「授業、ですか?」
「はい。こんなことになっちゃいましたけど、ちゃんと勉強はやっておいた方がいいと思うんです」
ヤードさんのおかげで教科書も準備出来ましたし、と本を差し出される。
マルティーニの家は嫡子を士官学校に進学させる為に家庭教師を雇っていた。「レックス」もそうだった様にアティさんも勉強を教え込まなければいけない立場にある。
嫡子である「ウィル」は当然それを受けなければいけないのだが……元軍属だった「俺」が教わる事は何もない訳で。
しかも軍に行く気なんて更々ない。この先「俺」がどうなるかは解らないが、軍に行くよりこの島で暮らし続ける方がずっと魅力的だ。授業を受ける意味はほとんどない。あんま乗り気になれない、が
「頑張りましょう、ウィル君!」
多分、アティさんは昨日の言った事を守ろうとしている。俺に寂しい思いをさせないように、不安にさせないようにしてくれている。
………断れん。俺の為にやってくれるのだ、無下には出来ない。まぁ、美人の善意を無駄にするなんてどうかしている。此処は素直に受け入れよう。
「頑張らせて貰います」
「はい! では、早速始めましょう! 今日はまず武器について…」
「主に武器は三種類に分けられる。近距離武器、遠距離武器、間接武器。剣斧刀等が近距離、投具弓銃が遠距離、槍が間接とそれぞれに属される。各々の武器の間合いを取るのが何よりも重要であり、正面からではなく側面背後から攻撃するのが基本。対象より上段からの攻撃はより有効な損害を見込める。以上。終わり。お仕舞い」
「いきなり出端を挫かないで下さい!!?」
然もないと 3話 「はぐれもの達の島にて暴れる」
「フィッシュ・オンッッッ!!!」
竿が引かれるのと同時に一気に獲物を吊り上げる。
長い年月積み重ねたこの技術、雑魚共に遅れを取るなど有り得ない! 瞬殺である!!
「うっひゃ~~~。すっごい大漁。ていうか、釣れ過ぎ……」
「ミャミャミャ~~~!!!」
以前と同じように倉庫に置いてあった釣具を見付け、ソノラに先程釣りの許可を得た。
今から釣りへ行くと言ったら、自分も行くとソノラが着いてきて今に至る。
「ウィルー、もういいんじゃない? こんなに持って帰っても食べ切れないし、とっておくのに捌くのも手間かかるし」
「もーちょい待って」
「もう、しょうがないなー」
まだ、来てないのだよ。本命が。
「にしても、ウィルって器用だよね。釣りが上手くて、召喚術出来て、大砲も撃っちゃうし。何でそんな色々出来んの?」
やれと強制されたから。召喚術に限っては死活問題だったから。
やばい、思いだしたら涙が。
「此処に来る前、物好きな人達に教えてもらったんだ」
「ふ~~ん。ま、でも大砲に関してはまだまだ甘いね! 教えた人がなってないよ、うん!」
貴方です。
「今度私が教えて上げるよ! もっとこう派手にドーンってさ!」
「機会があれば……って、キタッ!!!」
「ミャミャ!?」
この竿のしなり具合―――間違いねぇ! 待った甲斐があった!!
「だらしゃーーーーーっ!!!!」
「ミャァーーーーッ!!!!」
「おおっ!!?」
渾身の力で引っ張り上げた獲物は海から飛び出し宙を舞い、放物線を描き岩浜に打ち揚げられた。
「おーーー…………って、宝箱?」
「ニャ?」
トレジャーです。
「如何して釣りで宝箱が釣れるのよ……」
「気にしたら負けだ。それよりも中身は…………って、オイ!!」
「うわ!? 何、何!?」
「サモナイト石……」
あれだけ粘ってこの仕打ちかっ!? やはり世界に嫌われているとしか思えない……!! エルゴ、てめーっ!!
「で、でも、良かったじゃん。儲けただけでも。それに綺麗だよ、これ?」
「……釣りでサモナイト石儲けてもなぁ」
大陸の方は手に入り憎い地域は確かにある。あっちの方では希少とも言えるかもしれない。
だが、この島に関してはサモナイト石は余りある程溢れている。サモナイト石に困る事は有り得ないのだ。テンション下がる……。
「……じゃあさ、これ上げるから、ウィルの釣り上げたソレちょうだい」
「え?」
ソノラが差し出したのは布で作られた水色の袋。口が紐で括られている。
「これって………」
「水夫のお守り、って言ってね。まぁ、そのまんまでお守りだよ。海に出る人だけしか効かないかもしれないけど」
「でも、これ……大事な物なんじゃあ」
「そうなんだけどね。でも、ウィルや先生が居なかったらあたしたち危なかったからさ、それのお礼」
「……僕じゃなくて、先生に渡した方が…」
「先生も同じこと言ってた。『ウィル君に渡して上げてください』だってさ」
「…………」
「はい!」
「ど、ども」
お守りを手渡し、ソノラは宝箱の中にあるサモナイト石を取り出す。
普段手に入る物より小さいそれは、光沢があり綺麗に菱形で形どられていた。
「ありがとう。大切にするよ!」
「う、うん……」
笑顔でそう言ったソノラはサモナイト石を大事にしまい、元来た道を歩いていく。
俺は手の中にある水夫のお守りをじっと見詰めた。
『昼間のお礼だよ。先生が居なかったら、きっとあたしたち大変だったから』
「レックス」だった時。
同じように「ソノラ」からこれと同じモノを貰った。同じ、ように。
……嬉しい。でも、やっぱ寂しい。
何も知らない今の状態。それで如何にかなる訳なんてないけど。
「みんな」に会いたい。そう思った。
「ウィル~~~~~! 置いてくよーーーー!!」
……ソノラが呼んでる。行こう。
「ていうか、何か持ってけよ……」
「ミャ~~~」
釣具と、大漁の魚、中身のない宝箱が散乱していた。
「じゃあ、ヤードさんの言う右上の青い灯りで……」
現在。アティさんと俺、カイル一家の全員が集まって島探索の作戦会議が開かれている。
この島を脱出(出来ないけどね)する為にも壊れた船を修復しなければいけない。そうなると必要なのは木材に専門的な知識と人手。
カイル一家が見たという島の中央を取り巻く四つの光からこの島に人が住んでいる可能性は高いと踏み、光の灯っていた場所に行ってみようという訳である。
しかしアティさん、よりによってソコを選んでしまったか……。将来はベイガーさんの実験三昧だね。南無。
さて、俺も『報復』する為の準備を……
「じゃあ、ウィル君は此処に残って下さい」
…………なぬ!?
「せ、先生!僕も「心配しないで下さい、ウィル君。ちゃんと帰ってきますから」……」
な、何てことだ。こんな展開になるなんて……。そんないい笑顔で「いってきます」だなんて、絶対帰ってきてねと送り出すしかないじゃないか。
「レックス」の時は留守番すると言ったにも関わらず強制的に連れ出されたのに、今はこうして危ないから留守番していろだなんて……!!
これでは『報復』がっ!?
畜生、いつだって世界は俺が望まない方向へ誘導していく! もはや常備発動型の特殊スキルが備わっているとしか思えない! もしくはエルゴ! どちらにしたって最悪だっ!!
「行ったわね。じゃあ、ウィルはこれから如何する?あたしは船の整備するけど」
「………部屋で勉強してます」
「解ったわ。何かあったら呼んで頂戴」
同じく留守番することになったスカーレルに返事をして船長室を出ていく。
この気を逃したら間違いなく『報復』は長い間お預けとなる。ダメだ、そんなのは許容出来ない。この激情を抑えておくなんて俺には出来ない。この先、気が納まることなんて決して訪れないっ!!
行くしかない。部屋へ戻り窓から脱出、アティさん達に見つからない様にし、速やかにミッションを達成して此処に戻ってくる。……ウィル、上手くやれよ。
「……逝くぞ、ねこ」
「ミャッ!!」
アティさん、そして召喚獣達に見つからないように、木が生い茂る森の中を進む。物音一つ立てない様に、細心の注意を払って。
速度も大事だが、何よりも大事なのは隠密性。まだこの島の住人達に認めらていない今、下手に刺激し警戒心を持たせるとこの先の交流に支障をきたすかもしれない。
誰にも見られることなく、気付かれることなく、任務を遂行しなければならない。
………段ボールがぜひ欲しい。
◇
風雷の里、雨情の小道。
鬼妖界シルターンの召喚獣が住む集落、その場所において。風雷の里の護人キュウマは一人そこにいた。
先程伝えられた護人の召集。内容はアルディラが接触した人間達の処置を決めるというもの。話し合いが行なわれる集いの泉へ向かおうと屋敷を出てこの場所で差し掛かった所で、キュウマは動きを止めていた。
いや、動けずにいた。
(……殺気!!)
静かな、だが明確な殺気がキュウマの身に叩きつけられていた。
キュウマは辺りに視線を走らせるが、刺客の影は見当たらない。長々とした竹林が風でザァザァと鳴るだけで物音一つさえしなかった。
冷や汗がキュウマの頬を伝う。キュウマは鬼の忍。自分ではまだ未熟と謙遜はしているが、その腕は本物でありこの島の誰よりも気配の察知、隠密行動には優れている。
そのキュウマが殺気を感じ取っているにも関わらず相手の位置を特定出来ない。何よりこの状況に陥るまで異常―――自分以外の存在、前触れさえにも全く気付かなかったという事実。
信じられない。
キュウマの内でその思いが占められる。自分と同等、もしくはそれ以上の手練。それが今こうして自分のすぐ近くにいる。
明らかな窮地にキュウマは足を止めざるを得なかった。
静寂の一時。風が止み、竹の擦り合う音もしなくなる。
沈黙がその場を支配すると思われた、その時!
「!! はっ!」
頭上の脅威をキュウマは瞬時に知覚。横に飛び空中で身動きがとれないソレに苦無を投擲する。
「っ!? 鍋!!?」
だが、それは刺客その者ではなく囮。
キュウマの意識をそれに向けさせるデコイに過ぎない。本命は、今キュウマに高速で迫っているその凶弾!
「ぬおっ!!」
回避は不可能と思われたそれを、キュウマは身を捻り寸でのところで往なす。
先を常に読む忍は、その危機回避能力によって一命をとりとめた。
「そこかっ!!」
凶弾が放たれた方向から刺客の位置を断定。竹林の一角にキュウマは駆ける。
が、
「ぬおおっ!!?」
落とし穴。加速したその状態で踏み抜いた穴を避けるのはキュウマといえど不可能。
叫び声と共にキュウマは落下した。
「ぐうっ!?」
ボチャンと音を立て底に落ちたキュウマは呻き声を上げる。
まさか落とし穴が準備されているとは。先程の空蝉の術といい、相手は自分と同じ忍なのではないか。このやり取りからキュウマはそう思わずにはいられなかった。
「ぬあっ!? くさっ、臭い!! こ、これは、糞っ!!?」
穴に溜まっている茶褐色の液体。異臭を撒き散らすそれは紛れも無く糞だった。
『ふんっ、これで忍とは聞いて呆れる』
「!? 何奴っ!!」
頭上。キュウマから見て落とし穴の脇。
其処に黒装束を被った得体の知れない何者かが1人佇んでいた。被っている黒装束のせいで顔から姿まで何一つ窺えず、人か召喚獣かさえも解らない。
黒装束は糞まみれのキュウマを見下ろしていた。
『貴様のようなうんこが忍を名乗るなどおこがましいわ! このうんこ忍者がっ!!!』
「う、うんこっ!?」
『うっさい、うんこ! 黙れ、うんこ! 喋るな、うんこ!』
「き、貴様ぁ!! それ以上の侮辱はおぼぼぼぼぼぼぼっ?!!」
糞の濁流がキュウマに降り注いだ。これでもかと言うくらい降り注いだ。
『もういいだろう。止めろ。……よし、仕上げだ!!』
黒装束から魔力が渦巻き、空中に巨大な碇が召喚される。
真下には落とし穴もとい糞の泉に浸っているキュウマ。穴の幅は1m程しかなく、避ける隙間は皆無。というか穴に落ちれば脱出不可能の蓋となる。
「ま、待てぇええええええええええええええええええ!!!?!!?!」
『糞に溺れて溺死しろ』
ドボン、と茶色い液体が飛沫を上げた。
「あーすきっりした」
「にゃにゃ」
『報復』は終わった。今非常に達成感に満ち溢れている。
落とし穴やら肥溜めやらの準備。誰にも気付かれない運任せの部分。リスクを犯してでも行った甲斐があったというものだ。
俺が此処に居る原因。こうなる前は「ミスミ様」のお屋敷に居た訳だから、何かしらあの「うんこ忍者」が関係しているだろうという考えに至った。
「ミスミ様」がお屋敷に呼んでくれる様になってからあの「うんこ」、あからさまに俺を目の敵にしていたしな。変な仮面かけて斬り掛かってきたこともあるし。「キエエエエッ!!」とかどんな掛け声だよ。
まぁ、兎に角「うんこ」が関わっているのは間違いない。故に『報復』。うんこにはうんこらしい末路を用意してやった。
実際「俺」の知ってる「うんこ」じゃないんだろうけど、うんこはうんこだ。呪うなら俺を追い遣った「うんこ」を呪ってくれ。
「まぁ、死にはしないだろう。集いの泉には行けないだろうけど」
「ヤ、ヤッファ殿………」
「キュウマ! てめー、どんだけ遅れてんだ!! 待ちくたびれってくっさぁぁああああああああああっ!!!?!? くっさい!! くさっ! くっせ!! くそくさっ!!?」
「し、忍に、忍に嵌められて……」
「馬鹿っ、来んな!! 俺は鼻が効くんだっ! 殺す気かっ!!?」
「し、しかし、忍が、現れた、のです。相当の、手練です。今すぐみなで、討ちにいかなけ、れば……」
「来んなっ! 来んなっ、うんこ!! くせぇって言ってんだろっ!!? おえっ、くっさっ!!」
「そ、そこまで言わなくとも……」
「言うに決まってるだろっ!! てめーはくせぇっー! ゲロ以下のにおいがプンプンするぜッーーーーーーーー!!!!」
「?? どうしたんですか、アルディラさん? 何か騒がしいみたいですけど」
「な、何でもないわ。も、もう少し待って頂戴……」
「はぁ」
(代表がフンまみれで現れたなんて言えない……)
◇
「――という訳なんです」
「なるほど……」
今アティさんに、この島が人が召喚したはぐれ達が放置されたままの実験場だと説明を受けた。
まぁ、知ってるんですけどね。
あの時はもう既に嫌な予感がしてたんだよな。呼ばれたのではないかとか聞かれたし。絶対何か厄介事に巻き込まれるから、護人の言うとおり不干渉決め込もうとしたのに帝国軍出てくるし。「カイル」に引っ張られてて奴等の姿見た瞬間、胃がギシって鳴ったね。「アレ」が居る筈がないと言い聞かせながら剣振った覚えがある。すぐに願いはブチ壊しにされたけど。
「アレ」のことを考えたせいかまた胃が痛み出してきた。そして、それと同時に森の方角から爆発音。
噂をすればなんとやらという奴か。帝国軍が現れた様である。……いるよね、アレ。
今回は運良く、てことないだろうし。ていうか、アレ死なないような気がする……。
「ウィル君は此処に居て下さい!」
「ちょい待って、先生」
「あぐうっ!?」
駆け出そうとするアティさんを止める為にマントを掴む。アティさんの首が絞まり変な呻き声が上がった。
前々から思ってたけど、アティさんのこの2つに分かれた後ろのクセっ毛って変わってると思う。
「何するんですかウィル君!? 殺す気ですかっ!!?」
「そんなんで先生が死ぬ筈ないじゃないですか」
「断言しないで下さい?!」
「今更のような気がしますけど、そんなことより―――」
態度を改め真剣な顔でアティさんを見詰める。俺のその様子に、アティさんは身を強張らせた。
「―――先生。あの『剣』、絶対使わないでください」
「えっ…………」
アティさんが目を見開く。恐らく、非常時には使うつもりであったのだろう。
「剣」がヤバイのはなんとなくは解ってはいるが、それでも周りの人達を守る為だったらアティさんは「剣」を抜く。自分より、他人を守ろうとする。そういう人だ。なんとなくそれが解ってしまった。
まぁ、俺の正反対の人だからという根拠もあるが。ちなみに俺は楽したい、怪我したくないなど、自己中心的に「剣」を使いまくった。
「約束してください」
「……ど、どうしてですか?」
ハイネル出てくるからです、なんて言っても納得してくれないだろうしな。ていうか意味解んねぇよそれじゃあ。
……ふむ。じゃあ、適当に。
「それは……」
「それは……?」
「あの「剣」使った時の先生が、滅茶苦茶怖かったからです」
「…………………はい?」
「怖かったんです。滅茶苦茶」
「…………そ、そんな理由で」
「もし、あの時のメルギトスみたいな顔で「剣」振り回してたら、此処の召喚獣達きっとびびって先生や僕達に近付こうとしませんよ? ひょっとしたら、攻撃仕掛けてくるかもしれません。仲良くなるならない以前の問題です」
「……え、ええっ!!? う、嘘っ!? そ、そんな!!?」
「ええ、ていうかメルギトスなんて取るに足りませんよ。はぐれ達を斬り掛かる姿を鬼畜にしか見えませんでした。いえ、ホントに。僕は先生のあの気に当てられて一時自分を見失いましたし」
「うっ……!!」
あの時の俺のいきなり叫び出した姿を思い出したのだろう。アティさんは泣きそうな顔で言葉に詰まっている。
まぁ、あれは俺が勝手に混乱してただけだが。でも、それ以外は割と事実。誇張してるけど。
「召喚獣に協力して貰わなきゃいけないんですから、アレは自重した方がいいですよ。いや、ていうかホント自重して下さいお願いします」
切実(しているよう)に頭を下げる。
「…………わ、解りました……使い、ません」
フラフラと爆発のあった方向に歩き出すアティさん。アレたどり着けるのか非常に不安になる。
暫く進んだ所でぴたっと立ち止まり、泣きそうな、いや半分泣きながら振り返った。
「そ、そんなに怖かったですか……?」
否定して欲しいと懇願するように尋ねてくるアティさん。縋る思いで聞いているのが見て取れる。
それを見て俺は、
笑顔でサムズアップした。
「…………う……うう…う、う……う~~~~~~~~~~~~~!!!!」
溢れる涙撒き散らしアティさんは森へ駆け抜けていった。ピョンピョン跳ねるクセっ毛が素敵です。
さて、どうするかな。俺が行かなくたってきっと片付けられるだろうし。アティさん「剣」使わないだろうし。いや、使えないだろうし。
戦いは嫌いだ。好き好んで怪我などしたくない。もう今回の戦闘は心配事ないのだから、みんなの帰りを待っているとしよう。うむ、それがいい。
『先生が居なかったら、きっとあたしたち大変だったから』
……怪我をするだろうことが解ってて、見過ごす。解ってる癖に行かない。出来る事があるのに何もしない。
…………どうなのよ、それは? 「俺」の知ってる「みんな」ではないけど、それでもみんなはみんなで。頑張ってきた、頑張っていく仲間達で。大切な、人達で。
らしくない。心配などらしくない。「ウィル」と混ざったからだろうか。それとも、彼女の姿に感化されたからだろうか。兎に角、俺らしくない。
此処に来る前だったら気にもしなかったの。いや普通に、「みんな」クソ強いし。逃げても隠れても連行されるし。無理矢理戦わされてたし。
此処では誰も俺に戦えとは言わない。待っていて、とそう言ってくれる。戦わずに済むのだから御の字の筈なんだけど。何故か喜べない。落ち着かない。
………もしかして、俺Mなのか? そうなのか? そうだったりしちゃうのかっ!?
嫌だっ! 真性の変態は嫌だっ!! 構ってくれないと死んじゃう小動物なんて嫌ーっ!!!
もしかしてアレの襲撃も実は喜んでたりしたしたのかっ!? マジかっ!? 本当にっ!?
いやそれはない。あの胃痛は本物だった。
「……あー、もういいよ、Mでも何でも」
駆け出す。剣と剣、光と光が打ち合わされている戦場へと。
アリーゼ。ただの変態なのかもしれないけど、君の言ったとおり、自分の意志で戦ってみるよ。
◇
『オオオオオオオオオッッッ!!!!』
放たれる矢、銃弾、召喚術。それら全てを白銀の鎧が受け止める。
2mを有に越す巨体。人1人が持つやっとの大剣を軽々と片手に持つ冥界の騎士。
狭間の領域の護人ファルゼンは咆哮を上げ、人間――帝国軍の一斉射撃を耐え凌いでいた。
本来の彼ならばそれらを往なし防ぎ、攻勢に出るのは造作もない。だが、それをせずあえて全てを受け止める。
原因、理由は、彼の後ろにいる召喚獣。繰り出される攻撃の音に、威力に、怯え蹲っていた。
今自分が離れれば、後ろに控える召喚獣はこの荒れ狂う砲撃に晒されることになる。ファルゼンは自分の身を用いて盾となっていたのだ。
召喚獣達を無差別に攻撃する帝国軍達を発見したのはつい先程。その場はアルディラと人間――アティ達に退くように促され離れたのだが、アルディラ達が交戦する部隊とは別の隊に遭遇してしまった。
強制的に戦闘に入り奮闘するファルゼンだったが、例の召喚獣がこの場を逃げ遅れそれを守り続け今に至る。
『グゥウウウウウッッ!!!』
苦渋の声とも取れる音が戦場に響く。攻撃に晒され続けた鎧は全身に皹が入り、砕け損傷した箇所も少なくない。
四人からなる小隊の攻撃は衰える事を知らず、ファルゼンの体を徐々に削っていく
(このままじゃあ!!)
鎧で身を覆っている彼、いや彼女――ファリエルはこの状況に焦心する。
自分はもう既に死んでいる霊体。いくら鎧が傷付き壊れようが死ぬことはない。
だが、自分の後ろに今も震え動けずにいる召喚獣は別。この鎧が攻撃に耐えられなくなり後ろに通してしまえばこの子はどうなる? 命の保証など出来ない。
ファリエルは募っていく不安を感じながら全魔力を前面の鎧に回す。誰か助けが来るそれまで耐えなくてはいけない。
だが彼女自身が一番解っている。もう自分の鎧は限界が近い。もう幾分もしない内に完全に砕けてしまう。
(誰か!!)
助けて。心の中でファリエルはそれを望んだ。
「サモンマテリアル」
ドンッと鈍い音が森を震わせる。
「ぐおっ!?」と呻き声が上がり、身を襲っていた暴力の雨が止んだ。
(えっ?)
ファリエルは顔を上げ、前方に視線を走らせる。映るのは倒れ付す1人の兵士。残りの者達は驚愕し、視線を自分達の横に向けていた。
その視線を追えば、其処には疾走する緑の影。
1人の少年が、戦場に姿を現した。
「子供!!?」
突然の強襲。帝国兵士達は慌てて召喚元に目をやると、向かってくるのは仕立ての良い緑の服を着ているたった1人の少年。
その手に握られているのは鈍く光る灰色の鉱石―――サモナイト石。
「水夫の守り――誓約――召喚」
少年の呟きと共に無のサモナイト石が輝き、次第に形を変えてゆく。
契約の儀式。本来召喚獣との契約に用いられるそれは、特定のアイテムとサモナイト石を組み合わせる事で、武器を作り出すことも可能になる。
輝きに包まれるそれは剣を形作っていき。そして、輝きが消え少年の手元に現れたのは―――
「「「「え……」」」」
―――さびてる剣。
銘などない。さびてる。そのまんま。名前があるとすれば「さびた剣」。
片手剣に属されるその剣の威力は、もちろん底辺の最下級。攻撃力など皆無。切れるのかさえ疑わしい。ていうかまず無理。
帝国兵士も含め、ファリエルも素で言葉を洩らした。
少年以外の時が一瞬止まった。その隙を少年は見逃さず。
片手に持つその剣を振り上げ
ブン投げた。
「「「「って、ええぇーーーーーーっ!!!?」」」」
剣をブン投げる、この用途は如何に!?
更なる混乱が戦場を支配する。奇抜、というよりもはや救えない行為にしか感じられない。
速度を持って一直線に向かってくるなら兎も角、お世辞にも速いとは言えず更に放物線を描いている。
剣は少なからず重い。それをあの細身の体で投げ、飛んできているだけでも素直にすごい……が。
当たるのは別問題。帝国兵士達は何の苦もなくヒョイと避ける。何がしたいんだと兵士達が半ば呆れたところで、
異変が起こる。
「ぐっ!?」
「づっ!? ごほっ、がはっ!!?」
「う゛ぁ!? ご、ごれはっ!?」
兵士達は咽せ咳き込む。空気を吸い込んだ先から肺が激しく痛み、次には眩暈吐き気が彼らを襲った。体中に痛みが走る。
彼等の周囲は空気がくすんだ緑色に濁っている。濃緑の極小の粒が舞っていた。
(ど、毒胞子っ!?)
兵士の1人が先程投げられた剣、それが突き刺さっている異常に大きいキノコの存在に気付く。緑に染まっているそれは間違いなく、毒キノコ。
―――最初から、これを狙っていた!?
兵士に戦慄が走る。
「来い、ポワソ」
続いて響く少年の声。同じ「水夫のお守り」を契約の儀式に使い、召喚されたのは霊界の召喚獣ポワソ。
通常の召喚とは異なる「ユニット召喚」。発動した際のみしか効果がない通常召喚とは違い、召喚士が送還するか戦闘不能にならない限りその場に留まり続ける召喚術。戦闘、偵察、補助、あらゆる面で人間と同じかそれ以上の働きをする。
「杖を持った召喚士をやれ」
「ピィ!!」
召喚された帽子を被ったゴースト、ポワソはその可愛らしい外見裏腹にとんでもない速度で突撃。
今だ咳き込む帝国兵士に全身で体当たりをかます。
「があっ!!?」
渾身の体当たりを受けた兵士は豪快に吹き飛んだ。
「こ、こんのぉーー!!」
痛む体を起き上がらせ、帝国兵の一人は自らが持つ銃をポワソに向ける。
「ねこっ!」
「ミャミャーーッ!!!」
片手に持つ獣のサモナイト石を突き出し、少年は召喚魔法を発動する。
発動から一切のタイムラグなく、「ねこ」を召喚。ねこの持つ本から光が生まれ、銃を構える兵士へと肉薄する。
「召喚・星屑の欠片」
光は甲高い音と共に兵士に着弾。バキィンと光が砕ける音響が辺り一帯に広がり、兵士は声を上げる暇もなく地に倒れ伏した。
「っ!?」
「遅い」
残った兵士が弓を構えるが、それはあまりにも遅過ぎる。
少年から放たれた黒光りする鉄器―――苦無が兵士の肩に突き刺さり、直撃。
「いぐっ!!?」
「ポワソ」
そして、兵士の真下、視界に入らないそこにいる召喚獣。
合図と共に飛び上がったそれは、
「ピピィ!!」
「ぐあっ!!!?」
兵士の顎を打ち抜いた。
「………………!!!」
一瞬。一瞬だった。
無意味と思われた誓約の儀式から、全ての兵士を戦闘不能に陥れるまで。
攻撃の動作、速度が圧倒的な訳ではない。召喚術の威力が凄まじい訳ではない。
流麗。一切の無駄のない、流れるような戦闘技術。戦いに、慣れている。
静かに佇む少年を、ファリエルは言葉を失くし、見詰めていた。
◆
何の前触れもなく、少年が振り向く。霊体である私の動揺は身を包む鎧に伝わり、その巨体が僅かに揺れた。
少年が近付いてくる。何をすればいいのか。何を言えばいいのか。目の前の光景を見て真っ白になってしまった頭は上手く動いてくれない。
そのまま何もする事も出来ず、気付いた時には彼がもう目の前に立っていた。
黒にも見える彼の深緑の瞳と、鎧越しから見詰める私の瞳が交差する。見詰め合ったのは少しの間。なのに、私にはその間がとても長い物に感じられた。
「……大丈夫?」
掛けられた声は何故か親しみが込められていて。
長年付き添った人に向けられるようなその響きに、私はひどく狼狽した。
「え……ぁっ…………」
ファルゼンではない、「私」の声が洩れる。
いけない。何をしているのか。正体を悟られてはいけないというのに。乱れる感情を押し殺し、ファルゼンで彼に応答する。
『……ナゼ、タスケタ』
………答えになっていないよ!? うぅ、まだ頭が混乱してる……。
でも、聞きたかったのは事実。
人間である彼が、どうして異形である私を助けたのか、助けてくれたのか。理由が知りたい。
私の、返答になっていない、逆に聞き返したそれに、彼は迷うことなくあっさり答えてくれた。
「助けたかったから」
たった一言。それだけだった。そんな彼の言葉にまた私は狼狽える。
でも、それと同時にその言葉がトスンと胸に落ちた。
「それに」と言葉を切って彼は私の後ろに向かう。
蹲っているメイトルパの獣に優しく声を掛け、頭を撫で怯えをなくしてあげた。落ち着いた所で「行きな」と言い、森に消える後姿を見送った。
何故か召喚獣の扱いが手慣れているように見えた。
「守ってたんでしょ、あの子。頑張ってあの子を守る姿見たら、どうしても助けたくなったんだ」
『…………ソウカ』
「うん、そう」
不思議な子だとそう思う。そして、いい人だとも。
彼を見てて、何だか嬉しくなった。
「…………」
「…………」
「…………」
「…………」
って、如何しよう。会話が続かない……。
な、何か話さないと。
「ファルゼン」
『……?』
よ、良かった、話しかけてくれて。
って、あれ? 私名前言いましたっけ?
「あんまり、無茶しないで欲しい」
「………………ぇ?」
「自分をもっと大切にした方がいい。いや、しなさい」
「…………」
「…………約束。破ったら、ダメだから」
笑顔を向け、彼は私にそう言った。
ファルゼンに成ってから、本当の意味で「私」を見てくれる人はフレイズだけだった。
そのフレイズも、もう存在しない主従の関係を引き摺って私の意思を尊重しようとしてくれる。対等ではないのだ。
「約束」なんて、自分を大切しろなんて、「私」に向かってそう言ってくれる人なんて、居なかった。
彼は何も知らない筈。「私」のことなんて知らない筈。だから、これは傷付いた鎧、ファルゼンに言われた言葉。
「私」、じゃない。
でも、その瞳を向けているのは、「約束」をしているのは…………「私」?
声が出ない。胸が詰まる。在り得ないと分かっているのに。
彼の言葉が、「私」の中に入り込む。聞こえる筈のない脈動が、どくどくと体を震わす。
貴方は、「私」が見えているの?
「…………帰るよ。一緒に居る人達に心配掛けちゃうから」
「ぁ……」
「それじゃあ」
『…………「な」ハッ!?』
「…………」
『「な」ハ、ナントイウ……?』
「…………ウィル。ウィル、マルティーニ」
『うぃる……』
「………………また、ね」
―――ファリエル―――
「…………………」
呼んでくれたような気がした。「私」の名前を、呼んでくれた、そう聞こえた。
小さな背中はもう見えず、「私」1人だけが残される。月明かりの元、私は身に纏う鎧を解いた。
魔力に満ちている月の光は、霊体であるこの体を潤してくれる。数少ない「私」で居られる時と場所。
また、会えるのかな?
再会を望む言葉は、ひどく心地がいい物で。不思議と心が弾む。
胸に感じる温もり。そんなものはない、ただの虚構であるのは分かっているけれど。
でもやっぱり、暖かかった。