強力になっているのは道理である。

(出来れば外れて欲しかったんだがな!)

嫌な予感はいつも当たる、そう思いながらヤッファ爪を外殻に叩きつけた。



「来たれ、雷の精!タケシー!!」

アティはカイル達と離れた地点で召喚術を発動。
雷の精霊であるタケシーが召喚され、小憎らしい笑い声と共に女王蟲に落雷を落とした。

「Gsyyyyyyyyyyyy!!!?」

中級――Bランクである召喚術は外殻を越え女王蟲に直接ダメージを与える。雷はその身を確かに焼き、重度の火傷を負わせた。女王蟲も苦悶の声を上げる。しかし、

「再生!?」

焼け爛れた皮膚からゴポゴポと泡が吹き、みるみる内に治癒していく。あの防御に再生能力。最悪の組み合わせに、アティは驚愕と同時に歯噛みをした。

「Gyshaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaa!!!!!!!」

「なっ!?」

怒りの叫びを上げ、女王蟲は背を反り、お返しとばかりにアティに向かい己の体液を吐き出す。

「~~~~~~~~~~~ッッツ!!?」

間一髪でアティは横に飛んだが、避けきれず左腕にそれを喰らってしまう。
煙を上げながら付着した酸がアティの腕を溶かしていく。アティは必死に痛みに耐えるが、声にならない呻きが漏れる。

「アティさん!誓約に応えよ!!」

ヤードが召喚術――ピコリットを使役し治療を施す。肉を溶かすその臭いにヤードは顔を顰めつつ、迅速に治療していく。治療召喚術を得意とするヤードにとって、アティの溶けた腕を元に戻すのは訳も無い。だが、そこへ女王蟲からの酸が何度も放たれた。

「っ!?」

「くっ、これでは!?」

アティを庇いながら物陰へと身を隠す。だが、その壁も酸によってすぐに溶けていく。満足に治療も出来ない上に追い詰められた。
不味いとヤードの顔が歪む。こうなったら自分が囮になってアティだけでも、とヤードは考えたが………それは一瞬。
何かが砕ける甲高い音が響いて、酸の雨は止まった。



「召喚・星屑の欠片」

ねこと共にウィルは酸を吐き出し続ける女王蟲に光弾を発射する。横っ面に直撃させ、ウィルは注意を自分に向けさせた。

(やっぱ、シャレになんねーコイツ)

飛んでくる強酸を交わしつつ、ウィルは圧倒的な力を持つ女王蟲について思案する。

近接において甲殻の隙間を狙っても、間接ではすぐに再生するし切断しようにも太過ぎて出来ない。腹や胸の隙間を狙おうとしても、懐に入った瞬間その巨体で押し潰そうとしてくる。背は問答無用で隙間がない。頭部など接近を許さないだろう。

遠距離でも銃、投具では歯が立たず、召喚術も連発は効かない為再生してしまう。瞬時に治癒する訳ではないので、ダメージは蓄積されるだろうが、先に此方の魔力が尽きる方のは目に見えている。

更には遠距離攻撃の強酸。女王蟲が持つ唯一の飛び道具。体内で生成されるそれは際限がなく、また射程距離も長い。

攻守、近遠全てにおいて死角はない化け物。その身に持つ特殊能力も質が悪い。はっきり言って手が付けられないというのがウィルの本音である。
ていうか、やっぱり強くなってんよーとウィルはげんなりする。前はあんな無敵の鉄壁を誇ってはいなかったし、強酸だって連射など出来なかった。マジねぇと自分の不幸体質をウィルは嘆く。もはや呪いだろコレと呟いた。

(まぁ、負ける気はしないけどな)

目の前の女王蟲の大よその能力は把握出来た。ちょっと強くなってるが問題ない。俺達なら勝てる。ウィルは勝利の図式を組み立てた。

「ん?」

カイル達の位置を把握していると、アティの姿が目に入った。その顔は険しく、女王蟲をじっと見詰めている。何かを決意した、そんな風にウィルには見えた。
あの人は……、とウィルの口から呆れ半分の愚痴が漏れる。溜息を吐きウィルはそこから駆け出した。





今も続く戦闘。戦っている相手は強大、まだ、みな目立った負傷はないが、それも何時訪れてしまってもおかしくない。
取り返しのつかない事になる前に、守る為に、アティは「剣」を抜く決断をする。

はっきり言えば、「剣」におぞましい物を感じている。喚起の門での出来事、暴走と言ってもいいかもしれない。自分の意思関係なく発動した「剣」に、あの地の底から唸る様な害意の声に、アティは慄然たる感情を少なからず抱いている。

だが、この状況が切り抜けられるというのなら、自分はどうなってもいい。仲間を守れるというのなら、「剣」を抜く事は厭わない。
誰も失いたくないからと、アティは目を瞑る。瞼の裏に映る闇、その中心に存在する「剣」へと呼びかけた。

アティの体から魔力が溢れ始める。明らかな異質な魔力を撒き散らしながら、アティは召喚される「剣」を取ろうと手を掲げようとした。


「止めてください」


「ッ!?」

静止の声と共に、掲げようとしたその手をつかまれた。アティはその自分の手をつかむ人物に目を見開いて顔を向ける。

「ウィル君!?」

「何やってるんですか、貴方は。僕はあれほど『剣』を使うなと言った筈ですが」

「そ、そんな場合じゃないんです!みんなを守らないと!!」

「自分の危険を顧みもしないでですか?」

「!!?」

目の前の少年が「剣」の危険性を指摘したことにアティは驚愕する。如何してそれをと、頭が混乱した。

「端から見たって『剣』がヤバイのは解ります。あれは、人の手に負える物じゃない。何かしらのリスクが伴う筈です」

「…………!!」

「危険です。『剣』を、使うのは」

「………大丈夫、です。私は……」

平気だから、そう言おうとして、ウィルがアティを睨んだ。目にしたことのない鋭い眼光に、アティは体を強張らせた。


「そうやって自分は傷付いてもいいとかほざくの止めてくれませんか?腹が立ちます」


「なっ………」

ウィルらしからぬ強い物言い。アティは固まってしまう。

「他人を助ける為に自分を犠牲にする?何ですか、それ?カッコ悪すぎです。自己犠牲か何だか知りませんが反吐が出ます」

「っ………!?」

「安易な道に走るな。自分を含めた全員を救う方法を模索しろ。足掻くことをやめるな」

「――――――ぁ」

「簡単に自分の命を放り出すなんて、馬鹿な奴がすることだ」

今も自分を睨み叱責するウィルにアティは息を呑む。静かな迫力と、強い意志が其処にはあった。
己より幾分も生きていない子供の言葉に、アティは圧されていた。


しばしの沈黙。互いの目が相手の目を捉えて離さない仲、先に視線を外したのはウィルだった。
後ろ髪をかいて、重い溜息を吐く。

「………楽の事ばっかと、自分の事だけしか考えてない俺が言えたことではないんですけどね」

「えっ……?」

「いえ、何でもないです。まぁ、兎に角僕の言いたい事は1人で如何にかしようと思わないで下さい、って事です。みんなも、そんなの望んでないと思います」

「あ………」

「それに約束したじゃないですか。無茶な事しないって。もう破るんですか?」

ウィルの一言一言がアティの胸に落ちていく。
恐らく、ウィルの言っている事は正しくて、何よりウィル自身の本音なのだろう。ウィルも、みんなも、自分1人無理するのを望んでいない。誰かが犠牲になる事なんて望んでいない。それに、ウィルの言う通り約束もしたのだった。すっかり、忘れてしまっていた。

アティは申し訳ない気持ちになりウィルを窺う。「らしくねー、キャラじゃねー」と頭抱えてうんうん唸ってるウィルに、何と伝えればいいのか解らず言葉を言いあぐねてしまう。

そんな困った表情をしているアティにウィルは気付き、唸るのを止め、うん?と首を傾げるが、取り敢えず時間もないので締め括る事にした。

「まぁ、あれです。無理しないで、みんなを頼ればいいんですよ。みんなで助け合っていけばいいんです」

「…………」

今も繰り広げられる戦闘に目を向ける。誰もが1人で戦おうとはしていない。協力して、お互いを補助し合いながら敵と立ち向かっている。

ヤッファが女王蟲の振るわれる腕の軌道を変え、空いた隙間をキュウマが駆け斬りつける。スカーレルの傷をヤードが癒し、ソノラが近づいてまで銃を乱射し注意を逸らそうとしている。カイルが女王蟲の一撃を喰らい、頭を抱えて朦朧としている。そこにウィルが手に持った瓶をカイルに向かって鬼の様なスピードで投げ、瓶はカイルの顔面を直撃する。
中身の液体がブチ撒けられ、カイルは「づおおおおおおおぉぉぉぉぉっ!!?!?!!」と叫びながらゴロゴロとのたうち回る。

「って、何やってるんですかっ!!?」

「助けたに決まってるじゃないですか」

「絶対嘘ですっ!!?」

「ホントですよ。女王蟲の体に変な香りがついてます。フェロモンってやつですか?兎に角、攻撃喰らったら相手を魅了状態にさせるんです。カイルも症状出てたんで、それ治す為にミーナシの滴投げたんですよ」

「で、でも、あの速度は………」

「道具を絶対に当てる自信なかったんで、必殺必中もしくは射殺すつもりでブン投げました」

「ダメですよっ!?殺って何ですか、殺って?!!」

「ブチ殺すって勢いで、こう……」

「さっきと言ってる事全然違いますっ!!?」

暫く不毛な言い争いをしていたが、いやこんな事やってる場合じゃないとアティは正気に返り、戦場に目を戻す。
奮闘しているが、みな疲弊の色を隠せてはいないし、それにあの女王蟲に決定打を与える事は出来ていない。どうやってこの状態から打ち勝つというのか。やはり、自分が「剣」を抜くしか………。アティはそう考えてしまう。

「ウィル君、やっぱり……」

「勝てますよ」

「え?」

「絶対に勝てます。僕達は負けない」

「………………」


「俺達は、最強です」


絶対の自信。それは何処から来るものなのか。アティには解らない。
ただ、戦場を昂然と見据えるその姿はアティの心を奮い立たせる。何故か、ウィルの横顔に同じ表情をした青年の顔を幻視し、アティは顔を紅く染めた。

「作戦があります。一度撤退しましょう」

「は、はいっ!!?」

声が上ずった。

「はっ…?あぁ、すいません。此処から出る訳じゃないです。戦時的撤退、一度態勢を立て直します。あいつの攻撃範囲から離れて作戦を伝えるので、みんなを集めましょう」

アティはコクコクと何度も頷く。ウィルはアティが解ってるんだか解ってないんだか少し不安になったが、時間が惜しいのですぐカイル達の元へと向かった。
アティもすぐ駆け出した。顔を紅く染めた状態で頭の天辺に片手で拳骨を落としながら。無意識の行動でその姿はかなり謎であり、ウィルにダメかもしれないと思わせるのに十分だった。





「再生する間もなく、最強火力で甲殻をブチ抜きます」

パーティー全員を集めたウィルはもと来た道まで後退、女王蟲が追ってこないのを確認しみなに内容を伝えていく。
ウィルの話す作戦に、全員が真面目に聞き入っている。少年の域を出ないにも関わらず、ウィルの言葉には耳を傾けざるを得ない何かがあった。それは偏に他者を惹きつけてやまない何かで、カリスマというやつなのかもしれない。

「ウィル、待ってください。私にはあの女王に効く攻撃手段が在りません。今の私では……」

「これ使って誓約の儀式してくれれば平気」

「わ、わら人形………」

(な、何で持ってるんですか………)

「ちなみに、それ先生が大切にしてる形見なので壊さないであげて下さい」

「ええっ!?ア、アティさんの!?というか、形見っ?!!」

「違いますっ!!そんな不気味な形見なんて持ってません!!!」

「何でも友人の形見だそうで、『自分の代わりにこの世い居る奴等を呪い殺してくれ』と遺言も貰って……」

「ないですっ!!そんなの全然ないですっ!!!事実無根です!!」

「そ、そうですよね。アティさんが、そんな事………」

「ヤード。あの着物来た先生が、夜遅く1人でわら人形片手にカァーン、カァーンと……」

ハマリすぎていた。

「…………………………………………」

「ちょ、ちょっとっ!?ヤ、ヤードさん、何で距離空けるんですかっ!!?」

「ハハハハハハハッ、ハハハ………」

「空笑いっ?!!」

「で、実際どうなんだ?それでいけるのか?」

カイルはナチュラルにアティ達をスルーし、作戦の是非を他の者に尋ねる。そのすぐ横では違う誤解なんですと泣き叫ぶアティ。ワカッテマスヨと後退するヤード。うるせぇーという顔をしているソノラ。

「確かに、いけるでしょうね。それなら」

「ですが、この方法ではヤッファ殿が………」

「……………」

ウィルの考案した作戦上、最も重要なキーがヤッファであり、また危険に晒されるのもヤッファだった。
ヤッファは腕を組み、黙ってそれまでの会話に耳を傾ける。それからして、ヤッファは立案したウィルに顔を向けた。

「ヤッファ、僕を信じてくれ」

「―――――」

一瞬の硬直。そのウィルの顔を見て、ヤッファはある男の顔を思い出す。


『ヤッファ、僕を信じてくれ』


男の名前はハイネル・コープス。護衛獣であったヤッファの前マスター。
今は亡き、この島で楽園を唱えた心優しき青年。如何しようもない程のお人好しで、馬鹿な人間。ヤッファが誰よりも信じる事ができ、そして守りたかった、たった1人の人間。
友であった彼と、今目の前に居るウィルが、重なって見えた。

「くっくっくっ…!ハッハハハハハッ!!!いいぜ、ウィル!俺の命、お前に預けてやる!!」

ヤッファは声に出して笑う。
同じ言葉に、同じ瞳。本当に友と全く同じ少年があまりにも愉快で、ヤッファはその込み上げてくる気持ちから自分の背中を預けてやろうと、そう決めた。

「俺が命を預けるのはお前で2人目だ。似てるぜ、お前等2人ともな」

「…………滅茶苦茶馬鹿にされてる気がする」

「くははははははははははっ!!!そうだな!確かに馬鹿にしちまったな!!」

似ているもう1人が大馬鹿なのだ。ウィルの言葉は正しい。的を得ているウィルに、ヤッファはまた大声で笑い出す。

子供に似つかわしくない戦闘能力とその知性。疑問を感じていたが、ウィルは信用に足る人物だとヤッファは確信する。
この手の目をする人間はみんな馬鹿で、そしていい奴等だ。そんな奴等は安心して背中を任せられる人間だと、ヤッファは知っている。
ひょっとして、ウィルはハイネルの生まれ変わりなのではないか、そんな馬鹿な考えが頭を過ぎった。それがまた可笑しく、ヤッファはまた笑う。

(お前があの馬鹿だろうが何だろうが構わねぇ。俺は、お前を信じる)

不服そうにしているウィルに、ヤッファは笑みを深める。此処に居るアティ達を含めて、まだまだ人間も捨てたもんじゃないと、ヤッファは口の端を吊り上げて思った。

「頼むぞ、ウィル」

「任せろ」

言葉を交わし合い、女王蟲の元へと向かう。傷は既に治療されている。魔力の方もウィルがメイメイさんに譲り受けたと言うキャンディで回復した。作戦に支障はない。


先程と変わらない場所に居座っている女王蟲。赤い眼がウィル達を捉えていた。身を高く持ち上げギチギチと体を鳴らす。臨戦態勢。



ラストバトルの幕が上がった。



パーティー全員が射程距離ギリギリまで近付き、まずカイル、ソノラ、スカーレルが先行した。

「つまんねぇ役回りだぜ、ったく!」

「文句言わないの」

「そーそー。というか、アニキ、そう言いながら嬉しそうじゃん」

「はっ!そう見えるかっ!」

「うん。もー普通に」

女王蟲から酸が飛びかってくる。カイル達はそれに動じることなく回避し、散開。
常に動き回りながら発砲。ソノラの銃から弾丸が射出され、全弾が顔面へと吸い込まれていく。顔への攻撃に女王蟲は意識を傾けざるを得ない。目など急所に注意して殻で防御。煩わしいと、体を反り強酸で迎撃しようとするが、

「――――シッ!!!」

毒蛇が音もなく牙を剥く。
気配を一切感じさせずスカーレルは女王蟲に肉薄。離れていた距離を一瞬で詰め、そしてその速度を落とさず短剣を振るった。
狙いは、間接。

「Gyshaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaa!!?」

腕の甲殻の間を狂いなく切り裂き、そこから勢いよく血が流出した。女王蟲は叫び、自分に傷を付けたスカーレルへ矛先を向ける。
そして、怒り狂ったその眼は、逆から迫り来る影に気付けない。


(頼られるってのは、悪い気分じゃねぇさっ!!)

嬉しそうに見えるのも当たり前だろう。少年は囮になってくれと言い、自分達なら出来ると信じて疑わなかった。揺ぎ無い信頼を寄せてくれたのだ。
それは自然と心を奮わせ、何より応えたくなってしまう。カイルは口を一杯に吊り上げ、獰猛とも言える笑みを作った。


「やってやるぜえぇ!!!」


薄い藍色の光に包まれた拳が、女王蟲の脇腹に炸裂。殻を陥没させ、巨体を大きく振るわせた。



カイル達が奮闘している間にアティ達は自らの射程距離内へと身を置く。女王蟲は翻弄されアティ達の接近に気付けない。

「いきます!」

アティの合図にヤードとウィルが頷き、それぞれのサモナイト石を構える。魔力の放出と共に召喚光が発生。霊霊機。紫と黒。2つの異界への門が開かれた。

「タケシー!!」

「ブラックラック!!」

「ドリトル」

3体の召喚獣が姿を現す。内に秘められた魔力は凄まじく、術者達のなけなしの魔力が注ぎ込まれていた。
女王蟲がその魔力に反応し、身を翻すが、遅い。

「ゲレゲレサンダー!!」

「黄泉の瞬き!!」

上級――Aランクの高位召喚術。先程放ったそれと比べ物にならない轟雷。炭鉱内を紫電の光で染め上げ、女王蟲の体を焼く尽くす。内にある肉は元より、鉄壁を誇る甲殻をも溶かした。
そこへ荒びた外套に身を包んだ怨霊、髑髏から閃光が放たれ、連続的な爆発が巻き起こる。殻に亀裂が生じ、衝撃に耐えられなかった欠片が砕け散っていく。


「Gys―――」


「ドリルブロー」


息つく間もなく、鋼鉄の楔が打ち込まれた。


「―――yaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaa!!!?!??!!?!」


高速回転する円錐は、ぼろぼろの甲殻を火花を上げながら砕き抉っていく。果てしない絶叫が響き渡り、その場にいた者達の鼓膜を震わせる。
甲殻が、完璧に粉砕された。


そして、最後の布石。


「るをぉぉおおおおおおおおおおおおおっ!!!!!!!!」

咆哮。亜人であるヤッファが「雄叫び」を上げ、自らの本能を呼び起こし、狂化する。
瞳孔が縦に割れ、その眼は炯々とした輝きを帯びていく。

「シシコマ!!」

続いて、声と共に鬼妖界シルターンの召喚獣「シシコマ」がキュウマによって召喚される。
大小の2体の獅子舞が姿を現し、ヤッファの体へと吸い込まれていった。

憑依召喚。
召喚獣を対象に乗り移らせることで召喚獣の恩恵、或いは呪いを与える召喚魔法。呪いの際のデメリットは無視出来るものではなく、逆に与えられるメリットは計り知れない。
そして、今回キュウマが使役した召喚術は『獅子奮迅』。憑依させた対象の攻撃力を上昇させる強化術式。


「おおぉおぉおおぉおおおおぉおおおおぉぉぉぉぉぉぉぉっっ!!!!!!!!!!!!!!」


疾駆!!


狂化。憑依召喚。その2つのドーピングにより激上した攻撃力。筋肉は隆々と盛り上がり、幾つもの筋が腕に浮かび上がっていた。
女王蟲と言えど、その一撃を貰えば唯では済まされない。何より、鉄壁を誇る鎧はもう剥がされている。

「Gyyy………!!!Gyshaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaa!!!!!!!!!!!!!」

召喚術の集中砲火を被り、既に大きく体は傷付いているにも関わらず、女王蟲はヤッファを迎撃せんと腕を振り上げる。
ウィルの作戦場上での唯一の懸念事項。それがこの瞬間、ヤッファへのカウンター。狂化は攻撃力を上げる反面、防御が大幅に落ちるというリスクを伴う。人知を超える女王蟲の剛腕をその状態で受ける事は、死を意味すると言っても過言ではない。


だが、ヤッファは怖じけない。


「おおおおおおおおおおおおおおオオオオオオオオオオオオオオオオッッ!!!!!!!!!!!!!」


ただ、前へと突き進む。


(信じてんだよっ!!アイツをっ!!!)


剛腕が振るわれる。


「Gyaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaa!!!!!!!!!!!!!」


それでもヤッファは、前だけを見据え。そして、



「――――ムジナッ!!」



召喚。一度めの召喚を終えてまだ僅か数瞬、だがその数瞬で、ウィルは次の召喚術を発動させる。
超高速召喚。他の者に追随を許さない召喚速度、それはこの場において全ての速さを上回る。


「すすオトシッ!!」


対象に暗闇のステータス異常を与える阻害召喚術。纏わりつく黒の粒子をその身に受けた女王蟲は、視界を塞がれ、ヤッファを見失う。
剛腕が、空を切った。

「Gysh!!?」



「らああああああああああああああああああああっっ!!!!!!!」



炸裂



ドンッ、と全てを終わらせた音が炭鉱を木霊する。
渾身の一撃が魔蟲の胸部を貫き、やがて魔蟲は動きを完全に止めた。















「しんどかった…………」

「にゃはははははははっ!!ご苦労様、せーんせっ!!」

日は沈み、既に月が顔を出している夜。
ジルコーダ討伐を終えた俺達は無事帰還。マルルゥがみんなと準備していた宴に強制参加され今に至っている。
隣に居るのはメイメイさん。もちろん酒を片手に持っている。

「もう二度と害虫駆除はゴメンだ。今度こそゴメンだ」

「そう言うわりには結構平気そうじゃない?」

「体力より精神の方が消費する。もう生理的に無理。キショい。マジでキショい」

おくびには出さなかったけど、心の中では絶叫もんです。あれはない。

「まぁ、これ終わったんだし良かったじゃない。もぅ、メイメイさん、せんせーが心配でしょうがなかったんだからぁ」

「確かに一時はどうなるかと思ったけど……って、何、もう酔ってんの?」

「にゃは、にゃはははははははははっ!!!」

俺の背中に抱きついてくるメイメイさん。吐く息がとてつもなく酒臭い。離れろ飲んだくれと言おうとしたが、当たっている柔らかい双丘が俺の言葉を飲み込ませる。ちっ、またか!?ええい、負けるなウィル!こんな破壊力抜群の双丘に屈するでない!でも、やっぱ無理!!

「ちゃーんと剣役に立ったでしょ?」

「………はい。役に立ちました。ありがとうございます」

「ほーらね。メイメイさんの言った通りなんだから。それに、他の道具もばっちし役に立ったわよねー?」

「はい、それはもうばっちり…………ちょ、ちょっと?な、何か首キツイんですけど?」

「うふふふふ。メイメイさんも優しいと思わない?困ってるウィル君に『タダ』で道具を譲って上げるなんて……うふふふふふ」

「怖っ!?こ、怖いっ!怖いデスよメイメイさん!!?ていうか、なして炭鉱での会話知ってるん!?」

女王仕留める前に、回復の為にかっさらったメイメイさんの道具使った。みんなには譲り受けた物だと説明したけど、如何して知ってるの!?
っか、絞まってる!絞まってますよ、メイメイさん!!?

「ギブ!ギブギブギブギブギブギブッ!!!!絞まって!?絞まってぇ!!?」

「ふふふふふふ。メイメイさんの店のかっさらっておいて、よくも堂々と譲り受けたなんて……。そんなこと言うのはこの口かしら?」

「ひぃっ!!?」

手が顎や頬に伸ばされ口周りを艶やかに撫でられてるっ!?エ、エロい、じゃなくてっ、怖いっ!!メッチャ怖い!!!メイメイさんの顔見えないから、今どういう表情してんのか解んない!!?

「うふふふふふふふふ。………この、泥棒猫」

「何か使い方間違ってる気がするっ!!?」

「ミャー」

「ああ、なるほどねーーっ!!!『ねこ』にかけてんのね!!メイメイさんお上手ですねーーーーー!!!!」

「ちょっと五月蝿いんだけど?」

「ご、ごめっ!?ご、ご、ごめ、ゴメスっ!!?!?!」

絞まってるぅ!!?絞まってますよぉ!!?しゃべ、しゃべれにゃい……!!!

「フフフフフフフフフフフフフフ。ああ、もう、本当に…………」

「落ちちゃ……!!落ちちゃうっ…!!!落ち゛ち゛ゃい゛ま゛す゛よ゛っ!!!?!?!??」


「こんの、子狸ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーッッ!!!!!!!!!!!!!!!」



げあーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!!!?!?!!?!???!?!!!!







「天に召されたら如何するんですか…………」

「貴方がそう簡単に死ぬ筈ないじゃない」

「ひどっ…………」

首を擦りながら溜息を吐く。いや、確かに調子乗り過ぎたかもしれませんけど、あんな天国から地獄なんてやり方しないで欲しかったのですよ。ていうか、締め過ぎです。この体細いんですから、もっと繊細に扱ってもらわないと……

「なーに?文句あるの?」

「イエ…………」

畜生、こえー。反論出来ねー。
とりあえず、土下座して謝り一応許して貰った。今度大量の酒を持ってくる事を条件に。くっ、本当に酒しか頭にねぇ!このべべれけがっ!いえ、すいません。何でもないです。

しかし、酒かぁ。はぐれ召喚獣倒して手に入れてもいいけどメンドイな。ジャきーにさん達が酒隠し持ってるから、それ貰いに行こう。無断で。泥棒?バレなきゃいいんだよ。

手元にある飲み物を口にしながら辺りを見回す。
ヤッファとカイル、ミスミ様が酒を飲み合い盛り上がっており、傍にはキュウマが控えている。ミスミ様、普通に酒強いんだよな。恐らくカイルとヤッファの方が先に潰れるっぽい。
キュウマはなんかこういう雰囲気に馴染めていない。この時くらい羽目を外せ。というか、まだ解んないのか。

「キュウマ」も最初はそうだったな。何回もやる内に少しずつ慣れていったけど。
記憶に新しいのは俺とカイル、ヤッファが奴を潰し、ミスミ様の命令だと言って腹踊りさせたことだな。あれは爆笑もんだった。ヨガみたいに舞ってたね、彼。

他に視線を巡らせれば走り回るスバル以下チビッコ達とイスラ。イスラは引きずられる様な形だが。それをソノラやスカーレル、ヤード、その他の集落の召喚獣達が微笑ましく見守っていた。

「………ん?」

アルディラが席を立ち、ラトリクスの方向へ去っていく。それをアティさんが追いかけていった。
………そういえば、色々あったんだよな。まだ俺も何も聞いてないから解んないけど。って、不味い。ファリエルはまだ居るのか?

「……良かった。まだ居た」

みなと距離を置いて宴を見詰めている。やっぱ1人では踏み出せないか。
そりゃ、不安か。俺が都合のいい事何べん言ったって、実際決断するのはファリエル自身なんだから。
背中を押すっていう事は俺には出来ないのかもな。柄じゃないし。まぁ、だから何もしないなんて絶対ないけど。
背中を押すのが無理なら、こっちが勝手に突き飛ばしてやろう。ふふ、待ってやがれ、ファリエル。華々しく散らしてやるぜ。

「メイメイさん」

「なーにぃ?」

「手伝って」

「??」

取り敢えず仕込みを。
別に今日じゃなくてもいいけど、先延ばしにすることもない。ファリエルは望んでいないかもしれないが、俺のお節介だ。諦めてくれ。




「ファリエル」

「…………っ!?」

そっと近付き声を掛ける。不意打ちだった為か素の声が漏れた。

「ウィル君………?」

「うむ」

「ど、どうしたんですか?こんな所で?」

「混ざらないの、ファリエルは?」

「……………」

鎧が沈黙する。やがて、少し沈んだ声が発せられた。

「……ごめんなさい。やっぱり、私はファルゼンのままでいい…」

「…………」

「みんなを守ることが出来れば、それで。……私は、許されちゃいけないから」

嘘だ。なら、如何して此処に居る。何故此処を離れない。
今日起きた事件がファリエルの罪の意識を強くさせたのだろうか。何が起きたのかは正確には解らないが、恐らく間違っていないと思う。
この娘もまた背負い込み過ぎだ。自分しか居ないからといって、ファリエル1人が背負い償うものではない。
いい人っていうのは、如何してこうも1人で背負うとするのか。いや、その在り方がいい人たる所以なのかもしれないが。

「ファリエル、ちょっと来て」

「えっ?」

「ヤッファ達が呼んでるんだ」

「私を、ですか……?」

「うん、何でも用事があるらしい」

訝しんでしるファリエルの手、いや指を取ってグイグイと連れて行く。
ファリエルは俺の為すがままにされ、引っ張られる。

「ヤッファ」

「ウィル、如何した!俺達と酒を飲みにきやがったか!」

「ああ、飲みにきた」

俺はファリエルの背後に回り前へと押す。押し出される形になったファリエルは戸惑い始めた。
え?え?といった感じで俺とヤッファを交互に見遣る。

「おっ、ファルゼン。珍しいじゃねーか。お前がこういう席に来るなんてよぉ」

『………用トハ、何ダ』

「用?何言ってやがる?」

『……………』

え、ちょっと?みたいな視線が俺に向けられる。俺はそれを気にも止めず、ヒョイと鎧の肩に掴まり、ファリエルにぶら下がる形になった。

(ウィ、ウィル君?何やってるんですか?というか、これって如何いう事なんですかっ?)

(えーと、確かここら辺に……)

苦無で鎧の背を叩き感触を確かめる。

(え、ええっ!?ウィ、ウィル君、まさかっ!?)

(ふっ、そのまさかよ)

ファリエルの鎧は背にある起点を中心に編まれているので、そこをコレでサクッと刺せば、鎧が解けるのだ。

(や、止めて下さい!?いえ、それ以前に何でウィル君が起点を知ってるんですか!!?)

(企業秘密なり)

コンコンとな。おっ、あった。

(!?だ、だめですってば!止めてっ!!)

(ふふ、良いではないか良いではないか)

(ウィル君、何かおかしいよっ!!?)


せーの………じぇい。


(っ!?)


起点に苦無が刺さり、やがて、


「だめぇっっ!!!」


1人の少女が姿を現した。



「…………嬢ちゃん?」

「ぁ…………」

ヤッファは目を見開き呆然と呟く。
ファリエルは元より白い顔を更に青白くさせ、目に涙を浮かべている。………ぐあっ!泣かせたー!!

「ファリエル様っ!?」

「ファリエル!?」

「ぁ、ぁ、ぁ…………!!」

キュウマとミスミ様も気付き、ファリエルの元へと近付く。ファリエルは声を漏らし後ずさる。体は震えていた。


「ち、違っ…!わ、私、ちがうっ……!わたし、わたしはっ!!」

「一体、どうなって……」



「夢だっ!!」



「はっ?」

「えっ?」

「ぬっ?」

「…………ぇ?」


「酒の過剰摂取により心のガタが外れ見えないものが見えて感じられる様になるいわゆる心理現象的な奇跡体験が可能になる超ごく稀な兎に角夢ッッ!!!!」


きょとんと、ファリエルは俺を見詰める。涙を浮かべたままで何度も瞬きしながら。

「何だ、夢か」

「そういうことですか」

「なるほどのぉ」

「って、えええっ!!?」

信じちゃうんですか!?と言った感じでファリエルは声を上げ驚く。
ファリエル、奴等の顔を見てみろ。暗くてよく解らないかもしれないが、奴等の顔はこれでもかと言うくらい真っ赤だ。オニビに負けぬ程にな。オニビって何だ。兎に角できちゃっているのだよ、既に。

「しかし……夢、か。そうだな、出来過ぎか……」

「何を言っているんだ、ヤッファ。これが夢だとしても、今のヤッファにとって目の前に居る人は120%現実だ。言いたいことがあったらちゃんと言って、したい様に接しなさい」

「あっ………」

「……そうか。そうだな。嬢ちゃんは嬢ちゃんだな。それは変わらねぇ」

ファリエルが驚愕した顔で俺を見詰め、ヤッファは頷いてファリエルの前に出る。千鳥足で。
そこで腰を下ろし、胡坐をかいて、ヤッファは頭を下げた。


「すまなかった!!嬢ちゃん!!」

「っ!?」

「俺はあの馬鹿も止められねぇで、嬢ちゃんさえ守ってやることも出来なかった!!許して貰えるなんて思っちゃいねぇ、だが言わせてくれ!すまなかった……!!」

「ヤ、ヤッファさんっ!?止めて下さい!私なんかにっ……!!」

「自分も、謝罪を。申し訳ありませんでした、ファリエル殿。リクト様が討たれ、自分はミスミ様達を守る為に他を切り捨てました。自分は、貴方を見捨てた」

「すまぬ、ファリエル。わらわ達だけが生き残ってしまった……。恨んでおるか?」

「う、恨んでなんかっ!恨んでなんかないっ!!そんなことする筈ないっ!!私は、みんなをっ……!!」


ファリエルの瞳から涙が決壊する。頬を流れ、次から次からへと落ちていく。


「私達がいけないんだよっ!私達のせいでっ、島のみんなをっ……!!私達が全部っ!!」

「ちげぇよ、嬢ちゃん。少なくとも嬢ちゃんとハイネルは、俺等の為に尽くしてくれた。嬢ちゃん達は悪くねぇ」

「貴方達が居てくれたからこそ、自分達は今此処に居ることが出来るのです」

「感謝しておるよ、ファリエル」

「~~~~~~~~~ッッ!!!!」


掻き抱く。涙を溢れさしたまま、ファリエルは己の体を掻き抱く。その震える胸に秘める想いはなんなのか。


「……ごめんなっ、ごめんなさいっ…!!私、ずっと謝りたかったっ…!みんなに、ずっと、謝りたかったっ……!!」


吐露する。胸の内の想いを。隠し続けた本当を。


「でもっ、私、怖くてっ…!みんなに謝るのが怖くてっ!!みんなに嫌われるのが、怖くてっ……!!」


独白が続き、


「…っ……ごめん、なさいっ……!!」


己の罪を、謝罪した。



「言っただろ、嬢ちゃん達は悪くねぇ。俺達は、感謝してるって」

「己を責めないで下さい。自分達の立つ瀬がありません。貴方達が居なければ集落の者達を守ることは出来なかった」

「別れもあったが、多くの出会いもあった。今こうしてみなと居られることを、わらわは嬉しく思う」

「だから、嬢ちゃん」

「ファリエル様」

「ファリエル」


「「「ありがとう」」」


「…………っ!!!ぁ、ぅああ、っ………あ、あ……っ!!」




―――ごめんなさい



そして、謝罪は涙と共に、夜へと消えたいった。







「落ちついたか、ファリエル?」

「………は、い。すいま、せん…」

「お気になさらずに、ファリエル様」

「相変わらず、嬢ちゃんは鼻っ垂れか」

「むっ………」

ファリエルが落ち着きを見せ始め、場の雰囲気も過去の清算から和らいだ空間になっている。


「よしっ、嬢ちゃんも居るんだ。飲み直しといくかっ!」

「当たり前だろうに!」

「御意っ」

「えっ………」

まだ飲むか。アレも口にしたというのに。いや、酒飲みに際限はないのか。
ファリエルも大丈夫なのかと汗を流している。

「嬢ちゃん、行くぞ!!……って、なに?」

「あっ……。そ、その、わ、私、幽霊だから……何も、掴めなくて……」

「ふぅむ、そりゃあ、難儀だな。まぁいい。兎に角来い、嬢ちゃん!積もる話が沢山あるんだ!」

「…………」

「ほれ、行くぞ、ファリエル」

「行きましょう」

「………は、はいっ!」


そうして、宴の席へと戻ったいった。いや、酒か。



「嬢ちゃんが居るってことはハイネルの馬鹿野郎も此処に居るのか?」

「い、いえっ、兄さんは、此処には………」

「……そうか。ちっ、居やがったら、あの野郎、ブン殴ってやろうと思ったんだが」

「………ふふっ」

「おい、ヤッファ。いい加減その可愛い娘を紹介しやがれ。こっちはずっと待ってんだぞ」

「えっ………か、かわっ……!」

「おお、すまねぇ。この嬢ちゃんはファリエルって言ってなぁ、見たまんまのお転婆娘だ」

「ヤ、ヤッファさんっ!!」

「そうかい。ファリエル、俺はカイルってんだ。海賊やってる。よろしくな」

「あっ、は、はい。こちらこそ……」

「いやー、こんな可愛い娘と酒を飲めるなんざぁ、男冥利「さぁ、ファリエル!わらわと共に飲み明かそうぞ!!」ぐぼっ!!?」

「あっ………」

「さぁ!さぁさぁ!!」

「あ、あの、ミスミ様?は、話聞いてました?私、幽霊だから、お酒も何も……」

「むっ、わらわの酒が飲めぬと言うのか?」

「いえ、だから、私………」

「安い酒では口にせんのか。しょうのない奴め。キュウマ!蔵にある秘蔵の酒を持って来い!こうなったら全て解禁じゃ!!全て飲み干してくれる!」

「御意っ!!」

「えっ、ちょっと、あのっ!?」

もはや使いっぱしりだな、うんこ。いや、知っていたが。


「わ~~、誰、誰、この娘?可愛い~~」

「本当、綺麗……」

「えっ……。あ、あう……」

ソノラ登場。ついでにイスラ。もちろん顔赤い。
この三人ほぼ同年代なのか?見た感じ違和感はない。いや、ファリエルは結構お婆ちゃ……ゲフンゲフン、長生きしてるのか。

「名前は?」

「何処の集落の娘?」

「え、えっと、ファリエルっていいます。集落は……領域の狭間です」

「ファリエルかぁ。よろしくね!私ソノラ!」

「私はイスラだよ。でも、確かに霊界って感じするね」

「実はファルゼンなんです」

「ウィ、ウィル君っ!!?」

「嘘っ!そんな裏設定が!?」

「あっ、ウィルの言ってた可愛いってそういうことだったの?」

「ん。恥ずかしがり屋ちゃんなんです」

「ウィル君っ!!」

「あははは、顔赤~~い。可愛い~~~~~!」

「ソノラさんまでっ!!」

「というか、ウィル、こんな可愛い娘独り占めしてたの?うわー、いやらしい」

「ふっ、何とでも言え。ファリエルは数少ない癒し系の女の子だ。俺の心のオアシスを貴様には渡さん」

「ぇ………」

「ふふん。私に勝てると思ってるの、ウィル?」

「未成熟のお前に負ける気などせんわ」

「こらっ!未成熟って何だ、未成熟って!!」

「胸」

「言ったなーーーーーーーーっ!!?」

「でさぁ、その時アニキなんて言ったと思う?もうその時の顔が傑作でさぁ、」

「え、えっと、と、止めなくていいのかな?」

「マルルゥもお話加えてくださーい!!」


その後スバルとパナシェも加わりてんてこ舞い。
殺意漲る瞳で俺を睨むイスラに、戻ってきたキュウマの足を引っ掛け、衝突させた。秘蔵の酒とやらを被ったイスラ、ソノラ他は更に酔っ払い、それを見たミスミ様は風を巻き起こす。吹き飛ぶうんこ。もちろん、俺は避難した。





「ウィル!!」

「やぁ、犬」

ガクッっと沈み込む犬もといフレイズ。やはり来たか。

「………っ。貴方は一体何を考えているのですかっ!ファリエル様の姿をみなの前に晒すなどっ!」

「平気平気。みんな酔っ払ってるから、明日になれば忘れてるよ」

「その様な確証、何処にもっ!!」

「いや、絶対だ。みんなが口にした酒、何だか解る?」

「………ただの、酒でしょう」

「違うね。ただの酒じゃない。アルコール度数とかもうそういう次元じゃなく、原材料の他に純粋な魔力(マナ)も加えて醸造された規格外。体や脳を酔わせるのではなく、魂を泥酔させる正にスピリッツ!」

(…………いや、それもはや呪いでしょう)

「神酒・天上天下!!」

(……何処に持っていたんですか)

「明日無事な人はいませんよ」

「で、ですが、此処に居るみなさんが飲んだ訳では…」

ある方向を指差す。フレイズも俺の差した方向を見やる。


そこには、神酒・天上天下を片手にジャキーニさん達海賊を潰している紅の暴君(べべれけ)。


ジャキーニさん白目向いてぐふふ笑ってる。いや死ぬぞ、あの人。
その後全滅したのを見届け、暴君は次の獲物を求め徘徊していった。

ちらとフレイズを窺う。口半開きで遠い目をしていた。近寄ってはいけない女がいることを理解したらしい。

「解った?あれがいるから運命はもう決まっている」

「ええ、そうですね。定めの様です」

依然遠い目で人々が潰れていく光景を見るフレイズ。達観してしまっている。

「………子供達にも?」

「当たり前でしょう」

(悪魔か………)

「これなら問題ないでしょう?誰もファリエルのこと覚えてないよ。覚えていたとしても、朧影だろうし。………それに」

ファリエル達を見やる。
ソノラがファリエルに抱き付こうとしてすり抜け、隣に居たイスラの頬にキスをかます。イスラが奇声を上げ、それが伝播してカイル達が騒ぎ出す。
切れたミスミ様が槍で薙飛ばし、マルルゥがあははと笑いながら逃げ惑うスバルとパナシェに矢を放つ。射ぬかれたパナシェがそのままぶっ倒れヤードの背に直撃、衝撃で酒を飲み合っていたスカーレルをヤードが押し倒す。
召喚獣の女性陣から上がる狂喜の悲鳴、なまめかしいスカーレル、石と化すヤード。そしてゲンジさんの怒号。
地獄絵図だった。

「……ええ、確かに」

そんな中、ファリエルは笑っていた。腹を押さえ、涙を流し、心から笑っていた。
みんなと共にいることを、喜んでいた。

「ファリエル様が今あそこにいるのを、望んでいるのですね」

フレイズはじっとファリエルを見つめる。

「あの様なファリエル様の笑顔は久しぶりです。あの日から今日まで、一度も目にしたことはありません」

「………」

「ファリエル様は、今日まで笑っていなかった」

「………」

「私は、あの方の何なのでしょうか」

「……護衛獣だろ」

「契りは失われています。私は、もう………」

「関係ない。フレイズが今までファリエルを支えてやったんだろう。フレイズがいたからファリエルは今日笑えたんだろう。お前がいなかったら、ファリエルはずっと苦しみ続けていたんだろ?」

「ウィル…」

「護衛獣の鏡だよ、フレイズは」

「………ありがとうございます」

「いや、マジで」

多分俺には出来ない。墮天というのがどういう物なのか解らないが、そこまで尽くすことは多分出来ない。


「ファリエルが喜んでる。十分でしょ、それで」

「そうですね………」

ファリエルが変わっていくという事実を、フレイズがどう受けとめるかは解らない。
ファリエルの身を案じ、また俺に剣を向けるかもしれない。
でも、それも結局はファリエルの為で。
ファリエルの為に考え、思い、行動し、尽くす。
一人の為に在り続けるフレイズが、カッコ良かった。俺はそう思う。


まだ燃え上がる焚き火が、笑い続けるファリエル達を夜に写していた。















「…………」


月の蒼白な光が辺りを照らしている。
澄み切った夜の姿、無数の星達が浮かぶ、変わることのない景色。
視線を下げれば夜景そのままに彩られている水面があって、空と海が交わる境界線が何処までも続いている。
背後には森。前には海岸。風が撫でると後ろからは木々の葉がそよぎ、前からは水面を震わせ波の寄せる音が木霊していく。
やがて、誰一人していないこの場所を、夜の静寂が包んでいった。



マナの光を浴びながら思う。
こんなにも笑ったのは何時ぶりだろう。みんなと同じモノを感じられたのは何時が最後だっただろう。

何時だったかなんていうのは憶測で、ただ人と触れ合う暖かさを忘れていたことだけを気付かされる。
あんなにも、みんなと居ることは心地良くて、安らげたんだ。

「可笑しかったな」

久しぶりに話を交わすヤッファさん達も。気さくに振る舞ってくれたカイルさん達も。友達になってくれるって言ってくれたソノラさんも、イスラさんも。みんな………

「楽しかった」

一夜限りの思い出だけど、本当に楽しかった。こんな思いをするのは、もうないものだと思ってたから。

「明日からはまた元通り」

ファルゼンとして、みんなを影から見つめ守っていく。私の償い。

「忘れなきゃ。温もりも、安らぎも」

じゃないと、きっと耐えられないから。独りで居ることに耐えられない。みんなが居るのに、独りで居続けることなんて、きっと出来ない。

「忘れなきゃ………」

もう知ってしまったから。

「……………」

私を呼んでくれる声を。

「……………よ」

私を映してくれる目を。

「……………だよ」

みんなの温もりを。

「……………やだよっ」


思い出して、しまったから。


「そんなのやだよっ!!」


もう想いは止まってくれない。



「嫌っ、ファルゼンは嫌っ!!私は、私がいいっ!!」


溢れだしていく想いを止める術を、私は知らない。


「私は、私でいたい!!……独りだけで居るのは………もう嫌っ……」


もう止められない。想いはもう、塞き止められない。


「私はっ………!!」

いや、違う。



隠し続けていた望みは、カタチに成ってしまった。



「みんなと一緒に居たいっ………」





涙は止まってくれない。私はその場に崩れ落ち、ただ嗚咽だけが響いていく。
夜の静けさが、寂しさだけが残った。



「ファリエル」



肩が震えた。ただ孤独である筈のこの場に、声が響いた。
振り向く。


「…………」


一人の少年が佇んでいた。


「……………ぁ」

何時から居たんだろう。何処から聞いていたんだろう。


イツから、私の望みを知っていたんだろう?


彼が近づいてくる。私の元へ向かってくる。
私は涙を流して、ただ見ていることしか出来ない。

「………」

膝を地に付けて、同じ目線になる。
彼の瞳と、私の瞳が、今度は涙越しに交差する。彼の顔は、ぼやけて見えない。


「…………」

「私、みんなと居たいよっ………」

「…………」

「独りはもう、やだよっ………」

許されないことだって解ってる。
私は、許されちゃいけないって解ってる。
それでも―――


「だめかなっ…………?」


―――望まずには、いられない





「いいに決まってる」


手が伸ばされる。


「幸せになる資格なんて必要ない」


手は私の頬に添えられて


「幸せになって、いいんだ」


涙を、拭ってくれた。


「っ、ぁ………」

霊体である私に触れる様にして、魔力の固まりとなった雫を拭ってくれる。
拭われた雫は藍色の粒になって散っていった。


「もっと自分を大切にしなさい………約束だろ?」


「ぅ、ぁ、ぁぁ………!」


どうしてかな?


「ぁ、ぅ………!!」


どうしてこんな、貴方の言葉一つ一つに、救われるのかな?


「っ…………ぃいの、かな?」


救われても、


「もち」



いいのかな?






「あったかいねっ………」

添えられてた手を、そっと包み込む。触れることの出来ないその手を、両手で包み込む。

そこには確かに温もりがあって、伝わってくる。

「こんなに、あったかい………!!」

彼は照れた様に笑って、頬を掻いた。



ねぇ、ウィル。



私の胸の震える音、貴方に聞こえるかな?



体中に響き渡ってるこの音、貴方に伝わってるかな?



こんなにも、私、貴方に惹かれてるんだよ。



こんなにも、貴方のことが―――





月明かりの元で少年と少女が笑い合う。少年は少女の笑顔に顔を綻ばせ、少女は少年の笑顔に救われる。

温もりを胸に携え、お互いを感じ合う。

そこには、空と海が交わる様に、境界線は存在しない。

空は海を見つめ、海は空そのものを映し出す。

夜の静寂、そこに孤独は存在しない。




―――独りなんかじゃない。


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