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No.3907の一覧
[0] 然もないと [さもない](2010/05/22 20:06)
[1] 2話[さもない](2009/08/13 15:28)
[2] 3話[さもない](2009/01/30 21:51)
[3] サブシナリオ[さもない](2009/01/31 08:22)
[4] 4話[さもない](2009/02/13 09:01)
[5] 5話(上)[さもない](2009/02/21 16:05)
[6] 5話(下)[さもない](2008/11/21 19:13)
[7] 6話(上)[さもない](2008/11/11 17:35)
[8] サブシナリオ2[さもない](2009/02/19 10:18)
[9] 6話(下)[さもない](2008/10/19 00:38)
[10] 7話(上)[さもない](2009/02/13 13:02)
[11] 7話(下)[さもない](2008/11/11 23:25)
[12] サブシナリオ3[さもない](2008/11/03 11:55)
[13] 8話(上)[さもない](2009/04/24 20:14)
[14] 8話(中)[さもない](2008/11/22 11:28)
[15] 8話(中 その2)[さもない](2009/01/30 13:11)
[16] 8話(下)[さもない](2009/03/08 20:56)
[17] サブシナリオ4[さもない](2009/02/21 18:44)
[18] 9話(上)[さもない](2009/02/28 10:48)
[19] 9話(下)[さもない](2009/02/28 07:51)
[20] サブシナリオ5[さもない](2009/03/08 21:17)
[21] サブシナリオ6[さもない](2009/04/25 07:38)
[22] 10話(上)[さもない](2009/04/25 07:13)
[23] 10話(中)[さもない](2009/07/26 20:57)
[24] 10話(下)[さもない](2009/10/08 09:45)
[25] サブシナリオ7[さもない](2009/08/13 17:54)
[26] 11話[さもない](2009/10/02 14:58)
[27] サブシナリオ8[さもない](2010/06/04 20:00)
[28] サブシナリオ9[さもない](2010/06/04 21:20)
[30] 12話[さもない](2010/07/15 07:39)
[31] サブシナリオ10[さもない](2010/07/17 10:10)
[32] 13話(上)[さもない](2010/10/06 22:05)
[33] 13話(中)[さもない](2011/01/25 18:35)
[34] 13話(下)[さもない](2011/02/12 07:12)
[35] 14話[さもない](2011/02/12 07:11)
[36] サブシナリオ11[さもない](2011/03/27 19:27)
[37] 未完[さもない](2012/04/04 21:58)
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[3907] サブシナリオ11
Name: さもない◆5e3b2ec4 ID:c33a9c35 前を表示する / 次を表示する
Date: 2011/03/27 19:27
「…………」

窓から差し込む日の光が儚くなってしまった横顔を照らす。
薄い寝巻を着たアティが、ベッドの上で体を起こし、シーツのかかった下半身をただ見つめている。
瞳は虚ろとはいかなくとも意思の光は感じられない。事実彼女は何も見ていなかった。
心が壊れてしまった彼女は何も発することなく、人形の振る舞いで微動だにしなかった。

『……先生、起きてる?』

ドアの向こうから躊躇いがちに声が投げかけられた。ソノラのものだ。
アティは動かず、反応を示さない。

『今日もご飯作ったんだけど……あ、あははっ、昨日のはあたしが当番だったからアレだったかもしれないけど……きょ、今日の朝食はなんとオウキーニが作ったやつなのよ! 取れたてでぷりぷりのエビが入ったスープなんて本当に美味しくてさぁ! だからさ、先生っ……だか、ら……』

努めて明るく出していた声が次第に萎んでいく。
何ら動きのない部屋の前で、ソノラは押し黙ったようだった。
完全に彼女の声が途切れる。

『……もし良かったら、食べて』

「……」

消え入りそうな言葉を残し、寂しげな足音が遠のいていく。
終始動くことのなかったアティの顔が、若干俯いた。

『……ィル? ……そっち先生の……何をする……?』

ところが、去っていく予定だったソノラの気配がおもむろに立ち止まった。
遠ざかったせいか、途切れ途切れの声がアティの部屋に届いてくる。

『いや、だから話をっ……え、ちょ…………はぁ!?』

慌ただしくなってきた。

『ばっ……! こら、止めっ……空気を読ん…………ちょーっ!!?』

むしろ怪しくなってきた空気に、アティの意識しない所で本能が何かを訴えてきた。
────嫌な予感がします。
そんなニュアンスの訴え。
が、しかし、主人格を司るアティの心は無反応を貫き通した。

表面上は人形のまま。
微妙に引きつりそうになった眉には知らんぷりをきかせながら、アティは黙ってそのままでいた。
ほどなくして、部屋のドアが蹴破られる。

「おはようございます、先生! 今日も外出して馬鹿みたいに小躍りしたくなるくらい、いい天気ですね!!」

耳に響くうるさい声。
大きく張った声とは裏腹にポーカーフェイスをしているウィルが、朝食一式の乗ったトレーを両手で持って、ずかずかと室内に入り込んできた。
その後ろではソノラがだーと涙を流し、腕を伸ばしながら固まっている。
アティは、反応しない。無視する。

「ご飯、食べてください」

「……」

椅子をとっ掴み、ベッドに引き寄せ、トレーをその上へ少々乱暴に置いた。
静かな声には有無を言わせない響きがある。
すぐ横でじっと直視してくる双眸に、それでもアティは動かない。無視する。

「腹の肉が気になってダイエットする気持ちは分かります。ですが、あえて言います────諦めましょう」

「…………」

ぷるっ、と意識を離れて手が震えそうになった。
本能的に何かが目覚めて食いつきそうになったが、動かない。決して動かない。不動。
断固無視する。

「……先生? 頑なになるのは分かります、服がきつくなってきたのは確かに辛いかもしれません。けど、一時の感情で暴走するなんて浅はかっていうもんです。だってそうでしょう? 結果なんて見え透いてるんですから」

労わるような声音でそっと語りかけられた。腹立たしいほどにムカつく声音だった。若干哀れむような響きも混ざっている。
無視、する。

「どうせ失敗して太るに決まって、おっと、体重が重くなるんですから、早く悟りましょうよ」

────メラ、と何かが燃え上がりそうになった。
言い直した意味はあるのか。言い直した意味はあったのか。
ダイエットに成功したことなんて一度くらいはある。あるったらある。ありますよ、当然。馬鹿にしないでください。そんな何度も失敗してる筈なんか、筈なんか……。

唇がむずむず動き出しそうになるのを、アティは無意識の内に封じ込めた。
本能はもはやガンガン燃え上がってガンガン薪をくべられている。脳裏を過るのは淡々とキャンプファイアーを行う狸の絵。発狂しそうになった。
されど、耐え、る。

「……」

「………………」

ウィルはじーっとアティの横顔を注視する。彼女の反応を窺うように。
ベッドにぎゅぅっと噛みついている両手の指には気付かないまま。
アティは同じ姿勢で、口を引き結んでいた。

「食え」

「!?」

いきなりだった。
埒が明かないと判断したのか、ウィルは皿の上のパンを取ってアティに押し付ける。
ずいっ、ぎゅむっ、と唇に押し付けられた小麦の塊に、アティは思わず目を見開いてしまった。

「そら、食え、食ってしまえ。天然なんぞがダイエットなどおこがましいわ」

「……!? ……!?」

ぐいぐいと顔に寄せられる度に香ばしい焼き立ての麦の香りが鼻腔をくすぐる。
押しつけがましいその態度に、アティは徹底抗戦をした。
両目を瞑り、ぷいっ!と顔を明後日の方向に向けさせる。ともすればそれは嫌いな野菜を嫌がる子供のような仕草。
ウィルもめげない。逃げられると当時に先回りをして待ち構える。フットワークに優れた拳大のパン。

アティの顔がぶんぶんと振られる度ウィルが動く。
左、右、左、右、左右左右左右。
激しい攻防を繰り広げる両者。彼等の後ろで、ソノラが静かに汗を垂らしてその光景を見守っていた。

「……っ!」

「────そこ!」

「んんっ!?」

呼吸の乱れたアティの口が酸素を欲した時だった。
細く空いた小振りの唇に、ウィルは懐に隠し持っていたパックを電光石火の勢いで閃かせる。
アティの唇にパックから突き出たストローがねじ込まれ、次にはウィルの指がパックを容赦なく握り潰す。
容器の中身はゼリー状の飲料、ラトリクス産。爽やかな果物の味がアティの口の中に広がる。
10秒チャージ、2時間キープ。

「んっぐ────けほっ、こほっ!?」

「これで先生は一日必要な栄養を五日分摂取しました」

「問答無用で太るわぁーー!?」

女の敵ぃー!? と微妙に突っ込む箇所が間違ってるソノラの声をバックに、アティは口を手で押さえながら咳きこんだ。
かぁっと熱くなる全身。抗議の声が喉をせり上がってくる。

────何するんですか、ウィル君!?

いつものような涙声が出かかって、思わず吐き出してしまいそうになって、実際音になりかけて。
けれどアティは、それを口にすることが、できなかった。
ぐいっ、と。シーツを引き寄せて自分の体に被せる。座ったままの体勢で、ベッドの上に真っ白な山ができあがる。
閉じ籠ってしまった。

(…………ひぐっ)

──何をやっているんだろう、と。
今まで空っぽだった心の中で、久しぶりの気持ちが浮かんだ。
枯れきってしまっていた感情が、例え種類はどうであれ、確かな水を得た。
人形から人間に戻ったアティは、被ったシーツの中で無性に泣きたくる。

──もう、無理なのだ。
──言葉の意味が、分からなくなってしまったのだ。
──自分の抱いていた本当が本当だったのか、分からなくなってしまったのだ。
──分かっていたのかさえも、もう分からない。
──砕け散ってしまったのがなんだったのか、それさえも。
──張り詰めていた何かは体の中で切れてしまって、胸の奥にあった笑顔も無くなってしまって。
──どう笑えばいいのか、自分はどんな風に笑っていたのか。
──分からない。
──自分はもう、笑えなくなってしまった。

気が付けば、涙がこぼれていた。
整理のつかない感情が渦を作る。情けない姿を晒すみじめな自分もそれを助長させて。
アティは目を思い切り閉じて、ぽたぽたと、自分の膝に涙をこぼした。
纏っている寝巻にしみができていく。

「…………」

時折揺れる白い山を、目の前でウィルはしばらく見つめ続け、おもむろに背を返した。
困惑するソノラも押して部屋を出る。
今度こそ遠ざかっていく気配に、アティの涙が量を増して溢れ出た。

「先生」

びくっ、とシーツを被っている山が震える。
出入り口の方から凛とした声が投げられた。

「……先生は、頑張ったと思います。血反吐はいて、頑張り過ぎるくらいに頑張って、一人で無茶してきたと思います」

「だから、そろそろ休んでいいと思います」

「骨休みって、大切ですよ」

最後にそう言い残し、今度こそ声の主はいなくなった。
窓から暖かな光が転がり込んで、寒くなっていた部屋に静穏が満ちる。
するすると頭から被っていたシーツを下ろしたアティは部屋の扉をぼうっと見つめて、窓の外を見た。
涙を溜めた瞳には、今の太陽は眩しくて……アティはそっと瞼を閉じる。
肩の荷は、少し和らいでいた。



それが、三日前のことだった。









然もないと  サブシナリオ11 「ウィックス補完計画その11」









「…………」

アティは頼りない足取りで島を渡り歩いていた。
俯き加減に保たれた顔は依然として明るさが鳴りをひそめており、覇気というものはまるで感じられない。
むしろ心の砕けた彼女がこうして行動をしていることの方が、今という状況のもとでは不自然だった。
では何故そんな彼女が島を彷徨っているかというと、先程、彼女のもとに一つの報せが入ったのだ。

────ウィルがいなくなったの。

ベッドの上で聞いたソノラからの言葉。
既に三日、海賊船に戻らず行方をくらませているらしい。テコやヴァルゼルドも一緒だそうだ。
これまで好き勝手好き放題に水面下で動きまわっていたウィルのことだ、カイル達も大騒ぎしているという訳ではないのだが……アティの件も手伝って暗雲立ち込めている今の状況、不安は隠せないらしい。
無色の派閥あるいは、最悪イスラの手の内に掴まっているのではないかと。

ソノラが部屋を去った後、アティは気が付けば身支度をして船を抜け出していた。
一種の朦朧とした状態を継続させながら、彼女はウィルの姿を探し続けている。

(……私は)

ウィルを探す道中で色々な人達に会って、その度に体の一番深い所が疼いた。
パナシェは、大樹ユクレスの前でアティに笑顔が戻るようにとずっと願い続けていた。
ジャキーニは、ナウバの実をくれて気軽に慰めてくれた。
ゲンジは、彼女の態度を叱咤し教師がなんであるか今一度説いた。
メイメイは、笑顔には理屈なんていらないとそう言ってくれた。
アズリアは……この腐った体たらくを怒り、罵倒し、軽蔑し、そして不器用に背中を押していった。

彼等の言動が絡み合ってアティの胸をきつく締める。
自分の身を案じる人達の声が、何度も何度も反響した。
自己に対する、形の見えない不鮮明な問いかけ。それがアティの胸でもたげる。

(私は……私が、今ここにいる意味は……)

倦怠感を纏った体の内で、本当に少し、何かが胎動する。
少し寒い風に髪が煽られる中、彼女の胸の内もまた揺らいでいった。

「…………」

崖に出た。
遥か下方で、打ち寄せる波が岩肌にぶつかっては音を立てている。
島の縁に沿ってアティは、そのまま歩みを重ねていく。

(どうして私、こんな所に……)

ウィルがいる筈もないというのに。
岩槍の断崖。「剣」とアティの心が砕けた場所。
アティの想いが、イスラの狂気に打ち負かされた場所。
感傷かと、無意識の内に足を運んでしまった己の行動を思案する。
崖の一角に「剣」を破壊される自分の幻影を見てしまい、アティは視線を遠ざけ、逃げるようにそこから立ち去ろうとした。


「!?」


踵を返そうとした、まさにその時。
アティの耳に何かが弾ける音が届いた。
危うく聞き逃してしまいそうな大きさで、絶え止まず連続して響く、何かと何かが衝突し合っている金属音。
この島に来てから、もはや幾度として聞き慣れてしまったそれは……

(誰かが、戦ってる!)

理解した瞬間、アティは走り出していた。
考えての行動ではない。ただアティは、自分がこんな状況になっていても、誰かが傷付け合っているという事実を看過することができなかった。

砕ける波の音に紛れる細かな音が、進むにつれその身を大きくしていく。
聴覚だけを頼りにして、林の中へ飛び込んで、土を蹴り、茂みをかき分ける。
音がとうとう鮮明に聞き取れる位置までやって来た時、遠方、アティの視界に一人の老人と一人の少年が映り込んだ。

「────っ!!」

断崖から少し離れた、中規模に開けた地形。海が近い。二人はそこで争っていた。
アティがその光景にショックを受ける間にも、激しい戦闘が続いていく。
ウィルが細剣を翻し横斬りを見舞う。それをウィゼルは難なく打ち落とし、更に強烈なカウンターを付属させてきた。狙いは頸部。
──シュン、と空を切る音。アティの顔が青ざめる。

首と胴が離れることはなかった。
間一髪の所で、いやぎりぎりの範囲を見極めて、ウィルは刀の丈すれすれの所で回避する。
命知らず極まる最小限の動きで、ウィゼルの『返しの刃』を躱し、すかさずその間隙を衝く。
ウィゼルの双眼が険しさを乗せて細まった。

(うそっ……!?)

アティは呼吸を止めてその攻防に見とれた。
彼女もあの派閥の用心棒であるウィゼルの実力は知っている。とてもではないが、ウィル一人で敵うような相手ではない。
にも関わらず、少年はウィゼルとせり合っていた。
解せない。まるで解せない。彼等の間では、個々の術や剣の技術は置いておくにしても、身体能力の差が歴然としている。
達人の域を越えてしまったウィゼルの腕もあって、技巧による形成逆転は難しい。全てが抑え込まれてしまう。間違ってもこのような展開には陥らない筈なのだ。
戸惑いで頭を埋め尽くすアティだったが、ある光景を捉えた瞬間、閃きが駆け抜けた。
ウィルの体の周りを、薄らとした緑光が取り巻いている。

(憑依召喚!!)

召喚獣憑依による能力向上。
外部からの恩恵により、ウィルは一時的に己の力をブーストしているのだ。
察するにあれは「クロックラビィ」。対象の体内外を時間操作することで相対的に速度を上昇させる、幻獣界の時兎(ときうさぎ)。伴って移動力も付与させる。ちょうど「スライムポッド」と真逆の憑依効果だ。

疑問は氷解した。
速度という一点のみ、ウィルはウィゼルと同じ土台に立っていたのだ。力で劣っていたとしても、もとより抜きんでていた“速さ”が強化されることで、ウィルの持ち味が生きてくる。
依然として随所で押し負けている所は確かに見受けられる、しかしそれも、投具を始めとした豊富な手札で強引に埋め合わせていた。

また、少年のキャパシティ自体が全体的かつ徹底的に底上げされているのもこの勝負の中で追い風となっている。前回の戦闘の際とは、まるで別人だ。
剣豪もそれを痛感していることが表情から見て取れる。
ウィルは自ら相手の懐に飛び込み、左右側面から襲いかかる至近戦闘を仕掛けていた。

(でも、あの動き……)

状況を理解する一方で、アティはウィルのウィゼルに対する動きに引っかかりを覚えた。
緊急回避一つも、危うげでありながら……どこか予定調和。そんな気がするのだ。
出方を読んでいる? それとも、見切り?
いや違う。あえて言うならば、相手の動作を予測しきっている。
まるで“ウィゼルの一挙手一投足を把握しているかのような”。
此方の手札は明かさず、相手の持ち札を丸見えにさせているような、そんなずるい感覚を、ウィルの動きからアティは感じ取ってしまった。

「……ふっ!!」

「っ!?」

(あっ!?)

アティが思考に耽っていた間に戦況が動いた。
今までの攻撃が霞んでしまうほどの、鋭い切り返し。剛力も上乗せされた一撃が、防御ごとウィルの体を弾き飛ばす。
初めて互いの間に大きな間合いが敷かれた。

そして一瞬。ウィゼルは刀を鞘に納め、必殺を構えた。
ぞくり、とアティの背筋が震える。観戦の立場にいるにも関わらず、戦慄が全身を支配した。
居合い切り・絶。剣匠の死刑宣告。
ウィルの顔にも瞬間的な緊張が走り抜ける。

戦闘を強制終了させるあの技を構えさせてはいけなかった。もとより、ウィルはそうさせまいと執拗にウィゼルへ貼りついていたのだから。
絶対絶命。アティの脳裏にその言葉が過る。
────逃げてっ。
アティの声にならない訴えを、ウィルは果たして聞き届けたのか、右足を浅く後退させ────突っ込んだ。


(────────)


“突っ込んだ”。
斬撃の死地に自ら、飛び込んだ。
アティの呼吸と鼓動が途切れた。顔が色を失い、全身の機能がストップする。
胸が、張り裂ける一歩手前までいく。

ウィルは加速する。
最速力の突貫がウィゼルに肉薄する……が、無論、足りない。
歩数にしてたった五歩の道程。しかし繰り出される一撃の前では、余りにも遠すぎる道程だ。
鯉口を切る音。はばきが外され、鞘に納められた刀が銀光と一緒に牙を剥く。
ウィゼルの双眼が極限まで細まった。
そして、一気に、



『死に腐れであります』



空気の読めない鉄兵が、長距離射撃を敢行した。

「!?」

(────ぶっっ!!?)

大気を切り裂く音が鳴り響く。ウィゼルは瞠目し、アティは吹き出した。
機械兵士の性能にものを言わせた超精密狙撃。丘に潜んだ寡黙なスナイパーが、スコープ越しにロックオンしたウィゼルの米神目がけ、黒ずんだ鉛玉を射出。
汚っ!? と味方のアティでさえ思わせるその一撃は、完璧にウィゼルの意識と視界の死角を突いた。
狸は進む。全部予定通りだから。

剣豪は動揺をあらわにしつつ────なんと、完全回避。
首を前に折って凶弾をやり過ごす。スコープを覗いていたヴァルゼルドの瞳が驚愕に見開かれた。
体勢が僅かに崩れたウィゼルだったが、それも許容範囲内。誤差を修正し鬼畜狸を捉え直す。

ウィルは二歩の距離を稼ぐことができたが、まだ三歩遠い。依然ウィゼルの有利。
盤外からの奇襲はもう考えられなかった。ウィゼルが殺気を募らせ柄を取る。
息を呑むアティの視界の中、ウィゼルの手がぶれた。

「疾ッッ!!」

「────ぐぉ!?」

しかし、その瞬間だけ、ウィルの一手は抜刀より早かった。
小柄な体から繰り出されたのは空気の揺らぎ。必殺に専念していたウィゼルの無防備な腹に、実体のない一撃が直撃する。
『魔抗』。
予備動作を必要としない魔力の体外射出。
無手でそのスキルを扱えない未熟者が、その手に提げて用いた魔力媒介は、「剣」。
右眼を碧に染めたウィル渾身の衝撃波が、無敵を誇っていたウィゼルに踏鞴を踏ませた。

「っっ、小僧ッ!!」

ダメージを無視し、ウィゼルは不利な体勢ながら居合い斬りを放つ。
鍔が鞘から離れ刀が走る。神速の斬撃が空間に弧を描こうとした。

「ふぬらっ!!」

が、

「なっ!?」

ガキンッ! と。
刀の柄頭に、「剣」の柄の先端が打ちつけられる。
刀身が鞘から抜け切れない。抜刀を強引に抑え込まれた格好だ。
三歩あった間合いは、既に走破されていた。


「くたばれ」

「ッ!?」


零距離に等しい間隔の中、ウィルは空いた手に装備したサモナイト石で高速召喚をする。
不意の不意の不意を畳みかけようやく手に入れたウィゼルの虚。
そして、“回避不可能な”絶対の間合い。
ウィルはそれを逃そうとはしなかった。



「召喚・焔竜の息吹」



頭上、成長したテコが魔導書を大気の上に叩きつける。
開かれた書から喚び起こされた竜頭が、ウィルとウィゼルのすぐ真上で、がぱっと顎を開いた。


「ウィッ────!!?」


生徒の名を叫んだアティの悲鳴は、劫火に塗り潰された。
轟炎。
最大の火力がウィルとウィゼルを一瞬で呑み込んだ。上方より降り注ぐ灼熱の滝はアティの双眸を焼き、なお吐き出され続けていく。
避ける暇も防ぐ術もあろう筈がなく、二つの影が炎の奥に消える。
自爆攻撃。身の保障も捨ててウィルはウィゼルを討ちにいった。
唇を震わせるアティが、堪らず足を一歩踏み出した次の瞬間、

「~~~~~~~~~~~~~~~~~~~っっ!!!?」

大爆発。
なみなみと注がれた竜の炎が膨れ上がり、内部から破裂した。紅色と黒色が混ざった華が咲きあがる。

衝撃を受けたアティは背後に飛ばされた。林の中、何枚もの葉や枝と一緒に地面を転がっていく。
勢いようやくが止まり、帽子を押さえながら顔を振り上げた時には、ウィル達がいた場所から随分離されていた。
バクバクと壊れるのではないかというほどの心臓の音に突き動かされながら、アティは吹き飛ばされた道を戻る。
必死に枝葉を押しのけ、躓きかけること数度、やがてもとの位置まで辿り着いた。

確保した視界の中に最初に映ったのは、焦土となった崖。
あちこちで未だ揺らめいている炎の断片。
そして、緩慢な動きで起き上ろうとする、二つの影。

「ぁ……!!」

アティの顔が安堵一色に染まり、強張っていた体から力が抜けていく。
爆心地にいたウィルとウィゼルは、互いに吹き飛ばされながらも一命を繋げていたようだった。ウィルは地面から立ち上がり、ウィゼルも叩きつけられた岩から背中を離す。
どちらも満身創痍に近い……ようには見える。
ややあって完璧に立ち上がったウィルは、静かに佇立したウィゼルを忌々しげに睨んだ。

「おいっ、ジジィ、何で生きてやがる……!?」

「……“斬った”」

「馬鹿野郎……っ!!」

焼けてボロボロになった帽子の塊を脱ぎ捨て、ウィルは苦虫を噛み潰したように吐き捨てた。
恐らく、抜剣召喚を経て、魔力対抗力を上昇させた自分だけが生き残るというのがウィルの思惑だったのだろう。元来の使い方の魔抗まで併用して相殺したらしい。結構元気そうである。
同士討ちなど鼻からするつもりはなかったのだ。

それに対してウィゼルは、言葉の通り斬ったのだ、あの炎を。
尋常ならざる剣速と剣風で真空状態を生み出し、被害を最小限に留めたのである。
ウィルでなくても頭を抱えてしまいたくなる出鱈目ぶりだった。

しかし、確実にウィゼルは傷付いている。
普段と変わらないように見えるが、防具である着流しは焼け落ちて損傷が酷く、全身は火傷だらけだ。
特に利き手である右手から肩は、目を背けたくなるほどの熱傷が崩れた着流しの隙間から覗けていた。

「……仕切り直す前に、もう一度聞いておく」

溶けた鞘を捨てたウィゼルが髭を動かす。

「その砕けた『剣』の欠片を、大人しくこちらに渡さぬか?」

(えっ……)

その言葉を聞いたアティは驚いた。
ヴァルゼルドの狙撃を含めた手回しから、ウィルがウィゼルに戦闘を仕掛けたものだと思っていたが、どうやら違うらしい。ウィゼルの方がウィルに用があったのか。
アティはウィルに視線を移す。彼は腰に吊るした──「剣」の破片を集めたと思われる──袋をそっと手で押さえた。

「誰が渡すか。そもそも、状況を見て言え。あんたの方が明らかに重傷だろうが。自分より弱ってる相手の交渉なんて聞かん」

「……そのような『剣』の残り滓で、よく強がるな、小僧。共界線からろくに魔力も引き出せず、己の意志のみで魔剣の力を繋ぎ止め……外はともかく、中は無事で済んでいるのか?」

「…………」

ウィルが表情を消した。

「例えそれを所持していたとして、どうするというのだ。『剣』を復元して、女をもとに戻そうとでもいうつもりか?」

(……!)

少なくない衝撃がアティを襲う。
ウィルが三日も姿を消していたのは──「剣」の欠片を探し回っていたのは、自分のため……?
瞳が動揺に揺れた。

「あの時、シャルトスはキルスレスに砕かれた。女の心は破れたのだ。『剣』を修復した所で、穿たれた空洞(あな)は塞がらん」

ウィゼルの言葉がアティに突き刺さる。
空洞。そう、確かに今の自分には孔が空いている。
がらんどうで、寒くて、空虚で、いくら外から風が吹いてきても通り抜けていってしまう。
前にはあった芯が、アティという器の中で砕け、消え失せてしまった。

「あの腑抜けた『剣』の輝きと強度はお前も見たであろう。折れた意志に、どれほどの価値があろうか」

突き刺さる。突き刺さる。突き刺さる。
容赦のない言葉がアティの胸に殺到する。
けれど、いくら串刺しにされようが、貫かれようが、痛みは感じなかった。
無気力なまま、ただ受け入れてしまっている。
やはり、自分は壊れてしまったのだ。

「あれはもう、死者だ」

ウィゼルの言う通り、『アティ』は、死んでしまったのだ。
だらりと、過去の壊れた自分を取り戻したように、彼女の顔が俯く。



「あの図抜けた天然が、そう簡単にくたばる筈ないだろう」



「──────」

地面に視線を落とす瞳が、見開かれた。

「意志なんて簡単にへし折れるに決まってるだろうが。折れて、直して、折れて、直して、それの繰り返しだ。強い意志なんてない、折れたものを作り直そうとする、馬鹿みたいに諦めの悪い人達がいるだけだ」

芯のこもった声だった。
ウィルに似つかわしくないほど、強い響きがあった。
はっきりとした語気で紡がれるのは、ウィルの持論? いや、彼の見てきたもの?
苦しんで、迷って、挫けて、泣いて。
それでも過去を振り切って、過去と決別して、そして過去に笑われないよう、前に進もうとした人達が、いた?

この時アティはアルディラとアズリアの顔を思い浮かべた。
ウィルにも、彼女達のような人が身近にいたのだろうか。

「人は弱いよ。誰かが居てくれなきゃ、支えてくれなきゃすぐ腐る。働こうともしないで、部屋に引きこもる。僕がそうだ。今は、あの人がそうなっちゃってるだけだ」

…………。

「あの人は、死んでなんかいない」

胸が、動いた。
もう何も響くことのなかった筈の胸が、確かな音を立てた。

「……女の心は壊れた。もとには戻らんぞ」

ウィゼルは目を細める。
ありのままの事実を突き付けるように、冷淡に告げた。
それでもウィルの瞳は揺るがない。

「これは人の受け売りだ」

真っ直ぐに言った。




「想いをこめた言葉は、打ち負かされたものをより強く、蘇らせてくれる」


「───────」




「もとに戻すんじゃない。また立ち上がってもらうんだ」

ああ。

「何度だって呼びかけてやる。いくらでも呼び続けてやる」

そっか。
そうだったんだ。

「あの人が笑ってくれるまで、言葉をかけ続けてやる」

私の心は、砕けてなんかない。

「だから」

壊れたふりをして。
分からなくなったふりをして。
弱い自分が、容赦のない現実から逃げだしていただけだ。

「彼女が積み上げてきたものを、お前等なんかに奪われてたまるか」

砕けてなんかない。
砕けてなんか……いないっ!

「あの人の笑顔は、絶対に失わせない」

だって。

「……できるのか?」

だって……。




「それが、守るってことだ」




(……そうじゃなかったら、涙がこんなに溢れるはず、ないから……)

瞳から大粒の涙を流しながら、アティは笑みを滲ませた。
胸の奥にしまっていた、彼女の本当の笑顔だった。

ぐいっと腕で頬を拭い、凛とした顔を上げる。
もう迷いはない。
杖を取り出し、ウィゼルの足元に召喚術を撃ち放つ。

「「!!」」

一気に駆け出して、アティはウィルのもとへ辿り着いた。
純白の外套をはためかせ、彼の前に躍り出る。

「…………先生?」

「はい。……迷惑かけて、ごめんなさい」

ぽかんとするウィルの顔を肩越しに見て、微笑んだ。
絡み合う視線の中、憑き物が落ちた顔をするアティに、ウィルはくすぐったそうに笑った。心配させないでくださいよ、と肩をすくめながら。
ぺろりと小さく舌を出して、アティもくすぐったそうに、申し訳なさそうに笑う。一杯の感謝をこめて。

「……立ったか、本当に」

ウィゼルの言葉が風に舞う。
アティは前を向いて、強い眼差しで彼と相対した。
その背後では天然に会心の一撃を見舞われたウィルが、胸を握り潰し必死にK.O.を耐えていた。半目のテコが彼の足を支える。

「あれほどの敗北を喫してなお、お前は戦い続けるのか?」

「ええ。もう逃げないと決めました。誰からも、何からも……自分からも」

淀みのないアティの答えに、ウィゼルはじっと彼女を見つめ、やがて両目を瞑った。

「ふ……」

淡い笑みを一瞬だけ浮かべる。

「久しぶりだ。俺自らが手を振るいたいと思えた素材は……」

「……?」

独白のような呟きに、アティは不思議そうな顔をした。
おもむろに、ウィゼルはアティの目を真っ直ぐに見つめ口を開く。

「どうだ、適格者よ。お前さえ良ければ、砕かれた『剣』、俺が修復するというのは」

「!?」

告げられた言葉にアティは目を見開いた。
一人ラリっていたウィルも、がばっと頭を振り起こす。

「どうして、敵の私にそんなことを……?」

「使い手の意志を体現する最強の武器を、この手で作り上げる……俺の望みはそれでしかない」

共通する志など初めからなく、無色の派閥と行動をともにしているのは、あくまでその目的の一端でしかないのだと。
オルドレイクの狂気。それを宿した武器を生み出すために、今日までウィゼルは用心棒として彼等に同伴していたのだ。
彼は簡潔にそう説明する。
そして今、武器と心を重ねる高みまで登り詰めたアティに、ウィゼルは興味を抱いて「剣」の修復作業を持ちかけている。

「先生、話がうま過ぎです。だったら『最初から手を貸しとけよこのスットコドッコイが』っちゅう話です。無視しましょう」

「否定はせん。これもただの気まぐれだ。……だが、あえて言っておく」

『力無き意志では、意志無き力は止められはせぬ』。
アティだけを見据えながら、ウィゼルはそうこぼした。

「…………信じます」

「そうそう信じるわけない、っておおおおおおおおおおおおおいっ!?」

絶叫するウィル。

「貴方に『剣』の修復を、お願いします」

「ちょっ、先生っ!? 正気ですか?! あれ、今の今まで僕達の敵だったんですよ!? 僕、軽く刺身にされそうだったんですよっ!?」

背を向けているアティにウィルはまくし立てるように噛みついた。私怨を大いに絡ませながら。
振り返った彼女は困ったような顔で自分の生徒を見下ろす。

「今ならあれは弱ってます! ヴァルゼルドを喚んでボコれば僕達が勝つ筈です! 恐らく! そうすれば、手負いのロン毛眼鏡率いる無職な奴等との戦いがずっと楽にっ……」

「でも、その後にはイスラと戦うことになります。『剣』がこんな状態じゃあ、きっと勝てない」

「……うっ。いや、でもっ、『剣』なんて気合いとノリでどうにか直せる筈ですよ……!?」

「ウィル君支離滅裂です」

ウィルはたじろぎ、言葉を上手く使えない。
アティは更に言葉を重ねた。

「それに、もう負けたくないんです。曖昧に笑って自分を誤魔化したくない。守りたいものがあって信じたいものがある……それが分かった今だからこそ」

「…………」

口を思いっきり曲げてぐぬぬっと唸るウィルだったが、肩を落とし脱力。
もう好きにしてええ、と手を振ってジェスチャーした。
アティも頷いて再びウィゼルを見る。

「よろしくお願いします」

「ああ。任された」

ちっとも納得しきっていない顔のウィルを置いて、アティとウィゼルは会話を進めた。
道具も設備もないこの辺境の島で、どのように「剣」の修復作業を行うのかというアティの質問に対し、ウィゼルはどうやら心当たりがあるらしい。

「今からそこに向かう。付いてこい」

「……あの、すいません。少し時間をくれませんか?」

「……?」

「できたら席を外してもらうと……いえ、その心当たりのある場所を教えてもらえると、助かります……」

「…………」

ウィゼルの去った後で自分の足で赴く、ということを言外に告げるアティ。
少々訝しげな目をしたウィゼルだったが、ちょっと俯き加減にして赭面を隠すアティに、野暮な真似はしなかった。
ぶーたれて半眼を送ってくるウィルをちらりと一瞥して、アティに特定の場所を教えてから、ウィゼルはその場を速やかに去っていく。
若いな、とそんなことを呟きながら。



「…………」

「あーもう、何なんだこの超展開……」

二人ぽつんと残され、アティはウィルに背を向けたまましばらく動かなかった。
ウィルの方は両手で頭を抱えうんうん唸りながら、悩ましそうに独り言をこぼす。
白い外套が風によってなびき、ぱたっ、ぱたっ、と乾いた音が青空に吸い込まれていく。
彼女の赤い髪も一緒に梳かれていった。太陽の日差しを浴びてきらやかな艶を帯びる柳髪が、穏やかに宙を流れる。
やがて、アティの体が動き、ゆっくりと後ろを向いていく。

「先生、今更言うのもなんですけど、もうちょっと人を疑うことを覚えた方が────────…………ぁ?」

「……」

ウィルは言葉を言い終えることができなかった。
アティに抱きしめられていたからだ。

「#$%¥&#%@@¥$&#######!?!?」

「……ん」

ぶわっ、と一瞬で全身を発汗させたウィルは、壊れに壊れた声を喉から迸らせた。足元にいるテコが両手で口を押さえる。
アティは、石みたいに硬直したその体をもっと抱きすくめた。
少年の細い首筋に、自分の頬を少しだけくっつける。

(何なんだこの超展開ァーーーーーーーーーーーーー!!?)

「…………とう」

「は、はひっ!!?」

「……ありがとう」

ぴくっ、とウィルの体が揺れた。限界突破していた緊張が、徐々に体から抜けていく。
かがんでウィルに抱き着いている姿勢のアティは、その首に顔を埋めるように顎を引いた。
前髪が目元を隠し、そこから一筋だけ、涙がこぼれていく。
震える声音を出す唇はしかし、しっかりと笑っていた。

「私、貴方に会えて、良かったっ……」

「…………」

ぎゅっと強くなった抱擁に、空を見上げる格好になっていたウィルは、苦笑した。
なすがままにされつつ、労わるようにアティの帽子へ頭を傾け、小突く。ぽふっと音が鳴る。
アティの微笑む気配が伝わってきた。

海が穏やかに波打っていった。吹いてくる潮風が二人を包み込む。
ウィルはじれったい動きでおずおずと腕を上げ、行き場なく宙を彷徨わせた後。
子供をあやす様にぽんぽんとアティの背中を叩く。
返事の代わりにアティは腕の力をこめた。ウィルの苦笑は深まる。

太陽に照らされるまま。
地面に浮かぶ二つの影は、しばらくくっついたままだった。






「…………いい加減、離してください」

「もう、ちょっとだけ……」

「フミュゥ……」













「ウィゼル・カリバーン……伝説とまで言われる魔剣鍛治師。にゅふふふぅ、見事大物を釣り上げちゃったわねぇ、先生! 幸先明るいわよぉ~!」

「は、はぁ……」

ウィゼルの言う心当たりとはメイメイのお店だった。
メイメイは以前から彼と面識があったらしく、意外な組み合わせにアティは最初驚きを隠せなかった。ウィルでさえ「オイ……」と非難がましい視線を送っていたほどだ。
何故一介の店に鍛治用の炉と道具が揃っているのか疑問は甚だ尽きないが、アティはメイメイの店だからと納得することにした。もう今更なのである。

作業に問題なく取りかかれることを確認したウィゼルは、「剣」を打ち直すにあたっての説明をした。
今から自分が打つ「剣」はこれまでの「剣」とは似て異なる代物であること。
遺跡の意志ではなく、アティの意志を核として今度の「剣」は力を振るう。早い話、アティの心の強さが「剣」の強さへ直接繋がるのだ。
────確たるものを探せ。
「剣」の魂、「剣」に籠めるべきものを見つけろと、ウィゼルはそのようにアティへ告げた。

宿題を出されたアティは、具体性に欠ける内容に首を傾げていたが、メイメイは難しく考えなさるなとアドバイスを送る。
自分にとって一番大切な想い、守りたいもの。
それが答えなのだと。今、アティの心の中にいる人物に会ってくればいいのだと。
後は自ずと、その人物がアティを導いてくれると、そう言った。

「って、もう決まりきっちゃってるわね……にゃは、にゃははははははははははっ!」

意味深に笑うメイメイだったが、それはさておき。
アティは彼女に言われた言葉を反芻し、素直に従うのだった。


という訳で。


「ごめんなさい、お手伝いで忙しいのに」

「いえ、まだ時間には余裕があるみたいなんで、それは大丈夫なんですけど……」

アティはウィルのもとに来た。迷いなく。
ウィゼルから修復作業の助手を求められた彼は、メイメイの店の片隅で暇を持て余している。
今は二人向かい合い、視線を交わしていた。

「……ウィル君、何だか疲れてます?」

「ええ、まぁ……いやそんな真面目な話じゃないんですけど」

米神をグリグリと押さえこむウィルの表情は少しだけ硬い。
眉が結構すごい角度に曲がっている。

「予想の斜め上を行く展開過ぎるというか、役者が変わると脚本(ストーリー)も変わるというか、いやもう何なのこの状況というか…………もうね、先生あんた本当すげえですよ。拙者脱帽……」

「は、はい?」

「……すいません、気の迷いです。忘れてください」

要領を得ない発言に戸惑うアティ。
上を向いて眉間を揉み解すウィルからは、憔悴の色がちらついて見えた。

「で、話って何ですか?」

「……実は、さっき言われたことについてなんですけど」

アティは語る。これまで自分が抱え込んでいたものを。
自分が焦っていたこと。
オルドレイクやイスラ 言葉も理屈も通じない強大な力をもった敵を前にして、みんなを守っていけるか不安だったこと。
イスラの言う綺麗事ばかりの自分のせいで、取り返しがつかなくなるのが、怖くて仕方なかったこと。
変わらなければいけないと、自分に嘘をつきながら覚悟したこと。
結局そんな弱気があんな結果を招いたのかもしれない、とアティはそう締めくくった。

「ふむ……じゃあ、僕と同じですね」

「え……?」

「先生の考えていたことやっていたことは、概ね僕と変わらないって言ってるんです」

話を聞き終えたウィルの言葉に、アティは目を丸くする。
思いもよらなかった返答に驚いてしまった。

「焦ってましたよ、僕も。思ってたものより全然強い人外連中に、何とかしなきゃいけない何とかしなきゃいけない、って。一人で勝手に唸って悩んでました」

「ウィル君が……?」

「ええ。……ただ、僕と先生では一つだけ違ったことがあります」

「それは?」

指をぴしっと一本立てて、ウィルは言う。

「カイル達を利用しなかったことです」

「…………」

ウィルを見る目付きと顔付きが微妙なものになる。
だが彼はいたって真面目そうに続けた。

「いや、結構マジですよ? 僕は作戦やら罠やらを考えるだけ考えて、面倒事はカイル達に全部押し付けました。丸投げです。あるいは囮にもなってもらいました。僕は楽ができて、比較的余裕でした」

「ウィル君……」

「納得できませんか? じゃあ、言い方を変えましょう。僕は遠慮なくカイル達を頼りました、それこそ肩の荷が下りるくらいに」

「!」

さらっと、ウィルは核心に触れる。
アティは彼が言わんとしていることに何となく気付いた。

「僕と先生の違いは、多分そこですよ。ただでさえ先生は抱え込む癖があるのに、一人で考え詰めちゃったら、そりゃ勝てるものだって勝てません」

「先生は『剣』を持ってるせいで微妙な立場にいたかもしれませんけど」とウィルは付け加える。
確かに、頼ろうと思えば頼れた。弱音だってアルディラ達にいくらでも吐けた。
そうしなかったのは、きっと、アティが心のどこかで自分が何とかしなければいけないと思い込んでいたからだ。
仲間を傷付けたくないという直向きな思いと、彼等に迷惑をかけることで嫌われたくないという勝手な思いが混ざり合い、アティの逃げ道を塞いでいた。
後者に限っては、誰をも好きになろうとしてきた、彼女の歪んだ象徴と言えるかもしれない。

「一人じゃ割と何もできませんよ。でも、二人なら割と何でもできます。三人ならそれよりもっと。みんなとなら、それこそ何でも」

生徒を諭すような優しい声音だった。
もしくは、同じ立場の人間に同じ目線で語りかけるような、そっと言葉を添える物言い。
何故か、鏡を見ているかのように自分と似た赤い髪の青年が目の前に立っている、そんな光景が思い浮かんだ。


「守りたいものに守られちゃ、いけませんか?」


すん、と胸に何かが落ちた。
それこそ今まであったわだかまりが消えてしまうくらいに。
アティがずっと抱えてきた歪んだ何かが、溶けていった。

「互いに頼って、互いに守り合っていけばいいっていうだけの話です。そっちの方がずっと効率良くて、強そうじゃないですか?」

「……そうですね」

軽くなった胸から湧く透き通った感情。自然と微笑みが浮かんできた。
アティの相好が崩れ、頬を赤らめながら、綺麗に笑う。

「仲間想いなのはいいことですけど、先生の場合は僕を見習うべきですね」

「それは違いますよう」

ニヤリと意地の悪い笑みをするウィルに、クスクスと声を漏らした。
まぁ僕達(やろう)は女性を一方的に守りますが、えー何ですかそれ、漢はそういう生物です、男女差別ですよそんなの、いやいや、いやいやいや……。
あーだこーだとくだらないやり取りをそれからしばらく交わした後、ウィルはもう一度顔付きを改めて、アティに向かって言う。

「何でも一人で背負い込むのは止めてください。僕も裏でこそこそするの、止めにします」

「うん」

「苦しいなら苦しいって言ってください。助けて欲しいなら助けてって訴えてください。みんなも僕も、ちゃんと受け止めますから」

────先生の信じてる言葉ってやつ、使ってくださいよ。
ウィルは最後にそう言った。
分からなくなっていたものが、忘れていたものが、戻ってきたようなそんな感覚。
自分のどこかにいる幼い自分(アティ)が、無邪気に微笑んだ、そんな気がした。

アティが顔を綻ばせながら頷いたちょうどその時、ウィゼルが隣の部屋から出てきた。
どうやら準備が整ったらしい。

「待たせたな。小僧、手伝ってもらうぞ」

「へいへい」

「お前もすぐに出番だ。……答えは、見つかったか?」

ウィゼルの透徹した眼差しを受け止め、アティは隣のウィルを見る。
小さく笑みを投げかけてくる彼に、彼女もまた破顔して、ウィゼルを見つめ返した。

「はいっ!」













アジト近辺


「あっ、いたわよ! ヴァルゼルドがいたわーっ!」

「本当か!? スカーレル!」

「ええ、ほら、あそこに! ちょっと、ヴァルゼルドー!」

『……』

「心配かけさせんじゃねえよ、ったく! お前がいるってことは、ウィルの奴も無事なんだな?」

『…………ぁ、あ』

「ちょ、ちょっと、どうしちゃったの? 何かあったのっ?」

『あ……ありのまま先程起こったことを話すであります! 任務に失敗してそれでも援護に徹しようと丘に待機していたら、本機のカメラの先でマスターと教官殿が機神ゼルガノンして、じ、じじじじじじじじじじジップフレイムッ!!?』

「はぁ?」

「……大丈夫、この子?」

『本機のオイルが沸騰するであります!!』

「おい、何があったんだ……」

『……コホン。失礼、今言ったことは忘れて欲しいであります。冷静に考えれば極秘情報であります。バレればマスターの手で少尉殿のもとに送り込まれる気がビンビンにするであります。ドリルは嫌であります』

「気になるわね……。まぁいいわ、とにかくその話し方からすると、ウィルはもとより先生にも何かあったみたいね?」

『は、その通りであります! 教官殿も奮起した次第です!』

「おいおい、マジかよ!? 今日の朝まで見てられねえ顔してたっていうのに、何があったんだよ、オイ!」

『む、むむ、あれをどう表せばいいのか、本機の会話機能では限界が……』

嬉しそうに顔を歪めるカイル。唸るヴァルゼルド。

『そうであります! 本機の記録を最初から見てもらえばご理解も円滑かと! トランスフォームであります!』

屈んで頭部ハッチを開けるポンコツ。
スタンバイ観賞モード。

「へぇー、便利ねえ、機械兵士って……って、どうしたのカイル? そんな毒味を任されたような不景気な顔して?」

「……前の時と、丸っきり同じような気が……」

「?」

「いや、何でもねえ。……見てみよう」

『再生であります!』

ぱっと映る投影画面。
直後、アティが機動し、ウィルと機神ゼルガノンする図。

「「ほあぁっ!!?」」

『し、シマッタァー!?』

のけ反るカイル達。

「最初からクライマックスゥ!?」

「キャー、キャーッ!? 何これ、何これぇっ!?」

『ああ!? 忘れて欲しいであります忘れて欲しいであります?! い、一時停止、じゃない! スロー、でもないっ! て、停止、停止であります!!』

「あ~ん、消えちゃったぁ~」

「益々何があったか分かんねえぞ……」

『ち、違うのです。これは、その、ええと……レンズにゴミが!』

「いや、無茶だろ……」

「ちょっとちょっとぉ? ヴァルゼルド、何があったのかこのアタシにしっかり見せてごらんなさぁい?」

『む、無理であります! 後生であります!? 本機にはまだドリルプレッシャーパンチは早過ぎるでありまっ………………』

「……? おい、ヴァルゼルド?」

「どうしっちゃったの?」

『………………六時の方向に、ててっ、敵影ガガガガガガガガガガガガガガッ』

「六時の……」

「方向……?」

振り向くカイルとスカ。
立っているソノラ。

「「!!?」」

「ねえ、今の、何?」

前髪で目が見えぬ。

「いいいい今のって、そそそりゃあ、お前……きっ、機神ゼルガノンに決まってるだろ! なぁ、スカーレル!?」

「え、ええ、そうよ! アルディラ秘密兵器の機神ゼルガノンよ!? だからソノラ、貴方の今考えていることは間違っているわ……!」

「……ぜるがのん?」

「おう、ゼルガノン!」

「YES、ゼルガノン!」

「……ちょっと、それ、見せて」

「待て、落ち着けぇソノラァ! 銃を構えるにはまだ早いッ!!」

「ヴァルゼルドあんたどっか行ってなさいッ!!!」

『……膝の駆動系が、早撃ちされて、身動きが……』

「「見エナカッター!?」」

「アニキたち、じゃま……」


三人四脚もとい二人一機四脚をして逃走するカイル達と、黒いオーラをまき散らすソノラの追走を、ヤードが甲板から目撃したらしい。













一切の曇りがない、透き通った一刀だった。
あらゆる鉱石よりきらめき、どんな硝子よりも澄んだ、純真の剣。
透明な光が部屋全体を照らし出す。

完成した剣を目の前にして、アティはウィゼルを見る。
ゆっくりと頷かれ、彼女はそれに手を伸ばした。
細い指が柄を掴み、台座から刀身を引き抜いた途端、見る見る内に剣が蒼の燐光に染まっていく。
眩い蒼光が最高潮に達した時、そこにいたのは、蒼い「剣」を握り抜剣覚醒したアティの姿だった。

「本当に完成したよ……」

「綺麗ね……」

ウィルは複雑そうな顔をしてその光景を見つめる。
隣ではメイメイが美しい光に目を細めていた。

「分かります……この『剣』だったら、必ず!」

白髪を揺らしながらアティは笑う。
蒼穹の色をした瞳が意志の光に満ち溢れていた。
果てしなき蒼、ウィスタリアス。
アティが絶えず魔力を注ぎ込んで命を吹き込み、その末に生まれた彼女だけの「剣」。
確たる核は、「守り、守られること」。
答えを見つけたアティの意志を受け、ともに闘う仲間の数だけ威力を増加させる、これまでの魔剣とは一線を画する異彩色の「剣」だ。

「傑作、か……オルドレイクの狂気を追い続けた結果、巡り会うとはな。……だが、悪くない」

「ウィゼルさん……」

「俺自身にとっても大いに有意義な仕事だった。だから、礼はするな。その『剣』の真価を存分に示すこと……それで十分だ」

「……はい」

それでもアティは頭を下げ、自分の意を見せる。
浅く口を曲げたウィゼルはそれきり何も話さず、静かにその場を辞した。
少しの静寂。

(俺の『剣』より色が澄み切ってるな……)

(そりゃあ貴方の心の方が汚ればっかりでしょうよ)

(うっせ)

(にゃはははははっ……うん?)

小声を出しながら肘でどつき合うウィル達だったが、メイメイがふと顔を上げる。
彼女が入口に顔を向けると、間を置かず、転がり込むようにパナシェが店内に入ってきた。

「先生!?」

「パナシェ君?」

「……嫌な予感が」

涙目になっているパナシェを見てウィルが微妙そうな顔をする。
そして彼の予想通り、パナシェのもたらした内容はカイル達が無色の派閥と決着をつけにいったというものだった。

「スバル達には先生に伝えちゃいけないって言われたんだけど、でも、僕っ……!」

「うん、大丈夫だから、パナシェ君。泣かないで?」

「……善かれと思って『剣』の修復を伏せておいたのが、逆効果になっちゃったわね」

「本当、怒涛の展開なのな……」

メイメイの呟きも耳を素通り。
目まぐるしい状況にウィルはもはや空笑いを隠そうとはしない。「レックス」の時とは全くノリが違う。
しばしそのままでいた彼だったが、ややあって、ぱんっと両手で頬を叩き頭の中を切り換えた。

突発的な戦闘ゆえに今回は策も保険も何もない。
正真正銘、無色の派閥と自分達、そしてアティとの純粋な力と力の激突だ。

「ウィル君」

「……ええ、大丈夫です」

しかし緊張はない。憂慮も微塵として浮かばなかった。
目の前にいる抜剣者が不安を全て払拭する。
今の彼女ならどんな道も切り開いてくれる、ウィルは自信をもってそう言えた。
勝利ならぬ、蒼き剣の女神がウィルに微笑む。


「行きましょう!」


無色が涙目になるまで、残り十分。















ウィル(レックス)

クラス 狡猾の子狸 〈武器〉 縦、横×剣 縦、横×杖 投(Bタイプ)×投具 〈防具〉 ローブ 軽装

Lv28  HP223 MP342 AT129 DF74 MAT161 MDF114 TEC263 LUC20 MOV4 ↑3 ↓3 召喚数3

機A 鬼B 霊C 獣S   特殊能力 ユニット召喚 ダブルアタック 隠密 待機型「魔抗」 アイテムスロー

武器:絶対勇者剣 AT148 MAT25 TEC15 LUC15  (流星苦無 AT138 MAT34 TEC15  CR10%)

防具:empty

アクセサリ:手編みのマフラー 魅了無効 DF+5 MDF+4


15話前のウィルのパラメーター。
ウィル本来の3rdクラス「英知の剣士」とは既に面影の欠片もない。全体的に攻撃重視。装甲は紙。TECはもう突っ込んではいけない。
祝LUC改善。+15という驚異的な数値を叩きだす「絶対勇者剣」は手放せなくなっている。実はレックス以来ご無沙汰。傷害罪を盾にウィゼルへ迫り、ウィルでも扱えるようにカスタムしてもらった。抜け目がない。メイメイ曰く、ウィゼルのあんな嫌そうな顔はじめて見た、らしい。

無限回廊にこもっていたせいでLv.がアティ達より頭一つ飛び抜けた格好。ブレイブクリアができなくなった。実は前線に駆り出されていたヴァルゼルドとテコの方がLv.は高かったりする。
回廊の中では色々あったが、あえてピックアップするならば、第12回廊機界で起きたライザーの謀反。回廊内にて爆発的に高まった自爆回数にとうとうコードロレイラル発動。裏切りの玉子、敵機レジスタンスを率いて狸に反旗を翻した。「あれはマジビビッた」とは狸談。
怨嗟に固められた学習能力によってウィル並みの指揮能力を発揮するライザーだったが、黒兜ならぬヴァルゼルドの活躍によって無力化された。ライザーリベリオン鎮圧。
間違っていたのは僕じゃない、狸の方だ。『コードロレイラル 反逆のライザーR2』始動。

憂いはもうほとんど無くなり後は攻略あるのみ。イスラの方もアティに任せる気満々。結構ご満悦モード。
水面下で巻き起こっているルート争奪権に本人が気付いていないのは、ある意味幸せなことなのかもしれない。




本編とは直接関係ないが、補完の意味合いを兼ねて「レックス」の歩んだ軌跡を公開。
今回は15話。


早朝。寝具一つ挟んだアリーゼの直下で仮眠をとっていた赤いの、目を開けてベッドの下からズルズル這い出す。無事朝を迎えられたことに清々しい笑みを浮かべ、窓から差し込む日の光にサムズアップした。熟睡中のアリーゼは起こさず、あどけない寝顔に癒しをもらって部屋を後にする。ソノラにジャストで目撃され朝っぱらから銃撃された。
朝食も取らずに折れた「剣」の回収に赴く赤いの。消滅した岩槍の断崖跡でうろうろ。「剣」をセンサーにして浅瀬に打ち寄せられていた刀身の上部分をようやく発見し、熟考、とりあえず真っ二つに折れた断面部分をくっつけて念じてみる。直れ直れ直れ直れ直れ…………繋がった。木の陰にて様子を窺っていたウィゼル、思わず額を木肌にゴンッと打ちつける。気合いとノリだけで「剣」を修復。

その後もパトロール。ずっと一人で単独行動。味方を信用していないのとは違ったが、知れず「剣」の巨大な力があれば自分だけで十分だと、そんなことを考えていた。女性は守ろうぜ的な。一方でファリエルに後ろから見張られていることに気付かない。島に刺客の存在がないことを確認した赤いの、じゃあ敵本拠地──船を落としに行くかと足を向ける。戦力差を考えたらほぼギリギリ、奇襲してなんとかといった所。オルドレイクは瀕死だがウィゼルその他もろもろがいる。まぁでも自分死なねーし、とホイホイ進行。死地にたった一人で向かってあまつさえ口笛まで吹き出した赤いのに、ファリエルとうとうキレる。ファルゼンパンチ。森の中ロケットブーストして霊界集落まで飛ばされた。ちなみにスタート地点は風雷の郷付近の森。眼前をすごい勢いで横切った赤い塊にヤードが腰を抜かしたらしい。

水晶に頭を埋めた首なしライダー、何かこの頃こういうの多いなぁと寂しく感じながら頭部を引っこ抜く。血だらけの頭よりファルゼンパンチ食らった体の方が痛かった。そして追い付いたファリエルが説教開始。もっと自分を大切にしろ、それじゃあ前の自分と一緒ではないか、そんなレックス見たくないetcetc……。あれぇ逆に戦わないようにするとしこたま殴られていたような気がしたんだがー? と過去を顧みて涙をキラリとする赤いのだったが、こっちも泣き出した幽霊にビックリ仰天。慌てながらとにかく謝りまくっていたが、「お願いだから、無理しないでぇ…!」の涙文句に不謹慎にも吐血。膝が震えた。
レックスの助けになりたい、支えになりたい、それが今の自分の体を作っている一番の想いだから、という遠回しな告白発言に、しかし呼吸が荒いレックス気付かない。それからすぐに胸の中に飛び込まれ、殺人級の連続コンボに滝汗流し、けれどすぐに触れられない少女の体に気付いて眉を落とし。クスンクスン泣くファリエルの背中を散々悩んだ挙句、なぞるように撫でてやった。ファリエル好感度MAX。無茶はしない、いつもみたいにみんなにお世話になると約束したレックスとファリエル、至近距離で笑みを交わした。
蛇足。ファルゼンパンチの轟音を聞きつけた女性陣が、隠れながら一団となってその光景をガン見。一歩離れていたアリーゼ、異様な景色に静かに汗。

三日後。無色の派閥、遺跡の掌握を敢行。しかし待ってましたとカイル達伏兵出現。赤いのに改めて協力求められた島の住人勢、気力150。食い放題だ!と暴れ回る。
罠も張り巡らされており派閥勢不利。更に姿の見えないレックスに、大規模な不安とじれに悩まされる始末。『『『『『『くそっ、畜生ッ、どこに行きやがったあの赤狸っ……!』』』』』』とオルドレイクを含めて兵士達が心の声を一つに合わせる。嫌過ぎる心理的負担に晒された派閥兵はコンディンションレッド、一人、また一人と力を発揮できずに散っていった。
ハァハァと息を切らし目を血走らせてダービー兄貴みたいになるオルドレイク、とうとう我慢できず、最終兵器ウィゼルを自分の護衛から外して前線に送り出した。赤狸もとい白狸のどこから来るとも知れない奇襲は怖過ぎたが、それでもウィゼルなら、ウィゼルならきっと何とかしてくれる…!と安易な希望的観測を抱く。実際、襲撃地帯がウィゼルの近場だったらそうなっていたかもしれないが、しかしオルドレイクはその時点で狸との賭けに負けていた。
カイル達の進撃をウィゼルの武力が阻みそれによる鼓舞で徐々に形勢が傾いていくが、異変、オルドレイクとツェリーヌが背にする遺跡中枢に繋がる扉──織幹の間の扉が開き始める。背筋を凍らせるツェリーヌが振り向くと果たしてそこには、白いスモークとともに、ででーん、と現れる赤狸の姿が。「剣」の力使ってオルドレイク達が来る前に遺跡中枢に潜り込んでいた白狸、時は満ちたと言わんばかりに殲滅戦を開始。よりによって隙だらけになった敵のケツを狙っていた。回復役のツェリーヌが速攻で意識を刈り取られ、一番上に布陣していたオルドレイクの隊は秒単位で屠られていく。呆けていたオルドレイク、気付いたら一人ぼっち。超悲鳴。超究武神覇斬。虫の息。

ウィゼル後方の異変に感付くが、時すでに遅し。白狸によって制圧された本陣から煙がもくもく。やがて、オルドレイクの髪掴んで階段をずるずると引きずり下りてくる白いの、ロン毛眼鏡の首に「剣」を押し付け、「武器を捨てろ」とウィゼルに命令。立派な人質行為。『『『『『『『『『『『『『おまえ……』』』』』』』』』』』』』と敵味方からすっげえ軽蔑の眼差しが殺到するが、外道狸は揺るがない。過去スバル達を人質にした「イスラ? 何ソレ、食えんの?」と開き直るかのような暴挙だった。人外なウィゼル様には戦わずして勝つことが一番だったのである。「……」と沈黙しながら刀を捨てるウィゼルに、白狸すかさず合図を送りVAR-Xe-LDに発砲指示。眠り100%を誇る『麻酔銃』によってウィゼル様倒れる。あんまりな終わり方に全無色が泣いた。

完全勝利にも関わらず滅茶苦茶後味の悪い空気が流れる中、赤いの一人でちゃっちゃと終戦処理。敵みんな捕縛。こいつらどうすんねん、と流石に幹部連中は島流しできねえだろ的な意見に、「アズリアさんお願いします」と押し付け。彼女の隊には犠牲者も出ているだけに、帝国へ護送し公のもとで裁くのが妥当だろうと判断。アズリアの「剣」輸送任務失敗の帳消しにもなるし、女傑厄介払いできるし、特に後者は重要だし、完璧じゃね?とレックス渾身の笑み。オルドレイク等帝国強制連行決定。無印サモンナイト・完。
後に、帝都ウルゴーラにて刑務所の壁が豆腐のようにすっぱり斬られ、囚人の大量脱獄が発生するが、レックスの知る所ではない。

夜会話。盛大な宴の後、酔いから醒めたレックスが膝枕していたのは、アリーゼ、と見せかけてソノラと見せかけてクノンと見せかけてアルディラと見せかけてミスミと見せかけてファリエルと見せかけてマルルゥと見せかけて…………アズリア。『──何故に』とレックス抜剣覚醒してもないのに白くなる。メキョ、と嫌な音が腹から鳴った。
極めて冷静になって情報整理しようとする白いの、しかし全くことの顛末は思い出せず。「どーすんのよどーすんだよコレ…!?」と足に爆弾を仕掛けられたかのようにパニックに陥った。一方、実は起きているアズリア、『どうしよう、イスラどうしよう…っ?』と目を瞑りながら必死に考える。酒に酔った勢いでフラフラとレックスに近寄り、パタッと膝枕を占領して非情にイイ笑顔で眠りこけたまでは良かったが、酒も抜けて目覚めてみれば急転直下、これまで経験したことのない戦況に直面していた。頬が真っ赤に充血していたが、白いの激混乱して気付けない。周囲ではカイル達が全滅しており援軍もしくは横槍は期待できない。ピリピリするレックスとドキドキするアズリア、謎の拮抗状態がしばらく続く。

先に動いたのはレックスの方だった。震える手でアズリアの両の米神を掴みにいく。察知されないようにこの爆弾を処理するべきと結論した赤いの、黒いのの頭を脇の地面に置こうとする。高度なオペレートが要求されるのは百も承知だったが、生憎内臓のタイムリミットもある、なり振り構ってられなかった。勿論気付くアズリア、プルプル震える手が自分の顔(注:米神)をそっと包み込むのに赤面。『え……えぇーっ!?』と内心叫び、まさかこのまま唇が奪われるのかと凄まじく勘違い。謎の空間が佳境を迎える。
我慢できなくなったのはアズリアの方だった。引き寄せられるように頭が持ち上げられた瞬間、くわっと涙目を見開いて真っ赤になりながら「何をしているッッ!?」と紫電パンチ。レックスの顔面に拳がめり込む。悲鳴を出すことすら許されなかった。紫電が轟くと同時に、潰れた顔が夜空を向き体も浮くレックスだったが、アズリアを膝枕している故に吹き飛ぶこともできず。昇竜拳食らった反動で上から下方に顔が落下する赤いの、そのまま勢いよく黒いのの唇に向かって……「「あ──」」……接着して至近距離で見つめ合う。アズリア真っ赤になり瞳を潤ませ、レックス一瞬真っ赤になりながらそこから零秒で蒼くなる。果てしなく蒼くなる。次の瞬間、レックスは逃げ出した。アズリア地面に放り出される。
三秒後、赤いのはきたない花火になった。


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