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No.3907の一覧
[0] 然もないと [さもない](2010/05/22 20:06)
[1] 2話[さもない](2009/08/13 15:28)
[2] 3話[さもない](2009/01/30 21:51)
[3] サブシナリオ[さもない](2009/01/31 08:22)
[4] 4話[さもない](2009/02/13 09:01)
[5] 5話(上)[さもない](2009/02/21 16:05)
[6] 5話(下)[さもない](2008/11/21 19:13)
[7] 6話(上)[さもない](2008/11/11 17:35)
[8] サブシナリオ2[さもない](2009/02/19 10:18)
[9] 6話(下)[さもない](2008/10/19 00:38)
[10] 7話(上)[さもない](2009/02/13 13:02)
[11] 7話(下)[さもない](2008/11/11 23:25)
[12] サブシナリオ3[さもない](2008/11/03 11:55)
[13] 8話(上)[さもない](2009/04/24 20:14)
[14] 8話(中)[さもない](2008/11/22 11:28)
[15] 8話(中 その2)[さもない](2009/01/30 13:11)
[16] 8話(下)[さもない](2009/03/08 20:56)
[17] サブシナリオ4[さもない](2009/02/21 18:44)
[18] 9話(上)[さもない](2009/02/28 10:48)
[19] 9話(下)[さもない](2009/02/28 07:51)
[20] サブシナリオ5[さもない](2009/03/08 21:17)
[21] サブシナリオ6[さもない](2009/04/25 07:38)
[22] 10話(上)[さもない](2009/04/25 07:13)
[23] 10話(中)[さもない](2009/07/26 20:57)
[24] 10話(下)[さもない](2009/10/08 09:45)
[25] サブシナリオ7[さもない](2009/08/13 17:54)
[26] 11話[さもない](2009/10/02 14:58)
[27] サブシナリオ8[さもない](2010/06/04 20:00)
[28] サブシナリオ9[さもない](2010/06/04 21:20)
[30] 12話[さもない](2010/07/15 07:39)
[31] サブシナリオ10[さもない](2010/07/17 10:10)
[32] 13話(上)[さもない](2010/10/06 22:05)
[33] 13話(中)[さもない](2011/01/25 18:35)
[34] 13話(下)[さもない](2011/02/12 07:12)
[35] 14話[さもない](2011/02/12 07:11)
[36] サブシナリオ11[さもない](2011/03/27 19:27)
[37] 未完[さもない](2012/04/04 21:58)
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[3907] サブシナリオ6
Name: さもない◆8608f9fe ID:94a36a62 前を表示する / 次を表示する
Date: 2009/04/25 07:38
『一斉掃射ッッ(フルバースト)!!!』

ヴァルゼルドの銃筒が大音響と共に弾丸を吐き出していく。
広角度に展開された金属片が作業機械の群れに次々と突き刺さり、機能停止に陥れていった。

「ヴァルゼルド、機械達のコントロールを奪えないのか!」

「ミャミャ!!」

『不可能ですっ!!』

お前指揮官機だろっ!?と声を張り上げ尋ねるが、ヴァルゼルドはすぐにそれは無理だと言葉を返す。

「クノンが援軍を要請するのと平行してジャミングを作動させてる! 私からの命令も同胞達は受け付けないわ!!」

「めんどっ…!」

電波妨害。とことんやるつもりか、クノン。
胸を手で抑え、呼吸を荒げている彼女の姿を見やる。俯き加減に顔が伏せられ、その目元は窺い切れない。
クノンは何を思って、何と戦っているのか。

「タケシー!!」

だが、今それはいい。この人だって言ったんだ。ぶつかり合えばいいと。
想いをぶちまけるのと一緒だ。胸のつっかえが無くなるまで、思う存分やってやる。

『AF0B0XAA00000!!!?』

信号のような音声を振り撒いて作業機械達が足を折る。
炸裂したアティさんの召喚術が、前面にいる彼等を一挙に屠った。

「ミャミャッ!?」

『後方より敵援軍!! 更にクノン衛生兵の元に一部部隊が合流しました!』

「めんどっ!?」

「ラトリクス中の同胞達が集まってきている……?!」

「愛されてますねっ、貴方のとこの娘サン!?」

「当然でしょ!!」

馬鹿言ってんじゃないわよ!と若干切れぎみに怒鳴るアルディラ。
しかし身を挺して娘を守ろうとするそんな彼等を、姉さんは容赦なくドリル繰り出して粉砕していく。
何かが間違っている。

「ウィル君、アルディラ! 合わせてください! 道を開けます!!」

「合点!」

「任せて!!」

アティさんとアルディラが詠唱に入り、魔力を収束させていく。
でかい。高速召喚により所謂溜めを必要としない俺は、彼女達の発生させる召喚光を見て、それによる規模と破壊力の凄まじさを悟った。
はっきり言って俺は必要ないのではないかと思うほど。魔力量で劣っている俺の召喚術を、彼女達のそれは一回りも二回りも上回る。

「テコ、前に出て寄ってくる奴等弾け!」

「ミャーッ!!」

「ヴァルゼルドは後ろ、全部沈めろ!」

『了解!』

従者達にそれぞれ指示。
砲撃の範囲に相手が全員納まるように威嚇としてテコを押し出す。ヴァルゼルドには背後を突かれないように迎撃を命じた。

「……ヴァルゼルド」

『何でしょうか?』

今まさに後方へ向かおうとしていたヴァルゼルドを呼び止める。
まだ拭えない情緒がそうさせるのか。視線を向けないまま、背後にいるヴァルゼルドにそれを零した。

「消えるなよ」

『…………』

背にいる巨体は動く気配を出さず。その場に留まる。
やがて僅かな空白をおいて、背中の声はそれに返答した。

『自分は、貴方をおいて消えることはありません』

「…………」

『行ってきます!!』

勢いよく踏み出された従者の歩。
連続して鉄板に弾ける鋼鉄の音響を耳に引きながら、俺は顔を俯かせた。

「はっ……!」

肺から漏れ出たのは一呼吸。震動を伴ったそれには確かな嬉々が含まれている。
持ち上げた顔に吊り上げた口を刻み込む。不敵に歪め、尚笑みは深く。対の瞳には力強い眼光を宿した。

片腕を水平に突出、掌が納めるのは深緑の輝きを発するサモナイト石。
俺の感情に呼応するかのように魔力の粒子が猛々しく踊りあがった。


「「召喚!!」」


そして、彼女達の韻と共に――――身に余るこの激情を爆発させる!!!


「召喚・深淵の氷刃!!」

「黄泉の瞬き!!」

「ボルツテンペスト!!」



解き放たれた閃光の猛威は、轟音と共に眼前の全てを撃砕した。









然もないと サブシナリオ6 「ウィックス補完計画その6 ~乱れた振り子の修復作業~」









作業機械達は一様に吹き飛び後方の外壁に叩きつけられた。破損部分から電流の飛沫を覗かせ、戦闘不能は明らかとなる。
範囲内に配置されていた屑鉄と鉄箱は例外なく爆ぜ木っ端微塵。完全破壊を免れた障害物も炸裂した威力耐えられず、滑るようにして作業機械等と同じようにクノンの周囲へと押しやられた。
視界、彼女までの直線が何の隔たりもなく開ける。

「っ!?」

巻き起こった大爆発、更に押し寄せてくる種々雑多の金属群。胸を押さえていたクノンがそれらに顔を上げた。
それを視界へ捉えつつ、爆風に構うことなく前へ。身体全身で爆発の余韻を切り裂きながら突き進んでいく。

クノンの周囲にはヴァルゼルドの言った一部隊。
彼女を取り囲むようにして此方を睨みつけている。クノン親衛隊とでも呼べばいいのか。

「戻って来い、クノン!!」

「帰りましょう、クノン!!」

俺がクノンに呼び掛けるのと全く同時にアティさんが発声した。
被った声に俺とアティさんが「ん?」と顔を見合わせる。

「……ッ!!」

「ミャミャ!?」

「クノン?!」

クノンから魔力の渦が立ち昇った。
テコの悲鳴とアルディラの愕然とした声。それに反応しアティさんと一緒に視線を戻せば、クノンの手にはポーチ。
黒と白の色彩、アルディラの持つポーチと色違いでありおそろいのそれ。アルディラがクノンの為に作り上げた、二人の絆を表す品。
それが、柳眉を逆立てて顔を歪めているクノンの手に握り締められていた。

通常、召喚師ではないクノンは俺達と同様の執行過程を踏んでも召喚獣を使役することは適わない。魔力がないという訳ではない。ただ看護や治療といったケアを目的とされ作られた彼女は召喚術を扱う機能を有していないのだ。
しかし、今喚び起こされようとしている召喚獣だけは彼女にとって別だ。“あれ”だけはクノンも使役する権利は持ち合わせている。アルディラが共界線の知識を用いて作成し与えたポーチによって、執行へと至るまでの時間以外の要素―――召喚工程、術式構築、詠唱を必要とせずクノンは召喚術発動が可能となる。
過程を踏まずに発動にありつけるなど召喚師達が聞いたら憤慨しそうものだが、それも“あれ”のみしか召喚出来ないという制限があってこそ。あのポーチは召喚術を是とするものではなく、クノンに“あれ”の召喚を可能とさせる補助機器。
クノンは召喚術は執行出来ない。だが、“あれ”だけは使役出来るのだ。

まずい。
“あれ”は戦闘用というよりクノンと同じくした分類、後方支援を主とする臨機対応用の換装型機体。
クノンの為に作られたと言っても過言ではない程の召喚獣だ。というより、絶対狙っただろ、と突っ込まざる得ない程のハマリっぷり…!!
まずい。本当にマズイッ。……“あれ”は、マズ過ぎるッ!!?


「スクリプト・オン! ――――インジェクス!!」


ポーチから膨張するようにして発生した光の球体、そこから白亜の影が魔力と共に飛び出してきた。
白のフルメタルカラー。間接部へ主に振り分けられた金色の装甲が、陽光を反射して眩しいほどに輝いている。白銀と黄金で相俟ったその姿は優美の一言に尽き、その全容から連想されるのは騎士以外にあり得ない。
そして、何よりは、その右手に装着されている巨大なランス―――


『Je!!』


―――もとい、いくら何でもソレはないだろう、と言いたくなる程の超ぶっとい大型の注射器……。

「え…………え゛え゛っ!!!?」

「出たぁーーーーーーーーーーーーーーーーーーーっっ!!!?!?」

アティさんと俺の大絶叫が木霊する。
最凶最悪の超兵器『インジェクス』。その黄金の右から繰り出される注射ボンバーは一撃の元に対象を天へと召し上げる。その凄まじさ、破壊力、何より眼前に迫ってくる馬鹿デカイ注射器の恐怖は言葉では言い尽くせない。いや、はっきり言おう。失禁ものである。
ざけんなよ!? 何で貴様みたいな恐怖そのまんま体現したような召喚獣がいんだよ?! ていうか注射ヤメロッ注射ッ!! でか過ぎるよ!!? 超物騒だよ!!?


「レックス」の記憶が呼び起こされる。
注射を片手に持って追いかけてくる白衣の「看護婦さん」。注射ダメゼッタイを心情とする「俺」は、満面の笑みを浮かべて「レックス様、止まってください。いい加減にしないと実力行使に出ちゃいますよ?」とか何とか言いながらもう既に行使しちゃってる「少女K」から逃げ捲くる。
全力疾走で追っ手を振り切り「やった…!」と涙を流す「俺」、そこへ頭上から差し込む巨大な影、仰ぐ「俺」、注射ボンバーを構える機械騎士、凍結する「俺」、放たれたノット・パニッシャー、「はぶっ…!?」と奇声を上げる「拙者」、肉にずぶっと埋まる巨大針の感触、暗転する視界、「少女」の微笑、天国と地獄…………。
いやぁあああああああああああああああああああああああああっっ!!!!?!!??!?


「「注射コワイ注射コワイ注射コワイ……………………」」

「ちょっと!? こんな時に抜群のコンビプレイ見せないでよ!!?」

しゃがみ込んだ体勢で、頭を抱えながら全力で震え上がる俺とアティさん。勿論背を見せながら。
起源を元にしている為か、アティさんも俺と同じく注射は畏怖の的のようだ。小動物のようにガタガタと震え捲っている。俺もな。
あんな巨大注射反則デス!!?

「ッ…!! インジェクスッッ!!!」

『Je!!』

何か癇に障ったのか、クノンは一層声を荒げインジェクスの名を呼ぶ。
それに呼応するかのように、白亜の騎士はその身を翻した。

「「来たーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーっっ!!!?!?」」

「うっさい!?」

その突撃に俺とアティさんは悲鳴を上げる。
涙交じりでパニックに陥るアティさん。俺も俺で汗がダラダラと迸る。脚が震え後退すら適わない。
そして、騎士甲冑を纏った召喚獣が向かう先は…………俺達の元だった。

「きききききき来ちゃってますぅっ!!!?」

「う゛そ゛っ??!!」

突撃前傾から構え引かれる注射ボンバー。先端のピックがキラリと鋭い光を放った。

「ぐっ……!!? こうなったら、バリアアアアアッッ!!!!」

「!!?? ちょ、何やってっ、きゃあああああああああああああああああああああああ!!!!!!?」


ぶすっ


「はうっ!!!??」


ばたっ


ボンバーの真芯に捉えられ、アティさんは奇声を上げて大地に横たわった。
うつ伏せでピクリとも動かない。天に召された。

「そんなっ、先生っ…!? くっ、いい人だった……!!」

「貴方って人は……」

出もしない涙を袖で拭う。アルディラが憮然とした面持ちで視線を送ってくるが気にも留めない。
いい障壁だった。魔力対抗値が高い人はそのまま壁に使えるらしい。素晴らしい発見だ。メモメモ、と。

「先生の犠牲は絶対に無駄しねえ! ということで、クノン!! いい加減戻ってきなさい!!」

「貴方にいい加減にして欲しいと思うのは私だけかしら……?」

ビシッ!とクノンに指を向け高らかに宣言する俺。
アルディラの言葉は隔壁を展開し受け付けない。

「ウィ、ルッ……! っ……!!!」

顔全体が崩れた弱々しい表情。
しかし形が歪められた瞳には強い拒絶を貼り付けて、叫喚と同時に魔力を発散させた。

「ッッ……インジェクス!!」

本日二度目のインジェクスが召喚される。
白亜の騎士は苦しみの声を上げる主人を背にして出で立つ。金の装甲から成るランスを構え、頭部顔面、三つの縦状の隙間―――スリットから対の眼光を浮かび上がらせた。

「上等だ」

その決闘姿勢、見事。受けて立つ。
己の全身の二回り以上もでかい召喚獣を前にして、俺は一歩を踏み出す。
二度も……いや通算合わせて何度も辛酸を嘗めさせられてたまるか。蹴りをつけてやる。
片足を引いた体勢で半身。前にいる騎士だけを見据え打つ。
――――決闘(ショウブ)だ。

『Je!』

旋風を巻き上げ此方に突っ込んでくるインジェクス。巨体であるにも関わらず、その速度はさながら疾風だ。
このままでは間を置かず、奴のランスを俺は貫くだろう。予測される未来を前に、しかし視線は前方から背けない。彼方から生じた風が空間を打ち、金色の光が必殺だと言わんばかりに瞬いた。

「だが、ここで俺の罠カードが発動するぜ!!」

『Je?!』

嘘だがなっ!!


「俺のターン! 『闘・ナックルキティ』を召喚!!」


ノリで言った言葉に戸惑うインジェクスを尻目に、俺は召喚術を執行。
騎士の接近を上回る速度でナックルキティを喚び起こした。碧の魔力光を迸らせ、闘猫がファイティングポーズを構える。

「デュエルッ!!」

その宣言が一騎打ちの幕開けだ。
突撃してくるインジェクスに対し臆することなく、ナックルキティは地を駆けた。
騎士が繰り出す黄金の刺突。大気をも打ち抜いてきた巨撃。だが、闘猫はそれの側面に拳を添え流すことで回避、懐に潜り込んだ。
収斂。僅か一瞬で溜められるのは魔力と両拳、沈められた腰から放たれるのは力の超連撃だ。防ぐ手立ては存在しない。

「去ね」


『アアアアアアアアアアアアアアアッッ!!!!!!』


『Jeeeeeeeeeeeeee!!!!!??』

闘猫が哮けると同時、拳の幕が火蓋を切る。
音速で放たれる拳がインジェクスの装甲を砕き、貫き、破壊する。全長が相手の胸の位置にも満たない闘猫は、拳のみをもってして眼前の敵に後退を強制した。
騎士甲冑が一瞬の内に変形を来たし、完璧に粉砕された。

『Je……e……ッ!!?』

「インジェクス!?」

屑鉄や鉄箱が乱雑に積まれた一角、先程の爆撃の余波で押し寄せた機材も加わったそこに、インジェクスはその巨体を突っ込ませる。
鉄板で構成される足場を大いに震わせ、騎士は轟音と共に仰向けに崩れ落ちた。
やがて、インジェクスは呻き声を残し光に包まれ送還。同じくしてナックルキティもその後を辿る。

「インジェクス」は決して弱くない召喚獣だが、今回ばかりは相性が悪い。戦闘以外にも用途が考慮された万能型が、純戦闘特化の「ナックルキティ」に敵わないのは道理だろう。また中級召喚術の中でも「ナックルキティ」の威力は群を抜いている。悪いが、勝つ要素は皆無だ。
俺の中でも最強の手札、破られても困る。

『AXF00AAAAA!』

「!? ウィル、下がりなさい!!」

インジェクスが撃破されたのを契機に、作業機械達が一斉に前に出た。
「フロット」と呼ばれる浮遊機械達が、機体中心に設けられているセンサーを発光、射撃体勢に移行する。
打ち出されるのは電流の塊―――遠距離・招雷。アルディラがそれに気付き、遅れて魔障壁を展開しようと試みた。



「ずっと僕のターン」



だが、敵に猶予など与えない。


「「―――――ッ!!?」」

既に発動へと至っている召喚術にアルディラとクノンが目を見開く。
それに構うことなく執行を継続。再び『闘・ナックルキティ』がこの場に姿を現した。

「落ちろ」

作業機械達にナックルキティが疾走、拳を唸り上げる。拳弾の速射砲が次々に機械達を射抜いて宙に吹き飛ばしていった。
打ち上げられ、舞い狂い、墜落。地に叩き付けられ爆発する機体の群れ。唖然と佇むクノンの付近で爆炎の連鎖が発生した。

高速召喚。「この身体」になって以来、更に神懸っている超絶速度。迫られれば、敵の予備動作すら粉砕する。
『闘』の名が刻まれたコイツの使い勝手と反応速度は高速召喚と並べれば極悪だ。切ってしまえば先手迎撃追撃間隙全無効化してみせる反則カード。速攻を介して、蹴散らす。


炎の欠片が舞い踊る。
陽炎に揺らめく空間に闘猫の姿が浮かび上がり、やがて深緑の光粒を帯びて空へ散華した。





「…………!!」

全滅。
駆けつけた援軍が全機行動不能に陥れられた。
唯一の召喚対象のインジェクスも既に再起不能、この戦闘の内に喚び出すのはもう適わない。
事実上のチェックだった。

「クノン!」

「っ!?」

自分の名を呼ぶ声に、クノンは肩を震わせる。
視線の先にはウィルとアルディラの姿。もう幾分も距離は離れていない。近寄ろうと思えば時間を掛けずお互いの間隔を零に出来る。
自然、足が後ずさった。

「クノンッ、そこから動くな!!」

「……!」

険しい形相のウィルの言葉を聞き、首を僅かに捻る。視界に映るのは切り立った崖と、遥か下方に広がるスクラップの山だ。
一歩後退すればそのまま鉄屑の群れに身を激突させることになる。クノンはそこから動くことなく踏み止まり、目の向かう先を前に戻した。

「何故、来るのですか!?」

「行くに決まってるだろ! あんなんでハイソーデスカって引き下がれない!!」

「お願い、帰ってきてちょうだいっ、クノン!」

真誠に言葉を言い放ってくるウィルとアルディラに、クノンは自分の瞳が揺れていることに気付く。
視界が絶え間なく振るえていた。

「言ったではないですか!! 殺してっ、殺してしまうと!! 私はっ、アルディラ様達をっ、こ、ろ、しっ……!!」

最後の方は発音が適わず、途切れた言葉の連なりだけが落ちた。
クノン自身、己の身体を駆け巡るこの不安定なプログラム―――もしくはバグがなんなのか解らなかった。

「クノン、聞け! 君がそうなったのは多分恐らくいや間違いなく僕のせいですすいませんでしたあっ!!!」

そうだ。
自分は今視線の先で頭を下げている少年のせいでおかしくなった。
他にも思い当たる要素は数ほどある。だが、この胸から消えることのない不安定なバグは間違いなく少年が起因している。

「クノンに色々なことを知って貰いたかったから、だから僕は君に考えろって言った! 」

「はいっ、沢山思考を繰り返しました! でもっ……それを繰り返すほど、解らなくなりました!! 行動に対しての理由の中で、それに該当する明確で絶対的な答えなど、一つもないのです!!」

何故ならば、中枢制御部を占領したそのバグは、常に少年の姿振る舞い表情を映像として次々に立ち上げるから。
プロテクトが任意に弾き返そうが、削除しようが、何時まで経っても映像が消えることはない。色褪せることは、ない。

「それが感情って奴だ! 理由も理屈も全部抜き、漠然と思って感じる、それが感情ッ!! 共通した完璧な答えなんて何一つもない!」

「―――――ぇ」

「クノンは初めて抱く感情に戸惑ってるだけ!! 壊れてなんかない!!」

少年の、ウィルの瞳が真っ直ぐ此方を射定めてくる。
やはりだ。彼の行動一つ一つで胸のバグが活性化を催す。夥しい熱が発生し、回路を焼き焦がしていく。

「クノンは壊れてなんかない! もっぺん言うぞ! 君は壊れてなんかないっ!! もっぺん言いましょうか!? 貴方は壊れてなんかいません!!!」

「えっ、うっ、ぁ、で、もっ…………!!?」

「壊れてない、壊れてなんかない、だからクノンがいなくなる必要なんて何処にもない!! 例え壊れていたって、僕は君を認めてやる! 一緒に居てやる!! だから、消えんなッ!!!」

「――――――ぁ」

これだ。自分に向けられるこの眼差しだ。自分に向けられるこの言葉だ。
これらが全部バグを助長する。回路を引っ掻き回し、または狂い回していく。この無機質で冷たい胸をある一つの事柄で埋め尽くしていく。
今はない、自分に向けられる笑みが、何よりも胸に熱を抱かせる。

(……っ!?)

そして、やがてこの蓄積された熱は自分を焼くだけでなく、その伝導していく矛先を外部への人物にも向ける。向けてしまう―――アティ達に、だ。
熱ではなくなったそれは、そう、まるで水銀の結晶のように変化し胸へ残留する。バグは危険な思考を生み出し、発生した冷気はそれを実行する判断を押し進めようとする。信じられないような決断を迫ってくる。
如何することも出来ず、自分はそれに塗り潰されていくのだ。

「…………それでもっ、消えないのです!! アティ様を煩わしいと至る思考が! 消去を促す衝動が消えないのです!」

「…………!!」

「アルディラ様にさえっ……それを抱いてしまうのです!!」

「クノン……」

言った。言ってしまった。
知られたくなかった自分の思考。アティにも、アルディラにも、何より目の前の少年には知られたくなかった胸の内を。
はっきりと向かい合い、謳いあげてしまった。


「手遅れになる前に自ら消えようとすることは、いけないのでしょうか!?」


震えた叫びを吐露する。
―――異常を来たしたのは何時だったか。


「アルディラ様達を傷付けたくないから、だから破棄を選ぶのは傲慢ですか!? 傷付いて欲しくないと思う私の思考はっ、我侭なのでしょうか!?」


空間も、言い放った自分も打ち震える程の叫びを吐き出していく。
―――今ではもうよく思い出せなかった。


「ウィルッ、貴方は私に一体何をしたのですか!!?」


焦点がぼやけ、像をはっきりと捉えることが出来ない。
―――はっきりと自覚したのは魔蟲との戦闘後。本来の責務であった主人の献身を忘れ、少年の治療を優先させていた。


「痛いっ……!!」


胸を両手で握り締め、喘ぐようにして零す。
―――それからは何処までもおかしくなった。壊れていった。


「苦しいっ……!!」


堪らず、身体をくの字に折り曲げる。
―――彼を独り占めにするアティにも、彼と談笑を交わすアルディラにも、如何しようもない思念を、おぞましい悪意を抱き上げてしまった。


「貴方のことを考えると、胸がおかしくなってしまいそうなんですっ!!」


ナニカが瞳を覆い尽くし、情景の色彩があやふやな光へと変わっていく。
―――そうやって、気付いた時にはたった一つのことしか考えられなくなっていた。



「私は……っ、どうなってしまったのですかっ!!?」



やがてナニカは目元から溢れ、頬から伝い離れていった。
―――『彼の笑顔が見たい』









「クノンッ……!」

視線の先。胸を抑え、泣き乱れるクノンの姿。ウィルはそれを前にして、顔を苦渋に歪めそして噛み潰す。
彼女を不安にさせたのは己の所業、自分の行動の帰結が彼女を泣かせてしまった。
如何しようもない不甲斐無さ、同時に殺意を己に対し覚える。あのような悲しむ姿をさせない為に支えていくと誓ったのに。本末転倒もいい所だ。

彼女の信頼を裏切ってしまった。裏切られた不安で、彼女はああまでして胸を痛めている。
何たることか。自分がもっと彼女に気を掛けてやれば、このようなことには為らなかったというのにっ! 苦しめることはなかった筈なのにっ!! 泣かすことなんてッ……!!!


ばきっ


「………………はいっ?」

超自己嫌悪に苛まれている中。
ウィルの聴覚をナニカが折れたような音が叩いてきた。

特別大したような音ではない。腕が折れただとか背骨がイカれたとか、そんな生々しくおぞましい音ではなかった。
だが、無視出来ないような激烈な威圧感があった。まるで本能が「シカトこいたら救いのない結末迎えますよー」と言ってくるかのようだった。
ウィルは脳味噌プレーンが語りかけるまま、音源の方向に首を回転させる。



「…………何よ、本当に貴方のせいじゃない」



そこには、片手の握力のみで魔力合金使用の杖を真っ二つに折りなさった、アルディーラさんの姿が。


「!!? …………ア、アルディーラさまっ、いいっ、一体何をっ―――」

―――何を、そんな簡単に折っちゃってるんですか?
喉まで出掛かったその言葉をウィルはかろうじて飲み込んだ。それを言うのは憚れた。ていうか、言ったら地雷踏むような気がした。
ブンブン振り舞わして剣などと打ち合っても簡単に折れない魔法の杖が、見事ぽっきりてイッてしまうのは如何なる技なのか。
純粋な膂力? ああソウデスカ。ソウイウことですか。どんな化物ですかソレは。

「……ウィル」

「は、はいっ」

ゴゴゴゴゴゴゴッとかすごいBGM背負いながらアルディーラさんが口を開く。
底冷えするかのようで、更に腹の底から搾り出したような低音ボイスに、ウィルは後ろめたいことがない筈なのに冷や汗を後頭部に流していった。

「責任、取りなさいよ……?」

「…………えっ? あっ、ああ、うんっ、それは取る。クノンを変えた責任は、絶対に」

何を言われるかと思えば、それは以前から自分が決めていた内容。
緊張していただけに、ウィルはアルディラの言葉を聴いて少し拍子抜けした。自分の我侭でクノンを振り回したのだ、それの伴う責任は最初から言われなくとも担うつもりだった。

「…………ならいいわ」

鋭く険しい横目がウィルから外された。
一体何だったんだ、とウィルは依然心臓がバクバクいっている胸中で疑問を抱いた。

「クノン! 貴方のその感情は決して悪いものじゃないわ! いえ、本当は素晴らしいものなのよ!!」

「そうだ、クノン! 感情を持つというのは「黙りなさい」……ハイ」

アルディーラさんの援護射撃しようと思ったら逆に撃墜されてしまった。
何だこの仕打ち。別に自分おかしいことはしていないと思うのですが。
一声の元で切り伏せられた自分の発言に不備があったのかと、ウィルは背筋を震わせながら首を傾げこんだ。

「そのようなこと、信じられません!!」

「クノン、お願いっ! 今だけでいいから私を信じて頂戴! 私は貴方の主人として落ち度だらけだけど、今だけは信じて!! 怖いのは解ってる、でも、それ全てを貴方が否定してはいけないの!」

「……っ」

偽りの欠片も窺えないアルディラの言葉にクノンがたじろぐ。
依然涙を溜める瞳に、明らかな迷いの色が浮かび上がっていた。

「! そこから下がるな、クノンッ!!」

「!!」

上半身が後方へ開いたクノンにウィルは大声で警告する。戸惑いのせいか、無意識の内にクノンの身体は後退しようとしていた。
掛けられた声に、はっ、と身体を上下させたクノンは、後ろへ傾いていた足を前方に押しやる形で一歩踏み出す。
ウィルは脱力とも言える吐息。心臓に悪い。この状況は何とかならないものかと頭を痛ませた。

(……ん?)

思わず頭を抱えようとしたウィルだったが、その直前に目がある光景を捉える。
それは召喚術の一斉射撃を見舞われた作業機械。まだ機能を完全に停止していない一機だった。中心部のセンサーが赤色の点滅を繰り返している。
視界に入ったその光景が、やけに目を引いた。

(…………)

別段大したことのない光景。それの脅威は皆無。
理性は、そう判断する。

(…………――――――)

だが、直感はそれを否定した。

(―――――――――――)

それの、作業機械“自体”の脅威は皆無。
だが、それが迎えうるだろう事柄――――“その結果”に伴う事象は、最大級の暴威そのものだ。

理性の判断が本能に覆される。再検討を求められた解析は、今度こそ一つの可能性を認知した。
身体の奥から、熱が一気に膨れ上がる。

(―――――――――――ま、て)

張り詰められた糸、一線が今にギチギチと千切れていく感覚。
描かれた予測。それに現状が到達し得る可能性。全ての要素を考慮し、そして結論。

―――実現は可能。最悪は、成就される。

高速展開されていた思考はそれを慈悲なく叩き出した。
電流を絶え間なく吐き出す作業機械から勢いよく目を剥がし、ウィルはクノンに向かって口を開く。

「離れっ―――――」



『XF0AAA000…………!!?!?』



だが、少年の叫びは響き渡った断末魔に塗り潰された。


ドンッ、と鼓膜を震わせる確かな爆音が発生した。

「――――――――――」

「?」

「え?」

ウィル、アルディラ、クノン、三者三様にその爆発音に反応。視線を爆心地に向ける。
爆発があったのはクノンの近隣、そこはインジェクスが身を突っ込ませた廃棄資材の集まった一角。
音の源は、先程砲撃により吹き飛ばされた作業機械。今まで破壊を免れていた一機が、ボディの制御率が限界に達したのか、この瞬間耐えられなくなり炎上したのだ。
機体から上がった黒煙が、そのまま宙に浮かび拡散していく。



そして、それに続くように、オレンジ色の炎弁が凄まじい勢いで花開いた。



「ッッ!!!??」

咲き乱れた暴炎。
それは、容易くクノンを飲み乾した。







「―――――――――」

時が止まった。アルディラの視覚情報は更新されないまま、その動きを止める。
脳内に投影される光景。破裂粉砕した大量の鉄箱。迸った爆炎。紅蓮に姿を消した己の従者。
全てが、停止した。

(―――――――)

アルディラは理解する。
一度目の爆発。作業機体が炸裂し発生した火、それが飛び移り、鉄箱の群れ―――砲撃で吹き飛んだ機材、インジェクスの巨体に潰され半壊状態になった、恐らく火薬箱―――に引火したのだと。
二次爆発。何の偶然か、これまでの戦闘の過程により大規模爆破の舞台が整っていた。

(―――――――)

アルディラは理解する。
己の従者は、クノンは、爆発に巻き込まれ、地から足が離れているのだと。
爆炎により虚空へと追いられたのだと、現状を認識した。

(―――――――)

時が動き出し始める。
色彩を欠いていた世界がはっきりと色を取り戻し、万物の流れがゆっくりと、けれど確実に生じ出した。
炎が微細に揺らめき膨れ上がる。飛び散った幾片の破片が徐々に宙を貫いていく。細かな音が発生し、それは次第に震動を繰り返し、やがて轟音へと変わっていく。
自身を取り巻く事象の全動作が、加速していた脳内感覚を抜け出でて、そして瞬時に再生された。


「―――――――クノンッ!!!?」


視線の先には遥か空中へ押し出された従者の姿。
再開された世界の中で最初に知覚したのは、少女の名を呼ぶ自分の叫びであった。顔から血の気が一瞬にして引き、体温が同時に失われる。
遠い。余りにも遠過ぎる。絶望的なまでの差がアルディラとクノンの間には置かれている。
間に合わない。いや元より何も出来ない。突然の事態に明晰の頭脳は微動だにせず。事態を受け止め、かろうじてそれを認知するだけに留まっていた。
頭が、真っ白になった。

そして、落下体勢に陥った少女の姿が視界から消えていき、


「ミャミャッ!!?」

「んぶっ!!!?」


横から迫り激突した影によって、完全に見えなくなった。

「な、何っ!?」

「ミュミュ?!」

顔半分を覆ったソレをアルディラは瞬時に剥がす。
それは隣にいる筈の少年の従者、先程まで肩にとまっていたテコであった。
何故顔面を強襲されたのか。激変する現状況も相俟って、アルディラは瞬時にその疑問を氷解することは出来なかった。

「ミャミャーミャッ!!?」

「っ!!」

だが、手の中のテコが上げた叫び。更に向けられた視線の先。
それらに導かれるようにして、アルディラは何が起きているのか完璧に把握した。


「ウィル!!?」


少年が、深緑の弾丸となって、先の空間を貫いていた。







「――――――ッッ!!!」

走る。熱風と化した空気の流れを振り払い、ただ前へと疾走する。
風が翻る音。震動と共に刻まれる超速の鼓動。身体中を駆け巡る血流の早瀬に、狂ったように躍動する全筋肉。
感覚が伝えてくる全ての情報を意識外に追いやり、この瞬間は視覚が映す前方の光景のみを追随する。

「かっ……!」

事前察知。周囲の取り巻く全要素全て理解に至っていたウィルは、爆発と同時にスタート。巻き添えを被らせない為に、身を寄せていたテコを独断でアルディラの元へ投擲し、断崖絶壁に向かい突き進んでいた。

「すかっ…!!」

だが、瞬速の反応動作をもってしても彼方との距離は一挙に開いた。
爆風により生まれた長距離。既に落下を始めた少女の元へ行き着くには圧倒的に時間が不足している。今こうしている間にも少女は鋼鉄の墓場に吸い込まれているのだ。この条件下では肉薄すら適わない。

「やらすかっ……!!!」

よしんば彼女を捕まえることが出来たとして、その後は如何する。待ち受けている超高度からの破滅を、どう回避するのか。
発生する自己への問い。理性は頻りに目標の到達は不可能だと暗に訴えかけてきた。
―――だが、高速展開した思考は既に一つの手段を叩き出している。全能力駆使を絶対条件とした解を、既に模索し終えている。


「絶対にっ、やらせるかっ!!!!」


ならば、後は導き出された解へ疾駆するのみ。
伴う危険性を警告する理性を切り捨て、ウィルは迷いなく執行へと踏み切る。

「ヴァルゼルドッ!!」

手の内のサモナイト石より瞬光。一片の間も置かず、従者の機兵がウィルの進行上にその身を出現させた。
両者互いに向き合う形。疾走の勢いを緩めることのないウィルを前にして、突如呼び出されたヴァルゼルドは僅かな逡巡を見せた。

「投げろッ!!!」

『!!』

だが、次には主の思惑を理解する。
自分ではない先の光景のみを見据える眼に、放たれた強靭な意志の叫び。ヴァルゼルドはそれら要素だけで全て察し、主の望みを反映した。

『ッッ!!』

両手を組み上げ固定。体重は背の向こうに、姿勢を後傾にして反るような体勢を作り上げる。
今も地へと傾いていくそれは、弦を一杯に引き絞られる鋼鉄の弩砲だ。

「やれッ!!」

疾走の勢いそのままウィルは跳躍。指で編み込まれた両掌―――発射台に、片足を装填した。
ヴァルゼルドは後方に傾いていた身体を更に倒し、着手無しのブリッジ体勢に移行。頭から地面に激突することなど厭わず、「矢」―――ウィルの弾道を断崖の果てと直線上に仕立て上げる。
「矢」は前屈。投擲体勢に移り変わった弩砲に合わせ、装填位置で身を屈めた。

ヴァルゼルドの対の瞳が発光する。唸りを上げる人口筋肉を収縮させ、我という名の弩を撃発、そして弦を解き放した。



『ウオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッッッ!!!!!!!!』



轟砲と共に、「矢」は放たれた。


「ぐっ、っ……!!!」


視界が絶え間なく変動する。あらゆる光景が線の束と化す。
身体を打つ風圧に歯を噛み締めながら、ウィルは自らも風となって空間を走り抜けた。

「矢」は上向きの曲線、浅い弧を描いて断崖絶壁へと肉薄。その先へと、疾風する。
時間などという流れを要さず一瞬を介して切り岸を超えた。
視界が、一気に開けた。


「!!」


崖下。スクラップの山々が積み上げられている鋼鉄の墓場。それが視界を埋め尽くす。
そして、打ち錆びれた鉄の背景の中で、ウィルは彼女を見つけた。

「ッ!!」

空間を力なく落下。ピクリとも動かないまま、クノンは仰向けの状態で空を降り下っている。
蒼穹を見上げている彼女は、今何を思っているのか。

【―――ウィルのその行動は、私は嫌いではないと思います】

何時の日か目にした光景。それが映像となって脳に再生される。伴い、昂揚ともいえる熱が燃焼した。
激情が身を焦がす。立ち昇ってきた情動が喉に競り上がってきた。魂が叫喚を己に打ち据えてくる。
救う。救え。救い上げろ。目前に迫る破滅を乗り越え救済しろ。何に変えても、彼女の手を掴み取れ。
全身全霊を持って――――


【助けてくれて、ありがとう】


――――彼女の笑顔を取り戻せ!!!!



「ドリトルッッ!!!!」



弾速は衰えぬまま、ウィルはクノンの上方まで前進。
耳を切削する風音に劣ることのない召喚の韻を、空間へ構築した。

『Re!!』

眩い光を随伴し顕在したのは黄と銀のメタルカラー。尖状のパーツを頭部前方に纏った機界の召喚獣。
ドリトルを自分の進行方向上、クノンの直上へと召喚した。

ウィルは前方に現れたドリトルの片腕に手を伸ばし、掌握。
急停止による殺人的な衝撃が伴ったが、ドリトルの踏ん張りもあり、振り落とされることもなくその場に留まった。
反動により矮躯が空中を泳ぐ。だが、その深緑の双眸は外されることなく、眼下、少女の元のみに注がれている。
深緑が、猛き意志を宿した。


「いけええぇーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーッッ!!!!!!」


召喚師の咆哮を受け、鋼鉄の僕がその意志を聞き入れる。
デュアルセンサーが叫びに呼応するかのように燦爛と光発。可変、ウィルを捉えた腕はそのままに、その貌をドリルへと変形させた。
急降下。

「―――――――――――っっ!!!!!?」

鋼鉄の鎚は唸りをあげ、大気を穿ち突き進む。
推進剤は白熱の炎。後部の噴出口から熱線が迸り、垂直に落下を遂げた。
超加速。




「クノ―――――――――――――――――――――――――――――――――ンッッッ!!!!!!!!!!!!!!」




吠える。
飛びかける意識、だがそれを意志の力で繋ぎ止め、彼女の名を呼び吠える。
想いを乗せ、彼女だけを呼び求める。


「―――――――――――――ぁ」


薄く閉じられていた漆黒の瞳が、驚愕と共に見開かれた。
その目が映すのは瞬く間に大きくなっていく自分の姿。瞳に浮かぶその像は次第に揺れ動き、見る見る内にぼやけていった。

泣くな。泣かないでくれ。
自分勝手で無責任な言葉。だが彼女が笑ってくれるなら、どうでもいい。自分勝手にも無責任にも何だってなってやる。
だから、泣かないで欲しい。

未だ届かぬ彼女へと手を差し伸ばす。虚空を切り裂き、そして彼女をただ求める。


「…………っ!!」


僅かに持ち上げられた細い腕。だが何かに迷うようにして、中途半端な位置に押し止められる。
悲しみに歪んだ顔が、己の行動に対して禁忌の色を醸し出していた。瞳から零れた水滴が此方に向かい、頬に当たり砕け散った。

「関係、あるかっ!!」

「ぁ……!!」

迷いを振り切れない彼女の手、それを問答無用に取り上げる。
その小さな手を、掴み取った。

炎の尾を引く鏃は絶対であった距離を屠り、刹那の内に零へと変えた。互いを隔たる物はもう何も存在しない。
手を引いて彼女の身体を胸に収める。片手をその華奢な身体へと回し、あらん限りに掻き抱いた。

「ぅ、ぁぁ…………ッ!!」

押し殺したような声が、風が荒ぶるこの空間でもはっきりと耳に届く。
強張った身体から力が抜け、そして腕を自分の元へ回してきた。此方に応えるようにして、彼女の回された腕が強く抱き締め返してくる。
やっと、取り戻した。


「――――――――――――――っ」

クノンを得たことによる安堵か、意識の確立が揺らめいた。
ドリトルを送還する一方で、ウィルの瞳が急速に力を失っていく。
当然の帰結。ヴァルゼルドの投擲に、更にそこからの急停止と急速降下。
生身に降りかかった反動を生半端なものではなく、その小さな身体には余り過ぎる程の衝撃だった。

内臓を大いに揺さぶられ立ち込める嘔気。ともすれば身体がバラバラになってしまいそうな錯覚を受ける。
またドリトルに伴うことで加わった凶悪なG。一瞬視界が狭まった感覚を被った。酸素も吐き出してしまったせいか、現実がぶれて遠のいている。
未だ意識が健在していることの方が不思議であった。

(――――――――く、そ)

ウィルの焦点が乱れる。
意識を手放す訳にはいかない。もし手放してしまった暁には、そこで自分もクノンもスクッラプの山に身を衝突させることになる。助かる見込みなど存在し得ない。この冷たい墓場に、骨を沈めることになってしまう。
冗談ではない。死ぬなんてまっぴらご免である――――何より、彼女の死など絶対に認めない。

現実と闇の境界線。ウィルはその狭間を絶えず行き交い揺れ動く。
しかし、迫り来る鉄の残骸までもう幾分もない。彼はこの状況を打開する一手を打てないでいた。
風を切る音が鼓膜を通り過ぎていく。

「…………ウィ、ル」

「――――――」

か細い声。涙に濡れた声を、風の音を押し退けて鼓膜が掴み捉えた。
そうだ、何をやっている。腑抜けた振る舞いを演じるんじゃない。無様な様相など晒している暇など何処にもない。
彼女を助けるのは絶対。絶対が故に此処で失敗は許されない。他の誰でもない、ウィル・マルティーニが許容しない。
意志に合わせ腕が動き、腰に控える鉱石を手に納める。力一杯に、握り締めた。

「ありが、とう……」

「―――――――ッッ!!」

焦点が乱雑な点描を振り払った。瞳に輝きが戻る。
胸に押し付けられた顔。そこから伝わる雫の冷たさと確かな温もりを心奥に控え、それらを決意の後押しとする。
別れの言葉にさせるか。こんな所で終われない。
ウィルの意識が完璧に覚醒した。

「……!!」

秒を待たず突っ込む鉄塊の群れを認知。無骨な磐石が差し迫る。
普通通常であるならば途絶えた道、だがこちとら決して普通や通常といった言葉とは無縁な類。破滅を回避する術は、まだ生きている。

覆す。この残酷な時の流れを一瞬をもって覆す。
否、一瞬では遅い。瞬時瞬間瞬刻刹那ではまだ遅い。

零に肉薄しろ。
高速で、瞬速で足り得ないのならそれを超越しろ。
詠唱省略、召喚工程無視、魔力及び精神力相互融和既行。
―――術式のみを、限界を越え構築しろ。


――――――界を超えて、異世界の力を、召喚しろ!!!!





「――――――――――――――――――――――ッッッ!!!!!!!!!!!!!!!」





閃光と共に、重なり合った影が地表へと叩きつけられた。

















ぼよんっ


「………………え?」


ぼよん


「…………これ、は」

一瞬得たなだらかな浮遊感。
少年の胸の中で最後の時を待ち構えていたクノンは、思っても見なかった感触に呆然と声を漏らす。
緩やかな落下を受け、二三度それを繰り返した後に僅かに視線を巡らせば、そこに広がるのは鉄屑が入れ乱れる荒廃の光景ではなかった。

「召喚、獣……?」

少年と自分が下にしているのは、透いた緑に彩った液状の絨毯であった。一見粘液のようにも見えるそれは、横たわった身体にくすぐったい弾力を返してくる。
零れた呟きに反応するように、一部の緑がせり上がってくる。丸みを帯びたその輪郭にあるのは対の目と口。何処かユーモアさえあるそれは、紛れもなく顔形だった。自分の顔からそう遠く離れていない位置に現れたそれにぎょっとしながら、クノンは自分の推測が間違っていないことを悟る。


スライムポッド。普段は壷に身を控えているメイトルパの召喚獣。
その容貌とは裏腹に活用性は高く、多種多様の召喚方式を持つ。使役されたスライムポッドは己の身体を固め即席のクッションを形成。術者の叫喚に応え肉厚の形状で召喚を果たし、高速度で落下してきたクノン達をその軟性の身体で受け止めたのだ。


「……………………」

スクラップの山から一段高いクッションの上。
驚愕は抜けきらず、クノンは心を手放したかのように暫らくその場から動かなかった。目の前にある胸元だけを見詰め続ける。

「…………」

静謐な空間だった。空から降ってくる青が、向かい合い寝そべっているクノンと少年を包み込み、ただ時が流れていく。
知覚慣れた金属と錆びの刺激臭。その中に、一つだけ異なった香りが混じっていた。情報ではなく、言葉でそれをどう定義すればいいのかクノンは解らない。

だが、自分という主観を置くのなら。これはいい香りだと、クノンはそう思った。
顔をくすぐる森の匂い。クノンは額を目の前の胸にくっつけ、静かに目を閉じた。

「…………」

クノン達の高度が低くなっていく。スライムポッドが自分の身体を広げ、厚みを無くしていった。
やがて完全に周囲と同じ高さまでクノン達の位置を下げると、それから光の粒となって送還された。

肌に鉄の冷たい感触を浴び、それに促されるようにしてクノンは身じろぎする。
背中に回されて腕をゆっくり退けて、クノンは上体を持ち上げた。

「……私は」

膝を崩した状態でクノンは隣の人物を見下ろす。
自分を助け出した少年、ウィルが身動き一つとらず目を瞑って横たわっている。力尽きてしまい、今は目を覚ます気配は皆無だった。
落下の過程で帽子は吹き飛んでしまったのか、普段は露になっていない黒髪が周囲に流れている。

「アルディラ様と一緒に居てもよろしいのでしょうか……?」

呟きを落としながらクノンはウィルの片手をとる。
額を胸に押し当てた時に感じた緩やかな心臓の音が、腕を通してまた伝わってきた。
自分にはないものを埋めるように、クノンはその腕を胸に抱く。

「貴方と、一緒に居ても、よろしいのでしょうかっ……?」

声は再び震えて、瞳が水の揺らめきを取り戻す。
だが、これは先程のものとは違った。胸を刃で裂かれ目を瞑りたくなるような感覚ではない。何かに包まれたような、そうまるで、この少年が自分を抱いてくれた時のような、暖かさがある。自分の葛藤を関係ないと振り払い、掴み取ってくれた、温もりがある。

この空っぽの筈の胸を満たす何かが、この頬を伝う雫を溢れさしているのだ。
流れ落ちた雫に濡れる手を、クノンはより強く抱き締めた。


「クノン」

「……アルディラ様」

振り向き、濡れた瞳で背後のアルディラを映す。
彼女は苦笑混じりで、穏やかな顔つきをしてクノンを見詰めていた。

「アルディラ様…………私は……」

「……貴方に生きて欲しいと思うのは、私の我侭かしら?」

「…………う、ぁ」

視界が歪む。水で溢れかえった瞳が役に立たなくなる。
背中から優しく抱き留められた。雫が止め処なく瞳から零れていった。喉が咽び声の発音が適わなくなった。発音の適わない舌足らずの言葉で、それでも何度も謝った。そして、それに負けないくらい感謝の言葉を口にした。

理由ではなく。理屈でもなく。感情がそこにあるから礼を言う。ありがとう、の言葉を送る。
少年の言葉が、少しだけ分かったような気がした。

















帆の畳まれたマストが見えてきた。
森を抜けたクノンはその光景を確認しつつ、目的地へと歩を進める。

『安心なさい、クノン。貴方が抱いた感情は、女性だったら誰だって抱くものよ』

ラトリクス中を巻き込んだ事件から一夜。
東の空に太陽が身を留めている時間帯、クノンは一人カイル達の海賊船へ足を運んでいた。昨日の件で巻き込んでしまったウィルとアティに謝罪含め感謝を行うのが主な理由だ。
昨日はウィル含めアティはダウン状態。クノンもアルディラから今回の原因となった感情、そして“バグ”の講義を受けていた為に、一日送れての後始末ということになった。

『かくいう私も同じ経験をしているしね。貴方なんてまだ可愛い物よ? 私なんて実の妹だって解っているのに、あの娘へそういう感情抱いてしまったんだから』

苦笑交じりに、しかし楽しそうにアルディラが自分の経験談を話す姿を見て、とても胸が―――心が、和んだ。
どれだけ自分がアルディラの笑顔を望んでいたかよく解る。また同時にどれだけ自分が難しく考えていたのか、誰にも相談せず一人で解決しようと躍起になっていたのかが身をもって理解した。
あれは一人相撲だったのだろう。周囲の人達に一つでも打ち明けていたら、何か変わっていたのかもしれない。
少年の言う通り、自分は頭でっかちという奴なのかもしれない。

『まぁ、端的に言っちゃえば「嫉妬」ね。貴方の言うバグの正体は。勿論それだけじゃないけど、クノンが恐れてた感情はそれ』

人間や、感情を育む者達なら誰でも持つものだと聞いた時は驚きは隠せなかった。自分にさえ、あのアティさえそれはあるのだ、とアルディラがはっきり口にしていた。信じられないという思いも強かったが、『機械以上に感情っていうものは複雑なのよ』とアルディラが冗談のように言ったその言葉を聞いて、何となく胸に落ちた。
感情を自覚した今なら解る。確かに、これほど複雑で不明瞭な存在はないのかもしれない。


船から下ろされたと思われる積荷の横を通り過ぎていく。
用所ごとに区分けされた荷物の群れを抜け、やがて船の停泊場所へ辿り着いた。そしてすぐに、船外で食卓を囲っている海賊達、それにウィルとアティが視界に飛び込んできた。

「先生、いい加減機嫌直しましょうよ。朝っぱらからそれだと島全体の牛乳消費に大きく貢献しますよ?」

「どれだけ牛乳が好きなんですか私は!! 飲みませんよそんなっ!!!」

「今日はまた朝から激しいなあ、おい」

「昨日の夜に帰ってきてからこんな感じでしたね」

「で? ウィル、貴方今度は何したわけ?」

「身に覚えがあり過ぎて皆目見当がつかない」

「本当に最低だ!!?」

ウィルとアティが中心で騒ぎながら、何処か淡々とそして賑やかに朝食をとっている。
以前ならば眉を顰めて見ていた光景も、今ならば胸の内が不快一色ということになることはない。
だがやはり思うことはあるのか、あちらへ進む足は自ずと速くなる。

「ウィル君が私のことを無理矢理盾にしたことですよ! 本当に怖かった、というより本当に痛かったんですからっ!! 本当ですよ!!?」

「本当何回言ってるんですか。必死過ぎですよ」

「兎に角っ、ちゃんと謝ってくださいウィル君!!」

「僕は先生のあの勇姿、忘れませんよ」

「誰が褒め称えてくださいって言ったんですか!!? しかも勇姿とか絶対に思ってませんよね?!」

「いえ、そんなことはないですよ。間違いなくあれは傑作でした。ごちそうさま」

「貴方って人は「おはようございます、ウィル、アティ様」って、わあっ!!?」

「おおっ!?」

二人の背後から声をかける。隣の席に座る両者は互いに仰天しながら振り向いた。
カイル達は気付いていたのか、揃ってクノンに手を上げるなどして挨拶を交わす。

「クノン、やっほー」

「珍しいわね、貴方が此処に来るなんて。初めてじゃない?」

「何か御用ですか?」

「はい。ウィルとアティ様にご用件が」

身体を振り向けたウィルとアティは察しがついたのか、何も言わずに此方を待っている。
クノンはまずアティに向き直って腰を折った。

「申し訳ありません、アティ様。多大な迷惑を掛け、更にお怪我まで。本当に、申し訳ありませんでした……」

「いえ、気にしないでください。困った時はお互い様ですし。もう、クノンの悩み事は解決したんですよね?」

「はい」

「なら、それでいいじゃないですか。またこうしてクノンと話せて私も嬉しいです」

「……ありがとうございます」

柔らかな笑みを浮かべるアティに、クノンも笑みを作る。
此方のことを本当に喜んでくれる純粋な笑顔。自分はこの笑顔に憧れていたのだと、今ならはっきりと解る。
とても眩しい。自分も何時かこんな笑顔を出来るようになりたい。アティの笑顔を前にしながら、クノンは希望を胸に抱いた。

「ウィルも、本当にごめんなさい」

「いえいえ。……というより、僕が原因だからそこまでされると逆に後ろめたいというかなんというか…」

苦笑を浮かべやり難そうにしているウィルに、クノンはくすと笑みを漏らした。
アルディラの言った通りだった。こっちが謝ってもウィルは素直に受け止めようとはしないだろう、と。
自分がこうまで変わってしまったのは目の前の少年のせいだ。ウィルはそれを解っていない。

『あの唐変木は何か勘違いしてるわ。この際よ、はっきり気付かせて上げなさい』

それを攻める訳ではない。逆に、感謝……なのかは解らないが、とにかく有り難いと思っている。
色々教えてくれたことに。笑顔が交わせるようになったことに。素晴らしいものを抱けるようになったことに。
目の前の少年に会えて良かったと、心からそう思っている。

「ウィル。これを」

「あっ、帽子……。ありがとう、クノン。失くしたかと思ってた」

腰に下げていた帽子を取り出し、ウィルに差し出す。
これは元々ウィルが被っていたものではない。リペアセンターで作成したものだ。本物は、見つけ出して自分の部屋に置いてある。
何も置かれていない殺風景な部屋。その中で唯一の私品。自分を変え、助けてくれた思い出の品。彼との絆を表す大切な品だ。
彼には悪いが、頂戴させてもらっていた。

「…………クノン?」

「……」

帽子を取った手をそっと包み込む。添えられた自分の手に、ウィルは目を瞬かせていた。
腰を下げウィルと同じ目線になる。首を傾けている彼を瞳に映しつつ、頬へ熱が僅かに集まっていることを知覚した。

『言質はもう取ってあるわ。遠慮なくやっちゃっていいわよ。……まぁ、無理に、とは言わないけどね』

言葉を濁すアルディラを思い出し、少しの納得を得た。確かに簡単に行動へ移せるものではないのかもしれない。
それでも、今からすることを止めようとは思わなかった。逆に、この熱は心地がいい。

「ク、クノン? あのっ、な、何をしているんですか?」

「何々、愛の告白!?」

「ちょっと、スカーレルッ。変なこと言うのよしなよっ」

周囲の声に、やはりこの場で実行は無作法か、と躊躇いの感情が少し生まれる。が、それでももう止まらない。
発生した熱はそれを実行する判断を押し進めている。自分にとって別に信じられなくもない、というより歓迎出来る決断を迫っている。
――――躊躇う必要はないと思います。いっちゃいましょう。いえ、いってください。

GOサインだ。よし、いこう。
クノンはこくりと頷いた。

「…………ウィル」

「何ぞ?」

うん? と首を捻った少年の手をクイと此方へ引く。
目を僅かに見開いたウィルは此方に従うようにして近付いてきた。
包み込んでいた彼の手から片手を離し、それを向かってくる肩に当て彼の身体を停止、固定。
「「「「「えっ?」」」」」と声が重なるのを耳に聞きながら、眼前の顔へ自分の顔を持ち上げて寄せた。


『応援してるわ、クノン』


アルディラに言葉を思い出しながら。
触れるようにして、頬へ唇をくっつけた。


「「「「「なっっ!!!!?」」」」」

唇をそっと離す。周りの爆音は認知したが、今それは意識の外だった。彼だけを視界に納める。
彼は固まっていた。全く微動だにせず、石像のようにその場に突っ立ている。
肩に添えていた手を再び彼の手へ。帽子ごと優しく包み込んだ片手を胸へ持っていき、抱き上げた。

ウィルの身体が電流を流されたかのように震えた。彼の視線もまた此方の顔に固定される。
その見開かれた瞳を見詰めながら、クノンは顔を綻ばせた。



「――――責任、取ってくださいね?」



悲鳴が爆散する。
アティ達が一斉にこれでもかと声を張り上げた。驚愕と混乱と狂喜と憤懣と平静を失った音色が途切れることはない。
クノンは依然熱を頬に浮かべながら、胸に抱く手に力を少しだけ込めた。

ウィルの顔が見る見るうちに赤を灯していく。浮かび上がってきた朱は瞬く間に広がっていき、顔面全体を覆い尽くした。
勘違いを抜け、やっと解ってくれたようだった。クノンはそれに対し、今度こそ破顔。目を弓なりにした満面の笑みを浮かべる。
包んでいる手の熱を、胸に直接抱いた。



「ウィル、大好きです」



空っぽの胸に熱を抱かせる“バグ”の正体を。
少女は確信をもって理解した。

























ウィル(レックス)

クラス 熟練剣士 〈武器〉 縦、横×剣 縦、横×杖 投(Bタイプ)×投具 〈防具〉 ローブ 軽装

Lv16  HP147 MP201 AT85 DF54 MAT95 MDF69 TEC141 LUC22 MOV3 ↑3 ↓3 召喚数3

機B 鬼C 霊C 獣A   特殊能力 ユニット召喚 ダブルアタック 隠密 待機型「魔抗」 アイテムスロー(破)

武器:パレリィセイバー AT70 MAT10 TEC10  (イカスミスロー AT58 暗20%)

防具:empty

アクセサリ:手編みのマフラー 魅了無効 DF+5 MDF+4


10話前のウィルのパラメーター。
「(偽)生徒」からランクアップ。本来の2ndクラス「見習い剣士」よりやはり能力値が高い。ウィルとなってから高速召喚もろもろ召喚術方面が強力になっているらしく、今回で獣、機属性ランクが上がったことにより、現時点で召喚師としてもほぼ完成している。
また何よりランクアップに伴ってLUCが上昇している。快挙である。「レックス」の時には変動しないのは勿論、ランクアップで下がったこともあった。然もあらん。
このまま運を味方につけることは出来るのか。行く末に幸あれ。というかTEC自重。

本編に出てきた「闘・ナックルキティ」の真名は、「レックス」の時に「メイメイさん」から召喚獣の真名の重要性を説かれ、その後「剣」で情報を読み取って以後活用しているもの。この「闘」が刻まれることでナックルキティは消費魔力が格段に落ち、高速召喚と併用することでBランクにも関わらず遠慮なく連発出来るという地獄コンボに発展している。
「レックス」の際にもガンガンやっていた戦法で、これで突っ込んできた「ゴリラ」を「ずっと僕のターン」でタコ殴りにした過去を持つ。「無駄無駄無駄無駄無駄ァッ!!」と無慈悲に「ゴリラ」をボッコボコにのしていく光景は見た者に例外なく恐怖を抱かせた。以後、「レックス」がサモナイト石を取り出す仕草を見せたら「奴にスイッチを押させるなァアアアアッ!!!」と叫んで帝国軍全員が突っ込んでいくのは定例となっていた。

剣はメイメイさんから見舞い(イスラ反乱の際の奴)の品だと言われ貰った。見舞いの品が剣ってどういうことやねん、と文句垂れながらも頂いた。でもその後に取り出した胃薬には泣きながら感謝した。曰く「これで満足に飯が食える」。胃薬で泣く奴なんて初めて見た…、とはメイメイさん談。
イカスミスローについてはマルルゥから。ジャキーニさんの暴動を鎮圧した際、子分達が持っていたのを没収した物らしい。黒光りする物騒なブツを一杯入れた袋を吊るして飛んできたマルルゥを見て、最初は何があったんだと我が目を疑った。戦う自分のことを考えてくれたマルルゥの好意なのだろうが、何だか泣ける。誉めて誉めて、と純情無垢な笑みを浮かべる花の妖精とジャラジャラ鳴る黒光りの暗器。世界の光と闇を見たというか衝撃な取引現場を目にしてしまったというか、兎に角複雑だった。


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