機動戦士ガンダム00 統合戦争緒戦記
第24話 GNX-Y809T ネオGN-X
西暦2324年より白熱した次期主力MS開発計画は、これまでのMS発展に転換期をもたらした。
長い間連邦軍主力機として不動の立場にGN-X系と共に旧三大国系MSも主力候補に名を上げ、
GN-X系を中軸にした統合から多様化へ方向転換した事。
これは各開発陣が準GN機から運用データを地道に集め、試作を重ねて技術を研磨していった成果でもあり、
連邦軍から粒子技術と兵器を持ち出した反連邦及び反イノベイター勢力の圧力、
その結果相対化した彼我の戦力差に応じた時代の要求でもある。
変化した戦局を引き金に起こったMSの多様化と運用の模索の裏には、
多くの人間の思惑と利害が絡んでいた・・・・・・。
それは地球連邦最大の軍事産業AI(アース・インダストリー)社長から下された指示から始まった。
前置きのない直球すぎる一言で。
「君ジョージ・E・ジョーストンには、地球連邦軍の次期主力MS開発計画の当社側顧問として出向、
当社の次期主力MS候補GN-XV担当第一開発チーム及びネオGN-Xの第二開発チームより運用データ収集して頂きたい」
「はい?」
「連邦軍と政府の根回しは済んでいる。仮に見識ある者の証言によって、戦犯として逮捕されても釈放できるようになっている。心配ない」
「・・・・・・・・・・・・。相変わらず手早く打ち合わせをしたものですな。」
「ま、向こうも君がいないと困っていますので」
二人は向かい合ったまま沈黙。
社長が深呼吸すると再び喋りだす。
「現在MSはGN機同士の戦闘頻発にあり、事態に憂慮した連邦軍は圧倒的優位を挽回すべく、
本計画の下で幾種もの次期主力機候補から技術的発展と共に模索を試みている。
君がデータ収集する例の二機だけでなくライバル機の方も探れる、そうなればMS技術と運用思想を発展できるだろう」
「向こうでくまなく集めたデータと技術、そして機体を、当社が支援する旧人類軍に提供。
連邦との戦力均衡によって世界を冷戦状態にする事で秩序ある戦乱を構築。兵器開発による際限なき利益と技術発展を得る」
「はははははは・・・!見事だ!その通りだぞジョージ・・・いやジョシュア・A・ジョンソン君!」
肺活量の限りに高笑いを上げながら部下を、その本当の名で社長は絶賛する。
「・・・・・・」
次々自分の業績を持ち上げる上司に高級幹部は何も答えず仏頂面を崩さない。
「七年前から変わらず的確すぎる推測力だ!流石このアース・インダストリー社と旧人類軍の癒着を見抜いた男だな。
順調に出世すればそのまま艦隊司令どころか軍司令にのし上がれる、という逸材を死刑で無駄になる位だからな」
「・・・・・・」
「世界秩序の為に、その一歩であるMSデータ収集に期待しているぞ」
その名はジョージア・E・ジョーストン。
かつては本名ジョシュア・A・ジョンソンと呼ばれた元地球連邦の軍人である。
計画の各書類の山の頂、一枚の通達書に彼は印鑑を押した。
(やれやれ。こんな形で連邦軍に戻るとはな・・・・・・)
今や五十代手前となるその男の本名ジョシュア・A・ジョンソンは、自らの奇妙な境遇を呆れ可笑しく思った。
十年前ドニエプル艦長として所属を離れて旧人類軍と戦ったあの時からだった。
旧人類軍によるテロの暗躍を世界に白日に晒した後、
連邦反逆の罪と責任を全員分背負い、軍法会議で間違いなく判決される死刑で祖国に罪を償う覚悟でいた。
だが、今はどうだ。
敵である旧人類軍に助けられあの会社へ連れられ、紛争を起こす側を助ける立場になっているではないか。
かつて守ろうとしていた地球連邦に密かに歯向かう者である自分を、死んででも否定する気は不思議と起きなかった
(あの時AI社の裏も旧人類軍と一緒に白日に晒せるはずだった。だが俺はそれをしなかった・・・。)
連邦から最初に己を匿った前代社長からこうも的確に指摘された。
「貴官は連邦の存亡だけでなく世界の混乱も恐れているからだ。
連邦お得意先である当社を潰せば関連企業や産業までも巻き込まれ、
経済が大打撃を受け戦乱が取り返しの付かない方向に向かっててしまうのが目に見えている」
まさしくその通りだ。
全部当たっている。
(連邦がどう対応しようともこの内戦は長く続く。イノベイターを受け入れるか、根絶やしにするまで。
だから私は全ての悪を引きずり出さなかった。
良いも悪いも構わん。全人類が妥協を選ぶまでの時間が得られればそれで良い!)
けたたましくつんざくような高い音が管制室に響く。
これは模擬戦の制限時間が切れた事を伝えるサイレンである。
任務と同時に思案してしまったが、オペレーターの状況報告に現実に戻る。
小隊指揮官がすかさずテストパイロット達に命令を下す。
「時間切れにつき状況を終了する。全機、作戦開始位置まで後退せよ」
ネオGN-X担当のブラザー試験小隊がGN-XV担当のヤークト試験小隊に一被機撃墜の敗北判定。
自小隊の時間切れまで諦めずに尽くした善戦。
パイロット全員とも腕利きとはいえELS戦後に入隊した新世代軍人。
そして相手小隊側にイノベイターにして不死身のエースパイロットがいる事を鑑みれば、
あと一歩という惜しい新型GN-X同士の模擬戦であった。
「流石にV(ファイブ)の名が付けられれば、ネオでは流石に敵いませんかな?ジョージア顧問?」
ブラザー試験小隊指揮官が開発顧問に皮肉を言い軽く睨み付ける。
その視線には勝利を求める兵士として不満が滲み出ていた。
「方向性の違いであって機体とパイロットは互角ですね。
第一のは最新技術を注ぎ込んだ新規設計ですが、
第二の方は駆動部とフレームのみ変更でしかもその型は旧型から全く変わらず。
むしろそれだけで最新鋭機並に仕上がった事の方が特筆に当たります」
「技術を惜しみさえしなければ、ネオGN-Xは最強に仕上がるというのに。これは勿体無い事です」
最前線から召集された叩き上げである指揮官パウエル大尉は、複雑な感情とは別に理解はしていた。
連邦軍が軍備増強に舵を切ったとはいえ、MS性能の向上まで要求されていないと。
そして自らは所詮一試験小隊の指揮官であってMS開発に口を挟める立場ではないのも。
「機体の致命的欠陥がない限り兵器として通用するならば良いでしょう」
「次期主力機になければならないのは信頼性と発展性の二つです。
ネオGN-Xはフレームを一新、それで既存パーツを全て流用出来る一方で更なる発展を望めます。
最低限の開発で先の要求をクリアできる事は、すなわち旧型GN-Xの代替を最低限のコストで済ませる事を意味します」
ジョンソンは指揮官とオペレーター達に
「失礼」
一言断って手元の端末で小隊に回線を繋ぐ。
目の前に一斉に映し出される画面。その中の四つの枠内にテストパイロット達の顔。
「こちら開発主任ジョージア。惨敗の辛酸を舐めなければならぬ所失礼する」
間を置いて四人の様子を受かってみた。
一時間も戦った疲労と無念に顔を引きつらせた、敗残兵さながらの負の表情だ。
「GN-XVとの相互比較試験、その模擬戦は確かに諸君達の敗北に終わったが、
まだ主力採用に向けた試験は終わっていない」
この試験本部の都合から前置きは手短に抑えておく。
「これまで操縦し経験を積ませ続けたこのネオGN-Xについて感想を君達から聞きたい。
これは主力機としてフレームのみの最低限の開発で性能向上させ軍の要求のマッチングを目指した物だ。
だが同じ候補機同時で戦って、次世代機としての性能は果たしてどうだったのか?」
「は。フォルティスに比べて火器管制と粒子制御がシンプルになって、
機体性能も上がっていて操縦性が良くなっていますし、基本系統が同じなのが助かります」
「ほう。それは良い事だ。では悪い所は?」
まずこちらに答えたのはブラザー1のヴァレンタイン大尉。
利点を聞いたからには今後の為にジョンソンは欠点を念入りに訊く。
「・・・・・・ユニオンとネクスト、ジャーズゥとは、相手の得意分野にそれぞれ敵いません。
ユニオンの機動力、ネクストの粒子制御と無限の電力供給、ジャーズゥの正面戦闘などに。
Vは新規設計のおかげかネオより素早く運動性は向こうが上です」
「・・・・・・問題だな。私の思った通りだ」
「このフレームがあまりに軽くて、粒子低生成時には特にパーツと装甲の重みに接続部の負担がかなり掛かってきまして・・・。
常に整備を万全にしなければパーツ分解を起こし戦闘不能になるでしょう」
「最前線でしかも整備が満足に出来なかったら、パーツが剥がれて戦えなくなってしまいます」
「パーツ接続の為に余分な粒子を慣性制御に振り分けるなんて勿体無いかと思います」
「このネオの稼動の為に予備パーツを他のより多く食っているなんて話が広まってきていますよ」
ブラザー1が詳細に説明したのを皮切りに部下三人も口々に感想を述べてきた。
開発陣として現場の不満はいつ聞いても良い気分にならない。
が、MSの欠陥を見つけ出すのに、相手から直接聞かなければ数値だけでは判明出来ない時があるのだ。
目先の利益は眼を瞑り長期運用を視野に入れてMSを仕上げる為には、
彼らテストパイロットと整備班ら試作機を直接触れる者達の声を常に汲み取る必要があった。
「パーツ負担の軽減に、なるべく既存生産設備を八十%以上は流用できるよう努力したが、
我々はまだ努力不足だったという事だな・・・」
部下達を傍聴していたパウエルもここで話に入ってきた。
「開発顧問。自社の方針をここはあえて貫きますか?
採用させるには機体の完成度を上げなければ、現状では難しいかと思います。
パーツを新素材に一新させるのにそこまで時間は掛からないかと」
「最低限で最新鋭機に仕上げるにも、これでは実戦にあまり使えません」
数々の意見に思案を重ねる。
(まず全ての意見を今日の報告書に入れ、本社に開発計画の修正を求めるか。
最低限の改修というネオGN-Xの謳い文句が犠牲になる、が・・・。
現場の意見・・・それも運用面の欠陥を無視しては完成度が低くなる・・・・・・)
長期運用性、信頼性、整備性、開発コストなど。
次期主力機の必要要素と現在の出来と照らし合わせて、逡巡した末ジョンソンは決意した。
「テストパイロット諸君。貴官達の意見は今後の開発の参考になった事に感謝する」
四人の入ったモニターを切り指揮官に向き直して告げた。
「パウエル大尉。ネオGN-Xの欠陥について報告書に入れ、再改修の許可を本社に上申します。
全ては兵器としての完成度を上げる為に尽力致します」
これでこのMSの開発計画が他陣営より遅れをきたす事になる。
とはいえユニオン系ユニオンと人革連系ジャーズゥの競走が激しく、恐らく機体選考は長くかかるだろう。
幸い新素材でパーツ仕上げるのに既存の生産設備だけで半月までには済ませられるはずだ。
選考まで遅れを挽回できるか、計画の長期化を恐れて開発競走から脱落されるか、状況は微妙な所だが。
指揮官は、この由々しき事態にも眉一つも動かさない冷徹な壮年の開発顧問の、そうした考えの裏を図りかねていた。
一方のジョージアもといジョンソンは計画を俯瞰して思う。
これまで彼が見てきた様々な候補機だが、GN-XV以外の旧三国家系で主力機に採用される可能性は低いと読んでいる。
それぞれユニークな発想で設計されている一方では、数多くの問題を招いてきた事が根拠にある
対立レベルまで発展した旧ユニオン及び人革連陣の開発競走、要求と不一致の運用思想で仕上がった一部MSなど。
そうした不採用であぶれた開発陣は、最新鋭機の情報を無料で得られる絶好の機会となる。
旧人類軍のネットワークは連邦軍は勿論、政府や大企業にも根を張り巡らせており、
彼らから情報を受け取れるルートは一本に留まらず十も超えているのだ。
(ユニオンはアシガルを引きずる凡庸な出来だ。
ネクストは粒子制御力が興味深いが無駄を削ぎ過ぎた機体などより技術を手に入れれば良い。
ジャーズゥは旧人類軍には微妙な性能だが扱いやすく改造すればかなり使える。
あと・・・最後にネオGN-Xだ。
重量とパーツの問題を解決すれば、他のような新規設計をせずに現在でも通用する機体に仕上がる。)
たとえ連邦軍に採用されなくても別に支障はない。
地方に売り込むなり改修キットをばら撒けば、反連邦勢力はより連邦軍と同等の戦力を簡単に得られる。
その実現の為にジョンソンはジョージアという偽りの名で、
一箇所も何本もルートを張ったネットワークを最大限生かし連邦軍から最新技術を根こそぎ流す。
戦力均衡と秩序ある戦争で恒久平和の時間猶予を長く稼がなければ、人類は内部崩壊を起こし今度こそ滅亡に陥るのだから。