「自分のしたことには責任を持つ。決して誤魔化したり逃げたりしない。誰かさんの口癖でしたよね?」
「さてな……」
フレイズさんが帝国軍を発見したとの連絡を受け、みんなで集まったのがつい先程。
今まで帝国軍の前に立って進路を邪魔している形になっていた訳ですが………。
火をつけたのは貴方達かと尋ねた時のアズリアの顔、それを見て火をつけたのは彼女達ではないと確信しました。
アズリアが関係のない島の人達を巻き込むとは考えられない。何より、こんな人数で隠れながら火をつけるのはまず不可能です。何処かで誰かに見つかってしまう。
おかしいとは思いました。
目の前の利益を優先するのがまともの軍人の在り方だと、昨日アズリアは言いましたが、それでも放火しただけというのは不自然です。
放火の混乱が収まった後じゃあ火をつけた意味が何もない。そしてアズリアが意味のないことをやる筈がないんです。利益とかそういう以前の問題。アズリアが言っていた軍人としての誇りにも反する。
つまり、これはアズリア達ではない別の何者が火を放ったということ。
更に踏み込んでしまえば、その何者かはアズリア達がやったと見せかけようとも…………
「アティ」
「っ! な、何ですか、アズリア?」
突然掛けれらた声に反応し、思考の海から意識を引き上げる。
道を開けた私達の前を通り過ぎたアズリアが、此方に振り向いていた。
「昨日の戦闘において、お前達の戦術展開について聞きたいことがある。答えられなければ答えなくていい」
「えっ………」
突然のアズリアの申し出。
それが何を意味しているのか、何故そんなことを聞くのか解らなかった。
「あの戦闘の指揮或いは作戦を立案しあのはお前か?それとも―――」
それでも彼女が何を聞きたいのか、私は無意識の内にそれを悟った。
「―――あの、ウィルといった少年か?」
「っ!」
答えを思うが先に体が反応してしまい、僅かな体の揺れと動揺を表に出してしまう。
「やはりか……」
「……………」
「あんた、何が言いたいのよ!」
見当がついていたかのようなアズリアの反応。
むざむざ悟らせてしまった私は押し黙ることしか出来ず、代わりにソノラがアズリアの態度に噛み付いた。
「どうもこうもない。ただ私の中にあった確信が確定に変わっただけだ」
「!」
それは………
「それは最初からウィルがやったと信じて疑わなかったということかしら?私達がいるのにも関わらずあの子ただ一人に絞り込んでいたと?」
アルディラが普段より鋭い眼差しで問いただす。
少し刺のある物言いに聞こえるますが、アルディラは普段にも増して冷静にアズリアの真意を見極めようとしている。
「答える義務はない……が、まぁいいだろう。先に尋ねたのはこちらだ、答える義理くらいはある。…………確かにお前達の誰かがあれを講じた可能性は否めなかったが、あの狸……ウィルという少年には前にも痛い目に合わされているのでな。あの忌々しい手口からして大方の予想はついていた」
「前、から……?」
一体どういうこと…………
(狸ってオイ………)
(相応し過ぎるだろ……)
(確かにぴったりなような気がする)
(……盲点だったわね)
(化かされる、といった意味では的を得ているとかいいようがありません)
(ム………)
………アルディラが真面目に思案している傍らでソノラ達がこそこそ話してます。
何かウィル君のこと遠慮なしに言ってるんですけど…………ああ、でもみんなの意見には私も賛成です。激しく同意します。
というか、アズリア、敵の立場なのにこれ以上のない位にウィル君の本性を形容するなんて…………一体何があったんですか?ものすごく同情しちゃいます。というより親近感湧いてきました。
「以前と似たような感覚に襲われたからそう推測したまでだ。…………アティ、その哀れみと慰めを同居させたふざけた目で私を見るのは止めろ。虫酸か走る」
怒られちゃいました。
「……前とは以前にも似たようなことがあったということ?それが必要以上にウィルを警戒している理由?」
「一度の質問には答えた。これ以上話すつもりはない。あとは本人にでも聞けばいいだろう」
アルディラの問いをアズリアは受け付けず、話は済んだとばかりに切り上げる。
「……だが、そうだな。お前の言う通りあれには何度も辛酸を飲まされている。必要以上に警戒、というより警戒せざる得ない」
こちらに背を向けて、アズリアは答えるという訳ではなく独白のように言葉を連ねていく。
アズリアにこうまで言わせるなんて、ウィル君は何をしたんでしょう?確かにウィル君のやること為すことは度々目を見張らされますが。
何かとんでもない事をしでかしちゃったんでしょうか?……否定出来ない。というより簡単に想像出来る。本当に彼、何者なんでしょう………。
「ああ、当たり前だろう。こちらが撤退中に容赦なく背後から大砲を炸裂させる輩をどうして警戒せずにいられる?危うく部隊が全滅しかけたんだ、その元凶が少年だろうが狸だろうが雪辱を晴らすのは当然にして必然だ。脅威を排除するのに何を躊躇う?」
……なんだかアズリアの身に纏う雰囲気がやばくなってます。
というかアズリア、俯きながら笑わないでください。おぞましいにも程があります。あと、それ独り言ですか。
前髪がかかって目が隠れているアズリアは黒いオーラを背負っている。フフフ笑ってます。
こんなのアズリアじゃないです。アルディラやカイルさん達も顔を盛大に引きつらせてじりじりと後退してますし。
今気付きましたがアズリアの制服のあちこちに焦げた跡があります。上着の端の部分が虫食いにあったかの様にボロボロになってる……。
い、いえ、変形してる。新手のファッションですかと突っ込みたいくらい変形してしまっている……!
よーく見ればアズリア以外の帝国軍の人達も同じような状態です。というか、あの人達例外なく黒いオーラ纏ってます……!!
「あの爆音と火薬の臭い……ああ、思い出したよ、思い出したさ。敵の砲撃に晒され、為す術もなく吹き飛んでいく感覚。油断は瞬時に死へと繋がる本物の戦場。濃厚な死の気配……ああ、思い出したとも、あの狸の策略のおかげで思い出させてもらったよ…!!!」
く、黒いっ!?な、何より恐い!!
というか、それウィル君がやったんじゃないですっ!?
「ア、アズリアッ!?そ、それっ、誤解―――!!?」
「畜生の分際で人間に逆らうとはいい度胸だ。潰してやる。跡形もなく粉砕して再起不能にしてやる。生まれてきたことを後悔させてやるぞ……っ!!―――全軍行軍開始ッ!」
「あ………」
行っちゃいました……。もの凄く物騒なこと口走りながら…………。
「……………」
「……………」
「……………」
「……………」
私達の間で沈黙が続く。
そして暫くして、再起動を果たした私達は、1人を除く全員が、ある一点に顔を向けた。
「ソノラ……」
「お前……」
「……………………………」
みんなの視線を一斉に受けたソノラは顔を背けあさっての方を向く。一筋の汗を垂らしながら。
「どうすんだよ、オイ………」
「…………」
「冗談抜きで死者が出るかもしれません………」
「…………」
「因果応報の転換………ここまでむごいモノだったなんて」
「…………」
「ソノラ、あんた後でちゃんとウィルに謝っときなさいよ。でなかったら一生尽くしなさい。………許されるかは解らないけどね」
「…………うぅ」
『……………………』
「ファ、ファルゼン、睨まないでぇ……!」
ぐさぐさとソノラに刺さるカイルさん達の非難。自業自得ですからさすがに同情の余地がないです。
というか、本当にウィル君の生命の危機です。ヤル気満々でしたよ、帝国軍の人達。アズリアなんて目がいっちゃってましたし………。
何とかしないと……。
「……そ、そういえばさぁ、ウィルどうしたの? こ、此処に居ないじゃん!」
努めて明るく振る舞うソノラ。話逸らしましたね。
でも本当にウィル君何処行っちゃったんでしょう?時間もなかったから出発してしまいましたけど。
「そういえば、キュウマの姿も見えませんね」
「ああ、キュウマの野郎は用事があるらしい。俺達だけで行ってくれって来る前に頼まれた」
「用事、って何よ?島に関わる今回の件より優先させなきゃいけない用事って、一体何?」
『……………………』
アルディラがすごい剣幕でヤッファさんを睨み付けます。
ファリエルも無言でプレッシャーかけてます。
「い、いや、何でも忍ばなければいけない事が出来たとか何とか…………」
「何考えてるのよ、あの忍者はっ………!!曲がりなきにも護人でしょうが……!!」
何だかこの頃アルディラ怒ってばっかです。
「ねぇ、キュウマってもしかして………」
「あーー、あいつもまだ若いから汲んでやってくれ……」
何か変な空気になってきました。緊張感の欠片もない……。というか、キュウマさんの扱い不憫です。
というか、あの、みんな?火事のこと忘れてません?
何とかしなければと思い、火事の件は一体どうなっているのかと私はみんなに切り出そうとする。
「一大事です!!」
だけどその前に、血相を変えたキュウマさんがこの場に現れた。
「キュウマ!貴方今まで何処に……!!」
「今はそれどころではありません!」
アルディラの言葉をキュウマさんは切って捨てる。
その迫力に押されアルディラも戸惑い口をつぐんだ。
「何があった、キュウマ」
「謀反です!イスラが、帝国軍に加わって反旗を翻しました!!」
突然もたらされた内容に、この場の空気が一変した。
「なっ!!?」
「……どういうこと?」
「……………嘘、でしょ?」
『………ッ!!』
「おいおい、何言って………!?」
頭がこの状況に付いていけない。
みんなと同じように私も呆然と立ち尽くすしかなかった。
イスラさんが、謀反?裏切った?帝国、軍?
そんなのはありえない、心は頻りにそれを否定している。
だけど、キュウマさんの必死の形相が、それが真実であると告げていた。
動かぬ事実だと、受けとめるしかないのだと悟らせる。
「本当です!嘘などではありません!今イスラ達は境内に陣を引き――――」
そして次の言葉を聞いて、私の心臓は一際高い鼓動を打ち、次にはそれを握り潰すかのような錯覚を伴った。
「―――ウィルを人質として捕らえています!」
雨が、降り始めた。
然もないと 8話(中) 「卑怯者は誰からも理解されない傾向が多々見られる」
「…………」
しとしとと、最初は音もなく降っていた雨が、今は間を置かず、その身を地面に叩きつけて己の存在を自己主張している。
雨宿りをする都合のいい覆いはなく、ましてや傘など持ってる筈もなく、竹林の一角に体をすり寄せるようにして、俺は僅かな雨を凌ぐのみである。
勿論、此処に居るのは俺1人ではなく、見張りなる奴等が囲うようにして居る訳たが。………でなかったらむざむざ雨に濡れるような真似はしないで此処からおさらばしている。
此処、雨情の小道には、今現在俺の他に少数の帝国軍達が駐留している。
里の人達の姿が見えない所から、キュウマやフレイズが上手くやってくれたのだろう。
「俺」の知っている記憶より悪い方向にいっていないことは確かだ。しかし………
「何で此処に居るんですか、ゲンジさん……」
「知らん。知りたいのならわしをさらった奴等に聞け」
被害は0、ってのいうのは無理だったようで。
すぐ隣には帝国軍連中に捕まったゲンジさんが、俺と同じように雨に打たれている。
「一体どんな流れで捕まったんですか?」
「お前さんが此処へ連れられるのは偶然目にしてしまってな。キュウマに屋敷にいくよう言われてたんだが、それを破って………この様じゃ」
「…………ごめんなさい」
「いや、お前のせいではあらんよ。身の程を知らんでつけてきたわしが悪い」
普通に俺が原因のようである。申し訳ない……。
キュウマも御殿とそう離れてない庵に居るゲンジさんなら心配はないと思ったのだろう。
避難を促しただけで注意を払えなかったようである。
結局、人質を俺だけに止めることは出来なかったか。
なるべく「俺」の知っている展開に持っていこうと自分から捕まってみた訳だが、いやはや上手くいかないものである。
まぁ、実際この短時間でやれることなど少なくて一杯一杯だったのだが。自分から捕まったというよりは捕まるしかなかったという感じである。
それでもスバルやパナシェのような子供達は捕まらずに済んだのだ、その点だけでも良しとしよう。
思うように物事が動いていくほど世界が甘くないのは百も承知だから。常時上手くいく筈はない。
「まさかこのような形で捕まるとはな。わし等だけというのが不幸中の幸いか」
「同感です」
ゲンジさんと言葉を交わす。
いつもと変わらない様子でいるのは俺を不安にさせない為か。ゲンジさんの声は普段と同じ音色だった。
「レックス」の際にお世話になったように、ウィルになった今でもゲンジさんには色々気に掛けて貰っている。
前は殴られ投げられ極められるといったお叱りばかり受けていたが。サブミッション(間接技)の数々は老人とは思えない程のキレがあった。ギリギリと間接が絞まっていく感覚は島の暴力の中で2番目に味わいたくない理不尽である。ちなみに1番は「クノン」の注射。
あの時は何故お前のような若造がと、散々愚痴られ呆れられたものだった。
第一印象から教師の形(なり)じゃないと普通に言われた。自覚はあったがはっきり言われるとまたキツイ。自分のダメさを再認識してしまう。
また、教師の教訓を教えてもらう度に血反吐を吐くのはどういう理由だろう。あの頑固鉄拳パンチを繰り出す「ゲンジ」さんは決して教師などという役職に当てはまる人物ではない。
まぁ、そんな「ゲンジ」さんのおかげでこんな「俺」でも教師というものが出来たのだと思う。
島が平和になった後もなんだかんだで学校だけは続けていたし。それ以外はニート炸裂させていたが。
島に漂流して此処へ来た境遇を察してかは解らないが、ゲンジさんは俺に何かと声を掛けてくれる。単に子供好きなのかもしれないが。
ゲンジさんの庵に行けばお茶をいつもごちそうになるし、自分の昔話や経験談をよく聞かせてくれる。悩み事があれば何時でも言いに来いとも言ってくれた。「レックス」の時と態度が全く違って戸惑いもするが……まぁ、子供の役得ということで納得している。
いい人であるのは解りきっていることだし。
「ゲンジさん寒くないですか?ずっと雨に濡れてるし」
「バカタレ。子供が大人の心配をするな。わしより自分のことを気にしろ」
「大丈夫です。僕、雨好きですから」
「お前は何時もそうやって自分のことを等閑にして………。ちっとは子供らしくせい」
「してますよ。現在進行形で子供時代を謳歌してます」
「はぁ。…………若造の言った通りじゃな」
「はい?」
「いんや、何も言っとりゃせんよ」
溜息を吐くゲンジさんに首を傾げたが、何か疲れてる感じがしたので言及はしなかった。というか、コレ呆れられてる?
結局俺とゲンジさんはこういう相柄なのか。
「ったく、あの訳解んねぇ化物のせいでジジイしかさらえなかったぜ」
と、ゲンジさんと会話している中、大きな舌打ちと共にワカメが声を荒げる。
化物――恐らくキュウマのこと――それに襲撃を受けて集落の人達に手を出せなかったワカメは機嫌の悪さを隠そうともしない。
ワカメもそこら辺の兵士より能力は高いだろうが、人質という荷物を抱えている状態ではキュウマに敵わないのは当然だ。逃げてくるのが精一杯だったのだろう。
邪魔されたワカメは暴言を吐き散らし続けていた。
「しかしテメーが此処にいるとはなぁ、クソガキ。ヒヒッ、前の時といいマヌケだな、テメーもよぉ」
来たよ。
いつかは欝憤を晴らす為に矛先を向けてくるとは思っていたが、このワンパターン野郎め。迷惑極まりない。
卑下た笑みを目の前で浮かべるワカメは毎度のことながら邪魔に感じる。この海藻類の笑いは「イスラ」の笑い声の次くらいに耳に残る周波数なので結構ウザイ。
「ちょうどいい、赤髪が来る前にそのスカした面凹ませてやるぜ。ヒヒヒッ!」
スカとか言うな、スカとか。
「貴様、子供に手を振るうつもりかっ!」
「うるせえよ、ジジイ。このクソガキには借りがあるんだ、まとめて返してやらねえと気が済まねぇ」
いや、俺はまだ直接お前に手を下してはいない。
「気ぃ失わねえ程度に殴りまくってやるよ……!!」
華麗に避けまくってやるよと心の中で呟きつつ、ワカメの拳を目で見定める
「何やってんの」
が、それは結局徒労に終わる。
目を細め、静かな迫力を身に纏ったイスラがこちらを見詰めていた。
「イ、イスラ………」
「何勝手に手出そうとしてるの?人質に怪我させて取引台無しにする気?ビジュ、馬鹿?」
「………す、すまねぇ」
「はいはい、邪魔邪魔。どっかいって」
イスラの視線に気圧されたビジュはすんなりとその場がら立ち退いて道を開けた。
ただ冷たさを携えた無慈悲な瞳。島のみんなと接している時には決して見ることのなかったイスラの姿勢。あの無垢な少女のこのような姿、一体誰が信じられるのか。
隣でゲンジさんが息を呑むのが聞こえる。
想像も出来なかったイスラの一面に、ゲンジさんは自身の体を固めていた。
イスラが俺の前まで歩み寄り、同じ目線になるよう体を下げる。
俺は特に反応を示さないでイスラを見返して、そして当の本人は冷たい表情から一転して笑みを浮かべていた。
「ご機嫌いかがかな、ウィル?」
「寒いし冷たい、何より不愉快」
「あははっ、こんな時でもウィルはウィルなんだね。ちっとも何時もと変わらないや」
何が可笑しいのか俺の顔を見つめて笑い声を上げるイスラ。
害意の欠片も感じさせないその笑顔にこちらの調子も狂う。
内心顔をしかめて、やりづらいと感じながらイスラとのやり取りを続ける。
「状況を説明してもらえる?強制的に連れてこられて理解が追いついてないんだけど」
「うん、いいよ。さっきの会話から解ってると思うけど、ウィル達は人質。ちょっとした取引の為にね」
「その取引っていうのは、先生の持っている『剣』?」
「そうだよ、君の先生が持っている『剣』を返して貰うんだ。あれは元々帝国軍の物だからね」
「今更のような気がするけど、その言い回しからするとお前は………」
「帝国軍諜報部所属、イスラ・レヴィノスであります」
にこっと笑顔を作り、手を頭に持っていってイスラは敬礼をする。
抜けた感じを醸し出すふざけた敬礼を見ながら、俺はその素性さえも偽りであることを思って溜息を吐いた。
帝国と無色の二重スパイ。此処での生活も含めれば三つの顔を持っていることになる。本当によくやる。
…………ていうか、レヴィノス聞いたら胃が。
イスラはクスクスと笑う。
はっきり言って毒気が抜けていく。何がやりたい。此方の質問には簡単に答えるわ、態度は何時もと同じだわ。一体こいつが何を考えているのか全く解らん。裏が取れん。
自分の正体を明かせば「イスラ」がそうだったように態度を変えるとか思っていたが、一向にそんな気配を見せない。
確かに纏う雰囲気が変わることはあるが、此方と接する際はこれまでと何も変わっていなかった。
「ねぇ、ウィル」
「なに」
「こっち来ない?私と一緒にさ」
「!」
「なっ………」
「お、おいっ!」
……本当に、何を考えている?
「ちょ、ちょっと待て、イスラ!?」
「何?私、今ウィルと話してるんだけど」
ビジュの呼び掛けに、イスラは顔をそちらに向けようとしない。
返事にも何処か突き放すような響きがあった。
「……そ、そんなガキ邪魔になるだけだぜ。わざわざ入れる必要なんてねえじゃねえか。それに、勝手な行動しちまって………い、いいのかよ?」
「………命令違反ばっかしてるビジュが勝手なことするなって言うの?全く説得力ないんだけど」
「うっ……、いや、それは………」
目だけを動かしイスラは横目でビジュを見やる。顔にも声にも呆れが見て取れた。
ビジュはそんなイスラの指摘に呻くのみである。
「大体役に立たないなんて言うけど、さっきビジュ借りがあるとかなんとか言ってたじゃん。それってウィルにいいようにあしらわれたんでしょ?だったらビジュの方が役立たたずってことになるけど?」
「っ……!!」
「まぁ、お姉ちゃんには私の方から言っとくから問題ないよ。味方だって多いに越したことはないんだし………」
視線を戻し、イスラは俺を見詰めてくる。
自分の考えを悟らせないためか、警戒させないためか、また笑みを浮かべていた。
ただ俺の主観では、何か裏がある嘘臭い笑みには見えない。純粋に自分を誘っているのだと何となくそう感じた。
「……ね、どうかな?絶対ウィルに悪いようにはしない。保証する」
「僕にみんなを裏切れって言うのか?」
「そうなっちゃうかな。でも、こっちに来てくれるならちゃんと帝国に帰してあげるし、今までのことや海賊と一緒に行動してたことは見逃してあげる。ウィルは帝国に戻ってやることがあるんでしょ?都合はいいと思うけど」
別に俺は帝国戻りたくないけどな。島の方が住心地いいし。
ていうか、お前無色の同士だろ。帝国に帰すなんてどの口がほざく。
「どうかな?」
「断る」
考えるまでもない。どうしてみんなを裏切ることが出来る。
そんな選択肢などありえない。
つうかそれ以前に、アレがいる時点でどんなメリットがあろうとNOだ。
断固拒否である。譲ることの出来ない俺の想い、というか望みだ。守りたい明日があるんだ。
「あの人達を裏切るほど、僕は恩知らずじゃない」
「…………………」
浮かべていた笑みが消える。
次には。僅かに、ほんの少し、眉尻を下げた何処か寂しい笑みを浮かべる少女の顔が瞳に映った。
だが、それもすぐに消える。
幻だったかのようにイスラの表情は元に戻り、その場から立ち上がり俺を見下ろす形になる。
「そっか。残念だよ、ウィル」
「…………」
「私ウィルのこと気に入ってるからさ、一緒だったら嬉しかったんだけど。テコとも居たかったし」
「………ミィ」
俺の肩にとまっているテコをイスラは手を伸ばし撫でる。
テコは切なそうな声を上げた。
「ふられちゃったなー。ちょっと自信あったんだけど」
「……何処から沸いてきたんだ、その自信とやらは」
「だってさぁ、ウィル、私のこと誰にも言わなかったんでしょう?私、今日一日ずっと自由に動けてたし」
「ああ、言ってない」
「でしょ?だからさ、私のこと信じてたとか、私の味方になってくれてる、みたい感じなのかなって」
「いや、お前に詰め寄ってものらりくらりと交わされそうだし、みんなに言って見張っていてもボロ出さなそうだったし。証拠がないしな。時間の無駄だと悟ってた」
「………人の抱いてた幻想を簡単にぶち壊してくれるね、君は」
「ていうか、お前に消されそうで怖かった」
「君ってやつは………!!」
本当にいい性格してるよとイスラは俺を睨みながら続ける。
そしてその後に、ふっと笑みを浮かべた。
何故どうして俺にそんな顔を向けるのか。
拒絶したというのに嬉しそうに。そして、こんなに近くに居るのに遠い目で、俺を見詰めるのか。
何を言えばいいのか解らない。でも何か言ってやらなければいけないと感じ、俺は口を開こうとする。
だが、その直前にイスラは俺から視線を外し、ある一点に向ける。
俺も振り返りその方向に目を向けた。
「………さて、主賓も来たことだし、始めよっか」
遥か奥。
竹林から姿を現したアティさん達を見つめ、イスラは楽しそうに口を吊り上げた。
◇
「ウィル君!ゲンジさん!」
鳥居の前、階段を登りきったそこに控えるウィルとゲンジの姿を見付け、アティは声を上げる。
キュウマからもたらされた報を聞いたアティ達は、急ぎ此処まで駆け付けた。
ウィルとゲンジの無事な姿、ウィルに至っては肩を竦めている、安否を確認し一先ず息を吐いた。
怪我は無く、乱暴された跡は見られない。傷つけられてはいないようだとアティは安心した。
「遅かったじゃねえか、待ちくたびれてたぜ。ヒヒヒッ」
「てめぇ……!」
アティ達を階段の上から見下ろす顔に刺青を彫った男――ビジュが卑下た笑い声を上げる。
神経を逆撫でするその様に、カイルは腹の底から低い唸り声を漏らした。
「貴方が集落に火をつけたんですね」
「ああ、半分はそうだぜ」
「ならもう半分はっ………」
「私だよ」
軽いソプラノの入った声が発せられる。
この緊迫した空気に似付かわしくない響きを携えた声音。
他者に尋ねられ、それはやったのは自分だと名乗り出るように。なんてことはない日常のヒトコマのように、少女はその問いに応答した。
「イスラさん……!!」
「スバル君達と遊んでる時にちょちょっとね。目を向けられていない隙にやらせてもらったんだ」
「……っ!!」
この光景を目にしてもまだ信じられなかった事実が、本人の言葉により虚仮ではないと証明されてしまった。
受け止めたくない事実、信じたくない少女の姿に、アティは悲痛な面持ちをする。
どうしてこんな真似をと叫びたいのか、何故こんなことにと悲しみたいのか、アティは感情の整理が追い付かない。
「もっと驚いてくれるかと思ったけど、その様子じゃ私がウィルを攫ったのを知ってたみたいだね。ちょっと拍子抜けかな」
「イスラ、どうしてっ……!?」
「この状況を見て解ってもらえないかな、ソノラ?」
「そんなの解るわけないっ!!」
解りたくないと言うかのようにソノラは声を張り上げる。
同世代の初めての友達。人懐こい笑顔を浮かべる明るい少女。
そんな友人が最初についた嘘は、痛烈な裏切り行為。
ソノラには、それは真実だと受け止めることはことは、この状況を前にしても出来なかった。
顔を歪めるソノラをイスラは変わらない表情で見つめ、淡々とした調子で口を開く。
「そう。じゃあ、説明するね。私は帝国軍人。ソノラ達の敵。おしまいだよ」
「っ!!」
それだけのこと。
些細な事柄だと、イスラは端的に言ってのける。
これ以上ない程に簡略で明確な、ソノラとイスラの関係だった。
「今までアタシ達を騙してたってわけ?」
「騙されたって思うんならそうなんじゃない?私は普通に振る舞ってただけ。今みたいにね。どう取るかはそっちの勝手」
「言ってくれるわね、子猫ちゃん……」
スカーレルの射貫くような鋭い視線に、イスラは満面の笑みを返す。
常人を萎縮させるそれを物ともせず、軽く受け流した。
「それだけ平和ボケしてたってことでしょ?疑わなかった君達が悪いよ。こんな訳の解らない私なんかを信じる君達がね」
「言い掛かりもいいところね」
「でも事実だよ。仲良し小好しが大好きな君達だから私を疑いすらもしなかった。その結果がこれなんだから」
可笑しそうに笑い、イスラはアティを見やる。
「ありがとう、先生。世話を焼いてもらったお陰でこんなすんなりと溶け込めた。本当に感謝してる」
「っ……」
「あはははっ!他人の為なら何でもするその姿勢、笑えるよ。損ばっかして、挙句にはこうやって裏切られる…………傑作だよね。あはっ、アッハハハハハハハハハハハハッ!!」
まるで歌うかのように。
軽やかに紡がれる少女の笑声。
無垢な響きを持つそれは、しかし狂喜が入れ乱れた嘲りのそれであった。
(……まぁ、大層な悪役ぶりだな)
すぐ眼前で繰り広げられるアティ達のやり取り、その中のイスラを見て、ウィルは素直な感想を思う。
先程自分と接していた態度から打って変わったイスラのそれ。よくああまで切り替えが出来るものだとウィルは半ば感心する。
あれなら今までの印象など簡単にひっくり返して、一気に評価を地の底に叩き落とすのも容易い。
何故自分の時はあのように突き放そうとしなかったのか疑問を感じるが、本当に自分を取り込もうとしていたのかと半ば強引に納得した。
というより、考えを巡らせても予想の域を出ることはないので止めた。
イスラの真意など解る筈もない。だが、「イスラ」の件を参考にさせてもらえばあれは態と反感を買っているということになる。
イスラは死を望んでいる。
それを頭の中に置いて考えれば目の前のイスラの行動自体は理解出来た。
気持ちのいいものでも、認めてやりたくもないことではあるが。
「レックス」の記憶がなければ自分もアティ達と似たような感情を抱くだろうとウィルは思う。
事実、「レックス」の時は彼も「イスラ」のことをクソッタレなモミアゲだと信じて疑わなかった。
今のイスラと同じ腹の立つ笑い声を上げて苛んでくれやがったのだ。
いや、イスラの方が女であるが故か全然マシに聞こえるが。
というかまだ可愛い。「モミアゲ」に比べれば小気味いい声にさえ聞こえる。
「うざってえ声を上げるんじゃねえ!!」
「この外道が!!」
が、そんなことを知らないカイル達はそうは思わないらしく。
イスラのそれに完璧に鶏冠に来ているようだった。
「外道なんてご挨拶だね。私の方が利口だっただけでしょ?功績や国益の前に腑抜けた感情は無用。目の前の利益だけが優先される。それが軍人の考え方…………ねっ、お姉ちゃん」
そして何時の間にいたのか、帝国軍の部隊を率いるアズリアが竹林の一角に姿を現していた。
「イスラ…………」
「うぐっ!?」と呻き声を上げウィルは体をくの字に折る。腹押さえながら。
アズリアの出現に胃が激しく痛み出した。ゲンジは疎か、近くにいる帝国軍人達もウィルの突然のアクションに目をぎょっとさせる。
おい、どうしたとゲンジが声を掛けるが、当の本人はぷるぷる震え顔を左右に振るだけ。理解不能だった。
だが子供達を常に大切に想っているゲンジは――こんな奇天烈な子供も例外なく――ウィルの身を案じて考えを巡らせる。
そして、この雨の中、腹を冷やしてしまったのではないのかという結論に辿り着いた。
「おい貴様等。ケツを拭く紙は持っていないか」と真面目に尋ねるゲンジ。「あ、いや、持っていません」と普通に応答する帝国軍。
致命的に場の空気が狂ってた。
そんな糞な雰囲気が背後で巻き起こっているとは知らず、というよりそれを意識の外に追いやるイスラ。
なんか表情堅かった。
「お姉ちゃん、って………まさか!?」
「そうだよ。私の名前はイスラ・レヴィノス。帝国軍諜報部の工作員で、アズリアの妹」
「そんな……っ」
「これではっきり解ったでしょ?何で私がこんなことをしたか」
打ち明けられた真実にアティ達は目を見開く。
最初から仕組まれていたことだったのだと叩きつけられた。
「………お前がビジュと接触しているとは思わなかったぞ、イスラ」
「これでも諜報部だからね。お姉ちゃんには悪いと思ったけど、計画が始まるまで情報を漏らすわけにはいかなかったんだよ」
「そうか。…………しかし、人質とはな」
「こっちの方が確実でしょ?手を煩わせずに済むしさ。お姉ちゃんは気に入らないかも……………お姉ちゃん?」
「………………………………………………」
無言。いや、無音。
妹の呼び掛けに姉は沈黙を貫く。何故か顔に影が差して目が見えない。
そして人の備わる第六の感覚がそうさせているのか、此処にいる全ての人間が口を閉ざした。
故に無音。何時の間にか雨も上がっている。
冗舌しがたい雰囲気がこの場を包み込んでいる。というより一人の身に纏う空気がそれを形成していた。
イスラは自分のたった一人の姉の背に、どす黒い負のオーラが渦巻いてるのを知覚する。
いや、アレは本当に自分の愛する姉なのか。
何かもっと別の、人の皮を被ったヤヴァイ存在ではないのか。あんな姉、生まれて此の方目にしたことがない。
イスラの頬をつつーと一筋の汗が伝う。アレ、闇の眷属とかそう言った方が正しい気がする。
「お、お姉ちゃん…………?」
絞りだすようにして、イスラはもう一度姉に呼び掛ける。
その呼び掛けに反応したのかは定かではないが、アズリアはゆっくりと顔を上げた。
「……………………………」
すんごい顔しながら。
「うわっ…………」
オオオオオオッとか聞こえてきそうな剣幕にイスラは顔を仰け反らせる。
誰もがアズリアから一歩退いた。
睨んでる。滅茶苦茶睨んでる。目に深遠の闇携えて在り得ないほど睨んでる。
人質行為がそこまで勘に触ったのか。姉ならば自分の行動に顔を顰めても理解はしてくれると思ったのに。
ていうか、あれだけで?あれだけでこんな変貌する?
激変し過ぎな姉にイスラはごくりと喉を鳴らす。生きている心地がしない。
と、後ろから突然「あわわわわわわわぅああばばばばばばばばばばば」と悲鳴……なのかは解らないが……兎に角、悲鳴が上がる。振り返ってみれば、そこには蹲って滅茶苦茶振動している緑の少年。
体をあらん限りに抱きしめながら「いがいがいがいがいがいがいがいが」とか狂ったように口走ってる。
「……」
イスラがアズリアの視線上から外れる。
姉は妹を見向きもせずただ一点を見つめ、いや、射殺していた。
怨念みたいのが全てが少年に注がれている。
……自分ではなく、この耳生やして尻尾まで丸くなってる小狸を睨んでいたらしい。
絶殺だと言わんばかりに睨み付けている。ていうかアズリアの後ろにいる兵達も血走った目でタヌキ睨んでる。整列しながら。
何の亡霊だ、キミタチ。
アティ達はアティ達で何かひそひそ言ってる。
「おい、何とかしろよ」だとか「誤解解かないとあの子この先報われることないわよ」だとか「ソノラ、早く名乗り出てください」だとか。
ソノラが「む、無理!そんなの無理ッ!!?」とかなんとか泣き叫んでる。この空気の原因はあの娘っ子らしい。ソノラ、君にはがっかりだよ。
後ろでは「毛布持って来い、毛布!あと、おまる!!」とか騒いでる。
カオスだった。果てしなくカオスだった。
あの張り詰めた空気は何処にいった?何故一瞬にしてこうもブチ壊れてしまっている?
イスラの顔が盛大に引きつる。全く理解が追い付かなかった。
「…………お、お姉ちゃん!!取引するよ!いいね!?」
「はっ! ……………あ、ああ、いいぞ」
何とか自分を取り戻したイスラは強引にこの空気の修正を図る。
指差され大声を投げかけられたアズリアはビクッと体を震わせ正常に戻った。
禍々しいオーラがアズリアの内に引っ込んでいく。その光景にイスラは脱力とも取れる息を吐く。なんだったんだ、アレ。
オーラが無くなった今でもタヌキ睨んでる姉はもうシカトして、イスラは顔をアティ達に向けた。
この状況をさっさと進めることにした。構ってる時間が惜しい。
「………じゃあ、取引といこうか。解ってるとは思うけど、そっちが支払うのは…」
「…………これを渡せばいいんですね?」
「うん、そうだよ」
アティの体が碧の魔力に包まれ、シャルトスが手の中に召喚される。
全身を白く染め上げた異形の姿となり、アティはイスラを見上げた。
イスラはそんなアティの姿を見て満足そうに頷く。内心やっと元に戻ったと心底安堵しながら。
「そ、それはっ!?」
「嘘っ!?」
「け、『剣』?!」
「何であんたがそれを持ってるんだ!?」
駄菓子菓子―――
「は、はいっ? ど、どうしたんですか?」
「どうしたじゃありませんっ!何でアティさんが!?一体何時の間に!?」
「えーっと………もう随分前から持ってますけど……」
「はああああああああっ?!!な、何でそれを早く言いやがらねぇ!!」
「な、何でって、カイルさん達『剣』探してたんですか?私聞いてないんですけど………」
「……………あ゛」
「確かに言ってないわね…………」
「というか下手に巻き込まない為に話してなかったんじゃなかった?」
「………ア、アティさんっ!!それは封印の剣と言って膨大な魔力を秘めた魔剣です!!」
「ええ、知ってますけど………」
「ネタバレ!!?」
―――「剣」の行方を追っていたカイル達がアティの抜剣を見て騒ぎ出す始末。
今更かよ、みたいな空気が護人と帝国軍の間で流れる。
ギャーギャーと騒ぐアティとカイル一味。此処まできて間抜け過ぎる会話だった。
見苦しい言い争いは一向に終わる気配を見せず、シリアスな展開など欠片も残っちゃいない。
ダレまくっていた。ていうかイスラ、普通にシカトされてた。
「…………………………………」
「…………イ、イスラ?」
目から光を消して俯くイスラ。
まるで嵐の前兆のような静けさにビジュはひゅっ、と息を吸いこむ。これはヤベエと汗をダラダラ掻きまくりながら、恐る恐る背後から声を掛ける。
警報が頻りにビジュの頭を鳴らし逃ゲロ逃ゲロ叫んでいるが、悲しいかなこの状況でイスラがどうかなってしまうと計画が丸潰れになってしまう。そうなればあの女傑に「この無能が!」と罵られる、とまではいかなくても、卑劣な行為でしかも結果も上げられなかったのかこの屑が、とか言って罰を与えてくるだろう。紫電絶華はもうこりごりです。
何よりこの態勢が少しでも崩れれば最も危険なのはビジュ含むこの場の帝国兵士達なのだ。人質がどうにかなればアティ達は遠慮なしに攻め落としにかかるだろう。間違いなくフルボッコである。あのメガネとか鎧容赦がねぇ。
更に言えばアティが抜剣している。死亡フラグのオンパレードである。
ちなみに竜骨の断層での語られなかったアティとの戦闘は、所要時間2秒のTKO(テクニカルノックアウト)だった。力とか全く釣り合ってなくて速攻で幕を閉じる。全員が綺麗に戦闘続行不可能にさせられた。手馴れ過ぎてて怖かった。
「…………………………イ、イスラさん?」
丁寧語。
敬称を使い始めた。この男のチキンぶりが窺える。
いや、ここは恐怖を抑え込み必死に目の前の恐怖と戦おうとしている彼を褒め称えるべきなのか。
少なくともビジュと同じの立場の兵士達は彼の屁っ放り腰ながらの勇気ある行動に畏敬の念を払うだろう。蹲って唸る畜生と、しっかりしろとかほざいてる爺を尻目に。彼等も中々難儀だった。
ビジュ達全員が固唾を呑んで見守る中、イスラが動きを見せる。
落ち着けイスラ・レヴィノス。COOLになれ。自分を見失ってはいけない。此処は懐が広いところを見せ付けてやるんだ。
僕等はイスラを信じてる。
「…………………………………………少し、頭を冷やそうか」
裏切られた。
「総員退避ーーーーーーーーーーーッッ!!!!!!!!」
「「「了解ッ!!!」」」
ビジュ覚醒。
「距離を取れ!!どうでもいいから距離を取りやがれっ!!!」
「イエス、マイロード!!」
「べスッ、何やってる馬鹿野郎ッ!!走れ、でかいのがくるぞ!!?」
「ま、待ってくれ!!民間人がまだっ………!!!」
「「なんだってーーーーーっ!!?!?」」
「ちぃっ!!!」
「た、隊長ッ!!?」
「おい、ジジイ!!さっさと此処から離れやがれ!!!」
「ウィルがっ!ウィルが死にそうなんじゃ!!」
「痛い痛い痛い痛いいたいいたいいたいイタイいたいイタイイタイいたいイタイいたイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイ」
「世話掛けさせんじゃねぇ、クソガキがっ!!ジジイはさっさといけっ、巻き込まれるぞ!!!」
「お、お前っ!!?」
「いいからいけーーーーーーーーーッ!!!!」
「――――――召喚」
「総員対ショックーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーッッ!!!!!!!!!!!!!!」
世界が輝いた。
「お姉ちゃん」
「は、はいっ」
クイと顎で「行け」と差されたアズリアは大人しく妹の指示に従う。
進む先にはブスブスと煙を上げ、ごろごろと転がっている死体の群れ。クレーターできてる。
魔王の逆鱗に触れた小人達の成れの果てだった。ちなみに死体の数は5。護人達しっかりと避難してた。
これもう取引とか成立してないんじゃなかろうかと考えがアズリアの頭に過ぎる。
撃破して普通に奪回する形だ。取引をする意味がない。これでもう終わりである。
果たしてこんな終わり方でいいのかとアズリアは一瞬「剣」を取り上げるのを躊躇うが、そこでアティがのろのろと立ち上がる。
小人の1人はまだ死に至ってなかったようだ。というか、形からして此方の方が魔王だが。白いし。
アティの復活に取り敢えず心の中で喜ぶ。
絶好の機会を逃してしまったが、あんな結末を迎えずに済んだことは素直に良かったと思う。まだ此方の方がマシである。
「す、すまない………」
「……………い、え」
よく解らないけど謝っとくアズリア。
死に掛けの顔をしているアティを極力見ないようにしながら「剣」を受け取る。
すぐにその場から離れた。
「さぁ、これで取引は済んだ筈よ!人質を解放しなさい!」
ここぞとばかりに強気に出る女性の召喚獣。
余りに調子が良すぎるのではないかと微妙な立場にいるアズリアでさえ思った。
案の定、自分の妹はえーという顔している。
「普通に言うこと聞きたくないんだけどー」
「卑怯者!!」
「この外道がっ!!」
いや、それは間違ってる気がする。
「もうなんかやる気ないんだよね……」とイスラは髪を弄りながら呟く。
確かにこれまでの経緯を振り返れば、1人真面目に誘拐とかして緊張した空気作っていたイスラが余りにも報われない。どうでもいいと言うのは無理もないだろう。
すねているイスラの姿を見てなんか新鮮だなと感じつつ、アズリアは妹に同情した。
「ちゃ、ちゃんと、約束を、守ってください……!」
死に掛けのアティが口を開く。
ふらふらとよろめくその姿を見て、イスラは思いっきり溜息を吐いた。
眉間に皺を寄せながら片手で頭を抱く姿は、誰の目から見てもこの状況に疲れているのだと解る。然もあらん。
むくりむくりと立ち上がりだす海賊達を尻目に、イスラは帝国兵士に目配せをする。
ボロクソになったカイル達を見て少しは気が済んだのか、ウィルの解放を命じた。
が、何故だか互いを無言で見詰め合い、視線で語りあってるビジュ達とゲンジは動く気配を見せない。
あーもうはいはいと少女は悟りきって自らウィルの元に行く。何かもう悟りきった上に投げやりだった。
「ウィル、行っていいよ」
「……………む、ぅ」
腹を擦り呻き声を上げながらウィルは立ち上がる。
顔色が果てしなく悪い。レヴィノスさんとこの長女は再起不能の直前まで少年を追い込んでいた模様。
アティ達の下へ返す為に、イスラはウィルが階段の方向へ行くように道を開けた。
だが、そこからウィルは動こうとせずイスラをじっと見上げる。
とんでもないプレッシャーに襲われて調子は一杯一杯だろうが、立ち上がった所から解るようにまだ動ける筈。
見詰めてくるウィルにイスラは首を傾けた。
「ウィル? 行っていいんだよ?」
「………僕は後でいい」
「…………」
ピクリとイスラの眉が震える。
その間にもウィルはイスラの目から視線を逸らさない。
イスラの瞳の奥を覗き込んでいた。
「……どうしてそんなこと言うのかな?」
「先にゲンジさんを解放して欲しいから」
「別に解放されるんだから後とか先とか関係ないじゃ―――」
「お前が本当にそうするならな」
「―――……………」
続けようとした言葉を遮られ、イスラは口を閉じる。
ウィルとイスラの会話に、辺りがしんと静まっていく。誰もがウィルの発言に目を剥いた。
黙るイスラにウィルは一向に視線を緩めない。一定にフラットを保たれた起伏のないそれは、ずっとイスラの目に注がれている。
心理を見透かしているかのようなウィルの視線に、イスラは笑顔を作った。
「私の言うこと信じられないかな?」
「ああ。そんな嘘臭い笑み、信じられない」
息を呑んだのは誰だったのか。
イスラの言葉を何の感情の揺れもなくウィルは切り捨てた。
機械的に、事実だと言わんばかりに。
「……………………………」
「イスラは、嘘吐きだから」
虚偽と言い付けられた笑みを消し、イスラは目を閉じる。
何を考えているのか、何を思うのか。ウィルの発言にイスラは何も返さず、沈黙した。
「…………ん」
しかし、それは一瞬。
ふっ、とイスラの口元が緩み、曲線を描いた。
目を開けた次には、誰もが見惚れる笑みを浮かべ、イスラはウィルに問い掛けた。
「ウィル、もう一度聞くよ」
「……………」
「私と、一緒にこない?」
イスラのその言葉にアティ達も帝国軍も驚きを隠そうとしなかった。
アティは驚愕に目を見開き、アズリアは、なっ、と愕然として声を漏らす。
なんでと、一体何をと、各個が目の前の光景に思い思い混迷する。
突然の成り行きに、渦中の2人を除く全員が時を止め言葉を失くした。
そして、穏やかな笑みを浮かべ己を見下ろすイスラに、ウィルは眉1つ動かさないで見詰め、
「断る」
二度目の拒絶を言い渡した。
「うん、解った」
少年の拒絶に対し、少女は笑みを崩さず了承する。
まるで結果など最初から解りきっていた反応。余りの潔さに誰もが目を見張る。
イスラの意図が誰も理解出来なかった。
「ビジュ」と、イスラは声を掛けゲンジを解放するよう促す。
戸惑いながらもビジュはおうと返事をして、ゲンジの背を押して解き放つ。
自らが先へ行くことを良しと思わないゲンジだったが、この状況では自分は足手纏いだと理解して大人しくこの流れに身を任せた。
「これでいいかな?」
「……………ああ」
「じゃあ、ウィルも行っていいよ」
「………………」
ゲンジが階段を下っていく中、イスラはウィルにそう告げる。
依然笑みのまま。少女の顔に変化はなく、その誰もを引き込みそうな漆黒の瞳でウィルを見詰めている。
少女の真意が掴め切れない。だが、目の前の笑みには嘘はない。予想外の行動に僅かな動揺をしながら、ウィルはそう判断する。
暫くイスラを見据えていたウィルだったが、やがてイスラに背を向け歩き出した。
「手に入らないくらいなら、誰にも渡さない」
「――――――――――――――――――――づっ」
「私だけのモノになってもらう」
先が血に塗れた剣が、ウィルの胸から突き出る。
投げ掛けられる、酷く暖かみのあるその言葉は、致命的に常軌を逸していた。
空間が凍結した。
――――――やりやがった
ごぽと、ウィルの口から血が溢れ出す。
赤い、紅い自らの体液が滴り落ちていく。
口元から、そして胸から生えた剣から、血が滴り落ちていく。
まるで雨に濡れた葉のように。剣先を伝い、ポタポタと雫が地面へ落下する。
響き渡った叫び。
それは自分を呼ぶ声だったのか。
瞳に映ったのは、グニャリと歪んだお人好しなあの人の顔だった。
意識が混濁するウィルは周囲の状況の知覚さえ儘ならない。
視界がぼやけ体が崩れ落ちていく中、外界との時間の流れが切り離された。
まるで走馬灯。
隔離された内界は、外の一瞬を、何秒も何十秒も何百秒にも仕立て上げる。
一瞬の内に、ウィルの頭をおびただしい情報が駆けては巡っていった。
「彼」の思考が、これまでにない以上にフル回転していた。
刺された。貫かれた。打ち抜かれた。背後から剣によって胸を突き刺されたのだと、はっきりとウィルは認知する。
焼けるような痛みは吐き気と伴って、今も尚体を焦がし続けていた。
急速に遠ざかっていく意識。
負った損傷の深さは紛れも無く重度。臓器はやられたのかと冷静に見極める。
少なくとも、早期に治療を施さなければ命は保障出来ないと、ウィルはそう判断する。
だが、これは死の気配ではない。
あの慣れ親しんだ、絶望的なまでに如何することの出来ない虚無ではない。
世界との乖離とは程遠い。
恐らく、これは異常効果。
イスラが手にしている剣は対象を眠りへと誘う機能を有している。
この身を貫き、直接叩き込むことで剣の能力を遺憾なく発揮。逆らいようのない意識のシャットダウンに陥れようとしている。
仮死状態。それがイスラの狙いか。
イスラの真意は解らない。
言葉にしたように狂気のまま自分を剣で貫いたのか、それともこの状況を利用しようとしているのか。
この行為自体が本命なのか、あくまで副次的なそれでしか過ぎないのか。ウィルには断定することは出来ない。
だが、自分の予想通りに。
イスラが死を望んでいるのだとしたら。自らの破滅を望んでいるのだとしたら。
真意が前者だろうが後者だろうが、この行為の最終的な帰結は、間違いなくイスラ・レヴィノスという少女の死そのものだ。
この後イスラは自分に止めを刺すのか、それともこの死の偽装を悟られぬように処理――偽装を事実に見立てるのか。
どちらにせよ、「ウィル・マルティーニの死」という結果は覆しようのない禍根を残す。
事実だとしても、虚構だとしても、「ウィル・マルティーニの死」は決定的なまでにアティ達とイスラ、両者の間に因縁を作り出す。
仲間の「死」を、優し過ぎる彼等は悲愴なまでに受け止めてしまい、そして仇にその報いを果たそうとするだろう。
憎悪、怨嗟、怨憎、憤怒。自らに向けられるそれらの感情をイスラが利用し爆発させれば、恐らくアティでさえもう躊躇わない。
そうなればもう止まらない。激情を振るうがままの殺し合いの果ては、死のみだ。多いか少ないかの違いがあるだけの、人の死だけである。
今までの生活を通してイスラがアティの本質を理解していたら。
他者を殺める覚悟を持とうとしない彼女の本質を見極めていたら。
自分を殺すことを唯一出来る彼女に殺意を持たせるためには、死という現実を叩き付けるしかない、そう行き着くのではないのか。
―――ふざけるな
それだけは許容出来ない。
自分が原因で彼女達が血を流し、互いを殺しあうなど、許すことは出来ない。
何より、気に食わない。
彼女達を死に至らしめるなど――――絶対にあってはならない。
高速を超越した思考展開は、刹那に全ての推測及び可能性に蹴りをつけ、そして単純明快な極論を叩き出す。
―――イスラの目論見を、粉砕する。
「ウ゛ァル゛セ゛ル゛ト゛ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーッッッッ!!!!!!!!!!!!!!!」
弾丸の雨が、降り注いだ。
◇
鳥居の奥に控えた大木。
地面を遥か離れた高さに位置するその大木の枝の1つに、ヴァルゼルドはその身を置いていた。
【ヴァルゼルドはこの木の上で待機していてくれ。…………何でかって? それは、えーっとだなぁ、うーむ……まぁ、勘だ。工作員共は此処に集まってなにかしそうな気がする………むっ、何だ、僕の言ってることが信じられないか?】
このポイントにいるように指示をした主の言葉を、ヴァルゼルドは反芻する。
【僕の勘は七割五分の確立で当たるって定評がある。嫌な予感や理不尽の前触れには百発百中だ。既に手遅れな場合が殆どだがな……。と、兎に角僕を信じろ。きっと何か起きる。此処で何も起きなくても、その時はお前をすぐに召喚して呼び出すから】
少々戸惑いもしたが、蓋を開けてみれば主の言う通りになった。
己のマスターは戦闘や召喚術だけでなく、予測行動やその他もろもろにも長けているのだとヴァルゼルドは尊敬する。
【取り敢えず、僕がどんな状況に陥っていも合図をするまでは出てくるな。イレギュラーが発生したら僕がサインをする。そん時は状況に合わせて行動して】
スクラップの山に埋もれる己を助け出し、そして「ヴァルゼルド」として自分を繋ぎ止めてくれた。
奔放ながら、とても心優しいあのマスターの護衛獣に成れたことを、ヴァルゼルドは誇りに思う。
【僕より他の人を優先すること。どんな状況にあってもそれが最優先。OK? あ、それと他の人達が危なかったら僕の合図待たないで飛び込んでいい。そこら辺の判断は任せる。じゃあ、頼んだぞ、ヴァルゼルド】
マスターの力に成れることが、役に立てることが「ヴァルゼルド」を震わす。
これは嬉しさだ。この震えの正体は喜びだ。
機械が抱く筈のないそれを胸に秘める己は、兵器として出来損ないだろう。元より己は偶然の産物で生まれた在り得ざる存在。
バグである自分は所詮、屑鉄。否定はしない。
それでも、この打ち震えるモノを、歓喜と言える感情を抱けるということを、ヴァルゼルドは幸せに思う。
例え屑鉄だとしても、それを受け入れ、付いて来いと言ってくれる主の元に居られるのが、何よりも幸せだと感じる。
「ヴァルゼルド」は今、幸せだ。
『―――――――』
だが、カメラを通して伝達されてくるこの映像は、何だ。
己の仕えるマスターから突き出す鈍い光沢のあの薄汚い鉄の塊は、何だ。
吐き散らされるあの紅い液体は、何だ。
崩れ落ちていく、あの、少年は、何だ。
「幸せ」という存在を、デリートしようとする、あの、不要不物除去消去殲滅撲滅破壊対象は、ダレだ。
『――――――――――――――――――』
視覚情報が赤一色に変色する。
これは怒りだ。視界を血と同じ色で覆う正体は、紛れも無く怒りだ。
ありとあらゆる情報が、「ヴァルゼルド」を形成する回路が、真っ赤に染め上がっていく。
「ヴァルゼルド」というバグは、膨大なデータにより端へ追いやられ、飲み込まれていく。
欠陥を携えた「強攻突撃射撃機体VAR-Xe-LD」へと書き換えられていく。
目の前の敵を、最優先目標を駆逐するのみの狂った兵器へと変貌する。
瞳が、真紅の色を灯した。
【バカ、ずっと一緒に居るんだよ、俺とお前は】
『――――――――――――――ッッ!!!!』
あの時の言葉と共に、「ヴァルゼルド」の頭に衝撃が走る。
赤に染まる視界が抜け落ちていき、瞳は真紅から碧へと移り変わった。
0と1から成る全機能を正常に復旧させ、ヴァルゼルドは「ヴァルゼルド」を取り戻す。
課せられた誓約はリミッターとしての役割を果たし、戒めとなってヴァルゼルドの暴走を強制的に打ち消した。
そうだ。
自分とあの方はずっと共に居るのだ。
「強攻突撃射撃機体VAR-Xe-LD」ではなく、「ヴァルゼルド」としてあの方の隣に立ち続けるのだ。
自分が「ヴァルゼルド」として存在を許されたあの時から、それを契約となり、己を戒める。
「ヴァルゼルド」で在れと、契約がそう自分に言い聞かせる。
【勝手に消えようとするな、ヴァカゼルド】
そうだ。
消えるのは許されない。
「ヴァルゼルド」があの方の隣から消えうせるのは絶対に在ってはならない。
それは契約。「ヴァルゼルド」を律する消えることのない戒め。
それは誓約。「ヴァルゼルド」と主が結んだ消えることのない約束。
それは望み。「ヴァルゼルド」と少年が互いに願った消えることのない想い。
【一生扱き使ってやるからな、ポンコツ】
それが絆だ。
「ウ゛ァル゛セ゛ル゛ト゛ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーッッッッ!!!!!!!!!!!!!!!」
喚ぶ声よりも早く、ヴァルゼルドは己を空中へと投げ出した。
暴走に駆られたのは一瞬も満たない間。戒めと約束、想いを胸に秘めた機械兵士はすぐに「自分」を取り戻す。
「ヴァルゼルド」は、誰よりも早く、絆の元へ馳せた。
『オオオオオオオオオオオオオオオオオオォォォォォォォォォォォォ!!!!!!!!!!!!』
咆哮。
鼓膜が破れるのではないかという大音量。空間を震わせ、ヴァルゼルドは手に持つ銃を乱射する。
「!!?」
上空からの脅威。
今も尚恐ろしい速度で迫る影に、更にそこから降り注ぐ弾幕。
目でも耳でもなく、今まで培われてきた感覚でソレを察知した瞬間、イスラはその場を飛び退いた。
イスラがいた場所に凶弾が次々と打ち込まれ、間もなく
轟音
重力に引かれ落下した黒の鉄機は、足場を砕き破片を舞い上げその姿を現した。
主を背に立ち塞がるその貌は、見間違えようもなく騎士のそれ。
そして、機械仕掛けの瞳が碧の輝きを放ち、左手に持つ銃を前方に押し出した。
「「「「――――っ!!?」」」」
『掃討開始ッッ!!!!』
大口径の銃砲が、音響と共に火を噴いた。